<1> 日本語類義表現 使い分け <2> 第1章:主题 1.1. 主题/提題 ~は・~が A + は:Aが文の主題になる。また「対比/ためらい」を表すことがある。A + が:Aが文の主格になる。特に他と区別された主格になることがある。 名詞 + は/が 未完文「ーる/ー 詞-く/(状態)名詞で + は ~に/~て/~で/~から/~まで/~より + は ▶〈未完文〉の接続については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照(注1)名詞には「~こと」のほかに「~もの/~の/~わけ/~はず/~つもり/~だけ/~ばかり/~ほど/~くらい」など、名詞に相当するものも含まれる。(注2)「~が + ~は」は、必ず「~が」が消えてしまう。「~を + ~は」は「~をば」になることがある。「~に + ~は」の「~に」は消えることも、消えないこともある。「象の鼻が長い」などの「~の」に「は」が重なると「~の」が消える。上の「~て」以下は、たとえ「~は」が重なっても消えることはない。 形態 「~は」は、特定の語のあとで音変化を起こし、前の音と融合して、例えば「これは/わたしは/ぼくは/~ては/~では/~には」が「こりゃ/わたしゃ/ぼかあ/~ちゃ/~じゃ/~にゃ」になることがある。また機能上の痕跡だけを残して、消えてしまうことがある。 「~をば」は「~を」+「~は」の場合に、後者が音変化を起こした古い形態である。通常「~を」は「~は」と重なると消えてしまうので、今はもう使う人がいないように思われる。 互換性 Aが主格を表す場合に、置き換わる可能性はあるが、必ずしもすべての場合に互換性があるわけではない。 置換 [例] ここに置いてあったケーキ、食べたのは誰なの? お父さん? 次のように、置き換え不能。 ×ここに置いてあったケーキ、食べたのが誰なの? お父さん? 次の「~は」は「~が」に置き換わらない。 調べてわかったの + は/×が + 何だ。今回の鍵になるようなものか。あの報告書 + は/×が + どこですか。ちょっと持ってきてください。課長 + は/×が、いつ来るのですか。携帯に電話してみてくれますか。あのう、このあたりに、バスの停留所 + は/×が + ありませんか。玉ネギ + は/×が、大きいのを2つ、皮をむいて、輪切りにします。上海 + は/×が + 人が大勢いて、未来に羽ばたく活気に満ちた街です。あの授業 + は/×が、面白く + は/×が + ないけど、基礎訓練だから。寒いこと + は/×が + 寒いが、我慢できないほどで + は/×が + ない。 <3> 次の「~が」は「~は」に置き換わらない。 誰 + が/×は + ここに置いてあったケーキ、食べたの? お父さん? 調べて何 + が/×は + わかったんだ。今回の鍵になるようなものか? ほら、誰か + が/×は、やって来ますよ。メガネをかけてますね。 あ、飛行機 + が/×は + 見えました。あの飛行機に乗ってるんですね? 今、音 + が/×は + しませんでした? おかしな音がしたんですが。 わあ、おいしそうなにおい + が/×は + する。何、作ってんの。 あ、頭 + が/×は + 痛い。風邪かな。この間の薬、まだ残ってる? これ、母 + が/×は + 田舎から持ってきたものなの。はい、お裾分け。 これじゃ、ふたり + が/×は + 離婚する場合、裁判沙汰になるな。 昔々、あるところに、おじいさんとおばあさん + が/×は + いました。 用例 次の用例は、互換性がある。 どこにあの報告書 + が/は + あるんだ? 速く探してください。 いつ課長 + が/は + 来るのですか。携帯に電話してみてくれますか。 あのメガネをかけた人 + が/は、先日お話したスミスさんですよ。 ある日、おじいさん + が/は + 山へ、おばあさん + が/は + 海へ行きました。 中国料理や韓国料理 + が/は + 好きなんです。でも日本料理は ...。 もう春なのに、どこにも花 + が/は + 咲いてませんね。 ほら、あそこに、黄色い花 + が/は + 咲いてるじゃありませんか。 ええっと、それ + が/は + ですね。すみません、資料をお配りします。 象 + が/は + 鼻 + は/が + 長い 1. Bが疑問詞の場合 友だち + は/×が、誰と一緒に映画へ行くのですか。 2. Aが主格を表していない場合 源氏物語 + は/×が + 紫式部が、枕草子 + は/×が + 清少納言が作者です。 その本 + は/×が、蔵書印を押して、机の上に置いておいてください。 3. 次のような接続になり、あとに「前触れ/ためらい」の「~が/~けど」をともなって「ためらい」を表す場合 a. 動詞ます形 + は/×が + する/しない + が/けど b. 形容詞 - く + は/×が + ある/ない + が/けど c. (状態) 名詞で + は/×が + ある/ない + が/けど d. A + こと + は/×が + A + が/けど チこと + は/×が + A + カ、リと ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/前触れ・ためらい」を参照 4. 対比の「~は」が「て形」に接続して、否定語と呼応する場合 土足のまま入って + は/×が、困るのですが。 その傘、僕ので + は/×が + なくて、ほかの人のだと思います。 ▶本文 4.3.「順接飯定条件/一般条件/~ては」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~てはいけない」を参照 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~なくて」を参照 <4> ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~なくて」を参照「A + が + B」が「A + は + B」に置き換わらないのは、次の場合である。 1. Aが疑問詞の場合 いつ + が/×は + 誕生日ですか。 どこ + が/×は + 郵便局ですか。 2.〈現象描写文〉か、名詞を修飾する〈未完文〉で主格を表す場合 あ、バス + が/×は + 来ました。人 + が/×は + 乗っていないバスですね。 ▶巻末「文の種類」を参照 解説 「用例」のように、互換性のある場合は、次のようになっている。 どこにあの報告書 + が/は + あるんだ? →どこにあの報告書があるんだ⇔あの報告書はどこにあるんだ? いつ課長 + が/は + 来るのですか。 →いつ課長が来るのですか⇔課長はいつ来るのですか。 あのメガネをかけた人+が/は、先日お話したスミスさんですよ。 →あのメガネをかけた人が、先日お話したスミスさんですよ。 ⇔先日お話したスミスさんは、あのメガネをかけた人ですよ。 →あのメガネをかけた人は、先日お話したスミスさんですよ。 ⇒先日お話したスミスさんが、あのメガネをかけた人ですよ。 おじいさん+が/は+山へ、おばあさん+が/は+海へ行きました。 →おじいさんが山へ、おばあさんが海へ行きました。 ⇔山へ行ったのはおじいさんで、海へ行ったのはおばあさんです。 →おじいさんは山へ、おばあさんは海へ行きました。 ⇒山へ行ったのがおじいさんで、海へ行ったのがおばあさんです。 上のような「A + が」は、〈現象描写文〉の主格を表しているのではなく、ほかのすべてのものと区別され、特にマークされた主格で、パラフレーズすると「ほかの報告書や人たちではなく、特に+あの報告書/課長/あのメガネをかけた人/先日お話したスミスさん/おじいさん/おばあさん/山へ行った人/海へ行った人」を指している。 この特にマークされた主格を「有標主格」と呼ぶことにする。必要のある場合、〈現象描写文〉の主格を「無標主格」と呼ぶことがある。 これに対して、上の「A + は」は、主格となる主題か、最後の例では対比を表しているにすぎない。 使い分けワンポイント ① 「~は」と「~が」の機能的な差異 「~は」は、副助詞とか、係助詞とか呼ばれているが、副助詞の機能とは、いろんな語を受けて、文全体に何らかの〈モーダス要素〉を添(副える)ことにある。 ▶巻末「文/モーダス要素」を参照 現代語で副助詞と呼ばれるものに「~だけ/~ばかり/~ほど/~くらい/~まで/~さえ」といったものがある。これらの一部は、文末表現「~だけ/~ばかり/~ほど/~くらい/~まで+だ」になることがある。 係助詞の機能とは、名詞を受けて、文末と呼応することにあるが、現代語では「~は/ <5> ~も/~こそ/~か (は)」が残っているだけである。 「~が」は、格助詞と呼ばれているが、格助詞の機能とは、名詞を受け、ひとつの文のなかで、自分自身よりあとに現れる語と、どんな関係にあるかを示すことにある。 使い分けワンポイント ②「~の」の機能 「名詞A + の + B」の「~の」は、3つの機能をもつ。ひとつは、受けた名詞Aに、次にくる名詞Bを修飾させ、AとBが「A⊂B」の関係になって、AがBの「所有者/性質/場所」などになる「私/父へ/駅まで/コンピュータ/雪/大阪/中国から + の + 本/手紙/距離/学校/(ような) 白さ/地下鉄/研修生」を表したり、AとBが「A⊃B」の関係にあって、AがBの「仕事/資格/実質的な内容」となる「サラリーマンの父/看護師の兄/礼のひとつも言わない/勉強の『べ』の字もしない」を表したりする。 ここから子どもが犬と遊んでいるのが見える。 もう飲むのはやめて、早く帰ろう。 こんなに暑いのも、せいぜい彼岸までだ。 ぼくのを貸してやるよ。好きなのを持っていくがいい。 何をしてるんだ。ぐずぐずするんじゃない。早く来るんだ。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文 10.8「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のだ」を参照 もうひとつは、上のように、受けた「動詞/形容詞/(状態)名詞/未完文」を名詞にかえる働きで、ときには、音変化「~の→~ん」を起こすことがあるが、文末に来て〈モダリティ〉を表すこともできる。 昨日、お父さん + が/の + 買ってきた DVD、面白かったよ。公園で子ども + の/×が + 遊んでいる声が聞こえる。 ▶巻末「文の種類/モダリティ/モーダス要素」を参照 ▶巻頭「凡例/接続の表記」を参照 最後のひとつが、上の2例で、〈未完文〉での主格「~が」を代行することである。下のほうの例で「(子どもが)」が不自然に響くのは、あとの「(声) + が」と連続するためである。 一般的に「~が」は、やむをえない場合「こっちのほうが色がきれいだ」などを除き、連続するのを避ける傾向にある。 「A + の」以外の格助詞「A + が/を/に/で/へ/より」や「場所や時間A + から/まで」の機能は、受けた名詞Aに、あとにくる「(状態)名詞 + だ」や「動詞/形容詞」を修飾させることにある。 ただ格助詞は、厳密な意味での文末部分、つまり本書の表記では「-る/ーい/~た/~だ」や「-る/ーい/~た/~です + 敬体」にあたる部分に、呼応することもないし、修飾することもない。 使い分けワンポイント ③ 「~は」の使い方 「A + は + B」の主な使い方は、次の3つになる。 <6> 1.主題:A=名詞 Aでテーマを示し、文末のBと呼応する係助詞の機能を果たす一方で、格助詞「~が/~の/~に/~を」などの機能を果たす。 Aで「副題」を示しながら、もし「主題」が明示されていなければ、文末となるBと呼応する係助詞の機能と、格助詞「~が/~の/~に/~を」などの機能を果たす。ただ副題がひとつの場合、副助詞「さえ」などに似た類推の機能を兼ねることがある。対比の場合、ある「テーマ/主題」について、同じ「カテゴリー/範疇や種類」に属する2つのA「サブテーマ/副題」が存在することを示すが、次のような2つの使い方がある。 ひとつは、副題を2つ「A 1 と A 2」とも示して「対比/比較対照」し、その間にある違いを明白にする。もうひとつは、副題Aの一方「A 1」だけを示して、もう一方「A 2」を、聞き手に「類推」させることがある。 (主題は) 副題 A 1 + は + B 1 + が、(副題 A 2 + は + B 2) ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど」の「接続」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/類推とは?」を参照 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/対比」を参照 ▶本文 1.6.「主題/対比」を参照 3. ためらい:A = 動詞ます形/形容詞 - く/(状態)名詞で/~こと 与えられた主題について、ある事実をためらいがちに副題Aとして示す場合、次の2つの使い方がある。 ひとつは、副題Aとは対照的な側面を明白にする。 もうひとつは、副題Aとは対照的な側面を、聞き手に類推させる。 通常、次のパターンが使われる。 (主題は) 副題 A + は + B + が、(…) (注) Bが否定語になる場合も含まれる。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/接続・ためらい」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + は」を参照 上のいずれの場合でも、文末呼応する「~は」は〈未完文〉で使われることはない。なお逆接確定条件の「B + が」は、Bが文末であることを示している。 使い分けワンポイント ④ 「~が」の使い方 「名詞A + が + B」の主な使い方は、次の2つになる。 1. 無標主格 〈述べ立て文〉のひとつである〈現象描写文〉の主格を示す。 2. 有標主格 話し手が「A以外には、主格になる可能性のあるものはない」と考え、ほかのすべて <7> の候補を排除して、特にマークし、際立たせた主格を示す。 ただ、格助詞「~が」は、上のいずれの場合「A + が + B」でも、AとBの関係を「A = B」にかえる働きがあるが、係助詞の「~は」とは異なり、文末とは関係しない。したがって、例えば「彼が出勤します」といった場合、影響力があるのは「出勤し」までであり、文末で〈敬体〉を表す「~ます」とは呼応していない。 〈非敬体〉「彼が出勤する」の場合でも、影響力があるのは「出勤す + R」までであり、文末を示す「- U」の部分、つまり、本書で「- る」と表記している部分とは関係して 「彼が出勤すR」や「空が青/駅前が静か/彼女が課長」などの「A+が+B」は、例えば「源氏物語の作者」と「紫式部」が「源氏物語の作者=紫式部」という関係、つまり「A=B」になる関係を結びながら、不完全な文を形成しており、完全な文になるためには、文末となる「-る/-い/~た/~だ」や「-る/-い/~た/~です+敬体」を必要としている状態を表している。巻頭「凡例/接続の表記」を参照のこと。 したがって、格助詞「名詞A+が+B」は、無標主格であっても、有標主格であっても、文末を加えない限り、文は未完のまま、さらに発展する可能性がある。例えば「ほかでもなく彼が出勤するのは午後からです/空が青く、海が白く波立って、まるで絵葉書のような世界だ/駅前が静かになって、タクシーさえも姿を消している/ほかでもなく彼女が課長で、営業課をとりしきっています」となって、格助詞「~が」の支配する部分「彼が出勤すR/空が青/海が波立っ/駅前が静か/彼女が課長」を〈未完文〉にする。 これに対して「~は」は、〈未完文〉の主格にはなれない。 使い分けワンポイント ⑤ 主题とは? この花は、 (花の) つぼみがたくさんついていて、 (花が) 咲けば、きっと美しくなるだろうと思って、 明日の父の誕生日のために (花を) 買っておいたのですが、 今日まで毎日、(花に) 水をあげておいたおかげで、 本当に見事に (花が) 咲きましたから、 父もきっと喜んで (花に) 満足するにちがいありません。 あの「市場A」は、(Aの商品が)とても安くて、(Aの商品の)品質がよい上に買い物するには、(Aが)とても便利だし、(Aへ)よく出かけるのだけれど、(Aを)あちこち見て回って、(Aで)一つのものを買うのに、(Aで)時間をかけなければならないし、(Aで)特に大変なのは、(Aの)お店の人との交渉、(Aでの)買い物を終えて、(Aから)外へ出たときには その「スカートA」は、 ( ) デザインがとても素敵で、 <8> 赤いセーターが( )とってもマッチするので、( )妹に上げるつもりだったのだけど、( )気に入ってしまって( )どうしようかと悩んでいるの。 「名詞A + は + B」の主題「A + は」が、最もわかりやすい典型的な姿で現れるのは、上のように「A + は」が、格助詞「A + が/の/に/を」などの機能を果たしながら、ほとんど無限と思われる息の長さで次々と文を展開していき、Bの文末の〈モダリティ〉部分と呼応して、文にピリオドをうつ場合である。 この「~は」が「~が」に置き換わるのは、前者「~は」が、後者の「主格」という機能を果たしているときだけである。 この花は、つぼみがたくさんついている (が、あの花は少ない)。 あの市場は、とても安くて、品質がいい (けど、この市場は高い)。 そのスカートは、昨日、デパートで買った (が、これはスーパーだ)。 おじいさんは元気だ (けど、おばあさんは病気がちだ)。 犬は動物である (が、梅は植物である)。 ペンギンは鳥類だ (けど、イルカやクジラは哺乳類だ)。 ところが「A + は」は、上のように、ひとつのBとだけ関係し、ひとつの格助詞「A + が/の/に/を」の機能しか果たさなくなると、すぐに対比へと傾いてしまい、数学の先生が「公式や定理」を述べる場合などを除けば、話し言葉では、対比として使われることが多い。 使い分けワンポイント ⑥ 有標主格とは? 梅ではなく、犬が動物 + である/なのである。 イルカやクジラじゃなく、ペンギンが鳥類 + だ/なんだ。 おばあさんじゃなく、おじいさんが元気 + だ/なんだ + よ。 あの花ではなく、この花が、つぼみをたくさんつけている (んだ)。 この市場じゃなく、あの市場が、とても安くて、品質がいい (のね)。 これじゃなく、そのスカートが、昨日、デパートで買ったのよ。 あの花ではなく、この花が、今日まで毎日、水をあげておいたんです。 対比の「A + は」を「A + が」に換えると、有標主格になるが、有標主格とは、上のように「Xではなく、A + が」となり、A以外のXを否定した「A + が」を指している。 この場合のXは、Aを除くすべてを表しており、上の「あの花/この市場/これ/おばあさん/梅/イルカやクジラ」は、不定であるXの代表で、いわばXが定数になった場合を表している。 使い分けワンポイント ⑦ 対比「~は」から有標主格「~が」への変換 対比「A + は」から有標主格「A + が」への転換式は、次のようになるが、逆方向の有標主格から対比への場合も有効である。 1. Aが主格で、Bが名詞の場合(A=B) <9> A + は + B (しかしXはY) ⇔ Xではなく、A + が + B + (なの) + だ おじいさんは元気だ (けど、おばあさんは病気がちだ)。 ⇒おばあさんじゃなく、おじいさんが元気 (なん) だよ。 2. Aが主格で、Bが名詞でない場合(A=B) A + は + B (しかしXはY) ⇔ Xではなく、A + が + B ( + のだ) この花は、つぼみがたくさんついている (が、あの花は少ない)。 ⇒あの花ではなく、この花が、つぼみをたくさんつけている (んだ)。 3. Aが主格でも、Bが名詞でもない場合 (A≠B) A + は + B (しかしXはY) ⇔ Xではなく、A + が + B + のだ そのスカートは、昨日、デパートで買った (んだけど、これはスーパーのよ)。 ⇒これじゃなく、そのスカートが、昨日、デパートで買ったのよ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 Aが主格であったり、Bが名詞であったりする場合、例えば「彼が出勤する/犬が動物だ」など、もし「名詞A(主格)がB/名詞Aが名詞B」であれば、そのまま「彼女ではなく、彼が出勤する/ほかの梅などとは異なり、犬が動物だ」ということができるので、文末を「彼が出勤するのだ/動物なのだ」に変化させる必要はない。 この場合、文末をただ「B + (な) のだ」にするかしないかは、話し手の気持ちしだいということになる。ただ「2」の場合は、Bが名詞ではないので、厳密には「A = B」とはいえないが、主格を表す「~が」が等号「=」の働きをして、名詞化の働きをする「~の」を文末に必要とせず、たとえBが名詞でなくても「A = B」の関係が成り立っていると考えられる。 ところが、Aが主格でも、Bが名詞でもない「3」の場合は、Bを名詞にかえて「A ≠ B」を「A=B」にするために、文末に名詞化の働きをする「~の」を加え、〈文体〉にあわせて「未完文+の+だ/である/です/でございます」にする必要がある。 使い分けワンポイント ⑧ 対比「~は」と有標主格「~が」の互換性 この花が、(花の)つぼみがたくさんついて + いるのです/います。 父のために、(花を)買って + おいたのです/×おきました。 毎日、(花に)水をあげて + おいたのです/×おきました。 これじゃなく、そのスカートが、昨日、デパートで買ったのよ。 転換式「3.Aが主格でも、Bが名詞でもない」場合、つまり上のような場合、なぜ文末を「~のだ」にする必要があるかというと、AとBの関係を「名詞A=名詞B」にかえて、Aを主格にするためである。 このために、まずBを、名詞化の機能をもつ「~の」で名詞にかえ、文末を「~だ」にして「名詞A + が + Bの (=名詞) + だ」にすると、有標主格の「A + が」が使えるようになる。 ただ、最初の例のように、Bの主格がAの所有や所属を表して「A + の」になる場合、文末の「~のだ」は、話し手の選択になる。 <10> この花が、つぼみがたくさんついてる + ん/もの/花 + です。 父のために、買っておいた + の/もの/花 + です。 毎日、水をあげておいた + の/もの/花 + です。 そのスカートが、昨日、デパートで買った + の/もの/スカート + よ。 もちろん、Bが名詞になってくれればいいことなので、上のように「~の」を使わなくても転換は可能である。 「~のだ」を使うと、話し手の気持ちが反映するので、次を参照のこと。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 使い分けワンポイント ⑨ 有標主格「~が」への変換と「~のだ」 彼女ではなく、彼が今日、会議に出席 + するのです/します。 →(彼女ではなく、彼)が(今日、会議に出席 + すR/し) + U/ます。 →[(彼女ではなく、彼)が(今日、会議に出席 + すR/し)] + U/ます。 (あの花でなく、この花)が(つぼみをたくさんつけていR) U + (のだ)。 (この市場じゃなく、あの市場)が(とても安くて品質がい)い + (のだ)。 (おばあさんじゃなく、おじいさん)が(元気) + だ/なんだ + よ。 (梅ではなく、犬)が(動物) + である/なのである。 「使い分け⑦⑧」にも述べたが「1.Aが主格で、Bが名詞の場合」や「2.Aが主格で、Bが名詞でない場合」は、文末を「B + (な) のだ」にするかしないかは、話し手の気分しだいになる。 これは、上にあげたどの「(A) + が + (B)」の場合でも、文末「-る/−い/~た/~だ」や「-る/−い/~た/~です + 敬体」を加えるだけで、等号で結ばれる「A=B」の関係になり、この上「~の + だ/である/です/でございます」を加える必要がないからである。 [(この花)が {(つぼみ)が (たくさんついてい)} + るのです/ます。 上のようなB「つぼみ + が + たくさんついている」の主格「つぼみ」が、A「この花」の所有や所属を表して「この花 + の + つぼみ」になる場合も、〈未完文〉「(この花) + が + (つぼみがたくさんついていR)」や、B「(つぼみ)が(たくさんついていR)」に、文末を加えれば、やはり同じように「A=B」の関係になるので、これに「~の」を続けるかどうかは、話し手の選択となる。 使い分けワンポイント ⑩ 有標主格「~が」から主題「~は」への変換 元気なのは、おばあさんじゃなくて、おじいさんだよ。 動物なのは、梅ではなくて、犬である。 鳥類なのは、イルカやクジラじゃなくて、ペンギンだ。 つぼみをたくさんつけているのは、あの花ではなくて、この花だ。 とても安くて品質のいいのは、この市場じゃなくて、あの市場ね。 昨日、デパートで買ったのは、これじゃなくて、そのスカートよ。 「有標主格A + が + B」は、上のように「~は」を使うと、AとBの位置が入れ替 <11> わるが、次の転換式が適用されている。この場合も、逆方向への変換は有効である。 1. Bが「(状態)名詞」の場合 名詞A + が + B + (なの)だ ⇔ B + なのは + 名詞A + だ おばあさんじゃなく、おじいさんが、元気なんだよ。 ⇔元気なのは、おばあさんじゃなくて、おじいさんだよ。 2. Bが「-る/ーい/~た」の場合 名詞A + が + B + (のだ) ⇔ B + のは + 名詞A + だ あの花でなく、この花が、つぼみをたくさんつけているのだ。 ⇔つぼみをたくさんつけているのは、あの花ではなくて、この花だ。 しかし、この場合の「B + (な)の + は」の「~は」は、もとの対比ではなくなり、主題を表す機能に変化している。 *あの花ではなくて、つぼみをたくさんつけているのが、この花だ。 *この市場じゃなくて、とても安くて品質のいいのが、あの市場ね。 *これじゃなくて、昨日、デパートで買ったのが、そのスカートよ。 *おばあさんじゃなくて、元気なのが、おじいさんだよ。 *梅ではなくて、動物なのが、犬である。 *イルカやクジラじゃなくて、鳥類なのが、ペンギンだ。 上の「Xではなく、B(な)の+が+A」が不自然なのは、対比関係が、文頭「X」と文末「A」との間に成立していて、前半の「XとB」の間に成立していないため、Xが「Bを除くすべてを表していない」からであり、Bが「Xを排除できない」からである。逆に言えば、もし前半部分「XとB」に対比関係があれば、次のように、有標主格が使えるようになる。 つぼみをたくさんつけているのは、あの花ではなくて、この花だ。→葉や花ではなく、つぼみをたくさんつけているのが、この花だ。 とても安くて品質のいいのは、この市場じゃなくて、あの市場ね。→値段が高いんじゃなく、とても安くて品質のいいのが、あの市場ね。先週じゃなく、昨日、デパートで買ったのが、そのスカートよ。おばあさんみたいに病気じゃなくて、元気なのが、おじいさんだよ。植物でも鉱物でもなく、動物なのが、犬である。 イルカやクジラといった哺乳類じゃなく、鳥類なのが、ペンギンだ。 つまり、前半部分「XとB」に対比関係が成立していれば、有標主格の「~が」が使われて「Xではなくて、B(な)の+が+A」になり、後半部分「XとA」が対比を表していると、主題の「~は」が使われて「B(な)の+は+XではなくてA」になる。つまり「B(な)の+は」は、対比関係「XではなくてA」の主題を奏でている。 使い分けワンポイント ⑫「CではなくてAが」と「~はCではなくてA」 (彼女ではなく、彼)が(今日、会議に出席)+するのです/します。→(今日、会議に出席する)のは、(彼女ではなく、彼)(なの)です。 <12> (あの花でなく、この花)が(つぼみをたくさんつけていR)U+(のだ)。→(つぼみをたくさんつけている)のは、(あの花でなく、この花)だ。 (とても安くて品質がいい)のは、(この市場じゃなく、あの市場)です。 (元気な)のは、(おばあさんじゃなく、おじいさん)よ。 (動物な)のは、(梅ではなく、犬)である。 有標主格を使った「CではなくてA + が」の場合は、上に示した「(彼女ではなく、彼)が」のように「(CではなくてA) + が」という構造をしていて、Aが「Cではなくて」を含んで、ひとつになっている。 これが「(彼女) ではなく、(彼) が」つまり「(C) ではなくて + (A) + が」という構造にならないのは、A が有標主格になる「A 以外のものを排除できる」前提として、C の存在が不可欠であり、A は C を含まないことには、有標主格にはなれないからである。したがって、有標主格を使った「C ではなくて A + が + B」を変換した「B + は + C ではなくて A」は、ひとかたまりの「C ではなくて A」に、文末を示す「~だ/~である/~です」がついたもの「(C ではなくて A) + だ」と考えられる。 彼女が会議に出席するのではなくて、彼が出席するのです。 姉の性格がいいのではなくて、妹の性格がいいのです。 妹が聡明なのではなくて、姉が聡明なのです。 ただ、上のように「AがB + の + ではなくて、XがY + の + だ」の場合、見かけの上では「P (=AがBの) ではなく、Q (=XがYの) だ」になってはいるが、有標主格から主題への変化に使われる「(CではなくてA) + だ」とは、まったく異なるものである。 使い分けワンポイント ⑬ 有標主格「~が」と「~は」のまとめ 「ためらい」の「~は」は、主格を表すことがなく、有標主格とも無標主格とも互換性がないので、有標主格「~が」が互換性をもつのは、主題か対比を表す「~は」である。両者の互換性をまとめると、次のようになる。 題:名詞Aは+B 父は、お酒が好きです。 → 対 比: 名詞Aは + B (+ 名詞Cは + D) 父は、お酒が好きです (が、母は嫌いです)。 ⇒ 有標主格:(名詞Cではなくて)名詞Aが+B+(な)のだ (母ではなく)父が、お酒が好きなのです。 ⇒ 主題: B (な) のは + 名詞 A だ (+ 名詞 C ではない) お酒の好きなのは、父です (母ではありません)。 → 対 比:B(な)のは + 名詞Aだ(+ X(な)のは + 名詞C) お酒の好きなのは父ですが、ケーキの好きなのは母です。 ⇒ 有標主格:X (な) のではなくて、B (な) のが + 名詞 A (なの) だ ケーキ (が好きなの) ではなく、お酒の好きなのが父です。 <13> 主題:名詞Aは、X(な)のではなくて、B(な)のだ 父は、ケーキではなく、お酒が好きなのです。 → 対 比: 名詞Aは、X (な) のではなくて、B (な) のだ (しかし、名詞Cは、Y (な) のではなくて、D (な) のだ) 父は、ケーキではなく、お酒が好きなのですが、母は、お酒ではなく、ケーキが好きなのです。 ⇒ 有標主格:名詞Cではなくて、名詞Aが、XではなくてB + (な)のだ 母でなく父が、ケーキではなく、お酒が好きなのです。 ⇒ 主 題:X (な) のではなくて B (な) のは、名詞Cではなく名詞Aだ ケーキではなくお酒の好きなのは、母ではなく父です。 主題の「~は」は、このままで対比の「~は」に転化し、対比の「A + は」は、このままで有標主格「A + が」と互換性がある。 しかし、いったん対比関係をもった「A + は/が + B」が、主題の「~は」と互換性をもつには、AとBの入れ替え「B + は + A」が必要で、対比や有標主格の「A + は/が」を、そのまま主題の「A + は」にすることができない。 この3者は、次のように「AとC」を対比するという点では、共通したものを表しているが、対比の仕方が、それぞれ異なっている。 比:名詞Aは+B+しかし+名詞Cは+D 「AとBの関係」と「CとDの関係」との対照が示される。 有標主格:名詞Cではなくて、名詞Aが+B 主題:B(な)のは+名詞Cではなくて、名詞Aだ Bのテーマについて「A」と「C」との対照が示される。 対比関係を合んだ主題「Bは+CではなくA」が、さらに対比に転換するとき、対比関係が拡大して、もうひとつ「Bは+CではなくA」と同じ関係になる「Xは+ZではなくY」が必要になる。ただ、これを簡略化すれば「Xではなく、Bは+CではなくA/YではなくZ」への書き換えが可能になる。 つまり、主題「~は」から、対比と有標主格「~は/~が」への転換には、常に新たな対比要素「X」が加わって、循環して行くが、3周もすると、加えるものがなくなって、結局、もとに戻ってしまう。 使い分けワンポイント ⑭ 主题の「~は」と対比の「~は」 上に示した転換式を簡略化して、対比「BとC」の側面かとらえなおすと、次のようにまとめることができ、主題の「~は」と対比の「~は」の関係を示すことができる。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/『~には・~のに』と対比」を参照 主題→対比:Bは~+Cは~ <14> お酒は好きです。 →お酒は好きですが、タバコは嫌いです。 対比→有標主格:Cではなく、Bが~ タバコではなく、お酒が好きです。 →お酒が好きです。 父は、お酒は好きですが、夕バコは嫌いです。 →父は、お酒は好きです。 父が好きなのは、お酒です。(夕バコではありません)。 →父の好物は、夕バコではなく、お酒です。 →父の好物は、お酒です。(「主題」だけで「対比」はない) 対比 + 有標主格:Cではなく、Bが~ タバコではなく、お酒が好物です。 →お酒が、好物です。 主題 + 対比 + 有標主格:Aは + Cではなく、Bが~ 父は、タバコではなく、お酒が好物です。 →父は、お酒が好物です。 つまり、有標主格「Cではなく+Bが:タバコではなく+お酒が+好きです/好物です」は、対比相手となる「C/タバコ」が明示されていても、されていなくても「ほかでもなく+お酒が+好きです/好物です」という対比を響かせている。しかし、対比をもつ主題「Aは+B+C:父は+タバコではなく、お酒が好物です/お酒は好きですが、タバコは嫌いです」の場合、もしBかCの一方「タバコ」が省略されると、確かに「Aは+B/C+は:父は+お酒は+好物です/好きです」は対比を示すが、主格「~が」を使った「Aは+B/C:父は+お酒が+好物です/好きです」は、対比を示さなくなる。 主題 + 対比: Aは + Bは~( + しかし + Cは~) 父は、お酒は好きだが、タバコは嫌いだ。 対比をもつ主題「Aは + B + C」が、さらに対比に転換するためには、自分自身と等しい対比要素「Xは + Y + Z」を必要とするが、通常「父は、お酒は好きだが、タバコは嫌いで、母は、ケーキは好きだが、お酒もタバコもきらいだ」といった言い方は、あるとしても、ほとんど使われることがない。 使い分けワンポイント ⑮「~は」の配列 課長は、午後からは、出勤することはするのだが、まだ連絡はない。→課長、午後から、出勤するのだが、まだ連絡がない。 今日は、雨は降らないとは思いますが、念のために傘はお忘れなく。→今日、雨は降らないと思いますが、念のために傘をお忘れなく。 彼女は会議には行きはしますが、定刻には間に合わないそうです。→彼女、会議に行きますが、定刻に間に合わないそうです。 <15> ひとつの文に「~は」が、いくつか並んでいると、最初は「主題 + は」になり、次が「対比 + は」で、その次が「ためらい + は」で、最後が、文末の否定語と呼応する「~は」というのが一般的である。 ただ「ケーキではなく、お酒の好きなのは、母ではなく父だ」の対比を示す「ケーキではなく」は、主題「お酒の好きなの + は」のまえに来ているのではなく、すでに「使い分け④」で述べたが、主題に含まれている。 「~は」の配列:主題 → 対比 → ためらい → 否定 上に示した配列は、あくまでも原則なので、いつも成立するものではない。また、ひとつの文に、いくつもの「~は」が出てくるのは、主格の「~が」と比べると、それほどタブーでもないが、少ないか、ないほうが素直な響きになるので、むやみに使うのは避けるに越したことはない。 これは「対比/ためらい」を示す「~は」が、聞き手に対して、話し手の気持ちを推測させるように働き、ストレスとなる緊張を生みだすので、歓迎されないからである。 使い分けワンポイント ⑯ 「~は」と「~が」の配列 出勤(は)しますが、彼 + は/×が + 会議に出席しないのです。 →彼が出勤しますが、(彼 + は/×が) 会議には出席しないのです。 課長は、午後からは、出勤することはするのだが、まだ連絡はない。 ×課長が、午後からは、出勤することはするのだが、まだ連絡はない。 彼女 + は/×が + 会議には行きはしますが、遅れるそうです。 あの花じゃなく、つぼみをたくさんつけてるの + は/×が、この花だ。 今日は雨が降らないとは思いますが、念のために傘はお忘れなく。 会議には、彼女が出席します + が/けど、彼は出張で出席できません。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/接続」を参照 主格を表す「~は」と「~が」は、ひとつの文に現れることはないが、有標主格の「~が」と、主格を表さない主題や対比の「~は」とは、ひとつの文に現れる可能性はある。この場合は、次のようになる。 「主題/対比」の「~は」+「有標主格」の「~が」 上の最後の例は、見かけの上では、主題の「~は」+ 有標主格の「~が」+ 対比の「~は」という配列になってはいる。しかし、対比「彼は」の前には、〈敬体〉「~ます」に続く逆接確定条件の「~が/~けど」があるので、まえの部分「会議には、彼女が出席します」は、未完文ではなく、後の部分「(会議には) 彼は出張で出席できません」と対等な関係にある独立した文である。 彼女ではなく、彼 + は/が + 会議に出席しない +の/のです。→彼女ではなく、彼 + は/×が + 会議には出席しない。→(彼女ではなく、彼が会議には出席しない) のです。 (あの花ではなく、つぼみがたくさんついている) のは、この花だ。午後からは、(課長が出勤する) ことはするが、まだ連絡はない。 <16> →午後からは、(課長が出勤し) はするが、まだ連絡はない。 (妹ではなく姉のほうが賢い) ことは賢いが、性格は妹のほうがいい。 →(妹ではなく姉のほうが賢く) はあるが、性格は妹のほうがいい。 (ほかより、この部屋が確かに静かで) はあるが、どうも気に入らない。 (彼がクラス担任で) はあるが、病気がちで、その任を果たしていない。 (注) 上の( )は未完文と考えられる。 「今日は雨が降らない」とは思いますが、念のために傘はお忘れなく。 (注) 上の「 」は引用文である。 ただ上のように、有標主格の「~が」が、主題や対比の「~は」のまえにくるのは、次の場合であると考えられる。 未完文のなかの「~が」+「主題/対比/ためらい」の「~は」 特に「ためらい」を表す「A + は + する/ある + が」のAは、名詞化していて、いわば「A=未完文 + の/こと」と同じ働きをしているので、見かけの上では「~が」が「~は」のまえにきているが、この「~が」は、未完文のなかの「~が」である。 使い分けフンポイント ⑦ 「~は」と互換性のない有標主格 「十五夜の月より十六夜の月のほうが、丸くて美しいそうです。 →丸くて美しいのは、十五夜の月より十六夜の月のほうだそうです。 アフリカのナイル川が、世界で一番長い河だと言われています。 →世界で一番長い河は、アフリカのナイル川だと言われています。 こんな汚い仕事、おれ、いやだよ。したいなら、おまえがしろ。 →こんな汚い仕事、おれ、いやだよ。したいなら、×するのはおまえだ。 あの美しかった人が、やつれて、見る影もなくなってしまった。 ×やつれて、見る影もなくなってしまったのは、あの美しかった人だ。 この本を読むには、かなり大きな百科事典が必要になるでしょう。 ×この本を読むのに必要となるのは、かなり大きな百科事典でしょう。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/『~には/~のに」と必要性」を参照 通常は、有標主格を使って表される上のような文「AがB」も、主題の「~は」を使った「BはA」に書き換えできることはできるが、不自然に響く。 これは「AがB」のほうが、聞き手の知らない「未知情報A」を際立たせながら、聞き手に「ほかでもなくAがB」と述べているのに対して、もし「BはA」にかえると、Bが聞き手の知っている「既知情報」にかわってしまい、Aが説明的な内容になって、会話における情報価値が下がってしまうからである。なお「未知情報」と「既知情報」については、あとを参照のこと。 ところが、次のような「~が」は書き換えることができない。 親が親なら、子も子だ。 →親があんな親なのなら、当然、子どももあんな子どもなのだ。 おまえが行くなら、おれも行くよ。 →おまえが行くのなら、おれも行くよ。 →行くの + が/×は + おまえなら、おれも行くよ。 <17> このまま景気が回復しないのなら、失業問題は深刻さを増すだろう。 ×このまま回復しないのは景気なら、失業問題は深刻さを増すだろう。 今度のパーティー、あなたが行くのなら、彼女も行くのかしら。 これは、順接仮定条件を表す「A + (の) なら」の「A + (の)」が〈未完文〉になっているからであろうと思われる。 使い分けワンポイント ⑱ 「~は」と順接仮定条件 この宝くじが当たっていたら、大きな家くらい、買えるよ。 →当たっているの + が/×は + この宝くじだったら、大きな家くらい、買えるよ。彼が出演したら、視聴率は下がってしまうでしょうね。 →彼が出演しなかったら、視聴率は下がらないでしょうね。 料理がおいしければ、少しくらい場所が悪くても客は来るよね。 もしその男にアリバイがあれば、犯人はいないことになる。 この雨が、あと二日も降り続くと、洪水になるおそれが出てくる。 課長といえば、姿が見えませんね。さっきまで、部屋にいたんですが。 →そういえば、課長は姿が見えませんね。さっきまで、部屋にいたんですが。 課長からすると、今度の人事異動には不満があるだろう。 →課長は、今度の人事異動には不満があるだろう。 先ほとの「便い分け⑦」の「A+(の)なら」だけではなく、ほかの順接仮定条件の場合も、つまり「A+たら/ば/と+B」のAとBを入れ替えても、上のように有標主格の「~が」なら可能であるが、対比などの「~は」では書き換えることができない。これは、仮定条件を含む「A+なら/たら/ば/と+B」が、常に「Aで+ないのなら/なかったら/なければ/ないと+Bでない」という逆の条件を「潜在的/無意識」に併せもっており、仮定条件そのものに対比の機能があるからであろう。 例えば、この「宝くじ + が/の/×は + 当たる」のは「大きな家が買える」ことを意味し、この「宝くじ + が/の/×は + 当たらない」のは「大きな家が買えない」ことを意味することになるので、仮定条件の部分が「A + のは」の役割を果たしている。つまり、仮定条件の「A + (の)」の部分が〈未完文〉になっているため、Aのなかでは、主題や対比を表す「~は」が使えないのである。 最後の2例のような場合では、仮定条件は、主題「~は」の代理機能を示している。 使い分けワンポイント⑲「私は」と「私が」 空港や列車内、ホテルのロビーなどで聞かれる「スミスさんという方、いらっしゃいませんか」という呼び出しに対する答え方には、次のようなものがある。 △スミスは私です。 ×私はスミスです。 呼び出しから、タイムラグなしに返答したのなら「私です」になるが、タイムラグが大きい場合の使用頻度は、上から順になる。しかしタイムラグが大きすぎて「忘れられ <18> 1.1. 主题/提题 たかもしれない」と不安を感じれば、次のようなフルセンテンスが使われるはずである。 さっき呼び出しのあったスミスというのは、私+です/でしょうか。 私が〟さっき呼び出しのあったスミスなん+です/でしょうか。 この2つのどちらを使うかは、話し手の好みの問題になるが、もし話し手に「ちょっと手が離せなくて/アナウンスが聞こえなくて+遅くなりました」といった気持ちでもあれば、下のほうが使われる。 つまり、下のほうが「息せき切って」駆けつけた感じがあり、話し手が「実は、さっき呼び出しのあったスミスというのは、ほかでもなく私なんです」といいたい気持ちを、気持ちにあわせて駆け足でいえば「(ほかでもなく)私が、さっき呼び出しのあったスミスなんです」になるからである。 ところが上のほうは、ただ事実を承認「私です」しているか、事実の確認「私でしょうか」をしているだけなので、落ち着いた中年以上の人がイメージとして浮かんでくる。 使い分けワンポイント ②有標主格「~が」と「~は」の構造 A:お母さん/会議/この写真/これ+は+どこ/いつ/誰/何? B:二階/明日の午後/ぼくのいとこ/今晩のおかずだって。 X:どこ/いつ/誰/何+が+図書館/誕生日/来るの/好き? Y:あそこ/1月1日/ルームメート/ラグビーとジャズ。 主題や対比の「~は」のあとに疑問詞がきて、疑問詞のあとに有標主格「~が」がくるということは、次のことを示している。 A + は + 疑問詞 B:Aは話し手も聞き手も知っている情報 疑問詞 Y + が + X:Xは「聞き手が知っている」と話し手の考えている情報 A + は + B:お母さん/会議/この写真/これ + は + 二階/明日の午後/ぼくのいとこ/今晩のおかずだって。 Y + が + X: あそこ/1月1日/ルームメート/ラグビーとジャズ + が + 図書館/誕生日/来るの/好き。 X + は + Y:図書館/誕生日/来るの/好きなの + は + あそこ/1月1日/ ルームメート/ラグビーとジャズ。 答えのほうをフルセンテンスで示すと、上のようになり、次のことを示している。 A/X + は:話し手も聞き手も知っていた「双方既知情報/テーマ」は + B/Y:聞き手の知らなかった「聞き手未知情報/答えや説明」Y + が + X:聞き手未知情報 + が + 双方既知情報 「A + は + 疑問詞B」の答え方は「A + は + B」しかないが、これに対して「疑問詞Y + が + X」の答え方には、2通り「Y + が + X」と「X + は + Y」があり、これは「Y + が」のほうが、ホットな情報であり、熱が冷めてしまうと、すぐに「は <19> + Y」にかわってクールな情報になることを表している。 つまり「A/X + は + B/Y」は、いわば科学的な公理や法則、道徳律や行動規範、法律や規則、上意下達となる命令や年配者の説教、教壇に立つ教師の説明、取り扱い説明書やマニュアル、ものの作り方やノウハウなど、冷静に聞き手を納得させ、指示に従わせたり、教えたり知らせたりする場合には、特に愛用されている。 使い分けワンポイント ②既知情報と未知情報 「A + は + B」か「B + が + A」が成り立っているとき、AとBは次のことを表している。 郵便局(A)+ は/×が + どこ(B)ですか ← どこが郵便局ですか。 来るの(A)は誰(B)ですか ← 誰が + 来ます/来るのです + か。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 上のA「郵便局/来るの」のあとが「~が」にならないのは、聞き手が「郵便局の所在/来る人」を知らないと話し手が判断すれば、この問いは成り立たないからである。したがって、Aは聞き手既知情報になる。 また、話し手が具体的に「郵便局の所在/来る人」を知らなくても、話し手は「郵便局はどこかにある/誰か人が来る」と考えているので、Aは話し手既知情報にもなる。 使い分けワンポイント ②「それは」と「それが」 A:旅行はいかがでしたか。 B:ええ、それは楽しかったですよ。ご一緒できればよかったですね。 →B:ええ、それが急に子どもが熱を出して、行けなくなって。 P:どうして遅刻したんですか。 Q:ええ、それが、昨日、仕事で遅くなって、朝寝坊したんです。 ええっと、それ+が/は+ですね。すみません、資料をお配りします。 ▶本文5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/前触れ」を参照 最後の例は「用例」(p.3)にあげたものであるが、双方既知情報の「それは」の場合は、聞き手の質問「それ」を受けて、これから配る資料のなかに解答のあることを述べようとしている場面を表している。 これを聞き手未知情報の「それが」にすると、質問に関連する聞き手の知らない話し手個人の状況「それ」を受けることになり、話し手は「実はですね、先ほど資料を配るのを忘れていたのですよ。すみません、これからお配りします」という弁解や言い訳をしている場面になる。「それが + X」は、聞き手からの質問に答える「前触れ」になり、聞き手未知「聞き手にとって意外な」情報Xを提示することで、聞き手の理解を求めたり、聞き手を説得したりする場合によく使われる。 <20> 1. A: これが、このあいだ、おっしゃっていたあの陶器ですか。 - B: ええ、そうですよ。 ええ、それが、このあいだ、お話した陶器ですよ。 →ええ、このあいだ、お話したのは、その陶器ですよ。 2. A:このあいだ、おっしゃっていたのは、これですか(↑)(↓)。 →これは、このあいだ、おっしゃっていたあの陶器ですか(↑)。 B:ええ、そうですよ。 *ええ、それは、このあいだ、お話した陶器ですよ。 本文107「モダリティの表現 上の「1」は「B + が + A」を使った会話で、A「あの陶器」が双方既知情報、B「これ/それ」が、話し手か聞き手の一方が知らない未知情報になっているので、話し手が判断を放棄して、Bについて質問する〈問いかけ文〉と、それに答えている〈述べ立て文〉になっている。 つまり〈問いかけ文〉のほうは、手にした陶器と、このあいだ聞き手が話していた陶器のイメージとが、一瞬にして一致し、話し手が「ほかでもなく、これこそが」と、目を輝かせて問いかけている場面である。 「2」は「A + は + B」を使って、A「このあいだ、おっしゃっていた」が双方既知情報、B「これ」が話し手未知情報になっているので、最初の〈問いかけ文〉は問題ない。ただ、話し手は目を輝かせてはおらず、誇張していえば「なんだ、こんなのか、つまらない」と心で思っているかもしれない。 これは「このあいだ、おっしゃっていたのは」が、ほかの「昨日、言っていたのは」などと対比になっているわけではなく、主題を表しているので、主題の「~は」独特の「教師口調」が現れるからである。 特に注意が必要なのは「イントネーション」で、上昇させても、生意気な感じがするが、これを下降させようものなら、聞き手の顔色が変わること、請け合いである。 ところが、次の「これはあの陶器ですか」は、A「これ」が双方既知情報、B「あの陶器」が話し手未知情報になって、不自然というより矛盾している。 これは、話し手が答えを求めて質問する〈問いかけ文〉ではなく、手にした陶器Aと、このあいだ聞き手が話していた陶器のイメージBが一致し、間違いなく「AはBだ」と確信した上で、聞き手の同意を求めて「確認」している場面である。 したがって「なんだ、こんなのか、つまらない」と思っているのを、聞ぎ手に悟られたくなければ、この確認にするほうが無難である。この場合の「これは」は対比を表していて、教師口調にはならないからである。 ただ、イントネーションは必ず上昇させること。もし下げてしまうと、聞き手の顔色に変化があるかもしれない。 使い分けワンポイント ②④ むだな双方既知情報 上の「2」の最後の答えが使えないのは、話し手が確認しているだけで、なかば既知情報になっている内容を繰り返しているからである。 <21> これは、手にした本を指しながら「これは本です」といったり、目の前でご飯を食べている人に向かって「何をしていますか」とたずねたり、聞き手の名前を使って「あなたは田中さんです」と念を押したりするようなもので、語学の教科書のほかには、お目にかかれないものである。 B+が+A」は、最初に提示したBが、話し手か聞き手にとっての未知情報になり、特に〈述べ立て文〉では、聞き手未知情報となって、聞き手に「新鮮なもの」と感じさせるので、たとえ実際はそうでなくても、聞く価値のあるものと聞き手に思わせる力をもっている。 ところが「A + は + B」は、最初に聞き手既知情報Aが提示されるので、もしBあたいも話し手の知っている情報の場合は、いわば「むだな/聞くに値しない/聞くまでもなかった/聞いて損をした」情報になってしまい、話し手の反感を買うだけである。 先生や親など「お偉方」の話は、この「A + は + B」が多用され、聞き手には「まったく魅力ないもの」になる場合が多い。 A:お父さん、明日の日曜日、(お父さんは)何、するの? B:いや、(私は)別に(何もしないよ)。おまえは(何をする)? ねえ、お父さん、一緒に(ぼくたち + ×は、サッカー)しない? 来月(ぼくは)試合があるから、(ぼく + ×は)練習したいんだ。 そうか、それなら、(おまえ + ×は)(練習に)頑張らなくっちゃ。 )( )の部分は、省略可能なことを示している。 「+×は」は、( )をはずした場合でも、付加できない。 日本語は、双方既知になる情報を省略可能な限り省略し、むだを削ぎ落とし、必要な部分、つまり話し手が「目標/ターゲット」とする話の「焦点/フォーカス」だけに絞りこもうとする。 特に、双方既知情報があふれかえっている〈ウチ〉での会話では、キーワードが既知情報化して省略されてしまうので、第三者が聞けば、何の話をしているのか把握できない場合が多い。逆に〈ソト〉〈ヨソ〉へと移るほど、未知情報が増えて、フルセンテンスの会話になり、それが丁寧さの度合いを高めていくことになる。 日本語は、ひとつの文が同じ内容を表していれば、長くなるほど「丁寧さ/よそよそしさ」が増し、短くなるほど「ぞんざいさ/親しさ」が増す。後者は、〈文体〉にも関係するが、双方既知情報を省略して、文を簡潔にし、会話の効率をあげるためでもある。忙しい仕事現場では、〈非敬体〉が使われ、単語レベルの言葉が並ぶだけである。逆に、むだな双方既知情報を省略しない会話では、よそよそしさより、むしろ「しらじらしさ」を感じさせて、仕事現場でのお話にならなくなってしまう。 対話における大前提の双方既知情報は、いうまでもなく話し手を示す「私」と聞き手を指す「あなた」なので、省略されるのが基本である。また、話題や主題として提示された「第三者A + は」は、同じ話題や主題が続く限り、二度と姿を現さない。 <22> 1.1. 主题/提題 初級の日本語学習者が連発したり、翻訳文で頻繁に現れたりする「私+は」や、質問に対するフルセンテンスでの答えは、日本人を苛立たせるだけであるが、これは、例えば外国語の「わたし」に相当する語と、日本語の「わたし」を比べた場合、おそらく日本語のほうが長いであろうし、両者のセンテンスを逐語的に直訳すると、圧倒的に日本語のほうが長くなるからである。 ところが、初級の日本語学習者の自己紹介には、エンドレスかと思われるほど「私」が出現する。 最初の「みなさん、こんにちは。わたしは李です」から不自然になるのは、最初に現れる「私は」の「~は」が「主題」になるからで、教壇に立つ「教師口調」になって「これから自己紹介をするから、よく聞けよ。わかったか」といっているように聞こえるからである。また「初級だから」と我慢したところで、せいぜい対比にしかならないので、まるで「私は李ですよ、王ではありませんよ/みなさんではなく、私が李なのです」と言っているような響きになるからである。 長く日本語の教師などをやっていると、慣れっこになってしまって、まったく気にならない人がいるそうであるが、こういう学生を日本社会に送って、日本人から「外国人だから」と笑ってすまされると、一番バカにされているのは、こんな外国人に日本語を教えた教師なのである。 また、日本語の料理の注文法「ぼくはうなぎだ」などが、おかしいと思う向きもあると聞くが、先ほどの「お母さん/会議/この写真 + は + 二階/明日の午後/ぼくのいとこ + だ」と同じくらい自然な日本語であり、逆に、理屈に合わせた直訳フルセンテンスは、日本語ではなくなってしまう。 使い分けワンポイント 26 省略できない双方既知情報 課長じゃなくて、あなたが行くのですか。 まだ残業するんですか。私は帰りますよ。 みんな、来てますか。王さんがお休み。張さんは? あ、いるのね。メニュー、見せて。お父さんは、何? ぼくは、和食。おまえは? トンカツ定食? いえ、それはいけません。私がお注ぎします。どうぞ。 「私/あなた/彼/彼女+は/が」は、話し手が「他者/その他すべての人」と区別するために「私/あなた/彼/彼女」を必要とする「対比」の場合だけ、省略することができなくなる。 「A + が」は、もともと「ほかの人ではなくAが」という対比を表していて、省略できないので問題ないが、主題と対比に使われる「A + は」は、対比の場合に限り、省略できない。 上の最後の例は、パーティーなどのお酒の席で、聞き手がビールなどを勧めて注ごうとしたのを、話し手が制して、聞き手に注ごうとしている場面である。 ぼくが部屋の掃除をしておくから、おまえは買い物に行ってくれ。 あっちは体育館がいいそうだから、私たちは音楽教室を使いましょう。 お兄ちゃんは、どっちでもと言ってるけど、ぼくは行きたい。 <23> そのお荷物、私がお持ちしましょう。 誰か手伝っていただけないかしら。あ、あなたが手伝ってくださる? それ、食べないんだったら、ぼくが食べてもいい? また、対比の「私/あなた/彼/彼女 + は/が」が省略できないのは、〈述べ立て文〉や、その〈問いかけ文〉だけではなく、上のように〈働きかけ文〉や〈情意表出文〉と、その〈問いかけ文〉にも適用され、すべての文に起こる現象である。 使い分けワンポイント ②「~は」の省略 ほら、あの人、うちの課長じゃない? あそこで若い女性と話してる。すみません、その傘、私のなんですけど。 あの、私、今回の会議に出られないのですけど。 あんた、いったい、誰にもの言ってるんだい? あたし、あなたの考えてるような人間じゃないわ。 お父さん、これから出かけたいんだけど、お留守番できる? さあ、仕事も一段落ついたし、ぼく、お昼にしようっと。 あの、ぼく、明日、休んでもいいでしょうか。 じゃ、ぼくたち、これから始めようか。 あなた、ちょっと手伝ってくださらない? 上の例は、すべて主格を示す主題の「~は」が省略されているが、わざわざ「~は」を加えると、むしろ不自然になるものである。 〈述べ立て文〉→〈情意表出文〉→〈働きかけ文〉 不自然さは、上の順に強くなり、最後の〈働きかけ文〉では使えなくなる。それぞれの文には、その〈問いかけ文〉が含まれているが、〈働きかけ文〉での「ぼく/ぼくたち/あなた」などは、ほとんど「呼びかけ」になっているからである。もし「~は」を加えると、対比になってしまう。 〈情意表出文〉では、使う人がいるかもしれないが、主題ではなく、対比に傾く。 〈述べ立て文〉で「~は」が省略されるのは、聞き手の注意をひきながら〈現象描写文〉と〈判断文〉との境界になる最初2例のような、いわば「『~は』もダメ『~が』もダメ」となって、どちらも使えない場合である。 しかし最も多く省略されるのは、わざわざ主題の「~は」をつけると、教壇にたつ「先生じみた口調」になって「角が立つ/聞き手が気分を悪くする」という状況に置かれた場合で、かといって「A+は」全部を落としてしまうと、誰のことかわからなくなるというハムレット的な心境になった場合である。 つまり「A+は」における「~は」は、話し手が『『~は』はあってはいけないけど、Aはなくてはいけない」という矛盾に陥った場合に省略され、ほとんど自動的に、まるで神の手が働いたかのように、速やかに姿を消してしまう。 使い分けワンポイント 28 「~が+疑問詞」と問い返し A:友だちが明日、遊びに来るよ。いいかな? B:えっ?何ですって?誰がいつ、何しに来るのですって? <24> H:昨日、ベトナムのグエンさんに、駅でばったり会ったんだよ。 I:何?どこの誰に会ったって? P:これから、ちょっと、友だちの家に行ってくるよ。 Q:こんな時間に、友だちの家に行ってくるって? X:私は、あなたの父親です。 Y:あなたが、私の父親ですって? 「問い返し」とは、最初2つの会話のように、聞き手の言ったことの一部が聞きとれなくて、その部分を疑問詞にして、問いかける場合に使われる。また、残り2つの会話のように、聞き手の言ったことは、すべて聞きとれたのであるが、その真意がわからなかったり、不審や疑いを抱いたり、さらに、聞き手を非難したり、なじったり冷やかしたり、皮肉ったりバカにしたりする場合にも使われる。 後者の場合、一方では、聞き手の同意を求めて、確認しているふりはしているが、もう一方で、省略すべき双方既知情報を、わざわざ問い返すことによって、実際には、その情報の「むださ/無効性」を宣言し、聞き手の言ったことを、全面的に否定していることになる。 X:私は、あなたの父親です。 Y:あなた 十 は/が、私の誰ですって? →あなたが誰ですって? 私のお父さん? 冗談でしょう? そんな人いないわ。 私が何をしたって? 困っているから助けてあげたんでしょう? それを「泥棒」呼ばわりなんかして、いったい、どういうつもりなの? おまえが何になるって? 歌手? 嘘だろ? 人の迷惑も考えなよ。 あいつが、いつ、どこで、誰に金を貸したって? もう一度、言ってみな。間違ったら承知しねえからな。もう一度、言ってみろ! ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/動詞ます形 + なよ」を参照 上の例は「A + が + 疑問詞」という日本語の構造上、ありえない「~が」が使われているが、ありえない「~が」を使って、A「私の父親というあなた/泥棒呼ばわりされる私/歌手になるおまえ/金を貸したあいつ」の存在そのものを否定している。ここがどこ(だ)か、見当もつかない。来たことないと思うが、違う?私が誰(だ)かわかりませんか。ずいぶんお会いしてはいないのですが。 ▶本文 1.3.「主題/例示/文中の『~のか』を参照 また「A + が + 疑問詞」は、疑問詞が問いかけを表さない場合に使われる。上のほうの例では、話し手は、場所の名前を聞いているのではなく、例えば「ここは東京だ」など、場所の名前をあげて言うことのできない状態を表している。つまり「ここは東京なのか、ほかの場所なのか、東京でなければ、いったいどこなのか、全然わからない」という確信のなさを表している。 下のほうは、話し手を見知ってはいるが、話し手の名前をいう確信のない聞き手に「私の名前を知っているかどうか」を聞いているだけで、話し手の名前「私は誰か/私の名前は何か」を聞いているわけではない。 ただ内容的には、場所の名前や話し手の名前を聞いているのと同じ結果になるが、ここでは、有標主格の「~が」を使って「ほかでもなく+ここが東京/私が田中+かどうか+わからない/わかるか」と言うかわりに、名前の部分を疑問詞にして「ほか <25> でもなく + ここがどこか/私が誰か + わからない/わかるか」という言い方をしている。 使い分けワンポイント 29 「AはBがC」のバリエーション 「AはBがC」に、先ほどの「使い分け⑬」に示した「主題→対比⇔有標主格⇔主題→対比⇔有標主格⇔主題」と転換していく式をあてはめると、次のように、可能性のあるのは24通りであるが、転換できるのは「A~O」の15通りである。 ただ、実際に使えるのは「A + B + E」と、番外の「N + O」で、ほかは同じものが現れるだけである。 1- A 象は鼻が長い: 主題の「~は」+ 未完文の「~が」 象は + 鼻が長い。「主題 + 未完文」 →象は、鼻が長い (が、キリンは首が長い)。「対比 + 未完文」 →(キリンではなく) 象が、鼻が長い。「有標主格 + 未完文」→「Cへ」 →鼻 + が/の + 長いのは、(キリンではなく) 象だ。「未完文 + は:主題」 →鼻が長いのは、象だ (が、首が長いのはキリンだ)。「未完文 + は:対比」 →(首ではなく) 鼻が長いのが、象だ。「未完文 + が:有標主格」 →象は、(首ではなく) 鼻が長い。「主題 + 未完文」→「3 行目へ続く」 1- B 象は鼻が長い: 主題の「~は」+ 有標主格の「~が」 象は + (足ではなく) 鼻が + 長い。「主題 + 有標主格/未完文」→象は、長いのは鼻だ (が、短いのは足だ)。「主題 + 対比」→象は、(短いのではなく) 長いのが鼻だ。「主題 + 有標主格」→象は、鼻は長い (が、足は短い)。「主題 + 対比」(注) 2番目に現れる「~は」は、主題ではなく、対比になる。→象は、(足ではなく) 鼻が長い。→「B 2-C 象は鼻は長い:主題の「~は」+対比の「~は」 象は + 鼻は長い(が、足は短い)。→「Bの5行目」 3-D 象が鼻が長い:有標主格の「~が」+ 未完文の「~が」(キリンではなく)象が + 鼻が長い。→「Aの4行目」 3- E 象が鼻が長い:有標主格の「~が」+ 有標主格の「~が」 3-E 象が鼻が長い・有 象が + (首ではなく) 鼻が + 長い。「有標主格 + 有標主格/未完文」 →象が長いのは、(首ではなく) 鼻だ。「未完文 + は:主題」 →象が長いのは、鼻だ (が、キリンが長いのは首だ)。「未完文 + は:対比」 →(キリンではなく) 象 + が/の + 長いのが、鼻だ。「未完文 + が:有標主格」 →鼻は、象が長い (が、首はキリンが長い)。「対比 + 有標主格/未完文」 (注) 意味の上から「鼻は」は「象が長い」の主題にはなれない。 →(首ではなく) 鼻が、(キリンではなく) 象が長い。「有標主格 + 未完文」 →(キリンではなく) 象が長い。「有標主格 + 未完文」 →(首ではなく)鼻が、(キリンではなく)象が長い。「有標主格+未完文」→(キリンではなく)象が長いのは、(首ではなく)鼻だ。→「3行目」 4- ×象が鼻は長い:有標主格の「~が」+ 対比の「~は」 (注)主格の「~が」は、未完文でない限り「~は」のまえにはこない。 5- F 象が長いのは鼻だ:未完文の「~が」+ 主題か対比の「~は」 <26> 象が長いのは + (首ではなく) 鼻だ。「主題」→「Eの3行目」→象が長いのは、鼻だ (が、キリンが長いのは首だ)。「対比」 6−G 象が長いのが鼻だ:未完文の「~が」+ 有標主格の「~が」(キリンではなく)象が長いのが、鼻だ。→「Eの5行目」 7ー “象は長いのが鼻だ 8- *象は長いのは鼻だ (注) 未完文の主格に「~は」は使えない。 9-H 鼻は象が長い:対比の「~は」+ 未完文の「~が」 鼻は + 象が長い (が、首はキリンが長い)。→「Eの6行目」 9-Ⅰ 鼻は象が長い: 対比の「~は」+ 有標主格の「~が」 鼻は + (キリンではなく) 象が + 長い。「対比 + 有標主格」 *鼻は、長いのは、(キリンではなく) 象だ。「主題 + 対比」 (注) 未完文の主格に「~は」は使えない。 →鼻が長いのは、(キリンではなく) 象だ。→「Aの5行目」 10- ×鼻は象は長い (注)対比の「~は」+主題の「~は」にはならない。 11- J 鼻が象が長い:有標主格の「~が」+ 未完文の「~が」 (首ではなく) 鼻が + (キリンではなく) 象が長い。→「Eの8行目」→(キリンではなく) 象が長いのは、(首ではなく) 鼻だ。 11- K 鼻が象が長い:有標主格の「~が」+ 有標主格の「~が」 (首ではなく) 鼻が + (キリンではなく) 象が + 長い →(首ではなく) 鼻が長いのは、(キリンではなく) 象だ。→「Aの7行目」 12- ×鼻が象は長い:有標主格の「~が」+対比の「~は」 (注)主格の「~が」は、未完文でない限り「~は」のまえにはこない。 13- L 鼻が長いのは象だ:未完文の「~が」+ 主題か対比の「~は」 鼻が長いのは +(キリンではなく)象だ。「主題」→「Aの5行目」→鼻が長いのは、象だ(が、首が長いのはキリンだ)。「対比」 14- M 鼻が長いのが象だ:未完文の「~が」+ 有標主格の「~が」(首ではなく)鼻が長いのが、象だ。→「Aの7行目」 15- $ ^{*} $鼻は長いのが象だ 16- $ ^{*} $鼻は長いのは象だ (注) 未完文の主格に「~は」は使えない。 17- $ ^{*} $長いのは象が鼻だ 18- $ ^{*} $長いのは象は鼻だ 19- “長いのが象が鼻だ 20- $ ^{*} $長いのが象は鼻だ 21- $ ^{*} $長いのは鼻が象だ <27> 22- $ ^{*} $長いのは鼻は象だ 23- “長いのが鼻が象だ 24- ×長いのが鼻は象だ (注)後半部分の「象」と「鼻」の関係が不明。 N 象の鼻は長い:主題の「~は」 象の鼻は + 長い。「主題」 →象の鼻は、長い (が、象の足は短い)。「対比」 →(象の足ではなく)象の鼻が、長い。「有標主格」 →長いのは、(象の足ではなく)象の鼻だ。「主題」 →長いのは、象の鼻だ (が、短いのは象の足だ)。「対比」 →(短いのではなく)長いのが、(象の足ではなく)象の鼻だ。「有標主格」 →(象の足ではなく)象の鼻は、(短いのではなく)長い。→「はじめに戻る」 0 象の鼻が長い:有標主格の「~が」 象の鼻が+長い。「有標主格」 →長いのは、(象の足ではなく)象の鼻なのだ。→「Nの5行目」 「こんな転換をし」 ただ、母語に「AはBがC」がないか、あっても上のようなバリエーションのない日本語学習者には、ちょっと不思議な現象なので、参考までに、と思っただけである。 「~は」と「~が」の違いがよくわかるので、練習問題と思って、転換してみていただければと思う。 使い分けワンポイント 30 対比の「AはBがC」 1. キリンは + 首が長いが、象は + 鼻が長い。「対比」 →キリンが、首が長くて、象が、鼻が長い。「2つの有標主格+未完文の並列」 →首が長いのは、キリンで、鼻が長いのは、象だ。「2つの主題の並列」 →首 + が/は、キリンで、鼻+が/は、象だ。「未完文の短縮」 2. キリンは + 首が + 長いが、象は + 鼻が + 長い。「対比 + 有標主格」→キリンは、長いのは首だが、象は、長いのは鼻だ。「主題 + 对比」→長いのは、キリンは首だが、象は鼻だ。「主題 + 对比」 3.源氏物語は作者が紫式部で、枕草子は作者が清少納言です。「主題+未完文の並列」→源氏物語は紫式部が作者で、枕草子は清少納言が作者です。「主題+有標主格の並列」→源氏物語が紫式部が作者で、枕草子が清少納言が作者です。「有標主格+有標主格の並列」→作者は、源氏物語が紫式部で、枕草子が清少納言です。「主題+2つの未完文」→源氏物語が紫式部で、枕草子が清少納言です。「主題の省略」→紫式部は源氏物語で、清少納言は枕草子です。「主題の並列」 4. ぼくは、和定食を食べて、娘は、トンカツ定食を食べます。「主題の並列」 →ぼくが、和定食で、娘が、トンカツ定食です。「有標主格の並列」 →和定食 + は/が、ぼくで、トンカツ定食 + は/が、娘です。「未完文の短縮」 →ぼくは、和定食で、娘は、トンカツ定食です。「主題の並列」 もちろん、上だけではなく、転換させる方法はいろいろあるが、2つの「AはBがC」 <28> が対比になっている場合、上のような遊びをしていると、反復される双方既知情報が、自然と省略されてしまい、まったく異なる2つを等号で結ぶことができるようになる。 ただ、双方既知情報「長い/作者/食べる」を省き、対比の「~は」を活用すれば、上と同じ結果になるので、わざわざ上のようにする必要はない。 使い分けワンポイント ③1 対比関係と並列関係 ふたりの娘についていえば、 姉のほうは内向的で、よくひとりで音楽を聞いているが、 妹のほうは外向的で、冗談を言って人を笑わせるのが好きだ。 (私は)中国料理や韓国料理は好きですが(、日本料理はちょっと)。 日本語は、読み書きは何とかできますが、会話はまだまだです。 上のような「主題は + 副題 1 は~ + が/けど + 副題 2 は~」が、対比の典型的なパターンである。 うどんとそばでは、うどんは好きですが、そば + は/が ...。 →うどんとそばでは、うどんが好きですが、そば + は/×が ...。 また上のように、主題の「~は」は不可能であるが、対比の「~は」のほうは、一方だけを有標主格の「~が」に置き換えることができる。ただ、両方とも置き換えてしまう人がいるかもしれないが、不自然に響いてしまう。 ×(ほかでもなく/そばではなく)うどんが好きなのですが、 (ほかでもなく/うどんではなく)そばが嫌いなのです。 $ ^{*} $(妹ではなく)姉が、(うどんではなく)そばが好きですが、(姉ではなく)妹が、(そばではなく)うどんが好きです。 ×(キリンではなく)象が、(首ではなく)鼻が長いが、(象ではなく)キリンが、(鼻ではなく)首が長い。 有標主格の「~が」を用いて、上のように両方とも際立たせてしまうと、互いに相殺しあって、際立たせる意味がなくなってしまうというより、対比でなくなってしまう。 姉が、そばが好きで、妹が、うどんが好きです。 象が、鼻が長くて、キリンが、首が長い。 対比を表す逆接確定条件の「~が」を、並列を表す順接確定条件の「~て/~で」に換えると、すべてを有標主格の「~が」に置き換えることができるようになる。 これは、並列関係が、提示された異なる2つ以上のものが同じレベルにあることを示すからである。これに対して、対比関係では、異なる2つ以上のものを比較対照することによって、それらの違いを浮き立たせようとする意識が話し手に働くため、違いではなく、主格を際立たせるだけの「~が」を2つ以上、対比関係に置くことができない。 使い分けワンポイント 32 対比のバリエーション 対比関係というのは、ただ異なっているだけではなく、話し手が正反対だと思ったり、互いに対立しあっていると認めたりした2つ以上の間に成立するものであり、しかも基本的には、聞き手にも、2つ以上のものが対照的であると理解できる関係である。 したがって、例えば、異なる2つのもの「AとB」が対比関係にある場合、その一方 <29> さえ言えば、もう一方は、わざわざ言うまでもなく、聞き手には伝わることになっている。ということは、実際の会話で最もよく使われる対比のバリエーションは、省略のある次の3つのパターンになる。もちろん、主題も双方既知情報なら、省略されてしまう。 1. (主題 + は) +「A + は」+「B + は」 (うどんとそばでは、) うどんは好きですが、そばは ...。 2. (主題 + は) + 「A + は」 + 「B + が」 (うどんとそばでは、) うどんは好きですが、そばが ...。 3. (主題 + は) + 「A + が」 + 「B + は」 (うどんとそばでは、) うどんが好きですが、そばは ...。 対比のバリエーションに、有標主格の「A + が」が使えるのは、有標主格「ほかでもなく + Aが」が「A」と「その他大勢」とを比較対照し、その他大勢から、Aを際立たせているからである。 使い分けワンポイント ③③ 対比のバリエーションと類推 1. (私は)中国料理や韓国料理は好きですが、日本料理は……。 2. (私は)中国料理や韓国料理は好きですが、日本料理が……。 3. (私は)中国料理や韓国料理が好きですが、日本料理は……。 ▶本文 8.3.「極限/類推/類推とは?」を参照 3つの対比のバリエーションで、省略されている「…」の部分は、対比を示す逆接確定条件の「~が」の働きによって、類推が可能になっているので、特に明示されなくても、聞き手には伝わるが、次のような違いがある。 1. Aは+Bは:Bは、Aと正反対になる対立関係にある 日本料理は+ちょっと/好きではありません/嫌いです。 2. Aは + Bが: Aをその他大勢にして、Bを際立たせる (ほかでもなく/料理のなかでは/中国料理や韓国料理よりも) 日本料理が + 一番/もっと + 好きです。 3. Aが+Bは:Aを際立たせて、Bをその他大勢にする 日本料理は+対象外です/興味がありません。 AとBを対等な関係にして、比較対照にしているのは「1」の場合で、最もオーソドックスな対比パターンであるが、会話で使っても面白みに欠ける。 これは、もし「日本料理」がすでに話題になっていれば、双方既知情報となり、あとを省略した「日本料理は」は、たとえ答えを隠しても、むだな情報を与えていることになるからである。 「2」や「3」で使われている「~は」は、比較対照されるもう一方が、有標主格「~が」なので、厳密な意味での対比の「~は」ではなくなっている。3つの場合の「~は」の違いを示せば、次のようになっていると考えられる。 1.対比の「~は」+対比の「~は」 <30> 2. ためらいの「~は」+ 有標主格の「~が」 3. 有標主格の「~が」+ 否定語と呼応する「~は」 どうして話し言葉では、後半の省略された対比のバリエーションを使って、わざわざ聞き手に類推させるかというと、日本語では〈ソト〉〈ヨソ〉に対して、プラスの内容なら口に出し、マイナスなら、言葉を濁らせるという習慣があるためである。 使い分けワンポイント ③④ 対比と外交辞令 うどんとそばでは、そばが好きです。 うどんとそばでは、うどん + は/が + 好きですが ...。 「そば」の好き嫌いを問われて、外交辞令的に答える場合、好きなら、そのまま答えることができるが、嫌いな場合は、上のように、対比を使って、言わないでおく。 中国料理や韓国料理も好きですが、日本料理がもっと好きです。 中国料理や韓国料理 + は/が + 好きですが(、日本料理は ...)。 「日本料理はお好きですか」と聞かれた場合の模範解答は、上のようになるが、マイナスの「嫌い」なら、一緒に「日本料理は」も省略するほうが、点数があがる。 外交辞令の場合、聞き手の期待をプラスとして、対比を使い、歓迎されないマイナスのほうを省略してしまえばいいので、比較的簡単であるが、聞き手の期待が、話し手の謙虚さにある場合は、上のようにマイナスを省略できない。 日本語は、読み書きは何とかできますが、会話がまだまだです。日本語は、読み書きが何とかできますが、会話はまだまだです。 ところが、有標主格の「A+が」が使われると、Aが際立ってしまうので、謙虚が謙虚ではなくなってしまう。 上のほうは、主題の「日本語+は」のあと、ためらいの「~は」と、有標主格の「~が」がきいて、言い換えれば「読み書きは大丈夫だが、ほかでもなく会話がダメだ」と言っていることになる。 また下のほうも、有標主格の「~が」+「~は + 否定語」が、いわば「ほかでもなく読み書きができるが、会話はダメだ」となり、どちらの場合も、傲慢に「読み書き」のできることを訴えたいのか、謙虚に「会話」のできないことを訴えているのかわからなくなってしまって、焦点のぼけた自己PRになっている。 日本語は、会話はまだまだですが、読み書きなら何とかできます。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~なら」を参照 ▶本節「使い分け④/~なら」を参照 面接試験などで、会話のできない謙虚さと、読み書き能力のあることを訴えたい場合なら、上の例がお勧めである。 日本の言語習慣では、最も重要な部分が文末にくるが、文末部分が省略される対比のバリエーションでも、話し手が訴えようとしているのは、省略部分になる。 <31> 使い分けワンポイント ③⑤ ためらいの「~は」とは? 歓送会へは行くことは行きますが、ちょっと用があって、遅れるかもしれません。 →ええ、寒いですけど、昨日よりはずっとましでしょう? 好きなことは好きですけど、結婚のことは、まだ考えてないんです。 →好きですけど、結婚のことは、まだ考えてないんです。 いやなことはいやなんだが、でも、仕事だから、仕方ないだろう? ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/確認とは?」を参照 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/『前触れ』と『ためらい』を参照 「A + は + ~ + が/けど + B」のパターンで使われる「ためらい」の「A + は」は、聞き手の問いかけや確認「歓送会へは行く/歓送会へは行った/ビールなら飲める/昨日は休んだ/その映画は面白い/寒い/好き(な)/いや(な)+(の)か」を受けて、いったんAの部分で「イエス」と答えたり、同意を示したりしてから、逆接確定条件「~が/~けど」のあと、聞き手の期待や想像を裏切る内容Bを述べる場合に使われる。 この場合の「~が/~けど」は、先ほど「使い分け②」で述べた「それが」に使われている「~が」と同じもので、対比を表しているのではなく、普通の逆接確定条件を表 そして、ためらいの「A + は」が、話し言葉で最もよく使われるのは、上のような「A + ことは + A + が/けど」である。 社長が来るから、行くことは行ったが、本当に面白くなかったよ。 休むことは休みましたが、残った仕事は、もって帰ってしました。 ええ、寒いことは寒かったですけど、昨日よりはましだったでしょう? 好きなことは好きだったんですが、結婚なんて、考えてなかったんです。 ただ、Aが〈基準時以前既実現〉の場合、あとのAだけを「A + た」にして使うことがある。 またBは、聞き手の期待や想像と、正反対であったり、対立していたりするわけではないので、対比のバリエーションとは異なり、省略できない。 したがって「映画」の例でも、話し手が言いよどんだ「ただ」のあとは、Aと正反対の「面白くない」といった単純なものが省略されているのではなく、例えば「いかにもアメリカ映画らしく、やたらクローズアップが多く、ただ人をドキドキさせるだけで、 <32> 1.1. 主题/提題 内容はありませんね」といったものがきて、聞き手は「というと?/それで?」と問い返して、話し手に話の続きをうながす場面になる。 これに対して、対比のバリエーションでのBの省略なら、Bはマイナスの単純な内容なので、話し手に問い返すような「バカな/気のきかない」聞き手はいない。 つまり、ためらいの「A+は」というのは、聞き手の問いかけや確認に同意するふりをしながら、つまり、同意するでもない、同意しないでもない「ためらい」を示しながら、話し手が自分自身の考えを展開するためのきっかけとなる「前触れ」の役割を果たすものである。 上の例の書き換えのように、ためらいの「A+は」をはずしてしまうと、ただ「~が/~けど」の「前触れ」が残るだけである。 ん、ビール 昨日、休みはしまし。 この映画ですか。まあ確かに、 寒くはありますけど、昨日よりは、ましょのではないでしょうか。 好きではありますが、結婚のことは、まだ考えておりません。 いやではあるんだが、でも、仕事だから、仕方ないだろう? 彼は、歯科の専門医師ではあるが、口腔内科については詳しくはない。 やっとスランプから抜け出しはしたものの、本調子というには、まだほど遠い。 ▶本文5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~ものの」を参照 「ためらい」の「A + は」は、上のような「A動詞ます形/動作名詞 + は + する + が/けど/ものの」や「A形容詞 - く/(状態)名詞で + は + ある + が/けど/ものの」のパターンでも使われることがある。 ただこれらの言い方は、やや古めかしく、書き言葉で多用される。特に動詞以外では、書き言葉の「~である」が響くので、なおさらである。 話し言葉なら、家庭ではなく、会社や組織など、上下関係のある〈ウチ〉の年配者が〈非敬体〉で使うことが多い。しかし、もし会社や組織の目上や、〈ソト〉の人に対して、〈敬体〉が使われると、話し手の「ためらい」に、まるで〈ヨソ〉に対して話すかのような緊張が加わる。 家庭や親しい友人関係で使わないのは、こうした〈ウチ〉関係では、自分の考えを述べるのに「ためらい」を示す必要がないからである。 歓送会へは行きはしなかったのだが、餞別だけは渡しておいたよ。 △歓送会へは行かなかったことは行かなかったが、餞別だけは渡しておいたよ。 彼は、日本酒なら飲みはしないが、ビールなら少しは飲むはずだけど。 面白くはなかったのですけど、まあ、お付き合いで、見てきたんです。 寒くはありませんが、こんなところに長くいると、風邪を引きますね。 あまり好きじゃないのですが、結婚なんて、そんなもんじゃないかと。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~(の)だろう?」を参照 <33> 上は、否定を含んだ問いかけや確認「歓送会へは行かなかった/日本酒は飲まない/その映画は面白くなかった/寒くなかった/好きじゃない+(の)+ か/だろう?」に対する返答に使われるが、もうひとつの「A+ない/なかった+ことは+A+ない/なかった」ほど長くないし、書き言葉の「~である」も響かなくなるので、肯定の場合に比べると、話し言葉でもよく使われる。 次のような「A+ない/なかった+ことは+A+ない/なかった+が/けど+B」の使えない場合もある。 ただの歓送会なら、行きはしなかったが、社長が来るというから。 ×ただの歓送会なら、行かなかったことは行かなかったが、社長が来るというから。 好きな人と一緒なら、寒くはありませんが、あんな人と一緒では。 顔はあまり好きじゃないのですが、心のきれいな人で。 はじめ2例は、反実仮想の仮定条件「~なら」が、最後の例は、対比の「顔は」が使われ、実際は「行った/寒かった/好きだ」を表しているが、上の「A+は+する/ある+が/けど+B」の「~は」は、前触れとなる「ためらい」を表すと同時に、むしろ重点は「対比」に移行しており、前触れと対比の境界例になっている。 つまり、もし「A + ない/なかった + ことは + A + ない/なかった + が/けど + B」を使うと、前触れの意味しか出なくなって、後半部分「社長が来るというから/あんな人と一緒では/心のきれいな人で」と矛盾を起こしてしまうことになる。 よく頑張ってはいますが、成績はどうも今ひとつ伸びませんね。ソウルへは、よく出張はしますが、長くても1泊2日ですね。この映画ですか。まあ面白いのは確かですが、ただ ...。→この映画ですか。まあ面白いのですけど、ただ ...。 「ためらい」の「A + は」は、ほかに「動詞A + てはいる + が/けど」や、動作を表す名詞につく「A + は + する + が/けど」のほかに、また「未完文A + の + は + 確か/本当 + だ + が/けど」のパターンでも使われることがある。 ただ、聞き手に対して、特に遠慮する必要もない、ごく普通の状況や場面であれば、無理やり「ためらい」を示すことはないので、ためらいの「~は」のないほうが、好感を与えるかもしれない。 ほら、見て。お月さま+が/×は+きれい。今日は、十五夜だった?あ、雨+が/×は+降ってる。ほら、あの車の音、雨の音でしょう?あれ、ちょっと苦い味がする。何、これ。コーヒーのシフォンケーキ?おかしいな。変なにおいがする。ねえ、お母さん、何か、焦げてない?背中がかゆい。かいて。そこじゃない。そうそう、そこが気持ちいい。何かいいことがありそうな気がするんだけど、宝くじ、買ってみる? ▶巻末「文の種類」を参照 〈述べ立て文〉の一種、〈現象描写文〉というのは、話し手が「目/耳/口/鼻/肌」という五官や「直感/第六感」でとらえたものを、そのまま文にしたもので、とらえたり感じたりした対象Aを、無標主格の「A+が」で受けて、文頭においたものである。 <34> 現象描写文で使われる無標主格の「A + が」は、上のように「A + は」に置き換えることができない。 ほら、見て。お月さまはきれいだけど、星がひとつも見えないわね。 あ、雨は降ってるけど、雪は降ってない。こんなに寒いのに、変だね。 あれ、ちょっと苦い味はするけど、なかなかおいしいね、このケーキ。 おかしいな。変なにおいはするけど、何も焦げてないのよ、お母さん。 背中はかゆいけど、そこじゃない。そうそう、そこが気持ちいい。 何かいいことはありそうな気がするけど、宝くじ、買ってもダメね? ただ、無標主格の「A + が」を、ためらいや対比の「A + は」に置き換えて、上のように、書き換えることならできる。 ほら、ご覧。十五夜は、いつ見てもきれいだけど、今日の月は特別だ。 雨は降ってるけど、たいしたことないから、傘がなくても大丈夫だよ。 「A + は」の使われている〈述べ立て文〉は、〈現象描写文〉に対して、〈判断文〉と呼ばれるが、五官や第六感でとらえたものを、脳細胞という頭のフィルターに通過させたり、頭に浮んだものを想像したり推理したりしながら、説明的な文「AはB」に組み立てなおしたものである。 すでに述べたように〈判断文:AはB〉や、対比の「~は」を変換して、有標主格「~が」にした〈判断文:AがB〉は、基本的に「A主題/副題 + は/が + B解説/説明」という構造をしており、いわば、AとBの2つの部分から成り立っている。 しかし現象描写文には部分がなく、全体が1つのまとまりで、主題「あ、火事!」だけの文、または主題がなくて、説明「あ、家が燃える」だけの文とも考えることができる。 使い分けワンポイント 38 「あっ/わあ」と「ええっと/あのう」 主題Aをもつ「A + は + B」は、主題の変わらない限り、説明Bを際限なく続けていくことができる。しかし、説明が長くなればなるほど、混乱が起こり、説明に行きづまってしまう。そんなとき、しばしば「ただいま整理中」を、聞き手に伝える必要ができ、話し手は、次々と「ええ一つと」を連発するようになる。 これに対して「あのう」は、人に道を尋ねたり、また依頼したり弁解したりする場合の「前触れ」に使われるが、もともと「あの人と結婚することにしたの/あの日のこと、覚えてる?/あれ、どこに置いたか知らない?/じゃ、いつものあそこで待ち合わせる?」など、話し手も聞き手も知っている「双方既知情報」を指すのに使われる「あ」系の指示語「あの」からきているので、聞き手に共感を求める「前触れ」ということになる。つまり「あのう」は「私と同じ気持ちになってほしいのですが」を表し、パラフレーズすると「ご理解いただけるかと思うのですが、実は困っておりまして+お尋ねしたいのです/お願いがあるのです/ああいうことになったのです」の前半部分を受けもっているかのように響く。 「ええっと/あのう」が、判断文専用の〈聞き手志向型独り言〉とすれば、現象描写文専用で使われるのが「あっ」や「わあ」ということになる。 <35> 使い分けワンポイント 39 未完文での「~が」と「~の」 はい。これ、先日、王さん + が/の + 撮ってくれた写真ですよ。 →これ、先日、王さん + が/×の + 沖縄で撮ってくれた写真ですよ。 彼 + が/の + 作るケーキは、中身がぎっしり詰まって、実においしい。 →彼 + が/の + ときどき作るケーキは、中身がぎっしり詰まっていて、実においしい。 →彼 + が/×の + 子どもに作るケーキは、中身がぎっしり詰まっていて、実においしい。 母 + が/の + 学生だった/まだ若かった + ころ、学生運動が盛んだった。 →母 + が/の + まだ若くて学生だったころ、学生運動が盛んだった。 →母 + が/×の + 学生で、まだ若かったころ、学生運動が盛んだった。 「A + が + B」が未完文を表す場合、主格の「A + が」が「A + の」に置き換わるが、前者「A + が」が直接あとにくるBの「-る/−い/~た/~だ」と呼応している場合に限られる。もしAとBとの間に「名詞X」が割りこんだ場合、後者「A + の」のAは、Bではなく、名詞Xと「A + の + 名詞X」という関係を結んでしまうので、両者の間に互換性がなくなってしまう。 先日、王さん + が/の + 撮ってくれたのは、この写真です。 →カメラを忘れたものだから、これらの写真はみんな、王さん + が/×の + 撮って + くれたのです/くれました。 彼女ではなく、彼 + が/の + 出席する会議は、今日だ。 →今日の会議は、彼女ではなく、彼 + が/×の + 出席 + する (のだ)。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のだ」を参照 また「A + が + B」のBが文末部分にあって「B=未完文 + モダリティ」となっている場合も、両者の間には、互換性がない。 つまり「A + の」は、たとえ「A + が」の支配するのが、Bの〈モダリティ〉を除いた未完文のなかだけであっても、〈モダリティ〉をもつ未完文の主格に立つことができないことを示している。次の場合も同様である。 北海道へは、彼 + が/×の + 行きます/行くのです + よ。→北海道へは、彼 + が/×の + 行くことになっています。→北海道へは、彼 + が/×の + 行くつもりをしています。 今日の会議には、彼女 + が/×の + 出席することはありません。 彼 + が/×の、そんなバカなことをする + はず/わけ + がありません。 いい年の大人 + が/×の、そんなことしないものだよ。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~ことになっている」を参照 ▶本文10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~つもりだ」を参照 ▶本文10.2.「モダリティの表現/命令/『~こと』の使い方」を参照 ▶本文10.6.「モダリティの表現/状況判断/~はずだ・~わけがない」を参照 ▶本文10.2.「モダリティの表現/命令/~ものだ」を参照 上の場合、〈モダリティ〉を表しているのは「~ます/~のだ/~ことになっている/~つもりをする/~ことはない/~はずがない/~わけがない/~ものだ」の部分で、最初の「~ます」以外では、見かけの上だけでも「未完文+モダリティ(名詞相当語+だ)」となっている。 <36> この写真は、先日、王さん + が/×の + 撮ってくれたのです。 →この写真は、先日、王さん + が/の + 撮ってくれた + もの/×の + です。 北海道へ彼 + が/の + 行くのは、みんな + が/の + 知っていることだ。 上の「撮ってくれた + ものだ」が「撮ってくれた + 写真だ」を表し、文の構造が「名詞A + は + 名詞B + だ」となって、文末の「~だ」だけが、単独で〈モダリティ〉を担っている場合、未完文は、モダリティをもっているのではなく、ただ名詞B「もの」だけを修飾しているにすぎないので、上のように「A + が」と「A + の」には互換性がある。 使い分けワンポイント ④0 未完文での「~が」と「~の」の互換性 未完文での「~が」と「~の」の互換性をまとめると、次のようになる。 互換性のある場合:「未完文:名詞A + が/の + ~」+「名詞B」+「モダリティ」つまり、名詞Bが〈モダリティ〉の一部を担っていない場合 互換性のない場合:「未完文:名詞A + が/の + ~」+「モダリティ:名詞B + α」 つまり、名詞Bが〈モダリティ〉の一部を担っている場合 「~」の部分は「-る/−い/~た/~だ」である。ただ〈超敬体〉の場合は、動詞に限り、未完文に〈敬体〉「~ます/~ました」が使われ、あとの名詞に続くことがある。 使い分けワンポイント④~なら・~は Q:このワンルーム、月5万円なんですけど、安いでしょうか。 X:敷金、礼金なし?それでズバリ5万円 + なら①/は、安いよ。 Y:敷金、礼金なし?それでズバリ5万円 + なら②/×は、決めろよ。 Z:敷金、礼金なし?それでズバリ5万円 + なら③/×は、決まりだ。 主題や対比の「~は」は、3つの「~なら」のうち「~なら①」と互換性があるが、仮定条件を表す「~なら②」や、確定条件となる「~なら③」とは、互換性がない。 主題や対比の「A + は」と互換性のある「A + なら①」の使い方には、次の3つ 1. A + なら① + B Aについての聞き手の問いかけに、話し手がBで回答する場合 Q:源氏物語、作者は誰ですか/どの辺にありますか/面白いですか。 A:源氏物語 + なら/は、紫式部/本棚の3段目/お勧め + ですよ。 2. A + なら① + B + が/けど + X + なら①/は + Y <37> AとXが対比関係になる場合 ただ「X + なら①/は + Y」は省略されたり、文頭に出たりする。 Q:源氏物語の作者は清少納言ですか。 A:源氏物語 + なら/は、紫式部だが、清少納言なら、枕草子だよ。 Q:中国語のできる人、いないでしょうか。 A:(中国語はダメですが)英語 + なら/は + 話せる人がいますよ。 Q:お見合い、どうするのよ。 A:この人と + なら/は、してもいいけど。 A + なら① + B + だ Aのなかで、Bが一番という場合 日本人はすぐ「山 + なら/は + 富士、花 + なら/は + 桜」と言う。夏は海ですが、冬 + なら/は、何といっても、スキーですね。夏はもちろん、冬も湯より + なら/は、冷たく冷やしたビールに限る。テレビ + なら/は、やっぱりハイビジョンですよ。 「A + は + B」と「A + なら① + B」の違いは、前者に、まるで「Aに」ついて質問した学生に、教師が「B」と答えているかのような「説教じみた」響きがあるのに対して、後者「A + なら① + B」には、仮定条件「Aということであれば」が響いて、話し手の答え方に「聞き手の期待に応えたい/聞き手にお勧めしたい/聞き手にわかってほしい」という気持ちがあれば、自然と無意識のうちに、口をついて出てくる点である。 つまり両者の違いは、答えるときの話し手の態度にある。 Q:このワンルーム、月5万円なんですけど、高くないでしょうか。 A:敷金と礼金で50万円なんでしょう?それで月5万円+なら/は+高い/高くない+ですね。 Q:文学や芸術をフランス語で討論するのは、問題ないのでしょう? じゃ、宗教や哲学はいかがですか。 A:文学や芸術 + なら/は + 大丈夫ですが、宗教や哲学 + は/なら/となると、どうも自信はありませんね。 Q:スポーツは、どんなものがお好きですか。 A:球技 + なら/は + 何でもしますが、水泳 + は/×なら + ダメです。 聞き手の問いかけQが、上のように「是非/好悪/可否」など、話し手の評価を求めている場合、もし「A + は + B」で答えれば、Bはニュートラルな評価となって、プラスマイナス、どちらの評価にも使えるが、聞き手の期待に応えようとする「A + なら① + B」は、聞き手の期待を裏切る場合、使うことができなくなる。 はじめ2つの「Q&A」は、問いかけている意図が不明で、話し手には、聞き手の期待が「高い/大丈夫」にあるのか、または「高くない/無理」にあるのかわからないので、どちらも使うことができる。 Q:このワンルーム、月5万円ですけど、高いんじゃないでしょうか。 <38> A: 敷金と礼金で50万円なんでしょう?それで月5万円+なら/は+高い/×高くない+ですね。 Q: 文学や芸術のことや、宗教や哲学の問題をフランス語で討論するのに、これといってお困りにはならないわけですね。 A:文学や芸術 + なら/は + 大丈夫ですが、宗教や哲学 + は/×なら/となると、どうも自信はありませんね。 ところが、上のように、聞き手の期待が鮮明になると、それに反する答えBには「A + なら + B」が使えなくなる。 最後の「スポーツ」の場合、聞き手の問いかけはニュートラルなので、話し手の答えB「泳げない」は「A + なら + B」が使えなくなるほど、聞き手の期待を裏切っているわけではないが、やはり「~なら」を使うと不自然になるのは、次の2つが原因している。 ひとつは「好きなスポーツは何か」という問いかけに、話し手が「できない/好きではない」スポーツ「水泳」をあげるのは、やはり聞き手の期待に反していると考えられること。もうひとつは、否定語に敏感な「~は/水泳は」が、B「ダメ」と呼応して、対立候補となる「水泳 + なら」を排除したとも考えられる。 Q: 誰 + なら/×は/が、手伝ってくれそうなんだい? A: ええっと、2、3人/王さんと李さん + なら①/が + 手伝ってくれそうだよ。いや、誰も手伝ってくれそうにないなあ。 Q:どんなもの + なら①/×は/が、お好きなのかしら。 A:そうですね。甘いもの + なら/×は/×が、何でもお好きでしょう。 おそらく、甘いもの + は/が、お好きじゃないでしょう。 Q:いつ + なら/※は/の、来ることができますか。 A:来週 + なら/は、いつでも大丈夫です。 Q:どこ + なら/※は/が、都合がいいの? A:30 分以内で行けるところ + なら/※は/※が、どこでもいいよ。 Q:誰と、いつ、どこなら、行きたかったの? A:お父さんと、日曜日、プールなら、行きたかったの。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/3つの『なら』を参照 「疑問詞 + なら」は、話し手未知情報を受ける有標主格の「~が」に置き換わることはあっても、双方既知情報を受ける「~は」には置き換わらない。 また「疑問詞A + なら + B」は、順接確定条件「Aの場合、必ずBが実現」を表しているので、この「~なら」は、3つの「~なら」のうちの「~なら③」を表している。 ▶本節「使い分け④/『~が』の使い方」を参照 「(ほかでもなく + ) 疑問詞 + が」が、特定の「誰/何/いつ/どこ」を指定しているのに対して、順接確定条件の「疑問詞 + なら③」は、可能性の選択を聞き手に問いかけていることになる。 <39> 使い分けワンポイント ④④ 「~のは」の使い方 主題を提示する「A - る/ - い/~た/(状態)名詞な + のは + B」の使い方は、次の2通りである。 (注)書き言葉の場合「(状態)名詞である + のは」になることがある。 1. A + のは + B⇔B + が + A ( + のだ): AとBの入れ替えが可能な場合 Aは、聞き手の質問を受けた双方既知情報 Bは、質問に対する回答となる聞き手未知情報 Q:この写真は、誰が撮ってくれたのですか。 A:えっ?ああ、この写真を撮ってくれたのは、王さんです。 →王さん(が、この写真を撮ってくれたの)です。 Q:世界で一番長い河は、どこの河ですか。 A:世界で一番長い河?一番長いのは、アフリカのナイル川だよ。 →アフリカのナイル川(が、世界で一番長い河)だ。 Q: おしいらやん、とうしもん気ぬ。 A: おじいちゃんが、お元気なのはね。毎日、お散歩なさるからよ。 →毎日、お散歩なさるから(、おじいちゃん、お元気なの)よ。 Q:お父さん、サラリーマンよね。 A:お父さんがサラリーマンなのは、私たちの生活を支えるためよ。 →私たちの生活を支えるため(に、お父さんはサラリーマンなの)よ。 A:そうだね。会うと胸がキュンとなったり、ひとりでいると、寂しくなったりするのは、その人が好きになってるせいだろう。 →その人が好きになってるせい(で、寂しくなったりするん)だろう。 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/~からだ」を参照 ▶本文3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~ためだ」を参照 Aのような「フルセンテンスの回答」になるのは、話し手が改まって説明Bをしようとする場合なので、ここでも「教壇の教師」といった響きになる。話し手が回答だけを示したいと考えれば「→」のほうになる。 2. A + のは + B:AとBの入れ替えが不可能な場合 Aは、聞き手も知っていると話し手が考えている双方既知情報 Bは、聞き手にわからせようとする聞き手未知情報 日本詰を勉強するのは、楽しいでしょう?そうじゃないの? タバコを吸うのは、自分をだましながら行なう自殺行為だよ。 あのころ、とてもつらかったのは、今でも、よく覚えてる。 このキムチがおいしいのは、不思議な感じがしない?果物が入ってるんだって。 あの辺りが危ないのは、先日、事故があったから、知ってるでしょう? 駅から近いのに、静かなのは有名で、駅前に大きな公園があるんです。 あの人が立派であるのは、みんなが認めているところである。地域で奉仕活動をしているからであろう。 あの男が、ヤヤザまがいなのは、誰だって知ってるんだけど。 これが偽物なのは、ここを見ればわかるので <40> 聞き手の質問「日本語を勉強するのは楽しいですか/タバコを吸うのをどう思う?」に対する回答として使われることもあるが、AとBが入れ替わらないために、Bが聞き手の期待する回答ではなく、話し手の考えにかわり、教師じみた態度で聞き手を納得させようとする「お説教」になったりもする。 したがって、もしBが聞き手既知情報であった場合、聞き手の反感を招くおそれがあるので、Bの部分に、わざわざ「聞き手も知っているかもしれない」という内容を加えてみたり、文末を伝聞の形式にして、客観性をもたせたりすることがよくある。 使い分けワンポイント ④5~のは・~ことは・~ものは 日本語を勉強する + の/こと + は、楽しいでしょう? タバコを吸う + の/こと + は、自分をだましながら行なう自殺行為だ。 あのころ、とてもつらかった + の/こと + は、今でも、よく覚えてる。 あそこが危ない + の/こと + は、事故があったから、知ってるだろう? 腕白でもいいよ。子どもが元気な + の/こと + は、いいことなんだよ。 駅から近いのに、静かな + の/こと + は、有名なんです。 あの人が立派である + の/こと + は、みんなが認めている。 これが偽物 + なの/であること + は、ここを見ればわかるのですって。 →これが偽物な + の/こと + は、ここを見ればわかるのですって。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~こと』の 「A + のは + B」が、同様に主題を提示する「A - る/ - い/~た/状態名詞な/名詞である + ことは + B」に置き換わるのは、すべてではないが、先ほど述べた「使い分け④」の「~のは」の使い方「2」の場合である。 逆に、もし「~ことは」が可能なら、すべて「~のは」に置き換えることができる。 (注) 話し言葉で「名詞な + ことは」を使う人がいるかもしれない。 こっちのキムチがおいしい + の/×こと + は、不思議な感じがしない? あの人がこっちを見てる + の/×こと + は、ぼくたちを知ってるのかな? こんなに星の出てるのを見る + の/×こと + は、本当に久しぶりね。 そんなにその本が面白い + の/×こと + は、頭がおかしいんじゃない? 一緒に北海道を旅行した + の/×こと + は、5年前? 10年前? →一緒に北海道を旅行した + の/こと + は、いい思い出になったね。 「A + ことは + B」の「こと」は、誰もが知っている客観的な事実や、話し手の〈基準時以前既実現〉の経験、つまり過去における話し手自身の経験を表しているので、上のような〈基準時同時間帯〉における経験に使うことができない。 最後のB「5年前?」で「A + ことは + B」が使えないのは、Aが事実でも経験でもなく、過去における時期や時点を表しているからである。 驕れるものは久しからず。 去るものは追わず、来るものは拒まず。 はかなきものは、美しきものなり。 ▶巻末「古語/助動詞/否定の『ず』/断定の『なり』を参照 ▶巻末「古語/形容詞」を参照 「A + ものは」も主題提示をするが、上のように、Aが人を表す「者」か、人では <41> ないという意味の「物」を表すだけである。 使い分けワンポイント ④⑤~というのは・~ということは・~というものは 主題提示の「A未完文/引用文+という+の/こと+は+B」の場合も、後者「AということはB」が可能なら、すべて「AというのはB」に置き換わるが、逆の「AというのはB」から「AということはB」への変換は、必ずしも成り立つとは限らない。例を示せば、下のようになる。 なお「~という + の/こと + は」は、話し言葉で「~っていう + の/こと + は」や、さらにくずれて「~って + の/こと + は」になることがある。 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/对比/~という」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/AというA'」を参照 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~という」を参照 1. 変換可能な場合 あの人がこっちを見てるっていう + の/こと + は、もしかしたら、ぼくたちのことを知ってるからかな? そんなにその本が面白いって+の/こと+は、普段、よほどつまらない生活を送っているんだね。 あのころ、とってもつらかったという+の/こと+は、ほかの人はともかく、ぼくは今でも、よく覚えてるよ。 あそこが危ないという+の/こと+は、ついこの間、事故があったのですから、わかってるはずでしょう? リンゴが木から落ちるという + の/こと + は、地球にはものを引きつける引力というものが働いているからなんだ。 「急がば回れ」という + の/こと + は、急いでいるときほど、ゆっくりやれということだから、ちょっと、この仕事は後まわしにしよう。 2. 変換不能な場合 こっちのキムチがおいしいという + の/×こと + は、不思議でしょう? 一緒に北海道を旅行したっていう + の/×こと + は、5年前のこと? 「急がば回れ」という + の/×こと + は、急いでしなければならない仕事などがあるときは、慌てると失敗して、かえって時間がかかってしまうので、回り道をしているようでも、落ち着いて、着実に仕事を進めたほうが、結局、早く終わるということを意味しています。 「A未完文/引用文+というものは+B」は、次のような使われ方をする。 「演習に参加できる/訓練が厳しい/捜査に手抜かりがあった/明日も出勤可能だ/彼が犯人である」と + 言う/思う + 者は、右手をあげろ。 →演習に参加できる/明日も出勤可能な + 者は、右手をあげろ。 「おれが狂っている」という者は、いったい誰だ。 「Aと言っている人」が主題になっているが、聞き手に向かって「者」が使えるのは、命令できる立場にいる者でも、軍隊的な組織での上官などに限られるので、通常は、書き言葉や〈独り言〉などで使われる。 使い分けワンポイント ④7 「~というのは」の使い方 「A + というのは + B」の使い方は、およそ次のようになるが、大きく分けて3つ、 <42> そのうちの2つは、きらに細かく2通りにわけられる。 ■ A=目の前の状況や、聞き手を含む他者から伝え聞いた話 1.Aについて、話し手が個人的な考えや評価Bを述べる こんなに星の出てるのを見るという + の/×こと + は、実に久しぶり。 一緒に北海道を旅行したという + の/×こと + は、いい思い出になっただろうね。 あの夫婦が一緒に出かけるという + の/×こと + は、珍しいことだね。 子どもとゲームするって + の/×こと + は、ストレスの解消になるね。 2.Aを根拠にして、状況判断Bをする こんなに星の出てるのを見るという + の/こと + は、世界に異変でも起こる前兆なのだろうか。 こっちのキムチがおいしいという + の/こと + は、あっちのは、きっと手抜きなんだね。 一緒に北海道を旅行したという + の/こと + は、近い将来、結婚でもするつもりなんだろうか。 日本語を勉強しているという + の/こと + は、将来、日本へ留学でもするつもりなのですか。 ☐ A = 事実や習慣/過去の経験/現在の状況 3.すべての場合で「Aという事実は」に置き換えることができる あそこは駅から近いのに、閑静な住宅街(だ)という + の/こと + は、知らない人がないくらい有名なんです。いわゆる高級住宅地ですね。 あの人が、地域で奉仕活動をしていて、立派(な人)であるという + の/こと + は、みんなが認めている事実なのだ。 これが偽物という + の/こと + は、ここを見ればわかるのですって。 この本をあんなに面白がったという + の/こと + は、めったにないよ。 うちの社長が、中学しか卒業していないという + の/こと + は、社員のなかでも、知っている人は少ない。 A = 一般性のある話題/普遍的な事実/自然現象 4. Aという「状況/行為/性質/事実/現象」などは、結局、客観性のあるBという結果や結論を導きだす タバコを吸うという + の/こと + はですね、つまりは、そのう、自分で自分をだましながら自殺するようなものではないでしょうか。 腕白でも、いたずらっ子でも、いいんだよ。子どもが元気(だ)という + の/こと + は、とってもいいことなんだよ。 語学を勉強するという + の/こと + は、母語では不可能な世界への窓を開くということにつながると思うね。 氷がとけるという + の/こと + は、気温が搴度を上回っているんだ。 5.Aの意味を、Bで説明したり解釈したりする 彼の「酔っていない」という + の/×こと + は、すでに酔いつぶれていて、明日は何も覚えていないし、まもなく歩けなくなるというシグナルなのです。 「愛というのは耐えることだ」という + の/×こと + は、誰かを愛しても、また誰かに愛されても、その人との愛情関係を維持していくためには、忍耐が必要だということを表しているのです。 特に「5」は、辞書的な解釈を表しており、あとで述べる「名詞 + というのは」と <43> 重なり、上のAの部分は名詞として扱われている。そして、もともと「A=名詞」となる「A + ということは」は存在しないので、この「5」の場合は、両者に互換性がない。 使い分けワンポイント ④8 「~ということは」の使い方 「A + ということは + B」は、上に示した「A + というのは + B」の「2/3/4」の場合に使うことができる。 「A + ということは + B」が、上の「1」に使えないのは、もともと「こと」は、話し手個人の「事実/事件/経験/習慣/考え/判断」といったものを表すこともあるが、ここでは「A + という」という伝聞や引用の形式が使われ、Aにくるのが、話し手の経験や状況などではなく、客観性のある「事実/事件/経験/習慣/社会通念/常識/慣習」を表し、Aに基づいた判断Bを行なうからである。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ことだ」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『こと』の使い方」を参照 あの夫婦が、一緒に出かけるという + こと/の + は、よほどのことが起こったんだな。 身内のお葬式なのかもしれない。 月に暈がかかっているという + こと/の + は、明日、雨になるのかな。 あいつが、もう帰り支度をしているという + こと/の + は、つまり、あれだな、今日は デートなんだな。 こんな時間になっても、まだ帰ってこないという + こと/の + は、何かあったんじゃないのか。 ふたりで北海道を旅行できたという + こと/の + は、つまり何ですね、将来もきっと、いい思い出として残るのでしょうね。 つまり、Aから導きだした話し手の個人的判断Bというのは、聞き手が納得できるだけの裏づけのあるものでなければならない。 これに対して「A + というのは + B」は、ただ「~の」で「A + という」部分を名詞にしただけなので、Aが話し手の経験や状況を表し、Aに基づいた判断B、つまり聞き手には「理解/同意/納得/承服」できないような判断Bであっても可能になる。 上の最後の例に「A + ということは」が使えるのは、この場合の「Aということは」が「Aという + 事実/経験 + は」とパラフレーズができ、話し手が「私」を第三者として扱った経験を表しているからである。 彼/ぼく + がインドでの定住を決めた + というのは/のは、いろんな経験をしてみたかったから + です/でしょう。 彼/ぼく + がインドでの定住を決めたということは、いろんな経験をしてみたかったから + でしょう/※です。 上の場合でも同じで、Aが話し手の経験を表す場合、話し手は自分自身の経験を、第三者として客観的に見すえている。 使い分けワンポイント ④9 「~というのは」と「~ということは」の違い 会うと胸がキュンとなったり、ひとりでいると、寂しくなったりするという + の/こと + は、その人が好きになってるからだろうね。 人を愛するという + の/こと + は、つまり、耐えることなのですね。 <44> 「A + という + の/こと + は + B」の違いは、先ほど「使い分け④」で述べた「A + というのは + B」の「2と4」の場合、パラフレーズして示せば、次のようになる。 A + というのは + B:Aは、つまり、Bということを意味している A + ということ + は + B:Aだから、つまり、Bという結論になる したがって、上のほうの例では、前者のAは「好きになっている+からだ/という意味だ」と呼応しており、後者のAは「好きになっている+からだろう/からだという結論になる」と呼応している。 下のほうも同様で、前者が「耐えること+だ/を意味する/に等しい」を表しているのに対して、後者が「必然的に耐える+ことになる/という結果を招く/という結論に至る」を意味している。 ところが「Aという事実は」に置き換えできる「3」の場合、両者の位置が非常に近くて、識別できない。 アリバイのない彼が犯人だ + という/っていう/って + ことは、これだけ証拠が固まれば、動かしえない事実ですよ。 →アリバイのない彼が犯人だ + という/っていう/って + のは、...。 中国や韓国では、お正月を陰暦で迎える + という/っていう/って + ことは、知っていましたが、端午の節句やお釈迦さまの誕生日も、陰暦になる + という/っていう/って + ことは、知りませんでした。 →お正月を陰暦で迎える + という/っていう/×って + のは、知っていましたが、端午の節句やお釈迦さまの誕生日も、陰暦になる + という/っていう/×って + のは、知りませんでした。 上のほうの例は、まだ「彼が犯人だ」とは決まっていないし、事実とはなっていないので、まだ「2」の場合と同じように識別は可能であるが、下のほうは「2」や「4」の場合と同じようには識別できない。 中国や韓国じゃ、正月は陰暦 + という/っていう/×って + のは、知ってたんだけど、端午の節句まで陰暦だなんて知らなかった。 わずかな違いをあげれば、話し言葉の場合、上のように「A + ってのは」が使えないことである。また「A + という/っていう/って+の/こと+は」に互換性があれば、前者「~のは」よりも、後者「~ことは」のほうが、改まった場で使われる。 「3」の場合でなければ、〈ウチ〉の〈非敬体〉で使える「A + ってのは」が、ただ「3」の場合にだけ使えないのは、たとえ〈非敬体〉が許される〈ウチ〉の関係であっても、内容そのものが「Aという事実は + B」という事実確認を表し、もともと改まった説明になるからではないかと思われる。 使い分けワンポイント ⑤0 「~のは」と「~というのは」の互換性 「未完文A + のは + B」と「A未完文/引用文 + というのは + B」の使い方を比較対照してみると、次のようになる。 ☑ AのはB→AというのはB(「使い分け④」を参照) 1.AのはB:AとBの入れ替えが可能な場合 <45> B = 名詞 この写真を撮ってくれた + の/人 + は、王さんだ。 ≠この写真を撮ってくれたというのは、王さんだ。 →みんなが「この写真を撮ってくれた」というのは、王さん(のこと)だ。 世界で一番長い + の/河 + は、アフリカのナイル川だ。 ≠世界で一番長いというのは、アフリカのナイル川だ。 →みんなが「世界で一番長い」というのは、アフリカのナイル川だ。 B ≠ 名词 おじいちゃんが、お元気 + な/(だ)という + のは、お散歩なさるからよ。 お父さんがサラリーマン + な/(だ)という + のは、私たちの生活を支えるためよ。 2. AのはB: AとBの入れ替えが不可能な場合 B = 名詞 タバコを吸う(という)のは、自分で自分をだます自殺行為だよ。 B ≠ 名词 名詞 日本語を勉強する(という)のは、楽しいでしょう? ☐ AというのはB→AのはB(「使い分け④」を参照) 1.Aについて、話し手が個人的な考えや評価Bを述べる こんなに星の出ているのを見る(という)のは、実に久しぶりですね。 あの夫婦が一緒に出かける(という)のは、珍しいことだね。 2. Aを根拠にして、状況判断Bをする こっちのキムチがおいしい(という)のは、あっちのが手抜きだからよ。一緒に北海道を旅行した(という)のは、将来、結婚するつもりかな。 3. すべての場合で「Aという事実は」に置き換えることができる 社長が中学しか卒業していない(という)のは、知っている人が少ない。 4. 客観性のある B という結果や結論を導きだす 腕白でもいい。子どもが元気 + な/(だ)という + のは、いいことなんだよ。 氷がとける(という)のは、気温が零度を上回っているんだ。 5.Aの意味を、Bで説明したり解釈したりする 彼の「酔っていない」というのは、すでに酔いつぶれているんだ。 ×彼の「酔っていない」のは、すでに酔いつぶれているんだ。 「愛というのは耐えることだ」というのは、愛し合っていくためには、忍耐が必要だということを表しているのです。 「愛というのは耐えることな」のは、愛し合っていくためには、忍耐が必要だということを表しているのです。 互換性がないのは、最初「1. B = 名詞」と最後「5」であるが、最初の場合は、置き換えると「Aという」が伝聞になってしまうからであり、最後の場合は、Aが引用文なので「~のは」が使えないからである。 使い分けワンポイント ⑤ 「~のは」と「~というのは」の違い 「A + のは/というのは + B」が互換性のある場合の違いは、およそ次のようになる。 <46> 1.1. 主题/提題 〈AのはB〉 「A + のは」は、構造的には「~の」で名詞になった「A + の」に、主題や対比を表す「~は」がついたものなので、もとの「名詞A + は」と同じ扱いになる。 〈AというのはB〉 「A + というのは」は、〈モダリティ〉をともなって文末に現れる「~のだ」の「~の」が、Aを引用する形になる「~という」を名詞化し、不完全な状態で「~は」と結びついて、主題を表していると考えられる。 「A + のは」とは異なり、対比を表すことはない。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のだ」を参照 つまり「Bは双方既知情報Aについての回答もしくは説明」を表すにすぎない「AのはB」を「AというのはB」に置き換えると、主題Aについて、聞き手に訴えかける話し手の気持ちが前面に現れ、説明Bを、聞き手の納得するものに変化させる。 「AのはB」も、それなりには説明的で、Bが聞き手既知情報であると、聞き手はうんざりしてしまうが、これが「AというのはB」に置き換わると、たとえBが聞き手既知情報であっても、聞き手に緊張感を与え、有無を言わせず「うん」と納得させるだけの迫力がある。 したがって「AというのはB」が使えるのは、年齢が聞き手よりかなり上か、社会的地位が高く、その話を聞き手が黙って拝聴するような人物である。 「未完文A + ことは + B」と「A未完文/引用文 + ということは + B」との使い方を比較対照してみると、次のようになる。 ☑ A ことは B→A ということは B 1. 客観的な事実や過去における話し手の経験を表す 日本語を勉強する(×という)ことは、(×つまり)楽しいでしょう?→日本語を勉強する(という)ことは、(つまり)楽しいことでしょう?以下は、あとの「3」と重複する。 タバコを吸う (という) ことは、自分で自分をだます自殺行為だ。 あのころ、とてもつらかった (という) ことは、今でも、よく覚えてる。 あそこが危ない (という) ことは、事故があったから、知ってるだろう? 腕白でもいい。子どもが元気 + なこと/ということ + は、いいことだ。 あの人が立派な人である (という) ことは、みんなが認めている。 ☐ AということはB→AことはB 2.Aを根拠にして、状況判断Bをする こんなに星の出てるのを見る + ということ/×こと + は、異変でも起こる前兆なのだろうか。 一緒に北海道を旅行した + ということ/×こと + は、近い将来、結婚でもするつもりなんだろうか。 <47> 日本語を勉強している + ということ/×こと + は、将来、日本へ留学でもするつもりなのですか。 3. すべての場合で「Aという事実は」に置き換えることができる あそこは駅から近いのに、閑静な住宅街である(という)ことは、知らない人がないくらい有名なんです。いわゆる高級住宅地ですね。 社長が中学しか卒業してない(という)ことは、知っている人が少ない。 4. 客観性のあるBという結果や結論を導きだす 語学を勉強する(という)ことは、母語では不可能な世界への窓を開くということにつながると思うね。 る + ということ/×こと + は、気温が零度を上回ってるんだ。 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~という」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/AというA'」を参照 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~という」を参照 「AことはB」が使えないのは、文の意味が「Aだから、つまりBという結論になる」ということしか表していない場合である。逆に「AことはB」が使えるのは、文の意味が「Aだから、つまりBという結論になる」を表していない可能性のある場合になる。 一方「AということはB」が使えないのは、文の意味が「Aだから、つまりBという結論になる」ということを表していない場合である。逆に「AということはB」が使えるのは、文の意味が「Aだから、つまりBという結論になる」を表している場合になる。 「3」は、例えば「社長が中学しか卒業してない + 事実/という事実 + は」となって、意味上の違いはないが、後者のほうが「A + という」を使うことによって、前者よりも客観的な事実説明になっている。これは互換性のあるすべての場合に共通している。 使い分けワンポイント ⑤③ 「~ということ」の使い方 「A + ということ」は、文に現れる位置によって、意味が異なるが、文頭にあって主題の提示をする場合を除けば、次のようなものがある。 なお伝聞の場合でなければ、話し言葉では「A + ってこと」がよく使われる。 1. 予定 来週から、上海へ出張する(という/って)ことになっている。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~ことになっている」を参照 「-る + ことになっている」が「~という」で、間接情報化されることにより、受身的な態度が、より受身的な態度になり、たとえ話し手の予定であっても、まるでほかの人の予定のような響きになる。 2. 習慣や経験 このごろは、映画を見に行く(という/というような)ことはありませんね。(彼/私+が)そんなバカなことをした(という)ことはありませんよ。 「-る/~た + ことが + ある/ない」という「習慣/経験」が、同様に「~という」によって間接情報化するので、第三者の「習慣/経験」のほうがふさわしくなる。話し <48> 手が自分自身のことに使うと、自分自身を第三者として扱っていることになる。 毎朝、30分ほど、ジョギングする(という/って)ことにしています。 ▶本文2.8.「時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣」を参照 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~ことにしている」を参照 「-る + ことにしている」が「~という」で、間接情報化され、実際の生活習慣から、建前的な習慣、つまり目標にかわる。 3. 决定 じゃ、役員の任期は2年(という/って)ことに+なります/します。 委員会は、年に6回、偶数月に開く(という)ことに+なった/した。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~(こと)に+なる・する」を参照 間按情報化「~という」によって、客観性をおび、事情説明的になる。 4. 伝聞 近く、あの事件の責任をとって、経営陣が総替えになるということだ。 その夜、ご主人は、ご帰宅なさらなかったということでしたが、いったいどうしてなのですか。わけをお聞かせ願えますか。 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~ということだ」を参照 「A + ということ」を使うことで、通常の伝聞「A + そうだ」などに比べると、聞いた情報から、話し手が結論を引き出した内容になる。 5. 内容 学校で「山を100メートル登ると、気温が1℃下がる」ということを習った。 社長が言おうとしているのは「みんなにボーナスが出せるよう、心をひとつにして頑張ろう」ってことだよ 今朝、李さんが東京駐在所の所長になるということが決定したらしい。 ▶本文 1.3.「主題/例示/AというA'」を参照 「習った/社長の言った/決定した+内容」を表している。 6. 意味 「ここ進もここ進もいかない」というのは、仕事や計画などがストップしてしまい、全然はかどらないということだよ。 頭の上に、向手で円を作っているのは、あそこの状況が「〇」ということ、つまり「問題がなくてOK」ということを表しているんです。 ということは、明日はお休みということですね。 えっ? じゃ、ダメだってことですか。 ▶本文 1.3.「主題/例示/AというA'」を参照 ▶本文 1.5.「主題/展開/ということは」を参照 すべて「Aという意味」を表している。 ほかに「あの人が社長だってこと、知らないのか」など、事実を表す場合もあるが、先ほど「使い分け④」で述べた「Aということは」の「3」の場合、つまり「Aという+こと/事実+は」から「~は」が省略されたものである。この「事実」も含めて、日常会話でよく使われるのは「4~6」である。 <49> 使い分けワンポイント ⑤④ ~というのが・~ということが・~というものが そこへ彼女が現れたというのが、喧嘩の始まり。これが真相なんです。 →喧嘩の始まりは、そこへ彼女が現れた (という) ことなんです。 そこへ彼女が現れたということが、喧嘩のきっかけになったんですよ。 父親に叱られたという + の/こと + が、事件の原因だったようですね。 演習に参加できるという者が、左手ではなく、右手をあげたんだ。 →左手ではなく、右手をあげたのは、演習に参加できるという者だ。 ▶本節「使い分け②/既知情報と未知情報」を参照 「A未完文/引用文 + という + の/こと/もの + が + B」には、有標主格の「~が」が使われているので、Aが聞き手未知情報、Bが双方既知情報になっている。 例えば、聞き手は、B「喧嘩や事件のあったこと」は知っているが、A「なぜ起こったのか」を知らないといった場面で、話し手がAを、説明する場合に使われる。 これは、Aが双方既知情報、Bが聞き手未知情報の場合に使われる「A + という + の/こと/もの + は + B」と、ちょうど逆になっているだけで、それぞれの使い分けは、すでに述べたことと同様である。 良質のアニメという + の/もの + は、大人が見ても、面白いものです。 →大人が見ても、面白い + の/もの + が、良質のアニメというものです。 人間のもつ愛情という + の/もの + は、互いに近づきすぎても、遠くに離れすぎても、消えてなくなってしまうようだ。 →互いに近づきすぎても、遠くに離れすぎても、消えてなくなってしまう + の/もの + が、人間のもつ愛情というもののようだ。 幸福という + の/もの + は、空気が存在している状態と同じで、そうでなくなってはじめて、感じることのできるものです。 時間という + の/もの + は、1時間が長くなったり、短くなったりするが、長くて手にとれそうになると、死までが見えてきそうになる。 お金という+の/もの+は、あるところにはあって、ないところには全然ないものだが、約束を守って生きている限り、なくなれば、またどこからか回ってくるのも、これまたお金である。 沈黙という + の/もの + は、人と人の間を隔てる壁ではなく、人と人とを結びつける声のない囁きである。 →人と人とを結びつける声のない囁きが、沈黙というものである。 金/心のエロス + という + の/もの + が、人を狂わせるんだよ。 →人を狂わせる + の/もの + は、金/心のエロス + というものだ。 生に対する執着という + の/もの + が、人の死に際を無様なものにするのだ。 →人の死に際を無様なものにするのは、生に対する執着というものだ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ものだ」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ものだ」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『もの』の使い方」を参照 「名詞A + という + の/もの + は + B」というのは、話し手が主題Aを、別の表現Bで言い換えたものである。したがって、上のように、有標主格の「B + が」を使って、AとBとを入れ替えても、同じ内容のものができる。 <50> 1.1. 主题/提题 逆に、最後2例のように「名詞A+という+の/もの+が+B」は、主題の「B+は」を使って、AとBとを入れ替えることもできる。 前者の「名詞A + というの + は/が + B」は、改まった場面や書き言葉で、AをBで説明する場合に使われるが、後者「名詞A + というもの + は/が + B」は、人間を超越する「もの」が使われているので、年齢が聞き手よりも上で、知識も経験も豊富な人が、これまで体得したものに基づき、人生における一般的法則を述べたり、若い人に助言をしたりする場合に使われる。 今ここでお話している沈黙という + の/×もの + は、人と人の間を隔てる壁ではなく、人と人とを結びつける声のない囁きのことです。 PCという + の/×もの + は、パーソナル・コンピュータ、つまりパソコンのことですが、もともとは商標名だったのです。 したがって、上のように「A + というのは + B」が、BでAの意味を説明する場合は、人間レベルのことなので「A + というものは + B」に置き換えることができない。 (あなたが)小学校の先生ということは、つまり、教育大学のご卒業なのですか。それとも、通信教育で、資格をおとりになったのですか。 最後に帰ったのが彼女ということが、事実に符合せず、事態を混乱させている。 上のようなAが名詞になっている「A + ということ + は/が + B」は、Aが名詞なのは見かけだけで、実際は未完文か引用文「あなたが小学校の先生だ/最後に帰ったのが彼女だ」である。 「A + ということは + B」は「名詞A + という + の/もの + は + B」とは異なり、Aが実質的な名詞になる使い方は存在しない。 使い分けワンポイント 56~とは・~って 良質のアニメ + とは/って、大人が見ても、面白いものです。 PC + とは/って、パーソナル・コンピュータ、つまりパソコンのことですが、もともとは商標名だったのです。 彼の「酔っていない」+ って/とは、すでに酔いつぶれているんだ。 「愛 + というのは/とは/×って + 耐えることだ」+ とは/×って、ふたりが愛し合っていくためには、互いに忍耐が必要だということを表している。 時間 + △とは/×って、1時間が長くなったり、短くなったりするが、長くて手にとれそうになると、死までが見えてきそうになる。 「A + とは/って + B」が、主題を提示する場合、どちらも「A + というのは + B」を縮約したものであるが、使い方は、次のように異なっている。 A + とは + B:A = 名詞、または名詞に相当するもの Aの意味や意義を、Bで定義して説明する A + って + B:A = 名詞/未完文/引用文〈非敬体〉 主題を提示するか、聞いた情報や見た状況を引用する 「名詞A + とは」は、意味説明をする「名詞A + というのは」を表し、道理を説くような「名詞A + というものは」を表してはいないので、最後の例に使うと、不自然 <51> 「名詞 + というのは」は、話し言葉でもよく使われるが、この「名詞A + とは」は、定義専用の硬い表現なので、書き言葉か、改まった場面での話し言葉に使われる。 これに対して「A + って」は、すべての「A + というのは」の話し言葉専用に使われるので、最後2例の書き言葉には、置き換えることができない。 「背中がかゆい」+ って/※とは、背中のどこがかゆいの? 日本語を勉強する + って/※とは、楽しいでしょう? こんなに星の出ているのを見る + って/※とは、実に久しぶりですね。 こっちのがおいしい + って/※とは、あっちのが手抜きだからだよ。 一緒に北海道を旅行した + って/※とは、将来、結婚するつもりかな。 社長が中学しか卒業してない + って/※とは、知ってる人は少ないよ。 腕白だっていい。子どもが元気 + って/※とは、いいことなんだから。 氷がとける + って/△とは、気温が零度を上回っているからだ。 あの夫婦が一緒に出かける + って/とは、珍しいことだね。 毎日、日本語を勉強する + って/とは、なかなか感心なことだ。 こんな時間に帰ってこない + って/とは、何かあったんじゃないか。 ▶本文3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~とは + 感情」を参照 上の例は、Aが名詞でない場合の「A + とは + B」の使い方を示したものであるが、使える可能性のあるものは、Aを引用して名詞にした場合か、Aが原因となって、予想外の感情Bを導く場合である。 使い分けワンポイント ⑤「~とは」の使い方 「A + とは」の使い方には、上のほかに、次のようなものがある。 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/对比/~とはいえ」を参照 1. 名詞 (だ) / 未完文 / 引用文〈非敬体〉+ とは:情報や状況の引用 A:さっき、お隣のご夫婦が、一緒に出かけましたよ。 B:えっ?「あの夫婦が一緒に+出かけた/出かけました」とは、珍しいことだね。 J:聞いた?あのふたり、北海道を旅行してきたそうですよ。 K:「ふたりで北海道旅行」とは、将来、結婚でもするつもりかね。 S:うちの社長、中学しか卒業してないの? T:「社長が中卒」+ とは/って、初耳だな。誰から聞いたんだ。 「喫煙は自殺行為」とは/だなんて、ひどい言い方だな。まあ「当たらずとはいえ遠からず」ってとこだけど。 知らなかったのか、奴の「酔ってない」とは、すでに「へべれけ」なんだ。 「A + とは」は「A名詞/未完文/引用文 + というのは + B」に置き換わるが、両者を比べると、この「A + とは」のほうが話し言葉で多用される。ただ引用の場合、聞き手の使った〈敬体〉を、そのまま引用する人がいるかもしれない。 もちろん「A + とは」は、話し言葉専用の「~って」や、あとの「~なんて」よりは、改まったところがあり、年配の人に愛用されている。 2. A名詞(だ)/未完文/引用文〈非敬体〉+とは+予想外の感情B <52> この野郎、人に向かって「バカ!」+ とは/って/だなんて + 何だ! 「火事だ!」+ とは/って/なんて + いったい何ごとなんだ。 また、こんなところで、会える + とは/って/なんて、とてもうれしいです。 ▶本文3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/〜とは + 感情」を参照 Aが原因となって、Bという感情が起こる場合に使われるが、最初の2例は、引用の場合と重なっている。 この場合は「~というのは」に置き換えると不自然になる。感情Bを表すには、あまりにも長ったらしく感じられるからであろう。 使い分けワンポイント 58 「~って(ば)」の使い方 「A + って」は「A + というのは/という/と」の話し言葉専用であるが、〈ウチ/ソト/ヨソ〉のすべての場面で、男女の区別や年齢に関係なく使うことのできる便利な表現である。 「A + って」には、主題提示「A + というのは」を除けば、次のような使い方がある。なお「A + って」は、Aの語尾が「ん」のとき、促音「~っ」が消えてしまい、急ぎ足に「A-ん + て」と発音される。 ☑「~って」=「~という」 1.A未完文/引用文+(のだ)って:A=伝聞の内容 さっき、お隣のご夫婦が、並んで出かけたんだって。 聞いた?北海道旅行の帰りなんだって。しかも、ふたりっきりだよ。 あいつ「まだ酔ってない」って。もうとっくに「へべれけ」なんだけど。 「明日9時に来ます」って(言って)、もうとっくに帰りましたけど。 泥棒?今の人?私に「こんにちは」って(言って)、玄関から出てったけど。嘘! ▶本文10.9.「モダリティの表現/伝聞/~のだって・~って」を参照 ▶本文10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のだ」を参照 伝聞「A (状態) 名詞 (だ/である/です/ございます) / 未完文 / 引用文〈非敬体/敬体/超敬体〉+ という/といって」の話し言葉専用である。 「A + って」が、聞いた情報をそのまま引用して伝える「直接伝聞」なのに対して、未完文に接続する「A + のだって」のほうは、聞き手にアピールするために、聞いた情報を話し手がアレンジした「間接伝聞」である。 直接伝聞:引用文〈非敬体/敬体/超敬体〉+って 間接伝聞:未完文「-る/-い/~た/(状態)名詞な」+のだって 伝聞だけでなく、Aが文になる場合の「A + って」の接続は、すべて上のようになる。これに対して、改まった〈ソト/ヨソ〉の場面で、成人によって使われる「A + とは」のほうは、引用とはいっても、伝聞にはならないので、聞き手の話がそのまま引用されることはなく、一般に「間接情報/『隣の夫婦が一緒に出かけた』とは、どんな風の吹き回しだ」になり、Aは話し手によって〈非敬体〉にアレンジされることが多い。 <53> 2. 名詞 A + って + 名詞 B:A ⊂ B 中国の上海ってとこ、行ったことある? じゃ、ハルピンてとこは? 何て人から電話だったの? スミスさんて人? ファーストネームは? ▶本文 1.3.「主題/例示/A って(いう)A'」を参照 「上海/ハルピン/何/スミスさん + という + ところ/人」を表し、具体的に例示した A が、聞き手にとって未知情報の可能性がある場合、抽象的な上位概念 B を使って、A のカテゴリーを示す場合に使われる。 同じ意味を表す「6」の「名詞A + っていう + 名詞B」と比べると、こちらのほうが、はるかに「くだけた」話し言葉になる。 3. A未完文/引用文+って?: 問い返し A:友だちが明日、遊びに来るよ。いいかな? B:えっ?何ですって?誰がいつ、何しに来るのですって? X:私は、あなたの父親です。 Y:あなたが、誰ですって?私のお父さん?冗談でしょう? 問い返し「A + といったのか?(↑)」を表し、聞き手の言ったことの一部、または、すべてが理解できない場合に使われる。 4. $ A + \frac{1}{2} + \frac{1}{2} + \frac{1}{2} = 1 $ 逆接仮定条件 →今から + 行ったとしても/行っても、間に合わないよ。日本人だからって、みんながみんな、ああだとは限らないよ。 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~ても・~たって」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/对比/~と(は)いっても・~からって」を参照 逆接仮定条件「A + ても」や「A + からといっても」を表している。 5.A未完文/引用文+って(ば):文末表現 お父さんてば。さっきから呼んでるのに、聞こえてないの。 お父さんだって(ば)、あの人。目が悪くなったの? よく見なさいよ。違うって(ば)。何度、言ったらわかるの? もう、いやんなっちゃう。今日、約束があるんですから、行きませんて(ば)。仕方ないでしょう?行かないって(ば)。いくら誘ってもむだよ。 うるさいな、もう。大丈夫だって(ば)。大したけがじゃないんだから。 もともと、次のように使われる「A + といえば」が、文末にきて「A + と何度いえば、わかるんだ」という話し手の「じれったい気持ち」を表している。 A:学校から、お父さんへだって。 B:そう。お父さん + てば/といえば、どこにいるのかしら。ちょっと探して。 主に〈非敬体〉で、親しい〈ウチ〉の関係に使われるが、女性が〈敬体/超敬体〉で使うことがある。 <54> ただ、全国的に聞かれるというより、やや古い「東京方言」といった響きがあり、最初の例のような呼びかけでなければ、むしろ「~ば」のないほうが自然な感じになる。 ☐「~って」=「~と」 6. A名詞/未完文/引用文+って+いう(名詞B)/思う/考える/感じる/わかるジョンていう人から?ジョン何ていうの?スミスだって言ってる?あんまり愚図だから「先に行く」って言って、来ちゃったんだ。さっき王さんていう人から、お電話がございました。えっ?どこの王さんておっしゃられても「またかける」って言われましたので。 「野球の練習で疲れたから、宿題、しなくていいや」って思ったの? 「笑ってごまかす。謝れば済む」って考えてるわけじゃないだろうな。春が来たって感じるの?風のにおいで?花も草の緑もないのよ。 この人、お父さんだってわかる? 長いこと、船に乗っていたから。 「A + とは + B」は、Aを引用して、AについてBで説明しようという意識が話し手に働かない限り、使われないが、主題の提示を含めて「A + って」というのは、Bで説明しようというつもりがなくても、話し手が「Aを引用した」という意識が働きさえすれば使われる。 こんな時間に帰ってこない+って/とは、何かあったんじゃないか。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~のではないか」参照 したがって、上の「A + って + 〜んじゃないか (↑)」は 100%の確認を表し、イントネーションは下降しないが、これを「A + とは + 〜んじゃないか (↑) (↓)」にかえると、確認も「説明/断言」も可能になり、イントネーションが下降 (↓) しても、使えるようになる。 使い分けワンポイント ⑨ 「~なんて」の使い方 主に親しい〈ウチ〉関係で使われる「A+なんて」には、大きく分けて、次のような4つの使い方がある。 1. 引用「Aなど + というのは/という/と」の話し言葉専用 お父さんだ + なんて (言って)、冗談でしょう? 嘘、つかないで。 →お父さんだとか、何だとか、あれこれ (言って)、冗談でしょう? 嘘、つかないで。 ▶本文 1.3.「主題/例示/~など・~なんて・~なんか」を参照 書き言葉「A + など + B」の話し言葉専用になる「A + なんて + B」と、先ほど「使い分け5658」で述べた「A + って + B」の違いは、前者「A + なんて + B」が、上のようにAを「お父さんだとか、何だとか、あれこれ言って」例示し、後者「A + って + B」が、Aを「お父さんだと言って」提示する点である。 ただ前者も多くの場合、Aを例として示したからといって、別にA以外のものがあるわけではないので、Aの提示を避けた言い方になる。 いわゆる「日本語のあいまいさ」で、誰に遠慮をするのか「これだ」と言い切らない表現のひとつであるが、前者は後者とは異なり、話し手のAに対する「予想外/軽蔑」の気持ちや、Bのほうに「是非/可否/善悪」といった評価がこめられるので、Aを指 <55> 定して「これだ」というのを差し控えているのかもしれない。 ▶本文8.3.「極限/類推/『~も』の使い方」を参照 2. 主題などを表す「名詞 A + はの話し言葉専用 お父さん + なんて/たんです。 あいつはいいは 大丈夫 仲間に入れてあげないから。 たけが + なんて/なんか/ 「A + は」との違いは、話し手のAに対する「軽蔑/意外」の気持ちがこめられる点である。 ほかに〈文体〉によっては「A + など/なんか」と互換性がある。 3. A名詞だ/未完文/引用文〈非敬体〉+(だ)なんて+予想外の感情 この野郎、人に向かって「バカ!」+だなんて/とは+何だ! こんなところで、会える+(だ)なんて/とは、とてもうれしいです。 子どもを車に残して、親がパチンコしてる(だ)なんて、信じられない。 「使い分け⑤」の「A + とは + 感情B」と互換性がある。これも「~というのは」に置き換えると不自然になる。 ▶本文3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~なんて+感情」を参照 4. 疑問詞「何」+「て」 今、何(なん)て/何(なん)と、おっしゃいましたか。 何て(いう)/何という + 名前なの? 何て/何と + 可愛いんだろう! 見て、これ。 「何て」の「て」は、先に述べた「A + って」の「~って」と同じもので、語尾が「ん」の「何 (なん)」に接続して「何 + て」と発音されている。 疑問詞「何て」と疑問詞「何と」は、前者の「~て」が「~という/~と」を表し、入れ替えて、後者の「何という/何と」になるので、互換性があるというより、同じものである。 使い分けワンポイント 60 ・・・なんて・・・・など 「A + なんて」が、引用「A + というのは/という/と」の話し言葉専用になる場合の、主に親しい〈ウチ〉関係での使い方を示せば、次のようになる。 ☑ 「~なんて」=「~というのは」 1. A未完文/引用文〈非敬体〉+(だ)なんて+ B:主題Aの提示こんなに晴れてるのに、雨+だなんて/って+ありえないよ。風邪でも引いたのか?寒い+(だ)なんて/って、冗談だろう?日本語を勉強する+なんて/って、楽しいわけがないでしょう+!/?こんなに星の出てるのを見る+なんて/って、実に久しぶりですね。一緒に北海道を旅行した+なんて/って、将来、結婚するつもりかな。社長が中学しか卒業してない+なんて/って、知ってる人は少ないよ。氷がとける+なんて/って、気温が零度を上回ってるからだろう? <56> そんな無能な人のしたで働く + なんて/って、バカらしくならないの? あの飲兵衛が酒をやめる + だなんて/って、誰が信じるんだろうね。 あんな奴に、お金を貸す + なんて/って、薄に捨てるようなものだよ。 上の例は、Aに対する客観的「誰が聞いても納得できる」評価を表し、話し手の感情は抑制されているので「A + とは」には置き換わらない。 あの夫婦が一緒に出かける + なんて/とは、珍しく仲のいいことだ。 毎日、日本語を勉強する + なんて/とは、なかなか感心なことだ。 子どもに向かって、そんなことを言う + なんて/とは、ひどいですね。 あんな無能な人の下で働く + なんて/とは、本当に辛抱強いんだね。 あの飲兵衛が酒をやめた + だなんて/とは、ぴっくりした。驚きだね。 あんな奴に、お金を貸した + なんて/とは、捨てたも同然だったな。 上のように、話し手の「予想外」の気持ちが前面に出ると「A + とは + B」に置き換わり、AがBの原因になる「~なんて」の使い方「3」の場合と重なってしまう。なお「名詞A + なんて」と「名詞A + とは」には、互換性がない。 日本語を勉強するなどというのは、楽しいわけがあろうはずもない。 あんなに星の出ているのを見るなど、実に久しぶりのことであった。 「A + など(というのは)」への置き換えは、上のような書き言葉なら、可能であるが、話し言葉では不自然になる。 ☑ 「~なんて」=「~という」 2. 名詞 A + なんて + 名詞 B:A ⊂ B ハルピンなんてとこ、聞いたことないよ。中国のどの辺? →ハルピンなんていうとこ、聞いたこともないな。中国のどこにあるの? →ハルピンなどというところは、それまで聞いたこともない名前だった。 誰から電話だったの?リー・ミン?李明なんて人、知らないよ。 ▶本文 1.3.「主題/例示/Aなんて(いう)A'」を参照 「ハルピン/李明 + などという + ところ/人」を表しているが、Aのカテゴリーを上位概念A'で示す「AというA'」を、やや曖昧にぼかした言い方になっている。ただ「名詞A + という/って(いう) + 名詞B」に比べると、ぼかした分だけ、Aに対する「奇妙/変だ/疑わしい/胡散臭い」といったマイナスイメージがこめられる。 あとの「3」の「名詞A + なんていう + 名詞B」と同じ意味を表すが、こちらのほうは「~という」が挿入されているだけ、聞き手への配慮が働き、マイナスイメージをやや軽減する響きになる。 この場合の「~なんて」は、直接「~など」に置き換わらない。必ず「~なんて=~などという」になり、次の「3」の場合も「~なんて=~などと」になるが、いずれの場合も置き換えると、改まった話し言葉か、書き言葉になって文体が変わってしまう。 ☑「~なんて」=「~と」 3. A名詞/未完文/引用文 + なんて + いう (名詞B) / 思う/考える/感じる/わかる ジョンなんていったって、ありふれた名前よ。ファミリーネームは? 「野球の練習で疲れたから、宿題、しなくていいや」なんて思ったの? <57> 「笑ってごまかす。謝れば済む」なんて考えてるんじゃないだろうな。春が来たなんて感じるの?風のにおいで?花も草の緑もないのよ。この人がお父さんだなんて覚えてないよ。長いこと、会ってないもん。 「A + というのは/という/と」の話し言葉専用になる「A + なんて」は、次の「A + は + B」の話し言葉専用になる「A + なんて + B」とは異なり、必ずしも「Aを + バカにする/軽く見る/貶める」という話し手のAに対する「軽蔑/蔑視」の気持ちをともなっているわけではない。 むしろ、考えてもみなかった情報に接したり、予想外な状況に直面したりした「驚き/喜び/感激/感動/不思議/呆然/ためらい/戸惑い/疑い/不審/反発」など、Aに対するプラス評価から、マイナス評価まで、話し手の複雑な心理が投影され、Aを受け入れることもあれば、逆に反発して拒否する場合もある。 使い分けワンポイント~など・~なんて・~なんか 「A + なんて + B」が、主題や対比、否定語との呼応を表す「A + は + B」の話し言葉専用になる場合の、主に親しい〈ウチ〉関係での使い方を示せば、次のようになる。 1.主題:A=名詞 このアニメ + など/なんて/なんか、大人が見ても、面白そうね。 →このアニメ + なんか/なんて/など、子どもが見ても、つまらなそう。 →このアニメ + って/×とは、大人が見ても、面白そうね/子どもが見ても、つまらなさそうね。 おまえ + なんか/なんて/など/×って/×とは、死んでしまえ/殺してしまいたい/誰がかまってやるもんか。 あの男の「結婚しよう」+ なんか/なんて/など/って/とは、嘘に決まっています/「お金を出せ」という意味にすぎませんよ。 あの男の「結婚しよう」+ なんか/なんて/など/×って/×とは、信じてはダメ/勝手に言わせておけ/頭から消してしまいたい。 ▶本文 1.3.「主題/例示/~など・~なんて・~なんか」を参照 はじめ3つの「アニメ」の例は「主題」というより、次に示す「対比」の場合に傾いているが、一応、Aが主題だとすると、最初の例が、最もオーソドックスな「例示」としての使い方で、Aに対する評価がプラスからニュートラルであることを示している。この場合の「名詞A + など/なんて/なんか」の意味の違いは、この順で「改まった話し言葉か書き言葉」→「話し言葉」→「くだけた話し言葉」へと変化していくにすぎない。 A:こちらなど、いかがでございましょうか。 B:そうね。これ+なんて/なんか+いいわね。 上のような言い方は、いくつかあるなかから、A「こちら/これ」をとりあげて示しているので、まだ、本来の例示機能が生かされているが、先ほどの残り4例のA「おまえ/あの男/机の上」は、例示ではなく、話し手によって「これ」と指定され、提示された主題になっている。 <58> この例示機能をなくした「名詞A + など/なんて/なんか」に、話し手の感情が前面に出て、この順に「Aをバカにする」気持ちが強くなっていく。 以下の例は「名詞A + なんて + B」しか示していないが、すべて「名詞A + など/なんか + B」に置き換えることができる。 2.対比:A=名詞/て形など そっちのは、まあまあだが、こっちのなんて、使いものにならないよ。英語は単語を覚えるのが大変だけど、日本語なんて漢字があるから。ちょっと遠くて、歩いてなんか行けないから、自転車で行ってくるね。 2つを対比する場合、もちろん「バカにする」ほうに「など/なんて/なんか」がつくが、もう一方に比べて、相対的にバカにされているだけで、主題の場合ほど「軽蔑のターゲット」にはなっていないので、軽蔑の度合いも、それほどひどいものではない。 3.否定語との呼応:A = (状態)名詞/て形など 寒くなんてないけど、もうこんな時間だし、ちょっと疲れちゃったね。泣き虫!もう遊んでなんてやらないから。勝手にそこで泣いていろ。昼ご飯だって?今日は忙しくて、食べてなんていられないよ。 「A + は」の使い方のひとつ「ためらい」は、Aを「バカにする」という「遠慮も会釈もない」言い方とは相容れるものではないので、ここでは使うことができない。 10月になって、こんな気持ちのいいお天気なのに、パソコンに向かってゲームなんてしてないで、遊びに行きましょう。 カラオケなんて好きじゃないよ。みんなのまえで、下手な歌、いくら歌ったって、楽しくなんてならないもん。 あいつになんて負けるもんか。生意気なんて二度と言えなくしてやる。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~ものか」を参照 Aを「バカにする」とは、Aを否定することなので、上のように「名詞A + など/なんて/なんか」は、否定語を含むBとは相性がいい。この場合も「2.対比」に傾くことがある。 使い分けワンポイント 62 「名詞 + など/なんて/なんか」のまとめ 「名詞A + など/なんて/なんか + B」に共通した使い方は、Aが例として示される場合、Bは客観的評価になり、ひとつだけものとして提示される場合は、Bに「軽蔑」などの感情がこめられることであるが、それぞれの違いをまとめておくと、次のようになる。 ~など 文 体 ~なんて ~なんか 書き言葉 話し言葉 ニュートラル くだけた話し言葉 やや強い 強い ~は/~など/~なんて/~なんか~とは/~って 文の種類 すべての文 述べ立て文 <59> 定義専用の「名詞A + とは + B」はもちろんのこと、BでAについての説明をする「名詞A + って + B」も〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉にしか使えないが、この「名詞A + など/なんて/なんか」は、すべての文に使うことができる。 〈働きかけ文〉〈情意表出文〉で「名詞A + は」は対比を表すが、Aを軽蔑のターゲットにする「名詞A + など/なんて/なんか」は、Aだけに「狙い/焦点」をしぼっているので、ほかと対比するなどといった「スキ」を見せない。 使い分けワンポイント 63 「~なんか」の使い方 主に〈ウチ〉で使われる「なんか」には、はっきり「これだ」と指し示すことのできない、ある不定のものを表す「何(なに)か」の話し言葉になる場合と、先ほどの「名詞A + は/など/なんて/なんか + B」の使い方とは異なる「など」の話し言葉になる場合があり、次のように使われる。 ☑「なにか」の場合 1. 不定のもの=なにか なんか甘いもの、ないかな。試験勉強で、頭が「ブドウ糖!」って言ってる。せっかくここまで来たんだから、なんか買ってあげようか。なにがいい? 2. A + や/か + なんか おばあちゃんちへ行くとき、ケーキかなんか、もって行くの? 毎日、残業やなんかで、全然、付き合わないんですよ、僕たちとは。 ▶本文 1.3.「主題/例示/~かなにか」を参照 3. 理由や原因が不明の感情=なんとなく/なんだか/なぜか この道を歩くとね、なんかうれしくなるのよね。昔の記憶のせいかな。 なんか以前に見た風景。どこで?ただの「デジャヴュー(既視感)」? あそこ、何?見て。なんか変じゃない?事故でもあったのかしら。 ☑「など」の場合 4. A + なんか + は/が/を/の/に/で/から... 課長 + なんか/×なんて + は、今度のお花見、行かないんですって。どちらかというと、油っこい中国料理 + なんか/×なんて + が好き。おまえ + なんか/×なんて + が頑張らないと、誰が頑張るんだよ?ジャンクフード + なんか/×なんて + を食べてちゃ、病気になるよ。おまえ + なんか/×なんて + の世話にはならないから、安心しな。この歳になって、親の世話 + なんか/×なんて + になってられないよ。→この歳になって、親の世話に + なんか/なんて + なってられないよ。このスイカが、そんなナイフ + なんか/×なんて + で切れるわけない。→このスイカが、そんなナイフで + なんか/なんて + 切れるわけない。あいつ + なんか/×なんて + から、話をもっていつちゃ、こじれるよ。→あいつから + なんか/ (だ) なんて、話をもっていつちゃ、こじれるよ。 5. 動詞たり + なんか + する 泣いたり+なんか/×なんて +しなかったら、一緒に遊んであげる。泣かない? 本当? <60> 雨なんだから、ジョギングしたりなんかしないで、映画に行こうよ。 どうしたんだよ。急に怒ったりなんかして。びっくりするだろう? 早く帰った日は、ひとりで飲みに行ったりなんかするの? 毎日、お酒ばかりね。 ジャンクフードばかり食べたりなんかしてちゃ、病気になっちゃうよ。 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~たり~たり」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/~たり~たり」を参照 6. 動詞 - る + など/×なんか + する ちょっとは + 化粧する/口紅をつける/ピアスをしてみる/パーマをあてる + など/×なんか/×なんて/なり/とか + して、女らしくしたら? →化粧/口紅/ピアス/パーマ + など/なんか/なり/とか + して、女らしくしたら? 掃除する + など/とか + して、少しくらい部屋を片付けろよ。 ご一緒にお食事をなさる + など/なり + して、もう少し親子のコミュニケーションをおとりになったほうがいいのではないでしょうか。 ▶本文 1.3.「主題/例示/~など・~なり・~とか」を参照 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~などする・~なりする」を参照 この場合は、アドバイスをしているので、例示に選択を重ねる「~なり」や「~とか」は使えるが、軽蔑を示す「~なんか」は使えない。 7.動詞ます形+など/×なんか+しない 急ぎ + など/は/※なんか/※なんて+ してない。ただマージャンに付き合えないだけだ。→急いだりしてない。ただマージャンに付き合えないだけだ。 子どものケーキ? まさか食べ+など/たり+するものか。冗談だろ。 ためらいや否定語との呼応を表す「~は」を「~など」にかえて、例示にしたもの。実際は「急いでいない/食べていない」のほかに、特に何も言うべきことはないのであるが、わざわざ例示のスタイルにして、ダイレクトな言い方になる「~は」を婉曲化したにすぎない。 「名詞A + なんて」に置き換わるのは、上のうち「4」の場合で、しかも「名詞A + に/で/から + は/なんて」など、やはり「名詞A + は」と互換性のあるものに限られ、互換性のない「名詞A + なんか + は/が/を/の」の場合、つまり「×名詞A + は/が/を/の + は/なんて」の場合は書き換えすらできない。 これは「名詞A + なんか」が、まえの名詞と合体し「A + なんか」で、ひとつの名詞を構成して「名詞(A + なんか)」になっているのに対して、まえの名詞と合体しない「名詞A + なんて/※名詞(A + なんて)」は、名詞Aだけではなく、自分の前にくるすべてのAを「 」でくくって、引用することに機能を発揮しているからである。互換性のある場合、例えば「親の世話」では、次の順で、話し手の「世話になりたくない」という感情が激しくなっていく。 親の世話 + なんかにくになんてくになんか + なりたくない 最初の「なんか」は「親の世話」と一体化「親の世話なんか」しているだけで、あとの「~になりたくない」とは切れて、呼応していないので、ほかのもの「(親の世話)+をしたくない/がいやだ/から逃げたい」が続く可能性もあるが、あとの2つ「(親 <61> の世話) に + なんて/なんか」は、全体「親の世話になりたくない」のあいだに割って入っているので、あとの「なりたくない」と呼応して響きあい、ほかの可能性をなくしているぶん、感情の激しさが反映される。 これは「~にだけ」と「~だけに」の関係と同じになる。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~にだけ』と『~だけに』を参照 使い分けワンポイント「なんと」の使い方 主に〈ウチ〉で使われる「なんと」と「なんて」は、後者の「~て」を「~と/~という」に入れ替えると「なんと/なんという」になるので、両者はもともと同じもので、前者が話し言葉で使われているうちに、後者に音変化を起こしたといわれている。 「なんと」は、疑問詞として使われたり、疑問詞の名残りのある感情表現に使われたりすると、上のような音変化を起こす「何て」と互換性があるが、それ以外では、形態そのものにも変化が起こって、まったく異なった使われ方をする。 ☑互換性のある場合 1. 問いかける さっき、お見えになった方、何と/何て、おっしゃいましたか。 会社から通知が来たんだって? 何と/何て + 書いてあったの? 帰りましたら、何と/何て + お伝えすれば、よろしいでしょうか。 あの人、会社員? 何と/何て + いうところに、お勤めなの? ほら、あれ。あの映画に出てた俳優、何という/何て + 名前だった? 2. 感情を表す 見て、見て。何と/何て、可愛いんでしょう。買ってもいいでしょう? 何と/何て、バカだったんだ、おれは。何にも気づいてなかったなあ。 子どもを車に置いてきたのか。おまえって、何という/何て + 奴だ。 何だよ、それ。何という/何て + だらしない格好、してるんだよ。 今月の売り上げ、知ってるのか。何と/何て + いうことだよ、これは。 何だよ。それくらいのこと。何という/何て + こともないだろう? 歳のせいなのであろう。特にこれといって、何という/×何て + こともなく、平々凡々に一日が始まり、美しくもなく一日が終わる毎日だ。 「なんと」と「なんて」を比べた場合、後者は前者の「くだけた」話し言葉なので、最後の例のような書き言葉に使われると不自然になる。 話し言葉としては、前者が男性的で、几帳面な硬い響きをもち、後者は女性的で、聞き手に親しみを感じさせるマイルドな響きがする。 また朝寝坊して、今日も遅刻かと思いながら学校に着いたが、ナント休講、うれしさに、思わずニンマリしてしまった。 上の「ナント」は「ああ/わあ/まあ」や「やった!/すごい!/うそ!/ホント!」などに相当するもので、〈聞き手志向〉する「なんて」には置き換わらない。特に、上のような書き言葉の場合、子どもっぽく「さまにならない音声語」の代わりに、メールや手紙、日記などに使われることがある。 <62> ☑互換性のない場合 1. なんとか/どうにか なんとかする/方法を考える + までもなく、なんとかなるでしょう。これ、何とかなる/問題が解決する + かな。子どもが壊しちゃって、あの勉強嫌い、なんとかしないと、手遅れになっちゃうよ。「なんともならない」とおっしゃらず、そこをなんとかお願いします。 2. なんとしても/どうしても この子の病気、なんとしても/あらゆる手段を尽くして + 治したいね。 あの試合、なんとしても/あらゆる手段を尽くしても + 勝てなかった。 3. なんとも + 否定表現 3. ★んとも+谷定表現 なんとも/本当に/どうも+申し訳ございません/困ったことになりましたね/理解しかねる状況です/変な気分ですね/おかしな話だ。 なんとも/どのようにしても何も+お礼の申し上げようがありません/説明できない/判断がつかない/言えない事態だ。 別に、なんとも/マイナス面は+ありません/思ってませんから/感じませんね。大丈夫/平気+です。 おまえの料理+なんて/なんか、食べたいともなんとも思わないね。 →おまえの料理など、食べたい+なんて/×なんか+思わないね。 →おまえの料理など、食べたいと+なんか/×なんて+思わないね。 あんな+授業/映画、面白くも+なんとも/おかしくも+ないよ。 →あんな+授業/映画、面白く+なんか/なんて+ないよ。 4. なんとなく/なんとはなしに 4. なんとなく/ なんとなく/なんとはなしに/なにげなく、テレビをみていたら、高校時代のクラスメートが出てきて、ぴっくりしちゃった。 なんとなく/なんとはなしに/×なにげなく、彼の来る予感で胸が苦しくなり、急いで部屋を片付けて、掃除機をかけ、料理を始めた。 なんとなく/なんとはなしに/×なにげなく、昔のことが懐かしくてたまらなくなり、ついアルバムを開いて、思い出にふけっていた。 なんとなく/×なんとはなしに/×なにげなく、いいことが+ありそう/あるみたい。 なんとなく/×なんとはなしに/×なにげなく、青い空。そよぐ風。恋の季節だな。 「なんとはなしに」は「なんとなく」の古めかしい表現で、100%の「理由/原因/目的」はなくても、まだ「意志」の残り香が感じられ、ただ「五官による感覚/第六感」だけに頼った最後の2例に使うと不自然になるが、使う人はいるかもしれない。 類義語「なんとなく/なにげなく/なんだか」の違いは、『類義語使い分け辞典』(研究社)も参照のこと。 使い分けワンポイント ~ったら・~ときたひには この子 + といったら/ったら/ときたら/ときたひには、まるで「借りてきた」猫みたいね。お友だちが来たからって、緊張すること、ないじゃない?あら、もしかして、お友だちのこと、好きなの? うちのおばあちゃん + といったら/たら/ときたら、もの忘れがひどくて、さっき食べたばかりなのに、おなかが空いたって言いだすの。 <63> お父さんと + いったら/きたら、お金のことになると、すぐ話をそらしちゃうんだから。 お父さんとは関係ないから、安心して聞いて。 あいつの部屋と + いったら/きたら、そりゃ、すごいんだよ。何だってあるんだから。 親が金持ちなんだね。見栄っ張りかもしれないけど。 一度、ご招待されたんだけど、彼の料理と + いったら/きたら、一流ホテルの味なの。 素材を吟味して、何日もまえから準備するんだって。 あの人の生活ぶりと + いったら/きたら、まるでゴミにとり囲まれてるみたいなんだよ。 ものに執着しすぎるんだろうね。恐ろしいことだよ。 ▶本文1.5.「主題/展開/~といえば・~というと」を参照 ▶本節「使い分け⑧/『~は』と順接仮定条件」を参照 「A + といったら/ときたら + B」は、主題としてAを提示する順接仮定条件「A + なら/たら/ば/と」の使い方のひとつで、身近な話題Aについて、話し手が感情をこめながら、コメントBをつける場合に使われる。 「A + (つ) たら」は「A + といったら」の「くだけた」話し言葉、また「A + ときたひには」は「A + ときたら」の古い言い方で、今も使われているかどうか疑わしい。うちの親父 + といったら/ときたら、家のことはお袋任せ、定年退職してからは、暇と金がありさえすれば、毎週のようにゴルフに出かける。 「A + といったら/ときたら + B」は、話題が身近であれば、上のような書き言葉にも使うことができる。 お父さんと + いったら/×きたら、もう! ちょっとお話、聞いてよ。 お母さんと + いったら/×きたら、どこなの? 何度も呼んでるのに。 おまえと + いったら/△きたら、もう忘れたのか。明日、出かけるんだから、あのサマースーツ、出しといてくれって頼んだだろう? 「可愛い」だなんて。課長と + いったら/※きたら。結婚して、子どももいるキャリアウーマンですよ。セクハラになっちゃいますよ。 →「可愛い」だなんて。課長と + いったら/きたら、結婚して、子どももいるキャリアウーマンなのに、セクハラすれすれなんだから。 「A + といったら + B」は、聞き手のAに呼びかけて、話しかけたり、話題Aをとりあげて、Aに対する評価をしたりするが、いずれの場合でも、話し手は「親しみ」をこめながら、さまざまな感情や評価「心配/不安/非難/からかい/羨望/自慢/得意/あきらめ」を表す場合に使われる。 これに対して「A + きたら + B」は、話題Aを前提条件「Aなら、つまり/当然/必ず/決まって/即 + B」のようにして、日ごろから感じたり、思ったりしている評価Bをする場合に使われるが、身近な話題Aであっても、Aに対する「親しみ」は必ずしも感じられるとは限らず、プラス評価ならともかく、マイナス評価ともなると、話し手の冷たい視線すら感じられる。 例えば「課長といったら」なら、呼びかけでも、そうでなくても、課長の「セクハラ」を冗談にして容認する「やさしさ」があるが、これを「課長ときたら」にかえると、課長の「女の子を見ると、すぐ『可愛い』という」習慣となった「悪い癖」をなじる口ちょう 調 が現れ、話し方によっては、課長に対する軽蔑の気持ちが響くかもしれない。 <64> ⑥⑥~ときたら・~とくれば・~ときているから 背が高くて、ハンサムで、それに金持ちの家の子と+きたら/くれば/きているから、周りの女どもが放っておくはずがない 安くて、うまくて、愛想がいいと+きたら/くれば/きているから、客が表で列を作らないほうがおかしい。 湯上り+ときたら/とくれば/×ときているから/なら、冷たいビールに決まってるだろう?気がきかねえなあ、(ま)ったく。 家電+ときたら/とくれば/なら、もうあの店に限りますよ。 国際電話+ときたら/とくれば/なら、このテレフォンカードが一番です。 ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~に限る」を参照 「A + きたら/くれば/きているから + B」は、パラフレーズすると「Aが前提となって + いたら/いれば/いるから + 当然B」となっているが、順接仮定条件でも一般条件を示す「A + きたら/くれば + B」は、Aを主題にして「A + では/なら、当然一番はB」という意味にもなる。 ▶「~なら/~たら/~ば」の違いは、本文4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~なら」と本文4.3.「順接仮定条件/一般条件/~たら・~ば・~ては・~では」を参照 使い分けワンポイント ⑥7 「~ったら」の使い方 もし「これ、買ったげる」ったら、ちゃんと勉強するのか。本当か。 「来い」ったら、来いよ。何度も言わせるんじゃないよ。 やめろったら、やめろよ。何、すんだよ。いい加減にしろ。このバカ。 ひとりにしてったら。あんたに私の気持ちがわかるわきゃないでしょ? 行くったら/行くって (ば)。うるざいな。まだ時間、あるだろう? ひとりで 十 できるったら/できるって。大丈夫だって (ば)、心配するなよ。 これ、読んでごらん。おかしいったらないよ。 ▶本節「使い分け⑤/『~って (ば)』の使い方」を参照 ▶本文8.1.「極限/状態/~といったらない・~ったらありゃしない」を参照 「A + ったら」は、主題を提示するほかに、Aを引用して、もとの順接条件のまま「A + と言ったら」という使い方がある。 かなり早口で話すと、最初の例のようになるが、腹を立てているときも、話し方は早くなるので、聞き手が話し手の言うことを聞かない場合や、聞き手がうるさく何度も同じことを言った場合に使われる。 対話の背景があれば、前者の「言うことを聞かない」場合は「来いったら」だけでも命令として通じるし、後者の「うるさく同じことを言った」場合は「行くったら」だけで、先ほどの「行くって (ば)」と同じ意味を表すことができる。 行くってばく行くったらく行くって 聞き手に「うるさく」言われて、上のように答える場合、左から右へ、早口になり、声がかん高くなり、語気も苛立ちも強まるように思われる。逆に右から左へ、聞き手に甘えたような口調にすることができる。 <65> 使い分けワンポイント 大学に入ったばかりで父が亡くなったので、母をはじめ弟や妹を養うため、大学には籍だけを置いて仕事に明け暮れていた私に + あっては/とっては、あの当時の学生運動や街頭デモというのは、いわば高嶺の花、一度でいいからやってみたい胸の疼きであった。あのころの彼に + あっては/とっては、政治情勢も社会的変化もなく、ただ自分の発明を実用化してくれる会社を探すことだけで頭がいっぱいだった。 ▶本文 1.4.「主題/立場/~にとって」を参照 「A + にあっては + B」は、ある特別な状況Bが「Aという人の境遇に + ある/存在する」ことを表しているが、人物Aの状況や境遇と、その時代の状況や背景とが「~は」によって対比され、その時代の平均的な人々と比べると、人物Aがかなり特異な状況におかれていたという設定で使われる。 書き言葉専用で、しかも純文学系の小説や硬い人物評論、歴史上の人物などを描くときなどに使われることがある。 立場を表す「人 + にとっては」は「人 + にあっては」と互換性があるが、別の人物の立場との対比しか表すことができず、スケールの大きい時代状況を比較の対象にすることはできない。 父は、職場にあって、部下から慕われ、信頼されている上司だそうだ。 父は、家庭に+あって/おいて+は、よき夫であり、よき父親ではあったが、職場にあっては、冷酷な純腕家として通っていた。 父は、駐在地/弁護士という職/部長の立場/病床/死に際/貧しい境遇/苦境/危機的状況+にあっても、家族のことを忘れなかった。 ▶本文2.4.「時の表現/時間範囲/~において」を参照 ▶本文8.3.「極限/類推/~も」を参照 上の「A場所/立場/状況 + にあって + (は/も) + B」の「~にある」は、文字通りの意味しか表していないが、通常は「場所/時間/状況」を表す「A + において + (は/も) + B」が使われる。ただ、それぞれが「立場/時間」を表す場合は互換性 また「A + において (は/も) + B」は、Bが意志的動作となる「動態」の場合にも使えるが、これに対して「A + にあって (は/も) + B」は、Bが状態を示す「静態」の場合にしか使うことができない。 どちらも、書き言葉か、改まった場面での話し言葉に使われるが、前者「~にあって」のほうが、はるかに生真面目で几帳面、硬いといった印象を与える。 そのせいで、どちらの「Aに+あって/おいて+は」も、対比を表しているが、この「~は」を「~も」にかえると、前者は「類推」であるが、後者は「類推」よりも「添加/累加」の要素が濃くなってしまう。 あの男に+あっては/かかっては、いやと言えなくなってしまう。彼女にあっては、誰も敵わないよ。雄弁家というより毒舌家だから。社長も、奥さんにあっては、こてんぱんにやられてしまうようだ。 上の「A+にあっては」は、先ほどのものとは似ても似つかぬ使い方をしており、その人物Aに対して「蛇に睨まれた蛙」のように、たじたじになって完敗してしまう心境を、ユーモラスに描く場合に使われる。 <66> 1.1. 主题/提題 最後の「社長も」の「~も」も「類推」で、あの「いつもは怖い/さすがの+社長さえも、さすがに奥さんにかかっては」を表している。 「A+にあっては」は、いずれの場合も「Aという特別な範囲のなかでは」という意味を表しているが、むしろ「A+に遭っては」と考えるほうがわかりやすいかもしれない。 というのは、この場合だけ、通常の話し言葉にも書き言葉にも使われ、日常の話し言葉には「A + にかかっては」のほうがよく使われるが、この「Aにかかる」が「お目にかかる/医者にかかる/訪問販売にかかって騙される/刺客の手にかかって殺される」などを連想させるからである。 使い分けワンポイント ⑥9 ~にあら(せら)れては・~におか(せら)れては 陛下/閣下/殿下 + に + あられて/あらせられて/おかれて/おかせられて + は、今日のご機嫌は、いかがであったか。(聞き手尊敬ではない) 陛下/閣下/殿下 + に + あら (せら) れ/おか (せら) れ + ましては、ご機嫌、麗しゅうございます。(聞き手尊敬) 住民の皆様に + おかれ/×あられ + ましては、年末年始の防犯防火に、ご協力のほど、お願い申し上げます。 ▶巻末「古語/助動詞/受身・可能・尊敬・自発『(ら)る』/使役・尊敬『(さ)す』を参照 ▶本文9.「授受動詞と敬語」を参照 「Aに+あら(せら)れて/おか(せら)れて+は」は、先ほど述べた「Aに+あって/おいて+は」の特別な状況Aを、特別な人物Aに換え、さらに敬語を使って、Aに敬意を表したものである。 最後の「皆様におかれましては」も、現代語では、何かの間違いではないかと思ってしまうが、ときどき顔を出す。しかし「~に+あら(せら)れて/おかせられて+は」が、現在でも使われているかどうは定かでない。ただ、昔の物語や時代劇、プリンスやプリンセスの登場する童話やファンタジーでは、使われることがある。 敬語は、現代語で使役を表す「~(さ)せる」の古語「~(さ)す」が、使役だけではなく、尊敬の意味も兼ねていたので、上のように使われているが、次のような構造をしている。接続は、現代語と同じで「ない形」が使われる。 現代語:動詞「ある」+ 使役「(さ)せる」+ 受身「(ら)れる」 古語:動詞「あり」+ 尊敬「(さ)す」+ 尊敬「(ら)る」 →動詞「あり」+ 尊敬「す」+ 尊敬「らる」 →あら + せ + らる→あら + せ + られて→あらせられて 現代語では、例えば「行かせられる」は、音の圧縮「~せら→~さ」が起こって「行かされる」が使われ、意味は「使役 + 受身」しか表さないが、古語では二重尊敬になる可能性があった。 現代語:動詞「行く」+ 使役「(さ)せる」+ 受身「(ら)れる」 →行か + せる + られる→行か + せ + られる→行かせられる →行か + くせら→さ〉+ られる→行か + さ + れる→行かされる <67> ←他動詞形「行かす」+受身「~れる」 古語:動詞「行く」+使役/尊敬「(さ)す」+受身/尊敬「(ら)る」 →動詞「行く」+使役/尊敬「す」+受身/尊敬「らる」 →行か+せ+らる→行かせられて 古語において「行かせられて」を区別するのは、誰の動作かという封建的な思想である。 使い分けワンポイント⑦~たるや 教師たるや、学生の信頼と信望なくして存在しえぬ職業である。 大震災における若きボランティアたちの活躍ぶりたるや、まさに目を見はるものがあり、 今日の若者に対する見方を一変させるものがあった。 王の威厳たるや、あたりを森閑とさせるに足るものであった。 ▶本文 1.3.「主題/例示/AたるA'」を参照 ▶巻末「古語/助動詞/断定『たり』」を参照 ▶本文 2.5.「時の表現/基準時瞬間/~や」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/ひとつたりとも~ない」を参照 「名詞A + たるや + B」は、パラフレーズすれば「Aというのはだな、いいか、よく聞けよ」と、聞き手に呼びかけるようにして、Aの状況をBで述べる場合に使われる。古語が使われ、書き言葉であると同時に、かなり誇張した言い方なので、現在も使う人がいるかどうか定かではない。もし使う人がいれば、かなりの年配者で、しかも社会的地位も高い人かと思われる。 1.2. 主题/テーマ ~について・~に関して A + について + B:Aというテーマをターゲットにして、Bを行なう。 A + に関して + B:同上。ただし、Aに関係するものがプラスされる。 名詞に + ついて/関して 形態 どちらも、対比の「~は」や、並列の「~も」のついた「~に + ついて/関して + は/も」という形態がある。 また「ます形」の「~に + つき/関し」や、〈敬体〉の「~に + つきまして/関しまして + は/も」という言い方がある。名詞を修飾する場合は「~に + ついての/関しての/関する/関した」になる。 互換性 「~に関して」は「~について」に置き換わるが、逆は、テーマAの内容や、Bを行なう人によって、可能な場合と不可能な場合がある。 道換 [例] ねえ、あなた、お父さんについて、どう思ってる? 好き? 嫌い? <68> 次のように、置き換えると不自然になる。 ×ねえ、あなた、お父さんに関して、どう思ってる? 好き? 嫌い? 次の例も、置き換えると不自然になる。 さっき、あの子、泣いてたでしょう? そのことに + ついて/×関して、何か知ってるの? 知ってたら、教えてくれない? 試験問題の3番に + ついて/×関して + も、説明してほしいのですが。 そのときのことを思い出しながら、目撃した容疑者に + ついて/×関して、話してみてください。大丈夫ですから、落ち着いて。 妹を亡くしたこの詩の作者の気持ちに + ついて/×関して、30 字以内に感想をまとめなさい。ただし、句読点も字数に数えること。 今回の決定に + ついて/×関して + は、賛成できない点がある。 公務員の不正事件が相次いでいるが、当然あるべき公私の区別に + ついて/×関して、判断ができなくなっているのではないか。 現場で採集した DNA に + ついて/×関して、検査してるところだ。 用例 次の用例は、互換性がある。 ちょっとお伺いしますが、社長のお父様に + つき/関し + まして、どのようにお考えなのですか。忌禪のないところを、お聞かせください。 刑事さん、あの目撃された容疑者に + ついて/関して、何かわかったことがありましたら、教えてもらえませんかね。 その点に + つき/関し + ましても、のちほどお知らせいたします。 今回の鉄道事故の原因に + ついて/関して+は、緊急の委員会を設け、究明する方針が閣議で了承された。 今回の決定に + ついて/関して + は、賛成できない点がいくつかある。 論文のテーマにした日本人の行動パターンに + ついて/関して、調べているところですが、あまり資料がなくて困っているんです。 ▶本文 3.5.「順接確定条件/基準/~をめぐって」を参照 を起こす場合に使われるが、非常に近い位置関係にあり微妙な使い分けになっている。 仮に、Aの「抽象性/多様性」を変数X、Bを行なう人の「知識/経験」を変数Yとすると、Xが低くなって、Aが具体的な一点を示すようになり、Yが不足して、子どもがBを行なうようになった場合、前者「Aについて + B」だけが使われるようになり、逆に、Xが高くなり、Yが豊かになれば、後者「Aに関して + B」も使えるようになる。 XとYのどこに境界を設けるかは、個人差があり、一概に言うことができない。例えば「置換」に示した「×関して」も、使う人はいるかもしれない。 簡単に言えば、限定されたAを「直接的」なターゲットにして、Bを行なう場合、前者「Aに + ついて + B」だけが用いられ、Aに関連するレベルにまで範囲の広がりを見せたAを「直接的間接的」なターゲットにして、Bを行なう場合に、後者「Aに + 関して + B」も使われるようになるだけである。 ただ、「用例」のように置き換えが可能な場合でも、前者のAとBは直接的な関係をもち、後者のAとBは間接的な関係をもちになる 解説 論文の表題には、研究テーマや調査対象をAとすると、よく『Aについて』や『Aに関して』が使われる。前者なら、Aの範囲をかなり絞りこんだ内容で、詳細か <69> つ緻密に論が展開されるといった感じがするし、逆に後者なら、Aに関連するさまざまなことが含まれ、多角的に幅広くAが論じられるといった印象を受ける。 例えば『資本論』を改題するとすれば、おそらく『資本について』よりも、むしろ『資本に関して』のほうがふさわしいように思えるし、また、若い人が 100 ページほどの論文に表題をつけるとき、たとえ内容が幅広いものであっても、例えば『日本語のスピーチレベルに関する研究』といった大きなものにするよりも、むしろ『日本語のスピーチレベルについて』にしておくほうが、謙虚さ「ご叱正とご批判をお願いしたい」をうかがわせるような気がする。 使い分けワンポイント ① テーマとは? 「Aに+ついて/関して+(は/も)+B」のAを、ここでは「テーマ」と呼んでいるが、この「テーマ」とは、文のなかに示された主題A、つまり話し手が設定した場面や状況における「主題/テーマ」Aであり、動作Bにとっては「対象/目標/基準/ターゲット」になるものを指している。 これに対して、もっともシンプルな「A + は + B」のAは、文そのものの主題を表し、Bのほうは、たとえるなら「なぞなぞ/問答」の答えになっている。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~は」を参照 またテーマAとは、Aの「真相/未知なるものの正体/真実/疑いえない事実/実態/追求すべき事態/本質」などを表し、Bには、テーマAを解明するための動詞群「聞く/疑う/尋ねる/調べる/知る/話す/語る/答える/教える/知らせる」などや「説明/指示/研究/実験/試験/検査/論議/討論/判断/究明/解決+する」などが現れる。 補足 次の例のA「その点」は、解明すべき対象ではなく、解明の終了したものと考えられる。 個人的な意見だが、その点に+ついて/関して+は、賛成できかねる。その点に+ついて/関して+は、賛成できるが、ほかの点では反対だ。 ただ、対比「~は」がきいて、上のほうの「賛成+できかねる/できない」も、下のほうの「賛成できる」も、100%の解明が終わっているのではなく、さらに議論の必要のあることを表している。 ×個人的な意見ですが、その点に+ついて/関して、賛成です。→個人的な意見ですが、その点に(は)賛成です。 対比の「~は」がなく、上のような100%解明が終了したことを示す場合は、テーマ「Aに+ついて/関して+B」を使うことができない。下のほうは、対比の「~は」があると、ほかの点が未解明になるが、なければ解明終了である。 彼の配属+を/について、指示する。 →彼をどこに配属するかについて、指示を与えてください。 また「A + を」を使うと、解明終了「配属決定」後の指示になるが、これを「A + について」にかえると「配属決定」までの過程が含まれる。つまり「Aについて + 決定/反対/指示 + する」などには、Aの解明が終了するまでの事態を表している。 <70> 使い分けワンポイント②~につき・~に関し 使い分けワンポイント 早急の解決を要する懸案の外交問題に + つき/関し、両国の首脳、ならびに外務次官たちは、会議に臨むべく、慎重な準備を始めた。 新しく制定された労働雇用法に + つき/関し、政府は早々に論議を打ち切ってしまい、強行採決で国会を通過させたものの、労働者や学生が反発した数ヶ月にわたるデモの末、撤廃を余儀なくされる事態に至った。 ▶本文3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~につき」を参照 ▶本文6.2.「変化の表現/変数/~について・~につき」を参照 「Aに + つき/関し + B」は、上のような硬い書き言葉の場合にしか使うことができない。両者の違いは「Aに + ついて/関して + B」と同じである。 まれに見る残虐な殺人事件につき、被告に無期懲役の刑を言い渡す。 特に「Aに + つぎ + B」は、上のような「原因」を表すことがあるが、内容をフィードバックできない話し言葉では、テーマの場合と紛らわしくなり、書き言葉でなければ、意味不明になるからでもある。 使い分けワンポイント ③~についての・~に関しての/ ~に関する・~に関した 問題の3番に+ついて/×関して+も、説明してほしい。 →問題の3番に+ついての/関する/×関しての+説明もしてほしい。 目撃した容疑者に+ついて/×関して、話してみてください。 →容疑者に + ついての/関する/×関しての + 話をしてみてください。 この詩の作者の気持ちに + ついて/×関して、感想をまとめなさい。 →この詩の作者の気持ちに + ついての/関する/×関しての + 感想をまとめなさい。 当然あるべき公私の区別に + ついて/×関して、判断ができない。 →当然あるべき公私の区別に + ついての/関する/×関しての + 判断ができない。 現場で採集した DNA に + ついて/×関して、検査をしているところだ。 →現場で採集した DNA に + ついての/関する/×関しての + 検査をしているところだ。 ▶本文 3.5.「順接確定条件/基準/~に基づいた・~に基づいての」を参照 「名詞Aに+ついての」は、あとにくる名詞Bとの間に「修飾する/修飾される」という関係があれば、もとの「名詞Aに+ついて」を書き換えて、すべての場合に使うことができる。 また「名詞Aに+関する」は、上のように、もとの「名詞Aに+関して」が使えない場合でも、これを書き換えてすべての場合に使うことができる。 これは「名詞Aに+関する+名詞B」が、Aの「抽象性/多様性」が低い場合の「名詞Aに+ついての+名詞B」と同じように使えることを示している。 記者会見を開き、事故の原因に + ついて/関して、詳しい説明をした。 →事故の原因に + ついての/関しての/関する/関した + 詳しい説明をした。 日本の将来に + ついて/関して + 昨夜テレビで、討論会が行なわれた。 →日本の将来に + ついての/関しての/関する/関した + 討論会が行なわれた。 四半期の業績に + ついて/関して、書類を作成する。 →四半期の業績に + ついての/×関しての/関する/関した + 書類を作成する。 <71> 彼は自動車エンジンに + ついて/関して、豊富な経験と知識がある。 →自動車エンジンに + ついての/×関しての/関する/×関した + 経験と知識がある。 ところが「名詞Aに + 関しての + 名詞B」のほうは、上のように、もとの「名詞Aに + 関して」が使える場合でも、これを書き換えて使えないことがある。 これは、おそらく「名詞Aに+ついての/関する+名詞B」が、AとBとの直接的な関係を表しているのに対して、この「名詞Aに+関しての+名詞B」は、AとBとの直接的な関係ではなく、AとBが、ただ関連するだけの間接的な関係にあることを表すためではないかと思われる。 AとBの直接的な関係とは、例えばA「事故の原因/四半期の業績」と、B「詳しい説明/書類」とを「~の」で結んだ場合のことを指し、つまり「事故原因の詳しい説明/四半期業績の書類」とは「説明するのは事故の原因だけ/作成する書類は四半期の業績に限る」ということを表すので、AとBが直接的な関係にあることを示している。 これに対して、AとBの間接的な関係とは、AとBを「~に関連する」で結んだ場合のことを指し、つまり「事故の原因に関連する詳しい説明/四半期の業績に関連する書類」とは「説明するのは事故の原因そのものではなく、事故の原因に関連すること/作成する書類は、四半期の業績ではなく、それに関連するその他の書類」ということになる。つまり、はじめの2例「事故の原因/日本の将来 + に関して、詳しい説明/討論 + をする」は、AとBの直接的間接的な関係を表し、これを「事故の原因/日本の将来 + に関連する + 詳しい説明/討論会」に書き換えることはできるが、あとの2例「四半期の業績/自動車エンジン + に関して + 書類を作成する/経験と知識がある」は、直接的な関係しか表していないので、これを間接的関係「四半期の業績/自動車エンジン + に関連する + 書類/経験と知識」にすると、もとの「Aに関して」とはズレが生じてしまい、書き換えができなくなる。 環境問題に + ついて/関して、議論を進める。 →環境問題に + ついての/関しての/関する/×関した + 議論を進める。 報告のあった DNA に + ついて/関して、検査をしているところだ。 →DNA に + ついての/関しての/関する/×関した + 検査をしているところだ。 「名詞Aに + 関した + 名詞B」は使い方に制限があり、すべての場合で「名詞Aに + 関する + 名詞B」にとって替わられるので、めったに使われない。 もし使うとすれば、少なくとも名詞Aと名詞Bの一方が、すでに実現している場合、つまり〈基準時現在〉で「AかB、または両方とも既実現」の場合に限られる。使えないのは、AとBが「非過去」で、〈基準時現在同時間帯〉の場合である。 使い分けワンポイント④~に対して・~に対する・~に対しての 今の発言に + 対して/ついて、ご意見はございませんか。 よけいな言い訳はしないでよろしい。先ほど私がお尋ねした質問に + 対して/ついて + だけ、お答えいただきたい。 アメリカ政府に + 対して/×ついて、戦争拡大政策の中止を訴えた。 明け方、河をはさんだ敵陣に + 対する/×ついての + 砲撃が開始した。 タバコは、健康に + 对して/とって、脅威的な害があります。 <72> ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~に対して」を参照 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~に対して」を参照 ▶本文 1.4.「主題/立場/~に対して・~にとって」を参照 ▶本文 1.6.「主題/対比/~に対して」を参照 「名詞Aに + 対して + B」と「名詞Aに + について + B」は、類義表現ではないが、どちらもAをターゲットにしているので、上のような置き換えが可能な場合がある。さらにまた、中国語や韓国語では「対」という漢字を使うと、主に「~について」の意味を表すので、紛らわしい場合がある。 違いは、目標物Aに向けて、Bが働きかける場合に前者が使われ、テーマAの真相を、Bが解明する場合に後者が使われる点である。どちらも可能な場合は、前者が「動態」での働きかけ、後者が「静態」での述べ立てや説明などになる。 彼は、女性に+対して/ついて+は、ものわかりが早い。 上の例に、もし「~に対しては」を使うと、男はともかく、個々の女性には、親切に働きかけ、本当かどうかはともかく、相手が理解できるという態度を示す男のイメージになる。これを「~については」にかえると、男のことはともかく、一般的な女性や女性論、男女差別などに詳しいフェミニストのイメージになる。 環境問題に + 対する/対しての/ついての + 幅広い関心を呼び起こす。課長の提案に + 対する/対しての/ついての + 反対があったそうだ。環境問題に + 対する/対しての/ついての + 考え方質問に + 対する/対しての/ついての + 答え文書類に + 対する/対しての/×ついての + 影響 「名詞Aに + 対する/対しての/ついての + 名詞B」の場合も同じで、前者2つが「動態」で、後者が「静態」である。 古語に + 対する/×対しての/ついての + 興味は、あまり涌かない。 スポーツに + 対する/×対しての/ついての + 趣味は、もっていない。 被災地に + 対する/×対しての/×ついての + 募金の呼びかけをする。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~に対する・~に対しての」を参照 「名詞Aに + 対する/対しての + 名詞B」の違いは、Aに向けてのBの働きかけが、前者では「動態/直接的」になり、後者なら「静態/間接的」になることである。 使い分けワンポイント ⑤~にかけては・~にかけたら・~にかけての 速さに + かけては/かけたら、あのレーサーの右に出るものはいない。 日本語に + かけては/かけたら、彼女がいつもクラスでトップです。 あの男、実力もないくせに、自信にかけては、人の2倍も3倍も強い。 彼は、ゲーム/球技/商売 + にかけての + 才能/能力は + ゼロだ。 彼は、この分野の + 仕事/研究 + にかけての + 経験がとても豊富だ。 ▶本文 2.4.「時の表現/時間範囲/~から~にかけて」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』と順接仮定条件」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/~なら・~は」を参照 「AにBをかける」は、例えば「椅子に腰をかける/川に橋をかける/服にブラシをかける/泥棒を崑にかける/薬を秤にかける/命をかけて戦う/子どもの成功に望み <73> ~といい~といい・~といわず~といわず をかける/漬物に醤油をかけて食べる/うたたねする妻に布団をかける/料理に時間をかける/7と3をかける/天空をかける」など「AとBがクロスするような状態にする」ことを表すが、この「名詞Aに+かけては/かけたら+B」は、首や店の前に「私/当店+は+A+は/なら+一番だ」というプレートや看板をかけているようなイメージがある。 「名詞Aに + かけては/かけたら」の違いは、前者「Aにかけては」が「名詞A + は」と同様に、主題か対比を表し、後者「Aにかけたら」が「名詞A + なら」と同様に、主題を表す順接仮定条件となっている点である。 日本語に + かけては/かけたら、彼女 + は/が、いつもクラスでトップです。 彼女は、日本語に + かけては/かけたら、いつもクラスでトップです。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の配列」を参照 上のほうは「日本語」が主題で、対比が「彼女」になるので、パラフレーズすると「日本語なら、ぼくではなく、彼女がいつも一番」を表すが、下のほうは「彼女」が主題になり「彼女は、日本語ならいつも一番、でも日本語のほかは、全然ダメ」という意味になってしまうことがある。 この場合は、ほかの人には、誰のことかわからないように「彼女は」を省略するほうが無難である。また、上のほうで使う場合、対比の「彼女は」よりも、有標主格を示す「ほかでもなく + 彼女が」のほうが、プラス評価は高くなる。 ▶本文 1.1.「主題/提題/有標主格とは?」を参照 「名詞Aに+かけての+名詞B」は、Aが技術や経験を必要とする内容なので、Bが「才能/技能/腕/技術/経験」といった場合に使われる。 1.3. 主题/例示 ~といい~といい・~といわず~といわず Aといい + Bといい + C:AやBのほかにも、Cになるものがある。 Aといわず + Bといわず + C:AやBをはじめ、すべてがCになる。 名詞Aと + いい/いわず + 名詞Bと + いい/いわず 話し言葉で「名詞と」を「名詞って」とする人がいるかもしれない。 互換性 「AもBもC」がいえる場合、互換性がある。 置換 [例] 吹雪のなかを戻ってきた夫は、頭といわず肩といわず、雪達磨のようだった。 次のように、置き換えると不自然になる。 ※吹雪のなかを戻ってきた夫は、頭といい肩といい、雪達磨のようだった。 次の例も「~といい~といい」に置き換えると不自然になる。 <74> いったい何をしてきたのか、子どもは泥だらけ。髪と + いわず/×いい、服と + いわず/×いい、泥人形そのままに、白い歯を見せてウインクした。 スーツと + いわず/×いい、肌着と + いわず/×いい、あたかも戦場さながらの閉店セール、押し寄せた人々が奪い合った。 床と + いわず/×いい、天弁と + いわず/×いい、まるでラッシュアワーで、大勢の人が配管工事をする家のなかは、足の踏み場もなかった。 次の例は「~といわず~といわず」に置き換えると不自然になる。 顔の色艶と + いい/×いわず、歩き方と + いい/×いわず、おじいちゃん、本当にお元気になられましたね。 あの人、どう思う? 目と + いい/×いわず、口元と + いい/×いわず、本当にハンサムだと思わない? 品質と + いい/×いわず、値段と + いい/×いわず、いい買い物をしたね。わざわざこの店まで来た甲斐があったよ。 用例 次の用例は、互換性がある。 吹雪のなかを戻ってきた夫は、頭と + いい/いわず、肩と + いい/いわず、全身これ雪まみれで、まるで雪達磨のような格好だった。 いったい何をしてきたのか、髪と + いい/いわず、服と + いい/いわず、子どもは泥だらけ。泥人形そのままに、白い歯を見せてウインクした。 2階のファッションフロアと + いい/いわず、地下の食料品売り場と + いい/いわず、ラッシュアワーさながらの閉店セール。 玄関と + いい/いわず、ホールと + いい/いわず、どこもかしこも、大勢の人が工事をしていて、足の踏み場もなかった。 靴と + いい/いわず、帽子と + いい/いわず、全身、これ見よがしに白ずくめで、まばゆいばかりの出で立ちだった。 ドアを押し倒すように転がりこんできた男は血みどろで、顔と + いい/いわず、胸のあたりと + いい/いわず、目を覆いたくなる様相だった。 学校には、校長と + いい/いわず、教頭と + いい/いわず、まともに生徒のことを考えて仕事に取り組んでいる人は、いそうもなかった。 この子、目と + いい/いわず、口と + いい/いわず、このあいだ亡くなったおじいちゃん、そっくりね。こういうの「生き写し」っていうの? この児隈、あそこと + いい/いわず、ここと + いい/いわず、まるで外国人を騙してやろうといわんばかりのお店ばかりだね。 部屋は、カーテンと + いい/いわず、緘毯と + いい/いわず、なにもかも、すべての配 使い分け 「Aと + いい/いわず + Bと + いい/いわず + C」は、AとBを例として提示し「AとBだけでなく、残りもC」という場合に使われる。 違いは、前者には「残り100%もC」といえる力がないのに対して、後者の「Aといわず + Bといわず」には、あとのCとの間に「そのすべてが/なにもかも/どこもかしこも」などが省略されていて、ただこれだけで「100%全部まるごとC」であることがほのめかせる点である。 したがって「頭といわず肩といわず、雪達磨」は、夫の「頭や肩だけではなく、全身/姿/格好 + すべてが雪達磨」になるが、これを「頭といい肩といい、雪達磨」にすると、全身ではなく「頭や肩やその他のそれぞれが雪達磨」となり、不自然になってしまう。逆に「顔の色艶といい歩き方といい、お元気」は、元気に見える根拠として「顔の色 <75> 艶や歩き方など」をあげ、そのどれをとっても「それぞれが元気そうだ」といっているだけであるが、これを「顔の色艶といわず歩き方といわず」にすると、おじいちゃんの何もかも「すべてが元気」といった響きにかわり、非現実的になってしまう。 解説 「Aといい + Bといい + C」が使えるのは、AとBがCの主題になって「AもBもC/AやBはC」が成り立つ場合である。 つまり、置き換え可能な用例は、全体を表す言葉「全身/雪まみれ/泥だらけ/どこもかしこも/白ずくめ/血みどろ/そっくり/生き写し/お店ばかり/すべて」が使われていて、例えば「頭+も/や/と、肩+も/や/と、そのほか+全部/全身+が雪達磨」となって、互換性を可能にしている。 また、全体を表す言葉がなくても「顔の色艶も歩き方そのほかも元気」と同じように、例えば「2階や地下の売り場はラッシュアワー」が成り立てば使うことができる。 補足 「Aと+いい/いわず+Bと+いい/いわず+C」は、どちらも話し手の感情を反映し、プラスマイナスの評価をともなう。例えば全体を表す場合、「~だらけ/~まみれ/~みどろ」に互換性があれば、プラス評価の文脈なら「~まみれ」が使われ、マイナス評価の文脈なら「~だらけ/~みどろ」が使われることが多い。 ▶『類義語使い分け辞典』(研究社)の「体・肉体/~だらけ・~まみれ・~みどろ」を参照 しかし、そのほかの「~ずくめ/どこもかしこも」などは文脈依存で、プラスになるかマイナスになるかは、文の内容から判断するしかないが、どちらかには傾いていて、プラスでもマイナスでもないニュートラルな状況を示す場合は、ほとんどない。 比喻に使われる「~さながら/さながら~」や「まるで/あたかも/いかにも/~といわんばかり」の評価も、やはり文脈依存である。 使い分けワンポイント ① 「~や~など・~や・~など」のバリエーション 辞典や図鑑(など)は、あちらのコーナーで閲覧できます。 引き出しのなかは、タバコや小銭 + など/なんか + が、ごちゃごちゃと入れてあった。災害に備えて、缶詰や懐中電灯 + など/くらい、当然あってしかるべきだと思うよ。 児童公園には、ブランコや滑り台しかなく、昼間なのに、誰も遊んでいなかった。 どうして、この私が、嘘 + など/なんて/なんか + つかなきゃならないんです? 課長のことだから、1万や2万なら、すぐ貸してくれるんじゃないか? ▶本文 2.5.「時の表現/基準時瞬間/~や」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/~など・~なんて・~なんか」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~なんて』の使い方/『~なんか』の使い方」を参照 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~などする」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~くらい~はない」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~しかない」を参照 「名詞A + や」と「名詞B + など」は、両者が一緒「AやBなど」になって「AとB」を、または後者が単独で「B」を例としてあげながら、そのほかにもまだ何かあることをほのめかすが、話し手の感情や評価を示さない最もニュートラルな例示を表し、最も一般的でオーソドックスな使われ方をする。 つまり両者は、例示を表す最も基本的なアイテムであり、話し手の感情や評価が反映 <76> されると、Bのあとの「~など」にとってかわって、上のように「~なんて/~なんか」や「~くらい/~しかない」が現れるようになる。 また、書き言葉などでは「AやB」だけが使われて、あとの「~など/~なんて/~なんか」が省略されてしまう場合もある。 課長のことだから、1万か2万なら、すぐ貸してくれるんじゃないか? 最後の数量の例は、上のように「~や」を「~か」に書き換えると、概数「おおよその数」を表し、通常「1万から2万の間、多くて3万」を指す。 一方、例示の「1万や2万」は、同種類のものなら、何を想像してもかまわないので、聞き手は「10万や100万」という数字を思い浮かべるかもしれない。 「AかB」は、数量以外の場合「タバコか小銭/缶詰か懐中電灯/ブランコか滑り台」なら、二者択一を示すだけなので、例示「AやB」とは異なり、AとBのほかに何かあることをほのめかすことはない。また並列の「~と」は、例えば「タバコと小銭と缶詰と懐中電灯と」など、いくつ並べてみても、並べたものしか表さないので、二者択一の「AかB」や、並列の「AとB」のあとに、例示の「~など」はつけることはできない。 使い分けワンポイント ② 例示と類推 どうして私が、嘘などついて、あなたをかばったと思っているの? どうして私が、嘘までついて、あなたをかばったと思っているの? ▶本文8.3.「極限/類推/類推とは?」を参照 上の例は、どちらも「嘘をつく」以外に、ほかにまだ何か「X」のあることをほのめかしているが、上のほうが例示で、下のほうが類推である。ほのめかされているXは、聞き手を非難している誰かを「なだめる/説得する」や、その誰かに「弁解する/言い訳をする」などが考えられる。 例示「A + など/なんか」の場合、Aは代表例を表し、Aと「同種類のX」をほのめかすが、Xの範囲は狭く、いわば「Aの前後」に限られている。 しかも漠然としているので、日本語の「あいまい」な表現、例えば「これなどいかがですか」などに使われると、何もほのめかしていない「X=0」も可能である。上の「嘘など」も「X=0」の可能性がある。 これに対して、類推「インスタントラーメンも作れない/子どもですらわかる問題」の場合のA「インスタントラーメンが作れない/子どもにわかる」は、文全体を聞き手の驚く内容にできる極端な例である。類推でほのめかされるXは、Aと同種類「もちろん麻婆豆腐は作れない」でも、Aと対極のもの「大人は当然わかる」でもよいが、聞き手が容易に想像できるものに限られている。 したがって、Aは一種の比喻として使われ、話し手の言おうとすること「あらゆる手段を使って、あなたをかばった/どんな料理も作れない/誰にでもわかる」を、きわめて鮮明に際立たせる役割を果たす。 使い分けワンポイント ③ ~ように・~みたいに 「一日も早く李さん + のように/×みたいに、上手に日本語が話せるようにならないものか」 <77> とは思うものの、まだ先の話のようである。 「早く李さん + のように/みたいに、上手に日本語が話せたら」って思うんですけど、まだまだ先のことみたいですね。 北京や上海のように中国全土の人々が行き来する駅では、各地の言葉を聞くことができるが、方言というより、まるで外国語のようだ。 これ、昨日も言った+ように/△みたいに、ここに置くんじゃないよ。先生がする+ように/△みたいに、するのよ。ちゃんとよく見てね。ご存知+のように/×みたいに、日本は右傾化の一途を辿っています。この図表でもわかるように、実験の結果はプラス反応を示している。今後の課題をあげておくと、次のようになるのではないかと思われる。事件のあらましと背景は、以下のように箇条書きにしてまとめてある。お兄さんも、弟さん+のように/みたいに、ハンサムなんですか。お兄さんは、弟さん+のように/みたいに、ハンサムではありません。 =お兄さんは、弟さん + と違って/ほど、ハンサムではありません。 お兄さんも、弟さん + のように/みたいに、ハンサムではありません。 =お兄さんは、弟さん + と同じように、ハンサムではありません。 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~のように~ない」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/全部否定と部分否定」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~ようだ・~みたいだ』の使い方」を参照 ▶本文 7.2.「比較・比喩・比例/比喩/『~かのようだ』と例示」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~ように」を参照 ▶本文 3.5.「順接確定条件/基準/~ように」を参照 ▶本文 6.1. 「変化の表現/A→B/~ように + なる/する」を参照 「名詞A + のように/みたいに」と「動詞-る/~た + ように」は、あとで述べる「名詞A + のような/みたいな + 名詞」と「A動詞-る/~た + ような + 名詞」と同様に、例示を表すことがある。 ただ、この場合の例示は、Aと「同種類/同程度」の「X」をほのめかしているとはいえ、形式的にすぎず、話し手は「万一AのほかにもXがあってはいけない」といった気持ちで使っている可能性が強く、実際は何もほのめかしていない「X=0」となる場合のほうが多い。 両者の違いは、接続のほかに、前者「A+ように」が書き言葉にも話し言葉にも使われるのに対して、後者が書き言葉になると、不自然になる点である。そのせいもあって、話し言葉では「△」の例のように、後者を動詞に接続させて使う人がいるかもしれない。特に「~ようだ」が動詞に接続した場合、例示機能は「X=0」になって存在しなくなり、かわりにAとの類似性を示しながら、Aを基準とする機能へと傾いていく。 使い分けワンポイント ④~やなにか・~かなにか/~やなんぞ・~かなんぞ/ ~やどこか・~かどこか・~や誰か・~か誰か お弁当ですか。おにぎりに、玉子焼き + やなにか/やなんか/×かなにか/×かなんか/やなんぞ /×かなんぞ + は + 作っておきましたけど(、まだ何かおかずが要りますか)。お弁当ですか。おにぎりに、玉子焼き + やなにか/やなんか/かなにか/かなんか/やなんぞ/かなんぞ + (を)作りましょうか。 救急箱には、バンドエイド+やなんか/×かなんか/やなんぞ+はありますけど、消化 <78> 薬は見あたりませんね。 ここにサインですか。ペン + かなんか/×やなんか + 持ってませんか。 さっきの電話? 貸した金が返ってくる + かなんか/×やなんか + の話でね。ご馳走してくれるんだって。 お客様から電話があった + かなにか/×やなにか + で、出かけました。 ▶本文1.1.「主題/提題/『~なんか』の使い方」を参照 「名詞A + やなにか」と「A名詞/動詞-る/~た + かなにか」は、Aを代表例として提示するが、話し言葉にも書き言葉にも使われ、話し言葉では、音変化した「~や/~か + なんか」がよく使われる。また、あとの動詞との間に挟まれる「~が/~を」は、省略することができる。 両者の違いは、ほのめかされるX「なにか/なんか」が、前者「AやX」では、Aにプラスされる「+α」になり、後者「AかX」では、Aとの二者択一となる。 *お弁当は、おにぎりに玉子焼きやなんか + を作っておきました。 →お弁当は、おにぎりに玉子焼き + など/なんか + を作っておきました。 ▶本文1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 上のほうの〈述べ立て文〉が不自然になるのは、自分で作った弁当のおかずに「不定/未定」の「何か」が使われているからである。これを最初の例「お弁当ですか」のように「~は」を使って、対比かためらいに換えると、あとに「まだ何かおかずが必要か」という問いかけが省略されていることになって、不自然さが消えてしまう。 つまり「玉子焼きやなんか+は+作った」の「なんか」は、話し手にとって「不定/未定」である「話し手未知情報」ではなく、話し手が聞き手に知らせなかった内容で、聞き手にとって「不定/未定」になる「聞き手未知情報」であり、省略されているあとの「まだ何かおかずが必要か」の「何か」が、話し手未知情報を表している。 「なんぞ」は、もともと「何」に、現代語には残っていない古語の係助詞「~ぞ」のついた「なにぞ」が、音変化を起こしたもので、疑問「神とは何ぞや=神とは何か」や、反語「なんぞ 志 を曲げん=どうして志を曲げるだろうか、決して曲げない」などを表すが、現代語では使われていない。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』と『~が』の機能的な差異」を参照 ただ「A + やなにか/かなにか」の意味としてなら、おそらく年配者に限られるであろうが、現代語でも使われ、上にあげた「お弁当」などの例と互換性がある。 まるでお化け + やなんぞ/かなんぞ + に出会ったような顔で、人を見るんじゃないよ。おれはまだ死んじゃいないんだからね。 →まるでお化けにでも出会ったような顔で、人を見るんじゃないよ。 競馬 + やなんぞ/かなんぞ + で、金を使い果たしたんじゃないか。 →競馬ででも、金を使い果たしたんじゃないか。 ▶本文 8.3.「極限/類推/~でも」を参照 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/~からこそ」を参照 ただ、この古語の係助詞「A+ぞ」には、現代語に残っている古語の係助詞「A+こそ」と同じように、Aを強めて際立たせる機能があるので、あたかも類推であるかのように、聞き手を驚かせる極端なAを使うほうが、ぴったりする。 <79> 夏休み、子どもを海 + か/や + どこかに連れて行って。うるさいから。明日の京都、清水寺から哲学の道 + か/や + どこか、東山を歩こうね。お母さん + か/や + 誰かと一緒じゃないの?ひとりで来ちゃったの?来年 + △か/×や + いつか、海外旅行でもしようか。 同じように「名詞 + や/か + どこ/誰 + か」も使うことができるが、場所や人なら、不定の「X」との二者択一「名詞か + どこ/誰 + か」のほうがよく使われる。 時間の疑問詞「いつか」は、あまりにも漠然としすぎて非現実的になるので、二者択一の「来年かいつか」はまだしも、例示の「~や」のほうは不自然になる。 使い分けワンポイント ⑤ 文中の「~(の)か」 又の途中に現れる「A+(の)か」は、話し言葉にも書き言葉にも、また文体にかかわりなく使うことができるが、文末でモダリティをもつ「~(の)か」とはまったく異なり、Aに対する話し手の不確かな気持ちを表す。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか・~のだ」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 1. A + (の) か: 話し手の確信のなさを表す 「A = 疑問詞」の場合は「疑問詞 + (なの) か」 いつになく体の調子がいいせいか、久しぶりに走ってみたくなった。 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~せいか」を参照 あいつが犯人 + か/なのか、このごろ様子が少し変だな。 お袋、元気 + なのか/△か、電話で、はしゃいだ声、出してたな。 おいしくないのか、高いのか、いつ前を通っても、客がいませんね、あの店。 セールでもしてるのか、いつもよりすごく混んでるな。いったい何が安いのかな? あれ、雨が降りだすのか、ずいぶん曇ってきたよ。洗濯物、入れておこうか。 おかしいな。宿題もしないで、遊びに行ったのか、カバンが放り出したままだな。 何がうれしいのか、二タニタひとり笑いして、気持ち悪いったらないよ、あいつ。 いつになったら帰ってくるのか、うちの子ったら、不良少年になっちゃって。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~のだろうか」を 「A + (な) のか」は、話し手の「AかAでないのか/Aかどうか + はっきりわからない/特定できない」や「A (な) のだろうか」といった第三者の状況に対する「不明/未知」からくる確信のなさを表すので、判断を表す〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉にしか使うことができない。 これには、疑問詞Aに、直接「~か」のついた「誰/何/どこ/いつ+か」など、次の「2.疑問詞+か」は含まれていないが、上の最後2例「何がうれしいのか/いつになったら帰ってくるのか」や、また、下の「X+は/が+何/どれ/どこ/誰+(なの)だ」に「~か」のついたものや、また「~だ」と「~か」が入れ替わった「何/どれ/どこ/誰+(なのだ/だ/なの)か」などは含まれる。 ダメだよ。そんなことしちゃ、荷が荷(なの/だ)かわかんなくなっちゃう。みんな同じ色だ。さっき言ってたのは、どれ(なの/だ)か区別できないよ。ここがどこ(なの/だ)か、見当もつかない。来たことないと思うが、違う? <80> 1.3. 主题/例示 私が誰 (なの/だ) かわかりませんか。ずいぶんお会いしてはいないのですけど。 つまり、疑問詞の例は「何がうれしいのかうれしくないのか/いつ帰ってくるのか来ないのか+わからないけど」や「何が何で何が何でないか/言っていたのはどれなのかどれでないのか/ここがどこでありどこではないのか/私が誰であるか誰でないのか+わからない」を表している。 最後の例は、話し手「私」に使われているが、話し手が「私」を第三者と見なして問いかけている。 ただ「疑問詞 + なのか」は、常に「~なの」の省略が可能なので、形態上、疑問詞Aに直接「~か」がつく「疑問詞 + か」の場合と区別できなくなって、非常に紛らわしい。また「これは何か/あなたは誰なのか」の「~(の)か」は、文中でも文末でも使うことができる。しかし、主題の「~は」が有標主格の「~が」になった「これが何か/あなたが誰なのか」は、文中でしか使うことができない。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~が+疑問詞』と問い返し」を参照 明日から試験 + なのか/△か、ずいぶん遅くまで勉強してるじゃない、あの子。通りが静か + なのか/△か、電車の音がやけに大きく聞こえてくるね、今日は。 接続は「A - る/ - い/~た/(状態)名詞な + のか」で、Aが(状態)名詞の場合は「A + か」も使えるが、慣用的な「~せいか」や「疑問詞 +(なの)か」でなければ、話し手は「メモリバンク」と照合して、過去の事態を振り返り、Aに対する「不確かな気持ち」や「疑い」を訴えているので、やはり「(状態)名詞 + なのか」のほうが自然である。 「~なの」の省略は、名詞はともかく、状態名詞では違和感があって、使わない人がいるかもしれない。(状態)名詞の場合の「~なの」の省略は、次が参考になる。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/名詞+ではない」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/名詞+ではない(の)か」を参照 2.疑問詞+か:不特定なものを表す 誰(×なの)かいない?/誰かのを借りてよ/誰かに聞いてください。 おなか空いたんだけど、荷か食べるもの、ない?荷でもいいよ。 今日は料理したくない気分だから、久しぶりにどこか食べに行かない? 今は無理だけど、いつか一緒に、どこでもいいから旅行したいね。 明日の何時かに来ない?/今、何時(なの)か知らない? これ、いくつ/いくら +(×なの)か + くださいますか。 なぜ/どうして +(なの)か、秋になると、人恋しくなるんですよね。 直接「~か」が疑問詞につく「疑問詞A + か」というのは、例えば「誰か/何か/どこか/いつか/何時か/いくつか/いくらか/×なぜか/×どうしてか」などであるが、表しているものは「それが+誰/何/どこ/いつ/いくつ+(か)と+指定/特定/限定/決定+しない」ということである。 また、この「疑問詞A+か」には、あとに「(疑問詞か)+は/が/の/を/に/ヘ/から/より」などが接続する可能性があるという特徴がある。つまり、文末の「~だ」をもつ「疑問詞+(なのだ/だ/なの)か」とは異なり、これ自身「疑問詞A+か」が、全体で名詞になっている。 <81> ~といい~といい・~といわず~といわず 「疑問詞A+か」を使う話し手の「不確かな気持ち」とは、Aが特定できない「不明/未知」な状況が話し手に反映した「疑問詞A+(なの)か」の「確信のなさ」とは異なり、Aを特定せずに「不定/未定」のままにした、いわば「データAの不確かさ」が反映したものである。 したがって、〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉で、第三者の状況にしか使えない「疑問詞+(なの)か」の場合とは異なり、すべての文にも、話し手や聞き手の状況にも使うことができる。 ただ「なぜか/どうしてか」は、多く「~なの」が省略された使われ方をするが、原因や理由が指定されていない「不定/未定」ではなく、特定できない「不明/未知」の場合にしか使われない。 「疑問詞A + (なの) か」と「疑問詞A + か」の違いは、前者が、例えば「Aが示している『人/もの/ところ/とき』がわからない」という話し手の「あきらめ」を表しているのに対して、後者が「Aが示している『人/もの/ところ/とき』なら、すべてOK」という「あいまいさ」を表している点である。 3. 反語的な否定を表す 彼は、日本語ができるばかりか、英語もフランス語もできます。 →彼は、日本語ができるばかりでなく、英語もフランス語もできます。 暇かって? 暇どころか、忙しくて、食事する時間もないよ。 →暇かって? 暇どころじゃないよ。忙しくて食事する時間もないよ。 ▶本文 1.7.「主題/累加/~ばかりか・~どころか」を参照 ▶本節「使い分け③/~といったところだ」を参照 慣用的な言い方の「A + ばかり/どころ + か」は、パラフレーズすると「Aばかりだろうか/Aといったところ (状況) だろうか + いや、そうじゃない」となり、反語を表している。この場合の「不確かな気持ち」とは、話し手の「A + ばかり/どころ + だ」と断言できない一瞬の「心の揺れ/ためらい」である。 使い分けワンポイント ⑥~(の)か~(の)か 相談したいことがあるとかで、6時か7時かに来るって言ってたよ。 あれかこれか、どっちかだ。ぐじゃぐじゃ言ってちゃ、埼があかない。 こうなったら、思いきって、一か八か、やってみるしかないな。 悪いけど、1万円かそこら、貸してくれない?財布、忘れてきちゃった。 生きるべき(なの)か、死ぬべき(なの)か、それが問題なのだ。 行く(の)か、行かない(の)か、はっきりしろよ。煮えきらない奴だな。 あの先生、本当に賢い(の)か、本当はバカ(なの)か、どっちだと思う? 病気(なの)かそうじゃない(の)か、はっきり言わないんだ、あの医者。 あの恰幅だろ?議員なのか、議員の秘書なのか、紛らわしいんだよ。 文中に現れる「A + (の) か + B + (の) か(+ C)」は、文中に詳 文中に現れる「A + (の) か + B + (の) か (+ C)」は、文中に単独で現れる先 <82> 1.3. 主题/例示 ほどの「A + (の) か」とは異なり、Aに対する話し手の不確かな気持ちを表すことはなく、AやBやCなどの例をあげ、そのなかのどれかであることを表している。 例をあげるとはいっても、多くの場合、上のようにペアを組んだAとBの2つになるので、二者択一を表していることになる。 こんなんじゃ、うちの猫、食べる(の)かどうか、わかりませんよ。今の世の中、これでいいのか悪いのか、考えたくなるときがあるね。 上の例は、話し手の確信のなさを表しているように見えるが、確信のなさは「わかりません/考えたくなる」の部分にあり、食べるか食べないかの選択は「うちの猫」の問題であり、世の中をどう思うかは「人それぞれ」なので、やはり「A(の)か+B(の)か」は二者択一を表している。 おいしくないのか高いのか、いつ通っても、客がいませんね、あの店。顔がいいのか演技ができるのか、この歌手、ドラマで売ってるんだね。 上のような例は、AとBがペアを組んでいないので、二者択一ではなく、話し手の確信のなさを表している。これは「おいしくないのか客がいない/顔がいいのかドラマで売ってる」と「高いのか客がいない/演技ができるのかドラマで売ってる」を重ね合わせたものである。 接続は、話し手の「不確かな気持ち」を表す「使い分け⑤」の場合とは異なり、基本的に「A - る/ - い/~た/(状態)名詞 + か + B + か」であるが、話し手が「メモリバンク」と照合して、聞き手に訴えかけ、自分の意見や考えを述べたり、聞き手を納得させたりする場合は「A - る/ - い/~た/(状態)名詞な + のか + B + のか」のほうが自然な響きになる。 「Aか + Bか」は、AまたはBのどちらかを選択する場合に使われることが多く、どちらであるかが「不定/不明」であったりする場合に「Aのか + Bのか」が多用される。 「使い分け④」の「A+か+何/どこ/誰+か」は、Aと疑問詞「何/どこ/誰」との二者択一を表している。あとの「何/どこ/誰+か」の部分は、先ほど「使い分け⑤」で述べた「2.疑問詞+か」の使い方と同じである。「データXの不確かさ/あいまいさ」を反映した「不定/未定/すべてOK」を表している。 使い分けワンポイント ⑦文中専用の「~のだか」 「~のだか」は、上に述べた「~(の)か」が文中でも文末でも使われるのに対して、決して文末で使われることのない文中専用で、しかも、第三者の状況に対する話し手の「不明/未知/確信のなさ」を表し、〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉にしか使えない話し言葉専用である。 あいつが犯人だっておっしゃるんですか? あいつが犯人 + だか/なんだか、状況証拠だけじゃ、何とも言えないじゃありませんか。 さっきの電話だけど、いつも落ち込んだ声を出すお袋が、元気 + だか/なんだか、はしゃいだ声だったよ。何か、あったの? あの子、おいしいんだか、よく食べるね、今日は。腹が減ってるだけなのかな。 セールでもしてるんだか、すごく混んでるな、この店。どうしたんだろう。 <83> 雨でも降りだすんだか、ずいぶん曇ってきたんだけど、洗濯物、どうする? カバンが放り出したままで、また、どこへ行ったんだか。宿題もしないで。 今日、どんな大事なお客が来るんだか、何にも言わずに急いで出かけたんだけど。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のか・~のだ」を参照 文中に現れる「A + のだか」は、文末で断言を表す「~のだ」の上に、疑いを表す「~のか」が覆い被さって、そのまま文中に移動した感じで、他者の「A (な) のだ」という断言を、話し手が「A (な) のか」と疑って否定しているところがある。 つまり「AかAでないか」の「どちらか」といえば、話し手の想像や期待は「Aではない」に傾いている。これに対して、すでに「使い分け⑤」の「1.A+(の)か」で述べた「A (な) のか」は、逆に「どちらかといえばAだ」という気持ちに傾いている。 「A + のだか」は、話し言葉なので「A + んだか」になることが圧倒的に多いが、接続は「A - る/ - い/~た/(状態)名詞な + の/ん + だか」で、Aが(状態)名詞の場合だけ「~なの」が省略されて「A + だか」も使うことができる。 あいつが犯人 + だか/なんだか、これじゃ、わからなくなってきたよ。 →あいつが犯人 + だか/※なんだか、このごろ様子が変だよ。 お袋、元気 + だか/※なんだか、はしゃいだ声、出してたよ。 ▶ (状態) 名詞の場合の「~なの」の省略は本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/名詞+ではない」と本文 10.7.「モダリティの表現/確認/名詞+ではない(の)か」を参照 しかし「(状態) 名詞 A + なのだか」は、話し手がAを「メモリバンク」と照合し、過去の事態と比較した上で、Aに対する「不確実/不明/未知」や「確信のなさ/疑い」を訴えているので、上の例のように、ほんのわずかでもAを肯定するほうへ話し手の心が揺れると、不自然になってしまう。 使い分けワンポイント⑧~のだか~のだか そんなこと言ったって。まだ彼が犯人+だか/なんだか+どう+だか/なんだか、決まったわけじゃないでしょう? 相談したいことがあるとかで、6時+だか/なんだか+7時+だか/なんだか+に来るって言ってましたけど。 有名 + だか/なんだか + 何 + だか/なんだか + 知らないけどさ、いったい何 + だ/なんだ + よ、あの偉そうな態度は。今の、見た? おいしいんだかまずいんだか、手の込んだ料理を出しても無駄だね、あの人には。 行くんだか、行かないんだか、はっきりしないんだよ。イヤな奴だ。 試験、できたんだか、できなかったんだか、いつもと同じ顔だったよ。 「A - る/ - い/~た/ (状態) 名詞な + の/ん + だか + B + の/ん + だか」も文中に現れる話し言葉で、先ほどの「使い分け⑦」で述べた「A + の/ん + だか」と同様、話し手の「Aか、Aでないか/Bか」といえば「Aでもないし、Aでないでもない/Bでもない」という「不明/未知/確信のなさ」を表している。 辞典 + だか/なんだか + 図鑑 + だか/なんだか、カビの生えてるような本が、あっちのダンボール箱に入ってますけど。 →辞典 + だか/×なんだか + 図鑑 + だか/×なんだか + は、あっちのダンボール箱に入れてください。 <84> 相談したいことが+あるんだけど/あるんなら、6時+だか/※なんだか+7時+だか/※なんだか+に電話+してもいい?/してよ。 有名+だか/なんだか+何+だか/なんだか+知らないけどさ、いったい何+だ/なんだ+よ、その偉そうな態度は。いい加減にしろよな。 生きるべき+だか/なんだか、死ぬべき+だか/なんだか、それが問題なんだと思うんですけど、どう思いますか。 おいしいんだか、まずいんだか、何とか言って。作る気がしなくなる。 行くんだか行かないんだか、はっきりしてくださいよ。やだな、もう。 試験、できたんだか、できなかったんだか、教えてほしいんだけどな。 「使い分け⑦」と同様に「(状態)名詞Aなのだか+(状態)名詞Bなのだか」も、AやBを肯定するほうへ話し手の心が揺れると、不自然になる。 しかし、第三者の状況に対する〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉にしか使えない「A+の/ん+だか」と異なっているのは、すべての文にも、話し手や聞き手の状況にも使うことができる点である。 この点では、あいまいな「不定」を表す「使い分け⑤」の「2. 疑問詞 + か」や、二者以上から選択する「使い分け⑥」の「A + (の) か + B + (の) か (+ C)」と同じである。 千円+か/だか+二千円+か/だか+三千円+か/ $ ^{x} $だか、いくらでもいいから貸してくれ。 ただ「Aか + Bか (+ Cか)」と「Aのだか + Bのだか」の使い方が大きく違っているのは、Cがプラスできるかどうかという点にある。前者がAやBやCのほかにも、例としてあげたいのなら、DでもEでもエンドレスに加えることができるのに対して、後者はAとBの2つきりになる。 これは「Aのだか + Bのだか」が、AとBを例にあげてはいるが、AかBかを選択するのではなく、AもBも否定「AでもないBでもない」して、ある不明の「X」をほのめかすので、Cの必要がないからである。 つまり「Aのだか + Bのだか」は、AとBの2つきりであっても、二者択一にはならないのに対して、二者以上からの選択を示す「Aか + Bか (+ Cか)」には、ある不明の「X」というものなど存在していないので、選択肢を増やしたいのなら、CもDも必要になってくる。 したがって「生きるべきなんだか死ぬべきなんだか/おいしいんだかまずいんだか/行くんだか行かないんだか/できたんだかできなかったんだか」は「生きるでも死ぬでもない/おいしくもまずくもない/行くでも行かないでもない/できたでもできなかったでもない」といった、いわば「誰にもよくわからない」状態や状況が含まれていることになり、何とも「中途半端」で「もどかしい」話し手の気持ちを表すことができる。 「生きる」だか「死ぬ」だか/「おいしい」だか「まずい」だか/「行く」だか「行かない」だか/「できた」だか「できなかった」だか + わけのわからないことを言っているよ/はっきりしてください。 「AでもBでも、どちらでもない」という他者の中途半端な状態に苛立ちを示す場合、特に「メモリバンク」と照合して、過去のデータと比較することはないので、上のような状況なら、AとBが「(状態)名詞」でなくても「Aだか + Bだか」は使うことができる。 <85> *食べてませんので、今日の料理、本当に「おいしい」だか「まずい」だか、知らないんですけど、みんな、おいしそうに食べてますよ。 上のように、ただ「AかBか」が不明なだけで、話し手の「苛立ち」を示さない場合に使うと、不自然になる。つまり、AとBが「(状態)名詞」でなくても「AだかBだか」が使えるようになるのは、他者が「AかBか」をはっきり言わないので、話し手が他者の代わりに「A」か「B」かを提示する場合で、いわば「聞こえない」他者の言葉を名詞と見なして引用している場合である。 使い分けワンポイント ⑨ 文中の「~(の)か」と「~のだか」 あいつが犯人+か/なのか/だか/※なんだか、このごろちょっと様子がおかしいよ。→あいつが犯人だろう。このごろちょっと様子がおかしい。 お袋、元気 + △か/なのか/だか/なんだか、はしゃいだ声、出してたよ。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~だろう・~だろうか」を参照 「(状態)名詞A」に対する「話し手の確信」を基準にして、上のような使い分けをすると、次のようになっている。 不明/疑い/否定的 ~か ~なのか ~だか 確定/確信/肯定的 誰 + か/なのか/だか/なんだか、呼んでるみたいですよ。ちょっと窓から覗いてみてください。 何+か/なのか/だか/なんだか、相談したいことがあるとかいって、今晩「来ていいか」って言ってたけど。 Aが疑問詞の「誰/何+か」は、具体的に「どんな+人/こと」か「不定/未定」でわからないが、話し手は「確かに/確信をもって+ある人が呼んでいる/相談したいことがある」と言っていることになる。これを「誰/何+なのか」にかえると、話し手は「メモリバンク」で、過去のデータと照合し、以前にも「こんな時間に人が呼んだ/相談したいことがあると言った」という情報を得て、今度も「同じかもしれない」し、今度は「違うかもしれない」といった「心の揺れ/軽い疑い」を見せてはいるものの、ある程度の確信をもって「誰か呼んでいる/何か相談したいことがある+にちがいない」と考えている。 一方「誰/何+だか」は、確かさも確信もないが「もしかすると+誰か呼んでいる/何か相談したいことがある+かもしれない」という肯定的要素を残しているが、これを「誰/何+なんだか」にかえると、過去のデータから「人が呼んでいる/相談した <86> いことがある」という可能性が否定され、話し手は「誰が呼んでいるのか/何の相談がしたいのか」という「不安/不審/疑い」を抱いている響きになる。 この違いは、上のように、Aが動詞や形容詞の場合でも同様である。 これ + か/×なのか/×だか/×なんだか、あれ + か/×なのか/×だか/×なんだか、どっちかだ。 →これ + か/なのか/だか/なんだか、あれ + か/なのか/だか/なんだか、どっちなんだ。早く決めろ。 行く + か/のか/だか/んだか、行かない + か/のか/だか/んだか、はっきりしろよ。煮えきらない奴だな。 こんなんじゃ、うちの猫、食べる+か/のか/んだか、どう+か/なのか/だか/なんだか+わかりませんよ。 「A + か/ (な) のか/だか/ (な) んだか + B + か/ (な) のか/だか/ (な) んだか」の場合は、A か B かの選択になるので、次のようになる。 不明/未知/優柔不断 「A/B=動詞/形容詞」の場合に「~だか」が使えるのは、他者の優柔不断、つまり「AかBか」が決まらないことに対して、話し手が腹を立てるか、苛立ちを見せる場合に限られる。 ⑩ 文中の「~(の)か」と「~のだか」のまとめ 文の途中の「A(の)か/A(の)かB(の)か」と「A(の)だか/A(の)だかB(の)だか」の使い分けをまとめておくと、およそ次のようになる。 <87> 使い分けワンポイント ① 非敬体の「~のだか」と敬体の「~のですか」 おいしくないんだか、あまり食べないね、あの子。おなかが空いてないのかな。 →おいしくないのですか。あまり食べませんね。おなかが空いてません? 何がうれしいのか、二タニタひとり笑いして、気持ち悪いですよ、あの人。 →何がうれしいのですか。二タニタひとり笑いして、気持ち悪いですよ。 カバンを放り出したままで、どこへ行ったんだか。宿題もしないで。 →カバンを放り出したままで、どこへ行ってたんですか。宿題もしないで。 今日、どんなお客が来るんだか、何にも言わずに出かけたんだけど。 いつになったら帰ってくるのか、うちの子、不良少年になっちゃって。 雨でも降りだすんだか、ずいぶん曇ってきたよ。 →雨でも降りだすん + でしょうか/×ですか。ずいぶん曇ってきました。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/女性非敬体の『~のね』を参 「~のだか」は文中専用で、文末に現れる〈文体〉と直接には関係しないので、基本的には〈敬体〉にも〈超敬体〉にも使うことはできる。ただ〈ウチ〉関係での〈非敬体〉の場合は、男性専用の「~だ」が響くので、丁寧さを感じさせない話し言葉専用になり、女性には〈非敬体〉扱いになる〈敬体〉が使われる。 丁寧さや遠慮の必要な〈ソト〉や〈ヨソ〉に対しては、通常「~のか」が使われる。つまり「これが何+だか/なんだか+わからない/わかりません」を、〈ウチ〉から〈ソト〉や〈ヨソ〉へ向ける場合は「これが何+か/なのか+わかりません」にするほうが無難である。 これに対して「これは何+ですか/なのですか」など、〈敬体〉「︷(の)ですか」は、文末にしか来ない形態なので、この場合は「×これが何+ですか/なのですか+わかりません」にすることができない。ただ、ときどき丁寧にしようとするあまり「×これが何ですか、わかりませんけど」を使う人がいる。 迎に「~のだか」は、文末「これは何+だか/なんだか+?」にして使うことができないが、たとえ使ったとしても、あとに「わからない/知らない」などが省略されていることになる。 文中専用の「~のだか」に対して、文末専用〈非敬体〉の話し言葉は「これは何 + だ/なんだ + (い)?」という「~か」のない形態であるが、男性専用になるので、女性は「これは何 + ? /なの? (↑)」という『『~だ』抜きの上昇イントネーション」にするか、先ほども述べた〈敬体〉「これは何 + (なの)です + ? /か? (↑)」を〈非敬体〉扱いにして使うことが多い。 もちろん文末で使う「これは何 + か/なのか」も〈非敬体〉ではあるが、書き言葉専用で、教師などが意識もせずに使っているのを耳にするが、話し言葉に使うと「上から下への頭ごなしの詰問」になってしまう。この場合の文末イントネーションは下降するが、一般的に〈問いかけ文〉に下降の文末イントネーションを使うと、上に立つ者の「権力を笠に着た弱い者いじめ」か、自分の偉さを見せびらかす愚かさが見えてしまう。 使い分けワンポイント ⑫ ~なり~なり・~でも~でも・~だって~だって この件については、部長に+なり/でも/×だって、課長に+なり/でも/×だって、聞 <88> いたほうがいいんじゃないだろうか。 →この件は、部長や課長 (など)/部長か誰か + に、聞いたほうがいい。 じゃ、メール + なり/でも、ファックス + なり/でも、連絡くれる? ピザ + なり/でも、パスタ + なり/でも、何 + なり/でも、好きに注文して。 引越し、手が足りないんなら、京都の王さんに + なり/でも、来てもらおうか。 いつ + なり/でも、どこ + なり/でも、誰と + なり/でも、お好きにどうぞ。 黙って食べてないで、うまいなり、まずいなり、何とか言ってよ。 →黙って食べてないで、うまくても、まずくても、何とか言ってよ。 私が出かけている間、テレビを見るなり、本を読むなり、自由に過ごしていてくださいね。 何、その言い方。元気 + なり/でも、病気 + なり/でも、どっちかにしてくれよ。 行くなり行かないなり、はっきりしないと、みんなが困るでしょう? →行っても行かなくても、はっきりしないと、みんなが困るでしょう? →行ったって行かなくったって、誰も困りは! ないよ ▶本文 6.4.「変化の表現/不変化/『まま/きり/なり』の使い方」を参照 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~ても~ても」を参照 「A (状態) 名詞/ーい/ーる + なり + B (状態) 名詞/ーい/ーる + なり + (C なり)」は、単独でも2つ以上でも使うことができるが、類似したAやBやCを例にあげながら、AやBやCのほかに、さらに「+ α」した「X」も加えたなかから、ひとつか2つ以上の選択をする場合に使われる。 しかし、上の最後2列のようにペアを組み、そのどちらかの決定を求める場合は、例示というより、二者択一の強制になる。 ただ名詞の場合は、聞き手に判断が委ねられているので、例示の「~や」などより丁寧に響くが、名詞以外をペアにして〈ソト/ヨソ〉への依頼に使うと、次のように、怒っているようになってしまうので、聞き手に対して失礼になる。 召し上がるなり、召し上がらないなり、お勘定をお願いいたします。参加するなり、しないなり、月末までには、お知らせください。 「(状態)名詞 + でも + (状態)名詞 + でも」や「形容詞/動詞 + ても + 形容詞/動詞 + ても」は、同一条件を表しているので、最初の例は「部長か課長か、そのどちらに聞いてみても、結果は同じになる」ことをほのめかしている。 したがって、両者が置き換わるのは「どちらでも + OKだ/かまわない」を表している場合で、違いは、前者の「~なり」のほうが丁寧に響く点である。 家に閉じこもってないで、散歩に出かけるなりすれば、気も晴れるよ。 ×家に閉じこもってないで、散歩に出かけるでもすれば、気も晴れるよ。 →家に閉じこもってないで、散歩にでも出かければ、気も晴れるよ。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~なりする」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/その他の『でも』の使い方」を参照 4人で行くんだったら、バス+でも/だって/×なり、タクシー+でも/たっし/なり、同じ交通費になるよ。 大きくても小さくても、同じ手間暇だから、値段も似たり寄ったりだ。 薬を飲んでも注射しても、よくならないらしいよ、今度の風邪。 最初のアドバイスに使われる「動詞 - る + なりする」は同一条件を示す「~ても」と互換性がなく、また最後3列の例示機能「+α」のない同一条件を示す「~ても」の <89> 場合も、例示機能をもつ「~なり」とは互換性がない。 また「~だって」は「~でも」と互換性はあるが、例示と選択をかねた「~なり」とは互換性をもたない。本文5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/~だって」を参照のこと。 使い分けワンポイン1 ⑬ ~とか~とか・~たり~たり 辞典 + や/(だ)とか + 図鑑 + の/など/とか/△だとか/なんか + は、あっちで閲覧できるよ。 引き出しには、タバコ + や/だとか + 小銭 + とか/※だとか + が、押し込んであった。 友だちの家に行くときは、ケーキ + や/とか + 某物 + など/とか + が喜ばれる/を持っていく/の甘いものにする/にカードを添えておく。 毎週、国の母には、メール + とか/など + (を)して、連絡しています。 あの人のお見舞いなら、花とかより、軽い読み物がいいんじゃない? ▶本文1.1.「主題/提題/『~なんか』の使い方」を参照 「名詞A + (だ)とか + 名詞B + とか」は、上のように「名詞A + や + 名詞B + など」と互換性があり、AとBを代表例とするが、最も基本的な例示である後者「Aや + Bなど」と比べると、前者「Aとか + Bとか」には、子どもが指を折りながら「友だちの家に行くときのお土産はね、ええ~と、ケーキ、それから/それとも、果物、それから/それとも、ええ~と」と数えているようなイメージがあり、話し言葉専用である。初級の日本語学習者がよく作文に使うが、小学生の文章を読んでいる感じになる。 また A や B が名詞の場合や、あとで述べる伝聞の内容であれば「A だとか + B だとか」になることがあるが、非敬体男性専用の「~だ」が響いて、ぞんざいな感じになり、A や B が乱雑であったり、A や B に対して投げやりな気持ちになっていたりするときにはぴったりする。 ただ、ものを並べ立てる場合、AにもBにも「~だとか」をつけると、抵抗を感じる人がいるかもしれないので、もし「~だとか」を使うのなら、Aだけにしておくほうが無難である。 上のような「名詞 + とか + は/が/を/に/の/より」などの場合は、状況を例示する「名詞 + だったり + する」とは互換性はないが、次のような状況の代表例としてAとBをあげながら「あるときはA、あるときはB」を表す場合は置き換えることができる。 余瞰の楽しみといえば、盆栽 + (だ) とか/だったり、日曜大工 + (だ) とか/だったり (するが)、マイペースでできるものですね。 彼はいつも、韓国料理 + (だ) とか/だったり、インド料理 + (だ) とか/だったり (するが)、スパイスをきかせた辛いものを作る。 →彼はいつも、韓国料理 + だったり/× (だ) とか、インド料理 + だったり/× (だ) とか、使うスパイスをかえて、辛さにメリハリをつける。 音楽を聞くなら、ジャズ + (だ) とか/だったり、クラシック + (だ) とか/だったり (するが)、ボーカルのないものですね。 →音楽なら、ジャズ + だったり/× (だ) とか、クラシック + だったり/× (だ) とか、その日の気分で目まぐるしく変わる。 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時間時間帯/~たり~たり」を参照 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/前触れ」を参照 <90> 1.3. 主题/例示 「~ (だ) とか」には、並列の「~と」と、二者択一の「~か」が一緒になって、エンドレスに二者択一が並んでいく「AかB、それとCかD、それから」のような雰囲気があり、AにもBにも、そしてCにもDにも、同じ種類のものが並ぶので、上の「名詞Aとか + 名詞Bとか + C」の場合、例えば「盆栽と日曜大工/韓国料理とインド料理/ジャズとクラシック」は、それぞれ「マイペースでできるもの/スパイスをきかせた辛いもの/ボーカルのないもの」という名詞Cと響き合っている。しかし響き合う名詞のない場合「→」には「~ (だ) とか 」が使えなくなってしまう。 つまり「~ (だ) とか 」は、AとBがCの代表例になっている場合にしか使えないこ これに対して「名詞A+だったり+名詞B+だったり+する」は、あとに前触れになる「するが」が省略されていて、状況を示す文末「マイペースでできる/辛いものを作る/辛さにメリハリをつける/ボーカルのないものだ/その日の気分で目まぐるしく変わる」と呼応している。 今年は、通信教育を + 受けるとか/受けたり、カルチャーセンターに + 通うとか/通ったり + して、充実した1年を送りたい。 この冬は、仕事のほかに、家族と温泉に + 行くとか/行ったり、友だちとスキーを + するとか/したり + して、なかなか忙しかった。 月に1度くらいなら、彼女と一緒に、映画を + 見るとか/見たり、食事を + するとか/したり + もしますね。 経営状態が悪いらしく、配当金やボーナスのないのは言うに及ばず、係長や課長級を減給に+するとか/したり、退職+させるとか/させたり、果ては、経費の節減を言い出し、コピーを+するとかにも/したりするのにも、上司の判子が要るようになった。母は性格がおおらかなので、料理にしても、甘いとか/甘かったり、辛いとか/辛かったり、作るたびに味がかわる。 この新築マンションは、駅に近くて便利+(だ)とか/だったり、前が公園で静か+(だ)とか/だったり、数えあげると切りがないほど、いろんなメリットがある。 (注) 例示の「〜とか」は「た形」に接続しない。 「A-る/ーい/(状態)名詞(だ)+ とか + B-る/ーい/(状態)名詞(だ)+ とか」と「Aた形 + たり + Bた形 + たり + する」も互換性があるが、名詞の場合と同様に、前者は話し言葉で使われる。もし書き言葉で使われた場合は、稚拙な感じを与えるか、他者の状況に使って「軽蔑/皮肉」を表すことがある。 お母様のお世話で、お弁当が作れなくなりましたから、お昼は食堂かどこかで、ランチなど + 食べるとか/食べたり + してくださいますか。 健康維持のために、毎日、歩くとか/×歩いたり + してください。 来月から、社員食堂がなくなりますから、各自、お弁当を持って + くるとか/×きたり + してください。 もうお年なのですから、走ったり/×走るとか + しないでください。 こんな車の多いところで + 遊んだり/遊ぶとか + しては危ないよ。 ピアスなんか + つけたり/×つけるとか + して、格好よく見えるよ。 ピアスを + つけたり/つけるとか + して、もう少し格好よくしろよ。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~など・~なり・~とか・~たり+して」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/『~も』の使い方/婉曲表現」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/命令と依頼の違い」を参照 <91> 「動詞Aたり+動詞Bたり+する」は、代表例がBだけの場合、ほかにも何か「X」があるように思わせるだけの婉曲表現になるので、依頼とは異なり、聞き手に遠慮のいらない命令に使うと不自然になる。 逆に「動詞Aとか+動詞Bとか+する」は、どんな場合でも婉曲表現にはならずに、常に「X」をほのめかしてしまうので、上のような禁止の場合に使うと、何を禁止しているのか、聞き手にはわからなくなってしまう。 最後の例は、前者「ピアスをつけたりして + B」が、依頼に傾いたB「もう少し格好よくしろよ」と呼応し、後者「ピアスをつけるとかして + B」は、アドバイスのBと呼応しているので、前者は「もう少し格好よくしてよ」のほうが自然に響く。 使い分けワンポイント ⑭ 「~とか」と「~たり」の非互換性 「~とか」と「~たり」に互換性がないのは、次の場合である。 1.~とかいう:引用や伝聞 さっき釜山の李さん + とか/と + いう人から、お電話がありましたけど。 上海の趙さんから「遊びに来てください」とかいうメールがあったよ。 あれ、今日「代休をとる」とかいうお話でしたが、違ったんですね? 課長は今日、風邪でお休みになる + とか/と + おっしゃってました。 すぐ帰るかと思います。夕刻から会議があるとか聞いておりますから。 今朝の天気予報では、午後から晴れるとかでしたが、おかしいですね。 子どもが「早く帰りたい」とか言いだしたので、仕方なくお暇したの。 あの人、空なんか見て「あ、月がきれい」とか、のんきなこと、言ってましたよ。 自転車がパンクしたとか何とかで、30 分ほど歩いてきたんだって。 行く(だ)とか行かない(だ)とか、言うことがころころ変わって困るよ。 この季節、寒い(だ)とか暑い(だ)とか、うるさいんだよ、うちの女房。 悪いのは課長(だ)とか部長(だ)とか、責任のなすり合いなんだよ。 父は、納豆は嫌い(だ)とか、ニンジンはイヤ(だ)とか、いまだに子どものようなことを言って偏食する。 初めてのデートなので、ファーストフードのお店で、おしゃべり + したとか/×したり、ゲームセンターへ + 行ったとか/×行ったり + 聞いたよ。 →初めてのデートなので、ファーストフードのお店で、おしゃべり + するとか/したり、ゲームセンターへ + 行くとか/行ったり + したそうだ。 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~とか」を参照 「すべての文 + とか」は、引用の「~と」と、不確かさの「~か」が一緒になって、引用や伝聞を表し、あとに「言う/聞く」などが続くこともあるが、引用や伝聞であることがわかれば、省略されてしまうことも多い。 単独で使われる場合の「すべての文 + とか」は、不確かさの「~か」のない言い方「すべての文 + と」に比べると、話し手の自信のなさや責任回避を表すこともあるが、〈敬体〉に使われると、多くは婉曲表現になる。 AとBがペアになった「A(だ)とか+B(だ)とか」の場合は、あとで述べる「~(だ)の~(だ)の」と互換性がある。 2.###~たり~たり+する:交互になる状況 <92> 駐車場のサインは、青だったり赤だったりして、駐車の可否を示す。 久しぶりの再会に、みんな笑ったり泣いたりした。 明日の天気は、晴れたり曇ったりです。 おばあちゃんの具合が悪く、近ごろは、寝たり起きたりだ。 このごろの天気は、暑かったり寒かったり/×暑いとか寒いとか+で、風邪を引きやすい。 年によって、雨は+多かったり少なかったり/×多いとか少ないとか+するが、今年は特に多い。 父は、風邪気味だったり病気がちだったり/×風邪気味だとか病気がちだとか+するが、おおむね元気だ 例示の「A-る/-い/(状態)名詞(だ)+とか」は、AとBを並べているだけで、特に「あるときはA、あるときはB」を表しているわけではないので、AとBの時間的間隔が短くなって、ペアを組んだAとBが交互に繰り返すようになると、伝聞の場合でなければ「Aた形+たり+Bた形+たり+する」との互換性をなくしてしまう。 特に「Aたり+Bたり+する」のAとBが「形容詞/状態名詞」で、交互に繰り返す状況を表す場合、時間的なインターバルにかかわらず、置き換えると不自然になる。 使い分けリンポイント ⑮ ~やら~やら・~たり~たり・~とか~とか 辞典 + やら/だとか + 図鑑なんかは、あっちのコーナーで見ればいい。 →辞典 + やら/だとか + 何 + やら/とか + は、あっちのコーナーで見ろ。 ×辞典 + やら/とか + 図鑑などは、あちらのコーナーで閲覧できます。 引き出しのタバコ + やら/とか + 小銭 + やら/とか、整理しなさいよ。 この春休みは、アルバイト + やら/(だ)とか + 集中講義 + やら/(だ)とか + で、忙しいよ。旅行なんて、ちょっとできそうにもないなあ。 このごろ、帰ってくるのが遅いでしょう? ゲームセンター + やら/とか + フードコーナー + やら/とか + に寄ってるんだって、うちの子。 このひどい暑さで、どこのプールも満員。子どもやら何やら/×子どもとか何とか + が、うじゃうじゃいて、泳ぐどころじゃなかったよ。 ▶本文2.5.「時の表現/基準時瞬間/~や・~やら」を参照 上のような「AやBや + 何か/どこか/誰か」を表す「名詞A + やら + 名詞B + やら」は、話し言葉にも書き言葉にも、また、すべての文に使われるが、例示の基本的アイテム「名詞A + や + 名詞B + や/など」に比べると、ほのめかしている「X = 何か/どこか/誰か」を含めて、AやBにマイナスイメージがつきまとっている。例えば、おそらく最初の例の話し手は、勉強嫌いで、漫画の書架やオーディオビジュアル(AV)コーナーには興味を示すが、辞典や図鑑などはバカにしている可能性がある。したがって、図書館や書店の人など、書籍のプロは使うことができない。 また、最後の例の「子供やら何やら」は、子どもを物扱いにして、話し手の気持ちを表しているが、普通は「課長やら誰やら/ゲームセンターやらどこやら/辞典やら何やら」といった使い方をする。 一方「名詞A + (だ)とか + 名詞B + (だ)とか」も「AやBや + 何か/どこか/誰か」を表すが、マイナスイメージはないので、最後の例の「子ども」に「何とか」を続けることができない。この場合も「課長とか誰とか/ゲームセンターとかどことか/辞典とか何とか」といった使い方をする。 <93> ただ「子どもとか何とか」は、あとで述べる「子ども + (だ) とか + 何 + (だ) とか + 言う」といった伝聞の場合は、使うことができる。 何、言ってんだ。今月は出張 + やら/だったり/とか、イベントやデモンストレーションの準備 + やら/だったり(して/するから)/とか、あれやこれや、たて続けに仕事のあるのは、知ってんだろう?メッチャ忙しくて、電話どころじゃなかったんだよ。この間のあのお化け屋敷、展示物が異常 + やら/だったり/とか、不気味 + やら/だったり/とか + で、中止になるらしい。 遅刻をすると、放課後の掃除を + するやら/したり/するとか、宿題が + 増えるやら/増えたり/増えるとか、大変なことになる。 上のような状況を例示する「A-る/ーい/(状態)名詞 + やら + B-る/ーい/(状態)名詞 + やら+(で) + C」は、パラフレーズすれば「AやBや何かの状況が原因となって、マイナス評価の結果Cになる」といったことを表し、話し言葉にも書き言葉にも使われるが、〈述べ立て文〉にしか使うことができない。 また、AとBは〈基準時以前既実現〉か、習慣性のある〈基準時同時間帯〉の状況に限られる。 つまり「Aやら + Bやら」は、結果部分のC、最初の例でいうと「たて続けに仕事のある/忙しくて電話どころじゃなかった」と呼応していることになる。同様に「Aたり + Bたり」も、Bのあとに「~して/するから」が省略されていると考えられるので、結果部分Cと呼応している。 これに対して「Aとか+Bとか」は、AやBと同じものを「X」にするだけなので、あとの名詞「あれ(や)これ(や)」と並んでいることになる。 この暑さに、クーラーのあるとこ、出たり入ったり/×出るやら入るやら/×出るとか入るとか+してごらんよ。そりゃあ、暑いやら寒いやら/暑かったり寒かったり+で、テキメン風邪引いちゃうから。 授賞式のあとのレセプションで、みんなから + ほめられたり/ほめられるやら、お祝いを + 言われたり/言われるやら + で、うれしいやら恥かしいやら/× うれしかったり恥かしかったり、お酒のせいじゃないのに、顔が赤くなって、穴があったら入りたいくらいだった。 同僚とお酒を飲んで、酔っちゃったのかな。タクシーに財布を+忘れるやら/忘れたり、車から下りた拍子に転んで+しまうやら/しまったり、散々だった/散々だ+よ。→タクシーに財布を忘れるとか、車から下りた拍子に転んでしまうとか、散々なことがあった/散々な目に遭った/×散々だった/×散々だ+よ。 また「Aやら+Bやら+C」は、AとBが、二者択一になる場合「掃除をするか宿題が増える」でも、連続して起こる場合「財布を落としてから転んでしまう」でも、交互に繰り返す場合「暑いやら寒いやら/ほめられるやらお祝いを言われるやら」でも、また同時に起こる場合「うれしいやら恥かしいやら」でも使えるが、ただCの原因にならない場合「出るやら入るやら」は使うことができない。 これに対して「Aたり + Bたり + C」は、AとBが同時に起こる場合「うれしいと恥かしい」は使えないが、Cの原因であるかどうかにかかわらず、使うことができる。「Aとか + Bとか + C」が使えるのは、二者択一と連続する場合であるが、上の最後の例では、AとBが、Cの代表例になる場合「大変なこと/散々なこと」に限られる。原因を表すには「~で」をつける必要がある。 <94> このマンションはですね、駅に近くて便利+(だ)とか/だったり/×やら、前が公園で静か+(だ)とか/だったり/×やら、数えあげると切りがないほど、いろんなメリットがありますよ。 母は性格がおおらかなので、料理にしても + 甘いとか/甘かったり/甘いやら、辛いとか/辛かったり/辛いやら、作るたびに味がかわる。 「A + たり/とか + B + たり/とか + C」は、AやBやCに対して、ニュートラルな評価をするので、上のような例にも使うことができるが、マイナス評価の「~やら」は使えないか、下のほうの例に使うと、母親の料理をけなしていることになってしまう。 使い分けワンポイント ⑯ 丈末の「~(の)やら」と「~のだか」 あの子、学校に行って勉強してる + (の) やら/んだか。 うちの不良少年は、いつになったら帰ってくる + (の) やら/んだか。 毎日毎日スケボーしてるけど、本当に楽しい + のやら/んだか。 ついさっきデートから帰ったばかりなのに、また長電話してるの。ホント、どこがそんなに好きな + のやら/んだか。 なんて頼りないものの言い方なの。あれで学校の先生な+のやら/んだか。 定年退職してからも、毎日お弁当をもって出かけるんですけど、どこで何をしてる+(の) やら/んだか、何にも言わないんですよ。 ▶本文 2.5.「時の表現/基準時瞬間/~や・~やら」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿人」を参照 文末にくる「A - る/ - い/~た/(状態)名詞(な)+(の)やら」は、先ほどの例示の場合とは異なり、Aのほかに「X = 何か/どこか/誰か」をほのめかしているわけでも、マイナスイメージがつきまとっているわけでもなく、話し手の「不確かな想像」を表す話し言葉専用で、文中の「~のだか」と互換性をもつだけである。 したがって、第三者の状況に対する〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉にしか使うことができないし、Aは〈基準時未実現〉か、〈基準時同時間帯〉の未決定な状況を表している。 同じ話し言葉専用の「Aーる/ーい/~た/(状態)名詞な + んだか」は、文末にあっても、文中にある働きをして、話し手の気持ち「Aなのかどうか不明だ」が省略されているが、同時に、疑いと否定への傾き「Aなのだろうか、いや、Aではないだろう」を「X」として暗示していることが多く、マイナスイメージが伴っている。 これに対して、文末になる「A+(の)やら」は、話し手の「Aかどうか不明だ」という「不確かな気持ち」を伝えるだけで、ほかに何か「X」のあることすら示ざない。また「A+やら」と、話し手が「メモリバンク」の過去のデータと照合したことを示す「A+のやら」の間には、次のような違いがある。 + やら・状況Aに対する放任 「AでもAでなくても、どちらでもかまわない。Aかどうかなど、私の知ったことではない。なるようにしかならない」というAに対する無関心や「ケセラセラ」といった楽天的な気持ちを表す。 A + のやら:状況Aに対する関心 「AなのかAではないのか、過去のデータと照合しても、はっきりとはわからな <95> いので、本当のところはどうなのか知りたい」というAに対する「興味/好奇心/心配/不安」などを表す。 ただ、この「A + (の)やら」は使う人に制限があり、上のような気持ちを表すのは、おそらく成人だけなので、年配の人ということになる。 あいつが犯人だとでもおっしゃるんですか? あいつが犯人 + やら/なのやら/だか、状況証拠だけじゃ、何とも言えないでしょうな。 さっきの電話だけど、いつも落ち込んだ声を出すお袋、元気 + やら/なのやら/だか、えらく、はしゃいだ声だったよ。何か、あったの? あの子、おいしいのやら、よく食べるね、今日は。腹が減ってるだけなのかな。 セールでもしてるのやら、すごく混んでるな、この店。どうしたんだろう。 雨でも降りだすのやら、ずいぶん曇ってきたよ。洗濯物、どうする? カバンが放り出したままで、どこへ行った (の) やら、宿題もしないで。 今日、どんなお客が来る (の) やら、何にも言わずに出かけたんだけど。 上の「A + (の) やら」は、すでに述べた文中専用の「~のだか」にあげた例を書き換えたものであるが、話し手の「不確かな気持ち」を表し、文末だけでなく文中でも、両者は互換性がある。 接続も、基本的に「A - る/ - い/ ~た/ (状態) 名詞な + のやら」で、Aが「(状態) 名詞」なら「A + やら」が使えることや、Aが〈話し手基準時未実現〉か、〈基準時同時間帯〉で未決定な第三者の状況を表す〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉に使われる話し言葉であること、さらに、文中では世代による制限もなくなるので、両者はすべてに共通していて、位置関係の近さを物語っている。 最後の2例は、文末の「A + (の)やら」が、あとの部分と倒置して入れ替わり、文中にきたものである。 あいつが犯人 + やら/なのやら/だか、これじゃわからなくなってきたよ/このごろ様子が少し変なんだよ。 →あいつが犯人 + なんだか、これじゃわからなくなってきたよ/×このごろ様子が少し変なんだよ。 お袋、元気、よ、なのやら/なんだか、はしゅいだ菓だったよ 「(状態)名詞な + のやら」と「(状態)名詞 + やら」の違いは、文末の場合と同じで、Aに対する関心が話し手にあるかないかにかかっているだけなので、どちらも、Aを肯定するほうでも使える「(状態)名詞 + だか」とは互換性があるが、Aを肯定するほうへ話し手の心が揺れると不自然になる「(状態)名詞な + んだか」とは互換性がない。「A + (の)やら」と「A + (の)だか」の違いを図示すれば、およそ次のようになる。 不明/関心/確信のなさ/あきらめ ~やら~だか~のやら~のだか 不定/無関心 <96> 1.3. 主题/例示 Aに対する無関心を示す「A + やら」は、Aが特定できない「不明/確信のなさ」ではなく、むしろ「使い分け⑤」の「2.疑問詞 + か」と同じ「特定しない/何でもいい」という「不定」を表している。これに対して「A + のやら」は、Aが特定できないという「不明/確信のなさ」が、逆に、特定したいという関心を示している。 ということは「A + やら」も「A + のやら」も、Aに対して「否定も肯定もしない」ことを表しているが、すでに「使い分け⑦」で述べたように、この点が、Aを疑って否定しているところのある「A + の/ん + だか」とは大きく異なっている。 例えば「どんなお客が来る(の)やら」は、誰が来ても平気なら「~やら」になり、誰が来るか心配なら「~のやら」になる。一方「どんなお客が来るんだか」は、客が来るのは認めても、立派な客が来るとは思えない、どうせ「ろくな客じゃないだろう」というマイナスの気持ちを表している。 ⑱~(の)やら~(の)やら・~のだか~のだか 就職したい + のやら/×やら/んだか/×だか + したくない + のやら/×やら/んだか/×だか、どちらかにしてください。事務手続きの上で、困ってるんです。 季節の変わり目で、暑い + のやら/やら/んだか/×だか + 寒い + のやら/やら/んだか/×だか + わからないお天気が続きますね。 何を作っても、おいしい+(の)やら/んだか+おいしくない+(の)やら/んだか、何にも言わないんですから、何が好きな+のやら/んだか+嫌いな+のやら/んだか、聞いたこともありませんね。 有名 + (なの) やら / (なん) だか、金持ち + (なの) やら / (なん) だか、知らないけどさ、何もあんなに偉そうにすることもないんじゃない。 元気 + なのやら/だか、病気 + なのやら/だか、心配するんだったら、たまには電話してらっしゃいよ。こっちからするとイヤがるんだから。 文末や文中の「~(の)やら」と同じ接続になる「A + (の)やら + B + (の)やら」は、すでに述べた「使い分け⑤」の「AやらBやら」とは異なり、AとBがペアを組み「AかBかわからない」という話し手の「不確かな気持ち」を表す。この場合、すでに「使い分け⑧」で述べた「Aのだか + Bのだか」と非常に近い位置関係にあり、第三者の状況に対する〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉にしか使えない「A + (の)やら/のだか」とは異なり、すべての文にも、話し手や聞き手の状況にも使うことができる。またどちらも、AとBは〈基準時未実現/基準時同時間帯〉での未決定な状況を表している 両者の違いは、後者「Aのだか + Bのだか」が、話し手の「苛立ち」を表す場合か、Aが「(状態)名詞」の場合にしか「Aだか + Bだか」にならないのに対して、前者は、文末や文中の「~(の)やら」と同様に、Aに対する関心があるかないかで「Aのやら + Bのやら」と「Aやら + Bやら」が使い分けられる点である。 辞典 + やら/×だか + 図鑑なんかは、あっちのコーナーにあるんだよ。 辞典 + やら/だか/×なのやら/×なんだか + 図鑑 + やら/だか/×なのやら/×なんだか + は、あっちのダンボール箱に入れてください。 辞典 + (なの) やら / (なん) だか + 図鑑 + (なの) やら / (なん) だか、カビの生えてるみたいな本が、あっちのダンボール箱に入ってますけど。 そのことなら、親 + やら / だか / ×なのやら / ×なんだか + 先生 + やら / だか / ×なの <97> やら/×なんだか + に相談しろよ。 相談したいことがあるから、6時 + やら/だか/×なのやら + 7時 + やら/だか/×なのやら + に来てもいいかって言ってたよ。 相談したいことが + あるんだけど/あるんなら、6時 + だか/×やら + 7時 + だか/×やら + に電話 + してもいい?/してよ。 上のような「名詞A + やら + 名詞B + やら」が「AやBや + X/何か/どこか/誰か/ + α」を表すことは、すでに「使い分け⑤」で述べたが、これに対して「名詞A + だか + 名詞B + だか」は、AかAでないか、BかBでないか、AかBか、どちらか「特定できない」ことを表しているだけなので、最初の例「×AだかB + など/なんか/ + α」には使うことができない。 ところが「名詞A + なのやら + 名詞B + なのやら」になると、AやBを並べているのではなく、話し手の「AなのかBなのか/AなのかAでないのか/BなのかBでないのか + 不明/未知 + だ」という「確信のなさ」を表すので、そんなわけのわからないものをダンボール箱に入れたり、親とも先生ともはっきりしない人と相談したり、たとえ伝言だとしても、あまりにも漠然とした時間を伝えたりすることはできない。 最後の例は「約束」なので、6時か7時か特定できない時間帯「6時だか7時だか」ならまだしも、6時や7時や「X=何時か」といった「+α」の時間を暗示する「6時やら7時やら」では、約束にならなくなる。 弁護士 + なのやら/×やら/なんだか/だか、医者 + なのやら/×やら/なんだか/だか、下手に「先生、先生」って呼ぶと付け上がるよ。 「名詞A + なのやら/(なん) だか + 名詞B + なのやら/(なん) だか」は、話し手の「確信のなさ」を表しているので、あとに「はっきりしない/知らない/わからない/どちらとも言えない + けど」が省略されていても使うことができるが、AとBが横に並んでいるようにもとれる上のような「名詞A + やら + 名詞B + やら」では、あとに話し手の「確信のなさ」を表す「知らないけど」などがなければ不自然になる。 使い分けワンポイント ⑲ 不確かな「~(の)やら~(の)やら」のまとめ おいしい + やら/だか/のやら/んだか、まずい + やら/だか/のやら/んだか、何とか言ってよ。作る気がしなくなる。 お願いですから、行く + やら/だか/のやら/んだか、行かない + やら/だか/のやら/んだか、はっきりしてくださいよ。ヤだな、もう。 食べてませんので、今日の料理、本当に「おいしい」やら「まずい」やら、知らないんですけど、みんな、おいしそうに食べてますよ。 最初の例で、話し手の気持ちをパラフレーズすると、次のようになる。 おいしいやら、まずいやら:無関心/平気 「おいしい」でも「まずい」でも、どっちだってかまわないのよ。ともかく何か言ってくれないと、作る気がしなくなるの。 おいしいだか、まずいだか: 怒り 「おいしい」か「まずい」か、はっきり言わないと、イライラして作る気がしなくなるの。言わないのなら、勝手にしてね。 おいしいのやら、まずいのやら:不可思議/好奇心 「おいしい」のか「まずい」のか、いったいどっちなのかわからないのよ。 <98> 何か言ってくれないと、作る気がしなくなるの。 おいしいんだか、まずいんだか: あきらめ/理解不能 「おいしい」というのでもなければ「まずい」というのでもないって顔してるのね。何か言ったら? 無関心/不定 ← ~やら ~のやら 未知/肯定 ← → 関心/不可思議 ~だか ~んだか → 不明/否定 まとめると上のようになるが、右にあるほど「確信のなさ/あきらめ」が色濃くなる。「名詞A + (なの)やら/(なん)だか + 名詞B + (なの)やら/(なん)だか」の場合も、先ほど述べた「使い分け⑰」の「名詞A + (なの)やら/(なん)だか」と同じように、右にあるほど、話し手の「確信のなさ」が強くなり、プラスイメージができなくなって「あきらめ」になるが、左ほど、楽天的になって、プラスイメージが可能になる。 使い分けワンポイント ②0 「~(の)やら」と「~のだか」のまとめ 「A (の)やら/A (の)やらB (の)やら」と「A (の)だか/A (の)だかB (の)だか」の使い分けをまとめておくと、およそ次のようになる。 <99> 使い分けワンポイント ②~(だ)とか~(だ)とか・~(だ)の~(だ)の この間から、派手にけんかして、離婚する + (だ) とか/(だ) の + しない + (だ) とか/(だ) の (と) + 言い合って、ご近所でも評判らしいよ。 クーラーをつけたら寒い + (だ) とか/(だ) の、消したら暑い + (だ) とか/(だ) の (と)、わけのわからんことで言い争ってんだよ。 あのタレントが好き + (だ) とか/(だ) の + このタレントが嫌い + (だ) とか/(だ) の (と)、くだらんことで時間つぶしして、バカらしくなる。 ほんのちょっと出かけるだけなのに、あの服 + (だ) とか/(だ) の、この服 + (だ) とか/(だ) の (と)、鏡のまえを行ったり来たりしてんだ。 行こう + (だ) とか/(だ) の + 行きたくない + (だ) とか/(だ) の + さっきから、いったい何で、もめてるんだよ。 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~(んだ)とか」を参照 ▶本文 8.1.「極限/状態/~の~ないのって・~の~何のって」を参照 「使い分け⑭」の「1.引用や伝聞」に述べた「すべての文A + とか」は、上のように、AとBが対立関係にあるペアになると、接続が「すべての文A + (だ) とか + B + (だ) とか」にかわり、ひとりで、またはふたりが「AだBだ」と言っている様子を表すが、話し手は聞いたことをそのまま伝えるだけで、第三者に対してはニュートラルな感情や評価を示している。 ところが「すべての文A + (だ) の + B + (だ) の (と)」にかわると、聞いたことをそのまま伝えるだけではなく、話し手の「第三者がAだBだと、うるさく言うから+ わずら 煩わしい/聞きたくない」といったマイナスの感情や評価が織り込まれるようになる。両者の違いは、前者「A (だ) とか + B (だ) とか」が、AとBを例にあげて、ほかに何か「X」のあることをほのめかしているのに対して、後者「A (だ) の + B (だ) の」は、ズバリAとBが第三者の話の内容で、ほかに何もほのめかしていない点である。 たまに映画を見てきたと思ったら、すごい監督 + (だ)とか/(だ)の、俳優がうまい + (だ)とか/(だ)の、あれこれ品定めを始めた。 ▶本文3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~だ + なんて + 感情」を参照 ▶本文10.7.「モダリティの表現/確認/女性非敬体の『~のね』」を参照 AとBのあとに「~だ」が加わると、話し手の感情や評価が強まるが、前者「A(だ)とか+B(だ)とか」では、話し手の気持ちに応じたプラスマイナスの色あいが濃くなり、後者「A(だ)の+B(だ)の」では、マイナスだけが色濃くなる。 動詞や形容詞に、直接「~だ」がつくのは、この場合と「~だ + なんて + 感情」の場合くらいしかなく、非常に珍しい現象であるが、両方とも感情や評価を表す点で共通しており、名詞や状態名詞に「~だ」がついたものより、はるかに感情や評価が増幅されている響きがある。つまり、通常「~だ」は、男性専用の〈非敬体〉として使われるが、この「~だ」は〈文体〉とは無関係で、男女兼用になる。 両者とも、話し言葉にも書き言葉にも使われるが、やはり「~だ」のつくほうが話し言葉に使われやすい。 最近、両親は、僕が布団に入ると、すぐに寝ると思ってるのか、小さな声で、離婚する + (だ) とか/(だ) の、しない + (だ) とか/(だ) の、話し合うようになった。 うちの子は、ニンジンはイヤ + (だ) とか/(だ) の、ピーマンは食べられない + (だ) とか/(だ) の、わがままばかりいって困らせる。 <100> 上のほうの例が、単に「声が聞こえてくる」という事実を述べているだけなら、前者が使われ、内容に「不平不満」があれば、後者が使われる傾向にある。また、声が小さくても「耳について」うるさければ、後者が使われ、不平不満に対して冷静に判断していれば、前者が使われる。 使い分けワンポイント ②②~(だ)とか何(だ)とか・~(だ)の何(だ)の ~(だ)とか何(だ)とか・~(だ)の何(だ)のうちの子は、学校がイヤになると、おなかが痛い + (だ)とか/ (だ)の + 何 + (だ)とか/ (だ)の(と)、行くのをぐずつくようになった。 この試験が終わったら、旅行に出かける + (だ)とか/ (だ)の + 何 + (だ)とか/ (だ)の(と)、日ごろ勉強しないから、試験に苦労して、遊ぶことばかり考えている。 今度のCDアルバムは、まれに聞く名曲ぞろい + (だ)とか/ (だ)の + 何 + (だ)とか/ (だ)の(と)、ほめたことが書いてあるよ、このパンフ。 ▶本文8.1.「極限/状態/~の~ないのって・~の~何のって」を参照 「A + (だ) とか/(だ) の + 何 + (だ) とか/(だ) の (と)」は、第三者がひとりで、代表例となるAや、そのほかのことを言っている様子を表しているが、この第三者がひとりである点と、Aのほかに何か「X」のあることをほのめかしている点を除けば、使い方は「A + (だ) とか/(だ) の + B + (だ) とか/(だ) の (と)」と同じになる。 したがって最後の例のように、見かけはプラスであっても、後者「A (だ) の + B (だ) の (と)」が使われると、発言内容がマイナス評価にかわり、CDアルバムを「ほめているのは嘘だ」と言っていることになる。 使い分けワンポイント ②③~(だ)とか・~(だ)の・~やら・~だか この間から、派手にけんかして、離婚する + (だ) とか / (だ) の / やら / だか / そのやら / *んだか + しない + (だ) とか / (だ) の (と) / やら / だか / そのやら / んだか + 言い 合って、ご近所でも評判らしいよ。 いいかい?好き + (だ)とか/ (だ)の/やら/だか + 嫌い + (だ)とか/ (だ)の/やら/だか 言うんじゃないよ。 →いいね!好き + (だ)とか/ (だ)の/やら/×だか + 嫌い + (だ)とか/ (だ)の/やら/×だか、勝手なことを言うんじゃないよ。 「A + (だ) とか/(だ) の + B + (だ) とか/(だ) の (と) + 言う」は、上のように「A + やら/だか + B + やら/だか + 言う」と互換性をもつが、AとBが引用部分として名詞「名詞A + やら/だか + 名詞B + やら/だか」になっている場合に限られる。 つまり「Aやら + Bやら + 言う」は「AやBや何かを言う」を表し、AとBを例にあげて、ほかに「X」のあることをほのめかす「A(だ)とか + B(だ)とか」と、非常に近い位置にあるが、すでに「使い分け⑤」で述べたように、AとBには、マイナスイメージがつきまとっている。 これに対して「使い分け⑧」で示した「Aだか + Bだか + 言う」は、AかBか、どちらなのか「特定できないことを言う」を表しているので、最初の例でいえば、離婚するかしないか「どちらなのかわからないことを言う」という意味になる。 ところが「Aだか + Bだか + 言わない」という否定は、AかBか「特定できない <101> ことを言わない→特定できることを言う」ではなく、AかBか「特定したことを言わない→どちらなのかはっきり言わない」を意味しているので、最後の例には使うことができない。 これに対して「好き + (だ) とか/(だ) の/やら + 嫌い + (だ) とか/(だ) の/やら + 言う」は、あるものを好きといったり、別のものは嫌いといったり、わがままを言って、好き嫌いしていることを表している。 「使い分け⑧」の「A + (な)のやら/(な)んだか + B + (な)のやら/(な)んだか」は、話し手の確信のなさ「AなのかBなのか未知」を表しているので、伝言や伝聞に使うことができない。 派手にけんかして、離婚する + のやら/んだか + しない + のやら/んだか + わけのわからないことを言い合って、近所で評判らしいよ。 好き + なのやら/なんだか + 嫌い + なのやら/なんだか、どちらとも言えないことを言うんじゃないよ。 もし使うとすれば、省略されている「AかBか+はっきりしない/知らない/わからない/どちらとも言えない+けど」に続けて、そんな「どちらとも言えない/わけのわからない+ことを(言う)」を補う必要がある。 使い分けワンポイント 24 名詞だの + 名詞だの 辞典 + だの/×の/ (だ)とか + 図鑑/何 + だの/×の/ (だ)とか + は、あっちだ。→辞典 + (だ)とか/×だの + 図鑑なんかは、あっちだ。 この春休みは、アルバイト + だの/×の/(だ)とか + 集中講義 + だの/×の/(だ)とか + で、忙しいよ。旅行なんて、できそうにもないな。 今日は残業で徹夜とか言って、どこかから布団 + だの/×の/(だ)とか + 枕 + だの/×の/(だ)とか + を会議室に運んできた。 退院したお祝いとかで、ビール + だの/×の/ (だ) とか + おつまみ + だの/×の/ (だ) とか、買いに行き、王さん + だの/×の/ (だ) とか + 李さん + だの/×の/ (だ) とか + も顔を出した。 レセプションには、佐藤だの鈴木だの、昔なじみの顔ぶれもあった。 上のような「名詞A + だの + 名詞B + だの」は、AとBとが「 + α」を含んだ並列関係「A + B + α」にあることを示し、ペアになるAとBの対立関係を示すものでも、AとBを引用したものでもないので、先ほど述べた「使い分け②」の「Aの + Bの」は使えないし、また「×Aだの + B + など/なんか」という言い方も存在 ただ「名詞Aだの名詞Bだの」は、マイナスイメージのない「名詞A + (だ) とか + 名詞B + (だ) とか」はもちろん、たとえマイナスイメージのある「名詞A + やら + 名詞B + やら」に比べても、AやBに対するマイナスイメージが強く、最後の2例のように人に使うと「来なくてもいい奴まで来た」といった「蔑視/軽蔑」を感じさせるので、内輪で〈ウチ〉関係にある人に、冗談半分で使って親しみを表す場合のほかは、使わないほうが無難である。 <102> 使い分けワンポイント 飲みすぎて、酔っぱらっちゃったんだろうね。タクシーに財布は忘れるわ、下りた拍子に転んで捻挫はするわ(で)、大変だったらしいよ。 このごろの公務員、覚醒剤は打つわ、ヤクザ組織から車や家を買ってもらうわ、税金、払うのがバカらしくなるような弛みようで、いったいどんな時代に巡り合わせたのかと思ってしまう。 19歳なのに、上司がタバコを吸わせるわ、酒は飲ませるわ、おまけに車を運転させて家まで送らせるわ、天罰だろうね、その途中、検問にひっかかったらしいよ。 ハイキング気分で小高い山を歩いていたら、日が暮れてくるわ、雨が降りだすわ、ガスが出て前が見えなくなるわ、体が冷えてくるわ、腹が減ってめまいがしてくるわ、もう少しで遭難しそうになった。 昨日の試験、徹夜で体調は不十分だわ、頭は済えないわ、覚えたものは出ないわ、もう不合格、間違いなしだね。 「A - る/ - い/ (状態) 名詞だ + わ + B + わ (+ C わ + D わ)」は、続いてか、または重なって起こった不幸の数々を、AやBなどを代表例にして、数え上げる場合に使われる回想的な話し言葉で、ときに書き言葉にも使われるが、臨場感を伝えるために「た形」にはほとんど接続しない。 ただ臨場感をもたせて、その現場にいるかのような話し方のせいか、かえって、他人の失敗を喜んだり、自分の不幸をおおげさに嘆いたりするユーモラスな響きがあるので、すでに「使い分け⑤」で述べた「A+やら/たり/とか+B+やら/たり/とか」を上の例に使っても、連続した不幸「泣き面に蜂」を笑いとばすような味を出すことができない。 スコールって、経験したことあるよ。そりゃ、降るわ降るわ、天に穴があいたみたいに降りつづくんだよ。 課長に「はい、どうぞ」って、お酌して飲ませてごらん。そりゃあもう、飲むわ飲むわ、ビールひとケースくらいなら、1時間もしないうちになくなっちゃうよ。 叩けば、誰だって、ほこりのひとつやふたつは出るけど、このまえ、引っ越したあいつの部屋、出るわ出るわ、目の前が見えなくなったよ。 粘着性のゴキブリとり、使ったことある? すごいんだね。もう、とれるわとれるわ、シート一面、真っ黒になっちゃうんだよ。 「A動詞 - る + わ + Aわ」は、話し言葉専用であるが、例示機能はまったくなく、動詞の表す状況が「きりなく」続くことを誇張して、話の面白みを狙ったユーモラスな表現である。 使い分けワンポイント 26 AのようなA'・AみたいなA' コーヒーや紅茶+のような/みたいな/といった+飲み物、夕方から飲むと、眠れなくなるときがあるから、ビールにするよ。 →コーヒーや紅茶 + のような/×みたいな/といった + 飲み物は、そのなかに含まれているカフェインが脳細胞を興奮させ、眠れなくさせることがある。 →コーヒー + のような/×といった + 飲み物は、カフェインが脳細胞を興奮させ、アルファ波が出て、人を心地よくする働きがあるという。 パリやヴェニス + のような/×みたいな/といった + 都市では、中心部から車が締め出され、多種多様な空間がほどよく調和していて、商店の続いていく街並みも楽しく、街 <103> が人間のためにあるということを実感させてくれる。 ジュースやコーラ + のような/みたいな/×といった + 甘みは、歯を溶かしてしまうって聞いたんだけど、本当なの? 上に示した + ような/×みたいな/×といった + 状況では、事故の再発は防ぎようがないといっても過言ではないだろう。 今後の課題としては、次のようなものがあるのではないかと思われる。 事件のあらましは、以下のような箇条書きにまとめることができます。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~ようだ・~みたいだ』の使い方」を参照 ▶本文 7.2.「比較・比喩・比例/比喻/『~かのようだ』と例示」を参照 「名詞A+ような/みたいな+名詞A'/名詞B」と「A動詞-る/~た+ような+名詞B」は、すでに「使い分け③」の「~ように・~みたいに」で述べたように、例示を表すことがあり、両者の違いは、そちらを参照のこと。また「名詞A'」については、本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~くらい~はない」を参照のこと。 父+のような/みたいな+おっちょこちょいって、そういないと思う。→父と+同じ程度の/よく似た+おっちょこちょい これ、先生のような人が、なさる(ような)ことではないと思いますが。ご存知の(ような)日本の右傾化は、人の心にまで浸透しつつあります。 ただ「X=0」を示す場合のほうが多い「~ように・~みたいに」の場合と異なっているのは、上のような「A=A'」になる例外を除けば、多く「A⊂A'」を表して、代表例Aと「同種類/同程度」の「X」をほのめかす点である。 例えば「上に示したような状況では」は、すべての状況が「上に示されている」とは限らないのに対して、これを「上に示したように、現在の/この/このような/こういった+状況では」にかえると、ほぼ100%の状況が示されていることになる。 この薬を飲んで、発熱や毒麻疹などの症状が出る(ような)場合は、ただちに服用を中止し、処方した医師と相談すること。 また上の例も、もし「~ような」がなければ「発熱や蕁麻疹などの症状が出る場合」に限られるが、もしあれば、症状は出ないが、何か異常を感じた場合も含まれている。 使い分けワンポイント ② AといったA'・AのようなA' 「名詞A1や名詞A2 + といった + 名詞A'」は、A1やA2が代表例になり、同種類の「X」が存在することを表しているが、A1やA2が具体例となる下位語で、A'が抽象的な上位概念になり、A1やA2がA'に含まれるという関係「A1・A2・X⊂A'」の場合に使われる。 つまり「A'」の表す集合が「A1 + A2 + そのほか同種類のX」から構成されていることを表している。 また、話し言葉よりも、書き言葉に多用される傾向があるので、多くの点で例示の「~のような」と類似性をもつが、次のような例では、大きく異なっている。 息子には、父や母 + のような/×といった + 賢さはなかった。 →息子には、父や母 + のもつ/と同じ/と同種類の + 賢さはなかった。 歌劇やミュージカル + のような/×といった + 楽しさは、ごく日常的なドラマが、曲にのっ て、物語やファンタジーの色彩を帯びるからだろう。 <104> 1.3. 主题/例示 ロボットやコンピュータのような計算力や記憶力は人間にはない。→彼には、コンピュータのような計算力や記憶力があるようだ。(比喻) 「名詞A1や名詞A2 + といった + 名詞A'」が使えないのは、A'がA1やA2を「包損」している「A1・A2⊂A'」ではなく、上のように、A'がA1やA2の「特性/属性」を表し、いわば「A1・A2⊂A'」のようになっている場合である。 来週の遠足には、お弁当、水筒、おやつをひとつ、タオルかハンカチ、帽子、雨具 + といった/×のような + ものを持たせてください。 小型家電製品や金属製家庭用品、傘、またナイフ、包丁、ガラス、スプレー缶 + といった/△のような + ものは、第三木曜日に出すこと。 小型家電製品や金属製家庭用品、傘、また刃物類、ガラス類、スプレー缶 + といった/のような + 危険物は、第三木曜日に出すこと。 「名詞A1や名詞A2 + といった + 名詞A'」が「A' = A1 + A2 + A3 + A4 + A5 + α」を表し、A'が具体的なAの集合になっている場合、逆に「名詞A1や名詞A2 + のような/に類似した + 名詞A'」が使えなくなる。 これを「遠足」の例で示すと、前者「~といった(子どもの持っていく)もの/名詞A'」は、具体的に名前のあがっている「お弁当、水筒、おやつ、タオルかハンカチ、帽子、雨具 + α」そのものであるが、これが後者「~のような + もの/名詞A'」になると、A'は具体的に名前のあがったものではなく、それらに「類似したもの + α」になってしまう。 ただ「名詞A1や名詞A2 + のような/に類似した + 名詞A'」が、下のほうの例のように、Aに類似したものを含む場合や、Aが個々のものを含む上位概念「刃物類/ガラス類」になると、使えるようになる。 つまり「名詞A 1 や名詞A 2 + のような + 名詞A'」は、Xの範囲が広くなり、A の含みが大きくなって、あいまいさが増すほど、使いやすくなる。 検査結果が出たんだけど、これといった病気はなかったようだよ。 →検査結果が出たんだけど、これといって悪いところはなかったよ。 今日のレセプション、これといったスピーチも出し物もなかった。 →今日のレセプション、これといって面白いことは起こらなかった。 今年はこれと + いった/いって + 残暑もなく、立秋をすぎてしばらくすると、これまでの猛暑とはうってかわって、凌ぎやすくなった。 「これと + いった/いって + A' + はない」は、慣用的な表現で「これのような/このような」にはならないが、この場合の「A=これ」は、例示というより引用に近く、パラフレーズすれば「特に『これだ』といって指さすほどの特別なA'はない」といった意味を表している。 「名詞A + といった/のような + 名詞A'」の違いをまとめると、次のようになる。 Aの数 AとXの関係 AとA'の関係 AといったA' 2つ以上に限られる同種類ACA‘ AのようなA' 1つでも使うことができる同種類/類似/同一(X=0)ACA′/AUA′ <105> ~といい~といい・~といわず~といわず 両者は、A'が同じ種類の2つの以上のAからできていることを示す「A⊂A'」の場合に互換性をもつが、この場合、前者「AといったA'」が、複数の具体例Aを提示することによって、抽象的なA'のイメージを鮮明にするのに対して、後者「AのようなA'」のほうは、聞き手にとって、AがA'の具体例なのか類似例なのか、または比喩なのか、あらかじめキャッチできないので、イメージの喚起ができない点に違いがある。したがって、〈ソト〉や〈ヨソ〉に対して、婉曲的な丁寧さを出したい場合は後者が多く使われ、あいまいさを排除しようとする場合は、前者が好んで使われる傾向がある。 使い分けワンポイント 28 AといったB・AようなB いつも遅くまで起きている/親が目に入れても痛くない/小学校のときの成績がよかった/風邪を引かない/家にいても静か(だ)/田舎育ち(だ)+といった子は、どこか普通の子と違っているよね。 →遅くまで起きている/学校の成績がいい/風邪を引かない/家にいても静かな/田舎育ちの + ような子は、どこか普通の子と違っているよね。 この薬を飲んで、発熱や毒麻疹などの症状が出る + ような/といった + 場合は、ただちに服用を中止し、処方した医師と相談すること。 Aが、あとの「名詞A'」と関係する名詞ではなく、あとの「名詞B」を修飾する〈未完文〉になる場合、上のように「A - る/ - い/~た/(状態)名詞(だ)+ といった + 名詞B」と「A - る/ - い/~た/状態名詞な/名詞の + ような + 名詞B」は互換性をもつが、次のような「A = 1」になる例では互換性がない。 これ、先生がする + ような/×といった + ことではないと思いますが。 以下に示す + ような/×といった + 状況では、事故の再発は防ぎようがないと言っても 過言ではないだろう。 報告からもわかる + ような/×といった + 事態がすでに起こっている。 箇条書きにした + ような/×といった + 事件の背景を検討してみよう。 風邪を引かない + ような/×といった + 隣の子は、いざ病気をしたら、なかなか治らない大きな病気になってしまうかもしれないのよ。 両者の違いをまとめてみると、およそ次のようになる。 A=-る/-い/~た/(状態)名詞 A+といった+B:同種類(B≥2) 例えば「風邪を引かないといった子」の場合、まず「風邪を引かない子」がいて、さらに「どんな病気もしない子/少しくらい風邪を引いても学校を休まない子」など、話し手は「風邪を引かない子」とほぼ同じ「集合/グループ/範疇/カテゴリー」に属する子どもたちを想定している。 ただ、こうした子どもたちを数えて、グループ化しているだけで、これらの子どもに共通した特性や属性をとりだして「風邪を引かない元気な子ども」とまではいっていない。 A + ような + B:同種類(B≥2)/同一(A=B=1) 複数の子どもの場合は、上とは異なり、子どもに共通した特性や属性をとりだした「風邪を引かない元気な子どもたち」が想定されている。また、ひとりの特定された「風邪を引かない元気な子」を想定することもできる。 <106> さらに「まるで風邪を引かないかのような元気な子」など、比喻を表す場合なら、実在しない単数または複数の子どもが想定されている可能性がある。 つまり「A-る/ーい/~た/(状態)名詞(だ)+ といった + 名詞B」は、もし「A-る/ーい/~た/状態名詞な/名詞の + ような + 名詞B」のAとBが複数で、実在するものを表せば互換性があり、実在しないか「A=B=1」になれば、互換性をもたなくなる。これは「使い分け②」の「名詞A + といった + 名詞A'」と「名詞A + のような + 名詞A'」の場合も同様である。 また、実在する子どものグループを想定する場合の両者の違いは、すでに述べた「使い分け②」と同じになる。 使い分けワンポイント 29 AといったようなA' ビールやコーヒー、ハムやお菓子 + といった/のような/といったような + 保存のきくものが、お中元やお歳暮の贈答品としては、喜ばれているようだ。 健康維持には、水泳やジョギング、ウォーキング + といった/のような/といったような + 運動のほかに、禁煙はいうまでもなく、適量のお酒や食事、早寝早起き + といった/×のような/といったような + 規則正しい生活習慣も大切です。 あらかじめ「だし汁 200 ml、濃口醤油 40 ml、みりん大さじ 1、きなこ 35 g」+ といった/×のような/といったような + ものをご用意ください。 A 1やA 2などの具体例をあげて、聞き手のイメージを喚起する「名詞Aといった名詞A'」は、Aが「選択肢」になると、ぴったりした使い方になる。 このような場合に「~ような」を使うと、婉曲的で丁寧にはなるが、AがA 1やA 2を具体例にしているというより、A 1やA 2の類似品を表している可能性があり、話の焦点がぼやけて曖昧になるので、類似品を表さない「生活習慣」や、最後の例のように、すべてが具体的なものを表している場合は使うことができない。 お忙しい独身の方には、栄養がバランスよくとれる健康食品や、サプリメント + といった/のような/といったような + ものがお勧めです。 また、上のような広告に近い文に「~ような」使うと、健康食品やサプリメントを勧めているのか、そのほかのものを勧めているのか、わからなくなってしまう。 具体的に選択肢をあげながら、丁寧さを出したい場合に「名詞A + といったような+名詞A'」が使われる。 使い分けワンポイント 30 AというA' 「A + という + 名詞A'」は例示ではなく、Aのほかには、ほのめかされているものがない「A⊂A'/X=0」を表しており、使い方としては、次のようなものがある。 1. A=名詞:上位概念A'を使って、Aが「どういうものか/どんなグループに属するか/何か」という範囲やカテゴリーを示す これは中国で「狗不理」+ という/と呼ばれる + 天津名物の肉饅です。 「送還日記」という韓国のドキュメント映画をご存知ですか。 タイのチェンマイというところに行ったことがありますか。 このくにゃくにゃする歯ざわりの食べ物は、何という名前 + のものですか/なのですか/ <107> なのかわかりません/なのかご存知ですか/なのか当ててみてください。先ほど、カナダのスミスさんという方から、お電話がございましたが。案内されたところは、山に囲まれた「瀬戸」という小さな町だった。 話し言葉で、特に「A」といっただけでは、何のことか聞き手にはわからない可能性のある場合に、よく使われる。また最後3例のように、話し手か聞き手が名前を知らない場合や、Aという名前が、話し手には「聞き覚えがない/見知らない」といった場合にも使われる。 2. 名詞 A = A':同じ名詞を繰り返して「人に A と呼ばれる A」といったようになるが、存在する「すべての A」という意味を表す 町のネズミというネズミは、少年の吹く笛の音にあわせ、海に向かって死の行進を開始した。お祭りでもあるのか、ホテルというホテルは、団体客で満員だった。夜に飛来した黄砂で、路上の車という車は、天から降ったペンキを浴びたかのように、くすんだオレンジ色に染まりながら、朝日に輝いていた。ひどい騒ぎだったんだね。教室という教室の窓が、見事に割られてる。 「Aを数えていったら、Aの全部だった」という背景があり、その時間の経過が話し手に感動や驚きをもたらしているので、やや誇張された表現になっているが、物語や日記、ルポルタージュや現地報告といった書き言葉に使われることが多い。 3.A=すべての文:A'の具体的な内容を、Aによって示す 明日にも死ぬかという人に向かって、生きることに専念すべきだとか何とかいったような、もっともらしいことをあれこれ並べたてた。 タバコやアルコール類、シンナーのような揮発性溶剂、またコカインやヘロイン、アンフェタミンといった薬物を除けば、脳は体内に摂取されたものの影響を受けないという事実は、よく知られている。 娘が旅行中のところで、飛行機事故が起こったというニュースを聞き、心配していたが、無事だという電話が入った。 今度できたスーパーのほうが安いという噂があっただろう? でも、本当に安いのは、やっぱり以前からあるスーパー(だ)という話だよ。 決定を先送りしているうちに「来週までに返事がなければ、今回の話はなかったものとする」という警告を受けることになってしまった。 友から「来月の公演にいらっしゃいませんか」という誘いがあった。 「早く帰ろうよ」と言う子どもの催促で、会合を中断することにした。 冬の休暇は「温泉のあるところへ行きたい」と言う夫の希望が叩った。 「あ、お月様がとってもきれい」と言う妻の声が庭先から聞こえた。 「逆接確定条件/対比/~という」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~という」を参照 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~という」を参照 「使い分け $ ^{28} $」で示した「風邪を引かないといった子」は、話し手が想定した「風邪を引かない子」と、この子と同じカテゴリーに入る子どもたちのことを指し、つまり、話し手が想定している子どもたちとは「どんな子か」というと「風邪を引かない + α」という内容をもつ子どもたちであることを表しているが、この場合の「風邪を引かないという子」は、子どもが単数か複数にかかわりなく、ズバリ「風邪を引かない」という内容しかもっていない。 したがって、上にあげた例も、複数のA'が想定されているなら「AといったA'」に <108> 置き換えることができるが、単数や複数を明確にしないのが日本語なので、Aのほかにまだ「X」があることを、特に聞き手に知らせる必要がなければ、わざわざ置き換えることはない。 ただ最後3例は、Aが「子ども/夫/妻」の言葉の引用なので、これを「早く帰ろうよ/温泉のあるところへ行きたい/あ、お月様がとってもきれい + といった」にかえても、発言者が複数になるわけもなく、〈基準時以前既実現〉の内容になるだけである。 使い分けワンポイント ③「~という」の省略 父が母の誕生日に、大きなカサブランカの花束を買ってきた。 →父が母の誕生日に買ってきた + ∅/という + 大きなカサブランカの花束 →父が母の誕生日に買ってきた [と (妹の) 言う] 大きなカサブランカの花束 父が大きなカサブランカの花束を買ってきた + ∅/という + 母の誕生日 母の誕生日に大きなカサブランカの花束を買ってきた + ∅/と言う + 父 「お父さんがお母さんの誕生日に大きなカサブランカの花束を買ってきた」+ と妹が言った。→「父が母の誕生日に大きなカサブランカの花束を買ってきた」+ という妹の話/×妹の話 + は、本当だった。 「A - る/ - い/~た/ (状態) 名詞 (だ) + という + 名詞 A'」は、上のように「~という」が省略されることがあるが、2通りの場合が考えられる。 ひとつは、最初の文の一部分である A'「大きなカサブランカの花束/母の誕生日/父」が後ろに移動し、全体を「〈未定文〉+ A'」にかえたものである。もし「~という」を挿入すると、伝聞にかわって、誰かの話になる。特に「~買ってきたと言う父」は、妻の誕生日を回想し、父親の言葉を引用したものであろう もうひとつは、〈未定文〉にしたものではなく、もとの文にA'が加わり、A'の内容をAで示す「A=A'」の場合で、A'がAを引用していないもの、つまり伝聞になっていないものに限られる。 高級ホテルより、奥さんの作ったほうがおいしいという + ケーキ/評判 →高級ホテルより、奥さんの作ったほうがおいしい + ケーキ/×評判 納期を、毎月の20日にするという + 契約/連絡 + をした。 →納期を、毎月の20日にする + 契約/×連絡 + をした。 雨が降ったりやんだりするという + お天気/天気予報 →雨が降ったりやんだりする + お天気/×天気予報 学生の就職が内定したという + 喜び/事実/知らせ/電話 雪でスリップして横転した車に、十数台が追突したという + 事故/デマ →雪でスリップして横転した車に、十数台が追突した + 事故/×デマ 銀行が次々と襲われ、クリスマスに札菓の紙吹雪が空を舞ったという + 事件/夢/ニュース/噂 →舞った + 事件/夢/△ニュース/※噂 彼が次期社長(だ)という + 会社/話 →彼が次期社長の+会社/△話 昼間も静か(だ)+という+町/広告 →昼間も静かな+町/×広告 <109> 上のように、Aが「引用/伝聞」に相当すれば、通常「~という」は省略されることはなく、相当しなければ省略可能になるが、最後2例のように、Aが (状態) 名詞になる「A (だ) + という + A'」の場合は、A'がもとの文の一部でなければ省略できない。ただ「△」の「ニュース/話」が省略可能なのは、Aの内容がまさにニュースなので、引用や伝聞にしなくても「Aがニュース」なのがわかるからである。これが「子どもが生まれた + ニュース/話」になると、有名人の子どもでもない限り、不自然になって また省略可能な場合、例えば、話し手の「夢」なら省略し、他者から聞いた「夢」なら省略しないという違いがある。 使い分けワンポイント 32 AとのA' 父が母の誕生日に、大きなカサブランカの花束を買ってきた + という/との + 妹の話は、本当だった。 高級ホテルより、奥さんの作ったほうがおいしい + という/との + 評判 雨が降ったりやんだりする + という/との + 天気予報だった。 学生の就職が内定した + という/との + 知らせ/電話 + が入った。 雪で横転した車に、十数台が追突した + という/との + デマが飛んだ。 銀行が次々と襲われ、クリスマスに札束の紙吹雪が空を舞った + という/との + まことしやかな噂が流れた。 彼が次期社長(だ)+という/との+話で、社内はもちきりだった。その地域は昼間も静か(だ)+という/との+広告が放映されていた。納期を毎月20日にするとの連絡が海外支店から入ってきた。 出張により、同窓会には参加できない + という/×との + 返事をした。 記者会見では、新法案に即した対策が採られるとの見解が発表された。 次々と「採決して大多数の意見に従ってはどうか」との声があがった。 危険が予測されるため「現地から即時撤退せよ」との命令が下った。 多数の「保育園を増設してほしい」との + 希望/要望/依頼/提案/意見/考え/手紙/メール+が者った ×「あ、お月様がとってもきれい」との妻の声が庭先から聞こえた。 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~とのことだ」を参照 「すべての文A + との + 名詞A'」は、先ほど「使い分け③」で述べた「~という」が省略できない「A + という + 名詞A'」と互換性をもち、具体的な発言や思考といったものを表すAが、発言や思考などを表す抽象的な名詞A'の内容である場合に使われる。両者の違いは、前者「A + との + A'」の場合、Aが第三者の発言や思考に限られ、書き言葉か、改まった場での話し言葉として、〈述べ立て文〉の〈現象描写文〉を除くすべての文で使われるのに対して、後者「A + という + A'」の場合、人称にも、言葉や文の種類にも制限がないという点である。 使い分けワンポイント ③③ Aって(いう) A'・Aなんて(いう) A' 中国の上海って(いう)とこ、行ったことある?ハルピンてとこは? <110> 何て (いう) 人からの電話? 李さんて (いう) 人? お国は? ハルピンなんて (いう) とこ、聞いたことないよ。中国のどの辺? 誰から電話? リー・ミン? 李明なんて (いう) 人、知らないな。 ホテル + って (いう) /×なんて (いう) + ホテルは、団体客で お祭りでもあったのかな、ホテル + って (いう) /×なんて (いう) + ホテルは、団体客で満員だったよ。 今度できたスーパーは、安い+って(いう)/×なんて(いう)+ 噂だよ。 「送還日記」+っていう/なんていう/って/×なんて+韓国のドキュメント映画をご存知ですか。 案内されたところは、山に囲まれた「瀬戸」+っていう/なんていう/△って/×なんて+小さな町だったんだよ。 これは中国で「狗不理」+っていう/なんていう/×って/×なんて+肉饁です。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~って (ば)』の使い方」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~なんて』の使い方/~なんて・~など」を参照 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/~なんて + 感情」を参照 「A + って (いう) + 名詞A'」は「A + という + 名詞A'」の話し言葉専用であるが、〈ウチ〉では「〜って」が、〈ソト〉には「〜っていう」がよく使われる。ただ「すべてのA/AというA」は書き言葉なので、話し言葉で使う場合も「ある事件を見てきた」といったルポ風なタッチで話される。 「A + なんて (いう) + 名詞A'」も「A + という + 名詞A'」の話し言葉専用で、主に親しい〈ウチ〉関係で使われるが、使い方には制限があり、特に「×なんて」で示した感情的にニュートラルな表現に使うと不自然になる。 雨が降ったりやんだりする + って/×なんて + お天気/天気予報だった。 学生の就職が内定した + って/×なんて + 知らせ/電話 + が入った。 高級ホテルより、奥さんの作ったほうがおいしい + って/△なんて + 評判 クリスマスに札東の紙吹雪が空を舞った + って/なんて + 夢、見たことある? できたて熱々超激辛ラーメン、1分で食べちゃう + って/なんて + 人、知らない? 「A + なんて + (いう) + 名詞A'」は、Aが名詞以外の場合も、感情的にニュートラルな表現に使うと不自然になるが、最後3例のような話し手の「奇妙/変だ/疑わしい/胡散臭い」といったマイナスイメージがこめられる場合は使うことができる。 また「A + って/なんて +(いう)+ 名詞A'」は、どちらも、AとA'の距離が離れる、つまりAとA'の間に、ほかの名詞や形容詞などが多く入るほど、あとに「〜いう」がなければ使えなくなる。 使い分けワンポイント ③④ AたるA'・AともあろうA' 王たる(べき)ものは、非常に際して、判断の可能ならざるべからず。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/当為『~べきだ』系バリエーション」を参照 先生たるべき人が、昨日のような、生徒の信頼と信望を裏切るようなことをしてもらっては、困るのですがね。 指導者たるものには、公私にわたる公明正大さが求められている。 神話での神たる動物は、すべからく虎や熊やライオンといった人を畏怖せしめるものが多いといわれる。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~たるや」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/ひとつたりとも~ない」を参照 <111> ~といい~といい・~といわず~といわず ▶ 卷末「古語/助動詞/断定『たり』」を参照 ▶ 本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~を問わず」を参照 ▶ 本文 3.6.「順接確定条件/目的/~べき」を参照 古語「名詞A + たり」は「名詞A + なり」と同様に、名詞について、現代語の「A + である/だ」に相当するが、名詞に続くと「名詞A + たる/なる + 名詞A'」になり、現代語の「名詞A + である/という + 名詞A'」になる。 ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~ならでは~ない」を参照 「名詞A + たる + A' + B」は、A'には「者/人」くらいしか来ないが、Aに人よりも優れていると考えられている職業や資格がきて、パラフレーズすれば「Aという優れた資格をもつものというのは、理想をいえばBである」という意味を表している。 ときに「名詞A + たるべき + 者/人」となって、当為の「~べき」が挿入されることがある。この場合は「理想をいえば、当然Bであるべきだ」と呼応することが多くなるが、挿入されていてもいなくても、当為を表す文末と呼応することができる。 先生ともあろう者が、生徒の信頼と信望を裏切るとは、困ったものだ。公務員ともあろう者が、覚醒剤の常習犯で逮捕されようとは。知事ともあろう者が、セクハラ問題で辞任するなんて。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照 「後悔と非難のバリエーション/~に + あるまじき~だ」 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照 「『~(よ)う』の使い方/~こともあるまい・~でもあるまいし」 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~なんて・~とは + 感情」を参照 逆に「名詞A + ともあろう + 者が + B」は、Aという優れた資格をもっているはずのものが、人の期待を裏切るようなことをした「驚き + 非難」を表す場合に使われる。 使い分けワンポイント ③⑤ ~といったところだ・~というところだろう A:あの人の日本語、いかがですか。 B:そうですね。まあまあと + いった/いう + ところでしょうね。 このごろ? 午前中は散歩、午後からはカラオケ喫茶、それから夕方はサウナで、夜はテレビ + って/なんて + とこだよ。まあ、定年しちゃうと、こんなもんだ。 辞めた彼? ええ、よく頑張ってたんですが、今一ってとこでしたね。 娘? ちょっと色気づいて、箸が転んでもおかしいってとこじゃない? 新製品の開発ですか? 実験結果が思うようであれば、ゴーサインが出ると + いった/いう + ところじゃないかと思いますね。 親父の具合?寝たり起きたりってとこだな。気が弱くなっちゃって、うるさいお袋には甘えられないので、病気に甘えてるってとこがあるよ。 出張?ただもう疲れたってとこだね。しばらく代休、とるからね。 ▶本文 1.7.「主題/累加/~どころか」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ところだ」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーグス表現/~たところで」を参照 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~ところによると」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想/~ところだった」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーグス表現/~ところを/~たところが」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~たところで」を参照 <112> ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ているところだ」を参照 「A - る/ - い/~た/ (状態) 名詞 (だ) + と + いった/いう + ところ + だ/だろう」は、基準時における「Aという状態や状況」を表すが、聞き手から状況を尋ねられた場合の答えとして使われる。 したがって、答え方は、話し手と聞き手の関係や、聞き手と話題の第三者との関係が、微妙に影を落とすことになる。例えば、話し手と聞き手の関係が疎遠であればあるほど、答えは婉曲的になり、建前となって、本音から遠ざかっていく可能性があるので、それにつれて話をぼかした「~といった」や、状況判断の「~だろう」などが使われるようになる。 逆に、話し手と聞き手が親密であったり、聞き手と話題の第三者の間が疎遠であったりすると、答えは歯に衣を着せなくなって、ズバリ本音になり「~という/~って(いう)/~なんて(いう)/~だ」が使われるようになる。 「~とこ」は「~ところ」を圧縮したもので、話し言葉専用になる。 この「ところ」は、日本語らしい「あいまいさ」を表現しているが、空間的な「状態/状況」のほかに、時間的な「段階/プロセス」も含んでいるので、例えば「ゴーサインが出るといったところだろう」と「ゴーサインが出るだろう」を比べると、前者のほうが、これまでの事態が変化して「もうすぐゴーサインの出る段階にまで至った」という立体的な表現になるのに対して、後者は状況を予測するだけで、これまでの経過を示さない平板な表現になっている。 使い分けワンポイント 36その他の例示のバリエーション 例示は、明示した代表例のほかに「X」が暗示されていることを表しているので、これまで述べたほかに、次のような表現も、例示ということができるが、条件の表現が例示になっていたり、例示と類推が重なっていたりするものなので、それぞれのところを参照のこと。 ~だろうが~だろうが/~にしても~にしても ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~(よ)うが・~にしても」を参照 ~もあれば~もある/~もあるし~もある/~もあり~もある ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~もあれば~もある」を参照 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/原因と理由の配列」を参照 ~からして/~にしてから ーをはじめ ▶本文 8.3.「極限/類推/~も」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/~からして/~にしてから」を参照 ▶本文 1.4.「主題/立場/~として」を参照 <113> 1.4. 主题/立場 ~にすれば・~とすれば AにすればB:Aという立場から、Aは「事態はB」と考えているらしい。 AとすればB:Aという立場から、Aは「行動Bを選択している」らしい。 接続 人/擬人的名詞 + にすれば/とすれば ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~としたら・~とすれば・~とすると」を参照 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~からみて」を参照 形態 「~に/~と + すれば」には「~に/~と + したら/すると/してみれば/してみたら/してみると」といったバリエーションがある。 互換性 Bが「状態/状況/事態」などの場合、置き換え可能なことがある。 置換 [例] あなたにすれば、ささいなことでも、私にすれば、大切なことだわ。 置き換えると、次のように不自然になる。 *あなたとすれば、ささいなことでも、私とすれば、大切なことだわ。 次の「~にすれば」も「~とすれば」にすると、不自然になる。 僕 + にすれば/※とすれば、別にどうでもいいように思えたことが、君 + にすれば/※とすれば、一大事だったんだね。気がつかなくて、すまなかったね。 有名私立中学を目指す子どもの塾通いは、親 + にすれば/※とすれば、世間への見楽になるかもしれないが、子ども + にすれば/※とすれば、とんだ迷惑な話だ。 夫 + にすれば/※とすれば、共稼ぎの妻というのは、経済的には有難いとはいえるものの、仕事を口実に家事を押しつけてくる、敵のような存在でもある。 逆に、次の「~とすれば」は「~にすれば」に置き換えることができない。 今回、あなた + とすれば/×にすれば、賛成票を投じるおつもりでしょうけど、私とすれば/×にすれば、ここはどうしても反対票を投じるしかありませんね。 王さん + とすれば/×にすれば、生まれ故郷の北京を希望していたが、会社 + とすれば/×にすれば、彼の英語力からして、ロンドン駐在を考えていたらしい。 先日の事故、国 + とすれば/×にすれば、和議の線で行くらしいが、被害者側 + とすれば/×にすれば、曩非を明らかにするため、裁判に持ち込むそうだ。 用例 次の用例は、互換性がある。 妻 + にすれば/とすれば、共稼ぎの夫とは、何かといえば、仕事を口実に家事から逃げだそうとする、常に戦わざるをえない敵のような存在である。 先生 + にすれば/とすれば、ささいなこととして済ませる問題であっても、学生の私 + にすれば/とすれば、済ますことのできない重要な問題だった。 会社 + にすれば/とすれば、経営縮小や経営再建などの一環にすぎないのであろうが、リストラされるほう + にすれば/とすれば、家族ぐるみの死活問題である。 王さん + にすれば/とすれば、生まれ故郷の北京が希望だそうだが、会社 + にすれば/とすれば、王さんの英語力からして、ロンドン駐在に傾いているらしい。 使い分け 「AにすればB」も「AとすればB」も、話し手が「もしAという立場であれば、Bであろう」という判断をしている点では共通している。 多くは「A1 + に/と + すれば + B1 + が/けど/のに/でも/しかし、A2 <114> 1.4. 主题/立場 + に/と + すれば + B2」という対比形式で使われる書き言葉であるが、話し言葉としても使われることがある。 对比の場合、一方を「~にすれば」にし、他方を「~とすれば」にして使うことも可能である。ただ、上にあげた例は、両者を識別するためのものなので、あえて同じ形を重ねて使っている。 どちらも、A1とA2という2つの立場から、B1とB2という2つの事態を見つめる複眼的な視点を備えているので、Bの内容は、複雑で深刻な状況や事態を表すことが多いが、話し手が、A1とA2の双方に対して、公平な立場をとるかどうかは、話し手の裁量次第なので、一概には言えない。 また、Aに「私/ぼく」などの一人称が使われていても、話し手は、自分自身を第三者に見たてて、客観的な立場にあることを示すが、基本的には、自分自身にウエイトをおいた表現になることが多い。 おれ + に/と + すれば、頑張ってきたつもりだったんだけど、でも、おまえ + に/と + すれば、もっと頑張ってほしかったんだな? 上の例を使って、両者の違いをパラフレーズすると、次のようになる。 1.おれにすれば/おまえにすれば これまで「おれは、とても頑張っている」と思っていたんだが、おまえは「あまり頑張っていない」と考えていたんだな? 2. おれとすれば/おまえとすれば これまで「おれはサボりもせずに、とても頑張ってきた」んだが、おまえは「もっと頑張ってほしかった」ようだな? 使い分けワンポイント ① 「~にすれば」と「~とすれば」の構造的差異 「AにすればB」と「AとすればB」のAとB、さらに話し手との間には、次のような違いがある。 AにすればB:B=主題PはQである 僕(A)にすれば「(P=それは)別にどうでもいい(Q)」ように思えた。 AとすればB:B=Aは「行動/態度」Cを選択する あなた(A)とすれば「(あなたは)賛成票を投じるつもり(C)」だ。 これをAとBとの関係で示せば、次のようになる。 AにすればB:Aは「主題PはQである」と考えている 僕は「それは別にどうでもいいものだ」と考えていた。 AとすればB:Aは「(Aは)行動/態度Cを選択して」いる あなたは「賛成票を投じるつもり」でいる。 <115> さらに、話し手の判断を重ねると、次のようになる。 AにすればB:話し手は「Aが『PはQである』と考えている」と判断する 僕は「自分が『それは別にどうでもいいものだ』と考えていた」と思う。 AとすればB:話し手は「Aが『行動Cを選択して』いる」と判断する 私は「あなたが『賛成票を投じるつもり』でいる」と思う。 つまり「A + にすれば + (PはQ)」も「A + とすれば + (AはC)」も、本来は「~は」で表すべき主題が、いくつか重なってしまうのを避ける形式、つまり、前者なら「話し手は + Aは + Pは」の3つの主題、後者なら「話し手は + Aは (+ Aは)」の2つの主題の重なりを避ける形式と考えられる。 また、これによって、日本語では隠されてしまう「私」に代表される一人称を省略することができ、さらに「Aは」を明示しないことで、Aが主題を表しているのか、対比を表しているのか、曖昧にする機能も果たしているように思われる。 ▶本文 1.1.「主題/提題/主題の『~は』と対比の『~は』/『~は』の配列」を参照 日本語が好む主題提示は、やむをえない場合を除き、極力「~は」や「~が」を避ける傾向があるといえる。 使い分けワンポイント ② 「~にすれば」と「~とすれば」の互換性 「AにすればB」と「AとすればB」の違いは、前者が「Aは『主題PはQである』と考えている」を表し、後者が「AはCという『行動/態度』を選択している」を表しているだけなので、置き換えると不自然になる〔例〕(p.113)を、あえて置き換えてみると、次のようになる。 〈あなたにすれば、ささいなことでも、私にすれば、大切なことだ〉 「そのことは、ささいなことだ」とあなたは考えているようだが、 私は「それは、大切なことだ」と考えているのだ。 くあなたとすれば、ききいなことでも、私とすれば、大切なことだ〉 あなたは「そのことを、ききいなこととして無視して」いるようだが、 私は反対に「そのことは大切なので、無視」することができないのだ。 つまり「~とすれば」に置き換えると、行動の選択「無視する/無視できない」を補う必要があるので、不自然な響きが生まれることになる。ただ、頭の中で無意識に補ってしまえる人は、不自然さを感じないかもしれない。 〈子どもの塾通いは、親にすれば、世間への見栄になるが、子どもにすれば、迷惑だ〉 「子どもの塾通いは、世間への見栄になる」と親は考えるかもしれないが、 子どもは「塾通いは、とんだ迷惑だ」と考えているはずだ。 〈子どもの塾通いは、親とすれば、世間への見栄になるが、子どもとすれば、迷惑だ〉 親は「世間への見栄で、子どもを塾に通わせている」のかもしれないが、 <116> 子どもは「とんだ迷惑で、塾などには通いたくない」はすだ。 つまり「〜にすれば」が「〜とすれば」に置き換わると、ただ単なる消極的な状況説明から、状況への積極的なかかわりを示すことになる。 解説 「用例」の場合は「消極的な状況説明」と「状況への積極的なかかわり」が併存しているので、置き換えても不自然さを感じさせない。 例えば「妻 + に/と + すれば、共稼ぎの夫とは、何かといえば、仕事を口実に家事から逃げだそうとする、常に戦わざるをえない敵のような存在である」は、次のようになる。 妻(A)にすれば、共稼ぎの夫(P)とは、仕事を口実に家事から逃げだそうとする、常に戦わざるをえない敵のような存在(Q)である。 妻(A)とすれば、共稼ぎの夫とは、仕事を口実に家事から逃げだそうとする、常に(妻が)戦わざるをえない(C)敵のような存在である。 つまり、前者「妻にすれば」は、仮に「妻」の立場から、彼らの夫婦関係を見てみると、まるで「夫は敵のような存在」であると、話し手はコメントしているにすぎないが、これを後者「妻とすれば」にかえると、仮に「妻」の立場にたった「妻である私」は、実際に「敵のような存在である夫」と「常に戦わざるをえない」とコメントすることになる。ほかの用例では、次のように、両者の間で呼応する部分が異なっている。 1. 先生と学生 先生にすれば:(P = それは) ささいな (こととして済ませる) 問題 (Q) 先生とすれば:(先生は) ささいなこととして済ませる (C) (問題) 学生の私にすれば:(それは) (済ますことのできない) 重要な問題 (Q) 学生の私とすれば:(私は) 済ますことのできない (C) (重要な問題) 2. 会社と家族 会社にすれば: (それは) (経営縮小や経営再建を推し進める上での) 一環会社とすれば: (会社が) 経営縮小や経営再建を推し進める (上での一環) 家族にすれば: (それは) (生きるか死ぬかの) 問題 家族とすれば: (家族が) 生きるか死ぬか (の問題) 3. 王さんと会社 王さんにすれば:(駐在地は) 生まれ故郷の北京が希望である 王さんとすれば:(王さんは) 生まれ故郷の北京を希望している 会社にすれば:(駐在地は) ロンドンに傾いている 会社とすれば:(会社は) 王さんのロンドン駐在に傾いている 「Aにすれば」は、静的な「問題/一環/北京/ロンドン」といった状況と呼応するだけであるが、これを「Aとすれば」にすると、動的な「行動や選択」と響きあうようになり、Aが「済ますことができない/生きるか死ぬか/希望する/傾く」という事態に直面していることを示すことになる。 逆に、互換性のない[例]は、すべて、静的な状況か、動的な「態度や行動の選択を迫られる」事態を表している。 <117> 使い分けワンポイント ③~にしたら・~としたら 「~にしたら」と「~としたら」は、それぞれ「~にすれば」と「~とすれば」の話し言葉なので、書き言葉に使うと不自然になることがある。 王さん + と/に + したら/すれば、この冬休みは、のんびりできる温泉がいいんでしょうけど、奥さん + に/と + したら/すれば、スキーのほうがいいんじゃないかしら。→夫 + と/に + すれば/×したら、冬休みは、のんびりできる温泉がいいのであろうが、妻 + に/と + すれば/×したら、スキーのほうがいいのであろう。 あなた + に/と + したら/すれば、確かにマンションのほうが便利でいいにちがいないんだけど、僕 + と/×に + したら/すれば、せっかく買うんだから、やっぱり一戸建て住宅にしたいんだけどね。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ば」 4.4.「確定条件/~たら」を参照 なお、上の例で「×」のない自然な「X/Y」が示され、互換性のあるXとYのどちらかを選ぶ場合、通常「X」のほうが好まれる。 また「~に/と + すれば」と「~に/と + したら」とを比べた場合、前者は「~ば」が仮定条件に一般条件をプラスして使われており、一般的な事態で多用される傾向があるのに対して、後者は「~たら」が仮定条件に確定条件をプラスして使われるので、特定の事態で多用される傾向がある。 「~にしても」と「~としても」は通常、次のような多彩な使われ方をして、逆接仮定条件の場合を除けば、互換性はない。 変化 + 逆接仮定条件/同一条件 叱られて今だけ静かにしても、すぐ騒ぎはじめますから、同じですよ。 基准 + 逆接仮定条件 いくら免許のある医者にしても、病気が治せないなら、廃業すべきだ。 逆接仮定条件 冬山へ行く + に/と + しても、遭難することも考えた装備がいるだろ? 逆接仮定条件/同一条件 若いうちは貯金よ。将来、何をするにしても、先立つものは金だから。 逆接仮定条件/同一条件+添加/類推 迎接仮定条件/同一条件+添入一入班 ほら、見ろよ、うちの社長、歩き方ひとつにしても、格好いいだろう? 資格 + 添加 女のこと? 徉侶として尊敬してるし、友人としても尊敬してるよ。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/~にする」を参照 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~にしても」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~にしても・~としても」を参照 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~にしても」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/~ひとつにしても」を参照 ▶本節「使い分け⑰/~として・~としても」を参照 青少年犯罪は、先生+にしても/としても+頭の痛い話でしょうけど、当事者となった <118> 親にすれば、それこそ一生の問題となりますから。 会長 + にしても/としても、社長に就任した息子の経営手腕は、疑わしかった。 こんな破廉恥な事件を起こしたとあっては、友だち + にしても/としても、逃げ腰になり、 はなから付き合いなどなかったという態度を示した。 個人商店 + にしても/としても、近くにできたスーパーに対抗するため、客引き用の目玉商品を店頭に並べざるをえないのが現状である。 しかし「~も」が「添加/類推」を表し、上のように「同一条件 + 添加/類推」や「資格 + 添加」の名詞部分が「人」になって「立場 + 添加/類推」を表すと、互換性が生まれるようになる。 互換性のある場合の両者の違いは、先ほどあげた「用例」などの「~に + すれば/したら」と「~と + すれば/したら」と同じで、静態部分と呼応しているか、動態部分と呼応しているかの違いである。 使い分けワンポイント ⑤ ~にしてみれば・~としてみれば/ ~にしてみたら・~としてみたら 「A + に/と + してみれば + B」と「A + に/×と + してみたら + B」は、先ほど述べた「A + に/と + すれば + B」と「A + に/と + したら + B」のBの「状況/行動」を、話し手がより仮想的に判断したもので、多く「~かもしれない/~だろう/~ようだ」などと呼応する。 親にして + みれば/みたら、離婚は単なる結婚の解消にすぎないのだろうが、子どもにして + みれば/みたら、両親の離婚は片親との生き別れ、または片親の死亡に等しいのではないだろうか。 この冬休み、土さん + に/と + してみれば、温泉でのんびりしてみたい + のかもしれません/× にちがいありません + けど、奥さん + に/と + してみれば、スキーで体を動かすほうがいいのでしょうね。 →この冬休み、王さん + に/×と + してみたら、温泉でのんびりしてみたいのかもしれませんけど、奥さん + に/×と + してみたら、スキーで体を動かすほうがいいのでしょうね。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~にちがいない・~かもしれない」を参照 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~たら・~ば」を参照 しかし、話し手の確信の高さを示す「~にちがいない/~はずだ」は、どちらかといえば断定的な「A + に/と + すれば/したら + B」と呼応するが、より仮想的な「A + に/と + してみれば + B」や「A + にしてみたら + B」と呼応すると不自然になってしまうことがある。 また「×A + としてみたら + B」は、たとえBが積極的な行動を表している場合でも、使われると不自然になり、普通は「A + にしてみたら + B」にとって代わられる。 これはおそらく、話し言葉「~たら」のほうが、書き言葉「~ば」よりも、断定を避ける傾向にあり、さらに「×~としてみたら」が、仮想的になることによって、動的な要素を失い、ついには「~にしてみたら」との区別がつかなくなったためではないかと考えられる。 このイメージを図示すると次頁のようになる。 <119> ~とすれば 書き言葉/一般的 ~にすれば ~としてみれば~にしてみれば 断定的/動的 ~としたら 静的/仮想的 ~にしたら ×~としてみたらこ~にしてみたら 話し言葉/特定的 使い分けワンポイント ⑥~からすれば・~からしたら/ ~からしてみれば・~からしてみたら 「A+から+すれば/したら+B」と「A+からして+みれば/みたら+B」の4つが立場を表す場合、これまで述べてきた「A+に/と+すれば/したら+B」や「A+に/と+してみれば+B」や「A+にしてみたら+B」と異なっている点を、例とともにあげてみると、次のようになる。 王さん + にすれば/とすれば/×からすれば、駐在地の希望は、生まれ故郷の北京だそうだが、会社 + ×にすれば/とすれば/からすれば、王さんの英語力からして、ロンドンを考えているらしい。 親からしてみれば、離婚は結婚の解消というにすぎないのかもしれないが、子どものサエからしたら、片親との生き別れになってしまう。 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~からして」を参照 A + から + ~ + B 個人名 組織・身分・職務・資格など 静的な状況 動的な態度や行動の選択 つまり「A + から + ~ + B」のグループは、Bに制限はないが、Aに「身分・職務・資格」といった、いわば「肩書き」のない個人名が使えないという制限がある。これに対して「A + に/と + ~ + B」のグループは、Aには制限がないが、Bに「に」と「と」の使い分けがあるということになる。 最初の例の「王さん」に「A + から + ~ + B」グループを続けたいときは、何か「肩書き」をつけて、例えば「駐在員候補の王さんからすれば」などに書き換えると、不自然ではなくなる。 これまでにあげた「A + に/と + ~ + B」の例が「A + から + ~ + B」に置き換わるのは、Aの部分が「親と子/夫と妻/先生と学生/会社と被雇用者/政府と国 <120> 民」といった「肩書き」になっているものである。 ただ「あなたと私/あなたと彼/彼女と僕」といったペアの場合、話し手と聞き手の間で、それらの人物がある「身分/職務/資格」などを代表しているという了解が成り立っていれば、次のように使うことはできる。 あなたからしたら、マンションのほうが便利でいいのだろうけど、僕からしたら、せっかく買うんだから、一戸建て住宅にしたいんだけど。 彼女からすれば、裁判に訴える考えのようですが、そちらからすれば、どのようになさるおつもりなのでしょうか。 「~から + すれば/したら/してみれば/してみたら」の違いは、すでに述べた「A + に/と + ~ + B」のグループの違いと同じで、書き言葉には、主に「~ば」が、話し言葉には「~たら」が使われ、それぞれを話し手がより仮想的にとらえたのが「~みれば/みたら」である。 使い分けワンポイント ⑦ ~にすると・~にしてみると/ ~とすると・~としてみると/ ~からすると・~からしてみると 「A + に/と + すると」という言い方は、次のような「仮定」を表す場合に使われる。明るい感じにしたいの? じゃ、ここの色を、こうして少し薄い色に + すると/すれば/したら、ほら、ずいぶん感じが違ってきたでしょう? 今回の企画、もしもですが、こういったいろんな出費を、ここまで抑えることができるとすると/すれば/したら、予算内で収まりますが。 ▶本文4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~とすると」を参照 「仮定」を表すのは「A + に/と + すれば/したら」も同じであるが、違いは「立場」も表せるかどうかである。 僕に + すれば/したら/すると、どうでもいいことが、君に + すれば/したら/すると、一大事だったんだね。気づかないでごめんね。 子どもの塾通いは、親に + すれば/したら/×すると、世間への見栄だろうが、子どもに + すれば/したら/すると、とんだ迷惑な話だ。 夫に + すれば/したら/すると、共稼ぎの妻とは、仕事を口実に家事を押しつけてくる、敵のような存在であったらしい。 今回の議案、あなたと + すれば/したら/×すると、賛成票を投じるのでしょうけど、私と + すれば/したら/×すると、反対票ですね。 今回の事故、国と + すれば/したら/×すると、和議らしいが、被害者団体と + すれば/したら/×すると、裁判に持ち込むそうだ。 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~からして」を参照 もともと「~と」は、これだけで話し手が自分の経験や知識に基づいて、確信のある条件を提示するものなので、最初の「僕にすると」は、話し手自身のことで問題はないが、聞き手の「君には一大事だった」という状況を「今になって、ようやくわかった」という場合に使うと不自然になる。これがもし「僕はよく知っているが、僕にはどうでもいいことが、君にはいつも一大事だったんだ」という場合なら、使うことができる。 <121> 親子の例では、話し手は「子ども」の立場から、いわば「塾通い」の経験を基にして話しているので、子の立場を「子どもにすると」で表しても不自然にはならないが、親の立場を「親にすると」で示すと不自然になる。 夫婦の例は、夫の気持ちを聞いて、同情している当事者の妻が話していると思われるので、使うことができるが、次のような当事者でない話し手の言葉では不自然になる。 李さんに + すれば/したら/×すると/してみると、共稼ぎの奥さんとは、仕事を口実に家事を押しつけてくる、敵のような存在だそうだ。 ところが「A + にしてみると」は「A + にすると」を、より仮想的な推測にして使われるものなので、たとえ話し手にAの経験がなくても、Aの立場が想像できるなら、上の例でも「李さんにしてみると」が可能になる。 ただ「A + とすると」は、Aという場合を仮定している意味しかないので、例えば「私とすると」は、立場ではなく「仮に私 (の場合) なら」といった意味を表してしまう。「~から + すると/してみると」は、およそ「Aから + すれば/してみれば」よりも、経験に基づいた話し手の確信を強めた話し言葉で、両者の間には互換性がある。以上をまとめると、次のようになる。 A + にすると 立場 A + にしてみると 可能な条件 A + とすると A + としてみると 話し手が経験上、Aの立場にたてる場合 A+からすると すべてのA A+からしてみると 仮定条件しか表せない 同上 Aは「組織/身分/職務/資格」などの「肩書き」同上 使い分けワンポイント ⑧ 「~の立場からして」のバリエーション 今回の事故について、国の立場から+すれば/すると/×したら、和議の線で行くようだが、 被害者団体の立場から+すれば/すると/×したら、是非を明らかにするため、裁判に 持ち込むそうだ。 会社の立場から + すれば/すると/△したら、経営縮小や経営再建の一環にすぎないであろうが、リストラされるほうの立場から + すれば/すると/△したら、家族ぐるみの死活問題である。 先生の立場から+すれば/すると/したら、ただささいなこととして済ませる問題であっても、学生の私の立場から+すれば/すると/したら、済ますことのできない重要な問題だった。 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/『~からして』のバリエーション」を参照 「Aの立場から + すれば/すると/したら + B」や「Aの立場からして + みれば/みると/みたら + B」は、文字通り「Aの立場」を表し、ただ「~したら/~してみたら」に、話し言葉という制限があるほかは、これまで可能であったすべての「立場」の例に使うことができる。 <122> 1.4. 主题/立場 使い分けワンポイント ⑨ 「~の立場からして」の使用制限 「使い分け⑧」のほかに、形態上は「Aの立場から + すれば/すると/したら + B」とよく似た「Aの立場 + からして + B」があり、大きく次の3つの使用制限がある。 1. Bの部分は「Aは行動や態度を選択する」という内容になる あなた + にすれば/×の立場からして、ささいなことでも、私にすれば/×の立場からして、大切なことだわ。 あなた + とすれば/の立場からして、賛成票を投じるおつもりでしょうけど、私とすれば/の立場からして、ここはどうしても反対票を投じるしかありませんね。 つまり「使い分け①」の「A + にすれば + (PはQ)」ではなく、もう一方の「A + とすれば + (Aは行動や態度を選択する)」と同じ使われ方をする。 2. 対比形式「×Aの立場からしては+B+が、Cの立場からしては+D」をもたない ×今回の事故について (は)、国の立場からしては、和議の線で行くようだが、被害者団体の立場からしては、是非を明らかにするため、裁判に持ち込むそうだ。 今回の事故について、国の立場からしては、和議の線で行くようだ (が)。 今回の事故について、被害者団体の立場からしては、裁判に持ち込むそうだ (が)。 →今回の事故については、国の立場からして、和議の線で行くようだが、被害者団体 + とすれば/の立場からして (は)、裁判に持ち込むそうだ。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方/『~は』と順接仮定条件/~なら・~は」を参照 ▶本文 2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~て形・~ます形」を参照 これは「A + に/と + すれば + PはQ/AはC」などが「Aは + PはQと考えている/Cという行動を選択する」と変換できるように、順接仮定条件「~なら/~たら/~ば/~と」は、もともと主題などを示す「~は」の機能をもっているのに対して、時間的継起を示す「~て形」には、その機能がないため、もし必要なら「~は」を加えることになるからである。 しかし「~は」を加えた場合、最初の例のように「~は」が対比として働くと不自然になるが、単独で「ためらい」の働きをすれば、自然な響きになる。 つまり「Aの立場からして」は、対比を示す副主題「Aの立場からしては」にならず、文の主題「今回の事故については」のもとで、立場を示す機能を果たすだけである。 ▶本文 1.1.「主題/提題/対比のバリエーション」を参照 3.主題「~は」を必要とする (今回の議案は) あなたの立場からして、賛成票を投じるおつもりでしょうけど、私 + とすれば/△の立場からして、ここは反対票を投じるしかありませんね。 今回の事故については、国の立場からして、和議の線で行くようだが、被害者団体の立場+から(して)は/としては/とすれば、...。 リストラというのは、会社の立場から(して)、経営縮小や経営再建の一環にすぎないのではあろうが、リストラされるほう+の立場から(して)は/としては/とすれば、反対せざるをえない家族ぐるみの死活問題である。 先生の立場からは、ささいなこととして済ませる問題であっても、学生の私 + の立場からは、済ますことのできない重要な問題だった。 <123> ▶本節「使い分け①②③/~としては」を参照 主題「Xは」のもとで、2つの立場を対比する場合は、例のような「A + の立場からは/としては/とすれば + B + が、C + の立場からは/としては/とすれば + D」が、最も自然な響きをもつ。 なお、主題「Xは」は、文脈から明らかな場合は省略可能である。 使い分けワンポイント 僕の立場から+は/みれば/みると/みたら、別にどうでもいいように思えたことが、君の立場から+は/みれば/みると/みたら、一大事だったんだね。気がつかなくて、すまなかったね。 (そんなことは)僕の立場からみて、別にどうでもいいように思えたが、君の立場から + は/みれば/みると/みたら/みて、一大事だったんだね。 ※僕の立場からみては、別にどうでもいいように思えたことが、君の立場からみては、一大事だったんだね。 →(そんなことは)僕の立場からみて、別にどうでもいいように思えたけど、君にとっては、一大事だったんだね。 今回の議案、あなた(の立場)から+みて/みれば/みると/みたら、賛成票を投じるおつもりでしょうけど、彼(の立場)から+みれば/みると/みたら、ここはどうしても反対票を投じるしかないでしょうね。 「Aの立場から+みて/みれば/みると/みたら+B」は、話し手がA自身の「立場」から、ある主題P「そのこと/今回の議案」についての判断Bをしているので、先ほど「使い分け①」で示した「A+に/と+すれば+PはQ/AはC」いずれの場合にも使うことができる。 僕の立場からみては誤解が生じるから、君の立場からみてはどうだろうか。 障害者の問題は、健常者の立場からみては、解決の糸口を探せなくなってしまう。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ては」 ただ「Aの立場からみて」は「使い分け⑨」で述べた「Aの立場からしてB」の「1」と「3」の使い方と同じになる。しかし「2」の「~は」がついた場合、上の例のように、意味の中心が「~ては」に移ってしまい、まったく使い方の異なるものになってしまう。 また「Aの立場+からみて+B」のバリエーションは、話し手が「Aの立場」を根拠にして、判断Bをするだけなので、もし「Aの立場」ということが明らかであれば、ただ「A+からみて+B」のバリエーションに圧縮することができる。 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/『~からみて』のバリエーション」を参照 あなたに + すれば/とって (は)、ささいなことでも、私に + すれば/とっては、大切なことだわ。 あなたとしては、ささいなことでも、私としては、大切なことだわ。 今回の議案、あなたと+すれば/しては、賛成票を投じるおつもりでしょうけど、私と+すれば/しては、ここはどうしても反対票を投じるしかありませんね。 今回の議案、あなたにとって、賛成票を投じるおつもりでしょうけど、私にとっては、ここはどうしても反対票を投じるしかありませんね。 <124> 妻に+すれば/とり、共稼ぎの夫とは、何かといえば、仕事を口実に家事から逃げだそうとする、常に戦わざるをえない敵のような存在である。 ×妻としては、夫とは、常に戦わざるをえない敵のような存在である。 →妻としては、常に夫と戦わざるをえない。 王さんと + すれば/しては、生まれ故郷の北京が希望だそうだが、会社と + すれば/しては、王さんの英語力からして、ロンドン駐在に傾いているらしい。 *王さんにとっては、生まれ故郷の北京が希望だそうだが、会社にとっては、王さんの英語力からして、ロンドン駐在に傾いているらしい。 →王さんにとっては、希望は生まれ故郷の北京だが、会社にとっては、王さんの英語力からして、駐在地はロンドンらしい。 (注)「~にとって」には、対比の「~は」がつくことがある。 「~としては」の「~は」は、対比を示すことがある。 「~にとって」は「~にすれば」に相当し、一方「~としては」は「~とすれば」に相当するが、すでに「使い分け②」で述べたように「~にすれば」と「~とすれば」には、すべてではないにしても、互換性があったのに対して、ここの「~にとって」と「~としては」との間には、基本的に互換性が存在しない。 ただ、次のような例は、互換性はあるが、呼応する部分が異なっている。 先生 + に/と + すれば、ささいなこととして済ませる問題であっても、私 + に/と + すれば、済ますことのできない重要な問題だった。 →先生にとり、それは、ささいなこととして済ませる問題であっても、私にとっては、済ますことのできない重要な問題だった。 →先生としては、それは、ささいなこととして済ませる問題であっても、私としては、済ますことのできない重要な問題だった。 →それは、先生としては、ささいなこととして済ませる問題であっても、私としては、済ますことのできない重要な問題だった。 つまり「A + にとって/としては + B (PはQ/AはC)」は、次のようになっている。 A + にとって + 副題 P は Q である →Aは「PはQである」と「判断/評価」する 私にとって、それは、済ますことのできない問題だった。 =「それは、済ますことのできない問題だ」と私は思った。 A + としては + C「行動/態度」を選択する →Aは +「行動/態度」Cをとろうとする 私としては、その問題は、ささいなこととして済ますことができない。 =私は「その問題を、ささいなこととして済ます」つもりはない。 「~にとり」は「~にとって」の書き言葉として使われるが、形態的に「~は」がつかないので、対比を表すことはできない。ただ、どちらも実質上の「主格」を表している。 〈非敬体/敬体〉 ~にとって ~としては 〈超敬体〉~にとりまして ~としましては/~といたしましては また「~にとって/~としては」は「~にすれば/~とすれば」と同様に、書き言葉 <125> で多用されるが、スピーチや記者会談など、フォーマルな場での話し言葉にも使われ、上のような〈超敬体〉の形態がある。 使い分けワンポイント 落ち込んでいた私にとり、友だちの励ましが何よりも有り難かった。 =落ち込んでいた私は「友だちの励ましが何よりも有り難い」と思った。 家事ロボットは、主婦にとって、なくてはならないものになるはずだ。 =主婦たちは将来「家事ロボットは、なくてはならない」と思うはずだ。 会社にとうしてほに立つ人が出世するのは当然のことです。 =会社が「役に立つ」と評価する人が出世するのは当然のことです。 周りの人にとって、自分がどんな人間なのか、考えてみましょう。 =周りの人が「あなたをどんな人間」と評価してるのか、考えてみよう。 「家族にとって頼りがいのある父親」というイメージが消えつつある。 =「家族が『頼りがいがある』と思うような父親 親を早く亡くした私にとって、家族はかけがえのない存在です。 =親を早く亡くした私は「家族はかけがえのない存在だ」と思っている。 親を早く亡くした私としては、かけがえのない存在として、家族を守っていくのは当然のことです。 =当然のことではあるが、親を早く亡くした私は、かけがえのない存在として、家族を守っていこうと思っている。 私たちとしましては、趙さんを評議委員に推薦したいと思うのですが。 =私たちは、趙さんを評議委員に推薦したいと思うのですが。 今の私としては、当時の友だちの励ましに対して、心から感謝したい。 =今の私は、当時の友だちの励ましに対して、心から感謝したいと思う。 ▶本文1.1.「主題/提題/『~は』の使い方/『~が』の使い方」を参照 「~にとって/~としては」と「~にすれば/~とすれば」は、2つの点で異なっている。そのひとつは、後者が「A+に/と+すれば~、B+に/と+すれば~」という形式で、AとBの対比に多用されるのに対して、前者「A+にとって/としては」は、単独で使われ、上のように、Aが「主格」になることである。 使い分けワンポイント ⑬ 「~にとって/~としては」と「~に/~と + すれば」 彼にとって、辞任せざるをえない事態だった(※ようだ)。=「現状は、辞任せざるをえない事態だ」と彼は判断していた。彼にすれば、辞任せざるをえない事態だった(+ようだ)。 =彼は「現状は、辞任せざるをえない事態だ」と判断したと(私は)思う。彼としては、辞任せざるをえない事態だった(×ようだ)。 =彼は責任上、辞任せざるをえない事態に直面していた。 彼とすれば、辞任せざるをえない事態だった(+ようだ)。 =彼は責任上、辞任せざるをえない事態に直面していたと(私は)思う。 理事会といたしましては、今回の理事長の提案には、賛成しかねます。 =理事会は、今回の理事長の提案には、賛成しないつもりだ。 理事会とすれば、今回の理事長の提案には、賛成しかねています。 =理事会は、今回の理事長の提案には、賛成しかねているようだ。 <126> 理事会にとりまして、今回の理事長の提案は、賛成できるものではございません。 =理事会は「今回の理事長の提案は、賛成できない」と判断した。 理事会にすれば、今回の理事長の提案は、賛成できるものではない。 =理事会は「今回の理事長の提案は、賛成できない」と判断したらしい。 あの場合、彼女と + しては/すれば、ああいった態度をとるしかなかった + の/のではないでしょうか。 =彼女は、ああいった態度をとるしかなかった +の/のではないでしょうか。 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~としては」を参照 ▶本節「使い分け⑰/~として/~としても/~としては」を参照 「~にとって/~としては」と「~にすれば/~とすれば」には「使い分け⑫」のほかに、もうひとつ異なっている点がある。後者の「A + にすれば/とすれば + B」には、Aとは別に、Aの立場から見たBの事態を「判断」する話し手が存在していたが、前者の「A + にとって/としては」には、Bの事態を「判断」する話し手は存在せず、いわば話し手は完全に「Aと同化」し、Aの立場になりきって、一方で「PはQだ」と判断や評価をし、もう一方で「Cという行動や態度の選択」をする点である。 したがって、後者の場合、文末に話し手の推量を表す「~ようだ/~らしい/~はずだ/~のかもしれない/~のだろう」などが付け加わるほうが、自然な響きになる。 特に最後の例には、文末に話し手の判断を表す「のではないでしょうか」がついて、話し手は「彼女」と完全に同化していない感じがするが、両者を比べた場合、話し手が「彼女」の立場にたって、彼女を援護しているのは、やはり「彼女としては」のほうである。もし、これを「彼女とすれば」にかえると、話し手と「彼女」との間に、かなりの距離が生じてしまう。 4つのパターンは次のようになる。 AにとってB = 「B(PはQ)だ」とA(の立場=話し手)は判断する AにすればB = 「B(PはQ)だ」とAは判断するようだ AとしてはB = A(の立場=話し手)は「B(行動や選択C)」をする AとすればB = Aは「B(行動や選択C)」をするようだ 使い分けワンポイント ⑭「~にとって」のもうひとつの使い方 「A + にとって」には「A=人または人間に類するもの」にはならない、つまり「人としてのAの立場」を表さない使い方がある。 20世紀以来、現代医学にとって、エイズは最大の脅威となっている。行政がらみのバブル崩壊は、日本経済にとって、深刻な打撃だった。健康維持にとって、ウォーキングやサイクリングは、手軽な運動だ。 上の「A + にとって + BはCだ」が、もし、擬人法を適応して「A=現代医学/日本経済/健康維持」の「立場」を表し、例えば「現代医学は『エイズが最大の脅威だ』と思っている」などと理解できれば、それに越したことはないが、ここでの「A」は、話し手が「Bがどのようなものか」をとらえるための「視座/判断や評価の基準」を表しており、パラフレーズして「Aという『視点/観点/角度』から見れば、BはCだ」 <127> と考えるほうが、理解しやすいかもしれない。 つまり、この場合の「A + にとって + B」は、AがAという立場から「Bがどのようなものか」の判断や評価をしているわけではない。判断や評価をしているのは、こうした文の背後に隠れた話し手である。 これを「A=主題」としてとりあげた「日本経済についていえば、行政がらみのバブル崩壊は、深刻な打撃だった」にかえると、話し手が姿を現し、ほとんど「日本経済についていえば、話し手である私は『行政がらみのバブル崩壊は、日本経済に対する深刻な打撃だった』と考えているのだ」と言っているのに等しくなるので、しゃしゃり出たがる政治家や学者ならいざ知らず、いわゆる「遠慮深く/奥ゆかしい」日本人の得意とするものではなくなってしまい、やはり、誰が言ったのかわからない「日本経済にとって」のほうが使いやすく、他人の「生意気な言い方」という非難を避けることもでき、周囲に気づかいなく使えるという利点がある。 学齢期の児童にとって、このゲームは、知能の発育に役立つでしょう。 両親から受け継いだ遺伝子は、子どもにとって、将来の生活方式と思考パターンを大きく左右するものだと言われている。 上の例も「児童/子ども」が判断や評価のできる内容ではないので、話し手が「児童/子ども」について、自分の姿を「奥ゆかしく」隠したり、文末を「伝聞」の形式にしたりして、自分自身の考えや意見を述べているところである。 「A + にとっての」は「A + にとって」の「名詞に接続」する形であり、また「A + にとっても」は「A + にとって」の「添加/類推」の形である。 「私にとってのあなた」といっても、会って2時間じゃ、わかるわけがないわ。 あなたにとっての結婚記念日というのは、どのようなものですか。 生まれてすぐに母を失ったが、やさしく温もりのある懐かしい存在というイメージが、今でも彼にとっての母親像である。 50 余歳で、やっとできた赤ちゃんは、父親にとっての宝物だった。 50 上の「(Pは) + A + にとっての + Q」の「A」は、ものの是非のわかる成人であり、もちろん「(Pは) Q」について判断や評価をすることができるので、パラフレーズすると、次のようになる。 私が「かけがえのない人」と考えているあなた あなたが+考えている/理想としている+結婚記念日 彼が+思っている/抱いている/夢見ている+母親像 「50余歳で、やっとできた赤ちゃんは、宝物だ」と、父親 しかし、次の「Pは+A+にとっての+Q」の「(Pは)Q」は、Aでは判断や評価ができないので、話し手の考えや意見である。 両親というものは、ある意味では、子どもにとっての反面教師である。 =子どもの立場から考えてみれば、両親というものは、ある意味では、子どもの/子どもに対する/子どものための+反面教師である。 売り上げを伸ばすことが、会社再建にとってのキーワードである。 <128> =会社再建という視点に立てば、売り上げを伸ばすことが、キーワード+である/になるのではないか+と思われる。 =売り上げを伸ばすことが、会社再建のためのキーワードである。 今回の情報は、犯人検挙にとっての大きな手がかりとなるものだった。 =犯人検挙という点からすれば、今回の情報は大きな手がかりとなった。 =今回の情報は、犯人検挙のための大きな手がかりとなるものだった。 膨大な国債の累積は、国家経済にとっての癌のような存在だ。 =国家経済の観点からいえば、膨大な国債の累積は、癌のような存在だ。 =膨大な国債の累積は、国家経済 + に対する/×のための + 癌のような存在だ。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~ために」を参照 ▶本節「使い分け⑲/~にとって・~に対する」を参照 もし「PはQだ」が「A」に対するマイナスの作用を表す場合は、目的を表す「Aのための」を使って書き換えることができない。しかし「Aに対する」を使えば、プラスでもマイナスでも書き換えることができる場合があるが、後述する。 後ろ歩きは、高齢者 + にとっての/のための + 簡単な血圧降下法だ。 この公園は、サラリーマン + にとっての/のための + 憩いの場として設けられた。 上のような例も、成人Aの判断や評価ではなく、やはり話し手の考えを表している。 私だけでなく、あなたにとっても、気をめいらせることでしたのね。 酒やタバコは、摂取した異物を受けつけない脳にとっても影響力がある。 バリアフリーは、障害者ばかりではなく、健常者にとっても、ものの見方を変えてくれる 新しいライフスタイルである。 上の「A + にとっても」は、Aの「立場/視点/観点」をプラスしているが、A以外の存在を、言外にほのめかすものである。 最初の「あなたにとっても」は「A=私とあなた」の判断や評価を表しているが、次のは、話し手の考え、最後の例は、どちらともとれるものである。 使い分けワンポイント 16 〜としての・〜としても 「A + としての」は「A + として」の「名詞に接続」する形であり、また「A + としても」は「A + として」の「添加/類推」の形である。 ところが「A + としての + B」の場合、Bが個人的なAの「選択した行動や態度」つまり「A個人の立場」を表していると考えると、不自然になることが多い。 この議案に反対することが、委員会としての責務だと考える。 →この議案に反対することが、委員会/私(たち)+ の果たすべき責務だと考える。 ×この議案に反対することが、私(たち)としての責務だと考える。 ▶本節「使い分け④/~にしても・~としても」 「私(たち)としての」の場合、もしこの「私(たち)」に、例えば「委員/委員長」などの役割を重ねて、イメージできる人がいれば、使うかもしれない。 バカな子ほど可愛いというのは、親/×私 + としての素直な気持ちだ。 辞任することが、社長/×彼女 + としての責任ではないかと思われる。 新年にあたり、大統領/会長個人/×彼 + としての抱負を語った。 つまり「A + としての」の「A」は、言外に隠された「資格/身分/職位」などを <129> もつ人物の「立場」を表し、そういった「肩書き」をもたない「個人の立場」は表すことができない。 (私たちは) 反対することが、委員会としての責務であると考えます。 (私が) バカな子ほど可愛いというのは、親としての素直な気持ちだ。 (彼女が) 辞任することが、社長としての責任ではないかと思われる。 (彼は) 新年にあたり、大統領/会長個人 + としての抱負を語った。 ▶本節「使い分け⑰/~として・~としても・~としては」を参照 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~としては」を参照 つまり「A + としての + B」は、肩書きのない「私(たち)/あなた/彼/彼女」といった個人的な「立場」も表すことのできる「Aとしては」の「名詞接続形」になることはなく、ただ「資格/身分/職位」といった肩書きを表す「~として」の「名詞接続形」になるだけであり、Aは肩書きしか表すことができない。 みなさんばかりではなく、私としても、その意見には反対なのです。 首相個人としても、年内の解散には難色を示しているということだ。 弁護団/彼+としても、原告勝訴に向けて全力を尽くす考えでいます。 しかし「A + としても」のほうは、肩書きのない私的な「Aの立場」を表す「Aとしては」の「添加類推形」になることもあるし、次の「資格/身分/職位」といった肩書きを表す「~として」の「添加類推形」になることもある。 AにとってB:Aの「立場/視座」からすれば、Bの事態であると判断できる。 AとしてはB:Aの「立場/資格」からすれば、当然Bという態度を選択する。 「~にとって・~としては」をまとめてみると、上のようになる。 使い分けワンポイント⑦ ~として・~としても・~としては/~とすれば「A + として」は、もともと「X=Y」を表す「XをYとする」の変数「XとY」に、次の2つのどちらかを代入し、そのあと「Y=A」に置き換えたものである。 1. X=人、Y=資格/身分/職位 2. X=もの(下位語)、Y=カテゴリー(上位語) そして、代入したものを、例えば「XはAとして/AとしてXを/XをAとして」などに変形して、次のように使われる。 (私は) この大学の聴講生として、教育課程に不足した単位を修得しました。 このあたりは、冬ともなると、スキー場として賑うようになります。 彼は、恩師として、小学校三年生のときの担任の先生を、尊敬している。 プロを目指すだなんて、ただ趣味として、胡込を習っているだけです。 王団長をはじめとして、訪米団の一行が、チャーター機から姿を現し、歓迎陣に手を振りながら、タラップを降りはじめました。 山の草の庵を、終の棲家として、静かな晩年を送ったといわれている。 ▶本節「使い分け⑩⑥/~としては/~としての・~としても」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/ひとつとして~ない」を参照 <130> 1.4. 主题/立場 この場合のXとAは「X⊂A」の関係、つまり「AがXを+含む/包摂する」関係、または、AがXの上位カテゴリーになる関係を表している。 つまり「Aとして」は、立場を表す「Aとしては」とは異なり、上位カテゴリーのAには、下位カテゴリーとなる「私/あなた/彼/彼女/私たち」といった「肩書き」のない個人を使うことができない。 父のことは、経営者としても人生の師としても、心から敬愛している。 高野山は、仏教聖地としても、世界遺産としても、有名なところです。 夏は避暑地として、冬はスキー場としても、人気のある温泉場です。 土日や祝日は、ときどきボランティアとしても日本語を教えています。 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~としては」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~としても」を参照 上の「~としても」は「~として」の「添加類推形」である。 俳優としては、まあまあとは思うが、歌手としては、耳を塞ぎたくなる。 →俳優とすれば、まあまあとは思うが、歌手としては、耳を塞ぎたくなる。 ベッドとしては、まだ使えるが、ソファとしては、さまにならない。 →ベッドとしては、まだ使えるが、ソファとすれば、さまにならない。 ×ベッドとすれば、まだ使えるが、ソファとすれば、さまにならない。 ▶本節最初「~にすれば・~とすれば」を参照 上の「~としては」は「~として」の「対比形」であり、ときには「~とすれば」が、前後一方の代わりに使われることもある。この場合の「~とすれば」は、立場を対比しているわけではなく、順接仮定条件を表しているので、両方に使うと不自然になる。 先輩と + しては/すれば + 尊敬しているが、人間と + しては/すれば + 尊敬できるものではない。 人の一生のうちで「先輩」というのは、相対的で一時的なものなので、順接仮定条件「先輩とすれば」は使えるが、その「先輩が人間である」ということは、逆接仮定条件「先輩が人間であるとしても」には使うことができても、順接仮定条件「先輩が人間であるとすれば」には使うことができない。 使い分けワンポイント⑱~としての・~とする 恩師と + しての/×する + 小学校三年生のときの先生を尊敬している。 →小学校三年生のときの先生は、みんなから恩師として(の)尊敬を受けている。 ただ趣味と + しての/×する + 胡弓を習っているだけです。 →胡弓は、ただ趣味として + 習っている/の習いごと + にすぎない。 (ここは)冬になると、スキー場と + しての/×する + 賑いを見せるようになる。 (私は)聴講生と + しての/×する + 資格で、教育課程を履修しています。 「A + として」の「名詞接続形」には、最初2例「AとしてのX(A⊃X)」のようになるか、書き換え「→」や、最後2例「XはAとしてのZ(X⊂A⊂Z)」のようになる「A + としての」の場合と、次のような「XをAとするZ(X⊂A⊂Z)」のようになる「A + とする」の場合とがある。 李社長を団長と + する/×しての + 訪米団の一行が、到着しました。山の草の麗を終の棲家と + する/×しての + 静かな晩年を送った。 <131> 両者を比べると、前者の「Aとしての + X/Z」の「A」は、肩書きとして、つまり上位カテゴリーとして「X」を修飾しているか、下位カテゴリーとして「Z」を修飾しているかになるが、後者の「XをAとする + Z」は、下位カテゴリーとなる「XをAとする」全体が、上位カテゴリーである「Z」を修飾している。 使い分けワンポイント〜にとって・~に対して/~に対する・~に対しての 「~にとって」と「~に対して」は、類義表現ではないが、次のように、書き換え可能な場合がある。 あのホテルは、客にとって、サービスがいい上に、料金も安い。 →あのホテルは、客に対して、サービスがいい上に、料金も安い。 彼は、私に + とって/対して、とてもやさしいが、ほかの人に + とって/対して + も、やさしいかどうかは知らない。 癌は、現代医学に + とっての/対する + 脅威であると同時に、現代医学が挑戦すべき対象でもある。 ぐコは、肺癌の原因となり、健康に+とって/対して、害がある。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~に対して」を参照 ▶本文 1.2.「主題/テーマ/~に対して」1.6.「主題/対比/~に対して」を参照 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~に対して」を参照 書き換え可能な場合、次の例が理解しやすいかもしれない。 母親の飲酒と喫煙は、胎児にとって、錯乱を起こさせるものである。 →母親の飲酒と喫煙は、胎児に対して、錯乱を起こさせるものである。 癌は医学にとって、脅威であると同時に、挑戦すべき対象でもある。 癌は医学に対して、脅威であると同時に、医学が挑戦すべき対象でもある。 つまり呼応する部分が異なっており、すでに「使い分け①④」で述べたが「Pは+Aにとって+Q」は、主格であるAの「PはQだ」と「判断/評価」する「立場」を表したり、話し手の「PはQだ」と「判断/評価」する「視点」を表したりする。 これに対して「Pは+Aに対して+Q」は「Aと+すれば/しては+行動Cの選択」と似た呼応はしているが、後者「Aと+すれば/しては」の「A」が主格としての立場を表すのに対して、この「Aに対して」の「A」は、Pが行動Qをするための「対象/目的/目標/ターゲット」を表している。 これをまとめると、次のようになる。 Pは+Aにとって+Q: {A} ⊃ {PはQだ} 「Aの+考え/視点+では『PはQ』である」という方向性のない平面的で静的な状態 Pは + Aに対して + Q: {P → A} ⇒ {Q} 「PからAに向かって働きかけ、結果をQにする」という方向性をもつ立体的で動的な関係 <132> あのホテルは、客に + とって/×対して、安い上に、サービスもいい。 「吃音は治せない」という考えは、吃音者 + にとって/×対して、コロンブスの卵に等しく、発想の転換を迫るものだった。 →「吃音は治せない」という考えは、吃音者に + とって/対して、発想の変換を迫るものだった。 中学生になると、親に + 対して/×とって、反抗するようになる。 今後の経営に + 対して/×とって、もっと明確な姿勢を示すべきです。 つまり「Pは+Aに対して」は、上の「あのホテルは安い」や「『吃音は治せない』という考えは、コロンブスの卵に等しい」など、いわば「PからAへの働きかけ」を感じさせないものには使うことができない。 しかし「あのホテルはサービスがいい/彼はとてもやさしい」や「癌は脅威だ/タバコは害がある」など、そこに「動き」や「PからAへの働きかけ」が感じられれば、使うことができる。 逆に「親に反抗する/経営に(ついて)もっと明確な姿勢を示す」など、ダイナミックな方向性や対立関係を表す場合は「~にとって」が使えなくなる。 癌は増殖によって、体内の器官に + 対する/対しての + 攻撃を激化させる。 先生の生徒に + 対する/×対しての + 愛情は、親に勝るとも劣らない。 それが目上の人に + 対する/×対しての + ものの言い方なのですか。 食糧問題に + 対する/対しての/ついての + グローバルな視点が要請されている。 警視庁は、贈収駐事件に + 対する/対しての/ついての + コメントを控えている。 この子は、音楽に + 対する/対しての + 感覚が優れているようですね。 愛しているとはいえ、彼に + 対する/対しての + 不信感は拭えなかった。 ▶本文1.2.「主題/テーマ/~について/~についての/~に対して」を参照 「~に対して」の「名詞接続形」には、上のように「~に対する」と「~に対しての」があるが、通常は「~に対する」が多用される。 ただ、話し手が「Aに対する」の「A」をテーマとしてとらえ、Aに対する働きかけに「Aについての」という意味を重ねた場合、ときに「~対しての」が使われる可能性はあるが、やや硬い書き言葉である。 使い分けワンポイント ②0 「立場」のパリエーション 意志的変化を表す「~に/~と+する」に、例えば、順接仮定条件の「~たら・~ば・~と」が接続すると、これまで述べてきた「立場」を表すが、と同時に、まったく同じ形態で、本来の「順接仮定条件」としても使われることがある。 微妙な使い分けを示す「~に/~と+なる/する」と、その多様なバリエーションは、あまりにも基礎的であるゆえに、日本語学習者にとって、ことさら使い分けの難しいものとなっている。 次に示したものは、使い分けの紛らわしい「~に/~と+する」のバリエーションを、特に「立場」を中心にして、形態別にまとめたものである。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/『~に/~と + なる/する』を参照 ▶本文 4.「順接仮定条件/仮定条件/一般条件/確定条件」を参照 ▶本文 3.「顺接確定条件」5.「逆接条件」を参照 <133> ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~にしては/~にして」を参照 (注)次の太字部分の使い方は「~にするなら」を除けば、すべて索引で検索可能。 「~にするなら」は、変化「~にする」+「~(の)なら」になる。 ~なら ~にする ~たら 顺接仮定 ~ば ~にするなら ~と ~にしたら ~にすれば ~にすると 制限なし名詞 話し言葉名詞 書き言葉 名詞 制限なし名詞 ~とする 顺接仮定 立 場 ~とすれば ~とすると 文 体 制限なし 接 統 名詞·文 話し言葉名詞・文 書き言葉 名詞・文 制限なし名詞・文 ~にする ~ては 条 件 ~にして ~にしても 順接確定 ~にしては 立 场 逆接仮定 顺接仮定 接 統 名詞・文 名詞・文 ~とする ~として 顺接仮定 立 場 ~としては 逆接仮定 名詞・文 顺接仮定 接 統 名詞・文 名詞 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ては」を参照 ちなみに「~に/~と + なる」のほうは、次のように「~と(も)+ なれば/なると」以外、特別な使い方はない。 ▶本文 6.1. 「変化の表現/A→B/~になれば・~と(も)なれば」を参照 ~なら/~たら ~になる ~ば ~に+なるなら/なったら 条 件 ~になれば 变化 + 顺接饭定 ~になると 变化 + 一般条件 <134> ~となる ~と + なるなら/なったら 条 件 变化 + 顺接仮定 一般条件 特別な使い方 副主題 + 変化 + 習慣 ~に/と 十 なる 条 件 ~なっても ~ては 顺接確定 逆接仮定 ~なっては一般条件 「立場」を表すものには、次のようなものもあるが、文字通りの意味しか表していないし、順接仮定条件の使い分けができれば理解できるので、例文は省略する。 彼女(の立場)から + みて/みたら/みれば/みると 彼女の立場から + いって/いったら/いえば/いうと ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~からみて・~からいって」を参照 1.5. 主题/展開 ~といえば・~というと AといえばB:話題になったAをきっかけに、思い出した情報Bを提供する。AというとB:同上。情報Aについて、Bで確認したり説明を求めたりする。 接続 -る/ーい/~た/~だ + といえば/というと 名詞 + といえば/というと 形態 話し言葉で「~と」が「~って」になり、人により「~って + いえば/いうと」が使われることがある。また、確認したり説明を求めたりする場合の「~というと」は、話し言葉で「~って」になることがある。 ▶本文 1.1.「主題/提題/〜とは・〜って/『〜って (ば)』の使い方」を参照 互換性 ある話題を受けて、連想したことを述べたり、説明を加えたりする場合に、互換性がある。 置換 [例] アンデルセンといえば、おそらく知らない人はいるまい。彼は ...。 アンデルセンの童話を編集した本の「あとがき」なら、上の「~といえば」は「~というと」に置き換えることができない。次のような対話なら、置き換えることができる。 P:アンデルセンの童話って、すばらしいですね。 Q:ええ、アンデルセンと + いえば/いうと、知らない人はいないでしょうけど。 次の「~といえば」は「~というと」に置き換えることができない。 <135> S:人事異動、もうそろそろだね。来週あたりになるんじゃないか、発表は。 T:ええ、そうですね。あ、そうそう、言い忘れていました。人事異動と + いえば/×いうと、朴課長が、3年の駐在期間を終えて、先月アメリカから、お帰りになりましたよ。ご報告が遅れて、申し訳ありません。 えっ、電話?ごめん、電話って + いえば/×いうと、忘れてたよ。さっき留守の間に、 釜山の李さんて方から、電話があったんだ。 次の「~というと」は「~といえば」に置き換えることができない。 あの、高野山 + というと/て/×といえば、世界遺産で有名な山のことですか。 昨日の火事と + いうと/×いえば、どうして起こったのか、ご存知ありませんか。 用例 次の用例は、互換性がある。 用例 火の用例は、互換性がある。 料理といっても、できることって + いえば/いうと、玉子焼きくらいじゃない? インドと + いえば/いうと、昔は貧しいというイメージでしたけど、最近は、いろんなことが紹介されるようになって、ずいぶん変わりましたね。 「賢い」と + いえば/いうと、聞こえはいいけど、本当は、ずる賢いだけでね。 「厳しい先生だ」と + いえば/いうと、おっかない感じになるかもしれないけど、その分、責任感が強くて、とっても面倒見がいいと言われている。 映画がお好きなの? 映画って + いえば/いうと しょう? 車? あ、車と + いえば/いうと、ぼくの車 映画がお好きなの?映画って + いえば/いうと、アジア映画が面白いでしょう? 車?あ、車と + いえば/いうと、ぼくの車、もう修理できているんだろうか。 使い分け 「Aと + いえば/いうと + B」に互換性がある場合、両者の違いは、一般条件を表す「~ば」と「~と」の違いにすぎない。 つまり、前者は「Aと+言えば/聞けば、一般的な常識から考えて、当然Bがすぐ思い浮かぶ」という意味を表し、後者は「Aと+言うと/聞くと、私の経験や知識からして、当然すぐBが思いつく」という意味を表す。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ば・~と」を参照 違いを誇張して、用例の「料理」を使い分けると、前者の場合なら「あの人にできる料理なんて、考えるまでもなく、玉子焼き程度」といった断定的判断になり、後者は、ためらいがちに「あの人にできる料理ねえ、さあ何かなあ、感じからすると玉子焼きくらいかな」といった推定的判断になるが、どちらを使っても、不自然でもなければ、誤解も生じないので、問題にはならない。 しかし、置き換えのできない [例] の場合、両者の違いは際立ってくる。例えば、アンデルセンの童話を翻訳編集した人は、あとがきの冒頭に、自分の経験から「アンデルセンを知らない人はいないだろう」と言っているはずはなく、世界的な童話作家という一般常識に基づいて、アンデルセンを紹介しようとしているはずである。 こうした場合に「~というと」を使うと不自然になってしまう。これが個人的な会話になると、アンデルセンが有名であることを、話し手が常識に頼って話そうと、経験によって語ろうと、聞き手の受ける印象が異なるだけである。 解説 「人事異動」の場合、SはTに対して「朴課長の帰国」を伝える義務があるのに、忘れていたという内容になっている。 人事異動っていうと、あっ、そうそう、思い出しました。朴課長が、3年の駐在期間を終えて、先月アメリカから、お帰りになりましたよ。ご存知でしたか。 つまり「~というと」は、上のような個人レベルの情報の伝達なら、使うことができ <136> るが、一般化した「義務/任務」レベルの情報になると、不自然になってしまう。 酒は何かって? 李部長と + いえば/×いうと、ウィスキーに決まってるの。 「ツー」って + いえば/×いうと +「カー」ってんだよ。少しは気をきかせなよ。 あまりにも常識になっている内容にも「AというとB」を使うことができないが、上のような「Aといえば(当然)B」は、慣用的表現になる。 京都へ行くのに、大阪駅に + 着くと/×着けば、何に乗り換えたの? 京都へ行くのに、大阪駅に + 着くと/×着けば、阪急に乗り換えたのね? ▶本文4.4.「順接仮定条件/確定条件/~と」を参照 「~と」が一般条件ではなく、確定条件を表す上のような使い方と同じになる「~というと」の〈問いかけ文〉の場合、一般条件か仮定条件しか表さない「~といえば」への変換ができなくなる。 大阪駅に + 着けば/着くと/着いたら、乗り換える + のでしょう/んだろうか? ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~たら・~ば・~と」を参照 「用例」の最後2例「映画って + いえば/いうと、アジア映画が面白いでしょう?」や「車と + いえば/いうと、ぼくの車、もう修理できているんだろうか」も〈問いかけ文〉であるが、一般条件として「当然 + アジア映画が面白いはずだ/ぼくの車はもう修理できているだろう」と判断しているか、上のような仮定条件と同じである。 使い分けワンポイント ① というと・とすると・ということは 「~というと」を理解するには、次のような「というと」が参考になるかもしれない。 A:ちょっと時間、ある?今、いい?あのさ、この会社、残業、多いだろう?デートする時間もないって、怒ってるんだ、彼女。 B:というと? A:だからさ、会社、辞めようかと思ってるんだけど。 P:さっきの話、実は嘘なんだよ。 Q:えっ?というと、どういうことなんですか。 P:ああでも言わないと、お客が承知しそうになかったからね。わかるだろ?これから、どうするか、一緒に酒でも飲みながら考えようよ。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/確認のバリエーション」を参照 「というと」も、上のように、聞き手に対して問いかけたり、説明を求めたりする場合に使われるが、聞き手が話を続けている最中に「というと?」が割って入り、話の続きを展開するように促す「相槌」のような役割を果たす。 これは、いわば「早く話せ。話の結論が待ちきれない」といった気持ちを表し、聞き手の話に興味があるという態度を示している。 A: ちょっと時間、ある?今、いい?あのさ、この会社、残業、多いだろう?デートする時間もないって、怒ってるんだ、彼女。 B:とすると/ということは、会社、辞めようかと思ってるの? A:そうなんだよ。辞表、出そうかと思ってるんだ。 P:さっきの話、実は嘘なんだよ。 Q:えっ?とすると/ということは、どうするつもりなんですか。 P:さあ、どうするか、一緒に酒でも飲みながら考えよう。 <137> ~といえば・~というと ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~とすると」を参照 ▶本文 1.4.「主題/立場/~とすると」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~ということ』の使い方」を参照 一方「とすると」は、聞き手の話を受けて結論を推測し、確認したり問いかけたりする場合に使われるが、いわば「わかった、話の結論は、こうなんだろう?」といった気持ちを表し、聞き手の話を先取りして展開させていることになるので、特に、聞き手が話を続けるのに、ある種の「ためらい」を示した場合に使われる。 もし聞き手が何も「ためらい」など示していない場合に使うと、話し手は勝手な邪推をして「わかった、わかった、みなまで言うな。話の結論は、こうなんだな?」といった態度を示すことになり、上のような、聞き手から相談を受けていない場合は、聞き手を不愉快にさせる可能性がある。 これを「ということは」にかえると、聞き手の言おうとしている意味を理解しようとして、要点をまとめたり、意味説明を求めたりする場合に使われる。 両者の違いは、前者「とすると」が、聞き手の気持ちを推測し、聞き手のかわりに話を展開して前に進めようとするのに対して、後者が、聞き手が次々と話を展開していくのにブレーキをかけ、整理しようとする点にある。 ということは/×とすると、次のように言うことができるのではないでしょうか。 →ということは/とすると、こんなふうに言うことができるのですか。 ということはですね。これは先行き有望な投資ということになります。 実験結果はこうなっている。ということは、この仮定が正しいということになり、あとは実用化できるかどうかを試算するだけという段階まできたわけだ。 「ということは」は、会議やデモンストレーションなどで、聞き手に説明しながら、要点をまとめて結論を導く場合によく使われるが、この場合も、聞き手に話を理解させるために、話を前に進めるのではなく、立ちどまってフィードバックしている。 使い分けワンポイント ② それはそうと・ところで A:終わりました?お疲れさまでした。 B:それはそうと/ところで、子どもから、まだ電話ないのかい? E:いいお天気ですね。お買い物ですか。 ボーナス、いつ出るかな。あ、そうだ。それはそうと/×ところで、今度、車、買い替えようと思ってるんだ。ボーナス、頭金にして。やだなもう、ボーナスのことしか、頭にないんだね、僕。 難関の中学受験、合格だったんですって?おめでとうございます。ところで/それはそうと、お隣のお嬢ちゃんは、どうでしたの? 私大のほう、合格だったんですって?おめでとうございます。ところで/それはそうと、本命の発表はまだなんですか。 もう9く年末で9ね。ところで/それはそうと、お休み、どうなざるんですか。 寒い日が続いておりますが、その後お変わりございませんか。ところで/さて/×それは そうと、先日お願い致しましたこと、いかがなりましたでしょうか。 「A + それはそうと/ところで + B」は、話題Aを一段落させ、別の話題Bへと展 <138> 開する場合に使われるが、前者が話し言葉専用、後者が話し言葉にも書き言葉にも使われるという違いのほかに、次のような使い分けがある。 それはそうと:話題Aの途中で、話題Bを思い出した場合に使われるが、Aから、Aとはまったく異なったBへとシフトする。 ところで:話題Aから話題Bへ展開するきっかけになるだけで、AとBは、まったく異なるものでも、対比的なものでも、BがAを補足するものでも使うことができる。 Bを思い出したことが明らかな場合に使われると不自然になる。 「それはそうと」は、何かを思い出したことを聞き手に伝えてくれるので、何も思い出したわけでもないが、話題Aを避けたい場合などにも、気軽に使うことができる。しかし、話し言葉の「ところで」は、バスを待っているときとか、買い物の途中で出会ったとか、否応なしに聞き手と話をしなければならない場面に遭遇し、話題Aはすでに終わっているのに、新しい話題も見つからない場合、いわば「沈黙」を恐れて、何でもいいからという気持ちで、話題Bを切りだすときの、まるで切り札のような使われ方をすることがある。 「A + それはさておき/それはそれとして + B」も、話題Aを一段落させ、別の話題Bへと展開する場合に使われる。 以上が、日本をとりまく政治状況ではないかと思いますが、それはさておきまして/それはそれとしまして、ここで、敗戦から50年代末までの日米関係を振り返ってみたいと思います。 つまり、世界は危機的な食糧問題に瀕していることになる。それはさておき/それはそれとして、エネルギー問題はというと……。 このように閉ざされ限られた仲間うちで使われる若者たちの言葉は、圧縮言語によって効率よい伝達が可能とはいえ、乱れも伴って、確かに外部には通じにくくなってきているようです。それはさておきまして/それはそれとしまして、インターネットにアクセスして必要な情報だけを手に入れ、チャットやブログで言いたいことだけを言い、書きたいことだけを書き散らすという現代情報社会のコミュニケーションのスタイルは、相手の反応を確かめ、相手の気持ちをまさぐりながら、会話を進めていくという旧来のコミュニケーションのあり方に疑問を投げかけています。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現」の次を参照 『『~ておく』の使い方/『おく』の意味 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務」の次を参照「~ないで・~ずに+は+おかない/~ないでおく」 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~をおいてほかにない」を参照 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/AをB + に/と + する」を参照 前者「A+それはさておき+B」は、論文や論説といった硬い書き言葉や、講演や学会、フォーラムやシンポジウムといったフォーマルな話し言葉に使われ、Aを話し終えると、Bを展開し、再びAへとフィードバックし、AとBを比較対照して、新しい <139> 筆者の考えを提示する場合に多用される。つまり、これから述べるBと比較するために、いったん「それ=A」を「さておく=保留する/わきにどけておく/少し寝かせておく」といった意味を表している。 これに対して、書き言葉でも使われるが、会議やミーティング、打ち合わせといった内輪の意見交換の場で多用される後者「A + それはそれとして + B」は、パラフレーズすると「それ(話題A/あなたの考え)は、それ(話題A/あなたの考え/もっともなこと)として + そのまま認めるが、別の見方をすれば話題Bも可能である」といったことを表している。 もし Aと Bを比較対照する場合は、前者と置き換わるが、次のように、聞き手の考えとは異なる意見を出す場合は、前者には置き換わらない。 売り上げの落ち込みは、セールスの方法が悪いことも原因なのですが、それはそれとして/×それはさておき、魅力ある商品開発が進んでいないことも原因のひとつではないでしょうか。 世代間ギャップの例として、よく「近ごろの若い人は、筋道をたてて話をすることができない」ということが挙げられていますが、それはそれとして「管理職にあるような年配の人たちは、若い人とのコミュニケーションを避ける傾向にある」といったことも、よく耳にします。つまり「聞く人がいて、はじめて話せる」という基本が見失われたせいで、世代間のギャップが広がりつつあるように思われます。 A:今度の同窓会、ホテルで立食パーティーにしようよ。 B:ん、でも、それはそれとして、費用や場所をどうするかも考えておかないとね。まず誰が参加するかを確認しなくちゃな。 どちらも、ちょっと古めかしく、最近では、あまり使われることがない。かわりに、比較対照なら、対比の「一方/それに対して/その反面」などが使われ、反対意見なら、話し言葉の「でも/そうはそうだけど」や、書き言葉の「そうとは言え/そうではあるが」などが多用される。本文 1.6.「主題/対比」を参照のこと。 使い分けワンポイント ④ それはとにかくとして・それはともかくとして みなさんのご意見はよくわかりましたが、それは+とにかく/ともかく+として、時間も押し迫って参りましたので、今日中に決めておく必要のある議題を優先して、そちらに移りたいと思います。 新しい方針を決定するために、各方面から出されたいろんな考えを検討してきた。それは+とにかく/ともかく、納得のできるようなものは、ひとつもなかったような気がする。来ない人のことで、言い争っていても時間の無駄だよ。まあ、それは+とにかく/ともかく+として、僕たちだけで、まず乾杯といこう。 ▶本文 6.1. 「変化の表現/A→B/AをB + に/と + する」を参照 「A + それは + とにかく/ともかく + (として) + B」は、他者が中心となっている話題Aの方向を転換して、話し手中心の話題Bを展開させる場合に使われる。 ここで使われている「それ」は、前にあるAを指す場合もあれば、それまでの話の流れ全体を指している場合もある。 ちょっと待ってください。話が混線しているようです。とにかく/ともかく、社長命令なのですから、この件につきましては、結論を出さなければなりません。多数決ということでいかがでしょうか。 とにかく/ともかく、こんなこと、いくら話しても、らちがあかない。早いとこ、けりを <140> 1.6. 主题/对比 つけてしまおう。 もともと「とにかく」は、議長や司会などが「あれこれ意見はあるでしょうが、議論はもうそれくらいにしてほしい」といって、その場の意見をとりまとめようとする場面で使われ、一方「ともかく」は、その場の方向を少し転換する場合に用いられるので、上のように、みんなでワイワイ話し合っているような場合は互換性がある。 娘が将来の夫になるらしい男を連れてきた。それは + ともかく/×とにかく、結婚ともなれば、何かと物入りになる。 A:李さん、来月、引っ越すんだって。時間があれば手伝いに行く? B:いいわ。それは + ともかく/×とにかく、この間の CD、いつ貸してくれる? 上のような例に「とにかく」を使うと不自然になるのは、みんなの意見をまとめるのではなく、ただAからBへと話題をかえたにすぎないからである。 「とにかく」と「ともかく」の違いは『類義語使い分け辞典』(研究社)の「とにかく・何しろ」を参照のこと。 1.6. 主题/对比 ~に対して・~にひきかえ AがBに対して + CはD:互いに異なるAとCを、Cを中心にして比較する。 AがBにひきかえ + CはD:同上。ただ、BとDが正反対の場合に限られる。 名詞 + に + 対して/ひきかえ 未完文「-る/ーい/~た/~だ」+ の + に + 対して/ひきかえ ▶未完文の接続については、巻頭「凡例/接続」を参照 形態 「~に対して」は「ます形」の「~に対し」も使われるが、これに対して、通常「~にひきかえ」の「て形」は使われることがない。 〈未完文〉を句点で終了させた場合、つまり独立した文にした場合、両者は「それ/これ+に対して/ひきかえ」になることがある。 互換性 BとDが正反対の性質や状況であれば、すべての場合で置き換わる。 置換 [例] 父が熱狂的な相撲好きなのに対して、母は野球狂で阪神ファンなんです。 父が熱狂的な相撲好きなのにひきかえ、母は野球狂で阪神ファンなんです。次の例も、置き換えると不自然になる。 姉が色白で、美しいのに + 対して/×ひきかえ、妹はキュートで、可愛い。 兄が北海道を旅行するのに + 対して/×ひきかえ、僕は沖縄へ旅行する予定だ。 これが2万円なのに + 対して/×ひきかえ、あれは10万円もするんだって。 用例 次の用例は、互換性がある。 <141> 父がすごい巨人ファンなのにひきかえ、母は熱狂的な阪神ファンなんです。 →母が熱狂的な阪神ファンなのにひきかえ、父はすごい巨人ファンなんです。 どちらも美人だが、姉が色白なのに + 对して/ひきかえ、妹は色黒だ。 兄が海外旅行するのに + 対して/ひきかえ、僕は家で留守番することになる。 頭の回転の速い妻に + 对して/ひきかえ、夫はのんびりした性格をしている。 英語の問題がやさしかったのに + 对して/ひきかえ、数学は手も足も出なかった。 ▶本文 1.2.「主題/テーマ/~に対して」を参照 ▶本文 1.4.「主題/立場/~に対して」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~に対して」を参照 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~に対して」を参照 使い分け 「AがBに + 対して/ひきかえ + CはD」は、どちらも書ぎ言葉で、〈未完文〉「AがB」を基準にして、話し手の関心の中心「CはD」を述べる場合に使われる。「AがBに + 对して + CはD」の「~に対して」は、例えば「米がカップ4に対して、麦はカップ1」という比率を表す場合に使われるが、同種類のAとC「米と麦/父と母/姉と妹/兄と僕/これとあれ/英語と数学」であれば、BとDがどのような違いを見せようとも使うことができる。 しかし「AがBに + ひきかえ + CはD」のほうは、動詞「引き替える」が、X「当たりくじ/パチンコ玉/食券」を、Xと同じ価値をもつY「お金/賞品/ラーメン定食」に交換することを表しているので、AとCが同種類になるだけではなく、対立し合うBとDも、等価関係「巨人と阪神/色白と色黒」で釣り合っている場合に使われる。いわば「絶対値」が等しくなるような釣り合い方をしていることになる。 「絶対値」の釣り合い方とは、例えば、プラス評価のB「海外旅行/やさしい」と、マイナス評価のD「留守番/難しい」が、対立しながら釣り合っていることを指している。 解説 「AがBに + 対して/ひぎかえ + CはD」は、無標主格「~が」を使った「Aが」と、対比「~は」を使った「Cは」によって、AとCが対等なレベルではなく、Cにウエイトがかかっていることを示している。 さらに〈未完文〉「AがB」が、基準を示す「~(の)に」によって、対比の基準になっていることを示しているので、話し手は、基準「AがB」を利用しながら、ウエイトをおいた「CはD」ということを際立たせようとしている。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方/『~が』の使い方」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 $ ^{*} $母が + 熱狂的な/ものすごい/気違いじみた + 阪神ファンなのに + 対して/ひきかえ、父は巨人ファンだ。 したがって、程度を際立たせる「熱狂的な/すごい」などをBに使いながら、メインになる「CはD」には何もないという上の例は、不自然になる。 使い分けワンポイント ① 「Aは+B+が/けど+Cは+D」との違い ×母が阪神ファンなのに + 対して/ひきかえ、父は巨人ファンなんですよ。 父はすごい巨人ファンなんですが、母は (熱狂的な) 阪神ファンなんです。 母は熱狂的な阪神ファンなんですが、父は (すごい) 巨人ファンなんです。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど」を参照 <142> 1.6. 主题/对比 書き言葉である「AがBに + 对して/ひきかえ + CはD」にかわって、話し言葉では、よく「Aは + B + が/けど + Cは + D」が使われるが、対比の「~は」がAとCに使われて、程度を際立たせる「熱狂的な/すごい」などがあってもなくても、AとCが対等なレベルにあること示している。 つまり「~が/~けど」を使った対比のほうが便利ということになる。 使い分けワンポイント ② それに対して・それにひきかえ・それに比べて 「AがBに + 对して/ひきかえ + CはD」は書き言葉であるが、それに対して(×それにひきかえ/×それに比べて)、話し言葉では「Aは + B + が/けど + Cは + D」が使われる。 弟のほうは、ああして頭の回転も早くて、要領もいいと来ているのに、それにひきかえ/ ×それに対して/それに比べて、お兄ちゃんときたひには、人がいいのは結構なんだけど、 やっぱり「総領の甚六」なのかしら、のんびりしすぎてというより、ちょっととろくて、 みんなからバカにされてるの。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~ときたひには」を参照 「それに対して」は、もとの「AがBに対して」と同様、書き言葉にしか使えないが、これに対して「それにひきかえ」のほうは、もとの「AがBにひきかえ」とは異なり、話し言葉でも使えるようになる。 これは、動詞「引き替える」が、もとの意味で よろがれ 甦 ってくるからであろう。 使い分けワンポイント ③ 比較「~に比べて」と対比の使い方 兄の背は、弟に + 比べて/×対して/×ひきかえ、6センチほど高い。 →兄が170センチなのに + 比べて/対して/×ひきかえ、弟は164センチだ。 3 Lサイズは、Sサイズに + 比べて/×対して/×ひきかえ、倍ほど大きい。 姉は、色黒な妹に + 比べて/対して/ひきかえ、色白なほうだ。 →姉が色白なのに + 比べて/対して/ひきかえ、妹は色黒だ。 頭の回転の速い妻に + 比べて/対して/ひきかえ、夫はのんびり屋だ。 英語がやさしかったのに + 比べて/対して/ひきかえ、数学は難しかった。 兄が北海道を旅行するのに + 对して/ひきかえ/×比べて、僕は家で留守番だ。 父が巨人ファンなのに + 对して/ひきかえ/×比べて、母はすごい阪神ファンだ。→父がただ巨人好きなのに + 比べて/対して/ひきかえ、母は熱狂的なファンだ。 比較の「AはCに比べて+B」や「AがBに比べて+CはD」が使えるためには、AとCの間に、Bまたは「BとD」が示す「背の高さ/ズボンの大きさ/色/難易/頭の良し悪しや性格の違い/好みの程度」といった比較の「基盤/程度」が必要になる。上の「旅行と留守番/巨人と阪神」というのは「面白み/好き」といった程度の点では比べることはできても、一方の「旅行/巨人ファン」が、他方「留守番/阪神ファン」という状況や状態の比較の「対象/基準」にはならない。 つまり「Bに比べて」の基準Bには「大小/多少/広い狭い/深い浅い/高価廉価/濃淡/高低」といった相対的な程度を表すものしかくることができないのに対して、対比の「Bに対して」のBには、程度のほかに、さまざまな状況が可能になる。 <143> ただ「AはCに比べて+B」のBに、程度の差「6センチ高い/2倍ある」がくる場合は、対比を使うことができない。 使い分けワンポイント ④ ~反面・~一方(で) ④~反面・~一方(で) 姉は子どもを塾にやらず、放課後は、のびのび遊ばせる + 反面/一方(で)/が、夕飯のあとは、きっちり子どものそばにつき、宿題はもとより、復習も予習もさせる。この地方は大陸性気候なので、冬は冬で、マイナス40℃近くまで下がる + 反面/一方(で)/が、夏は夏で、35℃以上にもなる。この小説は、人を笑わせるギャグがふんだんに使われ、面白いエピソードが多い + 反面/一方、人の人情に訴え、人をほろっとさせる場面を配し、なかなか読みごたえのある内容になっている。 新しく開発された抗癌剤は、優れた威力を発揮し、画期的なまでに効果的 + な/である + 反面/一方、副作用も強く、関係者の間では、懸念の声が上がっている。 父は、しらふのときなら、何ごとにおいても慎重に行動し、度を越した真面目さである + 反面/一方、少しでも酒が入ると、人が変わったかのように、陽気にしゃべりだし、こちらが心配するほどアバウトで大胆になることがある。 彼女は、昼間、OLとして、小さな貿易会社に勤める + 反面/一方、夜は、大学院生として、英語教育研究に携わっている。 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~一方だ」を参照 「Aは + B未完文 - る/ - い/~だ + 反面/一方 (で) + D」は、どちらも硬い書き言葉であるが、AとCを対比する「AがBに + 対して/ひきかえ + CはD」とは異なり、〈基準時現在同時間帯〉における主題Aの異なった2つの側面「BとD」を対比する場合に使われ、〈既実現〉を示す「た形」には接続しない。 冬、北京では、空気が乾燥し、路上が雪と氷に覆われて、骨身にくいこむ寒風が吹く + 一方で/のに対して/のにひきかえ/が/×反面、上海や広州では、湿った空気がちょっと肌を刺すくらいで、雪すらめったに降ることはない。 北京は、昨日、午後から急激に気温が下がり、雪が吹雪のように舞った + のに対して/のにひきかえ/が/×反面/×一方(で)、今日は、嘘のように晴れわたり、気温も上がって、汗ばむほどの陽気になった。 今年の冬、北京では、空気が乾燥し、路上が雪と氷に覆われて、寒風が吹いた + 一方で/のに対して/のにひきかえ/が/×反面、上海や広州では、湿った空気がちょっと肌を刺すくらいで、雪すらめったに降らなかった。 ▶本文 3.4.「順接確定条件/手段/『~で』の使い方」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 しかし「~一方(で)」は、上のように「AがB + 一方 + CはD」の使い方があり、AとCを対比し、〈既実現〉の「た形」に接続することがある。 主題Aの異なる2つの側面「BとD」を対比する場合の両者の違いは、前者「AはB + 反面 + D」が、Bの「静態」つまり「性質/状態/静的な状況」を表す場合に使われるのに対して、後者「AはB + 一方(で) + D」は、Bが「動作/動的な状況」を表す「動態」の場合に使われる。 また後者は、動作の要素が強くなると「〜一方で」になりやすく、逆に状況の要素が強くなると「〜で」が現れなくなる。これは「動態」を示す「〜で」と関係している。したがって、前者では「放課後と夕飯のあと/冬と夏/面白いエピソードとほろっと <144> 1.6. 主题/对比 させる場面」といった状況や、性質や状態「効果と副作用/真面目と大胆/OLと大学院生」が「BとD」として対比され。 後者では「遊ばせると復習や予習をさせる/マイナス 40℃近くまで下がると 35℃以上にもなる/人を笑わせると人情に訴える/優れた威力を発揮すると懸念の声が上がる/慎重に行動すると大胆になる/貿易会社に勤めると研究に携わる」といった動きが「BとD」として対比されている。 人口は、都市部に集中して過密になっている + 反面/一方(で)、農村部では廃村がでるほど、過疎が進んでいる。 彼女は、昼間、小さな貿易会社に勤める + 一方で/×反面、夜は大学院に通って、英語教育の研究をしている。 新発売の薬は、よくきく + 反面/×一方、副作用も強いらしい。 父は、しらふのときなら、真面目である + 反面/×一方、少しでも酒が入ると、人が変わったかのように、陽気で大胆になる。 兄は、友達のなかでは、シャイで無口な + 反面/×一方、いざ舞台でスピーチや司会をするとなると、見違えるほど堂々として雄弁になる。 →兄は、舞台でスピーチや司会をすると、堂々として雄弁になる + 反面/一方、友達のなかでは、見違えるほど、シャイで無口な里になる 「AはB + 反面/一方(で)」は、Bが状態とも動きともとれるような場合には、互換性があるが、どちらか一方に傾いてしまうと、互換性を失ってしまう。つまり、Bに動詞だけが現れると「AはB + 反面」が使えなくなり、Bに形容詞や(状態)名詞だけが現れるとまた「AはB + 一方」が使えなくなってしまう。 更い分けプランポイント ⑤ 2つの副主題と2つの側面 姉は、子どもを塾にもやらず、放課後は、のびのび遊ばせる + 反面/一方 (で) /のに対して/のにひきかえ、夕飯のあとは、きっちり子どものそばについて、宿題はもとより、復習や予習をさせる。 この地方は大陸性気候なので、冬は冬で、マイナス 40℃近くまで下がる + 反面/のに対して、夏は夏で、35℃以上にもなる。 この小説は、人を笑わせるギャグがふんだんに使われ、面白いエピソードが多い + 反面/のに対して、人の人情に訴える、人をほろっとさせる場面を配し、なかなか読みごたえのある内容になっている。 父は、しらふのときなら、何ごとにおいても慎重に行動し、度を越して真面目な + 反面/のに対して、少しでも酒が入ると、人が変わったかのように、陽気にしゃべりだし、こちらが心配するほどアバウトで大胆になることがある。 彼女は、昼間、OLとして、小さな貿易会社に勤める + 反面/一方、夜は、大学院生として、英語教育研究に携わっている。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』と順接仮定条件」を参照 「AがBに + 对して + CはD」が、2つの副主題「AとC」の対比に使われるのに対して、ひとつの主題Aの異なった2つの側面「BとD」の対比に使われるのが「Aは + B + 反面 + D」であるが、上のように、どちらも使われる場合がある。 あの店は、食料品が安い + が/反面/のに対して、日用品は高い。 祖母は、耳が遠い + が/反面/のに対して、目と歯はいい。 ▶本文 1.1.「主題/提題/対比のバリエーション」を参照 <145> 単純化すれば、次のようになる。 主題X + 副主題A + B + が/に対して、副主題C + D → 主題X + 側面1(A + B) + が/反面、側面2(C + D) つまり、2つの副主題「A + B + が/に対して + C + D」の場合は、文頭に「主題X」がたち、AとCが副主題になっているが、2つの側面「X + (A + B) + (C + D)」の場合は、主題Xに対して、一体化した「(A + B) / (C + D)」が2つの側面になっている。 冬は、北京で、空気が乾燥し、路上が雪と氷に覆われて、骨身にくいこむ寒風が吹く + 反面/のに対して、上海や広州では、湿った空気がちょっと肌を刺すくらいで、雪すらめったに降ることはない。 北京の春は、ときどき急激に気温が下がり、雪が舞う + 反面/のに対して、ときには、嘘のように晴れわたり、気温も上がって、汗ばむほどの陽気になる。 したがって「A + B + に対して + C + D」が使えるのは、主題Xのあとに、対比の「~は」や有標主格「~が」がきたり、順接仮定条件「しらふのときなら」や、時間や場所を表す「昼間/北京/ときどき」をおいたりして、副主題を設定した場合である。 このたび新しく開発された抗癌剤は、優れた威力を発揮し、画期的なまでに効果的 + な/である + 反面/※のに対して、副作用も強く、関係者の間では、懸念の声が上がっている。上のように、主題X「抗癌剤は」のあとに、何も設定されていないと、2つの副主題「~に対して」が使えなくなる。 冬、北京では、空気が乾燥し、路上が雪と氷に覆われて、骨身にくいこむ寒風が吹く + 一方で/のに対して/※反面、上海や広州では、湿った空気がちょっと肌を刺すくらいで、雪すらめったに降ることはない。 逆に、主題X「冬は」がないと、2つの側面「~反面」が使えなくなる。 使い分けワンポイント ⑥「一方」の使い方 上の「AはB + 一方 (で)」の「一方」には、次のような使い方もある。 ここは工事中で一方通行ですから、道の片側だけを通ってください。 手袋や靴下は、片方/一方 + をなくすと、もう + 片方/一方 + は役に立たない。 そのパーティーでは、女性が + 一方/片方 + の壁を背にして座り、男性は立ったままで、もう + 一方/片方 + の壁を背に並んでいた。 四面に壁があるが、一方には窓が、反対側のもう一方にはドアがうがたれ、残りの一方には書棚が、もう一方にはベッドがある。 田舎の暮らしというものは、一方では平和で落ち着きがあるが、他方では、ストレスがなさすぎて、ちょっと退屈になってしまう。 →田舎の暮らしというものは、平和で落ち着きがあるが、その反面、ストレスがなさすぎて、ちょっと退屈になってしまう。 姉は仕事が好きで、勤めに出ているが、一方/×他方では、妹は家事が好きで、花嫁修業のつもりなのか、母の手伝いばかりしている。 →姉は仕事が好きで、勤めに出ているが、一方 (では)/他方では/その反面、家事が嫌いで、家のことは母と妹に任せきりである。 <146> 紙や CD の両面など、ペアになっているものには、多く「片方/片側/片面」が使われる。ただ、もうひとつのほうを表す言葉は「もう + 片方/一方」しかなく、道の反対側や CD の裏面に対して「×もう + 片側/片面」といった言い方はしない。 壁はペアではないので、上の例のように「片方ともう片方」を使うと、2面に壁があり、残りの2面はドアになった部屋かホールのイメージになる。 「A は + 一方では B + 他方ではD」の「他方では」は、主題Aの2つの側面のうち、もう一方の側面を表すが、副主題2つの場合には使うことができない。副主題が2つの対比の場合は、上のように「一方」が使われる。 使い分けワンポイント ⑦「~一方」の表す同時間帯 彼は、朝ご飯を + 食べながら / 食べると同時に / × 食べる一方で、テレビを見たり新聞を読んだりしている。 彼女は、小さな貿易会社に勤める + 一方で / と同時に / かたわら、夜は大学院に通って、英語教育の研究をしている。 →彼女は、小さな貿易会社に勤めている + 一方 / △と同時に / × かたわら、夜は大学院に通って、英語教育の研究をしている。 専門学校に + 通う一方 / 通うと同時に / 通うかたわら / 通いながら、生活費のたしにするため、長期休暇のたびに、アルバイトをしていた。 姉は仕事が好きで、勤めに出ている + 一方 / × と同時に / × かたわら、家事が嫌いで、家のことは母と妹に任せきりである。 →姉は仕事が好きで、勤めに + 出ている一方 / 出ていながら、家事が嫌いで、家のことは母と妹に任せきりである。 兄は、スピーチや司会をすると、堂々として雄弁で + ある一方 / ありながら、友達のなかでは、見違えるほど、シャイで無口な男になる。 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~ながら/~かたわら」を参照 「AはB + 一方(で)+(Cは)D」は、主題Aの2側面の対比でも、副主題2つの対比の場合でも、BとDが同時間帯にあることを表している。 Bが動詞「- る」の場合に限り、同時間帯が長期であることを表す「B動詞 - る + かたわら + D」や「B動詞ます形 + ながら + D」と互換性が生まれるが、Bが「動態」を表し、BとDが順接関係である場合に限られる。 一方、Bが「静態」を表す場合、逆接関係の「Bます形 + ながら + D」にだけ書き換えが可能になる。しかし「B + 一方(で)+ D」を使う話し手は、同時間帯かそうでないかということも、また順接か逆接かということも意識してはおらず、ただBとDを対比しているだけである。 使い分けワンポイント⑧~かわり(に) あの店は、値段が高い + かわり/のに対して/反面、愛想もサービスもいいので、よく利用することにしている。 父が几帳面で、細かいことにうるさい + かわり/のに対して/×反面、母は大まかで、細かいことに気づかないので、何でも話しやすい。 父は、几帳面で細かいことにうるさい + かわり/反面/×のに対して、頼んだことはきっちりしてくれる。 <147> 自転車は、平地を走っているときは、楽なかわりに、いったん坂道になると、歩いてみたくなるほど、のぼるのに一苦労する。 去年まで、駐在していた街は、静かで落ち着いていたかわりに、地下鉄の駅から遠く、交通が不便だった + が/のに対して、ここは逆で、交通が便利な場所にあるかわりに、うるさくなってしまった。 ここのお勘定をするかわり、コーヒーとケーキをご馳走してくださる? 月が出ているかわり(に)、星が見えないのは、月が明るすぎるか、上空に薄雲でもあるせいじゃないのかな。 「Aは+B未完文-る/-い/~た/~だ+かわり(に)+(C+)D」は、上のように、2つの副主題の対比にも、2つの側面の対比にも使われるが、いわば「未完文B+のに対して/反面」の話し言葉である。 「~に」の有無については、あるほうが、ないほうより、わずかではあるが話し言葉に多用される傾向がある。 父が巨人好きである + のにひきかえ/×かわりに、母は阪神ファンだ。 兄が北海道を旅行する + のにひきかえ/×かわりに、僕は留守番だ。 もともと「かわり」は、漢字で書くと「変/換/替/代+わり」となるが、対比を表す場合は、例えば、プラス評価の「B」と、マイナス評価の「Bに相当するD」のペアか、その逆のペアになる。 「使い分け」(p.141)に述べた「B + にひきかえ + D」と似ているが、この「B + かわり(に)+ D」には「代償」行為、つまり、Bに対してDで「償う」ことが含まれており、計算してプラスマイナスが相殺され、ゼロになって帳尻が合うような使い方になる。 兄が北海道へ旅行する + かわりに/×のにひきかえ、僕は家で、留守番をして、共稼ぎの両親から、お小遣いをもらうことになった。 これが2万円もした + かわりに/×のにひきかえ、そっちのほうは、半額に負けてもらって、1万円だった。 したがって、上のように、精神的な不満や不公平さが、金銭によってバランスがとれる場合が、一番ぴったりする。 使い分けワンポイント ⑨ 代理の「~のかわりに」と「~にかわって」 母 + の代わりに/に代わって/に代わり、父が授業参観に来てくれた。 →母が忙しいので、父が + 代わりに/代わって/代わり、授業参観に来てくれた。 →母が来る + 代わりに/のに代わって/のに代わり、父が授業参観に来てくれた。 弟が学用品を買いに行く + 代わりに/のに代わって/のに代わり、出かける用のある兄が、 ついでに買いに行くことになった。 昼に回る彼 + に代わって/に代わり/の代わりに、夜勤になった。 →彼が、昼のシフトに回る + のに代わって/代わりに、夜勤になった。 降板したピッチャーに代わって、リリーフ投手がマウンドに上がった。 →先発ピッチャーが降板したのに代わって、リリーフ投手がマウンドに上がった。 駐在地は、去年の静かで落ち着いた街 + に代わって/に代わり/×の代わりに、今年は、うるさいところになってしまった。 去年の駐在地が、静かで落ち着いていたのに代わって、今年はうるさいところだ。 <148> ▶巻末「動詞/動詞の種類と3つの基準時」を参照 「~かわりに」は、接続は少し異なるが、上のような「代理」を表す場合、話し言葉でよく使われる。この代理を表す「名詞の/動詞-る/~た+代わりに」のほうが、もとの意味になるが、対比の場合とは異なり「~に」を省略すると、不自然になる。書き言葉では「名詞に+代わって/代わり」か「動詞-る/~た+のに+代わって/代わり」が使われるが、意味は「代理」だけではなく「交代」も表すようになる。また「~に代わり」のほうが、硬い書き言葉になる。 動詞に接続する場合、書き言葉の「A動詞-る/~た+のに+代わって/代わり」は、Aがこれからも実現することのない〈非実現〉の「-る:母が来る/弟が学用品を買いに行く」で「代理」を表し、いずれ実現する〈未実現〉の「-る:彼が昼のシフトに回る」か、〈既実現〉の「~た:ピッチャーが降板した/落ち着いていた」で「交代」を表すが、話し言葉の「~代わりに」は「代理」しか表さないので、もし「交代」の例に使われると、次のように「代理」か「対比」にかわってしまう。 彼が、昼のシフトに回る代わりに、僕が夜勤になった。 先発が降板した代わりに、リリーフがマウンドに上がった。 歳のせいか、平地は、楽々歩けるかわりに、坂道になると大変だ。 明日、僕が代休をとるかわりに、来週なら、いつでも休んでいいよ。 去年の駐在地が、静かで落ち着いていたかわりに、ここは、うるさい。 「P + 代わりに + Q」は、タイムラグがなくPとQが継起すれば「代理」になり、PとQがタイムラグのない同時間帯の場合や、タイムラグのある場合は「対比」になる。子どもの学用品を + 買うかわりに/買わずに、立ち飲み屋でお酒を飲んだらしい。ご飯を + 食べるかわりに/食べないで、ケーキですませてしまった。 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~ないで・~なくて/~ずに」を参照 ところが上の例は、Pが非実現で、PとQが同時間帯を表しているので、代理とも対比ともいえない境界例であるが、これらも「代償」という点からすれば、対比といえるかもしれない。 使い分けワンポイント⑩~とは反対に・~とは逆に 祖母は、目や歯がいい + のとは反対に/のとは逆に/かわり (に) /のに対して/反面、耳が遠いので、話をするのが大変だ。 陽が西に沈む + のとは反対に/のとは逆に/かわり (に) /のに対して/×反面、月が東から顔を出す。 サウナは気持ちがいい + のとは反対に/のとは逆に/かわり (に) /反面/×のに対して、長く入りすぎると、あとで疲れが残って困る。 夫のほうが無口で几帳面な + のとは反対に/のとは逆に/かわりに、妻のほうは、おしゃべりで大雑把ときている。 あちらでは、まだ春の花が咲いている + のとは反対に/のとは逆に/×かわりに、こちらでは、もう秋の花が咲きはじめている。 お酒を飲むと、普通、顔が赤くなってくる + のとは反対に/のとは逆に/×かわりに、彼の場合は、蒼ざめてくるので、びっくりする。 和風料理が好きな彼 + とは反対に/とは逆に/×のかわり (に) /に対して/にひきかえ <149> *の反面/*の一方、彼女は洋風料理が好きだ。 幸党の部長とは + 反対/逆 + に、課長は甘覚で、甘いものに目がない。 「名詞Bとは+反対に/逆に+(C+)D」と「Aは+B未完文-る/-い/~た/~だ+の+とは+反対に/逆に+(C+)D」も対比を表すが、BとDが表す性質や状況などが「裏と表の関係のように対立し合っている」と話し手が感じた場合に使われる。 どちらも、話し言葉にも書き言葉にも使われるが、前者「Bとは反対に」のほうが、やや改まった感じで使われ、書き言葉になることが多い。また名詞の場合は、〈未完文〉の場合よりも、話し言葉で多用される傾向がある。 〈未完文〉の場合、多くは「B + かわり(に)+ D」と互換性をもつが、上の「花/酒」の例にしても、名詞「和風料理/辛党の部長」を〈未完文〉「彼が和風料理が好きな/部長が辛党 + なかわりに」に書き換えたものにしても、プラスマイナスの「代償」行為を感じさせないので、置き換えると不自然になる。 日本料理が好きな彼 + に対して/にひきかえ/×とは反対に/×とは逆に、彼女は + 中国/韓国/タイ/ペトナム/ペルシャ/トルコ/エジプト/ロシア/メキシコ/イタリア/フランス + 料理が好きだ。 「Bとは+反対/逆+に」が使える「裏と表」のような対立関係とは、社会通念や常識に依存したペア「良いと悪い/西と東/無口とおしゃべり/春と秋/赤と青/和風と洋風/甘いと辛い/安いと高い」などで、上のような例になると、不自然になってしまう。ただ対立し合う「和風料理と洋風料理」のうち「洋風料理とはフランス料理やイタリア料理を指す」と考えている人がいれば、使うかもしれない。 あの店は、食料品が安いのとは+反対/逆+に、日用品が高い。→あの店は、日用品が高いのとは+反対/△逆+に、食料品が安い。祖母は、耳が遠いのとは+反対/△逆+に、目と歯はいい。 「逆」というのは、通常の「順序/順番/順位/順路/手順/打順」とは反対になることを表し、例えば「順風と逆風/順境と逆境」などでは、流れに従う「順」がプラスに、流れに逆らう「逆」がマイナスを表すので、上の例のように「プラスとは逆にマイナス」は問題ないが、反対の「△マイナスとは逆にプラス」を、不自然と感じる人がいるかもしれない。 1.7. 主题/累加 ~だけでなく・~はもちろん Aは + BだけでなくCも:主題Aには、Bのほかに、加えるべきCがある。 Aは + BはもちろんCも:同上。ただしBには、Aの本質的なものがくる。 名詞+だけではなく/はもちろん <150> ーる/ーい/~た/状態名詞な/名詞である + だけではなく (注)書き言葉で「状態名詞 + である」になることがある。 未完文「-る/ーい/~た/~だ」+の/こと+はもちろん 非敬体「-る/ーい/~た/~だ」+から+だけでなく ▶接続については、巻頭「凡例」を参照 形態 「~はもちろん」には、やや古めかしい感じのする「~はもちろんのこと」という話し言葉があり、年配の人が使っているかもしれない。 また「~はもちろんだ + が/けど」で「前触れ」に使われることがある。 ▶本文5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/前触れ」を参照 主題「Aは」は、すべての文に現れるとは限らない。省略される場合も、形態をかえて示される場合もある。 「Bだけでなく」は、否定と呼応し対比機能のある「~は」が挿入されて「Bだけではなく」になることがある。違いは、前者が「BプラスC」を示すだけなのに対して、後者には「Bのほかにも、まだあるんだ」といった話し手の気分が付け加わるという点である。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 したがって、どちらかというと後者のほうが話し言葉にはふさわしくなるが、後者が話し言葉に使われると「~では」が「~じゃ」に音変化し、さらに「~て」がついて「~だけじゃなく(つ)て」になることがある。 「Cも」の「~も」は、並列や添加、累加を表すだけであるが、類推の「~ざえ(も)/まで(が/も)」が、並列の「~も」にとってかわって使われることがある。 ▶本文83・「極限/類推/~さえ・~も:~まで」を参照 また「Cも」は「Cでも」になるときがあるが、Cが(状態)名詞で、次のような「(状態)名詞+である」を表す場合である。 彼女は、家庭の主婦であるだけでなく、音楽教室の先生でもある。 彼女は、健康+な/である+だけでなく、陽気で楽天的でもある。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~だけだ」を参照 ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~だけに/『~だけ』の使い方」を参照 互換性 「~はもちろん」は、すべての場合で「~だけでなく」に置き換わるが、逆は必ずしも互換性があるわけではない。 例えば「~はもちろん」の接続しない、次のような場合は、互換性がない。 置換 [例] 澄んだ川には、ゴミだけではなく、ペットボトルさえ浮かんでいた。 次のように、置き換えると不自然になる。 *澄んだ川に、ゴミはもちろん、ペットボトルさえ浮かんでいた。 知ってる? 昨日は、子どものけんかに、親 + だけじゃなくて/×はもちろん、警察までがやってきたそうだよ。 この無洗業、もみ + だけじゃなく/×はもちろん、砂まで入ってるよ。 <151> あのレストランは、オードブル+だけでなく/×はもちろん、ステーキやサラダ、デザートも充実していて、手の込んだものを出す。 用例 次の用例は、互換性がある。 澄んだ川には、魚 + だけでなく/はもちろん、鳥や蛙たちも、楽しそうに遊んでいた。あそこのレストランは、メインディッシュのステーキやムニエルはもちろん、オードブルやサラダ、デザートに至るまで、手の込んだものを出す。 あのお菓子屋さんは、和菓子に抹茶はもちろんのこと、ケーキと一緒に、コーヒー専門店顔負けのコーヒーも飲めるので、よく出かけます。 今日の試合、キャプテン + はもちろんなんだが/だけじゃなくって、レギュラーメンバーが全員、出場することになってるんだよ。 →今日の試合、レギュラーメンバーはもちろんなんだが、キャプテンも出場するよ。 この人、歌うのが上手な + のはもちろんなのですが/だけではなくて、作詞も作曲もできるシンガーソングライターなのですか。 舌里は、冬、寒いのはもちろん、雪と氷に閉ざされ、荒涼としている。 そのパーティーには、メインゲストのお父さんがご招待を受けたことはもちろんなのですが、ご家族もみんな、ご招待されたということです。 彼は、日本語ができるのはもちろん、英語もフランス語もできます。 父は、勤勉であるのはもちろん、頑固でもあって、人に煙たがられるようだ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照「~はもちろんだ・もちろん~だ」 使い分け 「Aは+B+だけでなく/はもちろん+Cも」は、主題Aについて述べる〈述べ立て文〉と、その〈問いかけ文〉に使われるが、どちらも「AはX」のXの部分が、ひとつだけではなく、少なくともBとCの2つ以上から成り立っていることを表している。 前者の「B + だけでなく + Cも」は、Bよりも「重要性/特殊性/意外性/稀少性」といった点で、ワンランク上になるCをBに加える、つまり「累加」する場合に使われる。 これに対して、後者「B + はもちろん + Cも」は、メインとなるBに、補足する形でCを加える、つまりBと「並列」するように「添加」する場合に使われる。 しかし、後者のBが、たとえ「メイン/主要」であっても、かえって平凡で、ありきたりなものである場合、Cが重要で意外性に富んだものになる可能性はあるが、この場合でも、話し手には、CがBより、わずかに程度が高いとはいえ、ワンランクも上という意識は薄く、ほとんど横並びにBにCを加えているだけである。 両者の大きな違いは「Aなら当然Bだ」がいえるかどうかで、前者は、いえなくても使うことができるが、いえない場合に後者を使うと不自然になってしまう。つまり後者は、Aを前提として「Bはもちろん」を成立させ、さらにCをプラスしていることになる。「Aは + Bはもちろん」は、仮にAを曲にたとえると、BはAの主旋律を奏でないと、不協和音を響かせてしまうのに対して、もう一方の「Aは + Bだけでなく」のBは、曲の主旋律でも、伴奏部でも低音部でも、どのパートでも奏でることができ、しかも不協和音が生じないということになる。 解説もし「澄んだ川/子どものけんか/無洗米」に「ゴミ/親/もみや砂」は「つきものだ/当然だ/必ず存在する」と考えることができれば、もちろん「Bはもちろん」 <152> は不自然でなくなるし、また、レストランの味など「オードブルさえ食べれば、あとは推して知るべし」と豪語できる人には、不自然でないかもしれない。 彼は、ハンサムなことはもちろん、親から譲り受けた財産もある。 彼は、親から譲り受けた財産があるのはもちろん、ハンサムでもある。 上の例で、下のほうが自然に感じられるのは、男の本質というか、チャームポイントというか、そういうものは「顔より金だ」を物語っているからかもしれない。 彼女は、可愛いことはもちろん、料理も上手で、世話女房タイプだ。 彼女は、料理の上手なことはもちろん、可愛くて、恋女房タイプだ。 上の例のどちらも不自然でないと感じるような人には、フェミニストグループから文句が出るかもしれない。 補足 「Aは+Bはもちろん+Cも」は、主題の「Aは」と、対比の「Bは」が並んでいて、パラフレーズすると「Aについていえば、Aだから、もちろんBだけれども、Bのほかに、まだCがあるのだ」といった意味になっている。 この辺りは、冬はスキーやボブスレーはもちろん、スケートもできる。 ▶本文1.1.「主題/提題/『~は』の配列」を参照 ただ、上のように「~は」が3つも続くと、聞いているほうは疲れてしまうし、連続して「~は」が並ぶ場合でも、原則として「主題→対比→ためらい」と、ひとつずつ並ぶのが自然に響くので、主題が2つ「この辺り」と「冬」になったり、対比「冬と夏」と「スキーやボブスレーとスケート」がダブったりすると耳障りになる。 この辺りは、冬、スキーやボブスレーはもちろん、スケートもできる。この辺り、冬は、スキーやボブスレーはもちろん、スケートもできる。この辺りの冬は、スキーやボブスレーはもちろん、スケートもできる。上のどれかにすると、日本語として自然な流れになる。 使い分けワンボイント ➤ ① ~ばかりでなく・~ばかりか・~のみならず 澄んだ川に、ゴミ + ばかりでなく/ばかりか/のみならず、ペットボトルすらも浮かんでいた。 知ってる? 昨日は、子どものけんかに、親 + ばかりでなく/ばかりか/×のみならず、警察までがやってきたそうだよ。 この人、歌うのが上手な + ばかりでなく/ばかりか/×のみならず、作詞も作曲もできるシンガーソングライターなのですか。 →この人は、歌うのが上手(である)のみならず、作詞も作曲もできるシンガーソングライターである。 舌裏の冬は、寒い + ばかりでなく/ばかりか/のみならず、雪と氷に閉ざされ、荒涼としている。 パーティーには、メインゲストの父親が招待を受けた + ばかりでなく/ばかりか/のみならず、家族もみな、招待されたということだった。 彼は、日本語ができる + ばかりでなく/ばかりか/のみならず、英語もフランス語もできる。 うちの子は、肉や魚/数学や理科 + ばかりでなく/×ばかりか/×のみならず、野菜/国語や英語や社会 + もよく + 食べます/できます。 ▶本文 1.1.「主題/例示/文中の『~か』を参照 <153> 「Aは + B + ばかりでなく/ばかりか/のみならず + Cも」は、ほとんどの場合で「Aは + B + だけでなく + Cも」と互換性があり、接続も「B + のみならず」が状態名詞の場合、名詞と同様に直接「~のみ」を受けて「(状態)名詞 + のみならず」となるほかは、同じである。 この「~のみ」は、現代語の「~だけ/~ばかり」の中間くらいに位置する古語で、書き言葉専用になり、話し言葉に使うことができない。 最後の例で「B + ばかりか + Cも」が使えないのは、反語の「~か」が効いていて、CがBより、数ランク上になる場合に使われるからである。つまり、BとCとの間の落差が大きい場合、例えば、BとCを階段に立たせたとすると、Bが1段目なら、Cが4段目になるほどの段差のある場合に使われる。 「ばかり」は接続によって、次のようにさまざまな意味を持っている。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ばかりだ」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ばかりだ」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/〜ばかりだ」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/〜てばかりはいられない」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/〜ばかりに」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喻・比例/比較と程度/数量 + ばかり」を参照 ▶本文 7.2.「比較・比喻・比例/比喻/〜んばかりだ」を参照 使い分けワンポイント ②「~のみ」の使い方 金や地位、名誉や権力のみが、人生の目的でもあるまい。 夢に現に恋い焦がれるは、ほかならぬ我が君ひとりのみ。 思い熵うことのみ多ければ、憂きことのみのこの世を捨てて。 準備完了しました。スタンバイします。あとは指令を待つのみです。 話し合いは物別れなのか。こうなれば、裁判にかけて争うのみだな。 合格、目指し、ただ/ひたすら + 勉学/努力/忍耐/前進 + あるのみ。 ようやく軌道に乗った仕事、また暗礁に乗り上げないことを祈るのみ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照 「あきらめの『~しかない/~だけだ』/~のみだ/『~だけ/~ばかり/~まで』の基本概念」 「名詞 A + のみ」は、A の範囲内に限定する「A + だけ」か、A 以外を排除する「A + ばかり」を表し、古語的な使われ方をする。 ただ「A動詞-る + のみだ」が、決まり文句のように「あとすべきことはAだけだ」という意味を表す場合は、成人であれば、年齢にかかわらず、話し言葉でも使われる可能性がある。 ろくな仕事もせず、飲み食いするのみでは、辞めさせるよりほかない。歳のせいか、このごろ気ばかり焦るのみで、何にも手につかないのだ。ただしゃべるのみで、肝心の話は全然しないのだから、時間のむだだ。 上の例は、マイナス評価を表し、パラフレーズすると「Aのほかには何も + しない/できない」や「ただAをしてばかりいる」になるが、話し言葉では、かなりの年配者にしか使われないと思われる。 <154> 使い分けワンポイント③~も~も・~うえに~も 母は、弁護士でもあり/弁護士である上に、作家としても知られているので、家に落ち着くことができず、ときどきストレスが高じて、ヒステリーを起こす。 →母は、弁護士であるのはもちろん、作家としても知られている。 今度できた公園は、死角のない設計になっていて、子どもが遊ぶのに、安全でもあり/安全な上に、家からも近いので、毎日のように出かける。 →公園は、子どもが遊ぶのに、安全なことはもちろん、家からも近い。 この夏は、台風が異常発生して、雨も多く/雨が多い上に、気温も上がらなかったので、記録的な冷夏となり、米の収穫が危ぶまれている。 →この夏は、台風で、雨が多いのはもちろん、気温も上がらなかった。 隣に住む大学生は、車も持っているし/車をもっている上に、愛想がよくて親切なので、ひっきりなしに呼び出しの電話がかかってくるようだ。 彼女は、大学院も出て/大学院を出た上に、業績も数多いので、研究所への就職は「問題なし」と目されている。 うちの子は偏食がひどく、肉や魚は、食べもしないし/食べない上に+野菜や海藻類となると、まったく箸もつけない。 うちの子は、肉や魚/数学や理科+も+よく+食べる/できる+し/上に、野菜や海藻類/国語や社会+も、よく+食べる/できる。 ▶本文8.3.「極限/類推/『~も』の使い方」を参照 ▶本文2.2.「時の表現/基準時直前/~うえで」を参照 ▶本文3.7.「順接確定条件/前提条件/~うえは」を参照 ▶本文2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~たうえで」を参照 ▶本文8.2.「極限/原因と結果/~うえに」を参照 上のような「B名詞/名詞相当語 + (で)も + Cも」と「未完文B-る/ーい/~た/状態名詞な/(状態)名詞である + 上に + Cも」は、前者が話し言葉に、後者が書き言葉に多用されるという違いを除けば、どちらも「Bはもちろん + Cも」に書き換えることでき、BとCとの間に段差のない並列関係を示している。 使い分けワンポイント ④「~も~も」の使い方 父も母も、今日は家に + います/いません。 彼は、詩人でも + あるし/ないし、作曲家でも + ある/ない。 この仕事に、男も女もないだろう? →この仕事に、男に向いている仕事も、女に向いている仕事もない。 彼女の日本語は、話し方も流暢 + です/ではありません + し、発音も正確 + です/ではありません。 彼女の日本語は、話し方が流暢でも + (ありませんし/ありますし)、発音が正確でも + ありません/あります。 話して通じればいいのであって、上手も下手もありませんよ。 →話して通じればいいのであって、上手な話し方も下手な話し方もない。 ▶本文1.1.「主題/提題/『~は』の使い方/ためらいの『~は』とは?」を参照 「AもBも」は、AもBも(状態)名詞の場合、かなり複雑な様相を見せる。特に複雑なのは「(状態)名詞で + は/も + ある/ない」という「ためらい」を表す「~は」が「~も」にかわった場合である。 ただ「(状態)名詞で + は/も + ない」は、否定語「~ない」と呼応する場合は、 <155> 話し言葉にも使われるが、論文などに使われ、硬い書き言葉となる「(状態) 名詞である」を変形した「(状態) 名詞で + は/も + ある」は、やはり硬い書き言葉になるので、話し言葉に使うと不自然になる。ただ、フォーマルな場でのスピーチなどで「(状態) 名詞で + は/も + あります/ございます」を耳にすることがある。 「→」に変換するまえの言い方は、話し言葉にはよく使われるが、わかりにくければ、あとに名詞「仕事/話し方」を補って「→」のように考えるとわかりやすい。つまり「~も」は、いろんな語につくことはできるが、名詞との相性が一番いいということになる。 この仕事は、男でも女でも、かまわないよ。 話して通じればいいので、上手(な人)でも下手(な人)でもいいよ。 会社へは、バスでも地下鉄でも行くことができます。 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~ても~ても」を参照 雨も降るし、風も吹くから、とても寒いんだね。 →雨が降りもするし、風が吹きもするから、ひどく寒い。 雨も降らないし、風も吹かないので、とても暖かね。 →雨が降りも (しないし) 風が吹きもしないから、すごく暖かいじゃない。 彼は、どちらかというと、体も + 小さい/小さくない + し、足も + 速い/速くない + から、バック/フォワードでスクラムを組むこと + にしよう。 →彼は、体が小さくも + ある/ない + し、足が + 速くも + ある/ない + から、バック/フォワード + にする。 「A動詞/形容詞 + も + B動詞/形容詞 + も」の場合、もし名詞があれば、名詞のほうに「~も」をつけるのがベストである。変換した「→」のような「動詞ます形 + も/は + する/しない」や「形容詞-く + も/は + ある/ない」は、話し手の感情が色濃くなっていれば使われるが、話し言葉になるのは、やはり否定語「~ない」と呼応する場合で、呼応しなければ、やや古めかしい書き言葉にしか出てこない。 今日は、暑くも寒くもなく、爽やかで、気持ちのいい日ですね。 売り上げ/業績 + は、+ 増えも/上がりも、減りも/下がりも + しない。 文句があるなら、やってこい。逃げも隠れもしないから。 あいつ、このごろ落ち込んでて、学校に行きも(しないし)来もしない。 →あいつ、学校に来る(状態で)も来ない(状態で)もない(状態な)んだよ。このごろ、ひど 仕事が、面白いも面白くないもないだろう。給料、もらってんだから。成績が、上がるも下がるもない、毎日、勉強すればいいんだ。仕事なんだ。暑いも寒いもない。ごちゃごちゃ言わずさっさとやれ。 上のように、AとBがペア「暑いと寒い/増えると減る/来ると来ない/面白いと面白くない」などになると、決まり文句になって、話し言葉でもよく使われる。 最後の3例は、例えば聞き手が「この仕事は面白い」だの「あの仕事は面白くない」だの言うのに対し、話し手が「怒り心頭に発し」て、聞き手を罵っている場面である。 <156> 使い分けワンポイント ⑤ 累加のバリエーション 「B + だけでなく/ばかりでなく/ばかりか/のみならず + C + も/さえ/まで」を、BとCに段差のない「B + も/上に + Cも」を基準にしてまとめてみると、およそのところは次のようになる。 B + も / 上に + C B + だけでなく + C B + のみならず + C B + ばかりではなく + B + ばかりか + C Cも C 글 え B + 0 段 B + 1 段 B + $ \frac{3}{2} $ 段 B + 2 段 B + 3 段 Cまで B + 2 段 B + $ \frac{5}{2} $ 段 B + 3 段 B + 4 段 X B + 3段 B + $ \frac{7}{2} $段 B + 4段 B + 5段 Bの範囲内に限定する「Bだけ」と、Bのほかはすべて排除する「Bばかり」を比べると、もし同じ状況「父は弟+だけ/ばかり+を可愛がる」であれば、一般的に、客観的事実を述べようとする前者よりも、後者のほうが、話し手の感情的色彩が濃くなるので、程度の高い響きがする。 同様に、限定の「Bだけ」を否定することと、排除の「Bばかり」の否定とを比べた場合、前者「Bだけでなく+C」は、限定を緩めただけといった印象なのに対して、後者「Bばかりでなく+C」は、排除をとり払って、B以外のものも一緒に、とり込んでくるような感じになるので、Cへのステップは1段、後者のほうが高いということになる。 「Bばかりか + C」の「~か」は反語を表し、パラフレーズして「Bばかりだろうか、いや、もっとほかにもあるのだ」になり、さらに1段、高くなる。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~(の)か」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/~さえ・~も・~まで」を参照 さらに「C + も/さえ/まで」を比べると、最後の「~まで」には、3つ以上の段階を類推させるし、前の2つ「~も/~さえ」では、豪華一点主義になる「~さえ」のほうが、類推のパンチが強いので、上の表のようにしてみた。 使い分けワンポイント ) 〜はもとより・〜はおろか〜は言うまでもなく もともと胃に持病のあった父は、今回の検査で、胃は+もとより/おろか/いうまでもなく/もちろん、心臓も肝臓も要注意だったようだ。 △父は、今回の検査で、胃は+もとより/おろか/いうまでもなく/もちろん、心臓も肝臓も要注意だったようだ。 発明や発見というものは、結果は+もとより/×おろか/いうまでもなく/もちろん、結果までの過程も重要で、失敗はしても、次の成功へのキーワードになる。 彼は甘やかされて育ったのか、料理は+もとより/おろか/いうまでもなく/もちろん+掃除も洗濯もしたことがないらしい。 彼は模範専主で、赤ん坊の世話は+もとより/×おろか/いうまでもなく、料理に掃除、 <157> 洗濯、アイロンがけ、縫い物、編み物までできる。 日本料理の嫌いな彼女は、寿司や刺し身は+もとより/△おろか/いうまでもなく+すき焼きもてんぷらも食べない。 ▶本文3.5.「順接確定条件/基準/~に基づいて・~をもとに」を参照 ▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~は言うまでもない・言うまでもなく~だ」を参照 「Aは + Bは + もとより/おろか + Cも」は書き言葉で、本節最初の「使い分け」で述べた「Aは + BはもちろんCも」と同じ使い方をし、前提として「Aなら、Bは当然」という背景がなければ不自然になってしまう。 「Bは+もとより+Cも」は、漢字で書いて「元/基/本/素」などが使われる「もと」に、書き言葉で、比較の「~より:お父さんより、お兄ちゃんのほうが、背が高い」ではなく、起点「ここより+永久に/立ち入り禁止」を表し、話し言葉の「~から」と同じ意味になる「~より」がついたもので、パラフレーズすれば「そもそもBは+はじめからであるが、さらに/その上+Cも」ということになる。 このアニメは、子どもは+もとより/×おろか/いうまでもなく/もちろん+大人が見ても面白い。 日本に10年もいるのに、英語はおろか、日本語もろくにできない。 「Bは+愚か+Cも」は、パラフレーズすると「Bというのは、バカらしくなるほど当然であるが、Cということも」になり、プラス評価の場合に使うと不自然になる。例の「日本料理」の場合、もし「日本料理びいき」の人が話し手なら、当然「寿司はおろか」を使うところであるが、彼女と同じように日本料理を「毛嫌い」している人が話し手なら、使うと誤解されてしまう。 「Aは + Bは + 言うまでもなく + Cも」は、もともと話し言葉では「当然/もちろん + だ」という意味を表す「言うまでもない」が使われているので、文字通り「Aは + Bはもちろん + Cも」の話し言葉である。 使い分けワンポイント並列のバリエーション 「Bは + もとより/おろか/言うまでもなく + C」を、BとCに段差のない「Bは + もちろん + Cも」を基準にしてまとめてみると、およそのところは次のようになる。 Bは+もちろん+C Bは + もとより + C B + 0 段 Bは+おろか+C Cさえ B + 0 段 B + 1 段 Cまで B + 0段 B + 2段 Bは+言うまでもなく+C B+0段 B + 2段 B + 2段 B + 2段 (注)使うと不自然に響くものを「×」で表している。 「Bは+もとより/おろか/言うまでもなく」の意味から考えると、基準になる話し言葉「Bは+もちろん」に比べ、最初の段階である「Cも」でも、ワンランク近くは上になる感じがするが、ここでは「使い分け⑤」に示した「累加のバリエーション」 <158> の程度と連動させるため、あえて「B + 0段」としている。 「Bは + もとより」が「Cさえ」と呼応しにくくなるのは、起点を示す「~より」と、 到着点を示す「~まで」の相性がよすぎるからであろう。 逆に「Bは+おろか/言うまでもなく」が、豪華一点主義の「Cさえ」と相性がよく、段階性のある類推を示す「Cまで」と相性が悪くなるのは、BとCとの違いを、特に際立たせて対比する意識が働くからであろう。本文8.3.「極限/類推/~さえ・~も・~まで」を参照のこと。 使い分けワンポイント⑧~どころか・~どころではない 暇かって? 暇どころか、忙しくて、食事する時間もないよ。 →暇かって? 暇どころじゃないよ。忙しくて食事する時間もないよ。 →暇でないばかりか、あまりに忙しくて、食事をする時間さえない。 英語ができるかって? 英語どころか、日本語でさえ怪しいもんだな。 →英語ところしやなはよ。日本語でさえ佳しげられたな。 →英語ができないばかりか、母語の日本語まで怪しいものだ。 英語ができるかって? 英語どころか、中国語もアラビア語もできる。 独身? 誰が言ったんだ。独身どころじゃないよ。3児の父親だよ。 この盆休みは、ゆっくり休めるどころか、子どもや孫までやってきたので、にぎやかさを 環境問題は、少しは解決に向かっているのだろうか。いや、それどころではないだろう。グローバルな視点に立てば、むしろ悪化する一方である。 A:飲む/飲まない + ところしゃないよ。 本当に知らないのか。ただ人が目の前で飲んでるだけなのに、その人の吐く息で酔っぱらっちゃって、車の運転ができなくなっちゃうんだよ。 本当に知らないのか。メッチャすごい大酒飲みで「ウワバミ」って呼ばれてるんだ。 一升の酒くらい、一気で、軽く飲み干しちゃうよ。 Q:うちの課長、ビールくらいなら、飲むんでしょう? A:何、言ってんだ。それどころじゃないよ。何にも知らないんだな。 「Aは+B+どころか/どころじゃない+C」は、すでに「使い分けの①⑤」で述べた「Aは+Bばかりか+Cまで」より、まだBとCの段差が大きいというより、差が大きすぎて「比べものにならない」という場合に使われる。 ただ「Bどころか」と「Bばかりか」の関係は、コインの裏表のように、前者のBが肯定「暇どころか」なら、後者は否定「暇でないばかりか」になり、前者のBが否定「暇でないどころか」なら、後者は肯定「暇なばかりか」になる。 非常に誇張した表現で、話し言葉にも、書き言葉にも使われるが、〈独り言〉の場合を含めて、聞き手の言ったことや考えていることを否定する。というよりも聞き手の「期待」を裏切り、さらにCとして、その期待とは100%逆転する「コロンブスの卵」や「コペルニクス的回転」となるような 180 度の「発想の転換」が準備されている。もし準備されていなければ、まったく面白みのない、陳腐で白けた表現になってしまう。 したがって「英語/課長」の例でいえば、聞き手が「英語ができる/酒を飲む」と考 <159> えていようと、また「できない/飲まない」と考えていようと、聞き手の考えの程度、つまり「期待度」を否定することのできるC、つまり、その考えと大差のあるCがくれば、使うことができる。 ということは、聞き手の考えや期待がどうであれ、ただ「一般的社会通念や常識を上回るようなCを言いさえすればよい」ということになる。 「〜どころか」の「どころ」は、状況を表す「ところ」の音変化したものである。よく使われる「ところ」には、次のようなものがある。 ▶本文 1.3.「主題/例示/~といったところだ」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ところだ」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーグス表現/~たところで」を参照 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~ところによると」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想/~ところだった」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーグス表現/~ところが・~ところを」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~たところで」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ているところだ」を参照 ⑨ ~にとどまらず・~に限らず 彼は、国内市場に+とどまらず/限らず、遠く海外にも市場を求めた。 多国籍企業の商品とは、好むと好まざるにかかわらず、また一国だけに+とどまらず/限らず、すべての人に、すべての国にも浸透していく。 そのウイルスへの感染は、子どもや老人に+とどまらず/限らず、すべての年齢層へと広がっていった。 彼は、帰国したものの、そのまま自国に + とどまらず/×限らず、やはり住み慣れた外国での生活を選ぶことにした。 部長の座に + とどまらず/×限らず、社長の椅子を狙って根回しを始めた。 今回の大規模な地震による被害総額は、数百億円に + とどまらず/×限らず、何百兆円にものぼった。 バブル経済崩壊後の不況は、数年だけに+とどまらず/△限らず、その後、数十年にわたって、一般庶民の生活を脅かした。 ▶本文 7.1.「比較・比喻・比例/比較と程度/~に限る/動詞『限る』のまとめ」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/~に限らず」8.1.「極限/状態/~かぎり」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~とはかぎらない」を参照 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ないかぎり」を参照 ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~かぎりは」を参照 「名詞Aに + とどまらず/限らず + 名詞Bも」は、どちらも硬い書き言葉に使われ、パラフレーズすると「Aの + 範囲/段階/レベル + だけではなく、Bの + 範囲/段階/レベル + にも、広がりを見せる」といったことを表す。 「名詞A + にとどまる」はもともと、例えば「出張先/現職/課長 + にとどまる」や「時間/物価の高騰/技術の進歩/環境破壊 + はとどまるところを知らない」など、Aに「場所/地位/時間/動くもの/金額/範囲」などがきて、動きがやんだり、動かないまま、じっとしていたりすることや、範囲を超えないようになることを表すので、否定で使われる「名詞A + にとどまらず + 名詞Bも」は、いわば「Aにじっとしないで、次のBに移動する」ことを表している。 <160> 1.7.主题/累加 ところが「名詞Aに+限らず+名詞Bも」は、もとの「名詞A+に限る」が、Aの範囲を決めたり、限定したりすることしか表さないので、Aの段階「自国/部長の座/数百億円」から、Bの段階「外国/社長の椅子/何百兆円」へ移動することを表す場合は、使うことができない。もし最後の例の「数年から数十年」を、移動ではなく、範囲と考えることができれば使えるかもしれない。 したがって「Aに限らず」が使えない例は、移動を表すだけで、特に「累加」を表すものではないことになる。 日本は米や野菜に + 限らず/×とどまらず、家賃も光熱費も高くて暮らしにくい。 英語に + 限らず/×とどまらず、中国語も、ちょっとした通訳ならできるらしい。 楽なわりには、給与に + 限らず/×とどまらず、賞与も待遇もそんなに悪くない。 逆に「名詞Aに + とどまらず + 名詞Bも」は、まったく移動を感じさせない上のような場合には、使うことができない。 使い分けワンポイント⑩~とあいまって 大型連休となった今年のゴールデンウィーク、一度も雨が降らなかったという好天気とあいまって、各地の行楽地は、どこもすごい人出となった。 →大型連休となった今年のゴールデンウィークは、一度も雨が降らなかったという好天気とあいまって、各地の行楽地に、すごい人出をもたらした。 フェスタでの彼らの舞台は、磨きに磨き抜かれた技が、ほとばしるような独創性とあいまって、まれに見る幻想的な空間を作りだしていた。 都市再建の問題は、住宅建築における最近の発展と、都市計画への新しいアプローチとがあいまって、人間的にも共鳴できる解決の方向に向かいつつあり、美的にも満足のできる多様な建築群が、都市中心部の窒息していく傾向を逆転させる希望を生みだしている。 「A + は/が + Bと相俟って + C」や「Aと + Bとが + あいまって + C」は、比較的硬い書き言葉で、新聞や広告文、評論や論文などで「AとBとが/AだけではなくBも + 一緒に作用し、互いに力を合わせてプラス効果Cを生みだす」といった場合に使われる。 この効果は、AとBをプラスした「10 + 10 = 20」というより、2つをかけあわせた場合「10 × 10 = 100」の相乗効果という印象を与え、マイナス効果では使うことができないので、使いようによっては、自己満足的自己宣伝的な内容になり、いわば内輪での「ほめ言葉」になる可能性があって、最近ではあまり見かけなくなっている。 <161> 第2章 時の表現 2.1.時の表現/基準時未実現 ~まえに・~までに・~まで AまえにB:Aよりも早い時点で、Bが実現するか、継続中のBが終わる。 AまでにB:実現確実なAよりも早い時点で、Bの開始か終了が実現する。 AまでB:A以前の時間帯に継続していたBが、Aの時点になって終わる。 接続 例と一緒に示すと、次のようになる。 1.〈動作動詞〉/〈変化動詞〉+-る+まえに/までに/まで寝る+まえに/までに/まで、宿題をしています。 2. 時刻 + まえに/までに/まで 9時まえに(は)、開店する/開店している=9時より早い時点から開店する。→9時までに(は)、開店する/開店している=必ず9時より早い時点から開店する。 9時まえは、開店している/×開店する=9時より早い時間帯は営業している。→9時まで(は)、開店している/開店する=同上+9時に閉店する。 6時+まえ/まで+に(は)+食べている=6時より早い時点から食べはじめている。 6時+×まえは/まで(は)+食べている=6時に食べおわる。 ▶本文7.1.「比較・比喻・比例/比較と程度/数量+は・も」を参照を表す ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + は・も」を参照 (注)「6時まえは食べている」は「6時より早い時点は食事中」を表すが「食事終了時点」を表すことができない。 3. 期間 + まえ (に) 10年まえ (に)、彼女と一度、北京で出会っている。 *10年 + まで (に)、彼女と一度、北京で出会っている。 4. 時点 + までに/まで 来週までに第5課を習っています=5課終了は、来週末より早い時点。→来週まで第5課を習っています=学習を継続して、来週末に5課終了。×来週+まえに、第5課を習っている。 5. 期限 + までに 12月31日 + までに、レポートを提出してください。 ×12月31日 + まえに/まで、レポートを提出してください。 6. 出来事 + (の) まえに/までに/まで 食事/授業/出張 + (の) まえに/までに、この書類に目を通しておこう。 結婚式/音楽会/パーティー + のまえに/まで、紅茶でも飲んでいようよ。 7. 出来事 + まえ/まで + の + 名詞 卒業/敗戦 + まえ/まで + のことは、ほとんど何も覚えていない。 ▶巻末「動詞の種類/動詞と時の表現」を参照 形態 「~まえに」と「~まえ」は、時間を示す「~に」があるかどうかの違いだけで、 <162> 2.1.時の表現/基準時未実現 使い方に大きな差はない。しかし「~までに」と「~まで」は、使い方のまったく異なる別の形態である。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方/時間 + に」を参照 「AまえにB」には、基本的に「~に」がつくが、話し手に「必ず/わざわざ+Aよりも早い時点で+動作や変化Bを起こす/動作Bを始めて継続させる」といった気持ちが働けば、省略されることはない。 寝るまえに+歯を磨きなさい/明日の準備をしているの。 会社へ戻るまえ(に)+銀行に寄っていくよ/得意先とコーヒーを飲んでいたよ。 ただ、いつ起こるか起こったのか、自信もなく、別に「必ず/わざわざ」といった気持ちも働かなければ、上のように脱落することがある。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 ところが「~まえ(に)」に、対比の「~は」がつくと、2つの形態「~まえには」と「~まえは」に分かれてしまい、それぞれ「~までに(は)」と「~まで(は)」に対応して、2つのペアそれぞれに類義関係が生まれる。 多様な使われ方をする「~まで」には、次のようなものがある。 ▶本文 2.4.「時の表現/時間範囲/~から + ~まで・~にかけて・~に至るまで」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/~まで」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照「~までだ/言うまでもなく~だ/~までもなく・~ないまでも」 ▶本文 1.7.「主題/累加/~は言うまでもなく」を参照 互換性 「~まえ (に)」は「~までに」または「~まで」と互換性があるが、あとの2つ「~までに」と「~まで」は、一方からもう一方へ置き換わることがあっても、まったく異なった事態を表している。 [例1] 子どもが転んでけがをするまえに、危ないものをどけておこう。 次のように「~まで(に)」に置き換えることができない。ただ「~ないうちに/~ないように」には置き換わる。 ×子どもが転んでけがをする + までに/まで、危ないものをどけておこう。 →子どもが転んでけがをしない + うちに/ように、危ないものをどけておこう。 ▶本文2.4.「時の表現/時間範囲/~うちに」を参照 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~ように」を参照 次の例は「~までに/~ないうちに」に置き換え可能。 次の例は「こま」ちに」に置き換え可能。 子どもが塾へ行く + まえには/までは、晩ご飯の支度、しておかなくちゃね。 ×子どもが塾へ行くまでは、晩ご飯の支度、しておかなくちゃね。 →子どもが塾へ行かない + うちに/×ように、晩ご飯の支度、しておかなくちゃね。 ご飯を食べる + まえに/までに、宿題、しちゃったから、テレビ、見るよ。 ×ご飯を食べるまで、宿題、しちゃったから、テレビ、見るよ。 →ご飯を食べない + うちに/×ように、宿題、 用例 次の用例は「~まで(に)」に置き換えることができない。ただ「~ない + うちに/ように」には、書き換え可能なものがある。 <163> 警官のいることに気づいて、男は姿を現g + まえに/“まで(に)、逃げていた。 ×警官のいることに気づいて、男は姿を現さない + うちに/ように、逃げていた。 →警官のいることに気づいて、男は姿を現さないで、逃げていた。 兄と話すと、何か言いだす + まえに/×まで(に)、必ず口をはさまれてしまう。 →何も言いださない + うちに/×ように、必ず口をはさまれてしまう。 過労がたたって、課長へ昇進する + まえに/×まで(に)、倒れてしまったらしい。 →課長へ昇進しない + うちに/×ように、倒れてしまったらしい。 醉うと、うるさいので、酔ってしまう + まえに/×まで(に)、お酒をやめさせました。 →酔ってしまわない + うちに/ように、お酒をやめさせました。 伝染病にかかってからでは手遅れなので、感染する + まえに/×まで(に)、予防を講じて おかなければならないでしょう。 →感染しない+うちに/ように、予防を講じておかなければならないでしょう。 来るかどうか怪しいから、そのまえに/×それまでに、携帯へ電話してみろ。 ×来るかどうか怪しいから、待たない+うちに/ように、携帯へ電話してみろ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照「~までだ・~は言うまでもない・~までもなく・~ないまでも」 ▶本文 8.3.「極限/類推/~まで」を参照 使い分け 「AまえにB」が「AまでにB」に置き換わらない例は、すべてBをすることによって、未然にAの起こるのが「阻止/妨害/防止」されることを表している。用例の「姿を現す/言いだす/昇進する/酔ってしまう」は〈非実現〉で、実際には起こっていないし、また「感染する/その(=待っても来ないことがある)」も、そうなるかどうかは、〈基準時現在〉ではまだわからない〈未実現〉であるが、話し手は「予防を講じ/電話し」て、そうならないように考えている。 こうした〈非実現〉の場合や、起こる可能性の低い「仮定的〈未実現〉」の場合は置き換わらないが、事態がすでに起こった〈既実現〉の場合や、起こる可能性の高い「確定的〈未実現〉」の場合は、次のように「~までに」に置き換わる。 通報されたことに気づいて、警官が来る + まえ/まで + に、男は逃げてしまった。 =通報に気づいた男は、警官が来たときには、とっくの昔に逃げていた。 取り締り中なのか、高速道路へ入る + まえ/まで + に、検問で車を止められた。 =インター付近まで来たときには、すでに検問で車を止められていた。 あいつは人を待たせるから、そのまえ/それまで + に、新聞を買っておかなきゃ。 =待ちはじめたときには、新聞を読みはじめてるようにしておかなきゃ。 結婚して新居へ移る + まえ/まで + に、昔の手紙など、身の回りの整理をします。 =新居へ移ったときには、身の回りの整理は、完璧に終わっています。 ▶「仮定/確定」については、巻末「文接続」を参照 使い分けワンポイント ① 「~まえに」と「~までに」 「A + まえに + B」と「A + までに + B」の違いがはっきり現われるのは、話し手が「Bは現実に + 起こらない/起こらなかった」または「Bの起こる可能性は低い」と判断している場合である。判断していてもしていなくても、前者「AまえにB」が使えるのに対して、判断している場合、後者「AまでにB」は使えなくなる。つまり、互換性があるのは、話し手が「Bはすでに起こった」または「Bの起こる可 <164> 2.1.時の表現/基準時未実現 能性は高い」と判断している場合である。 ▶本文 2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~たあと」を参照 互換性のある場合の「AまえにB」と「AまでにB」の違いは、前者が、ただBとAの時間的な継起を表し「Bに続いてAが起こる」または「Aを基準時にして、それよりも早くBが起こる」ということを表しているだけなのに対して、後者には、時間的継起のほかに「Aが起こったときには、Bはすでに実現している」つまり「基準時A以前に、Bは既実現」という話し手の確信が織りこまれる点である。 「使い分け」の「結婚して新居へ移る」を例にとると、前者「AまえにB」の場合、話し手は、新居へ移るまえに「身の回りの整理を始める」とは言っているが、新居に移ったときには「すでに整理が終わっている」とまでは言っていない。つまり「身の回りの整理が終わる」ことを「ターゲット」にはしていないし、気にもとめていない。 これに対して、後者「AまでにB」の話し手は、整理を始めることは問題にしておらず、さらに先を見つめて、新居に移ったときには「必ず/すでに/とっくに/完全に+整理済みの状態にする」ということしか念頭においていない。 つまり「AまでにB」を使うと、基準時A以前に「Bは、すでに間違いなく+実現している/実現していた」ということを聞き手に伝えようとする話し手の気持ちが、前面に現れることになる。特にBに〈意志動詞〉がくる場合、基準時A以前に「必ず/わざわざ+Bを+起こす/終えた/処理したい」といった話し手の「意志/希望」が濃厚になる。 解説 日本語では、ある時間を表す場合、ひとつは「時刻/時点」を示したり、また、基準時における「動作や変化の瞬間=開始/終了の実現」つまり〈基準時既実現〉や、基準時以前における「動作や変化の瞬間=開始/終了の実現」つまり〈基準時以前既実現〉をとらえたりして、時間の「点」を表すか、もうひとつは「時間帯/期間」を示したり、基準時における「動作の継続」か「変化後から再変化前の状態の持続」つまり〈基準時同時間帯〉をとらえたりして、時間の「線」を表すかが、比較的厳密に使い分けられている。巻末「動詞と時の表現」を参照のこと。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 使い分けワンポイント ② 時間の「点」と「線」 多くの時間を表す名詞「A昨日/今日/明日/今週/今年+B」などは、Aそれ自身が時間の「点」になったり、また「線」になったりすることができる。 明日 (点/ある時点) もまた、陽は昇る。(点/昇る=変化開始の実現) 明日 (線/時間帯=一日中)、どこにも行かず、(線/行かない=状態の持続) ずっと家にいるつもりをしておりますから、(線/いる=動作の継続) いつなりと (点/ある時点) お電話ください。(点/電話する=動作開始の実現) また、後続部分B「陽は昇る/どこにも行かない」との呼応関係でも、〈基準時既実現〉や〈基準時以前既実現〉、つまり、時間の「点」をとらえる表現「陽は昇る」とも、または「動作の継続中」や「変化後の状態持続中」という時の流れ〈基準時同時間帯〉、つまり、時間の「線」を描く表現「どこにも行かない」とも呼応するという複雑な様相 <165> を見せる。 これに対して「AまえにB」のAは、時間の「点」しか表さないし、しかも「動作/変化」の「開始点」しか示すことができない。しかし「Aまえに」と後続部分Bとの呼応関係では、次のように、時間の「点」とでも「線」とでも呼応することができる。 寝る (点/開始) まえ (に)、部屋の電気を消します。(点/消す=変化の瞬間) 寝る (点/開始) まえ (に)、日記をつけています。(線/つけている=動作の継続) *寝ている (線/継続中/持続中) まえ (に)、電気を消します/日記をつけています。食事するまえ (に)、おなかがいっぱいだった。(線/いっぱいだ=状態の持続) 食事を終えるまえ (に)、おなかがいっぱいになった。(点/なる=変化の瞬間) しかし、最後の2例のように、Aが「時刻」を表す場合は、Bも時間の「点」しか表すことができない。 9時(点)まえは(線/時間帯)開店している。(変化後の状態/持続中) 6時(点)まえは(線/時間帯)食べている。(動作開始後の状態/継続中) ところが上のように、わざわざ「~に」を省略し、そのあとに、これもわざわざ「~は」を加えた「~まえは」は、Aが「時刻」を表しているのに、全体「Aまえは」は「時間帯」を表し、しかもA「9時/6時」は、動作や変化の「開始点」を表しているわけではないので、非常に紛らわしい。 使い分けワンポイント ③~まえには・~まえは 「A + まえに/まえ + B」は使い方に大きな差はないが、対比を表す「~は」が後接して「A + まえに/まえ + は + B」となった場合、後続部分Bとの呼応関係に明確な役割分担ができあがり、前者「Aまえには + B」は、時間の「点」としか呼応しなくなり、基本的に後者「Aまえは + B」は、時間の「線」と呼応することになる。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 寝る + まえには/までに、部屋の電気を消します。(消す/基準時以前既実現/点) 寝る + まえは/まで、部屋の電気をつけています。(つけている/状態の持続/線) 寝る + まえには/までに、日記をつけています。(同上/基準時以前既実現/点) 寝る + まえは/まで、日記をつけています。(同上/動作の継続/線) =ほかのものを食べて、食事するときには、すでに腹がいっぱいだった。 食事する+まえは/までは、おなかがいっぱいだった。(状態の持続/線) =食事を始めないうちは、ずっと満腹感があったが、食べはじめると空腹を感じた。 食事を終える + まえには/までには、腹がいっぱいだった。(基準時以前既実現/点) 一食車を終えるときには、すぐに腹がいっぱいになっていった ×食事を終える + まえは/までは、腹がいっぱいだった。 →食事を終えないうちは、ずっと腹がいっぱいで、食べおえると空腹を感じた。 そして「~まえには」と「~まえは」には、それぞれ「~までに (は)」と「~まで (は)」が対応し、ほとんど同じ意味を表す。 <166> 2.1.時の表現/基準時未実現 ただ「Aまえには + B」は、話し手に「わざわざ + 動作や変化Bを起こす/動作Bを始めて継続させる」といった気持ちがなければ「~に」は脱落するし、Aに対比の意味や、話し手に「ためらい」の気分がなければ「~は」が消えてしまうので、基本的に「AまえB」という形態、つまり「~まえ(に)(は)」と理解するほうがわかりやすい。寝るまえ(に)は、部屋の電気を消します。(消す/基準時以前既実現/点)寝るまえは、部屋の電気をつけています。(つけている/状態の持続/線) しかし、上のほうの時間の「点」Bと呼応する「Aまえには + B」から「~に」だけが脱落した「Aまえ(に)は + B」は、下のほうの時間の「線」Bと呼応する「Aまえは + B」と識別できなくなってしまうので、特に時間の「点」Bを表したい場合は「~に」を省略しないことにしておくほうが無難である。 ただ面倒な場合は、Bが「点」でも「線」でも「AまえはB」を使うほうが、対比が際立つが簡単かもしれない。 使い分けワンポイント ④~までに(は)・~まで(は) 「~まえ(に)(は)」は、2つの形態「~まえには」と「~まえは」で、一応はBとの関係、つまり時間の「点」と「線」との呼応を区別はするが、特に厳密ではなく「どちらでもよい」といった「おおらか/アバウト」なところがある。 これに対して「A + までに/まで + (は) + B」は、主題などの「~は」があるかないかにかかわらず、どちらのAも時間の「点」を表すという以外は、非常に厳密な区別があって、次のようになっている。 A + までに(は)+ B AとBの関係 A + まで (は) + B A の「開始/終了」以前に B が「開始/終了」する A + まえには + B A + まえは + B Aの「開始/終了」と同時に Bが「終了」する Bの表す時間 時間の「点」AにおけるBの変化 Aの「開始」以前に Bが「開始/終了」する 時間の「線」 有 $ \rightarrow $ 無 時間の「点」 時間の「点/線」 無 → 有 有 $ \rightarrow $ 無 「A + まえに/まえ + は + B」と「A + までに/まで + (は) + B」との違いは、話し手の気持ちのあり方で、前者の「~まえには/~まえは」の場合、話し手は、何の感情もなく、AとBという2つの出来事を、ただ「Aの開始よりも、Bの開始のほうが早い」という時間的関係でとらえているにすぎない。 しかも、Aの始まりは伝えていても、終わりは知らせないし、Bが時間の「線」の場合、聞き手には「いつ始まって、いつ終わるか」さえも知らされない。 しかし、後者の「Aまでに(は)B」は、Bの〈基準時以前既実現〉、つまり〈基準時未実現〉であるAの示す時刻になる以前に、B「動作/変化」が、すでに「開始/終了」したことを表すが、すでに述べたように、Bを「実現させる/再変化させる」という話し手の思い入れがこめられる。 <167> ~まえに・~までに・~まで また、後者の「Aまで(は)B」は、あとの「置換」[例2](p.172)で述べるが、基準時〈未実現〉のAが示す時刻以前、Bが「ずっと+継続中/持続中」という事態を表しているが、話し手の視点や気持ちは、むしろ基準時Aに起こる変化、すなわち、それまで「継続/持続」していた状態Bが「時刻Aに終了する」という変化に向けられている。 いわば「Aまでに(は)B」は、時点Aになるよりも早く、存在せずに「無」であったBが「有」に変化することを表すが、言い換えれば、時点Aで、すでにBは変化を終えていて、変化しない状態になっている。つまり、時点Aにおける変化は「有」から「無」の状態になっている。 一方「Aまで(は) B」は、まさに時点Aちょうどに、存在して「有」であったBが「無」に変化することを表すが、言い換えれば時点Aで、Bは変化を起こし、A以前の「継続/持続」していた無変化の状態にピリオドを打つことになる。つまり、時点Aにおける変化は「無」から「有」になる。そして、どちらもこの変化にともなう話し手の感情がこめられる。 つまり「A + まえに/まえ + は + B」は、Aに関心があり、逆に「A + までに/まで + (は) + B」は、Bに関心を示していることになる。 使い分けワンポイント ⑤「開始 + まえ (に)」と「開始/終了 + まで (に)」 「A + まえに/まえ + は」のAは、動作の開始点を表すだけであるが、これに対して「A + までに/まで」のAは、動作の開始点も終了点も表すことができる。 あと30分で来られるようでしたら、食べる+まで/まえ+には、着くでしょうから、こちらで、ご一緒に召し上がってください。子どもたちも、きっと待てるでしょう。(=食べはじめる) →あと 30 分で来られるのでしたら、子どもたちが待てませんから、先に始めていますが、食べる + まで/×まえ + には、着くでしょうね。こちらで、ご一緒に召し上がってください。(=食べおわる) うちの娘も息子も、夕刻、友だちから電話がかかってこようものなら、何をそんなに話すことがあるのかと思うくらい、ご飯を食べる+まで/まえ+は、いつも長々と話しこんでいる。(=食べはじめる) →今、食事中なんだ。悪いんだけど、食べる + まで/×まえ、あっちの部屋で待っててもらえないかな。(=食べおわる) 上の4例のうち、開始を表す「食べる+までに/まで」のほうは「食べる+まえには/まえは」に置き換わるが、終了を表す「食べる+までに/まで」のほうは「食べる+まえには/まえは」には置き換わらない。 つまり「食べるまえ」は「食べはじめるまえ」を表すだけで「食べおわるまえ」は表すことができない。しかし「食べるまで(に)」のほうは「食べはじめるまで(に)」も「食べおわるまで(に)」も表すことができる。 使い分けワンポイント ⑥ 時間の「点」を表す「~に」 午後から会議ですから、午前中に、報告書を提出してください。確かに受けとりました。年内には、お返しいたします。 <168> 2.1.時の表現/基準時未実現 1週間に、2度も交通事故を起こしたなんて、信じられますか。 先ほど、お留守の間に、奥様からお電話がございました。 暗くなってきましたね。日が暮れないうちに、早く帰りましょう。 昨日は、朝6時に起きて、夜11時に寝ました。 今朝は、朝の6時(まえ)に、コーヒーを飲んでいました。 夜ですか? 夜は、夕食を終えると、9時には、テレビを見ているだけです。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」 「A + に + B」の「~に」が時間を表す場合、AもBも通常、時間の「線」ではなく、時間の「点」を表すが、最後の3例のように、Aが「時刻」を表す場合、Bは、時間の「線」でも、時間の「点」でも表すことができる。 朝7:00起床、9:00出勤、午後1:00会議、3:00工場。 夕刻6時50分、雨のなかを出かけ、7時、駅で子どもを迎える。 スケジュールや日記などでは、時刻の「~に」が省略される場合があるが、AはBの「開始点」しか表すことができない。 使い分けワンポイント「時間+には」と「時間+は」 対比の「~は」が後接した「A + には」は、Aが「時刻」でなければ、別の時間との対比と同時に、時間の「点」と呼応する場合を表す専用形式であり、これに対して「~に」の脱落した「A + は」は、別の時間との対比と同時に、時間の「線」と呼応することを表す専用形式である。 夕刻には、到着するかと存じます。詳細は追ってお知らせいたします。 月末にはできるとのことだが、それまでにもう一度、確認しておけよ。 ご出張の間には、連絡があると思いますが、そのときはどうしますか。 若いうちには、一度や二度の失敗はあるもんだ。あまり気にかけるな。 午前中は、ずっと授業でした。午後からは、図書館にいました。 年内は、まだ失業保険がもらえますから、遊んでいるつもりです。 お父さん、今日も夜勤だから、寝ている間は、騒いではダメですよ。 将来のために「若いうちは、苦労を買ってでもしろ」と言われている。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方/時間 + に」を参照 ▶本文1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + は・も」を参照 「A + には + B」は、Aの示す「時間範囲」の「ある点」つまり「遅くてもAの時点には/Aのまえには/Aになるまでには/Aが終了するまでには」といったことを表し、あとの「Bが実現する」という時間の「点」と呼応するが、時間を示す「~に」のない「A + は + B」は、Aの「継続/持続 + する + 時間範囲/時間帯/線」を表し、あとにくるBの「状態/線」と呼応している。 ところが「A + まえ/まで + は」は、時間を表す「~に」がないので、もちろん時間の「線」を表す B と呼応するが、たとえAが時間範囲を表すものであっても、A の示す「時間範囲」の「ある点」を指している。この点が非常に紛らわしく、教える側教わる側双方の混乱を招いている。 ▶本節「使い分け④/~までに(は)・~まで(は)」を参照 <169> 明日5時には起きて、家を出るまでに、この計画書を仕上げなければ。明日5時には起きていて、家を出るまでに、この計画書を書いている。 Aが「時刻」の場合、Aは時間の「点」であるが、あとのBは「使い分け⑥」と同様に、やはり時間の「線」でも、時間の「点」でも表すことができる。 来年/去年 + (に) は、小さなものですが、会社を起こし + ます/ました。 来年/去年 + は、長期休暇中、ひとりで旅行して + います/いました。 *来年/去年 + には、長期休暇中、ひとりで旅行して + います/いました。 明日 (に) は、お電話ください/いいお天気になりますよ。 明日は、どこにも行かず、家にいます。 時間帯を表すことのできる時間名詞の場合、特に「~に」がなくても、時間の「点」と呼応できるが、逆に「~に」があれば、時間の「線」とは呼応できなくなる。 使い分けワンポイント 「置換」[例1] (p.162) の書き換えで使った「~うちに」と「~ように」は、次のような使い方が基本である。 1. A + うちに + B:Aの時間帯に、Bの「開始/終了」が起こる お父さんが風呂に入っているうちに、さっきのゲームに勝負をつけてしまおう。 →お父さんが風呂から出てこないうちに、さっきのゲームに勝負をつけてしまおう。 →お父さんが風呂から出てくる + までに/まえに/※まで、さっきのゲームに勝負をつけて 赤ちゃんが寝ているうちに、針仕事を済ませておかなければ。 →赤ちゃんが起きないうちに、針仕事を済ませておかなければ。 →赤ちゃんが起きる + までに/まえに、針仕事を済ませておかなければ。 子どもがご飯を + 食べている/食べ終わらない + うちに、洗濯物を片付けなきゃ。 →子どもがご飯を食べ終わる + までに/まえに、洗濯物を片付けなきゃ。 →子どもがご飯を食べる + までに/×まえに、洗濯物を片付けなきゃ。 子どもがご飯を + 食べない/食べ始めない + うちに、宿題、調べなきゃ。 →子どもがご飯を + 食べ始める/食べる + までに/まえに、宿題、調べなきゃ。 ▶本文2.4.「時の表現/時間範囲/~うちに/~ないうちに・~まえに」を参照 Aが実現可能であれば「A + ないうちに + B」は「A + までに + B」と互換性があるが、Bが時間の「線」になる「A + まで + B」とは互換性がないので、紛らわしい「~までに」と「~まで」の識別に役立つ。 ただ、時間帯を表す「A + ているうちに」は、Aの「開始」まえ、つまり「入る/寝る/食べ始める + まえ」ではなく、Aの「終了」まえ、つまり「出てくる/起きる/食べ終わる + まえ」を示している。 これに対して、時間帯「A + ないうちに」は、Aの「終了」まえではなく「開始」まえ、つまり「出てくる/起きる/食べ始める + まえ」を示している。 2. A + ように + B: Aを努力目標として、Bの行動をする 子どもが偏食しないように、あれこれ料理の仕方を工夫する。 夫婦で長生きできるように、毎日のウォーキングを日課にしている。 <170> 2.1.時の表現/基準時未実現 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~ように」を参照 「置換」[例1] の「子どもか転んでけがをしないように、危ないものをどけておく」は、努力目標「子どもがけがをしない」のために、行動「危ないものをどける」をするので、書き換えることができる。しかし、あとの「×塾へ行かないように晩ご飯の支度をする/×ご飯を食べないように宿題をしてしまう」 は、努力目標Aを実現するために、行動Bをするわけではないので、書き換えることができない。 使い分けワンポイント ⑨ 基準時未実現のまとめ A まえに B A までに B A まで B A 非実現・未実現 | 開始点・終了点 | 時点・時間帯 | B 時点・時間帯 A (ない) うちにB A (ない) ようにB 努力目標 A以前B ▶本文 2.7.「時の表現/基準時以前既実現/『~てから/~るまえ/~たあと』の使い分け」を参照 Aが、実際には起こらない〈基準時非実現〉を表すかどうか、また、Aの開始点も終了点も表すかどうか、そして、AとBが、時点となる「時間の点」を示すか、時間帯となる「時間の線」を示すかをまとめてみると、上のようになる。 目標を示す「A(ない)ように」のAが、〈非実現〉を示すか〈未実現〉を示すかは、努力にかかっているので、不明になる。 特に「~までに」と「~まで」の違いが、Bの「時間の点」か「時間の線」かという一点にかかっているので、紛らわしくなる。 ⑩~以前 「~以前」は、上の表のように「非実現/未実現」以外の使い方では「~まえに」と同じであるが、実際に使われる場合は、時間的に「かなり長い+プロセス/期間+のなかで、ある+事態/出来事+が起こるまえ」を表し、書き言葉として使われることが多いので、これまで例として挙げてきた、短い時間内のことしか表さない話し言葉の「~まえに」とは互換性がない。 「~まえに」との関係で、例と一緒に接続を示すと、次のようになる。 1.〈動作動詞〉/〈変化動詞〉+-る+まえ/以前+(には) 紹介される+まえ/以前+(には)、その人について、話は聞いていた。 紹介される+まえ/以前+(は)、その人について、何も知らなかった。 2. 時刻 + まえ/以前に + には/は 9時 + まえ/以前 + には/は、開店している。 <171> 3. 期間 + まえ/×以前 + (に) 10年 + まえ/×以前 + (に)、彼女と一度、北京で出会っている。 4. 時点 + まで/×まえ/×以前 + (に) 来週 + まで/×まえ/×以前 + (に)、第5課を習っている。 5. 期限 + までに/×まえに/以前に 5月3日 + までに/×まえに/以前に、レポートを提出すること。 6. 出来事 + (の) まえ/以前 + (に) 食事/授業/出張 + (の) まえ/×以前 + (に)、書類に目を通しておいた。 結婚式/音楽会/パーティー + のまえ/×以前 + (に)、紅茶を飲んでいた。 出生 + まえ/以前 + (に)、両親はすでに離婚していたという。 大震災 + (の) まえ/以前、この辺は町工場も多く、人口過密地帯でした。 7. 出来事 + まえ/以前 + の + 名詞 卒業/敗戦 + まえ/以前 + のことは、ほとんど何も覚えていない。 「~まえに/~以前」は、時間名詞の「3」と「5」に違いがあり、出来事の「6」が「プロセス/期間 + が短い」場合、後者「~以前」が使えないことを示している。 「~以前」は、基本的に「~に」を落として、ほぼ「~まえに」の書き言葉として使われる。ただ「~に」がつく場合は「~まえに」と同様、話し手に「わざわざ/かなら 彼女は、結婚 (する) 以前には、すでにやせていた。(基準時以前既実現) =結婚前に、やせてしまい、それから今まで、ずっとやせている。 事件 (が) 発生 (する) 以前に、前兆となるようなことが何度かあった。 引っ越す以前に、家族とも相談して、新しい住居も下見し、取り引き先や赴任先への挨拶 もすませてから、歓送会をしてもらった。 $ ^{*} $引っ越す以前に、不要な家具を捨てた/隣近所に挨拶した。 →引っ越す+まえに/までに、不要な家具を捨てた/隣近所に挨拶した。 次の「~以前+時間の線」は「~まえ/~まで」に置き換え可能。彼女は、結婚(する)以前は、ずいぶんやせていたのだ。(状態の持続) =結婚前は、ずっとやせていたが、結婚後は太ってしまった。 震災(が起こる)以前、このあたりは、立て込んだ人口密集地帯だった。 引っ越してくる以前、男はかなり大きな会社の重役をしていたらしい。 次の「以前+時間の+点/線」は「~まえ」に置き換え可能。 あの人、さっき紹介される以前にも、どこかで会ったような気がするんだけど。 大学を卒業する以前から、ひとり暮らしの母に、仕送りを続けている。 ▶本文 8.3.「極限/類推/『~も』の使い方」を参照 ▶本文 2.4.「時の表現/時間範囲/~から + ~まで・~にかけて・~に至るまで」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~は言うまでもなく」を参照 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/なってくる・なっていく」を参照 <172> 次の「以前」は置き換え不能。 不況が続き、経済状態は、以前にもまして、悪くなりつつある。 以前の面影を探そうにも、すっかり変わって、見違えるほどだった。 そんな常識以前のことも知らないとは、まったくあきれ返った奴だな。 上の「以前」は時間名詞になっている。最初の「以前にも増して」は慣用的表現。 これ、ちょこまかして、人の前を歩くのではありません。 みんなが見ている前で、恥をかかされた。 子どものいる前で、両親は決して離婚話はしなかった。 上のような「場所/場面」を表す名詞「まえ」も置き換え不能。 使い分けワンポイント~までで 「~まで」には、次のような、期限を示す時間名詞を受け、あとに「これで終わります/今日でお別れですね/夏休みも明日でおしまいだ」といった「~で + 終了」をともなう使い方がある。番号「8」は、冒頭の「接続」や、まえの「以前」の使い方に示した番号の続きになる。 8. 時間名詞/期限+まで+で+終了 書類提出は、2月末までで締め切らせていただきます。 ▶本文3.4.「順接確定条件/手段/『~で』の使い方」を参照 「~までで」の理解には、次の変換が役立つかもしれない。 楽しかった夏休みも、とうとう明日までですね。 →明日までで、楽しかった夏休みも、とうとうおしまいですね。 年末の商品納入は、12月29日、金曜日までとします。 → 12 月 29 日、金曜日までで、年末の商品納入は、打ち切ります。 再入国ビザの申請は、平日の午前中、受理は午後5時までです。 →再入国ビザは、申請が平日の午前中、受理は午後5時までで終了です。 ご応募の締め切りは、今月の月末までです。 →ご応募は、今月の月末までで、締め切らせていただきます。 置換 [例2] 昨日は早く帰って、寝るまえ (に)、2時間ほどテレビを見ています。 →昨日は早く帰って、寝るまで、2時間ほどテレビを見ています。=寝る時間になって、2時間ほど見ていたテレビを消しました。→昨日は早く帰って、寝るまでに、2時間ほどテレビを見ています。=寝るよりも早い時間に、2時間ほどテレビを見ました。 帰りが遅くなりそうだから、出かける + まえは/まで、ジョギングしているよ。=ジョギングが終わったら、シャワーを浴びて、すぐ出かけるよ。 →帰りが遅くなりそうだから、出かける + まえに/までに、ジョギングしているよ。=ジョギングが終わったら、シャワーを浴び、少しゆっくりしてから、出かけるよ。ご飯ができる + まで/まえは、友だちと公園で遊んでいます。 <173> =ご飯ができたら/ご飯ができると同時に、家に帰ります。 →ご飯ができる + までに/まえには、友だちと公園で遊んでいます。 =ご飯ができないうちに、友だちと公園で遊ぶのを終えています。 =ご飯ができたときは、すでに家に帰っています。 次の「~まで/まえは」を「~までに/まえには」に置き換えると、不自然になる。 傷口が完治する + まで/まえは、入院しているそうです。 →傷口が完治すると、同時に/すぐ + 退院するそうです。 ×傷口が完治する + までに/まえには、入院しているそうです。 →傷口が完治しないっちに、入院するそうです。 =傷口が完治しようとするとき、入院して、完治したときも、入院したままです。 ×傷口が完治する + までに/まえには、退院しているそうです。 →傷口が完治しないうちに、退院するそうです。 用例 次の用例も「~まで/まえは」と「~までに/まえには」は異なることを表している。 ニュースが始まる + まで/まえは、テレビを + 消してあります/つけてあります。→ニュースが始まると、同時に/すぐ + テレビを + つけます/消します。 ニュースが始まる + までに/まえには、テレビを消してあります。 ニュースが始まるとき、テレビはすでに消えています。 ニュースが始まる + までに/まえには、テレビをつけています。 →ニュースが始まらないうちに、テレビをつけます。 ニュースが始まるとき、テレビはすでについています。 男は、警官のいることに気がつく+まで/まえは、逃げなかった。 →男は、警官のいることに気づいて、すぐ逃げはじめた。 男は、警官のいることに気づく + まえに/×までに、逃げはじめた。 →男は、警官のいることに気づかないうちに、逃げはじめた。 子どもがけがをする + まで/まえ、玩具の危険性に気がつかなかった。 =子どもがけがをしてはじめて、玩具の危険性に気づいた。 →子どもがけがをする + まえに/×までに、玩具の危険性に気づいた。 =子どもがけがをしないうちに、玩具の危険性に気づいた。 ×子どもがけがを+するまでに/したとき、すでに玩具の危険性に気づいていた。 ジャガイモがよく煮える+まで/まえは、火にかけておいてください。 =ジャガイモがよく煮えたら、すぐ火を消してください。 ニシャガ、、、クく火を消してください。 →ジャガイモがよく煮える + までに/まえには、火を消してください。 →ジャガイモがよく煮える + までに/まんには、火を消してください。 =ジャガイモがよく煮えないうちに、火をください。 =ジャガイモが、まだ生煮えの状態のとき、火を消してください。 梅雨に入る + までは/まえは、ずっといいお天気だって。 =梅雨に入ると、すぐお天気が悪くなるんだって。 ×梅雨に入る+までには/まえには、ずっといいお天気だって。 これ、チョウになる + までは/まえは、さなぎだったのよ。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 <174> 2.1.時の表現/基準時未実現 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 使い分け 「A + まえは/まで (は) + B/時間の『線』」と「A + まえには/までに (は) + B/時間の『点』」とに互換性が生まれるのは、Bに「~ている」が来る場 8時まで働いています。〈基準時同時間帯/「働く」の継続中/線〉 8時までに働いています。〈基準時以前既実現/「働く」の開始/点〉 8時まで会社に行っています。〈基準時同時間帯/「行った」の持続中/線〉 8時までに会社に行っています。〈基準時以前既実現/「行った」の終了/点〉 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞の種類と3つの基 「Bている」は、Bに〈継続動詞/働く〉がきて、動作の「継続中」か、Bに〈瞬間動詞/行く〉がきて、動作や変化が終了したあとの状態の「持続中」を表す。この場合は、どちらも〈基準時同時間帯〉になり、時間の「線」を表している。 しかし上のように、Bが〈継続動詞〉で「動作の開始」を示したり、〈瞬間動詞〉で「変化の終了」を示したりして、〈基準時以前既実現〉になり、時間の「点」を表すこともあるため、非常に紛らわしくなる。 例えば「置換」[例2]の「出かける+まえ(に)は/まで(に)(は)、ジョギングしている」の場合、Bが時間の「線」である「A+まえは/まで(は)」は「A=出かけるまえ、B=ジョギング継続」を表しているが、特に「A+まで(は)」は、同時に「A=出かけるとき、B=ジョギング終了」を意味している。 一方、Bが時間の「点」である「A+まえには/までに(は)」は「A=出かけるまえ、B=すでにジョギング終了」を表し、つまり「A=出かけるとき、B=ジョギング終了後の状態」を表している。 つまり、両者の違いは、わずかに「B=ジョギングの終了」が、Aの表すときを基準時とすると、前者「A + まえは/まで(は)」では〈基準時A既実現〉になり、後者「A + まえには/までに(は)」では〈基準時A以前既実現〉になるというだけにすぎない。 〈出かける+まえ(に)は/まで(に)(は)、ジョギングしている〉 出かける + まえは/まで (は) ジョギング → 同時終了 基準時=出かけるとき 出かける + まえには/までに (は) ジョギング終了 → 終了後の状態 これを図示すると、上のようになるが、違いは、ただ「基準時=出かけるとき」からのタイムラグだけなので、表している内容もほとんど等しく、非常に紛らわしい。 使い分けワンポイント ⑫ 「~まで/~までに/~まえに」と基準時 次頁の表は、AとBとの時間的関係を表したものであるが、Bを基準時とした場合、基本的に「~まで/~までに/~まえに」の3つのAが、〈基準時B未実現〉という共通項をもっていることを示している。つまりBを基準にすると、3つを識別できない <175> ことになる。 〈B=~ている〉 AまでB 基準時 A 基準時 B B = 基準時以前「継続中/持続中」 基準時「終了/再変化」 Aまでに B A まえに B B = 基準時以前既実現「開始/終了 A = 基準時未実現 基準時既実現 B = 基準時以前既実現「開始/終了」 基準時以前「継続中/持続中」 A = 基準時未実現 A = 基準時非実現 基準時未実現 (注)「AまえにB」は、時間の流れ「B→A」を示しているだけなので〈基準時非実現〉Bが実現しても、Aが実現しないことがある。〈基準時未実現〉Bの「継続/持続」が終了しないことがある。 また、基準となるB「~ている」が、〈基準時以前既実現〉や〈基準時同時間帯〉を表して一定ではないので、Bは基準となる資格がないことになる。つまり、AとBとの関係を示すのには、Aを基準時にしたほうがベターということになる。 通常の場合、基準時は文末Bになるが、この「A+まで(に)/まえに」や「A+とき/あと/とたん」など、特に違いや使い分けを鮮明にする必要のある場合は、Aを基準時にすることがある。 使い分けワンポイント 「~まで/~までに」と変化の「点と線」 「A + まえに(は)+ B」は、主題などの「~は」を省けば、基準時A以前で、Bの「継続中/持続中」も、〈基準時以前既実現〉も表すことができ、それぞれの場合で「A + まで/までに + B」に対応する上に、Bが基準時に、変化するかどうかも、Aが基準時以降、実現するかどうかも示すことができず、話し手の視点があいまいになるため、どのように使ってもエラーにはならないので、あまり問題にはならない。 しかし、使い分けにうるさい「A + までに/まで + B」のほうは、あいまいな「A + まえに(は) + B」よりも使用頻度が高く、当然エラーのでる確率も高くなる。特に「A + まで/までに + B」に対応するものが母語にない日本語学習者の場合はなおさらで、日本語学習者をとっくに卒業し、外国の人とは思えない「舌を巻くほど」パーフェクトな日本語を使う人が、ときにエラーを示すとすれば、決まって「A + まで/までに + B」である。 時刻など、時間の「点」を表す「~に」の有無というさぃな違いが、まったく異なった結果を生み出すので、なおさら難しくしている。 〈寝る+まで/までに、テレビを見ている〉 寝るまで テレビ OFF 基準時=寝るとき 寝るまでにテレビを見ている→テレビOFF→ずっとOFF <176> 2.1.時の表現/基準時未実現 〈ニュースが始まる+まで/までに、テレビを消してある〉 始まるまで テ レ ビ 始まるまでにテレビを消してOFF F → つけてON 基準時=ニュース開始時 ずっとOFF 〈ニュースが始まる+まで/までに、テレビをつけている〉 始まるまで 始まるまでにテレビをつけてON 消して OFF 基準時=ニュース開始時 「A + まで + B」のほうは、あとのBに「動作の継続中/状態の持続中」など、時間の「線」を示す表現を要求するが、さらに重要なのは、基準時Aになると「動作の継続/状態の持続」にピリオドが打たれ、同時に、それまでの事態とは異なる新しい「変化」が起こることをほのめかす点である。つまり、Bの見かけは、時間の「線」でありながら、話し手の視点は、時間の「点」をターゲットにしている。 これに対して「A + までに + B」は、時間の「~に」に、変化の「~に」が重なるような感じで、あとのBに「動作の開始/変化の終了」など、時間の「点」を示す表現を要求するが、さらに重要なのは、基準時Aになっても、まだ「動作開始後の動作/変化終了後の状態」がまだ「継続中/持続中」で、それまでとは異なる「変化」が起こらないことをほのめかす点である。つまり、見かけは、時間の「点」でありながら、話し手の視点は、時間の「線」をターゲットにしている。 この「見かけ (建前)」と「話し手のターゲット (本音)」とが、ちょうど逆になっていて、まるで裏表のある人が、人を騙すかのようなところが、使い分けを難しくしている。 使い分けワンポイント ⑭ 「~まで/~までに」と「継続/瞬間 + 動詞ている」〈晩ご飯 + まで/までに、宿題をしている〉 晩ご飯まで宿 題 を 晩ご飯までに宿題を終える 食事 基準時=晩ご飯開始 食事の開始を待っている → 食事 〈昼休み+まで/までに、報告書を作っている〉 昼休みまで 報 告 書 昼休みまでに を 作 報告書を終える 休憩 基準時=昼休み ほかの仕事をしている → 休憩 <177> ~まえに・~までに・~まで 「B=継続動詞+ている」の場合は、前頁のようになり、どちらも基準時Aで同じ事態を表しているので、エラーをしたとしても、聞き手には気づかれないし、あとで誤差が発見しても、たいした問題にはならない。 この場合、上のほうの「Aまで + B継続動詞ている」は、Bの「継続中 + 変化」を表すが、下のほうの「Aまでに + B継続動詞ている」は、Bの「継続中」ではなく、Bの「動作の終了 + その後の状態の無変化」を表している。 〈晩ご飯+まで/までに、家に帰っている〉 晩ご飯まで 晩ご飯までに 家 に 家に帰る 帰 ず ず いる→外出基準時=晩ご飯終了いる→在宅 試合まで と 〈試合+まで/までに、やせていた〉 試合までに せ やせる 太る 基準時=試合 减量中 「B=瞬間動詞+ている」の場合は、上のようになり、基準時Aで、まったく逆の事態を表しているので、エラーをすれば、誤解が生じてしまう。 この場合は、上のほうの「Aまで+B瞬間動詞ている」が、Bの「状態の持続中+変化」になり、基準時Aで「再変化」が起こる、つまり、Bとは反対の変化が起こることを表している。下のほうの「Aまでに+B瞬間動詞ている」は、Bの「持続中」ではなく、Bの「変化の開始+その後の状態無変化」を表している。 言い換えれば、上のほうは「持続していた変化後の状態B」に、基準時Aで「再変化」が起こるのに対して、下のほうは「開始した変化Bのその後の状態」に、基準時Aでも「変化」が起こらないために、両者の基準時Aでの事態が正反対になることを示している。 〈B=継続動詞 + ている〉 A + まで + B A + までに + B 基準時 A 以前 基準時 A B = 開始後の動作継続 → 継続の終了 = 変化 B = 継続の終了 = 変化 → 終了後の状態持続 = 無変化 (注)「A + までに」は、Bが「動作継続の開始」を表す場合がある。 〈B=瞬間動詞 + ている〉 A + まで + B A + までに + B 基準時 A 以前 基準時 A B = 変化後の状態持続 B = 変化の開始 持続の終了=再変化 変化後の状態持続=無変化 時間の流れとしてまとめると、上のようになる。 <178> 2.1.時の表現/基準時未実現 ⑮ 「~まで/~までに」と「瞬間動詞ている」 使い分けワンポイント 〈完治する+まで/×までに、入院している〉 完治するまで 完治するまでに 院 入院開始 中 → 退院 基準時=完治したとき 院 中 「A + まで/までに + B」は、Bに「瞬間動詞ている」がくる場合、まったく異なった事態を表しているので、上のように、一方が不自然になる場合がある。 上のほうは、基準時A「完治する」以前、B「変化/入院した」後の「状態の持続/入院中」と、基準時Aで、B「持続の終了/入院終了」つまり「再変化/退院」を表しているので、問題はない。 しかし、下のほうの「A+までに+B」は、基準時A「完治する」以前、B「変化の開始/入院する」になり、その後の基準時Aで、B「変化後の状態持続/入院中/無変化」を表して、常識的には異常なことが起こっている。 〈完治する + ×まで/△までに、退院している〉 完治するまで 完治するまでに 院 退院開始 入院 基準時=完治したとき また「入院している」を「退院している」にかえてみても、上のほうは、基準時A「完治する」以前、B「変化/退院した」後の「状態の持続/退院中」と、基準時Aで、B「持続の終了/退院終了」つまり「再変化/入院」となり、ありえない事態を表している。下のほうの「A+までに+B」は、基準時A「完治する」以前、B「変化の開始/退院する」になり、その後の基準時Aで、B「変化後の状態持続/退院中/無変化」となり、異常ではあるが、ありうる事態を表している。 〈B=瞬間動詞 + ている〉 Bの見かけ事態 Bの実際の事態 A〈まで〉持続状態 Aで持続状態の終了 〈までに〉変化の開始 Aにおいても変化後の状態持続 「A + まで/までに + B瞬間動詞ている」は、Bの「見かけの事態」とは逆になる「実際の事態」のほうで理解するほうが、エラーが少なくなる。つまり、基準時Aで「Bを終わらせる」場合は、前者「Aまで」を使い、基準時Aで「Bを続ける」場合は、後者「Aまでに」を使うことである。 使い分けワンポイント ⑯ 「~まで/~までに + ~ている」の使い方 B 「~ている」が、時間の「線」を表す「A + まで + B」と、時間の「点」を表す「A + までに + B」の違いは、前者が「基準時A以前Bの + 継続/持続」と同時 <179> に「基準時AでのBの+終了/再変化」を表し、後者が「基準時A以前Bの+既実現/開始や終了」と同時に「その後の無変化」を表す点である。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 以下、Bが「~ている」になる場合の使い方をあげておく。 1. ~まで + 動作の継続中 + 変化/~までに + 動作の開始 + 無変化 〈お客様がお見えになるまで、お待ちして(待ち続けて)おります〉 〈お客様がお見えになるまでに、お待ちして(待ち始めて)おります〉 客が来るまで 接客開始 駅で待ちはじめる → 待 ち 続 け て い る→出迎え 基準時=来客時 上のほうは、閉店近くに来る客への応対で「少しぐらい遅くなっても待っている」ことを表している。つまり「お客様のいらっしゃるのを待たずに、帰るようなことはしない。いらっしゃれば、お話を伺う」というメッセージである。 下のほうは、駅前などで待ち合わせる場合の応対で「客が来るまえから待ちはじめ、客が来たときに、駅で出迎える」ことを表している。つまり「駅のようなところで、お客様を待たせない」というメッセージである。 〈あとで替わりますから、行く+まで/までに、作業していてください〉 行くまで 行くまでに 作業開始 → 作業 し て い る → 交替? 基準時=話し手到着 上のほうは、話し手が到着すると「すぐに交替する」ことを聞き手に伝えている。下のほうは、作業開始の指示を出しているだけで、いつ交替するかは伝えていない。 〈結婚する+までは/までには、横浜の中華街で働いていました〉 結婚するまでは 辞職 結婚するまでには 勤務開始 → 勤 基準時=結婚時 Bが「継続動詞ている」となる「A + まで/までに + B」は、後者「A + までに」が「動作の開始 + 無変化」を表すと、Bが「瞬間動詞ている」の場合と同じことが起こり、基準時Aでの事態が両者で正反対になることがあるが、上の「結婚」が典型的である。 2. ~まで + 動作の継続中 + 変化/~までに + 動作の終了 + 無変化 〈お食事、会議が開かれるまで召し上がって(食べ続けて)いてください〉 <180> 2.1. 時の表現/基準時未実現 〈お食事、会議が開かれるまでに召し上がって (食べ終わって) いてください〉 会議が開かれるまで 会議が開かれるまでに 食事終了 上のほうは、会議を開く寸前まで、食事を続けることを勧めており、たとえ忙しくても、食事くらいは「ごゆっくり」というメッセージ。 下のほうは「早く食事を済ませて、会議に臨んでほしい」と頼んでおり、メッセージは「急がせて申し訳ない」である。 〈生け花とお茶は、結婚する+まで/までに、習っていました〉 結婚するまで 結婚するまでに 花嫁修行終了 〈この本は、返却期日になる+まで/までに、読んでいたい〉 → 読了→返却 基準時=返却期日 な い→返却 Bが「継続動詞ている」となる「A + まで/までに + B」は、後者「A + までに」が「動作の終了 + 無変化」を表す場合、基準時での結果はだいたい同じになる。 3. ~まで + 変化後の状態持続 + 変化/~までに + 変化(開始/終了)+ 無変化 〈彼女がバスに乗ってくるまで、彼は後部座席に座って(座り続けて)いた〉 〈彼女が乗ってくるまでに、彼は後部座席に座って(座り + 始めて/終えて)いた〉 彼女が乗ってくるまで 後ろの席に 座り続けている→ 席を替わる 彼女が乗ってくるまでに席につく→そのまま座っている 上のほうは、彼女がバスの乗ってくると、彼は今まで座っていた席を立って、彼女の座った席に近づくか、彼女に席を譲るといった展開が予想される。 下のほうは、後ろの座席に座って、彼女の乗ってくるのを待っていた彼のところに、彼女がやってくるといった展開が予想される。 〈その衣装、出番が来る+まで/までに、脱いでいてください〉 出番が来るまで 脱いだままでいる→衣装を着る 基準時=出番 出番が来るまでに 衣装を脱ぐ/着替える → 脱いだままで別の衣装を着ている <181> ~まえに・~までに・~まで 上のほうは、衣装を脱いだ俳優に「今は、そのまま脱いでいてもかまわないが、出番になったら、着てほしい」と勧めているところ。舞台に上がるときは、脱いだばかりの衣装を身につけることを指示している。 下のほうは、衣装をつけている俳優に「今は、着ていてもいいが、出番前には、脱いでほしい」と頼んでいるところ。舞台に上がるときは、今、着ている衣装とは異なるものを身につけるが、どんな衣装かは指示していない。指示しているのは「今つけている衣装のまま、舞台に上がるな」である。 〈日が暮れる+までは/までには、庭に出ていました〉 日が暮れるまでは 庭に出てそのまま庭にいた 日が暮れるまでには庭に出た 家の中に入った基準時=日暮れ 朝6時まで 〈あのスーパーは、朝6時+まで/までに+閉まっている〉 庭 に い た 朝6時までに 閉店する 開店する 基準時=朝6時 3月31日まで 〈3月31日+まで/までに+帰国しています〉 3月31日までに 帰国する → そ 国外に出る 基準時=3月31日 使い分けワンポイント 「~まで/~までに」のバリエーション 特に「A + までに + B継続動詞ている」のBが「動作の開始 + 無変化」を表す場合と、Bが「瞬間動詞ている」の場合とは、基準時Aでの事態が「A + まで + B」とまったく異なっているので、このような紛らわしさを避けるため、日常会話では、通常「A + までに + B」のBのほうに「~ている」を使わず、次のような時間の「点」を表す言い方にかえて話すことが多い。 お客様がお見えになるまでに、参りますので、ご安心ください。 あとで替わりますから、行くまでに、作業を始めておいてください。 結婚するまでには、もう横浜の中華街で働きはじめました。 お食事は、会議が開かれるまでには、お済ませください。 生け花とお茶は、結婚するまでに、習っておきました。 この本は、返却期日になるまでに、読みおわっておきたい。 彼女がバスに乗ってくるまでに、彼は後ろの座席に座っておいた。 その衣装、出番が来るまでには、脱いでおいてください。 日が暮れるまでに、庭に出ました。 あのスーパーは、朝6時までに閉まります。 <182> 2.1.時の表現/基準時未実現 勘違いが起こるのは、Bを時間の「点」にした場合、上のように、その後もBの事態に変化のないことを表しているのに、変化のない状態は時間の「線」になるので、ついあとでBに「変化」の起こる「A + まで + B/時間帯」を使ってしまう場合である。つまり、日本語学習者が混乱するのは、次のような場合の使い分けである。 *今まで、高校時代の友達と連絡しています。 =これから、高校時代の友達と連絡しなくなる。 *今までに、高校時代の友達と連絡しています。 =以前、高校時代の友達と連絡したことがある。(これからは不明) 今も、高校時代の友達と連絡しています。 =これからも、ずっと高校時代の友達と連絡していきます。 特に「~まで」を使った場合に、これまで「継続/持続」していた状態「高校時代の友達と連絡」に「ピリオドが打たれ/連絡が途絶え」て、これまでとは違った「変化/状態/連絡しなくなるという事態」が起こるという点が忘れられ、これまでの状態が、これからも続くと錯覚することである。 ※昨夜は遅く寝て、今朝、遅く起きました。(「怠惰」のイメージ) →昨夜は遅くまで起きていたので、今朝は、遅くまで寝てしまいました。 昨夜は遅くまで起きていましたが、今朝は早く起きました。(「勤勉」のイメージ) 風邪で頭が痛くて、昨夜は早く寝て、今朝も、遅くまで寝ていました。 「早寝早起き」は、このまま「早く寝て、早く起きる」といえるが、逆の「遅く寝て、遅く起きる」は、必要もないのに「わざわざ遅い時間になってから寝て、遅い時間になってから、やっと起きてくる」といった怠惰な習慣を表してしまうので、もし徹夜などが「勤勉」というイメージなら、受験勉強で「朝まで/昨日は遅くまで + 起きていた」が使われる。ただ「遅くまで寝ている」は、やはり「怠惰」のイメージである。 これまで日本語を勉強してきましたが、これからも続けていこうと思っています。 文楽や歌舞伎には、これ+まで/までに+興味をもっていましたが、今日のお話を機会に、これからは、公演があれば、見に行こうと思います。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/なってくる・なっていく」を参照 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/『前触れ』と『ためらい』」を参照 上のような「これまで+B」は、話し手現在「今/今日」において、Bの事態が「中断/中止/終了」したことを示している。つまり「日本語の勉強をやめた/興味を失った」を表しているので、後半の「~が」以下がないと、話し手の気持ちが伝わらない、というより、誤解を招いてしまう。 2つの文をつないでいる「~が」は、婉曲的な「前触れ」や「ためらい」ではなく、対比的な逆接関係を示し、話し手の「昔のことは、昔のこととして、今日で清算したい。そして、これからのことは、これからのこととして、改めて今日から始めたい」という気持ちを表し、あたかも新年を迎えるに当たって、過去「過ぎゆく年」と将来「来る年」とを区切って、新たな気持ちになるように、今日という日を境に、過去と未来に「けじめ」をつけ、新たな決意を示そうとする気持ちが働いている。 これまでいろいろお世話になりました。これからもよろしくお願い申し上げます。 <183> 例文の後半を省略して、前半だけで終わってしまうと、あとに「本当にありがとうございました。では、これで失礼致します」を省略した別れの挨拶にかわってしまう。 2.2. 時の表現/基準時直前 ~にあたって・~に際して Aにあたって:積極的にプラスのAを受け入れる重要なときに。 Aに際して:プラスやマイナスのAを受け入れる重要なときに。 接続 力詞-る/名詞+に+あたって/際して 力詞-る/名詞+に+あたって/際して+の+名詞 形態 文体にかかわらず「~に + あたり/際し」という形態がある。〈超敬体〉では「~に + あたりまして/際しまして」が多用される。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~際(に)」を参照 ▶巻末「文体」を参照 互换性 換性 Aをプラスの事態として、積極的にAを受け入れる場合には、互換性がある。 置換 [例] 開会にあたり、ひと言、ご挨拶、申し上げます。 次のように、置き換え可能。 開会に + あたって/あたりまして、ひと言、ご挨拶、申し上げます。→開会に + 際し/際して/際しまして、ひと言、ご挨拶、申し上げます。 次のような場合も、置き換え可能。 この + イベント/フェスティバル + を成功させるに + あたりまして/際しまして、ご協力、ご支援を賜りました皆様方に、厚く御礼申し上げます。 閉幕するに + あたり/際し、お礼を兼ねて、主催者側からの土産物が配られた。 協議書を交わすに + あたって/際して、互恵平等の原則を確認しておきたい。 レースを始めるに + あたって/際して、今どんなお気持ちか、お聞かせください。 出庫に + あたって/際して、ロットと数量の確認作業を行なってください。 車の買い替えに + あたって/際して、各社数台の価格と性能とを比較してみたい。 試験を受けるに + あたって/際して、絶対にあがらないよう、願をかけておこう。 年頭に + あたって/際して + の今年の抱負は、何よりも禁煙、ただ禁煙あるのみ。 新製品発表に + あたって/際して + の記者会見が開かれることになっている。 手術をお受けになるに + あたって/際して + のご質問は、担当医にお願いします。 実験に + あたって/際して、危険物の取り扱いには、十分、注意してください。 登山に + あたって/際して + の注意事項を、もう一度、確認しておきましょう。 以下は、卒業論文作成に + あたって/際して + の書式に関する注意点です。 交渉を進めるに + あたって/際して + の最大のポイントは、クレーム処理でした。 会議運営に + あたって/際して + の難しさは、全メンバーの立場が違うことです。 番組を担当するにあたりまして、視聴者の方たちの声を大切にしています。 <184> 用例 次の用例の「~にあたって」と「~に際して」は、互換性がない。 今回の大会を実現させるに + あたりまして/×際しまして、これまで裏方として、労を惜しまず立ち働いてくださいました大勢の方たちがいらっしゃいます。その方々に、この場をお借りして、お礼を申し上げたく存じます。 →今回、この大会を開催するに + あたりまして/際しまして、明日の試合出場に + あたって/×際して、チーム全員はすでに一丸となっている。来週、投票するに + あたり/×際し、立候補者のプロフィールを作成してみた。仲人として式に出るに + あたり/×際し、思いきって礼服を新調することにした。日本へ出張するに + 際し/×あたり、通訳を含め、2名の部下を連れていった。競技会参加に + 際して/×あたって + の服装は、指定のものを着用してください。非常に + 際しまして/×あたりまして + は、どうか落ち着いて行動してください。地震や火災など、不慮の災害に + 際して/×あたって + の備えは十分でしょうか。彼は臨終を迎えるに + 際して/×あたって、子どもを一人ひとり枕元に呼んだ。受刑者は、処刑に + 際し/×あたり、牧師に懺悔することが許されている。 使い分け どちらも、フォーマルな場でのスピーチやインタビュー、アナウンスやコマーシャル、さまざまな「お知らせ」や「お願い」などで、話し手が聞き手に「普段とは異なるときを迎えている」ということを知らせるためによく使われる。 新聞や雑誌の記事、小説やエッセイなど、公にすることを目的としたものはもちろんであるが、また「置換」[例] の「車/試験/年頭」と、「用例」の「仲人」など、話し手個人のことにも使われる。ただ話し手個人の場合、重大な事態に直面した話し手が、勇みたっている印象を与えるので、日常の会話で使われることはなく、日記や独り言で、自分自身に言い聞かすようなときに使われる。 「A + にあたって (の) + B」と「A + に際して (の) + B」に互換性があるのは、次の2つの場合である。 1. [例] の「開会」~「手術」:「Aの開始まえ」とも「Aと同時」ともとれる場合 A + にあたって (の):Aが開始する直前の時間/基準時B未実現 A + に際して (の):Aが開始するのと同時間/基準時B同時間 明日の出庫に + あたって/×際して、今夜のうちに確認作業を行なってください。 明日の出庫に際しては、忘れず確認作業を行なってください。 上のほうは「出庫 + 直前/前日」を表し、下のほうは「出庫時」を表している。 2. [例] の「実験」~「会議」:「AがBと同時進行/基準時B同時間帯」の場合 A + にあたって (の):ダイナミックに進行するAの動態的プロセス A + に際して (の):抽象化して動きの少ないAの静態的プロセス 実験に + あたって/※際して + は、事故を起こさないように注意してください。 実験に + 際して/△あたって + は、事故の起こらないように注意してください。 上のほうは「危険な実験」の場面、下のほうは「実験中」の場面をイメージする。 したがって「 1」の場合も「 2」の場合も、口頭による指示や注意なら「~にあたって (の)」が、文書によるものなら「~に際して (の)」が多用される。 <185> ~にあたって・~に際して 解説 」上のような違いが出るのは、前者の基本にある「~にあたる」には、ものごとに「ぶつかる/とり組む/対処する」といった意味が隠されているのに対して、後者の基本にある「さい」とも「きわ」とも読む「際」には、普段とは異なる「特別なとき/非常時/祝儀や不祝儀のとき/受け入れざるをえない運命のとき」といった響きがあるからである。これを図示すると、次のようになる。 ← 進行中 → 終了 出庫直前:出庫にあたって/出庫時:出庫に際して プロセス:実験に+あたって(動態)/際して(静態) 使い分けワンポイント ① 「~に + あたって/際して」の非互換性 「A + にあ のは 1. 用例「大会」~「競技会」:「Aの開始直前/Aと同時」のどちらかを表す場合「×A + に際して」:A基準時B未実現「大会」~「仲人」「×A + にあたって」:A基準時B同時間「出張/競技会」 〈大会を実現させるに + あたり/※際し、働いてくれた裏方の人たちに礼を言う〉 〈大会を開催するに + あたり/際し、働いてくれた裏方の人たちに礼を言う〉 大会を実現させる→開催する 実現に+あたって/×際して:開催前に働いてくれた 実現/開催 + にあたって:開催前に礼を言う/開催に際して:開催時に礼を言う 〈出場/投票/結婚式 + にあたり/のまえに、チームが一丸/リスト作成/礼服新調〉 〈出張/競技会参加 + に際し/と同時に、部下を同伴/ユニフォーム着用〉 チームが一丸/立候補者リスト作成/礼服新調→試合出場/投票/結婚式 出張/競技会参加=部下を同伴/ユニフォーム着用 2. 用例「非常」~「受刑者」: Aに動作性のない事態がくる場合 「× A + にあたって」: Bにダイナミックな動作性をもつ行動がくる 互換性のない「Aに際して B」のAには、プラスやマイナスの事態にかかわらず、動作性のない名詞「事故/火事/披露宴/葬儀/入学式/見本市/展示会」などがくるが、これらに「Aにあたって B」を使うと、警官や消防士の人が事故や火事に対処したり、担当者が行事にとり組んだりしているような B と呼応することになる。 使い分けワンポイント ② ~に先立って・~うえで/~に先立つ・~うえでの 開会に + 先立ちまして/あたりまして、ひと言、ご挨拶、申し上げます。 閉幕するに先立ち、お礼を兼ねて、主催者側からの土産物が配られた。 <186> 協議書を交わすに先立って、互恵平等の原則を確認しておきたい。 新製品発表に + 先立つ/×先立っての + 記者会見が開かれることになっている。 出庫に先立ち、ロットと数量の確認作業を行なってください。 来週、投票するに先立ち、立候補者のプロフィールを作成してみた。 接続:動詞 - る/名詞 + に + 先立って 名詞 + に + 先立つ + 名詞〈文体〉にかかわらず「~に先立ち」という形態がある。〈超敬体〉では「~に先立ちまして」が多用される。 「A + に先立って + B」は「普段とは異なる重要なAを始める前段階でBを行なう」といった意味を表し、スピーチや新聞記事などでよく使われるが、AとBの間には、儀式の順序を示す「式次第」のような、プログラム上の「時間的序列」が存在している場合にしか使うことができない。 互換性をもつ開始直前の「A + にあたって + B」と比べると、BがAの「前段階」を示す「A + に先立って + B」のほうが、AとBの間隔がはるかに大きい印象を与える。この + イベント/フェスティバル + を、成功/実現 + させるに先立ち、いろんな + 企画/アイディア/ノウハウ/方法論 + を出しあった。 したがって、上のような場合Aの前段階にあたるBに制限が生まれてくる。 最愛の妻に先立たれた夫は、悲しみのあまり、天国まで探しに行った。 息子に先立たれて、生きる希望を失った父親は、酒に溺れはじめた。 「~に先立って」を理解するキーワード「先立つ」には、上のような使い方もある。 実験する + にあたって/※うえで、危険物の扱いには、十分に注意してください。 登山する + に際して/※うえで + の注意事項を、もう一度、確認しておきましょう。 卒業論文を書く + うえで/にあたって/に際して、書式に関する以下の点を守ってくだ 交渉を進めるうえでの最大のポイントは、クレーム処理でした。 会議を運営するうえでの難しさは、全メンバーの立場が違うことです。 番組を担当する + うえで/に際して、視聴者の方たちの声を大切にしています。 接続:動詞-る+うえで動詞-る+うえで+の+名詞 ▶本文 2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~たうえで」を参照 ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~うえは」を参照 ▶本文 8.2.「極限/原因と結果/~うえに」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~うえに~も」を参照 「A - る + うえで + B」は書き言葉で、特に「重要なAを始めるまえから、終わるまでの過程のなかで、起こりうるB」を述べる場合に使われるが、Bには「問題点/重要ポイント/必要条件/必然性」などがくる。 したがって、最後4例のような過程を表す「Aに+あたって/際して+B」と互換性がある。 ただ「~うえで」は、たとえプロセスを示す文脈でも、最初2例のような話し言葉の〈働きかけ文〉とはなじまないが、次のように書き言葉の〈働きかけ文〉に換えると、不自然さは消える。 実験するうえで、下記の薬品の取り扱いには、特に注意してください。登山するうえでの注意事項を、出発前に、もう一度、確認しておこう。 <187> これは、スピーチなどに多用されるフォーマルな話し言葉「~に + あたって/際して + B」が、Bの文末にある〈働きかけのモダリティ:~ください/~ましょう〉と呼応できるのに対して、書き言葉専用の「-る + うえで + B」は、〈述べ立てのモダリティ〉と呼応しやすいためかと思われる。 したがって「A - る + うえで」は「A + に際して」より、さらに「Aの抽象的静態的プロセス」を示し、聞き手に説明を与える場合に多用される。 協議書を交わす + うえで/にあたって、互恵平等の原則を確認しておきたい。 手術をお受けになる + うえで/にあたって + のご質問は、担当医まで。 車を買い替える + うえで/にあたって、各社の価格と性能を比較してみたい。 このイベントを成功させる + うえで/にあたって、ご支援を賜りました/裏方として立ち働いてくださいました + 皆様方に、厚く御礼申し上げます。 また、開始直前を表す「~にあたって」とも互換性があるが、この場合でも「_る+うえで」は文末と響かず、例えば、最後の「〜うえで」は「賜った/くださった」と呼応して、内輪の会で「協力してくれた人がいた」という事実確認になってしまう。 これに対して「~にあたって」は、礼を述べている文末と呼応し、しかもAが「普段とは異なる特別なとき」を表しているので、舞台にたって、聴衆に呼びかけるような晴れがましさがあり、公の場でのスピーチにふさわしい。 年齢を重ねていくうえで、忘れてならないのは、友への感謝であろう。 人が成長するうえで、思春期が最も美しいというのは、間違った考えである。 3歳児からの子育てをするうえで、この本は役に立つかもしれません。 「A + うえで」のAが「重要なとき」を表すからといって、特に「普段とは異なる特別のとき」とは限らないので、上のような場合は「Aに + あたって/際して」に置き換わらない。ただ「A + うえで」が最もよく使われるのは、上のような〈述べ立て文〉である。 専い分けワンポイント ③~を前に(して/した)・~を控えて/~を控えた 出来事を前に(して):数時間後に出来事が始まるという現実的な直前出来事を(未来の時点に)控えて:時間の長短を問わず、心理的な直前 出来事の直前を表す場合は、置き換え可能。 俳優たちは、出番を + まえにして/(目前に)控えて、化粧に余念がなかった。 搭棄を + まえに/控えて、免税店をのぞき、コーヒーショップで時間をつぶした。 筆記試験を終え、面接試験を + まえにした/控えた + 応募者は緊張した面持ちだ。 ▶本文2.1.「時の表現/基準時未実現/~まえに」を参照 「~を控えて」のほうが、わずかであるが、時間的な余裕を感じさせる。 どちらも書き言葉で、第三者を描写するのに使われる。たとえ話し手自身のことに使われても、描写の対象となった話し手である。 大事な試合を + 5日後に控えて/まえに、けがをするとは、日ごろの練習不足だ。 入試を + 1年後に控えて/※まえに、ようやく世間並みの受験生らしくなった。 事態の直前を表わさない「~を控えて」を「~を前に」に置き換えると、上のように、 <188> 直前にかわってしまうか、置き換え不能になる。 父は、久しぶりに帰国した弟をまえにして、喜びを隠しきれなかった。 休暇を終えて出勤、机に山積した書類をまえに、思わず立ちつくした。 香港は、後ろに中国大陸を控え、無限の可能性を秘めた貿易港である。 彼の新居は、海をまえに、後ろに山を控えた高台に位置していた。 ほかに「場所 + を + 前に (して)/後ろに控えて」となる使い方があるが、上のように、位置関係が前後になるほか、前者は場面や空間、後者は空間の広がりを表すので、置き換えることができない。 使い分けワンポイント Aに臨んで:プラスやマイナスのAへの参加に際して Aに面して:直面したマイナスの非常事態Aに際して Aが非常事態の場合は、基本的に置き換え可能。 危機的状況に + 臨んで/面して + はじめて、その人の人となり、真価がわかる。 親の死に + 臨んで/面して、それまで仲のよかった兄弟は、いさかいを始めた。 非常事態に + 臨めば臨む/面すれば面する + ほど、非凡な力を発揮する人がいる。 どんな困難に + 面しても/×臨んでも、堂々と対処できる精神力を養っておこう。 危機に + 面しても/×臨んでも、冷静に適切な行動のとれる人を尊敬しています。 試合/試験/結婚式 + に + 臨んで/×面して、緊張を隠しきれなかった。 「Aに臨んで」は、自ら進んで、その場に行ったり、その場面に居合わせたりして、Aの事態に参加することを表すが、逆に「Aに面して」のほうは、偶然にまたは受身的に、その事態に直面したことを表すので、Aが「天災/戦争/倒産/挫折」といった危機の場合、前者では、危機をものともしない勇敢な人が思い浮かび、後者では、うろたえ騒ぐ弱い人間のイメージになる。 そのホテルは、海に + 臨んで/面して、高台/水際 + に立っていた。 湖に + 臨んだ/面した + 教会から、ときおりウェディングベルが聞こえてくる。 川に沿っているバラ圜に + 面した/×臨んだ + 窓は、花期を待って開け放たれた。 ほかに「横方向に広がりをもつ空間に+臨んで/面して」となる使い方があるが、話し手のいる位置が、前者なら、広々とした空間を、やや上のほうから見下ろすところ、後者なら、正面横に広がる空間が目の前に見えるところなので、たとえ置き換わっても、話し手の視点の位置と、景色の縦横の方向が異なっている。 大阪湾を望む六甲山頂からの夜景は、世界三大夜景に数えられている。高層ビルの展望台から街を望むと、愚かな人間の営みに目を奪われる。 「~にのぞむ」ではなく、もうひとつ「遠く見渡す空間 + を + のぞむ/見下ろす」という使い方があるが、この場合の漢字は「臨む」ではなく「望む」が使われる。 <189> 2.3. 時の表現/基準時同時間帯 ~ながら・~つつ AながらB:A Bが動作の場合は同時性、Aが状態の場合は逆接条件を表す。AつつB:上と同じ。ただ古語で、慣用的表現が多く、使い方に制限がある。 形態 「~ながら」には、名詞を修飾する「~ながらの」や、慣用的な使い方をする「~ながらに/~ながらにして」という形態がある。 ▶本文6.3.「変化の表現/比例変化/~つつある」を参照 動詞に接続して、順接逆接の同時性を表す場合、互換性がある。 [例1] 夫を亡くしてから、母は細腕ながら、私たち5人の子どもを育て上げた。 次のように、置き換え不能。 *夫を亡くしてから、母は細腕つつ、私たち5人の子どもを育て上げた。 次の「~ながら」も「~つつ」に置き換わらない。 何だ。静かだと思ったら、テレビ、見ながら寝ちゃって。おい、風邪引くぞ。 コーヒーでも飲みながら、オシャベリしない? ちょっと愚痴を聞いてよ。 ねえ、ご飯、食べながら、新聞、読むの、やめてくださらない。不愉快よ。 夢か? 海辺のテラスから、恋人と夕日を見ながら、カクテルを飲んでたみたい。敵/子ども/新人/マイナーリーグ/下手 † ながら、みごとな攻撃ぶりだった。 ええ、今日、お会いしましたが、お元気ながら、少し足が弱られたようですね。 冬は寒いながら、セントラルヒーティングなので、室内は南の地方よりも暖かい。 用例 次の用例は、互換性がある。 窓の景色を眺め + ながら/つつ、過ぎ去りし日々を思い返していた。 ▶巻末「古語/助動詞/過去『き』を参照 涙をおさえ + ながら/つつ、恨みのこもった美しい眼差しを上げた。 起きよう、起きようと思い + ながら/つつ、いつしかまた眠りに落ちていった。 「あれはうそ」と知り + ながら/つつ、まだ来ぬ人を、雨のなかで待ちつづけた。 ▶巻末「古語/助動詞/否定『ず』を参照 いやだとは言い + ながら/つつ + (も)、まんざら嫌いでもないらしい。 列車は動きだし + ながら/つつ、いかにもホームに残る人の「別れの挨拶」に答えるかのように大きく汽笛を鳴らし、駅構内を煙で包みこんだ。 彼は舞台の下から華麗な姿を現しつつ、大きく見栄を切って観客をにらんでいた。 誰かを呼ぶ声に、彼女は夜道に立ちどまりつつ、首だけ回して後ろをふり返った。 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~とはいいながら」を参照 使い分け 「X + は/が + A + ながら + B」は、Xに意志があり、Aに〈動作動詞/意志動詞〉など、動きを感じさせる動詞がきて「動態」を表す場合、Aは順接条件になり、基準時Bと同じ時間帯に進行している動作を表す。 ▶巻末「動詞の種類/動詞と時の表現」を参照 <190> 2.3.時の表現/基準時同時間帯 しかし、Xに意志があるかどうかにかかわらず、Aに(状態)名詞や形容詞、また「~ている/~ておく」など、状態性のあるものがきて「静態」を表す場合、Aは逆接確定条件になり、基準時Bと同じ時間帯にある状態を表す。 今年の抱負を語り + ながら/つつ、社員たちの反応を確かめていた/心の奥底に虚しさが広がっていった。 雨は勢いを増し + ながら/つつ、決壊させんばかりに堤を襲っていた/堤を決壊させるまでには至っていなかった。 上の例の A と B が、順接関係にある場合、B「確かめている/襲っている」と同時間帯に、A は「今 + 語っている/増している」という動作や変化の継続中を表しているが、逆接関係の場合、A は「すでに + 語っている/増している」という動作や変化の終了後の状態〈基準時 B 以前既実現〉を表している。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 壁を壊し + ながら/つつ、解体作業を進めていった。 壁を壊し + ながら/×つつ + (も)、謝りもせず黙りこくっている。 彼女は、やせ + ながら/つつ、見違えるように健康をとり戻した。 彼女は、やせ + ながら/つつ + (も)、不健康な食事制限を続けている。 ところが動詞にしか続かない「A+つつ+B」は、順接関係の場合は「A+ながら+B」と同じように使われるが、逆接関係の場合は使い方が異なり、Aは「すでに+語っ/増し/壊し/やせ+ている」という動作や変化の終了後の状態〈基準時B以前既実現〉を表しているのではなく、Bと同時間帯に、Aは「今+語っ/増し/壊し/やせ+ている」という動作や変化の継続中を表している。つまり順接でも逆接でも、Aは〈基準時B同時間帯〉を表すことになる。 また「~つつ」は、古語表現の書き言葉なので、現在、話し言葉はもちろんのこと、書き言葉でさえ、使う人がいるかどうか定かではない。 それでは、これから、討論に入りたく存じます。みなさまのお考えをお聞きし/先ほどの課題を検討し + ながら/△つつ、問題解決の手がかりを探っていければと存じます。 上のような書き言葉とみなされるフォーマルで、オフィシャルな話し言葉に使われたとしても、時代錯誤的で、不自然さを感じさせる。 これまでにあげた「~つつ」の例は、古い文献などでしか見られないものであるが、もしかすれば、時代劇を専門とする作家たちなら、今も使っているかもしれない。 解説 例えば、順接の「~て」に「~も」がつくと、逆接仮定条件「~ても」となるように、同時性を示す順接逆接の「A + ながら/つつ」に「~も」がつくと、逆接確定条件しか示さない「A + ながらも/つつも」になる。 壁を壊し(てい)ながら、謝りもせず黙りこくっている。 彼女はやせ(てい)ながら、不健康なダイエットを続けている。 会社に帰りながら、取り引き先でのことを、すべて報告しなかった。 体の動きを止めながら、心は先を急いでいた。 作業着をひどく汚しながら、洗濯もしない。 ▶巻末「動詞/動詞の分類/動詞の種類」を参照 <191> Aが「壊す/やせる/帰る/止める/汚す」といった〈内的限界動詞〉の場合、Aは動作終了後の状態を表している。したがって「A + ていながら」とするほうが、逆接関係が明確になる。 今年の抱負を語りながら、心の奥底に虚しさが広がっていった。 彼はおいしそうに食べながら、吐き気がするほどまずいと思っていた。 彼らふたりは、会うと必ず、互いの顔を見ながら、知らんふりをする。 顔で苦しみを表しながら、心では笑っているのかもしれない。 しかし、Aが「語る/食べる/見る/表す」のような〈非内的限界動詞〉の場合、継続中の動作を表しているのか、動作終了後の状態を表しているのか、区別できなくなってしまう。 しかも、AとBの関係が、逆接なのか、順接なのか、話し手に聞いてみるよりほかないという場合が多い。 この場合、Aを「基準時同時間帯/継続中」の動作として読むと、Aは「順接条件」になり、逆に「基準時以前既実現」の動作、または「動作終了後」の状態として読むと、Aは「逆接条件」になると考えられる。 順接で読むほうが、複雑な心理を表していそうな気がするが、もし逆接関係を表したければ、やはり「~も」をつけるほうが、聞き手には親切な表現になる。 使い分けワンポイント ① 逆接関係の「~ながら」と「~つつ」 橋の袂まで行き + ながら/つつ、河原で遊ぶ子どもの姿を目で追った/思いなおして引き返してしまった。 ガス台の前に立って料理し + ながら/つつ、学校で聞かされた子どもの素行に心を悩ませた/うっかり鍋を焦げつかせてしまった。 ▶本文5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~とはいいながら」を参照 逆接関係の「A + ながら/つつ + B」は、どちらも具体的な場面に即して使われ、例えば「×先生/医者 + ながら、科学的なことには興味がない」や「×彼はいつも、雨のなかを歩き + ながら/つつ、傘もささない」といったような使い方は不自然になるが、動作や変化を表す動詞Aの状態によって、次のような違いがある。 A = 逆接条件 ~ながら Bを基準に ~っっ 終了後の状態 B = 基準時 継続中の状態 基準時以前既実現 (參考) 順接関係 基準時同時間帯 したがって、上の「橋の袂まで行き/料理し + ながら/つつ」が逆接条件になる場合、前者「~ながら」なら、文末の「引き返し/焦げつかせ + てしまった」と呼応し、後者「~つつ」なら「思いなおして/うっかり」を修飾していることになる。 胃の痛みを覚え + ながら/つつ、仕事を続けた。 上の「覚え + ながら/つつ」は、順接条件でも逆接条件でもよいが、逆接条件とす <192> 2.3.時の表現/基準時同時間帯 れば、前者の「胃の痛み」は、昨日今日のものではなく、かなり以前から続いているといった印象を受ける。これに対して、後者は、基準時「仕事を続けた」と同時間帯の「痛み」を表している。 うそと知り + ながら/つつ、まだ来ぬ人を、雨のなかで待ちつづけた。 上は、演歌などに限られるが「~つつ」が現代語のなかで、いまだよく使われる例であるが、むしろ「うそと知りながら」のほうが、不自然さを感じさせる。 というのは、すでに「あの約束はうそだった」とわかっているのに、待ち続けるのは、いくら「恋のなせる業」とはいえ、現実的ではない。 ところが「うそと知りつつ」のほうは、あの約束は「うそかもしれないし、うそでないかもしれない」という心の揺れを表し、おそらく「うそにちがいない」と思ってはいるが、万にひとつ「来るかもしれない」という望みにすがりついている場面を表している。 うそと知り + ながら/△つつ、捨てたつもりで金を貸した。 上の例では、やはり「~ながら」のほうがぴったりである。 使い分けワンポイント ② 「~ながら」の使用制限 「A + ながら + B」は、AとBが動詞で、逆接関係にある場合、Aは〈基準時B以前既実現〉の動作を表すが、順接関係にある場合、AとBは、時間的な長さが「A=B」になる同時間帯の動作に使われる。 ご飯/お酒 + を + 食べ/飲み + ながら、テレビを見る/話をする。昼間、働きながら、夜は定時制高校に通って、日本語の勉強をした。 例えば、実際には、Aの「ご飯を食べる/お酒を飲む/高校に通う」時間よりも、Bの「テレビを見る/話をする/働く」時間のほうが長いとしても、上の例は、小説や物語、ドラマや生活の一場面、いわば短時間に圧縮された「ひとこま」を描きとったものにすぎず、AやBの初めから終わりまでの全過程をとらえているのではない。 立って/※立ちながら + 食べないで、座って/※座りながら + 食べて。 じっと + して/※しながら + お酒を飲んでいた/お酒を飲まなかった。 足がしびれて/※足がしびれながら/酔って/※酔いながら + 歩けなかった。 立ち上がりながら、酔って歩けなかった。(逆接確定関係) おとなしくじっとしながら、その目は怒りに燃えていた。(同上) 足がしびれ/酔い + ながら、気づかれないように立ち上がった。(同上) ▶本文 6.4.「変化の表現/不変化/~まま/付帯状況」を参照 したがって、上のように、AとBが同時間帯にあることを表していても、AとBにダイムラグがあり、Aが〈基準時B以前既実現〉の動作を表す「付帯状況」の場合、使うことができない。 上のような「付帯状況」に「~つつ」も使えないが、もし「立ち + ながら/つつ + 食べる」が成り立っているとすれば、2つの動作「立つ」と「食べる」が、スローモーションで同時進行している「ひとこま」をとらえている。 <193> 使い分けワンポイント ③「~つつ」の使用制限 うそと知ってい + ながら/※つつ、だまされるほうも悪いんじゃないですか。 部屋はきちんと片付けてあり + ながら/※つつ + も、夫婦の住む気配はなかった。 さっきご飯を食べておき + ながら/※つつ、また食べるんだって、おじいちゃん。 すぐにでも出かけようとし + ながら/※つつ、なぜか玄関口でぐずぐずしていた。 冗談が好きで、いつも楽しそうにし + ながら/※つつ、どこか翳のある若者です。 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~つつある」を 「~つつ」は古語なので、〈働きかけ文〉や〈問いかけ文〉をはじめとする話し言葉に使われないのはもちろんのこと、上の例に使われている「~ている/~てある/~ておく/~(よ)うとする/~そうにする」といった現代語的な表現に使うと、不自然さを感じさせる。 これは「~つつある」に最も典型的に示されているように、もともと「~つつ」は、動作や変化の進行過程を表すものなので、上のような表現を内に含んでいるからである。出発/到着 + し + つつ/×ながら、列車はスピードを + 上げ/落とし + ていった。 したがって「~つつ」は、ほとんど一瞬の変化である「出発/到着」のような過程を表すことができるが、これに対して「~ながら」は、あまりにも短い変化過程を表すことができず、これを〈基準時以前既実現〉の変化結果としてとらえ、次のように、逆接確定条件を表すことになる。 出発/到着 + し + ながら/×つつ、列車は + すぐまた停まってしまった/ドアが開かなくなっていた。 逆に「~つつ」は、内に含んだ変化過程が邪魔をして、変化結果を表せない。 両親は、せっかく来日し + ながら/×つつ、すぐ風邪を引いてしまい、結局、どこも観光せずに、帰ってしまった。 ×両親は、来日し + ながら/つつ、あちこち観光をして、帰っていった。 ×合格し + ながら/つつ、入学手続きをする→合格しながら、入学手続きをしない。 漢字語「合格/入学/卒業」や「開幕/閉幕」などが使われ、変化が概念となって抽象化すると、変化過程を含まなくなり、順接関係にさえ「~つつ」は使えなくなる。 使い分けワンポイント ④ 前触れを表す「~ながら」 残念/遺憾 + ながら、今大会では、優勝できませんでした。 →今大会で、優勝できなかったのは、本当に + 残念/遺憾なことです。 僭越ながら、そのことについて、一言、言わせていただきたい。 →そのことについて、一言、言わせていただくのは、僭越なことなのだが。 恐縮/ご足労+ながら、こちらまでお出まし願えまいか。 →こちらまでお出まし願うのは、誠に + 恐縮/ご足労 + ではあるのだが。 当然のことながら、来週の月曜日も、定例会なのですが、ご参加のほど。 →来週の月曜日も、定例会なのは、当然のことなのですが、ぜひ、ご参加のほどを。 珍しいことながら、部長が会議を欠席なさるそうです。 →部長が会議を欠席なさるのは、非常に珍しいことなのですが。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/前触れ」を参照 ▶巻末「文/文とモーダス要素」を参照 <194> 2.3. 時の表現/基準時同時間帯 例にあげた「A + ながら + B」は、A「(状態)名詞」に接続しているが、逆接関係を表しているわけではない。Aは、基準時Bに対して〈既実現〉ではなく、〈未実現〉や〈同時間帯〉を表し、しかも〈モーダス要素〉となって、文末と呼応しながら、前触れの機能を果たしている。 ふつつか/未熟+ながら、しばらくの間、ご案内させていただきます。 ×しばらくの間、ご案内させていただくのは、ふつつか/未熟+ですが。 →ふつつか/未熟+ではありますが、ご案内させていただきます。 短い滞在中のことながら、本当にお世話になり、厚く御礼申し上げる。 ×本当にお世話になり、厚く御礼申し上げるのは、短い滞在中のことだ。 →短い滞在中のことではありましたが、本当にお世話になりました。 友だちながら、人間としての品位に欠けてしまい、今はもう付き合っていない。 →友だちだったのに、人間としての品位に欠けてしまい、今は付き合っていない。 今回、この契約をまとめたことは、自分ながら、よくやったと思う。 →自分自身のことであるが/自分で自分をほめることになるが、よくやったと思う しかし上の で、 迎接確定条 件を いずれの場合でも、上のような動詞に接続しない「~ながら」は、硬い書き言葉か、時代がかった話し言葉に使われる。 使い分けワンポイント ⑤ 感情語 + ながら うれしいこと + ながら/には、娘が第一志望校に合格いたしました。 →娘が第一志望校に合格いたしたことは、うれしいことであります。 寂しいこと + ながら/には、同居中の息子夫婦が、ソウル駐在になりました。 →同居中の息子夫婦が、ソウル駐在になったとは、寂しい限りです。 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダスの表現」の次を参照「〜とは + 感情/感情語 + ことには」 「感情語A + ことながら + B」は、話し手の抱く感情Aが、Bの結果であることを表すと同時に、順接条件の「A + ながら」が、前触れの機能を果たしている。 「感情語 + ことには」に比べると、やはり「使い分け④」と同様、硬い書き言葉か、時代がかった話し言葉に使われる。 使い分けワンポイント 一日、立ちながらの仕事で、慣れないのか、夜になると足がむくんで仕方がない。会社に勤めながらの大学院生活も、あともう一年で終わりになる。毎日、顕微鏡をのぞきながらの実験は、目を酷使しすぎて、ひどい頭痛を呼んだ。メモを取り/歩き + ながらの電話には、ヘッドフォン式が便利ですね。 ▶本文64「変化の表現/不変化/~まま/付筆状況 「動詞ながらの+名詞」は、付帯状況を表し、比較的制限がなく、いろんな動詞に使えるが、あとにくる名詞には制限があって、動作性のある名詞しか使うことができない。 <195> このお菓子屋は、昔ながらの方法で、おはぎを作っている。 数十年ぶりの出会いだったが、まだ昔ながらの+面影/茶目っ気/ユーモア/上品さ+が残っていた。 いつもながらの爽やかな声で挨拶して、部屋に入ってきた。 いつのお話でしたか。今さらながらのことは言わないでください。 被災者の涙ながらの訴えは、聴衆を感動させずにはおかなかった。 生まれながらの才能を、溝に捨てるかのような仕事をしている。 上のような「A + ながらの + B」も付帯状況を表すが、Aにも B にも制限のある 慣用的な使い方をする。 使い分けワンポイント⑦ ~ながらに・~ながらにして 数十年ぶりに会った彼女は、昔ながらに美しかった/昔ながらの美しさだった。彼の発言は、いつもながら(に)、頭のよさを見せつけるものだった。今さらながら(に)、そんなことをおっしゃっても、いったい、どなたが耳を傾けてくれるのでしょうね。涙ながら(に)、かき口説かれたが、いったん心に植えつけられた不信の念は、消そうにも消しようがなかった。生まれながら(に/にして)、秀でた才能に恵まれ、時の運と相俟って、あれよあれよと見るうちに、とんとん拍子に出世の階段を上りつめた。ネット時代に入り、居ながらに(して)、世界の情報が入手できる。 ▶本文6.4.「変化の表現/不変化/~まま/付帯状況」を参照 慣用表現に使われた「A + ながらの」の「A」には、上のような「A + ながら + に/にして」という慣用的な使い方があり、やはり付帯状況を表す。 ( ) のなかは、付け加えることのできるバリエーションを表しているが、( )のないものは、そのまま使うよりほかない慣用表現である。 また、最後の例は「A + ながらの」という使い方のない慣用表現である。 敵/子ども/新人 + ながら(に)、みごとな攻撃だった。 「人 + ながらに」は「~に」があってもなくても、逆接条件にしかならないが、古語的な言い方になり、書き言葉に使われる。つまり「人 + ながら + の/にして」という言い方は存在しない。 ちなみに比喩を表す「さながら」には「さながら + の/に/にして」という使い方がある。 使い分けワンポイント⑧~かたわら ⑧ ~かたわら 専門学校に + 通うかたわら/通いながら、生活費のたしにするため、長期休暇のたびに、アルバイトをしていた。 昼間の会社勤めのかたわら、夜は大学で、日本語教育の講義を聞いていた。 型染めの着物を作るかたわら、型をハンカチや額絵などに仕立てて売りさばいた。 教会では、通常の教会活動のかたわら、ときどきチャリティバザーが開かれる。 「A-る/動作名詞の + かたわら + B」は、Aを主な活動としながら、平行してB行なっていることを表している。 <196> 2.3. 時の表現/基準時同時間帯 動作名詞「会社勤め/教会活動」を、動詞「会社に勤める/教会の活動をする」にかえさえすれば、すべて「Aます形+ながら」と互換性がある。 違いは、前者「~かたわら」が書き言葉で、生活や活動の「長期にわたる様子」を描く場合に使われるのに対して、後者は話し言葉で、生活の「ひとこま」を描く場合に使われる。 例えば、小説などで生活背景を示す場合、主人公には「~かたわら」が多用され、ある場面にしか登場しない人物は「~ながら」になる傾向がある。 子どもは、書き物をする父親のかたわらで、ゲームに熱中していた。 みんなが遊んでいるかたわらで、つまらなそうに、ぼんやりしている子がいる。 寄り添った恋人の + そば/×かたわら + で、彼らの相談事に耳を傾けていた。 上のような「Xは + A - る/人の + かたわらで」も、書き言葉で、状況描写をする場合に使われるが、時間ではなく、活動場所を表しているにすぎない。 ちなみにXとAとの距離は「そばくとなりくよこくかたわら」の順で大きくなる。 使い分けワンポイント⑨~かたがた このたび、パリ駐在を拝命いたしました。ご挨拶かたがた、ご報告申し上げます。引っ越しました。お近くにお越しの節は、お遊びかたがた、お立ち寄りください。昨日、発表があり、認定試験に合格いたしました。これまでお世話になりましたこと、ご報告かたがた、感謝の意を表したく存じます。 お気に召すかどうか気にかかっておりますが、御礼かたがた、気持ちだけ、送らせていただきました。どうかご笑納くださいませ。 その後、お変わりございませんか。一度、お見舞いかたがた、お伺いいたしたく存じますが、ご都合のほど、お聞かせくださいませ。 「動作名詞 A + かたがた + B」は、主目的のAと同時に、Bを行なうことを表しているが、いわば「挨拶文」専用である。 散歩/花見/涼み+かたがた、タバコを買って/友達のうちへ行って/そこらを歩いて+くる。 かなりの年配者は、上のような言い方をするかもしれない。ただ通常、このような表現には「~がてら」が多用される。 使い分けワンポイント⑩~ついでに・~がてら 散歩/花見+のついでに/がてら、ちょっと買い物をしてくるよ。 →買い物+のついでに/がてら、ちょっと+散歩/花見+をしてくるよ。 ジョギング+のついでに/がてら、図書館へ本を返しに行く。 →図書館へ本を返しに + 行くついでに/行きがてら、ジョギングする。 忘れ物をとりに駅まで + 行くついでに/行きがてら、クリーニング屋に寄った。 →クリーニング屋に + 寄りがてら/×寄るついでに、忘れ物をとりに駅まで行った。 山を + 下りるついでに/下りがてら、周りの景色を楽しんだ。 →周りの景色を + 楽しみがてら/×楽しむついでに、山を下りた。 東京へ遊びに + 行くついでに/行きがてら、途中、名古屋で下りて、取り引き先へ挨拶に行った。 <197> →東京本社へ + 行くついでに/×行きがてら、途中、名古屋で下りて、取り引き先へ挨拶に行った。 出張 + のついでに/×がてら、高校時代の友人に会うことにした。 高校時代の友人に + △会いがてら/×会うついでに、出張することにした。 「Aーる/た/動作名詞(の)+ついでに+B」は、主目的となるAに、日課や用事、義務や任務など「すべきこと」がきて、話し手が「どうせ/どっち道+Aを+する/しなければならない+のなら、Bも+できる/してしまおう/してしまいたい」といった気持ちになっている場合に使われる。 「Aます形/動作名詞 + がてら + B」は、多くAが主目的になるが、話し手は「AとBのどちらが + 主目的/重要/すべきこと + か」といった問題にあまり関心がない。むしろ「Aが快適である」かどうかが、話し手には重要で、人が快適な状態にあるときには、脳がα波を出すといわれるが、この脳波が出てくるような出来事がAにくることが多く、話し手が「Aというせつかくの機会だから、Bもしてみよう」といった気分になった場合に使われる。 使い分けワンポイント 「~ついでに」の特殊用法 買い物/外出/出勤/下校/帰宅/帰郷/出張+ついでに/がてら 「A動作名詞の+ついでに」は、上のような日常性を表すAがくると、話し言葉に限って「~の」の省略が可能なこともある。 音楽会/同窓会/学芸会/県人会 + のついでに/※がてら、デパートに行く。 お風呂 + のついでに/※がてら、浴槽、洗っといてね。 植木 + のついでに/※がてら、玄関にも、お庭にも、水をまいて。 また、文脈が必要であるが、上のように動作名詞ではない名詞にも「~のついでに」を使うことができる。 使い分けワンポイント 友だちを + 見舞うついでに/見舞いがてら、定期健診を受けてくる。 →定期健診を + 受けるついでに/×受けがてら、友だちを見舞ってくる。 実家に + 帰るついでに/帰ったついでに/帰りがてら、遊んできた。 →遊びがてら/×遊ぶついでに/×遊んだついでに、実家に帰ってきた。 視察旅行と称して、アメリカへの出張 + ついでに/がてら、公費を使ってラスベガスで遊んできたらしい。 アメリカへの出張 + ついでに/△がてら、地球環境会議に出席した。 「A + ついでに/がてら + B」のAには、前者「~ついで」の場合、Bに比べて重要で義務的なものがくるが、逆に後者「~がてら」では、たとえ重要で義務的なものがきていても、遊び感覚の色彩に塗りかえてしまう。 したがって「出張ついでに」は、任務をかかえた真面目な出張であるが、これが「出張がてら」にかわると、お遊び半分というお役人の出張になる。ラスペガスならぴったりであるが、最後の例に使うと、本末転倒で、会議のほうが重要ということになり、不自然さを感じさせる。もちろん「本末転倒」であることを承知なら、使うことはできる。 <198> 2.3.時の表現/基準時同時間帯 最初の「定期健診を受けがてら」は、もし「遊び/冷やかし/楽しみ+半分で受ける」のなら、使えるかもしれない。 洋画家の王さんは、仕事 + のついでに/がてら、よくヨーロッパ旅行をする。 上の「仕事のついでに」の「仕事」は、王さんにとって、しなければならない義務であるが、これを「仕事がてら」にかえると、趣味と実益をかねた生きがいになり、楽しい気分が行間から漂ってくる。 使い分けワンポイント ⑬ 「~ついでに/~がてら」の表す時間 友だちのお見舞い+のついでに/がてら、定期健診を受けてくるよ。 「A + ついでに + B」の場合、A「お見舞い」と、B「健診」の時間的配列は、お見舞いをしている途中に健診を受けるのか、お見舞いをしてから受けるのか、お見舞いのまえに受けるのか不明である。 しかも、健診を受ける場所は、同じ病院でも、別の病院でも、保険所でも可能で、ただ、同じ病院の場合は、お見舞いの途中で健診を受けることになる。 つまり、話し手は、AとBの時間的配列に気をつかっておらず、だいたい同じ時間と考えている。しかし厳密には、Bを基準時として〈基準時同時間帯/基準時以前既実現/基準時未実現〉を表すことができる。 しかし「A + がてら + B」では、同じ病院にいる間に、お見舞いと健診をすますことになる。 みんな珍しく早く帰ってきたんだから、食事 + のついでに/がてら、このあいだ話してた映画でも見に行こうよ。 →みんな珍しく早く帰ってきたんだから、食事 + のついでに/×がてら + このあいだ借りてきたDVDを見ようよ。 ちょうどいいや。ねえ、ここで、コーヒー、飲むついでに/×飲みがてら、さっきの人事異動の話、聞かせてよ。気になって仕方ないんだ。 →ちょうどいいや。ねえ、コーヒー、飲むついでに/飲みがてら、喫茶店で、さっきの人事異動の話、聞かせてよ。気になって仕方ないんだ。 「A + がてら + B」は「A + ついでに + B」とは異なり、Bには移動性のある動作か、移動が行なわれている場面設定が必要で、この移動を背景にして、Aが行なわれる場合に使われる。 つまり「A + がてら + B」のAは、移動を背景とするBを基準時として〈基準時同時間帯〉しか表すことができない。 友だちの家へ + 行ったついでに/行きがてら、近くの海で泳いだ。 「友だちの家へ行きがてら」が使えるためには、近くの海の「あっちの海岸で少し泳いで、また、こっちの海岸で少し泳いで」といった「泳ぎのハシゴ」をしながら、友だちの家へ行く必要がある。 食事を+する/した+ついでに、レンタルビデオ屋に行こうよ。 おかずを+温める/温めた+ついでに、このご飯も温めてくれない? <199> 部屋を掃除 + する/した + ついでに、床にワックスをかけてくれ。 「A - る/た + ついでに + B」は、Aが〈継続動詞〉の場合、AとBとの時間的配列は「AのまえにB/Aと同時にB/AのあとにB」のいずれも可能で、次のように使い分けられている。 A - る + ついでに + B:AのまえにBを行なう/Aは基準時B未実現 AとBを同時に行なう/Aは基準時B同時間帯 A + た + ついでに + B:AのあとにBを行なう/Aは基準時B以前既実現 友だちの家へ + 行く/行った + ついでに、近くの海で泳いだ。 こちらへ + 来る/×来た + ついでに、駅で土産を買ってきてほしいんだけど。 立った/×立つ + ついでに、水と氷、持ってきてくれる? Aが〈瞬間動詞〉の場合、最初の例は「友だちの家に到着+するまえ/したあと+海で泳いだ」か、または「海で泳いでいるとき、友だちの家に+まだ到着していなかった/すでに到着していた」ことを表している。 また、あとの例も「駅を発つまえに土産を買う/立ってから水と氷を持ってくる」を表し、AとBとの時間的配列は「AのまえにB/AのあとにB」のいずれかで、中間の「Aと同時にB」は存在していないかに見える。 立った/立つ + ついでに、ここ、片付けてくれる? 窓を + 閉めた/閉める + ついでに、カーテンも閉めておいてくれる? テレビを買い + 換える/換えた + ついでに、古いのを持って帰ってもらった。 しかし実際の話し言葉では、たとえ〈瞬間動詞〉の場合でも、話し手が「AとBは時間的に重なっている、だいたい同じ時間帯にある」と、厳密にはありえない上の例のようなことを思いさえすれば、BがAのあとに行なわれる場合にも、〈基準時B未実現〉を表す「Aーる+ついでに+B」が使われる。 つまり話し手が、Aが〈基準時B同時間帯〉と考えさえすれば、実際は〈基準時B以前既実現〉であっても「Aーる + ついでに + B」が使われることになる。 したがって、Aと基準時Bとの時間的関係は、〈瞬間動詞〉の場合も〈継続動詞〉の場合も、同じということになる。 使い分けワンポイント ⑮ 「~ついでに/~がてら」と「~ながら」 散歩/花見 + のついでに/がてら/をしながら、買い物をしてくるよ。 山を下り + るついでに/がてら/ながら、周りの景色を楽しんだ。 実家に + 帰るついでに/帰りがてら/帰りながら、海岸で遊んだ。 ジョギング + のついでに/がてら/しながら、図書館へ行く。 図書館へ + 行くついでに/行きがてら/行きながら、ジョギングする。 忘れ物をとりに、駅まで + 行くついでに/行きがてら/×行きながら、クリーニング屋に寄ってきたよ。 出張 + のついでに/×がてら/×しながら、高校時代の友人に会った。 <200> 2.3.時の表現/基準時同時間帯 ご飯を食べ + たついでに/がてら/×ながら、映画を見に行きます。 ご飯を食べ + ながら/×るついでに/×がてら、テレビを見ます。 ご飯を食べ + ながら/るついでに/×がてら、医者が勧めてくれた『やさしいダイエットの成功法』という本を読んでみることにした。 「使い分け②」で述べたように、順接関係を示す「A + ながら + B」は、AとBとが同時間帯にあり、しかも、時間的に「A=B」となる場合に使われる。 したがって「A + ついでに/がてら + B」のAとBが、どのような時間的配列にあるかにかかわらず、AとBが「A + ながら + B」の条件を満たしていれば、3者の間に互換性がある。 上の例で「~がてら」が使えないのは、すでに「使い分け⑫」で述べた使用制限のためであるが、最後の2例のように「A + ついでに + B」が使えたり、使えなかったりするのは、Aがすべきことか、すべきでないことかのほかに、話し手に「どうせAをするなら、Bもできる」という気分があるか、ないかによっている。 つまり、そんな気分がなくても、簡単にできてしまう「ご飯とテレビ」に「~ついで」を使うと、不自然になってしまう。 使い分けワンポイント 16 基準時同時間帯のまとめ 基準時同時間帯の表現をまとめておくと、およそ次のようになる。 A + ながら + B A + かたわら + B A + かたがた + B A + ついでに + B A + がてら + B Aの性質 日常性 日常性 非日常性 義務性 娯楽性 主従関係 A $ \leq $ B A > B A = B A > B 不明 時間的配列 A = B / 同時間 A = B / 平行 A = B / 同時間 A ≠ B / 前後同 A ≠ B / 同時間 一場面 長期間 短時間 短期間 短行程 使い分けワンポイント ⑰~たり~たり・~つ~つ 年によって、雨は多かったり少なかったりするが、今年は特に多い。 父は、風邪気味だったり、病気がちだったりすることもあるが、おおむね元気だ。 今年は定年退職して、2年目になるので、どこかの大学の通信教育を受けたり、カルチャーセンターに通ったりして、充実した1年を送りたい。 この夏休みは、海へ泳ぎに行ったり、山に登ったりした。 月に1度くらいは、友だちと映画を見たり、食事をしたりもする。 今日は、電話がよくなったり、客が来たり(して)、忙しい1日だった。 彼の聞く音楽は、あるときはジャズだったり、あるときはクラシックだったり、その日そのときの気分で、目まぐるしく変わる。 彼の作る料理は、韓国料理だったり、インド料理だったり(するが)、だいたいスパイスをきかせた辛いものが多い。 一緒に食事をしても会話が白けたり、親子や夫婦の関係がギクシャクしたりしだすと、リフレッシュするために、家族みんなで温泉に行ったり+することがある/(して)互い <201> に向き合う時間をもつことにしている。 体に別状はないが、仕事に気分の乗らないときは、心の病気と称して、会社を休んだり + は/も + する。 もうお年なのですから、走ったり + など/なんか + しないでください。 こんなところで遊んだり + したら/しては/すると + 危ないですよ。 ▶本文 1.3.「主題/例示/~たり~たり」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~なんか』の使い方」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/『も』の使い方/婉曲表現」を参照 「Pは + Aた形 + たり + Bた形 + たり + する」は、話し言葉にも書き言葉にも使われるが、Pの状況を表して、2つの使い方がある。 ひとつは、状況の代表例としてAとBをあげながら、基本的に「あるときはA、あるときはB」を表すものである。両者が行なわれる期間は、半永久的なこともあれば、ごく一瞬のこともあるが、AとBには、必ずタイムラグがあり、同時間帯に行なわれることを表しているのではない。 また「~たり」と「する」のあいだに、ためらいの「~は」や、ほかにまだあることを示すために「~も/~など/~なんか」が挿入されたり、文中にある場合は「~して/~するが」などが省略されたり、まだBだけが代表例になったりすることがある。ただ、代表例がBだけの場合、ほかにも何か「X」があるように思わせる婉曲表現にはなるが、実際は何も存在しないことが多い。 熊が、檻のなかを行ったり来たりしている。 どうも事件が起きたらしく、捜査課に、人が出たり入ったりしている。 久しぶりの再会に、みんな笑ったり泣いたりした。 今日は得意先回りで、電車に乗ったり降りたりして、疲れてしまった。 明日の天気は、晴れたり曇ったりです。 祖母の病は、一進一退で、近ごろは、寝たり起きたりだ。 このごろの天気は、暑かったり寒かったりで、風邪を引きやすい。 朝食は、朝の時間の都合で、食べたり食べなかったりします。 もうひとつは、上のように、AとBが交互に繰り返される動作や状態を表すが、期間が長くなればなるほど、交互反復が規則的ではなくなり、AとBが代表例の場合と区別がつかなくなってしまう。ただこの場合は、Bだけを代表例にすることができない。この交互反復の場合に、古語表現で、慣用的な使われ方をする「Xは+Aます形+つ+Bます形+つ+する」と互換性をもつことがある。 会いたさに、窓の下を + 行きつ戻りつ/×行ったり戻ったり + している。 追いつ追われつを繰り返す白熱のカーレースで、場内は沸きに沸いていた。 差しつ差されつ、好きな人とお酒を酌みかわせたのは、まるで夢のようだった。 まあまあ、世の中、持ちつ持たれつ、そう目くじら立てて怒りなさんな。 さすが帰省ラッシュ、押しつ押されつしながら、やっと席にたどりついた。 矯めつ眇めつ、ルーペをあてながら、彼はダイヤモンドの鑑定をしていた。 とつおいつ (取りつ置きつ) して、いったい何をそんなに迷っているんだろう。 「A + つ + B + つ + する」は、上のようにそのまま使うよりほかないが、もし最初の例のように、無理やり「A + たり + B + たり + する」に置き換えると、慣 <202> 2.3. 時の表現/基準時同時間帯 用的表現という理由だけではなく、不自然になってしまう。 というのは、前者「行きつ戻りつ」には、会いたい人という「目的/目標」が存在するが、これを「行ったり戻ったり」にすると、先ほどの「熊」の例と同じになり、何の「目的も目標」もなくなってしまうからである。 「行きつ戻りつ」は、会いに行き、でも断られたら恥ずかしいから、会うのはやめて、もといたところへ戻ってみる、でも、やはり会いたくて「また行ってみる。また恥ずかしくて戻る」を繰り返している人の気持ちまで表し、すべてターゲットとなる「好きな人」のためである。 つまり「Pは+A+たり+B+たり+する」のPには、AとBとを交互に繰り返させるような相手は存在しないが、逆に「Pは+A+つ+B+つ+する」は、AとBとを交互に繰り返させるような相手がなければ、成り立たない。 ほんの短い「A+つ+B+つ」のなかに、Pの相手である第三者の存在が示せるというところに、古語表現が今も生き残っている所以があるのかもしれない。 使い分けワンポイント⑱~たりして おかしいね、こんな時間だよ。まだ来ないけど、どうしたのかな。まさか、まだ寝てたりなんかして/約束は明日だったりして。 バザーのこと、みんなに頼んだ? でも、何も集まらなかったりして。 お宅のご主人、このごろ、よく出張するんじゃない? 出張にかこつけて、浮気なんかしてたりして。 上の例は話し言葉専用の慣用的表現であるが、文末をわざわざ「B + たりして」でとめ、あとの省略部分「万一Bだったら、どうする?」を聞き手にほのめかしている。 これは一種の言葉遊びで、言うまでもなくB以外の可能性のほうが強いが、聞き手に対して「冗談/皮肉/揶揄/冷やかし/自嘲」といったスパイスをきかせた言葉を投げかけている。 使い分けワンポイント ⑲ 〜ては・〜そばから 窓の外を見ては、鏡に向かって化粧をし、少し化粧をしては、人の気配のしない窓の外をしばらく眺め、また、鏡に向かって化粧をし、...。 今度の新入社員、やる気があるのかないのか、ちょっとコピーをしてはトイレに行き、少しパソコンをにらんでは、またトイレに行く。 誰か来るのか、少し歩いては、後ろを振り返って、立ち止まり、また少し歩いて。 何かほかにすることないの? 一日「食っちゃ寝、食っちゃ寝」なんだから。 すっきりしないね、この天気。降ってはやみ、やんでは、また降ってきてさ。 ラブレターでも書いてるのか、何か書いては消し、消しては書いてるんだよ。 →ラブレターでも書いてるのか、何か書いたり、消したりしてるんだよ。 (注) 話し言葉で「~ては」が「~ちゃ」になることがある。 「A + ては + B + する」も、ひとりの動作を表し、AとBの交互反復を表すが、最後の例に示した「A + たり + B + たり」との違いは、次のようになる。 <203> 反復の性質 A + ては + B + ては A + たり + B + たり 反復の間隔 規則的不規則 AとBの性質 短く等しい不明 誇張例 代表例 つまり「A + ては + B + ては」は、Aが終われば、すぐB、Bが終われば、すぐAというふうに短く、しかも、ほぼ等しい間隔で、AとBが規則正しく繰り返され、話し手が、AとB以外は何も行なわれていないことを誇張する場合に使われる。 一方「A + たり + B + たり」は、AとBの間が長かったり短かったり、間隔はまちまちで、繰り返しも規則的だったり不規則だったり、AとB以外にも何か行なわれているかもしれないといった、アバウトな状況で使われる。 親が稼ぐそばから、子どもが使ってくれるので、貯金どころじゃないんだよ。 話すそばから、茶々を入れるから、何を話してるのかわからなくなっちゃうのよ。 並べるそばから、飛ぶように売れていくので、もう笑いが止まらなくてね。 片付けたそばから、次々散らかしてくれるので、まるで鬼ごっこしてるみたいだ。 聞いたそばから、忘れるんじゃ、何も頭には残ってないんでしょうね。 「禁酒、禁煙する」というそばから、酒に手を出し、タバコをくわえるんだから。 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/『~てくれる』が示す感謝と迷惑」を参照 「A - る/た + そばから + B」も「A + ては + B + ては」と同じように、AとBを、非常に短い間隔で、交互に繰り返すことを表すが、両者の違いは「A + つ + B + つ」と「A + たり + B + たり」の違いと同じで、前者「~そばから」がふたりの動作を表し、後者「~ては」がひとりの動作を表すという点である。 最後の2例は、ひとりの動作であるが、先生か親か、聞き手に話を聞かせた人や、禁酒禁煙を宣言した相手が存在している。 また「A - る / た + そばから + B」の交互反復時間は、およそ「A + たり + B + たり」と同じで、不規則である。 使い分けワンポイント 20 交互反復動作のまとめ 交互反復動作の表現をまとめておくと、およそ次のようになる。 〈交互反復の仕方〉 ~そばから 人数:ふたり ~たり~たり ~つ~つ ひとり ~ては~ 規則的 また「~つ~つ」と「~ては~」は、交互反復する時間が短く、反対のペアの交互反復時間は、長かったり短かったりする。 <204> 2.3. 時の表現/基準時同時間帯 使い分けワンポイント ②~ないで・~なくて/~ずに もう 50 近いのに、結婚も + しないで/せずに、両親と暮らしている。 傘も + ささないで/ささずに、あてもなく夜の街を歩きつづけた。 誰にも + 言わないで/言わずに、黙って帰っちゃ、だめよ。わかった? 「おはようございます」と + 言わないで/言わずに、また間違って「こんにちは」と言ってしまった。 かなり長い間、ダイエットしてるのに、ちっとも+やせないで/やせずに、かえって少し太ったような気がする。 今日の授業参観日、お母さんが + 来ないで/来ずに、珍しくお父さんが来たよ。 「いじめられるから」って、このごろ学校にも + 行かないで/行かずに + いるの。あ、この間のクッキー、まだ + 食べないで/食べずに + あるだろ? 出したら?あ、それ、片付けないで。そのまま + 触らないで/触らずに + おいといてくれる?どんな風の吹き回しか、小遣いだって。銀行へ + 行かないで/行かずに + すんだ。どこにトイレがあるのかわかりも + しないで/せずに、うろうろするなよな。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~なくて・~ないで」を参照 ▶本文 6.4.「変化の表現/不変化/~まま/付帯状況」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/義務/~ないでおく/~ないですむ」を参照 ▶本文 8.1.「極限/状態/~ないではいられない」を参照 「動詞A + ないで + B」は、Aの実現していない状態とBとが同時間帯にあることを表している。 たとえて言えば「A + ながら + B」が、実際に実現している、いわば見える「正/プラス」のAとBとの同時間帯を表しているのに対して、この「A + ないで + B」は、いわば見えない「負/マイナス」のAと、見える「正/プラス」のBとの同時間帯を表していることになる。 「~ずに」は「~ないで」の古語表現で書き言葉であるが、改まった話し言葉や、年配者の人には好んで使われる。 どこにトイレがあるのか、わから + なくて/×ないで、困りました。 子どもが言うことを聞か + なくて/△ないで、困っています。 誰にも知られて + いなくて/×いないで、ほっとしました。 事故になら + なくて/△ないで、ほっとしました。 授業を聞いて + いなくて/△いないで、先生に叱られました。 時間通りにバスが + 来なくて/×来ないで、遅刻してしまいました。 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/原因と理由の配列」を参照 ▶本文3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~て + 感情」を参照 「動詞A + て + B」は「手伝ってくださって、助かりました」など、Aが「プラス/~て」の場合に、AとBが「Aの結果、感情Bが生まれた」といった必然性のある因果関係に使われるが、この「動詞A + なくて + B」も、Aが「マイナス/~なくて」の場合の必然性のある因果関係に使われる。 また、Aが「プラス」なら、たとえ「授業中おしゃべりしていて/朝寝坊して+先生に叱られた/遅刻した」など、Bが感情でなくても、社会通念や常識からして、当然の結果であれば使うことができるように、上の「授業を聞いていなくて/バスが来なくて+先生に叱られた/遅刻した」場合にも使うことができる。 <205> ただ、Aが動詞で、Bと因果関係にあれば、AとBにはタイムラグがあり、AのあとにBが起こり、Aは〈基準時B以前既実現〉となるので、同時間帯を表す「A+ないで+B」と互換性をもつのは、原因Aと結果Bとが、タイムラグを感じさせないほど同時に起こったか、起こっている場合「△」である。 ただ、この置き換えは、不自然さを感じたり、方言に似た響きに聞こえたりして、使わない人がいるかもしれない。 うちの子、偏食するの。野菜を食べなくて、手を焼いてる/肉ばかり食べる+の。 A「食べなくて」と、B「肉ばかり食べる」を同時間帯として読むと、不自然になるが、〈基準時B以前既実現〉「お皿の野菜をわざわざよけてから肉を食べる」に読みかえると、不自然ではなくなる。 土産物屋のものって、質もよくなくて、値段も高いに決まってるんだよ。 値段も高いし、質もよくなくて、バカな買い物をしたみたいよ。 うちの親父って、生まれつき凡帳面じゃなくて、いい加減な人なんだ。 几帳面じゃなくて、よかったの。頑固でうるさい人になってたかもしれないから。 認知症じゃなくて、自分のことだけでもしてくれると、いうことないのにね。 うちのお袋、しっかりしてるよ。認知症じゃなくて、助かってる。 ▶本文11「主題/揚題/対比の『~は、 形容詞と(状態)名詞には「~ないで」が接続しないので、ただ「A形容詞-く/(状態)名詞では+なくて+B」というパターンしかないが、AとBは、上のように、並列関係か因果関係を表し、どちらもタイムラグのない同時間帯である。 素直じゃなくて、憎らしいだけの嫌われ老人の典型だよ。 あの辞書じゃなくて、この辞書じゃ、そんなこと、調べられないな。 ただ上のように「(状態)名詞A+では/じゃ+なくて+B」のAとBが並列関係を表す場合、むしろ対照的で対立的な関係を表す対比関係になる。 2.4. 時の表現/時間範囲 ~あいだに・~うちに A + あいだに + C:Aの示す時間内で、時間の点を表すCが行なわれる。 A + うちに + C:Aの終了時点以前に、時間の点を表すCが行なわれる。 接続 -る/ーい/~た/状態名詞な/名詞の+あいだに -る/ーい/状態名詞な/名詞の+うちに 形態 前者は、ほかに「A + あいだ + の/は」という2つの形態があるが、後者は「A + うちは」という形態しかない。 互換性 「A+あいだに」が、開始時点から終了時点までを表す場合や、また「A <206> + うちに」が、終了時点しか表さない場合は、互換性がない。 置換 [例] 母が夕飯の支度をするあいだに、宿題を全部すませてしまった。 次のように、置き換え不能。 ※母が夕飯の支度をするうちに、宿題を全部すませてしまった。 では、2時と2時半の + あいだ/×うち + に、伺わせていただきますので。 3時から5時までの + あいだ/×うち + に、お越しいただけないでしょうか。 こうしておけば、仕事/授業/会議/旅行/映画/買い物/料理/食事 + の + あいだ/×うち + に、電話がかかってきても、あとでメッセージが聞けるから。 運が悪く、家に帰るまでの + あいだ/×うち + に、雨につかまってしまった。 母が夕飯を支度する + あいだ/×うち + に、宿題をすませてしまった。 子どもが昼寝する + あいだ/×うち + に、ちょっと針仕事をしてしまうわね。 私が掃除と洗濯をする + あいだ/×うち + に、母は夕飯の支度を終えていた。 私が掃除と洗濯をしていた + あいだ/×うち + に、母は夕飯の支度を終えていた。 お酒を飲む + うち/×あいだ + に、また顔が真っ赤になっていた。 山のなかを歩きまわる + うち/×あいだ + に、道に迷ってしまったようだ。 奥へ奥へと行く + うち/×あいだ + に、洞穴の反対側に出てしまった。 これ、子どもに見つからない + うち/×あいだ + に、隠しておかなきゃね。 けがをしない + うち/×あいだ + に、危険なものは処分しておいてくれよ。 用例 次の用例は、互換性がある。 新聞って、夜の + あいだ/うち + に、配られてくるんだね。大変なんだね。 母さんの留守の + あいだ/うち + に、さっきのゲームの続き、してしまおうよ。 朝の涼しい + あいだ/うち + に、散歩に出かけて、ちょっと公園で体操してくる。 お父さんが、まだ元気な + あいだ/うち + に、みんなで海外旅行、しとこうな。 メールを書く + あいだ/うち + に、友だちの来るのを思い出したんですよ。 家へ帰る + あいだ/うち + に、手を見て、電車に傘を忘れてきたのに気づいた。 子どもが昼寝している + あいだ/うち + に、ちょっと針仕事をしてしまうわね。 母が夕飯の支度をしている + あいだ/うち + に、宿題をすませてしまった。 知らない + あいだ/うち + に、眠ってしまっていた。 ルームメイトが帰ってこない + あいだ/うち + に、部屋を片付けた。 ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/~ないうちに」を参照 ▶本文 2.5.「時の表現/基準時瞬間/~か~ないうちに」を参照 使い分け 「A + 間/内 + に + C」はどちらも、Aが時間の「線」を、Cが時間の「点」を示すが、前者「A + あいだに」は、線の開始から終了までのどこかで、後者「A + うちに」は、線の終了までに、Cが実現することを表す場合に使われる。 ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/時間の『点』と『線』」を参照 したがってAには、たとえ「行く/帰る」といった〈瞬間動詞〉が使われていても、移動経路があり、動作が時間の線になる場合は使うことができる。 使い分けは、Aが「-る形」の場合、例えば、Cの実現「宿題/針仕事/支度+を終える」が、A「夕飯の支度をする/子どもが昼寝する/掃除と洗濯をする」に影響を及ぼさず、Cの実現後も、Aが引き続き継続する可能性があれば、Aの開始から終了ま <207> でのある時点Cを表す前者「Aーる + あいだに + C」は使えるが、Cの実現後、Aの中断する可能性を示す後者「Aーる + うちに + C」は使えない。 逆に、Cの実現「顔が真っ赤になった/道に迷った/洞穴の反対側に出た」が、A「酒を飲む/山のなかを歩きまわる/奥へ奥へと行く」に影響を及ぼし、Cの実現後、Aが中断する可能性があれば、後者は使えるが、前者が使えなくなる。 「用例」の「メール/家へ帰る」のように、Aの継続する可能性も、中断する可能性もあれば、どちらも使うことができる。 ところが、Aが「~ている形」なら、たとえCの実現後、Aに継続する可能性があっても、Aの終了以前のある時点Cを表す「Aている + うちに + C」も使うことができる。 開始昼寝する終了 あいだに/×うちに+針仕事 開始 これは、上のように、もしAを「~ている形」にすれば、時間の線が長く伸びて、終了以前という部分が明確になるためと考えられる。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 解説 同様のことは、Aに、時間の線を表す「始点の明示されていない名詞」や、形容詞、状態名詞がきた場合も当てはまる。 「~うちに」が使えない場合 開始 仕事/授業/会議/旅行 終了 あいだに電話→仕事/授業/会議/旅行 + そのまま継続 「~うちに」も使える場合 開始 夜 / 留 守 / 涼 し い / 元 気 終了 あいだに/うちに+新聞/ゲーム/散歩/旅行 「A+うちに+C」は、Aの終了「夜が明ける/母さんが帰ってくる/暑くなる/元気をなくす」+「まえ/まで+に」は、C「新聞が配られる/ゲームを終える/散歩をすます/旅行に出る」ことを表しており、A「夜/留守/涼しい/元気」が終了する時点をターゲットにした表現である。 これに対して「A + あいだに + C」は、いわば「楽天的」で、時の流れを意識し <208> 2.4.時の表現/時間範囲 てはいるが、Aが終了することを念頭においていない。 つまり「A + あいだに」が、Aという時間の範囲を肯定的にとらえているのに対して、逆に「A + うちに + C」は、Aが終了するという否定的な時間の範囲を示し、ときにAの終了に対して、話し手の「不安/恐れ/危惧」といった感情が反映される。 使い分けワンポイント ①~た + あいだに 母が夕飯の支度をしている + あいだ/うち + に、宿題をすませた。→母が夕飯の支度をしていた + あいだ/×うち + に、宿題をすませた。×母が夕飯の支度をしていた + あいだ/うち + に、宿題をすませよう。子どもが昼寝をしている + あいだ/うち + に、針仕事を終えた。→子どもが昼寝をしていた + あいだ/×うち + に、針仕事を終えた。▶本文2.6.「時の表現/基準時直前直後/~て + いる・いた + と 上の「A + あいだに + C」は、Aが「母が夕飯の支度をし + ている/ていた」のどちらであっても、基準時C「宿題をすませた」と同時間帯にあることを示している。しかし「A + うちに + C」は、Aが「~ている」の場合しか、基準時Cと同時間帯にあることを示すことができない。 先生に挨拶して+いる/いた+ところへ/あいだに、奥様がお茶をもって、出てこられた。 上の「A + あいだに/ところへ + C」は、次の図のように、AとCが同時間帯にあり、いわばAの時間帯がCを包みこむ形になっている。 先生に挨拶していた 奥様が出てこられた つまり「A + ている/ていた + あいだに + C」は、AとCが「同時間帯にある」ことだけが意識されており、Aが「~ている」であっても「~ていた」であっても、あとの「C + た」とは「タイムラグがない」ということを示している。 もし、話し手が「先生への挨拶」を、すでに過去の出来事として話しはじめた場合は、既実現の「~た」が使われて「先生に挨拶していた」になり、もし「奥様が出てきた」のと同じ時間帯だったという意識が働けば、非過去の「- る」が選ばれて「先生に挨拶している」になるだけである。 夕 飯 の 支 度 を し て い た → まだ終わっていない→終了 宿題をすませた ところが「A+うちに+C」は、A「支度して+いる/いた」の終了以前を射程距離におき、AとCとのタイムラグを意識した表現である。 つまり、継続時間を示すAと対照的な終了時間B「支度を+終える/終えた/すで <209> にしていない」を設定し、Bを意識しながら、基準時C「宿題をすませた」におけるAの未実現「夕飯の支度はまだ終わって+いない/いなかった」をターゲットにした言い方になっている。 したがって、話し手の視点は、Aの〈基準時C未実現〉という「AとCのタイムラグ」にあるので、AがCの時点で未実現であることを示す「A + ている + うちに + Cた」は使うことができても、〈基準時C以前既実現〉を表してしまう「A + ていた + うちに + Cた」は使えないことになる。 メールを書いた + あいだに、友だちの来るのを思い出した。△私が掃除と洗濯をした + あいだに、母は夕飯の支度をした。 上の例が不自然になるのは、Aが〈基準時同時間帯/基準時同時既実現〉ではなく、〈基準時以前既実現〉を表すからである。 ただ下のほうは、A「掃除と洗濯」とC「夕飯の支度」が、どちらも時間的に長くて、〈基準時同時間帯〉になると感じる人がいれば、使うかもしれない。しかし上のほうは、C「思い出した」が一瞬の出来事なので、たとえ「メールを書く」のに時間がかかったとしても、Aが「書いている」ではなく「書いた」であれば、AとCのあいだに、タイムラグを感じてしまう。 使い分けワンポイント ②~ないうちに 明るい + うち/あいだ + に、どうしても友だちの家に着きたかった。 →暗くならない + うち/×あいだ + に、どうしても友だちの家に着きたかった。 涼しい/暑くならない + うちに、夏休みの宿題をしてしまいました。 大切なことだから、まだ覚えている + うち/あいだ + に、手帳に書いておこ →大切なことだから、忘れない + うち/×あいだ + に、手帳に書いておこう。 赤ちゃんが + 寝てる/起きない + うちに、ちょっと買い物に行ってきたの。 そろそろガス欠じゃないの? 車が + 動いている/止まらない + うちに、ガソリンスタンド、探さなくっちゃね。 バス停+を探している/が見つからない+うちに、道に迷ってしまった。 「A+うちに」は、もしAの終了後に起こり、Aと対照的な意味を表すBがあれば、上のように「Bない+うちに」に書き換えることができる。 しかし「Bない/暗くならない」には、終了点「暗くなる」はほのめかされているが、開始点「明るくなる」は想定されていないので、通常「Bない+あいだに」を使うと、不自然になる。これに対して「明るい+うちに/あいだに」なら、時間の範囲「明るくなってから暗くなるまで」を表すことができる。 「A + あいだに + C」と、書き換えが可能な「A/Bない + うちに + C」の違いを示せば、およそ次のようになる。 A + あいだに + C:Aであるときに、Cが実現する。 A + うちに + C:Bが実現するまえに、Cが実現する。 Bない + うちに + C:同上。ただ、Cがプラス評価の場合、Bの実現に、話し手の不安が反映する。 <210> 2.4.時の表現/時間範囲 生きている+うち/あいだ+に、したいことをしておきなさいね。→死なないうちに、したいことをしておこう/言い残すことがある。 したがって、3者のうち、どれを使うかは状況によっており、上の「生きているあいだに」に、死の予感はないが、これを「うちに」にかえると、漠然と死を意識していることになる。しかし「死なないうちに」は、死が直前にある場合にしか使うことができない。次のような場合、反対語があっても、一方しか使えない。 あの人、いったん話しだすと、止まらないだろう? だから、何か言いださない/×ちょっと黙ってる + うちに、帰ってきちゃったんだよ。 病気にならない/×丈夫な + うちに、予防注射をしておこう。 蚊が + 入らない/×出ている + うちに、網戸を閉めておいた。 入院している/×退院しない + うちに、ゆっくり静養してください。 次の場合「~ないあいだに」を使うことができる 知らない+うち/あいだ+に、眠ってしまっていた。 誰もいない+うち/あいだ+に、空き巣に入られた。 これは「知らない/誰もいない」という時間帯に、開始点「意識をなくす/誰もいなくなる」と、終了点「意識をとり戻す/誰か家にいる」が想定できるからである。これを図示すると、次のようになる。 開始 意識がある 意識をなくす 眠っている 意識をとり戻す 終了 誰か家にいる 誰もいなくなる 空き巣が入る 誰かが家にいる 子どもが、プールから帰ってこない + うち/×あいだ + に、昼寝した。 夜が明けない + うち/×あいだ + に、新聞を配ってしまおう。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 しかし上の例では、終了点「子どもが帰ってくる/夜が明ける」は想定できても、時間帯「帰ってこない/夜が明けない」での開始点は想定できない。 子どもが家にいる 開始 プールへ行く〈昼寝〉 帰ってくる 終了 家を出る 配達を始める〈配達〉 夜が明ける 開始点は、上のように「プールへ行く/配達を始める」になるが、これと終了点「帰ってくる/夜が明ける」とが対応していないことになる。 もうずいぶん長い間、雨、降らない/降ってない + ね。(基準時未実現の状態) もうずいぶん長い間、映画に + 行かない/行ってない + ね。(同上) 明日、雨なんて + 降らない/降ってない + よ。(同上) 明日、映画なんて + 行かない/×行ってない + よ。(否定的意志) <211> ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/意志動詞の『辞書形-る』と『~ない形』」を参照この冬、まだカニを食べ + ない/てない + よね。じゃ、今夜は、カニスキにしようよ。これから、市場、行って、買ってくる。(基準時未実現の状態) おいしかった。ダメ、おなかいつぱい。もう食べない。(否定的意志) お昼?忙しいから、まだ食べない。(否定的意志/基準時未実現の状態) お昼?忙しいから、まだ食べてない。(基準時未実現の状態) 課長?課長も忙しいから、まだ食べ + ない/てない。(同上) どうしたのかしら。あの子たち、ご飯、食べてないわ。(同上) ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 暑いかって?暑くないよ。寒いくらいだよ。エアコン、切ってほしいんだけど、その汗じゃ、ダメだね。 元気かって?元気じゃない。年末から2年越しで、風邪、引いてる。これ、時計じゃないよ。ただのブレスレットだよ。 否定「~ない」のうち、〈意志動詞〉の「B + ていない」や、〈無意志動詞〉の「B + ない/ていない」のほかに、形容詞「B - く + ない」や、(状態)名詞「B + ではない」も、基準時以前から未実現「B + ない/ていない」の状態が続いていることを示している。言い換えれば、いずれも〈基準時以前未実現〉の状態が、基準時以前には、すでに実現していたという〈基準時以前既実現〉を表していることになる。 しかし「意志動詞B + ない」の場合は、〈基準時未実現〉の状態のほかに、もうひとつ「基準時における否定的な意志」を表すことができる。 この場合の〈基準時未実現〉の状態とは、例えば、Bがすでに実現している「もう食べている」状態を「プラス」とし、Bがまだ実現していない「まだ食べていない」状態を「マイナス」とすれば、基準時において、Bが実現する「食べる」まえの状態、つまり、マイナス「食べない」から、プラス「食べる」へと転化する直前の状態を表す。 特に、話し手がBを行なう「食べる」場合は、もう一方の「基準時における否定的意志/もう食べない/食べたくない」とは正反対の「実現への意志/すぐ食べる/食べたい」を感じさせる。これは、マイナスからプラスへの転化を示さない「B + ていない」とは対照的である。 〈無意志動詞〉 Bの基準時以前未実現の状態 B+ていない 基準時未実現「実現への意志」 話し手の否定的な「意志/希望」 Bの基準時以前未実現の状態 〈意志動詞〉 「動詞B + ない/ていない」の違いを示すと、上のようになる。なお、形容詞「B - く + ない」と (状態) 名詞「B + ではない」は「B無意志動詞/意志動詞 + ていない」 <212> と同じになる。 バス停さえ探し出さないうちに、道に迷ってしまった。 ぼくが行かないうちに、始めるんじゃないよ。 ところが「B + ないうちに + C」は、たとえBが話し手の意志を表す動詞であっても、話し手の否定的な意志や希望ではなく、〈基準時未実現〉の状態になるので、基準時Cにおいて、Bが「実現する以前の/まだ実現していない」時間帯を表している。 ガス欠に 夫が + 起きない 警察が + 来ないうち/ みんなが + 来ないうち/来るまん 走ったが、家に + 帰らないうち/帰るまえ + に、雨につかまった。 バス停が + 見つからないうち/見つかるまえ + に、道に迷った。 チャンスが回ってきたのに、生かせないうち/生かせるまえ + に、逃してしまった。 空き巣に + 入られないうち/入られるまえ + に、急いで防犯装置をとりつけた。 風に書類を + 飛ばされないうち/飛ばされるまえ + に、慌てて押さえつけた。 夫が + 起きるまえ/起きないうち + に、ベッドで体操をしていた。 ご飯を食べ + るまえ/ないうち + に、手を洗いましょう。 寝るまえ/寝ないうち/に、歯を磨いて、トイレに行った。 「B + ないうちに + C」は、Cがプラス評価の内容の場合、Bの実現を恐れ、Bが実現しないように「処置Cを + する/した」ことを表し、Cがマイナス評価の場合、Bが「実現 + しない/しなかった」ことに対する話し手の「不安/残念」な気持ちを表す。 「B - る + まえに + C」と置き換わるのは、基準時Cで、Bはまだ実現していないが、Bの実現する可能性が目の前に「存在する」場合である。 しかし「バス停/チャンス」の例のように、B ができなかったために C の起こったことを「後悔する/残念に思う」気持ちが色濃くなったり、また「空き巣/風」の例のように、目前に迫ったマイナスの事態 B を、緊急に C で防ぐ気持ちが強くなったりすると、置き換わらなくなる。これは「B - る + まえに + C」が、客観的な A と B とのタイムラグしか表さないからである。 両者に互換性のある場合、後者「B - る + まえに + C」は、B と C の時間関係〈B の基準時 C 未実現〉を示しているだけで、話し手の感情を反映しないので、たとえ最初の2例に互換性があるとしても、マイナスの事態 B を避けようとする気持ちの働く前者「B + ないうちに + C」のほうが自然である。 また「シャワー」の例なら、話し手が「家を出るのを夫に知られたくない」と考えているのなら、前者が選ばれるし、また「警察」の例も、話し手が「犯人」側なら前者を選び、警察側なら後者にするかもしれない。 <213> つまり、話し手の感情が色濃く反映される場合は、前者になり、事実だけが語られる場合は、後者になるので、最後2例のようにBもCも同一人物の習慣的動作で、ただCとBの前後関係を表している場合は、前者を使うことができない。 「ご飯を食べ/寝 + ないうちに + 手を洗おう/歯を磨こう」が可能なのは、聞き分けのない幼い子どもが「ご飯を汚い手で食べ/すぐ寝 + てしまう」ことを親が恐れて、そのまえに子どもの「手/歯」を、親が「洗おう/磨こう」としている場面である。 使い分けワンポイント ⑤~まに・~すきに 先生のいない + うち/あいだ/ま/すき + に、すばやく弁当を食べてしまった。犬が餌を食ってる + うち/あいだ/ま/すき + に、家に入って盗んでしまおう。人の来ない + うち/あいだ/ま/すき + に、はやくビラを貼ってしまおうよ。人通りのある + うち/あいだ/ま/×すき + に、はやくビラをまいてしまおうよ。今だ。こっちを見てない + うち/あいだ/ま/すき + に、逃げろ。今だ。こっちを見ない + うち/×あいだ/×ま/すき + に、逃げろ。気づかない + うち/×あいだ/×ま/すき + に、ずらかってしまおう。夕立のこない + うち/×あいだ/×ま/×すき + に、洗濯物を入れておいた。けがをしない + うち/×あいだ/×ま/×すき + に、どけておこう。 ことわざ「鬼の居ぬ間に洗濯」というのは、こわい鬼のいない「ちょうどよい機会」を利用して、思いっきり楽しいこと「洗濯」をして遊ぶということを表している。 この「ま」を「隙」に換えると、鬼が「油断をみせて、いなくなった一瞬」を利用するという意味にかわる。 朝の/涼しい+うち/あいだ/×ま/×すき+に、掃除をしました。 若い+うち/あいだ/×ま+に、いろんな経験をしておくべきだ。 健康な+うち/あいだ/×ま+に、体を鍛えておくほうがいい。 「A - る / ない + ま」は、チャンスが生まれて、なくなるまでの時間帯を表すだけで、時間帯の長短は気にかけていないので、基本的には「A + あいだ」と互換性はあるが、Aが形容詞や(状態)名詞の場合は、使えない。 敵が油断した + すき/×ま/×うち/×あいだ + に、攻撃を始めた。 着守が交代のため、向こうへ行った + すき/×ま + に、脱走を企てた。 「A-る/ない/た + すき」は、相手の見せたわずかな「油断/すき + に + 乗じて/つけいって」自分のしたいことを実行する場合に使われる。上の2例は、接続の関係で互換性がないだけである。 使い分けワンポイント ⑥~あいだ(は)・~うちは 昼の+あいだ/うち+は、うるざかった表通りも、夜ともなると、車も減り、さすがに静まりかえってくる。 父が現役の + あいだ/うち + は、大学で研究もしていられるが、定年退職後は、就職しなければならなくなってしまう。 元気な+あいだ/うち+は、無茶をして、体を壊してしまうものだが、逆に病気をすると、体をいたわるようになって、長生きできるようになるものだよ。 <214> 酒を飲まない + あいだ/うち + は、おとなしいが、酔いはじめると、愚痴を言いだし、人に絡みはじめて、酔いつぶれてしまうから、気をつけろよ。 恋愛してる + あいだ/うち + は、欠点も、個性的に見えるらしいけど、いざ結婚してしまうと、鼻について、うんざりしてしまうようだよ。 子どもが小さい + あいだ/うち + は、大学で習ったことが生かせるような仕事がしたいといくら思っても、そうするわけにもいかない。 2時から3時までの + あいだ/×うち + は、顧客と会う予定なのです。 授業/会議 + の + あいだ/×うち + は、ずっと店賬りしていた。 ▶本文11「主題/損題/『~は」の使い方を参照 「P + あいだ/うち + は + R」と「A + あいだ/うち + に + C」は次の2つの違いがある。ひとつは、Cが時間の点を示すのに対してRが時間の線を示すこと、もうひとつは、対比の「~は」が作用して、Pとは対照的な事態、例えば「夜になる/定年退職後/病気をする/酔いはじめる/結婚する」などが明示されるか、また「子どもが大きくなる/2時から3時以外/授業や会議の前後」がほのめかされることである。 Pが時間の線を示し、Pと対照的な意味を表すQが存在する場合を含む「あいだ/うち」の互換性などは、後者の「A + あいだ/うち + に + C」と同じである。 母が夕飯の支度をする + あいだ/×うち、宿題をしていた。 →母が夕飯の支度をする + あいだ/うち + は、宿題をしていた。 母さんの留守の + あいだ/うち + は、ゲームをしてられるよ。 ただ「P+あいだ(は)」は、対比の「~は」の有無にかかわらず使えるが、これに対して「P+うちは」は、Pと対照的な事態が想定できなければ使うことができない。今から振り返ってみると、日本に来たはじめの+うち/×あいだ+は、生活に慣れなくていろいろと失敗することも多かったような気がする。 上の「P + あいだ (は) + R」が、開始点「来日した日」があるのに、使うと不自然になるのは、Rの内容から、終了点が「生活に慣れて、失敗することもなくなった日」になるからである。この終了点に対応する開始点は「来日した日」ではなく、毎日のように「生活に慣れなくて、失敗した日」なので、開始点が不明になってしまう。 話し手の言おうとしている「日本に来たはじめ」というのは、つまり「生活に慣れなくて、失敗した日々」というより「生活に慣れて、失敗しなくなる」以前の時間帯なので、やはり「P + うちは + R」のほうがぴったりすることになる。 使い分けワンポイント ⑦ ~うちが 女性は、年輪を重ねても、人生を感じさせて美しいものだが、はつらつとして危ういほどの美しさを見せるのは、やはり若いうちだ。 →女性は、年輪を重ねても、人生を感じさせて美しいものだが、やはり若いうちが、はつらつとして危ういほどの美しさを見せる。 何といっても、若いうちが花だよ。年をとっちゃ、おしまいさ。 →人生で一番いい時期(=花)は、何といっても、若いうちだ。 健康でいられる/丈夫な/枠悟の元気な+うちが、幸せなんだよ。 霧のない晴れた朝のうちが、シャッターチャンス/勝負どころ+だな。 お酒は、ほろ酔いのうちが、最高だ。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~が』の使い方/有標主格とは?」を参照 <215> 「A - る/ - い/状態名詞な/名詞の + うちが + C」は、上のように「C + のは + Aのうちだ」を、有標主格の「~が」を使って、書き換えたものである。 若いうちは、金で買ってでも、苦労したほうがいい。 →金で買ってでも、苦労したほうがいいのは、若いうちだけだ。 →若いうちの苦労は、金で買ってでも、したほうがいい。 五科目のうち、1科目が欠点ですから、留年になる可能性があります。 ここで使われている「A+うち」は、範囲を表す名詞として「A+以内」を示しているにすぎない。ただ、これまで本節冒頭「使い分け」や「使い分け②③④⑥」で述べてきたようなAが時間帯を表す場合だけ、使い方が複雑になる。 使い分けワンポイント ⑧~から+~まで・~にかけて・~に至るまで 来る4月1日から15日+まで/にかけて/に至るまで、各会場で、ビッグイベントが繰り広げられます。 10月10日から月末+まで/にかけて/×に至るまで、映画祭が催され、次のような各国の名画が上映される予定です。 8月12日から16日+まで/×にかけて/×に至るまで、お盆休みにつき、休業させていただきます。 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~につき」を参照 ▶本文 1.2.「主題/テーマ/~にかけては」を参照 「Aから+B+まで/にかけて/に至るまで+C」が「時間の範囲」を表す場合、Cによって、次のような違いがある。 にかけて~に至るまで 連続する同じ内容バラエティな内容規模の大きい内容 北は北海道から、南は沖縄+まで/にかけて/に至るまで、旅行するのが夢です。 部品の生産から、組み立て+まで/×にかけて/に至るまで、ロボットによる一貫生産を しており、人はロボットを監視しているだけです。 子どもから親 + まで/×に至るまで、家族ぐるみの犯行。 わずかな脱税の発覚が、下は一介の職員から、上は理事長 + まで/に至るまで + を巻きこんだ不正入試事件にまで発展した。 時間以外を表す場合、最も便利なのが「Aから + Bまで + C」で、何にでも使えるが、単調で平板な表現になってしまう。 「Aから + Bにかけて + C」は書き言葉で、時間と場所の場合にしか使えないが、例えば、日本国内旅行とすると、飛行機で「北海道から沖縄まで」一直線に飛ぶといった感じから、列車で、あちこちに途中下車しながら「北海道から沖縄にかけて」見て回 <216> るような気分になる。 「Aから + Bに至るまで + C」も書き言葉で、順次「北海道から沖縄に至るまで」各地くまなく一周するといった旅行になるが、Cの規模が大きく、AからBまでに、3つ以上の「段階/順序/序列」があれば使うことができる。ただ、現実の規模は小さくても、内容を誇張する場合には多用される。 実用化に向けてゴーサインの出た段階に至って + はじめて/やっと/ようやく、計画そのものに欠陥のあることがわかった。 同僚が入院するに至ってはじめて、ほかで 離婚するに至って、ようやく自分自 定年退職するに至っても、まだ/いまだに/なお/いまなお + 自分の能力を評価して、会社が慰留してくれるものとばかり考えていた。 事業に失敗し、人生に挫折するに至っても、なお希望を失わない男だ。 業界不況のため、どこの会社も、残業手当なし、ボーナスゼロでしのいでいたが、A社に至っては、給与カットまでする始末である。 素行が悪いうえに、成績はご覧の通り、教師を殴り倒し、暴行事件を引き起こす/ことここ+に至っては、退学させるよりほかない。 ▶本文 8.2.「極限/原因と結果/~始末だ」を参照 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ては」を参照 「A名詞/-る+に至って+B」は「Aという極端な段階に+なるまで/ならないうちは/ならなければ、Bではなかった」ことを表し、Bにはプラスマイナス、どちらの結果にも使うことができる。 「A名詞/-る+に至っても+B」は、上の表現に、類推の「~も」が加わって、ほかの場合はいうまでもなく「Aという極端な段階になってさえも」という意味を表し、Bにはプラスマイナス、どちらの結果もくる。 「A名詞/-る+に至っては+B」は、対比の「~は」が「~に至って」の「~て」と結びつき、マイナスの結果を導く順接仮定条件の「~ては」となって、ほかにもマイナス面はいろいろあるが「ほかでもなく、特にAという極端な段階になっては」という意味を表し、最悪の結果がBにくる。 使い分けワンポイント⑩~にわたって/~にわたり・~にわたる 4月1日から(15日までの)15日間に + わたって/わたり、各会場でビッグイベントが繰り広げられる/映画祭が催される/×店内改装のために休業する。 この10年にわたり、環境保全のための地道な研究が続けられた。 今後も、数十年という長きに + わたって/わたり/わたる + 調査を行なってはじめて、人類以前の歴史が明らかになると言われている。 →今後も、数十年という長きに + わたって/×わたり + 行なわれる調査 来年はじめの3週間に + わたって/×わたり + 開かれる見本市の会場から、準備に追われる年末の模様を、中継でお送りいたしました。 <217> 「期間A + にわたって + B」は、Aの長短に関係なく、比較的規模の大きいBが、Aのあいだ継続することを表す書き言葉で、フォーマルな話し言葉でも使われる。 「~にわたり」は、最後の2例のように、あとの名詞を修飾する動詞に直接かかる場合には使うことができない。つまり〈未完文〉を含めて、文末と呼応する。 「A + にわたる + 名詞B」は、Aのあいだ継続する動態の名詞を修飾する。 十数回にわたる会議の末、ようやく停戦にまでこぎつけた。 この症状は、数世代にわたって受け継がれてきた可能性が高い。 アメリカ大陸は、北のアラスカから、南のチリまで、十数ヶ国に + わたり/わたって、縦走横断し、このたび無事、帰国の途についた。 問診表は、多岐/十数項目 + にわたって、書きこむことになっていた。 「Aに + わたって/わたり/わたる + B」は、Aが期間のほかにも、回数、場所の数や範囲を表す場合にも使うことができる。 昨夜の深夜零時 + に於いて/に、その事故を目撃したものはいないのか。 その時代 + において/の + は、七歳に達した男女が、同じ席につくというのは、タブーと見なされていた。 この1週間 + において/の、妻がどのような言動を見せたのか、調査中だ。 この実験をはじめて、すでに1年が経過するが、この1年間 + における/の + 具体的な成果となると、これといって見あたらないのが現状だ。 その時間 + における/の + 男のアリバイは、いまだ不明瞭なものがあります。 ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/時間の『点』と『線』」を参照 上の例の「A + において + B」は、Aが時刻や時間帯を表しているので、時間の点なら「A + に + B」に、時間の線では「A + ∅ + B」に置き換わる。名詞を修飾する「A + における + B」は「A + の + B」に置き換わり、後者のほうが通常 ただ、特に時間を際立たせる書き言葉で、時間がキーワードとなるような改まった場面になると、話し言葉でも使われることがある。 入学試験/同窓会 + は、教室棟/ホテル菊の間 + において行なわれる。 当駅構内における物品販売、ピラまき、ティッシュ配りなど、通行の妨げになる行為は、 一切これを禁止する この + 状況/病状/過程 + における最も適切な処置は、次のどれか。 その企画については、大筋において、同意を得ているんだろう? 父は、職場において、部下から慕われ、信頼されている上司だそうだ。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~にあっては」を 「A + において + B」が最もよく使われるのは、Aが場所の場合で、案内状や招待状などでは「於:Aホテル菊の間」と書かれたりもする。 横糸の場所に、縦糸の時間がブレンドされて、Aが状況を表し、それぞれ、Bの行なわれる「場所/時間/状況」を、特にAで示す場合に使われる。 ただ、最後の例のように、Bが動作を表さない場合、静態の「A + にあって + B」と互換性をもつようになる。 <218> 2.5.時の表現/基準時瞬間 この点に + おいて/ついて/関して + は、まったく疑う余地がないとはいえるものの、ほかの点では、はなはだ疑わしい限りだ。 ほかのところは、さておくとして、CGデザインに + おいて/ついて/関して、これ以上のものは望むべくもないだろう。 確かに、容姿の見事さにおいては申し分ないとはいえ、いざ演技力となると、映画をぶち壊してしまうほど、目もあてられないものだった。 さらにBが判断や評価を表す場合は、ほかの点との対比をしながら、特にAが評価Bの対象であることを示す場合に使われ、Aをテーマとして扱う「Aに + ついて/関して」と互換性が生まれる。 使い分けワンポイント⑫~というもの ご主人を亡くしてから、この半年あまり+というもの/×にわたり、涙の毎日だったと聞いていたが、先日、会ったときは、笑顔を見せて、元気そうだった。 梅雨明けまえのおよそ1週間+というもの/にわたり、集中豪雨のせいで、各地、予想外の被害が出た。 この10年+というもの/にわたり、砂漠化の防止など、環境保全のための地道な研究が続けられた。 今日から15日間+にわたって/×というもの、映画祭が開かれる。 ▶本文2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~てからというもの」を参照 「~(て)から+期間A+というもの+B」は、Aの期間「ずっとBというマイナスの事態が続いている」という意味を表している。同じ期間Aを使う「期間A+にわたり+B」と互換性があるのは、面倒で苦労をもたらす大規模な、または公のマイナスの事態Bの場合で、個人的なことには置き換わらない。 逆に、マイナス評価の感じられない「映画祭」に、いくら事態が継続するといっても「期間A+というもの+B」は使うことができない。 2.5. 時の表現/基準時瞬間 ~とたん・~やいなや AとたんB:Aが終わった瞬間に、意外なBが起こる。 AやいなやB:Aが終わった瞬間に、すぐBが起こる。 接続~た+とたんーる+や否や 形態 前者には、ほかに「A + とたんに」という形態がある。ただ「~に」を加えないほうが、場面転換は早い感じがする。 しかし、次のような場合は「とたんに」を使う。 稲妻が走ると、とたんに雷鳴がとどろいて、雨が降りだした。 4月に入ったら、とたんに暖かくなりはじめた。 <219> 次の「そのとたん (に)」の場合は、どちらも可。 稲妻が走った。そのとたん (に)、雷鳴がとどろいて、雨が降りだした。 小説はベストセラーになったが、そのとたん (に) 人が変わってしまった。 互換性 第三者を描く場合、互換性がある。 置換 [例] 階段を下りようとしたとたん、足を踏み外して、落ちてしまった。 次のように、置き換え不能。 ※階段を下りようとするや否や、足を踏み外して、落ちてしまった。 ひと口、飲んだとたんに/×飲むや否や、吐き出してしまった。 暑くて、まったく食欲がなかったのに、椅子に座って、料理を+見たとたんに/×見るや 否や、空腹を覚えた。 バスに + 乗ったとたん/×乗るや否や、財布を忘れたのに気づいた。 バスに + 乗るや否や/×乗ったとたん、財布を探したが、今朝は新しいスーツに着替えたせいで、忘れてきたのに気づいた。 昨夜は、くたくたに疲れていたので、お酒を飲んで、枕に頭を+のせるや否や/×のせたとたんに、眠ってしまったようだ。 のどが渇いて死にそうだったので、風呂から + あがるや否や/×あがったとたん、冷蔵庫からビールを出して飲みほした。 用例 次の用例は、互換性がある。 話を + 聞いたとたん/聞くや否や、目の前の男に向かって発砲した。 彼は、のどが渇いていたのか、風呂から + あがったとたん/あがるや否や、冷蔵庫からビールを出して飲みほした。 ベルが+鳴ったとたん/鳴るや否や、子どもたちは教室をとび出していった。 昼寝から目覚め、大きくあくびを+したとたん/するや否や、窓から屋根にとび移り、 うるさい声で、近所の猫とじゃれつきはじめた。 夫は、家に+帰ったとたん/帰るや否や、また出かけていった。 使い分け どちらも書き言葉ではあるが、話し言葉にも使われる「A + た + とたん(に)+ B」も、書き言葉専用の「A - る + や否や + B」も、AからBへの場面転換が一瞬のうちに起こったことを表し、〈述べ立て文〉と、その〈問いかけ文〉で使われる。違いは、前者の場合、AからBへの展開に、話し手の「思いもよらず」という「驚き」が反映されるが、後者は「予想外」といったものさえ感じさせない点にある。 したがって、話し手のことであろうが、日常的なことであろうが、話し手自身が驚きさえすれば、前者は使えるが、逆に、他者のことでも、非日常的なことでも、予期した通りであれば、話し手は意外に思うはずもないので、こうした場面は、後者しか使えない。ただ場面転換が早いだけで、何の意外さも示さない後者は、話題として面白さのないものなので、近ごろは、書き言葉にさえ使われなくなっている。 解説 「用例」のような第三者の場合も、話し手の「驚き」によって使い分けられる。例えば最後の「夫」の場合、毎日、家に帰ると、すぐ出かける習慣があったり、話し手が、夫の外出予定を、事前に知っていたりすれば、後者が使われ、その日に限って、あたかも事件か事故でも起こったかのように、出かけたのであれば、前者しか使えない。 <220> 使い分けワンポイント→①~なり 降りだした雨は、駅に + 着くなり/着いたとたん/着くや否や + 土砂降り、駅前には、タクシーの影さえなかった。 ドアが + 闘くなり/開いたとたん/×開くや否や、血まみれの男が倒れこみ、事務所は一瞬にしてパニック状態になった。 「こんにちは」と声を + かけるなり/かけたとたん/×かけるや否や、隣のおじさんが、驚いて跳び上がったので、こっちのほうがびっくりした。 昨日、彼女さ、会うなり/会ったとたん/×会うや否や、泣きだして/金を貸せって言いだして + さ。困っちゃったよ。 風邪でも引いたかのように、気分が悪かったので、家に + 帰るなり/帰るや否や/×帰ったとたん、熱いシャワーを浴びた。 今日から試験が始まったので、今朝は目覚まし時計が + 鳴るなり/鳴るや否や/×鳴ったとたん + 起きだし、パンをほおばりながら、ノートに目を通した。 いつものように、目覚まし時計が + 鳴るや否や/×鳴るなり/×鳴ったとたん + 起きだし、スウェットスーツに着替えて、ジョギングに出かけた。 やっぱり湯上りは、冷えたビールに限る。風呂から + あがるや否や/△あがるなり/×あがったとたん、冷蔵庫からビールを出して飲みほした。 ▶本文6.4.「変化の表現/不変化/『~まま/~きり/~たり~の使い方・大きい」 「A - る + なり + B」も、AからBへの一瞬の変化を表しているが、モーラ (拍) 数が3か4になる「~とたん (に) /~やいなや」に比べると、2モーラ (拍) で短いぶん、スピーディな場面転換を感じさせる。 立つなり/立ったとたん/×立ったとたんに/×立つや否や + めまい/腰の痛み/吐き気/発作 + に襲われた。 社長ったら、顔を見 + るなり/たとたん/×たとたんに/×るや否や、怒鳴りだしてさ。何のことかわかんなくて、面食らっちゃった。 場面転換の速さのせいか、〈述べ立て文〉と、その〈問いかけ文〉に限られるが、書き言葉でも話し言葉でもよく使われる。 「A + なり + B」は、「置換」[例] や「用例」の「A + とたん(に)/や否や + B」と互換性があり、AからBへの展開が、話し手を驚かす場合でも、日常の場面でも使うことができる。 ただ使えないのは、習慣となっている日常の場面だけなので、最後の「湯上り」の例で使うと、いつもは風呂を終えて、食事のときにビールを飲むが、この日はいつもとは異なり、のどが渇いて、夕食まで待てなかったのか、風呂上りに「即ビール」になった感じがする。 2. その湯いなまとはると、次のようになる 3者の違いをまとめると、次のようになる。 <221> 書き言葉で使われる「-る + なり/やいなや」の違いは、場面展開がスピーディーがどうかくらいの差しか感じさせない。 しかし、話し言葉でも使えるし、場面展開もスピーディな「A + - るなり/~たとたん + B」は、場面の展開の仕方に違いを見せる。 既実現を表す「~た」を含め、3つの「た行」音が並ぶ後者は、リズミカルに、まるで「最初の『タ』で、思いっきり手をたたき、次の『ト・タン』で、はじけるように、大きく輪を描きながら両腕を広げると、場面が突然、爆発的にクローズアップされたBに切りかわる」といった陽気で騒がしいカラフルなイメージをもち、もしそうでなければ、迫力のある鮮やかな場面展開になる。 逆に前者「~なり」は、陰気で湿っぽいイメージになり、AとBの連続場面を、白黒のロングショットでとらえたような凄みのある展開を感じさせる。 使い分けワンポイント②~や・~やら 隣村まで追っ手が来たと聞くや、彼は一目散に駆けだした。 合格通知を受けとるや、舞い上がらんばかりに、庭をとびはねた。 遭難の報に接するや、隊長を先頭に、すぐさま救助に向かった。 に述べた「A-る+や否や」のふたつの「~や」も同じものである。 つまり「A-る+や」は「A-る+や否や」を縮約したものになり、パラフレーズすると「Aするか、しないかの一瞬に」という意味を表す書き言葉ではあるが、現在では、ほとんど使われず、古い文献のなかでしか見ることができないかと思われる。 現代語で使われる「~や」には、次のようなものがある。 1. 並列 + 例示 スーパーで、パンや牛乳などを買ってきた。 ▶本文 1.3.「主題/例示/『~や~など』のバリエーション」を参照 2. 〜ない + や:自己主張の「〜よ」+ 甘え そんなこと、言ったって、ぼく、知らないや。 あんなとこ、ダメだよ。母さんに叱られるもん。ぼく、行かないや。 3. 呼びかけや詠嘆:老人語 春男や、そこの新聞、とっておくれ。 名月や、池をめぐりて、夜もすがら。 その面白さたるや、言語に絶するものがあった。 ▶本文1.1.「主題/提題/~たるや」「主題/例示/AたるA'」を参照 「~や」によく似た「~やら」の使い方には、次のようなものがある。 ▶本文 1.3.「主題/例示/~やら~やら」を参照 ▶巻末「古語/動詞/ラ変動詞『あり』/助動詞/意志・推量『む』」を参照 1. 不確かな疑問や想像:老人語 あの子、学校に行って勉強してる(の)やら、わかったもんじゃない。 帰る(の)やら、帰らぬ(の)やら、何も言わずに出かけたが。 <222> 2.5.時の表現/基準時瞬間 なんだか頼りなさそうだね。あれで本当に学校の先生なのやら。 ▶巻末「古語/助動詞/否定『ず』」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 (注)多く疑問に思うだけで、思って何かが実現するとは考えていない。 2.疑問詞 + やら:不確かな「疑問詞 + か」 おかしな声がする。誰 + やら/か + 笑っているらしいぞ。 どこ/いつ/何 + やら/か、行った/来ていた/食べてる + ようだ。 こんなに忙しくては、何が何 + やら/か + わからなくなってしまう。 剪勝りで心配していたが、どうやら/どうにか + 娘にも恋人ができたらしい。 泣いてばかりで、ご飯も食べず。はて、どうしたもの + やら/か。 あの子、いったい、どこまで遊びに行った + やら/のやら/のか。 ▶本文 1.3.「主題/例示/文中の『~(の)か』を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 (注)「何やら」は、話し言葉で「なんやら」になることがある。 3. 例示 泣くやら笑うやら、大変な騒ぎだった。 すごい洪水になって、車やら、家やら、いろんなものが流れてきた。 就職したいのやら、したくないのやら、はっきりしなくて困っている。 この「~やら」が不確かさを表すのは、3つの古語「疑問/~や」+「存在動詞/~あり」+「推量/~む」からなる「~やあらむ」が、縮約「~やらむ」→「~やらん」を経て、現代の「やら」に転じ、もとの「~であろうか/~だろうか」の意味を残しているためである。 使い分けワンポイント ③~が早いか・~か~ないうちに/即 事件の知らせを + 聞くが早いか/聞くか聞かないうちに/聞いたとたん/聞くや否や、署内は騒然とした雰囲気に包まれた。 この薬、すごいよ。昨日、寝るまえ、飲んだけど、飲むが早いか/飲むか飲まないうちに/飲んだとたん/×飲むや否や、眠っちゃって。ちょっと怖くない? 席につくが早いか、待ってたとばかりに、猛烈な勢いで食べはじめた。 家に帰るが早いか、部屋に閉じこもり、いくら呼んでも出てこないの。 その犬は、横断歩道に来るが早いか、一声「ワン」となく習性がある。 8時になるが早いか、とび出して行ったよ。遅れるんだったら、1分だけでも早く起きりゃいいのに、どうして毎日、ああなんだろうね。 ▶本文 2.4.「時の表現/時間範囲/~うちに」を参照 「-る + が早いか」は、これを使いはじめたころは、おそらく新鮮味があって流行したかと思われるが、今では「~がはやいか」という長さが邪魔をするのか、あまり使われていない。いわば、その当時の「~や否や」の話し言葉である。 話し言葉とはいっても、もともと意外さも、スピーディな展開も感じさせない表現なので、いくら驚くべき非日常的な状況に使っても、予想通りの場面転換になってしまい、聞き手を驚かす「予期せぬ出来事」にはならない。 会う + なり/×が早いか、金を貸せといわれて、驚いちゃった。 <223> したがって、話し手自身にも予想外で、スピーディな展開には、使うことができない。「A-る+か+Aないうちに」は、現代語「~や否や」の完璧な直訳と考えられ、すべての場合で「A-る+がはやいか」と互換性をもつが、こんな長ったらしいものを、話し言葉で使うとも思えないし、驚きも面白みもないので、例えば、お手軽な書き言葉か、気どって「どことなく翻訳調」といった感じを演出するときには、使われるかもしれない。 席について、即、食いだすんだよ。格好悪いったらないよな。 昨日、飲んだんだよ。即、眠っちゃってさ。すごいだろ、この薬。 おそらく今、若い人たちの話し言葉でよく使われるのは、短くてシャープな「即」かもしれない。 使い分けワンポイント ④~(か)と+思ったら・思うと・思えば/ ~(か)と思うまもなく 昨夜は、うとっとした(か)と+思ったら/×思うと/×思えば/思うまもなく、電話が鳴って。それから眠れなくなっちゃって、朝までよ。 ほしいけど、高い(か)と+思ったら/×思うと/×思えば、すぐバーゲンが始まって、うれしくなって、衝動買いをしてしまった。 これさえ終われば、これで今年も仕事納め+(だ/か)+と+思ったら/×思うと/×思えば、見てよ、これ。どう思う?いじめだろ?今日になって、こんな仕事、押しつけてくるんだもの、いやんなっちゃうよ、もう。 上海を飛び立ったと + 思ったら/思うと/×思えば/思うまもなく、もう大阪の灯が見えてきた。 涼しくなったと+思ったら/思うと/思えば/思うまもなく、また急に残暑がぶり返すんだから。年寄りには酷なときだよ、まったく。 いつになく元気+だ/か+と+思ったら/思うと/思えば、決まって、そのとたんに風邪か何かで寝こむのよね。油断も隙もないんだから、うちのおじいちゃん。 今まで笑っていたかと+思ったら/思うと/思えば、すぐ怒りだすし、怒っていたかと思えば、今度は泣きだしてさ、ころころ気分が変わって、付き合いきれないんだよ、あの人。 あっちに行ったと+思ったら/思うと/思えば、こっちに来ていて、こっちに来たと+思ったら/思うと/思えば、もうあっち、つかまえるのが大変だった。 接続: -る/ーい/た + (か) + と/ (状態) 名詞 + (だ/か) + と ▶本文6.4.「変化の表現/不変化/『次に起こるべき事態』とは?」を参照 「A + と + 思ったら/思うと/思えば + B」は、AからBへの展開が予想外に早いという場合に使われる。 条件さえ合えば「A + とたん(に)/や(否や)/なり/が早いか/か~ないかのうちに」と互換性はあるが、ただ予想外に早いというだけで、一瞬にして変わる場面展開を示しているわけではない。 例えば、最初の「電話」では、電話の鳴るまで、どれくらい長く「うとっとしていた」か判断できない。 「思ったら/思うと/思えば」の違いは、およそ次頁のようになる。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~たら・~ば・~と」を参照 <224> 思ったら:そのとき、その場限りの個別的、一回きりの事態 思うと:経験から知っている反復される事態 思えば:一般的に当然だと思われ、習慣になっている事態 「~か」の有無については、あれば「Aではないかと思う」となって、状況判断、なければ「Aと思う」となって、断言に近くなる。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~と思う』と状況判断」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ではないか」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/状況判断/判断放棄と断言」を参照 出かけるかと + 思ったら/×思うまもなく、家にいるんだって。 いるかと + 思ったら/思うと/思えば/×思うまもなく、いないし、いないかと + 思ったら/思うと/思えば/×思うまもなく、いるし、生活が不規則すぎるのだ。 もう少しは可愛いかと + 思ったら/×思うまもなく、とんでもなくてね。 食事の最中に、どこへ行くのか + と思ったら/×思うまもなく、大の大人が「トイレ」だって、お酒を飲んでいたんじゃないんだよ 親のいないこの子が不懶だと + 思ったら/思うと、涙が出てきてね。 →親のいないこの子が不憫だと思えば、あれこれ世話をしてきたのに。 「A + と + 思うまもなく」は、上のような「思い違い」や、時間の経過を感じさせない場合、使うことができない。 使い分けワンポイント ⑤~(か)と思いきや 「遅れる!」といって、出ていったかと + 思いきや/思ったら、ナント「忘れ物をした!」と言いながら、慌てふためいて戻ってきた。 これさえ終われば、これで今年も仕事納め + (だ/か) + と + 思いきや/思ったら、今日になって、こんな仕事、押しつけてきた。 この調子では、ベストフォーはかたいと + 思いきや/思ったら、緒戦も緒戦、第一回戦で、早々に敗退してしまった。 涼しくなったと + 思いきや/思ったら、また急に残暑がぶり返した。 いつになく元気 + だ/か + と + 思ったら/×思いきや、決まって、そのとたん、風邪を引いて寝こむんだ、うちのおじいちゃん。 上海を発ったと + 思ったら/×思いきや、すぐ大阪に着いてしまった。 ほしいが、高い (か) と + 思ったら/×思いきや、バーゲンが始まった。 昨夜は、うとっとした (か) と + 思ったら/×思いきや、電話が鳴り、それから眠れなくなってしまって、朝までだった。 接続:「使い分け④」の「~(か)と思ったら」などと同じ ▶巻末「古語/助動詞/過去『き』」を参照 ▶本文6.4.「変化の表現/不変化/『次に起こるべき事態』とは?」を参照 「A + と + 思いきや + B」は、動詞「思う」に、古語の「過去/~ぎ」+「疑問/~や」が接続したもので、パラフレーズすると「どうして/何を勘違いして + Aと思ったのか」となり、Aから予測できる一般的な事態ではなく、予期できない特殊なBの起こる状況で使われる。ただ、AからBへの展開が予想外に早いという意味は含んでいない。したがって、個別的状況を示す「A + と + 思ったら」としか置き換わらないが、すでに「使い分け④」で述べた「A + と + 思うまもなく」の使えなかった「思い違い」 <225> の例とは互換性をもつ一方で、逆に「上海」の例のように、予想外の結果にならないもの、また「バーゲンセール」のような勘違いとは無縁のものとは、互換性がない。 古語が使われて、もちろん書き言葉であるが、もうひとつ制限があって、話し手自身の状況には使えず、第三者の状況描写専用である。 使い分けワンポイント ⑥~拍子に・~はずみに ぶつかった + 拍子/弾み + に、尻餅をついてしまった。 転んだ + 拍子/はずみ + に、足の骨にヒビが入ったらしい。 立った + 拍子/×はずみ + に、棚に頭をぶつけた/×めまいがした。 座った + 拍子/×はずみ + に、椅子が壊れてしまった。 食べた + とたんに/×拍子/×はずみ + に、吐き気がした。 潜ろうと思った + 拍子/×はずみ + に、こむら返りが起こってしまい、もう少しで溺れそうになった。 歌いだした + 拍子/×はずみ + に、声が出なくなってしまった。 歌いだした + はずみで/×拍子に + マイクが離せなくなってしまった。酒に酔った + はずみで/×拍子に、日ごろの不満をぶちまけた。 もの/酒 + の + はずみで/×拍子に、バカなことを言ってしまった。衝突の + はずみ/拍子 + に、バイクは大きく飛び上がった。衝突の + はずみで/×拍子に、運転手は車から放り出された。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 ▶本文 3.4.「順接確定条件/手段/『~で』の使い方」を参照 「拍子」は「ワルツの三拍子/ブルースの四拍子/三々七拍子/手拍子足拍子/歌の拍子をとる」など、規則的な音の強弱の組み合わせのことであるが、基本的には「手をたたく」ことである。 したがって「Aた/名詞の+拍子に+B」は、いわば「Aで大きく手を打ち鳴らした一瞬」に、事の成り行きで「マイナス評価のBが起こった」ことを表し、客観的な場面転換の早さを示している。 「Aた/名詞の + 弾みに + B」は、文字通りAに「弾力性」のある動作、つまり、あり余る勢いがあり、反作用を引き起こす力のある動作がきて、当然の成り行きで「マイナス評価のBが起こった」ことを表している。したがって、余勢をもたない通常の動詞には使うことができない。 ところが、静態を表す「~に」が、動態の「~で」に変化すると、勢いがつきすぎて止まらなくなることを表し、Aに「弾力性」の動作という制限がなくなるかわりに、Bは、止まらなくなった結果を表す必要がある。 また「A + 弾みで + B」は、場面転換の早さを示さないので、もし「A + 拍子に + B」に置き換えると不自然になる。 上にあげた「Aた + 拍子に/弾みに/弾みで + B」の例は、Aが名詞の場合を除けば、すべて「Aた + とたん (に) + B」と互換性はあるが、どれもAから B への「当然の成り行き」を表すだけで、特に Bが予想外であるとか、予想通りとかといった含みはなく、結果的に、いわば「起こるべくして起こった」ことを表すので、話し手の驚きなどは含まれていない。 <226> ▶本節まえの「使い分け」や「使い分け①/~なり」を参照したがって、立ったというだけで、なぜ起こったかもわからないし、事の成り行きでもない「めまい/吐き気」などに使うと、不自然に響く。 使い分けワンポイント⑦~ざま(に) 報告を聞いて、何も言わず顔色をかえた部長は、立ち上がりざま(に)、こちらをにらみつけ、さも「出て行け」と言わんばかりの動転ぶりだった。 男は、振り返りざまに、斬りつけてきた。 振り向きざまに、殴りかかる。 飛び上がりざまに、扇子を投げた。 「ざま」は、漢字で書くと「様(さま)」になって「様子」を表し、例えば「ざま(を)+ 見ろ/見やがれ」や「こんなざまでは、親に申し訳が立たない/何というざまだ、恥かしくないのか」など、相手や自分の「なり/格好」を嘲笑するときに使われるが、この「Aます形 + ざまに + B」は、ちょうど「Aのポーズをとると同時に、Bをする」という意味を表している。 AとBの同時性とも、AからBへの瞬時性ともとれるが、やや古めかしい表現で、ほとんどが慣用的に使われている。 特に「立ち上がる/振り返る/振り向く/飛び上がる」など、決まった〈瞬間動詞〉が使われるが、その一瞬の動作をとらえると同時に、それが静止画面となって凍結したかのようなポーズになり、いわば歌舞伎などで「見栄」をきっているような効果を出す場合に使われる。 瞬時性という意味では、これに最も近いのが「~た + なり」であるが、この「なり」では、形式美ともいえる「見栄」を表すことができない。 8 〜とすぐ・〜したい〜たらすぐ 会社に + 戻るとすぐ/戻り次第/戻ったらすぐ、会議のあることを、みんなに知らせておきましょうか。 駅に + 着くとすぐ/着き次第/着いたらすぐ、お電話いたしますので、よろしくお願いいたします。 わかりました。駅からお電話 + いただきますと/いただきしだい/いただきましたら、すぐ、お迎えに参りますので。 詳しい事情が + わかりますと/わかりしだい/わかりましたら、すぐみなさまに、お知らせいたします。 静かにしろ。そこ、動くんじゃない。動くと/×動きしだい/△動いたら + 撃つ。 誰か来る。いいか。角を + 曲がると/×曲がり次第/曲がったら、すぐ走るんだ。 昨日は飲みすぎて、家に + 帰ると/×帰りしだい/帰ったら + すぐ寝てしまった。 来月から全国大会だって。授業が + 終わると/×終わりしだい/終わったら、すぐ練習を始めよう。 赤ちゃんが目を + 覚ますと/×覚まししだい/覚ましたら、すぐにあやして。泣き + だすと/×泣きしだい/泣いたら、すぐミルクよ。 おなかが + すくと/×すきしだい/すいたら、何でもかまわないから、すぐ口に入れてしまいたくなる。 出張の日程が + 決まると/決まりしだい/決まったら、すぐ連絡するよ。 <227> ~たところだ・~たばかりだ/-るところだ・-るばかりだ →出張の日程を + 決めると/×決めしだい/決めたら、すぐ連絡するよ。 信号にひっかかってばかり。あの信号が青に + 変わると/×変わりしだい/変わったら、すぐぶっ飛ばそう。 →信号にひっかかってばかりだな。ねえ、運転手さん、信号が青に + 変わると/変わりし だい/変わったら、すぐぶつ飛ばしてもらえるかね。 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/『~次第』の使い方」を参照 ▶「A + と/たら + すぐ + B」の違いは、本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~とすぐ」を参照 「A-ると+すぐ+B」は「A+たら+すぐ+B」よりも、AからBへすばやく展開し、AとBがほとんど同時といった感じがするが、この2つも「A+ます形+しだい+B」も、これまで述べてきた「〜とたん」などが、〈述べ立て文〉と、その〈問いかけ文〉にしか使えなかったのとは異なり、すべての文に使うことができる。 さらに前者ふたつ「A+と/たら+すぐ+B」は、未実現のことにも、既実現のことにも使えるし、また〈ウチ/ソト/ヨソ〉のすべての場面、すべての〈文体〉にも、話し言葉書き言葉にも使うことができるので、AからBへの変化の面白みも、丁寧さも感じさせないが、一番便利なものである。 しかし、後者「〜しだい」には、次のような使用制限がある。 1. 未実現のことにしか使えない。 2. 家など、親しい〈ウチ〉関係ではなく、会社など、上下関係のある〈ウチ〉や、〈ソト/ヨソ〉、つまり、互いに遠慮の必要な関係の場合に使われる。 3.〈独り言〉ではなく、対話他者となる〈聞き手〉が必要である。 4. Aには、たとえ個人の意志による行為を表していても、話をしている現在の状況からすれば、いわば「自然の流れ」ともいえる「当然の成り行きの結果」がくる。 5. Bには、Aの状況にすばやく反応して、行動に移ることを示す〈意志動詞〉がくる。「~しだい」がよく使われるのは、取り引き先や顧客と応対する場合である。 2.6. 時の表現/基準時直前直後 ~たところだ・~たばかりだ/-るところだ・-るばかりだ ~た + ところだ:基準時直前で、動作や変化が実現した直後の客観的な状態。 ~た + ばかりだ:基準時以前で、動作や変化が実現した直後の主観的な状態。 - る + ところだ:基準時直後で、動作や変化が実現する直前の客観的な状態。 - る + ばかりだ:基準時以後で、動作や変化が実現する直前の準備完了状態。 動詞 + た + ところ/ばかり + だ ーる+ところ/ばかり+だ 「~ところ」は接続によって、次のような意味がある。 ▶本文1.3.「主題/例示/~といったところだ」「主題/累加/~どころか」を参照 <228> ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~たところで」を参照 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~ところによると」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想/~ところだった」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~ところが・~ところを」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~たところで」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ているところだ」を参照 「~ばかり」も接続によって、次のような意味がある。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ばかりだ」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~てばかりはいられない」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~ばかりに」を参照 ▶本文7.2.「比較・比喩・比例/比喩/~んばかりに」を参照 ▶本文6.3.「変化の表現/比例変化/~ばかりだ」を参照 ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量+ばかり」を参照 形態 「~ところ/~ばかり + だ」が類義関係になるのは、上の「~た/-る + ところ/ばかり + だ」の場合だけであるが、時の表現として「~ところだ」には、次のような形態もある。 ~て + いる/いた + ところだ ~(よ)うと + する/した/している/していた + ところだ ~ところ + に/へ/を ... また「ところ」は、〈ウチ〉での会話に限られるが、短く「とこ」になることがある。 互換性 「~たところだ」と「~たばかりだ」は互換性がある。 しかし「-る + ところだ」と「-る + ばかりだ」は、類義関係にあるだけで、使い [例1] ここへは、去年の春ではなく、秋に引っ越してきたばかりです。 次のように、置き換え不能。 ×ここへは、去年の春ではなく、秋に引っ越してきたところです。 次の「~た + ばかりだ」も「~た + ところだ」に置き換え不能。 結婚した + ばかり/×ところ + なのに、離婚? いったい何があったんだい。 入社した + ばかり/×ところ + で、何もわかりません。よろしくお願いします。 数年前、奥さんを亡くした + ばかり/×ところ + ですから、寂しいんでしょうね。 日本に来た + ばかり/×ところ + だった。友達もなく、毎日、本当に大変だった。 戦争、終わった + ばかり/×ところ + という気がするのに、もうそんなになるか。 用例 次の「~た + ばかりだ」は「~た + ところだ」に置き換え可能。 お昼? あ、今、食べた + ばかり/ところ。ごめん。また今度、誘ってくれる? 電車、行った + ばかり/ところ + だよ。もうちょっと早く走ればよかったね。 今、出かけた + ばかり/ところ + ですから、2時には着くのではないでしょうか。 二十歳だった。ようやく社会が何か、わかりはじめた + ばかり/ところ + だった。 会社から電話がかかってきたとき、彼女はまだ起きた + ばかり/ところ + だった。 ▶巻末「動詞と時の表現」を参照 使い分け 「A + たところだ」は、動作や変化Aが〈基準時〉「~だ/現在」の直前に起こった状態しか表すことができない。つまり、逆の視点に立てば、〈基準時現在〉 <229> ~たところだ・~たばかりだ/-るところだ・-るばかりだ が「Aの起こった直後」である場合に使われる。 しかし「A + たばかりだ」は、動作や変化Aが起こった直後の状態だけではなく、話し手が「直後だ」と感じれば、何年前のことでも表すことができる。 「置換」[例1]を「~たところだ」に置き換えるには、引っ越してきたのを、〈基準時現在〉の直前、例えば「今日」か「昨日」にする必要がある。もっと以前のことにするとしても、せいぜい「先週」か「先月」くらいが限度で、それ以上になると、不自然になってしまう。 〈基準時〉から遠ざかると不自然になるのは、この「~たところだ」が表す「基準時直前/動作変化の直後」というのが、客観的絶対的時間を表しているからである。 これに対して「~たばかりだ」は、話し手が引っ越してきたのを「ついこの間のこと」と考えていれば、たとえ「去年の春」であっても「3年前」であっても可能である。つまり、話し手の「ついこの間のこと」という思いにともなう感情に支えられ、たとえ「基準時直前/動作変化の直後」でなくても使うことができるので、主観的相対的時間を表していることになる。 話し手の「ついこの間のこと」という思いにともなう感情とは、例えば、秋に引っ越してきたばかりなので「まだ新しい家に慣れなくて落ち着かない/家のなかを早く片付けて普段の生活に戻りたい」といった気持ちであろう。 ところが、これを「先月、引っ越してきたところです」に置き換えると、ただ「引っ越してきたのは先月だった」という事実が述べられているにすぎなくなり、引っ越しにともなう「 あわただ 慌 しさ/落ち着きのなさ」といった感情が隠されてしまうことになる。 解説 「置換」[例1]で「~たところだ」と互換性のない「~たばかりだ」を使った話し手が、果たして、どのような気持ちを表そうとしたかは、対話現場にいて推し量るか、本人に聞いてみるよりほかはないが、気持ちを補ってみると、およそ次のようなものと思われる。 結婚したばかりで、幸せのはずなのに、もう離婚だって? 入社したばかりで、不慣れなものですから、何もわかりません。 奥さんを亡くしたばかりで、まだ心の痛みが癒されてないから、寂しいんだろう。 日本に来たばかりで、友達もなくて心細いし、勝手がわからなくて大変だった。 戦争が終わったばかりという気がするのに、時の経つのは早いものだ。 上の例「日本に来たばかり」の〈基準時〉だけが、過去「毎日が大変だった」で、そのほかの〈基準時〉は現在である。 また用例のように、動作や変化が起こった直後の状態を表して、置き換えが可能の場合でも、やはり「~たばかりだ」からは、聞き手や話題の人物に対する話し手の気持ちや心遣いを感じとることができる。 例えば「お昼? あ、今、食べたばかり」なら、話し手の「せっかく誘ってもらったのに、先に食べてしまって悪いことをした、また今度、一緒に食事がしたい」といった気持ちが聞き手に伝わるが、置き換えて「お昼? 今、食べたところ」にすると、話し手の気持ちが薄らいで、あとに続く「ごめん。また今度、誘ってくれる?」が、白々しい外交辞令にすぎなくなる。 つまり、置き換え可能な「~たばかりだ」の場合、時間的な距離よりも、話し手の「つ <230> 2.6.時の表現/基準時直前直後 い今さっき」という気持ちが前面に押しだされているので、ご馳走しようと思っている上司などから「食事はすんだか」と聞かれて、もし、空腹ではあるが「はい、食べたばかりです」と小さな声で、遠慮がちに答えれば、東洋的「遠慮」の意味のわかる上司なら聞き流して、ご馳走してくれるかもしれない。 しかし「食べたところです」と答えると、ただ「食事の直後で満腹だ」というメッセージを送っているだけなので、何の可愛げもなく、聞き手は二度とご馳走する気にならないかもしれない。ただ「~の」を挿入して、これを「食べたところなんです」にかえると、ほぼ「食べたばかりです」と同じ気持ちを表すことができる。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のだ」を参照 電車、行ったばかり、残念でしたね。 あいにくですが、たった今、出かけたばかりです。 社会が何かをわかり始めたばかりで、まだ頼りなさが残っていた。 彼女はまだ起きたばかりで、とまどいながら電話に出た。 ほかの用例「~たばかりだ」が示す話し手の感情は、上のようになるかもしれない。 「A + たところだ」は、単にAの「時間的直前」を表すだけであるが、心理的值前を表す「A + たばかりだ」は、時間的直前だけではなく、かなり以前の出来事も表し、話し手の気持ちを色濃く反映する。 両者の違いは、次のようになる。 Aの事態 A + たところだ A + たばかりだ モーダス要素 基準時直前既実現 基準時以前既実現 ▶巻末「文/モーダス要素」を参照 基本的に「A+たところだ」から「A+たばかりだ」への置き換えは可能であるが、前者が、〈基準時〉の直前という事実を表して、文章語で多用されるのに対して、後者は、同じ時間や事実を表しながら、話し手の気持ちがこもるので、会話で多用される。 置換 [例2] 出かけるばかりになって、お母さんたら、化粧を始めるんだから。 使い方が異なっているので、次のように置き換え不能。 ×出かけるところになって、お母さんたら、化粧を始めるんだから。 この1年、よく頑張った。合格祈願もした。あとは試験を受けて、天命を待つ + ばかり/×ところ、将来のことは、それからだ。 ようやくみんながそろい、さあ始める + ばかり/×ところ + というときになって、なんと、ビールを買っていなかったことに気づいた。 きれいに飾りつけられた家のなかは、子どもたちも寝てしまい、あとはもうサンタクロー <231> ~たところだ・~たばかりだ/-るところだ・-るばかりだ スが来る + ばかり/×ところ + という雰囲気になっている。 料理をして、シャワーを浴び、テーブルもセットして、食べる + ばかり/×ところ + に しておいたのに、客は訪れもしなければ、電話もしてこなかった。 明日はゴルフなのか、いつも几帳面な父は、ゴルフバッグに衣類まで玄関にそろえて、す ぐにも飛び出していく + ばかり/×ところ + にしておく。 お店の人は朝早く起きるのか、いつも駅に人影が見える5時には表を掃き清め、水もまいて、 開店する + ばかり/×ところ + にしてある。 荷物も預けた。搭乗券もある。ボディチェックも、パスポートチェックもすんだ。あとは ただ飛び立つ + ばかり/×ところ/だけ + だった。 調子の狂ったエンジンを完璧なまでに修理し、動かす + ばかり/×ところ/だけ + にし てくれてあったから、あとは乗ってスタートする + だけ/ばかり + だった。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~だけだ・~ばかりだ」を参照 用例 次の「-る + ところだ」は「-る + ばかりだ」に置き換え不能。 搭乗口に駆けつけると、飛行機はちょうど飛び立つ + ところ/×ばかり + だった。 料理も飲み物も準備完了です。すぐパーティーが始まる + ところ/×ばかり + です。 これから買い物に出る + ところ/×ばかり + ですが、1時間ほどで帰ってきます。 赤ちゃんが寝る + ところ/×ばかり + だから、もうちょっと静かにしてくれない? お店、もう閉まる + ところ/×ばかり + なのに、今どこなの。間に合わないわよ。 テレビを見る + ところ/×ばかり + だったが、友だちから電話がかかってきた。 ▶本文4.2.「順接仮定条件/反実仮想/~ところだった」を参照 使い分け 「置換」[例1]と同じように「Aーる + ところだ」は、動作や変化Aが、〈基準時〉「~だ/現在」の直後に起こることしか表すことができない。つまり、逆の視点に立てば、〈基準時現在〉が「Aの起こる直前」である場合に使われる。 これに対して「Aーる + ばかりだ」は、動作や変化Aが起こる直前の状態だけでなく、Aを起こすために、これまでしてきた準備が「やっと終わった」という話し手の気持ちを表すので、Aが基準時直後に起こるのかどうか、わからないことがある。 「A - る + ばかりだ」は、動作や変化Aが起こるにふさわしい「準備完了の状態」を表すので、基本的には、次の形で使われる。 1. -る + ばかり + だ 2. -る + ばかり (というとき) + になる 3. -る + ばかり + にして + ある/おく ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/~になる/~にする」を参照 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~てある・~ておく」を参照 「A-る+ばかりだ」は、最も基本的には、変化を示す「~に+なる/する」が後接して、Aの準備段階から、Aの「準備/用意/支度」が整った状態に変化したことを表す場合に使われる。この「すべきことはすべてしたのだから、あとはAをするよりほかに何もすることがない」という状態には、話し手の「準備が終わったのだから、早く始めたい」という「意欲/変化への期待」がこめられている。 しかし「A-る+ところだ」は、準備を終えて「何もすることがない」という状態も、 <232> 2.6. 時の表現/基準時直前直後 その状態がかきたてる変化への期待も表すことができない。 したがって、互換性があるように見える「A-る+ところ/ばかり+だ」が文末になる場合でも、置き換えると不自然になることがある。 例えば「パスポートチェックもすんだ。あとはただ飛び立つばかりだった」は、海外旅行に出かける話し手の高揚した気分を伝えている。しかし「用例」最初の「飛行機は飛び立つところだった」は、これと対照的に「飛行機、離陸寸前」の状態を伝えているだけで、搭乗口に駆けつけた話し手の「さあ、飛び立つぞ」という気持ちを表しているわけではないので、互いに置き換えることができない。 また「用例」の「パーティー」は、自動詞「始まる」が使われ、すべての準備を終えた「パーティー開始直前」の状態しか表しておらず、話し手の「後はパーティーを始めるだけだ、早く始めたい」という気持ちは表せないので、置き換えると不自然になる。もし置き換えるとすれば、他動詞「始める」を使って、次のようにする必要がある。→料理も飲み物も準備完了、あとはパーティーを始める + ばかり/×ところ + です。→搭乗口に駆けつけると、飛行機はまさに飛び立つばかりになっていた。 「飛行機」の場合は、あとに「~になる」をつけて、上のように書き換えると、話し手のためにスタンバイしていた飛行機に変化が起こるダイナミックな瞬間と、すぐに出発したいという話し手の期待を、同時にとらえることができる。 使い分けワンポイント ③「-る + ところ/ばかり + だ」のまとめ 「A-る+ところだ」は、時間的な基準時直後の未来、Aの〈基準時未実現〉を表すだけであるが、これに対して「A-る+ばかりだ」は、Aの〈基準時未実現〉を表すだけではなく、未来のためのすべての準備が完了し、変化する瞬間へと期待を寄せる話し手の気持ちを息づかせる。 両者の違いは、次のようになる。 Aーる + ところだ Aーる + ばかりだ Aの事態 モーダス要素 基準時直後/基準時未実現 基準時以後/基準時未実現 なし 準備完了 「ーる + ところだ」と「ーる + ばかりだ」は、使い方が異なるので、互換性はないが、前者が基準時直後という実現可能な事態を表して、文章語で多用されるのに対して、後者は同じ時間や事態を表しながら、話し手の気持ちがこもるので、会話で多用される。 使い分けワンポイント④ - る + だけだ 1. ただ、ここを押す + だけ/×ばかり + だよ。ねっ、ほら、動くだろう? 2. 来涸から試験だもの、勉強する + だけ/×ばかり + だよ。仕方ないだろう? 3. 妹がいじめられたからには、何が何でも仕返しする + だけ/※ばかり + だよ。 ▶本文7.2.「比較・比喻・比例/比例/原因/~だけに/『だけ』の使い方」を参照 <233> ~たところだ・~たばかりだ/-るところだ・-るばかりだ ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照「~だけだ/あきらめの『~しかない/~だけだ』/~ばかりだ」 「- る + ばかりだ」は、上のような使われ方をする「- る + だけだ」と置き換わる可能性がある。 例えば「置換」を「1.することの簡単さ/2.あきらめに裏打ちされた義務/3.任務や義務を果たす決意」を表す「-る+だけだ」に置き換えると、次のようになるが、義務が前面に出て、胸のときめく期待もダイナミックな変化も表すことができなくなる。→この1年、よく頑張った。合格祈願もした。あとは試験を受けて、天命を待つだけだ。将来のことは、それからだ。 →ようやく、みんながそろい、あとは始めるだけ/×さあ始めるだけ + というときになって、なんと、ビールを買っていなかったことに気づいた。 →きれいに飾りつけられた家のなかは、子どもたちも寝てしまい、あとはサンタクロースが来るだけになっている。 →料理をして、シャワーを浴び、テーブルもセットして、食べるだけにしておいたのに、客は訪れもしなければ、電話もしてこなかった。 →明日はゴルフなのか、いつも几帳面な父は、ゴルフバッグに衣類まで玄関にそろえて、飛び出していくだけ/※すぐにも飛び出していくだけ + にしておく。 →お店の人は、朝早く起きるのか、いつも駅に人影が見える5時には、表を掃き清め、水もまいて、開店するだけにしてある。 →調子の狂ったエンジンを完璧なまでに修理して、動かす+ばかり/だけ+にしてくれてあったから、あとは乗ってスタートする+だけ/ばかり+だった。 「×」のついた「-るだけだ」は、変化への期待を表す「さあ/すぐにも/まさに/いよいよ」といった言葉と呼応しないので、使うことができない。もし「さあ/すぐにも」をとってしまうと、置き換えが可能になる。 最後の「あとは乗ってスタートするだけだった」は、修理工場のオジさんが完璧に修理してくれたおかげで「スタートするのが簡単だった」ということを表している。 したがって、まえの「動かすばかり」も「動かすだけ」に置き換えると、繰り返し「簡単だった」と言うことになるので、やはり「動かすばかり」で期待を表し、エンジンをかけると、期待通り「わけなくスタートした」とするほうが話し手の気持ちは伝わる。 「~ところだ」には、慣用的な使い方がいくつかあり、これらは「~ばかりだ」と互換性をもたない。 子どもがやっと寝た + ところ/×ばかり + に、突然、酔った友だちがやってきた。 今、お風呂に入っている + ところ/×ばかり + ですから、すみませんが、あとで、もう一度、かけ直してくださいますか。 さっき食堂で見かけたときは、食事を終えて、コーヒーを飲んで + いる/いた + ところ/×ばかり + でしたから、もう戻っているのではないでしょうか。 酒を飲んで遅くなり、時計を見ながら駆けつけると、最終電車はまさに出ようとする + ところ/×ばかり、心臓の踊るのもかまわず、慌てて飛び乗った。 エキサイティングなサファリパークで事故が起こってしまい、今にもライオンに食われよ <234> 2.6.時の表現/基準時直前直後 うと+する/した+ところ/×ばかり+で、目が覚めた。 今ちょうど、ご飯を食べようとして+いる/いた+ところ/×ばかり+です。もう少しあとで来てください/ご一緒にいかがですか。 急に曇って、雷が鳴りだし、稲妻が走って、今にも雨が降ろうとして + いる/いた + ところ/×ばかり + だったが、運良く、友だちの車が通りかかった。 品質管理会議をして + いる/いた + ところ/×ばかり + へ、社長が顔を出した。 寝ようとして + いる/いた + ところ/×ばかり + に、電話がかかってきた。 溺れかかって + いる/いた + ところ/×ばかり + を救っていただいたのです。 先生が女の人と喫茶店に入ろうと + する/した + ところ/×ばかり + を見たよ。 まだ部屋にいるかと探しに行ったが、ちょうど出かけようと + する/した + ところ/×ばかり + と出くわした。 出勤するところ/※ばかり + に、隣の人が来るし、駅に着いたところ/※ばかり + で、忘れ物に気づくし、遅れそうで会社に電話しているところ/※ばかり + を、人に聞かれてしまった。 最初の「子ども」の例で使われている「~ところ + に + ~やってきた」は、場面や状況の劇的な変化を示す慣用的な表現である。 次のような書き換えはできるが、劇的な変化にはならない。 →子どもがやっと寝たところなのに、突然、酔った友だちがやってきた。 →子どもがやっと寝たばかりなのに、突然、酔った友だちがやってきた。 ▶本文3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~ばかりに」を参照 ただ「やっと」は、手間ひまのかかった長いプロセスの末に、期待通りのことが実現して、一息つきたい気分、ほっとした気持ちや、胸をなでおろす安堵感を表しているので、書ぎ換えるなら、やはり「寝たばかり」のほうがよく似合う。 使い分けワンポイント ⑥ ~たばかりのところ + に・へ・を・で/ ~たばかりのころ 上の例を次のように書き換えると、ほっとする間もなく友だちが来て、子どもが泣き出すという場面の劇的な変化も、話し手のうんざりした気持ちも表せるようになる。 子どもがやっと寝たばかりのところに、酔った友だちがやってきた。 遅刻をして、先生に叱られたばかりのところへ、ジョンさんが現れた。 ペンキを塗ったばかりのところを、犬が来て、踏んでいってしまった。 映画が佳境に入ったばかりのところで、停電、何も見えなくなった。 ▶本文 1.3.「主題/例示/~といったところだ」を参照 上の「~た + ばかりのところ + に/へ/を/で」は、はじめの「~たばかり」が〈基準時以前既実現〉を表し、あとの「~ところ」が状況を表す慣用的な言い方である。 ×ご飯を食べる/出かける + ばかりのところに、電話がかかってきた。 →ご飯を食べよう/出かけよう + としているところに、電話がかかってきた。 ご飯を + 食べる/食べた + ところだ/×ばかりのところだ。 ただ、上のような「×- る + ばかりのところ + に/へ/を/で」や「×- る/~た + ばかりのところ + だ」は不自然になるが、これは「→」の言い方があったり、同じものが表せるのなら、短い方が選ばれるという原則があったりするためである。 大学を卒業したばかりのころ、不景気が続いていて就職が難しかった。 <235> ~たところだ・~たばかりだ/-るところだ・-るばかりだ 日本へ来たばかりのころ、下手な言葉のせいで、失敗ばかりしていた。 また「~た + ばかりのころ」も、慣用的な使い方である。これも「×-る + ばかりのころ」や「×-る/~た + ところのころ」といった使い方は存在しない。 使い分けワンポイント ⑦ 〜ているところだ・〜ていたところだ/ 〜ているところだった・〜ていたところだだ 基準時現在「A + ところだ」を、このまま過去へスライドさせて、基準時過去「A + ところだった」へとシフトさせると、次のようになる。 今、起きて、コーヒーを飲むところです。(基準時現在未実現) →電話が鳴ったとき、コーヒーを飲むところでした。(基準時過去未実現) 今、起きて、コーヒーを飲んでいるところです。(基準時現在同時間帯) →電話が鳴ったとき、コーヒーを飲んでいるところでした。(基準時過去同時間帯) さっき起きて、コーヒーを飲んだところです。(基準時現在以前既実現) →電話が鳴ったとき、コーヒーを飲んだところでした。(基準時過去以前既実現) さっき起きて、コーヒーを飲んでいたところです。(基準時現在以前の時間帯) →電話が鳴ったとき、コーヒーを飲んでいたところでした。(基準時過去同時間帯) ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞の種類と3つの基準時」を参照 最初3つのペア、つまり「A: -る/~ている/~た」の場合、上のほうは〈基準時現在〉「A + ところだ」を表し、下のほうは〈基準時現在〉が、Aの意味をかえることなく、そのまま過去へと平行移動する形でスライドしながら、〈基準時過去〉「A + ところだった」にシフトしたことを表している。 つまり A の部分は、〈基準時現在〉でも〈基準時過去〉でも、それぞれ動作や変化の「開始/最中/終了」を表している。 左方向を過去、右方向を未来とし、過去から未来へという時間の流れのなかで、動作がどのように展開「開始→最中→終了」するかを図示してみると、次のようになる。 基準時現在 動作や変化の開始→ 最中 → 終了 コーヒーを + 飲む → 飲んでいる → 飲んだ + ところです コーヒーを + 飲む → 飲んでいる → 飲んだ + ところでした 以後 → 同時 → 以前 基准時過去 基準時との関係 また、基準時に対する動作の位置を、基準時を中心に配列すれば、次のようになる。 飲んだ 飲んでいる 基準時以前既実現 歛む 基準時同時間帯 基準時未実現 つまり「~た/~ている/-る」は、基準時が現在「~ところだ」でも、過去「~と <236> ころだった」でも、基準時に対して「以前/同時/以後」つまり〈基準時以前既実現/基準時同時間帯/基準時未実現〉を表している。 ところが「~ていた」は、次のようになって、基準時の現在と過去では、表している時間が異なっている。 基準時現在 基準時過去 基準時との関係 飲んでいるところです飲んでいたところです 飲んでいるところでした飲んでいたところでした 基準時同時間帯 〈基準時現在〉 基準時以前の時間帯 飲んだ 基準時以前既実現 飲んでいた 基準時以前同時間帯飲んでいる飲む+ところです 基準時同時間帶 〈基準時過去〉 基準時未実現 飲んだ 基準時以前既実現飲んでいた/飲んでいる 基準時同時間帶 飲む + ところでした 基準時末実現 つまり、〈基準時現在以前既実現〉で、時間の「点」を表す「~た + ところだ」に対して、時間の「線」を表す「~ていた + ところだ」は、文に明示されていない「過去のある時点」を基準時にした同時間帯〈基準時現在以前同時間帯〉を示している。 ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/時間の『点』と『線』」を参照 ところが「~ていた + ところだ」の基準時を過去にしただけの「~ていた + ところだった」は、〈基準時現在以前同時間帯〉を過去へとスライドさせた〈基準時過去以前同時間帯〉にはならず、〈基準時過去同時間帯〉を表すという矛盾を起こしている。 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞間の継起性と同時性」を参照 ということは〈基準時現在同時間帯〉を表す「~ている + ところだ」は、基準時現在「~ところだ」が基準時過去「~ところだった」へとスライドした場合、2つの形態になり、ひとつは「~ている」形のもつ「同時性」の機能を使った「~ている + ところだった」であり、もうひとつは、先ほどの「過去のある時点」を基準時過去に一致させた「~ていた + ところだった」である。 基準時「〜ところ + だ/だった」との「同時性/同時間帯」を示すだけの「〜ている」とは異なり、話し手によって、話のはじめから過去の「時間帯」として描きだされる「〜ていた」は、直前のことなら、現在の視点からとらえて「〜ていたところだ/さっき起きて、コーヒーを飲んでいたところだ」になり、すでに過ぎ去ったことなら、基準時過去との「同時性」のなかで振り返り「〜ていたところだった/昨日、電話をくれたとき、コーヒーを飲んでいたところだった」になり、基準時の異なる2つの文末を選びわけることになる。 <237> ~たところだ・~たばかりだ/-るところだ・-るばかりだ 特に過去の「時間帯」としてマークされた「~ていたところだった」は、もうひとつの〈基準時過去同時間帯〉「~ているところだった/昨日、電話をくれたとき、コーヒーを飲んでいるところだった」よりも、はるかに回想性の強いものになる。 有標時間帯となった「~ていた」は、通常「昨日、電話が鳴ったとき、オレは何をしてたんだ? あ、そうか、コーヒーを飲んでた + んだ/ところなんだ/ところだったんだ」といった文脈で使われる。 使い分けワンポイント「~ている」が表す時間 「~ている」は、次の2つの時間を表すことができる。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 1. 基準時同時間帶 「今、何、してるか」って?ビデオ、見てるけど、どうして?(基準時現在)「電話したとき、何、してたか」って?ビデオ、見てたんだよ。(基準時過去) 2. 基準時以前既実現 なんだ、そのビデオなら、もうとっくに見てるよ。ほかのない?(基準時現在) 借りてるビデオなら、もうとっくに見てるんだけど、ほかのないの?(基準時現在)=借りてるビデオなら、あれから、すぐ見たんだけど。 先週、借りたビデオ、もうとっくに見てたんだよ。ほかのないかな。(基準時過去)=先週、借りたビデオ、借りるまえから、見てたんだけど。 基準時同時間帯 電話をくれたとき、ビデオを見ていた 今、ビデオを見ている ビデオは、もうとっくに見ていた 基準時現在 もうとっくに見ている 基準時以前既実現 上の図は、基準時現在か過去かで「-る」と「~た」が対立し、〈基準時同時間帯〉か〈基準時以前既実現〉という基準時との関係で「~て + いる/いた」が対立していることを示している。 今、コーヒーを飲んでいるところです。(基準時現在同時間帯) →さっぎ、コーヒーを飲んでいるところでした。(基準時過去同時間帯) 今、コーヒーを飲んでいたところです。(基準時現在以前時間帯) →さっぎ、コーヒーを飲んでいたところでした。(基準時過去同時間帯) 次頁の図は、基準時現在と過去で対立する「~ところだ」と「~ところだった」の場合、整然とした対応関係を示す「ビデオを見ている」の場合とは異なり、どの「~ている」も「時間帯」を表し、また〈基準時現在以前時間帯〉である「~ていたところだ」を、基準時過去へとスライドさせた「~ていたところだった」が、〈基準時過去同時間帯〉になることを示している。 <238> 基準時末実現 飲むところだった 飲むところだ 基準時同時間帯 飲んでいるところだった飲んでいたところだった 飲んでいるところだ 基準時過去 *飲んでいたところだった 飲んでいたところだ基準時現在 基準時以前時間帯 飲んだところだった 飲んだところだ 基準時以前既実現 つまり「基準時以前の時間帯」を表すのは、基準時現在の「飲んでいたところだ」だけで、これに対応する基準時過去の表現は存在していない。また、時間の「点」を表す〈基準時以前既実現〉には「~た」形が使えるだけで、基準時現在「飲んだところだ」と、基準時過去「飲んだところだった」になる。同じ時間の「点」を表す〈基準時未実現〉には「ーる」形が使われるだけである。 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞間の継起性と同時性」を参照 複合した時間を示す「- る/~た + ところ + だ/だった」と「~て + いる/いた + ところ + だ/だった」の関係は、前者の「- る/~た」が、時間の「点」つまり「継起性」を表し、後者の「~て + いる/いた」が、時間の「線」つまり「時間帯/同時性」だけを表すという意味では、整然とした対応関係を示している。 使い分けワンポイント ⑨ 〜て + いる・いた + ところだった コーヒーですか? ええ、もう、いただきました。さっき、お電話をくださったとき、ちょうどコーヒーを飲んでいたところですから。 →コーヒーですか? ええ、もう、いただきました。さっき、お電話をくださったとき、ちょうどコーヒーを飲んで + いる/いた + ところでしたから。 上の例は、文末の基準時が、現在「~ところだ」か、過去「~ところだった」かの違いを示しているだけで、まったく同じ事実を表している。というのは、仮に基準時を「さっき、お電話をくださったとき」にシフトすれば、どれも基準時と同じ時間帯に「コーヒーを飲んでいる最中だった」ことを表すからである。 上のほうの「飲んでいたところです」は、現在「~ところです」から、過去の「ざっき、お電話をくださったとき」を振り返り、同時間帯に「飲んでいた」ことを回想している。 下のほうの「飲んで+いる/いた+ところでした」は、どちらも基準時と同じ時間帯の動作を表しているが、基準時の示す時間とは無関係に〈基準時同時間帯〉という意識が働けば「飲んでいる」が使われ、動作が過去のもの、つまり「基準時は過去である」という意識が働けば「飲んでいた」が用いられる。 したがって「飲んでいたところだ」→「飲んでいるところだった」→「飲んでいたと <239> ~たところだ・~たばかりだ/-るところだ・-るばかりだ ころだった」と移るにつれて、現在「今」と過去「さっき」との時間的距離が、少しずつ大きくなり、コーヒーを飲んでからの時間が少しずつ長くなるという響きにかわっていくので、最後の「飲んでいたところだった」は、まるで昔のことを回想しているようになり、聞き手の誘いに応じて「もう一度、コーヒーを飲んでもいい」といった気持ちをほのめかすことができる。 いずれにせよ「A-る/~た + ところ + Bだ/だった」のAとBとが示す「非過去:-る/~だ」と「過去:~た/だった」が、2つの間に「ところ」をはさみながら、互いにからみ合い「(-る + ~た)×(~だ + ~だった)」=「-るところだ +-るところだった + ~たところだ + ~たところだった」となり、さらに「時間帯/同時性」の「~て + いる/いた」がAに加わって、複合的な時間を表すのであるが、数学的に割り切れないところが、言葉の難しさでもあり、面白みでもあるのかもしれない。 使い分けワンポイント ~(よ)うと+する・している+ところ+だ(った)/ ~(よ)うと+した・していた+ところ+だ(った) 上の8つの組み合わせを図示すると、次のようになる。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照「『~(よ)う』の使い方/~(よ)うと+する・している・した・していた」 〈エキサイティングなサファリパークで事故が起こってしまい、今にも客たちが、ライオンに食われようと+する/している/した/していた+ところだ〉 動作や変化の開始 終了 ーるところだ ~ているところだ ~たところだ ~ていたところだ 〈基準時現在/A+(よ)うと+〉 + するところだ (実現の可能性がある/基準時未実現) + したところだ (可能性はあったが中断/基準時非実現) + しているところだ (実現の可能性はある/基準時同時間帯未実現) + していたところだ (可能性はあったが中断/基準時以前同時間帯非実現) 〈サファリパークで事故が起こってしまい、今にもライオンに 食われようと+する/している/した/していた+ところだった〉 動作や変化の開始 ーるところだった 終了 ~ているところだった ~たところだった ~ていたところだった <240> 〈基準時過去/A+(よ)うと+〉 + するところだった (実現の可能性があった/基準時未実現) + したところだった (可能性はあったが中断/基準時非実現) + しているところだった (実現の可能性があった/基準時同時間帯未実現) + していたところだった (可能性はあったが中断/基準時以前同時間帯非実現) 上の8つのバリエーションは、いずれも〈未実現〉か〈非実現〉を表し、基準時現在の「~(よ)うと+する/している/した/していた+ところだ」が、そのまま基準時過去の「~(よ)うと+する/している/した/していた+ところだった」に平行移動したことを示している。つまり「~ているところだ」の4つのバリエーションとは異なり、ただ現在から過去へとスライドしただけである。 また「A + (よ) うと + する/している + ところ + だ/だった」と「A + (よ) うと + した/していた + ところ + だ/だった」との違いは、前者の場合、話し手は「これからまだAは実現する/未実現」と考えており、後者の場合、話し手は「このままAは実現せず中断する/非実現」と判断している点である。 ただ「~(よ)うと+している/していた+ところだった」の2つを、同じ時間帯として使う人がいるかもしれない。 使い分けワンポイント ⑪~(よ)うと+する・した+ところだった 駅に駆けつけると、終電は出ようとするところ、慌てて飛び乗ったのです。→駅に駆けつけると、終電は出ようとしたところ、慌てて飛び乗ったのです。 上のような例では、話し手が実現すると考えても、中断すると考えても、基準時「飛び乗った」でのA「終電が出る」は未実現なので、いずれも「終電は出発する」が「乗るまで出発しない」ということを表している。 しかし「出ようとした」のほうが不自然である。これは「~する」から「~した」に置き換えると、もうひとつの基準時「駆けつける」と同調していた「終電は出ようとする」が、文末基準時「飛び乗った」と同調する「終電は出ようとした」にかわってしまい、まえの部分「駅に駆けつけると、終電は出ようとした」が、これからいくらプラットホームまで走っていっても「間に合わない」ような響きになるからである。つまり、タイムラグなしに「駅に着いてすぐ電車に乗った」感じで、不自然になってしまう。 「駅に駆けつける→終電が出ようとする→飛び乗る」という流れを、そのまま過去へとスライドさせたのが上のほうの例であるが、これを下のほうに置き換えると「駅に駆けつける→終電に飛び乗った←終電は出ようとしていた」にかわり、話し手は「飛び乗った」という視点から、事態をふり返っていることになり、事態の成り行きや自然の流れに逆行して、特に話し言葉では、聞き手に戸惑いを感じさせることになる。 駅に「駆けつけた直後に発車した/駆けつけたとき発車寸前だった/発車寸前に駆けつけた」から、終電に「飛び乗った直後に発車した/飛び乗ったとき発車寸前だった/発車寸前に飛び乗った」にかわると、話し手が「駅まで走りつづけ、そのまま息をつく間もなく終電に飛び乗った」という緊迫感が失われてしまう。 「A+(よ)うと+する+ところだった」と「A+(よ)うと+した+ところだっ <241> ~たところだ・~たばかりだ/-るところだ・-るばかりだ た」とを比べると、前者は、ルポルタージュのように、Aが目の前で事態が進行する「臨場感/迫力」を聞き手に与えたいときに使われ、後者は、すでに過去の出来事であるAを、基準時過去の視点から、静かに回想するといった場合に使われる。 使い分けワンポイント 駅に駆けつけると、終電は出ようとしているところ、慌てて飛び乗った。→駅に駆けつけると、終電は出ようとしていたところ、慌てて飛び乗った。 「使い分け $ ^{①} $」の「~(よ)うと+する/した」の部分を「~(よ)うと+している/していた」にすると、上のようになるが、この場合でも、話し手の設定している基準時が、上のほうの「駆けつける」から、下のほうの「飛び乗った」に変化し、ルポルタージュが回想になる点は同じである。 したがって、話し手が「出ようと+する/している」を使って「終電が出る」と考えていたか、それとも逆に「出ようと+した/していた」を使って、この事態を現在からふり返り「出ない」と判断しているか、という点も同じである。 ただ、わずかに違う点をあげれば、前者「A+(よ)うと+する/した」が、Aの直前という客観的な事態を表しているのに対して、後者「A+(よ)うと+している/していた」は、Aをするための準備が、すべて完了しているというAの始まる寸前の主観的な事態を表し、たとえていえば「-る+ところだ」に対して「-る+ばかりだ」がもっていた準備完了にともなう話し手の感情がこめられることである。 この例の場合なら「終電をのがすと+帰れなくなる/すごいタクシー代がかかる/妻に叱られる」といったことが頭をよぎり、大声で「わあ一大変!」と叫びたくなるような気持ちをほのめかすことができる。 したがって、後者は前者よりも、話し手が事態を経験したときの気持ちを、そのまま聞き手に伝えたいときに多用される。 使い分けワンポイント 今、お風呂に入っているところですから、すみませんけど、あとで、もう一度、かけ直してくださいますか。 さっき食堂で見かけたときは、食事を終えて、コーヒーを飲んで+いる/いた+ところでしたから、もう戻っているのではないでしょうか。 ▶巻末「動詞の種類」を参照 「A + ているところだ」は、Aに動作や変化が開始して終了するまで、かなり時間を必要とする〈継続動詞〉や〈変化他動詞〉が使われ、話し手の設定した基準時と同じ時間帯に、動作や変化Aが継続中であることを表す。 上の「風呂/食堂」は、話し手が「電話で話をしている今(基準時現在)/食堂で見かけたさっき(基準時過去)」と同時刻に、誰かが「お風呂に入ったまま、まだ出てきていない/コーヒーを飲みはじめていて、まだ飲み終わっていなかった」ことを伝えている。 酒を飲んで遅くなり、時計を見ながら駆けつけると、最終電車はまさに出ようとするところ、心臓の踊るのもかまわず、慌てて飛び乗った。 <242> 2.6.時の表現/基準時直前直後 超一流ホテルならではの超高級レストランで、まさに大好物のロブスターを食べようと+する/した+ところで起こされてしまった。 「A+(よ)うとするところだ」は、Aにすべての〈動作動詞〉〈変化動詞〉が使われ、話し手が設定した基準時の直後に、動作や変化Aが起こることを表し、まさにAの起こる直前の状態をとらえ、その瞬間を「逃す/過ごす」と、まったく別の事態が起こるかもしれないことをほのめかす。 例えば「最終電車/レストラン」の場合、話し手は「駅に駆けつけた/起こされた」という基準時過去のときに、今まさに「終電は発車間際だった/ロブスターを口に運んでいた」が、次の瞬間には「電車に飛び乗った/ロブスターが食べられなくなった」ことを言っている。しかしまた、もしその瞬間が過ぎていたら「電車に乗れなかった/ロブスターを食べることができた」かもしれないということも、聞き手に伝えようとしている。 後者の場合「食べようとするところで」を使う話し手は、必ず「食べることができる」と確信しており、一方「食べようとしたところで」を使った話し手は、その瞬間、夢と気づいており「食べることができない」と判断している。 したがって「食べようとするところで」のほうが、話し手の「もう少しで食べられるところだった」のに「食べられなかった」悔しさを表していることになる。 今から出るところだから、もう少し待ってね。 →今から出ようとするところだから、もう少し + 待ってあげてね/待ってね。 →あれから出ようとするところだったから、待ってあげ/待ってくれ + なかったの。 ▶本文9.「授受動詞と敬語/~てくれる・~てあげる」を参照 「Xは + A + (よ) うとするところだ」は、通常は基準時過去「Xは + A + (よ) うとするところだった」で、第三者Xのことを描写するのに使われる。たとえXが話し手であっても、話し手は自分自身を第三者と見なしている。 男が立ち止まる。陽が昇ろうとするところだ。もうこれ以上、歩くわけにはいかない。眠るために隠れ場所を探す。思考はすでに眠っている。 シナリオやルポルタージュ、ときに物語や小説などでは、上のような使われ方をする場合がある。ただ、こうした描写は、書く上での「技巧/テクニック」で、日常の生活で使われることはない。話し手は、あたかも聞き手が映画や演劇を見ているかのような効果を狙って、すべてのときを「今」に設定しているので、基準時そのものが存在していない。 今ちょうど、ご飯を食べようとして + いる/いた + ところです。もう少しあとで来てください/ご一緒にいかがですか。 急に曇って、雷が鳴りだし、稲妻が走って、今にも雨が降ろうとして + いる/いた + ところだったが、運良く、友だちの車が通りかかった。 「A + (よ) うとしているところだ」は、Aにすべての〈動作動詞〉〈変化動詞〉が使われ、話し手が設定した基準時の直後に、動作や変化Aが起こり、基準時での状態が「まさにAの起こる寸前」であることを表すが、同じAの基準時直後を示す「A-るところだ」や「A + (よ) うとするところだ」よりも、状況はさらに緊迫している。 もうひとつ「A + (よ) うとしているところだ」が「A + (よ) うとするところだ/ <243> ~たところだ・~たばかりだ/-るところだ・-るばかりだ -るところだ」と異なっている点は、動作や変化Aが起こる寸前の〈基準時同時間帯〉に、話し手がAのための「準備/用意/支度」を「している/していた」ことを表し、緊迫した場面に、準備にともなう話し手の気持ちがプラスされていることである。 例えば「ご飯/雷」では、話し手が基準時「(現在)電話または玄関で友人と話をしている/(過去)友だちの車が通りかかった」とき、状況は「食事をする直前/雨の降る寸前」だったが、同時に話し手が「料理などをテーブルに運んでいる/雨を避ける方法を考えている」最中だったことも表している。 「ご飯」の場合に「食べようとしているところです」を使うと、話し手は「これから食事をする」という気持ちを伝えていることになるので、電話の向こうの聞き手になら、あとに「もう少しあとで来てください」が続くことになり、玄関に見えた不意の客になら「ご一緒にいかがですか」が続くことになる。 もし「食べようとしていたところです」と言えば、話し手は「食事の中断」を伝えているので、これを前置き「食べようとしていたところです + が/けど」にかえ、電話の相手には「しばらく食べずに待っていますから、ご一緒にいかがですか」が続き、不意の客には「食事はあとでしますから、ご用件を」ということになる。 「~ている」でも「~ていた」でも、子どもが待っていれば、早く食事を始めたいという気持ち、電話や客に食事を邪魔されたという煩わしさ、一緒に食事ができるという喜びなどが聞き手の耳に響くことになる。 「雷」の場合、話し手は「駅まで走るか、しばらく雨宿りするか、傘を買うか、それとも思い切ってタクシーを拾うか」といった思案の最中だったので、最もふさわしいのは、雷とリアルタイムの「雨が降ろうとしているところだった」である。ただ、そのときすでに友だちの車に気づいていたか、出来事を回想しているのであれば、雷とデュアルタイムの「雨が降ろうとしていたところだった」が使われるかもしれない。いずれにせよ話し手は、途方にくれていた自分の幸運に酔いしれたはずである。 使い分けワンポイント⑭~ところ+に・へ・を・と・で 品質管理会議をしているところ + へ (社長が顔を) 出した。 寝ようとしているところ + に (緊急呼び出しが) かかってきた。 溺れかかっているところ + を救っていただいたのです。 先生が女の人と喫茶店に入ろうとするところ + を見たよ。 探しに行ったが、ちょうど出かけようとするところ + と出くわした。 出勤するところ + に (隣の人が) 来るし、駅に着いたところ + で忘れ物に気づくし、電話しているところ + を (人に) 聞かれてしまった。 「使い分け⑤」の「~ところだ」の慣用的用法にもとりあげたが、上のような「A + ところ + に/ヘ/を/と/で + 動詞」は、場面や状況を表す「A + ところ」に、文末部分の動詞が要求する「~に/~ヘ/~を/~と/~で」を加えたものである。 つまり「A + ところ」が使われているだけで、実際は「会議へ顔を出す/家に電話がかかってくる/自分を救ってもらう/友だちと出くわす」といった文の応用にすぎない。ただ、最後の例の「駅に着いたところで忘れ物に気づく」の「~で」は、あとの「忘れ物に気づく」が要求したものではなく、書き換えると「駅に着いたところ(だった。そこ) <244> 2.6. 時の表現/基準時直前直後 で忘れ物に気づいた」になり、Aの基準時直前直後の時間を表す「A + た/ - る + ところだ」の「~だ」が「~で」にかわったものか、次のような場所や部分を表す「ところ」に「~で」がついたものかで、2つの境界線上にある「~で」である。 ここのさっき説明してくださったところが、まだよくわかりません。 来週、試験だから、授業で習ったところを、一度、復習してみない? お宅のお子さん、あの角を曲がったところで、泣いていますよ。 昨日、読み終わったところから、また聞かせてくださいますか。 この仕事、きりがないから、できるところまでしたら、あとは明日ね。 「ところ」に「~が/~を/~で」がつく場合は、次のように独立して慣用的に使われることが多い。 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~ところで」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~ところを・~たところが」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~ところで」を参照 使い分けワンポイント ⑮ 「~ところ + に/へ/を/と/で」と動詞 「A + ところ + に/へ/を/と/で + B」は、Aの状況や場面で、突然に起こったBという変化に、話し手が驚いたり喜んだり、ほっとしたり困ったり、また気づいた失敗に「しまった」と思ったり、とまどってみたり自信をもったりする気持ちを反映するので、Bには、そのような状況や場面にふさわしい動詞しか使うことができない。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 ▶本文3.4.「順接確定条件/手段/『~で』の使い方」を参照 ▶本文5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~ところを・~たところが」を参照 ▶本文5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~ところで」を参照 ▶本文3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~ところで」を参照 ~ところ + に/へ (~て) 来る・やってくる・現れる・姿を見せる ... わざわざ出かける・行ってみる ... ~ところ + を 見る・のぞく・かいま見る・見つける・聞く ... 見られる・見つかる・見つけられる・聞かれる ... 捕まえる・捕まる・逮捕 + する/される ... 手伝う・助ける・救う・救助 + する/される ... 追いかける・避ける・(身を) よける/かわす ... ~ところ + と出くわす・出会う… ~ところ + で (突然/ふと + )気づく・思い出す・目覚める… 使い分けワンポイント ⑯「~ところ + に/へ/を/と/で」と「~とき(に)」 会議をしている + ところへ/とき、社長が顔を出した。 寝ようとしている + ところに/ときに、電話がかかってきた。 <245> ~たところだ・~たばかりだ/-るところだ・-るばかりだ 溺れかかっている + ところを/とき、救っていただいたのです。 バスに乗る + ところを/とき、後ろから押されて、倒れそうになった。 ちょうど出かけようとする + ところと/とき、出くわした。 駅に着いた + ところで/とき、忘れ物に気づいた。 「~ところ + に/へ/を/と/で」は、文の途中で〈基準時既実現〉〈基準時同時間帯〉〈基準時未実現〉を示す「未完文A + とき(に)」と置き換わることがある。 前者の「A + ところ + に/へ/を/と/で + B」は、後続する動詞Bが要求する「~に/~へ/~を/~と/~で」を介して、Bと直結しているので、AからBを含む文末までの全体は、ひとつの文であるが、後者の「未完文P + とき(に) + Q」は、後続する動詞Qに直結させるものがないので、Pと、Qを含むあとの文とは、互いに独立していて、Pから文末までの全体は2つの文である。 会社に電話している + ところを/×とき/△のを、人に聞かれてしまった。 →会社に電話している + とき/×ところを、話を人に聞かれてしまった。 先生が女の人と喫茶店に入ろうとする + ところを/×とき/のを、見たよ。 →先生が女の人と喫茶店に入ろうとする + とき/×ところを、女の人の顔を見たよ。 ▶本文 1.1.「主題/提題/双方既知情報と省略」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~ところを」を参照 したがって、特に「A + ところを + B」を「P + とき(に) + Q」に置き換える場合、話し手が「溺れかかっている/バスに乗る」状況や場面なら、話し手「私」が誰かに「救ってもらう/押される」のは当然なので、双方既知情報「私が」は省略可能で、そのまま置き換わるが、上のような「人に聞かれた/見た」対象「何かを」は、前者なら「A + ところを」の「~を」で表すことができるが、後者「P + とき(に)」では表すものがないので、対象「話/女の人の顔+を」を補って置き換える必要がある。 こうした制限はあるが、両者ともAの〈直前性/基準時既実現〉〈同時性/基準時同時間帯〉〈後続性/基準時未実現〉を表せるので、互換性の生まれる場合が多い。 両者の違いは、時間のほかにも場面や状況を表す「A+ところ+に/へ/を/と/で+B」が、Aで示される「直前/同時/直後」という「時点/時間帯」に、突然「起こった」Bの瞬間をダイナミックにとらえるのに対して、時間しか表さない「P+とき(に)+Q」では、PとQの示す2つの「動作/変化/状態」が、タイムラグをもっているのか、同じ時間帯にあるのかしか示せない点にある。 前者がシャッターチャンスを逃さず、切りとられた動態空間であるとすれば、後者は絵筆で描かれた静物画や風景画に似た静態空間である。 使い分けワンポイント⑰~とき(に) 次のようなPとQの同時性を表す静態的な「P+とき(に)+Q」は、ダイナミックな場面や状況の転換を表す「A+ところ+に/へ/を/と/で+B」には置き換わらない。 子どものとき/幼いとき、とても腕白で、いたずらっ子でした。 大学に入りたての学生だったとき、世界のすべてが新鮮だった。 仕事に不慣れなとき、可愛がられた課長にいつも叱られていた。 <246> 2.6. 時の表現/基準時直前直後 やせていたとき、父はとても健康で、見るからに若々しかった。 臨時収入があるとき、昔はよく飲み歩いたけど、最近は早く帰るよ。 気が散って勉強のできないときは、近くの公園で汗を流します。 朝ご飯を食べるとき、元気の出る音楽を聞くことにしています。 普段はコンタクトだが、テレビを見るときはメガネをかけるね。 さっき河原を走っていたとき、隣のおじさんが釣りをしてたよ。 部屋に入ろうとしたとき、誰か人がいて、びっくりしちゃった。 ×部屋へ入ろうとしたところに (時間/場所 ?)、誰か人がいて、....。 →部屋へ入ったところに (場所)、誰か人がいて、....。 →部屋へ入ろうとしたところに (時間)、誰かが呼びに来て、(同時 + 変化) 「動態」か「静態」かの違いは、次のように「A/P + ところ/とき (に) + B/Q」)「A/P」と「B/Q」が使い分けられているからである。 ~ところ + に/動態 ~とき(に)/静態 変化動詞/動作動詞 限られた動詞 (注)「限られた動詞」については「使い分け $ ^{⑤} $」を参照。 つまり「P + とき(に)+ Q」は、PとQの時間的関係を表しているだけなので、PとQに制限がなく、また「A + ところ + に/へ/を/と/で + B」だけでなく、次のような時の表現とも互換性がある。 ご飯を食べる + とき (に) / まえに / までに、手を洗います。(Pの未実現) ご飯を食べている + とき (に) / うちに / あいだ、テレビを見ます。(Pの同時間帯) ご飯を食べ + たとき (に) / てから / たあと (で)、歯を磨きます。(Pの基準時既実現) ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現」2.3.「基準時同時間帯」2.7.「基準時以前既実現」を参照 使い分けワンポイント⑱~際(に)・~折り(に) ~さい(に):ほかのどの場合よりも際立たせた1回限りのとき~おり(に):偶然のめぐり合わせのようにして回ってきた機会 接続:名詞 + の/−る/~た + 際 (に) 未完文 + 折り (に) ▶本文 2.2. 「時の表現/基準時直前/~に際して」を参照 お降りの際は、お忘れ物のないよう、身の回りをお確かめください。 ご入館の際には、お荷物、コートなどをクロークにお預けください。 万一、非常の際には、係員の誘導に従って、速やかにご退場ください。 出発の際に点呼をとるから、全員、遅れないように、集合すること。 この際だから、みんなでカラオケに行って、陽気に騒いでみない? そうだな、この際、思い切って、仕事、辞めて、会社、起こそうかな。 上の例は「~おり (に)」には置き換わらない。ただ「~とき (に)」とは互換性がある。「~際 (に)」は、不特定多数への丁寧な命令に多用される「~とき (に)」の格式語。最後2例の「この際」というのは慣用表現で「この絶好の機会を逃さず/このときを契 <247> 機に + 思い切った行動に出る/新しい決断をする」といった場合に使われる。 水不足の折り、給水制限をいたしますので、ご協力ください。 引っ越しました。お近くまでお越しの折りは、ぜひお寄りください。 申し訳ございませんが、何かの折りにでも、お伝えいただけませんか。 お暇な折りにでも、お読みいただけましたら、幸甚に存じます。 年末の慌しい折りに、こんなことを申しまして、誠に恐縮なのですが。 ひとしお残暑の厳しき折り、くれぐれもご自愛くださいますように。 不況とリストラが続く折り、街の雰囲気は、目に見えてすさんできた。 年をとるにつれ、今は亡き恩師の言葉が、折りに触れて思い出される。 「~折り (に)」は、〈超敬体〉の手紙文で多用される「~とき (に)」の改まった表現。最後の例の「折りに触れ (て)」は慣用表現で「うれしいにつけ悲しいにつけ/身の回りで何かあるたびごとに」といった意味を表している。 ▶本文 6.2. 「変化の表現/変数/~につけ/~たびに・~ごとに」を参照 昨日、本屋に寄った + 際/折り + に、注文しておきましたよ、例の英文雑誌。 今度、会って決着をつける + 際/折り + には、証人になってください。 頼む + 際/折り + は頭を下げるのに、頼まれると知らんふりなんですね、あの人。 あの件は、先日、社長にお会いした + 際/折り + に、ご相談しました。 上の例は、どちらも使うことができるし、年配の人なら日常会話に挟むことがある。もちろん「~とき(に)」にも置き換わる。 「~際(に)」を使うと「わざわざ/よりによって」といった感じが文に加わり、反対に「~折り(に)」を使うと「たまたま/たまに」といった控えめな気持ちが添えられることになる。 見ない + とき/×際/×折り + も、寝るときも、必ずテレビを消してくださいね。 電話をかけている + とき/×際/×折り、玄関のチャイムが鳴った。 小学生だった + とき/×際/×折り、何になりたかったの。 上のような日常茶飯事的「~とき(に)」は、どちらにも置き換わらない。 2.7. 時の表現/基準時以前既実現 ~たあと・~てから A + たあと + B:Aが完全に終了して、Bが時間的に継起することを表す。 A + てから + B:Aが終わるかどうかを問わず、Bが継起することを表す。 接続 動詞 十 た 十 あ と 動詞+て+から 動詞 + た + あ と + の + 名 詞 形態 動詞+て+から+の+名詞 「~たあと/~てから」には、次のような形態もある。 ~たあと+で/に/から <248> ~てから+にする/でないと 互換性 「~てから」が、動作や変化の開始「起点」を表すだけで、終了「到達点」を表さない場合、置き換わらない。 置換 [例] 日本に来てから10年。いったい何から逃げてきたのでしょうか。 *日本に来たあと10年。いったい何から逃げてきたのでしょうか。次の「~てから」も「~たあと」に置き換えることができない。 この旅館に張り込ん + でから/×だあと、すでに1週間。犯人は姿を現さない。 タバコもお酒も、二千歳になってから/×たあと、始めましょう。 ジョギングを始め + てから/×たあと、消化がよくなり食欲も出るようになった。 王さんの来るのを待ってから/×たあと、どこで食事をするか決めましょう。 →どこで食事をするか決めるまえに、王さんの来るのを待ちましょう。 会社を休むのでしたら、電話で断わってから/×たあとで、休んでください。 →会社を休むのでしたら、休むまえに、電話で+断わって/許可を得て+ください。 次の「~たあと」は「~てから」に置き換えることができない。 国では昼寝をしていたせいか、昼ご飯を食べ + たあと/※てから、必ず眠くなる。お酒を飲ん + だあと/※でから + は、決まって激辛のラーメンが食べたくなる。お祭りの終わっ + たあと/※てから、公園のあちこちに、ゴミが散らかっていた。誰もいなくなっ + たあと/※てから、忘れられた人形だけが部屋に残っていた。 次の例は、時間にずれを感じることがあっても、置き換え可能。 公園に来て、走っ + てから/たあと、子どもとの約束を思い出した。 朝ご飯を食べ + てから/たあと、腕時計の狂っているのに気づいた。 ソファに座ってテレビを見 + てから/たあと、すぐ眠ってしまったらしい。 用例 次の用例は置き換え可能。 まだ時間がありますから、食事を済ませ + たあとで/てから、出発しましょう。→まだ時間がありますから、出発するまえに、食事を済ませましょう。メンバー全員が集まっ + たあとで/てから、チームの代表を選出した。 →チームの代表を選出するまえに、メンバー全員が集まった。 十分に話し合っ + たあとで/てから、また口げんかを始めたんです。 卒業し + てから/たあと、就職するか、大学院に進学するか、悩んでいるんです。結婚し + たあと/てから、ふたりは幸せとは言えなくなってしまった。販路開拓の会議が終わっ + たあと/てから、急に胃が痛みはじめた。1週間、ダイエットし + たあと/てから、耐え難い飢えに襲われた。 使い分け「A + たあと + B」は、Aが終了したことを、一方「A + てから + B」 は、Aが開始したことを、特に聞き手に告げる場合に使われる。 したがって、前者では、Aの終了後にBが続くが、後者では、Aの開始後にBが続くという「タイムラグ」が生じている。 <249> 使い分けワンポイント 次の3つの場合「A + てから + B」は「A + たあと + B」に置き換わらない。 1. [例] の「日本/この旅館」 A + てから + 期間: 開始起点 A + 開始から基準時までの経過継続時間 B 2. [例] の「タバコ/ジョギング」 A + てから + 変化:開始起点A + 開始してから生じる変化B 3. [例] の「王さん/会社」 A + てから + 目的:「義務/手段」A + Aによって可能になる目的B 次の2つの場合「~たあと」は「~てから」に置き換わらない。 1. [例] の「国では/お酒」 A + たあと + 習慣:動作の終了A + それによって引き起こされる習慣B 2. [例] の「お祭り/誰も」 A + たあと + 状態:変化終了後の場面A + 場面に残された状態B (注) ただ、どちらの場合も、Bは話し手の「予想/希望/理想」に反するものである。 置き換わらない理由は、始まってからのことを表しているか、終わったあとのことを表しているかの違いであるが、これを図示すると、次のようになる。 開始/義務→經過/変化/目的 終了→習慣/状態 日本に来た/張り込んだ→10年/1週間 20歳/ジョギング開始→タバコ/健康 王さんを待つ/許可を得る→決定/欠勤 食後/お酒のあと→昼寝/ラーメン祭りのあと/無人→ゴミ/人形 時間にずれのある場合は、始めた動作が終わらないうちに、変化がおこるか、始めた動作が終わったあとで、変化がおこるかの違いで、これを図示すると、次のようになる。 開始:~てから/終了:~たあとで 走りはじめる/走りおわる → 約束を思い出す 食べはじめる/食べおわる → 時計に気づく 見はじめる/見おわる → すぐ眠る あいまいさを避けるには、開始のほうを「走り/食べ/見+はじめてから」にするか、次のように書き換える。 公園に来て、走っているとき、子どもとの約束を思い出した。朝ご飯を食べているとき、腕時計の狂っているのに気づいた。 <250> 2.7.時の表現/基準時以前既実現 ソファに座ってテレビを見るか見ないうちに、眠ってしまったらしい。 「A + てから + B」と「A + たあと + B」とが置き換わるのは、どちらも「A 終了後にB」を表す場合である。 また「用例」最初の2例のように、まずA「食事を済ます/全員が集まる」ことを終えて、次にB「出発/選出」するなど、ふたつの動作AとBが単純に継起する場合は、前後を入れ替えて「B-るまえに+A」にも書き換えることもできる。 ただ「B-るまえに+A」に書き換えが可能なのは、書き換え「→」を示したものだけで、それ以外は、いくら前後を入れ替えたところで、不自然になってしまう。 使い分けワンポイント ② 「~たあと/~てから」と「-るまえ」 「A + たあとで/てから + B」が「B - るまえに + A」にも置き換わる場合、3つの違いは、話し手のちょっとした気持ちの差にすぎない。例えば、次のようになる。 Q:お風呂が先?ご飯が先? A:いつものように、お風呂に入ってから、ご飯を食べるよ。→(いつもとは違うが、今日は外回りで汗をかいたので) お風呂に入ったあとで、ご飯を食べるよ。 Q:おなか、空いてる? 先にご飯? A:いや、(ご飯は、やはり) お風呂に入ってからだ。 →いや、(今日は) お風呂に入ったあとだ。 Q:先にお風呂? A:ああ、(お風呂は)ご飯を食べるまえに、入るよ。 →いや、(お風呂は)ご飯を食べ + てから/たあとで、入るよ。 つまり「A + てから + B」は、AとBが順接的な継起関係にあり、AとBの順序「A→B」が習慣的に決まっているという感じがするが、これに対して「A + たあと + B」は、逆接的な継起関係になり、もとの習慣的順序「B→A」を「その日に限って/わざわざ/特別に」逆転「A→B」させた響きになる。 「用例」(p.248) 最初の2例に、前者「A + てから + B」を使うと、いつもA「食事を済ます/全員が集まる」を終えて、B「出発/選出」していることになり、後者「A + たあと + B」なら、いつもは「出発前は食事をしない/全員が集まらなくても選出する」が、今回は「特別だ」といった場合に使われることが多くなる。そして「B - るまえに + A」は、両者の中間くらいに位置していて、順接的な継起 そして「B - るまえに + A」は、両者の中間くらいに位置していて、順接的な継起関係でも、逆接的な継起関係でも使うことができる。 大学を卒業し + てから/たあと、就職するか、院に進学するか、悩んでいる。 *就職するか、院に進学するか、悩むまえに、大学を卒業した。 結婚し + てから/たあと、ふたりは幸せとは言えなくなってしまった。 幸せとは言えなくなってしまうまえ、ふたりは結婚した。 販路開拓の会議が終わっ てから/たあと、急に胃が痛みはじめた。 ×急に胃が痛みはじめるまえ、販路開拓の会議が終わった。 1週間、ダイエットをし+てから/たあと、耐え難い飢えに襲われた。 ×耐え難い飢えに襲われるまえ、1週間、ダイエットした。 <251> 上のように「A + てから/たあと + B」が「B - るまえに + A」と互換性を失うのは、AとBとが、単純な継起関係ではなく、Aをきっかけにして、事態Bが起こったという因果関係を表す場合である。 この場合でも、前者「A + てから + B」は、AとBが習慣的な順接的因果関係にあることを、後者「A + たあと + B」は、非習慣的で逆接的因果関係にあることを表しているので、前者なら、A「卒業/結婚/打ち合わせ/ダイエット」をきっかけに、B「悩み/不幸/胃痛/飢え」が「当然/予想通りに」起こったことになり、後者の場合なら、話し手の「意外な」な気持ちを反映し、Aの結果としては、Bは「あまりにも異常な事態だ」というとらえ方をしていることになる。 したがって、Bが「不幸/胃痛/飢え」の場合、互換性はあるとはいえ、後者のほうが自然な響きになる。 使い分けワンポイント ③ 「~てから/ - るまえ/~たあと」の使い分け 3つの使い分けは、次のようになる。 非実現/未実現 AてからBBまえにAAたあとB 開始点/終了点 A + B 起点/手段+ 继起/目的/期間/結果 继起/目的+ 手段 終了+ 继起/予想外な結果 ▶本文 2.1. 「時の表現/基準時未実現/使い分け⑨/基準時未実現のまとめ」を参照 つまり「AてからB」と「BまえにA」は、継起と目的の場合に互換性があるが、時間的前後関係になる「BまえにA」と「AたあとB」は、継起の場合にしか互換性がない。 使い分けワンポイント「~たあと+で/に/から」の違い 「A+あと」は、漢字で「後/跡/痕」と書くが、空間的には「あとをつける/あとに続く/仕事をあとに回す」など、何か「先/前+に動いているもの」の後方部分、時間的には「人のあとに座る/ふるさとをあとにする/焼け跡/傷痕/祭りのあと/夢のあと」など、何か「時間の経過や出来事によって残されたもの」を表し、中間的なものに「あとから行く/あとで会いましょう」などがあるが、いずれもAに「動きや流れ/継起性」のあることを示している。 ご飯を食べたあと (で)、テレビを見よう。 食べたあとにも、まだ食べたりないという気持ちがわだかまっていた。 子どもや孫の帰ったあとには、やすらぎと静けさ、そして一抹の寂しさがあった。 今回の事件を担当することになったが、判例を調べたあと (に) も、なおしっくりしないものが残った。 申し込みを締め切ったあとから、消印有効の郵便物が、かなり遅れて届き、すべての処理を終えるまで、なお数日を要した。 わざわざ会議を開いて、決議をしたあとから、あれがどうの、これがどうのと言われても困るんだけど。文句があるのなら、会議のときに出してください。 <252> ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 ▶本文3.4.「順接確定条件/手段/『~で』の使い方」を参照 「A+たあと+で/に/から+B」の使い方には、次のような違いがある。 ~たあとで:Aが終わって、引きつづき、動作Bを行なう。 ~たあとに:Aが終わって、状態Bが残されている。 ~たあとから:Aが終わったのに、期待に反することが起こる。 このほか「あと」には「補足/追加」の意味があり、数量詞につき「あと + ふつか/3人/4枚/50分/千円/少し」など、ある「基準/必要量 + に達するまでの残量」や、また「これで終わりますが、あと何かございますか/全員そろいましたね? あと誰か来ますか」など、追加の確認を表したりする場合に使われる。いずれの場合も、これまでの「動き流れ」が、これからも続くことを示している。 使い分けワンポイント ⑤~たのち(に)・~てのち(に) 病院で検査を受け + たのち/てのち/たあと/てから、友だちの家を訪れた。 結果は、試験を行なっ + たのち/てのち/たあと/てから、お知らせします。 虎は死ん + でのち/だのち/だあと/※でから + 皮を残し、人は死んで名を残す。 「A + のち + B」は「晴れのち曇り/のちほど/1週間ののち」など、現時点を含むAからBまでの間に、ある時間が経過することを表している。 したがって「A動詞 + た/て + のち(に)+ B」は、書き言葉や、フォーマルな話し言葉に使われ、Aの終了後、ある一定の時間が経過してから、Bが起こることを表している。 食事を済ませ + たのち/たあと/てから、しばらくの間、テレビを見ていたが、やがて風呂に入って寝てしまった。 厳密にいえば「A + たのち」は、文末の「寝てしまった」と呼応しており、Aの直後や起点Aを表す「A + たあと/てから」のほうは「テレビを見ていた」と呼応していると考えられるが、そんな区別はしない、というより、古めかしい感じのする「A + たのち」そのものが、すでに使われなくなっている。 「~たのち」は、慣用的な使われ方をするほかは、ほとんど「A+たあと/てから」にとってかわられている。これが「~てのち」になると、硬い書き言葉になるが、むしろ古語的な感じさえする。 使い分けワンポイント⑥~たうえで 今、担当の者が出ておりますので、戻り次第、ただ今のお話を検討いたしました上で、こちらから改めてご連絡させていただきます。 →担当の者と検討した上で、そちらに、ご連絡いたします。 昨日は、担当の者が出ておりましたので、戻り次第、そのお話を検討した上で、こちらから改めて、ご連絡いたしました。 →担当の者と検討した上で、顧客に連絡いたしました。 <253> 進学について、ご両親と相談した上で、結果を知らせてください。 →進学について、両親と相談した上で、結果を先生にお知らせしました。 明日、チーズケーキを作った上で、お誕生日に間に合うようにお送りします。どうぞ、お楽しみに。 →ハッピー・バースデイ。今日、チーズケーキを作った上で、お誕生日に間に合うようにお送りしました。どうぞ、お楽しみに。 ▶本文 2.2.「時の表現/基準時直前/~うえで」を参照 ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~うえは」を参照 ▶本文 8.2.「極限/原因と結果/~うえに」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~うえに~も」を参照 「A動詞 + た上で + B」は、基本的に「Aを終えたあとでBを行なう」という意味を表しているが、手紙やメールなどの書き言葉や、電話での〈ソト〉に属する〈聞き手〉との応対、〈ウチ〉関係の上司に対する報告といった話し言葉に使われることが多い。つまり、聞き手に対して、遠慮や敬意を示す必要のある場面に多用されるが、たとえ〈非敬体〉が使われていたとしても、〈独り言〉ではなく、〈聞き手志向〉の〈他者対話〉の場面で使われるという制限がある。 ▶巻末「話し手と聞き手/独り言/人間関係/文体/動詞と時の表現」を参照 さらに、Bが未実現か既実現によって、次のような使い分けがある。 1. B:基準時現在未実現〈未来表現〉 「聞き手への働きかけ/話し手の希望や判断」を表す 友人の話を聞いた上で、何を買うか決めましょう。 お電話を差し上げた上で、お伺いいたしたく存じます。 今のこの情勢が落ち着いた上で、判断しようと思っています。 結果を見きわめた上で行動しないと、失敗するおそれがあると思う。 相手の出方がはっきりした上で、こちらの出方を考えてはどうか。 チームの様子を見た上で、試合に出るかどうかを決めることにする。 2. B:基準時現在既実現〈過去表現〉 「聞き手への報告/非実現の希望や判断」を表す 友人の話を聞いた上で、何を買うか決めました。 電話をした上で、社長の家を訪ねました。 当時のあの情勢が落ち着いた上で、判断しようと思っていました。 結果を見きわめた上で行動しないと、失敗する恐れがあると思った。 相手の出方がはっきりした上で、こちらの出方を考えるつもりでした。 チームの様子を見た上で、試合に出るかどうかを決めたかったんだ。 「A + た上で + B」は「Aを完全に終えた/Aが完全に終わった」あと、そのときの状況や事態を「見て/見きわめて/判断して」から、Bという行動を「する/した/する予定だった」ことを聞き手に伝えたり、報告したりする場合に使われる。 使い分けワンポイント ⑦ 「~たうえで」の使い方 $ ^{*} $朝、早く起きた上で、出かける準備をしましょう。 $ ^{*} $料理をした上で、大掃除を始めたい。 <254> 2.7.時の表現/基準時以前既実現 ×ご飯を食べた上で、社長の家を訪ねました。 ×実験をした上で、次のことがわかりました。 →実験をした結果、次のことがわかりました。 「A+た上で+B」は、上のように「AをしてからBをする」という時間の流れだけを表したり、また「Aをした結果Bだ」という当然の結果を表したりすると不自然になり、少なくとも「Aの結果、事態が判明し、Bをするのに十分な条件がある」と判断できるような状況がなければ、使うことができない。 出勤した上で会議に参加する/料理をした上で大掃除を始める。 上の例が使えるためには、話し手が「会議に参加すべきかどうか、大掃除を始めようかどうか」といったペンディングの状態、つまり自分で自分の予定を決められない宙ぶらりんの状態で「出勤/料理」するような場面が必要である。 つまり、まず「出勤/料理」し、それから、周囲の人々の様子や状況などを観察したあと、もし「会議への参加/大掃除」をしても「OKだ」と判断できれば、それから「会議に出よう/大掃除をしよう」と思っているような場面で使われる。 今日は大掃除をした上で、以前お話した本を宅急便で、お送りしました。→今日は大掃除をしたので、以前お話した本を宅急便で、お送りしました。 上の「大掃除をした上で」が異常に響くのは、話し手が「本を送る」ことは、以前からの約束なので、この「大掃除をした」ことと「本を送った」ことの間に、特別、聞き手の様子や状況を判断する必要性が存在しないからある。 →今日は大掃除をした上で、以前から約束していた友人に本を送ったところです。 この例は「大掃除を終えて、どの本を、友人に送るべきか、あれこれ判断や選択に迷いながら送った」ということを、聞き手に報告している。 →今日は大掃除をした上で、以前お話した本を宅急便でお送りしましたので、みなさんでお読みください。もし、つまらないものがありましたら、そちらで処分してくださいね。 上の例なら、あまり取捨選択せず聞き手に本を送ったという報告になるので、使うことができる。 それ、この仕事が終わってからにするから、そのまま置いといてくれ。 →それ、この仕事が終わってからでないとできないから、そのまま置いといてくれ。 ひとりのときに出かけるの、窓が閉まってるかどうか、きちんと確かめてからにしてくださいね。さっき帰ってきたら、開けっぱなしで、びっくりしましたよ。 →ひとりのときに出かけるの、窓が閉まってるかどうか、きちんと確かめてからでないと + 困ります/ダメです/いけません/泥棒が入ります + よ。 遊びに行くのは、宿題、してからにするよ。怒られちゃうから。 →遊ぴに行くのは、宿題、してからで + ないと/なくちゃ/※なければ/※なかったら、怒られちゃうよ。 そんなの、学校へ持ってって、大丈夫? 先生に聞いてからにしなさい。 →そんなの、学校へ持ってって、大丈夫? 先生に聞いてからで + ないと/なくては/なければ/※なかったら、あとで問題になるわよ。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ば・~と・~ては」を参照 <255> ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務」の次を参照「~なければならない・~なくてはならない・~ないといけない」 「Aは+B動詞+てからにする」は「Bを完全に終えてから、Aを始める」ということを表しており、次のように、すべての文に使うことができる。 遊ぶのは、宿題をしてからに+しよう/するのか/する/したい。 遊ぶのは、宿題をしてからでないと+叱られる/叱られるのか/×叱られてくれ/×叱られたい。 しかし「Aは + B動詞 + からでないと + 否定語C」は、Cでマイナス評価という判断をするので、〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉にしか使うことができない。この場合「~ないと + 否定語C」の部分は二重否定になり、義務表現「~なければならない」に近いものを表すことができる。 ただ、この「(からで) ないと」の部分は、話し手の経験に裏打ちされたものなので、やはり使うとすれば「~ないと」が最もふさわしく、次が、聞き手の個人的な義務を表す「~なくては」で、その次が、一般条件を示す「~なければ」となるが、個人的で個別的な義務というものは存在しないので「~なかったら」は使えない。 使い分けワンポイント ⑨~て形・~ます形 もっとも単純な「基準時以前既実現」を表すのは、動詞Aの示す時間の流れが中止し、Aのところでポーズの生まれたことを示す「A動詞+て/ます形+B動詞」である。AがBよりも以前に実現していることを示しているので、AとBは、順接的な継起関係「A→B」にあり、時の流れに乗って、動作が行なわれたり、変化が起こったりすることを表している。 前者「て形」は、話し言葉に多用されるが、書き言葉にも使われ、後者「ます形」は、ほとんど書き言葉に使われる。 5年前に結婚した=結婚して5年になる→結婚してから5年も経った。 朝起き (て)、歯を磨く→寝るまえではなく、朝起きてから、歯を磨く。 毎日、テレビを + 見て/×見、寝る=毎日、寝るまえにテレビを見る。 ご飯を + 食べて / 食べ / 食べてから / 食べたあと、散歩に + 出て / ✗出、帰って + きて / ✗き、それから、シャワーを + 浴びて / 浴び、ビデオを + 見て / ✗見、少しだけ本を + 読んで / 読み、歯を + 磨いて / 磨き、寝よう / 寝た。 ▶本文 4.4.「順接仮定条件/確定条件」を参照 「A + て/ます形」は、ひとつの文に、いくつでも並べることができるが、ただ「食べ/浴び/読み/磨き」など、Aが「ます形」の場合、A「出/来/見/寝」が「1拍/1モーラ」になる動詞は、古い書き言葉以外では、まず継起関係に使われることがない。このふたつ以外、例えば「A + てから/たあと + B」といった継起関係を表すものは、原則として、ひとつの文に、ひとつだけである。 これは「A + てから」も、すでに「使い分け②」で述べた「A + たあと」ほどではないとしても、ただの「~て/ます形」に比べると、やはり「わざわざAをして」という意味を表すので、ひとつの文に「わざわざ」がいくつもあっては、不自然になるか <256> らである。 ご飯を食べて、すぐ散歩に出て、帰ってきて、シャワーを浴びて、ビデオを見て、少し本を読んで、歯を磨いて、寝よう/寝た。 ただ上のように並べたてると、まるで小学生の日記といった感じになる。 ご飯を食べて、すぐ散歩に出かけ、帰ってきて、シャワーを浴び、ビデオを見てから、少し本を読み、歯を磨いて、寝よう/寝た。 上のように「~て」と「ます形」を交互に使っていくと、少し大人っぽくなるが、次のような並べ方をすると、不自然になる。 ×ご飯を食べ、すぐ散歩に出かけて、帰り、シャワーを浴び、少し本を読み、ビデオを見て、歯を磨き、寝よう/寝た。 これは「A + て + B」が「Aのあと、すぐB」といった感じで、AとBの緊密な継起関係を表すが、これに対して「A + ます形 + B」のほうは、AとBの間に時間的な距離を感じさせるからである。 使い分けワンポイント ⑩ 〜てからというもの・〜て以来〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 バフルがはじけて + からというもの/以来/から、経済は壊滅状態で、長い構造的不景気のあと、景気が好転するにつれて、極端な貧富の格差を生みだしている。 この春の検査で、心筋梗塞と診断されて + からというもの/以来/から、明目にでも死ぬかのような恐怖にとりつかれてしまった。 就職して10年、係長になって + からというもの/以来/から、毎晩のように残業で遅くなり、目に見えて顔色が悪くなっている。 失恋して + からというもの/以来/から、食事ものどを通らなくなり、やつれはてて、見る影もなくなってしまった。 妻を亡くして + からというもの/以来/から、すっかり元気をなくし、人が変わったようになってしまった。 夫を亡くして + から/以来/からというもの、母は細腕ながら、私たち5人の子どもを育て上げてきた。 →夫を亡くして + から/以来/からというもの、母は細腕ながら、私たち5人の子どもを育て上げた。 「A + て + からというもの/以来 + B」は「Aという事態が起こってから、ずっとBという事態が続いている」という意味を表し、前者が和語的な、後者が漢語的な硬い書き言葉で使われる。ただ、和語系の「A + てからというもの + B」は、Bがマイナス評価の事態の場合に使われる。 しかし漢語系の「A + て以来 + B」なら、Bがプラス評価の場合でも、Bが継続した事態であれば使うことができるが、最後の例のように、変化の瞬間を表して、事態の継続を表さなくなると不自然になる。 通常、硬い書き言葉ほど漢語系が使われるので、和語系の「~てからというもの」は、比較的古い文献で読むことはできても、現在、使われることはほとんどなくなり、次のような言い方も、あまりしなくなっている。 奥さんを亡くして + から/以来 + 3年というもの、人が変わったようになっていたが、最近、少し元気をとり戻しつつあるようだ。 <257> ここ 10 年以上というもの、構造的不況が続いていたが、中小箸細企業を擇りとる大企業に限るそうだが、近ごろ景気がよくなったらしい。 今年は、とりわけ梅雨が長引き、この1週間というもの、集中豪雨が大暴れして、各地に大きな被害をもたらしている。 ▶本文 2.4.「時の表現/時間範囲/~というもの」を参照 「(A + て + から/以来 + ) 期間 + というもの」も「(Aという事態が起こってから) ある期間、ずっと B というマイナスの事態が続いている」という意味を表している。この春の検査で、心筋梗塞と診断されて + から/×以来/×からというもの、酒もタバコもやめ、健康そのものの生活を送るようになった。 失恋して + から/×以来/×からというもの、まるで見違えるように大人になり、しっかりした考えをもつようになった。 結婚して + から/×以来/×からというもの、以前にも増して幸せになった。 結婚して + から/以来/×からというもの、ずっと幸せな生活を送っている。 就職して 10 年、係長になって + から/以来/×からというもの、気力にあふれ、見違えるように仕事に励んでいる。 ところが、ここ十数年というもの、日本語関係の文献には、上のような例を見かけるようになり、Aのあと、プラスの事態Bが起こり、しかもBは継続ではなく、最初3例のような変化の瞬間まで表すようになっている。 Bが継続した事態であれば、プラスマイナスにかかわらず使うことのできる漢語系「A + て以来 + B」と勘違いしたせいかもしれないが、変化の瞬間のほうは、ことさら異様に響く。 しかし、次のような例を含めて、異様に感じなくなっている人が増えつつあることも事実で、これでは「~てから」との区別が必要でないということになり、おそらく和語系の「~てから(+期間+)というもの」は用済みになり、死に瀕しているのかもし 去年、競馬で大穴を当てて+から/以来/からというもの、競輪、競艇、パチンコに、マージャン、博打と名がつけば、何であれ、勝ちに勝ちまくっているそうだ。 ▶本文6.4.「変化の表現/不変化/~っぱなし」を参照 ただ上の例を聞いて、この「つきまくっている人」が、まもなく「破産する/ひどい目に遭う」という予感に襲われる人も、まだいるのではないだろうか。 使い分けワンポイント~を皮切りに もともと「皮切り」は、皮膚をケロイド状になるまで燃やす「初めてのお灸」のことを意味し、この耐えがたいほど熱くて痛い「皮切り」をしてしまうと、2回目からは、そんなに熱いと感じることもなく、楽々とお灸をすえることができると言われている。 当社はハイテク事業の成功を皮切りに、情報産業へ進出しています。 →当社はハイテク事業の成功を皮切りとして、情報産業に躍進しました。 テープカットを皮切りに(して)、舞台では、さまざまなイベントが繰り広げられ、会場は、むせるような熱気に包まれていった。 地方予選突破を皮切り + に/として、つぎつぎと優勝候補やダークホースを打ち破り、最後まで勝ち抜いて、全国大会での優勝を飾った。 ▶本文 6.1. 「変化の表現/A→B/AをB + に/と + する」を参照 <258> 2.8.時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣 「~を皮切り + に (して) /として」は、スタートまでの苦労を乗り越えてしまうと、あとは順調に滑りだし、飛躍的な発展や興隆を見せる事態について使われる。 「~を皮切りに (して)」は、再変化を繰り返す発展の途上で使われ、再変化しないことを意味する「~を皮切りとして」は、一気に最終段階へと飛躍する場合に使われる。したがって、最後の例は、前者「突破を皮切りに (して)」を使うと「打ち破り」を修飾し、後者「突破を皮切りとして」を使うと、文末の「優勝を飾った」と呼応していることになる。 2.8.時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣 ~たことがある・~ている・~たものだ Aたことがある:Aの事態が、思い出の中のワンシーンといった経験を表す。 Aている:Aの事態が、現在の状況に影響を及ぼしているような経験を表す。 Aたものだ:Aの事態が、過去における習慣であった懐かしい思い出を表す。 動詞た + ことがある/ものだ 動詞て + いる 「~ことがある」には、次のようなバリエーションがある。 - る/ーい/~た/~だ + ことが + ある/あった/ない/なかった 奥性動詞の場合だけ、互換性がある。 換[例]お話は、社長にお伝えしてございますので、社長とご相談していただけますか。 次のように置き換え不能。 *お話は、社長にお伝えした + ことがございます/ものです + ので、社長とご相談していただけますか。 次の例も置き換えることができない。 え?財務関係の書類ですか。去年の検査のとき、整理し+ています/×たことがあります/×たものです+から、その棚をご覧ください。 その日は、夜の9時には、家に帰っ + ています/×たことがあります/×たものです。 8時まで残業していましたから。調べていただければ、わかると思います。 数ヶ月前に退学し + ている/×たことがある/×たものの + ようです。そのあとのことは、記録に記載されていませんから、現在の状況はわかりかねますね。 用例 次の「~ている」と「~たことがある」は、互換性がある。 ソウルへは一昨年、行っ + ています/たことがあります/×たものです + よ。今年は北京に行きましょう。 →ソウルへは一昨年、行っ + ています/たことがあります/たものです + から、今年は北京に行きましょう。 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/~ものだから・~ものですから」を参照ええ、以前一度、お会いし + ています/たことがあります + ね。ただ、仕事の関係で会っ <259> ただけですし、取り引きも続きませんでしたから。 ああ、あの作家ですか。何年前でしたか、新人賞をもらっ + ています/たことがあります + よ。その後は「鳴かず飛ばず」ですが。 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『こと/もの』の使い方」を参照 使い分け 「A + たことがある/ている/たものだ」は、いずれも〈基準時現在以前既実現〉の出来事で、話し手または話し手以外の経験を表すという点で共通している。すなわち基準時を、話し手が話をしている「今現在」とすると、Aは「基準時現在以前」つまり「過去のある時点」で、すでに実現している誰かの「経験」を表している。「A + たことがある」は「現在の習慣」を表すことはないので、過去に「何回」と数えることのできるような特別な経験だけを表し、しかも過去の反復はともかく、その経験「ソウルへ行った」を現在、繰り返していない場合に使われる。 「A + ている」も、過去の経験を表すが、現在その経験を繰り返していない場合にも、同じ経験「社長に伝える/書類を整理する/家に帰る」を繰り返している場合にも使われるが、通常は、1回きりの経験「高校を退学する/会社を辞める/離婚する」を表し、その結果が現在も有効である場合に使われる。 彼は、3人の子どもをかかえて、離婚し+たことがある/ている。 例えば、上の例で「離婚したことがある」を使うと、まだ離婚を繰り返していないことになるので、現在「再婚している」可能性が高くなる。もし既婚歴のある独身なら、普通は「結婚したことがある」が使われる。 もし離婚が有効で、現在も独身なら、再婚せず「離婚したまま」の状態、つまり「離婚している」ことになる。 「A + たことがある/ている」が、意味の上でも互換性のある場合、前者なら、Aを単なる過去の出来事として「話し手が回想」しているだけであるが、後者は、過去の出来事Aが「現在もなお話し手の意識に影響を与えている」という違いがある。 ソウルなら去年、行きましたよ。何も今年も行くことはないでしょう? 以前一度、会いましたが、それっきりです。ですから、今の様子だなんて、まさか連絡のあるはずもないでしょう? 全然、知りませんよ。 何年か前に、新人賞はもらいましたが、あとは何を書いてもダメでしたね。さあ、今も書いているかどうか、聞いたことありませんね。 「用例」に示した「A + ている」は、パラフレーズすると、上のようになるが、聞き手の問いかけに対し、過去と現在を対比しながら、過去の経験よりも、むしろ現在の状況を述べながら、聞き手を説得しようとする話し手の気持ちが色濃く反映されている。 「用例」の「A + ている」を、そのまま「A + た」にかえてしまうと、すべてはすでに過ぎ去ったことになって現在とのつながりを失い、聞き手への訴えが響かなくなってしまうので、上のパラフレーズのように、現在の状況を補う必要が出てくるが、現在とのつながりに視点をおいた「A + ている」なら、補うまでもないので、短くすますことができる。 <260> 2.8.時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣 使い分けワンポイント ①~たものだ 昔、お父さんとよく、奈良や京都のお寺を + 回ったものです/△回ったことがあります/×回っています。 お父さんは、昔よく、奈良や京都のお寺を回っていたものですよ。 いたずらが好きで、しょっちゅう先生に叱られていたもんだ。 この川は、あのころ、そりゃあ、きれいだったな。よく魚が釣れたし、夏になるとね、朝から、みんなで泳ぎに行ったもんだよ。冬はスケートができたんだよ。 「A+たものだ」は、過去において「何回」と数えることのできない、習慣として繰り返していた誰かの経験を表し、遠い過去の思い出となって胸にしまわれていたAを、懐かしく回想する場合に使われる。 戦争中は、上司の命令で、毎日のように人を殺して + いた/いたことがある/△いたものだ + よ。 上のようなシーンを回想する場合、他人事なら「A + たものだ」を使うかもしれないが、話し手自身のことにも使われるかどうか定かではない。しかし「懺悔/悔悟」といった気持ちを吐露する場合は、使われるかもしれない。 上の例は、すべて「A+たことがある」に置き換わるが、もし置き換えると、Aは、懐かしさとも胸の奥にしまっていた思い出とも無縁になり、突然ふと「あ、そんなこともあったな」といった感じで思い出された出来事になり、過去へとフラッシュバックした一瞬の経験を表すことになる。 もちろん、突然に思い出した場面が、心のアルバムにおさめられて、次に話すときには「A+たものだ」にかわっている可能性はある。 また「A + たものだ」は、現在とは関係がなく、純粋に思い出話として語られ、現在との結びつきを示す「A + ている」とは互換性がなく、無理やり置き換えると、聞き手の示した疑い「本当に昔よくお父さんと奈良や京都のお寺を回っていたのか」に対する不機嫌な抗弁をしている場面にかわる。 お話は、社長にお伝えしましたので、社長とご相談ください。 去年の検査のとき、整理しましたから、その棚をご覧ください。 その日は、夜の9時には、家に帰りました。8時まで、会社の友だちと飲んでいましたから。調べていただければ、わかると思います。 数ヶ月前に、退学しました。この記録には、そのあとのことは記載されていませんから、現在の状況はわかりかねますね。 「置換」[例] で示した「A + たことがある」と互換性のない「A + ている」を、〈基準時現在以前既実現〉の「A + た」に置き換えると、上のようになるが、すべて「話し手の感情」を抜き去った「事実報告」に変わってしまう。 上のような「A + た」は、話し手の立場や判断、または、話し手をとりまく現在の状況などとは切りはなして、過去に実現したAを客観的な事実として述べる場合に使われる。 そう何度もおっしゃらなくても、先日のお話は、社長にお伝えして + います/あります/おきました/×しました + ので、社長とご相談ください。 <261> ~たことがある・~ている・~たものだ いえ、間違いございません。去年の検査のとき、整理して + います/あります/おきました + から、その棚をご覧ください。 そんなに遅くじゃありません。その日は、間違いなく夜の9時には、家に帰っています。8時まで残業して、そのまま家に帰ったのですから。 確かに、おっしゃる通りですね。数ヶ月前に、退学しています。 ▶本文2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている・~てある・~ておく」を参照 上は同じ「A + ている」の例を、話し手の言外の気持ちを反映させながら、書き換えたものであるが、話し手の気持ちが前面に現れたこれらを、もう一度「A + た」に置き換えると、怒っているような冷淡さが響き、不自然になってしまう。 最初2例の「A + ている/てある/ておいた」3者を比べてみると、まだしも「A + ている」が一番、話し手の自己主張を抑えた言い方になっている。 「A + た」に対して「A + ている」は、たとえAが過去に実現した客観的な事実であるとしても、現在の状況と関連づけようとする話し手の気持ちがこめられている。 多くは、Aという「経験/アリバイ」の存在を、強く聞き手に訴えたい場合に使われるが、逆にしていえば、特に聞き手が「Aの存在を疑ったり、否定したりした」場合か、また「疑ったり否定したりしている」と話し手が感じた場合に使われる。 解説 「A + ている/た/たことがある/たものだ」の使い方を、現在との時間的距離が、短いものから長いものへ順を追って示していくと、次のようになる。 今/今日、神戸でフランス料理を食べてい + る/た。(継続中の動作) 今日/昨日、神戸でフランス料理を食べています。(既実現の動作) 今日/昨日、神戸でフランス料理を食べた。(既実現の動作) *今日/昨日、神戸でフランス料理を食べたことがある。 何度か、神戸でフランス料理を食べ + ている/たことがある。(経験) *何度か、神戸でフランス料理を食べたものだ。 昔はよく、神戸でフランス料理を食べ + ていた/たものだ。(習慣) *昔はよく、神戸でフランス料理を食べたことがある。 ただ「A + ている」を過去へスライドさせただけの「A + ていた」は、〈基準時現在既実現〉の「~た」が生きていて、Aがたとえ過去のある時点における「継続中/既実現/習慣」を表す動作や変化であっても、すべて「話し手の感情」を抜き去った「事実報告」に変わってしまうので、話し手が今どんな感情にあるかを推し量る必要のないぶんだけ使いやすいといえる。 使い分けワンポイント ③ 経験の「~たことがある」と「~たものだ」 若いときは、ときどき仲間で、山に登った + ことがある/ものだ。 若いときは、いつも仲間で、山に登った + ものだ/×ことがある。 若いときは、めったにひとりで山に + 登ったことがない/登らなかったものだ。 若いときは、1ドルが360円もしていて、舶来品を買うのも、海外へ行くのも、そりゃ、すごく高かった + ことがあるよ/もんさ。 若いときは、この辺り、一面の田んぼでね。夏に蛙が鳴くほかは、本当に静かだった + <262> 2.8.時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣 ものだ/×ことがある + よ。 若いときは、小さくてね。病気がちだった + ことがある/ものだ。 若いときは、ちょっと粋な男だった + もんだ/×ことがあるんだ + が。 若いときは、あの人、何かで新人賞をもらったりして、ちょっと有名な画家だった + こともある/ものな + んですよ。 「A + たことがある/たものだ」の違いは、Aが動詞の場合、Aのまえに「いつも/よく/しょっちゅう」といった頻度の高さを示すものがあると、前者「Aたことがある」は使えなくなるが、後者「Aたものだ」は、頻度の低いもの「ときどき/たまに/めったに」でも、高いものでも使うことができる点である。 ただ回数が示されると、後者が使えなくなる。これは、毎日であっても10年ごとであっても、一定の間隔さえあれば、間隔の長短にかかわらず、習慣として認められるが、回数では、間隔が一定かどうかわからなくなるからである。したがって、回数で示されるアトランダムな経験には、前者が選ばれることになる。 同様に、Aが形容詞や状態名詞、まれに名詞の場合でも、話し手が、Aの状態に変化や変動を認めると、前者が使われるが、一定の状態が継続すると考えると、後者しか使われなくなる。 若いときは、それはそれは、おしゃれで、おきれいだった/格好よかった + の/こともあるんだ/もんだ + よ。 上のような、変化を常態とする「無常な人間」の場合、最も素直な表現は、どちらもつけないこと「の」であるが、話し手が「無常感に浸っていれば、前者」を、もし「過去の美しさを懐かしんでいれば、後者」を使うといったことがあるかもしれない。 使い分けワンポイント ④ 「~たものだ」と前触れ 若いときは、あれで、なかなかいい男だったもんだが、欲がついてからは、人を人と思わなくなっちまって、恥をさらして生きてるんだな。 たこ焼きって、昔は、子どもが自分の小遣いで買えるおやつで、6つで5円くらいだったかな。今にして思えば、メッチャ安かったもんだけど、それが今じゃ、大人の夜食に成り下がっているんだね。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が/前触れ」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 「A+たものだ」は、過去にノスタルジアを感じながら、いわば「詠嘆調」に過去を振り返るものなので、常に現在との対比が隠されており、過去よりも現在に視点が移ると、しばしば「A+たものだが+B」の形で、現在の状況Bの「前触れ」といった働きをするようになる。 近ごろの若者は、礼儀知らずで、年寄りを敬わなくなったものだ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ものだ」を参照 また、過去の回想「A + たものだ」を使う話し手は若者ではありえず、世代間ギャップを感じている「人生の酸いも甘いもかみわけた」経験豊かな年配者で、しかも上のような「分別くさい/説教調の/若者に煙たがれる」理屈を、自分のことは棚上げにしながら、まるで世の中を嘆き悲しんでいるかのように、平気で並べたがる大人である。 <263> ~たことがある・~ている・~たものだ たこ焼きって、昔は、安かったものですから、よく自分の小遣いで買って食べてましたけど、母に見つかると「買い食いをするんじゃない」と言って、いつも+叱られてました/叱られたものです+ね。 ▶本文 3.1. 「順接確定条件/原因と理由/~ものですから」を参照 上の例は、回想の「A+たものだ」に、聞き手に働きかけて「依頼/希望/謝罪」などを述べたり、また「許可」を求めたりする場合の「根拠や口実」を表す「A+ものですから」が重なったもので、母に叱られたが、よく「たこ焼き」を買った理由A「安かったものですから」を「前触れ」のように述べたものである。 え? 財務関係の書類ですか。ええ~と、検査のとき、整理したものですから、今どこにあるか、ちょっとわかりません。すみません、あとで出しておきます。 上の例は、単に「前触れ」で、もちろん回想とは関係がない。 使い分けワンポイント ほんのときたまですが、面白そうであれば、映画に + 行く/行った + こと/とき + もありますよ。 このごろの映画って、本当にくだらないものですから、わざわざ映画館まで見に行くこと/×とき + はありませんね。 →わざわざ映画館まで見に行った + こと/×とき + はありませんね。 ×月に1回ずつですが、映画に行く + こと/とき + がありますよ。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~とき(に)」を参照 ▶本文 2.4.「時の表現/時間範囲/『~ない』の意味」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/意志動詞の否定」を参照 「A - る/た + ことが + ある/ない」は、〈基準時現在同時間帯/基準時現在以前既実現〉のアトランダムな「経験」を表している。Aが「一定間隔で反復しない」という意味で、どちらも「習慣」を表しているわけではない。 このごろの映画って、本当にくだらないんですから、わざわざ映画館まで見に行く+こと/×とき+はありませんよ。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~ことはない」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~ことはない」を参照 したがって、上のような1回きりの「不必要の勧め」となって、聞き手に働きかけることができる。 また「A - る/た + こと + がある」の場合、経験を表す「こと」は、偶然の機会を表す「とき」と互換性があるが、故意に「経験しようとは + しない/しなかった」動作Aを表す「A - る/た + こと + が/は + ない」の場合は、置き換わらない。 これは「忙しくて映画に行く+時間/×とき+がない」や「×忙しくて映画に行った+時間/とき+がない」など、もともと「×A-る/た+とき+が/は+ない」という言い方がないためである。しかし、それよりも否定の意志「映画に行くことはない/映画には行かない」のほうは、時間的な余裕を否定する「映画に行く時間はない/映画には行けない」とまだ意味の上では近いが、受身的な偶然の機会を否定する「×映画に行くときがない/映画に行けるチャンスに恵まれない」では、共通するものをもたないからである。 <264> 2.8. 時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣 雨が続いたり、雨が降らなかったりすると、レタスなどの野菜がすごく + 高い/高かった + こと/とき + があります。 野菜は、肉より高くて、安い/安かった + こと/とき + はありません。 こんな誰もしたがらない単調な仕事ですが、ごくたまには、面白い/面白かった + こと/とき + もあります。 こんな仕事、面白い/面白かった + こと/とき + はありませんよ。 いつもニコニコしている親父ですが、たまには、不機嫌な/不機嫌だった + こと/とき + があります。 あんな顔でも、不機嫌な/不機嫌だった + こと/とき + はありません。 ところが、形容詞「A-い/-かった」や、状態名詞「A+な/だった」の場合、上のように「こと」と「とき」は互換性がある。この場合のAは、状態を表しているので、経験のない状態「安い/安かった+ことがない」と、偶然の機会を否定した状態「安い/安かった+ときがない」に共通性が生まれるからである。 $ ^{×} $農作業の合間に、野菜をトラックに載せ、たまには八百屋で+ある/あった+こと/とき+がある。 農作業の合間に、野菜をトラックに載せ、たまには八百屋だった + こと/とぎ + がある。しかし名詞になると、書き言葉である「名詞で + ある/あった」に、さらに「~ことがある」を続けて「ある」を重ねると、不自然に響いてしまうし、特に〈基準時現在同時間帯〉を表す場合は、ほかの接続「×名詞 + だ/な + こと/とぎ」も不可能なので、言い表す方法がない。やはり動詞を使って「八百屋をする + こと/とぎ + がある」とするよりほかなくなってしまう。 たとえ上司の命令でも、納得のできない仕事はしないことがあります。 若い/若かった + ころなら、たとえ上司の命令でも、納得のできない仕事は + しない/しなかった + ことがありましたね。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~て + いる・いた + ところだった」を参照 ▶本文 2.4.「時の表現/時間範囲/~た + あいだに」を参照 下のほうは、上のほうの〈基準時現在同時間帯〉の経験を、〈基準時過去同時間帯〉の経験に書き換えたものである。 書き換えた2つのうち「Aしない+ことがあった」のほうは、文末だけを現在から過去へスライドさせただけであるが、もう一方の「Aしなかった+ことがあった」は過去の経験「Aしなかった」を、文末の「~ことがあった」によって回想したものである。詳細については、本文「時の表現/基準時直前直後/~ているところだ・~ていたところだ/~ているところだった・~ていたところだっだ」も参照のこと。 若い/若かった + ころなら、たとえ上司の命令でも、納得のできない仕事は、しなかったことが + あります/ありました + ね。 しかし、上のような〈基準時現在以前既実現/しなかったことがある〉の経験を、過去にスライドさせても〈基準時過去以前既実現〉にならず、ただ〈基準時過去同時間帯/しなかったことがあった〉の経験と同じものになってしまう。これは、いくら過去の時点「若い/若かった+ころ」での経験であっても、話し手の「過去の経験」が「過去 <265> ~たことがある・~ている・~たものだ の過去の経験」にはならず、やはり「過去の経験」にすぎないからである。 つまり〈基準時過去以前既実現〉の経験も、〈基準時過去同時間帯〉の経験も、いわば同じ経験をさしていることになる。 彼は、若い/若かった+ころなら、たとえ上司の命令でも、納得のできない仕事は+しない/しなかった+ことがあった。 しかし、第三者のことになると、話し手は、第三者の過去「若い/若かった + ころ」に視点をすえた〈基準時過去同時間帯〉の経験「しないことがあった」と、話し手が設定した過去「彼がもう若くなかった当時」に視点をすえた〈基準時過去以前既実現〉の経験「しなかったことがあった」を描き分けることができるようになる。 彼/私+は、その当時、弁士のついた無声映画は見たことがあったが、トーキー映画は見たことがなかった。 これは、話し手が自由に基準時の設定ができる「小説/物語/エッセイ」といった書き言葉に使われる技法の一種であるが、話し手が、自分自身を第三者的に描く場合も、同じように〈基準時過去以前既実現〉の経験を表すことができる。 使い分けワンポイント ⑦ 「~ことがある」のまとめ 「~ことがある」のバリエーションをまとめておくと、次のようになる。 ある/ない 基準時現在以前既実現 過去の経験+回想 基準時現在同時間帯現在の経験+習慣 ~た 十 ことが 話し手:過去の経験 ーる/ーい/な 十 ことが 基準時過去同時間帶 過去の経験 基準時過去同時間帯 第三者:過去以前の経験 基準時過去以前既実現 あった/なかった 「映画に行ったことがある」も「映画に+行く/行った+ことがあった」も、基準時の置き方に違いがあるだけで、同じ過去の経験を表している。 ただ前者は、現在から過去の経験を振り返り、思い出として回想しているが、後者は、過去の出来事である当時の経験を思い出しているにすぎない。 使い分けワンボイント ⑧「~ている/~た/ - る」の使い方 「~ている/~た/ーる」の主な使い方を示せば、次のようになる。 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞『-る/~ている/~た』の表すテンスとアスペクト」を参照 ▪~ている 1.基準時同時間帯:動作や事態の終了以前 <266> 2.8.時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣 ここで、友だちの来るのを待っているのです。(動作の継続) 昨日は、ひどい雨が降っていましたね。(事態の持続) 2.基準時以前既実現:動作や事態の再変化以前 今、友だちが遊びに来ているのですが。(動作終了後の結果や状態) 元気がありませんね。疲れているのですか。(変化終了後の結果や状態) 3.基準時以前既実現:過去の経験/動作や事態の再変化なし 北京へは、もう3回、行っています。(現在の状況に関係する経験) その料理なら、さっき食べています。(現在の状況に関係する動作結果) この人、記録では、2度、労盜でつかまっています。(現在に関係する状況) 4. 基準時以前既実現:事態の開始または終了の既実現 車を飛ばして行ったが、会議はすでに始まっていた。(基準時過去) 社長がやって来るまでには、そちらに着いているよ。(基準時未来) 5.基準時同時間帯:習慣や反復する動作や事態 会社へは、地下鉄で通っています。(個人の習慣) アメリカでは、いろんな言語が話されている。(慣習) 週末はいつも図書館で本を読んでいます。(個人の反復行為) 毎年、多くの人が、心臓病で亡くなっている。(多くの人の反復行為) 6.基準時同時間帯:不変の状態 彼は昔、理工科系の科目に優れていた。(半恒常的状態) あの山がひときわ高くそびえているね。(恒常的状態) ▶本文6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 ▶本文2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 ▶本文2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▣~た 1. 基準時現在同時既実現 やった!すごい!逆転勝ち。(実現の瞬間) 2. 基準時現在以前既実現:動作や変化、事態の終了 お貸しした本、もうお読みになりましたか。(動作の終了) お盆がすぎて、ずいぶん涼しくなりましたね。(変化の終了) 最近、うちの近くにスーパーができたよ。(事態の実現) 先週、ここで交通事故があったんだ。(過去の事実) 昨日、国立美術館へ行ってきました。(過去の経験) 3. モーダス表現:確認 明日の会議、何時から行なわれるのでしたか/今日は何日でしたか。 ああ、そうでした。2時から/20日+でしたね。(失念したことの確認) ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~のだったか」を参照 お母さんになったつもりで、妹の世話をする。 死んだ気になって、やり直す。 羽があったのなら、飛んでいけるのに。 <267> ~たことがある・~ている・~たものだ ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『つもり』の使い方」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想」を参照 5. モーダス表現:命令 買った、買った/どいた、どいた。 (大安売りの露天商や出前のオジサンなどに使われる軽い命令) ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令」を参照 ■ - る 1. 基準時現在未実現 午後から出かけますか? (意志動詞:意志行為/計画) 明日、雨が降りますよ。(無意志動詞:未来の事態に対する判断や推量) 来週から試験があります。(同上) 社長がやって来る (基準時未来) までには、そちらに着く (基準時未来以前既実現) よ。 2. 基準時現在同時間帶 道が滑りますから、注意してください。(状態性動詞:現在の状態) 毎日、自転車で学校に行きます。(意志動詞:現在の習慣) ▶巻末「動詞の種類」を参照 互換性があるのは、〈基準時現在以前既実現〉を表す「~ている/~た」の場合と、〈基準時現在同時間帯〉の現在の習慣を表す「~ている/-る」の場合である。 それぞれの違いを示せば、およそ次のようになる。 ~ている ~た 友だちが来る 疲れる 帰るまえの状態 来た直後 北京へ行く 回復以前の状態 帰るまえの状態 疲れた瞬間 経験+話し手の気持ち さっき食べる 行ったあと 同上 食べたあと ただ「雨が降っていた」も「雨が降った」に置き換わるが、〈基準時過去同時間帯〉の事態の持続と、〈基準時現在既実現〉の事態という違いがある。 Aまでに着く ~ている Aまで待つ ーる 個人的習慣 A以前に終了した状態 慣習 A以前は継続する動作 一定期間の習慣 話し言葉 A以前に終了する動作 Aに終了する動作 不定期の習慣 書き言葉 ▶巻末「動詞の種類/状態動詞と動作動詞」を参照 ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/~までに・~まで」を参照 現在の習慣では、毎日のように繰り返す日常動作であれば「-る」が、一定期間の習 <268> 2.9.時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 慣であれば「~ている」が多用される。 例えば「朝は7時に起きます」なら両者の使用が可能であるが、もし「大学へは地下鉄で行っています」を「-る」にかえると「今日は地下鉄で行く」と紛らわしくなるので、習慣を表すには「毎日」を加える必要がある。 また「このごろ朝は+味噌汁にご飯を食べている/パンに牛乳とジュースを飲んでいる」を「食べる/飲む」に換えると、やや不自然になる。 「~ている」か「-る」の一方しか使えないのではなく、どちらも使える動詞群で、個人の習慣でなければ、前者が話し言葉に、後者は書き言葉に使われる傾向がある。例えば「地球は太陽の周りを+回っている/回る」など「真理/科学的法則/恒久的事実」の場合も、もし日常会話で使われるとすれば、前者「地球は太陽の周りを回っています」のほうで、後者「地球は太陽の周りを回ります」の言い方は、話し手の「主張/未来予測」といったものを感じさせ、お説教じみて響くので、ガリレオなどが天動説を唱える人に言うのならまだしも、教壇に立った先生が言おうものなら、生徒はしらけた顔をするかもしれない。 まえの「使い分け」(p.259)でも述べたが、個人的な経験を表す「~ている」と「~た/~たことがある」の違いは、後者2つが、過去の事実を述べるだけなのに対して、前者は現在の話題と深いかかわりがあり、例えば「北京へは、もう3回、行っている」なら「えっ、今度の旅行、北京ですって?! 北京へは、これまでに3回も行ったことがあるから、もう行きたくない」といった話し手の心境を映しだすので、心でそうは思っても、聞き手に知られたくない場合は、後者のほうが無難である。 懐かしいですね、この映画。確か子供のころに見ています。 この味、どこかで食べていますね。あ、ベトナムへ行ったときのあれだ。 上のような例は、いわば回想を通じて、話し手の感情的色彩が現在に色濃く反映した表現なので、昔の記憶が当時のまま浮かびあがり、思い出したとたん過去に引き戻され、タイムスリップした話し手が「フラッシュバックした過去」に半ば溺れながら、浸りこんでいる状態を表している。 2.9.時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 ~ている・~である Aている:Aが基準時同時間帯か、基準時以前既実現であることを表す。Aてある:Aは基準時以前既実現であるが、誰かが処理したことを表す。 接続 ほとんどすべての動詞 + ている ほとんどの他動詞 + てある 形態〈ヨソ〉に対する〈超敬体〉でなければ、話し言葉の「~ている」は、ときに書き言葉でさえ、母音「い」が無声化を起こして消えてしまう。 <269> つまり「~てる/~てます」になるが、ほかに「~て行く」なども「い」が無声化するので、例えば「ご飯 + 食べていて/食べて行って + ね」が「食べてて/食べてって」になり、促音「っ」の長さが不足すると、聞き手は誤解してしまうことになる。 「~ている」は、〈超敬体〉や受け手尊敬では「~て + おります/おる」になったり、為手尊敬では「~て + いらっしゃる/おられる」が使われたりする。 「~てある」は、〈超敬体〉で「~てございます」になることがある。 ▶本文9.「授受動詞と敬語/敬語不規則動詞」を参照 ▶巻末「文体/文体の使い分け/スピーチレベルシフト」を参照 ▶本文2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~て形・~ます形」を参照 また、動詞「いる」は、文のなかで中止する場合、話し言葉によく使われる「て形/いて」はあっても、書き言葉で多用される「ます形/い」をもたない。 したがって、文体や継起関係によって、もし「~て + いる」を「ます形」で中止する必要が生じた場合、存在していない「~て + い」の代わりに「~て + おり」が使われる。 互換性 「~てある」は、すべて「~ている」に置き換わるが、逆は、どちらも同じ〈基準時以前既実現〉を表していても、置き換わらない場合がある。 [例] 課長ですか。課長なら、さっき食堂で、お昼を食べてましたけど。 次のように、置き換え不能。 ※課長ですか。課長なら、さっき食堂で、お昼を食べてありましたけど。 これ、騒がないで。ちょっとは、じっとして + いなさい/×ありなさい + よ。 まだ寝たくないよ。もうちょっとテレビ、見て + いたい/×ありたい + よ。 今、会議をして + います/×あります + から、静かにしてください。 すみません。子ども、まだ幼稚園に行って + います/×あります + が。 これですか。無理ですね。前に、失敗して + いる/×ある + んですよ。 普段は6時ごろ起きて + います/×あります + が、少し遅くなることもあります。 日本語は、経済力のある言語として、多くの人が学んで + いる/×ある。 月は地球の周りを回って + いる/×ある。 用例 次の用例は置き換え可能。 もう会議はして + いる/ある + から、部屋は片付けておいてくれ。 すみません。子ども、まだ幼稚園に行かせて + います/あります + が。 これですか。大丈夫です。一度、成功させて + いる/ある + んですよ。 子どもたち、どこなんだろう。晩ご飯は、食べて + いる/ある + ようなのか? あの CD は、返して + いる/ある + はずです。よく調べてみてください。 本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」本文 2.8.「時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣/~ている」本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」▶基準時については、巻末「動詞と時の表現」を参照▶文については、巻末「文/文の種類」を参照 <270> 2.9.時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 使い分け 「Xが + (Yを) + Aている」を図示すると、次のようになる。 食べていない 食べはじめる →食べおわる食べていない→食べる 今〈食べている〉 家にいる もう〈食べている〉 行く 家にいない→帰る家にいる 〈行っている〉 〈帰っている〉→行く ひとつの見方としては、Aという変化「食べはじめる/食べおわる/行く/帰る」のあとの状況、もうひとつの見方としては、Aという再変化「食べはじめる→食べおわる/食べおわる→食べる/行く→帰る/帰る→行く」のまえの状況ということができる。つまり「変化が始まり、変化が終わるまでの間」か「変化が終わって、再変化が起こるまでの間」を指しているが、基準時と同じ時間帯にAが「継続/進行」していれば、〈基準時同時間帯〉「今、ご飯を食べています」になり、基準時より以前にAが実現していれば、〈基準時以前既実現〉「ご飯はもう食べています/会社へ行っています/家に帰っています」を表していることになる。 どちらの場合も「再変化がまだ起こっていない」という意味で、現在と密接な関係があり、話し手の「Aは現在に大きな影響を及ぼしている事態だ」という気持ちがこめられている。 「Xが +(Yを)+ Aていた」は、基準時が過去なので、その当時と関係する場面しか表せないが、基準時現在の「Xが +(Yを)+ ている」は時間を超越し、現在に影響する過去の経験、現在ここで起こっている状況、未来において実現する事態など、現在と関係するすべての場面を表すことができる。 これに対して「Y + は/が/を + (Xが) + 意志動詞A + てある」は、存在を感じさせるXが「必要/義務/依頼/命令」などによって、Yという対象への働きかけAを実行したことを表している。つまり、話し手が「Yは現在、Xによって、すでに処理された状態にある」ということを聞き手に伝えたい場合に使われる。 したがって「命令/依頼」などの〈働きかけ〉文や、話し手の「意志/希望/願望」などを表す〈情意表出文〉に使うことができない。 これに対して、基準時現在の「Xが+(Yを)+Aている」は、いわば現在を舞台にして、さまざまな場面を描きだすものなので、すべての文に使うことができる。 解説 両者に互換性が生まれるのは、次の3つの条件がそろった場合である。 1.〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉 2. Aが意志動詞 3. 基準時以前既実現 互換性のある場合、〈基準時現在既実現〉を表すものは、あと2通り「~た/~ておいた」があるので、例えば「用例」最後の「あの CD」なら、次のように、ほぼ同じ内 <271> 容を、4通りで表すことができる。 返した/返している/返してある/返しておいた+はずです。 「返した」は、話し手が過去を思い出し、自分自身に確認した事実を聞き手に伝えているが、これを「返している」にかえると、CDについては「今も忘れずによく覚えている」ということをほのめかすことになる。 さらに「返してある」に置き換えると、話し手の「何を言ってるんだ。はっきりと覚えているぞ。いつどこでどのようにして返したか、言ってやろうか」といった自信が前面に出てくるようになる。つまり「処理済みなんだから、当然だ」という気持ちが自信につながっている。この例の場合なら、話し手の「苛立ち/腹立ち」が聞き手に伝わっていく。 最後の「返しておいた」なら「今ごろになって、何、言ってるんだよ。とっくに返したじゃないか。忘れたのか。あのとき妹さんも一緒だったから、聞いてみろ」など、問題の起こるまえに「事前に処理した」ことを表すようになる。 使い分けワンポイント ① 「~ている」の使い方 「Xが + (Yを) + Aている」には、次のような使い方がある。 1. 基準時において「動き/動作/作用/変化/事態」の真っ最中である ▶本文2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 ▶本文6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 まだお見えではないのですか。ずいぶん待っていらっしゃるのに。 誰に手を振ってるんだろう、あの人。まさか、ぼくじゃないよね? あそこの子どもたち、夢中になってゲームを楽しんでいるようですね。 以前は建設会社に勤めていたが、リストラ後はフリーターをしている。 突然の出張を命じられ、彼女は正午発の新幹線で東京に向かっていた。 お父さんなら、さっきガレージのほうで車の修理をしてたんじゃない? 昨日はろくに眠れなかった。隣の赤ちゃん、一晩中泣いていたんだ。 あのころ彼女は、周囲のうわさも気にかけず、必死で愛に生きていた。 台風のせいか、昨日からずっと強い南からの風が吹いている。 飽食の時代を反映して、糖尿病などの成人病が増えているのですか。 昔、この辺りは川が流れていて、夏ともなれば泳げたそうだ。 上の例は、再変化しない「動作/作用/変化」などが継続している状態を表し、Aは〈基準時同時間帯〉の動作であることを示している。 もしもし。はい。あ、父ですか? 父は会社に行っていますけど。 ああ、あの荷物は、2階に置いていますよ。いつでも取りに来てください。 ヘアスタイルを変えてるから、会っても、誰だか分からないかもしれないよ。 高校時代の先生が、彼の人生に大きな影響を与えているって、本当ですか? すみません。今日は友だちが遊ぴに来ているんです。明日でもかまいませんか。 ほら、定期だろ? 財布だろ? ハンカチだろ? ねっ、みな、持ってるだろ? 糖尿病でやせてるって聞いてたけど、見違えたよ。昔はとっても太ってたんだ。 先日はどうも弟がご馳走になったそうで、とても喜んでおりましたよ。 すみません、試験が始まっていますから、静かにしてください。 <272> 2.9. 時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 今日はあれこれ、することが多くて、朝の5時から起きてるんです。 お隣の子、ちょっと見ない間に、ずいぶん大きくなってるわよ。 上の例は、既実現の「動作/作用/変化」などが持続している状態で、Aが〈基準時以前既実現〉であることを表している。 よく晴れた日ですから、どこの家もたくさん布団を干していますね。 ゴッホの絵ですか。それでしたら、あちらの部屋に展示しています。 彼、卒業後の進路のことで迷ってるらしいから、相談に乗ってやれよ。 眠ったか? じゃ、さっきの薬、きいているんだな。 ええ、結婚しています。いえ、まだ子どもはありません。 まあ、なんて素敵な服を着てるんでしょう。ちょっと回ってみて。 上の例などは、日本人には「既実現の状態が持続中」と感じるが、日本語学習者から「まだ再変化していない動作の継続中」といわれると、困ってしまうものである。 Aという動詞に視点をあてれば、〈基準時同時間帯〉の動作か、〈基準時以前既実現〉の状態かで識別できるが、両者の境界例では説明できなくなるので、ここでは再変化の起こっていない状況に注目し、Aの「真っ最中」の状態と理解して、ひと括りにしている。両者は、最も頻繁に使われ、識別の必要があるかもしれないが、以下の使い方と比べると、むしろ非常に近い関係にある。 2.現在にまで影響を及ぼしている経験 ▶本文 2.8.「時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣/~ている」を参照 先月の家賃ですか。いつものように月末に振り込んでますけど。 この料理はもういただいていますから、ほかの方へ回してください。 その件では、一度うそをついていますから、信用できないのですか。 ソウルは去年、旅行していますから、上海か香港にしてください。 またこれですか。自信ありませんね。以前へまをしてるんですよ。 上の例は、同じ〈基準時以前既実現〉を表す「~た」にかえると、現在とは関係の切れてしまった「過去の事実」になってしまうので、聞き手に対して訴えたり働きかけたりする文脈では不自然になる。 ここには、先ほど図示した「もう食べています」など、Aの始まったあとの状態を示す「基準時同時間帯の動作」が、Aの終わったあとの「基準時既実現の状態」を示すようになったものも含まれている。 3.基準時過去 + 以前既実現/同時間帯 急いで行ったが、着いたときには、列車はすでに発車していた。 彼が目覚めたとき、日はとっくに昇っており、彼を嘲笑っていた。 ふと彼女に視線を向けると、帰り支度を始めていた。 帰宅すると、家族は、すでに/(そのとき) + 食事をしていた。 「A + ていた」が、基準時過去における「Aの真っ最中の状態」を示している。 4.基準時+現在未実現/未来既実現 今日はこれといって予定もないから、夕方6時には家に帰ってるよ。工事、このまま行ってくれれば、来年の春には完成してるよね?もう少しお待ちください。授業、まだ終わっていないようです。 <273> 〈基準時現在未実現〉で、最もよく使われるのは、最後の例に代表される否定の「まだ+A+ていない」であるが、〈基準時未来既実現〉では、最初2例のように「A+ている」が用いられる。 5.基準時における個人や多人数の習慣や反復動作 普段は 11 時ごろ寝ておりますが、少し遅くなることもございます。 毎朝 30 分くらい、近くの公園をジョギングすることにしています。 週に一度は友だちと一緒に、食事をしたり映画を見たりしています。 薬を飲んでいますから、ちょっと風邪気味ですけど、大丈夫です。 旅行中はいつも、ファーストフードの店で、ハンバーガーを食べてました。 彼は高校時代、自転車通学をしており、いたって健康であった。 日本では、家に入るとき、靴を脱ぐことになっているのですね? 昔は、肺結核で、多くの人が亡くなっていましたが、最近では珍しいことです。 繰り返されるAを、基準時間の流れのなかでとらえると、〈基準時同時間帯〉 繰り返されるAを、基準時という時間の流れのなかでとらえると、〈基準時同時間帯〉を表していることになる。 6. 基準時における恒常的状態 この道は、くねくね曲がっているし、交差点も多いから、迷ってしまうわよ。この組織の上層部は、1人の理事長と5人の理事からできている。英語は、イギリスやアメリカだけではなく、世界中で話されています。学生時代、彼は理工科系の科目に優れていたらしいよ。 再変化を起こす可能性はあるが、基準時において、まだ再変化していない「基準時以前既実現の状態」を表している。 7. 恒常的な状態 地球は太陽の周りを回っている。 日本アルプスのなかでも、あの山はひときわ高くそびえている。 この子、誰に似ているのかしら。死んだおじいさんだと思わない? 天変地異や、宇宙規模での大変化でも起こらない限り、再変化を起こす可能性のない「基準時現在以前既実現の状態」を表している。 「A + ている」の例は、それぞれの使い方に、はっきりした境界線が存在していないことを表しているが、同時に、すべてに共通して「基準時現在において、再変化が起こっていない」ことを示している。 過ぎ去ってしまった過去の事実は、変化するはずもないが、現在の習慣や基準時未来既実現の内容も、話し手は「将来においてAの起こる可能性は100%近い」と確信しており、習慣や予定Aは再変化しないという前提で使われている。 既婚の日本語学習者に「未婚か既婚か」を尋ねると、かなりの人が「結婚しました」と答えて、日本人をとまどわせる。 日本語学習者が「A + ている」を学ぶ場合、〈基準時同時間帯〉の「動作」と、〈基準時以前既実現〉の「状態」の識別を求められる。 <274> 2.9. 時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 この「結婚している」も、〈基準時以前既実現〉「結婚したあと」の状態として説明されるが、日本語学習者のすべてが「結婚式のあと」の状態と理解してくれれば問題は起こらない。しかし、なかには「結婚生活のあと」の状態、つまり「離婚したあと」の状態と受けとる人もいる。 つまり、Aが長時間にわたることを示す場合、Aの始まったあとなのか、終わったあとなのか、日本の言語習慣になじんでいない日本語学習者は混乱してしまう。特に、結婚式の日を思い描いて、むしろ「結婚しました」を使う「現在+結婚真っ最中/既婚」の人が、かなり存在する。 しかし「結婚した」という表現は、確かに未婚ではなく、既婚も表すが、離婚した可能性もあるし、尋ねる場合も「結婚したか」では「入籍したか」という意味にとられることもあるので、非常に「あぶない」日本語である。 「結婚している」が、変化「結婚生活開始」のあと、再変化「結婚生活終了/離婚」のまえということまで伝えないと、誤解を生むおそれがある。もちろん「去年の秋に+ 結婚しました/結婚したのですか」は「安全な」日本語である。 使い分けワンポイント ③「~ている」が「接続する/接続しない」動詞 基本的に「A + ている」は、どんな動詞Aにも接続するが、なかには「-る形」の使えないもの、逆に「-る形」しか使えないものがあり、使い方の難しいものもある。Aによって、次のような使い分けがある。 1. 接続した形「A + ている」でしか使われない「状態」を表す動詞群 そびえる・優れる・秀でる・似る・(道が) 曲がる/折れる・ (丸い顔/大きな目/長い髪 + を) する ... →そびえている・(彼は丸い顔を) している ... 2. 接続しない形「A + -る」で使われる「存在/可能/状況」を表す動詞群 存在:ある・いる・おる・いらっしゃる・ございます 能力や許可:できる・泳げる・はいれる・(ここでタバコが) 吸える 状況:(時が) 過ぎる・(汗で手/道/足 + が) 滑る・(お金が) 要る・(時間に) 間に合う・(歯/傷/心 + が) 痛む (心理状態) 3. 接続してもしなくても同じ状態を表す動詞群 意味する・違う・異なる・勝る・劣る・(今日は私の誕生日に) あたる ... =意味している・違っている・勝っている ... 4. 接続するかしないかで意味の異なるその他の動詞群 ▶巻末「動詞の種類/状態動詞と動作動詞」を参照 使い分けワンポイント ④ 「~てある」の使い方 「Y + は/が/を + (Xが) + 意志動詞 A + てある」には、次のような使い方がある。 1. 作用結果が基準時においても、目に見える形で有効に働いている あ、布団が干してありますね、どこの家も。よく晴れましたからね。 <275> ほら、あそこに会場までの行き方が書いてあるんじゃないかな。 こんな絵がかけてありますが、ちょっと場違いな感じがしませんか。 教室に入っていくと、黒板いっぱいに宿題がしてありましてね。 さっき、何か紙に包んであったの、見た? 何が入ってたんだろうね。 洗い物をしようと思って台所へ行きましたら、もう洗ってあったのですけど。 豪華な花嫁道具の数々が、所狭しと、入り口近くに積み込んである。 パーティー会場のあちこちには、色とりどりの花が飾ってあった。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~が』の使い方/有標 「Yが + (X) + 意志動詞 A + てある」の形が使われる上のような場面では、Yに対して処理「YをAした」を行なったXは、存在を感じさせるだけで、姿は見えないが、XがYに及ぼした結果「A + てある」のほうは、話し手の目に、鮮やかに映っている。上の「Yが」には、無標主格の「~が」が使われているが、これをYに作用することを表す「Yを」にかえると、次のように、話し手の視線は、YからXに移っていく。 そっちに、大きな箱 + が/を + 置いてあるだろう? 運んできてくれ。 こんなところに家庭ゴミ + が/を + 捨ててある。誰の仕業なんだろう。 誰からなのか、手紙 + が/を、ドアの隙間から投げ入れてあった。 表に車 + が/を + 停めてあるんだ。警察がうるさいから見てきてくれ。 あちらに、お昼のご用意 + が/を + 致してございます。お召し上がりください。 「Yが」には無標主格の「~が」が使われているので、上の例を「Yは」にかえて、主題化することはできない。 2.特定の人の作用結果が基準時でも、目に見える形で有効に働いている その匿名の手紙 + を/は、ドアの隙間から投げ入れてあった。 ゴッホの絵ですか。あちらの部屋に (絵 + を/は) 展示してあります。 今年度予算については、会議ですでに話し合ってあるのですね? あの日のことは、一生忘れないように胸の奥にしまってあるんだって。 彼から事件のこと + を/は + 聞いてあったから、うまく答えられたんだよ。 今月のハイキング、あまり集まりそうもないから、彼女を誘ってあります。 成人病の心配ですか。先月、検査を受けてありますから大丈夫です。 取り調べるんでしょう? あの二人をあっちに待たせてありますよ。 先月の家賃ですか。いつものように月末に払ってありますけど。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方/対比/ためらい」を参照 「1」の「Yを + (X) + 意志動詞A + てある」のXを、誰か特定の人にしたものである。この場合「Yを」は「Yは」にかわることがあり、Yが主題か、副主題「対比/ためらい」であることを示すようになる。 この場合の「目に見える形」というのは、実際には見えないYであるが、話し手がイメージとして、Yを脳裏に思い浮かべていることを表している。 ところが「Y + を/は」に、有標主格の「~が」が使われて「Yが」になると、Xが誰であるかが不明になり、次のように「1」と同じ使い方にはなるが、違いは、Yが「主題」を表すことである。 お茶 + を/は/が + 沸かしてありますから、お好きなときに、どうぞ。 この二人、よくけんかしますから、席 + が/を + 離してあるのですか。 <276> 2.9.時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 あの猫、キャットフーズは食べないから、生魚 + が/を + 与えてある。彼には電話で、ミーティングのこと + を/は/が + 知らせてあります。夕食に出前 + を/が + 頼んでありますから、食べて行ってください。いつでもオッケーだ。事務所を開く許可 + を/は/が + 取ってある。学費 + を/が + 口座に振り込んでありますので、確認してください。質問事項 + を/が + 調べてありましたけど、役に立ちませんでした。論文を書くのに、本 + を/が + 借りてあったが、読まずじまいだった。 3.話し手による作用結果が、基準時で「処理済み」の状態になっている 妹をいじめたガキ?そんなのとっくに殴ってあるよ。 採用するかどうかは別にして、履歴書、すでに見てあるんだな? 彼のことなら、父に話してありますが、分かってもらえたかどうか。 風呂は会社で済ませてあるから、あとは帰って寝るだけだな。 何もしなかったんじゃないのね?お茶碗洗い、手伝ってあるのね? 午前中に来ていた人は、みんな会ってありますが、そちらはまだです。 人には頭を下げない俺でも、あの人にだけは感謝してあるから、心配するな。 その山なら、前の年に登ってあったので、別の山へ行こうと提案した。 ▶本文1.1.「主題/提題/~なら・~は」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/~なら・~は」を参照 「Y + は/なら + (私が) + 意志動詞 A + てある」で使われるが、話し手の作用結果が目に見えるように有効であると言っているのではなく、話し手の心に「処理を終えている」といった気分を残している場合に使われる。この「3」が「1」「2」と大きく異なっているのは、Xに第三者がこないことである。 最後3例は、不自然さを感じる人がいるかもしれない。話し手が「特に/わざわざ+YにAという処理をした」という気分を強調しない場合なら、通常「会って/感謝して/登って+いる」が使われる。 上の「1」「2」「3」いずれの場合にも共通しているのは、Xに「必要/義務/任務」があったか、他者からの「依頼/命令」があったかして、Xが「YをAして処理した」ことを表している点である。 使い分けワンポイント ⑤~が~てある・~を~てある 「Yが + (X) + 意志動詞 A + てある」になるか、また「Y + を/は + (X) + 意志動詞A+てある」になるかは、Yが主題になっているかどうか、処理した結果が <277> 視覚効果をもっているかどうか、Yに対する有効性を維持しているかどうか、Xが話し手(〈問いかけ文〉では聞き手)か、第三者である不特定な人かによって異なり、およそ前頁の表のようになっている。なお数字は、「使い分け④」の番号と一致している。 「Aてある」は、〈述べ立て文〉でしか使われないが、このうち「1」が〈現象描写文〉に近く、残りの「2」と「3」が〈判断文〉になっている。 ▶巻末「文/文の種類」を参照 ⑥ 「~が~てある」と現象描写文 あ、布団が干してありますね、どこの家も。よく晴れましたからね。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」を参照 ▶巻末「動詞/一对の自他動詞」を参照 「使い分け④」の「1」に示した「Yが + (X) + 意志動詞 A + てある」は、100%の〈現象描写文:あ、月がきれい/バスが来た〉ではなく、誰か不特定の人によって、Yが処理されている状況を話し手が判断しているので、本当は〈判断文〉であるが、無標主格の「~が」が視覚効果を及ぼして、まるで〈現象描写文〉のような印象を与える。 上の例は、ある不特定な人が「布団を干した」結果を表しているが、話し手は、誰かが「布団を干した」ということを頭に描いているのではなく、ただ目の前に繰り広げられている状況を描写することで、聞き手の注意を引き、視覚的インパクトをもつ「ホットな+場面/ニュース」を作り出そうとしているだけである。 つまり〈現象描写文〉と非常に似ていて、まず話し手が「あ!/ほら!」と声を上げ、その場の中心となる対象Yを指差して「布団が」と続け、布団を干した人物の姿を思い浮かべないまま「干してある」と聞き手に伝えている。 教室に入っていくと、黒板いっぱいに宿題がしてあった。手紙+が/を/は、ドアの隙間から投げ入れてあった 基準時を過去に移した「Yが + (X) + 意志動詞A + てあった」にも、強い視覚効果があり、小説などでもよく使われ、まるでその場に居合わせていたかのような錯覚を聞き手に与えることができる。 使い分けワンポイント ⑦ 「~を/~は + ~てある」と判断文 学費 + を/が + 口座に振り込んでありますので、確認してください。 誰からなのか、手紙 + を/は、ドアの隙間から投げ入れてあった。 その匿名の手紙 + を/は/が、ドアの隙間から投げ入れてあった。 「使い分け④」の「2」に示した「Yを + (X) + 意志動詞A + てある」は〈判断文〉であり、話し手の関心は、Yより、X「誰が」に向けられており、そのぶん、視覚効果の弱いものになっている。 部長 + には/なら、転勤してすぐ + 挨拶/お礼/感謝 + (は) してある。 図書館/その山/北海道 + へは/なら、前の週に、行ってあった。 また「3」の「Yは + (X) + 意志動詞A + てある」も〈判断文〉であるが、Xは話し手なので、話し手の関心は、Yに集中している。 <278> 2.9. 時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 ただ「学費+を/が+振り込んである」や「匿名の手紙+が/を、投げ入れてあった」なら、基準時「現在/過去」において、有効「口座にある/ドアの隙間にあった」ということを示しているが、この「部長には挨拶してある/図書館なら行ってあった」は、いわば「時効」になっており、基準時における有効性「挨拶中/図書館にいる」は表していない。 この点が「3」と、ほかの使い方の決定的な違いで、確かに「時効」ではあるが、特に「必要/義務/依頼/命令」などに応じて「処理した」という話し手の自己満足した気分や、自信を示す場合に多く用いられる。 ただ聞き手には、話し手の「思いこみ/一人合点」といった印象を与えたり、度のすぎた自信である「傲慢/生意気」な感じを抱かせたりするので、時と場合によっては危険な表現になる。 「Aてある」は、視覚的イメージに訴える最も典型的な「Yが + Aてある」と、視覚的イメージのない最も特殊な「Yは + Aてある」が両極を示し、中間の「Yを + Aてある」が、両方への架け橋として、両者をつないでいる。 「意志動詞 A + てある」が接続しないのは、言うまでもなく〈無意志動詞〉であるが、〈意志動詞〉も含まれる場合がある。 細かく列挙してみると、わざわざ「誰かが処理した」ものではなく、話し手にとっては「自然変化」に近い、次のようなものがある。 1.〈状態動詞〉:「使い分け③」の「~ている」の「1~3」に属する動詞群 2. 自然现象や自然変化を表す自動詞群 生まれる・死ぬ・(雨が)降る・(空が)曇る/晴れる・増える・上がる・下がる・疲れる・夢を見る・堂々とする・(大きく/静かに/病気に)なる・割れる・壊れる・汚れる・崩れる・破れる・(服/歯/野菜+が)いたむ・(腹が)へる・(おなかが)すく・流行する・向上する・上達する・進歩する・成長する・発展する ... 3.精神状態の自然変化を表す動詞群 愛する・あきらめる・あきる・あきれる・驚く・いやがる・恐れる・悲しむ・感じる・思う・気づく・嫌う・くじける・知る・信じる・好く・泣く・悩む・迷う・喜ぶ・わかる・忘れる・笑う・(焼きもちを) やく・感じられる・思われる・思い出される・考えさせられる・感激する・後悔する・心配する・尊敬する・同情する・満足する ... 4. 100%の受身動作を表す動詞 (骨/頭 + を) いためる・失う・くれる・頼る・亡くす・待つ・負ける・酔っぱらう・誤解する・故障する・失敗する・成功する・泥酔する・迷惑する・殺される・盗まれる・殴られる・叱られる ... 5. 為手尊敬を表す動詞 おっしゃる・なさる・召す・召し上がる・おかけになる・話される… <279> 使い分けワンポイント ⑨ 「~てある」が接続する動詞 また、次のような〈意志動詞〉も「~てある」に接続しないといわれている。 6. 作用を及ぼす直接的な対象をもたない意志自動詞群 会う・上がる・遊ぶ・歩く・生きる・行く・急ぐ・起きる・泳ぐ・下りる・帰る・隠れる・勝つ・通う・頑張る・暮らす・来る・進む・住む・座る・立つ・近づく・勤める・出かける・通る・跳ぶ・逃げる・眠る・寝る・登る・乗る・入る・働く・引っ越す・休む・別れる・渡る・あいさつする・握手する・外出する・帰国する・苦労する・結婚する・けんかする・散歩する・試合する・就職する・出発する・食事する・卒業する・通学する・独立する・努力する・判断する ... 7. 対象に対して作用結果を有効に維持できない他動詞群 祈る・祝う・疑う・追う・教わる・驚かす・思い出す・かぐ・かむ・嫌う・着る・避ける・騒ぐ・抱く・手伝う・食べる・だます・眺める・殴る・投げる・持つ・歌う・やめる・感謝する・希望する・経験する・決心する・信用する・代表する・発明する・否定する・訪問する・遠慮する・運転する ... つまり「Y + (X) + A てある」が接続可能なのは、Xの行なった作用Aが及ぶ特定の対象Yがあり、作用の結果が対象の上に、現在においてもなお有効に働いていると想定できる〈意志動詞〉と考えられる。 例えば「運転する」が使えないのは、誰かが「車を運転して、車から降りる」と、車に及ぼした作用「運転した痕跡」が、走行メーターには残されていても、目に見える「干してある布団」のようには、残っていないからである。 あの事件を調べに国立図書館ですか。あそこはもう行ってありますよ。 睡眠不足かって? いや、今日のことがあるから、ちゃんと寝てあるんだ。 天下りの今度の尊務か? 口は達者そうだから、挨拶だけはしてある。 ただ、意志自動詞群の場合、動詞によって、まれにではあるが、上のような表現が可能である。 息子の合格祈願、神社さんはもちろん、お寺さんでも祈ってあるのよ。試運転ですか。こっちはこれからですが、そっちは運転してありますよ。晩ご飯はもちろんまだだが、昼ご飯なら、とっくに食べてある。 また、他動詞群についても同様に、上のような表現が可能である。 これらは、話し手Xが「必要/義務/依頼/命令」などに迫られるか、応じるかして、ある対象Yを、Aして処理した結果を表してはいるが、現在においても、AがYに対して有効というより、むしろ「処理済み」という点で有効性のあることを示している。 つまり「Y + (X) + Aてある」は、次の条件を満たす〈意志動詞〉なら、接続可能であると思われる。 〈接続可能条件〉 1.意志動詞:対象Yに対して、積極的な働きかけができる 2.基準時以前既実現:対象Yが「処理済み」の状態になること <280> 2.9. 時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 次のような意志動詞群は、いかなる状況を想定しても「A + てある」が接続するとは考えられない。 生きる・急ぐ・起きる・帰る・暮らす・来る・住む・座る・立つ・勤める・働く・持つ・待つ・帰国する・苦労する・就職する・出発する・通学する・代表する 例えば「×財布を持ってある」が不可能なのは、家を出るときに持った財布というものは、現時点で服のポケットにおさまっており、すでに持っていて、特に「処理済み」の状態にしたものではないからである。 このバーベルはまだだが、それはもう+持ちあげて/△持って+ある。ただ、上のような場合に「持ってある」を使う人がいるかもしれない。 同様に「×会議に来てある」が不可能なのも、参加しにやって来た会議は、現時点でまだ進行中であり、すでに終わったことを表せないからである。これに対して「会議に行ってある」が可能なのは、会議を終えて家に帰っている状態が想定できるからである。 「会議に行っている/昼ご飯を食べている」は、〈基準時同時間帯〉の状態も、〈基準時以前既実現〉の状態「過去における経験」も表すことができ、後者で、Y「会議/昼ご飯」を処理済みの状態にできるが、上にあげた「財布を持っている/会議に来ている」は「過去における経験」を表せないし、また「友だちを待っている」などは、〈基準時同時間帯〉の状態しか表せないので、処理済みの状態を表すことができない。 使い分けワンポイント ⑩ 「~ておく」の使い方 「Xが + (Y) + 意志動詞 A + ておく」には、次のような使い方がある。なお、話し言葉では「~ておく」を「~とく」にして使われることが多い。 1.事態の起こる前に現状を変化させ、積極的に処理しようとするあらかじめ電話で連絡しておいた方がいいのではないでしょうか。食事の支度はしておきますから、ご自分で温めて、食べてくださいね。イランに駐在と言われたよ。アラビア語、少しでも習っておかなきゃ。すみません、先に行っておいてください。すぐに追いかけますから。夕方から雨と言っていますから、洗濯物、入れておいてくださいよ。こんなこともわからないの? これしきのこと、知っとかなきゃあ。あとで足りないと困るでしょう? だから、多めに持っときなさいね。「忘れた」って言われても困るの。帰るまでには、思い出しといてよね。ここだと目立たないし、この人形、どこに置いておきましょう。そっちのは、あとで使うかもしれんから、いいのを選って、とっておけ。それは捨てないで。思い出のある品だから、残しておいて、お願い。課長が「片付けておく」って、おっしゃったもんですから。 Aは〈基準時未実現〉であることを表している。つまり、現在はまだ実現していない動作を、これから始めようとしている。 2. 現在の状態を、積極的に維持しようとする それは要りませんから、そのまま引き出しに入れておいてください。 先日の本、来週まで、お借りしておいてもよろしいでしょうか。 <281> 500 円玉貯金で、こんなになったんだけど、子どものために貯めておく? 帰ってくるとうるさいから、暗くなるまで外で遊ばせておけよ。 ひとりにしておいて。これ以上、あれこれ言われたら、腹が立つから。 Aは〈基準時現在既実現〉であるが、その状態を維持しつづけようとする「Aておく」全体は、〈基準時現在未実現〉を表している。 いずれの場合も、あとで起こる事態を考慮し、そのときの状況に好都合なように、Aを行なうことを表しているので、Xは「積極的」にAを行なうか、行なうことが期待されている。 あやさなくていいよ。泣きたいんだろうから、泣かせておきなさいよ。仕方ないよね、飲ませておこうよ。そのうち寝ちゃうだろうしさ。ひとりにしておいてやれ。何を言っても、どうせ聞きはしないよ。「立っとけ」と言うなら、このまま立っとくけど、何か意味あるの? ただ、上の例は「積極的」とはいえず、現在の状態を維持しつづけることがベストであるという「消極的」な態度を表し、話し手の「あきらめ」の気持ちがまじっている。 使い分けワンポイント ⑪ 動詞「おく」の意味 カバンを机の上に置く/時計を質に置く/クラブにマネージャーをおく。 2軒おいた隣が、町会長さんのお宅です/3日おきにサッカーをする。 荷物/妻子 + をおいて + 出ていく/家出する。 やりやがったな。ただではおかないから覚えてろ。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務」の次を参照「~ないで・~ずに+は+おかない/~ないでおく」 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~おきに」を参照 ▶本文 1.5.「主題/展開/それはさておき」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~をおいてほかにない」を参照 例に示した「おく」は、上から下へ、積極的な働きかけから、消極的な「放置/放棄/放任」を表し、空間的な意味から時間的な意味へと移行している。 「Aておく」は、これら「おく」のもとの意味を反映させながら、〈基準時未実現〉という時間的な意味を表したものである。 使い分けワンポイント ⑫「~ておいた」の使い方 「Xが + (Y) + 意志動詞A + ておいた」には、次のような使い方がある。話し言葉では「~ておく」を「~といた」にして使われることが多い。 1.事態が起こるまえに、積極的に処理したことを表す 持っていくもの、玄関に置いておきましたから、忘れないでね。 ずいぶん汚れていましたから、車、洗っておきましたよ。 明日、試験なんでしょう? ちゃんと勉強しておいたの? 先週のうちに済ませておきましたから、今日すぐ、役に立ちましたね。 ゴッホの絵ですか。あちらの部屋に展示しておきました。 先月の家賃ですか。いつものように月末に振り込んでおきましたけど。 何だって? お客様? あーあ、掃除しておけばよかったな。 <282> 2.9.時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 今日の仕事、かなりきつかったのに、元気だな。昨日、よく寝ておいたのか?これ、格好いいって?今日という日のために買っておいたんだよ。 2.過去の状態を維持しつづけたことを表す こっちに持ってきても、邪魔になるから、そこに置いておいたよ。 そのシャツ、まだ乾いていませんでしたから、そのまま干しておきました。 赤ちゃん、起こしても眠そうだったから、寝かせておいたの。 「できる」と言うから、させておいたのに、結局できなかったのね。 これ、出しても使わないから、バッグに入れておいたんだけど。 どうしようもなく、泣かせておいたら、泣き寝入りしちゃったみたい。 グタグタとうるさいから、勝手に飲ませておいたよ。ベロベロだろう? またヒステリーでも起こされたら大変だから、好きにさせといたよ。 上のように「Aておいた」は、どちらの場合でも「処理済み」という気持ちが強くなる。また、過去の状態が現在もまだ続いているかどうかは、状況によって異なる。 積極的な場合でも、消極的な場合でも、あとで起こる事態を考慮し、そのときの状況に好都合なように、Aを行なったことを表し、また動作Aも、処理や維持を表す「Aておく」全体も、〈基準時既実現〉であることを示している。 使い分けワンポイント ⑬「~ておく」が接続する動詞 「Xが +(Y)+ 意志動詞 A + ておく」と「Y +(X)+ 意志動詞 A + てある」は、前者が〈基準時既実現〉「A ておいた」を表す場合、非常に近い関係にある。 しかし、前者「A ておく」は、次のように、後者「A てある」よりも広範囲の〈意志動詞〉に接続する。 1. 全意志動詞 万一のことがあってはいけないから、財布は持って + おいた/×ある。 課長の手前もあって、休みですが、来て + おきました/×あります。 すぐに来るかと思って、ここで待って + おいた/×ある/△いる + んだ。 「Aている」が〈基準時以前既実現〉「過去の経験」を表さない〈意志動詞〉「待っている」や、XがYを「すでに処理した」ことを表す「Aてある」の使えない〈意志動詞〉にも、接続することができる。 2. 話し手によって意志動詞とみなされた、通常は無意志で扱われる動詞 次の公演でデブの老人をやるから、初日までには太っておかなきゃ。 さっき見たこと、殺されたくなかったら、忘れておくんだな。 部長の面子もあるだろう? ここは叱られておくのが得策だよ。 つまり「Xが + (Y) + 意志動詞Aて + おく/おいた」は、あとで起こる「事態/状況/局面/場面」などを考慮し、そのとき「その場/自分自身」にとって「プラス/利益/得/好都合」になるように、あらかじめ「行なう/手を打つ」ことを表すので、そのようなことを可能にする「X=人間」の動きを示す動詞であれば、すべてに使うことができる。 <283> 使い分けワンポイント ⑭「~ておく」が接続しない動詞 「Xが + (Y) + 意志動詞 A て + おく/おいた」は、たとえ〈意志動詞〉であっても、あとで起こりうる事態からすれば、プラス効果など期待できそうにもない「噂する/悪口を言う/自殺する/失礼なことをする/迷惑をかける」といった動詞群には接続しない。 テレビのニュースで事件を + 知った/×知っておいた 人は失恋を通して人生の苦味を + 知る/×知っておく。 彼女のことならよく + 知っています/△知っておきました。 ▶本文6.3.「変化の表現/比例変化/『わかっている』と『知っている』を参照 プラス効果の期待できる動詞「知る」に「~ておく」が接続できないのは、感覚や経験を通して受身的に「知識/情報/親交」などを得ることを表し、前もって「手を打つことができない」からである。 しかし、命令形「恥を知れ/敵を知り己を知れ」や、意志形「経済情勢を知ろう/歴史を学んで世界の明日を知ろう」が可能な「知る」は、〈意志動詞〉で、積極的に「物事の価値/善悪/真実+を十分に理解する」という意味を表すので、例えば「敵の情勢を知っておく/親の恩くらいは知っておけ/これくらいのことは知っておかなければいけない」などが可能になる。 「わかる」に「~ておく」が接続できないのは、例えば「事故の原因がわかる/行方不明だった子供の居場所がわかった」など、自然変化「不明だったことが明らかになる」を表す場合である。 しかし、命令形「子供なりの考え方もわかってやれ/私の立場もわかってくれ/彼女に本当のところをわかってもらえよ」や、意志形「あちらの事情もわかってやろう/会社が今どんな状態かみんなにわかってもらおう」など、〈意志動詞〉になる「わかる」は「人の気持ちや物事の状況を理解する」という意味になるので、例えば「親の気持ちもわかっておけ/彼のことをよくわかっておく/この事件の真実が何であるかわかっておいた方がいい」といったことが可能になる。 使い分けワンポイント ⑮ 「~て + おく/おいた」の2つの顔 「Xが + (Y) + 意志動詞 A て + おく/おいた」は、動詞 A の性質によって、次のような 2 つの顔をもっている。巻末「動詞/動詞の分類/動詞の種類」を参照のこと。 1.〈継続動詞〉か〈非内的限界動詞〉になる動詞 状況を変化させて、あらかじめ「積極的に手を打つ」ことを表す 電話しておく/食事の用意をしておいた/韓国語を習っておく。 ×そのまま+電話しておく/用意をしておいた/習っておく。 この場合の「Aておく」は、積極的にXがYに働きかけることを表している。 2.〈瞬間動詞〉か〈内的限界動詞〉になる動詞 あとのために + 引き出しに入れて/借りて/遊ばせて + おくことにしよう。子どもが遊ぶといけないから、隠して/壊して + おかなければ。今まで通り、このまま + 引き出しに入れて/借りて/遊ばせて + おこう。子どもが遊ぶといけないから、このまま + 隠して/壊して + おくほうがいい。 <284> 2.9.時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 この場合の「Aておく」は、積極的な「働きかけ/現状変革」か、積極的または消極的な「現状維持/放置/放棄/放任」を表している。 「電話する/用意する/習う/食べる」といった〈継続動詞/非內的限界動詞〉群は、〈基準時以前既実現〉「電話した/用意した/習った/食べた」の場合、そのあとの「話をした/準備を終えた/知識を身につけた/おなかがいっぱいになった」状態を維持することまでは表さないので、現在の状況を変化させる「1」の「Aておく」に使うことはできても、現状維持を表す「2」の「Aておく」には使うことができない。 これに対して「入れる/借りる/遊ばせる/隠す/壊す」といった〈瞬間動詞/内的限界動詞〉である他動詞群は、〈基準時以前既実現〉の状態「入れた/借りた/遊ばせた/隠した/壊した」を積極的に作りだして、現在の状況を変化させることも、積極的であれ消極的であれ、その状態を維持しつづけることもできるので、両方の「Aておく」に使うことができる。 つまり「2」のほうは、現状変革の「1」を含んでいることになる。 使い分けワンポイント ⑯ 「~て + いる/ある/おく」のまとめ 「Aて + いる/ある/おく」の意味をまとめておくと、次のようになる。 ~ている:動作の継続中/変化後の状態持続中/習慣や経験/不変化~てある:ある「必要/義務/命令」により処理を終えた状態や自信~ておく:あとの「便利さ/好都合」を考えた事前の行動や現状維持 基準時と、Aの表している時間をまとめておくと、次のようになる。 基準時 ~て 十 いる/いた 一百/~た 基準時 + 現在/過去 ~て+ある/あった Aの時間 基準時+現在/過去 同時間帯または以前既実現/同左 ~て+おく/おいた基準時+現在/現在 以前既実現/同左 未実現/以前既実現 「Aて + いる/いた」と「Aて + ある/あった」の場合、ただ基準時が現在「A + いる/ある」から過去「Aて + いた/あった」へとスライドするだけで、Aの表している時間は、それぞれ「基準時同時間帯または基準時以前既実現」と「基準時以前既実現」のまま変化しない。 ところが「Aて+おく/おいた」は、奇妙な振る舞いを見せて、基準時をスライドさせずに、Aの時間を「未実現」から「以前既実現」に変化させている。 これは「Aて+おく/おいた」が、もとの〈意志動詞〉としての「おく」の性質を現しているからで、例えば、〈意志動詞〉「行きます/食べます」が〈基準時現在未実現〉の動作を表し、一方「行きました/食べました」が〈基準時現在以前既実現〉の動作を表すのと同じである。 <285> ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/意志動詞の『辞書形~る』と「〝ない形〟」を参照つまり「Aて+いる/ある」は、もとの動詞「いる/ある」が、文法的な意味を背負って、本来の意味から異なった使われ方をしているのに対して、意志動詞の性質をそのまま残す「Aて+おく」は、もとの動詞「おく」のまま使われていて、文法的な意味をそれほど担っていないことになる。 「Aて + いる/ある/おく」は、接続に最も制限のある「Aてある」と、使い方が最も限られている「Aておく」との共通部分が、接続にも使い方にも最も制約のない〈基準時現在既実現〉を表す場合の「Aている」と互換性がある。 1. XがYを + Aて + ある/おいた/いる: Xによって処理済み 夕食は用意をして + ある/おいた/いる + から、食べていってくれ。本は借りて + あった/おいた/いた + が、結局、読まなかった。持っていくの、玄関に置いて + ある/おいた/いる + から、忘れるな。明日、試験でしょう? ちゃんと勉強して + ある/おいた/いる + の?今日という日のために買って + あった/おいた/いた + んだよ。ここじゃ、邪魔になるから、そこに置いて + ある/おいた/いる + よ。シャツ、まだ乾いていなかったから、干して + ある/おいた/いる。使わないから、バッグに入れて + あった/おいた/いる + んだけど。 2. XがYを + Aて + ある/いる/おく:Xによる作用結果が持続 いいのは、あとで使うから、そのままにして + ある/いる/おく。 思い出のある品を、捨てずに残して + ある/いる/おく。 先日の本、来週まで、借りて + ある/いる/おく。 帰ってくるとうるさいから、外で遊ばせて + ある/いる/おく + よ。 「2」の「作用結果持続」の場合の「~ておく」は、現状を維持しようとする意志〈基準時現在未実現〉を表しているので、変化後の持続状態〈基準時現在以前既実現〉を表す「~ている」や、処理済みの状態〈基準時現在以前既実現〉を表す「~てある」とは置き換えが可能でも、意味は違っている。変化や処理のあとの状態〈基準時現在以前既実現〉を表す「~ておいた」なら、意味の上でも互換性がある。 使い分けワンポイント ⑱ 「~て + いる/ある/おく」の使い分け あのふたり、よくけんかするから、席を離して + ある/おいた/いる。 上の例が「処理済み」を表す場合、次のような違いがある。 ■席を離してある やむなく離して処理した結果を示し、視覚効果は「席が離してある」ほどではないが、眼を離すとふたりがまた近寄ってしまうので、離したままにしている努力が感じられ、動的でダイナミックな映像を喚起する。 <286> 2.9.時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 ■席を離しておいた 必要性によって「やむなく」ではなく、あとの都合のよさという目的のために処理を終えたことを、誰かに報告している。ただ、処理後の状態を維持するという気持ちがあるかどうかまでは表していない。 ■席を離している 処理後の状態が持続していることを示し、動きを感じさせない静的な状態。視覚効果はまったくなく、状況を説明的に述べているにすぎない。 日本語の教科書などでは「Aて+ある/おく」に、将来のための「準備」という意味があるといわれているが、両者が「Aている」に置き換わっても、やはり「準備」の意味が現れるので、特に両者固有の意味ではなく、むしろ「その場の状況/対話の背景/文脈」に依存したものである。 両者に「準備」という意味が強く感じられるのは、両者が共通して「事前に処理 + した/する」を表すからである。ただ、Aが既実現の「Aて + ある/おいた」は「処理後の状態」を表し、未実現「Aて + おく」は、事前に「処理しようとする動作」を表している。 『アイアーアイアーアイアーアイア 使い分けワンポイント ⑲ 互換性のある「~て + ある/いる/おく」の違い「Aて + いる/ある/おく/おいた」の違いを簡単に図示すれば、次のようになる。 ②0 一対の自他動詞の使い分け 一对になる目他動詞の場合、同じ状態を表すのに、最大6通りの場合があるので、2つの例を挙げて、使い分けを説明する。 ▶巻末「動詞/一対の自他動詞」を参照 1. テレビがついているのは、お昼のニュースを見るためですよ。 2. テレビをつけているのは、お昼のニュースを見るためですよ。 3. テレビがつけてあるのは、お昼のニュースを見るためですよ。 <287> 4.テレビをつけてあるのは、お昼のニュースを見るためですよ。 5.テレビをつけておくのは、お昼のニュースを見るためですよ。 6.テレビをつけておいたのは、お昼のニュースを見るためですよ。 上の例は、すべて「テレビをつけたあとの状態」を表している。ただ「2」の「テレビをつけている」は、〈基準時現在同時間帯〉「テレビをつけようとしているところ」を表している可能性もある。 場面は、聞き手の「どうしてテレビ + がついている/をつけている/がつけてある/をつけてある/をつけておく/をつけておいた + の?」という問いかけに答えているか、テレビを消さないように注意しているところである。 こうした場合、話し手は「誰がテレビをつけたか」に焦点をあてて、次のように使い分ける。 1. テレビがついている:見たままのテレビの状態 話し手の脳裏に「行為者/誰か/人間」のイメージは存在しない。 つけたのが話し手でも、つけていないふりをしている。 以下の場合でなければ、最も普通に使われる表現。 2. テレビをつけている:特定できない誰か + 見たままのテレビの状態 話し手は、たとえ自分がつけていても、知らないふりをしているが、 「この場の意志」として「わざわざ誰かがつけた」ことをほのめかしている。 3. テレビがつけてある:話し手ではない特定の人 + わざわざテレビをつけた状態 テレビをつけたのは「ニュースを見るためにテレビをつけたままにする必要性か義務のある」特定の人。 話し手がつけたとしても、話し手はそのことを相手に知られたくない。 4. テレビをつけてある:話し手 + わざわざテレビをつけた状態 話し手でなければ、責任をもってテレビを管理している特定の人。 5. テレビをつけておく:話し手か特定の人 + わざわざテレビをつけた状態を維持 テレビをつけたのは「ニュースを見る」のに便利で、都合がいいと考えて、テレビの「ついている状態/つけた結果」を維持しようとしている特定の人。 6. テレビをつけておいた:話し手か特定の人 + わざわざテレビをつけた状態 ただ、これからも「状態/結果」を維持しようとしているかは不明。 つまり、テレビをつけたことしか表していないので、現在テレビがついてい て「有効」なのか、消えていて「無効」なのかは判断できない。 次の例は、ある店の「6時開店」という習慣を説明している。 1) あの店は、朝の6時に開いているから、7時なら大丈夫だよ。 2) あの店は、朝の6時に開けているから、7時なら大丈夫だよ。 3) あの店は、朝の6時に開けてあるから、7時なら大丈夫だよ。 4) あの店は、朝の6時に開けておくから、7時なら大丈夫だよ。 5) あの店は、朝の6時に開けておいたから、7時なら大丈夫だよ。 1) 開いている:話し手は「客」である。 <288> 2.9.時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 毎日6時開店という習慣を自然変化として描写。 2) 開けている:話し手が「客」か「店の人」かは不明。 客なら「店の人」を知っている。 3) 開けてある:次のような非常に特殊なケースを表している。 話し手は「店の人」か、ほかにも店をもつ「経営者」かもしれない。 話し手が開店したかどうかは不明。 「あの店は」の「~は」が対比なら、他店の開店時間とは異なる「毎日6時開店」を表している。 重要なのは6時開店が「必要性/義務/命令」に基づいていること。 「6時開店」に対する話し手の「確信/自信/誇り」を示している。 4) 開けておく:話し手が「客」か「店の人」かは不明。 客なら「店の人」と〈ウチ〉関係になると思われる。 次の点が「2」の「あけている」とは異なっている。 「客の便利さ」や「店の経営状況/店全体の都合」を考慮している。 5) 開けておいた:話し手は「店を開けた人」か、従業員に開店を命じた「チェーン店の経営者」かと思われる。 ただ「6時開店」は習慣ではなく、今日だけの可能性がある。 また、現在時刻は「6時すぎ~7時前の間」と考えられる。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方/主題とは?」を参照 ▶本節「使い分け④~⑦」を参照 「あの店は」の「~は」は主題を表し、2つの使い方「~が/~を」を兼用しているので、特に「~が/~を+開けてある」の違いは伝えることができなくなっている。 使い分けワンポイント ②「~ておいた」の有効性 テレビ、消さないでください/消しちゃったんですか。お昼のニュースを見るために、つけておいたのです。 「Aておいた」は〈基準時現在既実現〉で、Aという「処理をすでに行なった」ことを表しているが、現時点でAが有効か無効かは、関知していない。 あとでニュース、見るのでしょう? テレビ、つけておきましたよ。 このテレビ、つけておきましたが、最後に帰る人は消してください。 上の例は有効で、テレビはついている。 あとでニュースを見ようと思って、テレビをつけておいたのに。 このテレビはモニター用なので、さっきまでつけておいたのです。 上の例では無効で、テレビは消えている。 テレビをつけておきましたが、7時のニュース、見ましたか。 テレビ、つけておいたのに、7時のニュース、見なかったのですか。 上の例は、場面がなければ、有効か無効か判断できない。 出かけますから、お昼ご飯、作っておきました。 「状態の維持」だけではなく、上のような「状況変化+事前の処理」の場合でも、 <289> 有効か無効か判断できなくなる。 この文のあとに、例えば「食べるときは温めてください」がくれば有効で、お昼ご飯はまだ健在であるが、もし「でも、どこにもないんです。食べちゃったのですね」なら無効で存在していない。 ただ「お昼ご飯、作っておきましたけど、食べましたか」なら、有効か無効か判断できない。 使い分けワンポイント あの店は、朝の6時に+開いている/開けている/開けてある/開けておく/開けておいた+から、7時なら大丈夫だよ。 あの店は、夜の10時まで+開いている/開けている/開けてある/開けておく/×開けておいた+から、7時なら大丈夫だよ。 ▶本文2.1.「時の表現/基準時未実現/~までに・~まで」を参照 上の例は、過去の事実を表す「Aておいた」以外は、お店の「開店/閉店」の習慣を表している。 上のほうは、〈基準時「6時」現在既実現〉であるが、〈基準時現在未実現〉を表す「開けておく」も「習慣や反復動作」を表して、〈基準時現在以前既実現〉になり、使うことができる。 また〈基準時現在「6時」既実現〉「開けておいた」も、6時に開けたら「7時現在有効」を示して、使うことができる。 下のほうは、〈基準時「夜10時」未来既実現〉を表しているので、基準時〈「夜10時」現在既実現〉を示す「開けておいた」は、10時に閉めたら、現在時刻が7時ではありえないので、使うことができない。 また「Aておく」は、どちらも〈基準時「朝の6時/夜の10時」既実現〉で、Aが「処理済みである」を表しているが、上のほうは「6時開店」という積極的な「状況変化」を表し、下のほうは「10時閉店」なので「10時まで現状維持」を表している。 窓は + 閉まっています/閉めています/閉めてあります/閉めておきます/閉めておきました + が、暑いのでしたら、あけてください。 車、あそこに + 停まっています/停めています/停めてあります/停めておきます/停めておきました + から、いつでもお使いください。 上の「Aておく」は、どちらも〈基準時現在未実現〉「状況変化」である。また「Aておいた」は、どちらも〈基準時現在以前既実現〉「処理済み有効」を示している。 おヒゲ、ずいぶん + 伸びている/伸ばしている/伸ばしてある/伸ばしておく/伸ばしておいた + のね。少し手入れでもしたら? あ、室内気温、こんなに+下がってちゃ/下げてちゃ/下げてあっちゃ/下げておいちゃ/下げておいたんじゃ+だめだよ。エアコン、切って。 上の場合「Aておく」が、〈基準時現在未実現〉「現状維持」になり、〈基準時以前既実現〉の「Aておいた」が「過去の状態持続/現在有効」を示している。以上をまとめると、およそ次のようなことが言える。 <290> 2.9.時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 ~が + 自動詞 + ている ~を + 他動詞 + ている 基準時以前既実現/自然変化後の状態 基準時以前既実現/変化させたあとの結果や状態 基準時同時間帯/現在継続中の動作 ~が + 他動詞 + てある ~を + 他動詞 + てある 基準時以前既実現/他者が変化させたあとの状態 基準時以前既実現/話し手が変化させたあとの状態 ~を + 他動詞 + ておく ~を + 他動詞 + ておいた 基準時未実現 好都合な状況に変化させる意志 好都合な現状を維持する意志 基準時以前既実現 好都合な結果に変化させた結果や状態 変化させた状態は「有効=現在持続」か「無効」 使い分けワンポイント 23 互換性のない一対の自他動詞の条件 次の3つの場合、ほかの〈基準時以前既実現〉とは、互換性がない。 ~を + 他動詞 + ている ~を + 他動詞 + ておく 基準時現在同時間帯を表す場合 基準時現在未実現を表す場合 習慣や決まり、反復動作などを表す場合は、 基準時以前既実現になるので、互換性が生まれる。 ~を + 他動詞 + ておいた 基準時過去以前既実現を表す「無効」の場合 文脈が「基準時未来既実現」を表す場合 使い分けワンポイント ②④ 互換性のある一対の自他動詞 風呂上りに飲むんだけど、ビール、冷えてる/冷やしてる/冷やしてある/冷やしておく/冷やしておいた + の? お湯、わいています/わかしています/わかしてあります/わかしておきます/わかしておきました + よ。お茶でも入れて飲んでくださいね。 脈カツ、揚がっています/揚げています/揚げてあります/揚げておきます/揚げておきました + から、熱いうちに召し上がってくださいね。 書類、そろっています/そろえています/そろえてあります/そろえておきます/そろえておきました + から、会議までに、コピーしてください。 上の例は、すべて互いに置き換え可能。ただ「他動詞+ておく」は未実現の動作を表している。また「他動詞+ている」は継続中の動作とも考えられる。 どの会議室も、いつでも使えるように、すでに+片付いています/片付けています/片付けてあります/×片付けておきます/片付けておきました。 このカバン、メチャ重いじゃない。何、入っている/入れている/入れてある/×入れておく/入れておいた+の? <291> そのシャツ、乾いています/乾かしています/乾かしてあります/×乾かしておきます/乾かしておきました + から、今すぐ着ることができますよ。 スカートの裾、かなり + 広がっています/広げています/広げてあります/×広げておきます/広げておきました + が、これでよろしいのですね。 荷物、もう + まとまっています/まとめています/まとめてあります/×まとめておきます/まとめておきました + から、運んでください。 上の例は〈基準時現在以前既実現〉の状態を表しているので、未実現の「他動詞 + ておく」は使うことができない。 心配ありませんよ。来月の試合までには、体重、減っています/減らしています/減らしてあります/減らしておきます/×減らしておきました +から。 故障したところは、来週、直っています/直しています/直してあります/直しておきます/×直しておきましたよ。 上の例は〈基準時未来既実現〉を表しているので、〈基準時現在以前既実現〉の「他動詞 + ておいた」は使うことができない。 使い分けワンポイント ②5 互換性のない一対の自他動詞 〈自然変化を表す場合〉 スープ、すっかり + 冷めている/×冷ましている/×冷ましてある/×冷ましておく/×冷ましておいた + のじゃありません? 温めましょうか。 昨日の地震のせいで、裏の雑木林、あちこち + 崩れています/×崩しています/×崩してあります/×崩しておきます/×崩しておきました + けど。 この1年でずいぶん背が、伸びてる/×伸ばしている/×伸ばしてある/×伸ばしておく/×伸ばしておいた。来年あたりお父さんを越すわね。 この服、買って何年になるんだろう。衿や袖、かなり + 傷んでる/×傷めている/×傷めてある/×傷めておく/×傷めておいた + な。 丹精こめた植木ですね。この枝の + 曲がっている/×曲げている/△曲げてある/×曲げておく/×曲げておいた + ところ、実に見事です。 上のように〈一対の自他動詞〉の「自動詞 + ている」が、自然現象や時間の経過などによって生じた自然変化の結果か、たとえ努力や不注意などによるものであっても、100%人為的ではなく、むしろ自然変化を表していると考えられる場合、通常「他動詞て + いる/ある/おく/おいた」に置き換わらない。 この選手、最近かなり記録、伸びてる/伸ばしてる/×伸ばしてある/×伸ばしておく/×伸ばしておいた + な。やはり練習の賜物だろうな。 お子さん、成績、上がってます/上げてます/×上げてあります/×上げておきます/×上げておきました。これだと国公立も、夢ではないですね。 体重、増えています/増やしています/×増やしてあります/×増やしておきます/×増やしておきました + ね。糖尿病体質なのですから、気をつけませんと。 このバンパー、ペしゃんこに + 潰れてる/潰してる/×潰してある/×潰しておく/×潰しておいた + のは、ただの事故のせいなのか? このパソコン、どうも + 壊れている/壊している/×壊してある/×壊しておく/×壊しておいた + ようだな。修理に回すしかないな。 足の骨、折れてる/折ってる/×折ってある/×折っておく/×折っておいた + ようなんですけど、ちょっと診ていただけませんか。 ベランダの野菜、腐っている/腐らせている/×腐らせてある/×腐らせておく/×腐らせ <292> 2.9.時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 ておいた + はずですから、ぜんぶ捨ててくださいますか。 肩も首も、だいぶ + 凝っています/凝らしています/×凝らしてあります/×凝らしておきます/×凝らしておきました + ね。少し揉んで、ほぐしましょうか すみません、その手の自動車部品、今ちょうど + 切れています/切らしています/×切らしてあります/×切らしておきます/×切らしておきました + ね。 また窓ガラス + が割れてる/を割ってる/×を割ってある/×を割っておく/×を割っておいた + な。この前で野球しちゃだめって言ったのに。 あっ、あんなところに財布 + が落ちてる/を落としてる/×を落としてある/×を落としておく/×を落としておいた。誰が落としたのかな。 しかし上のように100%人為的ではないが、努力や不注意などによる変化結果の場合、単なる自然変化ではないことを、話し手が強調したい気持ちに動かされると、上のように「自動詞+ている」が「他動詞+ている」に置き換わる可能性がある。しかし、この場合は、わざわざ「処理」をしたという意味までは表していないので、 きれいに玄関の履物 + が並んでる/を並べてる/が並べてある/△を並べてある/×を並べておく/×を並べておいた + な。珍しく客が来ているのかな。 あそこに赤い車 + が停まっています/を停めています/が停めてあります/△を停めてあります/×を停めておきます/×を停めておきました + ね。その前が郵便局ですよ。 中から門 + が閉まっていましたら/を閉めていましたら/が閉めてありましたら/△を閉めてありましたら/×を閉めておきましたら、開けますから、声をかけてください。 この家、ずいぶん手間隙 + がかかってる/をかけてる/がかけてある/△をかけてある/×をかけておく/×をかけておいた + のですね。 上の例が「~が/~を + 他動詞 + てある」に置き換るのは、人為的な変化結果を表し、誰かが「命令/義務/必要」に迫られた結果と考えられるからである。しかし「~を + 他動詞 + ておく」に置き換わらないのは、特に「あとの事態に好都合」という意味を表していないからである。 この場合「~が+他動詞+てある」を「~を+他動詞+てある」に置き換えると、特定のある人が、誰か「親/警察/家の人」の「命令」や、また、その人の「義務/任務/必要性」などに迫られて行なった結果を表すようになるので、上のような状況では不自然な響きのすることがある。 〈人為的变化を表す場合〉 この絵、遠くから見ようと思って、この壁にかけているのです。 ゴミ、出していますけど、もう捨てるもの、ありませんね。 窓も網戸も、蚊が入ってきたらいやだから、閉めているの。 このすごいノイズ、少しでも聞きやすくするために消しているのです。 みんなが楽しめるように、パーティーのプログラム、ふやしています。 上のような〈基準時以前既実現〉で、100%人為的变化の結果を表す場合、自然変化の「自動詞+ている」には置き換えることができない。ほかには置き換わるが、〈基準時現在未実現〉の「~ておく」にすると、状況がかわってしまう。ただ上の例が〈基準時同時間帯〉を表すと考えると、次の場合になる。 〈基準時同時間帯を表す場合〉 〈基準時間時間帯を表〉 電気、つけているけど、全部つくまで、もう少し時間、かかるよ。 ここで工事をしています。危険ですから、近寄らないでください。 <293> おはよう。店、あけているの?シャッター、あげるの、手伝おうか。 免許、とりたてなの?ずいぶん苦労しながら車を停めてるんだね。 風呂場で髪、染めていますから、電話、出ようにも出られません。 〈基準時同時間帯〉を表す場合は、ほかのパターンを使うことができない。 来年あたり家を買うつもりですから、お金、ためているんです。 すぐだから、ちょっと待って、さっきとれたボタン、つけているから。 庭の枯れ葉、燃やしていますが、風が強くて火事が心配ですね。 山小屋、建てているんですか。冬までには出来上がるんでしょうか。 上の例は「他動詞+ておく」には置き換わるが、〈基準時現在未実現〉になる。 3 階の会議室は、どれでもいつでも使えるように、片付けています。そのセーター、乾かしていますが、いつ着るのですか。荷物、車に載せているから、出かける準備ができたら知らせてくれ。 上の例は、〈基準時同時間帯〉なのか〈基準時以前既実現〉なのか、この文だけでは判断できないので、すべてのパターンに置き換え可能。ここでも「他動詞 + ておく」は〈基準時現在未実現〉になる。 使い分けワンポイント ②⑥ 「~て+ある/おく」の互換性 3階は、いつでも使えるように、片付けて+あります/おきました。 「~を + 他動詞て + ある/おく」は、話し手の起こした変化結果を表す場合、非常に近い関係にあるが、話し手の気持ちには大きな開きがある。 例えば上の例の場合は、次のようになる。 片付けてある:話し手は、自信にあふれた傲慢な人物か、そうでなければ、片付けるように何度も催促されて、気分を悪くしている人かもしれない。片付け専門のプロなら「ご心配ご無用。言われるまでもなく、もうとっくに片付いています」という自信をほのめかすことができる。 片付けておいた:話し手は、自分が片付けたあとの「片付いている」状態を報告している。 心のなかで何を考えているか、聞き手には推測しようもないので、自分が片付けたことを主張したい場合の最も無難な表現になる。 「片付いている」は自然変化を表し、聞き手は「誰が片付けたか」知りようもないが、これを「片付けている」にかえると、人為的变化になって、聞き手はまず特定の人「話し手」を思い浮かべる。 つまり「片付けている」を使った話し手は、自分がしたことを公言していることになるが、これをさらに「片付けてある」にすると、わざわざ聞き手に向かって「片付けたのはオレだ/オレが片付けたんだ」と訴えることになる。 このテレビ、壊して+ある/×おいた/×おく+んですけど、あとで修理できますか。 このスーツ、ひどく汚して+あります/×おきました+から、きれいに洗ってください。 <294> 2.9.時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現 「A + は/を + 他動詞て + ある/おく」の違いは、上のような「A=マイナス」の場合に、鮮明になる。 というのは「命令/義務/任務/必要性」によって「テレビを壊す/スーツを汚す」ことは考えることはできても、あとの「修理する/きれいに洗う」という事態のために、そんなことをする人がいるとは想像できないからである。あとのために「不都合/不完全」なことをする場合、プラス行為を示す「~て+おく/おいた」を使うことができない。 <295> 第3章 順接確定条件 3.1.顺接確定条件/原因と理由 ~から・~ので AからB:A=主観的理由 B=命令・依頼・勧誘・主張・判断・希望・意志 AのでB:A=客観的原因 B=不可抗力の結果・当然の成り行き・公的命令 接続 非敬体/敬体/超敬体+から+非敬体/敬体/超敬体 (注) (状態) 名詞と形容詞の場合、ときに「非敬体 + から + 敬体」が可能。非敬体 + ので + 非敬体 / 敬体 超敬体 + ので + 超敬体 ▶文体については、巻末「人間関係/文体/文体の使い分け」を参照 ▶本文9.「授受動詞と敬語/聞き手尊敬と文体」を参照 「形容詞 + です + ので + 超敬体」は不自然と感じる人がいるかもしれない。むしろ「形容詞 + ので + 敬体」のほうが自然で、〈超敬体〉にも使うことができる。 状況判断の「~だろう/~(よ)う/~まい」は、文末にしか来ないといわれているが、〈未完文〉でない2つの文を結びつける力のある「~から」は、これらにも接続できる。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~だろう」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照 『~(よ)う』の使い方-話し手の意志/『~まい』の使い方-状況判断」 これに対して「~ので」は、いずれにも接続できない。 しかし、意志の「~(よ)う」と命令形には「~から」ですら接続できない。 名詞と状態名詞への接続は、次のようになる。 (状態)名詞+だ/である/です+から (状態)名詞+な/です+ので 詞干 (注)書き言葉で「(状態)名詞である+ので」を使う人がいるかもしれない。 ▶卷末「状態名詞」を参照 ちなみに、逆接確定条件の「~が/~けど系」や、並列や原因の「~し」も、原因と理由の「~から」と同じ接続の仕方をする。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど」を参照 ▶本節「使い分け②/原因と理由の配列」を参照 形態 話し言葉で「~ので」を「~んで」にして使う人がいるが、使い分けを間違うと、それでなくとも耳障りなのが、なおさらうるさく響くので、特に〈敬体〉での使用は、お勧めできない。 互換性 「~から/~ので」の前にくる文体と、文末にある文体とが一致する場合、つまり「非敬体/敬体と超敬体+から+非敬体/敬体と超敬体」と「非敬体/超敬体+ので+非敬体/超敬体」との間で、互換性がある。 しかし「非敬体+から/ので+敬体」の場合、文そのものが不自然になることがあり、 <296> 3.1. 顺接確定条件/原因と理由 置き換え以前の問題が生じる。 前後の文体が〈敬体〉で一致しているので、次のように置き換え可能。→これはぼくが運びますので、その椅子を持ってきてください。 前後を〈非敬体/超敬体〉にしても、もちろん置き換えることができる。 これはぼくが運ぶ+から/ので、その椅子を持ってきてくれ。 これは私が運びます+から/ので、そちらの椅子を持ってきていただけますか。 次のように「動詞の非敬体+から+敬体」は、接続違反で使えないが、もし「これはぼくが運ぶ」が主観的理由ではなく、客観的原因になるとすれば「非敬体+ので これはぼくが運ぶ + ので/×から、その椅子を持ってきてください。 しかし、次の例は「非敬体 + ので + 敬体」に置き換えることができない。 すぐに済みます + から/△ので、もうしばらくお待ちください。 →すぐに済みます + ので/△から、もうしばらくお待ちいただけますか。 今すぐ行きましょう。こうしていては間に合わなくなります+から/△ので。→今すぐ参りましょうか。こうしていては間に合わなくなります+ので/△から。×今すぐ行きましょう。こうしていては間に合わなくなるので。 報告書、コピーしておきましょうか。今、時間があいくいます + から/ので。 * 報告書、コピーしておきましょうか。今、時間があいているので。 先方との約束があります + から/△ので、出かけてもいいでしょうか。 →先方との約束がございます + ので/から、出かけてもよろしいでしょうか。 * 先方との約束があるので、出かけてもいいでしょうか。 用例 次の用例は「非敬体+ので+敬体」に置き換え可能。 →ちょっといい気分なので、大きな声で、歌でも歌いたくなります。 音楽が好きです + から/△ので、落ち込んだときは、一日中、聞いています。 →音楽が好きなので、落ち込んだときは、一日中、聞いています。 その本、私には難しすぎました + から/ので、読んでもわかりませんでした。 →その本、私には難しすぎたので、読んでもわかりませんでした。 すぐに済みそうでした + から/ので、ちょっと待ってもらいました。 →すぐに済みそうだったので、ちょっと待ってもらいました。 間に合わなくなると困ります+から/ので、今すぐ行こうと思います。 →間に合わなくなると困るので、今すぐ行こうと思います。 使い分け 「置換」[例1]を引っ越しのひとこまとすれば、主観的理由を表す「非敬体/敬体+から」を使った「これはぼくが+運ぶ/運びます+から、その椅子を持ってきて+くれ/ください」は、個人的な引っ越し場面である。 一方、客観的原因を表す「非敬体 + ので」に置き換えた「これはぼくが運ぶので、その椅子を持ってきて + くれ/ください」は、社内で行なわれた事務所の移転といった場面にかわる。 <297> 個人的な理由で引っ越しを手伝ってもらっているのであれば、聞き手とは親しい〈ウチ〉関係になるので、たとえ「持ってきてくれ」という命令形を使ったとしても、友人への遠慮のない依頼である。また、事務所移転であっても、上下関係のない同僚の間では、互いに助け合う個人的な依頼になり、親しさに応じて「非敬体+から+非敬体」か「敬体+から+敬体」が使われる。 しかし、これを「非敬体 + ので + 非敬体/敬体」にかえると、客観的原因である「非敬体 + ので」は、個人的な依頼の理由ではなく、会社が必要とするもの、つまり「会社のために」という大義名分が原因であることを表すようになるので、話し手は聞き手に対し、いわば「絶対服従の社命」を下す上司の立場にあることをほのめかすことになり、たとえ「持ってきてください」という依頼の形式を使っても、部下に対する命令にすぎない。 したがって、いくら親しい仲とはいえ、主観的な理由で「急ぐので、早くしろ」を使うのは、あまりにも礼を失した言い方になってしまう。 ① 主観的理由と客観的原因 「~から」が表す主観的理由というのは、例えば「遅刻した」のを「寝るのが遅くて朝寝坊した」せいにする場合で、ほかの人にとっては「まったく説得力のない、単なる個人的な言い訳」にすぎないものである。 これに対して「~ので」が表す客観的原因というのは、例えば「遅刻した」のを「乗っていたバスが事故を起こした」結果とする場合で、ほかの誰が聞いても「なるほど」と、納得のできるものである。 逆の視点からいえば、個人レベルの出来事に使われる主観的理由「~から」は、聞き手を説得できるようなものではなく、納得するかどうかは、聞き手の気持ちしだい、それだけ聞き手に心のゆとりを与える「やさしさ/柔らかさ/暖かさ/しなやかさ」といった響きがあり、聞き手に対する「気配り」が感じられる。 しかし、聞き手を説得してしまう客観的原因「~ので」は、たとえ理屈の上では「至極ごもっともなこと」であっても、聞き手との間に、ときに上下関係といった距離を作り、目下の者が使うと「虎の威を借る狐」といった印象を与え、場合によっては「生意気さ/とりすました冷たさ」を感じさせることがある。 これがマイナスに働けば、客観的原因というのは、個人の能力では「解決できない問題/逃げることも避けることもできない現実/どうすることもできない状況」など、不可抗力な外的要因を表し、例えば「天候などの自然現象/人間をとりまく環境」や「風習/義理/法律/規則/命令」といった「社会的規範/道徳/倫理/任務/義務」など、日々の暮らしで個人が直面している事態、平凡な人間の生活を左右しているものである。「~ので」を使って、一番ぴったりするのは、こうしたものが原因となる場合である。 使い分けワンポイント ②〈聞き手志向〉型と〈非聞き手志向〉型 [例 1] (p.296) の置き換えできない例「×」のように、主観的理由を表す場合に「非敬体 + ので + 敬体」が使えないのは、次のような〈聞き手志向〉型の敬体文の場合 <298> である。 ▶巻末「人間関係/文/聞き手志向/文の種類/文体」を参照 1. 聞き手に「依頼/勧誘/申し出/許可請求」などをする〈働きかけ文〉 2. 質問の形で、聞き手に働きかける「1」の〈問いかけ文〉 この場合でも、もし聞き手が目下であれば、主観的理由に「非敬体 + ので + 敬体」を使う人がいるかもしれない。しかし、もし聞き手がそうでなければ、礼を失した非常に傲慢な言い方になり、聞き手を怒らせるような事態になってしまう可能性がある。 「用例」のように、主観的理由を表す場合に「非敬体 + ので + 敬体」が使えるのは、次のような〈非聞き手志向〉型の敬体文の場合である。 1. 話し手の判断を表す〈述べ立て文〉 2. 話し手の意志や希望を表す〈情意表出文〉 ただ、この場合でも、聞き手によっては「丁寧さに欠ける」と判断する人がいるかもしれない。 〈非聞き手志向〉を表す「用例」を「非敬体+ので+非敬体」に置き換えると、次のようになる。 ちょっといい気分 + なので/だから、大きな声で、歌でも歌いたくなる (ね)。音楽が好き + なので/だから、落ち込んだときは、一日中、聞いてる (のよ)。その本、ぼくには難しすぎた + ので/から、読んでもわからなかった (よ)。すぐに済みそうだった + ので/から、ちょっと待ってもらった (んだよ)。間に合わなくなると困る + ので/から、今すぐ行こうと思った (んだ)。 話し言葉では( )が補われるが、客観的原因の「非敬体 + ので + 非敬体」では、心理的な距離を感じる〈ウチ〉関係の聞き手が思い浮かぶ。これは、話し手がいくら「主観的理由」と考えていても、聞き手の耳には「客観的原因」のように響くからである。 書き言葉では( )がはずされて、〈独り言〉か日記か、不特定多数の〈聞き手/読者〉向けになるが、会話で使うなら、やはり親しみは感じさせても、よそよそしさや冷たさは感じさせない主観的理由「非敬体+から+非敬体」のほうが無難である。 客観的原因を表す「(状態)名詞と形容詞の非敬体+から+敬体」や、主観的原因を表す「感情-い/かった(非敬体)+から+敬体」は、〈聞き手志向〉型の〈働きかけ文/問いかけ文〉では使えないが、〈非聞き手志向〉型の〈述べ立て文/情意表出文〉では使うことができる。 「感情-い/かった (非敬体) + から + 敬体」については、あとで述べる「使い分け ⑯」の「感情-い/かった + ものですから/から/ので」を参照のこと。 しかし「動詞の非敬体 + から + 敬体」は、〈聞き手志向〉型でも、〈非聞き手志向〉型でも、接続違反で使うことができない。 会社など、上下関係のある〈ウチ〉関係や、取り引き先など〈ソト〉との会話で、丁寧さを表す最もスタンダードな主観的理由の表現は「敬体+から+敬体」である。 <299> 使い分けワンポイント ③ 超敬体の「敬体 + ので」 「敬体+から+敬体B」を「敬体+ので+B」にすると、Bは〈超敬体〉にかわり、可能な限り鄭重な言葉や表現に置き換える必要が生じるが、主観的理由と客観的原因を問わず使うことができるし、〈ソト/ヨソ〉に対する働きかけで使うと、とても効果的なので、特にお勧めしたい。 ▶巻末「人間関係/文体/超敬体/文体の使い分け」を参照 ただ公の場や、改まった場面で使われる鄭重な表現だけに、言い間違いは許されないし、丁寧すぎて、かえって慇懃無礼になることもあるので、経験を踏んで使いこなすまで、時間がかかるかもしれない。 使い分けワンポイント ④ ~だから・~からだ 文末にくる「A+から」には、次の2通りがある。 1. 倒置:非敬体/敬体+から/ので その椅子を持ってきてください、これはぼくが運びますから。 もうしばらく待ってみようよ、すぐに来そうな気がするから。 そのまま袖を上げておいてください、血圧のあとは採血です + から/ので。 テレビ、つけるよ、もうすぐ7時のニュースだから。いい? 今すぐ行こうと思います、間に合わなくなると困ります + から/ので。 *お先、失礼いたします、ちょっと急いでいます + から/ので。 →お先、失礼いたします、ちょっと急いでいるものですから。 大笹「街い分は⑨/~ものですから」を参照 「A+から/ので」が、倒置して文末に来るのは、多く〈聞き手志向〉型の場合で、聞き手に向って、まず用件を述べたいという気持ちが働けば、自然と、原因や理由は後回しになる。 特に「~から」のほうは、必要性の感じられない場合でも、〈聞き手志向〉型、〈非聞き手志向〉型を問わず文末に来て、ただ口調を和らげる働きをしていることがある。まるで日本人は、いつも言い訳しながら生きているかのように。 2. 未完文B + のは + A + から/×ので + だ/です ▶〈未完文〉への接続については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 イギリスへ留学するのは、18世紀の英文学が研究したいからです。 ご存知ないのですか。電車が遅れているのは、ラッシュアワーのせいではなくて、飛び込み事故があった+から/ため/せい+ですよ。 受賞できたのは、みんなが一致団結して頑張った + から/おかげ + だ。 妹の背が高いのは、父に似た + から/ため + ですが、性格が穏やかなのは、母に似た + から/ため + ではないでしょうか。 昨日、早く帰ったのは、子どもと買い物に行く約束があったからなの。 張さんが引っ越したのは、転勤になった + から/ため + なんですよ。 次期課長候補が李さん + な/である + のは、実力が評価されたからだ。 ▶本文 1.1.「王超/ 提超/「心のは」の使い方」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~ためだ・~せいだ・~おかげだ」を参照 <300> 3.1. 顺接確定条件/原因と理由 Bの〈未完文〉に〈敬体〉が使われると、次のような〈超敬体〉「敬体+のは+A+から/ので+ございます」になる。 イギリスへ留学 (致) しますのは、18世紀の英文学が研究したいからでございます。こちらに (お) 伺い (いたし) ましたのは、理事長のご意向なのでございます。 「Bのは+Aからだ」は、結果として「実現可能な/すでに実現した」主題Bが「成立する/成立した」原因や理由Aを説明する場合に使われる。 また「A+たあ/せい/おかげ+だ」に比べると、感情を抑えた中立的な立場から、原因や理由が述べられ、しかも、たとえ非日常的な出来事であっても、日常の平凡な出来事であるかのような印象を与えたい場合に多用される。 「Bのは+Aからだ」は、話し言葉でも使われるが、むしろオーソドックスな書き言葉なので、会話では、次のような言い方が好まれるかもしれない。 イギリス留学? 18世紀の英文学が研究したいと思ってなんだけど。やっと軌道に乗りましたよ。みんな、頑張ってくれましたからね。張さんが東京へ引っ越したでしょう? 転勤になったからなんですよ。頭が痛いって? 当たり前だよ。あんなにムチャ飲みするからだよ。→頭が痛いって? そりゃ昨日、あんなに飲むんだもの。当たり前だよ。 また「倒置」の場合と違って「~ので」が使えないのは、もともと「~の + で」は「~の + だ」の変形したものとも考えられるので、さらにもうひとつ「~だ」がつく形になる「×~のでだ」が存在しないからである。 使い分けワンポイント ⑤~からか 天気がいい+から/せい+か、何かいいことがありそうな気がする。 コーヒーを飲みすぎた+から/ため/せい+か、テレビを見すぎたからか、昨夜はなかなか寝つけず、今日は眠くてしようがない。 子どもの病気がよくなった + から/ため/せい/おかげ + か、何となく今日は、とても仕事がはかどって、気分がいいんですよ。 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現」の次を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/文中の『~(の)か』を参照 「A + からか + B」は、結果Bを導いたのが「はっきりAであるとはいえないが、おそらくAではないか」と話し手が推測する場合に用いられるが、これも「A + ため/せい/おかげ + か + B」との違いは、普通の出来事を、感情をまじえずに話す点にある。 置換 [例2] 雨が降ってきたので、試合を中止することにしたのです。 「A + から + B」のAとBの文体は、Aが動詞の場合、一致する必要があるので、次のように、接続違反で置き換えができなくなる。 ※雨が降ってきたから、試合を中止することにしたのです。 前後の文体を一致させると、次のように置き換え可能になる。 →雨が降ってきましたから、試合を中止することにしたのです。 →雨が降ってまいりましたので、試合を中止することに致しました。 <301> 雨が降ってきた+ので/から、試合を中止することにしたんだ。 しかし、Aが「(状態)名詞/形容詞」の場合、Aが〈非敬体〉、Bが〈敬体〉でも、接続違反にならないことがあり、次のような〈非聞き手志向〉型の場合に限り、同じ形式の「(状態)名詞と形容詞の非敬体 + ので/から + 敬体」に互換性が生まれる。 〈聞き手志向〉型の場合 このあと血圧測定 + なので/×だから、袖を上げておいてください。 →このあと血圧測定ですから、袖を上げておいてください。 →このあと血圧測定ですので、袖を上げておいてくださいますか。 明日、授業参観日 + なので/×だから、仕事、休ませてください。 →明日は授業参観日ですから、仕事を休ませてください。 →明日は授業参観日ですので、仕事を休ませていただけますか。 〈非聞き手志向〉型の場合 今日は木曜日 + なので/だから、そのスーパーは開いているはずです。 →今日は木曜日ですから、そのスーパーは開いているはずです。 →今日は木曜日ですので、そのスーパーは開いているはずなのですが。 このあたりは静か + なので/だから、鳥の鳴き声がよく聞こえます。 →このあたりは静かです + から/ので、鳥の鳴き声がよく聞こえるのです。 家が広い + ので/から、友達がよく遊びにきては泊まっていきます。 →家が広いですから、友達がよく遊びにきては泊まって ×家が広いですので、友達がよく遊びにきては泊まってい 用例 次の「動詞の非敬体+から+敬体」は、〈聞き手志向〉型でも、〈非聞き手志向〉型でも、接続違反である。 〈聞き手志向〉型の場合 遅くなった + ので/×から、明日ゆっくり話し合うことにしましょう。 →遅くなりましたから、明日ゆっくり話し合うことにしましょう。 →遅くなりましたので、明日ゆっくり話し合うことに致しましょう。 雨が降りそう + なので/×だから、傘をお貸ししましょう。 →雨が降りそうです + から/ので、傘をお貸し + しましょう/致しましょう。 〈非聞き手志向〉型の場合 父がお土産を持って帰ってきた + ので/×から、みんな大喜びでした。→父がお土産を持って帰ってきましたから、みんな大喜びでした。→父がお土産を持って帰ってきましたので、みんな大喜び致しました。彼が来られなくなった + ので/×から、司会をさせられました。 →彼が来られなくなりました + から/ので、司会をさせられました。 日本語、仕事で使わなくなった + ので/×から、文法が弱くなりました。 →日本語、仕事で使わなくなりました + から/ので、文法が弱くなりました。 西の空が晴れてきた + ので/×から、もうすぐ雨がやむでしょう。 →西の空が晴れてきました + から/ので、もうすぐ雨がやむ (の) でしょう。 使い分け「置換」[例2]のように「A+ので+B」は、客観的原因を表す場合に使われるが、AとBが〈非敬体〉になる「雨が降ってきた+ので/から、試合を中止した」なら、互換性があり、後者「A+から」が、主観的な理由を表すことになる。 <302> 3.1. 顺接確定条件/原因と理由 両者の違いは、前者が、当然の成り行きとして、試合を中止したことを述べ、後者が、雨を言い訳にして、試合を中止した印象を聞き手に与える点である。 つまり「A + から/ので + B」のAとBの文体が一致していれば、主観的理由か客観的原因かを考えなくても、互換性があるので、大きな問題は生じない。 しかし、敬体文での「非敬体 + から/ので + 敬体」は、互換性があるかどうかよりも、むしろ使えるかどうかのほうが問題となる。 使い分けワンポイント 「敬体+から+敬体」と 「非敬体+ので+敬体」 主に〈ソト〉に対して使われる敬体文の場合、最もスタンダードな表現は、主観的理由なら「敬体+から+敬体」であり、客観的原因なら「非敬体+ので+敬体」であるが、どちらも〈聞き手志向〉型、〈非聞き手志向〉型にかかわらず、すべての文に使うことができる。 この2つを中心にして、バリエーションを考えると、次のようになる。 〈主観的理由の場合〉 $ ^{*} $非敬体+から+敬体 非敬体 + ので + 敬体 動詞の場合、接続違反 〈非聞き手志向〉型で可/丁寧さに欠ける印象 敬体+から+敬体 スタンダードな表現 敬体+ので+敬体〈超敬体〉にかわる 〈客観的原因の場合〉 非敬体+から+敬体 (状態)名詞と形容詞の〈非聞き手志向〉型で可 非敬体 + ので + 敬体 スタンダードな表現 敬体+から+敬体〈超敬体〉に近い印象 敬体+ので+敬体 〈超敬体〉というより、〈超超敬体〉の感じを与える 主観的理由を表す場合、接続違反の「非敬体+から+敬体」を「非敬体+ので+敬体」にかえると、〈非聞き手志向〉型で使えるようにはなるが、十分な丁寧さを表せない。ただ「感情-い/かった(非敬体)+から+敬体」については、あとで述べる「使い分け⑯」を参照のこと。 スタンダードな表現である「敬体+から+敬体」を「敬体+ので+敬体」にかえると、〈ヨソ〉に対して使える鄭重な〈超敬体〉になる。 これに対して、客観的原因の場合、スタンダードな表現「非敬体 + ので + 敬体」を「非敬体 + から + 敬体」にかえると、〈非聞き手志向〉型の「(状態)名詞/形容詞 + から」の場合しか使えなくなる。 しかし「非敬体 + ので + 敬体」を「敬体 + から + 敬体」にかえると、〈超敬体〉に近くなるが、これをさらに「敬体 + ので + 敬体」にかえると、いわば「超超敬体」となり、ワンランク上がった言い方とはいえ、丁寧すぎて、かえって不自然さを感じさ <303> せるかもしれない。 つまり、主観的理由であれ、客観的原因であれ、〈ウチ〉や〈ソト〉に使われる敬体文としては、やはり「敬体+から+敬体」が一番無難であり、最も簡単な使い方である。 使い分けワンポイント ⑦ 非敬体 + から・ので + 敬体 「非敬体 + から/ので + 敬体」を、P1、P2、Qの3つに分類してまとめると、次のようになる。 P 1 = (状態) 名詞と形容詞の非敬体 + から + 敬体 P 2 = 動詞の非敬体 + から + 敬体 Q = 非敬体 + ので + 敬体 〈聞き手志向〉 〈非聞き手志向〉 客観的原因 上の表は、主観的理由を表す「P I = (状態) 名詞と形容詞の非敬体 + から + 敬体」が、〈非聞き手志向〉型でしか使えず、接続違反になる「P 2 = 動詞の非敬体 + から + 敬体」なら、まったく使えないことを示している。 また「Q」の「非敬体 + ので + 敬体」は、主観的理由で〈聞き手志向〉型では使えないことを示している。ただ、もし「Q」が主観的理由で〈非聞き手志向〉型の場合、話し手がいくら「主観的理由」と考えていても、聞き手には「客観的原因」に響くので、上の表に入れなかった。 使い分けワンポイント 「非敬体+から/ので+非敬体」など さらに「A + から/ので + B」のAとBの文体が一致する場合を、S、Tで表して、使い分けをまとめておくと、次のようになる。 S 1 = 非敬体 + から + 非敬体 〈ウチ〉の場で、主観的理由を表すとき S 2 = 敬体 / 超敬体 + から + 敬体 / 超敬体 日常生活の〈ソト〉に対しては〈敬体〉 〈ヨソ〉や、少し心を引き締めたい〈ソト〉に対しては〈超敬体〉 T 1 = 非敬体 + ので + 非敬体 〈ウチ〉の場で、客観的原因を表すとき T 2 = 敬体 / 超敬体 + ので + 超敬体 公の場など、言葉遣いに注意すべき〈ソト〉〈ヨソ〉の場面で <304> 〈聞き手志向〉 主観的理由 〈非聞き手志向〉 S · T 2 客観的原因 S 2 · T S 2 · T 「S=S 1/S 2」は、たとえ「S 1」を「客観的原因」に使っても、個人的な言い訳「主観的理由」と見なされるだけなので、上の表のすべてに使うことができる。つまり、最も便利なのは、やはり「非敬体/敬体/超敬体+から+非敬体/敬体/超敬体」ということになる。 「T 1」は「主観的理由」に使った場合、〈聞き手志向〉型では「親しき仲にも礼儀あり」に違反するし、〈非聞き手志向〉型では「客観的原因」に見なされてしまい、聞き手に、話し手との距離を感じさせ、よそよそしい印象を与えてしまうので、使い分けが難しく、さきほどのP「非敬体+から+敬体」や、Q「非敬体+ので+敬体」と同様、お勧めできない。 〈ウチ〉での会話で、〈非敬体〉が必要な場合、もし書き言葉に多用される「非敬体+ので+非敬体」を使うと、主観的原因を客観的理由にかえてしまい、几帳面で硬い音色を響かせて、よそよそしさと冷たさを感じさせるので、むしろ、主観的原因と客観的理由の境界をぼかしてしまい、しなやかで柔らかな音色を奏でる「非敬体+から+非敬体」のほうが無難である。 もちろん聞き手との距離をとりたければ、ときに「~ので」も有効である。 〈非敬体〉が使われる親しい〈ウチ〉関係の会話をのぞけば、日常生活で最も便利なのが「S2」の「敬体+から+敬体」で、普段の公私にわたる会話はもとより、親しい友へ手紙やメールを送ったり、ビジネスの場面で、取り引き先にメールやファックスを送ったりするときなど、人間関係を円滑にするためのさまざまな場面で使われている。 ~ものだから・~のだから AものだからB:根拠Aを示しながら、聞き手にB「依頼/希望」などを述べる。AのだからB:客観的原因Aを根拠に、聞き手へのB「非難/主張」などをする。 接続 未完文 + もの/の + だ/です + から + 非敬体/敬体 特に「(状態)名詞」に接続する場合は、次のようになる。 (状態)名詞+な+もの/の+だ/です+から+非敬体/敬体 ▶〈未完文〉への接続については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 ▶文体については、巻末「人間関係/文体/文体の使い分け」を参照 というのは、どちらも話し言葉なので、書き言葉専用〈非敬体〉「~である」を使っ <305> た「×(状態)名詞+である+もの/の+だ/です/でございます+から+非敬体/敬体/超敬体」を使うことができないからである。 形態〈非敬体〉では、よく「もの/の」が「もん/ん」になり、ときに〈敬体〉でも聞かれるが、お勧めできない。〈超敬体〉では、使うことができない。 互換性 互換性はあるが、使われる場合や場面がまったく異なるので、もし間違って置き換えると、とんでもない誤解が生じてしまう。 置換 [例 1] 風邪を引いたものですから、休ませていただきたいのですが。 次のように置き換えは可能。ただし、話し手の意図はまったく異なる。 △風邪を引いたのですから、休ませていただきたいのですが。 次の例は「~のだから」に置き換えると、とんでもない誤解を生む。 急用ができた + もん/×ん + だから、すまないけど、これ、お願いできない? 急患が出た + もの/×の + ですから、ここ、ちょっとお借りしたいのですが。 社長がお待ちかねな + もの/×の + ですから、すぐいらしてくださいますか。 途中で事故があった + もの/×の + ですから、遅くなってしまいました。 母が入院した + もの/×の + ですから、今度の旅行、行けなくなったのですが。 急に子どもが泣きだした + もん/×ん + だから、出かけられなくなっちゃって。 急に降ってきた + もの/×の + ですから、雨宿りしていてもよろしいでしょうか。 家が心配な + もの/×の + ですから、帰らせていただいてもよろしいでしょうか。 小銭がない + もの/×の + ですから、ちょっと両替していただけないでしょうか。 今、何時でしょうか。うっかり時計を忘れてきた + もの/×の + ですから。 このけが? ああ、さっき、ちょっと転んだ + もん/×ん + だから。大丈夫だよ。 本当に申し訳ございません。ちょっと急いでいる + もの/×の + ですから。 お先にいただきました。みんな、おなかをすかしていた + もの/×の + ですから。 サンプルをいただけないでしょうか。社内で検討したい + もの/×の + ですから。 お茶ですか。いえ、これから、ちょっと会議がある + もの/×の + ですから。 なぜかいやな予感がした + もん/×ん + だから。戻ってみると、案の定だったよ。 の/×の + ですから、ご連絡します! 用例 次の用例の「~のだから」は、むしろ「~から/~ので」に置き換えたほうが、聞き手の立場や考えを尊重した穏やかな表現になる。 そのケーキは、お父さんの分なのですから、食べちゃだめですよ。 →そのケーキは、お父さんの分 + ですから/なので、食べちゃだめですよ。 そのケーキは、お父さんの分なんだから、食べちゃだめよ。 →そのケーキは、お父さんの分 + だから/なので、食べちゃだめよ。 ▶本節「使い分け⑧/『非敬体 + から/ので + 非敬体 雪が降っているのですから、バスが遅れても仕方ありませんよ。 →雪が降って + いますから/いるので、バスが遅れても仕方ありませんよ。 ここは、交通量が多くて危ないのだから、通学路には向かないよ。 →ここは、交通量が多くて危ない + から/ので、通学路には向かないよ。 このライターが現場に落ちていたんだから、犯人は男じゃないか? →このライターが現場に落ちていた + から/ので、犯人は男じゃないか? みなさん、待ってらっしゃるのですから、そろそろ始めましょう。 <306> 3.1. 顺接確定条件/原因と理由 本当にできないのですから、そう無理をおっしゃらないでください。 明日、定期健診なんだから、もう飲めないよ。さあ、もう帰ろうよ。 何だよ、これくらい。いつもの地震なんだから、恐がることないよ。 →何だよ、これくらい。いつもの地震だから、恐がることないよ。 あそこのお祭り、そりゃあ面白いんだから、一度、見に行こうよ。 何、ぐずぐずして (る) んだい。急いで (る) んだからさ、さっさとしろよ、ったく。何、言ってんだ。あそこ、工事してんだからよ、行けるわきゃないだろう? ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~のだから」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/「『~の』の挿入」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~のだろう」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 使い分け 「置換」[例1] の「風邪を引いたものですから」を「風邪を引いたのですから」に置き換えると、話し手が「風邪の症状がひどいので、どうしても休みたい」と聞き手に訴えかけ、切実な気持ちを表す同情すべき場面から、聞き手に食ってかかり、けんか腰で「どうして休ませてくれないの、ひどい風邪を引いているのがわからないの?」と聞き手をなじったり、非難したりして、気持ちをエスカレートさせていく場面にかわってしまう。 後者「風邪を引いたのだから」のほうで、話し手が「休みたい」と言いつのればつのるほど、聞き手はますます反感を覚え、何がなんでも「休ませるものか」という気持ちになっていくので、ひどい場合は、水かけ論になり、修復できない感情的なしこりや、わだかまりを残してしまうおそれがある。 これは「風邪を引いた+から/ので」なら、話し手の希望「休みたい」の理由や原因でしかないが、これを「風邪を引いた+のだから」にかえると、聞き手の耳には「話し手が『風邪を引いた』と言って、はじめてわかったことなのに、まるで聞き手のすでに知っていた事実か何かのように」聞こえるからである。 つまり話し手は、無理やり「風邪を引いた」という事実を聞き手に認めさせようとしており、この事実を根拠に「休みたい」と主張しようとしていることになる。 使い分けワンポイント⑨~ものですから 「~ものですから」は〈敬体〉というより、主に〈超敬体〉で使われ、話し手の気持ちを濃厚に反映するする表現なので、話し手の感情をおし隠し、書き言葉に多く使われる客観的原因の「~ので」に置き換えた「×~ものです + ので」というのは存在しない。同様に、マイナスの感情をあらわにする「~のです + から」にも「×~のです + ので」は存在しない。また〈非敬体〉「~もの/~の + だ + から」にも「×~もの/×~の + だ + ので」や「×~もの/×~の + な + ので」は存在しない。 男というものも、たとえつらいことが+あっても/ありましても、我慢しなければならない+ものなので/ものですので、男と女の、どちらがいいかといった議論は、むだだと+思うが/存じますが。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ものだ」を参照 しかし上のような「~ものな+ので」や「~ものです+ので」は存在する。これは道理を説く「~ものだ」に「~ので」が接続したもので、もちろん「~から」も接続 <307> できるが、形態は同じでも、話し手が感情をこめて訴えかける「~もの + だ/です + から」とは別物である。 「~ものですから」は、聞き手に、依頼や希望、謝罪を述べたり、許可を求めたりする場合の根拠を表すが、不可抗力な外的要因である客観的原因の場合はもちろん、たとえ主観的理由の場合であっても、単なる「口実/言い訳/弁解」にすぎないものを、説得力のある「弁明/申し開き/懇願」にかえる働きがある。 つまり、聞き手への「働きかけ/訴え」を正当化し、聞き手の「拒否/反論/非難」といったものを許さない「力/熱意/誠意」をもっている。 この力の源泉とは、人間の能力を超えた存在を表す「もの」であり、相手に有無を言わせない鄭重さを支えている「もの」である。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~ものの/~をものともせず」を参照 風邪を引いたものですから、休ませていただきたいのですが。 →風邪を引きました + から/ので、休ませていただきたいのですが。 途中で事故があったものですから、遅くなってしまいました。 →途中で事故がありました + から/ので、遅くなってしまいました。 ▶文末の「~が」については、本文5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が/ためらい」を参照 したがって、この「もの」をとって、上のような「超敬体 + から/ので」にかえると、マジックのような力が失われ、同じ〈超敬体〉というレベルではあっても、説得力が消え去ってしまう。 使い分けワンポイント ⑩「〜ものですから」と「(超)敬体+から/ので」 風邪を引きました + から/ので、休ませていただきたいのですが。 「風邪を引きました + から/ので」は、もとの「風邪を引いたものですから」がもっていた「風邪の症状がひどいので、どうしても休みたい」という話し手の切実な気持ちを消してしまい、前者の「(超) 敬体 + から」なら、例えば「風邪を引けば + 休んで当然だ/休ませてくれるはずだ」といった話し手の生意気さと甘えが言外に響いて、鄭重な「休ませていただきたいのですが」と矛盾してしまう。 後者の「(超)敬体+ので」の場合なら、風邪を引けば「当然、休む権利がある/手続き上、休暇許可をとるだけだ」といった話し手の事務的で傲慢な口調が、鄭重な「休ませていただきたいのですが」の間から聞こえて、聞き手の不快を招くことになる。 急用ができた + から/ので、すまないけど、これ、お願いできない? 急患が出ました + から/ので、ここ、ちょっとお借りしたいのですが。 社長がお待ちかねです + から/ので、すぐいらしてくださいますか。 上のような場合も同じで、最初の「急用ができたから」は、主観的理由を表し、話し手の一身上の都合からの「お願い」であるが、上司が部下に依頼をしていることになる。これを「急用ができたので」にかえると、客観的原因を表し、急用ができたのは、話し手の都合ではなく、上からの命令であるかのようにかわり、依頼ではなく、聞き手が従うべき命令のような「冷たさ」を、聞き手に感じさせることになる。 しかし「急患/社長」では、どちらも話し手の都合ではなく、状況が必要としている <308> 3.1. 顺接确定条件/原因と理由 場合なので、上のように、聞き手への「要求/命令」であっても不自然ではない。 ただ、こうした場合でも、個人の立場から聞き手に懇願する「急患が出た/社長がお待ちかねな+ものですから」のほうが、話し手の誠意も伝わりやすく、聞き手も「要求/命令」を快く受け入れることができる。 自分自身のことはもちろん、たとえ他人事であっても「どうしようもない/抜きさしならない/差し迫った」状態にあることを聞き手に訴え、心をこめて、お願いをしたり、許しを求めたりする場合、心が通い合うのは、やはり「~ものですから」である。 使い分けワンポイント すぐお越しいただけますか。皆様、もうお集まり + ですので/×なものですから。 遅くなると、あちらにご迷惑 + だ/×なものだ + から、明るいうちに出かけよう。 しばらくお待ち願えますか。社長はすぐ + 参りますので/×参るものですから。 時間に + なりましたので/×なったものですから、始めてもよろしいでしょうか。 処方箋、もらった + ので/×ものだから、薬局へ行って、薬、もらってこようか。 お疲れのようですから、今日は、これくらいにしておきましょう。 持ち合わせはございますから、お困りでしたら、お貸ししましょうか。 ▶木文11「主題/摂題/瞭知債駆と未知債駆 ▶本文 1.1.「主题/提題/既知情報と未知情報」を参照 「A + もの + だ/です + から」が使えないのは、Aが聞き手にとって「既知情報」であり、すでに聞き手が状況を了解している上のような場合である。 「A + もの + だ/です + から」は、たとえ言い訳に聞こえようとも、聞き手の知らない「未知情報A」つまり「複雑な事情/深刻な事態/自分自身の苦境」を聞き手に訴え、聞き手の「同情/思いやり/やさしさ」を求めるときに使われるものなので、Aが既知情報の場合は使うことができない。 最初の2例「皆様/迷惑」に「〜もの+です/だ+から」を使うと、聞き手が「みんなが集まる/遅くなると先方が迷惑する」のを知らないことになるので、まるで話し手が聞き手を突然「呼びだした/明るいうちに行こうと誘った」かのような感じになり、そのような事情を事前に知らせなかった言い訳をしているような印象になる。 「社長/時間/処方箋」の場合は、現在「社長の来る/会議の始まる/処方箋の出る」のを待っている聞き手本人が「社長が来る/会議が始まる/処方箋が出る」ことを知らないことになってしまうし、聞き手が知らないので、話し手が困っているかのように聞こえてしまう。 「お疲れ」の場合は、置き換えると「お疲れのようなものですから」となって、まるで聞き手が「お疲れ」に似た「もの」になってしまうので、置き換えすらできないが、もし、次のように書き換えても、聞き手自身「疲れている」ことを知らないのに、聞き手が「疲れた」せいで、打ち切りにされたといった感じになってしまう。 $ ^{*} $お疲れなものですから、今日は、これくらいにしておきましょう。 最後の例も「×持ち合わせはござるものですから」という時代劇のような言い方は存在しないが、たとえ「持ち合わせはある/多少なら持ち合わせている + ものですから」に書き換えても、聞き手も承知しているはずの所持金のことをわざわざ言いたて、お金のあるところを見せびらかしているかのように聞こえて、いやみになってしまう。 <309> つまり「A + もの + だ/です + から」は「聞き手の知らない/気づいていない」未知情報Aを根拠にして、聞き手の理解を求める場合に使われてはじめて、思わぬ効果を発揮するものである。 使い分けワンポイント ⑫ 「~のですから」と「~ものですから」 「用例」(p.305) の「~の + だ/です + から」は、聞き手を無理にでも説得しようとしたり、聞き手の無理解を非難したりする客観的根拠を表しており、話し手が、いわば「独断」的に自分の考えや判断を述べて自己主張したり、聞き手に命令したりする場合に用いられる。 しかし、話し手が「客観的な根拠や原因」と思っているものを、聞き手が単なる「主観的な理由にすぎない」と見なした場合、両者の考えに矛盾や対立が生じ、トラブルが起こる可能性もある「危険な」表現である。 むしろ聞き手を説得しない「非敬体/敬体+から」か、感情をおし隠す「非敬体/敬体+ので」を使うほうが、トラブルを避けることができる。 もちろん、日本語を母語とする聞き手を責めたり、なじったり、バカにしたり、また、けんかを売ったりしたい場合は、使ってみると、意外なほどの反応が期待できる。 つまり、ニュートラルな感情を示す「非敬体/敬体+から/ので」を中心におくとすれば、聞き手の心に訴えかける「~もの+だ/です+から」とは対極に位置し、聞き手の気持ちを逆なでする効力がある。 雪が降っているのですから、バスが遅れても仕方ありませんよ。 →雪が降っていたものですから、バスが遅れて、申し訳ございません。 ここは、交通量が多くて危ないのだから、通学路には向かないよ。 →ここは、交通量が多くて危ないものだから、通学路には、ちょっとね。 このライターが現場に落ちていたんだから、犯人は男じゃないか? →このライターが現場に落ちていたものだから、犯人は男じゃないかと。 みなさん、待ってらっしゃるのですから、そろそろ始めましょう。 →みなさん、待ってらっしゃるものですから、そろそろ始めましょうか。 本当にできないのですから、そう無理をおっしゃらないでください。 →本当にできないものですから、そうおっしゃられても、困るんですが。 明日、定期健診なんだから、もう飲めないよ。知らんぞ、先に帰るぞ。 →明日、定期健診なんだから、もう飲めないんだよ。いいだろう? 特に「A + の + だ/です + から」が、聞き手の気持ちを逆なでするのは、もしAが聞き手にとって「既知情報」の場合は、聞き手が知っていることを、わざわざ言いたてているように響くからであり、Aが「未知情報」の場合は、聞き手の知らないことを、なじっているかのように聞こえるからである。 これを「A + もの + だ/です + から」に置き換える場合、聞き手に「未知情報A」を提示して理解を求めることになるので、それにふさわしい書き換えが必要になる。 「~の+だ/です+から」と「~もの+だ/です+から」が共通しているのは、 相手に「反論させない/有無を言わせない」点である。したがって前者「~の+だ/です+から」のほうは、もし〈ソト/ヨソ〉や目上に対して用いると、聞き手の「体 <310> 3.1. 顺接確定条件/原因と理由 面/面子」をつぶす可能性があるので、〈非敬体〉〈敬体〉にかかわらず、たとえけんかになっても、マイナス感情の修復可能な〈ウチ〉における目下か同等関係に対して使うのが、無難である。 これに対して、後者「~もの + だ/です + から」は、聞き手を信頼した表現なので、上下関係にかかわらず、〈ウチ/ソト/ヨソ〉に応じた〈非敬体/敬体/超敬体〉の使い分けをすれば十分である。 使い分けワンポイント ⑬ 「~のだから」と「~ものだから」 「用例」(p.306) に示した〈非敬体〉の「地震/お祭り/ぐず/工事」の例は、聞き手の人格をないがしろにできるほど親しい〈ウチ〉の関係でしか使うことができない。いわば「聞き手をバカにし、軽蔑することで、聞き手への愛情を表現している」かのような、まさに「~んだから」がぴったりな粗野ともいえる話し方なので、同じ〈非敬体〉の「~ものだから」へは、書き換えたくても、書き換えようがない。 「~もの/もん+だから+非敬体」は、〈ソト/ヨソ〉に対する〈聞き手志向〉型で多用される「~もの+ですから+敬体」とは異なり、主に〈非聞き手志向〉型の〈述べ立て文〉で、〈ウチ〉関係の成人が「言い訳/弁解」する場合に使われることが多い。 車を待たせ 急いでいた + もん/ 携帯を忘れてきた + もん/ おまえがバカなこと言う + もん/ あの人、目の前であくびをする + もの/ 頭が痛い + もん/ 父の様子がいつもと違うと思った + もん/ 子どもが交通事故で入院したと思った + もの/ なくしちゃ困ると思った + もん/ なんとかして助けてやりたいと思った + もん/ が叱られるんだろうが。 だから、つい移っちゃって。 見つからないんだよ。 救急車を呼んだのよ。 仕事を途中でね。 引き出しに入れといたんだがな。 だから、お金を下ろしてさ。 最初の例2つが「~んだから」に置き換わるのは、聞き手に働きかける〈聞き手志向〉型の文だからである。しかし「石ころ」以下は、〈非聞き手志向〉型の文なので、置き換わらない。 [例 1](p.305)の最後にあげた「もうとっくにご存知かと思ったものですから、ご連絡しませんでした」や、ここの「救急車/入院」のような「〜と思った + もの/もん + です/だ + から」は、話し手の勘違いを表し、勘違いをしたことに対する言い訳として使われているが、話し手の感情や意志を表している上の最後2例「引き出し/お金」は、善意で行なった自分の気持ちを傷つけられないための「言い訳/予防線」である。 また、第二者のことを聞き手に伝える場合は、次のように「~もんだから + 非敬体/敬体」が使われる。伝聞の内容を { } で示した。 子どもがあんまり泣くもんだから、仕方なしに買ってやったらしいですよ。 →{子どもがあんまり泣くもんだから、仕方なしに買ってやった} らしいですよ。 <311> *あんまり泣くものですから、仕方なしに買ってやったらしいですよ。 {夫婦喧嘩したもんだから、実家のご両親に電話して泣いた} ようです。 {合格してうれしかったもんだから、友達とお酒を飲んだ} んですって。 {頭が痛いものだから、学校、休んでもいいか} って聞いていますけど。 ▶本文9.「授受動詞と敬語/聞き手尊敬と文体」を参照 ▶本文10.9.「モダリティの表現/伝聞/伝聞と引用/直接伝聞と間接伝聞」を参照 〈敬体〉「~です/~ます」は、聞き手への敬意を示すか、話し手自身の品格を保持するために使われるが、第三者への敬意は示せないので、敬体文でも、伝聞の部分には「~もんだから」が使われる。 使い分けワンポイント ⑭「~のだから」の誤用 「~の+です/だ+から」は、話し手の「判断/主張/命令/非難」などの根拠となるだけでなく、聞き手の意見を否定したり、聞き手の依頼を拒否したりするための根拠ともなるので、聞き手に落ち度のない場合は、非常に傲慢に響き、聞き手をおとしめるような言い方になる。 言われた通りにしただけなのですから、私の責任ではないと思います。 →言われた通りにしただけなのですけど、私の責任になるのでしょうか。 いえ、困ります。家から電話があったのですから、お先に失礼します。 →すみません。家から電話があったものですから、お先に失礼します。 みんな、忙しいのですから、ちょっとこれ、手伝ってください。 →みんな、忙しいものですから、ちょっとこれ、手伝ってくださいます? ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 上の例は、聞き手が、話し手の気持ちもわからず、一方的に「おまえの責任だ/先に帰るな/手伝わない」といっている状況なら使えるが、そうでなければ、話し手の思いこみで、状況を誤解している場合にしか通用しないし、その上、あまりにも異常に聞こえるので、周囲の人間は、けんかでも起こるのではないか思ってしまう。 これは、ときおり日本語学習者に見られる誤用であるが、おそらく「~ので」と「~の + です/だ」を混同し、さらに「~ので + 敬体」よりも「~の + ですから + 敬体」のほうが、丁寧と思っているからではないかと考えられる。 使い分けワンポイント 「~の/~もの+だから」と前触れ 上のような誤用は、まだ日本語を母語とする人には現れていないが、次のような「~の/~もの+だから」を、新しい話題を提供したり、新しい話題に移ったりするときの「導入部/前触れ」でもあるかのように使うネイティブスピーカーがいるので、もしかすると近いうちに現れるかもしれない。 △昨日、父がお土産を持って帰ったものですから、みんな大喜びでした。 ※昨日、父がお土産を持って帰ったのですから、みんな大喜びでした。 △昨日、父がお土産を持って帰ってきたのですよ。みんな大喜びでした。 →昨日、父がお土産を持って帰ってきたのですが、みんな大喜びでした。 △今日、企画会議があるんですよ。何を言えばいいのか困っています。 <312> →今日、企画会議があるんですけど、何を言えばいいのか困っています。△ねえ、ねえ、みんな、お花見に行くんですよ。ご一緒しませんか。→ねえ、ねえ、みんな、お花見に行くんですけど、ご一緒しませんか。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど」の次を参照「順接確定条件の『~から/~ので』と『前触れ』」 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 「△」を事情説明ではなく、前触れとして使っているとすれば、異様な響きになる。 昨日、父がお土産を持って帰ってきたじゃないですか(↓)。 今日、企画会議があるじゃありませんか。何を言えばいいのか。 ねえ、みんな、お花見に行くじゃないですか。ご一緒しませんか。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/『~じゃないですか』と前触れ」を参照 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/前触れ」を参照 特に重症なのが、上のように話を切り出すネイティブスピーカーが増えていることである。この「発見 + 納得=自己満足の押しつけ」を表す「未完文 + じゃ + ないですか/ありませんか」より、まだ「未完文 + んです」のほうが、聞き手に対する訴えとして理解できるだけでも、ましかもしれない。 置換 [例2] 妻に先立たれてわびしいものですから、友達とよく会っています。 次のように「~のですから」にも「~です + から/ので」にも置き換わらない。 ×妻に先立たれてわびしいのですから、友達とよく会っています。 ×妻に先立たれてわびしいです+から/ので、友達とよく会っています。 次の例も同様である。ただ「×~のですので」は存在しないので省略する。 どうしても買いたかったものですから、友達にお金を借りました。 →どうしても買いたかった + から/ので、友達にお金を借りました。 × どうしても買いたかった (の) ですから、友達にお金を借りました。 あまりにもおいしいものですから、つい食べすぎてしまいました。 →あまりにもおいしい + から/ので、つい食べすぎてしまいました。 × あまりにもおいしい (の) ですから、つい食べすぎてしまいました。 昨日は、ちょっと寂しかったものですから、実家の母に電話しました。 →昨日は、ちょっと寂しかった + から/ので、実家の母に電話しました。 × 昨日は、ちょっと寂しかった (の) ですから、実家の母に電話しました。 来てほしかったものですから、病気になったと嘘をついちゃいました。 →来てほしかった + から/ので、病気になったと嘘をついちゃいました。 × 来てほしかった (の) ですから、病気になったと嘘をついちゃいました。 用例 次の用例では「~から」が使えなくなる。 お会いできないでしょうか。お電話ではお話ししにくいものですから。 →お会いできないでしょうか。お電話ではお話ししにくい + ので/×から。 × お会いできないでしょうか。お電話ではお話ししにくい (の) ですから。 パーティー、とっても楽しいものですから、遅くなってもいいですか。 <313> →パーティー、とっても楽しい + ので/×から、遅くなってもいいですか。 ×パーティー、とっても楽しい (の) ですから、遅くなってもいいですか。 試験に落ちて面白くないものですから、今晩、付き合ってください。 →試験に落ちて面白くない + ので/×から、今晩、付き合ってください。 ×試験に落ちて面白くない (の) ですから、今晩、付き合ってください。 朝から風邪で気分が悪いものですから、休ませていただけませんか。 →朝から風邪で気分が悪い + ので/×から、休ませていただけませんか。 ×朝から風邪で気分が悪い (の) ですから、休ませていただけませんか。 ▶巻末「形容詞/一人称形容詞の使い方」を参照 使い分け 感覚や感情を表す〈一人称形容詞〉「-い/ -かった」や、本能的な欲望や幼稚な希望を表す「ます形 + たい/たかった」「名詞が + ほしい/ほしかった」「人に + 動詞て形 + ほしい/ほしかった」をまとめて、仮に「感情 - い/かった」で表すとすると、敬体文で使われる「感情 - い/かった + ものですから」は、話し手が聞き手に依頼したり、許可を求めたり、また言い訳や弁解したりするのに、自分ではコントロールできない自分自身の「感覚/感情/欲望/希望」を根拠にする場合に使われる。したがって[例1](p.305)と同様に「~のですから」へは置き換わらないが、もし置き換えると、制御できない感覚や感情、本能的欲望や希望を、自己主張をしたり、聞き手を非難したりする根拠とするので、相当な「我がまま/利己主義/自己中心主義者」ということになってしまい、大人どころか、子供でも、恥ずかしくて使えないものになる。「~から・~ので」の「接続」(p.295)でも述べたように、もともと「×形容詞 + ですので」は不自然さを感じさせるが、もうひとつの「感情形容詞 + ですから」さえ使えないのは、主観的理由を表す「~から」が〈敬体〉では、話し手の感情や本能的欲望 つまり「感情 - い/かった + ものですから」を「×感情 - い/かった + ですから」に置き換えると、切実に訴えかけるような感情がこもらなくなってしまうが、これは〈敬体〉の「~です」が、あたかも綿花かオブラートの働きをして、感情を包みこんでしまい、話し手の気持ちが聞き手まで伝わらなくなって、不自然に響くからである。 「~ですので」では、まったく感情がなくなり、丁寧さだけが宙に浮いて、まるで事務的形式的に気持ちを文字にしたようになり、ロボットの口調を連想してしまう。 {あまりにもおいしかったものだから}、彼は {つい食べすぎた }のです。→{あまりにもおいしかった + から/ので、彼はつい食べすぎた} のです。 {ちょっと寂しかったもんだから、実家に電話していた} ようですよ。→{ちょっと寂しかった + から/ので、実家に電話していた} ようですよ。 {どうしても買いたかったので、友達からお金を借りた} んだって。 {彼女に来てほしかったから、病気になったと嘘をついた} のですか。 {風邪で気分が悪いから、学校、休んでもいいか} って聞いてるけど。 気持ちがこもらなくても、事務的な口調になってもかまわない第三者の「感覚/感情/欲望/希望」などを伝える場合は、先ほど「使い分け③」の「『~のだから』と『~ものだから』」で述べたように、文体にかかわらず「~ものだから」を使うか、上のように「感情-い/かった+から/ので+非敬体/敬体」を使う必要がある。伝聞の内容は{ }で示した。 <314> 3.1. 顺接確定条件/原因と理由 使い分けワンポイント ⑯ 感情-い・かった + ものですから・から・ので 「A感情-い/かった + ものですから + B敬体/超敬体」は、成人の話し手が「聞き手未知情報」である自分のA「感覚/感情/欲望/希望」などを根拠に、あるメッセージBを〈ソト〉や〈ヨソ〉に伝えたい場合に使われる。 特に、聞き手に対する「遠慮/気兼ね/気遣い」の必要な大人の会話では、説得力がある上に、誤解されるおそれもないので、多用される。 また、聞き手を説得し、かき口説くかのように言い訳や弁明をしながら、聞き手に訴えかけ、働きかける〈聞き手志向〉型の〈働きかけ文〉や〈問いかけ文〉にも、事情説明をする〈非聞き手志向〉型の〈述べ立て文〉にも使うことができる。 一方「感情-い/かった+から/ので+敬体」のほうも、成人の話し手が「聞き手未知情報」である自分のA「感覚/感情/欲望/希望」などを根拠に、あるメッセージBを伝えるのに使われるが、聞き手を説得し、かき口説くかのような響きはない。つまり、言い訳や弁明をする必要のない〈ウチ〉関係や〈ソト〉に対して使われるだけで、話し手が自分自身の品格保持や、聞き手への敬意を示したりはするが、〈ヨソ〉に向かって使われることはない。 なお次のように、〈感情形容詞〉の場合も、先ほど「使い分け⑦」で述べた「非敬体+から/ので+敬体」と同じ制限がある。(状態)名詞と動詞の場合は省略した。 P = 形容詞の非敬体 + から + 敬体 Q = 形容詞の非敬体 + ので + 敬体 〈聞き手志向〉 主觀的理由 〈非聞き手志向〉 客観的原因 つまり「感情-い/かった+から+敬体」は、話し手が「喜怒哀楽といった感情や本能的欲望などは、私ひとりだけの主観的理由ではなく、誰にもコントロールできない客観的原因でもある」と見なして、事情説明をする〈非聞き手志向〉にだけ用いることができる。 ただ聞き手が、話し手の「感覚/感情/欲望/希望」などを客観的原因と見なしてくれるかは別問題なので、品格保持のために〈ウチ〉で使うのはともかく、聞き手に敬意を示しながら〈ソト〉に向って使う場合は、自分の気持ちを素直に伝えることができ、少しなら甘えることのできる〈ウチ〉関係に近い聞き手に限るほうが無難である。 もちろん、互いに知り合ったばかりで、聞き手との関係が〈ウチ〉なのか〈ソト〉なのか決まらず、どの〈スピーチレベル〉を使うか揺れている場合、どちらを聞き手が望んでいるか、反応を見る場合にも使うことができる。 ▶巻末「文体/スピーチレベルシフト」を参照 <315> これに対して「感情ーい/かった+ので+敬体」は、客観的原因を表す「~ので」で受けているので、A「感覚/感情/欲望/希望」といったものは「誰にとっても当然コントロール不能なもの」と見なしていることになる。 したがって〈聞き手志向〉の場合、自分の感情や欲望などを当然の「理由/原因」としているので、聞き手に働きかけると、甘えが感じられず、生真面目に事態の重大さを伝えていることになるので、聞き手に「強引な/有無を言わせない」プレッシャーを与えてしまう。いわば「可愛げのない」働きかけになる。 〈非聞き手志向〉の場合は、事実を冷静に見つめながら、淡々と説明していることになり、たとえ聞き手が、話し手の感情や欲望などを主観的理由と見なしても、聞き手との間に距離をおいていることになる。 「感情-い/かった+から+敬体」は、若い人から年配者まで、〈ウチ〉での関係や〈ソト〉に対して使われるが、聞き手を突き放したような響きになる「感情-い/かった+ので+敬体」は、〈ソト〉に対し、無理に落ち着きを示そうとする成人によって使われることが多い。 もし「感情-い/かった+ので+敬体」が、若い人によって〈ウチ〉で使われることがあるとすれば、遠慮や気兼ねを示す必要のある、甘えの許されない目上の人に対してである。ただ「生意気」という印象を与える。 使い分けワンポイント⑰ 感情-い・かった + もんだから・から・ので 〈非敬体〉の場合は、次のように「感情-い/かった+もんだから/から/ので+非敬体」を使うことができ、いずれの例でも互換性がある。 あまりにもおいしい + もんだから/から/ので、食べすぎちゃったね。 昨日は、ちょっと寂しかった + ものだから/から/ので、実家の母に電話したの。 どうしても買いたかった + ものだから/から/ので、友だちにお金を借りたんだ。 来てほしかった + ものだから/から/ので、病気だって、嘘、ついちゃったのよ。 会えない? 電話じゃ、話しにくい + もんだから/から/ので。 パーティー、とっても楽しい + ものだから/から/ので、遅くなってもいい? 受験失敗。面白くない + もんだから/から/ので、今晩、付き合って。 朝から風邪で気分が悪い + もんだから/から/ので、今日は休ませて。 「感情-い/かった + から + 非敬体」は、素直に気持ちをむき出しにして、甘え合える〈ウチ〉に向かって使われる。 「感情 - い/かった + ので + 非敬体」のほうは、同じ〈ウチ〉に向かって使われるが、話し手は、時間をおいて冷静になっているか、大人っぽく見せたいか、あらかじめ相手の反応に予防線を張っているか、緊張した印象を聞き手に与え、自分の気持ちを整理した上で話していたり、やや理屈っぽい感じで説明したりしている響きになる。 P = 感情 - い / かった (非敬体) + から + 敬体 Q = 感情 - い / かった (非敬体) + ので + 敬体 S = 感情 - い / かった (非敬体) + から + 非敬体 T = 感情 - い / かった (非敬体) + ので + 非敬体 <316> X=感情-い/かった + ものです (敬体) + から + 敬体/超敬体 Y=感情-い/かった + もんだ (非敬体) + から + 非敬体 〈聞き手志向〉 主観的理由 〈非聞き手志向〉 $ S \cdot X \cdot Y $ P · S · X · Y 客観的原因 Q · T · X Q·T·X 存在しないのは「使い分け」(p.313) で述べた「感情-い/かった + です (敬体) + から/ので + 敬体」と、もともと存在しない「~もの + です/だ + ので」なので、そのほかの使い分けを示すと、上のようになる。 家族や友人関係など親しい〈ウチ〉でなければ、オールマイティとしてすべてに使えるのが「X」の場合であることに注意してほしい。 S 1 = 非敬体 + から + 非敬体 S 2 = 敬体 / 超敬体 + から + 敬体 / 超敬体 T 1 = 非敬体 + ので + 非敬体 T 2 = 敬体 / 超敬体 + ので + 超敬体 〈聞き手志向〉〈非聞き手志向〉 主觀的理由 S·T2 S·T2 客觀的原因 S2·T S2·T 「使い分け⑧/『非敬体 + から/ので + 非敬体』など」の表も参照のこと。 文末に使われる「~の/~ん + です/だ + もの/もん」は、次関係での言い訳や弁解を表す。 A:結婚したいといっておいて、またお見合い、断ったの? B:だって、相手の人、気持ち悪いったらないんですもの。 × どうしてって、相手の人、気持ち悪いったらないからです。 E:どうして早くしないの。学校に遅れるじゃない。 F:でも、おなかが痛くて、動けないんだもん。 ×そんなこといっても、おなかが痛くて、動けないからだよ。 J:そんな目に遭わされて、なぜ裁判所に、訴えないんです? K:だって、相手は会社なのに。裁判に勝てるわけがないんですもの。 =なぜって、相手は会社で、裁判に勝てるわけがないからです。 M:まだ早いだろう、もう一軒、行こうよ。 N:でも、明日から出張なんだもん。ちょっと体を休めておかなきゃ。 <317> =でも、明日から出張だから、ちょっと体を休めておかなきゃ。 これは「~もの/~もん+です/だ+から+敬体/非敬体」と比べると、まったく論理性に欠ける、いわば「こじつけ」に近い言い訳なので、女性には失礼であるが、子どもや女性が使うと「可愛らしさ/愛らしさ」がでて有効である。しかし、成人の男子が使うと、いささか滑稽になる。 多く「だって」か「でも」と呼応し、主に「どうして/なぜ」と尋ねられた場合の返答として使われる。 ただ「どうして/なぜ」と尋ねられた場合の「教室での応答/試験の答案/面接での返答」などは、通常「~から + です/だ」が一番よく使われるが、日常会話で上の「×」のように「~の/~ん + です/だ + もの/もん」の代わりに使うと、可愛く甘えた言い訳にはならないので、あまりの理屈っぽさに聞き手は腹を立てるかもしれない。 同様に「+もの/もん」の部分を「+から」にかえて「~の/~ん+です/だ+から」にすると、今度は話し手が腹を立てているようになるので、これも使わないほうが無難である。 近ごろ、父が不機嫌なのは、姉の結婚が来月に控えているからです。こんなに雨が降るのは、まもなく梅雨が明けるからでしょうね。成績が上がらないのは、勉強の仕方が悪いからではないでしょうか。彼女が怒ったのは、おまえがバカな冗談を言ったからだ。 ▶本節「使い分け④/~だから・~からだ」を参照 「~から+です/だ」は、上のように「結果+のは」を主題にして、その原因や理由を文末で、明確に述べる場合に使われる。 使い分けワンポイント ⑲ 感情を示す 「〜ものだから〜のだから〜のだもの」 原因や理由を表して、順接確定条件になる「~から/ので」は、話し手の気持ちを表す〈モーダス要素〉をもたないので、何の感情もこめずに、すべての感情を隠して、ただ原因や理由を述べるニュートラルな日常会話では、よく使われる。 ▶巻末「文/モ一ダス要素」を参照 しかし「~ものだから/~のだから/~のだもの」には、濃厚な話し手の感情がこめられており、適切な場面や状況で使われると、聞き手の心に働きかけて、驚くほどの効果を発揮し、楽しい会話を楽しむことができる。 逆に使い方をあやまれば、とんでもない結果を招きかねないので、たとえ間違っても、あとで誤解のとける〈ウチ〉の人々で反応を確かめてから、〈ソト〉に向けて試してみると、予想外の収穫があるかもしれない。 ネイティブスピーカーは、〈モーダス要素〉をもつ表現には、耳だけではなく、体全体で反応してしまう。逆に反応できなければ、ネイティブスピーカーではないので、〈モーダス要素〉を色濃くもつ表現なら、目に見える反応をするはずなので、ちょっと「いたずら半分/冗談半分」に試して観察してみるのも、楽しいかもしれない。 <318> 3.1. 顺接确定条件/原因と理由 使い分けワンポイント ②0 原因と理由の配列 原因や理由を表すが、本書ではとりあげないものに、次のような語彙的なものがある。いずれも〈モーダス要素〉がなく、ひとつずつ使えば、問題は生じないが、文章を作ったり、長い会話ができたりするようになると、重ねて使う場合の順序が気になりだすので、参考までに、例を示しておく。 誕生日で、たくさんプレゼントをもらった。 昨日、交通事故で、入院したそうですよ。 娘が結婚して、寂しくなりました。 しばらく見ないうちに大きくなっていて、ぴっくりしちゃった。 お付き合いで遅く帰って、父に叱られました。 火事でお隣が燃えだして、うちも危なくなったので、友だちを呼ばなきゃならないし、すぐ家具も出さなきゃならないし、子どもも避難させなきゃならなかったから、もうくたくたに疲れちゃった。 昨日は卒業式で、みんなで久しぶりに飲みに行って、とっても盛り上がりましたので、二次会にカラオケに行きましたし、三次会はディスコに行きましたし、おまけにお酒もたくさん飲みましたから、今日は二日酔いで頭が痛くて、動くとふらふらするし、水を飲むと吐きそうになるし、どこへも行けそうにないので、家にいますから、何かあったら電話で連絡してください。 ▶本文 1.3.「主題/例示/その他の例示のバリエーション」を参照 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~ことだし」を参照 使い分けワンポイント ②~からこそ・~ばこそ 「A+から/ぼ+こそ+B」は、主に文末の「~のだ」と呼応し、話し手が「Bという結果を導くものは、いろいろあるかもしれないが、これまでの経験や知識に照らし合わせてみれば、ほかでもなくAという原因・理由であり、それ以外には考えられない」という判断を下す場合に使われる。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 あなたのことを思って + いるからこそ/いればこそ、うるさいことも言うのです。→うるさいことも言うのは、あなたのことを思って + いるから/いれば + こそです。たとえ貧しくても、人のために尽く + すからこそ/せばこそ、報われるのです。→たとえ貧しくても、報われるのは、人のために尽く + すから/せば + こそです。愛して + いるからこそ/いればこそ、別れなければならないこともあるのです。→愛していればこそ、別れねばならぬこともあるのです。 ×別れねばならぬこともあるのは、愛して+いるから(こそ)/いればこそ+です。体が弱いからこそ、人より規則正しい生活をしなければなりませんね。 ×佐が弱いからばこそ、人より規則正しい生活をしなければなりませんね。 →規則正しい生活をすべきなのは、体が弱 + いから (×こそ) / ければこそ + だ。 親し + いから/ければ + こそ、互いに礼儀をわきまえて、交わらねばならない。 <319> $ ^{*} $礼儀をわきまえねばならないのは、親し + いから (こそ) /ければこそ + だ。 心寂し + いから /ければ + こそ、自然のなかに入り、孤独と向き合ってみるのだ。 $ ^{*} $孤独と向き合ってみるのは、心寂し + いから ( $ ^{*} $こそ) /ければこそ + だ。 孤独と向き合ってみるのは、心寂しくればこそ + だ。 心身が健康 + だから/であれば + こそ、充実した毎日を送ることができるのだ。 こそ、充実した毎日を送ることができ →充実した毎日を送れるのは、心身が健康 + だから(こそ)/であればこそ + だ。 丈夫 + だから/であれば + こそ、油断して大病にかかりやすくなる。 ×油断して大病にかかりやすくなるのは、丈夫 + だから(こそ)/であればこそ + だ。 親 + だから/であれば + こそ、何があっても、子どもを思って耐えられるのです。 →子どもを思って耐えられるのは、親 + だから(こそ)/であればこそ + です。 病気 + だから/であれば + こそ、節制して、健康になる人もいるのだ。 ×節制して、健康になる人もいるのは、病気 + だから(×こそ)/であればこそ + だ。 一流のシェフ + だから/であれば + こそ出せるこの本場の味わいは、これはもう絶品としか言い上うがない →本場の味が出せるのは、一流のシェフ+だから(こそ)/であればこそ+だ。 →本場の味が出せるのは、一流のシェフならではだ。 ▶本節「使い分け④/~だから・~からだ」を参照 ▶本文3.7.「順接確定条件/前提条件/~ならでは~ない」を参照 「~ばこそ」は「~からこそ」に比べて、書き言葉に多用される古語的表現なので、置き換える場合、書き換えが必要になることもあるが、こうした古めかしい言い方は、若い人は使わないかもしれない。 また、話し言葉で使われる「~からこそだ」は、通常「こそ」が省略される。 使い分けワンポイント ②② 「~こそ」の2つの使い方 ここで使われている「A+こそ」には、2つの使い方があるが、いずれの場合でも、Aを強めて際立たせる働きをしている。 1. 順接の文脈で 今でこそ、本当のことが言えるが、あの時代は、何も言えなかったな。優勝しましたか。それでこそ応援した甲斐があったというものですね。 2.逆接の文脈で (私のほうではなく、逆に) 王さんこそ、お疲れさまでした。 (逆に) こちらこそ、よろしくお願いします/お世話になりました。 売り上げこそ1億は超えるが、純利益ともなると、ほんのわずかです。 礼を言われこそすれ (=礼を言われても)、恨まれるような覚えはない。 愚かな女でこそあれ、良妻賢母だなんて、とんでもありませんわ。 使い分けワンポイント ②③ 「~から/~ば + こそだ」への書き換え 「A+から/ば+こそ+B」の例を「B+のは+A+から/ば+こそだ」 に書き換えた場合、書き換え可能なもの「→」が「順接」で、書き換え不能なもの「×」が「逆接」であると考えられる。 ただ、書き換えた場合に「A+からこそだ」が使えるのは、Aがプラスの原因や理 <320> 3.1. 顺接确定条件/原因と理由 由を表す場合に限られる。 両者を比べてみると、話し言葉と書き言葉という違いのほかに、どちらかというと「~からこそ」は「順接」がふさわしく、たとえ逆接関係であっても「順接」の響きがし、逆に「~ばこそ」には「逆接」がぴったりするところがある。 24 一般条件を表す「~ばこそ」 あのとき失敗したからこそ、すばらしい教訓を得て、それまでのことを見直すこともできたので、今日の成功があるんじゃないだろうか。 *あのとき失敗すればこそ、貴重な教訓を得、過去のことを見直したがゆえに、今日の成功があるのではなかろうか。 →人は失敗 + するから/すれば + こそ、貴重な教訓を得、過去のことを見直す + ので/がゆえに、成功できるのではないだろうか。 友が励まして + くれたから/*くれれば + こそ、挫折せずに生きてこられたのだ。→友が励まして + くれるから/くれれば + こそ、挫折せずに生きていけるのだ。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ば」を参照 「A + ばこそ」に使われている「A + ば」は、順接仮定条件の「一般条件」として機能し、生活における「知恵/常識/道理/道徳/倫理」などを表しているので、上のような「確定条件」となる特定の過去に使うと不自然になる。 特定の過去とは、形容詞や「~ている」などが示す「現在も効力や残響のある」既実現の状態や結果ではなく、すでに過去の事実となってしまい、現在に影響を及ぼしていない既実現の出来事である。 かけがえのない命だからこそ、戦争などで落とすべきではないのです。 *かけがえのない命だからこそ、戦争などで落とさないでください。 信じていればこそ、こうして頼んでいるのです。 ×信じていればこそ、こうした頼みでも、聞き入れてほしいのですが。 彼女のことを思うからこそ、本当のことを言うべきでしょう? ×彼女のことを思うからこそ、本当のことを言ってあげなさいよ、ね? ×地球に引力が+あるから/あれば+こそ、物体は地表へと落下する。 「A + から/ば + こそ + B」は、話し手の判断を表しているので、〈述べ立て文〉と、その〈問いかけ文〉でしか使えないし、いくら「一般条件」といっても、自然の摂理や法則などに使われると不自然になる。 使い分けワンポイント 25 ~てこそ 互いに励まし助け合ってこそ、親友といえるのではないでしょうか。 お金は、困っている人に使ってもらってこそ、生きるというものだ。 この花は、こうして陽のあたる庭に咲いてこそ、美しいのですね。 家というものは、人が訪ねてきてこそ、豊かで幸福なものになれるのです。 こうした催しは、みんなが参加してこそ、意義のあるものになる。 →こうした催しは、みんなが参加してはじめて、意義のあるものになる。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~てはじめて」を参照 <321> 「動詞A + てこそ + B」は、話し手が「プラスのAによって、プラスのBが生まれる」と「経験や社会通念/道理や倫理」に基づいて評価したり、聞き手を説得したりする場合に使われる。 愛してこそ、愛されるのです/子を思ってこそ、うるさく言えるのだ。 ×愛されてこそ、愛するのです/×子を思ってこそ、うるさく言うのだ。 「A + てこそ + B」は「条件Aが + あれば/あるから、自然に/自然の成り行きとして/必然的に + Bというプラス価値が生じる」という意味を表すので、Bには、状態を表す「(状態)名詞/形容詞」や「可能/受身」など、意志のない語群が使われ、話し手の意志を表す「使役/意志動詞」などは使うことができない。 あなたと会ってはじめて、男女の愛情がわかった気がする。 *あなたと会ってこそ、男女の愛情がわかった気がする。 書類審査と筆記試験に合格してはじめて、出願できます。 *書類審査と筆記試験に合格してこそ、出願できます。 「~てこそ」は、すべて「~てはじめて」に置き換わるが、逆に「~てはじめて」は、必ずしも「~てこそ」に置き換わるというわけではない。 これは、Bが普遍的なプラス価値の生じた状態を表しているので、一般条件の「~ばこそ」と同様に、上のような「確定条件」となる特定の過去や、個別の出来事に使うことができないからである。 使い分けワンポイント ②⑥ 「~てこそ」と「~から/~ば + こそ」の互換性 困っているときに、助けてやってこそ、友だちなのだ。 →困っているときに、助けて + やるから/やれば + こそ、友だちなのだ。 →困っているときに、助けて + やるから/×やれば、友だちなのだ。 →困っているときに、助けてやってはじめて、友だちなのだ。 たとえ貧しくても、人のために尽くしてこそ、報われるのです。 →人のために+尽くすから/×尽くせば、報われるのです。 →たとえ貧しくても、人のために尽くしてはじめて、報われるのです。 要確定条件「A+から/ので+B」を表す場合である。 あの男に復讐してこそ、亡くなった父も浮ばれるというものだ。 ×あの男に復讐 + するから/すれば + こそ、父も浮ばれるというものだ。 →あの男に復讐 + すれば/×するから、亡くなった父も浮ばれるというものだ。 →あの男に復讐してはじめて、亡くなった父も浮ばれるというものだ。 人々がグローバルな眼をもってこそ、人類はサバイバルが可能だ。 *グローバルな眼を + もつから/もてば + こそ、人類はサバイバルが可能だ。 →グローバルな眼を + もてば/*もつから、人類はサバイバルが可能だ。 →人々がグローバルな眼をもってはじめて、人類はサバイバルが可能だ。 しかし、Aが順接仮定条件「A + ば + B」を表す場合に置き換えると、上のように不自然になる。 健康であってこそ、充実した毎日を送ることができる。 →健康+だから/であれば+こそ、充実した毎日を送ることができる。 <322> 3.2. 順接確定条件/原因と理由/モーダス表現 →健康 + だから/であれば、充実した毎日を送ることができる。 →健康で + ありさえすれば/あってはじめて、充実した毎日を送ることができる。 努力してこそ、成功するのだ。 →努力 + するから/すれば + こそ、成功するのだ。 →努力 + するから/すれば、成功するのだ。 →努力 + しさえすれば/してはじめて、成功するのだ。 ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~さえすれば」を参照 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~さえ~ば・~てはじめて」を参照 ただ、順接確定条件でも順接仮定条件でも可能な場合は、置き換えができる。 「~てこそ・~さえ~ば・~てはじめて」は、上の「努力と成功」の例で、違いを示せば、次のようになる。 ~てこそ:モデルを示しながら、プラスとなる道理を説く。 パラフレーズすると「ここに、こうして成功した人がいるのだから、誰だって、努力すれば成功するものだ」になる。 ~さえ~ば:唯一の目標を示して、命令する。 パラフレーズすると「成功したいと考えているのか。もし成功したければ、ほかは何もしなくてよいから、努力だけしろ」になる。 ~てはじめて:最も必要な条件を示しながら、その必然的な結果を述べる。 パラフレーズすると「成功したいのか。もし成功したければ、もちろん才能も運も必要なんだが、でもまず努力することだ。もし努力しなければ、才能や運があっても、成功しないだろうから」になる。 3.2.順接確定条件/原因と理由/モーダス表現 ~ために・~せいで・~ばかりに ~ために:結果を冷静に受けとめた話し手が、淡々と述べる原因を表す。 ~せいで:マイナスの結果や事態を引き起こした非難すべき原因を表す。 ~ばかりに:起こっている結果に、後悔や口惜しさを感じる原因を表す。 接続 未完文/名詞の+ために/せいで ーい/~た/状態名詞な/名詞である+ばかりに ▶〈未完文〉への接続については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 「~ばかり」は接続によって、次のような意味がある。 <323> ~ために・~せいで・~ばかりに ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ばかりだ」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~てばかりはいられない」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ばかりだ」を参照 ▶本文 6.3「変化の表現/比例変化/~ばかりだ」を参照 ▶本文 7.2.「比較・比喩・比例/比喻/~んばかりに」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~ばかりでなく」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + ばかり」を参照 「~ために」の「~に」は、省略されることがあるが、特に、プラスの内容を表す場合は、省略するほうが自然である。 彼女は昔、容姿端麗なため、男子学生の憧れの的だった。 彼女は昔、容姿端麗なために、男子学生の憧れの的だった。 彼女は昔、容姿端麗なため(に)、よく同性から始まれたものだった。 互換性 プラスの結果を表す「~ため(に)」は、互換性がない。 置換 [例] 上の姉が結婚するために、有給をとって、国へ帰ることにした。 次のように、置換え不能。 *上の姉が結婚 + するせいで/したばかりに、有給をとって、国へ帰ることにした。 次のような書き換えなら可能。 →上の姉が結婚 + するせいで/したばかりに、会社を休まざるをえなかった。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/〜ざるを得ない」を参照 次の「~ために」も、互換性がない。 父が還暦を迎えるため、ツアー参加を申し込みに、旅行社へ出かけた。 昨夜、仕事で遅くなり、最終バスに乗り遅れた + ために/×せいで/×ばかりに、息子に駅まで迎えに来てもらった。 明け方、祖母は、心臓発作を起こしたため、救急車で病院に運ばれた。 淀川大橋、工事のため、北行き、3キロの渋滞です。交通情報でした。 前線が近づいているため、明日の午後あたりから、雨になる模様です。 ただいま信号待ちのために、停車中です。今しばらくお待ちください。 濃霧のため、管制塔からの指示があるまで、着陸を見合わせています。 次の「~ために」は「~せいで」にだけ置き換わる。 事故の + ために/せいで、電車が遅れ、入学試験に間に合わなくなってしまった。 いきなり発言を求められた + ために/せいで/※ばかりに、慌ててしまった。 次の「~せいで」は、互換性がない。 何、何が言いたいのよ。私の+せいで/×ために、そうなったって言いたいわけ? 誰の+せいで/×ために、こうなったと思ってんだよ。少しは反省しろよ、な? 次の「~ために」は「~ばかりに」にだけ置き換わる。 ゲームがしたい + ために/ばかりに、小学生がスーパーへ強盗に入ったんだって。嫌われたくない + ために/※せいで、口からでまかせ、嘘八百を並べてしまった。次期ポストがほしいため、金を湯水のように使ったって噂が出ている。母親が恋しいために、何千キロという道のりを歩いた兄弟の物語です。 <324> 順接確定条件/原因と理由/モーダス表現 用例 次の用例は、互換性がある。 久しぶりの同窓会で、みんなとはしゃいで、飲みすぎた + ために/せいで/ばかりに/あまり、二日酔い。今朝からひどい頭痛がする。 ▶本文8.2.「極限/原因と結果/~あまり」を参照 一人っ子で育った + ために/せいで/ばかりに/×あまり、性格はいたって善良だが、のんびりしすぎてしまい、競争心といったものをまるで知らない。 電車が遅れた + ために/せいで/ばかりに、試験に間に合わなくなっしまった。 発言を求められて、慌てた + ために/せいで/ばかりに、赤恥をかいてしまった。 朝の会議で決まった秘密事項を、うっかり噂好きの女子社員に話した + ために/せいで/ばかりに、夕方には社内に知れ渡ってしまい、課長から大目玉をくった。 飲酒運転で人をひき殺した + ために/せいで/ばかりに、人生は暗転してしまい、言うに言われぬ苦労の連続となってしまった。 スが、あまりに安かった + ために/せいで/ばかりに、つい買ないうちに、賞味期限がすぎてしまった。 最愛の人を戦争で亡くしたために、精神に異常をきたしたという噂だ。 少し背が高すぎたために、オーディションに合格しなかったらしい。 我が子が可愛い + ために/せいで/ばかりに、子どもをかばって自殺だって。 なまじ賢い + ために/せいで/ばかりに、ろくに努力もせず、要領ばかり覚えていたが、社会に出てからは、詐欺まがいのことをして、食いつないでいるらしい。 博打好きな + ために/せいで/ばかりに、家族はおろか、友にまで迷惑をかけた。 母は、校長 + だった/である + ために/せいで/ばかりに、あの全 ていたとき、もの全責任をとらされ、余儀なく辞職! 使い分け 「~ため (に)」は、結果のプラスマイナスにかかわらず、使うことができ、マイナスの場合にだけ、話し手のマイナス感情を表す「~せいで/~ばかりに」に置き換わることがある。 「置換」[例] の「上の姉が結婚するために」の場合、会社から有給休暇をとって「国へ帰る」ことが、話し手にとって、プラスの結果なのか、マイナスの結果なのか、この文からでは判別できないので、置き換えることができない。 しかし、話し手は「仕事が忙しい/休むとボーナスが少なくなる/同僚に気兼ねしなければならない」といった理由で、会社を休みたくないと思っているのに、突然「上の姉の結婚」が原因となって、気は進まないが、仕方なしに「会社を休まざるをえなかった」場合、話し手にとって「国へ帰る」ことは、マイナス結果となるので、置き換えることができる。 「上の姉が結婚するせいで」に置き換えると、姉を恨みがましく思い、例えば、年末年始の「お正月」休みや、堂々と休みのとれる「お盆」のころに「結婚すればいいのに」という非難めいた内容にかわってしまう。 「~ばかりに」に置き換えると、忙しい時期や休みのとれないときに、姉が結婚することを残念に思う話し手の気持ちが、聞き手の耳に響いてくる。 これは「父の還暦」の場合も同じで、もしも「父が還暦を迎えるせいで/父が還暦を迎えたばかりに」に置き換えたとすると、還暦祝いとして、ツアー旅行をプレゼントしなければならなくなり、父親が「60歳になる/なった」ことを「恨み/残念 + に思う」話し手の映像が、浮かび上がってくる。 <325> また「最終バス/心臓発作」の場合、原因はマイナスであっても、結果「息子に駅まで迎えに来てもらった/救急車で病院に運ばれた」は、必ずしもマイナスではないので、置き換わらない。無理やり置き換えると、次のようになってしまう。 ~せいで: 最終バスに乗れなかったが、息子には迎えに来てほしくなかった。いやな息子が迎えに来たのは、最終バスに乗れなかったからだ。乗せてくれなかったバスが悪い。 祖母を救急車で病院に運ぶなんて、あまりにもひどい。すべて心臓発作に原因があり、発作を起こした祖母が悪い。 ~ばかりに:いやな息子が迎えに来るなんて、最終バスに乗っていたら、よかったんだ。もっと急いでいれば、間に合ったのに。 祖母が救急車で運ばれただなんて、とてもくやしい。心臓発作など、起きなければよかったのに。 万一、話し手が上のような気持ちになることがあれば、置き換えは可能である。ところが、たとえマイナスの結果を表していても、感情をまじえずに話すことが期待されている「交通情報/天気予報/車内アナウンス/機内アナウンス」などでは、濃厚な感情を表現する「~せいで・~ばかりに」は使うことができない。 ① 「~ために/~せいで/~ばかりに」の接続 「~ばかりに」は、名詞と動詞に接続する場合、次のように「~ために/~せいで」とは異なっている。 名詞 + の + ために/せいで/※ばかりに 状態名詞 + な + ために/せいで/ばかりに (状態)名詞 + である/だった/であった + ために/せいで/ばかりに 動詞「-る」形 + ために/せいで/※ばかりに 動詞「~た」形 + ために/せいで/ばかりに 形容詞「-い/~た」形 + ために/せいで/ばかりに つまり「~ばかりに」が接続しないのは、動詞「-る」形と「名詞 + の」である。 ▶名詞に接続する「テレビばかり見る・酒ばかり飲む・ゲームばかりする」については本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ばかりだ」を参照▶また、時間を表す「起きたばかりだ」については本文2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ばかりだ」を参照 「ーる」形と「~た」形で、次のような違いがある。 弟が留学する + ために/せいで/×ばかりに、父は金の亡面にあちこち奔走した。 弟が留学した+ために/せいで/ばかりに、父は金の工面にあちこち奔走した。 「ーる」の場合、弟の留学は、〈基準時「父が奔走した」未実現〉で、父親がいまだ自 <326> 3.2. 順接確定条件/原因と理由/モーダス表現 分のそばにいる息子のために、入学金や学費、当座の生活費など、留学費用の借金に走り回っていることになるが、これを「~た」にすると、〈基準時以前既実現〉になり、すでに自分のそばにいない息子の生活費を仕送りするため、借金に走り回っていることになる。 つまり「~ために/~せいで」は、〈基準時未実現〉「国へ帰るとき上の姉はまだ結婚していない/旅行社にいったとき父はまだ満60歳を迎えていない」も、〈基準時以前既実現〉「息子が迎えに来たときすでに最終バスに乗り遅れていた/病院に運ばれたとき祖母はすでに心臓発作を起こしていた」も表すことができる。 しかし「~ばかりに」は、〈基準時以前既実現〉しか表すことができない。基準時以前に、すでに実現しているというのは、過去の状態が基準時においても持続しているか、過去の出来事かになるので、形容詞や(状態)名詞、動詞の「~た」形には接続できても、動詞の「-る」形には接続できないということになる。 また、意味の上からも「A-い/~た/~な + ばかりに + B」は、話し手の「後悔/残念/同情」といった気持ちを表すので、もし基準時BでAが未実現なら、後悔といった感情は表しようがないので、Aは〈基準時B以前既実現〉ということになる。 ▶巻末「動詞と時の表現」を参照 [例](p.323)の「事故のために電車が遅れ、入学試験に間に合わなくなった/いきなり発言を求められたために慌ててしまった」が「~ばかりに」に置き換わらないのは、前者「事故」は「名詞 + の」に接続できないからであり、後者は、A「発言を求められた」が、たとえ基準時B「慌ててしまった」以前既実現であっても、慌てたことを「後悔」する、または「残念」に思う理由を、自分が犯した過ちでもない「発言を求められた」ことにできないからである。 この場合は、発言を求めた人を責めて非難する「発言を求められたせいで」が、ぴったりする。 しかし「用例」(p.324) の「発言を求められて、慌ててしまったために、赤恥をかいてしまった」や、また「発言を求められたとき、準備ができていなかったために、慌ててしまった」なら、慌てたことが、恥をかいて後悔した理由になるし、準備不足で、慌てたことも後悔できるので、どちらも「~た + ばかりに」に置き換えることができる。 使い分けワンポイント ②原因と目的を表す「~ために」 「A + ために + B」のAは、BがAの起こった「結果」なら「原因」を表し、Aの実現を目指して、Bという「努力」をする場合は「目的」を表すことができる。 兄は、結婚するために、アルバイトして、お金をためている。(目的) 兄が結婚するため、父はアルバイトして、お金をためている。(原因) ▶本文36「順接確定条件/目的/~ために、を参照 したがって、Aが〈基準時B以前既実現〉「~た」形であれば、原因を表すのは当然としても、Aが〈基準時B未実現〉「- る」形の場合、基本的には、目的を表すはずであるが、ときに原因を表すこともあり、上のように、AとBの主格が「一致」する場合は「目的」を表し、逆に「異なる」場合は「原因」を表すことになる。 <327> しかし「将来、兄が結婚する」ということが、はたして今「父がアルバイトをしなければならない」未実現の原因なのか、それとも「父がアルバイトをしてまで実現させたいと考えている」目標や目的なのかは、父親に聞いてみなければわからない。 ただ、原因を表す「~ために」は、同じ原因を表す「~から/~ので」とは異なり、〈述べ立て文〉と、その〈問いかけ文〉にしか使えないので、〈働きかけ文〉や〈情意表出文〉に使うと、必ず目的を表すことになる。 ▶巻末「文/文の種類/動詞と時の表現」を参照 再検査をするため、来週、一日、会社を休んでください。(目的) →再検査をしますから、来週、一日、会社を休んでください。(原因) 再検査のため、来週、一日、会社を休みたいのですが。(目的) →再検査なので、来週、一日、会社を休みたいのですが。(原因) 再検査をするため、先週、一日、会社を休みました。(目的/原因) 再検査のため、先週、一日、会社を休みました。(目的/原因) 「A - る + ために + B」は、たとえAとBの主格が一致していても、原因なのか、目的なのか、紛らわしい場合がある。 しかし、Aが名詞の場合、基本的に「Aのために」は、Aが未実現を表すプラスの名詞「自由/成功/健康/人類の幸福/環境保全/明るい社会」などであれば、目的を表し、既実現を表すマイナスの名詞「事故/事件/失敗/病気/死亡」などであれば、原因を表し、中間にあるものは、文脈によって判断できるようになっている。 あなたの+ために/×せいで+生きてきたのよ。それを「別れよう」だなんて。 私の+せいで/×ために+そうしたいの?それともほかに好きな人ができたの? ただ、Aが「人間」の場合は、役割分担がきっちりできていて、プラスのほうは「〝のために」が一手に引き受けて、その人の「利益のために」という目的専用となり、マイナスのほうは、相手を非難する「〝せいで」が原因専用となる。したがって、通常の場合、上の例は互換性がない。 子離れしない親の + ために/せいで、結婚しなかったって、冗談だろう? 子離れしない親の + せいで/※ために、結婚できなかったって、冗談だろう? 上の場合も、原因を表す場合は「~せいで」を使うほうが無難である。 使い分けワンポイント ③ 「~ために」と「~から/~ので」 原因を表す「~ために」と「~から/~ので」は、上で述べたように、前者が〈述べ立て文〉と、その〈問いかけ文〉でしか使えないのに対して、後者が、すべての文で使えるというほかに、次のような違いがある。 ご飯を3杯も食べた+から/ので/ために、おなかがいっぱいで、眠くなった。 お昼にご飯を3杯、食べ+ましたから/×たために、まだおなか、空いてません。 昨日の日曜日、天気がよかった+ので/×ために、久しぶりに公園を走ってみた。 宿題が早く終わった+から/×ために、のんびりテレビでドラマを見てるんだ。 宿題が終わらなかった+ので/ために、昨夜は、テレビを見ないで寝ました。 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/~から・~ので」を参照 原因を表す「~ために」は、日常生活のなかで、すでに習慣となっていることには使 <328> 3.2. 順接確定条件/原因と理由/モーダス表現 うことができず、プラスのことであれ、マイナスのことであれ、非日常的な結果を招いた、非日常的な原因を表す場合に使われる。 上の姉が結婚する + から/ので/ために、有給をとって国へ帰ることにした。 みんなで飲んでいたんだけど、遅くなったから「帰る」と言っているのに、帰らせてくれ なかった + から/ので/ために、最終バスに乗れなかったんだよ。 「~ために」が、マイナスの出来事に多用されるのは、おそらく「非日常的な原因」を表すというのが、真相であると思われるが、結果が当然の成り行きになる場合に使うと、言い訳めいて聞こえるか、感情をまじえないニュートラルな話し方をする車内や場内アナウンスのように響くので、むしろ「~から/~ので」を使うほうが無難である。 使い分けワンポイント ④~ばかりに・-さに ゲーム、したさに、小学生がスーパーへ強盗に入ったんだって。 →ゲームがしたい + ために/ばかりに、小学生がスーパーへ強盗に入ったんだって。 次期ポスト、ほしさに、金を湯水のように使ったって噂だ。 →次期ポストがほしい + ために/ばかりに、金を湯水のように使ったって噂だ。 母親、恋しさに、何千キロという道のりを歩いた兄弟の物語。 →母親が恋しい + ために/ばかりに、何千キロという道のりを歩いた兄弟の物語。 ただもう嫌われたく + ないために/ないばかりに/×なさに、口からでまかせ、嘘八百を並べてしまった。 「~ために/~ばかりに」と互換性をもつ上の「したさ/ほしさ/恋しさ + に」は、本能的な欲望や希望を表す「~たい/~ほしい/恋しい」などの「- い」が、名詞を作る「- さ」にかわって、そのあとに「~に」がついたものであるが、次のような「あまりの + 名詞 + に」の「名詞 + に」と同じものである。 あまりのおいしさに、弟の分まで食べてしまって、けんかになった。 疲れているのに、宿のあまりの静けさに、眠れなくなってしまった。 ▶本文8.2.「極限/原因と結果/あまりの~」を参照 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 ▶巻末「形容詞/一人称形容詞の使い方」を参照 つまり「-さ」に、原因や理由を表す「~に」がついたものであるが、否定「~ない」を「~なさ」にしたものには使うことができない。 「ゲームがしたいばかりに」と「ゲーム、したさに」は、どちらも「あまりにも/ひたすら/どうしても/何が何でも+ゲームがしたくて」という極限状態にある欲望や希望が原因や理由となっていることを示しており、結果は、常識を超えた、むしろ軽はずみともいえる言動に走ってしまった内容になる。 話し手の評価が、プラスかマイナスかは、前後関係の文脈によるが、プラスなら「そんな苦労までして、よくやった」という讃嘆になるし、マイナスなら「あきれた、そこまでしなきゃダメなの」という軽蔑になってしまう。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~だけ/~ばかり/~まで』の基本概念」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~てばかりはいられない」を参照 この「-い + ばかりに」も原因や理由を表し、結果に対して話し手の「後悔/残念」を表す「~た + ばかりに」の使い方とは違ってはいるが、いずれも「テレビばかり見 <329> る/そればかりは許してください/遊んでばかりいる/言うばかりで何もしない/忙しいばかりで金にならない/来るものとばかり思っていたのに/仕方なく寝ているばかりだ」など、ほかのものを「排除」するという意味の「~ばかり」が使われている。 したがって「ほかでもなく+ゲームがしたいばかりに/ゲーム、したさに」は、究極の欲望を表し、ただ「ゲームがしたい」という強迫観念にとらわれ、その欲望のほかには何も考えられない一種のパラノイア状態を表している。 ゲーム/お金/子ども + が + 「した/ほし/可愛」 - い + ばかりに →ゲーム/お金/子ども + ∅ + 「した/ほし/可愛」 - さ + に ただ「~ばかりに」から「- さに」へ書き換える場合、上のように「~が」の脱落が必要になる。 両者の違いは、後者のほうが短いだけ、話し言葉に多用され、〈ウチ〉〈ソト〉で使えるが、古さを感じさせる表現なので、年配者はともかく、若い人に使えるかどうか定かでない。どちらかというと、センセーションを新聞や雑誌の見出し、映画や演劇のチラシといった広告に使われる可能性がある。 前者「~ばかりに」は、むしろオーソドックスな書き言葉で、話し言葉では〈ソト〉または記者会見などの〈ヨソ〉に使われ可能性が高い。やはり、年配者向きの表現で、若い人は使わないかもしれない。 上の3つは、「用例」(p.324)のように、接続が一致し、起こった事態がマイナスなら、置き換わるが、互換性のある場合、次のように使い分けられる。 AためにB:Aが引き起こしたマイナスの非日常的な事態Bを、事実として冷静に受けとめ、感情をまじえずに、話す場合に使われる。〈ソト〉〈ヨソ〉に対して多用される。 AせいでB:マイナスの事態Bを引き起こした元凶は、すべてAにあると考え、Aを不満に思い、非難する場合に用いられる。 激しい感情を表すので、主に〈ウチ〉か敵対的な〈ヨソ〉に使われる。AばかりにB:マイナスの事態Bが起こった原因は、Aのほかには考えようがないと判断し、さらに「原因Aを生みだしたものは何か」ということを究明した場合に使われる。 もしAを生みだしたものが「ほかでもなく自分自身」なら、後悔や自責の念にとらわれ、自分を情けなく思ったり、反省したりする。しかし、もし「事故」などであれば、それに関係したことを、残念に思ったり、くやしく思ったりするし、Aがまったくの「他人事」であれば、同情したり、あきれたりする場合に使われる。 〈ウチ〉〈ソト〉で使われるが、かなり内面的な感情を表すので、書き言葉なら、日記や手紙など、また話し言葉なら、親しい人に心を打ち明けるといった場面に多用される。 <330> 3.2. 順接確定条件/原因と理由/モーダス表現 特に名詞「せい」には、次の「AをBのせいにする」という使い方がある。 タバコをストレスのせいにして、肺癌になったら、バカらしくない? 頭の悪いのを、親のせいにして、遊んでいると、それこそ「この親にして、この子あり」って言われてしまうぞ。 ことがうまく運ぶと、自分のせいにして自慢し、うまく行かないと、人のせいにして知らん顔するなんて、人の上に立つ者のすることだと思う? 「AをBの責任にする/Aの責任をBに転嫁する」という意味に使われているが、激しく非難しながら「~せいで」を使うと、自分の責任を、ほかの事態や他人に押しつけているように受けとられることが多い。 使い分けワンポイント ⑥~おかげで 両親のおかげで、経済的な苦労もせず、大学院まで進むことができた。性格が素直なおかげで、いじめにも遭わず、学校に通っているようだ。人より背が高いおかげで、バスケット選手として、脚光を浴びてきた。声が低く、よく通るおかげで、司会などをすると、喜んでもらえます。よいお天気に恵まれたおかげで、本当に楽しい運動会になりましたね。 接続:未完文「-る/ーい/~た/~だ」+ おかげで/せいで ▶〈未完文〉への接続については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 「~おかげで」は、原因となったものに対して、話し手が感謝の気持ち表す場合に使われるので、原因に対して、恨みや非難を表す「~せいで」とは対照的である。 課長のおかげで、今日も残業のお付き合いなんだけど、家庭不和でもあるのかな。ここのところ、課長、早く家に帰ったためし、ないものね。 バカな親がいるおかげで、どこへ連れていっても、恥をかくんだよね。 娘に料理をしてもらったおかげで、ほら、見てくださいよ、この台所、とっ散らかって。 ただ「~せいで」は、恨みをこめた激しい感情を外に表し、大人げない印象を聞き手に与えるので、怒りや腹立ちを抑制したい場合は、上のように「皮肉/冗談」に聞こえる「~おかげで」が、よく使われる。 ただ聞き手へ直接に向けられると、非難の「~せいで」は、けんかを売っているようになり、逆に「~おかげで」は、お世辞と受けとられる可能性があるので、どちらも陰で、第三者が原因となる場合に使われることが多いが、これは、本人のいないところで本音を話すほうが、真実味が伝わるからでもある。 あんた/こいつ 十 のせいで、コーチがむくんじゃって、グランド 50 周なんだよ。 おまえがぐずぐずしてるせいで、掃除当番じゃないか。何が全体責任だよ。 おかげさまで/この方のおかげで、助かりました。もう少しで道に迷うところでしたから。 (代わりに行ってくれた) おかげで、こっちの客を待たせないですんだよ。 上のように、わざわざ聞き手や、その場にいる第三者に向けられた場合、前者「~せいで」は、聞き手や第三者を名指しにして非難するが、後者は、最後2例のように、感謝すべき具体例をあげる使い方はしても、聞き手のほうは名指しにしない。〈ソト〉〈ヨソ〉に対してなら「おかげさまで」になり、親しい〈ウチ〉や〈ソト〉に対しては「おかげで」が使われる。 あ、さっきはどうも。おかげさまで社長に叱られちゃいましたよ。 <331> あなたのおかげで、今日の試合、うまくいったね。完敗だったしね。 しかし、上のような皮肉になると、特に下のほうは、試合に「負けた」という状況があるので、たとえ「完敗だったしね」がなかったとしても、感謝されているとは、受けとりにくくなる。 みんなが手伝いにきてくれたおかげで、引っ越しが手早くすんだ。 ×みんなに手伝いにきてもらったおかげで、引っ越しが手早くすんだ。 ▶本文9.「授受動詞と敬語/~てくれる・~てもらう」を参照 「~おかげで」は、動作動詞につく場合、しばしば「(あなたが私に)~て + くれる/くれた + おかげで」になって、聞き手「二人称/あなた」に対する感謝を表すが、もし「(私があなたに)~て + もらう/もらった + おかげで」を使うと、話し手「一人称/私」が自分に感謝するように響いて、冗談ならともかく、不自然になる。 使い分けワンポイント⑦~ゆえに・~がゆえに・~がために 「~(が)ゆえに」は古語的な書き言葉なので、現在では、ほとんど使われていない。多くの場合「~ために」にとって代わられている。 若さ(の)ゆえに/若い(が)ゆえに/若い(が)ために、思慮分別を欠き、思わぬ失敗をすることがよくある。 なまじ + 聡明 (な) ゆえに/聡明なために/聡明である (が) ゆえに/聡明である (が) ために、おごりたかぶって、人の反感を買ってしまう。 女である (が) ゆえに、今日でもなお、故ない差別を受けることがある。 子どもが可愛い (が) ゆえに、その犯した罪を認めまいとする親がいる。 母が再婚した (が) ゆえに、弟は養父に、痛ましいまでの遠慮を示した。 ただ + 地位がほしい (が) ゆえに/地位がほしい (が) ために/地位がほしいばかりに/地位ほしさに、知己ともいえる友人を裏切ったらしい。 同居することに + なったために/×なった (が) ゆえに/×なったがために、両親は二世帯住宅を買ってくれた。 接続:-る/ーい/~た/(状態)名詞/名詞の/状態名詞な+ゆえに -る/ーい/~た+が+ゆえに 「~(が) ゆえに」は、名詞のあとの「~の」と、状態名詞のあとの「~な」を省略するほうが、より古語的で、その他の「~が」は、省略しないほうが、より古語的である。「~(が) ゆえに」と「~ために」の違いは、後者が、原因や結果のプラスマイナスにかかわらず、非日常的な結果を招いた、非日常的な原因を表すのに対して、前者「~(が) ゆえに」は、マイナスの非日常的な結果を招いた、プラスマイナスの非日常的な原因を表す場合に使われる。 また「~ために」は、事態に対し、ニュートラルな感情を表そうとするが、逆に「~ゆえに」は、マイナスの結果にふさわしい「残念/遺憾/後悔/自嘲/軽蔑/悲哀」などを表すことができる。しかし、同じような感情を表す「~ばかりに」と比べると、はるかに抑制的で、事態に対する冷静で客観的な態度を示している。 ところが、古語的な表現になる「~がために」の場合、マイナスの非日常的な結果を招いた、プラスマイナスの非日常的な原因を表す場合に使われ、ほとんど「~がゆえに」と重なりを見せ、同じ意味になってしまう。 <332> 3.2. 順接確定条件/原因と理由/モーダス表現 ここでも、違いは、感情的にニュートラルな前者「~がために」に対して、後者「~がゆえに」にマイナスの感情がこもることである。 例えば「女ゆえに/女であるがゆえに」の場合、話し手は、おそらく女性で、女性であることを嘆いていることになるが、これを「女であるがために」にかえると、話し手は、女性か男性か、わからなくなってしまう。 命題「犬であれば動物である」という場合の「犬」と「動物」は、それぞれ必要条件と十分条件ではあっても、互いに必要十分条件ではないがゆえに、逆命題「動物であれば犬である」が成り立たない。 謎のインカ帝国という魅力ゆえに、世界遺産マチュピチュは、世界で最も人気の高い観光地の一つである。 愛とは、私のものでもなく、また相手のものでもなく、ふたりの間にあるものであるが故に、ふたりで築きあげたり、破壊したりするものなのである。 吃音は、障害が軽いゆえに、専門家でさえ、治ると思い込んでしまう。 $\angle C=\angle G=\angle R$ であり、AB=EF、BC=FG であるゆえに、$\triangle ABC$ と $\triangle EFG$ は合同である。 $\rightarrow\angle C=\angle G=\angle R$、AB=EF、BC=FG $\therefore(\phi\text{えに}/\text{よって})\triangle ABC=\triangle EFG$ 上のように「~ゆえに」は、科学的な論文など、客観性を必要とする記述に用いられることがある。これは「~ために」にはない使い方である。 使い分けワンポイント ⑧~ためだ・~せいだ・~おかげだ エアコンの売れ行きが悪いのは、異常気象で冷夏の+ため/せい+だ。 こんなに遅くなったのは、駅で人身事故があった+ため/せい+です。 申し訳ございません。こんな結果になったのは、みんな私のせいです。 こうして今年も優勝できましたのは、最後まで応援してくださいました皆様のおかげです。 本当にありがとうございました。 彼が一生懸命イタリア語を勉強しているのは、留学するためです。 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/~からだ」を参照 ▶本文1.1.「主題/提題/『~のは』の使い方」を参照 「Bのは + A + ため/せい/おかげ + だ」も「Bのは + Aからだ」と同様、文頭に主題「B + のは」をたて、結果としてBが「成立する/成立した」原因や理由Aを説明するために使われる。 「A+からだ」は、一般的な内容や日常的な出来事について、感情をまじえずに、中立的な立場から使われるが、上の「A+ため/せい/おかげ+だ」は、非日常的な出来事であり、濃厚な感情が投影されている。それぞれの使い分けは、特に「使い分け⑤⑥」の「A+ために/せいで/おかげで」に述べた説明と同じである。なお、最後の例は、目的の「~ためだ」を示している。 ただ「~ばかりに」には、上のような使い方はないが、次のような「~ばかりだ」があり、きわめて多様に使われている。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ばかりだ」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ばかりだ」を参照 <333> ~ために・~せいで・~ばかりに ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ばかりだ」を参照 使い分けワンポイント⑨~ためか・~せいか・~おかげか 歳のせいか、物忘れがひどくなり、さっきはずしたばかりの眼鏡を、どこに置いたのか、もう思い出せないことがよくあります。 年ごろのせいか、童顔で、幼さの抜けなかった姪も、しばらく会わない間に、めっきり女らしくなっていた。 いつになく体の調子がいい+せい/×ため+でしょうか、久しぶりに河原を走ってみたくなったのです。 暖かくなった + せい/おかげ/から/×ため + 加、気分がよくなり、体の具合が少しよくなったような気がする。 夜更かしが続いた + せい/から/ため + か、目がちからかする。 クラスメートたちに、2、3度いじめられた + せい/から/ため + か、学校に行きたくないと言っているらしい。 友だちの + せいで/×せいか、先生に呼び出され、叱られてしまった。 新しい先生の + おかげで/×おかげか、成績がよくなりはじめた。 →新しい先生の教え方の + おかげで/おかげか/せいか、成績がよくなりはじめた。 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/~からか」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/文中の『~(の)か』」を参照 「A + ため/せい/おかげ + か + B」も「A + からか」と同様に、結果Bを導いたのが「はっきりAであるとはいえないが、おそらくAではないか」と話し手が推測する場合に用いられる。 使い分けは、基本的に「~ために/~せいで/~おかげで」と同じではあるが、Aがプラスかマイナスかにかかわらず「~せいか」が多用され、また「~ためか」は、マイナスの場合にしか使うことができない。 「×人+の+せい/おかげ+か」は、判断の根拠としては、あまりに漠然としているからか、使われることはない。 使い分けワンポイント⑩~のための・~による+名詞 成人病予防のためのさまざまな運動が研究され、各地で広まっている。 →成人病を予防するための運動が研究され、各地で広まっている。 来週から開かれる世界平和のためのシンポジウムに参加しますか。 →世界平和を実現するためのシンポジウムに参加しますか。 青少年育成のためのボクシングジム建設が計画されているそうだ。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~ために」を参照 過労による風邪のために、肺炎を起こしている可能性があるらしい。→過労のために生じた風邪で、肺炎を起こしている可能性があるらしい。大企業に集中した景気回復の偏りによる貧富の両極化が進行している。→景気回復の偏りのために引き起こされた貧富の両極化が進行している。社長の要望による無理な計画の変更によって、社内は混乱に陥った。→社長が要望したために、計画は無理に変更され、社内は混乱に陥った。 <334> 3.2. 順接確定条件/原因と理由/モーダス表現 「AのためのB」は「Aを目的としたB」を表し、一方「Aが原因となったB」を表すには「AによるB」が用いられる。どちらも、AとBに名詞を使って、文を簡潔にするために使われる。ただ最後の例のように「社長」から「変更」までが長くなると、むしろ簡潔さが失われてしまう恐れがある。 事故 + のための/による + ダイヤの乱れが復旧するには、かなり時間がかかる。大地震 + のための/による + 家屋倒壊は、すでに千戸を超えていると言われる。工事 + のための/による + 渋滞が続いていますから、中央線は迂回してください。 A「事故/大地震/工事」が、明らかにB「ダイヤの乱れ/家屋倒壊/渋滞」の原因とわかる場合は、上のように「AのためのB」が、まれに原因を表すこともあるが、やはり「~による」のほうが自然である。 使い分けワンポイント『~によって』の使い方 「名詞Aに+よって」は、動詞「よる」から来ており、漢字表記で「因る/由る」などが原因や理由を表し、さらに「依る/拠る」が手段や根拠、相応変化を表し、次のような書き言葉での使い方がある。 ただ「使い分け⑩」で述べた「名詞Aによる名詞B」へ書き換えは、名詞部分が長くなればなるほど、文が簡潔になるというより、煩雑になる場合が多いので、お勧めできない。 1. 原因や理由 経営陣が計画した新しい営業戦略の失敗 + によって/のために/のせいで/のおかげで、今月の売り上げが大幅にダウンしてしまった。 →経宮陣が計画した新しい宮菜戦略の失敗による売り上げの激減 踏切での衝突事故 + によって/のために、運行に2時間の遅れが出た。 →踏切での衝突事故 + のせいで/のために/×によって、遅刻したんだ。 あいつの告げ口 + によって/のために/のせいで/のおかげで、校内の虐めが発覚し、 各レベルでの取り調べが始まった。 →あいつの告げ口 + のせいで/のおかげで/×によって/×のために、先生に叱られたのです。ここは火山の噴火 + によって/で + 陥没したあと、湖になったものだ。 話し言葉に傾くと「~によって」が使えなくなる。 2. 受身の動作主 これは、火山の噴火 + によって/に/で + 押し流された溶岩なのです。 ライトアップ + によって/×に/で、夢幻的な光景が生み出された。 文化祭では、学生たち + によって/×に、外国語劇が披露された。 →学生たちによる外国語劇が来賓に披露され、好評を博した。 →学生たちによって、来賓に外国語劇が披露され、好評を博した。 コミュニケーションの手段として、英語は、世界中の人 + によって/に + 話されて/使われて + いる。 先生 + によって/×に + クラスのみんなに転校生が紹介された。 先生+によって/×に+クラスのみんなに転校生が紹介された。 ▶本文 3.4.「順接確定条件/手段/『~で』の使い方」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 もし話し手が「火山の噴火/ライトアップ」を原因や手段と考えれば、原因や手段を <335> 表す「~で」を使うことができる。 ×ライトアップに、夢幻的な光景が〈夜の暗闇に〉生み出された。 火山の噴火が溶岩を押し流した→火山の噴火に溶岩が押し流された。 ▶巻末「動詞の種類/受け手不在動詞」を参照 ▶本文9.「授受動詞と敬語/受け手不在動詞と授受動詞」を参照 上の例のように、動作の受け手が存在する文を受身に書き換える場合、受身の動作主を表す「~に」を使うことができない。 3. 手段 長年の研究成果 + によって/×で/×に、これまで謎に包まれていた医学上の疑問点が明らかにされた。 →長年の研究成果 + によって/で/×に、これまで謎に包まれていた医学上の疑問点が明らかになった。 →長年の研究成果による医学上の疑問点の解明が可能になった。 (注)「使い分け⑩」の「~による + 名詞」も、上のように長くなると読みづらくなる。 インターネット + によって/×で、人間は居ながらにして、世界を概観できるとはいえ、泡濫する情報に支配されるようになった。 →インターネット + によって/で、人間は居ながらにして、世界を概観できる。 →インターネット + で/×によって、何だって調べられるんだからね。 多くの大企業は、高齢層をリストラすること + によって/で、不況を乗り越え、莫大な利潤を上げるようになった。 ▶本文 3.4.「順接確定条件/手段/~で・~によって」を参照 水彩絵の具+で/×によって+描かれたデザイン画が受けている。 水彩絵の具「心」 テサイン画が受けている。 「受身の動作主」と「手段」との境界線上にあるような例では、手段を表す「~で」を使うことができない。逆に「インターネット/絵の具」のように、明らかに手段や道具を表す場合は「~で」が使われる。 4. 根抛 今回の実験結果 + によって/×で、次のことを明らかにしたいと思う。このような場合、前例 + によって/×で、判決が下されることになる。→前例に + よる/基づく + 判決が下されることになる。いくら売り上げたか + によって/で、給与の支給額を査定しますので。 いくら売り上げたか + によって/で、給 →いくら売り上げたかによる給与支給額の査定 遠足を決行するかどうかは、天気予報 + によって/×で + 決定される。 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~によれば」を参照 「決まり/規則/法律/例/恒例/定例/前例 + によって」など、明らかに根拠を表すものについて使われることが多い。ほかの「実験結果/売り上げ/天気予報」などは、手段と変数の境界例である。 <336> 3.2. 順接確定条件/原因と理由/モーダス表現 5.相応変化 遠足は、前日の天気予報によっては、中止になる場合があります。 売り上げと勤務日数によって、年収に開きが出るようになっている。→売り上げと勤務日数による年収の開き ときと場合によっては、柔軟に対処してくれるよう、お願いしたい。 →ときと場合による柔軟な対処 地方により、家庭によって、キムチの味が異なると言われている。 ▶本文6.2.「変化の表現/変数/~による」を参照 相応変化を表す「変数 + によって」は、話し言葉でも使われる。 使い分けワンポイント ⑫ ︸て・~なんて・~とは + 感情 「A + て/なんて/とは + 感情B」は、Aが「文末にくる話し手の感情B」の原因を表す場合がある。 「A + て + B」は、過去の事実Aに対する話し手の素直な感情Bを、結果として表すが、同じ感情Bを表しても「A + なんて/とは + B」には、事実Aに対する話し手の予想外の驚きがまじっている。 最後の例「任期」の「~て」は、第三者か、国際電話で話している聞き手が「帰国してしまって」からの、話し手の「寂しさ」を表しているが、同じ「寂しさ」を表している「~なんて/~とは」は、聞き手が「帰国してしまった」ことを聞いたときの、話し手の「驚き」を表している。 つまり、前者「A + て + B」の感情Bは、すでに過去のものとなった事実の「結果」にすぎないのに対して、後者の感情は、驚きをまじえることによって、直面した事実との臨場感ある「同時性」を表し、よりダイレクトな感情表現になっている。 ▶巻末「形容詞/一人称形容詞の使い方」を参照 (彼/彼女/あなた/私 + の/は) 成績があまりに悪くて、恥ずかしいんです。 ×成績があまりに悪い + なんて/とは、恥ずかしいんです。 はじめまして。お会いできて、とてもうれしいです。 ×はじめまして。お会いできる+なんて/とは、とてもうれしいです。 昨日は久しぶりに、いろんなお話ができて、とても楽しかったです。 ×いろんなお話ができた+なんて/とは、とても楽しかったです。 <337> お忙しいところを、お会いくださって、ありがとうございました。 *お会いくださる + なんて/とは、ありがとうございました。 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/感情語 + ながら」を参照 したがって「~なんて/~とは」は、感情を表しても、当然の結果を表すだけで意外さのない場合には使うことができない。 こんなところで、お会いできる + なんて/とは、とてもうれしいです。 ×こんなところで、お会いできて、とてもうれしいです。 欠席どころか、一度も遅刻しなかった + なんて/とは、驚きですね。 ✗欠席どころか、一度も遅刻しなくて、驚きですね。 あんな人が課長に昇進 + だなんて/とは、あきれた人事異動だよ。 ✗あんな人が課長に昇進で、あきれた人事異動だよ。 →あんな人が課長 あの若 たいましたよ。 ですね。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~とは・~なんて」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/Aなんて(いう)A'」を参照 逆に「~て」は、事態や第三者に対する驚きや意外さ、または評価を表す場合には使えなくなる。評価もまた「同時性」を表している。 「感情」を表す場合の「~なんて」と「~とは」の違いは、前者が話し言葉で使われ、後者が書き言葉か年配者によって使われるという点にすぎない。 一枚しか宝くじを買わなかったのに、一等が当たって、ぴっくりした。→一枚しか買わなかったのに、一等が当たった + なんて/とは、...。 上の2例のうち、上のほうは「話し手」が、自分で買った「宝くじが当たった」ので、自分で「びっくり」しているが、下のほうは「話し手」か「第三者」が買った「宝くじ」が「思いもかけず当たった」ことに「話し手」が「びっくり」している。 頑張ったのに、成績がこんなに悪い + なんて/とは、情けないね。 こんな授業に、高い学費を払う + なんて/とは、バカだ/バカらしい。 初めての応募で、当選した + なんて/とは、信じられない。 「評価」を表す場合の「~なんて」と「~とは」は、話し言葉と書き言葉との違いのほかに、前者が、第三者への評価にも、話し手自身へ評価にも使えるのに対して、後者は、主に第三者への冷静な評価に使われることである。 「頑張った/払う/当選した」のが第三者なら、両者の違いは「感情」を表す場合と同じである。 しかし話し手の場合は違いを見せ、前者「~なんて」が、思いついたまま、主観的に自己評価しているのに対して、後者「~とは」は、自分自身を第三者に見立てて、客観的に自己評価している点である。 使い分けワンポイント ⑬~だ + なんて + 感情 まあ、都心にあるのに、こんなに静かだなんて、驚いてしまいますね。 あ~、せっかく子どもたちが楽しみにしていた運動会が雨だなんて。 それで父親だなんて、よくも言えたものね。まったく。恥ずかしくない? <338> 3.2. 順接確定条件/原因と理由/モーダス表現 わざわざ高くていいものを買って作ったのに、おいしくないだなんて。 そうかな~。こんなものにメリットがあるだなんて、認められないな。 朝からずっと探してるのに、こんなところにあっただなんて、もう! 子どもを車に残して、親がパチンコしてるだなんて、信じられない。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/女性非敬体の『~のね』を参照 「-る/−い/~た/(状態)名詞だ + なんて」は、話し言葉で、上のように「-る/ーい/~た/(状態)名詞 + だ + なんて」になることがある。 おそらく「(状態) 名詞だ + なんて」の接続が「(状態) 名詞 + だなんて」になり、これが「-る/−い/~た」にも適用されて「-る/−い/~た + だなんて」になったと考えられるが、わざわざ断言を表す「~だ」を加えることによって、あとに続く話し手の感情や評価を強める働きをしている。 これは〈非敬体〉男性専用の「~だ」が、女性にも使われる珍しいもののひとつである。というより逆に、動詞と形容詞では女性専用に近い響きをもつ「~だなんて」である。 使い分けワンポイント ⑭ 感情語 + ことには 「使い分け⑫」にあげた「A + て/なんて/とは + B」の例は、次のように「B うれしいことには、試験の結果、奨学金がもらえるようになった。 とても残念なことには、もう少しだったのに、負けてしまったのです。 うらやましいことには、李さん、これまでずっと一番でしょう? ☆寂しいことには、(彼/彼女/※あなた + が/は) 思っていたよりも早く帰国してしまった ☆恥ずかしいことには、(彼/彼女/※あなた/私+の)成績があまりに悪いのです。 ☆うれしいことには、初めてお目にかかれたのです。 ☆とても楽しかったことには、久しぶりにいろんなお話ができたのです。 ☆ありがたいことには、お忙しいところを、会ってくださったのです。 ☆うれしいことには、思いがけないところで、お会いできたのです。 びっくりしたことには、一等が当たったんでゅつつ。 情けないことには、頑張ったのに、成績が悪かったのです。 バカらしいことには、こんな授業に、高い学費を払ったのだそうです。 信じられないことには、初めての応募で、当選したんです。 ▶本文2.3.「時の表現/基準時同時間帯/感情語+ながら」を参照 ▶本文4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ないことには」を参照 ▶本文3.3.「順接確定条件/根拠/~ことには」を参照 書き換えて変化したのは「☆」のついた例で、聞き手との間の出来事が、聞き手とは無関係な出来事にかわってしまい、聞き手に向けられていた感情が、話し手の心に閉じこめられてしまうことになる。 <339> 使い分けワンポイント⑮~てまえ 世間のてまえ、いくら生活に困っても、乞食のような真似はできない。 熱心に説明してくれたお店の人のてまえ、要らないとは思いながら、買わざるをえなくなってしまった。 だって、親のてまえ、くだらない塾にだって、行くしかないんだもん。 お客が居間で待っているてまえ、夫婦喧嘩は棚上げすることにした。 「できる」と言ったてまえ、いまさら断るわけにもいかないんだよ。 今度の日曜日、子どもと遊園地へ行く約束をしてしまったてまえ、誘われたからといって、友だちとゴルフに行くわけにはいかないんです。 接続:A「名詞の/~ている/~た」+てまえ 「手前」は「ほかの人の見ている前」という意味から、上のように「誰かAがそこにいるために/すでにAしてしまったために」といった原因を表すことがある。 話し手自身や身内の「見栄/体裁/面子/体面/世間体」といったものを守り、恥をかかないということが目的であるが、本音と建前の板ばさみなった話し手が、仕方なく「建前=A+手前」を優先せざるをえない苦しみを表現する場合に使われる。 ただ「世間/店の人/親/客/約束」といった建前のほうが見せかけで、本音は「汚れ仕事はしたくない/買いたかった/塾へ行きたい/けんかしたくない/断りたくない/ゴルフに行きたくない」という場合もあり、板ばさみの苦しみを表しながら、自分の行動の言い訳に使われることもある。 「規則/約束/義理/体面」などのために「できない」ということを表す「~わけにはいかない」と呼応することが多い。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~わけにはいかない」を まっすぐ行って、3つ目の信号の手前、右側に郵便局がありますし、その信号を渡った向こう側には、銀行がありますが。 どこを見てるのよ。そこじゃなくて、ドアの手前にあるじゃないの。 その横断歩道の手前で止まって、みんながそろうまで待ってください。 ほかに「向こう」の反対語として、当事者からみて「自分自身に近いほう」という意味がある。 使い分けワンポイント⑯~たところで 次のような「Aた(+という+)ところで+B」は「~から/~ので」に置き換わることがあるが、必ずしも原因や理由を表すわけではなく、比較的長い時間が経過したあと、Aという変化が起こり、このAを契機にして、Bというダイナミックな場面転換が起こることを表している。 お待たせしました。みなさん、お集まりのところで、始めましょう。 →お待たせしました。みなさん、お集まりですので、始めましょう。 仕事が一段落したところで、ちょっと休みたいですね。どうですか。 →仕事が一段落しましたから、ちょっと休みたいですね。どうですか。 子どもたちが帰ったところで、さて何をするかな。風呂でも入るかな。 大学に合格し、やっと受験勉強から解放されたというところで、発病、入院。今、検査結果を待っているところです。 <340> 3.2. 順接確定条件/原因と理由/モーダス表現 →やっと受験勉強から解放された + というのに/とたん、発病、入院。花嫁は、両親に花束を贈ったところで、こらえきれず泣きくずれた。→花嫁は、両親に花束を贈ったが、こらえきれなくなり泣きくずれた。→両親に花束を贈った。そこで、こらえきれなくなり、泣きくずれた。「えいっ」と地下鉄に飛び乗ったところで、勢いよくドアが閉まった。→飛び乗ったところ (だった。そこ) で、勢いよくドアが閉まった。→飛び乗ったとたん、勢いよくドアが閉まった。 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~たところで」を参照 Bには、主に聞き手に働きかけて、行動をうながす〈働きかけ文〉〈問いかけ文〉〈情意表出文〉がくるが、書き言葉で使われる〈述べ立て文〉では、Aを契機にして、予想外な事態Bが起こることを表す。 ただ特に最後2例は、基準時直前の時間を表す「~たところだ」の「~て形」である「~たところで」との境界例である。 「ところ」は次のように、さまざまな使われ方をする。 ▶本文 1.3.「主題/例示/〜といったところだ」 1.7.「主題/累加/〜どころか」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/〜ところだ」を参照 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/〜ところによると」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反美仮想/~ところだった」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーグス表現/~ところが・~ところを」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~たところで」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ているところだ」を参照 使い分けワンポイント⑦~につき お正月/お盆/改装中 + につき、次の間、お休みさせていただきます。本日、定休日につき、休業。 事故現場につき、立ち入り禁止。 車庫前/工事中/トラック出入り口 + につき、駐車、ご遠慮ください。喪中につき、新年のご挨拶を控えさせていただきます。 ▶本文 1.2.「主題/テーマ/~につき」を参照 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~につき/~につけ」を参照 「名詞A + につき + B」は、Aという不都合な理由によって、通常とは異なり「Bができない」という意味を表しているが、ある固定した場所「お店/現場/ガレージ/家」などの「出入り口/玄関」に、お知らせとして貼りだし、不特定多数を対象に、誇張していえば、公示する場合に使われる。 「喪中」などは、ハガキで特定多数に知らせる場合にも使われるが、喪に服した家の玄関に貼られたものの名残りであろう。 *トラクター通行につき、ご注意ください。 *母の急病/母は急病 + につき、出席いたしかねます。 したがって、上のように、固定した場所の考えられない状況や、特定の人に使われると不自然になる。この場合は「A+のため/により」のほうが、自然である。 <341> 3.3. 顺接確定条件/根拠 ~からみて・~からして A + からみて + B:Aを根拠にして、Bという状況を判断する。 A + からして + B:同上。ほかに「類推」の意味をもっている。 接統 名詞 + からみて/からして 未完文 + こと/ところ/の + からみて/からして ▶〈未完文〉への接続については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 形態 「Aから + みて」には「Aから + みるなら/みたら/みれば/みると」というバリエーションがあり、また「Aから + して」には「Aから + するなら/したら/すれば/すると」というバリエーションがある。 互換性 「~からみて」が「立場」でなく、また「~からして」が「類推」を表さなければ、すべての場合で互換性がある。 置換 [例] 私たち親からみて、今の学校教育は、どこかおかしいと思われます。次のように、置換え不能。 × 私たち親からして、今の学校教育は、どこかおかしいと思われます。 →私たち親からすれば、今の学校教育は、どこかおかしいと思われます。 →私たちは親として、今の学校教育は、どこかおかしいと思っております。 次の例も「~からみて」が「立場」を表し、置き換えることができない。 課長から + みて/×して、今月の売り上げ、どうお考えになりますか。 ▶本文 1.4.「主題/立場/『~の立場からみて』のバリエーション」を参照 子どもだけではなく、親から + して/×みて、学校の方針に振りまわされているような気がしてならないんですけど。 そもそも賢いやつというのはだね、子どものころから+して/×みて、ちょっとおかしいもんなんだよ、違うかい? 何、言ってんだよ。平仮名から+して/※みて、知らないんだよ。日本語なんて、できるわけがないだろう? あいつのあの「人をくったような」態度から + して/×みて、好きになれないんだよ、僕は。生意気だとは思わないか、あいつ。 ▶本文83.「極限/類推/~から」て、を参照 あいつのあの「人をくったような」態度から + みて/して、僕たちをバカにしてるんだよ。ほんとに、いけ好かないね。 子どものころの賢さから + みて/して + 今の成功は予測できたんじゃないかな。 父の性格から + みて/して、あの仕事を引き受けるとは考えられない。 会社の方針から + みて/して、今度の提携は、変当なものだと思うよ。 使い分け 根拠を表す「A+からみて」と「A+からして」は、非常に近い位置関係にあるが、前者は、起点の「~から」と、話し手が「感覚で観察したものについて、 <342> 3.3. 顺接确定条件/根抛 判断や評価をする」という意味の動詞「みる」からできているので、パラフレーズすると「Aという事態を出発点とする判断をして」といったことを表している。 ▶本文 6.1 「変化の表現/A→B/~を~とする」を参照 これに対して、後者は、原因や根拠の「~から」と、変化の表現「~を~とする」から成り立っていると考えられるので、パラフレーズすると「Aという事態を原因や根拠として」といったことを表している。 したがって、あえて違いを誇張していえば、前者「A+からみて+B」は、話し手個人の主観的なAについての観察や推理を手がかりに、Bという判断をする場合に使われ、後者「A+からして」は、誰もが納得する客観的なAという事実を根拠にして、Bという判断をする場合に使われる。 解説 「A + からみて + B」は、もし「A=人/擬人的名詞」になると、Aという個人の主観的な観察や推理を手がかりに、Bという判断をする場合にも、またAという個人の立場を手がかりにして判断Bをする場合、つまり「Aの立場から、判断Bをする」場合にも使うことができる。 大企業からみて、この不況は乗り越えられないものらしい。 したがって上の例は、話し手が「大企業の状況」を観察して「この不況は乗り越えられない」と判断しているのか、大企業の「立場」から判断しているのか紛らわしいので、それぞれ「大企業の+状況/立場+からみて」と具体化するほうが誤解は起こらない。 大企業からして、この不況は乗り越えられないものらしい。(類推) →大企業の状況からして、この不況は乗り越えられないものらしい。(根拠) →大企業の立場からして、この不況は乗り越えられないものらしい。(根拠) →大企業でさえ、この不況は乗り越えられないものらしい。(類推) 同様に「A+からして」も、根拠の場合と類推の場合があるので、上のような使い分けをする必要がある。 交通事故と聞いて、駆けつけたが、思いのほか、元気な + こと/の + からして/からみて、けがはそれほどひどくはなかったようだ。 倒れたと聞いて、駆けつけたが、思ったよりも元気な + ところ/の + からみて/からして、障害も残らず、すぐ退院できそうだった。 現場がかなり山あいの入り組んだ場所である + こと/ところ/の + からして/からみて、工事の進行は予断を許さない状況だった。 事件が前歴のある男による犯行 + だった/であった + こと/ところ/の + からして/からみて、裏付け捜査が急がれている模様である。 郊外に位置するわりには、土地の値段が高い + こと/ところ/の + からして/からみて、一戸建てはあきらめたらしい。 泣きながら話す + こと/ところ/の + からして/からみて、駅から帰る途中で、よほど怖い目に遭ったようです。 黙って宿題をしている + こと/ところ/の + からして/からみて、どうも教えてもらっていた父親から、かなり叱られたにちがいないの。 うれしそうにしている + こと/ところ/の + からして/からみて、かなりのお年玉をも <343> らったみたいだな。お返しが大変だぞ。 風が菓向きにかわった + こと/ところ/の + からして/からみて、どうやら台風が近づきつつあるらしかった。 殺人現場に女もののライターと、口紅のついたグラスが残されていた + こと/ところ/の + からして/からみて、情痴がらみかもしれない。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」を参照 「A + からみて/からして + B」が最もよく使われるのは、Aの部分が「〈未完文〉『-る/-い/~た/~だ』+ こと/ところ」になる場合である。 ▶巻頭「凡例/接続の表記」を参照 この場合の「こと」は、話し手が五官を通してキャッチし、観察した「事実/経験」を表し、一方「ところ」は、場所と時間を複合した「状況」を表している。 なお「~こと/~ところ」には、次のような使い方もある。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『こと/もの』の使い方」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/〜といったところだ」1.7.「主題/累加/〜どころか」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/〜ところだ」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/〜たところで」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~ところが・~ところを」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~たところで」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ているところだ」を参照 したがって、例えば、最後の例の場合、もし「~こと」を使えば、残された証拠は、事件を解決する「手がかり」といった感じになるが、これを「~ところ」にすると、単なる「情況証拠」にすぎなくなってしまう。 また、主観的視覚的判断に傾く場合は「~からみて」が使われ、客観的推測的な判断に傾く場合は「~からして」が使われるので、基本的には「~ことからして」と「~ところからみて」の組み合わせが可能性としては最も高いといえる。 しかし、それぞれを組み合わせた4つの可能性は、文末にくる「状況判断」のバリエーションとも連動することからみて、話し手がどれを選択するかは、判断しがたいといえそうである。 使い分けワンポイント ② 「~のから + して/みて」との違い 上にあげた「A + こと/ところ + から + して/みて + B」の例は、いずれも「~こと/~ところ」の部分を「~の」に置き換えることができる。 これに最も近いのは、主題を表す「日本語を勉強する + こと/の + は、難しいですが、とても面白いです」や、文末の「日本語が上手になりたければ、毎日こつこつ勉強する + こと/の + です」などがもつ「~こと」と「~の」の互換性である。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~ということは・~というのは」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ことだ」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のだ」を参照 「~こと/~ところ」にかわって「~の」が使われるのは、多くは話し言葉の場合で、しかも、話し手が、自分自身で観察したものが「事実」か「状況」かということを、わ <344> 3.3. 顺接確定条件/根拠 ざわざ「~こと」と「~ところ」とで使い分けて、明確にしたくないという意識が働く場合である。 つまり話し手は、判断の根拠が「事実/状況」のどちらともいえない、むしろ「曖昧/不鮮明」な自分の「推測/推理/予想」にすぎないことを、聞き手にほのめかしていることになる。 いわば、日本語の表現に多く見られる「曖昧なことが聞き手への心づかいであり、上品で婉曲的なものの言い方」になり、この意識が働けば働くほど「~のから+して/みて」が使われるようになり、それに応じて、文末も「~かもしれない」など「不確かさ」を示す表現になっていく傾向がある。 しかし、誤解してはならないのは、いくら「曖昧/不確か」な言い方であっても、話し手は、自分の判断に「確信」があり「Bといえば、必ず聞き手は納得する」と期待していることである。 使い分けワンポイント ③根拠の「~から」と「~から+して/みて」 課長の頭をかく癖 + からして/からみて/から、みんなが「お猿さん」というあだ名をつけたの + です/かもしれない/は当然でしょう。 →課長の頭をかく癖 + から/×からして/×からみて、みんなで「お猿さん」というあだ名をつけ + ましょう/てください。 事故の状況 + からして/からみて/から/×のため、列車の到着が遅れるようだ。 →事故 + のため/×からして/×からみて/×から、列車の到着が遅れるようだ。 明日も晴れる + から/×ことからして/×ことからみて/×ために、子どもが楽しみにしている遠足は大丈夫そうだ。 →明日も晴れるという天気予報+からして/からみて/×から/×のために、子どもが楽しみにしている遠足は大丈夫そうだ。 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/~から」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~ために」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」を参照 ▶巻末「文の種類/動詞と時の表現」を参照 「A + から + B」は、Aが「名詞/~こと」の場合、Bの根拠を表すが、文の種類には制限がなく、すべての文に使うことができる。最後の「天気予報 + から」が不自然なのは、Aが〈基準時未実現〉を表しているからである。 今日の天気予報から、この冬の寒さが予想できるのですか。 その子が、あまりにも可愛いことから、かぐや姫と名づけた。 その子が、やって来たことから、家のなかは大騒動になってしまった。 ×その子が、やって来ることから、家のなかは大騒動になるだろう。 「A+から+B」のAが〈未完文〉の場合、次のように、Aは結果Bの原因を表し、名詞の場合と同様に、すべての文に使うことができる。 課長はよく頭をかくから、みんなで「お猿さん」というあだ名を + つけたのかもしれない/つけたのは当然でしょう/つけました/つけたいんです/つけましょう/てください。→課長がよく頭をかくことから + して/みて、みんなで「お猿さん」というあだ名を + つけたのかもしれない/つけたのは当然でしょう/つけました/×つけたいんです/×つけましょう/×てください。 <345> 風邪を引いて、熱がある + ものですから/×ことからして/×ことからみて、休んでもよろしいでしょうか。 →風邪を引いて、熱があること+からして/からみて/から、もしかすると、肺炎を引き起こしたのかもしれない。 昇級試験があること+からして/からみて/×から、ちょっと苛立ってるようだ。 一方「A + から + して/みて + B」は、〈基準時B未実現〉の事態Aを根拠にはできるが、判断を表す〈述べ立て文〉と、その〈問いかけ文〉にしか使うことができないし、Aが原因を表すこともない。 使い分けワンポイント ④根拠と原因の違い みんなで「お猿さん」というあだ名をつけた + ところからして/ところからみて/から、課長の頭をかく癖が面白いのでしょう。 →課長の頭をかく癖が面白い + ことからして/ことからみて/から、みんなで「お猿さん」というあだ名をつけたのでしょう。 事故があった + ことからして/ことからみて/から、きっと到着が遅れるにちがいない。→到着が遅れた + ことからして/ことからみて/から、きっと事故があったにちがいない。課長は頭をかく癖がある + ことからして/ことからみて/から、ちょっとシャイな人かもしれない。 ×ちょっとシャイな人+であることからして/であることからみて/だから、課長は頭をかく癖があるのかもしれない。 因果関係を表す「A + から + B」に書き換えることができるかどうかにかかわらず、もし「Aから + して/みて + B」の両者が成り立っていれば、AとBは、根拠と判断の関係を表すことになるが、同時に因果関係にもなっている。 因果関係というのは、話し手の経験したことでも、未来への予測でも、話し手が勝手に想像したことでも、社会通念や常識であっても、もし「AがBを実現させる」と話し手が考えさえすれば、Aが原因、Bが結果として、成り立っている関係である。 しかし因果関係のなかでも、AとBが根拠と判断の関係になる場合、Aは、話し手が体の五官や第六感など、つまり「目、耳、口、鼻、肌」やインスピレーションなどでとらえた具体的で個別的な「現象」を表し、Bは、話し手が推理や推測に基づいて得た演繹的な「結論」を表している。 しかも、Aが根拠で、Bが判断の場合、多くは「現象Aであれば、当然Bが結論だ」と誰もが納得できるような一般的な状況や事態を表している。 つまり「根拠」とは、状況判断「推理/推測/予想」などをするための「感覚的/直感的」な手がかりということもできる。 使い分けワンポイント ⑤「~からして」系バリエーション あの言い方から+して/すれば/すると/したら、どうやら会社を辞めて+しまうみたいだ/しまうかもしれない/しまいそうだ+ね。 会議のときの社長の様子から + して/すれば/すると/×したら、どうも経営状態が悪化しているのではないだろうか。 耳がおかしくなった + こと/ところ/の + から + して/すれば/すると/×したら、 <346> 飛行機が急上昇しているのだろう。 薫向きのかわった + こと/ところ/の + から + して/すれば/すると/×したら、ひと雨、来そうだ。ザーと降って、少しは涼しくなるといいんだけど。 近ごろ、電話のかかってこない + こと/ところ/の + から + して/すると/×すれば/ ×したら、仕事が忙しくて、お呼びではないらしい。 深刻な顔をしている + こと/ところ/の + から + して/すると/×すれば/×したら、明日からの試験は、なかなか難しいようだ。 ▶本文4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ば・~と・~たら」を参照 ▶本文10.6.「モダリティの表現/状況判断」を参照 ▶本文8.3.「極限/類推/2つの『~からして』を参照 「~からして」系バリエーションのうち、話し言葉に使われる可能性の最も低いのは、2つの意味をもつ「~からして」で、上のように「根拠/類推」が重なるような場合には使われるが、通常は文脈を確認できる書き言葉に多用される。 逆に「A+からしたら+B」は、話し言葉でしか使われないが、使われるとしても、最初の例のような話し手の判断に「確信」のない場合に限られる。 これは「~たら」が、個別的な状況での仮定条件や確定条件を表し、確信的な判断Bをするのに、誰もが納得する客観的一般的な事実Aを根拠にする場合は、ふさわしくないからである。 「Aから+すれば/すると+B」の違いは、前者が一般条件文を表し、自然現象や一般的法則など「Aなら、必ずB」という場合に使われるのに対して、後者は、話し手の経験に裏打ちされた「Aなら、必ずB」を表し、一般的な場合「一般条件文」にも、個別的な場合「確定条件文」にも使うことができる点である。 あの男から + すれば/すると/したら/△して、生真面目な女性を騙すくらい、朝飯まえなのだろう。 上の例は「A=人/擬人的名詞」になる「立場」を表している。ただ「A+からして」は「立場」を表せないので、可能な場合「△」は「類推/男もいろいろいるが、女に一番もてそうにもないあの男でさえ」か、ちょっと無理はあるが「根拠」の「あの男+だ/であること+から(して)」と解釈できる場合である。 ▶本文 1.4.「主題/立場/~からすれば」を参照 「A+からして」で「立場」を表したい場合は、Aを根拠にかえるために「あの男の+立場/地位/財力+からして」にすれば、もとの「あの男から+すれば/すると/したら」とだいたい等しくなる。 使い分けワンポイント ⑥「~からみて」系パリエーション 会議のときの社長の様子から + みて/みれば/みると/みたら、どうも会社の経営状態、悪くなってるみたいね。 →会議のときの社長の様子を+みれば/みると/みたら/みて、…。 あの言い方から+△みて/×みれば/×みると/×みたら、どうやら会社を辞めてしまうか もしれない。 *あの言い方を + みて/みれば/みると/みたら、...。 耳がおかしくなった + こと/ところ/の + から + みて/△みれば/△みると/×みたら、飛行機、急上昇してるんだろうね。 <347> →耳がおかしくなった + こと/ところ/の + を + △みれば/×みて、……。 風向きのかわった + こと/ところ/の + からみて、ひと雨、来そうだ。 →風向きのかわった+ところ/の/メこと+から/を+みれば/みると、…。 近ごろ、電話のかかってこない+ところ/の/メこと+から/を+みると/メみれば、 どうも仕事が忙しくて、お呼びではないらしい。 →近ごろ、電話のかかってこない + こと/ところ/の + からみて、...。 深刻な顔、してる + ところ/の/×こと + から/を + みると/みたら/×みれば、明日 からの試験、なかなか難しいのかもしれないよ。 →深刻な顔、してる + こと/ところ/の + からみて、...。 ひどい二日酔いで、頭がガンガンする + こと/ところ/の + からみて、どうも昨日は、 飲みつぶれたんだね、僕は。 →ひどい二日酔いで、頭がガンガンする + ことを + みると/みれば、...。 ▶本文 1.4.「主題/立場/『~の立場からみて』のバリエーション」を参照 「~からみて」系バリエーションも、順接仮定条件「~ば/~と/~たら」の使い分けと、2つの意味「根拠/立場」をもつ「~からみて」が書き言葉に多用されることについては、先ほど述べた「使い分け⑤」の「~からして」系バリエーションと同じである。「~からして」と異なっているのは、次のような点である。 1.「言い方/音楽/味/におい/かゆさ」など、Aが視覚に訴えない場合 Aからみて B:「みる」が、視覚的に「見る/観察する」という意味のほかに、視覚に依存しない「推測/推理/判断 + する」という意味も表しているので、Aが視覚に訴えない場合でも使うことができる。ただ、Aが名詞の場合、不自然さを感じる人がいるかもしれない。 Aから + みれば/みると/みたら + B: 「みる」は視覚的な意味に傾くので、視覚に訴えない場合に使うと、 不自然に感じられることがある。Aが名詞の場合は、不自然である。 2.「~から」と「~を」の互換性 AをみてB:「~て」の性質上「Aをみて」は、AとBの継起性か、因果関係しか表せないので、根拠に使うことができない。 ▶本文 2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~て・ます形」を参照 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/原因と理由の配列」を参照 Aを+みれば/みると/みたら+B: 順接仮定条件は、文末の「状況判断」のバリエーションと呼応できて、判断Bの根拠となることができるので、むしろ「~を」使うほうが自然である。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ば・~と・たら」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」を参照 3. 「A + こと」が、第三者の状況を表す場合 A + ことからみて + B: 話し手の観察結果を、目で「見る」ばかりではなく、頭でも「推測/推理/判断+する」ことができるので、観察した第三者の様子や <348> 状況を、話し手自身の事実や経験「A + こと」にして、判断Bの根拠とすることができる。 ・を/から+みれば/みると/みたら+B: Aが話し手の感覚「耳がおかしくなった/頭が痛い」であれば、直接「みる/感じる」ことができるので、Aを話し手自身の経験した事実「こと」として、判断Bの根拠とすることができる。しかし、この場合の「みる」には「推測/推理/判断」機能がないので、話し手は、ただ第三者の様子や状況「ところ」を「みる/観察する」よりほかなく、第三者の様子や状況を、話し手の経験や事実「こと」として、頭で「推測/推理/判断+する」と不自然になる。 「A+からみて+B」は、根拠の表現としては成熟し、定型化していることを示しているが、一方の「順接仮定条件」のバリエーションのほうは、根拠の表現というより、まだ順接仮定条件のまま「状況判断」のバリエーションと呼応して、判断Bの根拠になる役割を果たしているにすぎない。 これは「使い分け⑤」の「A+からして+B」と、その「順接仮定条件」のバリエーションとの関係でも同じであるが、この視覚に訴える「AからみてB」系よりは、むしろ「AからしてB」系のほうが根拠の表現として成熟している。 したがって無難なのは、ひとつは「A+からみて」系バリエーションなら「A+ところ+からみて」のバリエーション、もうひとつは表現としての面白みには欠けるが、視覚的経験のない「A+からして」系バリエーションを使うことである。 あの言い方から + いって/いえば/いうと/いったら、どうやら会社を辞めて + しまうみたいだ/しまうかもしれない/しまいそうだ + ね。 会議のときの社長の様子から + いって/いえば/いうと/×いったら、どうも経営状態が悪化しているようだ。 大企業の状況から + いって/いえば/いうと/×いったら、この不況は乗り越えられないものらしい。 耳がおかしくなった + こと/ところ/の + から + いって/いえば/いうと/×いったら、飛行機が急上昇しているのだろう。 蠃尚きのかわった + こと/ところ/の + から + いって/いえば/いうと/×いったら、ひと雨、来そうだ。ザーと降って、少しは涼しくなるといいんだけど。 近ごろ、電話のかかってこない + こと/×ところ/×の + から + いって/いうと/×いえば/×いったら、仕事が忙しくて、お呼びではないらしい。 深刻な顔をしている + こと/×ところ/×の + から + いって/いうと/×いえば/×いったら、明日からの試験は、なかなか難しいようだ。 ひどい二日酔いで、頭がガンガンする + こと/ところ/の + から + いって/いうと/いえば、どうも昨日は、飲みつぶれたんだね、僕は、 ▶本文 1.5.「主題/展開/~といえば・~というと」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~からといって」を参照 「~からいって」系バリエーションの場合も、順接仮定条件「~ば/~と/~たら」 <349> の使い分けは、先ほど述べた「使い分け⑤⑥」の「~から + して/みて」系バリエーションと同じである。 ただ「Aから + いって/いえば/いうと/いったら + B」は、話し手が、観察した事実Aを根拠に、自分自身の「立場/見方/考え/生き方/ポリシー/スタイル/原則」に基づいて、判断Bを主張する場合に使われる。 この場合、Aが事態や状況などを表す名詞なら、他人がどのように考えようとも、話し手が自分の「立場/見方」などからとらえた事実として、Aを判断Bの根拠にすることができる。 しかし、もしAが「~こと/~ところ/~の」を含んでいる場合は、次のような使い分けがある。 1. 「~こと/~ところ/~の」の3つが使えるのは: 「Aから + いえば/いうと + B」のどちらも使うことができ、順接仮定条件「~いえば/~いうと」が、一般条件として、自然現象や一般法則などを表す場合。 この場合の判断Bは、Aを根拠にすれば、一般的に成立する事実で、話し手が観察した経験的な状況A「ところ」も、一般的な事実「こと」として、判断Bを主張するための根拠にすることができる。 2.「~こと」しか使えないのは: Aからいうと + B」しか使うことができず、順接仮定条件「~いうと」が確定条件として、話し手個人の個別的な経験を表す場合。 この場合、話し手が自分の「立場/見方」などから、判断Bを主張するためには、話し手の経験に基づく事実A「こと」が必要であり、成立するかどうか不確実な個別的状況「ところ」を根拠にはできない。 「~からいって」系は、誇張していえば、話し手個人の経験Aを根拠にするので、文末にくる判断の形式がどのようなものであれ、すでに述べた「A+から+して/みて+B」系よりも、はるかに主観的で「独断と偏見」に満ちた状況判断Bをしていることになる。 私の + ポリシー/スタイル/原則 + から + いって/して/みて、あんなやり方なんて、 邪道にすぎないんですよ。 Aが話し手の「立場/見方」などの場合、Bは100%主観的で、客観性のないものになるが、上の順「Aから+いって/して/みて」に、聞き手を説得しようとする気持ちが弱くなっていく。 経済アナリストの彼/大企業/私+から+みて/×して/△いって、この不況は乗り越えられないもののようだ。 (注)「解説」(p.342)の「大企業からして」は「類推」で、ここでの「立場」は示していない。→経済アナリストの彼/大企業/私+の+立場/考え+から+いって/して/みて、この不況は乗り越えられないもののようだ。 キリスト教の教義からいって、原罪を贖うことこそが求められている。 Aが「人/擬人的名詞」の場合、Aの立場を表すために、直接「大企業からいって」を使うと不自然に感じられることがある。 <350> Aが第三者の「立場/見方/考え」などを表す場合は、通常「大企業の立場からいって」が使われ、話し手が第三者の「立場/見方/考え」にたち、その角度から判断Bを主張するのに使われるが、話し手は、第三者の代弁をしているか、Aが個人ではなく、法人や組織などなら、Aに属していたり、Aに肩入れしていたりする可能性が高い。 もちろん、ある分野のエキスパートの考え方や、主義や教義を根拠にして、話し手が判断Bをする場合もある。 使い分けワンポイント ⑧「~にいわせると」系バリエーション 経済アナリストの彼/大企業のシンクタンク/私+にいわせると、この不況は乗り越えることができないほど深刻なものになる。 先生にいわせたら、おれたちはみんなバカで、ものを考えないらしい。 経済アナリストのあなたにいわせれば、この不況は乗り越えることができないほど深刻なものになるわけですね。 先生にいわせると「おれたちはみんなバカで、ものを考えない」ということになるのですか。「A + にいわせると + B」系バリエーションは、先ほどあげた「使い分け⑦」の「A(の考え)からいって + B」系とは異なり、Aには「立場/見方/考え」などがつかず、直接、発言可能な「人/擬人的名詞」がくるので、BはAの考えや発言を表し、パラフレーズすると「AはBと + 考えている/言っている」になる。したがって、Aが第三者なら、Aからの伝聞に近くなる。 しかし、Aが話し手「私にいわせると」なら、聞き手に向かって「おまえのようなバカには、こんなことは考えられないだろうけど」といった響きになり、第三者「彼にいわせると」なら、ときに「バカな奴の + 考え/言ったこと + なんだが」といった気持ちを秘めていることがあり、いずれにしても話し手の傲慢な態度が感じられるので、陰で使うぶんには差し障りはないが、最後2例のように、聞き手や、聞き手が敬意を払っている第三者をAにして使うと、まるで「けんかを売っている」ようになる。 「Aに + いわせると/いわせれば/いわせたら」の使い分けは、やはり「使い分け⑤~⑦」の「~から + して/みて/いって」系の順接条件の場合と同じである。 使い分けワンポイント ⑨ 「~から+する/みる/いう+なら」の使い方 A:このごろ、お電話のかかってこないことから+すると/みると/いうと、お仕事、忙しいんじゃないのかしら。 B: 違うだろう。電話のかかってこないことから+する/みる/いう+なら、このあいだのことで、腹を立ててるんだろうよ。 そうでしょうか。あの人の+考え方/日ごろの態度/ライフスタイル+から+する/みる/いう+なら、人を蹴落としてまで、出世しようとはしないでしょう。 多数決の原理という民主主義の原則から+する/みる/いう+なら、マイノリティは、常に無視されるということになる。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~なら」を参照 「~から + して/みて/いって」の順接仮定条件のバリエーションには、もうひとつ「~から + する/みる/いう + なら」があるが、上のように、聞き手の発言を受けて、話し手が自分の判断Bを述べたり、A「民主主義の原則」を根拠にすれば、言う <351> までもなく「結論はB」という判断をしたりする場合にしか使うことができない。これは、もとの「~(の)なら」の使い方からきたものである。 使い分けワンポイント⑩~ことだし・~のだから 謝ってる + ことだし/んだから、許してあげるんじゃないかな/許しておあげなさいな/許してあげよう/許してあげたい。 →謝ってる + んだから/×ことだし、許してくれよ。 80といっても、まだまだ元気な + ことだし/んだから、好きなこと、してもらえば/させてあげてよ/してもらうことにするね。 →80といっても、まだまだ元気な + んだから/△ことだし、おれが勝手に好きなことをしたって、つべこべ/ごちゃごちゃ + 言うんじゃない。 一応みんな集まりますし、時間にもなった + ことですし/のですから、もう始めたほうがいいのでないでしょうか。 子ども + が/も + 寝た + ことだし/んだから、さっきのあの話、続けようか。もうこんな時間。切りもいい + ことですし/△んですから、早く帰りましょうよ。友だち + のことだし/なんだから、助けてくれる/助けてやれ + よ。ぼく + のことだし/なんだから、約束は守る/犬目に見てくれ + よ。 ▶本文 1.3.「主題/例示/~もあるし~もある」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ことだ」を参照 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/原因と理由の配列」を参照 ▶巻頭「凡例/接続の表記」を参照 「A未完文『-る/ーい/~た/状態名詞な/名詞の』+ことだし + B」は、もしAが話し手のことでなければ、Aを根拠にして、Bという「判断/決定」をすることを表し、すべての文に使うことができる。 「A + ことだし + B」が、すでに「使い分け⑤~⑦」で述べてきた「A + からして + B」などとは異なり、なぜ、Bで判断を示す〈述べ立て文〉のほかに、〈働きかけ文〉や〈情意表出文〉にも使えるかというと、原因や理由をいくつか並べる場合に使われる「~し」を使って、Bという「判断/決定」をするのに、何もAひとつを根拠や理由にしているのではないことをほのめかしているからである。 つまり「いつくかの根拠や理由があるから、Bという決定をしている」という話し手の自信が、聞き手に向かって「Bを+しよう/してくれ/したい」や「Bに従え」という発言を支えていることになる。 ただ、Aが話し手自身の動作や状態などを表している場合は不自然になるが、これは、この場合の「こと」が、話し手が自分の五官などを使ってとらえた事実、周囲の状況を表しているからであるが、話し手自身に「いつくかの根拠や理由があるから」といっても、聞き手に向かって、自分自身に関する「判断/決定」するのは、あまりに「図々しい/厚かましい」という気持ちが働くからでもある。話し手が「厚顔無恥」になることができれば、最後の例のように使うことはできる。 これは、自分の実際の状況は棚上げして、話し手が自分自身「私/ぼく」を第三者のように扱って、はじめてできることである。 これに対して「A未完文『-る/ーい/~た/(状態)名詞な』+のだから+B」は、AやBに制限なく使うことができるが、原因や理由を表す「~から」に比べた場合、A <352> は、聞き手にも観察可能な状況、つまり話し手も聞き手も共有している客観的な事態という制限がある。 友だち + だから/なんだから、助けてやれよ。 子どものしたこと + だから/なんだから、どうしようもないよ。 明日、出発 + しますから/するのですから、準備しておいてください。 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/~のだから」を参照 ▶本文10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 また「A + のだから + B」は、Aが聞き手も知っている事実や状況に使われるので、もしBが上のように、あまりにも当然なことを表していると、話し手の「判断/決定/主張」に、非難や軽蔑がこめられることになる。 これは「A + から」なら、話し手が、B「助けてやれ/どうしようもない/準備しておいてください」の原因や理由として、Aをあげているにすぎないが、もしこれを「A + のだから」にかえると、Aという聞き手も知っている事実を、わざわざ聞き手に認めさせ、客観的な事実「A + のだ」にしたうえで、この「A + のだ」を根拠にBを主張するからである。 使い分けワンポイント 一応、みんな、集まったことですし、時間にもなったこと+ですし/ですから、もう始めたほうがいいのではないでしょうか。 →一応、みんなも集まったこと+ですし/ですから、もう始めたほうが。 謝ってること+だし/×だから、許してあげるんじゃないかな/許しておあげなさいな/ 許してあげよう/許してあげたい。 →謝ってもいること + だし/だから、許してあげるんじゃないかな。 子どもも + 寝たこと + だし/だから、さっきのあの話、続けようか。 もうこんな時間。切りもいいこと + ですし/ですから、そろそろ帰りましょうか。 好きなアーティストも来ることだから、出かけようと思ってるの? おいしそうな料理もそろったことですから、乾杯といきましょう。 ▶本文 8.3.「極限/類推/『~も』の使い方」を参照 「A未完文『-る/ーい/~た/状態名詞な/名詞の』+ことだから+B」は、最初の例のように、2つめ以降にくる場合は使うことができる。 しかし、これに「添加/類推」の「~も」を加えると、ひとつだけでも使えるようになるし、根拠や理由もひとつではなくなるので、いくつかの根拠や理由がほのめかす「使い分け⑩」の「A + ことだし + B」との間に互換性が生まれる。 ただ「A + ことだし + B」のほうが、根拠や理由を「~し」でとめて、たとえ、ほかに並べるべき根拠や理由がないとしても、まだまだありそうなふりができるので、この「Aも + ことだから + B」よりは、Bの決定をした自信が強く感じられ、聞き手への説得力が大きくなる。 背も高い/背が高くもある + こと + だし/だから、スポーツ向きだ。 80といっても、おじいちゃん、まだまだ元気でもある + こと + だし/だから、好きにしてもらったら? <353> →80といっても、おじいちゃんも、まだまだ + 元気な/×元気である + こと + だし/×だから、好きにしてもらったら? 友だちでもあること + だし/だから、助けてくれる/助けてやれ + よ。 →彼も友だちのこと + だし/×だから、助けてくれる/助けてやれ + よ。 友だちのこと + だし/だから、助けてくれる/助けてやれ + よ。 なお「A + ことだし/ことだから/のだから」は、話し言葉で多用されるので、硬い書き言葉である「~である」は、ためらいを示す「~は」を「~も」にかえた、上の「形容詞-く/(状態)名詞で + も + ある + こと」の例のように、ほかに「~も」の挿入する手段がない場合に限り、いわば仕方なく使うことはできるが、話し言葉では、やや不自然になる。 ▶本文 1.1.「主題/提題/ためらいの『~は』とは?/ためらいのバリエーション」を参照 ただ、(状態) 名詞の場合、ほかに「~も」を挿入する手段があるからといって、上の例のように「おじいちゃん/彼 + も + 元気な/友だちの + こと」にしてしまうと、決定Bをする根拠や理由が、もとの「元気/友だち + α」から「α + おじいちゃん/彼」にかわって、不自然になってしまう。 使い分けワンポイント ⑫ 名詞の+ことだから・ことだし まだ誰にも話していない秘密のこと+ですから/ですし/なんですから/なんですし、ここだけの話です/誰にも言わないでください+よ。 →まだ誰にも話していない秘密 + なんですから/なんですし/ですから/ですし、ここだけの話です/誰にも言わないでください + よ。 仲間うちでの旅行のこと + だから/だし/なんだから/なんだし、一緒に行っても面白くない/一緒に行くのはやめろ + よ。 →仲間うちでの旅行 + なんだから/なんだし/だから/だし、一緒に行っても面白くない/一緒に行くのはやめろ + よ。 これ、昨日、貢った本+なんだから/だから/だし、まだ読んでないんだよ/先に読んでから貸してやるよ。 ちょっとくらい汚していても、これ、昨日、買ったばかりの本のこと + だから/だし/なんだから、取り替えなくちゃいけないんじゃない? →ちょっとくらい汚していても、これ、昨日、買ったばかりの本 + なんだから/△だから/△だし、取り替えなくちゃいけないんじゃない? ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『の』の挿入」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~のだ」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~のだろう」を参照 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~のだから」を参照 「名詞Aの+こと+だから/だし+B」は、原因や理由を、それ以上重ねないか、さらに重ねるかという「~から/~し」の違いがあるだけで、先ほど示した「使い分け $ ^{⑩} $」の「A+ことだし」と同じ使い方になる。 「使い分け⑪」の「〜も〜ことだから」とは異なり、なぜ「添加や類推」の「〜も」をもたない「Aのことだから」が、原因や理由の並列「〜し」をもつ「Aのことだし」と同じように使えるかというと、この場合の「Aのこと」が「Aに + ついての/関する + 複合した事実/事情/経験/履歴」ということを表しているので、これだけで「聞 <354> 3.3. 顺接確定条件/根拠 き手が想像可能なこと + α」という意味になり、Bという決定の根拠や理由は、2つや3つどころか、口にできないほど無数にあることを示せるからである。 したがって「〜のこと」のない「だから/だし/なんだから/なんだし」より、かなり複雑で複合した根拠や理由のある場合に使われるが、逆に「昨日、買った本」は「まだ読んでいない」の複雑で複合した根拠にも理由にもなれないので、使うことができない。ただ「A + なんだから/なんだし」は、複雑で複合した根拠や理由がなくても、聞き手への訴えを示す「〜の」が挿入されているので、聞き手を説得したいという気持ちが働けば、よく使われるが、複雑で複合した根拠や理由を示しながら、さらに聞き手を説得しようとする「Aのこと + なんだから/なんだし」となると、聞き手をうんざりさせたり、反感を感じさせたりすることがあるので、むやみに使うと誤解を招くことがある。 無難なのは「A + だから/だし + B」であるが、Bという決定をする根拠や理由は、Aのもつ社会通念や常識にすぎないので、インパクトも弱くなり、説得力もないので、最後の例の場合に使うと、不自然さを感じる人がいるかもしれない。 使い分けワンポイント ⑬ 名詞 + だから・だし まだ誰にも話してない秘密のこと+ですから/ですし/なんですから/なんですし、もし口外すると、殺されてしまいますよ。 →まだ誰にも話してない秘密+なんですから/なんですし/△ですから/△ですし、もし口外すると、殺されてしまいますよ。 仲間うちでの旅行のこと+だから/だし/なんだから/なんだし、うるさいよ、ごちゃごちゃ口を出すな。 →仲間うちでの旅行+なんだから/なんだし/×だから/×だし、うるさいよ、ごちゃごちゃ口を出すなよ。 「名詞A + だから/だし + B」の違いは、先ほど述べた「使い分け②」の「名詞のことA + だから/だし + B」と同じ「~から/~し」の違いであるが、どちらも、決定Bをする根拠や理由は、Aからイメージできる社会通念や常識に支えられているので、Bが社会通念や常識の範囲を超えてしまうと、使うことができなくなる。 旅行/本/料理 + のことだから/のことだし/なんだから/なんだし/×だから/×だし、あの人に聞けば、わかるんじゃない? 日本人の英語 + だから/だし/なんだから/なんだし/のことだから/のことだし、期待しないほうがいいんじゃない? 地震 + だから/だし/なんだから/なんだし/のことだから/のことだし、予知できないし、いつやって来るかわからないよ。 台風 + だから/だし/なんだから/なんだし/のことだから/のことだし、いつ方向を変えるかわかったもんじゃないよ。 →こんな台風 + のことだから/のことだし/なんだから/だから/だし、明日くらいになれば、こっちを襲撃するかもしれないだろう? →台風 + のことだから/のことだし/なんだから/×だから/×だし、明日くらいになれば、こっちを襲撃するかもしれないだろう? また「A + だから/だし + B」は、最初の例のようにAが一般的なことを表し、Aからイメージできるものが、社会通念や常識で考えても、あまりにも漠然としている <355> 場合も、Bの根拠や理由になれないので使うことができない。 しかし、一般的なことであっても、社会通念や常識として、一定のイメージをもっている場合、そのイメージに合致するBであれば、使うことはできる。ただ最後の書き換え例「→台風」のような社会通念や常識を逸脱した判断 B を示す場合は、使うことができない。 これが特定された「こんな台風」なら、およその進路は予測できるので、社会通念や常識「いつ方向を変えるかわからない」に反していても使うことができる。 使い分けワンポイント⑭人の+ことだから・ことだし あなたの好きな人 + のことだから/のことだし/(なん) だから/(なん) だし、とってもやさしい人なんでしょうね/私と関係ないでしょう?/結婚したければすれば?/あれこれ文句は言いたくないの/許すも許さないも、あなた次第ね。 酔っぱらいのことだ + から/し、放っておけ/何を言ったってむだだ + よ。どうせ明日は覚えてないしね。 子どものことだ + から/し、知らなかったで、すむんじゃないの?/すましちゃえよ/すましてしまおう。 ちゃんとした会社のことだ + から/し、ボーナスくらいは出るだろう/保険で処理しろよ/子どもの就職を頼みたいんだけど。 ▶本文 1.3. 「主題/例示/AというA'」を参照 Aが「人/擬人的名詞」の場合、例えばAがXという特定の人を指していて、Xがもし「Xという+Aあなたの好きな人/酔っ払い/子ども」など、グループ化され、一般的なカテゴリーAで示されていれば、Aは「A+のこと」と同じ内容、つまり社会通念や常識から一般的に判断できる「Aに+ついての/関する+複合した事実/事情/経験/履歴」を表すことができる。 したがって、Aは通常の名詞と同じ扱いになるので、まえの「使い分け $ ^{⑫⑬} $」が適応でき、すべての文に使うことができる。 王さんのことだ + から/し、貸したお金は返してくれるだろう/僕、かかわりたくない/手伝ってくれよ。 王さん + なんだから/だから/だし、貸したお金くらい、返してくれるだろう/時間は守るよ/*好きだ/△僕、かかわりたくない/*時間は守るんだよ/*借りた金を返してやれ/△手伝ってくれよ。 ところがAが特定の個人を表す場合は、上の例のように「A + (なん)だから/(なん)だし + B」に置き換えると、〈述べ立て文〉でしか使えなくなる。 これは「特定個人A + のこと」の場合なら、Aの「名前/住所/仕事/家族構成/趣味/性格/ものの考え方/行動パターン」から、最近の「事件/家庭や職場での事情/経験/もろもろの事実」まで、Aについての無数に近い情報をもっているので、この情報を根拠や理由にして、Bの部分を、判断を示す〈述べ立て文〉だけでなく、〈働きかけ文〉や〈情意表出文〉にもかえることができる。 しかし「~こと」をもたない「特定個人A」では、せいぜい「名前/住所/仕事/家族構成/趣味/人柄や性格/ものの考え方/行動パターン」くらいしか表せないので、Bの根拠や理由としては不十分になり、《働きかけ文》や〈情意表出文〉に使うと、不 <356> 自然になることがある。 自然になることがある。 あの彼 + のことだから/なんだから/×だから/×だし、早とちりして、わけのわからないことを言いだすんじゃない? →あの、おっちょこちょいの彼 + のことだから/なんだから/だから/だし、早とちりして、わけのわからないことを言いだすんじゃない? また「A=彼/彼女」の場合は、Aが特定の人を示していても、個人名ほどにはインパクトを与えることができないし、Aのもつ固有の「人柄や性格/ものの考え方/行動パターン」などが鮮明ではなくなるので、Bの根拠や理由になる力も弱い上に、説得力もない「A + だから/だし」は、〈述べ立て文〉でさえ使えなくなってしまう。 使い分けワンポイント ⑮ 人 + のことを知っていますか 王さん/王さんのこと+を知っていますか。 日本語学習者に見られるエラーのひとつに、上のような「個人名」だけの場合と、個人名に「~こと」をつけた「個人名 + のこと」の場合を区別しないことがある。「個人名 + のこと」に相当する表現が母語にない学習者には、違いが理解できないことがある。まえの「使い分け⑭」を参照のこと。 例えば「王さんのことを知っていますか」と聞かれて、イエスと答えることができるのは、誇張して言えば、王さんのプライバシーにかかわることまで知っている人になるので、王さんの家族や何十年来の親友といったところになる。 逆に「王さんのことを知っていますか」と尋ねる人は、刑事や捜査官、個人情報を売り物にする探偵社の人、または王さんとお見合いした人か、あるいは王さんと結婚しようとしている人に、王さんについて知ってほしいと思っている王さんの家族や親友かもしれない。 これに対して「王さんを知っていますか」というのは、ほぼ「王さんと会ったことがありますか」と同じ意味なので、たとえ「名前」は忘れていても、まだ「顔」に見覚えがあるなら、答えとして「ええ、知っています。お名前は失念しましたけど」を使うことができる。 あの夫婦、お互い、いやで、顔も見たくないって + くらい/ほど + だから、遅かれ早かれ、離婚ということになるんじゃないかな。 →あの夫婦、顔も見たくない + くらい/ほど、いやだそうだ。 あの映画好きが、このごろの映画は見たくないという + くらい/ほど + だから、どこの映画であろうが、ろくな映画がないんだね、きっと。 →ろくな映画がなくて、あの映画好きが、見たくないという+くらい/ほど+だ。 今度の新入社員、あの大人しい係長でさえ、みんなの前で、顔色、変えて怒鳴りつけたく らいですから、よほど出来が悪いのでしょうね。 →今度の新入社員、あの大人しい係長でさえ、みんなの前で、顔色、変えて、怒鳴りつけた+くらい/ほど+出来が悪い。 ▶本文7.1.「比較・比喻・比例/比較と程度/~くらい・~ほど」を参照 ▶本文5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~という」を参照 <357> ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~という」を参照 「A - る/ - い/~た/状態名詞な + くらい/ほど + だから + B」は、もともと程度を表す「A + くらい/ほど」に「~だから」をつけ、A を根拠に、判断Bをしたもので、A が話し手以外の状況であれば、判断を表す〈述べ立て文〉で使われる。 ただ、A の状況が、話し手の直接体験ではなく、間接経験「伝聞」の場合は「A という + くらい/ほど + だから + B」になる。 今日の暑さは、サウナに入ってるほうがましなくらい/ほど+だったから、最高記録を塗り替えた猛暑日だったんじゃなかったのか/死にたくなったよ/本物のサウナへ行こうよ/冷たいビールが飲みたいな。 →今日は暑くて、サウナに人ってるほうがましなくらいだった。 あの映画、退屈で、反吐が出そうな+くらい/ほど+だったから、途中で出てきた/見に行くんじゃない/二度と見たくない+よ。 →あの映画、反吐が出そうなくらい退屈だった。 Aが話し手自身の感覚や経験を表している場合は、Aを理由に、聞き手に働きかけたり、自分の感情を伝えたりすることができるので、すべての文に使えるようになる。 久しぶりの山登りで、足が棒になる + くらい/ほど + 疲れたよ。 *久しぶりの山登りで、疲れてしまって、足が棒に + なる/なった + くらい/ほど + だから、明日は膝が笑うんじゃないか。 ただ、上のような「比喻の重なる程度」の場合、もし「足が棒になった」なら、使う人がいるかもしれないが、よく考えてみると、やはり不自然である。 使い分けワンポイント⑦~とあって お茶の先生+とあって/だけあって、立ち居振る舞いが上品だ。 →お茶の先生というだけあって、立ち居振る舞いが上品だ。 →お茶の先生ということからして、立ち居振る舞いが上品なのは当然だ。 →立ち居振る舞いが上品なことからして、お茶の先生かもしれない。 →立ち居振る舞いが上品、だから/×とあって、お茶の先生だろう 何十年ぶりかの暑さとあって、エアコンが飛ぶように売れてるらしい。 →何十年ぶりかの暑さ(ということ)から+して/みて、エアコンが飛ぶように売れている のも当然のことだろう。 →エアコンが飛ぶように売れている + ことからして/から/×とあって、何十年ぶりかの暑さになっているのかもしれない。 バーゲンセールが始まったとあって、朝からお客でごった返している。 →バーゲンセールが始まった(という)+ ことからして/ところからみて、朝からお客でごっ た返しているのかもしれない。 朝からお客でごった返している + ことからして/ところからみて/から/×とあって、バーゲンセールが始まったらしい。 ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~とあって・~だけあって」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~という」を参照 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~という」を参照 「A - る/ - い/~た/ (状態) 名詞 (だ) + とあって + B」は、AとBの間に自然の成り行きや必然的な因果関係のあることを表しているが、Bが、話し手の推理や推測 <358> に基づいた結論であり、一般的な状況を表しているので、AをBの根拠とも考えることができる。 ただ、Aを根拠にするには、話し手がAを五官でキャッチする必要があるので、最初の「お茶の先生」は、その人のいる場面での話なら、問題はないが、もしそうでなければ、伝聞「A + という + ことからして」にするほうが自然である。 また、AからBへの自然の成り行きを表す「A + とあって + B」は、因果関係が一方通行「A→B」しか表せないので、たとえ「B + からして/からみて/から + A」という因果関係が成り立っても、逆方向の自然の成り行き「B + とあって + A」は成り立たない。 使い分けワンポイント ドアを開けると、見るからに大きな男が突っ立っていた。 寮の部屋に姿を見せたのは、見るからに場違いな厚化粧の女だった。 夫は家に帰るなり、見るからに疲れた顔で、ただ「酒」とだけ言った。 医者が到着すると、見るからにほっとして、大きな溜め息をついた。 子どもは、見るからにいやそうにして、押し入れの片付けを始めた。 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~ほど~」を参照 もともと「A-る+からに+B」は、およそ「A+するとすぐ/するだけで+Bということがわかる」とパラフレーズすることができ、AとBの間に自然の成り行きや必然的な関係のあることを表して、古語ではいろんな動詞が使えたが、現代語では「見る」にしかつかなくなり、上のように「見ただけですぐわかるほどに」といった意味を表している。 つまり上の例は、判断B「男が大きい/女が場違いだ/夫が疲れている/ほっとした/子どもがいやそうだ」が、根拠となる「ごく一瞬の視覚的印象」で理解できたことを表しているので、この「見るからに」は、言い換えれば「非常に/とても+大きな男/場違いな女/疲れた顔/ほっとして/いやそうに」となり、判断Bの根拠というよりは、判断Bに含まれている程度のはなはだしさを表している。 使い分けワンポイント 天気予報に+よると/よれば、明日は曇り、ときどき晴れで、雨は降らない+らしい/ようだ/みたいだ/そうだ/といっている。 彼女の+話/説明/考え/予想+に+よると/よれば、株価は、しばらくの間、下がる+らしい/ようだ/みたいだ/そうだ/とのことだ。 今朝の新聞/雑誌の記事/読んだ本/記録/発掘調査/昨日のテレビ+に+よると/よれば、羽毛のある怒竜がいたそうです。 彼の好きな+音楽/絵画/詩/映画+からすると/×によると、どうやら彼は、かなりロマンティックな男+のよう/らしい+ですよ。 課長の+様子/顔つき/表情/態度+からすると/×によると、どうも部内で問題が生じた+ようだ/みたいだ/らしい。 ▶本文 10.9.「モタリティの表現/伝聞」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~によって」を参照 ▶本文 3.4.「順接確定条件/手段/~によって」を参照 <359> ~からみて・~からして ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ば・~と」を参照 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~による」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」を参照 「名詞A + に + よると/よれば + B」は、Bに、耳から得た情報や活字からの情報、上のAのほかにも「統計/アンケート/実験や試験の結果/履歴書/契約書/憲法/判例」などからわかった情報がきて、AがBの情報源である場合に使われる。つまり話し手は、Aを根拠にして、Bの判断をしている、というより、Aに全面依存して、聞き手にBという情報を伝えている。 またAには、話し手が感覚的にとらえた状況判断の根拠となる印象「音楽/様子/鳥の声/におい/感触/第六感」などが来ないところからみれば、判断BをAに依存しているというより、Bの判断に対して責任のないこと、つまり、話し手が自分自身の判断を示したくない場合に使われるといえるかもしれない。 したがって、文末は「伝聞」か「状況判断」の形式になる〈述べ立て文〉であるが、ただ「状況判断」といっても、話し手が勝手に推理や推測をして判断したものではなく、Aから得た「伝聞」の内容をまとめたものにすぎない。 推理や推測によって判断Bをする場合の根拠や情報源は、先ほどから述べてきた「A+からして」などのAによって示される。 「A + に + よると/よれば + B」の文末に現れる「~らしい」は、伝聞と状況判断が重なっているが、最後2例の「A + からして」と呼応している「~らしい」は、伝聞ではなく、状況判断の「~らしい」である。 「Aに+よると/よれば」の違いは、順接仮定条件の一般条件「~ば/~と」の違いなので、例えば、天気予報を信じている人なら「~よれば」を使い、経験から「天気予報は当たる」と思っている人は「~よると」を使うと思われる。「使い分け②」の「Aでは」を使って、Aを情報源にしない人は天気予報を信じていないかもしれない。 使い分けワンポイント 20~ところによると・~ことによると 聞く/ラジオで聞いた/友だちの言う/人の言った/新聞で見た/原告の主張している/社長が語った/記者が報道した/駐在員が報告した+ところに+よると/よれば、酸性雨の被害は拡大する一方らしい。 ラジオで聞いた/※聞く/※友だちの言う/人の言った/新聞で見た/※原告の主張する/社長が語った/記者が報道した/駐在員が報告した+ことに+よると/よれば、酸性雨の被害は拡大する一方らしい。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『こと/もの』の使い方」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/~といったところだ」1.7.「主題/累加/~どころか」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ところだ」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~たところで」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想/~ところだった」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~たところで」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ているところだ」を参照 ▶巻末「動詞と時の表現」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 <360> 3.3. 顺接確定条件/根拠 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~ところが/~ところを」を参照 「A - る/~た + ところに + よれば/よると + B」も「A + た + ことに + よれば/よると + B」も、確かな情報源Aから得た情報を、聞き手に流すものであるが、Aには名詞ではなく、視覚か聴覚に関係する動詞が使われる。 「~ところ」は、時空間を重ねた状況を表しているので、〈基準時現在同時間帯〉を表す「- る/~ている」の情報源にも、〈基準時以前既実現〉の「~た/~ている」の情報源にも使われるが、事実や経験を表す「~こと」が情報源になる場合は、〈基準時以前既実現〉「~た/~ている」しか使うことができない。 ▶「~よると/~よれば」の違いは、本節「使い分け⑲/~によると・~によれば」を参照 使い分けワンポイント ②~ことには 子ども/学生/社員+が+言う/申します+(こと)には、この機種が、一番よく売れている商品+だそうです/らしいのです。 子ども/学生/社員+が言ったことには、この機種が……。 ご両親/先生/社長/陛下+が+おっしゃる/おっしゃいます/おおせになる+(こと)には、それでよいとのことでした。 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/感情語+ことには」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ないことには」を参照 「A + - る (こと) /~たこと + には + B」も、情報源Aから得た情報を、聞き手に流すものであるが、Aには「言う」と、そのバリエーションしか来ることのできない特殊なものである。また、経験や事実などを表す「~こと」は、動詞「- る」の場合は省略できるが、動詞「~た」の場合は省略できない。 この「~には」は、基準を表す「~に」に、対比の「~は」が重なっているので、パラフレーズすると、例えば「子どもの言ったことに基づけば、この機種が一番ということになるが、ほかの人/あなた + が、どのように考えるかは、また別の問題である」といったことになり、話し手がBの判断に責任をもたない「伝聞」特有の表現になって したがって「使い分け②」のパターンを適応した「言う/言った + ところに + よると/よれば」や「言ったことに + よると/よれば」との違いは、この「対比」があるかないかという点である。 使い分けワンポイント 課長の+顔つき/様子/表情/態度+からすると/△では、どうやら部内で問題が生じた+ようだ/みたいだ/らしい。 →課長のあの+顔つき/様子/表情/態度+では/からすると、どうも部内で問題が生じた+ようだ/みたいだ/らしい。 地図 (の上) では、3つめの信号を右折すると、病院があるようだ。図面/データ/統計 + (の上) では、そうはならないらしいね。膚の上では、もう春だが、まだ朝夕の冷えこみは厳しい。 <361> ~からみて・~からして 私の知っている限りでは、次のようになるのではないかと思いますが。 ▶本文 3.4.「順接確定条件/手段/『~で』の使い方」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~に限る/動詞『限る』のまとめ」を参照 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~では」を参照 「名詞A + では + B」は、判断Bをするのに、Aを根拠にしているが、この「~では」が、限定した範囲を示す「~で」と、対比の「~は」を重ねたものなので、パラフレーズすると、例えば「実際のところはよくわからないが、課長のあの顔つきを見た範囲での印象でいうと、どうも部内で」といったことになり、Bは伝聞ではなく判断を表している。 したがって、もしAが個別的で具体的な状況や情報源でなければ、Aを「~では」で限定できないので、最初の例のように、漠然として抽象的な「顔つき/様子/表情/態度」では、不自然な感じがするが、これに「あの」をつけて鮮明な輪郭をつけると、ピントが合ってぴったりする。 子どもが言った/子どもから聞いた/チラシを見た+ところ/×こと+では、この機種が一番よく売れている+らしい/ようだ/そうだ。 「A + では + B」のAを伝聞Bの情報源とする場合、状況を表す「~ところ」は使えるが、事実を表す「~こと」が使えなくなる。 これは、たとえてみれば、状況が、舞台や映画の背景のようなものなら、事実は、状況を背景にして起こる事件のようなもので、背景が、全体的なものであるのに対して、事件のほうは、変化する個々の場面から構成されていて、数えることができるからである。 子どもが言った/子どもから聞いた/×チラシを見た + ことのなかでは、この機種が、一番わかりやすかった。 →見たチラシの+なか/上+では、この機種が、…番わかりやすかった。 つまり、状況「A + た + ところ」なら、情報源全体をひとつとして「~では」で限定することはできるが、事実「A + た + こと」なら、いくつかの事実、つまりデータの数を限定することになり、数えあげた「子どもが言った/聞いた + こと」のなかで「一番」という場合にしか「~では」を使うことができない。 ただ「チラシを見たこと」が使えないのは、次のような理由による。例えば「子どもが言った」の場合、あとに続く「こと」は「話の内容」を表しているが、これが「チラシを見た」の場合、あとに続く「こと」は「チラシを見たことがある」という経験しか表すことができない。 したがって、これまで「チラシを見てきた」すべての経験のなかで「一番」という非現実的なことになってしまう。もし経験でなければ「こと」ではなく「見たもの」にすべきで、つまり「チラシを見た人」か「チラシ」そのものにする必要があるので、もともと「こと」の使えない構造になっている。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『こと/もの』の使い方」を参照 「Aの+うえ/なか/かぎり+では」は、Aが順に、図表など平面的なものの場合、いくつと数えられる場合、そして「知っている/見た/聞いた/わかった/数えた/調べた/実験した/比較対照した+限りでは」など、動詞につく場合に使われる。 <362> 3.4. 顺接確定条件/手段 ~を通して・~を通じて A + を通して:Aを + 媒介にして/手段として/経過して/一貫して。 A + を通じて:同上。ただ、Aの内容が複雑になるか、書き言葉になる。 接続名詞+を+通して/通じて 形態 Aが地理的地点を表し、Aを通過して移動する場合は、同じ漢字で読みになるが、自動詞の「Aを通って」が使われる。 また、同じ漢字を使った「A(場所)に + 通う / 通って」は、通学や通勤などを表している。ただ「通う」が自動詞の場合、例えば「心/血 + が通う」などは「心が伝わる/血が流れる」という意味を表している。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/場所 + に・で・を」を参照 互换性 文脈がなければ、すべての場合で互換性がある。 置換 [例] すみませんが、社長とのご面会は、秘書を通してしてください。 特別な事情もない通常の場合は、次のように置き換え不能。 *すみませんが、社長とのご面会は、秘書を通じてしてください。 次の例も、置き換えないほうが自然である。 大自然のもとで、汗を流しながら、一緒に働いた経験を + 通して/×通じて、ふたりは生涯かわらぬ友愛をもちつづけた。 戦場で、血みどろになりながら、一緒に戦った経験を + 通じて/×通して、ふたりは生涯かわらぬ友愛をもちつづけた。 銀行による一連の融資を + 通して/×通じて、不況に喘いでいた中小企業は再投資に踏みきり、見事な立ち直りを見せた。 銀行による一連の不正融資を + 通じて/×通して、泥沼のバブル経済は、ひたすら膨脹しつづけるだけだった。 私たちは、居ながらにして、世界中の情報を、インターネットを + 通して/×通じて、手に入れることができる。 ハッカーたちは、ウイルスに感染されたファイルが送りこめるインターネットを + 通じて/×通して、ユーザーのシステムを破壊していく 南北アメリカの経済ブロック化を + 通して/×通じて、アメリカ合衆国は、EUをはじめ、中国やインド、アラブ諸国との結びつきを強めるアセアン経済圏に対抗しようとしている。ラテンアメリカを支配する経済ブロック化を + 通じて/×通して、アメリカ合衆国は、EU をはじめ、中国やインド、アラブ諸国との結びつきを強めるアセアン経済圏に対抗しようとしている。 例 次の用例は、互換性がある。 社長との連絡は、すべて秘書を + 通して/通じて + 行なわれた。 この銀行は、取り引き先の会社を + 通して/通じて + 紹介されました。 この情報は、その筋の人を + 通して/通じて + 入手したものです。 駐在員を + 通して/通じて、本社に入った連絡によると、現地の政策がかわって、大幅に輸出が制限されることになったらしい。 このあたりは、一年/四季 + を + 通して/通じて + 花が咲き乱れる。 <363> 彼女は、一生/生涯+を+通して/通じて+伝道に身を捧げた/僻地の医療活動に従事した/※独身を貫いた。 この種の松林は、日本全国を+通して/通じて+見ることができる。 使い分け 「Aを + 通して/通じて + B」は互いに非常に近い位置にあり、ただ「用例」最後の3例を除けば、基本的には、ある二者「XとY」の間をAが仲立ちをするような形で、B「連絡/情報の伝達/つながりや関係の樹立」が行なわれることを表している。特に二者関係でなければ、Aを手段としてBが行なわれることを表す。この場合、両者の間には、次のような使い分けがある。 A + を通して + B:Aを + 媒介/手段 + として、単純明快/公明正大 + にBが行なわれる場合に使われる A + を通じて + B:媒介/手段 + としたAが、公にできない秘密のものであったり、不正なものであったりする場合に使われる つまり後者は「内緒/内輪/内密/秘密裏/裏やコネを使った/おおっぴらにできない/隠しておきたい」という話し手の気分が反映される場合に多用される。逆にいえば、前者で「後ろ暗い/やましい+ところはない」といった気持ちを表すことができる。 解説 「時間的地理的一貫性」を示す「用例」最後の3例の場合、両者の違いは、ほとんど話し手の好みの問題になり、固有日本語、つまり訓読みの和語が好きな人は、前者「~を通して」を使い、音読みの漢字語が好きな人は、後者を使うといった傾向があるだけのように思われる。 ただ、漢語系のほうが書き言葉になりやすいので、その意味では、後者のほうが、やや硬い書き言葉ではあるが、もともと、どちらも書き言葉である。 銀行の融資で、中小企業も再投資をして、立ち直りを見せたそうだ。 インターネットで、世界中の情報が手に入るようになったね。 アメリカは、南北アメリカの経済ブロック化で、EUに対抗しようとしている。 この銀行は、取り引き先の会社から紹介されました。 駐在員から本社に入った連絡によると、現地の政策がかわったそうだ。 彼は、一生/生涯、独身だったそうですよ。 この種の松は、日本全国で見ることができる。 どちらも、最初の [例] のような「人を通して連絡する」という場合を除けば、ほとんど話し言葉で使われることはなく、話し言葉なら、上のように「~から/~で」などのほうが好まれる。ただ、単純化した話し言葉では、話し手が表そうとする微妙な気分や気持ちが反映しないので、平板な内容になってしまう。 使い分けワンポイント ①~を通した・~を通じた/ ~を通しての・~を通じての 秘書を+通した/通じた/通しての/通じての+連絡が社長に届いた。 <364> 両社の関係は、取り引き先の銀行を + 通した/通じた/通しての/通じての + 提携関係です。 今回、入手した情報は、その筋の人を + 通しての/通じての/×通した/×通じた + ものです。 現地の政策が変わったという本社に入った連絡は、駐在員を + 通しての/通じての/×通した/×通じた + 情報です。 「Aを+通した/通じた+名詞B」は、上のように、Aが直接の情報源になる場合は使うことができない。これは、もともと「Aを通す」や「A+を/が+通じる」という動詞が、Aが媒介となって「ふたつの間+を/が+つなげる(つなぐ)/つながる」という意味を表すからである。 したがってAが、二者「XとY」の仲立ちをする場合には使うことができるが、Aが情報源になる場合は、もとの「Aを+通して/通じて」に「~の」をつけた「Aを+通して/通じて+の+名詞B」が使われる。 このあたりは、一年/四季 + を + 通しての/通じての/×通した/×通じた + 草花が咲き乱れる。 彼女は、一生/生涯 + を + 通しての/通じての/×通した/×通じた + 僻地の医療活動に従事した。 →彼女は、生涯にわたる僻地の医療活動に従事した。 日本全国を + 通しての/通じての/※通した/※通じた + この種の松林は、日本の森林を特徴づけるもののひとつである。 →日本全国に分布するこの種の松林は、日本の森林を特徴づけている。 「時間的地理的一貫性」の場合も、同様に「Aを + 通した/通じた + B」を使うこ ただ、最初の「一年/四季 + を + 通して/通じて + (の)」という言い方は、ほぼ慣用的に使われているので、問題はないが、あとの2例は「~の」をつけると、なじみのない響きなので、上のように書き換えたほう「→」が、やはり自然な感じになる。 ふたりは、大自然のもとで、汗を流しながら、一緒に働いた経験を + 通しての/×通じての/×通した/×通じた + 友愛をもちつづけた。 戦場で、血みどろになりながら、一緒に戦った経験を + 通じての/×通しての/×通した/×通じた + 友愛をもちつづけた。 銀行による融資を + 通しての/×通じての/×通した/×通じた + 再投資に踏みきり、中小企業は見事な立ち直りを見せた。 銀行による一連の不正融資を + 通じての/×通しての/×通した/×通じた + 泥沼のバブル経済は膨脹しつづけた。 上の「置換」からの書き換えは、Aが「手段」と見なせるものであるが、二者「XとY」の仲立ちをするわけではないので、やはり「Aを+通した/通じた+B」を使うことができない。 私たちは、居ながらにして、インターネットを + 通した/通しての/×通じた/×通じての + 世界中の情報を、手に入れることができる。 ハッカーたちは、ウイルスが送りこめるインターネットを + 通じた/通じての/×通した/×通しての + システム破壊をしていく。 「インターネット」の場合は、手段であると同時に、仲介者という感じがするので、 <365> どちらも使うことができる。 なお、どの場合も「~を + 通して/通じて」の違いが、そのまま適応される。 使い分けワンポイント ②~を通って 路地/裏門/駐道+を通って、大通りに出ましょう。 玄関/勝手口+から+居間/台所+を通って、奥座敷/裏庭+に入る。 新幹線で、名古屋から東京を通って新潟へ行く。 ソウルの上空を通って、北京へ行く。 飛行機で、アンカレッジを+経由して/×通って、ブラジルへ行く。 「Aを + 通って + B」は、Aを通過して、ほかの場所に移動することを表すが、同じ漢字を使う「通す/通じる/通う」も含めて、AとBの間が、切れたり中断したりすることはないので、移動は、途中の乗り換えを含めて陸続き、つまり陸路に限られる。 ところが空路の場合は、Aが給油のための中継地点であれ、トランジットの乗り換え地点であれ、上のように「Aの上空を通って」にして、いわば「空続き」するか、言葉をかえて「Aを + 経由して/経て」にする。後者の場合、漢字語の「経由する」のほうが、固有語の「経て」よりも、話し言葉で常用される。 使い分けワンポイント③~で・~によって 炊飯器/ナイフ/自転車/地下鉄/携帯電話/パソコン/インターネット + で/×によって、ご飯を炊く/リンゴの皮をむく/買い物に行く/学校に通う/メールを送る/報告書を作成する/映画の時間と料金を調べる。 今回の捜査 + で/によって、多くの事実が明るみに出た。 今回の捜査 + によって/×で、多くの事実が明らかにされた。 大都市に張りめぐらされた地下鉄網 + によって/×で、郊外からの通勤時間は、飛躍的に 短縮された。 利便性を追求すること + によって/×で、科学技術が進歩した反面、環境が破壊されたことも、また事実である。 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~によって」を参照 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~によれば」を参照 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~による」を参照 「手段」を表す最も簡単な方法は「A + で + B」の形で「~で」を使うことであるが、Aが道具を表すか、Bが受身でない場合に可能になる。 一方「A + によって + B」は、Aが「手段」のほかに「原因や理由/受身の動作主/根拠/相応変化」なども表すが、特に、Aが「手段」でもあり「受身の動作主」でもあるという重なりを見せるときに多用され、この場合は「~で」が使えなくなる。両者が使えるのは、Aが「手段」と「原因や理由」の重なりを見せるときである。 使い分けワンポイント ④ 「~で」の使い方 「A + で」は、基本的には「Aを利用する」という意味があり、次のような使われ <366> 方をする。 1. 利用する場所 階段教室で試験があります。 プール/公園/ベッド/大阪+で、泳ぐ/散歩する/寝る/生まれる。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/場所+に・で・を」を参照 2. 利用する時間 3時間で修理を終えることができますか。 お会いするのは、今週の金曜日でよろしいですね? 3. 利用する道具 筆ペン/蛍光ペン/サインペン/鉛筆/クレヨン+で、漫画を描く。 4. 利用する範囲や限界、または状態や話題 ご応募は、今月末までで、締め切らせていただきます。 ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/~までで」を参照 知っている限りでいえば、こうなるんじゃないかな。つまり ...。これ/手ぶら/みんな+で、休憩する/行く/相談する。経済問題/試験+で、論議する/ミスをする。 5. 原因と理由 風邪/事故/地震+で、熱がある/会社に遅れる/棚が落ちる。 「利用する」というと、プラスの結果をイメージしてしまうが、立場が逆になって「利用される」とマイナスの結果になるし、また人間でないものも利用したり、されたりすると考えれば、例えば「試験をマイナス利用して、ミスをする」や、最後の「原因と理由」も「風邪/事故/地震 + を利用して、熱が出る/会社に遅れる/棚が落ちる」といったことが可能になる。 ⑤ 「~によって」と「~を+通して/通じて」 社長との連絡は、すべて秘書 + によって/を通して、行なわれた。 ふたりは、大自然のもとで、一緒に汗を流して働いた経験 + によって/を通して、深い絆で結ばれ、生涯にわたる友愛をもちつづけた。 銀行による融資 + によって/を通して、再投資に踏みきり、中小企業は見事な立ち直りを見せた。 インターネット + によって/を通して、いろんな情報を入手する。 コンピュータ + によって/を通して、いろんな計算をする。 「A+によって」と「Aを+通して/通じて」の違いは、前者が「秘書:受身の動作主/経験:原因や理由/融資・インターネット・コンピュータ:手段」を表して、Aの意味がかわるのに対して、後者が、手段の場合も含めて、むしろ統一的に「仲立ち」を表している点である。 ハッカーたちは、ウイルスに感染されたファイルをインターネットに送りこむこと + によって/× を通じて、システムを破壊していく。 ハッカーたちは、ウイルスに感染されたファイルが送りこめるインターネット + によって/を通じて、システムを破壊していく。 <367> 両者が「手段」を表す場合、違いを誇張していえば、前者「AによってB」のAが、Bを実行する上での「手段/道具」だけでなく、Bを実行するための「方法/ノウハウ」も表すことができるのに対し、後者「Aを+通して/通じて+B」のほうは、Bを実行する上での中間手段「道具」しか表すことができない点である。 使い分けワンポイント ⑥「持つ」と「~をもって」 ちょっと、これ、持って、お願い。 お父さんたら、いつも弟の肩を持つのね。(支持/声援/ひいき + する) あ、ペンなら、持っていますよ、どうぞお使いください。 あの人は、お金持ちで、家を3つも持ってるらしい。 今度、初級クラスを持つことになりました。よろしくお願いします。 費用は、こちらでお持ちしますので、行っていただけませんか。 それじゃ、体がもたないよ。病気になったら、元も子もないよ。 夏は、日もちしないから、いくら冷蔵庫に入れても、カビがくるよ。 あのこと、まだ根にもってるんだろうか。もって生まれた性質だね。 勇気/希望/余裕/自信/確信/ガッツ/気構え/やる気 + をもって、新しい分野に、 挑戦してください ▶本文6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 ▶本文2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 ▶本文2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文2.8.「時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣/~ている」を参照 「もつ」は、他動詞で「何かを手に+する/とる」という意味から、動作や変化が終了したあとの状態を示す「へている」がついて、基準時において「何かを+所持/所有+している」を表す。特に「責任をもつ」のバリエーションとして「何かを+担任/担当/負担+する」がある。 また、自動詞としての使い方があり、この場合は「現状を + もちつづける/維持する/保持する」という意味になり、例えば「もちが + いい/悪い」や「長もち/日もち + する/しない」は、何かが「いたんだり腐ったりし + にくい/やすい」や「使えなくなるまでの時間が ± 長い/短い」を表している。 最後の2例は、他動詞で「何かを心に抱く」という意味になるが、最後の例に「A 十をもって」というパターンが現れている。 この草稿をもって、会議に提出する原案としよう。 この覚書をもって、正式の+条約締結/契約成立+と見なす。 この地をもって、第二の故郷/第二の我が故郷+とする。 これをもって、本日はお開きとします。 本日は、これをもちまして、ご挨拶/閉店/閉会/締め切り/営業終了+とさせていただきます。 ご応募/営業/バーゲンセール+は、本日をもって、最終とさせて/打ち切らせて+いただきます。 当店の営業は10時をもって、終わらせていただきます。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/『AをB+に/と+する』のバリエーション」を参照 「心に抱く」の「Aをもって」なら、まだ「持つ」の意味が残っていて、わかりやすいが、 <368> 3.4. 顺接確定条件/手段 上のような例は、もともと「持つ」とは関係がないので、わかりにくい。 これは、漢文で書くと「以A為B」からきた非常に硬い書き言葉で、話し言葉に使われると、〈ヨソ〉に対するフォーマルなスピーチやアナウンスとして使われるが、上の例のように「終了」を観衆や顧客に告げる場合が圧倒的に多い。 「以A為B」は、訓読みで「読み下す」と「Aを以ってBと為す」になり、現代語にすると「AをBとする」ということを表しているにすぎない。 使い分けワンポイント⑦~をもって・~でもって わあ、すごいトゲが刺さったね。毛抜きをもってすれば、抜けるよ。→わあ、すごいトゲ。毛抜きでもって、抜いてしまわなきゃ。こんなもの、このハンマーでもって、ぶち壊してしまおう。じゃ、これでもって、今日のコンパはお開きにするよ。卒業式か。今日でもって、お別れだね。また会えるといいね。何だよ、これ。こんな文章でもって、就学理由書にするのか。 「A+でもって+B」は、カジュアルな場で使われる話し言葉で、ふたつの使い方があるが、ひとつは、手段の「~で」に「もって」をつけ、道具A「毛抜き/ハンマー」を使いながら、Bという処理や処置をして「問題を解決してしまう」という使い方である。この場合、ただ「~で」だけを使うよりも、話し手の「力/力み/気力」といったものが感じられる。 もうひとつは「Aを以ってBと為す」のカジュアル版で、この場合に使われている「~で」は、範囲や限界を表す「レポートの提出は今週末で締め切る」の「~で」である。最後の例が、手段と範囲の境界例という気もするが、もとの「Aを以って」が一番よく生かされており、もし書き言葉の「こんな文章をもって」にすると、冗談にもならなくなってしまうので、遊び半分で使われている可能性もある。 使い分けワンポイント 8~を頼りに(して)・~を頼みに(して)/ ~を頼りとして・~を頼みとして もともと専業主婦だったので、経済力もないのに、5人も小さい子を抱えて、これから何を+頼り/頼み+に/として、生きていくんだろうね。亡くなったご主人、何も残さなかったようだし。 ただ、1本/ひと棹 + の + 杖/三味線 + だけを + 頼り/頼み + にして/として、ここまで、歩いてきました/生きてきました。 生まれながらの楽天性/もちまえの明るさ/粘りと行動力 + を + 頼り/頼み + にして/として、新規市場開拓事業に乗りだした。 母国での外国語の独習というのは、辞書や CD、テープといったものを + 頼り/頼み + に、経験を積み重ねていくよりほかない。 運/つき/まぐれ + を + 頼み/×頼り + に、大きな勝負に出た。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/『AをB + に/と + する』のパリエーション」を参照 「Aを + 頼り/頼み + に (して)/として」は、もともと前者が「頼る/頼もしい/頼りない」など「必ず助けてくれると考えて依存する」からきており、後者の「頼む」が「依頼する/希望通りになるように他人に願う/助けてくれるように祈る」という意 <369> 味を表している。 したがって、どちらにも「Aの助けを借りて」や「Aに依存して」が重なり合っているが、後者には、さらに「実現するかどうかわからないもの + に/を + 期待する/あてにする」という意味が含まれているので、話し手の気持ちを誇張して、その部分だけをパラフレーズすれば、最初の例は次のようになる。 何を頼り+に(して)/として: 夫は何も残さなかったらしいが、親も親戚もいることだし、まあ、誰かが助けてくれるだろうだから、頼りのない生活とはいえ、何とかなるだろう。 何を頼み+に(して)/として: 夫は何も残さなかったし、親も親戚もいないし、いったい何をあてにして、生きていくんだろう。これから、ひとりで大変だ。 つまり、後者「Aを頼み」は、よほどの「運やつき」がなければ生きていけないということをほのめかしていることになる。したがって、ほかの例に後者を使うと、Aのほかには「あてにする」ものがないという意味になり、言外に「悲哀/悲愴/悲惨」といったものが滲みだすので、プラス志向を中心とした教科書にはふさわしくないということになる。 「Aを+頼り/頼み+にする」は、一時的な「Aへの+依存/期待」を表すが、もう一方の「Aを+頼り/頼み+とする」は、Aそのものが「依存/期待」できる唯一のものを表すので、次の順で「悲壮感」が大きくなる。 ~を頼りに(して)くを頼みに(して)く~を頼りとしてく~を頼みとして なお「Aを+頼り/頼み+にして」は、意志変化を表す「AをBにする」からきているので、改まった書き言葉には使われるが、通常は短いほうが便利なので、よく「して」が省略される。 3.5. 顺接確定条件/基準 ~に基づいて・~をもとに A + に基づいて + B:Bをするのに、Aを + 規準/基礎 + にして。 A + をもとに + B:Bをするのに、Aを + 素材/ヒント + にして。 接続名詞+に基づいて/をもとに 形態 「A + に基づいて + B」には、動詞「基づく」の「て形: 基づいて」が「ます形」に変化し、硬い書き言葉に使われる「A + に基づき + B」という形態がある。 <370> 3.5. 顺接確定条件/基準 「A + をもとに + B」は、意志変化を表す「Aを + B/もと + にする」からきているので、もとの「Aをもとにして」になることがある。ただ、短いほうが便利なので、後者「Aをもとにして」は改まった書き言葉くらいにしか使われない。 また、Bが名詞の場合は、次のような形態がある。 Aに + 基づいた/基づいての + B A + をもとにした + B 互換性 両者に「基礎/素材」という意味があれば、互換性がある。 置換 [例] このマニュアルに基づいて、操作していただければ、大丈夫です。 置き換えると、次のように不自然になる。 ×このマニュアルをもとに、操作していただければ、大丈夫です。 次の例も、置き換えないほうが自然である。 判決 + に基づいて/に基づき/×をもとに、刑が執行される。 各部署、計画 + に基づいて/×をもとに、実行に移ってください。 その図面 + に基づいて/×をもとに、屋内の配線工事をお願いします。 この地図 + に基づいて/×をもとに、ゴールまで走ることになります。 契約書/報告 + に基づいて/×をもとに、クレーム処理をしました。 裏庭の野菜とスパイス + をもとに/×に基づいて、作ってみました。 用例 次の用例は、互換性がある。 この判例 + に 計画表 + に基づいて/ この草稿 + に基づいて/をもとに、 数年にわたる多くの人々へのインタビュー + に基づいて/に基づき/をもとに、再構成したルポルタージュの傑作が誕生した。 実際に起こったこと + に基づいて/をもとにして、作られた番組です。 昔話/伝説/民話/史実 + に基づいて/をもとにして、映画を作る。 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準」を参照 このマニュアル + に基づいて/をもとに、文書を作成してください。 この判例 + に基づいて/をもとに、裁判での闘い方を考えてみよう。 計画表 + に基づいて/をもとに、具体的な日程を組んでみました。 この草稿 + に基づいて/をもとに、議会に提出する原案を作ってくれ。 マタイの人々へのインタビュー + に基づいて/に基づき/をもとに、再構成 使い分け 「Aに + 基づいて + B」は、大きくいって2つの使い方があり、ひとつは「Aに + 基準/規準 + をおいて、Bを行なう」という、いわば「Aという + 基準/規準/規範/規格/決まり/法律 + から外れることなく、Bを実行する」という意味でもうひとつは「Aを + 基礎/土台/手本/模範/モデル/手がかり/参考 + にして、判断Bをする/Bを実行する」という意味を表す書き言葉である。 一方「Aを + もとに (して) + B」は、書き言葉にも、話し言葉にも便われるが、漢字で書いて「基本の『基』/根本の『本』/元祖の『元』/元素の『素』/原子の『原』/資源の『源』/支配下や影響下の『下』のすべてが、訓読みで「もと」になるので、いわば「Aを + 基準/基礎/基本/オリジナル/素材/原料/源泉/土台/モデル/見本/参考/ヒント/下敷き + にして、判断Bをする/Bを実行する」という意味を表している。 したがって、前者のAが、判断の「基準」ではなく、行動の「規準」を表す場合と、後者のAが、Bを作るうえでの「素材/原料」を表す場合は、互換性がなくなってしまう。 <371> AがBをするうえでの「土台/モデル/見本/参考/ヒント」などになる場合、互換性は生まれるが、両者には、前者が、かなり忠実にAを守って、実行したり再現したりするのに対して、後者では、かなりの改変やデフォルメが起こって、原型をとどめぬまでの変化を見せるかもしれないという違いがある。 解説 例えば「用例」最後の「史実 + に基づいて/をもとに」では、前者が、いくつかの場面を脚色するだけで、ほぼオリジナル通りに映画を製作するのに対して、後者は、場面だけではなく、プロットを変更したり、エピソードを挿入したりして、オリジナルとはまったく異なった展開になり、同じなのは全体のストーリー、つまりプロローグとエピローグと、基本的な登場人物だけといったことも可能である。 もちろん、前者の場合でも、オリジナルとは異なる展開もありうるかもしれないが、あまりにもかけ離れすぎると、いわゆる「看板に偽りあり」になってしまい、観客の期待を裏切ることになる可能性もある。 しかし、後者を使えば、その心配はなく、逆に、現代風にアレンジした内容が受けるかもしれない。 使い分けワンポイント ①~に基づいた・~に基づいての/~をもとにした 判決 + に基づいた/に基づいての/×をもとにした + 刑が執行される。 図面 + に基づいた/に基づいての/×をもとにした + 屋内の配線工事。 報告書 + に基づいた/に基づいての/×をもとにした + クレーム処理。 裏庭でとれた野菜とスパイス + をもとにした/×をもとにしての/×に基づいた/×に基づいての + 料理を作ってみました。 マニュアル + に基づいた/をもとにした/×に基づいての/×をもとにしての + 文書を作成してください。 判例 + に基づいた/をもとにした/×に基づいての + 裁判の闘い方。計画表 + に基づいた/をもとにした/×に基づいての + 具体的な日程。取材 + に基づいた/をもとにした/×に基づいての + ルポルタージュ。草稿 + に基づいた/をもとにした/×に基づいての + 原案。実話 + に基づいた/をもとにした/×に基づいての + テレビ番組。史実 + に基づいた/をもとにした/×に基づいての + 映画。 ▶本文 2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~たうえで」を参照 「名詞A + に基づいた/をもとにした」は、あとにくる名詞Bとの間に「修飾する/修飾される」という関係があれば、もとの「名詞A + に基づいて/をもとに(して)」と同じ使われ方をする。 しかし「名詞A + に基づいての + 名詞B」は、Aが「基準/規準」などを表す場合にしか使うことができない。おそらくこれは、Aに改変やデフォルメを加えることなく「Aに基づいて、そのままの条件で行なうべきB」といった意味を表しているからであろう。 これに対して、Aに改変やデフォルメを加える後者には「×A + をもとにしての + B」という言い方が存在しない。 「Aに + 基づいた/基づいての + B」は、後者のほうが、より硬い書き言葉で、話 <372> し言葉では、フォーマルかオフィシャルな場でしか使われない。これは「Aに基づいてのB」が「Aに + 基づいた/基準をおいた + 上でのB」という響きが感じられるからであるが、以下に続く「~ての + 名詞B」のすべてに共通していることでもある。 便い分けリンポイド 川岸/土手/湖畔/道 + に沿って、並木が続く/細長い公園がある。 川/川の流れ/堤防/海岸/塀/並木/道順 + に沿って、歩いて行く。 手順/一連の指示や教え/マニュアル + に沿って、実行に移す。 事件の流れを追いながら、事実に沿って、話をしてくださいますか。 計画/計画表/契約書/報告 + に沿って、事業を推し進めてください。 法律/既定の方針/決定 + に沿って、取締りを強化する必要がある。 「名詞A + に沿って + B」は、Aが、Bの状態や動作と同じように、長く続くものや、Bを行なう上で、順序や流れのあるものを表し、最初2例のような場合は、話し言葉にも書き言葉にも使われるが、第3例からは書き言葉や、フォーマルな話し言葉にしか使われない。 したがって、番号をふって箇条書きになっていたり、章別や条項別に構成されたりした文書や、時間の流れを追う出来事や小説、歴史といったものにも応用される。 逆に「地図/図面/統計/インタビュー/対策/草稿」など、平面であったり、アトランダムな配列であったりするものに使うと不自然になる。もちろん「道順/手順/流れ」のある地図や図面などなら、問題はない。 「Aに沿う」は、中心となる「Aから離れない」という意味なので、最初2例のような、Aが具体的な場所やものを表す場合を除けば、Aが基準や規準を表すほかの例は「A+に基づいて+B」と互換性がある。しかし、Aを基礎として変化を加える「A+をもとに+B」には置き換わらない。 これは「A + に沿って + B」に「Aが主で、Bが副」という基本的な意味があり、Aを変えることができないという意識が流れているからであろう。 「Aにそう」は「副/添」という漢字を使って、例えば「ご希望/要望/期待/目的を + に副う」や、また「影のように身に添った憂いや悲しみ/病人につき添って看病する/ 夫婦連れ添って金婚式を迎える/娘を好きな男に添わせる」といった使い方があり、日常生活で、やや改まった場面に用いられるが、同じ意識が流れている。 ただ「添う」の他動詞「Aに+Bを添える」は「花束/カード/肉料理/パン/スープ/紅茶+に+カード/プレゼント/温野菜/サラダ/パン/ケーキ+を添えて、贈る/客に出す」と言った使い方をする。ただ「Aと一緒にBを+贈る/出す」という使い方になると、どちらが主かわからない感じになることもある。 湖に + 沿った/×沿っての + 並木/公園 + を歩く。 事件の流れ/事実 + に + 沿った/×沿っての + 話をしてくださいますか。 計画/計画表/契約書/報告 + に + 沿った/沿っての + 事業。 法律/既定の方針/決定 + に + 沿った/沿っての + 取締り。 「名詞Aに + 沿った/沿っての + 名詞B」の場合、もとの意味が「Aから離れない」なので、前者「Aに沿った」は、Aに「ぴったり」ついている場合も、Aについたり、 <373> Aから離れたり、多少の「余裕/揺れ」を見せる場合も可能であるが、後者の「Aに沿ってのB」は、余裕や揺れのない「ぴったり」した場合にしか使うことができない。 なお「Aに + 沿い + B」という「ます形」は、硬い書き言葉として、使う人がいるかもしれないが、通常、使われることはない。 事実に即し(て)、そのとき見たことをありのまま、話してください。 各学年やクラスにおけるいじめの状況を速やかに調査してください。さらにその上で、実態をよく把握し、実状に即して、適切な対応をお願いします。 地震による被害は、地域によっても、また家庭によっても異なりますから、調査結果に即して対処してください。 これまでの経験に即していえば、工事は岩盤にぶつかったところで、危険にさらされるので、細心の注意をもって臨んでもらいたい。 計画内容/契約事項/既定の方針/覚書/協議書+に則して、一日も早く事業が完成することを祈ってやまない。 憲法/法律/法令/条例/規則/社則/校則/しきたり/慣例/決まり+に則し(て)、この問題の解決を図るべきではないだろうか。 「名詞Aに + そくし(て) + B」は、Aが「現実に起こったこと/実際に行なったこと/実際の状況や事態」などの場合、漢字は「即して」と書き、Aが「基準/規準/法則」などの場合は、漢字で「則して」と書くが、いずれの場合でも、Aに「ぴったり」ついて、Bを行なうという意味を表している。 上のすべての例が「Aに + 基づいて/沿って」に置き換わるが、ただ、この「Aに + そくして」は、Aに「ぴったり」ついたままの状態、揺れも余裕もない「厳密/厳格 + さ」を表すので、硬い書き言葉か、フォーマルかオフィシャルな話し言葉になり、最初の例「事実に即して」以外は、日常会話であまり使われることもない。 時代に + 即した/※即しての + 考え方をしないと、取り残される。 実状/実情/実態 + に + 即した/※即しての + 適切な対応をする。 これまでの + 経験/調査結果 + に + 即した/※即しての + 対処の仕方。 既定の + 計画/契約/方針 + に + 則した/則しての + 事業の完成。 法/判決/調停案 + に + 則した/則しての + 問題 + 解決/解釈。 ここでも、まだ多少の揺れや余裕の感じられる「Aに + 即して + B」は「Aに + 即した + 名詞B」にしか書き換えられないが、揺れや余裕の感じられない「Aに + 則して + B」は「Aに + 則した/則しての + 名詞B」に書き換えることができる。なお「ます形」を使う「Aに + 即し/則し + B」や「Aに + 則してのB」のほうが、より硬い書き言葉になる。 使い分けワンポイント ④~にのっとって・~にのっとり/~にのっとった・~にのっとっての 法に + のっとって/のっとり、刑が執行される。 しきたりに + のっとって/のっとり、式が執り行なわれる。 <374> 3.5. 順接確定条件/基準 法律/遺言状 + に + のっとって/のっとり、遺産相続がなされる。 →法律/遺言状 + に + のっとった/のっとっての + 遺産相続がなされる。 憲法に + のっとって/のっとり、最高裁判所の判断が示される。 →憲法に + のっとった/のっとっての + 最高裁判所の判断が示される。 「名詞Aに + のっとって + B」には、漢字で「則る」と書く動詞の「て形」が使われているが、この「則る」は、古くから伝わる「規準として守るべきこと/仏の教え」を表す「のり」という言葉に、採用するという意味の「採る」がついたもの「のり + とる→のっとる」である。 この「のり」は、仏の教えや寸法を表す場合は「御法/内法」など「法」と書かれ、掟や手本を表す場合は「則」という漢字が使われるが、現代語における「法則」にあたる。したがって「Aに + のっとって + B」は、今でも使う人がいるかと疑われるが、非常に硬い書き言葉か、オフィシャルな場で使われることがあり、いわば時代がかった法廷や儀式に関係する専門語である。 「則る」の「ます形」を使う「Aに + のっとり + B」は、さらに硬さを増す書き言葉になり、Bが名詞になる「Aに + のっとった/のっとっての + B」の場合は、後者「のっとっての」のほうが、より硬く、よりオフィシャルなものになる。 使い分けワンポイント ⑤~をふまえ(て)・~をふまえた・~をふまえての では、ただ今の+お話/ご報告/ご提案/スライド映写/ルポ映画+を踏まえて、質疑 応答とディスカッションに入りたいと思います。 →では、ただ今のお話を+踏まえた/踏まえての+質疑応答に入ります。 これまでの+議論/状況/実験結果+を踏まえて得た最終結論です。 →これまでの議論を+踏まえた/踏まえての+最終結論です。 営業部のほうから回ってきたこの書類+を踏まえて/に基づいて/×をもとに、クレーム処理をしてください。 →営業部の報告を+踏まえた/踏まえての+クレーム処理を行なった。 これまでの判例+を踏まえて/に基づいて/をもとに、裁判での闘い方を考えた。 →これまでの判例を+踏まえた/踏まえての+裁判での闘い方を考えた。 計画/×計画表+を踏まえて、具体的な日程を組んでみました。 →計画を+踏まえた/踏まえての+具体的な日程を組んでみた。 取材/伝説/原作/調査結果/視聴者の声+を踏まえて、番組を作る。 ×判決を踏まえて、刑が執行される。 ×図面/地図/マニュアル+を踏まえて、行動してください 「名詞Aを+踏まえ(て)/踏まえた/踏まえての+B」は、他動詞「踏まえる」が、「腰をおとし地面を踏んで防御の姿勢をとる/しっかりと踏みつける/踏んで押さえつける」という意味なので、ここから「Aの上に立つ」や「Aを+基礎/土台/前提/拠り所+とする」ことを表す場合に使われる。 したがって、Aは、最終段階Bへ至るまでの「プロセス/中間」に位置するか、B段階における「参考资料」的な性質をもつものになるので、Aが参考资料ではなく、Bのための「基準/規準」となっている最後2例が不自然になる。 いずれも、硬い書き言葉か、フォーマルな話し言葉として使われるが、より硬さの増 <375> す「ます形」の「Aを+踏まえ+B」や、Bが名詞になる「Aを+踏まえての+B」は、話し言葉になると、フォーマルというより、オフィシャルな場で使われるようになる。 使い分けワンポイント ⑥ ~に従って・~に従い・~に従った・~に従っての 冬が去っていくに + 従って/従い、草花が小さな芽をふきはじめた。 ▶本文「変化の表現/変数/~にしたがって」を参照 王様/権力者/支配者/上官 + に + 従って/従い、任務を果たす。 判決/命令/決定/勧告/忠告/良心/教え/指導/指示/手順/道順/矢印/マニュアル/ 処方箋/計画/図面/地図/契約書/決まり/約束/規則/習慣/しきたり/法律/憲法 + に + 従って/従い、自分の義務を忠実に果たす/自分のすべきことをする/仕事をする。 「Aに + 従って/従い + B」は、自動詞「~に従う」が「Aに逆らわずに + 素直に/従順に/黙って + Aから離れることなく + Aについて行く/Aの言うままになる/Aを無批判に受けいれる/Aの作用を受ける」といった意味なので、特に最後の例のAは「義務/任務」を果たす上での「基準/規準」を表している。 これまでの「~に基づいて/~に沿って/~にそくして/~にのっとって/~をふまえて」に置き換わる可能性はあるが、異なっているのは「~に従って」が、日常の話し言葉でも使われることと、B「義務/任務」を行なうのに、Aに対して全面的に服従することである。 上官の命令に + 従った/従っての + 無差別殺人が行なわれた。 彼は、良心に + 従った/従っての + 兵役拒否のために、投獄された。 ×指示/マニュアル + に + 従った/従っての + 任務/処理 + を完了する。 「Aに + 従った/従っての + 名詞B」の場合、Aに対して「無批判/従順」という場合にしか使うことができないので、最後の例のように、単にAを「基準/規準」にしたにすぎない場合に使うと、不自然になる。 「ます形」の「Aに従い」や「Aに+従った/従っての」は、書き言葉で使われるが、特に「Aに従っての」は、硬い書き言葉で使われる。 太陽/月の光/街灯 + のもと + で/×に、子どもたちが + 遊んでいる/踊っている/はしゃいでいる。 月の光/街灯+のもと+で/に、人々が+集まっている/立っている。 太陽/街灯+のもと+に/×で、死体が+あった/転がっていた。 蛍雪時代とは、蛍の光や雪の明かりのもとでも、いつも勉強に励んでいた受験時代のことを書いてくる 勇将のもと + に/×で、弱卒なし。 恩師の指導のもと+で/に、実験と研究が積み重ねられた。 全体主義体制/日章旗/天皇の名 + のもと + で/に、多くの人が犠牲になった。 主任医師の立会い/親の許可/国連軍の監視/暗黙の了解 + のもと + で/に、解剖が執 り行なわれた <376> 次の条件のもと + で/に、条約/契約 + が締結した。 ▶本文 3.4.「順接確定条件/手段/『~で』の使い方」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 「Aのもと+で/に+B」は、この場合の「もと」の漢字が「下」になるので、文字通り「Aのしたという意味になるが、ほかに「支配下/管轄下/傘下/影響下/条件下/状況下」など、つまり「Aの+支配/影響+を受けて」や「Aを条件として/Aという状況において」といった意味を表す。 例えば「恩師」の場合、前者なら、恩師が実際に教えたり励ましたりした感じになるが、後者になると、恩師は名前だけの指導教官で、実際はどうであったかわからなくなってしまう。 つまり「~で」は、人の動きを感じさせるが、これが「~に」になると、人の存在が感じられるだけである。 また「Aのもと+で/に」は、どちらも硬い書き言葉であるが、両者が使える場合は「~に」のほうが、より改まった硬い書き言葉になる。 使い分けワンポイント ⑧ ~通りに・~ように・~通りの・~ような 私の + する/言う/話す/動く + 通り/よう + に + して/言って/話して/動いて + ください。 みんなが要望していた + 通り/よう + に、話がまとまりました。 お見合いの相手、お話で聞いていた + 通りの/ような + 人なんですが。 実験は、はじめに予期していた + 通りの/ような + 結果になった。 ガス器具は、取り扱い説明書の + 通り/×よう + に、お使いください。 ほら、あの子、とっても上手に砂のお城を作ったでしょう? 坊やも頑張って、あの子の + よう/×通り + に作ってご覧なさい。 おっしゃる + 通り/×よう + ですね。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~ようだ』の使い方」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/~ように/AのようなA'」を参照 「A - る/~た/名詞の + 通りに/通りの + B」は、Aとの同一性を表し、パラフレーズすると「基準となるAとほぼ100%同じ状態 + で/の + B」という意味になる。これに対して「A - る/~た/名詞の + ように/ような + B」は、Aとの類似性を表しているので、パラフレーズすると「例示したAとだいたいよく似た状態 + で/の + B」という意味になる。 この場合の「~ようだ」は、基本的には「例示」であるが、これに「希望」が重なったような使われ方をしている。したがって、AがBの「基準/規準」とも「例示 + 希望」とも考えられる場合は互換性があるが、一方に傾けば、置き換えができなくなる。 ええ、その+通り/よう+ですね。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~ようだ・~かもしれない」を参照 上の「~ようだ」は「状況判断」を表し、別の言い方をすれば「ええ、そうかもしれませんね」に近い。 <377> 計画/予定/指示/命令/説明/思い/考え/想像/予想/希望/期待/要求/思惑/定 石 + 通りには、なかなか行かないものだ。 「太陽の下で」とは、文字通り「太陽の下で」の書き言葉になる。 型/見本/お手本 + 通り + に/の + 作ってください/ものを作る。 「名詞A + 通り + に/の + B」は、漢字の読み方が「どおり」になるが、意味は同じである。ただ「Aの + ように/ような + B」への置き換えは、最後の「型/見本/お手本」なら「例示」で問題はないが、ほかに例示と考えても不自然でない「計画/説明/考え/想像/予想/期待/要求/思惑/定石」にも可能性はある。 使い分けワンポイント ⑨~をめぐって・~をめぐり/~をめぐる・~をめぐっての あるはずと思われていた遺言状が見つからないため、莫大な遺産を + めぐって/めぐり、 骨肉相争う修羅場が繰り広げられた。 →莫大な遺産を + めぐる/めぐっての + 骨肉相争う修羅場が繰り広げられた。 憲法改正か改悪かを問わず、第九条を + めぐって/めぐり、国民世論は今ひとつ盛り上がりを見せず、国民投票になった場合、どれほどの人が投票場に行くか懸念する声も上がっている。 →第九条を + めぐる/めぐっての + 国民世論は盛り上がりを見せない。 談合事件を + めぐって/めぐり、不正をただす議論どころか、官庁内外での罪のなすり あいが行なわれているらしい。 3月の人事異動/彼の昇進/彼女の離婚+を+めぐって/めぐり、社内では、にぎやかな噂が流れているようだ。 ひとりの女/財宝/銀行を襲った金の分け前+を+めぐって/めぐり、5人の男が争奪戦を起こしたそうだ。 →ひとりの女/財宝/分け前+を+めぐる/※めぐっての+5人の男。 →ひとりの女/財宝/分け前+を+めぐる/めぐっての+争奪戦。 「名詞Aを+めぐって/めぐり/めぐる/めぐっての+B」は、いられも書き言葉であるが、共通する動詞「めぐる」は、漢字で書くと、ひとつは「四国八十八ヶ所巡礼の旅/名所旧跡を巡る/島巡り/巡回(パトロール)する/巡査」など、順を追い、回るようにして、いろんなところを訪れる「巡」になり、もうひとつは「季節や月日がめぐる/めぐる因果/彼女と知り合ったのも赤い糸で結ばれためぐり合い/めぐり逢い」など、行ってしまったものが、再び回って戻ってくる「廻」になる。 しかしここでは、多く「巡」の字が使われるが、意味は「家の周りに塀や垣根をめぐらす/堀が城をめぐる」など「Aの周りを囲む」を表し、Aに関心をもつ大勢の人たちが、A「話題の+人物/出来事/事件/問題」の周りをとり囲み、Aについて、にぎやかにワイワイとB「話題や問題についての議論や検討/奪い合いのけんか」などをしている様子を表す場合に使われる。 なお「ます形」の「Aをめぐり + B」や、Bが名詞になる「Aをめぐっての + B」は、ほかの2つよりも硬い書き言葉になるが、特に後者では、Bが人や事件などを表す「Aをめぐる + 名詞B」とは異なり、人を修飾する「×Aをめぐっての + 人」には使うことができない。 <378> 使い分けワンポイント⑩「~をめぐって」と「~について」 日本の将来 + をめぐって/をめぐり/について/に関して、昨夜テレビで、有識者による討論会が行なわれた。 日本の将来 + をめぐる/をめぐっての/についての/に関しての/に関する + 有識者による討論会が、昨夜テレビで行なわれた。 日本の将来 + をめぐる/をめぐっての/についての/に関しての/に関する + 諸問題が、国会をはじめ、さまざまな分野で、検討されつつある。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~について・~に関して」を参照 「名詞Aを + めぐって + B」などは、直接Aには関係しない話し手によって使われるので、誇張していえば、話し手は「傍観者/野次馬」として、Bの成り行きを心配しているというより、皮肉な皮相的な目で「嘲笑/冷笑」しながら楽しんでいるといった響きもあり、Aから距離をおいた立場からの発言に多用される。 これに対して「名詞Aに + ついて/関して + B」などは、当事者「討論に参加する有識者/諸問題を検討する人々」としての発言になる。 これから、地球の理 について/※をめぐって、論議を進めたいと思いますが、よ これから、地球の環境保全 + について/×をめぐって、論議を進めたいと思いますが、よろしいでしょうか。 これは、話し手の関心が、前者「~をめぐって」では、多数の他者によるB「言い争い/口論」にあり、Bの起こった「原因/根拠/土台/基礎」として、その「中心/中核」となるAがとりあげられているのに対し、後者「~について」の関心は、当事者によるA「主題/テーマ」にあり、Aを「中心」として、Bが行なわれるからではないかと思われる。 3.6. 顺接確定条件/目的 ~ために・~ように ~ために:精いっぱいの努力によって実現させようとする目標や目的を表す。 ~ように:可能なら実現してほしい、実現させたいという期待や目標を表す。 接続 状態名詞や形容詞には接続しない。 動詞-る+ために 動詞+ない/できる+ように 形態 「~ように」は「-る + ように」という形態もあるが、変化を示す「-る + ように + なる/する」と紛らわしいので、接続にはあげなかった。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~ようになる・~ようにする」を参照 逆に「~ために」には「~ない + ために」という形態もあるが、文全体が 100%自分の意志でコントロールできる内容の場合にしか使えないので、接続にあげなかった。「~ために」には「~ためには + ~なければならない/-る必要がある」など、義務や必要の表現と呼応する「~ためには」という形態があるが、期待や目標を示す「~ <379> ように」には「~は」が後接する形態は存在しない。 「~ために」も「~ように」も、〈述べ立て文〉や文語的な文脈のなかで「~に」が脱落する傾向がある。逆に「~に」のついたものは、〈聞き手志向〉型の〈働きかけ文〉や〈問いかけ文〉に多用される。 ▶巻末「話し手と聞き手/文/文とは?/聞き手志向/文の種類」を参照 次の形態は、類義表現ではないので、ここではとり上げない。 名詞の+ために:目的/原因や理由 名詞の+ように:比喻/例示 ▶本文 1.3.「主題/例示/~ように/AのようなA′/AようなB」を参照 ▶本文 7.2.「比較・比喻・比例/比喻/~ようだ」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~ようだ・~みたいだ』の使い方」を参照 通常「~ために」と「~ように」は、何らかの書き換えを施せば互換性がある。 置換 [例1] 高度な会話力を身につけるために、留学したいのですが。 もとの意味をかえてしまって、次のような書き換えはできるが、このままでは置き換えることができない。 →高度な会話力を身につけるように、留学させたいのですが。 次の例も置き換え不能。 1. 名詞 A + の + ため:Aの利益を考えて 外国人子弟のため、どの学校でも日本語教育の時間が設けられている。 会社のために働いたあげくのリストラでは、父の落ち込みも当然です。 何よ、その顔。あなたのためを思えばこそ、こんなことまで言ってるんじゃない。 青少年のためのセンターができたのに、若者が集まってこないそうだ。 2. 名词A + の + ため:Aを実現する目的 自由のためか、国家利益のためかわからぬような戦争が起こっている。今年は、盆の帰省のために、半年前からチケットを予約してあるんだ。近ごろ、人類の幸福のために、一生を捧げるような人はいなくなった。 3. -る + ための + 名詞 B:目的を実現する B いくら会社を休むための口実とはいえ、あまりにも見え透いている。 客をもてなすための部屋を別に設けるなんて、ぜいたくな話ですね。 景気を回復するための政策がすべて裏目に出て、不景気が続いている。 中央郵便局へ行くためには、3番バスに乗らなければだめですね。 大学に留学するためには、本国での12年間の学校教育が必要です。 外国語を習得するためには、何と言っても聴解力の向上が不可欠です。 ▶巻末「動詞/一対の自他動詞/動詞の分類」を参照 用例 次の「~ために」は「~ように」に書き換え可能。 <380> 3.6. 顺接確定条件/目的 1. 一対の自他動詞の他動詞を自動詞に 運動の輪を広げるため、楽しいパンフレットを作ることにした。 →運動の輪が広がるように、楽しいパンフレットを作ることにした。 売り上げを伸ばすためには、もう少し広告に金をかけるべきでしょう。 →売り上げが伸びるように、もう少し広告に金をかけるべきでしょう。 2.「-る + ために」を「可能形 + ように」に 船で世界一周旅行をするために、給料天引きの積立貯金をしている。 →船で世界一周旅行ができるように、給料天引きの積立貯金をしている。 父の7回忌の法事を営むために、会社を休んで帰郷することにした。 →父の7回忌の法事が営めるように、会社を休んで帰郷することにした。 使い分け [例1] の「高度な会話力を身につけるために、留学したいのですが」を「高度な会話力を身につけるように、(子どもを) 留学させたいのですが」に書き換えると、留学して「高度な会話力を身につける」ことを目的にしている人の話から、自分は留学しないが、留学する人が「高度な会話力を身につける」ことを期待する別人の話になる。ここでは、子どもに対する親の期待を表している。 目的を表す「AためにB」の場合は、AとBの主格が一致しさえすれば使えるが、希望を表す「AようにB」の場合は、次のような制限がある。 1. Aが〈意志動詞〉の場合 AとBの主格は一致しない。主格Aに対して、主格Bが働きかけることを表す。 2. Aが〈無意志動詞〉の場合 AとBの主格が一致して、主格自身の希望を表すことができる。 →高度な会話力が身につくように、留学したいのですが。(自動詞) 高度な会話力をマスターするために、留学したいのですが。 →高度な会話力がマスターできるように、留学したいのですが。(可能形) したがって【例1】の文意を変えずに「AためにB」を「AようにB」に書き換えるには、Aが〈一対の自他動詞〉の場合は「他動詞」を「自動詞」に、そうでない場合は「可能形」に書き換えることになる。 また「身につけるように」という表現は、他者への働きかけを表す変化表現「-る+ように+する」のバリエーションである。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/~ように + なる/する」を参照 解説 「AためにB」は、Bという手段を使いさえすれば、Aという目的は 100%「達成する/達成できる」という話し手の自信を表すが、これに対して「AようにB」は、Bという手段を使えば、Aという「目標/夢」が「達成できるかもしれない/実現するかもしれない」という話し手の「希望」を表す。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~ようだ・~みたいだ』の使い方/希望」を参照 「用例」の「運動の輪を広げる/売り上げを伸ばす+ために」は「パンフレットを作らない/広告に金をかけない」と「運動の輪は広がらない/売り上げは伸びない」と話し手が考えている場合に使われる。 つまり、話し手は「パンフレットを作る/広告に金をかける」ことが「運動の輪を広 <381> げる/売り上げを伸ばす」という目的を、100%実現させる唯一の「手段/条件」であると見なすと同時に、目的が実現することを、100%の自信をもって信じきっており、何の疑いも抱いていない。 一方「運動の輪が広がる/売り上げが伸びる + ように」は「パンフレットを作る/広告に金をかける」と、そうなる可能性があると、話し手が考えている場合に使われる。つまり、話し手は「パンフレットを作る/広告に金をかける」ことは「運動の輪を広げる/売り上げを伸ばす」という目的を実現させる上での、ひとつの「手段/条件」であるにすぎず「ほかにも目的を実現させる方法はあるかもしれないけれども」と思っている。 「~ために」を使うと、100%の自信が「得意/自慢」に響き、話し手の頑固なまでの意志がダイレクトに聞き手へ伝わってしまうので、〈ウチ〉で使う場合は差し支えないが、〈ソト/ヨソ〉に対して使った場合、人や場合によっては、話し手のことを「努力もしていないくせに言うことだけはでかい/できもしない愚かなことを言う幼稚な奴」といった「思い上がった生意気で子どもっぽい人」と考える可能性がある。 これに対して「~ように」は、実現の可能性に「期待/希望/願望」をこめるので、努力だけではどうにもならないという祈りのような気持ちを婉曲的に表現したり、努力しているのが人の目にもわかるのなら、目的を実現しようとする強い意志を「謙虚にさりげなく」示したりもするので、〈ソト〉に対する大人の表現になる。 使い分けワンポイント ① 「~(よ)う/~たい+と思う」と人称制限 「~ために/~ように」を使った文は、意志や希望、願望といった情意を表すので、目的を達成しようとする人が第三者の場合、巻末などに詳述したが、感情を表す形容詞と同様に、次のような人称制限を受ける。 1. 話し手の場合 研究を深めるために、インドへ留学したいと + 思います/思っています。合格できるように、一生懸命、勉強しようと + 思います/思っています。これから一生懸命、合格 + するために/できるように、勉強します。 2. 第三者の場合 彼は研究を深めるために、インドへ留学したいと+思っています/×思います。 彼は合格できるように、一生懸命、勉強しようと+思っています/×思います。 ×彼はこれから一生懸命、合格+するために/できるように、勉強します。 →彼はこれから一生懸命、勉強する+そうです/つもりです/ようです/のです。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/話し手の意志と第三者の意志」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~(よ)うと思う/~たいと思う」を参照 ▶巻末「形容詞/一人称形容詞の使い方」を参照 使い分けワンポイント 原因の「~ために」と主格の不一致 「AためにB」は、AとBの主格が一致する場合は「目的」を表すが、一致しない場合は、目的ではなく「原因と理由」を表すことになる。 <382> 母が父の法事を営むために、息子は会社を休んで帰郷することにした。 →母が父の法事を営むので、息子は会社を休んで帰郷することにした。 ▶本文3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~ために」を参照 「用例」(p.380) 最後の「父の7回忌の法事を営むために、会社を休んで帰郷することにした」の場合は、法事を営むのも、帰郷するのも息子で、法事を営むのが、帰郷の目的であったが、これを「母が法事を営み、息子が会社を休んで帰郷する」という内容に書き換えると、上のように、母の営む父の法事が、息子の帰郷する原因や理由ということになる。 使い分けワンポイント ③ 目標の「~ように」と主格の一致 働きかけの「~ように」と主格の不一致 前後の主格が一致せず、原因や理由を表す「~ために」を、そのまま「~ように」に置き換えると、次のようになる。 →母が父の法事を営む+ために/ように、息子は会社を休んで帰郷することにした。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~ようにする」を参照 「父の7回忌の法事が営めるように、会社を休んで帰郷することにした」は、実際に法事が営めるかどうかわからないが、帰郷しないことには営めるはずもないので、ともかく帰郷しようとしている場面であり、法事を営むことが、息子の帰郷の「目標」である。しかし、上のように書き換えると、目標にも原因や理由にもならず、息子である話し手でも、ほかの誰でもなく、母親が法事を営むことに「期待」をかける「働きかけ」の変化表現にかわる。 →母が法事を営めるように、息子は会社を休んで帰郷することにした。 さらに「営む」を可能形「営める」に換えると、期待が消えて、働きかけだけを表し、息子が帰郷しないことには、母親は法事を営めない状況に変化する。つまり、母親の営む法事にとって、息子の帰郷は必要不可欠な条件になる。 これに対して、能動形の「営む」のほうは、母親が主となって法事を営むことに迷っているので、これから息子が帰郷して、母親に期待しながら、母親を説得しようとしているところである。 ただ、能動形でも可能形でも、母親が法事を営むことは、息子が帰郷する「目標」なので、次のようにまとめることができる。 能動形A + ために + B 可能形A + ように + B 能動形A + ように + B 可能形A + ために + B ABの主格一致 A = 目的 B = 努力 A = 目標 B = 努力 ABの主格不一致 A = 原因 / 理由 B = 结果 A = 目標 B = 不可欠な働きかけ A = 目標 B = 期待 / 働きかけ 「用例」(p.380)の「船で」では、次のような文ができる。 <383> 船で世界一周旅行をするために、給料天引きの積立貯金をしている。(目的 + 努力) →船で世界一周旅行ができるように、給料天引きの積立貯金をしている。(目標 + 努力) →両親が世界旅行をするために、兄は給料天引きの積立貯金をしている。(原因 + 結果) →両親が世界旅行できるように、兄は給料天引きの積立貯金をしている。(目標 + 働きかけ) →両親が世界旅行をするように、兄は給料天引きの積立貯金をしている。(目標 + 期待) また〔例1〕(p.379)の「〜ように」にある置き換え不能の「4」は、次のように「A + ように + B」を使って「他者への働きかけ」に書き換えることができる。 中央郵便局へ行くためには、3番バスに乗らなければだめですね。(目的 + 努力) →中央郵便局へ行けるように、3番バスに乗せてあげてください。(目標 + 働きかけ) 大学に留学するためには、本国での12年間の学校教育が必要です。(目的 + 努力) →大学へ留学できるように、12年の学校教育は終了させてください。(目標 + 働きかけ) 外国語を習得するためには、何と言っても聴解力の向上が不可欠です。(目的 + 努力) →外国語が習得できるように、聴解力を向上させてあげてください。(目標 + 働きかけ) この書き換えによって、聞き手または第三者にとって、目的「郵便局へ行く/留学する/外国語を習得する」を実現するには、手段「3番バスに乗る/12年間の学校教育/聴解力の向上」が必要だという内容から、第三者が「郵便局へ行く/留学する/習得する」ことができるように、聞き手が第三者に働きかけることを、話し手が指示している内容にかわる。 →(彼が) 甲央郵便局へ行くのなら、3番バスに乗せてあげてください。 →(子どもが) 大学へ留学するのなら、12年の学校教育は終了させなければダメです。 →(彼が) 外国語を習得したいのなら、聴解力を向上させて(あげて)ください。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~なら」を参照 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/『あげる』文の『受け手 + に/のために』を参照 上のように「~なら」を使って書き換えると、わかりやすいかもしれない。 [例2] 母に心配をかけないように、毎日、早く家に帰るようにしている。 →母に心配をかけないために、毎日、早く家に帰る+よう/こと+にしている。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~ことにしている・~ようにしている」を参照 次の「~ないように」も、そのまま「~ために (は)」に置き換わる。 夏ばてを起こさない + よう/ため + に、日々の食事は欠かさないでください。 風邪を引かない + よう/ため + に、冬でも冷水浴を実行している。 鍵を落とさない + よう/ため + に、首からかけておいたほうがよくないかな。 次のような「~ように」は「~ために」に置き換えることができない。 あの人と結婚できる + よう/×ため + に、毎日、神様にお願いしています。 ご家族の皆様がご健康に過ごされます + よう/×ため + に、お祈り申し上げます。 卒業後も、なおいっそう仕事に勉学に励まれる + よう/×ため、期待しています。 <384> 2.前後の主格が一致しない 子どもが早く大きくなる + よう/×ため + に、栄養のある食事を作っている。 チームのみんなが一丸となってプレーする + よう/×ため + に指導しています。 耳の遠い母に聞こえる + よう/×ため + に話すのは、慣れてるとはいえ、疲れる。 中学生でも読める + よう/×ため、少し難しい漢字にはルビを打つことにした。 用例 次の「~ように」は「~ために」に書き換え可能。 1. 一対の自他動詞の自動詞を他動詞にして、前後の主格を一致 速く + 冷えるよう/冷やすため + に、ビール、冷凍庫に入れておいたからね。 内側に刻まれた字がよく見えるように、もう少し近づいてください。 →内側に刻まれた字をよく見るために、もう少し近づいてください。 せっかく寝ついた赤ちゃんが起きないように、静かにして。 →せっかく寝ついた赤ちゃんを起こさないように、静かにしてよ。 →せっかく寝ついた赤ちゃんを起こさないために、協力してよ。 2.「可能形 + ように」を「-る + ために」にして、前後の主格を一致 新婚時代のスカートがはけるように、ダイエットをしています。 →新婚時代のスカートをはくために、ダイエットをしています。 有名大学に入れるように、1日16時間、机に向かって勉強している。 →有名大学に入るために、1日16時間、机に向かって勉強している。 晩年が楽しく過ごせるように、運動して、健康維持を心がけています。 →晩年を楽しく過ごすために、運動して、健康維持を心がけています。 3.使役形や他動詞形を使って、前後の主格を一致 子どもが遊ばないように、家庭教師をつけることにした。 →子どもを + 遊ばせない/遊ばさない + ために、家庭教師をつけることにした。 全員、早朝練習に出てくるように、罰則を設けることにした。 →全員、早朝練習へ出て + こさせる/こさす + ために、罰則を設けることにした。 4.受身形を使って、前後の主格を一致させ、義務表現に 泥棒が入らない + よう/×ため + に、表から死角になりそうな所をなくしました。→泥棒に入られない + よう/ため + に、表から死角になりそうな所をなくしました。→泥棒に入られないためには、表から死角になる所をなくしてください。 風で書類が飛ばない + よう/×ため + に、これで押さえておいてくれない?→風で書類が飛ばされない + よう/×ため + に、これで押さえておいて。→風で書類を飛ばされない + よう/△ため + に、これで押さえておいて。→風で書類を飛ばされないためには、これで押さえておかなきゃだめよ。 使い分け 「AないようにB」は[例2](p.383)のB「毎日、早く家に帰る+よう/こと+にしている」のように、Bが話し手の「努力目標/努力の結果/身につけた現在の習慣」を表し、他者依存や人任せにした期待や願望ではなく、100%自分の意志でコントロールできることであれば、希望を表す「~ないように」は、意志を表す「~ないために」に置き換えることができる。 しかし、次のような「人任せ/運任せ」の場合は、置き換えると不自然になる。 取り引き先との約束に遅れないように、駅前からタクシーに乗った。 ×取り引き先との約束に遅れないために、駅前からタクシーに乗った。 <385> →取り引き先との約束に遅れないために、駅前からタクシーに乗って、運転を代わってもらった/×運転手に早く行ってくれと頼んだ。 ありえないことと思うが、話し手が、自分でタクシーを運転し、警察をものともせず、ぶっ飛ばしていけるような場合なら、置き換えは可能。 解説 「~ために」も「~ないために」も、積極的な意志的動作や意欲的行動によって、目的を実現させようとする場合に使われ、これに対して「~ように」と「~ないように」は、自分自身あるいは周囲の状態や状況が、よりよいものになるのを期待して、積極的に働きかけたり、事態を処理したりする場合に使われる。 したがって「~ないように」を「~ないために」にかえると、やはり〔例1〕(p.379)の場合と同じように、前者「~ないように」が婉曲的な「謙虚さ」を、後者「~ないために」が「自信」を表すが、話し手の前向きな姿勢が明確になるので、現状をダイナミックに変革しようとする場合は、後者がよく使われる。 しかし、「用例」の「4」のような「迷惑の受身」を表す場合、たとえ、否定にすれば「迷惑を受けない」という否定的意志を表すことができるとしても、受身であるだけに「~(ら)れない+ように」から「~(ら)れない+ために」へ変換しても、積極的な意志的動作や意欲的行動にまではならないので、文末に義務をともなう表現が必要になる。 先生に叱られない + よう/△ため + に、毎日、宿題だけはしています。 →先生に叱られない + ため/よう + に、毎日、宿題だけはしなくちゃ。 →先生に叱られないために、毎日(仕方なく)宿題だけはしています。 秘密 + が/を + 暴露されないように、金をばらまいて口封じを + したらどうか/する。 →秘密 + △が/を + 暴露されないために、金をばらまいて口封じをすべきだ。 →秘密を暴露されないために、金をばらまいて口封じを + してはどうか/する。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ては」を参照 ただ、義務表現にしないで、そのまま置き換えると、マイナスの事態が起こらないように「前もって手を打つ/予防のための善後策を講じる」といった状況になる。ただ、上の「秘密が暴露されないために」は「迷惑の受身」を表わせないので、あとに続く文は他人事になってしまう。もし「~か」を使う場合は、あとを第三者のこと「彼らは金をばらまいて口封じをしたらしい」にすれば、不自然さは消える。 使い分けワンポイント ④ 「~ために・~ように」のまとめ 「目的/目標」を表し、互換性をもつ「~ために・~ように」の基本的な使い分けをまとめておくと、次のようになる。 ▶主格の一致については、本節「使い分け③」を参照 ▶巻末「文/モーダス要素」を参照 <386> AとBの主格 A + ために + B A + ように + B 意志/意欲/義務/狀況変革/自信 期待/希望/婉曲/狀況依存/謙虛 不一致でも可 〈モーダス要素〉 使い分けワンポイント ⑤ 意志動詞の否定 日本語では、〈意志動詞〉に「~ない」がつくと、次の3つの場合があるが、否定的な意志や希望を表す場合は、誤解を招くことがあるので、使い方には特に注意が必要である。 ▶本文 2.4.「時の表現/時間範囲/『~ない』の意味と『~ないうちに』を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/意志動詞の『辞書形ーる』と『~ない形』を参照 1. 事実だけを否定する場合 A:これから、ご飯を+食べますか/食べるのですか。 B:いいえ、まだ食べません。 2. 話し手の否定的な「意志/希望」を表す場合 A:一緒に、ご飯を+食べましょうか/食べませんか。 B:×いいえ、食べません。 =×いいえ、(あなたとなんか一緒に)食べたくありません。 →いいえ、ちょっと(まだすることがありますから)。 3.第三者の否定的な「意志/希望」を表す場合 ※ 日本人の同僚は、私が間違った日本語を使っても直しません。 = × 日本人の同僚は、私が間違った日本語を使っても直したくないのです。 →日本人の同僚は、私が間違った日本語を使っても直してくれません。 ※ あの人は、王さんが困っているのに、手伝いませんでした。 = × あの人は、王さんが困っているのに、手伝いたくなかったのです。 = × あの人は、王さんが困っているのに、手伝ってあげませんでした。 →あの人は、王さんが困っているのに、手伝ってくれませんでした。 →あの人は、王さんが困っているのに、忙しくて手伝えませんでした。 ▶本文9.「授受動詞と敬語/『~てくれる』脱落エラー」を参照 〈意志動詞〉Aの否定「A+ない」は、否定的な意志や希望、つまり拒否「A+たくない」にかわってしまことがあり、特に、聞き手から「誘い」を受けた場合は、聞き手が気分を悪くしないように、必ず「いえ、ちょっと」という言い方をする。 また第三者の場合、日本人は「もし+直して/手伝って+くれたら感謝する」のに「直して/手伝って+くれない」という考え方をしており、必ず「感謝」を示す授与動詞「~てくれる」をつけた言い方にする。 一緒にご飯を食べない + よう/ため + に、口実をもうけて時間をずらしています。 手伝わない + よう/ため + に、知らんふりをしているのは、王さんのためです。 そして「~ないように」と「~ないために」に互換性が生まれるのは、上「×」の誤解を招く「意志動詞 + ない」が「否定的な意志」を表す場合である。 <387> 使い分けワンポイント ⑥原因の「~ために」と働きかけの「~ないように」 [例 2] (p.383) の「母に心配をかけないように、毎日、早く家に帰るようにしている」は、前後の主格をかえて、原因や理由を表す文にかえると、次のようになる。 →母が心配しないように、毎日、早く家に帰るようにしている。 *母が心配しないために、毎日、早く家に帰るようにしている。 →母が心配する + ために/ので、毎日、早く家に帰ることにしている。 →母が心配するといけないので、毎日、早く家に帰るようにしている。 「A + ないために + B」は、AとBの主格が不一致の場合、Bの「原因/理由」が「Aない」であることを表すので、上の「×」は「母が私のことを心配してくれないので、毎日、早く家に帰る」という意味になってしまう。 「AないようにB」は、パラフレーズすると「A + をしては/になっては + いけない。だから、そうしないために/そうならないように」という意味を表しているので、原因や理由を表したい場合は、前半に「A + をしては/になっては + いけない + から/ので」を使って、上のように書き換える。 ~んがために・~べく/~んがための・~べき Aんがために B:Bは、Aという目的が達成できるための唯一の手段である。 Aべく B:Bは、Aという目的である義務や任務を果たすための行動である。 接続 動詞にしか接続しない。 動詞「ない形」+んがために 動詞-る+べく 動詞「ない形」+んがための+名詞 動詞-る+べき+名詞 形態 「~ん + がために」の「~ん」は、古語「~む」の音変化で、現代語の意志形「~(よ)う」に相当するが、名詞として機能し、あとの「~が」と結びついている。「~が」は「我が+祖国/社/校/道を行く」や「梅が枝」などに残っているが、現代語の「~の」に相当するので、上の「~がために」は「~のために」と等しくなる。したがって、例えば「会わんがために」は、不自然な現代語に直訳すると「会おうとすることのために」になり、ただ「会うために」という意味を表しているにすぎない。「~んがために」には「~ために」と同様、より文語的になる「~に」の脱落したもの、目的を実現する手段Bを修飾する「~んがため+の+名詞B」や、文末の義務表現と呼応する「~んがためには」という形態がある。 「~べく」は「義務/当然しなければならない行為/必然の成り行き」などを表す古語「~べし」の「て形」に相当する。したがって、例えば「会うべく」は、不自然な現代語に直訳して「会わなければならなくて/会うことになっていて + それで/そのために」となり、つまり「会う用があって/会えるように」といった意味を表している。古語「~べし」には、名詞に続く「~べき + 名詞」という形態があるが、目的とい <388> うよりも「義務/当然の行為/必然」を表し、現代語に直訳すると「当然~なければならない/-ることのできる+名詞」といった意味になる。 また「~んがために/~べく」が、動詞「する」に接続する場合、古語「す」に接続して「せんがために/すべく」という形態になることが多い。 ▶ 巻末「古語/動詞/サ変動詞『す』を参照 ▶ 巻末「古語/助動詞/意志・推量『む』/当為『べし』を参照 ▶ 本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/『べきだ』系のバリエーション」を参照 ▶ 本文 8.1.「極限/状態/なるべく」を参照 互換性 両者の目的が、非日常的な義務や任務を表す場合、互換性がある。 置換 [例1] 子どもを救わんがため、母親は、暴走してきた車に飛び込んだ。 母親ではなく、訓練を受けて、人の命を救うことが義務や任務となっている救命士のような人が通りかかったのなら、次のような書き換えが可能。 →子どもを救うべく、通りかかった男は、暴走してきた車に飛び込んだ。 次の例は「-る + べき + 名詞/-る + べく」には置き換わらない。 1. 〜んがための+名詞:〜するための+名詞 妻子を養い、食わんがための/×食うべき+宮仕えから解放される定年を迎えた。 ヒットした一連の作品は、名を+売らんがための/×売るべき+盗作らしい。 あの入院騒ぎ、人の目を+引かんがための/×引くべき+お芝居だったようだ。 2. ~んがためには:~ていくためには + 義務表現 生きんがためには/×生きるべく、背に腹はかえられぬ。 権力の座を維持 + せんがためには/×すべく、人を殺すことも辞さぬ覚悟だ。 矜持をもち続け + んがためには/×るべく、周囲の人の誤解など恐れてはならぬ。 ▶巻末「古語/助動詞/否定『ず』を参照 3. 目的が義務や任務を表さない場合 3. 目的か我務や仕務を表さない物目 金をもうけ + んがため/×るべく、ひたすら法を犯し、人を騙してきたらしい。 保険金を手に入れ + んがため/×るべく、自殺を試みる人が少なからず存在する。 サラ金の借金を + 返さんがために/×返すべく、銀行強盗を働いたそうだ。 用例 次の用例は「-る + べく」に置き換わる。 公害の現状を政府に訴え + んがために/るべく、資料を携え上京することにした。差し迫った納期に間に合わ + さんがため/すべく、24時間体制で工事を進めた。山火事の蔓延を + 防がんがため/防ぐべく、村の人々は寝食を忘れて立ち働いた。 使い分け [例1] を「母親」のまま「×子どもを救うべく、母親は暴走してきた車に飛び込んだ」にかえると、車にひかれそうになった子どもに気づいた「母親」が、前後の見境もなく「とっさの行動にでた」のではなく、まるでロボットのような「母親」が、冷静沈着に「この状況では、子どもは車にひかれてしまう。助けるべきだ」といった総合的な判断をした上で、救助の処理をしたことになって、不自然になる。 →子どもを + 救わんがため/救うべく、救命士は暴走してきた車に飛び込んだ。 「母親」を「救命士」にした場合、もし「救わんがため」なら、この救命士は、任務の限界を超え、身の危険をもかえりみず、命がけで子どもを救いに暴走してきた車に飛 <389> び込んだ正義の人、英雄ということになる。 しかし「通りかかった男」のように「救うべく」を使うと、マスコミがもてはやし、騒ぎ立てる英雄ではなくなり、当然の任務を果たしたプロの救命士として、職場で賞状か感謝状をもらうだけの人になってしまう。 子どもを救わんがため、母親/消防士+は、燃えさかる火のなかに飛び込んだ。 →子どもを救うべく、母親/消防士+は燃えさかる火のなかに飛び込んだ。 上のような場合は、救助までに時間的余裕があるので、母親でも消防士でも使うことができる。 上の例は、追っ手が「敵」であれば逃れるのが任務となり、プロとして冷静に計画した上での変装となって、後者「~べく」に置き換えても不自然ではないが、追っ手が「警察」になると任務にも義務にもならず、必死の逃走になり、計画性のない変装になるので、置き換えると不自然になる。無実の罪で追われているのなら、可能かもしれない。 解説 どちらも古語的というより、あまりにも文語的になってしまい、今日では、かなりの年配の人をのぞけば、書き言葉としてさえ使われることのない表現である。「AんがためにB」は、目的Aを達成するために、深く考えることも、手段を選ぶこともせず、とにかくBを実行する場合に使われるが、異常事態や困難な状況に直面して、Aが実現するかどうかを考える時間すらなく、最後の手段と思えるBを実行に移すときの、がむしゃらな気持ちも表している。 「AべくB」は、義務や任務をともなう目的Aを果たすために、行動Bを起こす場合に用いられるが、事態を総合的に「分析/判断」し、Aが必然的に、または当然の結果でもあるかのように実現させるため、計画的に行動Bを実行に移すときの、冷静な気持ちも表している。 置き換え可能な「用例」の「公害/納期」の場合、置き換えると「一般市民団体の上京/工事現場で働く人々の必死の努力」から「公害を専門とする弁護士団の上京/納期責任者の計画的な工事体制」といったものになるが、最後の「山火事」は、消防士でも村人でも、火を消すことは任務や義務なので、無条件で置き換わる。 「例1」置き換え不能の例3「サラ金」の場合、借金の返済は家族のためであり、しかも銀行強盗は「計画的犯行」という状況が想定できれば、置き換えても不自然ではない。また「保険金」も、同様の想定が可能なら、置き換わる。しかし「金もうけ」は、金に目がくらんでの犯行としか想定できないので、置き換えることはできない。 一攫千金を + 狙わんがため/狙うべく、大穴馬券を買って、当たったそうだ。 上のような例も、任務や義務となる場合が想定できないので、通常は置き換えられないが、もし競馬を生活の糧としているプロの場合なら、使えるかもしれない。 補足 念のために、現代語に部分訳しておくと、次のようになる。 [例1] 子どもを救うために、母親は暴走してきた車に飛び込んだ。 1. 生活に困鶉し、ただ妻子を養うため、食べるためだけの宮仕え ×生計を立て、妻子を養うことも、食べることもできる宮仕え 能力がないのに有名になりたくて、そのために犯した盗作 <390> *名前を売ることのでき、有名になるチャンスと思われる盗作 ただ人の目を引くためだけに打ったお芝居 *人の目を + 引くことのできる/引かなければならない + お芝居 2. 生きていくためには、背に腹はかえられない。 *生きていけるように、背に腹はかえられない。 権力の座を維持するためには、人を殺すことも辞さない覚悟が要る。 *権力の座が維持できるように、人を殺すことも辞さない覚悟が要る。 矜持をもち続けるためには、周囲の人の誤解など恐れてはならぬ。 *矜持がもち続けられるように、周囲の人の誤解など恐れてはならぬ。 3. 金をもうけるために、ひたすら法を犯し、人を騙し続けてきたらしい。 *金がもうかるように、ひたすら法を犯し、人を騙し続けてきたらしい。 保険金を手に入れるために、自殺を試みる人が少なからず存在する。 *保険金が手に入るように、自殺を試みる人が少なからず存在する。 サラ金の借金を返すために、銀行強盗を働いたそうだ。 *サラ金の借金が返せるように、銀行強盗を働いたそうだ。 [用例] 政府に訴えたくて、資料を携え上京することにした。 →政府に訴える任務を負って、資料を携え上京することにした。 納期に間に合わせようと、24時間体制で工事を進めた。 →納期に間に合わさなければならず、24時間体制で工事を進めた。 山火事の蔓延を防ごうとして、村の人々は寝食を忘れて立ち働いた。 →山火事の蔓延を防げると考え、村の人々は寝食を忘れて立ち働いた。 使い分けワンポイント ⑦ 「~んがため」と「~べく/べき」の現代語訳 基本的には、「~んがため + に (は) / の」と「~べく/べき」は、現代語と次のような対応を見せている。 ~んがために:~ (よ) うとして/~たいと思って ~べく:~できるように/~なければならなくて ~んが + ための + 名詞:ひたすら/ただ + - る + ため (だけ) の + 名詞 ~べき + 名詞:~できるような/~なければならない + 名詞 しかし、例えば [例 1] (p.388) を現代語に置き換えると、次のようになって、意味のずれが生じてしまう。 子どもを救わんがため、母親は暴走してきた車に飛び込んだ。→子どもを救おうとして、母親は暴走してきた車に飛び込んだ。子どもを救うべく、救命士は暴走してきた車に飛び込んだ。→子どもが救えるように、救命士は暴走してきた車に飛び込んだ。 「~んがために」を「~(よ)うとして」に置き換えると、命をなげうってまでも、子どもを救いたいという「母親の懸命さ/母性愛の強さ」が表せなくなってしまう。 また「~べく」を「~できるように」に置き換えると、日ごろの訓練を生かして、任務を果たそうとする勇敢な救命士が、ただ希望的観測だけで、暴走する車に飛び込んだという「ちょっと頼りない」救命士になってしまう。 <391> 現代語と古語が完全に一致するわけではないが、現代語との基本的な対応を知っていれば、両者の違いがわかりやすいので、参考にはなるかもしれない。 置換」[例2]就職し、親から独立した生活をすべく、部屋探しをほじめた。 次のように、置き換わらない。 *就職し、親から独立した生活をせんがために、部屋探しをほじめた。 次の例も、互換性がない。 誕生日に、子どもの好きな料理を + すべく/×せんがため、中華街で買い物した。 母の還暦を + 祝うべく/×祝わんがため、父と一緒の海外旅行をプレゼントした。 次の例も「~んがため」には置き換わらない。 1. A べくして A た:A は、偶然ではなく、当然の結果だ。 日ごろの不注意/行状/生活習慣/意見の相違からして、今度の事故/解雇/病気/けんかは、起こるべくして起こったことにすぎない。 長年にわたる地道な実験と研究とが実を結んだにすぎず、受賞すべくして受賞した成果であることは、誰の目にも明らかだった。 警鐘は、はるか以前から鳴っていたのにもかかわらず、自然を恐れない驕り高ぶった行政のせいで、山は崩れるべくして崩れたのである。 たゆまず練習を重ねてきただけのことはある。さあ、ここへ来て、胸を張って、メダルを受けよ。君たちは、優勝すべくして優勝したのだ。 2.Aべくもない:当然Aできるはずもない 癌もここまで転移してしまっていては、手術を施すべくもない状態だ。両親の離婚する経緯など、幼い子どもには、何も知るべくもなかった。四面楚歌とあっては、もはや勝つべくもなければ、生きるべくもない。経済政策がこれほど功を奏しなければ、景気回復は望むべくもなかった。 3. 目的が日常茶飯事的な必要や義務を表り場合 冷蔵庫には、食べ + るべき/×んがための + ものも、飲むべきものもなかった。 今日まだ、この仕事のほかに、すべき/×せんがための + ことがあるでしょうか。 あっけにとられてしまい、言うべき言葉も見いだせなかった。 日が暮れて、暗くなってきたので、家に帰るべく、道を急いだ。 出勤を明日に控えて、バスに乗っていくべく、定期券を求めた。 皆様のご要望にお答えすべく、可能な限り、善処いたします。 願わくは、しかるべく、措置をとっていただきたい。(慣用表現) ▶巻末「古語/動詞/ラ変動詞『しかり』を参 用例 次の用例は「~んがため」に置き換わる。 訃報を受け、葬儀に駆けつけ + るべく/んがために、高速道路を走りつづけた。 決勝戦のチケットを買 + うべく/わんがために、前日から列に並んで座り込んだ。 進学問題で、父と相談 + すべく/せんがため、単身赴任先の沖縄を訪れた。 使い分け [例2] の「就職して、収入を得るようになったので、親もとを離れ、ひとり立ちしなければならなくなり、そのために部屋を探す」といったことは、ごく普通に見られる日常生活のひとコマである。 <392> 3.6. 顺接確定条件/目的 このような日常茶飯事的な義務Aを果たすために、当然、必要となるBを行なう場合に「AべくB」が用いられる。しかし「AんがためにB」は、異常事態が起こった場合に使われるので、もし「誕生日/母の還膺」の例を、無理やり置き換えると、誕生日の料理もお祝いも「予想外/予定外」に起こったビッグイベントになってしまい、そのために、てんやわんやの大騒ぎをしながら、中華街へ走って準備したり、空港へ見送りに行ったりしたことになってしまう。 リストラで職をなくし、生計を立て+るべく/んがため、アルバイトをはじめた。 しかし、上のような「リストラ」なら、中年サラリーマンを窮地に 陥 れる異常事態なので、むしろ置き換えたほうが自然である。 [例 2] は「~んがために」に置き換えると、親とけんかをしたか、親から勘当を受けたかして、現状を打開するためには、親から独立した生活をするよりほかない状態を表すので、就職したという状況では不自然になるが、これを上のように、親とのトラブルが原因と思われる文脈にかえれば、置き換えても不自然さは消えてしまう。 京都の大学を受験+すべく/せんがために、朝一番の新幹線に乗った。 上の例が、置き換わるかどうかは、話し手の気持ち次第で、試験に間に合うよう、大学に着くためには「朝一番の新幹線がベスト」というだけの状況なら、心のゆとりを感じさせ、静かに落ち着いて受験のできそうな「~べく」がふさわしい。 「~んがために」に置き換えると、まるで戦場へでも行くかのような悲壮感が漂い、大声で「いざ、出陣!」とでも叫んで、新幹線に乗り込みそうな勢いが感じられる。これで試験を受けると、気負いすぎて、試験会場であがってしまい、ミスが続出して失敗してしまいそうな気がする。 解説 【例2】の「当然」を表す「2」の「~べくもない」は、今では、ほとんど使う人もない表現で、読んでわかりさえすればいいので、これも入れて、現代語に部分訳しておくと、次のようになる。 1. 起こっても何の不思議もないことが起こったにすぎない。 受賞しないほうが、かえっておかしい成果。 山は崩れて当然のように崩れたのである。 優勝して当然の優勝をしたのだ。 2. 手術の施しようもない状態だ。 当然、何も知る + よしもなかった/ことができるはずもなかった。 もはや勝てるはずもなければ、生きていけるはずもない。 景気回復は、いくら望んでも、望みようがなかった/望めるはずがなかった。 3.冷蔵庫には、食べるものも、飲むものもなかった。 今日まだ、この仕事のほかに、することがあるでしょうか。 あっけにとられてしまい、言う言葉も見いだせなかった。 日が暮れて、暗くなってきたので、家に帰るため、道を急いだ。 出勤を明日に控えて、バスに乗っていくのに、定期券を求めた。 皆様のご要望にお答えするため、可能な限り、善処いたします。 適切に、措置をとってくださるようお願いします。 <393> [用例] (しかるべく=そうでなければならないように) 葬儀に駆け + つけなければならず/つけようと思い、高速道路を走りつづけた。 決勝戦のチケットが + 買えるように/買いたくて、前日から座り込んだ。 進学問題で、父と相談 + するため/しようと思って、单身赴任先の沖縄を訪れた。 使い分けワンポイント ⑧ 「~んがために・~べく」のまとめ 意志動詞 ~んがために ~べく 前後の主格〈モーダス要素〉 衝動的/現状打開 計画的/任務遂行 (注)「~べく」は、一部「しかるべく/そうあるべく」など状態動詞に接続するが、目的よりも、変化や希望を表す。 ▶巻末「文/モーダス要素」を参照 「~んがために・~べく」が「目的」を表す場合の使い分けをまとめておくと、上のようになるが、両者の違いは、基本的に〈モーダス要素〉である。 ~には・~のに AにはB:目的となるAを基準にした場合の「必要性/妥当性」をBで示す。 AのにB:同上。話し手の「心の揺れ/ためらい」が反映されることがある。 接続動詞ーる+には/のに 形態 「-る + のには」というのがあるが、形態的には「-る + のに + は」で、主題や対比を表す「~は」が「-る + のに」に後接したものとも考えられるが、使い方から見ると、むしろ「-る + には」に「~の」が挿入されたものである。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~のに」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 互換性 「AにはB」と「AのにB」は、Bが必要性を表す場合、互換性があるが、書き換えを必要とすることがある。 置換 [例1] 北海道を旅行するには、1年のうちで、6月が一番いい季節です。 次のように書き換えるのが、もっとも自然に感じられる。 →北海道を旅行するのに一番いい季節は、1年のうちで6月です。 次の「~には」も「~のに」に置き換わるが、どの言い方が最も自然かは、ときと場 あの会社の入社試験を受ける + には/のに、英語ができないとダメだそうだ。 →あの会社の入社試験を受ける + のに/×には、一番重要なのは、英語力だそうだ。 <394> ひとりで生活する + には/のに、どんな食事が一番安くて便利なの。 →ひとりで生活する + のに/×には、一番安くて便利なのは、どんな食事なの。 体力を維持する + には/のに、毎日1時間、ウォーキングをしてください。 この仕事を終える + には/のに、残業しなければなりませんね。 用例 次の用例の「~には」は「~のに」に書き換えることができない。 韓国語を上達させる + には/×のに、韓国映画を見るに限る。 →韓国語を上達させる + のに/×には、一番いい方法は、韓国映画を見ることです。 図書館へ行く + には/×のに、駅前から3番バスに乗ることです。 →図書館へ行く + のに/×には + 一番早いのは、駅前から3番バスに乗ることです。 やせる + には/×のに、苦しいダイエットより、楽しい運動です。 →やせる + のに/×には + 効果的なのは、苦しいダイエットより、楽しい運動です。 使い分け [例1] の「~には」を、そのまま「~のに」に置き換えた「北海道を旅行するのに、1年のうちで、6月が一番いい季節です」は、少し不自然である。 X:北海道を旅行するのに、一番いい季節は、1年のうちで、いつですか。 Y:6月です。1年のうちで、6月が一番いい季節です。 =北海道を旅行するのに、1年のうちで、6月が一番いい季節です。 =北海道を旅行するのには、1年のうちで、6月が一番いい季節です。 =北海道を旅行するには、1年のうちで、6月が一番いい季節です。 しかし、上のような会話を設定すると、不自然さは消えてしまう。こうした問いと答えを設定すると、答えとなる「北海道を旅行する + のに」と、それを主題化した「~のに + は」と、さらに〔例1〕の「北海道を旅行する + には」が、完全な互換性を見せる。 Q:韓国の首都はどこですか。 A:ソウルです。 ソウルが韓国の首都です。 ×韓国の首都はソウルです。 Q:一番好きな食べ物は何ですか。 A:餃子です。 餃子が一番好きな食べ物です。 ×一番好きな食べ物は餃子です。 会話を設定すると不自然さが消えるマジックは、主題を表す「~は」から、有標主格の「~が」へと変換するからである。 ▶本文 1.1.「主題/提題/有標主格『~が』と主題『~は』の互換性」を参照 Q:北海道を旅行するのに、一番いい季節は、1年のうちで、いつですか。 A:6月です。×一番いい季節は、1年のうちで6月です。 したがって、上の質問Qに対して、Aのように答えると、まるで試験の答案を書いているようになって、会話では、かえって不自然になってしまう。 使い分けワンポイント ⑨ 「~には/~のに」と必要性 Q1:この小説を読む + には/のに、どのくらい時間がかかりますか。 A1:5時間くらいだと思います。軽い内容ですから。 =この小説を読む + には/のに、5時間くらい、かかると思います。 ×Q2:この小説を読むのにかかる時間は、どのくらいですか。 ×A2:この小説を読むのにかかる時間は、5時間くらいだと思います。 <395> 「A + には/のに + B」は、Bに「C時間/費用 + が + かかる」や「何かC + が + 必要だ」といった表現がくると、問いも答えも、完全に一致する。 3泊4日で北京へ行く + には/のに、いくらくらい(費用が)かかりますか。 × 3泊4日で北京へ行くのにかかる費用は、いくらくらいですか。 このシーズン、沖縄へ行く + には/のに、ホテルの予約が要るのでしょうか。 × このシーズン、沖縄へ行くのに必要なのは、ホテルの予約ですか。 この本を読むには、かなり大きな百科事典が必要になるでしょう。 →この本を読む + には/のに、かなり大きな百科事典が必要となるでしょう。 × この本を読むのに必要となるのは、かなり大きな百科事典でしょう。 ▶本文1.1.「主題/提題/『~は』と互換性のない有標主格」を参照 「× A + のに + かかる/必要な + 名詞は + C」は、文法的には間違っていないのに、不自然さを感じさせるのは、問いにも答えにも、有標主格の「~が」が使われるからであるが、もっと簡単にいえば「名詞 + (が) + かかる/必要だ」が慣用化し、ほかの言い方をしないためである。 使い分けワンポイント⑩「~には/~のに」の違い 「~には」は、通常、文末の「義務/必要」の表現と結びつく「~ためには」の口語的な使い方で、義務よりは、むしろ、心の負担の少ない「必要性」と相性がいいが、話し手の意図は「~ためには」と同様、直接的で明確である。 ▶本節まえの「~ために・~ように」の「形態」を参照 例えば、旅行社などで「3泊4日で北京へ行くには、いくらくらいかかりますか」と声をかける話し手は、聞き手に向かって、ためらいや遠慮を見せず「ストレート/ダイレクト」に、費用がいくらかかるかを尋ねている。 つまり、話し手が必要としているのは、もし自分でインターネットを検索すれば、わざわざ聞き手に聞くまでもない価格情報である。 これを「3泊4日で北京へ行くのに、いくらくらいかかりますか」にかえると、ただ費用を聞いているだけではなく、例えば「安ければ行きたいのだけど/高ければほかの旅行社に当たってみるけど」といった話し手の「心の揺れ/ためらい」がほのめかされる。 Q:この小説を読むのに、どのくらい時間がかかりますか。 A:5時間くらいだと思いますよ。 上のAは、聞き手のQ「この小説、難しそうですが、読むのに、どのくらい時間がかかりそうでしょうか」という心の揺れを反映した返答である。ということは、次のような答え方のほうが、よりふさわしいということになる。 →5時間くらいしか、かからないと思いますよ。 さらに聞き手の気持ちを踏んで、小説の軽さを主題にするなら、次のように「~は」が挿入されて、前文が提示される。 →この小説を読むのには、5時間くらいしか、かからないと思いますよ。 →この小説を読むには、5時間くらいしか、かからないと思いますよ。 そして「~の」が脱落すると、話し手の確信に満ちた、シャープな言い方になり、きっ <396> ぱり「5時間くらいしかかからない」と断言する口調にかわる。 したがって「~には」は、話し手の主張をはっきりと伝える、コマーシャルやキャッチフレーズなどに多用される。しかし「~には」ではなく「~のに」を選んで使う話し手は、その内容にマッチした心の揺れを、聞き手に伝えようとする。 [例1] (p.393) では、次のようになる。 →経験がなくて困ってんだけど、ひとりで生活するのに、便利な食事は?→望みなしだな。入社試験を受けるのに、英語ができないとダメだって。→弱ってきたのなら、体力を維持するのに、ウォーキングをしてみろよ。→大変ですけど、この仕事を終えるのに、残業しなければなりませんね。 また「~には」と「~ためには」は、すべての場合で互換性があるが、後者を会話で使うと、聞き手に対して「義務/任務/命令」を表すことになるので、非常に傲慢な印象を与えることになる。 「~ためには」は、誰にでも適用できる「一般的な義務」を表す場合に使われるので、法律や規則などを説明する、お役所の人や先生たちが愛用する。 使い分けワンポイント 「~には/~のに」と主題 水原と西安は、昔の城壁が有名です/韓国は、むくげが国花です。 →水原と西安で有名なのは、昔の城壁です/韓国の国花は、むくげです。 外国語を勉強するには、その国に対する関心が欠かせません。 →外国語を勉強するのに欠かせないのは、その国に対する関心です。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『AはBがC』のバリエーション」を参照 基本的に「A + には + B」を「A + のに + B」に書き換えると、上のようになり、前者は、Aが主題を表して、Bから独立しているのに対して、後者は、Aが主題Bの一部になり、Bから独立していないという違いが明確になる。 「AはBだ」は、Aで主題「水原と西安/韓国+は?」を表し、Bで、主題Aについての解答「昔の城壁で有名/むくげが国花」を示している。 つまり「A+には+B」は、聞き手から「主題/ターゲット/目的」として、A「外国語が勉強したい」が与えられたときに、話し手が、解答として、B「じゃ、その国に対する関心が欠かせない」を提示する場合に使われる。 Bの「じゃ」が「外国語を勉強するには」を表しているが、これを「じゃ」に相当するほかのもので書き換えると、次のようになる。 →外国語を勉強する + ため/から + には、その国に対する関心が欠かせない。 →外国語を勉強するなら、その国に対する関心が欠かせない。 →その国に対する関心がなければ、外国語は勉強することができない。 ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~からには」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/~なら」4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~なら」を参照 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~なければ~ない」を参照 「~ためには/~からには/~なら」は、それぞれ順に「目的/前提条件/前提となる仮定条件」を示しているが、文末で呼応している「欠かせない」は「義務/必要性」を表しており、外国語が勉強できるための「必要条件」として「その国に対する関心」 <397> を提示している。 →外国語を勉強する + 上で/とき、欠かせないのは、その国に対する関心です。 →外国語の勉強 + をするのに/で、欠かせないのは、その国に対する関心です。 ▶本文 2.2.「時の表現/基準時直前/~うえで」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~とき(に)」を参照 これに対して「A + のに + B」の「外国語を勉強するのに」は、主題B「外国語を勉強するのに欠かせないのは?」の一部分にすぎず、この「~のに」から目的性をなくしてしまうと、上のような書き換えが可能になる。 使い分けワンポイント 辛い食べ物に慣れる + には/のに、(ほかでもなく)キムチが役に立ちます。 辛い食べ物に慣れる + には/のに、甘さを強くしたキムチが役に立ちます。 辛い食べ物に慣れる + には/△のに、キムチを作るのがいい。 辛い食べ物に慣れる + には/×のに、キムチを作ることから始めるのがいい。 「A + のに + B」が、主題「B + は」の一部にならず、有標主格「~が」へ続いていく場合、文末までが短いほど、自然な響きになるが、〈未完文〉が長くなればなるほど、文末と呼応できない「~のに」は息が続かなくなり、使えなくなっていく。 これは「辛い食べ物に慣れるのに」が、すぐあとの「キムチを作る」と反応して、有標主格「~が」まで届かなくなり、文末の「いい」と呼応できなくなるからである。 辛い食べ物に慣れる + には/×のに、キムチを作ることです。 A 「辛い食べ物に慣れるに」+ は + B 「キムチを作ること」+ だ。 上の「辛い食べ物に慣れるには+B」は「AはBだ」を表している。しかし「辛い食べ物に慣れるのに」は、主題や対比の「~は」をもたないので、すぐあとの「辛い料理を作る」に続いても、文末の「ことだ」とは呼応できないので、使うことができない。 辛い食べ物に慣れるのに、一番いいのは、キムチを作ることです。 やはり主題「一番いいのは」の一部になる上のような言い方が、最も自然である。 置換 [例2] 1000円ほどのものを買うのに、バスに乗っていくらしい。 次のように置き換え不能。 ×1000円ほどのものを買うには、バスに乗っていくらしい。 次の「~のに」も「~には」に置き換わらない。 こんな小説を読む + のに/×には、5時間も、かからないと思いますよ。 引っ越しをする + のに/×には、ここの段ボール箱、いくつか、もらえませんか。 この機械は、自動車用のチップを作る + のに/×には、使われるものです。 →自動車用のチップを作るには、この機械が使われます。 このタオルは新しくて、足を拭く + のに/×には + 使っては、もったいない。 →この新しいタオル (は)、足を拭くには、もったいない。 <398> 用例 次の用例は、置き換えも、書き換えもできない。 近くのプールへ行く + のに/×には、ドレスまで着て行く必要はないんじゃない? お出かけとなると、片目を化粧する + のに/×には、1時間もかけるそうだよ。 あいつ、来週から旅行する + のに/×には、仮病、使って、学校を休むんだって。 左利きの人には、字を書く + のに/×には、字を隠すようにして書く人がいるね。 寝る + のに/×には + 枕の要らない人がいるけど、どんな寝かたをするのかな。 春節の間、中国へ帰る + のに/×には、休暇をとることができるでしょうか。 明日の打ち合わせをする + のに/×には、会議室を使ってもよろしいですか。 車椅子を持ち上げる + のに/×には、人手が足らなくて。来ていただけません? この家は、窓枠を作るのにも、本物のヒノキを使ったといわれている。 あそこにあるのは、図面を引くのに使う専用の大型コンピュータです。 この奇妙な形をしたものは、何に使うのに作られた道具なのですか。 何をするのに、こんな小さなナイフがあるのでしょうか。 使い分け [例2] を、話し手の気持ちを反映させてパラフレーズすると「いくらないからといっても、たった1000円ほどのものを買うのに、わざわざバスに乗っていくなんて、時間のむだだよね」になる。 話し手は、これから「1000円ほどのものを買う」なら、常識から考えても、家から歩いていける近くの店に行けばいいのであって、わざわざ時間をかけ、バス代まで払って「行く必要はない」と判断している。 つまり「A + のに + B」のA「1000円のものを買いに行く」は、B「バスに乗っていく」の目的であるが、同時に「1000円のものを + 買いに/買うために」といった単純な目的とは異なり、目的Aを実現させる上で、手段Bの「必要性/妥当性」をはかる「基準」にもなっている。 A「1000円のものを買いに行く」を基準にして、B「バスに乗っていく」が「必要/妥当+であるかどうか」を話し手が考えている場合に、この「A+のに+B」が選ばれるが、Aを実現させる上で、Bが「必要/妥当+である/でない/かどうかわからない」のいずれであっても使うことができる。 しかし「A + には + B」は、Aを実現させる上で、Bは「必要/妥当 + である」と判断した場合にしか使うことができない。言い換えれば「Aに + は + B」が使えるのは、基準「Aに」が主題になり、BがAを実現するための解答部分「前提条件/必要だ/妥当だ」になる場合である。 使い分けワンポイント ⑬「~には・~のに」の互換性 こんな小説を読む + のに/×には、5時間も、かからないと思いますよ。 →こんな小説を読む + のに/には、3時間もあれば十分だ。 引っ越しをする + のに/×には、ここの段ボール箱、いくつか、もらえませんか。 →引っ越しをする + のに/には、20 ほど、段ボール箱を手に入れる必要がある。 この新しいタオル (は)、足を拭く + には/×のに、もったいない。 →足を拭く + のに/には、この新しいタオルは、もったいない。 ▶本節「使い分け⑱②/『~に』の使い方/基準 + に・と」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~のは』の使い方」を参照 <399> 「A + のに/には + B」に互換性が生まれるのは、両者が同じ判断「必要/妥当+である」をした場合である。しかし、前者「A + のに + B」が、Bの「必要性/妥当性」に対して「ためらいや心の揺れ/必要かどうか妥当かどうかわからない」を映す場合は、後者「A + には + B」を使うことができない。 最後の「タオル」に「~のに」が使えないのは、文の構造が「AはB/足を拭くの+は+もったいない」になっているからである。この「足を拭くの」の「~の」が、基準を表す「~に」に変化したと考えれば、わかりやすい。 この機械は、自動車用のチップを作る + のに/×には、使われるものです。 →自動車用のチップを作る + のに/には、この機械が不可欠です。 上の例で「~には」が使えないのは、主題を表す「~は」が重なっているためである。 「A + には + B」と互換性をもたない「A + のに + B」は「用例」(p.398)に示したように、目的でも基準でもあるAに対して、Bの「必要性/妥当性」は断言していない。 例えば「プールへ行くのにドレスを着て行く/片目を化粧するのに1時間もかける/旅行するのに仮病を使う/字を書くのに字を隠す/寝るのに枕が要らない」は、必要性よりも、むしろ不必要であることに、話し手の注意が向けられている。 このときの話し手の気持ちは、話し手に聞いてみるよりほかないが、おそらく「すごいな/おしゃれだな/ぜいたくだよ/むだだ/馬鹿らしい/想像できない/不思議だ」などが、言外に隠されている。 また「中国へ帰るのに休暇がとれるか/打ち合わせをするのに会議室を使ってよいか/車椅子を持ち上げるのに来てくれ」などは、必要なものが手に入るかどうか判断できないので、聞き手に許可を求めたり、依頼したりしている場面に「~のに」が使われている。こうした話し手の「心の揺れ」を表す場合には「~には」を使うことができない。 「窓枠を作るのにヒノキを使った/図面を引くのに使うコンピュータだ」の「~のに」は、話し手の「心の揺れ」を表していないが、判断も表していない。ただ「窓枠を作るときにヒノキを使った/図面を引くときに使っている」という〈基準時現在以前既実現/基準時現在同時間帯〉の状態を表しているだけである。 特に、あとの「図面」の場合、名詞「コンピュータ」を修飾する〈未完文〉の一部に「~のに」が使われていて、文末と呼応していないので、話し手の判断を示す文末と呼応し、基準と主題を表す「~には」はもちろん使えない。これはもともと〈未完文〉のなかでは、どんな場合でも「~は」が使えないからである。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方/『~が』の使い方」を参照 「何に使うのに作られた道具か/何をするのに小さなナイフがあるか」など、判断を放棄した〈問いかけ文〉では、話し手の判断は示しようがないので、この場合も「~には」には置き換えることができない。 使い分けワンポイント ⑮ 「~には・~のに」と対比 この筆は、字を書くのには使いますが、絵を描くのには使いません。 <400> →この筆は、字を書くには使いますが、絵を描くには使いません。 「~には」の「~は」が、主題ではなく、対比を表す場合、上のように使われるが、まず「~のに」に、対比の「~は」がつき、そのあと、意味が同じになるので、言語の経済学が働いて「~の」が省略されている。 外国語を勉強する + のに/には、辞書は欠かせないものです。 →外国語を勉強するには、辞書は欠かせないものではあるが、...。 ▶本文 1.1.「主題/提題/主題の『~は』と対比の『~は』/『~は』の配列」を参照 上のように、ひとつの文に「~は」が並ぶとき、最初の「~は」が「主題」を、次の「~は」が「対比」を、3つめの「~は」が「ためらい」を表すのが原則で、4つめが現れると、文は混乱をきたすことになっている。 もし「外国語を勉強するのに欠かせないものがたくさんあ」り、そのなかのひとつが「辞書だ」と話し手が判断した場合なら、辞書は「主題」にも、テキストやテープ、CDといったものと比較する「対比の対象」にもなることができる。 辞書は、外国語を勉強するのに、欠かせないものです。 × 辞書は、外国語を勉強するには、欠かせないものです。 △辞書は、古語を勉強するには、欠かせないものです。 →古語を勉強するには、辞書は、欠かせないものです。 しかし、何かをするのに「辞書」の必要な場合はたくさんあるが、そのなかのひとつが「外国語を勉強する」ことであれば、これを主題にはできるが、例えば「母語/古語/歴史を勉強する」などの場合と比較する「対比の対象」にもなれるかといえば、可能であっても、かなりの「想像力/類推力」が必要になる。 というのは「外国語の学習」に「辞書はつきもの」で、あまりにも「当然だ」からである。辞書を主題にして「外国語の学習」を、ほかの「学習」と対比する「×」の例は、異常な響きを奏でることになる。 しかし「古語の学習」に「辞書は要らない」と考えている人には、どちらかを主題にして、2つの「~は」を使うことができる。ただ主題となるのは「古語の学習」なので、最後の例のほうが自然である。 外国語を勉強する + のに/×には、欠かせないものは、辞書です。 →古語を勉強する + のに/×には、欠かせないものは、辞書です。 →歴史を勉強する + のに/×には、必要な/役に立つ + ものは、辞書です。 ▶本文 1.1.「主題/提題/対比のバリエーションと類推」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/類推とは?」を参照 同様に、何かを学習する上で「辞書」には、いろいろな「役割/性質」があり、そのなかのひとつが「欠かせない」と考え、ほかの「必要だ/役に立つ/独学を助ける/不必要だ/邪魔だ」などと対比したいのであれば、上の「×」は「→」に変えることはできる。しかし、辞書のもつほかの性質を類推によって想像させるのは、ほとんど不可能である。 (ほかでもなく) 辞書が、外国語を勉強する + のに/×には、欠かせないものです。 主題の「~は」や有標主格の「~が」があれば「~のに」を使い、なければ「~には」と決めておくのが、一番わかりやすい使い方である。 <401> 使い分けワンポイント ⑯ 「~には・~のに」のまとめ「A + には/のに + B」をまとめると、次のようになる。 機能 AにはB AのにB AはBの主題 AはBの基準 〈モーダス要素〉 最上の物や必要性に対する「主張/断言」必要性に対する「提言/疑い/判断不能」 ▶巻末「文/モーダス要素」を参照 使い分けワンポイント ⑰ 目的を表す「~に」 目的を表す最も簡単なものに、次のような「~に」がある。 あの人、この近所の人じゃないわよ。何しにここへ来たのかしら。 これから晩ご飯を食べに出かけますけど、ご一緒しませんか。 来週から試験だから、試験準備に、学校の帰り、図書館へ行こうよ。 足腰の鍛錬/老化防止 + に、毎日、あの丘の向こうまで歩いています。 体力増強に、会社の近くにあるスポーツセンターへ通っています。 健康増進に (と思い)、この野菜ジュース、朝晩、飲んでるんだけど。 お肌の手入れに (は)、この化粧水がひとつあれば、十分な気がします。 楽しみに、向こう岸/あの救命ブイ + まで、泳いで渡ろう/泳ごう。 これ、皆さんにと思って、お土産に買ってきたのですけど。 引っ越しました。おついでの折りは、お茶などにお立ち寄りください。 最後の「お茶」は慣用的な使い方で、お酒などには使うことができない。動作を表す名詞「食事/相談/運動/手入れ/楽しみ」などは「~に」をつければ、目的になるが、この「お茶」の使い方は、非常に珍しい。 また「皆さんに/お土産に」の「~に」は、それぞれ「授与の対象/変化A→B」を表しているが、いずれも「皆さんの/これをお土産にする + ために」という目的を表しているとも考えることができる。次の「使い分け⑧/『~に』の使い方 -3」を参照のこと。 銀行 + へ/まで + お金を下ろしに行く。 上のように「場所 + へ/まで + 目的 + に + 行く/来る/出かける」など、目的地である「場所」の部分を「場所 + に」としないのは、使われ方の多い「~に」が続くのを避けるためである。 使い分けワンポイント⑱「~に」の使い方 「X + は/が + A + に + B」のAは、基本的に「動かない一点」つまり「時刻/所在地/目的/目標/終着点/出発点/基準」などを表し、XとBとの関係によって、およそ次のような意味をもっている。 ▶使い方の異なる「~に」については本文5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダスの表現/~に」を参照 <402> 3.6. 顺接确定条件/目的 1. A = 基準時間 B = X の動作や変化、または状態などを表す動詞 毎朝、6時に + 起きます / 起きています / パンとサラダで食事をする。 2. A=所在地 B=Xの存在を表す動詞 台所に、お父さんがいます/冷蔵庫はありません。 3. A=目的/目標/終着点 B=Xの移動や処理を表す動詞 学校/会社 + に行く。 水 + が/を + 氷に + なる/する。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~になる・~にする」を参照 床をピカピカに磨きあげる。 毎週、国のお母さんに電話をかける。 友だちに、お金を + 貸す/出す。 A-出発点/原因 B = Xの移動や結果を表す動詞 友だちに、お金を + 借りる / 出させる。 子どもに泣かれる。 あまりのうれしさに、手をとって踊りはじめた。 ▶本文8.2.「極限/原因と結果/あまりの~に」を参照 5. A = 基準 / 单位 このアルバイトは、1時間に、いくらもらえるのですか。 ▶本文6.2.「変化の表現/変数/~あたり」を参照 入学のお祝いに、1万円ももらいました。 親/別れた人 + に + 劣る子ども/よく似た人/近い関係の人。 コーヒーにケーキを添えて、客をもてなす。 この夕才ル、足を拭くには、もったいない。 ▶本節「使い分け③/『~には・~のに』の互換性」を参照 その他 歩きに歩いて、疲れてしまった。(強調 = 基準 + 添加) 子どもが好きだから、食べずに残しておこう。(状態 = 目的/終着点) ▶本文2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~ずに」を参照 使い分けワンポイント ⑲ 時間 + に 「A + に + B」のAが時間を表す場合、次のように「~に」があるかないかによって 午前中 + に/の、お渡しできるかと思います/留守をします。 明日の朝、8時まで + に/の、来てください/待っています。 ▶本文2.1.「時の表現/基準時未実現/~までに・~まで」を参照 料理をする間+に/の、お風呂に入りなさい/邪魔をしないでね。 <403> ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~あいだに・~あいだ」を参照 ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/時間の『点』と『線』」を参照 「時間 + に」は「時間の点」を表し、Bには〈瞬間動詞〉がくるが、これに対して「~に」のない場合は「時間の線」を表し、Bには〈継続動詞〉がくることになっている。 来週、お伺いします/旅行していて留守をします。 来週に、お伺いします/※旅行していて留守をします。 来週中、旅行していて留守をします/※お伺いします。 来週中に、お伺いします/※旅行していて留守をします。 去年/1980年、ここで + 生まれた/暮らしていた。 1980年/※去年 + に、ここで + 生まれた/※暮らしていた。 十年前 + に/の、ここで + 生まれた/暮らしていた。 「昨日/今日/明日/今週/今年」などの時間名詞は、上のように、時間の「点」にも「線」にもなることができるが、いったん「~に」がつくと、時間の「点」になる。ただ最後の例のように、時間が長くなればなるほど、また年齢を重ねれば重ねるほど、どちらでもよくなるが、話し手が「十年前」を「点/線」と考えれば「点/線」になるからである。 ところが「去年」のように最近になり、1年という長さを意識するようになると、時間の「線」になって「~に」が使えなくなる。かわりに「~に」がなくても、Bに〈瞬間動詞〉でも〈継続動詞〉でも使うことができる。 つまり時間名詞は、時刻や「~中」以外は「~に」をつけずに使うほうが無難である。 使い分けワンポイント 20 場所 + に・で・を 「場所A + に + B」のAは、Bが「存在/移動」を表す自動詞で「所在地/目的地」になり、一方「場所A + で + B」のAは、Bを行なう上で利用するところを表す。 「場所A + を + B」のAは、Bが「移動」を表す自動詞の場合、移動することによる「離れていく場所/直線的に前進する場所」を表す。それぞれの違いがわかるように例で示すと、次のようになる。 1. 場所A + に/で + B 教室 + に/×で + 机と椅子があります/教室 + で/×に + 試験があります。 プール/公園 + で/×に、泳ぐ/散歩する。 ベッドやソファ/大阪 + に/で、寝る/生まれる。 ▶本文 24.「順接確定条件/手段/『ふる,の値」 最後は、Aを利用するという意識が動けば「~で」になるが、これは「~に/~で」に続くBが、それぞれ「静態/動態」になるためで、例えば、習慣として、ソファをベッドがわりにしているのなら「~に」になり、友人が来て、わざわざソファを使って寝るなら「~で」になる。互換性のある場合は、どちらを使っても聞き手の耳には「静態/動態」の違いにすぎないので、大きな誤解は生じない。 「大阪に生まれる」は、静態を反映して受身的な「大阪に生を受ける」といった響きになって書き言葉に多用され、一方「大阪で生まれる」は、ダイナミックな誕生を示して「大阪で生きていくことになった」といった生命力を感じさせるので、書き言葉でも <404> 使われるが、話し言葉では「~に」がめったに使われないぶん、いわば話し言葉専用のようになる。 2. 場所 A + に/を + B バス + に乗る/を下りる。 大阪 + に着く/を発つ。 大学 + に入る/を出る。 Bが移動を表すとAは目的地になるが、上のように「~を」とペアを組んだ場合、それぞれ「到着点/出発点」を表すので、例えば「庭 + に/を + 出た」の場合なら、話し手は現在「庭に + いる/いない」ことになる。 3. 場所 A + で / を + B プール/公園/交差点/角 + で/を、泳ぐ/散歩する/曲がる。 道/廊下/橋/川 + を/×で + 歩く/走る/渡る/下る。 道路/廊下/川 + で/×を、遊ぶ/騒ぐ/釣りをする。 鳥/飛行機 + が + 空 + を/△で + 飛ぶ。 「A + で/を + B」のAは、それぞれ「利用/移動」する場所、Bは、それぞれ「曲線的な動き/直線的に前進する動き」を表すので、例えば「交差点/角」の場合、もし「~で」を使うと、Aを利用しながら方向転換するといった感じになるが、これを「~を」にかえると、立ち止まらず、スピードも落とさず、あたかもカーブの部分を直線でもあるかのように方向転換するイメージにかわる。 また「海+で/を+泳ぐ」は、前者が浜辺近くでの水遊び、後者が沖まで一気に覚ようだい 競泳しているといったところが浮かぶ。 鮮明に「場所A + に/で/を + B」の違いを表すのに、よく例に出されるのが「蚊帳 + に/で/を + 僅が + B」である。最後のBは、言うまでもないので省略してしまうが、順に「とまっている/飛んでいる/飛び交っている」が隠されている。つまり、死んだような「静的な状態」から、一匹の蛍が動き回る「動的な状態」になり、さらに「~を」にかわると、無数の蛍が、すごい勢いで上下左右して乱れ飛びながら、蚊帳のなかを所狭しとばかりに群舞している映像が浮かびあがる。 使い分けワンポイント ②場所 + に・へ・まで 「場所A + に/へ/まで + B」は、Bが移動を表す動詞の場合、Bが〈非内的限界動詞〉かどうかで、次のような違いがある。 ▶巻末「動詞の分類/動詞の種類/內的限界動詞と非內的限界動詞」を参照 駅 + に/へ/まで + 行く。 急用ができて、ニューヨーク + に/へ/まで + 飛ぶ。 駅 + まで/×に/×へ + 歩く/走る/散歩する。 東/右のほう + に/へ/×まで + 行く/歩く/走る/散歩する。 駅のほう + に/へ/まで + 行く/歩く/走る/散歩する。 駅 + に/まで/×へ + 来る。 駅 + に/×へ/×まで + 着く。 <405> ニューヨーク + ヘ/×に/×まで/を + 発つ。 「道/空 + を + 行く/飛ぶ」の場合、どちらの動詞も「半永久運動」ができ、動作の終点や限界を表すことがないので、〈非内的限界動詞〉であるが、目的地を示す「~に」が、移動地点を表す「~を」にとって代わると、Aが「到着点/限界点」となって、〈内的限界動詞〉になる。この場合、目的地は「~まで」を使っても表すことができる。 しかし「歩く/走る/散歩する」といった動詞は、目的地を示す「~に」をともなうことができず、動作そのものに、終点や限界のない〈非内的限界動詞〉として扱われるので、限界点となる目的地は「到着点」を示す「~まで」でしか表すことができない。ただ「東西南北/左右/上下」などが、Aの移動する方向を表す場合、方向は目的地にはならないので「~まで」は後接しないが、Bが移動を示す動詞であれば「~に/~ 「方向 + のほう」も「~に/~へ」しか受けないが、目的地に「~のほう」がついて、目的地への方向「目的地 + のほう」を示すと、目的地と方向をかねて「~に/~へ/~まで」を受けることができる。 「A + へ + B」のAは、Bが向かう方向を表しているので、逆の方向になる「来る/着く」には使えない。ただ「来る」は、目的地があるので「~に/~まで」を受けることができるが、出発点「~を」とペアになる到着点の「~に」を受ける「着く」は、目的地を示す「~まで」には後接しない。 「Aを発つ」の場合、Aは目的地ではないので「~に/~まで」は受けないが、方向を表す「~へ」は受けることができる。この場合の「ニューヨークへ発つ」は、例えば「ロンドンを発って、ニューヨーク + に/へ + 向かう」ことを表している。 使い分けワンポイント 22 基準 + に・と 結婚を、夫と妻を表す2本の柱と、その上の屋根からできた家にたとえると、柱のあいだが遠すぎても屋根は落ちるが、近すぎても落ちてしまい、結婚は破局を迎える。 社内の人を動物になぞらえてみる。 庭を林に見立てて、絵を描く。 ▶本文 6.1. 「変化の表現/A→B/~にする・~とする」を参照 上のような「Aを + Bに + C」は、動詞C「たとえる/なぞらえる/見立てる」が、Bを「基準」にしたAを、どのように扱っているかを示しているが、基本的には「仮にAをBにする」を表している。実際には「A=B」という関係は存在しないが、一時的に「AはBに似ている」ことを認めた上での判断をしていることになる。 これは、基準となるBに、Aが近づいていく「A→B」を示しており、動詞Cが、Aを目的地Bへ「移動させる/近づける」イメージになる。 間違いなく、彼を犯人と見なす物的証拠は、あるのですね。それを彼のものと認める。 食物繊維を、重要な摂取物と考えるのが、最近の常識である。 なぜか彼女を田中さんの奥さんと思いこんでいた。 その患者を肺炎と見立てる。 これに対して「Aを+Bと+C」は、動詞C「見なす/認める/考える/思いこむ/ <406> 見立てる」が、Aを基準Bに等しいものとして扱っていることを示している。基本的に「AをBとする」を表し、実際に「A=B」という関係のあることを認めた上での判断になる。つまり、Bが基準になる場合、一般的に「Aを+Bに」が「A→B」を表すのに対して、もう一方の「Aを+Bと」は「A=B」を表している。 使い分けワンポイント ②③ 人+に・と 友だち + に/と + 会う/相談する/約束する/提案する/結婚を誓う。 この子は、父親/あの映画俳優 + に/×と + 似ている。 妹は、クラスメートの李さん + に/と + 似ている。 話し手をA、友だちをBとすると、先ほどのように「A + Bに」が「A→B」を、もう一方の「A + Bと」が「A=B」を表すので、前者が「AにとってBは目的や基準になる人物」になり、後者は「AとBが同じ資格で/AとBとが一緒に」といった内容を示すことになる。 「友達に会う」は、話し手が友だちのところへ出かけて会うことを表し、話し手は友だちに会いたいと考えているが、これを「~と」にかえると、二人は自分たちで決めた場所へ出かけていくことになり、お互いに会いたいと思っているか、会う必要のあることを示している。 「友だちに相談する」は、話し手が相談すべき問題を抱えており、友だちが話し手の相談に乗ることになるが、これを「~と」にすると、相談すべき問題は二人に共通しているものになる。 親は子どもに「先生に相談しなさい」といって「~と」は使わないが、先生は進学問題などでは、学生に「ご両親と相談してください」ということが多い。一応、学生の人格を認めた上での発言であろう。 「友だちに約束する」は、友だちの要求、例えば「結婚してほしい」と言われて「結婚する」と答えることであるが、これを「~と」にかえると、どちらかが「結婚しよう」といえば、もう一方も「結婚しよう」といって、お互いに結婚を認め合うことになる。 「遊びに連れていってやると子どもに約束する」を「~と」にすることはできないが、もし「子どもを遊びに連れていってやると妻に約束する」なら、置き換わる。もし「子どもを遊びに連れて行く」ことを妻が要求しているのなら「妻に」になり、文脈から「子どもの要求」ではありえないので、第三者「おばあちゃん」などの要求に対して、夫婦一緒に約束する場合は「妻と」になる。 「子どもに『遊びに連れていってやる』と妻と(一緒に)約束する」は、子どもに向かって、妻と一緒に約束したことを表しており、これで別に間違っているわけではないが、不自然さを感じさせるのは、わざわざ子どもが「夫婦で約束しろ」というケースなど、めったにないからである。 「友だちに提案する」は、腹案を持っているのは話し手、これを「~と」にかえると、友達と一緒に、会社の会議などで意見を出すことになる。 「友だちに結婚を誓う」は、友だちの要求にしたがって、これを「~と」にすると、二人一緒に「教会/お寺/家」などで、神か仏か両親などの第三者に誓うことになる。 <407> 話し手が自分自身を「友だちに似ている」というのは、例えば「あなた、私の友だちに似てるわ」といわれて、少し気分を害しながら「ぼくが君の友だちに似てるって?」と、問い返す場合であろう。 「私の友だち」を基準にして「あなた→私の友だち」という類似性は成立するが、逆に「君の友だち」を基準にして「ぼく→君の友だち」は成り立たないからである。 「A + Bに似ている」のBには、Aよりも話し手に近い人物がくるが、いくら「父親」より「李さん」のほうが親しいと思っても、やはり親をたてて「李さんは父に似ている」のほうが、東洋社会では無難である。 また、通常は自分自身が基準になるので「君の友だち、ぼくに似てるの?」であるが、対等の関係と考えられる場合は「あなた、私の友だちと似てるわ/君の友だち、ぼくと似てるの?」といったほうが無難である。 「私は父親似と言われています」は「私は父に似ていると言われています」であって、決して「私は父と似ている」でも、もちろん「父が私に似ている」でもない。 つまり「AがBに似ている」の「B」にたてる条件は、ともかく世間に知られている有名人か、目上の人であり、Aとの類似性において基準となる人物でなければならない。 「名詞A + に + 対し (て) / 向けて + B」には、AをB「動作/行為」の「目的/目標/ターゲット」にするという使い方がある。 アメリカ政府に + 対して/向けて、戦争拡大政策の中止を訴え続けた。明け方、河をはさんだ敵陣に + 対する/向けての + 砲撃が開始した。視聴者に + 対し/向けて、被災地への募金を呼びかけることにした。和平工作のため、相手国に + 对して/向けて、初めての密使が送られた。 接続:組織/集団/人々 + に + 対し(て)/向けて 組織/集団/人 + に + 対し(て)/向かって 名詞に + 対する/対しての + 名詞 名詞に + 向けて/向かって + の + 名詞 「~に向けて(の)」のほうは、非常に硬い書き言葉で使われ、個人をAに選ぶことができないし、また、使われる動詞には、Aが反応するかどうかを無視した、一方的な働きかけを表すものという制限がつく。 何を! 黙れ。親に + 对して/向かって、口答えするとは何ごとだ。 先生に + 対する/向かっての + 反抗的な態度は、悪化する一方だった。 目上の人に + 对して/向かって、そんなものの言い方をしてはだめです。 上司/相手国に + 对して/向かって、謝罪/感謝/恭順 + の意を示す。 相手国に + 对して/向かって、停戦を呼びかけた/経済封鎖の緩和を訴えた/使節を送った/強硬な態度をとった/攻撃を始めた。 書き言葉の「~に向けて (の)」に対して、話し言葉にも、個人にも使えるのが「~に向かって (の)」である。ただ、働きかけに関しては、前者のほうが穏やかで、理性的な感じがするが、後者には、暴力を連想させるほどの激しい動きと、たとえ動きがなくても、うちに秘められた感情的な響きがある。 したがって、上の「親/先生/目上の人/上司」の例に「~に向けて(の)」を使う <408> ことはできない。 参加者に + 对し/×向けて/×向かって、アンケート用紙が配られた。客に + 对して/×向けて/×向かって、親切なもてなしをしてくれる。容疑者に + 对する/×向けての/×向かっての + 取り調べが始まった。 「Aに + 向けて/向かって + (の)」は、Aの反応を度外視した使われ方が多いが、これを「Aに + 対して/対する/対しての」にかえると、Aの反応を期待する場合にしか使うことができない。 アメリカ政府に、戦争拡大政策の中止を訴え続けた。何を!黙れ。親に口答えするとは何ごとだ。参加者に、アンケート用紙が配られた。明け方、河をはさんだ敵陣への砲撃が開始した。×先生への反抗的な態度は、悪化する一方だった。×容疑者への取り調べが始まった。 いすれの使い方も、人、または人と見なされたAを対象とした働きかけを表しているので、簡単に「A + に」だけを使って、上のように「対して/向けて/向かって」を省略することが可能である。簡潔な言い方なので、話し言葉では多用される。 ただ「Aに + 対する/向けての/向かっての」は、方向だけを示す「A + への」にかえることはできるが、ダイナミックな働きかけの表せない書き言葉なので、上のような「~に向けて」の使えない例では、不自然になる。 先生に反抗的な態度をとって、ますます悪くなるばかりなのですよ。 容疑者に取り調べを始めた/容疑者を取り調べはじめた + ようですよ。 話し言葉では、やはり「A + に」が好まれる。 使い分けワンポイント ②⑤ 「~に + 対して/向けて/向かって」の使い方 「使い分け②」の例は、いずれも「組織/集団/人間」を「相手」にした場合の使い方であるが、そのほかの使い方としては、次のようなものがある。 〈Aに + 対して/対する + B〉 1.Aを「ターゲット」にしたB「働きかけ/反応/反作用」 彼は、この会に対して共感を示しているから、援助してくれるかもしれないね。 課長の提案に対して、なぜか部長ひとりが反対したんだそうですよ。 環境問題に + 対して/ついて、新しい考え方をしている人、知らない? では、皆様からのご質問に + 对して/ついて、お答えいたします。 このウイルスは、文書類に対して、影響 + を与える/がある + ようだ。 環境問題に対する考え方/質問に対する答え/文書類に対する影響 タバコは、健康に + 对して/とって、脅威的な害があります。 彼が右へ行こうとしたのに対して、彼女が左に寄ったので、とうとう二人は、ぶつかってしまった ▶本文 1.2.「主題/テーマ/~に対して」1.4.「主題/立場/~に対して」を参照最後の例は、次の「対比」との境界例になっている。 2.对比/Aと対照的なB <409> 一般的に、南方の料理は、甘く淡白であるのに対して、北方の料理は、塩辛い上に唐辛子辛く、味も濃厚だといわれている。 父が几帳面で心配性なのに対して、母はアバウトで楽天的な性格です。 ▶本文 1.6.「主題/対比/~に対して」を参照 3. Aあたりの数量B/Aに応じた割合B スープ1カップに対して、砂糖、小さじ1、醤油、大さじ1を加える。 団体100名様に対して、バス5台が用意されることになっています。 ▶本文6.2.「変化の表現/変数/~に対して」を参照 〈Aに + 向けて (の) + B〉 + XをB」というパターンになる。 2. Aを「努力目標」としたB「行為/活動」 大会をまえに、チームは優勝に + 向けて/向かって + (の) + 練習を重ねた。 何度も会議を開き、停戦に + 向けて/向かって + (の) + 地道な努力を続けた。 「~に向かって」のほうが、力強く躍動的で、激しい動きを感じさせる。 自動詞「向かう」の場合は、Xが存在しないので「Aに + 向かって + 動詞B」か「Aに + 向かっての + 名詞B」になる。つまり「優勝に向かって + (練習を) + B重ねた」 これに対して、他動詞「向ける」は「優勝に向けて + X練習を + B重ねた」か「優勝に向けての + X練習を + B重ねた」になっている。 〈Aに + 向かって (の) + B〉 1. Aを「地理的方向/変化や成り行きの方向」とするB「位置/移動/変化」 彼はドアに + 向かって/×向けて + 突進していった。 飛行機は、北に + 向かって/×向けて、飛びたっていった。 登山隊は、再び頂上に + 向かって/×向けて、歩きはじめた。 →再び頂上に + 向かって/×向けて + (の) + 登山隊の歩みが始まった。 木枯らしが吹き、冬に + 向かって/×向けて + (の) + 寒さが増しています。 勢いに乗り、チームは優勝に + 向かって/×向けて、前進した。 上のような「X + を」の存在しない場合は「向ける」を使うことができない。 2. Aを正面にすえた姿勢(での行為) B 彼は太陽に + 向かって/顔を向けて + 立っていた。 机に + 向かって/背を向けて + 本を読んでいた。 ポストは、この建物の正門 + に向かって/を背にして + 右側です。 「Aに顔を向けて」は「Aに向かって」と同じ姿勢になるが、Aに背中を見せる「Aを背にして」は「Aに向かって」と逆向きの姿勢になる。 <410> 使い分けワンポイント 26 ~に対する・~に対しての アメリカ政府に + 対する/×対しての + 戦争拡大中止の訴えをする。 明け方、河をはさんだ敵陣に + 対する/×対しての + 砲撃が開始した。 被災地に + 対する/×対しての + 募金の呼びかけをする。 和平工作のため、相手国に + 対する/対しての + 密使が送られた。 黙れ。親に + 対する/×対しての + 口答えをするとは何ごとだ。 先生に + 対する/対しての + 反抗的な態度は、悪化する一方だった。 目上の人に + 対する/△対しての + そんなものの言い方はだめです。 上司/相手国に + 対する/対しての + 謝罪/感謝/恭順 + の意を示した。 彼は、この会に + 対する/対しての + 共感を示している。 課長の提案に + 対する/対しての + 部長の反対があったそうだ。 皆様からのご質問に + 対する/×対しての + お答えをいたします。 このウイルスは、文書類に + 対する/対しての + 影響があるようだ。 タバコは、健康に + 対する/×対しての + 脅威的な害がある。 「名詞A + に対する + 名詞B」は、AとBの間に「修飾する/修飾される」という関係があれば、もとの「名詞Aに対して」を書き換えて、すべての場合に使うことができる。 しかし「名詞A + に対しての + 名詞B」のほうには、2つの制限があり、ひとつは書き言葉か、改まった場での話し言葉に限られること、もうひとつは、AとBとの間に「直接的」な関係のないことである。 「直接的」とは、Aに向けて、Bが直接的な働きかけ「訴え/砲撃/呼びかけ/口答え/答え/脅威的な書」になる「動態」を表している。 これに対して「名詞A+に対しての+名詞B」が可能になるAとBの「間接的」な関係とは、Bが「密使/反抗的な態度/謝罪/感謝/恭順/共感/反対/影響」など、働きかけが「静態」になることを指している。いわば、同じ働きかけでも、穏やかで理性的な感じがする場合である。 「目上の人に + 対する/△対しての + 言い方」は境界例で、文末が働きかけ「禁止/ダメだ」なので、この場合は「~に対する」のほうがふさわしいが、間違った「言葉や敬語の使い方」を指摘しているだけであれば、後者も使えるかもしれない。 使い分けワンポイント ②7~向け・~向き/~用 「A + 向け/向き + (の) /に」は、どちらもAを対象にしているが、対象にする仕方が異なっているので、たとえ置き換わることがあっても、意味は異なっている。 接統:組織/集團層/事態+向け/向き 子ども + 向け/向き + というより、むしろ若者から中年層を狙った大人 + 向け/向き + のアニメやゲームが人気を呼んでいる。 若いサラリーマン + 向け/向き + のスーツの売れ行きが悪いようです。 中高年 + 向け/向き + のスポーツクラブを作る市町村が増えています。 中小企業 + 向け/向き + の経営戦略に関する本が出版されたそうです。 今、建設中のマンションは、二世帯 + 向け/向き + に設計されている。 <411> 官公庁 + 向け/向き + に、ざまざまな業務用ソフトが開発されている。これは、誕生日や卒業などのパーティー + 向け/向き + に作られました。 「A + 向け + (の)/に + B (名詞/動詞)」は、主にAを「利潤」追求のためのターゲットとしており、Bには、利潤追求のための「開発/設計/生産/販売/開設/営業」といった内容がくる。ただ、利潤ばかりではなく「教育/福祉/福利厚生」などを考慮した場合もあることにはある。 「A + 向き + (の) / に + B (名詞/動詞)」は、Aを「目的」追求のためのターゲットとした場合にも使うことはできるが、もともとは「名詞BがAにぴったりだ/Aにふさわしい名詞B/Aにふさわしいように動詞B」という意味を表している。 「高齢者 + 向け/向き + のスポーツ」は「高齢者 + のために考えた/にぴったりの + スポーツ」といった意味になるが、前者「向け」は、考案者の視点から「成人病を予防して + 平均寿命をのばす/医療費を節減する + スポーツ」といった目的意識をもち、後者「向き」のほうは、高齢者の立場から「高齢者でもできる + 簡単な/心臓に負担のかからない/長生きできる + スポーツ」といったメリットを強調する。 当社は、欧米への輸出 + 向け/×向き + に、繊維商品の開発に力を入れています。僕、朝 + 向き/×向け + の体じゃないみたい。夜はいくら遅くても平気だけどね。「利潤」が両者の境界になるので、上の「向け/向き」には互換性がない。 若い女性 + 用/向け/向き + メントール入り極細タバコ 大家族/学校/オフィス/応接間 + 用/向け/向き + に設計された家具 「A + 用 + (の) /に + B (名詞/動詞)」も、A を対象にし「A のために作られた/A という人が使うとぴったり/A のために用意した/A には便利」といった意味を表し、上の例は「A + 向け/向き」のどちらにも置き換わるが、使える範囲は「向け/向き」より広く、A が「人/組織/購買力をほのめかすもの」でない場合にも使うことができる。「パイプ用タバコ/トイレ用洗剤/来客用スリッパ」などを「パイプ/トイレ/来客+向け/向き+タバコ/洗剤/スリッパ」にすると不自然になるのは、基本的に「パイプ/トイレ/来客」が「タバコ/洗剤/スリッパ」を購入するとは考えられないからである。ただ「応接間/パイプ/トイレ」から、購買力のある人がイメージできれば、使う人はいるかもしれない。 「向き」には、次のような「向け」と互換性のない使い方もある。 前/後ろ/上/下/左/右/縦/横/東/西/南/北+向きになる。(方向) 前/後ろ+向きに+考えて/考えないで+ください。(考え方/態度) この車は長距離旅行向きだ/彼はサラリーマン向きではない。(適性) →この車、いろんなオプションが可能で、長距離旅行に向いている。 →サラリーマンの仕事は、彼には向いていない。 人が言ったことに、いちいち、そう、むきになるなよ。(感情的对立) 母には、何かにつけて悲観的に見るむきがある。(マイナスの傾向) ちょっと気をつけろよ。君の考えに不快を示すむきもあるらしいから。 =君の考えに不快を示す人々がいる。(反対意見をもつ一部の人たち) あおむ ただ「仰向き/仰向け/俯き/俯け+に寝てください」は、例外である。 <412> 3.7. 顺接確定条件/前提条件 ~からには・~以上は・~上は AからにはB:Aを前提にすると、B「個人的な希望/義務/覚悟」が成立。A以上はB:Aが前提になり、B「常識や社会通念としての当然性」が成立。A上はB:異常事態Aが前提になり、B「覚悟や諦念の必要な事態」が成立。 接続 -る/ーい/~た/ (状態)名詞である/ (状態)名詞だ + からには -る/ーい/~た/ (状態)名詞である/ 状態名詞な + 以上 (は) ~た/ーい/ (状態)名詞である/ 状態名詞な + 上は 形態 「~からには」には「~からは」という形態があるが、やや古い書き言葉で、現在では、ほとんど使われることがない。 また「~以上は」は、対比の「~は」の落ちた「~以上」になることがある。 互換性 使用範囲が、次の順で小さくなっていくので、後ろにあるものは、前のものに置き換わるが、逆は必ずしも成り立たない。 ~からには>~以上(は)>~上は [例] とっても小さくて可愛い彼女と結婚するからには、小さな田舎町の小さな教会で、たったふたりだけの小さな結婚式を挙げてみたい。 次のように、置き換え不能。 *彼女と結婚する + 以上は/上は、ふたりだけの結婚式を挙げてみたい。次の例も「~以上は/~上は」には置き換わらない。 せっかくおじいちゃんのおごりで、食事ができる + からには/×以上は/×上は、高級ホテルへ行って、分厚いレアステーキを食べようよ。 さあ、論文も書きあげたし、最後のレポートもすませた + からには/×以上は/×上は、友たちに電話して、カラオケで思いつきり歌いたい。 次の例は「~上は」に置き換えることができない。 雨が続いて、こんなに生野菜が高い+からには/以上(は)/×上は、安いジャガイモ、タマネギ、ニンジンで、カレーを作るしかないわね。 誰も信じられないし、妻でさえ信じてくれない+からには/以上(は)/×上は、自分ひとりの胸にしまっておくのが一番だ。 こんなおいしいものを食べてしまった + からには/以上(は)/×上は、明日から、何を食べてもまずく感じるにちがいない。 奨学金までもらって、アメリカへ留学する+からには/以上(は)/×上は、アルバイトもせずに、英語や生活習慣を身につけながら、勉学に+励まなければならない/励みたい/励もう/励んでくれ。 全国大会に出る + からには/以上 (は) /× 上は、必ず優勝してみせる。 社長の座につく + からには/以上 (は) /× 上は、全責任は負う覚悟です。 身に降りかかった密通を知ってしまった + からには/以上 (は) /× 上は、決して当事者を + 許しませんでした/許せないものです。 <413> 用例 次の用例は、互換性がある。 密通を知ってしまった + からには/以上(は)/上は、許しておけない。 秘密を知られた + からには/以上(は)/上は、生かしておけない/殺してしまえ/殺してほしい/殺してしまおう。 療と宣告され、限られた命とわかった + からには/以上(は)/上は、今までしたいと思って、ずっと先送りにしていたことをやってしまおう。 これでもう借金を返すあてがなくなってしまった + からには/以上(は)/上は、夜逃げをするよりほかなくなってしまった。 →借金を返すあてがなくなる + からには/以上(は)/×上は、夜逃げをするよりほかなくなってしまった。 50を回ってリストラにあい、転職の機会もなくなった + からには/以上(は)/上は、ホームレスにでもなるしかないな。 3人の小さな子どもを抱え、保険も年金もないまま、夫に先立たれた + からには/以上(は)/上は、一家心中するよりほかになすすべもない。 もうこれ以上、手の施しようがない + からには/以上(は)/上は、手術を中止せざるを得ない状態だ。 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞と基準時現在」「文接続/確定条件」を参照 使い分け 「A + からには/以上(は)/上は + B」は、Aが〈基準時以前既実現〉である既成事実を根拠として、結果Bを導く場合に使われるが、特に「A + からには/以上(は)+ B」の場合、Aが〈基準時未実現〉であるが、100%実現するという〈確定条件〉となっている場合も使うことができる。 しかし「A + 上は + B」は、Aが〈基準時未実現〉の場合に使うと、不自然になる。これは、誰が聞いても納得できるような「悲劇的な事態」の成立をAにして、B「悲壮な覚悟/人事を尽くした上での諦め」を表すからである。 「A + からには/以上(は)+ B」の違いは、後者「A以上(は)B」が、誰が聞いても納得できる「常識的/客観的」な事態にしか使えないのに対して、前者なら、誰が聞いても納得できるとは限らない、話し手の「個人的/主観的」な事態も表せる点である。ただ「個人的/主観的」の度がすぎて、誰が聞いても納得できない勝手なこと「×お父さんにボーナスが出たからには、デジカメ、買ってほしい」には使うことができない。 解説 「A = (状態) 名詞」の「A + からには/以上 (は) /上は + B」の使い方を示しておくと、次のようになる。 学生 + であるからには/だからには/である以上(は)/※である上は、勉強しなくてはダメだ。 あいつが、愛する妻と子どもを殺した犯人+であるからには/△だからには/である以上(は)/※である上は、復響しないではおかない。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~ないではおかない」を参照 あの人が好き + であるからには/だからには/である以上 (は)/な以上 (は)/*である上は/**な上は、たとえ貧しくて親が反対しても、結婚すべきだと思う。 知識人として有名 + であるからには/**だからには/である以上 (は)/な以上 (は)/**である上は/**な上は、言動にも社会的責任が伴うのではあるまいか。 状況が最悪 + であるからには/×だからには/である以上(は)/な以上(は)/である上は/な上は、撤退もやむをえまい。 精神が異常+であるからには/×だからには/である上は/な上は/×である以上(は)/ <414> ×な以上(は)、隔離しておく必要がある。 「(状態)名詞 + だからには」が使われるのは、主に話し言葉で、書き言葉や、改まった話し言葉では「(状態)名詞 + であるからには」のほうが好まれる。最後の「~以上(は)」が不自然に響くのは、同じ音「いじょう」が続くからである。 使い分けワンポイント ①名詞+~からには 弁護士 + である/だ + からには、困ってる人の相談に乗るのが筋で、困った人は見捨てておいて、困りもしない人を助けて金もうけとは、おかしいじゃないか。 先生 + である/だ + からには、家でできないことを教えるもんじゃないんですか。いったい学校で、何を教えているんです? 医者 + である/だ + からには、痛みを緩和するのが仕事ではないか。 →医者 + である/△だ + からには、そんなに薬を投与すべきでない。 あなたの吸っているのが、タバコ + である/だ + からには、いつ肺癌を引き起こしてもおかしくはないんです。 あなたの座っているのが、優先座席 + である/だ + からには、いつでも立てる心の準備はしておいてください。 →あなたの座っているのが、ベンチ + である/△だ + からには、みんなも使えるように、寝そべらないでください。 お父さん + である/だ + からには、妻や子どもが養えるだけの仕事はしていただかないと、子どもが訓え死にでもしたら、どうするんです。 →うちのお父さん + である/△だ + からには、約束は守るよ。 ある名詞Aが、社会通念として広く普及しているイメージBをもっている場合は、上のように「A + だからには + B」を使っても不自然ではない。しかし「△」を印したように、ある名詞Aが、社会通念としてのイメージをもたない個別的なものであったり、AとBの社会的なイメージが一致しなかったりする場合は、不自然さを感じることがある。 話し言葉なら、どちらの場合でも「A + だからには + B」を使う人がいるかもしれないが、後者の場合は、やはり「A + であるからには + B」のほうが自然である。これは、通常なら書き言葉専用になる「~である」なら、個別性も社会性も無視して、話し手の考えを押し通してしまえる「傲慢さ」を備えているからであろう。 使い分けワンポイント ② 「~上は」の使い方 * 全国大会に + 出場した/出場する + 上は、必ず優勝してみせる。 →みなさまのご期待を背負って、このたびの全国大会に + 出場した/△出場する + 上は、必ず優勝してみせる所存です。 * 社長に + なった/なる + 上は、全責任を負う覚悟だ。 →倒産寸前の会社社長に + なった/△なる + 上は、全責任を負う覚悟だ。 奨学金までもらって、留学 + した/△する + 上は、どんな困難があっても、業績を残すため、最後までやりぬくつもりです。 約束 + した/×する + 上は、何が起ころうとも、必ず ▶本文 1.7.「主题/緊加/~うえに~も」を参照 ▶本文 2.2.「時の表現/基準時直前/~うえで」を参照 ▶本文 2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~たうえで」を参照 <415> ▶本文 8.2.「極限/原因と結果/~うえに」を参照 「A + 上は + B」は、Aが「-る形」の場合と、プラス評価の事態で使えなくなることは、すでに「使い分け」(p.413)で述べたが、たとえAがプラスの事態「全国大会に出場/社長に就任/留学」であっても、上のように、話し手が「義務/責任/任務」など、異常なプレッシャーを感じている場合には、使うことができる。 ただ、話し手がプレッシャーを感じてさえいれば、100%実現可能な事態を、〈基準時既実現〉と見なして「-る形: 全国大会に出る/社長になる/留学する」を使う人がいるかもしれない。 こうなった+からには/以上/上は、自首する以外に手はない。 →かくなる+上は/×からには/×以上は、自首する以外に手はない。 「かくなる上は」には「-る形」が使われているが、慣用表現である。 使い分けワンポイント ③ 「~なら」と「~からには」 犯人が女 + なら/×であるからには/×だからには、こんな殺し方はしないだろう。 風邪を引いて熱が + あるんなら/×あるからには、休んでいいよ。 →風邪を引いて熱が + あるのなら/あるからには、休んだほうがいい/休むべきだ/休めよ/ 病院に行きなさい/すぐに帰ってもらいたい。 学生 + なら/×であるからには/×だからには、車で来ないはずだが。 それでも男か、男 + なら/×であるからには/×だからには、やってみろ/やってくれ。 →それでも男か。男 + なら/であるからには/△だからには、もっとしっかりやれよ/音をあげずにやってみろ/泣くんじゃない/つらくても我慢するもんなんだ。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~なら」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/既知情報と未知情報」を参照 「A + (の) なら + B」の場合、話し手は、聞き手の発言A「犯人は女だ/熱がある」や、周囲の状況A「学生だ/男だ」を前提や根拠にして、Bで、自分の考えを述べたり、聞き手に働きかけたりする場合に使われる。 つまり、A「聞き手の発言/周囲の状況」は、話し手が以前から知っている「事実/事態/出来事/既知情報」ではなく、〈基準時現在〉に知ったばかりの「ホットな情報」であり、それまでは知らなかった「基準時現在以前未知情報」である。 ところが「A+からには+B」は、上のように「A+(の)なら+B」と置き換わることがあっても、前提となるAは、話し手が以前から知っている「既成事実/既知情報」なので、聞いたばかりの「発言」や、目の前にある「周囲の状況」という「未知情報/新発見/驚き」を根拠にする場合は使うことができない。 つまり「名詞A+である/だ+からには+B」の場合、Aが既知情報ということは、話し手の頭のなかに「社会的通念/常識」として「AだからB」という「先入観/偏見/決めつけ」が成り立っていると考えられるので、Bには、Aから導きだされる「当然性」を示す内容しかくることができないことになる。 AとBの社会的なイメージが一致しない場合は、後者「名詞Aだからには+B」が不自然に響くが、AとBの間に社会的なイメージが存在していない場合は、前者「名詞Aであるからには+B」ですら不自然になってしまう。 <416> 3.7. 顺接確定条件/前提条件 この点、A「未知情報」を前提にする「A + (の) なら + B」は、Bに制限がなく、話し手は「羽を広げて」何でも言うことのできる「仮定的/空想的」前提条件といえる。 使い分けワンポイント ④「~から」と「~からには」 こんなことをした + んですから/からには、辞めてもらうしかないですね。 親の反対を押しきって結婚する + のですから/からには/×のですからには、困ったことができたからといって、実家に帰るわけにはいかなくなりますよ。 さあ、レポートも書いてしまった + から/×からには、友だちに電話して、カラオケで思いつ 踏切事故が + ありましたから/×あったからには、少し遅くなります。 朝寝坊 + しましたから/×したからには、朝ご飯をぬいて来ました。 風邪を引きました + から/×からには、休ませてください。 →風邪を + 引きましたから/×引いたからには、休ませていただきます。 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/~から」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ていただきます」を参照 「A+から+B」は、AとBの文体が一致するという制限があるだけで、順接確定条件のAを、Bの「原因/理由/弁解/言い訳/口実/屁理屈」にして、聞き手に働きかけたり、希望や考えを述べたりできるので、話し手は「羽を広げて、好き勝手」に使うことができる。また、〈ウチ/ソト/ヨソ〉のすべての場で、すべての文体〈非敬体/敬体/超敬体〉が使えるという意味では、すでに述べた「使い分け③」の「A+(の)なら+B」より、はるかに「バリアフリー」である。 しかし「A+からには+B」は、これまで「使い分け」(p.413)や「使い分け①③」で述べたように、使い方に多くの制限があるが、同じ「~から」を共有しているとはいえ、さらにAが〈非敬体〉という制限が加わる。したがって、Bは〈非敬体〉か、せいぜい〈敬体〉で、いわゆる「ヨソ行き」の言葉である〈超敬体〉には使えない。 使い分けワンポイント ⑤ 「A + からには/以上(は)/上は」のまとめ「A + からには/以上(は)/上は + B」の使い分けのまとめは次のようになる。 B:主観的な判断や決定 客観的な判断や決定 悲劇的な判断や決定 使い分けワンポイント ⑥ 「~かぎり(は)」と既実現 当然、社会人である+限り(は)/からには、言動に責任をもつべきだ。 あの当時、上官の命令である+限り/からには、どんな命令であれ、従わざるをえなかっ <417> た/従わなければならなかった。 あいつが、愛する妻と子どもを殺した犯人である + 限り/からには、復讐しないではおかない。 あの人が+好きな限り/好きだからには、結婚すべきだと思う。 状況が最悪である+限り(は)/からには、撤退もやむをえまい。 雨が続いて、こんなに生野菜が高い+限り(は)/からには、安いジャガイモ、タマネギ、 ニンジンで、カレーを作るしかないわね。 誰も信じられないし、妻でさえ信じてくれない + 限り (は) /からには、自分ひとりの胸にしまっておくのが一番だ。 秘密を知られた + 限り (は) /からには、生かしてはおけない。 癘と宣告され、限られた命とわかった + 限り (は) /からには、したいと思って先送りしていたことをやってしまおう。 これでもう借金を返すあてがなくなってしまった + 限り (は) /からには、夜逃げをするよりほかなくなってしまった。 約束した + 限り/からには、何が起ころうとも、必ず守ってみせます。天気予報で「今日は晴」といった + 限り/からには、雨など降らない。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~さえ~ば・~ないかぎり」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~に限る/動詞『限る』のまとめ」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~とはかぎらない」を参照 ▶本文 8.1.「極限/状態/~かぎり・~だけ」8.3.「極限/類推/~に限らず」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~に限らず」を参照 「A + 限り(は)+ B」は、Aが「- い/~た/(状態)名詞である/状態名詞な」つまり〈基準時以前既実現〉で、Aを前提条件として、Bに「必然性/当然の行為/あきらめ/決意や覚悟」などがくる場合、Bの条件があえば「A + からには/以上(は)/上は + B」と互換性がある。 「A + 限り (は) + B」が、ほかの3つと異なる点は、例えば「社会人で/上官の命令で/生野菜が高く/秘密を知られてい/約束し + なければ、責任をもたなくてもいい/従わなかった/ハンバーグにたっぷりのサラダが食べたい/殺すことはない/守るわけはないが」や、また「あの人が嫌いになれば/妻が信じてくれたら/借金を返すあてがあったら、結婚することはない/打ち明けたい/夜逃げなどしない」といったAの「裏の条件」と、Bの「裏の結論」がほのめかされていることである。 「A + からには/以上 (は) /上は + B」には、こういった「裏の条件/裏の結論」 これは「範囲の限定」を基本義とする「~限り」が、表からの「Aという条件であるうちは+Bでなければならない」と、裏からの「Aという条件がなくなれば+Bである必要はない」を響かせるからであるが、ここでは「A=基準時以前既実現」であるため、不可逆性「大人になった人は、もう子どもには戻れない」が前面に現れ、裏へとは反転しなくなって「Aという条件なら+Bでなければならない」という表の前提条件だけが機能していることになる。 使い分けワンポイント ⑦ 「~かぎり (は)」と未実現 奨学金までもらって、アメリカへ留学する+からには/×限り(は)、アルバイトもせずに、勉学に励まなければならない。 <418> 全国大会に出る + からには/×限り(は)、必ず優勝してみせる。 期限までに申し込みをしなかった + からには/×限りは、規則を曲げてまで、受け付けるなんてことはできない。 おじいちゃんのおごりと決まった + からには/×限りは、高級ホテルへ行って、分厚いステーキでも食べることにしよう。 最後のレポートも書いてしまった + からには/×限りは、友だちに電話して、カラオケで思いっきり歌いたい。 空港で事故があった + からには/×限りは、欠航になるかもしれない。 「A+限り(は)+B」は、Aが「-る」で「未実現」の場合や、たとえAが既実現のことであっても、Bに誰が聞いても納得できるとは限らない、話し手の「個人的/主観的」な事態や、特殊なケースを示して、必然性のない事態がくる場合は、使うことができなくなる。 プロである + 限り (は) / からには / なら、オリンピックには出場できない。 僕のそばに + いる限りは / いるからには / いたら、きっと幸せになれるよ。 この会社に + いる限り / いるからには / いれば、昇進する見込みはないようだ。 謝ってこない + 限りは / からには / と、許してあげないから。 大企業が好景気でも、中小企業の不況が+続く限りは/続くからには/続くのなら/続いたら/続けば/続くと、失業者が減るなんて奇跡は起こらないだろう。 こんなものを食べて+いる限りは/いるからには/いるなら/いたら/いれば、丈夫になれない/体が悪くなるばかりだ/いつ病気になってもおかしくない+よ。 →こんなものを食べてる+からには/※限りは、蘊など恐れてないんだな。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~なら/~たら/~ば/~と」を参照 ところが「A + 限り(は) + B」は、Aが「-る」で「基準時間時間帯」になる場合は、現在、A「プロである/僕のそばにいる/この会社にいる/謝ってこない/不況が続く/こんなものを食べている」が、将来は「裏の条件」が実現して、Aでなくなる「プロでない/僕のそばにいない/この会社にいない/謝りに来る/不況が終わる/こんなものは食べない」可能性のあることを示すようになる。 ということは、Bの「裏の結論」が実現する「オリンピックには出場できる/幸せになれない/昇進できる/許してあげる/奇跡が起こる/丈夫になる」可能性があるので、Aは前提条件ではなく、順接仮定条件であり、仮定条件の「~なら/~たら/~ば/~と」と互換性をもつようになる。 したがって、最後の例のように「こんなものを食べなくなったら、癌を恐れるようになる」わけでもない場合は、Aが〈基準時以前即実現〉の前提条件「こんなものを食べている + から/なら」になり、B「当然癌など恐れていない」と呼応するだけで、将来の「裏の条件」とはならないので、順接仮定条件の「こんなものを食べて + いる限り (は)/いたら/いれば/いると」を使うことができなくなる。 使い分けワンポイント ⑧~かぎり(は)・~さえすれば 約束を守って、努力 + する限りは/しさえすれば、必ず成功する。僕のそばに + いる限りは/いさえすれば、きっと幸せになれるよ。この会社にいる限り、昇進する見込みは + ある/ない。→この会社にいない限り、昇進する見込みは + ある/ない。 <419> →この会社にいさえ + すれば/しなければ、昇進する見込みは + ある/“ない。 謝って + こない/くる + 限りは、許して + あげない/あげる。 →謝ってきさえ + すれば/×しなければ、許して + あげる/×あげない。 勉強 + する/しない + 限りは、小遣いを + 減らさない/減らす。 →勉強しさえ + すれば/×しなければ、小遣いを + 減らさない/×減らす。 中小企業の不況が + 続く限りは/×続きさえすれば、失業者が減るという奇跡は起こらな →中小企業の不況が+続かない限りは/続きさえしなければ、失業者が減るという奇跡は起こるだろう。 こんなものを + 食べている限りは/×食べさえすれば、丈夫になれない。 →こんなものを + 食べない限りは/食べさえしなければ、丈夫になれる。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~さえ~ば・~ないかぎり」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/~さえ」を参照 「動詞A-る+限り(は)+ B」と「動詞Aます形+さえすれば+B」は、非常に近い位置関係にあるが、前者が「表」と「裏」をもち、AとBに、プラス評価の事態も、マイナス評価の事態もくることができるのに対して、後者「A+さえすれば+B」は「プラス志向」をして、AとBにはマイナス評価の事態がこないという違いがある。「努力+する限りは/しさえすれば、成功する」を例にすると、次のようになる。 A - る /ない + 限り (は) + B: Aの「現在の状況」を基準にする。 現在、努力していれば「努力する限りは、成功する」を使う。 していなければ「努力しない限りは、成功しない」になる。 Aさえ + すれば/しなければ + B:Bの「プラス結果」を基準にする。 現在、努力していてもいなくても「努力しさえすれば、成功する」を使う。 「×努力しさえしなければ、成功しない」 どちらも「一般条件」として使われているが、前者「A-る/ない+限り(は)」が、現在の状況がプラスであればプラスの方向で、マイナスであればマイナスの方向で、プラスの結果になるための不可欠の条件を提示するが、後者「Aさえ+すれば/しなければ」は、現在の状況にかかわらず、プラス結果になるための唯一の条件を提示する。 プロである限りは、オリンピックに出場できない。 →プロでありさえしなければ/プロでさえなければ/アマチュアでありさえすれば/アマチュアでさえあれば、オリンピックに出場できる。 Aが名詞の場合「Aで+ある/ない+限り(は)」に対して、肯定「A+でありさえすれば/でさえあれば」と、否定「A+でありさえしなければ/でさえなければ」の2通りがある。ただ「A+でありさえ+すれば/しなければ」は、硬い書き言葉であるが、もうひとつのほう「A+でさえ+あれば/なければ」なら、話し言葉にも使うことができる。 また「努力/昇進」など「する」のつく動詞の場合、ます形を省略した「A + (し) + さえ + すれば/しなければ + B」を使うことがある。一般的に省略は、書き言葉に少なく、話し言葉に多用される傾向がある。 <420> 使い分けワンポイント ⑨~ならでは~ない・~ならではの/~ならではだ うまいね。さすが一流レストランのシェフならでは出せない味だな。→うまいね。さすが一流レストランのシェフならではの味だな。 この絵、とっても可愛い。子どもならでは思いつかない色使いよね。→この絵、とっても可愛い。子どもならではの色使いよね。 この人当たりのよさ、関西弁ならではですね。 →それって、関西弁ならでは + ありえない/の + 人当たりのよさですね。 そういったものの見方、外国の人ならではだよ。さすがだな。 →それ、外国の人ならでは + できない/の + ものの考え方だよ。 見たかい? 今の、あれ。あの、人を子ども扱いした態度、あの話し方、何だよ、いやだね。 小学校の先生ならではだね。本人、気がついてないんだね。 →小学校の先生ならでは + できない/の + 人を子ども扱いにした態度だ。 へえ、そんなことにまで、気がつくって、留学生ならではですね。 →へえ、そんなこと、留学生ならでは気づきもしないようなことですね。 ×へえ、そんなこと、留学生ならではのことですね。 ▶巻末「古語/助動詞/断定『なり』」を参照 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~ないで・~なくて」を参照 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/~からこそ・~ばこそ」を参照 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~てはじめて」を参照 「名詞A + ならでは + B」は、分析すると「~なり」+「~で」+「~は」からできており、対比の「~は」を除けば、いずれも古語である。 名詞に接続する「~なり」は、現代語の「~だ/~である」に相当するものであるが、現在でも「時は金なり」や、算盤で数字を読みあげるときに「願いましては、千円なり、5千円なり」と使われたり、領収証に「金、伍萬八仟圓也」と書かれたりすることのある「~なり(也)」である。 「~で」は、現代語に残っているのは、この「~ならでは」だけであるが、古語としての意味は、AとBの継起関係や原因や付帯状況などを表す「A+て+B」の否定なので、現代語にすると、ちょっと冗談のようになる「~ないで」や、また「~なくて」に相当することになる。 つまり、現代語に訳すと「名詞Aで+なくては/なければ」になり、基本のパターンは、文末の「ない」と呼応するので、二重否定の「Aで+なくては/なければ+Bない」や、肯定の「AであってはじめてB/AだからこそB」ということになる。 さらに「名詞AならではBない+名詞C/の」は、BがAから「自明」のものなので、省略されて「Aならでは+のC/だ」に変化し、最もよく使われるパターンになる。というより、二重否定にして「Bない」をつける人がいるかどうかも疑わしい。二重否定の場合は、やはり「~でなくては~ない」が使われる。 わあ、この味、さすが+あのシェフ/お母さん+ならではの味だね。 →この味、あのシェフ/お母さん+であるからには/だからこそ/であってはじめて、出せる味。 「A + ならでは」は、Aが一般的な名詞「一流レストランのシェフ/子ども/関西弁/外国人/小学校の先生/留学生」の場合、Aは一般条件となり、社会通念や常識からし <421> て「Aであって、はじめてC」という関係になっている。 しかし、Aが個別的な名詞「あのシェフ/うちのお母さん/ジョン・コルトレーン」の場合、Aは前提条件「AしかできないC」になる。 ただ「A + からには + できる + C」にすると、CはAにとっての「義務/当然性」などを表してしまうので、書き換えは可能でも、意味が違ってしまう。 「あのシェフ/お母さん + ならではの味」に最も近いのは、前提条件「~なら」を使った「あのシェフ/お母さん + なら、やっぱりこの味」であるが、これなら、やはり〈ウチ〉でしか使えないのに対して、古語を使った前者には、〈ソト〉にも〈ヨソ〉にも使えるほどの「優雅さ」がある。 使い分けワンポイント⑩~あっての 離婚?な~んだ「私あってのあなた」じゃなかったの。いいわよ、OKよ。別に「あなたあっての私」じゃないから。 有権者あっての議員じゃないか。誰の金で、飯、食っとるんだ。 国民の血税あっての政府だろ?企業の政治献金あっての政府なのか? お客様あってのお給料じゃない。忘れないで。常に「お客様は神様」よ。 「名詞A + あっての + 名詞B」は、パラフレーズすると「Aが + なければ/いなければ + 存在できないB」になり、AがBの存在に不可欠な前提であることを表している。 使い分けワンポイント ① ︸て(から)のことだ・~た上でのことだ お給料だと? 利益が + あって/あった上で + のことだろうが。 食事/遊び + など、残業/勉強 + して(から)/した上で + のことだ。 何をするのも、社長の許可を + もらってから/もらった上 + だ。 ▶本文2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~てから・~たうえで」を参照 「Bは + A + て (から) / た上で + のことだ」は、Aに「当然性/義務」などを表す内容がきて、Aが〈基準時未実現〉のBの前提になる場合に使われるが、最後の例のように「A + てから/た上 + だ」に圧縮されることがある。 ただ「A + てから/たうえで + B」が生きているので、Aが実現してはじめて、Bが可能になるのを、聞き手が勘違いして「AをしなくてもBは可能」と思っている場合に、聞き手より目上になる人が「BよりAのほうが大切だ」と教え論す場合に使われる。 使い分けワンポイント ⑫ ~なしでは~ない・~なしに(は) な~んだ。ということは「私なし + で/に + は、生きていけない」んじゃなかったの。 国民の血税なし + で/に + は、成り立たない政府じゃないか。 韓国語?無理を言うな。辞書なし + で/に + は、わからないよ。 客商売だから、ネクタイなし + で/×に + は、困るんだけど。 欠席届けなし+で/×に+は、あとで問題になるよ。 ▶本文4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ては・~では/~ことなしに~ない」を参照 「A + なし + では/には + Bない」は、どちらもAを前提として、はじめてBが <422> 可能になることを表している。 前者「Aなしでは」は、一般条件となる「名詞+では」が使われていて、聞き手に対して「Aが+なくては/なければ+ダメだ」と、話し手が「禁止/回避の必要」を指示する場合にも使えるが、後者は、聞き手に直接、働きかけることができない。 両者に互換性がある場合、前者は、個別的なケースに使われるが、後者は、前者よりも「AがなければBできない/AがあってこそBできる+のは当然だ」という一般的で必然的なケースに使われるので、書き言葉に多用される。 届け出なし + に/△で外泊するのは、寮の規則に違反することになります。挨拶/前置き + もなし + に/※で、いきなり話をされても困るのですが。断り/約束 + もなしに、人の家を訪問するのは、非常識です。何の連絡もなしに、突然、会社にやってくるんだから、ぴっくりした。お金もなしに、よくこんなところまで来られたね。歩いてきたの?ノックなしに (は)、ドアを開けないでください。 ▶本文 8.3.「極限/類推/~も」を参照 肯定のBと呼応する「A+なしに(は)+B」は、規則を表す書き言葉や、〈ソト/ヨソ〉に対するやや改まった場で使われ、社会通念や常識として、当然すべき前提Aをしないで、Bを行なうことを表している。この場合に「Aなしで(は)B」を使うと、不自然になる 最後の例は「ノックなしにドアを開ける + ようなことはしないでください」を表しており、対比というより「ためらい」を表す「~は」をつけて、文末の「~ください」と呼応させているが、ドアの張り紙に書かれたものであろう。 話し言葉では「ノック + しないで/せずに/なしに、ドアを開けてはいけません」になるが、あとの否定の仕方ほど、聞き手への配慮を示している。 使い分けワンポイント ⑬ 〜ぬきで(は)〜ない・〜ぬきに(は)〜ない/〜ぬきで・〜ぬきにして(は)・〜ぬきの ちょっと「私ぬき + では/△には、始まらない」んじゃなかったの? →私ぬき + では/×には、困るでしょう?/あとで問題になりますよ。 優勝なんか、彼ぬき + では/×には、できっこないよ。 →優勝なんか、彼なし + では/には、できっこないよ。 親からの仕送り + ぬき + で/×に + は、生活するなんてできないよ。 →親からの仕送り + なし + で/に + は、生活するなんてできないよ。 朝飯 + ぬき/なし + で/×に、仕事するなんて、できるわけがない。 こんなこと、部長 + ぬき/なし + で/に、決めることはできないよ。 みんなの + 活躍/参加/苦労/×協力/×援助 + ぬき + で/に、今回のボランティア活動の成功を語ることはできません。 →みんなの + 活躍/参加/協力/援助 + なし + で/に、...。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ぬき + に・で・にして」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに『~に』の使い方」を参照 ▶本文 3.4.「順接確定条件/手段/『~で』の使い方」を参照 動詞「扱く」の「ます形」を名詞として使った「A + ぬき + で/に + (は) + B <423> (ない)」は、Bをする過程で、必要不可欠なものがいろいろあるが、そのなかでも「重要なAが+抜けている/欠落している/足りない+ため、Bをすることができない」という場合に使われる。したがって、最後の例のように、Bの過程ではなく、B全体に影響する「協力/援助」に使うと、不自然になる。 これに対して「A + なし + では/には + Bない」のAは、Bをする上で「あって当然」というより、むしろ「あるほうが + 合理的/理想的」なものを表している。 最初の例のように「A + ぬき + では/には + Bない」の使い方は、基本的に「使い分け $ ^{⑫} $」の「A + なし + では/には + Bない」と同じである。 私ぬき + で/に + 始める + なんてことはできないよ。 →私ぬき + では/には、始めることができないよ。 食事をしますから、私ぬきで/私をぬきにして、ゲームを続けてください。 こんなこと、部長 + ぬき + で/に、決めてもいいんでしょうか。 朝飯ぬき + で/×に、頑張ってるんですか。 冗談/お酒 + ぬき + で/×に、真面目に話し合いましょう。 →冗談/お酒 + は + ぬきにして、真面目に話し合いましょう。 藍苦しい話/挨拶 + はぬきにして、みなさん、大いに楽しみましょう。 →堅苦しい話/挨拶 + ぬき + で/×に、大いに楽しみましょう。 酒ぬきの人生なんか、つまらないよ。 ワサビ + ぬきの (お寿司) /ぬき + を、にぎってください。 →わたしのは、ワサビぬき + で/×に、にぎってください。 →そちら様のは、ワサビぬき + に/×で、してあります。 上のような「Aぬき + で/に + B」は、肯定のBと呼応するが、ここは「使い分け⑫」の「A + なしに + B」とは異なり、社会通念や常識として当然すべき前提Aを示しているわけではないので、不自然だった「~で」も使うことができる。Aが「人」の場合、後者「人ぬきに」は「人を + ぬき + にして」の圧縮したものになるが、Aが「人」でない場合は、最後の例のように、動態の「~で」と、静態の「~に」の違いになる。 「A + ぬきの」は、名詞を修飾するが、そのまま「私の本です」が「私のです」になって、「A + の」が名詞化するように「A + ぬきの」が名詞になって、あとに「~が/~を/~に/~で」などが続くこともある。 <424> 第4章 顺接仮定条件 ~なら・~たら・~ば・~と A (の) なら B:聞き手の発言や周囲の状況を前提とする仮定条件や反実仮想。 A たら B:個別的な状況を前提や根拠にする仮定条件と反実仮想と確定条件。 A ば B:上の「A たら B」より一般性のある仮定条件と反実仮想と一般条件。 A と B:話し手が経験や知識をもとにして、状況を描く確定条件と一般条件。 接続 未完文「-る/ーい/~た/~だ」+ (の) + なら ~た + ら (状態) 名詞 + だった/であった + ら ~ば (状態) 名詞 + なら/であれ + ば -る/ーい + と (状態) 名詞 + だ/である + と ▶〈未完文〉への接続については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 ▶巻末「状態名詞」を参照 形態 「~(の)なら」は、(状態)名詞に接続する場合、2つの形態「(状態)名詞 + なら/(状態)名詞 + なのなら」があるが、後者は「~の」が挿入されたものである。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ただ「(状態)名詞」の場合、多く「~なの」が省略されて「(状態)名詞+なら」になるが、この「~なの」の省略については、次に詳しい。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/名詞+ではない(の)か」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/名詞+ではない」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/名詞+なのだろう(か)」を参照 また「~ば」が接続する「(状態)名詞+なら/であれ+ば」のうち、現在は使われていない古語「(状態)名詞+ならば」のほうは、現代語で使われる「(状態)名詞+なら」に相当するが、現在でも書き言葉として使われる「(状態)名詞+であれば」と同じ使い方をする人がいるかもしれない。 「~なら」は、いくつかの歴史的变化を経て、今の形態となっているので、次の3つの場合があるといわれているが、複雑な互換性が問題になるのは「~なら②」である。 ~なら①:名詞 + なら ここでは取りあげないが、主題を表す。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~なら」を参照 ~なら②:未完文+(の)なら 「~の」の挿入が可能な点に特徴があり、順接仮定条件を表す。 古語の断定を表す「~なり」が名詞についた「名詞 + ならば」に相当し、古語的な使い方では「~(の) ならば」になるが、ここでは扱わない。 <425> ▶巻末「古語/助動詞/断定の『~なり』を参照 ~なら③:ーる/ーい/~た + なら (状態)名詞+だった/であった+(な)ら 「~の」の挿入ができない点に特徴があるが、確定条件を表す。 古語の「名詞 + なれ + ば」に相当する書き言葉である。 (状態) 名詞の場合以外、現代語で、ほとんど使われることがない。 ▶本章 4.1. 「仮定条件/使い分け⑨⑳/『~なら③』の使い方/3つの『~なら』を参照 現代語では「~なら③」の代わりに、話し言葉の「(状態)名詞+だったら」や、書き言葉の「(状態)名詞+であったら」が使われているが、古語表現である「(状態)名詞+だったなら/であったなら」が、古めかしい書き言葉として現われるかもしれない。 「(状態)名詞」以外に接続する「~なら③」は、現代語「~たら/~ば/~と」と互換性があって、使われることはないが、慣用表現に顔を出すことがある。 「~たら/~ば/~と」に「~の」が挿入された場合、次のように「~のだ」か「~のである」の挿入された形態になる。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 ~たら: - る / - い / ~た / (状態) 名詞な + の + だった / であった + ら ~ば: - る / - い / ~た / (状態) 名詞な + の + であれば ~と: - る / - い / ~た / (状態) 名詞な + の + だと (注)「(状態)名詞」は、通常「~なの」が省略される。 「~と」以外に「~の」が挿入されると、もとの「~たら/~ば」とは意味にズレが生じ、使い方が「~(の)なら」と同じになる。 「~(の)なら/~たら/~と」には〈超敬体〉があり、特に「~(の)なら」が、次のようになって複雑な様相を見せる。 ▶巻末「人間関係」「文体/文体の使い分け/スピーチレベルシフト」を参照 〈敬体〉 (状態)名詞 + なら 大きい+(の)+ なら 〈超敬体〉 (状態)名詞 + なの + で (ございま)したら 大きかった+(の)+ なら 行く+(の)+なら 大きい+の+で(ございま)したら 大きかった + の + で (ございま) したら 行った + (の) + なら 行く + の + で (ございま) したら 行った + の + で (ございま) したら (注)「(状態)名詞」は、通常「~なの」が省略される。 〈超敬体〉になると、すべての場合で「~の」が挿入されて、ここで扱われる「~(の)なら」つまり「~なら②」の最も基本的な形態「~のなら」のバリエーションになる。この挿入された「~の」は、くだけた会話では「ん」と発音されることがある。 形容詞「いい」は「~たら/~ば」が後接する場合にかぎり、それぞれ「よかったら/よければ」になる。 互換性 「~の」が挿入された「~たら/~ば」は、すべての場合で「~なら②」と互換性があり、意味の差はほとんど感じさせない。 <426> 4. 顺接仮定条件 ▶本章 4.1.「仮定条件/使い分け④/~の + なら・だったら・でしたら・であれば」を参照 しかし「~と」に「~の」が挿入された「~のだと」は、やや方言的な響きがあり、推定や推論を表す仮定条件「~(のだ)とすると」を短くしたものと考えられる。 ▶本章 4.1.「仮定条件/使い分け②/~と+するなら・したら・すれば・すると」を参照 4つの主な使い方を表にすると、次のようになるが、使うことができれば「〇」で表しているので、互換性があるのは「〇」の重なるところである。なお「△」は、限られた場合にだけ使われることを示している。 〈A + (の) なら/たら/ば/と + B〉 ~(の)なら 時間の継起 ~たら AのまえにB ~ば × Aと同時にB AのあとにB A=未実現の仮定条件既実現の仮定条件 × A= 反定条件 B= 反事実 (注)△「~と」は、本章4.2.「反実仮想/使い分け⑧⑨」を参照。 A=未実現の確定条件 既実現の確定条件 (注)△「~ば」の未実現の確定条件は、本章 4.4.「確定条件/使い分け①」を参照。 既実現の確定条件は、本章 4.4.「確定条件/使い分け⑤」を参照。 B = 働きかけ 問いかけ 述べ立て 情意表出 (注)△「~ば」は、本章4.1.「仮定条件/使い分け⑥」を参照。 △「~と」は、本章4.1.「仮定条件/使い分け⑨」を参照。 一般条件 X 習慣/反復 並列条件 × △ X X (注)△「~たら」は、本章4.3.「一般条件/使い分け②③」を参照。 ▶巻末「文/文の種類」「文接続」を参照 なお、以下の[例]は、次のような区別がなされている。 仮定条件 [仮-例1]~[仮-例4] 反実仮想 [反-例1]~[反-例3] 一般条件 [般 - 例 1]~[般 - 例 2] 確定条件 [確 - 例 1]~[確 - 例 3] <427> 4.1.顺接仮定条件/仮定条件 置換 [仮-例1] 大阪駅に行くのなら、JR か地下鉄谷町線に乗ってください。 状況は違ってしまうが、次のように、置き換え可能。 →大阪駅に + 行ったら/△行けば/×行くと、JR か地下鉄谷町線に乗ってください。 次の例は、置き換わらない。 料理なさるのでしたら、野菜を洗って、切っておきましょうか。 ×料理 + なさったら/なされば/なさると、野菜を洗って、切っておきましょうか。 日本語教育を専攻するなら、韓国へ留学するのがいいようです。 ×日本語教育を専攻 + したら/すれば/すると、韓国へ留学するのがいいようです。 お友だちが来るんなら、ケーキでも買っておきましょうね。 ×お友だちが + 来たら/来れば/来ると、ケーキでも買っておきましょうね。 用例 次の用例も、すべて置き換わらない。 留学 + するなら/×したら/×すれば/×すると、在留資格証明のうち、留学ビザの申請が必要です。 どうせ旅行するなら、海外じゃなくて、北海道か沖縄がいいな。どこへ行くの。友だちと外で遊ぶんなら、車に気をつけるのよ。デジタルカメラを買うなら、もちろんあの駅前の店ですよ。 使い分け 「A + (の) なら + B」は、話し手が「聞き手の発言/周囲の状況や事態」から得た情報Aに基づいて、Bで、自分自身の「判断/主張/意志/希望」を述べたり、聞き手に働きかけたり、問いかけたりする場合に用いられる。 「Aーる + (の) なら + B」の場合、AからBが生みだされる過程を述べると、次のようになる はじめ、話し手は、これまで知らなかったAという「基準時現在以前+未知情報/未知状況」を、聞き手から聞いたり、自分の目で見たりする。 例えばAは、聞き手が「大阪駅に行く」と言ったところか、料理をしようとしているのに話し手が気づいた場面である。 そこでまず話し手は、このA「未知情報/新発見」を「~の」で受け、自分の過去の経験や知識、つまり「メモリバンク」に照合して、Aと同じものが既存のファイルにあるかどうか探しながら、頭のなかで「確認/比較/分析/整理」する。 そしてAが、もともと「メモリバンク」に存在していたことを発見し、現在の状況「大阪駅に行くには、JR か地下鉄谷町線に乗らなければならない/この人が料理を始める <428> 4.1. 顺接仮定条件/仮定条件 となると、野菜を洗って切っておいてやらなければならない」を理解する。 次に、話し手は「メモリバンク」のデータと照合した「A + の」を、実際はそうではないが、あたかも「以前から知っている既成事実/既知情報」であるかのように扱い、これ「大阪駅に行く/料理をする + の」を「~なら」で受けて、B「JR か地下鉄谷町線に乗る/野菜を洗って切る」の「根拠/前提」とする。 こういったことが「A - る + (の) なら + B」を使った話し手の頭のなかで起こったと考えられる。 ▶卷末「文接続/前提条件」を参照 ただ、このAは、話し手が以前から知っている「現実に起こった事態/既成事実/既知情報」を示す「A+からには」の前提Aとは異なり、ただ「聞き手の発言/周囲の状況」に「メモリバンクのデータ/話し手の経験や知識」を加えただけの「想像/架空」の産物にすぎない。 つまり、Bの「根拠/前提」と呼ぶには、あまりにも「客観性/一般性」の乏しいものであり、その場の状況に左右された話し手の「考え/意見/主観/独断/想像」を示すもので、話し手の「仮想」を前提にした「仮定条件」であることを示している。 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞と基準時現在」を参照 ということは、AとBとのあいだに現実の時間は流れていないことになり、AとBの時間的な関係は「同時性」であり、たとえAとBとが「AのまえにB/Aと同時にB/AのあとにB」を表しているように見えても、話し手の「想像/空想/夢」のなかでの一瞬の出来事を表している。 これに対して「A + たら/ば/と + B」のAは、自分の頭で考えた「想像」でも、話し手が見たり聞いたりした「情報」でも、すでに存在している「事実」でもかまわないが、話し手が「Aという事態が実際に + 起こる/起こっている/起こった」ことをイメージしながら、そのあとに起こるBを思い描く場合に使われる。 つまり「AのあとにB(Aの基準時B以前既実現)」しか表さないので、先ほど「置換」や「用例」に示した「AのまえにB(Aの基準時B未実現)AとBとの同時性(Aの基準時B同時間帯)」を表す「A-る+(の)なら+B」の例とは互換性がない。 [仮-例1] は、聞き手から「大阪駅へ行きたいのですが、どうすればいいのでしょうか」と聞かれた話し手が、頭のなかに地図を広げながら「大阪駅へ行くということは、つまり」と「確認/理解」した上で、聞き手に「ああ、大阪駅に行くのなら、JR か地下鉄谷町線に乗ってください」と勧めている場面。大阪駅へ行く目的を実現するための手段を聞かれたわけであるから、次のように答えてもよい。 大阪駅へ行くには、JR か地下鉄谷町線に乗ってください。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに」を参照 これを「~たら/~ば」にかえると、大阪駅に着いてから、JR か地下鉄谷町線に乗ることを勧める文になる。 しかし、話し手の「意図/考え」も、何の「状況/対話背景/文脈」もなく、このまま「行けば」にかえただけでは、不自然というより違和感を覚えてしまう。 大阪駅に行けば、JRか地下鉄谷町線に+乗らなければいけません/乗ってください+よ。 <429> 大阪駅へ + 行けば/行ければ、JR か地下鉄谷町線に乗ってください。 ただ、仮に上のような「一般性/必然性」が話し手の気持ちに込められていたり、可能形「行ければ」の意味を「行けば」が背負って、Aの実現確率が50%という状況になっていたりすれば、使うことはできる。 ▶本節「使い分け⑤⑥/仮定条件『~たら/~ば』の違い/仮定条件『~ば』と非敬体」を参照 ▶本章 4.3.「一般条件/使い分け①/一般条件」を参照 原則として「~と」は、〈働きかけ文〉と〈情意表出文〉には使うことができない。 ▶「文」については、巻末「文/文の種類」を参照 使い分けワンポイント ① 同時性を表す仮定条件「-る/−い+(の)なら」 大阪に行くのなら、JR か地下鉄に乗ってください。(A のまえに B / A ← B) 大阪に行くのなら、デパートで買い物するつもりです。(A のあとに B / A → B) 歯が痛いのなら、すぐ病院へ行ったほうがいいですよ。(A と同時に B / A = B) 上のような「A - る/ - い + (の) なら + B」は、もし「根拠/前提」となるAが、話し手の「仮想」でなければ、AとBの時間的な関係は、文のあとに( )で示したようになるが、話し手が言おうとしているのは、次のような内容である。 大阪に行くのなら、JR か地下鉄に乗ってください。でも、行かないのなら、もちろん乗る必要はありませんよ。 天阪に行くのなら、デパートで買い物するつもりですが、行かないのなら、買い物できませんよ。それでよろしいのですね。 本当に痛いかどうかは知りませんが、もし本当に歯が痛いのなら、すぐ病院へ行ったほうがいいですよ。痛くないのなら、行かなくてもいいのですけど。 ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件」の次を参照「~かぎり(は)・~さえすれば/『~かぎり(は)』と既実現/『~かぎり(は)』と未実現」 いわば、仮定条件Aが「交換条件」になって「表裏一体」の事態を示している。 つまり「A-る/ーい+(の)なら+B」を使って「表/肯定」を表した話し手は、同時に「裏/否定」のことも表しているので、たとえAが時間の継起性を示す動詞の場合であっても、否定を示す「裏」のほうは「状態」になるので、上のあげた例は、AとBの「同時性」を表していることになる。 したがって「A-る/ーい + (の)なら + B」を使った話し手は、Bの実現する確率を、およそ50%と見なしていることになる。 使い分けワンポイント ②「~(の)なら/~たら/~ば/~と」と基準時との関係「A + (の)なら + B」には、[仮 - 例 1] (p.427) から [仮 - 例 3] (p.435) で述べる「A - る/ - い + (の) なら + B」の場合と、そのあと [仮 - 例 4] (p.439) で述べる「A た + (の) なら + B」の場合とがあり、前者のAが「A = B」〈基準時B同時間帯〉の〈順接仮定条件〉、後者のAが「A → B」〈基準時B以前既実現〉の〈順接仮定条件〉になる。 Aを基準時にすると、前者のBは、同じ〈基準時A同時間帯〉であるが、後者のBは〈基準時A未実現〉になるが、いずれもAを仮想的な「根拠/前提」としている。 <430> ▶「順接条件/仮定条件/確定条件/前提条件」などは、巻末「文接続」を参照 ▶「基準時」については、巻末「動詞と時の表現」を参照 ▶本文2.1.「時の表現/基準時未実現/~まえに」を参照 ▶本文2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~たあと」を参照 これを図示すると、次のようになる。 〈大阪に行くのなら、地下鉄に乗る/デパートで買い物する〉 〈歯が痛いのなら、すぐ病院へ行く〉 基準時A:大阪に行かない/歯が痛くない 基準時同時間帯B:地下鉄に乗らない/デパートで買い物しない/病院へ行かない 〈大阪に + 行ったのなら/行ったら/行けば/行くと、地下鉄に乗る/買い物する〉 〈歯が + 痛かったのなら/痛かったら/痛ければ/痛いと、すぐ病院へ行く〉 基準時A:大阪に行った/歯が痛かった 基準時未実現B:地下鉄に乗る/デパートで買い物する/すぐ病院へ行く 「A + たら/ば/と + B」は、AとBの時間的な関係では「Aた + (の)なら + B」と同じになる。 使い分けワンポイント ③「~のなら」と「~なら」 「A - る/ - い + のなら/なら」は、〈ウチ〉か〈ソト〉で使われるが、個別性があるかないかで使い分けられている。 ▶〈ウチ〉や〈ソト〉〈ヨソ〉については、巻末「人間関係」を参照 例えば「用例」(p.427) の「留学する (の) なら、留学ビザの申請が必要だ」の場合、留学を決心している個人には「~のなら」が使われ、不特定多数に向って話す留学説明会などでは「~なら」が使われる傾向がある。 「どうせ旅行する (の) なら、北海道か沖縄がいい」は、ただの空想なら「~の」は省略されるが、この夏休みの計画といった場合は、省略できない。 「友だちと外で遊ぶ(ん)なら、車に気をつけるのよ」は、外へ飛び出そうとする子どもには省略できない。省略できるのは、今「子どもが外で遊んでいる」ときか、外で遊んでいるのを見たが、そのときは黙っていた子どもが帰ってきたときである。 個別の「とき/場所/人/もの」ではなく、一般性のある「いつでも/どこでも/誰でも/何でも」といった場合は「〜の」が省略されるので、広告文に近い「デジタルカメラを買うなら駅前の店/中国語を習うならあの学校」に「〜の」を入れると、これから「デジタルカメラを買おう/中国語を習おう」と思っている人に話していることになる。特に「〜するなら+お勧め文」は広告で多用される。 したがって、個人に向けられた「寝るんなら、歯を磨きなさい/歩くんなら、こう男らしく/本当に返せるのなら、貸してやってもいい/迎えにきてくれるんなら、駅から電話する」は、もし「~の」を省略すると、一般的な状況を言っていることになるので、聞き手が「寝る/返す/迎えに行く」とも何とも言っていない状況での話か、聞き手に <431> お説教をしているように響いてしまう。 使い分けワンポイント ④~の+なら・だったら・でしたら・であれば カニを食べるなら、日本海。 カニを食べるんなら、それはもう日本海が一番です。 カニを食べるんだったら、それはもう日本海が一番だ。 カニを食べるのでしたら、それはもう日本海が一番です。 カニを食べるのであれば、それはもう日本海が一番だろう。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶「文体」については、巻末「文体/文体の使い分け」「人間関係」を参照 (注)「△」は、まれではあるが、使われる場合がある。 「~の+なら/だったら/でしたら/であれば」の使い分けは、上のように、個別性と文体が関係している。 ただ「(状態)名詞な+の」の場合、多く「~なの」が省略されて「(状態)名詞+なら/だったら/でしたら/であれば」になる。この「~なの」の省略は、次に詳しい。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/名詞+ではない(の)か」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/名詞+ではない」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/名詞+なのだろう(か)」を参照 直捜 [仮-例2] あのスーパーへ行くんなら、ついでに巻き寿司を買うくこい。 次のように、置き換え可能。 →あのスーパーへ + 行ったら/×行けば/行ければ、ついでに巻き寿司を買ってこい。 →もしあのスーパーへ行くことがあれば、ついでに巻き寿司を買ってきてください。 次の場合も、〈非敬体〉の「~ば」は不自然になるが、〈敬体〉なら、置き換わる。 ラジオで天気予報を聞くんだったら、あとで教えてくれないかな。 →ラジオで天気予報を + 聞いたら/×聞けば、あとで教えてくれないかな。 →ラジオで天気予報をお聞きに + なれば/なれば、あとで教えていただけますか。 今日おばさんの家に寄るんなら、浅漬けの漬物、もらってきて。 →今日おばさんの家に + 寄ったら/×寄れば/寄れれば、浅漬けの漬物、もらってきて。 →今日おばさんの家に + 寄ることがあれば/寄れれば、浅漬けの漬物、もらってきてください。 (式場の外にいる子どもに) 式場に入るのだったら、騒がないのよ。 →式場に入ったら/×式場に入れば、騒がないのよ。 <432> 4.1. 顺接仮定条件/仮定条件 →式場にお入りになれば、お静かに願います。 用例 次の用例は、〈非敬体〉の「~ば」にも置き換わる。 そんなに歯が + 痛いんなら/痛かったら/痛ければ、医者に見せたほうがいいよ。明日、駅から電話を + くれるんなら/くれたら/くれれば、迎えに行こう。もう食べ + ないのなら/なかったら/なければ、片付けてしまいますよ。本当のことを知って + いるのなら/いたら/いれば、聞かせてくれないか。泣き + たいのなら/たかったら/たければ、泣きたいだけ泣くことだ。謝るのなら/謝ったら/謝れば、許してやってもいいが、謝る気はないんだろう?血圧が高いなら、階段を後ろ向きに上がるようにするといいんだって。あの学生、レポートを出すのなら、欠点はつけないことにしようか。もし旅行 + できるなら/できたら/できれば、同じホテルで、数日のんびりしたい 使い分け 上のようなBが〈基準時A未実現〉を表す「A + たら + B」は、具体的で個別性のある状況に使われるので、Aの条件でBの起こりうる確率は、50%以上100%未満になり、仮定条件と確定条件のあいだで揺れる。 これに対して、同じBが〈基準時A未実現〉を表す「A + ば + B」は、抽象的で一般性のある状況に使われるので、Aの条件でBの起こりうる確率は、常に50%になり、どんな場合でも、仮定条件である。 「仮-例2」は、聞き手が、具体的で個別性のある「あのスーパーへ行く」と言ったのを受けて、話し手が、具体的で個別性のある「あの巻き寿司を買ってこい」という命令をしている場面である。 これを実現確率 50%の「~ば」に置き換えると、聞き手が「あのスーパーへ行く」のかどうか、話し手にはわからないような響きになって、100%の実現を信じて疑わない〈非敬体〉の命令には、不自然になる。 しかし「行けば」に可能形を使って「行ければ」にすると、実現確率が50%になって、使うことができるようになる。 また〈敬体/超敬体〉にかえれば文体が作用して「あいまい/優柔不断/婉曲的」な表現になり、実現確率 100%の命令が、実現確率 50%の依頼にかわって、可能形同様の働きをする。というより、もともと可能形は依頼や許可請求のバリエーションに使われる こうした〈敬体/超敬体〉は、聞き手に対する「丁寧さ/鄭重さ」が加わって、〈ソト〉〈ヨソ〉での会話で使われることが多い。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/命令と依頼の違い」を参照 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/依頼と許可請求」を参照 あのスーパーへ行ったら、あの巻き寿司を買ってきてください。 ラジオで天気予報をお聞きになったら、あとで教えていただけますか。 今日おばさんの家に寄ったら、浅漬けの漬物、もらってきてください。 式場にお入りになったら、お静かに願います。 上のように「~たら」を〈敬体/超敬体〉で使うと、聞き手への「」寧さ/鄭重さ」に「親しみ/近しさ」が加わるので、〈ウチ〉や〈ソト〉なら問題はないが、〈ヨソ〉に対して使うと不自然になる。 <433> Bが〈基準時A未実現〉を表し、すべての文に使える「A + たら + B」と「A + ば + B」は、Aが「具体的で個別性のある条件」の場合、次のような違いがある。 AたらB:話し手は、Bの実現確率を50%以上100%未満と確信。 〈非敬体〉の命令で、Bの実現確率は100%になる。 聞き手へに対する「親しみ/なれなれしさ」を表す。 〈非敬体〉の〈ウチ〉、〈敬体/超敬体〉の〈ソト〉で使われる。 〈超敬体〉の〈ヨソ〉には使うことができない。 AばB:話し手は、Bの実現確率を50%と想定している。聞き手に対する「鄭重さ/気づかい」を表す。〈敬体/超敬体〉の〈ソト〉〈ヨソ〉で使われる。 Aが「抽象的で一般性のある条件」の場合は、次のようになる。 A たら B:話し手は、B の実現確率を 50% 以上と想定している。 A ば B:話し手は、B の実現確率を 50% と想定している。 Bの実現確率以外は、Aが「具体的で個別性のある条件」の場合と同じである。 使い分けワンポイント ⑥ 仮定条件「~ば」と非敬体 「用例」(p.432) のように「A + ば + B」が〈非敬体〉で使えるのは、次の2つの場合である。 1. 具体的で個別性のある場合:「医者」~「学生」 とっても痛い→医者へ行け/あまり痛くない→行く必要はない 電話をくれる→迎えに行く/電話をくれない→迎えに行かない 食べない→片付ける/食べる→片付けない 上のように「AであればB、AでなければBでない」という二者択一になり、実際の実現確率が50%になるので、非敬体でも「~ば」が使えるようになる。そんなに歯が痛ければ、医者に見せたほうがいいのではありませんか。明日、駅からお電話をくだされば、お迎えにまいりましょう。 〈敬体/超敬体〉の場合は、問題なく「~ば」を使うことができる。 2. 抽象的で一般性のある場合:「スーパー」と「旅行」 どこかのスーパーへ行く→巻き寿司を買う/行かない→買わなくていい いつか旅行する→のんびりする/旅行しない→のんびりできない 同じように、実際の実現確率が50%になり、〈非敬体〉で「~ば」が使える。つまり、仮定条件「A + ば」が〈非敬体〉で使えるのは、すでに「使い分け①」で <434> 4.1. 顺接仮定条件/仮定条件 述べた「同時性」を表す仮定条件「A-る/-い+(の)なら」と同じように、仮定条件Aが「交換条件」になって「表裏一体」の事態を示す場合である。 使い分けワンポイント ⑦ 仮定条件「~たら/~ば」と敬体の働きかけ文 会社からのお帰りに、もし、お時間が+あれば/×あったら/ございましたら/×ございますれば、スーパーへ寄ってきていただけますか。 社長にお会いに+なれば/×なったら/なりましたら/×なりますれば、よろしくおっしゃってください。 「依頼/勧誘/申し出/許可」などを表す〈働きかけ文〉の場合、それらの事態が実現するかどうかは、全面的に聞き手に依存しているので、実現確率は50%であり、〈敬体〉では、基本的に婉曲表現となる「~ば」が使われる。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/命令と依頼の違い」を参照 〈超敬体〉の場合は「~たら」を使って「~(なの)でしたら/~(なの)でございましたら/~ましたら/~がございましたら」が使われる。これは「~ば」に接続する形態「×(ござい/いたし)+ますれば」などが、あまりにも鄭重な響きが、古めかしくなってしまい、現在は使われないからである。 ▶本文9.「接受動詞と敬語/『聞き手尊敬不規則動詞』一覧」を参照 ▶巻末「敬体/超敬体」を参照 使い分けワンポイント ⑧ 仮定条件「~たら/~ば/~(の)なら」と非敬体命令 あのスーパーへ + 行って/行ったら、あの巻き寿司を買って + こい/きてくれ。→もし、あのスーパーへ行けば、あの巻き寿司を買って + きてくれ/×こい。→あのスーパーへ行くんなら、あの巻き寿司を買って + こい/きてくれ。 内容に個別性のある〈非敬体〉の「命令/依頼」の場合、話し手と聞き手は同じ〈ウチ〉に属すが、話し手が目上で、聞き手が目下の場合に限られる。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/命令と依頼の違い」を参照 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/依頼『くれ』系バリエーション」を参照 「命令」の場合に「~ば」を使うと不自然になるのは、例えば命令する内容が「あのスーパーへ行く/あの巻き寿司を買う」と決まっていれば、遠慮せず目下の聞き手に向かって「あのスーパーへ行って、あの巻き寿司を買ってこい」と言えばすむからである。 もし「~ば」を使って、あいまいに「行くかどうかは知らないけれども、もし行く場合は」といったことを表していたのでは、〈非敬体〉の「直接的な命令」ではなくなってしまう。つまり〈非敬体〉の「直接的な命令」というのは、聞き手に「行くか行かないか」という選択の余地を与えるものではないので、実現確率 50%を表す「~ば」は使えないことになる。 しかし「〜ば」が〈非敬体〉の「間接的な依頼/買ってきてくれ」と呼応した場合、聞き手に「行くか行かないか」の選択を許すことになるので、実現確率 50%の「〜ば」が使えるようになる。ただ、この場合の聞き手は〈ウチ〉関係の目下ではあっても、遠慮を示す必要のある成人した大人である。この場合の「〜ば」は、実現確率 50%を補強する「もし」と一緒に使われることが多い。 <435> これがもし「~(の)なら」であれば、聞き手が「あのスーパーへ行く」と言った場合になるので、直接命令の「あのスーパーへ行って + 買ってこい」を「あのスーパーへ行くのなら + 買ってこい」にかえることができる。ただ、もし目下の聞き手が「あのスーパーへ行く」と言ったのであれば、わざわざ「あのスーパーへ行くのなら」と言わずに、直接「じゃ、あの巻き寿司を買ってこい」と言えば十分である。 それを実現確率 50%の仮定条件「~(の)なら」にするのは、聞き手に対して遠慮のいらない〈非敬体〉の「直接的な命令」を、遠慮を示す必要のある「間接的な + 命令/依頼」へとシフトさせるためであろう。 つまり「~ば」の「非敬体/間接的な依頼」の場合と同様、聞き手は〈非敬体〉は使ってもよいが、多少は遠慮の要る成人した大人ということになる。もちろん「~(の)なら」の場合は「非敬体/間接的な依頼/買ってきてくれ」を使うことができ、聞き手は話し手とほとんど同年代の成人になる。 ということは、出かけようとする〈ウチ〉関係の成人になら、どこへ行くのかわからないので、確率 50%の「もし」に続けて「あのスーパーに行けば + 買ってきてくれ」や、聞き手の言葉を受けて「あのスーパーへ行くんなら + 買って + こい/きてくれ」という「間接的な + 命令/依頼」を使っても、不自然にはならない。 これに対して「あのスーパーへ行ったら」は、話し手が、聞き手の発言を受けても受けなくても「聞き手は必ず行く」と確信している場合に使われる。 したがって、くだけた会話あれば、〈ウチ〉でも〈ソト〉でも「~たら」を使い、逆に丁寧さが要求される場では、たとえ〈ウチ〉でも〈ソト/ヨソ〉でも「~ば」を使うのが最も無難ということになる。もし聞き手の話を繰り返すだけなら「~ (の) なら/のでしたら」である。 置換 [仮-例3] もしその男にアリバイがあるなら、犯人はいないことになる。 次のような置き換えなら可能。 →もしその男にアリバイが + あったら/あれば、犯人はいないことになる。 →もしその男にアリバイがある + とすれば/※と、犯人はいないことになる。 〈述べ立て文〉であるが、次の場合も「~と」に置き換えると不自然にな 万一、この宝くじが当たって + いるなら/いたら/いれば、家くらい、買えるよ。→万一、この宝くじが当たっている + としたら/×と、家くらい、買えるよ。 もしも + 安いのでしたら/安かったら、買いますけど、安くなさそうですね。→もしも + 安ければ/×安いと、買いますけど、安くなさそうですね。 料理さえ + おいしいのなら/おいしかったら、多少、場所が悪くても客は来るよ。→料理さえ + おいしければ/×おいしいと、多少、場所が悪くても客は来るよね。 用例 次の用例は「~たら/~ば/~と」に置き換えることができる。 ジャズが聞きたい?神戸まで+行くのなら/行ったら、知ってる店があるよ。→ジャズが聞きたい?神戸まで+行けば/行くと、知ってる店があるよ。 5時に新宿?ここを4時前に+出られるのなら/出られたら、間に合うかも。→5時に新宿?ここを4時前に+出られれば/出られると、間に合うかも。 国際会議場?5番バスにお乗りに+なるのでしたら/なったら、行けますけど。 <436> 4.1. 顺接仮定条件/仮定条件 →国際会議場? 5番バスにお乗りに + なれば/なると、行けますけど。 今度のパーティー、あなたが + 行くのなら/行ったら、彼女も行くのかしら。 →今度のパーティー、あなたが + 行けば/行くと、彼女も行くのかしら。 彼が出演 + するのなら/したら、本当に視聴率は下がってしまうのでしょうか。 →彼が出演 + すれば/すると、本当に視聴率は下がってしまうのでしょうか。 弟に少し小遣いを + あげるんなら/あげたら、お使いに行ってくれそうですよ。 →弟に少し小遣いを + あげれば/あげると、お使いに行ってくれそうですよ。 旅行 + するのなら/したら、同じホテルに1週間ほどいて、のんびりします。 →旅行 + すれば/すると、同じホテルに1週間ほどいて、のんびりします。 この雨が、あと二日も降り + 続くのなら/続いたら、洪水になる恐れが出てくる。 →この雨が、あと二日も降り + 続けば/続くと、洪水になる恐れが出てくる。 安いのでしたら/安かったら、買いますけど、あまり安くはなさそうですね。 →安ければ/安いと、買いますけど、あまり安くはなさそうですね。 料理が + おいしいのなら/おいしかったら、多少、場所が悪くても客は来るよね。 →料理が + おいしければ/おいしいと、多少、場所が悪くても客は来るよね。 使い分け「A + と + B」は、場面Aから場面Bへと変化していくかのように、目の前で起こっている出来事を、そのまま受け入れて描き出したり、観察したままを記録したりする場合に使われるので、〈述べ立て文〉にしか使うことができない。 「~と」の使われる〈問いかけ文〉は、〈述べ立て文〉を問いかけにしたもので、観察者の役割をおしつけた聞き手から、観察者としての考えや意見、判断や事実確認などを引きだす場合に使われる。 Bが〈基準時A未実現〉になる「A+と+B」の場合、AとBが表す出来事は、もちろん目の前にあるはずはないが、目の前に思い浮かべた過去の経験や知識を、そのまま未来に投影して「A+と+B」という判断をしているので、過去から未来への観察者である話し手は、Aが起こった場合、100%の確率でBが実現すると確信している。つまり「A+と+B」は、Aが〈仮定条件〉ではなく、過去に起こったことは、必ず未来にも起こるはずだという話し手の確信に基づいた〈確定条件〉なので、Aに仮定条件を示す「もし/万一/もしも」のある例には、使うことができない。 国際会議場?5番バスにお乗りになると、行けると思いますけど 安いと、買うかもしれませんけど、あまり安くはなさそうですね。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~かもしれない」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~と思う』と状況判断」を参照 ただ、上のように、実現確率の低い「~と思う/かもしれない」が文末にくる場合でも「A + と + B」は使えるが、この場合、話し手の確信が揺らいだのではなく、聞き手への配慮から、断言を和らげているだけである。 [仮-例3] にあげた「料理」の例には、仮定条件を示す「もし」がないのに使えないのは、類推の「さえ」が、特に「料理の味」を際立たせ、味以外の条件は必要ないといった表現なので、話し手の確信が揺らぎ、A「×料理さえおいしいと」が、Bを100%実現可能にする確定条件にならないからであろう。 ▶本文 8.3.「極限/類推/類推とは?/~さえ」を参照 しかし「もし/万一/もしも」や「ぎえ」のある例にも、もしかすると「~と」を使 <437> う日本語母語話者はいるかもしれないが、おそらく「~と + したら/すれば/すると」を簡略して使っていると考えられる。 ▶本節「使い分け②/~と+するなら・したら・すれば・すると」を参照 もしその男にアリバイがあると、犯人はいないんだよ。ありえないね。 もしこの宝くじが当たっていると、家くらい、買えるのにね。 もしも安いと、必ず買いますけど、安くはならないのでしょう? 料理さえおいしいと、少しくらい場所が悪くても客は来るものだよ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~(という)ものだ」を参照 ただ、上のように「当然性/必然性」を加えて書き換えると、話し手が「Aが起こった場合、100%の確率でBが起こる」と考えていることになるので、Aに「~と」を使うことができるようになる。 使い分けワンポイント ⑨ 確信の「~と」 「A + と + B」は、たとえAもBも未実現のことであっても、過去の経験や知識からすれば、Aが起こる場合のBの実現確率は100%であるという話し手の確信に基づいて使われるので、未実現と既実現にかかわらず、Aは確定条件である。 ▶卷末「文接続/条件接続/確定条件」を参照 ただ「A + と + B」が一般性のある事態や状況、習慣や反復動作を表す場合、Aは、あとで述べる〈一般条件〉になる。 また「A + と + B」は、話し手が観察者の立場から「過去/現在/未来」のことを描きだすことしかできないので、基本的には〈述べ立て文〉と、その〈問いかけ文〉にしか使えないという制限がある。 あなたが行ってくれると、ぼくも行くことにしよう。 このぶんだと明日は晴れそうだ。朝、お天気がいいと、海まで走ろう。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/話し手の意志と第三者の意志」を参照 ただ、上のような〈情意表出文〉の場合、100%実現可能な話し手の意志を表す場合は、使うことができる。 話し手は、観察者の立場から描き出すので、たとえ話し手が「~と」を使って自分自身のことを述べる場合でも、あたかも私小説家であるかのように、自分自身を描写の対象とする。 小説家が描く聞き手に伝えたいものは、いわば描くに値するものであり、未実現のことでも既実現のことでも、たとえ一般的なものであっても、聞き手にとっては「新しい情報/意外な事実」であるが、聞き手や読者にとって「新鮮な驚き/新しい発見」になるよう描写では、よくこの「~と」が使われる。 使い分けワンポイント ⑩ 述べ立て文と「~(の)なら/~たら/~ば/~と」 ジャズが聞きたい? 神戸まで+行ったら/行けば/行くと、知ってる店がある。 上の例は、聞き手から「ジャズが聞きたい」と言われたときの返答であるが、それぞれをパラフレーズすると、次のようになる。 <438> 4.1. 顺接仮定条件/仮定条件 行ったら:神戸まで行こうか。知っている店があるから、案内するよ。 行けば:神戸まで行く? 知っている店があるから、案内するけど。 行くと:行こう。意外に思うだろうけど、神戸に知っている店があるよ。 上のような違いはあっても、いずれも「神戸に行ってから、知っている店でジャズを聞く」ことを表しているだけで、もし聞き手が「行かない」といっても、話し手は「がっかり」するかもしれないが、聞き手に「行け」とまでは言っていない。 行くのなら:神戸まで行く場合は、知っている店でジャズが聞ける。 神戸まで行かない場合は、知っている店がないのでジャズは聞けない。 しかし「神戸まで行くのなら」にすると、上のように「神戸まで行く」と「ジャズを聞く」が「交換条件」になり、まるで「神戸でだけジャズが聞ける/ジャズを聞くには神戸へ行かなければいけない/ジャズが聞きたければ神戸へ行け」と言っているかのようになり、聞き手に対する「勧め/義務/命令」の響きを漂わせて、〈述べ立て文〉であるにもかかわらず、〈働きかけ文〉のような機能を果たしている。 ジャズが聞きたい? 神戸まで行くのなら、知ってる店がある。 ジャズが聞きたいのなら、神戸まで行くといい。知ってる店がある。 トのほうは、日常会話でよく使われる「大阪に行くのなら、地下鉄に乗ってください」と同じ答え方にしたものであるが、これも「勧め/義務/命令」の響きを漂わせている。両者の違いは、話し手の考えている「聞き手が神戸へ行く」確率である。前者「神戸まで行くのなら」は、確率 50%であるが、後者「神戸まで行くと」なら100%になり、前者が使われるのは、話し手が「聞き手が神戸へ行く」のを疑っている場合が多い。 後者なら「聞き手がジャズを聞きたい」というのを疑っていることになる。 ×ジャズが聞きたいのなら、神戸まで+行ったら/行けば、知っている店がある。→ジャズが聞きた+かったら/ければ、神戸まで行くといい。知ってる店がある。 「行ったら/行けば」が使えないのは、聞き手が「ジャズを聞く」のも「神戸に行く」のも、仮定条件になって、聞き手に何を勧めたいのかわからなくなるからである。 なお「神戸まで行く/ジャズが聞きたい+のなら」と同じ50%の実現確率を表す「神戸まで行け/ジャズが聞きたけれ+ば」も、やはり「交換条件」を示すが、前者のような「勧め/義務/命令」の響きはなく、ただ「二者択一」を示して「神戸まで行くか行かないか/ジャズを聞くか聞かないか」は、聞き手の選択に任されている。 ~(の)なら:50% ~たら:80% ~ぼ:50% ~と:100% したがって、置き換えが可能になる場合の「-る/−い+(の)なら」と「~たら/~ば/~と」の実現確率は、およそ上のようになる。 <439> 使い分けワンポイント ① 「~(の)なら/~たら/~ば/~と」のまとめ 「仮-例4」で述べる「Aた+(の)なら」も含めて、4つをまとめてみると、およそ次のようになり、互いに重なり合いながら、連続していることがわかる。 る/い/~た+(の)なら 具体的/個別的 ~たら/非敬体+ば/~と 一般的/反复的 現実的/直接的 飲酒運転防止のキャッチフレーズは「飲むなら乗るな、乗るなら飲むな」になっているが、むしろ「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」のほうが適切かと思う。というのは「飲むなら」とすると「飲む予定がある場合は車を運転して出かけるな」という予防策を表しているにすぎなくなるからである。 これを「飲んだら」にすると、ドライバーに向かって「車を運転して来て、酒を飲んだいこううんてん でしまった場合は、代行運転をしてもらうか、電車加タクシーで帰れ」と訴えることができ、かなり迫力のある表現にすることができる。ほかのものへの置き換えは、もちろん命令文に「~と」は使えないし、また後半の「乗るまえに飲むな」は「-る+(の)なら」でしか表せないが、前半の「飲むなら/飲んだら」は「飲めば」でも意味は通じる。 ただ「飲めば」は、酒を飲んだ一般的な場合か、丁寧な婉曲表現なので、即効的な命令にはならないし、強い命令の「乗るな」にふさわしくない。 置換 [仮-例4] 新幹線で行ったのなら、夕方5時には着くでしょうね。 次のように、置き換え可能。 →新幹線で + 行ったら/行けば/行くと/行くのなら、夕方5時には着くでしょう。 次の例も、意味にずれは生じるが、置き換え可能。 お兄ちゃんが買って + もらったのなら/もらったら/もらえば/もらうと/もらうのなら、あたしにもきっと買ってくれるわ。 次の例は、意味のずれもなく、置き換え可能。 大丈夫ですよ。ご心配なさらなくても。おなかが+すいたのなら/すいたら/すけば/すくと/すくのなら、何か買って食べるでしょうから。 <440> 4.1. 顺接仮定条件/仮定条件 今度のパーティーで、彼女が司会 + したのなら/したら/すれば/すると/するのなら、なかなか面白いものになるはずですね。 今このチャンスを + 逃したのなら/逃したら/逃せば/逃すと/逃すのなら、もう二度と社長の椅子は回ってこないが、それでもいいんだな? 明日、彼に会いに + 行かなかったのなら/行かなかったら/行かなければ/行かないと/行かないのなら、一生、後悔することになるよ。 あのDVD、もし + 買ったのなら/買ったら/△買えば/×買うと/買うのなら、今度、会ったときに、貸してください。 あの映画、みんなが見に + 行ったのなら/行ったら/行けば/×行くと/行くのなら、ぼくも見に行こう。 ボーナスが + 出たのなら/出たら/△出れば/×出ると/出るのなら、ずっと前に貸したお金、返してくれませんか。 今回の運動会、誰でも、出場して + 走ったのなら/走ったら/走れば/×走ると/走るのなら、賞品を出すことにしようか。 さっきの仕事が + 終わったのなら/終わったら/△終われば/×終わると/終わるのなら、久しぶりにちょっと飲みにいこうか。 起きたのなら/起きたら/△起きれば/×起きると/×起きるのなら、ぼーっとしてないで、さっさと出かけてほしいんだけど。 洗濯 + したのなら/したら/△すれば/×すると/×するのなら、屋上にもっていって、風で飛ばないように干してね。 私が + 死んだのなら/死んだら/△死ねば/×死ぬと/×死ぬのなら、すぐに遺体を燃やして、灰を川に流してください。 例 火の用例は、とれにも直き換えることができない。 新幹線で + 行ったのでしたら/×行きましたら/×行けば/×行きますれば/×行きますと/×行きますのなら、もうとっくに着いてますね。 あいつが合格 + したのなら/×したら/×すれば/×すると/×するのなら、友達も合格したにちがいない。 赤ちゃんが + 寝たのなら/×寝たら/×寝れば/×寝ると/×寝るのなら、お布団をかけて、電気、消してくれたのね? デパートへ + 行ったのなら/×行ったら/×行けば/×行くと/×行くのなら、あのブルーチーズ、買って帰ってきた? その本、読んだのなら/×読んだら/×読めば/×読むと/×読むのなら、ちょっと話してみて。どんな内容だったの。 パソコン、故障 + したのでしたら/×しましたら/×すれば/×しますれば/×すると/×するのなら、今すぐ、お伺いいたしましょうか。 使い分け 「Aた + (の) ならB」も「A - る + (の) ならB」と同様、話し手は「聞き手の発言/周囲の状況や事態」から得た情報Aを「根拠/前提」にして、Bで「自分自身の判断/主張/意志/希望」を述べたり、聞き手に働きかけたり、問いかけたりする場合に用いられる。つまり、Aを仮定条件として、すべての文に使うことができる。「A + たら/ば/と + B」の場合も含めた違いは次頁の通りである。 ▶本節「使い分け①/同時性を表す仮定条件」を参照 <441> 〈Bが基準時現在未実現〉 Aた + (の) なら + B A - る + (の) なら + B A + たら / ば / と + B 基準時現在のA 既実現/未実現 未実現/同時間帯 未実現 時間的関係 交換条件/同時性 A→B A←B∕A→B A→B (注) A→B 「AのあとにB」は〈Bが基準時A未実現〉を表している。 A←B 「AのまえにB」は〈Bが基準時A以前既実現〉を表している。 すべてに「表裏一体」を示す「A=B(同時性)」の場合がある。 「A - る + (の) なら + B」の「A ← B / A → B」は、A が「交換条件」を表しているという意味では常に「A = B(同時性)」である。 ▶本節「使い分け②/『~(の) なら/~たら/~ば/~と』と基準時との関係」を参照 なお [仮-例4] に示した「△」の「A + ば」は、話し手が「Aの実現確率は50%だ/Aには一般性や必然性がある」と判断している場合にしか使うことができない。前の[仮-例2]の「使い分け」(p.432)や「使い分け⑤~⑧」を参照のこと。 ▶ B が〈基準時現在以前既実現〉の場合は、本節「使い分け⑧」を参照 使い分けワンポイント 〈新幹線で行ったのなら、夕方5時には着くでしょう〉 〈おなかがすいたのなら、何か買って食べるでしょう〉 過去 → A:新幹線で行ったのなら〈基準時現在〉 B:夕方5時には着く 現在 → A:おなかがすいたのなら〈基準時未来〉 B:何か買って食べる 「Aた + (の) なら + B」は、Bが〈基準時現在未実現〉の場合、AとBは「A→B/AのあとにB」という時間の流れを示し、AとBの時間的な関係が「基準時B以前に、Aは既実現」であることを表している。 現在 → 新幹線で + 行ったら/行けば/行くと/行くのなら → 夕方5時には着く 現在 → おなかが + すいたら/すけば/すくと/すくのなら → 何か買って食べる しかし、基準時をBにした場合、上のように「A+たら/ば/と/ーる(の)なら+B」も、Aが〈基準時B以前既実現〉になって、違いがわからなくなってしまう。 そこで、基準時を現在におくと、はじめの「Aた+(の)なら+B」の例は、上のほうのAが〈基準時現在以前既実現〉を表し、下のほうのAが〈基準時現在未実現〉を表すので、下のほうが「A+たら/ば/と/ーる(の)なら」と同じになる。 ▶ 巻末「動詞と時の表現/動詞と基準時現在/動詞間の継起性と同時性」を参照 ▶ 本節「使い分け②/『~(の)なら/~たら/~ば/~と』と基準時との関係」を参照 ところが「Aた + (の) なら + B」は、わざわざ〈既実現〉と〈継起性〉を表す「~ <442> 4.1. 顺接仮定条件/仮定条件 た」を使って、Aが〈基準時以前既実現〉であることを示しているので、下のほうのAを〈基準時現在未実現〉と呼んで矛盾を引き起こすよりは、はじめの図に示した〈基準時〉を未来に設定して、〈基準時未来以前既実現〉とするほうがふさわしい。 これに対して「A + たら/ば/と/-る(の)なら + B」のほうは、わずかに「~たら」に基準時を未来にする資格が感じられるが、ほかは、ただAとBの時間の流れ「A→B/AのあとにB」を表しているにすぎないので、Aを〈基準時B以前既実現〉にするか、Bを〈基準時A未実現〉にするほうがわかりやすい。 ⑬ 仮定条件「~た + (の) なら」と実現確率 「Aた + (の) なら + B」のAは、〈基準時以前既実現〉を表していても、確定条件になれないが、これは「A - る + (の) なら + B」と同様に、Aが「聞き手の発言/周囲の状況や事態」といった「間接情報」のために、話し手は100%の確率でBが起こるという確信などもてないからである。 〈今度のパーティーで、彼女が司会 + したのなら/するのなら、面白いものになる〉 現在 → 司会したのなら〈基準時未来〉面白いものになる (裏)司会しなかったのなら〈基準時未来〉面白いものにならない 現在 → 司会するのなら → 面白いものになる (裏)司会しないのなら → 面白いものにならない 〈あの映画、みんなが見に+行ったのなら/行くのなら、ぼくも見に行こう〉 過去 → みんなが見に行ったのなら〈基準時現在〉ぼくも見に行こう (裏) みんなが見に行かなかったのなら〈基準時現在〉ぼくも見に行かない 見在 → みんなが見に行くのなら → ぼくも見に行こう (裏) みんなが見に行かないのなら → ぼくも見に行かない 〈洗濯 + したのなら/×するのなら、風で飛ばないように干してね〉 過去 → 洗濯したのなら〈基準時現在〉風で飛ばないように干してね (裏)×洗濯しなかったのなら〈基準時現在〉風で飛ばないように干さないでいい 現在 → *洗濯するのなら (裏) *洗濯しないのなら 風で飛ばないように干してね 風で飛ばないように干さないでいい (参考)洗濯するのなら、これも洗ってね 洗濯しないのなら、これは洗わなくていい 「Aた + (の) なら + B」のAも仮定条件ではあるが、上のように「交換条件/同時性」にならない場合があるので、〈基準時現在以前既実現〉のAは、たとえ間接情報を「根 <443> 拠/前提」にした仮定条件ではあっても、〈基準時現在未実現〉を示す「Aーる + (の)なら + B」のAよりも、確定条件に近いと考えられる。 ▶本節「使い分け①/同時性を表す仮定条件『-る/−い+(の)なら』を参照 したがって「Aた + (の) なら + B」を使う話し手は、Bの実現する確率を 50%以上と考えていることになる。 鳥のように羽が+あったのなら/あったら/あれば/△あると/ある(の)なら、あなたのところへ、すぐにでも飛んでいけるのに。(Bは基準時現在非実現) あのとき、もしも、あいつがひと言「うん」と言ってくれて+いたのなら/いたら/いれば/×いると/×いるのなら、誰もあんな苦労はしなかった。今さら何を言っているんだ。馬鹿らしくてお話にならない。(Bは基準時過去非実現) もう少し暖かく + なったなら/なったら/なれば/なると/なるなら、こんな風邪くらいは治ってしまうのに/遊園地でもどこへでも連れていってやれるんだが/桜も咲き始めるだろう。(Aは基準時未来以前既実現/Bは基準時現在未実現) ▶巻末「動詞と時の表現」や「文接続/確定条件」を参照 ただ「Aた + (の)なら + B」は、上のような反実仮想に使われると、本領を発揮する。これは、たとえどのような非現実的Aであっても、交換条件を示す「A-る + (の)なら + B」よりも、はるかに「本当にAが起こった」という仮説にたって、空想の羽を広げることができるからであるが、現代語では、短く簡潔な「~たら/~ば」のほうが好まれ、古語的な響きのする書き言葉以外では、ほとんど使われることがない。 反実仮想〈非実現〉の使い方の場合、このままでは実現確率は0%であるが、交換条件として「裏」から見れば、実現確率は100%になり、話し手は「Bは絶対に+起こらない/起こらなかった」と100%確信していることになるので、逆の視点からいえば、Aは確定条件として機能していることになる。 使い分けワンポイント ⑭ [A + た(の) なら/ - る(の) なら/ たら/ ば/ と] の互換性 〈このチャンスを + 逃したのなら/ 逃したら/ 逃せば/ 逃すと/ 逃すのなら、社長の椅子は回ってこない〉 現在 → A:逃したのなら〈基準時未来〉 B:回ってこない 逃したら/逃せば/逃すと/逃すのなら→回ってこない 「A + た (の) なら/ - る (の) なら/ たら/ ば/ と」に互換性があるのは、A が〈基準時未来既実現〉の場合である。先ほどの [仮-例4] (p.439) では「おなか/司会/チャンス/彼」が相当する。 「Aた (の) なら」の場合、上の「チャンス」を例にとると、話し手は、聞き手の話か状況を「根拠/前提」にして、現在「まだチャンスは逃していない」が、未来のある時点で「もしこのチャンスを逃す」ようなことが起ると、100%「社長になれない」と忠告している場面である。 「Aた (の) なら」は、聞き手の話か状況に依存しているので、仮定条件であるが、話し手は、まるで確定条件の「Aと」のように、ほとんど100%の確信で「チャンスを逃 <444> 4.1. 顺接仮定条件/仮定条件 す場合は社長になれない」と言っている。 両者の違いは、確定条件の「Aと」が、話し手の経験や知識をもとにして、Aの場合は100%Bが実現するという自信をほのめかせているが、交換条件となる「裏」の「チャンスを逃さない場合は社長になれる」かどうかについては、何も言っていないという点である。 ▶本節「使い分け①」や「使い分け⑨/確信の『~と』を参照 一方、仮定条件の「Aた(の)なら」は、交換条件を示しているので、聞き手に対するアドバイスとしてはインパクトが強くなる。 「Aたら」は、実現確率が80%ほどになり、また「Aた(の)なら」の代理を果たすことができるので、確信もインパクトも強いことになる。 「Aば」は、〈敬体〉を使ったり、〈ウチ〉関係の成人に〈非敬体〉を使ったりする婉曲的なアドバイスなら「Aたら」と同じ機能を果たすが、〈非敬体〉を〈ウチ〉関係の子どもに使ったところで、交換条件が響いて50%の実現確率になり、インパクトのあるアドバイスにはならない。 「A-る + (の) なら」は、50%の実現確率の「Aば」と同じになるので、アドバイスの場合は、ほとんど機能しなくなる。聞き手が「チャンス」を逃すとも逃さないともわからない不確実な状況では使うことができる。 使い分けワンポイント ⑮ 「A + た (の) なら/ - る (の) なら/たら/ば/と」 の非互換性 〈新幹線で+行ったのなら/×行ったら/×行けば/×行くと/×行くなら、もうとっくに着いている〉 過去→ 新幹線で行ったのなら〈基準時過去〉着いている ← 現在 現在→ ×行ったら/×行けば/×行くと/×行くなら → 着いている ← 現在 〈故障 + したのなら/×したら/×すれば/×すると/×するなら、すぐ行こうか〉 過去→ 故障したのなら〈基準時現在〉すぐ行く→未来 現在→ ×したら/×すれば/×すると/×するなら → すぐ行く→未来 「Aた + (の) なら」が「A + - る (の) なら/たら/ば/と」と互換性がないのは、Aが〈基準時未来既実現〉でない場合である。先ほどあげた「用例」(p.440) が、これに相当する。 〈新幹線で+行ったのなら/行ったら/行けば/行くと/行くなら、夕方5時には着く〉 過去→ 新幹線で行ったのなら〈基準時現在〉夕方5時には着く 現在→ 行ったら/行けば/行くと/行くのなら → 夕方5時には着く <445> ~なら・~たら・~ば・~と しかし「A + た(の)なら」が〈基準時現在〉の場合、前頁のように、Aが〈基準時以前既実現〉か〈基準時未実現〉という意味のズレを見せながらも、置き換わる場合がある。 パソコン、故障+したのなら/したら/すれば/すると/×するなら、すぐ行くから。その本、読んだのなら/読んだら/△読めば/×読むと/×読むなら、ここに置いてね。 「Aと」は〈述べ立て文〉でなければ使えないが、〈基準時現在〉になる「用例」の2例を書き換えると、上のように置き換えることはできる。ただ、これらが「Aーる + (の)なら」に置き換わらないのは、交換条件にならないからである。 ▶「△」については、まえの「使い分け」(p.440)を参照 ノートパソコン、凍結して動かないときが+あったのなら/あったら/あれば/×あると/あるのなら、持ってきてください。 その本、読んだのなら/読んだら/読めば/×読むと/読むのなら、すぐ返してくれよ。 ほかに読みたい奴がいるんだから。 上のように交換条件のある文にかえると、使うことができるようになる。ただ下のほうの「読んだのなら」の場合、話し手は聞き手が「読み終わっている」と仮定しているが、これを「読んだら/読めば」にすると、本は聞き手の手元にあるが、まだ読み終わっていないことになり、さらに「読むのなら」にかえると、聞き手はまだ本を借りてさえいないことになる。 これは、〈継続動詞〉の場合、例えば「読んだのなら/読んだら/読めば/読むと」などは動作の終了を表し、この「読むのなら」だけが、開始を表すからである。 ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/『開始 + まえ (に)』と『開始/終了 + まで (に)』」を参照 ただ文脈によっては、例えば「あなたが+食べたら/食べれば/食べると/食べるのなら+この子だって食べるわ」などは、開始とも終了とも考えられる。 使い分けワンポイント ⑯ 「~た/-る + (の) なら」の互換性 〈ボーナスが + 出たのなら/出るのなら、貸した金を返してくれ〉 ボーナスが出たのなら〈基準時現在〉お金を返してくれ (裏) ボーナスが出なかったのなら〈基準時現在〉お金は返さなくてもいい ボーナスが出るのなら (裏) ボーナスが出ないのなら 「交換条件」を表す「~た + (の) なら」と「-る + (の) なら」は、上のように、Aが〈基準時現在以前既実現〉か〈基準時現在未実現〉という意味のズレを見せる場合もあるが、置き換えが可能になる。 ▶本節「使い分け①/同時性を表す仮定条件『-る/-い+(の)なら』を参照 先ほど〔仮-例4〕(p.439) にあげた「DVD/映画/運動会/仕事」なども、意味にズレのある場合である。なお、先ほど「使い分け④」で示したが、〈基準時未来〉を表す「おなか/司会/チャンス/彼」の例なら、意味のズレもなく、置き換えることができる。 <446> 4.1. 顺接仮定条件/仮定条件 〈起きたのなら/×起きるのなら、ぎっざと出かけてほしい〉 過去 → 起きたのなら〈基準時現在〉さっさと出かけてほしい (裏)×起きなかったのなら〈基準時現在〉ゆっくりしていてほしい 現在 → *起きるのなら (裏) *起きないのなら さっさと出かけてほしいゆっくりしていてほしい 〈死んだのなら/※死ぬのなら、遺体を燃やして、灰を川に流してください〉 現在 → 死んだのなら〈基準時未来〉川に流してください (裏)×死ななかったのなら〈基準時未来〉川に流さないでください 現在 → *死ぬのなら → 川に流してください (裏) *死なないのなら → 川に流さないでください しかし、上のような「交換条件」を示さない「~た + (の) なら」は、〈基準時〉にかかわらず「- る + (の) なら」に置き換えることができなくなる。 使い分けワンポイント ⑰「-い/~た + (の)なら」と「~ている + (の)なら」 もし安いのなら、買うけど、高いのなら、買わない。 寒いのでしたら、クーラー/ストーブ、消しましょうか/つけましょうか。 暇(なの)なら遊びに来ないか/男ならやってみろよ。 ▶本節「使い分け①/同時性を表す仮定条件『-る/ーい+(の)なら』を参照 「形容詞 - い + (の) なら + B」や「(状態) 名詞 (なの) + なら + B」の場合、Aは最も典型的な〈基準時現在同時間帯〉になり、交換条件を表すので、やはり「-る+ (の) なら」と同じグループと考えられるが、上の例で「安い/高い/寒い/暇だ/男だ」という状況が、まえもって存在しなければ、Bは成り立たないので、Aを〈基準時B以前既実現〉と考え、〈基準時以前既実現〉を表す「Aた + (の) なら」と同じと考えることもできる。 というのは「-る + (の) なら」は、ごくまれに〈基準時現在同時間帯〉「雨が + 降る/降っている + のなら」を示すことはあっても、多くの場合は〈基準時現在未実現〉を表すからである。 高かった(のな)ら、買わなかったけど。安かったから、買っちゃった。 寒かったのでしたら、クーラー/ストーブ、消した/つけた+のですけど。 暇(なの)だったら、遊びに来ればいいのに/男だったら、やってみればいいのに。 上のように「形容詞/(状態)名詞」が「~た」形の場合は、反実仮想を得意とする「Aた + (の)なら」として使われるが、この「形容詞-い/た + (の)なら + B」や「(状態)名詞 + (なの)なら/だった (の)なら/であった (の)なら + B」は、動詞の場合、つまり〈基準時同時間帯〉の「~ている + (の)なら」と、〈基準時以前既実現〉の「~た/~ている + (の)なら」の中間にあると考えたほうがいいかもしれない。 子どもたち、今、ご飯を食べてるのなら、今日、帰ってくるの、遅かったの? <447> 子どもたち、もうご飯を食べてるのなら、そろそろ寝かせたほうがいいね。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 「~ている + (の) なら」がどちらになるかは「対話背景/文脈」によってはっきりしている。上のほうは電話での会話か、遅く帰宅した話し手の言葉で、A「食べている」が〈基準時同時間帯〉になり、下のほうなら、帰りが遅くて、子どもたちと食事をしていない話し手の言葉で、A「食べている」が〈基準時以前既実現〉になる。 まだこんな時間なのに、もう+寝た/寝ている+のなら、きっと今日は練習で、ひどく+疲れた/疲れてる+んじゃないかな。 庭の木々が鮮やかに見えたのなら、昨夜は雨が降ったようだな。 練習で、ひどく疲れていたのなら、もうとっくに寝ているだろう。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/状況判断と因果関係」を参照 「Aた + (の) なら + B」は、Bが〈基準時現在以前既実現/疲れた/疲れている/降った〉+ 状況判断「~のじゃないか/~ようだ/だろう」になる場合は、現在の状況A「寝た/庭の木々が鮮やかに見えた」を根拠に、過去の状況Bを判断することがある。つまり、時間の流れが「A←B/AのまえにB」となって、Bが〈基準時A以前既実現〉を表すことになる。 最後の例の B が〈基準時 A 未実現/A→B/A のあとに B〉の場合も含めて、B が〈基準時現在以前既実現〉の場合を示すと、次のようになる。 〈Bが基準時現在以前既実現〉 基準時現在のA 時間的関係 Aた + (の) なら + B 交换条件/同时性 既実現/同時間帯 A←B/A→B (注) Bが〈基準時A同時間帯/A=B〉になる場合もある。 もっ + 寝た/寝ている + のなら、ぎっと明日は朝が早いんじゃないかな。 上のような現在の状況Aを根拠に、未来のB〈基準時現在未実現/明日は朝が早い〉を判断する場合は、Bが〈基準時A未実現/A→B/AのあとにB〉になって、先ほどの「仮-例4」に続く「使い分け」(p.440)と同じである。 使い分けワンポイント ⑲ 「~なら③」の使い方 「~なら③」は、名詞に接続する場合と、慣用的表現を除けば、文語的な書き言葉なので、今日では使う人がいないと思われる。以下、例文をあげるにとどめる。 〈名詞 + なら③〉: 「~なの」の挿入が不可能な確定条件を表す。例は〈独り言〉である。これほど静か + なら③、今夜はきっと、よく眠れるな。→これほど静か + だったら/だと/だから、今夜はきっと、よく眠れるな。 <448> 4.1. 顺接仮定条件/仮定条件 これほど静かなの + なら②/だったら、今夜はきっと、よく眠れるな。アパートが5万円で、寮が3万円 + なら③/だから、やっぱり寮か(↓)。アパートが5万円で、寮が3万円なの + なら②、やっぱり寮か(↓)。アパートが5万円で、寮が3万円 + なら①/は、やっぱり寮か(↓)。 (参考) 次の例は「~なの」の挿入可能な「心なり」仮定案件を表す。 もう少し静か + なら②/でしたら、よく眠れるのですけど。 →もう少し静かなの + なら②/でしたら、よく眠れるのですけど。 A:学校の寮、月に3万円なんですけど、安いでしょうか。 B:光熱水費、込み?それで3万円 + なら②、ほかを探してもあるはずないよ。 →それで3万円なの + なら②/だったら、ほかを探してもあるはずないよ。 (参考) 次の答えは「~は」と置き換え可能な「~なら①」で、主題を表す。 B:光熱水費、込み?それで3万円+なら①、本当に安いよ。 →光熱水費、込み?それで3万円は、本当に安いよ。 ×光熱水費、込み?それで3万円なの+なら②、本当に安いよ。 〈惯用的表现〉 北京が政治の中心(※なの)なら/※は、上海は経済の中心である。 →北京が政治の中心 + であるなら/だったら/とすれば、上海は経済の中心である。 紫式部が名ストーリーテラーなら、清少納言は名エッセイストだ。 父がぼけ役なら、母がつっこみ、二人の息はまさにぴったり。 親が親なら子も子だ。似たり寄ったりで、ひどい親子だ。 先生も先生なら、PTAも PTA だ。自分のことしか考えてないね。 社員も社員なら、社長も社長だったね。あきれてものが言えない。 日本語の文法を勉強するくらいなら、いっそ死んだほうがましだ。 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~くらいなら」を参照 あの先生に間違った言葉を使おうものなら、頭から湯気だして怒るよ。 ▶本章 4.4.「確定条件/使い分け⑩/~(よ)うなものなら」を参照 〈文語的表現〉: 特に「~たなら」は「~たら」の古形と考えられる。 「明日、帰る」と両親に伝えた。反対されようが、帰った + なら/ら/×のなら、まっさきに結婚のことを説明せねばなるまい。説得できるかどうかは二の次。 難航していた折衝だったが、数日にわたって交渉を + 続けたなら/続けたら/続けると/×続けたのなら、互いの妥協点が見つかって、ようやく解決した。 誰しも、人の目から + 見るなら/見たら/見れば/見ると/×見るのなら、少しおかしいことないでよねのだ 彼女に言わせる + なら/×のなら、世の中の男は、みんな馬鹿に見えるそうだ。「昔と比べる + なら/×のなら、昔がよかった」と言いだせば、年をとった証拠。コーヒーを別にする + なら/×のなら、酒もタバコも体に悪いものは口にしない。 最後3例は、慣用的表現ということもできるが、現代語では「彼女に言わせると/昔と比べたら/コーヒーを別にすれば」のほうが、よく使われる。 使い分けワンポイント 203つの「~なら」 「使い分け⑨」の「名詞 + なら③」の場合と重複するが、名詞に接続する3つの「~なら」の違いを示すと、次のようになる。 <449> 〈名詞 + なら①〉:「~は」に置き換え可能な主題を表す。 A:グエンさん、見ませんでしたか。 B:ええ~っと、グエンさんなら、さっき研究室にいらっしゃいましたよ。 →ええ、グエンさんは、さっき研究室にいらっしゃいましたよ。 P:スーパーでアルバイトして、学費だけでも、稼がなくっちゃ。 Q:お金のことなら、心配しないで、勉強してほしいんだけど。 →お金のことは、心配しないで、勉強してほしいんだけど。 〈名詞 + (なの) なら②〉: 「~なの」の挿入が可能な仮定条件を表す。 ▶本節「使い分け④/~の + なら・だったら・でしたら・であれば」を参照 A:今ごろ、研究室にいる人、誰でしょうか。グエンさんでしょうか。 B:もし、グエンさんなら、早く帰るように言わなければ。 ほうっておいたら、また朝まで実験を続けて、体をこわすから。 →もし、グエンさんなんだったら、早く帰るように言わなければ。 H:グエンさん、今度の人事異動でも、課長に昇進しなかったようです I:えっ、本当ですか? グエンさんなら、課長にうってつけですのにね。 研究成果がある上に、仕事熱心だし、部下の面倒見もいいし、……。 →もし、グエンさんなのでしたら、課長にうってつけですのにね。 P:大学に入ったら、誰が入学金、出してくれるの。 Q:もし、入学金だけなら、おばあちゃんが出してくれるかも。 →もし、入学金だけなのなら、おばあちゃんが出してくれるかも。 〈名詞 + なら③〉: 「~なの」の挿入が不可能な確定条件を表す。 研究成果がある上に、仕事熱心だし、部下の面倒見もいいし、...。 →グエンさん + でしたら/だったら/ですから、課長にはうってつけですね。 × グエンさんなの + なら/でしたら/だったら、課長にはうってつけですね。 × そうですか。グエンさんは、課長にはうってつけですね。 ?:おばあちゃん、入学金、出してくれたよ、 Q: そうなの、本当。入学金だけ + なら/だから、よかったのよ。あとの学費は、アルバイトね。 × そうなの、本当。入学金だけなのなら、よかったのよ。あとの学費は、アルバイトね。 × そうなの、本当。入学金だけは、よかったのよ。あとの学費は、アルバイトね。 使い分けワンポイント ②~と+するなら・したら・すれば・すると 「未完文A + と + するなら/したら/すれば/すると + B」は、Aが「聞き手の発言/周囲の状況や事態」であっても、何の根拠もない話し手の「想像/空想」であっても、Aを仮定すると、結果としてBが成立することを表す場合に使われる。 Aが〈述べ立て文〉の場合、次のように「Aーる/ーい/~た + (の) なら」と、同じ使われ方をする仮定条件になる。 そうですね。もしこれからすぐ空港まで走る + △とするなら/としたら/とすれば/とすると/(の)なら/×とするのなら、最終便には間に合いますね。 姉が美しい + △とするなら/としたら/とすれば/とすると/(の)なら/×とするのなら、 <450> 妹は可愛いと言うことができる。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~とする」を参照 ▶本文1.4.「主題/立場/~とすれば・~としたら・~とすると」を参照 ▶本文1.5.「主題/展開/とすると」を参照 「×~とするのなら」は、Aが成立するということを、二度も仮定することになって使われることはない。また「~とするなら」の「~なら」は、仮定条件を示す現代語の「~(の)なら/~なら②」ではなく、現代語では「~たら/~ば/~と」と互換性のある文語の「~なら③」である。 したがって「~とするなら」は、上のような現代語の文脈に入れると、不自然さを感じさせるが、次のような書き言葉で、文語「~なら③」の使える文脈になると、不自然さは消えてしまう。 北京が政治の中心 + とするなら/×としたら/とすれば/とすると/×(なの)なら②/なら③、上海は経済の中心である。 ▶本節「使い分け⑲/『~なら③』の使い方/慣用的表現」を参照 逆に、上のような書き言葉では、話し言葉に多用される「~としたら」を使うと不自然になる。ここでは文語的な「~とするなら」を除く「Aと + したら/すれば/すると + B」だけを扱うことにする。 今日、彼が + 行かなかったのなら/行かなかったとしたら/行かなかったら/行かなければ、代わりに行く人、探してくれる?(A:基準時未来以前既実現) →昨日、彼が + 行かなかったのなら/行かなかったとしたら/×行かなかったら/×行かなければ、代わりに行く人、探してくれる?(A:基準時現在以前既実現) →今日/昨日、彼が行かなかった + のなら/としたら/とすれば/×とすると、代わりに行く人、探してくれる? →今日/昨日、彼が行かなかった + のなら/としたら/とすれば/とすると、あちらは、さぞ + 困る/困ってる + だろうね。 この夏、もしボーナスが出た + としたら/×とすれば/×とすると/(の)なら、冷えなくなったこのエアコン、新しいのに買い替えようよ。 →もしボーナスが出たと + すれば/×すると、エアコン、買い替えましょうよ。 今晩もし早く帰ってこられたと + したら/×すれば/×すると、映画に連れてって。 →今晩もし早く帰ってこられたと + すれば/×すると、映画に連れてってくださいね。 あの DVD、買ったって? 本当? もし彼女が買った + (の) なら/としたら/とすれば/×とすると、今度会うとき、貸して + もらおう/もらいましょう。 バーゲンで安かったと + したら/すれば、買いたいんだけど/買いましょう。 ▶本節「使い分け⑤⑥/仮定条件『~たら/~ば』の違い/仮定条件『~ば』と非敬体」を参照 「Aた + としたら + B」は、Aが話し手の設定した〈基準時〉より以前に実現することを表す「Aた + (の) なら + B」と、すべての場合で互換性があり、すべての文に使うことができる。ただ、後者の「Aた + (の) なら + B」は、A「聞き手の発言や周囲の状況や事態」を「根拠/前提」にするが、前者には、このほかに、話し手の「想像/空想」も仮定条件に含まれるという違いがある。 「Aた + と + すれば/すると + B」も「Aた + としたら + B」と同じように、Aが「根拠/前提」になる場合でも、話し手の「想像/空想」の仮定条件になる場合でも使えるが、すべての文には使えないという制限がある。 ここでも「~とすると」は、〈述べ立て文〉と、その〈問いかけ文〉にしか使えない <451> し、〈非敬体〉で使われる「〜とすれば」は、〈働きかけ文/情意表出文〉と、それぞれの〈問いかけ文〉では、やはり「〜としたら」と互換性をもたない。ただ〈非敬体〉を〈敬体/超敬体〉にかえたり、仮定条件Aが「交換条件」になって「表裏一体」の事態を示したりする場合だけ互換性がある。 このまま雨が降り続く + としたら/とすれば/とすると/ (の) なら、洪水になってしまうかもしれないそうだ。 今のこの収入で、もし車を買う + としたら/とすれば/とすると/ (の) なら、家賃が払えなくなってしまうだろう。 来週、部長のうちに行くの?行く + としたら/とすれば/とすると/(の)なら、お土産のことも、考えなくちゃいけないわね。 おまえの言う通り、この時間帯にガードマンがいない+としたら/とすれば/とすると/(の)なら、この5分のすきまに、脱出を考えるよりほかないわけだ。 さっき行なった目撃者の面通しの結果、もし彼がホシでなかった+としたら/とすれば/とすると/(の)なら、これまでの捜査方針を変えなければなりませんね。 この株が、このまま3倍にまで上がる+(の)なら/×としたら/×とすれば/×とすると、念願の会社、興そうかと+思ってる+んだ/んです。 あの DVD、買うって? 本当? 彼女が買う + (の) なら/×としたら/×とすれば/×とすると、今度会うとき、貸して + もらおう/もらいましょう。 バーゲンで安い + (の) なら/×としたら/×すれば、買いたいんだけど。 彼が行かない + (の) なら/×としたら/×とすれば、誰か、探してくれる? ところが「Aーる/ーい + と + したら/すれば/すると + B」になって、Aが〈基準時現在未実現〉になると、〈文体〉にかかわりなく、〈働きかけ文〉と〈情意表出文〉と、それぞれの〈問いかけ文〉には使うことができなくなる。 これは「A - る/ - い」なら、Aが「聞き手の発言/周囲の状況や事態」であっても、何の根拠もない話し手の「想像/空想」であっても、Aは「もしかすると成立するかもしれない」という仮定になってしまい、成立しないかもしれないAを根拠や前提にして、Bで、聞き手に働きかけたり、希望を述べたりできなくなり、ただ「想像/推論」しかできなくなるからである。 これに対して「A + た」は、Aが成立したものと仮定しているので、条件さえ合えば、Aを根拠や前提にして、Bで、聞き手に働きかけたり、希望を述べたりできるようになる。 4.2. 顺接仮定条件/反実仮想 置換 [反-例1] 学費が免除になるのでしたら、大学院を受けるのですけど。(残念) 次のように、置き換え可能。 →学費が免除に + なったら/なれば/なると/×なったのでしたら、大学院を受けるんですけど。(残念) <452> 次のように書き換えると、意味にずれは生じるが、置き換えは可能。 学費が免除に + なる/なった + のでしたら、大学院を受けたのですけど。(後悔) →学費が免除に + なったら/なれば/×なると、大学院を受けたのですけど。(残念) 学費が免除に + なる/なった + のなら、大学院を受けたのに。(非難) →学費が免除に + なったら/なれば/×なると、大学院を受けたのに。(残念) 用例 次の用例は、すべて置き換わらない。 またハワイ?どうせ旅行+するなら/×したら/×すれば/×すると/×したなら、北京かソウルへ行きたかったのに。(残念/非難) あの展示会、ご覧に + なるのでしたら/×なったら/×なれば/×なると/×なったのでしたら、招待券がございましたのに。(残念) こんなに歯が痛く + なるんだったら/×なったら/×なれば/×なると/×なったんだったら、もっと早く医者に行くんだった。(後悔) こんな結果に + なるんなら/×なったら/×なれば/×なると/×なったんなら、あんな馬鹿なことを言うんじゃなかったよ。(後悔) 友だちが + 来てたんだったら/×来てたら/×来てれば/×来てると/×来てるんだったら、夜食ぐらい作ってあげたのに。(残念) どうして。あの人、来てるじゃない。来るんだったら/×来たら/×来れば/×来ると/×来たんだったら、来なかったのに。(非難) スーパーへ + 行ったんだったら/△行ったら/※行けば/※行くと/△行くんだったら、 巻き寿司、買ってきてほしかったのに。(非難) 本当に結婚 + するんなら/×したら/×すれば/×すると/×したんなら、ダイヤモンドの 婚約指輪でも買うんだが。(残念) ホテルだって?釣った魚をおいしく + 食べるんなら/×食べたら/×食べれば/×食べると/×食べたんなら、良宿が一番なのに。(残念/非難) ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~のに」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだった/~のだったのだ』の使い方」を参照 使い分け 反実仮想とは、事実に反すること、つまり、実際には起こりえないことや、起こらなかったことを考えながら、期待したことが実現しなくて残念に思ったり、マイナスの結果を自分で招いて後悔したり、実現しなかったことを人のせいにして非難したり、マイナスの事態が実現しなくて、ほっとしたりすることである。 「A + (の) なら/たら/ば/と + B」の使い方は、反実仮想を表す場合も、これまでの「4.1.順接仮定条件/仮定条件」の場合と同じである。 「反-例1」の「学費が免除になるのでしたら、大学院を受けるのですけど」は、聞き手の「どうして大学院を受けないのですか」や「大学院の学費、留学生でも免除にならないそうですよ」といった発言を受けた返答である。 Aの「学費が免除になる」は、事実ではないので、仮定条件であり、反美仮想を表しているので、もちろんBの「大学院を受ける」も事実ではない。また、AとBは「AならB/AでないならBでない」という「交換条件」を表していて、時間的な関係は〈基準時現在同時間帯〉である。 これを図示すると、次頁のようになる。 <453> A = 反事実:学費が免除になる B = 反事実:大学院を受ける 現実:学費が免除にならないので、大学院を受けることができない。残念だ! 「A + たら/ば/と + B」への置き換えは、聞き手から「卒業したら、就職するのですか」や「大学院、受けるのですか」など、直接「学費」とは関係のない質問をされた場合であるが、上と同じ反実仮想を表している。 違いは、話し手の気持ちだけで、次のようになる。 免除になるのなら:免除にはならない、でも万一の場合。(仮想 100%) 免除になったら:ぜひ受けたいので、免除してほしい。(期待 80%) 免除になれば:受けたいけど、免除になるかどうか。(あきらめ 50%) 免除になると:受験は免除次第。免除の場合は必ず受ける。(決断 100%) 「免除になったのでしたら」に置き換わらないのは、次の図のように、Aが〈基準時現在以前既実現〉なので、〈基準時現在未実現〉のBと同時性を表さないからである。 A=反事実:学費が免除になった〈基準時現在〉 B=反事実:大学院を受ける 現実:×学費が免除にならなかったので、大学院を受けることができない 使い分けワンポイント ① 反実仮想の形態 反実仮想は、Bの文末が、次のような形態をとって目印になることが多い。 -る/ーい/~た/ (状態)名詞な + のに/のだが/のだけど -る/ーい/~た/ (状態)名詞 + だろう/かもしれない/にちがいない -る/ーい/~た/ (状態)名詞 + だろう + に/が/けど ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~だろう」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~のに・~に」を参照 ーる/ーい/~た/(状態)名詞だ + と + 思う/思った + のに/んだけど ーる/ーい/~た/状態名詞な/名詞の+はず+だけど/なのに/だったのに ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~はずだ」を参照 ~て/~が+ほしかった+のに/んだけど ます形+たかった+のに/んだけど ーる/動詞た形+ところだ/ところだった ます形+そう+になった/だった ただ日本語には、反実仮想の決まった形態が存在しないので、上のような文末になっ <454> 4.2. 顺接仮定条件/反実仮想 たからといって、反実仮想かどうか区別できない場合がある。 使い分けワンポイント ② 反実仮想「A+(の)なら/たら/ば/と+B」の使い分け「A + (の)なら/たら/ば/と + B」が反実仮想を表す場合、それぞれの基本的な使い分けは、次の通りである。 (注)「A = 基準時過去以前既実現 B = 過去」を表せるのは「A た (の) なら B」だけである。 「学費が免除になるの+でしたら/なら、大学院を受けたのですけど」を図示すると、次のようになる。これは「留学生は学費免除」という校則を知らなかったので、受験しなかった話し手が、あとになって、そのニュースを聞いての反応である。 ▶本章 4.1.「仮定条件/使い分け④/~の + なら・だったら・でしたら・であれば」を参照 A = 事実:学費が免除になる B = 反事実:大学院を受けた 現実:学費が免除になるのに、大学院を受けなかったなんて、くやしい! ところが、これを「A + たら/ば/と + B」に置き換えると、Aが反事実となって、次のように、後悔を表すことができなくなる。 〈学費が免除に + なったら/なれば/×なると、大学院を受けたのですけど〉 A = 反事実:学費が免除になる B = 反事実:大学院を受けた 現実:学費が免除にならないので、大学院を受けなかった。残念だった! Aが事実を表す「免除になったのでしたら」は、基準時が過去になって、Bが基準時と同時性を表すので、次のように置き換えることができる。 A = 事実:学費が免除になった〈基準時過去〉 B = 反事実:大学院を受けた 現実:学費が免除になったのに、大学院を受けなかったなんて、くやしい! <455> もうひとつの書き換え「学費が免除になるのなら、大学院を受けたのに」は、試験まえ「留学生は学費免除にならない」といわれて受験しなかった人が、試験後「留学生は学費免除だった」ことを知って、嘘をついた人をののしているところ。 A = 事実:学費が免除になる B = 反事実:大学院を受けた 現実:学費免除を知らせてくれなかったから、受験しなかったじゃない!ひどい! これを「A + たら/ば/と + B」に置き換えると、Aが反事実となって、非難を表せなくなる。この場合も、次のように、残念を表している。 〈学費が免除に + なったら/なれば/×なると、大学院を受けたのに〉 A = 反事実:学費が免除になる B = 反事実:大学院を受けた 現実:学費が免除にならないので、大学院を受けなかった。残念だった! Aが事実を表す「免除になったのなら」は、基準時過去で、Bが基準時と同時性を表すので、次のように「学費が免除になるのなら」と同じになる。 A = 事実:学費が免除になった〈基準時過去〉 B = 反事実:大学院を受けた 現実:学費免除を知らせてくれなかったから、受験しなかったじゃない!ひどい! なお、上の場合、いずれも「A + と + B」が使えないのは、すでに「試験」は終わっていて、話し手の「決断」を表せないからである。詳しくは、あとの「反-例2」や「使い分け」(p.458)を参照のこと。 使い分けワンポイント ③ 反実仮想と事実を表す仮定条件 置き換えのできない「用例」(p.452) を図示すると、次のようになる。 〈またハワイ?どうせ旅行するなら、北京かソウルへ行きたかったのに〉 〈基準時現在〉 A = 事実:旅行する B = 反事実:北京かソウルへ行く 現実:旅行はハワイなので、北京にもソウルにも行けなくて、残念! 上の例は、聞き手から「今度の旅行、ハワイになったよ」と言われたり、お知らせの「今回の旅行先はハワイ」を見たりして、話し手は、事実として起こる「旅行」の行き先に、事実ではない「北京かソウル」を想定している。 もし聞き手が、旅行の行き先を決定できる実行委員会のメンバーで、話し手の気持ちをあらかじめ知っていたのなら、非難になる可能性もある。 <456> 4.2. 顺接仮定条件/反実仮想 「旅行する前に行き先を決める/行き先を決めてから旅行する」ので、AとBの時間的関係は「AのまえにB/Aは基準時B未実現」になるが、以下「結果」の例まで、同じ時間的関係を表している。 〈あの展示会、ご覧になるのでしたら、招待券がございましたのに〉 A = 事実:展示会を見た B = 反事実:招待券を使う 現実:招待券を使わずに、展示会を見ただなんて、残念! 〈こんなに歯が痛くなるんだったら、もっと早く医者に行くんだった〉 A = 事実:こんなに歯が痛くなった B = 反事実:早く医者に行く 現実:しまった! 早く医者に行かなかったから、こんなに歯が痛くなってしまった 〈こんな結果になるのなら、あんな馬鹿なことを言うんじゃなかったよ〉 A = 事実:こんな結果になった B = 反事実:馬鹿を言わなかった 現実:しまった! 馬鹿なことを言ったせいで、こんな結果になってしまった 「友だち」から「スーパー/巻き寿司」までの3例は、Aが事実であるが、時間的な関係は「AのあとにB/Aは基準時B以前既実現」である。 〈友だちが来ていたんだったら、夜食ぐらい作ってあげたのに〉 A=事実:友だちが来ていた B=反事実:夜食を作ってあげた 現実:友だちが来ていたのに、夜食を作ってあげられなくて、残念! 〈どうして。あの人、来てるじゃないの。来るんなら、来なかったのに〉 A = 事実:あの人が来ている B = 反事実:私は来ない 現実:あの人が来ないと言ったから来たのに、来ているなんて、ひどい! 来ないと思ったから来たのに、どうなってるの。ひどい! 〈スーパーへ行ったんだったら、巻き寿司、買ってきてほしかったのに〉 A = 事実:スーパーへ行った B = 反事実:巻き寿司を買った 現実:スーパーへ行ったのに、巻き寿司を買わなかったなんて、ひどい! もし「スーパーへ+行ったら/行くんだったら」を使うと「巻き寿司、買ってきてほしいと思った」を表し、Aは反事実になって、現実は「スーパーへは行かなかったん <457> だから、残念だけど、買ってこなくても仕方がない」にかわってしまう。 使い分けワンポイント ④ 反実仮想と基準時未実現を表す仮定条件 「用例」(p.452) 最後の2例「結婚」と「ホテル」は、AもBも反事実であるが、時間的関係が「AのまえにB/基準時B未実現」になっていて、ほかのものに置き換えることができない。 〈本当に結婚するんなら、ダイヤモンドの婚約指輪でも買うんだが〉 A = 反事実:本当に結婚する B = 反事実:婚約指輪を買う 現実:まったく結婚する気がないから、婚約指輪が買えなくて、残念! 〈ホテルだって? 釣った魚をおいしく食べるなら、民宿が一番なのに〉 A = 反事実:釣った魚をおいしく食べる B = 反事実:民宿に行く 現実:民宿は釣った魚がおいしいのに、ホテルだなんて、残念! / ひどい! 使い分けワンポイント 「A + (の) なら + B」が「A + たら/ば/と + B」と互換性をもたないのは、Aが事実になる場合と、時間的関係が「AのまえにB」になる場合であるが、これを先ほどの「用例」(p.452)を使ってまとめてみると、次のようになる。 AのまえにB/Aは基準時B未実現 「ハワイ」~「結果」 「結婚」と「ホテル」 A=事実/確定条件 A=反事実/仮定条件 「友だち」~「寿司」 なし(互換性がある) AのあとにB/Aは基準時B以前既実現 つまり「A + たら/ば/と + B」は「A=反事実/仮定条件」しか表せないことを示している。 友だちが来ていたら、夜食ぐらい作ってあげたのに。 →友だちが来なかったから、作らなかったの。あんた一人じゃ、面倒だからね。 Aを反事実にかえると、もとの意味が歪んでしまう。 *どうして。あの人、来てるじゃない。来たら、来なかったのに。 →どうして。あの人、来てるじゃない。来ないと思ったから、来たのに。 上の例は「来た」が反事実になって、現在の事実と矛盾する。例が表しているのは、ここへ来るまえの条件「あの人が来たら私は来ない/あの人が来なかったら私は来る」が事実に反していることである。 <458> 4.2. 顺接仮定条件/反実仮想 あの人が + 来る/来た + んだったら、私は来なかったのに。 わかりやすくてスタンダードなのは、やはり「来る/来た + のなら」であるが、長いので「来たら」に簡略したのかもしれない。 置換 [反-例2] 本当のことを知っているのなら、何でも、お話するのですが。 次のように、置き換え可能。 →もし本当のことを知って + いたら/いれば/×いると/いたのなら、何でも、正直に、お話するのですが、何も知らないものですから。 次の例も「~と」には置き換わらない。 と」には置き換わらない。 風邪を引いているのなら、家で寝ていてほしかったな。(100%非難) →風邪を引いていたら、家で寝ていてほしかったな。(80%非難) →風邪を引いていれば、家で寝ていてほしかったな。(50%非難) ×風邪を引いていると、家で寝ていてほしかったな。 あそこで起こされなかった (の) なら、夢で、すごい料理が食べられたんだよ。すぐに洗っていた (の) なら、こんなシミにはならなかったはずなのに。もっと真面目に勉強していた (の) なら、あの大学、合格していたのに。あらかじめ話し合っていた (の) なら、誤解は生まれなかっただろうに。あの店に行かなかったの? 行ってた (の) なら、あのケーキ、買えたのに。 用例 次の「~(の)なら」はすべてに置き換え可能。 き換え可能。 もしも翼が+ある(の)なら/あったら/あれば/あると/あった(の)なら、今すぐそちらへ飛んでいける+のに/んだが。 これを+読むんなら/読んだら/読めば/読むと/読んだんなら、日本がかつてアジアで何をしたかわかるんだが。 家を出るのが、あともう5分、早かったのなら、間に合ってたはずなのに。 あの車に気づくのが、もう少し遅かった(の)なら、死んでいたにちがいないよ。 10年前に知り合ってたのなら、それこそ夢中になってたんだ。 見てよ、この記事。あのとき食べてた(の)なら、食中毒になってたのね。 雨が降ってないんなら、出かけるんだろうけど。これじゃ、きっと明日になるね。 もしこの宝くじで、一等が当たるんなら、家でも車でも、何だって買えるのにね。 もう少しおいしいのなら、こんな不便なところでも客は来るのでしょうけど。 もう少し安いんなら、買ってたのに。全然、負けてくれないんだもの、あのケチ。 心配するな。本当に腹が減っていたのなら、あんな遠慮なんかはしないものだよ。 あれしきの病気、もう少しだけでも早く発見できていた(の)なら、死なずにすんだのだ。 使い分け 反実仮想は「実現しない/実現しなかった」ことを仮想するので、話し手が聞き手に求めて、自分の考えを実現しようとする〈働きかけ文〉には使うことができない。 しかし、実現しないことを「実現してほしい」と思ったり、実現しなかったことを「実現してほしかった」と仮想したりするのは可能なので、〈情意表出文〉には使われる。ただ「A + と + B」は、100%実現可能な話し手の「意志」を表す〈情意表出文〉には使うことができるが、起こるかどうかわからない「希望/願望」には使うことができない。 <459> ▶本章 4.1. 「仮定条件/使い分け⑨/確信の『~と』を参照 また、過去の経験や知識に照らして「Aが起こると、100%Bが起こる」という確信が話し手にない場合は、〈述べ立て文〉でも使うことができない。 したがって[反-例2]の「×本当のことを知っていると」は、話し手が自分自身を「本当のことを知っていると、何でも話をする」人間だと自認していれば、使うことができるかもしれない。 使い分けは、次の通りである。 知っているのなら:知らないから、話しようがない。 知っていたら:喜んで話すところだが、知らないので、話しようがない。 知っていれば:知っていれば話せるし、知らなければ話せないものだ。 私は知らないので、話せないのだ。 知っていたのなら:知らないから、話しようがなかった。 「風邪を引いているのなら、家で寝ていてほしかったな」は、次の2通りの場合が考えられる。 A = 事実:風邪を引いている B = 反事実:家で寝ている 現実:風邪を引いているのに、家で寝ていないで、どういうつもりだ! A = 反事実:風邪を引いている B = 反事実:家で寝ている 現実:風邪など引いてないから、家で寝てないんだろう。風邪を引いただなんて、どういうつもりだ!本当だって?じゃ、家で寝てればいいんだ。 これを「A + いたら/いれば + B」にかえると、Aは反事実であるが、話し手の「風邪を引いてない」という確信は「80%/50%」くらいになってしまうので、聞き手を非難する勢いも、この確率で弱くなってしまう。 ▶本章4.1.「仮定条件/使い分け⑩/述べたて文と『~(の)なら/~たら/~ば/~と』を参照 〈風邪を引いて + いたら/いれば、家で寝ていてほしかったな〉 A=反事実:風邪を引いている B=反事実:家で寝ている 現実:風邪を引いてないから、家で寝てないのだろう? 本当に引いて + たら/れば、家で寝てなければだめだよ。 仮定条件からいえば、AとBが反事実という確信が、それぞれ「80%/50%」になってしまうので、これらは「A + (の)なら + B」のような「100%の反実仮想」ではなく、 <460> 4.2. 顺接仮定条件/反実仮想 いわば「8割/5割+反実仮想」になってしまう。こうした場合には「A+と+B」は、使うことができない。 使い分けワンポイント ⑥ 反実仮想「A + (の) なら/たら/ば/と + B」の違い「A + (の) なら/たら/ば/と + B」が反実仮想を表す場合、それぞれの基本的な違いは、次の通りである。まえの「使い分け」を参照のこと。 ~(の)なら:A「聞き手の発言か周囲の状況」を「根拠/前提」とし、Bで事実とは反対のことを仮想する。もっとも典型的な反実仮想の形式。 ~たら:具体的で個別性のあることについて、期待をかけたり、ほっとしたりしながら、事実に反する「Aの場合、Bが起こるのに」という仮想をする。ただ「8割反実仮想」の場合がある。 ~ば:常識や社会的通念など、抽象的で一般的な場合を基準にしながら、事実に反する「Aの場合、Bが起こるのに」という仮想をする。ただ「5割反実仮想」の場合がある。 ~と:過去の経験や知識に基づき「Aが起こる場合、必ずBが起こる」という確信で、事実「Aが起こらないから、Bも起こらない」とは反対のこと「Aが起こる場合、必ずBが起こるのに」を仮想する。したがって「100%反実仮想」を表し、多くの場合、話し手の気持ちは「残念」になる。 「置換」(p.458) で置き換えを示さなかった例は、100%の話し手の確信を表していない。つまり「起こされなかったら料理が食べられた/すぐ洗っていたらシミにならなかった/勉強していたら合格していた/話し合っていたら誤解は生まれなかった/行っていたらケーキが買えた」は、たとえ話し手が過去の経験や知識に照らし合わせても、時と場合によっては「起こさないで/洗って/もっと勉強して/話し合って/行って」いても「食べられなかった/シミになった/不合格だった/誤解が生まれた/買わなかった」ことは起こるので、反実仮想の「~と」を使うことができない。 ▶本章 4.1. 「仮定条件/使い分け⑨/確信の『~と』を参照 しかし「用例」(p.458)のように、話し手が、経験や知識から100%の確信をもてる場合は、置き換えることができるし、文末に断言の「~のだ」を使うこともできる。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のだ」を参照 使い分けワンポイント ⑦ 反実仮想の条件 これを+読むんなら/読んだら/読めば/読むと/読んだんなら、日本がかつてアジアで何をしたかわかるんだよ。 いいね。明日、雨が降って + ないんなら/なかったら/なければ/ないと/なかったの なら、出かけるんだよ。 <461> この宝くじで一等が + 当たるんなら/当たったら/当たれば/当たると/当たったんなら、家でも車でも、何だって買えるんだよ。 おいしいのなら/おいしかったら/おいしければ/おいしいと/おいしかったのなら、こんな不便なところでも、客は来るのだ。 ▶本章 4.1.「仮定条件/使い分け⑨/確信の『~と』を参照 上のように、Bが〈基準時現在未実現〉の場合、文末に「~のだ」を使うと、反実仮想ではなくなってしまう。話し手の確信を示す「A + と + B」だけが「確定条件」で、ほかは単なる「仮定条件」である。 「条件Aで、100%Bが起こる」を示す「A + と + B」が反実仮想に使われた場合、話し手の「Bが起こらないのは、条件Aがないからだ」という気持ちを表し100%の残念になる。 家を出るのを、5分、早くしたら、間に合ったよ。(実際に間に合った) →家を出るのを、5分、早くすれば、間に合ったよ。(実際は間に合わなかった) あのとき、生ものを食べたら、食中毒になったよ。(食中毒になった) →あのとき、生ものを食べれば、食中毒になったよ。(食中毒になっていない) 前後関係や文脈、対話の背景のない「A + たら + B」は、反実仮想の目印になる文末の「~のに」などがないと、たとえ過去の事態を表していても、反実仮想にならない場合がある。この場合の「~たら」は、確定条件を表している。しかし、仮定条件しか表せない「~ば」を使えば、反実仮想であることがはっきりする。 家を出るのを、5分、早くしたら、間に+合っていた/合ったんだった。 あのとき、生ものを食べたら、食中毒に+なっていた/なったのだった。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだった/~のだったのだ』の使い方」を参照 反実仮想の文末形式の「~のに」がなくても、上のように〈基準時以前既実現〉を表す「~ていた/~たのだった」を使うと、反実仮想を表すことができる。 [反-例3] 梅田に行くなら、地下鉄御堂筋線に乗ったら、よかったのに、 文頭の「行く(ん)なら」は「AのまえにB」を表しているので、変換できないが、あとの「乗ったら」のほうは、次のように置き換えることができる。 →梅田に行くなら、地下鉄御堂筋線に + 乗れば/乗ると、よかったのに。 ×梅田に行くなら、地下鉄御堂筋線に + 乗るなら/乗ったなら、よかったのに。 次の「行ったのなら」は、Aが事実を表しているので、変換できないが、あとのほうは「買って + くる/きた + (の) なら」以外は、置き換え可能。 風邪を引いてるなら、家で寝て + たら/れば/ると + よかったのに。→風邪を引いてたら、家で寝て + れば/ると/×たら + よかったのに。→風邪を引いてれば、家で寝て + たら/ると/×れば + よかったのに。×風邪を引いてると、家で寝て + いたら/いれば + よかったのに。 次の「~なかったら」は「~ないと」には置き換わらない。 <462> 4.2. 顺接仮定条件/反実仮想 映画、面白くなかった?行か+なかったら/なければ/×ないと、よかったね。お菓子、食べなかったらよかった。外食するなんて知らなかったもん。電話で言ったじゃないか。ひとりでしなかったら、よかったんだよ。 用例 次の用例の「~たら」は「~ば/~と」に置き換わる。 あれだけ一生懸命、頑張ったんだから、一等賞、もらえたら/もらえれば/もらうと、よかったのにね。 朝ご飯食べながら、まだ宿題なの? 昨日のうちに、して + おいたら/おけば/おくと、よかったのにね。 このあいだの出張報告書、まだできないんだよ。もっと早くして + おいたら/おけば/おくと、よかったんだが。 切符、売れ切れだって。徹夜でもして並んでおいたら、よかったよ。 話しておいてくれたら、よかったのに。僕からは言いにくいんだから。 やせたいって? ちょっとダイエット + したら/すれば/すると、いいんだけど。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ばよかった」を参照 使い分け 「A + たら/ば/と + よかった/いい + のに」は、話し手が、事実とは反対のAを仮想しながら、実際は「A + ではなかった/ではない」現実に対して、次のような気持ちを表す場合に使われる。 なお「A + (の) なら」が使えないのは、この場合のAが「聞き手の発言/周囲の状況や事態」ではなく、話し手自身の仮想にすぎないからである。 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~のに/~ものを」を参照 話し手の感情 残念:聞き手への同情 文末形式(「の」は「よかった」が文末になる) 後悔:自業自得の反省よかった+ね/のにね/のだけどね 非難:聞き手への不満 よかった+の/よ/のだが/のだけど よかった/いい+のに/のだ/のよ/ものを 例にあげた「御堂筋線に乗ったら、よかったのに」の使い分けは、次のようになる。 乗ったら:主に聞き手への同情を表し、80%残念 + 20%非難 乗れば:現実へのあきらめを表して、50%残念 + 50%あきらめ 乗ると:話し手の驚きと、聞き手への同情を表して、100%残念 ▶本章 4.1. 「仮定条件/使い分け⑩/述べたて文と『~(の)なら/~たら/~ば/~と』を参照 聞き手が「御堂筋線に乗らなかった」からといって、話し手が迷惑するわけでもないので、非難にはならないが、80%の実現確率を表す「~たら」の場合、80%の期待が裏切られたことになるので、その失望が20%ほどの非難になっている。 これに対して「ケーキ、買ってきたら、よかったのに」という話し手は、おそらくケーキを食べたかったであろうから、100%の非難になる。 <463> 便い分けワンポイント ⑧ 反実仮想「A + たら/ば/と + よかった」の違い「A + たら/ば/と + よかった」の基本的な使い分けは、次の通りである。 ~たら:具体的で個別性のあることについての反実仮想。 期待したAとは正反対の現実に直面したときの気持ちを表す。 聞き手への同情:80%の残念 + α 自業自得の反省:80%の後悔 + α 聞き手への不満:80%の非難 + α (注)上の「+α」は文脈によるが、まえにあるのとは異なる感情。 ~ば:常識や社会的通念など、抽象的で一般的な場合を基準にした反実仮想。通常とは正反対の現実に直面したときの気持ちを表す。聞き手への同情:50%の残念+50%のあきらめ自業自得の反省:50%の後悔+50%のあきらめ聞き手への不満:50%の非難+50%のあきらめ ~と:過去の経験や知識からすると、100%実現する事態に対する反実仮想。 経験や知識とは正反対の現実に直面したときの気持ちを表す。 すべての場合で、100%の「驚き+残念」 (注)「A + なかったら/なければ + よかった」は使える。しかし「~と」は「A が実現しない」場合は想定しないので、否定形式「×A + ないと + よかった」は使えない。 ▶本章 4.1.「仮定条件/使い分け⑩/述べ立て文と『~(の)なら/~たら/~ば/~と』を参照 「置換」(p.461) の「AのあとにB」を表している「A:風邪を引いているなら/B:家で寝ていたら+よかったのに」は、Aが事実でも反事実でもよいので、Aの部分は「引いて+いたら/いれば」に置き換えることができる。ただ同語反復になる「A+たら/ば+B+たら/ば+よかったのに」は不自然になる。 しかし「風邪を引いていると + B」は、話し手の経験や知識からして、Aが起これば、必ずBが起こるという 100%の確信が必要なので、100%ではなく「8割/5割」の反実仮想を表す「~たら/ば + よかったのに」とは矛盾してしまい、一緒に使うことができない。 使い分けワンポイント ⑨ 反実仮想「A + たら/ば/と + よかった」が 表す話し手の感情 「~たら」を基準にすると、先ほどの「置換」や「用例」に示されている話し手の感情は、次のようになっている。 残念:梅田と地下鉄/面白くない映画/もらえなかった一等賞/宿題と朝ご飯後悔:お菓子と外食/できていない出張報告書/売り切れの切符 <464> 非難:神戸とケーキ/風邪なのに家で寝ていない/電話で言っておいた/ 言いにくい話/やせたいのにしないダイエット 反実仮想の「A + と + B」には、話し手の過去の経験からすれば、起こるはずのことが起こらなかったという驚きが含まれている。 「用例」の場合なら、いつものように「出張報告書を書く/切符を買いに行く/問題が起こる/ダイエットする」と、必ず「もうできている/買える/話しておいてくれる/やせる」はずなのに、驚いたことに「できていない/売り切れだった/話してくれなかった/ダイエットしない」のは、とても「残念だ」といった気持ちを表している。 そして「出張報告書/切符」の場合は、さらに「いつもと違うことがわかっていれば+早くしておいた/徹夜して並んでおいた」のに「残念」となる。また「後悔/非難」を表す「~たら/~ば」とは異なり、驚きが前面に出て、むしろ「話し手自身への慰めや言い訳/不可思議や不可解」を表すことになる。 「ダイエット」の場合、次のように比較すると、違いが明らかになる。 ちょっとダイエット + したら/すれば、いいのに。どうしてしないの (↓)。 →ちょっとダイエットすると、いいのに。どうしてしないの (↑)。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 「非難」の「~たら/~ば」では、イントネーションが下がったままになるか、いったんイントネーションが下がって、少し上昇して「疑い」をまじえることもあるが、聞き手を問い詰めたり、第三者をなじったりするような感じになる。 しかし「~と」を使うと、イントネーションは急上昇し、驚きの入り混じった問いかけや、不可思議な気持ちを表すようになる。 使い分けワンポイント ⑩「〜ところ + だ/だった」と「〜そう + になった/だった」 「~ところだ/~ところだった/~そうになった/~そうだった」は、いずれも、文頭に現れる「もう少しで/もうちょっとで/あやうく/あわや」などと呼応し、人のコントロールできない事態が、起ころうとしたが、かろうじて実現しなかったことを表す。 ガス漏れに気づかず、あわや爆発事故が + 起こる/×起こった + ところ + だった/×だ。→ガス漏れに気づかず、あわや爆発事故が起こりそう + になった/だった。 電車で居眠りして、もう少しで乗り + すごす/×すごした + ところ + でした/×です。→電車で居眠りをして、もう少しで乗りすごしそう + になりました。 →電車で居眠りをして、彼はもう少しで乗りすごしそうでした。 道がアイスパンなので、もうちょっとで+転ぶ/×転んだ+ところ+でした/×です。 →道がアイスパンなので、もうちょっとで転びそうになりました。 →道がアイスパンなので、みんた、ようよとって転びそうでした →閉まろうとするドアに飛び込み、男はあやうくけがをしそうでした。 夜道に人影がして、もうちょっとで引ったくりに遭うところ + だった/×だ。 →夜道に人影がして、もうちょっとで引ったくりに遭いそうになった。 →夜道に人影がして、女はもうちょっとで引ったくりに遭いそうだった。 <465> ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~そうだ」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ばよさそうなものだ」を参照 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~そうだ」を参照 「A + もう少しで + 動詞-る/~た + ところだ/ところだった」は、上のような「A =事実」の場合、「-るところだった」しか使うことができない。これは「-る + ところだ」や「~た + ところだ/ところだった」では、この部分も事実になってしまい、反実仮想を表せなくなるからである。一方「A + もう少しで + 動詞ます形 + そうになった/そうだった」は「A =事実」の場合にしか使うことができない。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~たところだ/~るところだ」を参照 私が行けるのなら、すぐにでも出かけるところなのですが。 * 私が行けるのなら、すぐにでも出かけそうになったのですが。 これ、父の好物でした。元気でしたら、食べてもらうところですね。 学費免除のことを言ってくれなかったら、受けなかったところ + です/でした。 * 学費免除のことを言ってくれなかったら、受けなさそうでした。 もうちょっと気づくのが遅いと、あやうく大惨事になったところ + だ/だった。 * もうちょっと気づくのが遅いと、あやうく大惨事になりそうだった。 ガス漏れに気づかなければ、あわや爆発事故といったところ + だ/だった。 今朝、5分、家を出るのが遅かったら、間に合わなかったところ + です 邪魔が入らなかったら、もう少しで釣りあげるところだ *邪魔が入らなかったら、もう少しで釣りあげそうになったのに。 ええ、昨日もし友だちが来ていたのなら、宿題はしないところでした。 あそこでヒットを打っていたら、あの試合、勝っていたところだった。 あの馬券を買っていれば、大穴を当てていたところだったのに。 しかし「A=反事実」の場合は、上のように「A + (もう少しで) + 動詞 - る/~た + ところだ/ところだった」のすべてを使うことができる。これに対して「A=事実」しか表せない「A + 動詞ます形 + (もう少しで) + そう + になった/だった」は、上のように使えなくなってしまう。 電車で居眠りして、もう少しで最終バスに乗れ + ないところだった/なかったところだ/なかったところだった/×ないところだ。 ×電車で居眠りして、もう少しで最終バスに乗れなさそう + になった/だった。 さっきまで友達が来てたから、宿題 + しないところだった/しなかったところだ。 ところが ' A + 動詞 + ないところだった/なかったところだ/なかったところだった」は、Aが事実でも反事実でも使えるようになる。逆に「A + ます形 + そう + になった/だった」は、たとえ「A=事実」であっても、否定の形では使うことができない。これは「~なさそうだ」や「ます形 + そうにない」が状況判断を表して、反実仮想にはならないからである。 反実仮想を示す場合の「~ところ」は、よく使われる「場所/時間」ではなく、ある特殊な「場面/状況/事態/事の成り行き」といったものを表し、現実には「実現+しない/しなかった」ことが、話し手の遭遇した重大な事態であることを表している。 したがって、過去の実現しなかった事実は、プラスの場合もマイナスの場合も可能になり、もし、Aがプラスの内容なら「かえすがえすも残念だ(遺憾)/今となってはと <466> 4.2. 顺接仮定条件/反実仮想 り返しがつかない (後悔) / A をしておけばよかったのに (非難)」といったマイナス評価を表し、A がマイナスの内容なら「A が実現しなくてよかった (幸運)」というプラス評価を表すことになる。 使い分けワンポイント 「A=反事実」を表す「A+B動詞-る/~た+ところだった」は、Aが「プラス/マイナス」の場合、Bで「プラス/マイナス」になる反事実の結果を仮想するが、同時に、現実の結果は逆になるので、AとBがプラス、つまり現実がマイナスなら「残念/後悔/非難」を表し、AとBがマイナス、つまり現実がプラスなら「幸運」といった評価をする。また「A=事実」を表す「A+B-る+ところだった」の場合、Aがマイナスの事実のときは、Bで反事実のマイナス結果を仮想するので、実際のプラスの結果に対して、プラス「幸運」の評価をすることになる。 「A + Bます形 + そうになった」の場合は、Aがマイナスの事実、Bが反事実のマイナス結果しか仮想することができない。しかし、実際のプラスの結果に対して、プラス「幸運」の評価ではなく、プラスの感情である「ほっとした安堵」の気持ちを表す。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~そうだ」を参照 さらに、もともと「~そうになる」が、話し手の「予感/予想」を表しているので、ここの「~そうになった」は、マイナスの「予感/予想」が裏切られたことを表し、いわば「危機一髪で、プラスに逆転」といった「喜び」の感情が添えられている。つまり「~ところだった」よりも、はるかに高揚した気分を表している。 カラオケ、あまりの楽しさに/※楽しさのあまり、時間を忘れるところだった。 →カラオケ、あまりの楽しさに/楽しさのあまり、時間を忘れそうになった。 母の死。あまりの悲しさに/※悲しさのあまり、火葬場で叫びだすところだった。 →母の死。あまりの悲しさに/悲しさのあまり、火葬場で叫びだしそうになった。 ▶本文8.2.「極限/原因と結果/あまりの~・~のあまり 「あまりの + 楽しさ/悲しさ + に」なら使える「〜ところだった」が、もし「楽しさ/悲しさ + のあまり」と呼応すると不自然に感じられるのは、前者「あまりの〜に」が、過去を振り返り、理性が働いて、そのときの状況を判断したり評価したりする場合に使われるのに対して、後者の「〜のあまり」は、過去の感情をそのままリアルタイムで再現する場合に使われるからである。 ~ところだった:過去を振り返って、そのときの状況を回想し、理性的に評価する。たとえAが直前の経験であっても、まるで遠い過去の経験であるかのように、その事態を冷静に受けとめ「幸運/残念+だった」という評価をする場合に使われる。 ~そうになった:リアルタイムで過去を思い出し、そのときの感情を追体験する。つまり、たとえAが直前の体験ではなく、遠い過去の経験であっても、Aを直前のこととして思い出し、そのとき感じた「安堵の気持ち」を再現する場合に使われる。 <467> 「A=事実」の「A + 動詞-る + ところだった」と「A + 動詞ます形 + そうになった」は、どちらも「話し手の体験」であるが、以下のような違いがある。 使い分けワンポイント ⑫ 「~そうになった」と事実を表す「~(の)なら」「A + 動詞ます形 + そうになった」は、反事実の仮定条件「A + (の)なら/たら/ば/と」とは呼応しないが、たとえ事実を表す「A + (の)なら」の場合でも、次のように呼応しない。 電車で居眠りをしたのなら、乗りすごしてしまうのに。 × 電車で居眠りをしたのなら、乗りすごしてしまいそうになった。 道がアイスバンだったのなら、転んでしまうのに。 × 道がアイスバンだったのなら、もうちょっとで転びそうになりました。 神戸に来ていたのなら、一緒に六甲山からの夜景でも見に行ったのに。 × 神戸に来ていたのなら、一緒に夜景でも見に行きそうになったのに。 上の例「A + (の) なら」は、聞き手が話した「A=事実」という情報、つまり「道がアイスバンだった/電車で居眠りをした/神戸に来ていた」を「~(の) なら」で受けて、話し手は、はじめ2例なら「もしそれが本当なら+転ばなかった/乗りすごさなかった」のは「不思議だ/おかしい」と思っており、最後の「それなら+一緒に夜景を見に行けた」のに「残念だった」と評価している。 これに「Bます形+そうになった」が使えないのは、たとえAが事実であっても、聞き手の発言や周囲の状況などを根拠にする「A+(の)なら+B」では、話し手の経験を表せないし、Bが「残念/意外/非難」といったマイナス評価を表しているので、プラスの感情「ほっとした安堵」を表せないからである。 電車で居眠りをしたのなら、乗りすごしてしまうところだった(+ ×のに)。 →電車で居眠りをしたのなら、乗りすごしてしまったところ + だ/だった。 道がアイスバンだったのなら、転んでしまうところだった(+ ×のに)。 →道がアイスバンだったのなら、転んでしまったところ + だ/だった。 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~のに」を参 「A = 事実」の場合に使える「A + (の) なら + 動詞 - る + ところだった + のに」に置き換えても、やはり不自然になるが、これも、話し手の体験を表さず、プラス評価「幸運」を表さないからである。 しかし「A + (の) なら」を「A = 反事実」の仮定条件に読みかえ、マイナス評価を表す文末の「~のに」を消せば、不自然ではなくなる。 また「A=事実」の場合は使えない「A+動詞+た+ところだ/ところだった」も「A=反事実」なら、使うことができるようになる。これも、上のような例では、文末に「~のに」をつけることができない。 使い分けワンポイント ⑬ 人称制限のある反実仮想の「~そうだった」 ガス漏れに気づかず、もう少しで爆発事故が起こりそう + になった/だった。私/彼 + は、電車で居眠りをして、もう少しで乗りすごしそうになりました。→彼/×私 + は、電車で居眠りをして、もう少しで乗りすごしそうでした。 <468> 4.2. 顺接仮定条件/反実仮想 みんな/私+は、道がアイスバンで、もうちょっとで転びそうになった。→みんな/×私+は、道がアイスバンで、もうちょっとで転びそうでした。男/私+は、ドアに飛び込み、あやうくけがをしそうになりました。→男/×私+は、ドアに飛び込み、あやうくけがをしそうでした。夜道に人影がして、女/私+は、引ったくりに遭いそうになった。→夜道に人影がして、女/×私+は、引ったくりに遭いそうだった。 ▶本文10.6.「チダリティの表現/状況判断/ 「A=事実」になる「A+ます形+そうだった」は、話し手が第三者の立場から、ある事実に反する事態を観察している場合に使われ、話し手の体験を表すことはできない。これは、もともと「動詞ます形+そうだ」が、話し手の観察した周囲の状況に対する現時点での「予感/予想」を表し、現在の状況をそのまま過去へとスライドした「動詞ます形+そうだった」が、過去の時点において話し手がとらえた周囲の状況に対する「予感/予想」が裏切られたことを表すからである。 つまり「~そうだった」は、傍観者としての話し手が、観察した事態を客観的に描く場合に使われる。 「昨日/さっき/今、電車で居眠りをして、もう少しで乗りすごしそうだった」のが、話し手の「私」でもよいが、この「私」は「昨日/さっき/今」の「私」であり、現在の傍観者としての「私」とは別人である。 つまり、傍観者の「私」が「昨日/さっき/今」の「私」を、第三者として描いていることになる。 したがって「A + ます形 + そうだった」は、たとえ話し手自身のことであっても、話し手に「観察/描写」された第三者では、話し手自身の感じる「安堵」の気持ちを表すことができない。 使い分けワンポイント ⑭ 文末「〜ところ + だ/だった」と「〜そう + になった/だった」 文末で使われる場合の違いをまとめると、次のようになる。 ▶モーダス要素については、巻末「文/モーダス要素」を参照 なお、Aが反事実の場合は、順接仮定条件「A + (の) なら/たら/ば/と」などが使われ、事実の場合は、順接確定条件「+て/から/ので」などが使われる。 <469> 使い分けワンポイント ⑮文中「〜ところ + だ/だった」と「〜そう + になった/だった」 文中で使われる場合の違いは、次の通りである。 (注)「~そうだった」は、話し手が傍観者の場合に使われる。 「~そう + になった/だった」に「~から/~ので/~と/~て/名詞」などが接続する場合、次のように「~ところ + だ/だった」には置き換わらない。 歩道のない道は、車にはねられそう + になります/です + から、怖いですね。 ×歩道のない道は、車にはねられるところ + です/でした + から、怖いですね。 遅れそう + になった/だった + ので、駅から走ったが、結局、間に合わなかった。 ×遅れるところ + な/だった + ので、駅から走ったが、結局、間に合わなかった。 うつ病に陥りそう + になる/だ + と、彼女はいつも話を聞いて励ましてくれる。 ×うつ病に陥るところ + だ/だった + と、彼女はいつも話を聞いて励ましてくれる。 お酒の飲みすぎか、友だちが死にそう + になり/で、救急車を呼びました。 あの人が、木登りしてて落ちそう + になった/だった + 子を、助けてくれたんだ。 遠泳していて、足がこむら返りになり、溺れそうになったことがある。 ×遠泳していて、足がこむら返りになり、溺れそうだったことがある。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~たところだ/-るところだ」を参照 上の「ます形 + そうだ」は「予感/予想/様子/状態」を表しているだけで、反実仮想や「安堵」の気持ちを表しているわけではない。 また、この場合の「~ところ」は、反実仮想の「場面/状況/事態/事の成り行き」ではなく、単なる「時間」を表しているだけなので、置き換えることができない。 ▶本節「使い分け③/人称制限のある反実仮想『~そうだった』を參照 「~そうだった」が使えるのは、たとえ事態が起こる直前であっても、なお時間的な余裕のある場合で、一分一秒が生死にかかわる最後の「溺れる」の例は、置き換えると不自然になる。 会社に遅れるところだったが、駅から走ったので、間に合った。 →会社に遅れそう + になった/だった + が、駅から走ったので、間に合った。 ヒットが出て、勝てるところだったのに、結局は、負けてしまった。 →ヒットが出て、勝てそう + になった/だった + のに、結局は、負けてしまった。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど」の「接続」を参照 「~そう + になった/だった」と「-るところだった」に互換性が生まれるのは、上のような「A + が/~け(れ)ど(も)/のに」などが後接する場合である。この場合は、 <470> 4.3. 顺接仮定条件/一般条件 反実仮想を表し、Aが独立した文として扱われるので、使い分けは、文末の場合「使い分け⑭」と同じになる。 「会社に遅れそうだったが」の場合、たとえ話し手自身のことであっても、自分を第三者のように見なして、結果「間に合った」ということを冷静に観察していることになる。 上のような「A + ところだ」は、Aが事実でも反事実でも使えるので、むしろ「状況」を表す「~ところ」と理解するほうがわかりやすい。 4.3. 顺接仮定条件/一般条件 置換 [般-例1] 水というものは、100℃になれば、沸騰して水蒸気になる。 次のように、置き換え可能。 ×水というものは、100℃に + なるのなら/なったら、沸騰して水蒸気になる。→水というものは、100℃になると、沸騰して水蒸気になる。 次の例は「~たら/~と」に置き換わる。 今はいくらつらくても、冬が+すぎれば/すぎたら/すぎると+春になるって言うじゃないか。もう少しの辛抱だよ。 人のためになることを + すれば/したら/すると、幸せを感じるという人がいる。眠く + なれば/なったら/なると、本当にあくびが出るね。とまらなくなったよ。風呂に入って湯船に + つかれば/つかったら/つかると、歌を歌いたくなるんだ。悪い癖なんだが、おなかが + すけば/すいたら/すくと、腹が立ってくるんだよ。父は生前、晴れて + いれば/いたら/いると、朝夕、2時間ずつ散歩してました。昔は、お酒を + 飲めば/飲んだら/飲むと、決まって顔が赤くなったものです。 用例 次の用例は「~と」にしか置き換わらない。 気温は、100メートル高く+なれば/なると/×なったら、1℃低くなる。 水が+流れれば/流れると/×流れたら、高いほうから低いほうへと移動する。 生命体は、生まれれば/生まれると/×生まれたら、死ぬ運命にある。 車社会に+なれば/なると/×なったら、多くの人が交通事故で亡くなっていく。 生活が豊かになれば、助け合うことがなくなり、人の絆がもろくなる。 <471> 宇宙の起源を尋ねれば、ビッグバンという大爆発から始まったらしい。実験結果を比べれば、この DNA が作用しているとしか思えない。本当のことを申し上げれば、この事業の成功率は 30%にすぎません。 使い分け 上の例は、一般条件によって導かれた、自然界や人間にとっての普遍的な事実か、反復や習慣を表している。 「~(の)なら」は、聞き手の発言や周囲の状況を受けて、話し手が想定した仮定条件を表すので、このような場合には使えないし、具体的で個別的な場合に使われる「~たら」も、基本的には使うことができない。 しかし [般-例1] の「水」の場合でも、もし、妹の宿題を手伝っている姉が、なべに水と温度計を入れて火にかけ、泡立った瞬間に、次のように「~たら」を使っても、不自然な響きにはならない。 ほら、今、湯気がいっぱいでしょう?ね?これ、水蒸気っていうものなのよ。さあ、温度計をごらんなさい。ほら、100℃になってるでしょう?水というものはね、100℃になったら、沸騰して水蒸気になるよ。 たとえ一般条件であっても、上のように、1回きりの具体的で個別的な経験としてとらえる場合は、ときに「~たら」が使われることもある。 「置換」のほかの例でも、話し手が「どの冬でも/人のために何かをするたびに/こうして眠いときは/湯船につかるたびに/おなかがすいたときはいつも/その日の天気がよいときは/お酒を飲むたびに」といった、ひとつひとつ、1回1回のイメージを頭に浮かべていれば、確定条件となる「~たら」を使うことができる。 ▶本章 4.4.「確定条件/使い分け②/既実現の確定条件」を参照 使い分けワンポイント ① 一般条件の「~ば」と「~と」 一般条件を表す場合は、通常「〜ば」と「〜と」が使われ、両者の違いは、次のようになっている。 ~ば:論理学的、演繹的、または科学的に導き出した「自然界/人間界」の「普遍的真理/法則/公理/公式」といったものを表す場合に使われる。また、この普遍的真理などが、新しい情報として聞き手に提供される場合は「抽象的/説教的/独断的」に響くので、書き言葉や演説など、不特定多数の聞き手へのお知らせといった場合が多い。 ▶本文 1.5.「主題/展開/~といえば・~というと」を参照 ~と:経験論的帰納的、または直感的に導き出した「自然界/人間界」の「普遍的真理/道理/常識/知恵」といったものを表す場合に使われる。この話し手の経験に基づく新情報は「具体的/説得的/共感的」に響くので、日常会話で多く使われ、聞き手は、話し手の言葉に、新鮮な驚きを感じたり、納得したりする場合が多い。 次のような「~ば」は「~と」に置き換えることができない。 <472> 4.3. 顺接仮定条件/一般条件 A = B で、かつ、B = C になる場合は、A = C になるが、もし A = B ではあるが、B ≠ C で + あれば/×あると、A = C とはならない。 もし「犬は動物である」といった命題が成り立つ場合、必ず「動物で + なければ/×ないと、犬ではない」という命題も成り立つ。しかしながら「犬で + なければ/×ないと、動物ではない」といった命題は、必ずしも成り立たない。 「努力 + なければ/×ないと、成功なし」って言うじゃない。あきらめないでね。 「~と」は、過去の経験や知識を寄せ集めて、話し手の頭のなかで「過去に成り立っていることは、今回も成り立つし、将来も成り立つはずだから、いつも『普遍的』に成り立つはずだ」という意識が動いた場合に使われる。 宿題しておかないと、先生に叱られるんでしょう? どうしてしないの。 早く食べないと、遅れますよ。はい、お弁当。ちゃんと持たないと。忘れ物は? 何、それ。格好ばかり気にして、暖かくしないと、風邪を引いてしまいますよ。 ▶本章 4.1.「仮定条件/使い分け⑨/確信の『~と』」を参照 上のような「~ないと」という否定的な発想は、否定的な考えが肯定的な考えよりも優先する場合にしか、使うことができない。 これに対して「~ば」は、話し手の過去の経験や知識を超えた、教科書的な事実に寄りかかりながら、いわば「教条的/主義的/ドグマ的」に述べる場合に使われるので、上の「~と」を「~ば」に置き換えて使うと、聞き手は「うるさいなあ」という反応を 年上の人が年下の人に向かって、いわば「亀の甲より年の功」といった生活の知恵で、一般条件の「~と」を使うと、ぴったりする。 これに対しての例「〜ぱ」は、「A=B/犬/努力」の例のように、たとえ一面しかいわなくても、肯定的側面と否定的側面を同時にとらえていることをほのめかすので、やや理屈っぽいところがあり、経験の少ない若い人が使うと、生意気になってしまう。 ▶本章 4.1.「仮定条件/使い分け⑩/述べ立て文と『〜(の)なら/〜たら/〜ば/〜と』を参照 例えば、山登りをしていて、一般条件に「~たら」を使っても、不自然さを感じさせないが、これを「登れば」にかえると、教科書の受け売りといった感じなる。 気温って、100メートル登ると、1℃くらい低くなるんですよ。 「登ると」にかえると、話し手の経験を背景とするので、伝聞「~ってね」が消えて、上のようになる。 伝聞のない「登ると」を「登ったら」にすると、今回の山登りで、科学的事実を再確認しているようになり、もし「登れば」を使う人がいれば、かなり傲慢か、知識をひけらかす人、さもなければ、生徒に向かって授業中の先生といった印象になる。 しかし「用例」(p.470) の「生命体/車社会/生活」は、経験や生活実感として、成人が「~と」を使うことはあっても、具体的で個別的な事態を示す「~たら」を使うには、あまりにも抽象的で一般的な内容なので、上の「気温」や「使い分け」の「水」とは異なり、たとえ成人であっても使うことができない。 <473> 「用例」の「宇宙の起源を尋ねれば/実験結果を比べれば/本当のことを申し上げれば」は、新しい情報を提供する場合の「前置き/前触れ」的な役割を果たす慣用的な言い方で、あとにくる「新情報=普遍的真理」などを導くための一般条件として使われている。この場合の「~ば」と「~と」の使い分けも、普通の一般条件の場合と同じである。 ▶本節「使い分け①/一般条件の『~ば』と『~と』を参照 先生に宇宙の起源を + 尋ねたら/尋ねると/※尋ねれば、ビッグバンなんだって。今回と前回の実験結果を比べたら、前回のほうが有効な気がします。本当のことを申し上げたら、お怒りになるかもしれませんね。 しかし、あとにくるものが普遍的真理などでなければ、確定条件を表して、一般条件と仮定条件を示す「~ば」は使えなくなり、上のように「~たら/~と」が使われる。 ▶本章 4.1.「仮定条件/使い分け⑪/『~(の)なら/~たら/~ば/~と』のまとめ」を参照 置換 [般-例2] ご飯って、どうすれば、おいしく炊けるものなのですか。 次のように、置き換え可能。 ご飯って、どう + したら/すると/×するなら、おいしく炊けるものなのですか。次の例は「~たら/~と」に置き換わる。 どれだけ練習 + すれば/したら/すると、あんな日本語が話せるようになるのか。 健康のために、毎朝、起きれば/起きたら/起きると、どんな運動をなさるのですか。 夏ばてで食欲がない? どんな料理を + すれば/したら/すると、食欲が出るの? 今日の会議のことですけど、もしも議長の朴さんが風邪で + 来なければ/来なかったら/来ないと、どうすることになっているのですか。 あの、来月のイベント、こんなふうに + すれば/したら/すると、どうでしょう。この道を歩いて + 行けば/行ったら/行くと、海の見えるところに出ますか。風邪だな。これをすませて、お風呂に + 入れば/入ったら/入ると、すぐ休むよ。 次の例は「~ば」を使うことができない。 今晩、ご飯、食べたら/食べると/※食べれば、どうするつもりなの? 久しぶりだから、映画でも見に行かない? このまま朝まで飲んで 十 いたら/いると/※いれば、私たち、一体どうなるの。 あんなに礼を 十 言われたら/言われると/※言われれば、かえって、こちらのほうが恐縮しちゃうよね。 だめよ、だめ!! そんなに + 走ったら/走ると/×走れば、転んじゃう。だめ、やめて。だめったら。あっ、だめ!! 車!! 止まりなさ〜い!! 次の例は「~と」を使うことができない。 経費節減?じゃ、ひとり一品ずつ、何か持って+くれば/きたら/×くると? 遅くなっても+よろしければ/よろしかったら/×よろしいと、来週には、本社から取り寄せておきますが。 ちょっと待って。これ、あと5分も+あれば/あったら/△あると、終わるから。 高血圧です。車、やめて、歩くように+すれば/したら/△すると、いかがです? ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~てはどうか・~はどうか/~たらどうか・~とどうか」を参照 用例 次の用例の「~ば」は、置き換えることができない。 月が地球の周りを + 回れば/×回ったら/×回ると、地球は太陽の周りを回る。 <474> 4.3. 顺接仮定条件/一般条件 北京が政治の中心で + あれば/×あったら/×あると、上海は経済の中心である。近ごろの若い男性は、料理も + すれば/×したら/×すると、育児もしますよ。人生、塞翁が馬。いいときもあれば、悪いときもあるものです。 週末は、アルバイト。スーパーのレジもすれば、倉庫の整理もします。何年ローンの家であっても、買えば買ったで、何とか払えるものだよ。車なんて、なければないで、快適に暮らせるよ。それに健康的だしね。人は、暑ければ暑いで文句を言い、寒ければ寒いで愚痴を言うものだ。金というものは、なければ困るが、あればあったで、不幸の種になる。語学は、学べば学ぶほど、難しくなるが、そこが面白くなるところでもある。愛は、深ければ深いほど、空気のように澄んで見えなくなってしまうと言われる。犬も歩けば棒に当たる/風が吹けば、桶屋がもうかる/噂をすれば影。三人寄れば文殊の知恵/塵も積もれば山となる/捨てる神あれば拾う神あり。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる/家を出れば七人の敵あり/人を見れば泥棒と思え。終わりよければすべてよし/急がば回れ/毒を食らわば皿まで。 毎日、3万歩、歩いてさえいれば、成人病にかかる心配はない。→毎日、3万歩も歩いていない限り、成人病にかかる恐れがある。 使い分け 「置換」にあげた例のうち「~ば」が使えない例は、一般条件ではなく、確定条件を表している。また「~と」が使えない例は、聞き手に対する「提案/申し出/依頼/お勧め」などを表し、〈働きかけ文〉として機能している。 「~ば」が「~たら/~と」と互換性のある場合の使い分けは、基本的に〔般-例1〕の「使い分け」(p.471)と同じ。ここでも、仮定条件しか表さない「~(の)なら」は使うことができない。 ご飯というものは、木桶などを使って、少量の水で米を研ぎ、米の1.2倍の水につけ、20分~30分してから火にかけ、はじめは中火、沸騰して強火、しばらくして弱火にし、こげるにおいや音がするまで、そのまま火にかけておいて、火を消し、それから10分以上、蒸らせば、おいしく炊けるものです。 「般-例2」に示した「ご飯」の例は、まず上のような解答となる文が存在し、少し長いが「木桶」から「蒸らせば」を「どうすれば」にかえて、文末の「~です」を「~なのですか」にしたものである。 料理番組の司会者が、ご飯がおいしいことで有名な料亭の主など、料理の専門家に尋ねている感じがする。 これを「どうしたら」にすると、ご飯がおいしく炊けなくて、文句を言われた人が、近所の人に尋ねているようになり、さらに「どうすると」にすると、近所のお料理上手なおばあさんに、秘訣を教わろうとしているところになる。 「練習/健康/夏ばて」も、上と同じように、話し手が、どんな人から解答を得ようとしているかによって、3つが使い分けられている。 次の「今日の会議/来月のイベント」は、具体的で個別的な場合なので、普通は「~たら」が使われるかもしれない。 しかし「今日の会議」の場合は、聞き手に解答を求めているので、聞き手が会議の責任者なら「〜ば」が、ベテランのメンバーなら「〜と」が、選ばれる可能性が強い。「来月のイベント」の場合は、聞き手への提案なので、話し手がイベントのエキスパー <475> トか、そのつもりの人であれば「~ば」が、経験者であれば「~と」が、自然と口をついて出るのではないかと思われる。 ▶本章 4.1. 「仮定条件/使い分け⑤/仮定条件『~たら/~ば』の違い」を参照 ただ「〜ば」と「〜たら」を比べた場合、聞き手への「働きかけ/問いかけ」では、仮定条件の場合と同様に、前者に丁寧さが感じられるので、たとえ「聞き手/話し手」が素人であっても、フォーマルな場になればなるほど「〜ば」が選ばれる可能性が高くなる。 「~ぼ」は、既存の専門的な情報のやりとりに使われるが、このような情報は、公開されていて、知っていれば、誰でも知っている内容なので、話し手や聞き手にすれば、いわば「旧情報」の場合に使われる。 これに対して「~と」は、個人的な経験に基づく情報のやりとりに使われるが、このような情報は、いわば非公開の私文書といえるものなので、話し手や聞き手にとって「新情報」の場合に使われる。 したがって「~と」で解答を求める場合は、聞き手の経験に敬意を表していることになり、提案する場合は、話し手の自信を示して、聞き手を納得させ、安心させるような響きがある。 特に地図などに頼らず、道を「尋ねる/答える」といった場合、もっともスタンダードに使われるのは「〜と」である。 例えば「この道を歩いていくと、海の見えるところに出ますか」と聞かれれば、次のように答えるのが、聞き手を安心させる言い方である。 この道を、まっすぐ歩いていくと、海の見えるところに出ますよ。 これを「歩いていけば」にすると、丁寧さや聞き手に対する敬意が高まるので、道案内人は、いかにもご近所にお住まいの年配の方か、日焼けしたお巡りさんが目に浮かぶ。 「歩いていったら」なら、聞き手は年下の若い人か、子どものイメージになり、〈非敬体〉にした上のような言い方がぴったりである。 また「風邪だな。これをすませて、お風呂に入れば、すぐ休むよ」という例は、聞き手に「早めに寝る用意をしてくれ/早めに休むことを覚えておいてくれ」といったメッセージを送っていると思われるが、日常の習慣を表すので、話し手は「風邪気味のときは、いつもそうするように」という気持ちをほのめかし、聞き手のほうも「ああ、またか」とうなずいて、双方、納得する場面になる。 しかしこれを「お風呂に入ると」にすると、習慣を表す一般条件ではなく、確定条件になって、話し手は「いつもと違って、今日はすぐ休む」をほのめかしているので、聞き手から「どうしたの、今日は。体の具合でも悪いの?」といった同情の言葉を引き出せるかもしれない。確定条件の「~と」も新情報を表す。 ▶本章 4.4.「確定条件/使い分け①/未実現の確定条件」を参照 「お風呂に入ったら」も確定条件で、習慣などは念頭になく、ただ「風邪気味だから、今日は」と言っているにすぎない。 <476> 使い分けワンポイント ③ 一般条件「生活習慣と経験」 「置換」(p.473) のように、生活習慣や経験、または規律や技術などについて問いかける場合、基本的に「~たら/~ば/~と」が使われるが、使い分けは、次のようになっている。 ▶本章 4.1. 「仮定条件/使い分け⑨/確信の『~と』を参照 ~たら:ケースバイケースで、個人的な意見やノウハウを、情報として聞き手に求めたり、提案したりする場合に使われる。 この情報は「話し手/聞き手」にとって、新情報の場合でも、旧情報の場合でも、使うことができる。 ~ば: フォーマルな場で、科学的で専門的な意見やノウハウを、情報として聞き手に求めたり、提案したりする場合に使われる。 この情報は「話し手/聞き手」にとって、誰もが知っている旧情報である可能性が高い。 ~と:インフォーマルな場で、経験に裏打ちされた意見やノウハウを、情報として聞き手に求めたり、提案したりする場合に使われる。 この情報は「話し手/聞き手」にとって、情報をもつ人のほかは、誰も知らない新情報である。 「置換」の「×今晩、ご飯、食べれば、どうするつもりなの? 久しぶりだから、映画でも見に行かない?」という例は、習慣ではなく、具体的で個別的な「今晩」の予定を尋ねているので、抽象的で一般的な仮定条件か、一般条件を表す「~ば」を使うことができない。 ▶本章 4.1.「仮定条件/使い分け⑤/仮定条件『~たら/~ば』の違い」を参照 今晩、ご飯を食べれば、どうしますか。久しぶりに映画でも見に行きますか。このまま朝まで飲んでいれば、私たち、一体どうなるのですか。 しかし〈敬体〉を使えば、上のように「食べたら」の丁寧な表現になって、書き換えることができる。ほかの例でも同じである。ただ、親しい〈ウチ〉で使う〈非敬体〉の場合は、やはり「~たら」が多用されるし、もっとも素直な表現である。 聞き手への問いかけに、〈非敬体〉か〈敬体〉で「食べる/飲んでいる + と」を使った場合、聞き手の「経験=新情報」を求めていることになるので、いつもとは違った楽しみやアバンチュールを期待していることになる。 〈非敬体〉でも〈敬体〉でも、これを「~たら」にすると、期待がなくなり、ごく普通に「食後の予定/これからの成り行き」を尋ねていることになる。 「あんなに礼を言われると」は、話し手の「経験=新情報」を表しているので、話し手は何度か「あんなに礼を言われた」ことがあり、その経験から「あんなに礼を言われるのは苦手だ」という新情報のメッセージを、自己主張を表す文末の「~よ」とともに、聞き手に送っている。しかし、もしかすると、聞き手も「礼を言われるのは苦手」かも <477> しれないと考え、さらに同意を求める「~ね」をプラスしている。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~(のだ)よ・~(のだ)ね・~(のだ)よね」を参照 これが「~たら」になると、今回は特に「あんなに礼を言われた」ことになり、文末の「~よね」は、とっさに思いついた「自分の考え/印象/感想」を、聞き手に押しつけながら、同意を求める話し手の気持ちを表している。 これを「~ば」にかえると不自然になるのは、誰でも「あんなに礼を言われれば」になり、一般性のある仮定条件を示して、文末の〈非敬体〉と不協和音を響かせるからである。もし〈敬体〉にして、一般性をもたせると、後半は「かえって、こちらのほうが恐縮してしまうものですよね」になって、違和感が消える。 「だめ!! そんなに走ったら、転んじゃう」は、走っていく子どもを見た親の素直な心配が表れている。しかし「だめ!! そんなに走ると、転んじゃう」は、過去の経験を思い出し「こんなに走る場合は、必ず転ぶはずだ」と直感したことになるので、もちろん「だめ!!」は叫び声であるが、あとの「そんなに走ると、転んじゃう」は「あ、だめ、あんなに走ると、転んじゃうよ」に近い独り言になり、叫びというより、つぶやきになると考えられる。 ▶本章 4.1.「仮定条件/使い分け⑧/仮定条件『~たら/~ば/~(の)なら』と非敬体命令」を参照 こういった場合に「だめです。そんなに走れば、転んでしまいます。車ですよ。止まってください」にかえると聞き手は子どもではなくなってしまうし、まして自分の子どもではありえない。また、自分の子どもに向かって「だめ!! そんなに走れば、転んじゃう」といえる親がいれば、まるで映画のロボットのように、すばやく状況をデジタル計算して、冷静に判断してしまう人であろう。 ▶本章 4.1. 「仮定条件/使い分け⑥/仮定条件『~ば』と非敬体」を参照 使い分けワンポイント④~たら?・~ば? 〈働きかけ文〉になるので「~と」が使えない「置換」(p.473)の例は、基本的には、いずれも「~ば」のほうが「~たら」よりも丁寧になる。 ▶本章 4.1.「仮定条件/使い分け⑤/仮定条件『~たら/~ば』の違い」を参照 ▶本章 4.1.「仮定条件/使い分け⑨/確信の『~と』を参照 しかし「経費節減?じゃ、ひとり一品ずつ、何か持ってくれば?」は、あとの「どう/どうなの/どうかな」などを省いてしまっているので、丁寧なはずの「〜ば」が、ぞんざいな言い方へと転落し、逆効果を表して「よそよそしさ/冷たさ」を感じさせ、投げやりな「提案/お勧め」になってしまう。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~ば?・~たら?」を参照 どこが痛いって?ちょっと擦りむいただけね。お薬、塗っておけば?もう、おなかがすいたの?じゃ、冷蔵庫に何かあるから、食べれば?今晩、遅くなるんですね?お好きになされば?先に寝ていますから。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/女性非敬体の『~のね』を参照 何かあると「死にたい」って言うわね。本当に死にたければ、死ねば? 上の例は、丁寧な「~ば」が響いて、いかにも女性が使うと似合いそうであるが、こ <478> 4.3. 顺接仮定条件/一般条件 れを「~たら」に置き換えて「塗っておいたら?/食べたら?」にすると、親しさが「思いやり/温もり」を表して、親身な「提案/お勧め」になる。 しかし、もともと聞き手に対する痛烈な皮肉で使われている「お好きになされば?/死ねば?」を、いくら「お好きになさったら?/死んだら?」にかえたところで、やさしさなどは響いてこない。 「~たら?」のほうは〈ウチ/ソト〉に使えるが、話し手の機嫌の悪さを感じさせる「~ば?」は〈ウチ〉でしか使えない。 また「遅くなっても+よろしければ/よろしかったら」の例が「×遅くなってもよろしいと」に置き換わらないのは、この部分だけでも、聞き手に許可を求める機能を果たして〈働きかけ文〉になるからである。 とてもお似合い + でございます/です、お嫌い/おいや + で + なければ/なかったら。お花見、みなさん、参加なさるそうですよ、お忙しく + なければ/なかったら。明日、お届けできるかと存じます。お差し支え + なければ/※なかったら + (ご住所を)。始めて + よければ/よろしければ、始めさせていただき + ます/たいのです + が。申し上げてもよろしければ、お子様は、あなた様に似ておられません。 最初4例の「~なければ」も、この部分だけで「お勧め/勧誘/依頼/許可請求」を表しているが、〈ヨソ〉に対して使われる〈超敬体〉である。 「お差し支えなければ」は、デパートなどの接客用語なので、〈敬体〉「お差し支えなかったら」にすることができない。また、最後2例の「︸て(も)+ よければ/よろしければ」も、聞き手に許可を求めているが、後の言葉につつく「前置き/前触れ」の役割を果たす慣用的な言い方で、どちらも「︸て(も)+ よかったら/よろしかったら」にすることができない。 しかし、最初2例の「~お嫌い/おいや/お忙しく+なかったら」は、親しい関係の〈ソト/ヨソ〉に対してなら使われ、〈超敬体〉より〈敬体〉のほうがふさわしくなる。ただ「置換」で「△」を印した「これ、あと5分もあると、終わるから/歩くようにすると、いかがですか」や「ひとり一品ずつ、何か持ってくると、どう?」は、〈働きかけ文〉ではなく、〈述べ立て文〉や、その〈問いかけ文〉として、使う人がいるかもしれない。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~たらどうか・~とどうか」を参照 この場合の話し手は、聞き手に向かって「提案/依頼/勧告」といったものをしているのではなく、過去の経験から思いついた自分の考えを、提示しているだけである。 使い分けワンポイント ⑤ 「~ば/~と」の慣用表現 「用例」(p.473) の「~ば」は、いずれも慣用的な使い方なので、置き換えることができない。 1. 「用例」の「月」~「週末」/並列条件 AがB + ば、CはD:「AがB」と同様に「CはD」 AもB + ば、CもB: AもCもB ▶本文 1.7.「主題/累加/並列のバリエーション」を参照 <479> 2. 「用例」の「何年」~「金」/同一条件 動詞A + ば A + た + で + B 形容詞A + ば A - い + で + B Aによって予想したことが、プラスでもマイナスでも、同じ結果 B になる ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件」を参照 何とか三浪して、入学できたが、入学したらしたで、今度は、学費を稼ぐために、毎日、アルバイトに追われている。 脱サラして、小さな会社を興し、夢が叩って社長になったが、なったらなったで、資金線りに、あちこち頭を下げ回っている。 この同一条件は、個別性を強調したい場合、上のように「~たら」が使われることがあるが、ここの「用例」の例は、置き換えると不自然になる。 3.「用例」の「語学」と「愛」/変化の条件 A + ば A - る / - い + ほど + B 程度Aの高さに応じて、変化Bが起こることを表す ▶本文6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~ほど・~ば~だけ」を参照 4.「用例」の「犬」~「虎穴」/ことわざ 次の例は「~と」を使ったことわざで、逆に「~ば」には置き換わらない。 月にかさがかかると雨になる/来年のことを言うと鬼が笑う。 風邪は人にうつすと治る/夜に口笛を吹くと蛇が出る。 夜に爪を切ると親の死に目に会えない。 人が噂をするとくしきみが出る/耳がかゆくなる。 人が噂をすると+~~ 「~ば」を使ったことわざは、いかにも「~ば」にふさわしい、やや理屈っぽいものが多いが、上のような「~と」を使ったものは、経験を重ねたかのような言い伝えや迷信が多い。おそらく、これを言いはじめたときは、冗談にも聞こえて、ユーモアのある新鮮な響きがしたにちがいない。 使い分けワンポイント ⑥ 「~ば」の使えない一般条件 〈働きかけ文〉で「~ば」が使えないのは、次のような「禁止/回避」を聞き手に指示する場合である。 大阪駅に行くのなら、谷町線に + 乗っては/×乗れば、だめですよ。 →大阪駅に行くのなら、谷町線に + 乗ったら/乗ると、だめですよ。 この辺りは、急に深くなるところがありますから、泳いでは/×泳げば + 危険です。 →この辺りは、急に深くなるところがありますから、泳いだら/泳ぐと + 危険です。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~てはならない・~といけない」を参照 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~ては」を参照 <480> 4.3. 顺接仮定条件/一般条件 会話で一番よく使われるのは「~たら」であり、〈働きかけ文〉で使えない「~と」に置き換えると、ここでも、過去の経験を提示していることになる。 ▶本節「使い分け④/~たら?・~ば?」を参照 このような場合に、具体的で個別性のある「~たら」に対して、抽象的で一般性のある「~ば」の代わりに使われるのが、マイナス評価を表す「~ては」である。 「~ては」と対照的に、プラス評価の「~ば」が得意とするのは、次のような「義務/任務/当為」などの命令を聞き手に指示する場合である。 ▶本節 4.1.「仮定条件/使い分け⑨/確信の『~と』を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/当為『~べきだ』系バリエーション/当為とは?」を参照 食事が+すめば/すんだら/すむと、すぐ会議室へ。 登山隊は、登頂を+果たせば/果たしたら/果たすと、ただちに下山のこと。 健康を維持+したければ/△したかったら/※したいと、なるべく少なく食べて、できる だけ多く歩く生活習慣を養うべきである。 一般的な命令を示す「健康」は、文末が反語的な「~べきだ」の場合、使う人がいるかもしれないが「~たら」に置き換えると不自然な響きになる。さらに希望を表す「~たい/ほしい」が条件に使われると、仮定条件しか表さなくなるので、特に「~と」とは結びつかない。 しかし「食事/登山隊」は、1回きりの場合や、毎回それぞれの場合を念頭に置けば「~たら」を使うことができる。ただ、人間的なやさしさやルーズさが響いてしまい、絶対服従という非情で、厳格な規則や規律を表せなくなって、迫力の欠けるものになる。 止まれ!! 止まらないと撃つぞ/動くな。動くと撃つぞ。 家に入ると音を立てるんじゃない/あの角を曲がると走るんだ/洗濯が終わると掃除する。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~のだ/~る/~じゃない」を参照 押されると押し返せ/打たれると打ち返せ。 追い越されたら/×追い越されると+追い越せ。 逃げたら/×逃げると+追え。 このような合図をすると、すぐに下りてくるように。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/働きかけの『~ように』と主格の不一致」を参照 予定が遅れています。ホテルに着くと、すぐ食事をしていただきます。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ていただく」を参照 疲れているから、ホテルに着くと、すぐシャワーを浴びて休みます。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/意志動詞の『辞書形-る』と『~ない形』」を参照 ホテルに着いたら/※ホテルに着くと、夕食まで、休んでください。 また「食事/登山隊」の例は、規律的な命令、または個別的な命令を表し、話し手の過去の経験が提示できる場合ではないのに「~と」が使われているが、これは、上のような「~と+すぐ」を表しているからである。もし「すぐ」という同時性がなければ、使うことができなくなるが、この場合の「~と」は、実際の内容は〈働きかけ文〉にも〈情意表出文〉であるが、見かけの上で〈述べた文〉になっていれば、使うことができる。これらは「~たら」に置き換わるが、同時性を表さなくなり、タイムラグが生じて、 <481> 間延びした感じになり、緊迫感がなくなってしまう。 「×押されると押し返せ/×打たれると打ち返せ/×追い越されると追い越せ/×逃げると追え」は、使う人がいるかもしれない。ただ「Aと(+すぐ)B」の文末が命令形になると、やはり不自然さは残る。 使い分けワンポイント⑦~ば・~ては・~では 話し手が、あるAの場合に「すべきである」か「すべきではない」かを判断する場合、前者の「すべきである」を導く一般条件Aには「~ば」が使われ、後者の「すべきではない」を導く一般条件Aには「~ては」が使われる。 早寝早起きをして、規則正しい生活をしていれば、長生きできます。 徹夜や暴飲暴食など、不規則な生活をしていては、長生きできません。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~てはならない」を参照 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~ては」を参照 両者は2つ1組のパートナーとなって、上のように、人の行為の両面、つまり行ないの善し悪しを描き分ける。また次のように、具体的で個別性のある場合でも同様である。 あのカウンターへ行けば/×行っては、本を借りられますよ。 あのカウンターへ行っては/×行けば、本は借りられませんよ。 2つをまとめると、次のようになる。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/当為『~べきだ』系バリエーション/当為とは?」を参照 ~ば: 話し手の「すべきだ」というプラス評価を表す。聞き手に対して「義務/当為」などを要求する。 ~ては:話し手の「すべきでない」というマイナス評価を表す。聞き手に対して「禁止/回避の必要」などを指示する。 (状態) 名詞への接続は「(状態) 名詞 + なら/では」であるが、書き言葉で、まれに「~で + あれば/あっては」が使われることがある。後者の話し言葉は「ては→ちゃ/では→じゃ」になることが多い。 「~ては」は「~ては+だめだ/いけない/ならない」のように、はっぎりと「禁止/回避」を指示する表現よりも、会話では、むしろ「~ては+困る/問題になるかもしれない/非難される/叱られる/恥ずかしい」といった、婉曲的に話し手の「迷惑/当惑/ためらい」をほのめかす否定的表現が好まれる。 来月、試合なのだから、もっと頑張ってくれなくては困る。 →もっと頑張ってくれ + なかったら/なければ/ないと・+ 困る。 もうよせば? これ以上、お酒を飲んじゃ、歩けなくなっちゃうから。 →お酒を + 飲んだら/飲めば/飲むと、歩けなくなっちゃうから。 こんな営業をしていちゃ、遅かれ早かれ、リストラされちゃうよ。 →こんな営業をして + いたら/いれば/いると、リストラされちゃうよ ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~とだめだ」を参照 <482> 4.3. 顺接仮定条件/一般条件 しかし「~ては」は、たとえ婉曲的な表現になっても、話し手の言いたいことは「禁止/回避」であり、上の例は、それぞれ「もっと頑張れ/もう飲むな/こんな営業はするな」という「命令/勧告」である。しかし「~たら/~ば/~と」に換えると、ただ「仮定条件/確定条件」を表しているにすぎない。 無断で欠席しては、問題になるかもしれないから、電話でもしておけ。そんなことを言って、噂にでものぼっては、非難されるのがおちだぞ。それくらいのこと、ちゃんとできなくては、恥ずかしいでしょう? あっ、もうこんな時間だ。大変、早く帰らなくちゃ、叱られちゃうよ。少しくらい融通をきかさなくては、今の世の中、やってられないよ。そんなに太っていては、自己管理のできない人と思われちゃいますよ。 上の例も、婉曲的に表現しているだけである。 高血圧ですね。車をやめて、少し歩くようにしては、いかがですか。 いくら話し合っても、ラチがあかないから、課長に相談しては、どう? 何もそんなに急がなくても、もう少し様子を見てみては、どうですか。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~てはどうか・~ばどうか」を参照 ▶本節「使い分け④/~たら?・~ば?」を参照 上のような「お勧め」も、実のところは「従わなければ+責任はもてない/何が起こっても知らない」といった「勧告」である。 かような対策であっては、問題を解決すべき一助にすらなるまい。 こんな値段をつけたんじゃ、誰も買わないに決まってるじゃないか。 あまりにも几帳面では、人生、損をするよ。しなやかに生きなきゃあ。 こんなこともできないようでは、これから先、どうするつもりですか。 連休も明日までだな。のんびり本なんか読んではいられなくなるな。 来週から試験が始まるんだから、もう遊んで (ばかり) はいられないよ。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務」の次を参照「~てはだめだ・~てはいられない・~てばかりはいられない」 上の最後2例は慣用的な使い方なので、この場合は「︸ては」しか使えない。 ナイフなどの刃物というものは、こうして手前から向こうへと、押すように + 使えば/使うと/×使ったら、危なくないが、向こうから手前に、引くように + 使うと/×使ったら/×使えば/×使っては、危険になる。 上の例は、ナイフの使う場合の指示ではなく、説明なので「~ては」を使うと不自然になる。個別性がないので「~たら」も不自然、マイナス評価なので、後半は「~ば」も使えない。話し手の経験と新情報の提供で「~と」がベストである。 こんな対策では、問題など解決できない。 こんな値段じゃ、誰も買わないに決まってるじゃないか。 客商売だから、いくらアルバイトでも、ネクタイなしでは、困るよ。 欠席届けなしじゃ、あとで問題になるから、早く出しておけ。 ▶本文3.7.「順接確定条件/前提条件/~なしでは~ない」を参照 「A + ては」のAが名詞になる場合は、上のように「~では」が使われる。話し言葉なら「~じゃ」になることがある。最後2例は「~なし」という「~ない」の古語が使われ、名詞と同じ扱いを受けている。 <483> 使い分けワンポイント⑧~と+すぐ 「Aと+すぐB」は、AとBとの間に、緊密な連動性のあることを示すが、〈述べ立て文〉にしか使えない通常の「~と」とは異なり、〈働きかけ文/情意表出文〉や、それらの〈問いかけ文〉でも使うことができる。 ときに「すぐ」は省略されることがある。 もうそろそろ12時だから、それが+すむと/すんだら、(すぐ)休憩しようか。 残業で遅くなった日は、家に帰って、ご飯を+食べると/食べたら、すぐ寝たいんです。 部長が来るまで待機していてください。部長が+来ると/来たら、すぐ会議です。 了解。連絡が+入ると/入ったら、すぐお知らせします。 ▶本節「使い分け⑥/『~ば』の使えない一般条件」を参照 ▶本文2.5.「時の表現/基準時瞬間/~とすぐ・~次第」を参照 ▶本文6.2.「変化の表現/変数/『~次第』の使い方」を参照 「Aと+すぐB」は〈働きかけ文/情意表出文〉の場合でも、やはりAが話し手の経験に裏打ちされた一般条件や確定条件になる。もし話し手の経験ではなく、そのとき限りの個別的な状況に基づく場合なら、確定条件を示す「Aたら+すぐB」が多用される。 ▶本章 4.4.「確定条件/使い分け①②/未実現の確定条件/既実現の確定条件」を参照 使い分けワンポイント ⑨ ~さえ~ば・~ないかぎり・ ~てはじめて・~なければ~ない A + さえ~ば + B:Bの実現にはAの条件で十分。A以外は不要。 A + ない限り + Bない:Bの実現にはAの条件が、絶対に不可欠。 接続:動詞ます形/動作名詞 + さえすれば 動詞て + ざえいれば 形容詞 - く/(状態)名詞で + さえあれば ▶本文8.3.「極限/類推/ざえ/~に限らず」を参照 ▶本文8.1.「極限/状態/~かぎり」を参照 ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~に限る/動詞『限る』のまとめ」を参照 A + て + はじめて + B:Aの条件こそが、Bの実現を可能にする。 A + なければ + B + できない:Bの実現には、Aの条件が必要だ。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~なくてはならない」を参照 「A + さえ~ば + B」と「A + ない限り + B」とは、いわば一枚のコインを、表から見るか、裏から見るかの違いなので、次のように置き換えることができる。ただ、表のほうが楽天的な見方で、裏のほうが悲観的な見方という違いはある。 憲法を変えさえすれば、軍事大国になれると考える人が増えている。→憲法を変えない限り、軍事大国になれないと考える人が増えている。遊んでいられさえすれば、幸福だという人を、理解できますか!? <484> →遊んでいられない限り、不幸だという人を、理解できますか!?検定試験に合格してさえいれば、それだけで出願資格は十分です。 →検定試験に合格していない限り、出願資格はありません。背が高くさえあれば、うちのチームにスカウトしたい。 →背が高くない限り、うちのチームにはスカウトしたくない。 静かでさえあれば、どんな部屋でも予約してください。 →静かでない限り、どんな部屋も予約しないでください。 やさしい人でさえあれば、お金などなくても、結婚します。 →やさしい人でない限り、お金などあっても、結婚しません。 努力さえすれば、成功できる。 →努力しない限り、成功できない。 ▶本文3.7.「順接確定条件/前提条件/~かぎり(は)・~さえすれば」を参照 ▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~とはかぎらない」を参照 ▶本文1.7.「主題/累加/~に限らず」を参照 どちらも、すべての文で使うことができるが、Bが実現する唯一の条件として、Aを仮定しているので、もしAが実現しない場合、Bは実現せず、現状は変化しないことを暗示している。 自分さえよければ、人はどうでもいいと思っている人が多い。 お金さえあれば、ほかには何も要らないでしょう? 何が必要ですか。 子どもがいてさえくれれば、夫などいてもいなくてもかまいません。 法律が変わらない限り、悪法であっても、今の法律に従ってください。 祖父の話は、混乱しない限り、脱線したほうが、かえって面白い。 ただ、上のような「Bの裏」が考えられない場合は、置き換わらない。この場合、最初にあげた「Aさえ~ばB/Aない限りBない」の接続パターンと合致していない。 憲法を変えてはじめて、軍事大国になれると考える人が増えている。→憲法を変えなければ、軍事大国になれないと考える人が増えている。→憲法を変えてこそ、軍事大国になれると考える人が増えている。 書類審査と筆記試験に合格していてはじめて、出願できます。→書類審査と筆記試験に合格していなければ、出願できません。 ×書類審査と筆記試験に合格していてこそ、出願できます。 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理 「A + さえ~ば + B」と「A + ない限り + Bない」に互換性があれば、それぞれ「A + てはじめて + B」と「A + なければ + Bない」に置き換わることがある。しかし、前者のペアに使われているAは、Bを実現させる唯一の条件であるが、後者のAは、Bを実現させるいろいろな条件のうち、最初に必要なものであるにすぎない。 したがって、例えば「努力してはじめて成功する」は「才能もなければ成功できない」 したがって、例えば「努力してはじめて成功する」は「才能もなければ成功できない」といった響きがある。 「~なければ~ない」には、文の種類に制限はないが、もう一方の「~てはじめて」には、〈述べ立て文〉という制限があるので、最初の「背が高く/静かで/やさしい人」の例には使うことができない。 あなたに会って + はじめて/×さえいれば、男と女の愛情がわかったような気がします。→あなたに会わ + なければ/×ない限り、男と女の愛情がわからなかった気がします。 <485> 外国で生活してはじめて、自分の考えの偏狭さに気づくことができた。→外国で生活しなければ、自分の考えの偏狭さに気づけなかったはずだ。 また「~さえ~ば/~ない限り+B」は、〈基準時B以前既実現〉の確定条件を表すことができないが、上のように「~てはじめて/~なければ~ない」は可能である。憲法を変えたからには、軍事大国になれると考える人が増えている。遊んでいられる限りは、幸福だという人を、理解できますか!? 〈基準時現在未実現〉の「~さえ~ば/~ないかぎり」を、〈基準時以前既実現〉にかえる場合は、上のような前提条件が使われる。 使い分けワンポイント⑩~ぬき + に・で・にして スポンサーからの資金をぬきにして (は)、この番組は成り立たない。 →スポンサーからの資金ぬき + に/で、この番組は成り立たない。 法律は、私たちの生活を規制するものですが、法律ぬきに/法律がなければ、社会生活を満足に営むこともできない。 新製品の実用化は、開発チームの努力ぬきには、考えられないことだ。 ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~ぬきで(は)~ない・~ぬきで」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 ▶本文 3.4.「順接確定条件/手段/『~で』の使い方」を参照 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/~にする」を参照 「名詞Aを + 抜きにして (は) + Bできない」は、Bを実現するには、Aの存在が不可欠であることを表している。Aが必要条件を示す「Aがなければ + Bできない」よりも、Aを前提条件にした言い方である。 今朝は朝寝坊をして、朝食ぬきで来ましたから、おなかが空きました。上司ぬき + に/で、カラオケに行って、パーッと騒がないか。仕事の話/前置き + はぬきに(して)、今日は無礼講と行きましょう。冗談はぬきに(して)、本当に困ってるんだから、少し貸してくれよ。 上のような肯定の文末と呼応するものは、文字通りに意味「Xを+抜いて/しないで/除いて/やめて」を表している。 使い分けワンポイント ナワンポイント ~ないことには~ない・~ことなしに(は)~ない/ ~ことなく 努力 + しないことには/することなしに、成功は + しない/できない。 →成功するためには、努力を避けていることはできない。 憲法を + 変えないことには/変えることなしには、軍事大国になれないと考える人が増えている。 →軍事大国になるためには、憲法を変えることを避けることができない。 遊んで + いられないことには/×いられることなしに/×いられることなく、不幸だという人を、理解できますか!? 幸福になるためには、遊んでいることを避けることができない。 検定試験に合格 + していないことには/×していることなしには/×していることなく、 出願資格は不十分です。 $ ^{*} $出願資格は、検定試験合格を避けることができない。 <486> あなたに + 会わないことには/会うことなしには、男と女の愛情がわからなかった気がします。 →男と女の愛情がわかるには、あなたとの出会いは避けられなかった。 外国で生活 + しないことには/することなしには、自分の考えの偏狭さに気づけなかったはずだ。 →自分の考えの偏狭さに気づくには、外国での生活が不可避だった。 背が+高くないことには/×高いことなしに/×高いことなく、うちのチームにスカウト+できない/×しない。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/意志動詞の『辞書形-る』と『~ない形』」を参照 静かでないことには、どんな部屋も予約+できない/×しない。 やさしい人でないことには、お金などあっても、結婚+できません/△しません。 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~ことには」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/感情語 + ことには」を参照 「A動詞/形容詞 - く/(状態)名詞で + ないことには + Bない」は、先ほど示した「使い分け⑨」の「A + なければ + Bない」と同じ「AはBのための必要条件/Bの実現にはAが不可欠」という意味を表すが、〈述べ立て文〉にしか使うことができない。 この場合のAには、話し手からみて、プラス評価の事態でも、マイナス評価でもくることができる。しかし、もう一方の「動詞Aーる + ことなしに (は) /ことなく + Bない」のAには、動詞しか使うことができないし、マイナス評価の事態だけがきて「AはBのための必要条件/Bの実現にはAが不可避」という意味を表す。やはり〈述べ立て文〉にしか使うことができない。 病気や死に直面すること + なしに/なく、人間的な成長はありえない。 →病気や死に直面しないことには、人間的な成長なんかありえないよ。 昔話のライオンのように、子どもを崖から突き落とす勇気をもつこと + なしに/なく、子どもを大きく育てることはできない。 相手を傷つけること + なしに/なく、結婚生活を送ることはできない。→相手を傷つけないことには、結婚生活は送れないと思うな。 そんなの、お金がないことには、始まらないじゃないの。 多少のリスクは負わないことには、ビジネスなんてできないよ。 ×多少のリスクは負うこと + なしに/なく、ビジネスなんてできないよ。 「A + ことなしに (は) / ことなく + Bない」は、どちらも書き言葉で、ほとんど違いはないが、前者に、現代語の「~ない」にあたる古語の否定「~なし」が使われているので、後者よりも硬い書き言葉に使われる。これに対して「A + ないことには + Bない」は、話し言葉にも書き言葉にも使われる。 これからも、変わることなく/変わらず(に)+ 友達で + いよう/いたい。 大降りの雪だったが、新幹線は + 遅れることもなく/遅れず(に)、新大阪に着いた。 マラソンランナーたちは、両親をはじめとする大勢の声援のまえを、立ち止まることも、 振り返ることもなく、通りすぎていった。 石につまずいて転んだ子は、泣くこともなく、笑顔で立ち上がった。 <487> →転んだ子は、泣きも + しないで/せずに + 笑顔で立ち上がった。 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~ないで・~なくて/~ずに」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~なくて・~ないで」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/『~も』の使い方/類推の『~も』の使い方」を参照 Bが肯定の場合にも使われる「動詞A-る+こと(も)なく+B」は、すべての文に使うことができ、およそ「〜ないで」や、古語的な「ない形+ずに」と同じ意味を表すが、違いは、前者が、類推の「〜も」があってもなくても「遅れる/泣く/変わる+こともあるのに」という話し手の気持ちを表している点である。 類推の意味は「ます形+も+しないで/せず(に)」でも表せるが、簡潔さを好む人なら、話し言葉で「〜こと(も)なく/〜もせず(に)」を使うかもしれない。 努力 + (すること)なく/せず + して、成功は覚束ない。 遊ぶことなく/遊ばず + しては、不幸なりという者など、理解できぬ。 検定試験に合格 + することなく/せず + して、出願する能力ず。 外国で生活 + することなく/せず + しては、己の偏狭さには気づけぬ。 死に直面 + することなく/せず + して、人間的成長などありえぬものだ。 雪だったが、新幹線は + 遅れず/遅れることなく + して、到着した。 →雪だったが、新幹線は遅れもせずして、到着した。 彼らは、立ち止まりも、振り返りもせずして、通りすぎていった。 ▶巻末「古語/助動詞/否定『ず』」を参照 「動詞A - る + ことなくして (は) + B + ない/ず」と「動詞Aない形 + ずして (は) + B」は、それぞれ「使い分け⑪」の「A + ことなしに (は) + Bない」と「A + ことなく + Bない」に対応している古語であるが、上のように、Aは、プラスマイナスの事態「不可欠/不可避」に使うことができる。 ただ、古語というより、むしろ漢文を読み下す場合に多用されるので、非常に硬い書き言葉になり、最初の例のように引用の中なら、現代語でも使われているかもしれない。 4.4. 顺接仮定条件/確定条件 置換 [確-例1] 明日の日曜日も、洗濯をしたら、掃除も料理もするつもりだ。 次のように、置き換え可能。 明日の日曜日も、洗濯を+すると/×すれば/×するなら、掃除も料理もするつもりだ。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~つもりだ」を参照 <488> 4.4. 顺接仮定条件/确定条件 「明日」を「昨日」に書き換えると、次のように「~たら」も不自然になる。 昨日の日曜日も、洗濯を + すると/×したら/×すれば、掃除も料理もしてしまった。 次の〈基準時過去以前既実現〉の例では、場面によって「~と」以外は不自然になる。 お風呂に入って、晩ご飯を + 食べたら/食べれば/食べると、テレビを見ます。 →昨日は、晩ご飯を + 食べると/×食べたら/×食べれば、テレビを見ました。 宿題を + したら/すれば/すると、友だちとカラオケに行きます。 →昨夜、宿題を + すると/△したら/×すれば、友だちとカラオケに行きました。 このコーヒーを + 飲んだら/×飲めば/飲むと、取り引き先を回ってみるよ。 →さっきコーヒーを + 飲むと/△飲んだら/×飲めば、取り引き先を回ってみたんだ。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/意志動詞の『辞書─る形』と『~ない形』」を参照 用 例 次の「~たら」は「~と」と互換性がある。 仁川空港に着いたら、ソウルから友だちが迎えに来ていた。 教えられた通りやってみたら、今度は自分でも驚くほど、うまくいった。 水平飛行に移ったので、窓をのぞいたら、眼下は輝かんばかりの雲海だった。 コートの襟を立てて、外に出てみたら、風もなく、思ったより暖かかった。 疲れたので、早く休もうと思って帰ってみたら、家のなかで友だちが待っていた。 2階の窓に向かって「李さ~ん」て呼んだら、玄関から犬が出てきた。 本屋へ雑誌を買いに行ったら、高校の同級生に出会って、びっくりしちゃった。 花粉症なの?昨日、この薬を飲んだら、意外なほど効いたよ。試してみる? 病院へ行って注射をしたら、熱が下がって、体も頭も少し楽になった。 事務所で書類を整理していたら、突然、見知らぬ人が尋ねてきた。 クラフトショップをのぞいていたら、突然、後ろから、軽く肩をたたかれた。 久しぶりの連休に、家で料理をしていたら、会社から緊急呼び出しを受けた。 シャワーを浴びていたら、電話が鳴り、おまけにチャイムまでが鳴りはじめた。 10 月に入ったら、さすがに残暑も消えて、朝夕はめっきり肌寒くなってきた。 これが山荘の夏。日が暮れたら、急に気持ちよい涼風が窓から入り込んできた。 彼岸が過ぎたら、汗ばむようになり、昨日は半袖を出して衣替えをした。 木枯らしが静まって、夜が明けてみたら、外は一面の銀世界だった。 クエン酸水に、重炭酸ソーダを入れたら、どうなったのですか。 「病は気から」って本当ね。会社を辞めたら、元気になったじゃない。 学校から帰ったら、宿題もしないで、友だちと一緒に遊びに行ったの? 昨日、ぼくにメールを出したら、エラーメッセージが来たって、本当? 父は昨夜、ご飯を食べて、テレビニュースを見たら、すぐ寝ましたね。 うちの子、昨夜、遅く帰ってきたら、あちこちに電話していましたよ。 呼ばれて彼が社長室に入ったら、社長が電話に向かって怒鳴っていたそうだ。 その日、妻が残業で遅く帰ったら、夫が台所で食事の用意をしていたらしい。 使い分け 聞き手や周囲の状況に左右される〈働きかけ文〉や、100%実現可能な「話し手の意志」を除く〈情意表出文〉では、事態が実現するかどうかは「相手次第/お天気まかせ/状況の成り行き/時と場合」によって変化し、話し手のコントロールできるものではないので、すべては「もし実現+する(の)なら/した(の)なら/したら/すれば+命令/依頼/勧誘/申し出/希望/願望」といった仮想のお話で、仮定条件である。 <489> ▶本章 4.1. 「仮定条件/使い分け⑨/確信の『~と』を参照 しかし [確 - 例 1] は、話し手が自分自身で決めた自分の行動予定を表す〈述べ立て文〉か、話し手の意思を表す〈情意表出文〉なので、100%実現する可能性のある確定条件を表している。 確定条件の場合、仮定条件しか表さない「~(の)なら」は、使うことができない。しかし、もし「明日の日曜日は、洗濯をしたら、何をするつもりなの」と聞かれた場面なら、次のような返答をすることはできる。 そうねえ。明日の日曜日も、洗濯をしたのなら、掃除も料理もするつもりなの。 ただ、この場合でも、話し手は「もし洗濯をしたら」という仮定で話しているので、確定条件にはならない。 明日の日曜日も、洗濯をすれば、掃除も料理もするつもりなのです。 ▶本章 4.1.「仮定条件/使い分け⑤/仮定条件『~たら/~ば』の違い」を参照 また「~ば」も、仮定条件か一般条件しか表さないので、確定条件には使えないが、仮定条件の場合と同じように、もし〈~たら+非敬体〉を〈~ば+敬体〉にかえれば、使うことができる。 明日の日曜日も、洗濯もすれば、掃除も料理もするつもりだ。 ▶本章 4.3.「一般条件/使い分け⑤/『~ば/~と』の慣用表現」を参照 「~ば」が並列条件を表す場合は、〈非敬体〉でも使うことができる。 使い分けワンポイント ① 未実現の確定条件 話し手が、100%実現する可能性のある自分自身の予定や意思などを述べる場合は、次のように「A+たら/と+B」で、確定条件を表すことができる。 これから、ご飯を + 食べたら/×食べると、すぐ散歩に出て、帰って + きたら/×くると、(あ、そうだな)、先にシャワーを浴びて、それから、ビデオを + 見たら/×見ると、今日は疲れてるし、早く寝ようかな。 →ご飯を食べると、すぐ散歩に出て、帰ってくると、(×あ、そうだな)、シャワーを浴び、それからビデオを見ると、少し本を読み、歯を磨くと、早く寝ることにしよう。 〈基準時現在未実現〉の場合、〈非敬体〉で「~たら」も「~と」も使うことができるが、違いをまとめると、およそ次のようになる。 まるで望遠鏡を覗くかのように、現時点から近未来を見通しながら、話し手が自分の行動予定を「Aをきっかけにして、Bを行なう」という形で、話していく場合に使われる。 現時点という視点から、行動予定を話しているので、話し手は、話のあいだに、現時点での考えを挿入することができる。 (注) 書き言葉や〈敬体〉の場合「~たら」の代わりに「~ば」が好まれる。 ~と:あたかも近未来ヘタイムスリップして、シミュレーションするかのように、話し手が自分の行動予定を「Aをして、すぐさまBを行なう」 <490> という形で、話していく場合に使われる。 視点を近未来という現場にすえ、まるで移動カメラを操って、自分自身を撮影しているかのように語っている話し手は、連続する行動予定をそのまま展開させているだけなので、現時点での考えを挿入することはできない。 本節「使い分け⑧/『~たら』のデュアルタイムと『~と』のリアルタイム」を参照 使い分けワンポイント ② 既実現の確定条件 昨日、ご飯を + 食べると/×食べたら、すぐに散歩に出て、1時間ほどで帰って + くると/×きたら、シャワーを浴び、ビデオを + 見ると/×見たら、少し本を読んで、歯を磨くと/×磨いたら、早く寝た。 しかし〈基準時現在以前既実現〉の場合、話し手の行動予定に「~たら」を使うと、不自然になる。これは、既実現の「AたらB」が、現時点という視点から過去を振り返り、そのとき「Aをきっかけに、新しいBを発見した」といった話し手の思い出を話すために使われるからである。 上の例で「ご飯を食べて散歩に出た/散歩から帰ってシャワーを浴びた/ビデオを見て本を読んだ/歯を磨いて寝た」ことが、もし話し手にとって「新しい経験/新しい発見」であれば、次のように使うことはできる。 ご飯を食べたら、すぐ散歩に出て、帰ってきたら、シャワーを浴び、ビデオを見たら、少しは本も読んだし、歯を磨いたら、すぐに寝ることもできた。昨日は、何と健康的で充実した時間の過ごし方をしたのだろう。 したがって「置換」(p.487) の「洗濯をして掃除も料理もした/ご飯を食べてテレビを見た/宿題をして友だちとカラオケに行った/コーヒーを飲んで取り引き先を回ってみた」も、話し手にとって新しい経験であれば、既実現の「へたら」に置き換えることができる。 使い分けワンポイント ③ 確定条件の「~たら/~と」と時間的継起の「~て」 未実現であれ、既実現であれ、一連の出来事を、時間の流れにしたがって述べる場合、通常は時間的継起を表す「~て/~てから」などが使われる。 ご飯を食べて、すぐ散歩に出て、帰ってきて、シャワーを浴びて、ビデオを見てから、少し本を読んで、歯を磨いて、寝よう/寝た。 ▶本文2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~てから・~て」を参照 上の例は、出来事が並んでいるだけで、何のメリハリもなく、あまりにも平板すぎて、まるで小学生の日記のような印象を与えるし、会話で使用すると、聞き手を笑わせるか、うんざりさせるだけである。 会話にメリハリをつけ、聞き手に耳を傾けさせるため、時間的継起を表す場合に「A + たら/と + B」が使われる。 しかし「用例」(p.488) の「新しい発見/新しい経験」といったものを導く使い方は、たとえ時間的継起を表しているからといっても、基本的に「~て/~てから」などを使って置き換えることができない。 <491> 使い分けワンポイント ④ 確定条件の「~たら/~と」と「新発見/新経験」 「用例」(p.488)「仁川」から「病院」までの「A+たら/と+B」は、話し手の動作Aが実現したときに、話し手が、B「新しい発見/新しい経験」をしたことを表している。 仁川空港に着くと、ソウルから友だちが迎えに来ていた。 教えられた通りやってみると、今度は自分でも驚くほど、うまくいった。 水平飛行に移ったので、窓をのぞくと、眼下は輝かんばかりの雲海だった。 コートの襟を立てて、外に出てみると、風もなく、思ったより暖かかった。 疲れたので、早く休もうと思って帰ってみると、家のなかで友だちが待っていた。 2階の窓に向かって「李さ~ん」て呼ぶと、玄関から犬が出てきた。 本屋へ雑誌を買いに行くと、高校の同級生に出会って、ぴっくりした。 花粉症なの? 昨日、この薬を飲むと、意外なほど効いたよ。試してみる? 病院へ行って注射をすると、熱が下がって、体も頭も少し楽になった。 「用例」の「~たら」の場合、話し手は、現在の自分自身に視点を残したまま、過去を振り返って、そのときの経験を語っていることになる。 たとえて言えば、夢の中で、自分の姿は見えないけれども、夢という舞台にたって演技をしている「私」が感じられ、その「私の目」を通して、舞台の「状況/推移」を見ながら話している感じになる。 いわば私たちが目覚めて「周りの状況/現実」を見ているのと同じ、素直な「視点/まなざし」であり、過去をそのまま追体験していることになる。 これを上のように「~と」に置き換えると、話し手は、いわば「舞台監督の目」をもつ語り手となり、自分自身とは別の視点をもって、その場面を見つめたり、眺めたりすることになる。 たとえて言えば、自分自身の姿が見える夢を見ているようなものになり、夢という舞台にたって演技をしている「私」も、ただひとりの登場人物にすぎず、その「私」を含めた夢舞台の「状況/推移」を見つめる語り手、つまり、もうひとりの「私」が話しているような感じにかわる。 いわば私たちが、ある文学的な方法を使って、現実を描くのと同じ技巧的な「視点/まなざし」であり、舞台監督の立場から「過去/現在/未来」を操っていることになる。したがって、もし「~と」を使った場合、話し手が「新しい発見/新しい経験」をしたという「素直な気持ち」や「驚き/感動」は薄らいでしまう。 事務所で書類を整理していると、突然、見知らぬ人が尋ねてきた。 クラフトショップをのぞいていると、突然、後ろから、軽く肩をたたかれた。 久しぶりの連休に、家で料理をしていると、会社から緊急呼び出しを受けた。 シャワーを浴びていると、電話が鳴り、おまけにチャイムまでが鳴りはじめた。 上の4例は、話し手の動作Aの真っ最中に、新しい事態Bが起こったことを表しているが、やはり「用例」の「~たら」を、上のように「~と」にかえたとたん、小説風になり、何か事件でも起こりそうな気配にかわってしまう。 10月に入ると、さすがに残暑も消えて、朝夕はめっきり肌寒くなってきた。 これが山荘の夏。日が暮れると、急に気持ちよい涼風が窓から入り込んできた。 <492> 4.4. 顺接仮定条件/確定条件 彼岸が過ぎると、汗ばむようになり、昨日は半袖を出して衣替えをした。木枯らしが静まって、夜が明けてみると、外は一面の銀世界だった。 上の4例は、自然の変化Aが、新しい変化Bを起こしたことを表している。もとの「用例」の「~たら」を、上のように「~と」にかえると、ただ感じたままの「印象/思い出」が、客観的な季節の移ろいの描写になり、手紙の冒頭や最後の挨拶に使ったり、日記などに書いたりすることができる。 クエン酸水に、重炭酸ソーダを+入れると/入れて、どうなったのですか。 「病は気から」って本当ね。会社を+辞めると/辞めて、元気になったじゃない? 学校から+帰ると/帰って、宿題もしないで、友だちと一緒に遊びに行ったの? 昨日、ぼくにメールを+出すと/出して、エラーメッセージが来たって、本当? 上の4例は〈問いかけ文〉で、聞き手の動作Aが実現したとき、どんな新しい変化Bが起こったかを尋ねたり、いつもとは異なる変化Bを確認したりしている。 「~たら」は、感じたまま、思いついたままの素直な質問、これを「~と」にすると、観察している気配が生まれ、冷静に判断しながらの「確認/情報収集」になる。 この4例は「~て」にも置き換わるが、とりたてて興味を示さない、おざなりの質問にかわってしまう。 父は昨夜、ご飯を食べて、テレビニュースを+見て/見ると、すぐ寝ましたね。うちの子、昨夜、遅く帰って+来て/来ると、あちこちに電話していましたよ。 上の2例は、家族について質問された話し手が、聞き手に返答している場面と思われるが、こうした場合も「用例」のように「~たら」を使うと、昨夜の様子を自分の目に映ったまま語っていることになる。 これも「~て」にかわるが、質問した聞き手の意図「いつもと違う様子はなかったか」をはぐらかし、いつも同じように「テレビニュースを見て、すぐ寝た/遅く帰ってきて、電話していた」という返答になって、聞き手を満足させないかもしれない。 これを「~と」にかえると、話し手も、聞き手と同じ疑問を抱いているような感じにかわり、どうして「すぐ寝たんだろう/あちこち電話したんだろう」と、探偵まがいの推理を働かせていることになる。 昨日ね、彼が社長に呼ばれて行ったらね、誰に向ってかは、わからなかったらしいんだけどね、社長が、電話に向かって怒鳴っていたんだって。 その日ね、奥さんが残業で遅くなって帰ったらね、珍しいことに、ご主人が台所にたって、食事の用意をしてくれていたって話なんだけど。 「用例」最後2例の「~たら」を使った「彼/妻」は、もし会話で使うとすれば上のようになる。この場合の話し手は「彼/妻」が「社長室に入った/家に帰った」ところを目撃していない。ただ「彼/妻」か、ほかの誰かから聞いた話をしているだけである。つまり「社長が怒鳴っていた/夫が食事の用意をしていた」現場を目撃したのは、まさに「彼/妻」であり、その現場を見つめる視点は、話し手のものでなく、ほかでもなく「彼/妻」のものである。 「彼/妻」の目に映ったそのままを、技巧も修正も粉飾も加えず「彼が社長室に入ったら社長が電話に向かって怒鳴っていた/妻が遅く帰ったら夫が台所で食事の用意をしていた」と話し手が語っている。 <493> 呼ばれて彼が社長室に入ると、社長が電話に向かって怒鳴っていた。その日、妻が残業で遅く帰ると、夫が台所で食事の用意をしていた。 ここでも上のように「~と」にかえると、小説まがいになり、話し手がカメラをもって移動し、ロングからズームアップして「彼が部屋に入る/妻が帰る」ところをとったカメラアイを、すぐさま「社長/夫」へと向けて、受話器に向けた社長の口、サラダを作る夫の手が、画面にいっぱいに広がるといった感じを「聞き手/読者」に与えることができるようになる。 置換 [確-例2] 気配を感じて、振り向いてみたら、やさしく微笑む君がいた。 次のように置き換えることができる。 →気配を感じて、振り向いて+みれば/みると、やさしく微笑む君がいた。 物音がするので、下りて+みたら/×みれば/みると、犬が冷蔵庫を物色していた。 怖い人って話だが、会って+みたら/×みれば/みると、どんな感じの人だった? 銀シャリのご飯が、食べて+みたら/×みれば/みると、ジャリッと砂まじりだった。 用例 次の「~てみたら」は「~みれば/~みると」に置き換えることができる。 振り返って + みたら/みれば/みると、二十歳のころが、これまでの人生のなかで、一番美しい時代だったとは決して言えないような気がする。 「案ずるより産むがやすし」とは、本当によく言ったものだね。こうして事業を始めて + みたら/みれば/みると、あのころ一体、何をそんなに心配していたんだろうと不思議な気持ちになるわ ちょっとした記憶違いで、彼とはいさかいになったが、よくよく思い出して + みたら/みれば/みると、やはり彼が正しかったと思うよ。 「若いときの苦労は、金で買ってでもしろ」という言葉も、今となって言われて + みたら/みれば/みると、なかなかうがった見方だったのですね。 妻の作った手料理も、よく味わってみたら、まずくもなかったのだ。 よく人から気難しいといわれる伯父だが、昨日、向き合って真面目に話を聞いてみたら、 なかなかユーモアもあって、話せる人だった。 窓をたたく音がするので、誰かと思って開けてみたら、部屋の明かりに誘われた迷い鳥だった。よくよく考えてみたら、こんなところに訪ねてくる人など、いるはずもないのだった。 使い分け〈基準時以前既実現〉の確定条件の場合、次のように「~ば」を使うと、現代日本語では、すべて不自然になる。 *教えられた通りやってみれば、今度は自分でも驚くほど、うまくいきました。 *水平飛行に移ったので、窓をのぞけば、輝かんばかりの雲海でした。 *事務所で書類を整理していれば、突然、見知らぬ人が尋ねてきた。 *10月に入れば、さすがに残暑も消えて、朝夕は肌寒くなってきた。 *クエン酸水に、重炭酸ソーダを入れれば、どうなったのですか。 *「病は気から」って本当ね。会社を辞めれば、元気になったじゃない? *その日、妻が残業で遅く帰れば、夫が台所で食事の用意をしていた。 上の例で、ただ「10月」の例だけが、古語的な響きを残して、使う人がいるかもし れない。 <494> 4.4. 顺接仮定条件/确定条件 父は生前、母の命日になれば、バスを乗り継いで、墓参りに出かけた。不治の病といわれた肺結核にかかれば、誰もが若くして亡くなった。戦争に駆り出されれば、上官の命令は、間違いと思っても至上だった。 しかし、〈基準時以前既実現〉の確定条件で「~ば」が使える場合が2つある。ひとつは、一般条件のところで述べた「習慣/反復」の場合で、上のように〈基準時現在〉を、そのまま過去へとスライドさせたものである。 ▶本章 4.3. 「一般条件/使い分け③/一般条件『生活習慣と経験』を参照 [確-例2] の「振り向いてみれば」も、恋人同士のころか結婚当初のことと考えれば、習慣か反復として、いつも「やさしく微笑む君がいた」というのは、理解することができる。ただ型にはまった、ありきたりの「幸福」のコピーといった感じはするが。 「振り向いてみると」は、一般条件と考えれば、話し手の経験に基づく確信から、必ず「やさしく微笑む君がいた」となるし、確定条件なら、舞台監督がこの場面を指示しているようにもとれるので、驚きといったものが、ほとんど感じられない。 次の「下りてみたら」は、おそらく1階の台所あたりで聞こえた変な物音が、冷蔵庫を物色する犬の仕業とわかって、驚いているところ。これを「下りてみると」にすると、コメディのワンシーンにかわってしまう。 もし「下りてみれば」が使えるとすれば、この犬が「いつも冷蔵庫を物色していた」ことになる。 「会ってみたら」は、初対面の人が「どんな感じの人だった」か、見たまま感じたままの印象を尋ねているが、これを「会ってみると」にかえると、その「怖そうな人」を観察した結果を尋ねていることになる。 「会ってみれば」は習慣でも反復でもなく、また「使い分け⑤」で述べる「再認識」でもなく、それ以前の問いかけなので、使うことができない。 「食べてみたら」は驚くべき不愉快な発見で、砂をかんで顔が歪むような経験を語り、一方「食べてみると」は、顔は歪んでいるが、落ち着いて事態を受けとめているような感じがする。 もし「食べてみれば」が使えるとすると、話し手は「銀色に輝く砂まじりのご飯」を何度か食べたことがあり、砂をかんで「やっぱり」と納得したか、完全にあきらめて「世の中、こんなものだ」と再認識したかを表している。 使い分けワンポイント ⑤既実現の確定条件と再認識の「~ば」 〈基準時以前既実現〉の確定条件で「~ば」が使えるのは、先ほどの「使い分け」(p.493)で示した過去の「習慣/反復」の場合と、もうひとつは「用例」の「~てみれば」の場合である。 怖い人と聞いていたので、会うまではそう思っていたのだが、実際に会って + みたら/みれば/みると、とってもいい人だった。 ただ「使い分け」で置き換え不能だった「会ってみれば」の例も、上のように書き換 <495> えれば、もうひとつの「再認識」にかわって、使えるようになる。 「用例」に「~たら」を使った場合、すでに「使い分け④」で述べたように、話し手の「新しい発見/新しい経験」を表し、これを「~と」にすると、驚きや感動は薄まってしまうが、どちらも噂とは違って「その人に会ってみてはじめて、いい人だということがわかった」と話していることになる。 これを「~ば」にかえると、一般条件に似た「普遍的な印象」にかわり、噂とは違って「いい人だった」が、これも「よくよく考えてみれば、やはり世の中、そんなに怖い人がいるはずもなし、いい人がいても当然だったのだ」と納得する話し手の気持ちを表すようになる。つまり「新しい発見/新しい経験」というよりは、むしろ「世の中の道理」を「再認識」した場合に使われる。 窓をたたく音がするので、誰かと思って開けてみれば、部屋の明かりに誘われた迷い鳥だった。よくよく考えてみれば、こんなところに訪ねてくる人など、いるはずもないのだった。特に「用例」最後の例が、この「~てみれば」に一番ふさわしい気がする。 使い分けワンポイント ⑥ 既実現の確定条件「~たら/~と」の違い 〈基準時以前既実現〉の確定条件は「X + A + たら/と + B」で表すことができるが、両者の使い分けは、次の通りである。 ~たら:Aをきっかけにして、Xが新しいBを発見したり経験したり、または、XがAの状態のときに、新しい事態Bが起こったりした場合に使われるが、これらのことを、Xの目を通して見ているかのように、話し手が描いていくときに使われる。 ~と:Aをきっかけにして、XがBを発見したり経験したり、または、XがAの状態のときに、事態Bが起こったりした場合に使われるが、こうした場面を、第三者であるXはもちろん、話し手であるXとも異なる架空の語り手が、あたかも舞台監督が登場人物や状況を操るのと同じように、描き出していくときに使われる。 「~たら」と「~と」のどちらが人の感動を呼ぶかといえば、いわば、子どものような素直な目で見た絵に感動を受けるのか、技法を駆使したプロの絵画に感動するかの違いのようなもので、ひとつひとつの文によって、また、そのときの読む人の気持ちによって、変化すると思われる。 つまり「~たら」には、新しい発見や経験をしたX自身の驚きが、素直な形で聞き手に伝わってくる新鮮な感動があり、これに対して「~と」には、Xの新しい発見や経験それ自体が、ダイレクトな形で聞き手に伝わってくる臨場感がある。 母が買い物から帰って + きたら/くると、いつになく早く帰った父が待っていた。母は、さっき買い物から帰って + きたら/くると、そのまま部屋に閉じこもった。母は、買い物から帰って + くると/×きたら、台所に立って夕飯の支度を始めた。 <496> 4.4. 顺接仮定条件/确定条件 両者の使い分けで、もっとも紛らわしいのは、前頁に示した例のような場面である。上の「~と」の場合、姿は見えないが、背後に誰か、この場面を見ている人物が感じられるが、この人物は、息子である話し手というよりは、抽象的な息子という語り手である。 しかし「~たら」のほうはもっと複雑で、最初の例で「父が待っている」のを発見したのは「母」であり、父を発見して驚いている母の目を通して、息子である話し手が、この場面を描いている。 2つめの「母」を目撃して、この場面を描いているのは、息子である話し手である。そして母が「買い物から帰ってきた」のをぎっかけにして「部屋に閉じこもる」という異常な事態に驚きを示している。 3つめ「~たら」が不自然になるには、最初の例のような「母の視点」も、2つめと同じ「息子の視点」も成り立たないからである。 というのは「母が買い物から帰ってきて、台所で夕飯の支度をする」という場面は、あまりにも「日常的/当然」すぎて、息子である話し手が目撃したとしても、わざわざ「~たら」を使って描くに値しないものなので、まず息子の視点が成り立たない。 次に母の視点も、母が自分の目を通して「台所に立つ」自分の姿を発見することはありえないし、仮に鏡に写って発見できたとしても、わざわざ「~たら」を用いて驚くほどのことでもないので、成り立たなくなる。 置換 [確-例3] 暑くて、喫茶店で本を読んでいたら、風邪を引いちゃったな。 次のように「~と」に置き換えると、不自然になる。 *暑くて、喫茶店で本を読んでいると、風邪を引いちゃったな。 次の例も「~と」を使うと、不自然になる。 料理をして + いたら/×いると、気づかぬうちに、見たい番組が終わっていた。 授業中、居眠りをして + いたら/×いると、いつの間にか誰もいなくなっていた。 デパートで買い物して + たら/×ると、バッグを持ってないことに気づいたの。 満員電車に乗って、ぼんやりして + たら/×ると、札入れを盗まれちゃったんだ。 車を走らせて + いたら/×いると、知らぬ間に、黒のセダンがあとをつけていた。 駅まで急いで + いたら/×いると、突然、ガスを消し忘れてきたのを思い出した。 パソコンを夢中でたたいて + いたら/×いると、誰かが黙って後ろに立っていた。 屋に入ってきたのか、友だちがモニターを見ていたのだった。 具合が悪くて病院に + 行ったら/×行くと、1週間後の検査結果は脂肪肝だった。 だめでもともとと思って面接を + 受けたら/×受けると、思いもかけず合格した。 アイスケーキを丸ごと + 食べたら/×食べると、夜中おなかが痛くて目が覚めた。 部屋の感じがいつもと違うと + 思ったら/×思うと、空き巣にやられていたのだ。 風邪を引いたかなと + 思ったら/×思うと、続けざまに、3度もくしゃみが出た。 遅刻だと思って 会社に飛び + こんだら/×こむと、時計が1時間も進んでいた。 卒業+すると/×したら、1年ほど会社に勤めていたが、辞めるとすぐ結婚した。免許証を+とると/×とったら、その足で友だちの店に行き、車を買った。 <497> 席を + 立つと/×立ったら、ドアを思いっきり開けて、部屋を出ていった。 李さんは、契約書にサインを + すると/×したら、ほっとした表情を見せた。 父は家族にはじめて、戦争で苦労した話を + すると/×したら、急に涙ぐんだ。 母は、酔って帰った父の姿を + 認めると/×認めたら、表情をくずして微笑んだ。 彼は社長室に + 入ると/×入ったら、社長が誰かと電話で話してるのに気づいた。 妻は、残業で遅く + 帰ると/×帰ったら、夫が台所で食事の用意をしているのを見た。 男は、ご飯を + 食べると/×食べたら、ニュースを見るために、テレビをつけた。 女は昨夜、遅く帰って + くると/×きたら、あちこちに電話をかけはじめた。 便い分け 「置換」の「~たら」の例は、すべて「再認識」を示す「~てみれば」にもならないし、習慣でも反復でもないので「~ば」には置き換わらない。 ▶本節「使い分け⑤/既実現の確定条件と再認識の『~ば』を参照 また「~と」に置き換えても不自然になるが、理由は次の通りである。 ▶本節「使い分け⑥/既実現の確定条件『~たら/~と』の違い」を参照 例えば「舞台監督の目をもつ+話し手/私/語り手」は、もうひとりの「話し手/舞台俳優の私」が「喫茶店で本を読んでいる」ところを見て観察し、台本にあわせて演技指導をすることはできても、舞台となっている「喫茶店」で、演技中の「私」が「いつ、どの時点で風邪を引いたか」というのは、台本には書かれていないし、観察すらできない。つまり「語り手」は、自分自身の目で観察できないことは、話しようも描きようもないので、もし目の前の人物を見ながら「×あ、今あそこで本を読んで+いて/いると、風邪を引いてしまったな」と〈独り言〉を言ったら、不自然になる。 これに対して、実際に「喫茶店で本を読んでいた」話し手なら、過去を振り返って、自分の見たまま感じたままを自由に描くことができるので、その夜、ふと頭痛を感じて、午後のことを思い出し「ああ、あの喫茶店で本を+読んで+いて/いたら、風邪を引いてしまったな」ということができる。 もし「冷房のききすぎた喫茶店で本を読んでいると、風邪を引いてしまう + な/よ」のように、過去の経験に基づく一般条件にすれば、目の前にある状況を「ただいま観察中」とはならないので、もちろん「~と」を使うことができる。 「置換」の「料理」から「パソコン」までの例も同じで、すべて話し手の「気づかなかった」出来事を表している。 暑さに喫茶店で本を読んでいて、気づいたら/気づくと+風邪を引いていた。 いつの間に眠ったのか、ふと+目覚めたら/目覚めると、教室に誰もいなかった。 パソコンを夢中でたたいて+いたら/いると、友だちが黙って部屋に入ってきた。 しかし、たとえ話し手の「気づかなかった」ことでも、もし「語り手」の観察可能な舞台を設定すれば、上のように「~と」を使うことができる。 どの「話し手」も「いつ + 風邪を引いた/誰もいなくなった/友だちが入ってきた+ のか」は知らないけれども、この「喫茶店/教室/部屋」の場面を見つめている「語り手」には、話し手が「本を読みながら今までとは違った様子をしている/目を覚まして誰もいない教室を見回している/パソコンに向かっているとき背後から友だちが入ってくる」ところは、観察可能である。 <498> 「具合」から「アイスケーキ」の例は、同じ場面で展開されていないので、舞台監督である「語り手」には観察できない。 「病院へ行った/面接を受けた/アイスケーキを食べた」ことと「検査結果をもらった/合格した/痛くて目が覚めた」こととは、ただ話し手だけが、過去を振り返ってみて関連づけることのできる「時間の異なる2つの場面」から成り立っている。 また「部屋」から「遅刻」の例は、同一場面ではあるが、話し手の予想と現実との間にタイムラグが存在しており、あたかも予想していた場面と、現実に気づいた場面とが、まるで「異なる2つの場面」を構成しているかのように感じられるので、同様に「~と」が使えなくなる。 部屋の感じがいつもと違うと + 思ったら/思うと、あちこちが気になりはじめた。 風邪を引いたかなと思って、熱を + はかったら/はかると、39度5分もあった。 遅刻だと思って、会社に飛び + こんだら/こむと、まだ誰も出勤していなかった。 結婚して子どもを + 生んだら/生むと、急に太りだして、ただいまダイエット中。しかし、タイムラグをなくした同一場面を設定すると、上のように置き換わる。 ⑦ 既実現の確定条件「~たら/~と」の使用制限 〈基準時以前既実現〉の確定条件を表す「X + A + たら/と + B」には、次のような制限がある。 ~たら:過ぎ去った出来事を、Xの目を通して、思い出す場合に使われるので、話し手とは異なる「語り手」が、同一場面で観察できないことでも、描きだすことができる。 しかし逆に、Xが目にすることのできない自分自身の姿は、描くことができない。 ~と:話し手とは異なる「語り手」が、舞台を眺めるように、目の前の状況を描いていくので、たとえXが見たり聞いたり、感じたり経験したりしたことであっても、語り手が同一場面で観察できないことは、描くことができない。 しかし逆に、たとえXが見たり聞いたり、感じたりすることのできない状況であっても、その場面を語り手が観察できるのであれば、描きだすことができる。 使い分けワンポイント ⑧「~たら」のデュアルタイムと「~と」のリアルタイム 「用例」(p.496) に示した「X + A + と + B」は、舞台監督である「語り手」が、臨場感を与えるフラッシュバック技法を使って、目の前に繰り広がる場面を、リアルタイムで描いているところである。 ▶本節「使い分け⑦/既実現の確定条件『~たら/~と』の使用制限」を参照 <499> 特にBのところで「Xの目には映らないX自身の姿」が描かれているので、XがAをしたのをきっかけに、B「新しい発見/新しい経験」をする「X+A+たら+B」に置き換えることができない。 卒業したら1年ほど会社に勤めて、辞めたら/辞めると+すぐ結婚したのですか。 免許証を+とったら/とると、その足で友だちの店に行き、車を買ったのですよ。 席を+立ったら/立つと、ドアを思いっきり開けて、部屋を出ていったのですね。 李さんは、契約書にサインを+したら/すると、ほっとした表情を見せましたか。 お父さまは、ご家族のみなさんに、はじめて戦争で苦労されたお話を+なさったら/なさると、急に涙ぐまれたのですか。 お母さまは、酔って帰ってこられたお父さまのお姿をご覧に+なったら/なると、表情をくずされて微笑まれたのですってね。 ええ、そうです。あのとき母は、酔って帰った父の姿を+認めたら/認めると、表情をくずして微笑みましたねえ。 あのとき社長室に + 入ったら/入ると、社長の怒鳴る声が聞こえて、社長が誰かと電話で話しているのに気づきました。 奥さんは、その晩、残業で遅く + 帰ったら/帰ると、ご主人が台所で食事の用意しているのを見つけたんだって。 男はご飯を+食べたら/食べると、ニュースを見るためにテレビをつけましたよ。女は昨夜、遅く帰って+きたら/くると、あちこちに電話をかけはじめたんだな。 しかし、Xが過去を振り返って、自分自身の経験Bを「新しい発見/新しい経験」として追体験できるようにすると、上のように「X + A + たら + B」に書き換えることができるようになる。 そして、上の「X + A + たら + B」を、もう一度「X + A + と + B」に置き換えると、実在の「聞き手」または「話し手」が、架空の「語り手」に変身してしまう。 妻が仕事から + 帰ると/帰ったら、夫が食卓の上を片付け、食事の用意を始めた。男がご飯を + 食べると/食べたら、女がニュースを見るために、テレビをつけた。ドアを + 開けると/開けたら、薄明かりのなかに、女の目が彼をにらんでいた。男の右腕がさっと上着の胸に + 触れると/触れたら、銃が手のなかで踊っていた。 この架空の「語り手」が最も得意とするのは、上のように、同一場面に展開するAとBという2つの動作を、それぞれ別々に、連続速写撮影をするかのように描くことである。「~と」の場合は、カメラアイが、AからBへと、すばやく移動して、まるで2つの場面になったかのように転換するが、これを回想の「~たら」にすると、カメラアイは固定して、AとBが同じ場面のなかで、撮影されている感じになる。 「~たら」は、Aの落ち着いたロングショットが、Bでズームアップされる感じがするが、2つの動作を連続撮影する「~と」は、ズームアップされたAが、そのままクローズアップされたBへとすばやく変化する目まぐるしさを感じさせる。 使い分けワンポイント ⑨「~たら/~と」と「~は/~が」 女がクラフトショップをのぞいて + いたら/×いると、後ろから肩をたたかれた。→女はクラフトショップをのぞいていると、後ろから肩をたたかれた。 彼女が家で料理をして + いたら/×いると、署から緊急呼び出しを受けた。→彼女は連休に、家で料理をしていると、署から緊急呼び出しを受けた。 <500> 夫は + 仕事から + 帰ったら/帰ると、食卓を片付け、食事の用意を始めた。 →夫が仕事から + 帰ったら/×帰ると、食卓を片付け、食事の用意を始めた。 →夫が仕事から + 帰ったら/帰ると、妻が食卓を片付け、食事の用意を始めた。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~は・~が」を参照 〈基準時以前既実現〉の確定条件を表す「X + A + たら/と + B」には、Xに後接する「~は/~が」について、次のような制限がある。 ~と: 話し手とは異なる「語り手」が、舞台を眺めるように、目の前の状況を描いていくので、AとBとは、同一場面に存在する異なる2人の動作を表し、次の使い方を基本とする。 Xが + A + と + Yが + B したがって、AとBが、Xひとりの動作の場合に「X + が + A + と + ( ) + B」を使うと、Yの存在が( )に暗示されてしまうので、不自然なものになってしまう。 この場合は、次の使い方になる。 Xは + A + と + B ~たら:AとBが異なる2人の動作を表している場合は、次のように「~と」と同じ使い方になる。 Xが + A + たら + Yが + B しかし、AとBが、どちらもXの動作を表し、ひとつの場面を構成する場合は、Xが自分の目を通して、過ぎ去った場面を回想しているだけなので、たとえ「Xが+A+たら+B」を使っても、もともと存在していないYは、暗示されることがない。 この場合は、次の使い方ができる。 X + は/が + A + たら + B ただし、Bは、Aをきっかけにした「新しい発見/新しい経験」でなければならない。 ✗夫は仕事から + 帰ったら/帰ると、妻 + は/が + 食事の用意を始めた。 ▶本文 1.1.「主題/提題/対比のバリエーション」を参照 XとYを対比しているわけではない「X + A + たら/と + Y + B」は、基本的に対比のバリエーションを使うことができない。 夫が仕事から + 帰ると/×帰ったら、妻は食卓を片付け、食事の用意を始めた。→妻は、夫が仕事から + 帰ると/×帰ったら、食卓を片付け、食事の用意を始めた。夫が仕事から + 帰ると/帰ったら、妻は別れ話をするつもりだった。 ただ、同一場面に存在する異なる2人の動作を表す「~と」の場合、上のように「Xが+A」が「Yは+B」のきっかけになれば使うことができる。ただ日常的な場面では「~たら」は使うことができない。 <501> 使い分けワンポイント⑩~(よ)うものなら・~たら(~たが)最後 A + (よ)うものなら + B:Aの実現が、とり返しのつかない事態Bを招く。 A + たら最後 + B:Aの実現が、取り消し不能や不可抗力の事態Bを生む。 A + たが最後 + B:上と同じ。ただし未実現にも、既実現にも使用できる。 (注)「~たら最後」は、日常の話し言葉でしか使うことができない。「~たが最後」のほうが、スタンダードでフォーマルな言い方。 あの人に + 話そうものなら/話したら最後/話したが最後/話しでもしたら、すぐ次の日には、近所の人、みんなに知られてしまうからね、注意するんだよ。 彼女が + しゃべりだそうものなら/しゃべりだしたら最後/しゃべりだしたが最後/しゃべりだしでもしたら、地震が来たって止まらないよ。 黙って課長のものを + 使おうものなら/使ったら最後/使ったが最後/使いでもしたら、あとでばれて叱られるよ。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~(よ)う』の使い方」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/~でもしたら」を参照 状況判断の「~(よ)う」を使った「A+(よ)うものなら+B」は、話し手の「もしAを引き起こすと、あとの祭り。とんでもない事態Bが起こって、必ず後悔することになるから、Aは引き起こすな」という知識や経験に基づく「あきらめ」や「禁止」を表し、上の例は、聞き手に向って、だから「あの人には話すな/彼女にはしゃべらすな/課長のものは黙って使うな」という命令をしている。 しかし「A + たら/たが + 最後 + B」は、話し手の「もしAが起こったら、もうそれまで。歯止めのぎかないBという結果になって、どうしようもなくなるよ」という知識や経験に基づく予想か説明をしているだけである。 万にひとつ僕が遅く + 帰ろうものなら/帰ったら最後/帰ったが最後/帰りでもしたら、彼女 + は/が + 怒って食器を投げつけるんですよ。 この子 + が/×は +「いや」と言おうものなら、もう何を言っても聞かない。 →この子 + が/は +「いや」と + 言ったら最後、もう何を言っても聞かない。 ▶本文 1.1.「主題/提題/既知情報と未知情報」を参照 前者の「~(よ)うものなら」は、聞き手の知らない情報を与えて命令しているが、これに対して、後者は、あるテーマについて説明しているので、次のような「~が/~は」の使い分けがある。 Xが + A + (よ) うものなら/たら (たが) 最後 + Y + は/が + B X + が/×は + A + (よ) うものなら + B X + が/は + A + たら (たが) 最後 + B (注) ここで使われている「~が」は有標主格である。 つまり、最初のパターンのように、条件Aと結果Bに異なる2つの主格「X」と「Y」が使われていると、互換性があるが、あとの2つのように、AにもBにも同一の主格「X」が使われると、違いが出てくる。 <502> 再び世界大戦が + 起こったが最後/起こったら最後/起ころうものなら、核の使用は避けられ(る)まい。 このことが他社に知られたが最後、社運にかかわることが起こる。 このまま雨が降り続いたが最後、この一帯、洪水にやられてしまう。 あのまま遊ばせておいたが最後、いつか過ちを犯すようになるだろう。 賭博というものは一度はじめたら最後、やめられなくなってしまう。 後ろを振り返ったが最後、二度と妻に会えなくなることを覚えておけ。 書き言葉や内容が深刻なものは、上のように「~たが最後」がふさわしい。もし「~たら最後/~(よ)うものなら」に置き換えると、前者「~たら最後」は、軽い話し言葉になって、深刻さがなくなり、後者「~(よ)うものなら」は、書き言葉でも話し言葉でも、誇張が強くなり、ときとして冗談のように聞こえてしまうことがある。 すでにこの話を + 聞いたが/×聞いたら + 最後、死んでもらうよりほかないね。 →すでにこの話を聞いた + からには/以上は/上は、死んでもらうよりほかないね。 もう秘密を知ったが最後、このグループからは抜け出せないからな。 ここでつかまったが最後、貸した金を返すまで、同行させてもらうよ。 彼は目をつぶって、静かに国境線をまたいだ。こうして国境を出たが最後、二度と再び故郷に戻れないことを知っていたからである。 ▶本文3.7.「順接確定条件/前提条件/~からには・~以上は・~上は」を参照 上の例は、〈基準時以前既実現〉の前提条件を表し、ほかのものに置き換えることができない。いずれも、聞き手または自分自身に向かって「こうなったからには、覚悟しろ/観念しろ」と申し渡している。 この地図を + 見たが/見たら + 最後、一緒に宝探しに行かねばならぬが、いいな。 これを + 飲んだが最後/×飲もうものなら、数日、仮死状態だから、目覚めても驚くな。 上の例は〈基準時未実現〉とも〈基準時以前既実現〉ともとれるので、置き換わるが、ただ、悪いことが起こるわけでもなさそうなので「~(よ)うものなら」を使うと不自然になる。 4.5. 顺接仮定条件/基準 ~にしては・~にしても AにしてはC:もしAが事実とすれば、BではなくCなので意外だ。 AにしてもC:Aという事実は認めても、CではなくBが一般的だ。 接続 -る/ーい/~た/(状態)名詞(である)+ に + しては/しても 形態 「~にしても」は、話し言葉で「~にしたって」がよく使われる。 互换性 Cが一般的なことを表す場合は、互換性がある。 置換 [例]. 自分の子どもがしたことにしては、なかなか厳しく叱りつける。 <503> 置き換え不能。 *自分の子どもがしたことにしても、なかなか厳しく叱りつける。次の例も互換性がない。 自分の子どもがしたことにして + も/×は、あの叱り方では、躾にならない。 静かに + しては/×しても、都心からも近いし、便利なところにある。 静かに + しても/×しては、静かすぎれば、眠れなくなるものだ。 賢いに + しては/×しても、知ったかぶりもせず、努力して勉強する。 賢いに + しても/×しては、勉強しすぎると、うつ病になることがある。 毎日ジョギングするに + しては/×しても、ちっともやせてこないね。 毎日ジョギングするに + しても/×しては、走り方には気をつけてね。 アメリカへ留学したに + しては/×しても、英語力、まるでないのよ。 アメリカへ留学したに + しても/×しては、アルバイトばかりでは、まともな英語も身につかないよ。 用例 次の用例は、互換性がある。 自分の子どもがしたことに + しては/しても、叱り方が厳しすぎる。 静かに + しては/しても、なかなか寝つかれないよね、このホテル。 賢いに + しては/しても、将来のことを考えないのか、努力もしない。 毎日ジョギングをしているに + しては/しても、無理をしすぎて、体力向上につながっていないんじゃないか。 アメリカへ留学するに + しては/しても、英語も勉強しないで、どういうつもりなんだろうね。 あの人、女優に + しては/しても、ひどいブスだし、演技力もないし、驚くというより、あきれちゃうよね。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/『~ば』の使えない一般条件/~ば・~ては・~では」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~にしても・~としても」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/对比/順接仮定条件」を参照 使い分け 「A + にしては + C」は、Aという通常の基準からすれば、社会通念や一般常識から導き出される結論はBであるが、実際の状況は「Bどころではなく、意外なCなので驚いてしまう」といった場合に使われる。 ▶本文 1.7.「主題/累加/~どころか・~どころではない」を参照 これに対して「A + にしても + C」は、Aということは認めるが「Xという条件ではCになる」といった場合に使われる。 自分の子どもがしたことにしては + 常識Bに反し + なかなか厳しく叱りつける。自分の子どもがしたことにしても + あの叱り方Xでは + 躾にならない。 つまり、上のように「A + にしては + C」が「AならBなのに、B ではなくてC なので驚く」を圧縮したものとすれば、この「A + にしても + C」は「確かにAだと認めるが、XならCだ」を圧縮したものなので、B「社会通念/一般常識」を必ずしも前提としていない。 したがって、Aが「Bを前提にした順接仮定条件となり、意外なCを述べる」場合や、またAが「Bという前提を必要としない逆接仮定条件となって、Xなら+Cを述べる」場合は、互換性がない。 互換性があるのは、先ほどの「用例」ように「Cが意外な事実」とも、「Xなら例 <504> 外的に結論Cだ」ともとれる場合である。 互換性がある場合、両者の違いはというと、どちらも個別的なAを話題にしながら、前者が、Bを前提にして、Aについての個別的な意外性Cを述べているのに対して、後者は、例外的なXを媒介にして、一般的な結論Cを導き出している点である。 使い分けワンポイント ① 「~に + しては/しても」の互換性 〈A + にしては + Bとは逆のC〉 遺産をもらったにしては、うれしそうな様子ではない。 子どもにしては、難しいこともよく知っている。 病気にしては、とても顔色がよくて、健康そうに見えるでしょう? おなかがいっぱいにしては、食後、ケーキを3つも食べている。 〈A + にしても + XであればC〉 遺産をもらったにしても、相続のときに、けんかをすれば、誰でもうれしそうな様子はできない。 子どもにしても、小学校の高学年なら、難しいこともよく知っている。 病気にしても、顔色がよければ、健康そうに見えるでしょう? 病気になったにしても、気持ちで負けていちゃダメよ。 おなかがいっぱいにしても、ケーキなら、まだ食べたい。 上の例に互換性はないが、両者の互換性をまとめると、およそ次のようになる。 ▶巻末「文の種類」を参照 したがって、互換性があるのは、前提となるBの有無にかかわらず、Cが、個別的な意外性とも、一般的な結論ともとれるようなものに限られる。 医者にしても、開業できなければ、教育にかけた金は戻ってこないよ。静かにしても、まだうるさいって言うんだもの、いやんなっちゃう。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/~にする」を参照 ▶本文 1.4.「主題/立場/~にしても」を参照 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~にしても」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/~ひとつにしても/~にしても」を参照 「~にしても」は、人について「立場」を表したり、疑問詞について「同一条件」を表したり、また「類推」を表したりするが、上のように「変化+逆接条件」を表す場 <505> 合もある。 こうした場合は「~にしては」と互換性をもたない。 使い分けワンポイント ②~としては・~のわりには/~としても 兄は日本人 + にしては/としては/のわりには + 足が長いと思います。 料理の腕は、趣味 + にしては/としては/のわりには、プロ並みだ。 スキー場 + にしては/としては/のわりには、規模の小さいところではないかな。 留学生 + にしては/としては/のわりには、抜群な成績で単位を取得したそうだ。 新型モデル + にしては/としては/のわりには、新しい機能を搭載していない。 ▶本文 1.4.「主題/立場/~としては・~としても」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~としても」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~わりには」を参照 ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~わりには」を参照 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~のわりで」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/『~も』の使い方」を参照 「Aは+名詞B+にしては/としては/のわりには+C」は、Bの平均値を基準にして考えた場合「Aは平均でなくCだ」という場合に使われる。 「B+にしては+C」は、すでに述べたように、意外なCを表している。 「B + としては + C」は「AをBとする→AはBである→A=B」のパターンに、対比の「~は」がついたもので、例えば、A「兄/料理の腕/ある場所/ある人」は、B「日本人/趣味/スキー場/留学生」であるが、Bの平均と比較すると、平均よりはC「足が長い/プロ並み/規模が小さい/抜群の成績」を表している。 ▶本文 6.1. 「変化の表現/A→B/『~に/~と + なる/する』関係図」を参照 つまり「意外さ」という話し手の気持ちは含まれておらず、ただCを、客観的な事実として述べているにすぎない。 話し言葉でしか使われない「B + のわりには + C」は、上の2つの中間に位置し、BとCの逆接確定条件を示しながら「半ば意外さ、半ば客観性」を表し、驚きが中途半端なだけ、プラス評価の場合に使うと、十分な称讃には聞こえなくなり、話し手の気持ちに「うらやましさ/ねたみ/皮肉/あざけり」といったものが混じる可能性があり、マイナス評価の場合のほうがぴったりすることがある。 「B + としても + C」も、上のすべて例に使えるが、この「~も」が「並列/添加/累加/類推」を表しているのか、単なる「~は」と入れ替わった「婉曲表現」なのか、この例では判別できない。 使い分けワンポイント ③ ~にして 今回の地震の被害は、金額にして、数兆円にのぼる。 駅から実家まで、距離にして80キロはあるよ。バスなんか通ってないから、車がないと行けないんだけど、1時間はかかるからね。 すごい札束だった。厚さにして、これくらい持ってたよ。 逃がした魚は大きいからな。重さにして、10 キロはあったんだろ? ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/一般条件の『~ば』と『~と』」を参照 <506> 4.5. 顺接仮定条件/基准 「Aは + Bにして + C」は、Aの具体的なイメージのために、Bという「基準/単位」で換算すると、およそCになるということを示す場合に使われる。 「A→B」という変化を表す「~にする」と、一般条件の「~ば/~と」を使った「Bに + すれば/すると」と、ほぼ同じ意味を表すが、書き言葉でも、話し言葉でも、シャー 「A→B」という変化を表す「~にする」と、一般条件の「~ば/~と」を使った「Bに + すれば/すると」と、ほぼ同じ意味を表すが、書き言葉でも、話し言葉でも、シャープな響きのする「~にして」が好まれる。 使い分けワンポイント ④その他の「~にして」の使い方 「使い分け③」のほかにも、「~にして」には、換算を表すさまざまな使われ方がある。これは変化を表すもの「~にする」の部分が、例えば、主題AとBが「A⊂B」の関係にあることを示す「名詞Aは名詞Bだ」の「~だ」を表したり、また「~て」の部分が「順接条件/逆接条件/確定条件/仮定条件/前提条件」などを表したりするためである。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~にする・~とする」を参照 この親にして、この子あり。 =こんな親だからこそ、こんな子ができるのだ。 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/~からこそ」を参照 プロの料理人にして、はじめて可能な醍醐味。=プロの料理人ならではの醍醐味。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~てはじめて」を参照 ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~ならでは」を参照 彼女にして解けない問題。 =彼女 + であっても/にしても + 解けない問題。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接仮定条件/~ても/~にしても」を参照 男女七歳にして、席を同じゅうせず。 =男女は、七歳になれば、同じ席にはつかないものだ。 ▶本文4.3.「順接仮定条件/一般条件/一般条件の『~ば』と『~と』を参照 三歳にして、漢字が読めるようになった。 =三歳になるとすぐ、漢字が読めるようになった。 ▶本文4.3.「順接仮定条件/一般条件/~と+すぐ」を参照 還暦にして、ようやく身を固めた。 = 60 歳になって、ようやく結婚した。 彼は、俳優にして歌手であるが、...。 =彼は、俳優であるだけではなく、歌手でもあるが、...。 ▶本文 1.7.「主題/累加/~だけでなく」を参照 牡丹は百花の王にして、獅子は百獣の長なり。 =牡丹は百花の王であり、獅子は百獣の長である。 ▶本文1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 ▶本文5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が/対比」を参照 幸い/不幸 + にして、旅の途上、その女に出会った。 =幸い/不幸 + にも、旅の途上、その女に出会った。 =旅の途上、その女に出会ったのは、幸い/不幸 + だった。 ▶巻末「文/モーダス要素」を参照 <507> その女は、一瞬にして、狐に変わった。 =その女は、あっという間に、狐に変わった。 生まれながらにして、鋭い感覚をもっていた。 =生まれつき/生まれたときから、鋭い感覚をもっていた。 居/寝 + ながらにして、世界とコミュニケーションできる時代。 =家にいたまま/寝ながら、世界とコミュニケーションできる時代。 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時間時間帯/~ながらに・~ながらにして」を参照 この「~にして」は、古典的慣用的な書き言葉で、自由に使えるわけではないので、このまま覚えてしまうほうが無難である。 使い分けワンポイント ⑤その他の「基準」の表し方 このズボンは、僕には、ちょっと小さい。 平均+からすれば/からすると、背が高い 社長 + に/と + 比べれば/比べると、みんなかなり細い。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 ▶本文1.4.「主題/立場/~からすれば・~からすると」を参照 ▶本文3.5.「順接確定条件/基準」を参照 ▶本文4.「順接仮定条件/~なら・~たら・~ば・~と」を参照 基準を表すには、基準を表す「~に」に、対比の「~は」をつけた「~には」や、根拠や立場を表す「~からすれば/~からすると」が使われる。 また、基準Aと比較する場合は「A + に/と + 比べれば/比べると/比較すれば/ 比較すると」などになるが、いずれも、一般条件の「~ば/~と」が使われ、仮定条件 を示す「~(の)なら」や、個別性を表す「~たら」は、あまり使われない。 <508> 第5章 逆接条件 5.1. 逆接条件/逆接確定条件 ~が・~けど AがB:ABの対立と前触れやためらい。主に〈ソト〉〈ヨソ〉に対して。 AけどB:上と同じ。ただ使われるのは、主に〈ウチ〉〈ソト〉に対して。 接続 ▶ ▶ ▶ 「~が」には、意志を表す「~(よ)う」に接続して、同一条件を表す「疑問詞 + ~(よ)うが」や「~(よ)うが、-る + まいが」という使い方がある。 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~(よ)うが」を参照 また、原因や理由を表す「~から・~し(並列)」と同様、〈ソト〉との日常会話で、最も無難な接続は「敬体 + が/けど + 敬体」である。 形態 「~けど」は、形容詞の語尾「-けれ」に、古語の逆接確定条件を表す「~ども」のついた「-けれ + ども」から派生したもので、同系の「~けれど/~けども/~けれども」という形態がある。 ただ「~けども」は、やや古く方言的なので、ここではとりあげない。 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/古語『~ども』と『~とも』を参照 互換性 話し言葉の場合、互換性はあるが、性別や〈人間関係〉などに注意する必要がある。ここでは扱わない「~(よ)う+が」には互換性がない。 置換 [例1] 来週の会議、私は出張で出られませんが、ほかの方は大丈夫です。 次のように、置き換え可能。 →来週の会議、私は出張で出られませんけど、ほかの方は大丈夫です。 次の例も「対比」を表しているが、互換性がある。 (私は)てんぷらや鍋物は好きです + が/けど、おすしやさしみは苦手です。あの人、人はいいんだ + が/けど、頭が悪いから、付き合いきれないんだな。父は、姉には家を残してくれたんだ + が/けど、兄には何も残さなかったな。去年は暖冬でした + けれど/が、この冬は例年にない寒さだそうですね。ソウルからは連絡がございました + けれども/が、北京からはございません。 次の「~が」は「~けど」には置き換わらない。 目は覚めた + が/×けど、体は目覚めず、起きるなりシャワーを浴びた。 次の「~けど」は「~が」には置き換わらない。 今週は残業なんだ + けれど/×が、来週も、出張なの。会うの、来月でいい? <509> 用例 次の用例は「逆接」であるが、互換性がある。 小さいとき体が弱かったのです + が/けど、水泳をしてから丈夫になりました。通勤には時間がかかる + が/けど、思いきって環境のいいところに家を買った。「明日こそ早く起きよう」と思うのだ + が/けど、ギリギリまで寝てしまう。昨日、何度も電話したんだ + が/けど、いなかったね。どこ、行ってたの。 使い分け〈敬体〉に接続する場合に限っていえば、基本的に「~が」は、フォーマルな場で使われ、これに対して「~けど」系は、カジュアルな場で使われるので、例えば「例1」の「私は出張で出られませんが」を「~けど」にすると、上司への報告という印象から、内輪話といった感じにかわってしまう。 「~が」も「~けど」系も、すべての文体に接続するので、どちらも〈ウチ/ソト/ヨソ〉のすべての場で使われるが、バリエーションに富む「~けど」系は、次のように9つのパターンをもち、文体にかかわりなく「けどくけれどくけれども」の順で、より婉曲的になり、ためらった響きが濃くなっていく。 これらの違いを図示すると、およそ次のようになる。 ぞんざいで男性的 非敬体+けど 鄭重で女性的 非敬体 + けれど 敬体 + けど 超敬体 + けど 非敬体 + けれども 敬体 + けれど 超敬体 + けれど 〈ウチ〉 敬体+けれども超敬体+けれども 〈ント〉 〈ヨソ〉 使い分けワンポイント 「~が/~けど」と話し言葉 「~が」と「~けど」系との使い分けは、話し言葉の場合、おおよそ次のようになっている。 〈ウチ〉 非敬体 + が (男) 〈ソト〉 非敬体 + けど (男女) 敬体 + が (男女) 〈ヨソ〉 敬体+けど(男女) (超) 敬体 + が (男女) △ 「非敬体+が」は、〈ウチ〉における男性専用で、しかも目上から目下という方向が固定している。家長や上司などが、権威を笠に着るか、目上であるという責任感を感じたときに用いられることが多い。 男女に使える「非敬体 + けど」は、家族の間なら、親子や兄弟姉妹など、上下にかかわらず使われるが、会社などの組織となると、親しい同僚や部下などにしか使えなくなる。 ただ、非敬体「未完文 + のだ」に接続する「~けど」系は、男性専用の「~だ」が響くが、女性にも使われて、男女兼用である。 <510> 5.1. 逆接条件/逆接確定条件 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/女性非敬体の『~のね』を参照 〈ソト〉に対しては、公式の場なら、あいまいさがなく、シャープで断定的な響きをもつ「敬体 + が」が主流で、非公式なら、優柔不断で、甘えた響きのある「敬体 + けど」系がよく使われる。 男性同士の会話では「敬体 + が」が主流で、女性同士では「敬体 + けど」になるが、男女が一緒の場では、女性に合わせて「敬体 + けど」になる傾向がある。 〈ヨソ〉に対する「~けど」系の使用については、次頁の〔例2〕を参照。 ただ、話し言葉をそのまま文字にしたものではない書き言葉では、通常の場合「~が」が使われる。 →目は覚めたけど、体は目覚めないので、起きるなりシャワーを浴びた。 ▶卷末「古語/助動詞/否定『ず』」を参照 特に「~が」が「~けど」に置き換わらない例 (p.508) は、古語「~ず」が混じっているため、もし「~けど」に置き換えると文体が乱れて、異常な文になる。古語でなければ、上のように書き換えることができる。 使い分けワンポイント ②「逆接/対比」の「~が/~けど」 「~が」と「~けど」系の使い方は4つある。はじめの2つは、次のような「対立」を示す「逆接/対比」で、あとの2つが「前触れ/ためらい」である。 ▶巻末「動詞の種類と3つの基準時」を参照 1. 逆接:Aから予想される結果でなく、予想に反するBであることを示す。 Aは〈確定条件〉なので、〈基準時B以前既実現〉か〈基準時B同時間帯〉になる。 2. 対比: 同じカテゴリーの A・B を比べると、両者の違いが明白である。 A と B は、過去と非過去、いずれでもかまわない。通常は、次のパターンになる。 A + は + … + が/けど、B + は/が/も + … AとBとが対立を示す「A + が/けど + B」または「A + が/けど + (B)」は、互いに独立した2つの文AとBが、つなぎの役割を果たす「~が/~けど」で結ばれているだけであるが、古語的表現でなければ、いずれの場合でも、両者の間に互換性がある。 ▶本文 1.1.「主題/提題/対比のバリエーション」を参照 なお対比については、本文1.1.「主題/提題」に詳しいので、ここでは触れない。 使い分けワンポイント ③ 逆接確定条件と逆接仮定条件 「A + が/けど」は、逆接確定条件と呼ばれているが、次のように〈基準時以前既実現〉の逆接仮定条件「A + ても」に書き換わる場合がある。 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/既実現の逆接仮定条件と逆接確定条件」を参照 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件」を参照 <511> 小さいとき体が + 弱かったが/※弱くても、水泳を始めてから丈夫になった。 →小さいとき (どんなに) 体が弱くても、水泳をすれば丈夫になります。 通勤に時間が + かかりますが/かかっても、環境のいいところに家を買いました。 「明日こそ早く起きよう」と + 思うんだが/思っても、ギリギリまで寝てしまう。 目は + 覚めていたが/覚めていても、起き上がろうともせず、布団に寝ていた。 とても気に入ったので、高かったのですが/高くても、買うことにしました。 昨日、何度も電話 + したんだけど/※しても、いなかったね。どこ、行ってたの。 →昨日、何度、電話しても、いなかったね。どこ、行ってたの。 逆接確定条件文は、現実に起こった事実を、起こったまま述べているのに対して、〈基準時以前既実現〉の逆接仮定条件文は、起こったままではなく、さまざまな程度で起こるすべての可能性を数えあげ、そのどの場合でも、現実には、同じ結果に「なった/なっている」ことを表している。 つまり、最初の例に逆接仮定条件が使えないのは、特定のひとりの人に、程度の異なる「体の弱さ」など、ありえないからである。逆に「小さいとき体が弱くても、水泳をすれば丈夫になります」なら不特定多数を表し、人によって「体の弱さ」に程度の差があり、どの程度の人でも「丈夫になる」という文なので、逆接仮定条件が使えるようになる 最後の「電話」の場合は、回数を示す「何度も」を、疑問詞の「何度」にかえて、〈同一条件/疑問詞+~ても〉にする必要がある。 [例2] あの、すみませんが、この近くに郵便局はありませんでしょうか。 次のように、置き換え可能。 →あの、すみませんけど、この近くに郵便局はありませんでしょうか。 次の「~けど」は「~が」に置き換えると、不自然になる。 空港でのことなんだ + けど/×が + さ、若い人が、荷物、持ってくれてね。 悪いんだ + けど/×が + さ、買い物に行く間、子ども、見てもらえないかしら。 次の例の「~だ、よ「~はど、は、互換性がある 明日、出かけるのです + が/けど + ね、30 年ぶりに同窓会があるのですよ。 昨日、見たんだ + けど/が + ね、あの映画、思ってたより、ずっとよかったよ。 ちょっと、ここなんだ + が/けど + な、かゆくてな、かいてくれんかな。 母さん、お小遣いなんだ + けど/が + よ、旅行に行くから、もう少しくれない? おい、お酒のことなんだ + が/けど + よ、暑くなったから、ビールにしようよ。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 用例 次の用例の「~が」は「~けど」系に置き換え可能。 お忙しいところ恐縮なのです + が/けれども、お越しいただけませんでしょうか。申し訳ございません + が/けど、もう一度こちらへ、ご連絡くださいませんか。○○貿易の田中と申します + が/けれど、佐藤部長、いらっしゃいますか。ちょっとお手数です + が/けれども、これ、贈り物用に包んでくださいますか。大変遅くなりました + が/けれども、このあいだのテレビ、修理できました。これ、お貸しします + が/けれど、来週の末までには、必ず返してくださいね。 <512> いただいた切符が2枚あるのです + が/けど、明日、ご一緒なさいませんか。 これから先生にお会いします + が/けど、何かお伝えすることはありませんか。 課長のお見舞いに参ります + が/けれど、何を買っていけばよろしいでしょうか。 「食は広州にあり」と言います + が/けど、広東料理、本当においしいですね。 すまないんだ + が/けど、これ、手のあいたときに、コピーしておいてもらえる? ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/『~の + だ/もの + から』と前触れ」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/『~じゃないですか』と前触れ」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現」の次を参照 「~ものの/『~ものの』と『前触れ』の『~が』」 使い分け 上にあげた例は「~が/~けど」の3つめの使い方「前触れ」である。 [例2] の「あの、すみませんが」は、聞き手が〈ヨソ〉の人、つまり、通りがかった見知らぬ人の場合、若い人なら、カジュアルな「~けど」を使うかもしれない。もし〈ソト〉の人、例えば、初めて立ち寄って、ちょっと買い物をしたお店の人なら、年齢や性別にかかわらず、親しみを込めて使うことができる。 「前触れ」とは「依頼/勧誘/申し出/質問/確認/事情説明」といった本題に入ろうとするときに、聞き手の注意を、話し手の言葉に向けさせるために使われる、本題に入る前の「合図/信号/きっかけ/前置き」のような働きをするものである。 なお、のちほど [例3] の「使い分け」(p.516) でも述べるが、まえの「用例」最後の「すまないんだが」という「非敬体 + が」は、目上の男性専用「前触れ」である。 使い分けワンポイント ④[(超)敬体+[ナど]系の〈ヨン〉に対する「前触れ」 見知らぬ人や初対面の人など、〈ヨソ〉に対する「前触れ」は、通常「(超)敬体+が」が使われるが、もし「(超)敬体+けど」系を使う人がいるとすれば、若い人や女性、または、若い人や女性に話しかける年配者や男性、そして見知らぬ人や初対面の人であっても、愛想のよさや親しみが求められるサービス業の人か顧客といった人であろう。 「用例」最初の3例は、顧客や取り引き先への依頼と思われるが、これを「~けど」に置き換えると、聞き手をよく知っていることになるので、人によっては、話し手を「なれなれしい」と思うかもしれない。こういった場合は、短くてシャープな感じのする「~が」か、鄭重さを感じさせる「~けれども」が無難である。 4つめの「ちょっとお手数ですが」と、5つめの「大変遅くなりましたが」も、話し手と聞き手は〈ヨソ〉の関係にあるが、前者の話し手は買物客、後者の話し手は、聞き手と何度か話をしている店の人なので、もし「よそよそしい」印象を避けて、親しみを表そうと思うと、自然に「~けど」が口から出てくると思われる。 ただ「~けれども」を使うと、丁寧の度が超えて、慇懃無礼になる可能性があり、4つめでは、サービスカウンターの人が忙しくて相手にしてくれないので、客がイライラしている様子、5つめでは、客の催促にもかかわらず、予定よりかなり遅れた場面を想像してしまう。 6つめの「これ、お貸ししますが」以下は、〈ヨソ〉の関係ではありえないので、使い分けのバリエーションは〔例1〕(p.508)と同じである。 <513> 使い分けワンボイント ⑤「前触れ」の「~たい/~ほしい + んだけど」 欲望や希望を表す「ます形 + たい」「名詞 + が + ほしい」「~てほしい」が前触れに使われると、次のように、たとえ〈ヨソ〉の人に対しても、互換性がある。最後の例も、お店での会話。 駅へ行きたいのです + が/け (れ) ど (も)、どう行けばよろしいのでしょうか。 広告に出ていたカメラがほしいのです + が/けど、どこにありますか。 この使い方、教えてほしいのです + が/けど、ちょっとよろしいですか。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~たい/~ほしい』+『のだが/と思う』を参照 「ます形たい/名詞がほしい/~てほしい」に、〈敬体〉の「~のです + が/けど」や、〈非敬体〉の「~んだ + が/けど」をつけて「前触れ」を表す場合、〈ウチ〉でも〈ソト/ヨソ〉でも「~けど」系がよく使われる。 これは〈ウチ〉で使われて、子どもっぽい甘えを表す「~たい/~ほしい」が、主に〈ウチ〉で使われる「~けど」にマッチするからである。 使い分けワンポイント ⑥ 「~たい/~ほしい」の製用 「前触れ」でなくても、特に成人が〈ソト〉に対して、子どもじみた欲望をさらすことになる「~たい/~ほしい」を使う場合、通常「~たい/~ほしい+のです/んだ+が/けど」など、必ず「~が/~けど」で受けて「恥じらい/遠慮/ためらい」といった気持ちを表すことになっている。 風邪を引いていますから、明日の会議、休みたい + のですが/× (の) です。 来月、帰国しますから、お土産にムービーカメラが買いたい + のですが/×です。暑くなってきましたから、そろそろサマースーツがほしい + のですけど/×です。急用で、これからお伺いすると、部長様に伝えてほしい + のですが/×です。部長に提出する報告書です。ちょっとコピーさせてほしい + のですけど/×です。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/依頼『~たいのだが』系バリエーション」を参照 もし「~が」や「~けど」系で受けず、裸のまま「~たい/~ほしい+です」が使われると、子どもっぽい響きになり、なかには「外国人が使うと可愛い」と陰でいう日本人もいるが、大人が使うと不自然である。これを「~たい/~ほしい+のです+が/けど」にかえただけで、目の覚めるほど丁寧な依頼に変化する。 「~が/~けど」をつけず、文末を「~のです」にすると、話し手が「あれこれ考えた末の結論」という感じになって、子どもっぽさは消えるものの、いくら熟慮の上であっても、聞き手には「寝耳に水」であり、手前勝手な要求といった印象を与えるので、聞き手の許可を求めたり、お願いや相談をしたりする場合は、避けたほうが無難である。 「可愛い」ですむうちはいいが、ひとりよがりで幼稚、いわば舌足らずな表現にすぎない「~たいです」などが使われると、多くの日本人は、おそらく口には出さないであろうが「どうぞご勝手に/したければすれば?」といった冷淡な反応をしてしまいたくなるかもしれない。 <514> 聞き手の共感を求める「~たいです + ね/よね」は「内輪でなぐさめあう会話」に使われるが、勘違いをして、フォーマルな依頼に「~たいです + ね/よね」が使われようものなら、相手がどんな顔をするか、考えるだに恐ろしい。 使い分けワンポイント ⑦「~が/~けど + ね/さ」など 「前触れ」の「~が」や「~けど」系に、次のような「~さ」や「~ね」などが後接する場合、使い方に制限がある。 「~ね」は、聞き手を自分の世界に引きこみ、聞き手の「同意/相槌」を求めようとする場合、もっともよく使われ、〈非敬体〉にも〈敬体〉にもつくことができる。 ただ、よけいなものがつけば、それだけ使いにくくなるだけなので、実際の会話では何もつけないほうが無難、というより、何もつかないほうが自然で、よく使われる。 「~の/~ん + です/だ + がね」は、年配や目上の男性によって、年齢にかなり開きのある年下や目下の人に使われる。これに対して「~の/~ん + です/だ + けどね」は、子どもを除けば、性別や年齢を問わず、年齢差のあまりない聞き手に使うことができる。 いずれも、本題に入るのに、前触れなど必要としない〈ウチ〉でよりも、多少は遠慮を示す必要のある〈ソト〉に対して使われることが多いが、次の3つは〈ウチ〉でしか使われないので、通常の話し方ではない。 「~んだ + が/けど + な」は〈独り言〉に近く、聞き手だけではなく、自分自身をも納得させるかのような話し方の場合に現れ、主に年配の男性に使われるが、カジュアルな「~んだけどな」のほうは、年齢層が広がり、女性も使うように思われる。 「~んだ + が/けど + よ」は、男性が主に、母親や姉妹などの身内、ごく親しい友人などに、希望や要求を訴え、甘えるような場合に使われる。夫が妻に使う場合もあるかもしれない。いずれにしても、どちらかというと、方言的な響きがある。 「~んだけどさ」も、話し手の性別や年齢は問わないが、年齢差のあまりない聞き手に対して、いかにも気軽に「依頼/勧誘/申し出/質問/確認/事情説明」などをする場合に使われる。 使い分けワンポイント ⑧ 物語の導入部になる「~が」 「~んだが」があれば「~のであるが」があってもよいのであるが、硬い書き言葉に <515> 使われる後者には「逆接/対比」の使い方はあっても、ここでの「前触れ」や、あとの[例3] (p.516) 以下で述べる「ためらい」といった話し言葉専用の使い方は存在しない。 昨日のことだった + が/×けど、ひどい雨の降る晩で、雨宿りしていると ....。 3年前に会ったのだ + が/×けど、今も、その人のことを覚えているのは ....。 あれは確か、まだ父が生きていたころと思うのでございます + が/×けど、毎日 ....。 上のように前触れは、物語などの導入部でもよく使われるが、たとえ話し言葉のように語られたものであっても、やはり書き言葉には「~が」がふさわしく、もし「~けど」系に置き換えると、平凡な冗談話を予感させ、せっかくの導入部が台なしになってしまう。 使い分けワンポイント ⑨ 順接確定条件の「~から/~ので」と「前触れ」 日本語学習者の作文などでは、よく原因や理由の「~から/~ので」が、前触れを表す「~が/~けど」のかわりに使われていて驚くが、不自然とはいうものの、確かに次のような例では、両者には互換性がある。 これから散歩に行く + けど/から、なにか買ってくるものがあれば、言って。 音楽が好きな + のですが/ので、一人ぼっちの夜などにはよく聞きます。 明日、先生にお会い + するのですが/しますから、例の件、お伝えしておきます。 課長のお見舞いに参ります + が/から、お花を買っていくことにしました。 「食は広州にあり」と言います + が/から、広東料理は実においしいですよ。 明日、幼稚園の運動会 + なんだけど/だから、お弁当、作ってやるのかい。 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/『~の/~もの + だから』と前触れ」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/既知情報と未知情報」を参照 両者の使い分けは、話がきり出される前に、聞き手がその話について、どれほどの情報をもっているかにかかっている。 例えば、最初の「散歩」が前触れ「〜けど」の場合、話し手は、突然、散歩に出かけることにしたので、まず散歩に出かけることを聞き手に知らせているが、聞き手が驚かないように「行くけど」という屈折した「ためらい」を示している。と同時に、買い物をするということをも申し出て、散歩と買い物という2つの情報を与えていることになる。 ▶本文 1.1.「主題/提題/ためらいのバリエーション」を参照 これに対して、原因や理由「~から」の場合、話し手は、散歩に出るということを、すでに聞き手に知らせているか、習慣として聞き手が知っているはずなので、屈折のない「行くから」を使って、買い物をするという申し出をしている。 散歩については何も知らないのに、もし突然「これから散歩に行くから」と言われたとしたら、もしかすると「おれが散歩に行くのを忘れていたのか」と叱られているような気がして、驚くというより気分が悪くなってしまうかもしれない。 前触れの「A + が/けど + B」の場合、聞き手のもつ情報量はゼロ、つまり「聞き手未知情報」で、話し手によって与えられた話全体「AからBまで」が、聞き手にとって「丸ごと新情報」である。これに対して「A + から/ので + B」の場合、聞き手のもつ情報量は50%、つまり「Aまでが聞き手既知情報」で、後半Bが、前半Aの解答のような形で提出される新情報である。 これは「A + が/けど + B」が、無標主格「~が」が使われる〈現象描写文〉に近く、 <516> 5.1. 逆接条件 / 逆接確定条件 逆に「A+から/ので+B」は、主題「~は」が使われる〈判断文〉に近いことを示している。いわば、まったく異なる主格の「~が」と逆接の「~が」が、同じ「丸ごと聞き手未知情報」という機能を果していることになる。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方/『~が』の使い方」を参照 ▶巻末「文/述べ立て文」を参照 前触れの示す「ためらい」が文末に来ると、次の例になる。 置換 [例3] 昨日の会議のことだが、あまり発言しなかったように思うんだが。 次のように、置き換え可能。 →昨日の会議のことだけど、あまり発言しなかったように思うんだけど。 次の例も、置き換え可能。 ここの色なんだ + けど/が、もう少し明るいほうが、いいと思うんだ + けど/が。お忙しいと思います + が/けど、こちらまでご足労、願いたいのです + が/けど。 用例 次の用例も、互換性がある。 ごめん、今度の給料で返すから、もうちょっと待ってほしいんだ + けど/が。そう当てにされても困っちゃうな、行くつもりはあるんだ + けど/が。ちょっと悪いね、みんなにコーヒー、出してほしいんだ + けど/が。 →ちょっと悪いわね、みんなにコーヒー、出してほしいんだ + けど/が。 今度の日曜日、時間、ありますか。買い物、手伝ってほしいのです + けど/が。 あのう、あそこの自動販売機、お金を入れても出ないのです + けど/が。 今日の打ち合わせ、会議室ではなくて、休憩室になったのです + けど/が。 あのう、資源ごみは、火曜日の朝に出してほしいのです + けれど/が。 あのう、これ、おつり、足りないように思うのです + けれども/が。 1週間ほど、留守をしますので、植木の世話、お願いしたいのです + が/けれど。この荷物、ちょっとここへ置かせていただきたいのです + が/けれども。連休ですか。せっかくのお誘いですが、家族旅行でいないのです + が/けれど。すみません。これ、売り物じゃなくて、店の飾り物なんです + が/けど。あのう、両親が明日、着くものですから、迎えに行きたいのです + が/けれども。申し訳ありません。列車事故があって、ちょっと遅れそうなんです + が/けど。急な出張が入りまして、報告書、明日までにできそうもないんです + が/けど。 ▶本文 1.1.「主題/提題/ためらいのバリエーション」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~ものの」を参照 使い分け 上の例が「~が/~けど」の4つめの使い方「ためらい」である。 「置換」の「昨日の会議のことだが/ここの色なんだけど/お忙しいと思いますが」が「前触れ」で、文末の「思うんだ + が/けど」や「願いたいのですが」が「ためらい」である。 「非敬体 + が」は「前触れ」でも「ためらい」でも、目上の男性専用なので、上の例は上司の話であり、これを「非敬体 + けど」にかえると、女性の上司か同僚同士の言葉になる。しかし〈敬体〉の場合は、上下関係がわからなくなる。 前半の「前触れ」と、文末の「ためらい」に同じものを使うよりは、一方を「~が」にすれば、もう一方は「~けど」にしたほうが、同じことが重ならなくていいように <517> 思われる。ただ、会社や組織など、上下関係のある〈ウチ〉関係や、〈ソト〉に対して、もし聞き手に対する「親しみ/甘え」が生じた場合、話し手の「気持ちのゆれ」を反映して、文末が「~けど」になることが多い。 ▶巻末「人間関係」「文体/スピーチレベルシフト」を参照 「遠慮/丁寧さ」を示す〈敬体〉が使われ、話し手に「フォーマルな場」という意識が働けば、どちらも「~が」になる。ただ、親しみをこめて「前触れ」のほうに「~けど」が使われるかもしれないが、文末は、やはり「~が」のほうがふさわしい。 ⑩ 「ためらい」の「~が/~けど」と人間関係 「ためらい」の「~が/~けど」は、多く、相手の迷惑になる頼みごとをしたり、許可を求めたり、誘いを断ったり、相手の間違いを正したり、はっきりとは言いにくいことを「遠慮がち/ためらいがち」に伝えたりする場合に使われる。 ただ〔例3〕の「会議/色」に使われている「前触れ」と「ためらい」の「非敬体+が」は、いわば「男性の上司専用」なので、言葉の上では「ためらい/遠慮」を示していても、聞き手の耳には「依頼」に聞こえるはずもなく、単なる上司の「命令/指示/非難」にすぎない。 家族の間では、権威主義的な父親が「非敬体+が」を使うかもしれないが、妻や子どもが従うかどうかはわからない。普通の家庭では、通常、上下の区別なく「非敬体+けど」が使われる。 「非敬体 + けど」は、目上から目下なら「やさしさ/柔らかさ」を添え、むしろ女性的になるが、同等の場合は、完全な甘えを示すか、状況をあいまいにしたい場合に使われることが多い。 例えば、「用例」最初の借金返済「もうちょっと待ってほしいんだけど」や、2つめの誘いの断り「行くつもりはあるんだけど」の文末「~けど」が長く引きのばされると、話し手の意図があいまいになり、返すのか返さないのか、行くのか行かないのか、聞き手には判断できなくなる。 3つめは「~が」を使うと男性上司になるが、話し手が女性上司の「悪いわね、みんなにコーヒー、出してほしいんだけど(っ)」の場合、話し手の意図は明白なので、語尾は短く爽やかで、促音「っ」になるかもしれない。 ただ、はっきりとは言えないことを「ためらいがち」に話すということは、聞き手への遠慮が入っているので、〈敬体〉で〈ソト/ヨソ〉に対して使われることが多く、会社などの〈ウチ〉関係でも、目下から目上か同等の人に対しては〈敬体〉が基本である。 ▶巻末「人間関係」「文体/スピーチレベルシフト」を参照 聞き手への「配慮/丁寧さ」が要求される場合は「敬体+が」が使われ、少し「親しみ/甘え」が混じるほうがいいと判断した場合は「敬体+けど」系が使われる。 使い分けワンポイント ⑪ 「ためらい」の「~が/~けど」とイントネーション 「対立」や「前触れ」を表し、文中で使われる「~が」も「~けど」系も、そこでイントネーションは下降するが、話が続くことを合図するポーズ程度にすぎない。これに <518> 5.1. 逆接条件 / 逆接確定条件 対して、文末に使われる「ためらい」の「~が」や「~けど」系のイントネーションは急激に下降する。 例えば「行きたいのですが/できそうもないんですけど」なら、通常「~たい/~そう」から下降がはじまり、そのまま「~が/~けど」まで一気に下がりつづける。同時に、声も小さく弱くなっていき、まるで自分で言って自分で納得する〈独り言〉のようになることもある。 「~が」は「~がっ」と、促音「っ」がつく感じで、短く断ち切るように発音されることが多く、話し手の「依頼/断り」といった「気持ち/意図」が、比較的鮮明に表れるので、聞き手には、話し手の言いたいことが理解しやすい。 しかし「~けど」は「~けどー」と、長音化する場合があるが、語尾が長くなればなるほど、話し手の「甘え/気持ちのゆれ」が大きくなる。 ▶巻末「独り言/人間関係」を参照 「ためらい」の「~が/〜けど」は、人間関係を円滑にするために、言いにくいことをはっきりと言わない場合に使われるが、話し手は、せめて「恥じらい/慎み/ためらい/遠慮」といった気持ちを、言葉にだけでも示そうとして、すべてを言わず、文を「~が/〜けど」で切ってしまい、しかも、文が終わったことを示すために、イントネーションを急激に下降させることになる。 使い分けワンポイント ちょっと + よろしい/かまわない/いい( + でしょうか/ですか)? ~して + いただけ/ください + ますか/ませんか? お願いできますか/頼める? いかがでしょうか/どうですか/どう? どのようにお考えでしょうか/どう思いますか/どう思います? /どう思う? 「ためらい」の「~が/~けど」のあとに省略されているのは、およそ上のような言葉である。これらを省略しないで、完全な文にして言うと、聞き手には「念押し/ダメ押し」されたように聞こえてしまい、はっきりとした返答を求めるというよりは、話し手の「厚かましさ/図々しさ/煩わしさ/いやみ」を感じさせることになって、聞き手はこちらの期待した反応を示さないかもしれない。 こちらを「使い分け⑪」のイントネーションを使って「~が/~けど」でとめてしまえば、聞き手は尋ねられもしないことに返答はできなくなるが、尋ねた方は「眼差し/仕草」で、相手の反応を待つことができる。こんな場合の日本人の反応は、通常、相手の期待にそうような返答をしてしまうことが多い。 聞き手に期待した反応をさせるには、ダメ押しよりも、むしろ控えめな態度の方が効果的である。特に「~が/~けど」の「ためらい」で依頼された場合、よほどのことがない限り、首を横に振れる日本人は少ない。 「~が/~けど」のイントネーションを低く抑えて文を切ってしまうのは、文が終わったことを示すためでもあるが、聞き手に問いかけないためもあり、問いかけないことで「暗黙の承諾や了承」を求めることができるからである。 <519> 使い分けワンポイント ⑬「前触れ」と「ためらい」 「前触れ」と「ためらい」は、本題の前にあるか、後ろにあるかの違いだけで、どちらも「本題/話し手の言いたいこと」を、聞き手に受け入れやすくするために使われる会話上のテクニックなので、イントネーションは異なるが、次のように両者が入れ替わることがあり、入れ替わることで、文が際限なく続いていく可能性が生まれる。 ▶本節「使い分け①②/『ためらい』とイントネーション/『ためらい』のあとの省略部分」を参照 前触れ:昨日の会議のことなんだが、 本題:あまり発言しなかったように思う。 ためらい:あまり発言しなかったように思うんだが。 前触れ:あまり発言しなかったように思うんだが、...。 本題:どうしてなんだい。 ためらい: どうしてなのか、話してほしいんだが。 前触れ: どうしてなのか、話してほしいんだが、...。 →昨日の会議のことなんだ + が/けど、あまり発言しなかったように思うんだ + が/けど、どうしてなのか、話してほしいんだ + が/けど、...。 つまり聞き手に何も言わせず、話し手が一方的に話したいことを話す場合、特に「愚痴/不満」を並べたいときには常用されるが、これに「~けど」を何度も使うと、話がかち絡みつざ、まつわりつきそうな感じになって、聞き手には耐えられなくなってしまう。 使い分けワンポイント ⑭「~が/~けど」と「ためらい」の「~は」 行くことは行きますが、用があって、遅れるかもしれないのです + けど/が。 暑いことは暑いですけど、昨日よりずっとましな気がします + が/けど。 実力はあるのです + が/けど、なぜか試合になると、発揮してくれなくて。 お酒? ビールなら飲みはします + が/けど、せいぜいコップに一杯ですね。 技術研修ですか。もちろん単調ではあります + が/けど、基礎づくりですから。 まあ面白い授業ではありません + が/けど、出席しないと ...。 ▶本文 1.1.「主題/提題/ためらいの『~は』とは?/ためらいのバリエーション」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~ものの」を参照 対比を合めて、前触れの「~が/~けど」は、副題で「ためらい」を示す「~は」と密接な関係がある。 この「~は」は、話し手の「ためらい」を表し、しかも対比効果が働いているので、基本的に「~が/~けど」のところで文をうちきっても、聞き手には理解できる。 これから授業です。まあ面白く+ありません/ないのです+が/けど。→これから授業です。まあ面白くは+ありません/ないのです+が/けど。 あいまいにして省いた部分は、上のほうの例では「仕方ありません/勉強のためです/学生ですから/いい先生ですから/彼女に会えますから/好きな本が読めますから/聞いていなくてもいいので」など、いろんなことが考えられ、話し手のことを知らなければ、何を言おうとしているのか理解できない。 しかし下のほうでは、たとえ話し手のことを知らなくても、主題の「授業」と、もう <520> 5.2. 逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現 ひとつ副題の「面白くない」と「対比関係になる」という2つのキーワードが与えられているので、義務を表す「仕方ありません/勉強のためです/学生ですから」くらいしか想像できなくなる。 同じ「ためらい」を表す場合でも、主題性のある「~は」を使ったほうが、話し手の意図が明確になり、前面に押しだされてくるような印象になる。逆に意図を隠したければ、使うのを避ければすむだけである。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 上の例の「面白く(は)ありませんが」を、文末に「~の」を挿入した「面白く(は)ないのですが」にかえると、聞き手への訴えや働きかけが強くなり、単なる「ためらい」が、新たな話題へと発展する「前触れ」にかわる。 5.2. 逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現 ~のに・~くせに AのにB:Aから予想される結果とは逆のBになり「残念/後悔/意外/非難」を表す。AくせにB:伝統や道徳、社会通念がAに期待する結果とは逆のBになり、非難を表す。 ーる/ーい/~た/状態名詞な/名詞の+くせに「~のに」の接続は「~ので」と同じ。 (注)「~くせに」は〈超敬体〉で使えない。 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/~から・~ので」巻末「文体」を参照 形態 「~くせに」は、親しい関係で、非難の度合いを少し弱めたい場合、ときに「~くせして」になることがある。 「~のに」が、文末にくる「~だろう」に接続する場合は、必ず「~だろうに」という形態になる。これは「~だろう」が「~のだ」の後接を許さないからである。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』と文末の相互承接」を参照 また、同じ形態であるが、意味がまったく異なる目的の「~のに」については、本文3.6.「順接確定条件/目的/~のに」を参照のこと。 話し言葉で、非難を表す場合、置き換え可能になることがある。 [例] 母が心配しているのに、彼氏のできた妹は、毎晩、遅く帰ってくる。 次のように置き換わらない。 *母が心配しているくせに、彼氏のできた妹は、毎晩、遅く帰ってくる。 次の例も置き換わらない。 ちゃんと前の日に確認しといた + のに/×くせに、李さんたら、来なかったのよ。 <521> 昨日、何度も電話した + のに/×くせに、いなかったね。どこ、行ってたの! ほら、ご覧。余計なことは言わなければよかった + のに/×くせに。怒らせたよ。 用例 次の用例は、置き換わる。 今朝、母に「早く帰る」と言ったばかり + なのに/のくせに、妹はまだ帰らない。ちゃんと前の日に約束した + のに/くせに、李さんたら、時間通りに来ないの。 一人前の男 + なのに/のくせして、これくらいのこと、自分で判断できないのか?バカな/賢い + のに/くせに、努力しようという気さえ起こさないんだから。今日のこと、知ってた + のに/くせして、どうして教えてくれなかったんだ。昨日、何度も彼女に電話した + はずなのに/くせに、してないって言うんですよ。 使い分け 「A + のに + B」が非難を表す場合、同じ非難を表す「A + くせに + B」と置き換わる可能性はあるが、前者が、AとBの主格が一致してもしなくても使えるのに対して、後者は一致する場合にしか使えないという違いがあり、一致しない先ほどの「置換」の例は置き換わらない。 AとBの主格が一致する「用例」の場合は互換性があるが、前者「AのにB」は、予想外の驚きを含んだ「婉曲的な非難」を表している。これに対して、後者は「伝統的な考え/道徳/倫理/常識/社会通念」といったものを楯にとって、あたかも「虎の威を借る狐」のように、聞き手または第三者にダメージを与える「直接的で攻撃的な非難」を表すので、断言を避けるために使われる「~ようだ/~みたいだ/~そうだ/~らしい/~かもしれない/~だろう/~はずだ」といった状況判断の表現に後接しない。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」を参照 例えば「用例」最後の前者「電話したはずなのに」には「〜はずだ」が使われ、間接的に「証拠はないが、電話したにちがいないのに」と婉曲に話しているが、後者に置き換える場合は「×電話したはずのくせに」にはならず、証拠など意に介さない断定的な「電話したくせに」にかわってしまう。 「~くせに」が、第三者に使われた場合は「陰口/悪口」になり、聞き手を不愉快な思いにさせるかもしれないし、聞き手に向けられた場合は、聞き手を侮辱していることになるので、ときに「激しい口論/けんか」といったものを誘発する可能性がある。 一人前の男 + なのに/のくせに、自分で判断でき + ないのですか/×ませんか。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶巻末「文の種類」を参照 非難を表す場合、どちらも〈述べて立て文〉でしか使うことができない。ただ、上のように、文末が「~のか/~のですか」となって「~の」が挿入される場合は、〈問いかけ文〉に使うことができる。 しかし、この〈問いかけ文〉の「~のか」は「疑い」を表し、目の前の事態が「常識/知識/記憶/経験」からすると、マイナス評価となる「ズレ/異常」を感じさせるため、話し手が「想像外/予想外」の事態に、それを生じさせた人を非難しているところである。つまり〈述べ立て文〉の機能をする反語的な〈問いかけ文〉で、話し手は聞き手の返答を求めているのではなく、ただ「判断できるはずだ」と言っているにすぎない。 <522> 5.2. 逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現 使い分けワンポイント ① 「~のに」の使い方 「A + のに + B」には「非難」以外に、次のような使い方がある。ただ、これらは「A + くせに + B」には置き換わらないし、置き換われば「非難」を表すことになる。 1. 残念 引っ越し、手伝うって約束したのに、急用ができて、行けなくなってしまった。 コンタクトレンズ、便利なのに、ドライアイなので、目が痛くなるんです。 え、不合格?あれほど頑張ってらっしゃいましたのに、残念でございますね。 せっかく遠いところを、お出でくださいましたのに、誠に申し訳ございません。 2. 後悔 部長に叱られちゃってね。誰にも話すんじゃなかったのに、本当にバカだったよ。 ええ、そんなつもりじゃ全然なかったのに、悪くとられてしまったようなんです。 そうなんです。前もって断っておけばよかったのに、今となっては後の祭りです。 すみません。もっと周到に準備すべきでしたのに、誠に配慮が至りませんでした。 3. 意外 えっ、本当なんですか。先日お会いしたときは、とってもお元気でしたのに。 すみません。わざわざお越しくださらなくても、こちらからお伺いしましたのに。 ▶文末の「~のに」については、本文4.2.「順接仮定条件/反実仮想」を参照 困ったな。一緒に行くとばかり思っていたのに、どうして急に行けなくなったの。 ええ、ちょっと注意しただけなのに、泣きだしてしまって、困ってるんです。 母はアバウトで、気がきかないのに、父のほうは凡帳面で、きれい好きなんです。 ダメだって言ってたのに、就職できたの? それは、おめでとう、よかったね。 さっきまで、ご機嫌だったのに、いったい何だと言って、怒ってるんですか。 王さんって、球技なら何でもこなすのに、水泳はからっきしダメなんだって。 最後3例は、AとBの主格が一致しているので「A + くせに + B」に置き換わるが、置き換えると「非難」にかわってしまう。 上の例は、すべて「~が/~けど」に置き換わるが、感情のない平板なものになってしまう。特に、濃やかな気持ちを表している「不合格/部長/準備/お元気/お越し」に使うと、むしろ不自然な感じにさえなる。 通勤には時間がかかる + が/×のに、環境のいいところに家を買うことにした。→通勤に時間がかかるのに、環境のいいところに家を買ったんだって!(意外) たまに寝るのが遅く + なりますけど/×なるのに、朝はいつも通り起きています。夜もコーヒーを + 飲みますが/×飲むのに、眠れなくなるってことはありません。 ▶巻末「文/モーダス要素」を参照 逆に「残念/後悔/意外/非難」という〈モーダス要素〉がなければ、上のように「~のに」を使うと不自然になってしまう。 使い分けワンポイント②~に これらの本を読めば、日本がかつてアジアで何をしていたかがわかるだろうに。子どもを甘やかしてばかりいないで、自分のことは自分でさせればいいだろうに。何ですって。子どもじゃあるまいし、もう少しましな言い方もあったでしょうに。 <523> おひとりで大変でしたでしょうに、どうして言ってくださらなかったのですか。 本当なのかい。年末で、さぞ忙しからうに、よく手伝いにきてくれたものだね。 こともあろうに、博打なんかで、せっかく親の築いた身代をつぶしてしまうとは。 老後のための金だろうに。バカだよ。あんなやつに貸すべきでなかったろうにね。 いくら言い聞かせたところで、あの子のことなんだから、行きはすまいにね。 ▶本文10.6.「モダリティの表現/状況判断/その他の『~だろう』の使い方」を参照 ▶本文10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照 「『~(よ)う』の使い方-状況判断/『~まい』の使い方-状況判断」 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/~から・~ので」の「接続」を参照 ▶本文4.2.「順接仮定条件/反実仮想」を参照 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~に」を参照 この「~に」は、逆接確定条件の「~のに」から「~の」が脱落したものであるが、これは「~だろう/~(よ)う/~まい」が、文末形態を受ける順接確定条件の「~から/~し」や、逆接確定条件の「~が/~けど」の後接を許すだけで、ほかの場合は文末にしか来ないために、直接「~のに」が後接できずに起こった現象である。 この「~に」は、特に〈非敬体〉の文末にはよく添えられる「~よ/~ね/~な/~さ/~ぞ」などと同じような役割を果たし、文全体に対する話し手の気持ち「残念/後悔/意外/非難」を表している。 明日なら、晴れよう/×私が行こう + に、どうして今日、出かけるんだ。 →明日なら、晴れる/私が行く + のに、どうして今日、出かけるんだ。 彼ら/×私たち + は反対などすまい + に、どうやら疑っているらしい。 →彼ら/私たち + は反対などしない + のに、どうやら疑っているらしい。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/話し手の意志と第三者の意志」を参照 「~だろうに」以外は古めかしい言い方であるが、状況判断を表す場合なら、年配の方に「~あろうに/~なかろうに/~まいに」などが使われるかもしれない。ただ上のように「~(よ)う/~まい」が「話し手の意志」を表す場合は使うことができない。 使い分けワンポイント ③~ものを 「~ものを」は、古くから人間の能力を超えた存在を表す「もの」に、逆接関係を表す古語の「~を」が結びついた表現なので、主に書き言葉に使われるが、ときに年配の人によって、話し言葉に用いられることもある。 接続:未完文「-る/ーい/~た/~だ」+ものを▶〈未完文〉への接続については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 あれほど言っておいたものを、何も聞きもせずに、こんなことをしでかしてしまって。どう思います?一体どうすればいいのですか。 え、个合格?あれほど頑張っていらしたものを、本当に残念でございますね。 そんなつもりじゃなかったものを、ことさら悪くとってしまって、ひどいと思わないかい? わざと人を困らせてるんだよね、そうだろう? あいつのためになるかと思って言ってやったものを、余計なお世話だってさ。 母が心配しているものを、彼氏のできた妹は、毎晩、帰ってくるのが遅くなった。 証文まで書いて約束したものを、いまさらダメとは、聞こえませぬ。 やけに暑いねえ。もうそろそろ雨が降ってもよさそうなものを、こうお天気が続いたんじゃ、 <524> 5.2. 逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現 たまったもんじゃないねえ。 あの人、知らないふりをしていればすんだものを、バカのつく正直者なんだから。そっと入れば、気づかれなかったものを、おかげでひどい目に遭っちゃったよ。 こんな結果になるくらいなら、しなければよかったものを、本当にバカなんだよ。すぐに謝ればいいものを、下手に言い訳なんかするもんだから、怒らせちゃって。もとはといえば、お偉い国の議員であるものを、何を好んで乞食まがいなことを。彼女が担当するはずのものを、付け届けをして、無理やり横取りしたらしいよ。子どもが寝入って、せっかく静かになったものを、わざわざ起こして泣かすのね。いくら知ったかぶりをしたって、化けの皮なんて、すぐにはがれてしまうものを。いくら頑張って勉強したところで、あの大学には合格できるわけもないものを。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『こと/もの』の使い方」を参照 ▶「もの」については、本節「使い分け⑨/~をものともせず(に)」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想」を参照 「~ものを」は、もともと「あれほど言っておいたものを聞かない/そんなつもりじゃなかったものを悪くとる/約束したものをダメと言う/担当するはずのものを横取りする」といった使われ方「~ものを+動詞」だったのが、独立して文末表現になったとも考えられるが、人を縛りつけ、人の運命を左右する「もの」つまり「約束/誓い/道徳/倫理/自然の摂理/成り行き」などから期待できるはずの事態が、思いもよらない結果となったために、不満や愚痴を並べたり、すでに取り返しのつかなくなった現在の事態とは逆のことを仮想して、不平や恨みを言いたてたり、現実を皮肉ったり非難したりする場合に使われる。 すべての場合で「~のに」に置き換わるが、恨みがましさの点では、可愛さすら感じさせる「~のに」をはるかに超えた強烈な感情を表す。 したがって、まれに聞き手に向かって使われることもあるが、主に第三者を陰で馬る場合に使われる。また、自分の不満などに対して、聞き手に同意を求める「確認」の〈問いかけ文〉を除けば、〈述べ立て文〉でしか使うことができない。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 引っ越し、手伝うって約束した + のに/×ものを、急用で、行けなくなった。 ダメだって言ってた + のに/×ものを、就職できて、おめでとう、よかったね。 一人前の男 + なのに/×であるものを、いまだ親のすねをかじっているらしい。 →一人前の男であるものを、妻子に飯も食わせず、遊びほうけるとは。 「~ものを」は、すべての「~のに」に置き換わるが、逆が成り立つわけではない。他者に期待を裏切られ、その恨みを晴らしたいといった内容がなければ、上のように「~ものを」には変換できない。 使い分けワンポイント ④~ところを 本日は、お忙しいところ(を)、かくもご盛大にお集まりいただき、新郎新婦になりかわりまして、厚く御礼申し上げます。 お休みのところ、誠に申し訳ございませんが、ちょっとお願いがございまして。 お仕事中のところ、お邪魔いたしますが、あと30分ほどで、社長室にお越しいただけないでしょうか。緊急会議が開かれるとのことですので。 お取り込み中のところを恐縮ですが、ちょっとお時間、いただけないでしょうか。 <525> すみません。お楽しみ/ご多忙+のところを、ちょっと失礼させていただきます。 ご歓談のところ、誠に恐れ入りますが、北京からお越しの王龍鵬様、いらっしゃいましたら、お近くの係員までお知らせください。 それはもう、おっしゃるまでもなく、ごもっともなことなのですが、そこのところを何とかしていただけないでしょうか。 ▶本文2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ところ+に・へ・を・と・で」を参照 ▶本文5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/前触れ」を参照 「名詞の/-い+ところを」は「場所/時/状況」を表す「ところ」に、逆接関係を表す古語の「~を」が結びついた表現で、話し手が「感謝/お詫び/依頼」などをする場合に、聞き手への気遣いを示す言い方として、慣用的に使われている。ただ、ときおり「~を」は、省略されることがある。 「~ところ(を)+ すみませんが」などの形で、本題に入る前触れとして使われることが多いが、〈ソト/ヨソ〉に対して使われる鄭重な言い方なので、前触れの「~けど」は使うことができない。 「~ところ」は接続によって、さまざまな意味がある。 ▶本文 1.3.「主題/例示/~といったところだ」1.7.「主題/累加/~どころか」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーグス表現/~たところで」を参照 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~ところによると」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想/~ところだった」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~たところで」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ところだ」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ているところだ」を参照 使い分けワンポイント ⑤~たところが・~たところ 「動詞A + たところが + B」も「動詞A + たところ + B」も、すでに起こった出来事を回想する〈述べ立て文〉に使われるが、共通して「動詞A + たら、Bという+ 結果になった/発見をした」ということを表している。特に前者は、小説や物語の書き言葉として使われることが多い。 ▶本文 4.4.「順接仮定条件/確定条件/確定条件の『~たら/~と』と『新発見/新経験』」を参照品質がいいと言われ、高いのを買った + ところが/ら/のに、すぐだめになった。→品質がいいと言われ、高いのを買った + ところ/が/けど、すぐだめになった。約束した時間に出かけた + ところ (が)/ら/のに/が/けど、なぜか留守だった。一時帰国のため、休暇願いを出した + ところ/ら/のに/が、許可されなかった。あいつのためになるかと思って言ってやった + ところ (が)/ら/のに/が/けど、余計なお世話だなんて言いやがるの。 「A + たところが + B」も「A + たところ + B」も、順接確定条件の「A + たら + B」に置き換わるが、上のように、前者は、逆接確定条件で「意外」を示す「A + のに + B」にも置き換わることがあり、Aで「予想/期待」したことが、反対の結果Bになったことを表す。 これに対して後者「A + たところ + B」は、逆接確定条件で「前触れ」を示す「A + が/けど + B」にも置き換わり、Aという「偶然の契機/きっかけ」で、Bという「結果になった/発見をした」ことをAで表す。 <526> 5.2. 逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現 しかし、逆に「A + のに/が/けど + B」が「A + たところ (が) + B」に置き換わるには、同時に「A + たら + B」にも置き換わる必要があるので、これまで「逆接確定条件」の本文にあげてきた「~のに/~が/~けど」の例は、いずれも「A + たところ (が) + B」には置き換わらない。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど」を参照 ▶本節まえの「~のに・~くせに」を参照 また、マイナス結果を表す上の例の「A + たところが + B」を「A + のに + B」に置き換えると、単なる話し手の「予想外/期待はずれ」にすぎなかったものが、後者「A + のに + B」のもつほかの〈モーダス要素〉「残念/後悔/非難」が動員され、話し手の「不平/不満」が聞き手の耳に響くようになるので、前者は主に〈ソト/ヨソ〉に対して、後者は〈ウチ〉関係で使われることが多い。 一生懸命、勉強した + ところが/ら/×のに/×が/×けど/×ところで、成績は思いもよらないほど、伸びた。 一生懸命、勉強した + ところが/ら/のに/けど、成績は逆に下がってしまった。 風邪で3日も休んだ + ところが/ら/×のに、授業についていけなくなった。 風邪で3日も休んだ + ところが/ら/のに/けど/ところで、友だちがノートを見せてくれたので、何も困ることなく、授業についていくことができました。 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~たところで」を参照 「A + のに + B」のAとBは逆接関係にあるので、Aが「プラス/マイナス」なら、Bは「マイナス/プラス」を表すが、予想外の「A + たところが + B」のAとBは、順接関係にも逆接関係にもなるので、上のように、Aがプラスでも、Bは「プラス/マイナス」の結果、逆にAがマイナスでも、Bは「マイナス/プラス」の結果を表すことができる。 「A + たところ + B」も、上の例で使うことができ、AとBの関係も「A + たところが + B」と同じように、順接関係にも逆接関係にもなる。 しかし、いずれの場合でも「AたところB」が「AたところがB」と異なっているのは、予想外な事実に直面して起こる、さまざまな感情を表さず、Aをきっかけにして、実際に起こった結果Bを、現実のまま、素直に受けとめる態度を示す点である。 使い分けワンポイント ⑥ 順接「~たところ (が)」のまとめ 「~たところ (が)」が順接になる話し言葉の場合をまとめてみると、次のようになる。 ~たところが:事実説明 + 予想外の「驚き/喜び/悲しみ」など 一時帰国の休暇願いを出したところが、ひと月ももらえました。 ~たところ:事実説明 一時帰国の休暇願いを出したところ、ひと月ももらえたんです。 参考までに「~たら/~が/~のに」の場合も示しておく。 <527> ~たら:新しい発見 知ってる? 休暇願い、出したら、ひと月ももらえたんだよ。 ~が/~けど:話題の提供/話題への補足説明 昨日、休暇願い、出したんだけどね、ひと月ももらえたんだよ。 昨日、休暇願いを出しましたが、ひと月ももらえたのです。 ~のに:逆接 + 意外 ただの休暇願いを出しただけなのに、ひと月ももらえたんだよ。 「~たところ」を使う話し手は、感情を押し殺し、事実だけを淡々を述べているだけなので、話し言葉よりは書き言葉、主に日誌や報告書などに多用される。 試験まえに、ちょっと勉強しただけなのに、成績は思いもよらないほど伸びた。 風邪を引いて、3日しか休まなかったのに、授業についていけなくなった。 順接の「~たところ (が)」は、上のような「~ただけなのに」や「~しか~なかったのに」になって、逆接の「~のに」に置き換わる場合がある。 使い分けワンポイント⑦~ものの 彼の話し方そのものには、好感はもてる + ものの/が、内容があまりに空疎なために、いつしか会話を続けることすら、苦痛を覚えるようになった。 失敗を重ねてきた実験は、やっと暗礁から抜け出しはした + ものの/が、これから先のことを考えると、不安は隠せなかった。 これまでの紆余曲折した経緯もあり、いくらなんでも、むげに反対することはできないものの、諸手をあげて賛成(は)できるような提案でもなかった。 「結婚する」と約束はしたものの、あちらの親戚のことを思うと面倒でならない。 何度も誘われ「遊びに行く」とは言ったものの、休日を返上してまでの超過勤務が続くこの状態では、いつのことになるやら、ちょっと見当がつかなかった。 久しぶりに田舎の母に電話しようと思ってはみたものの、また愚痴を聞かされるのかと思うと、受話器をとる気がしなくなってしまった。 確かにものはよくて、安いことは安いものの、いつどこへ着て行くのかと思った。 母は、見るからに元気そうではあるものの、血圧が高く、いつ発作を起こすかわからない状態なので、興奮すると、いつもひやひやする。 父は医者ではあるものの、自分の病気については、何も知らないようだ。興味がないのか、それとも、知るのが怖いのか、健診すら受けようとはしない。 ずけずけものを言って、いやな奴ではあるものの、人には誠実で、自分には正直だし、その上、ちょっと可愛いところがあって、今日まで付き合っている。 ▶本文 1.1.「主題/提題/ためらいのバリエーション」を参照 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/『~が/~けど』と『ためらい』の『~は』」を参照 ▶本文 10.2「モダリティの表現/命令/~ものだ」を参照 「A - る/ - い/~た/ (状態) 名詞ではある + ものの + B」は、多く「ためらい」を示す副主題の「~は」と呼応し、A という事実は認めながらも、A とは逆接関係になる話し手の「気持ち/考え/心境」といったものB を示す硬い書き言葉で、〈述べ立て文〉 <528> 5.2. 逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現 にしか使うことができない。 もしかすると「状態名詞 + な + ものの」を使う人がいるかもしれないが、書き言葉らしくないというより、副主題の「~は」が使えない点で、不自然さを感じる人がいるかもしれない。 あの店は、安い + が/×ものの、おいしくない。 →あの店は、安いものの、手抜き料理ばかりで、おいしくない。 そのパソコンは、高い + が/×ものの、よく売れているらしい。 →そのパソコンは、高いものの、機能が充実していて、よく売れる。 彼女は彼を愛している + が/×ものの、結婚しようとしない。 →彼女は彼を愛しているものの、貧しいという理由で、結婚しようとはしなかった。 ▶本節「使い分け⑨/~をものともせず(に)」を参照 「もの」は人間を超える存在を表すので、この「A + ものの」は、逆接確定条件というより、むしろ前提条件のように、Aが動かしがたい事実であることを示している。 したがって、Aと逆接関係になるBは、Aを逆転させて余りあるような理由に裏打ちされている必要があり、たとえ文中に理由が明示されていなくても、その存在をほのめかすような文脈でなければ、使うことができない。 行くことは行く + が/ものの、そのまえに用があって、遅れる可能性があった。 今日も暑いことは暑い + が/ものの、心なしか、昨日よりずっとましな気がする。 確かに実力はある + が/ものの、なぜか試合になると、発揮できなくなるようだ。 ▶本文 1.1.「主題/提題/ためらいの『~は』とは?」を参照 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/『前触れ』と『ためらい』を参照 「A + ものの」は「Aは認めるが、しかし」という「ためらい」を示すものなので、文末で同じ「ためらい」を示し、文中にきて「前触れ」を示す「A + が」と互換性をもつことがある。 違いは、前者「A + ものの」が、主観的で個人的、いわば打ち明け話的な傾向を示す場合に使われるのに対して、後者が客観的、つまり誰が聞いても理解できるという自信のもとで「前触れ」に使われる点である。 技術研修は単調ではある + が/×ものの、基礎づくりだから参加しろ。 お酒? ビールなら飲む + が/×ものの、せいぜいコップ一杯だ。 面白い授業ではない + が/×ものの、出席しないと、あとが怖いよ。 ただ書き言葉の〈述べ立て文〉で使われる「~ものの」は、上のような〈働きかけ文〉や働きかけを表す文、話し言葉には使うことができない。つまり「A + ものの」は、すべての場合で「前触れ」の「A + が」と置き換わるが、逆は必ずしも成り立たない。「A + が/けど + B」は、AとBの対立を示す「対比/逆接」や、また「前触れ/ためらい」を表す場合に、〈ウチ/ソト/ヨソ〉すべての場で、すべての文に使うことができて便利ではあるが、どちらかといえば、表面的で単純な内容の場合に多用される。これに対して「~ものの」は、複雑で矛盾した心の動きや心理状態を表すことができるので、ときに大人の会話では、話し言葉にも使われることがある。 <529> 使い分けワンポイント⑨~をものともせず(に)・~をよそに Aをものともせず(に):危険や困難な状況Aを、大胆にも、はねとばして。Aをよそに:周囲の感情や評価Aを無視して。周囲の状況Aとは無関係に。Aにもかかわらず:Aという状況から予測されるものとは、まったく逆に。 接続:名詞/未完文の+をものともせず(に)/をよそに/にもかかわらず(~こと)+など+ものともせず(に) -る/-い/~た+にもかかわらず ▶〈未完文〉に接続する「~の」については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 次の「~をものともせず(に)」は「~をよそに」に置き換わる。 周囲の反対を + ものともせず/よそに、会って2週間目の男と結婚してしまった。「辞任せよ」との批判を + ものともせずに/よそに、従来通り会の運営を続けた。社内の禁煙運動を + ものともせず/よそに、休憩時間は喫煙室ですごしている。この不景気を + ものともせず/よそに、売り上げを伸ばしつづける会社がある。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/AをB + に/と + する」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ものだ」を参照 ▶巻末「古語/動詞/サ変動詞『す』」「古語/助動詞/否定『ず』」を参照 「A + をものともせず (に) + B」も「A + をよそに + B」も、話し手が第三者の行為や状況に対して評価を与える場合に使われる書き言葉で、第三者が現実のものとして目の前に存在する「A」を「気にしていない」という意味を表す点では共通する。 しかし前者に使われている「もの」は、人間を超越する存在「物の怪/もののあわれ/ものに動じない」や、人間を縛りつける道徳や道理「もののわかった人/金がものをいう世の中」の「もの」なので、この「Aを『もの』ともせず(に)」は、現代語で「Aを『もの』としない/A≠もの」を表し、Aを「畏怖すべきもの」とは考えない態度を表している。つまり、こうした態度の第三者に対して、話し手は「危険をかえりみない勇気/怖いもの知らずの大胆さ/愚かしい冒険主義」といった評価を下していることになる。 この場合のAは、上から覆いかぶさるかのように人を閉じこめ、抑えつけてくるマイナスの状況であるが、この状況で、普通の人がとるのとは逆になる第三者の行動Bが、プラス評価かマイナス評価か、賞賛に値するかしないか、頑固に意地を張っただけのものかどうかは、そのときの成り行きによって、評価が違ってくる。 これに対して、後者の「よそ」は、人間関係を示す〈ウチ〉〈ソト〉〈ヨソ〉のうち、何の関係も関心もない赤の他人を表す「よそ」であり、目の前を見ない「よそ見運転」の「よそ」である。 つまり「Aを『よそ』にする/Aを『よそ』に」は、Aを自分には「無関係なもの/何の影響も与えない状況」と考える態度を表しており、こうした態度の第三者に対して、話し手は「無関心/のんきさ/気楽さ/気まぐれ/気まま」といった評価をしている。 「常識/社会通念」から見て、Aがプラスなら、Bは「わがまま/身勝手」な行動として、マイナス評価が与えられ、Aがマイナスなら、Bは「気楽さ/余裕」といったプラス評価が与えられる。 「A=周囲の反対」を例にとれば、使い分けは次のようになる。 <530> Aをものともせず:大きなプレッシャーであるAをはねのけ、彼女は、会って2週間目の男との結婚に踏みきった。 Aをよそに:大きなプレッシャーであるはずのAなど、存在しないかのように、彼女はさっさと結婚してしまった。 次の「~をものともせず(に)」は「~をよそに」に置き換わらない。 登山隊は、猛吹雪を + ものともせず/×よそに、登頂を目指して頑張り続けた。 迫りくる敵の追跡を逃れんがため、眼前の断崖絶壁など + ものともせず/×よそに、次々と死のダイビングが敢行された。 孤島という悪条件を + ものともせず/×よそに、調査活動は着実に進みつつある。 長年にわたって累積した負債などは + ものともせず/×よそに、会社再建に乗り出したものの、もと経営陣の思わぬ反対で、人員整理につまずき、業績が伸び悩んで、自己破産せざるをえない状況に追いこまれてしまった。 炎が降りかかってくるのを + ものともせず/×よそに、高層ビルに飛びこんでいった救命士は、幼児を腕に、屋上から滑り降りてきた。 獄中にいることなど + ものともせず/×よそに、独立運動を成功に導くために、昼夜分かたず、執筆に専念していた。 ▶本文 1.1.「主題/提題/ためらいの『~は』とは?/~など・~なんて・~なんか」を参照 A「猛吹雪」などは、あたかも「四面楚歌」のように、四方八方から包囲して人を苦しめ、無視しようにも無視できない存在であり、勇気と大胆さなしには、克服できないものである。 また、話し言葉で使われる「名詞A+なんか/なんて」と同じように、Aに対する「軽蔑/軽視」を表す書き言葉「名詞A+など」が挿入され、上のように「A(こと)など(を)ものともせず(に)」が使われると、周囲に対する「無関心」を表す「Aをよそに」には置き換えることができなくなる。 次の「~をよそに」は「~をものともせず(に)」に置き換わらない。 母の心配を + よそに/×ものともせず、彼氏のできた妹は、帰りが遅くなってきた。 一流大学合格確実という周りの期待を + よそに/×ものともせず、サンスクリット語の勉強に、インドへ留学したいと言っているそうだ。 老舗ならではの伝統の味という評判を + よそに/×ものともせず、欧州帰りの三代目は、店を建て直して改装し、洋風菓子の専門店をオープンさせてしまった。 早々に仕事が内定した彼女は、いまだクラスメートが求職中なのを + よそに/×ものともせず、学生時代最後の休暇を利用して、海外へ飛びたった。 運転資金のやりくりで、部長たちが苦労しているのを + よそに/×ものともせず、社長は今日も朝から、接待ゴルフと称して、遊びに出かけている。 ダイエットブームを + よそに/×ものともせず、食欲をそそる焼肉が受けに受けている。環境保護の掛け声を + よそに/×ものともせず、行楽地はどこも同じゴミの山だ。この不景気を + よそに/×ものともせず、年末の商店街は、人でごった返している。 A「心配」などは、確かにプレッシャーにはなるが、無視できる人には無視できるものであり、人を苦しめるといったものではない。また「ダイエットブーム」などは、人の勇気などとは無関係な状況を表している。 <531> 使い分けワンポイント⑩~にもかかわらず 「A + にもかかわらず + B」は、Bという現実が、通常、Aから予測される結果とは逆の事態であることを示す書き言葉で、接続に注意すれば、基本的に「使い分け⑨」の「~を + ものともせず(に)/よそに」と互換性がある。 登山隊は、猛吹雪にもかかわらず、登頂を目指して頑張り続けた。 獄中にいるにもかかわらず、独立運動を成功に導くために、昼夜分かたず、執筆に専念していた。 周りの期待にもかかわらず、インドへ留学したいと言っているそうだ。 早々に仕事が内定した彼女は、いまだクラスメートが求職中なのにもかかわらず、学生時代最後の休暇を利用して、海外へ飛びたった。 この不景気にもかかわらず、年末の商店街は、人でごった返している。 ただ「Aにもかかわらず」を使う話し手は、第三者に対する「勇敢/気まま」といったプラスやマイナスの評価を聞き手に委ねて、ニュートラルな立場にたっているので、置き換えるまえと比べると、皮肉もユーモアも消え去った無味乾燥な硬い書き言葉になる。 裁判で賄賂を受けとっていないと宣誓した + (の) にもかかわらず /× のをものともせず / × のをよそに、その後の捜査で、次々と収賄の事実が明るみに出てきた。 ひどい風邪を引き、出勤がつらい + (の) にもかかわらず /× のをものともせず /× のをよそに、夫は、せき込みながら、いつものように出かけていった。 Aが外からのプレッシャーでなかったり、話し手の評価が「~を+ものともせず(に)/よそに」と一致しなかったり、話し手自身のことであったりすると置き換わらなくなる。 一生懸命、勉強した + (の)にもかかわらず/のに/×ことなどものともせず/×のをよそに、成績は思ったほど伸びなかった。 母が心配している + にもかかわらず/のに、妹は毎晩、遅く帰ってくる。(非難) 環境保護が叫ばれている + にもかかわらず/のに、行楽地はゴミの山だ。(驚き) ▶形態的によく似ている「~にかかわらず」については本文5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~にかかわらず」を参照 また「AにもかかわらずB」は、Aに対して予想外のBを表しているので、非難や意外を示す「~のに」とも互換性があるが、前者が書き言葉で、冷静な話し手の事実確認とすれば、後者は話し言葉で、感情的になった話し手の気持ちを表している。 5.3. 逆接条件/逆接確定条件/对比 ~とはいえ・~からとはいえ A とはいえ C:A なら予想は B だが、結果は B とはレベルの異なる C であることを表す。A からとはいえ C:A なら一般的に B だが、結論は B とは限らない C であることを表す。 接続ーる/ーい/~た/~だ+とはいえ/からとはいえ ▶ (状態) 名詞への接続については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 <532> 5.3. 逆接条件/逆接確定条件/对比 「(状態)名詞+である+からとはいえ」は、かなり硬い書き言葉では使われることもあるが、〈未完文〉などがついて(状態)名詞が長くなると不自然な響きになることがある。これに対して「(状態)名詞+である+とはいえ」は書き言葉でさえあれば使うことができる。 形態書き言葉の「~とはいえ」と「~からとはいえ」には、話し言葉の「~と(は)いっても」と「~からといって(も)/~からって」がある。 この「いえ」は「言う」の命令形であるが、ほかに「する/ある」の計3つの動詞が、命令形「~にしろ/~にせよ/~であれ」で逆接条件を表すことができる。 互換性 Cが一般的な結論なら、置き換え可能。 [例] 3月になったとはいえ、これからまだまだ寒い日が続くだろう。 次のように置き換わらない。 *3月になったからとはいえ、これからまだまだ寒い日が続くだろう。 次の例も置き換わらない。 とうに過ぎ去ったことだ + とはいえ/×からとはいえ、あのとき心を切り裂いた深い傷は癒えなかった。 お互いに好きだ + とはいえ/×からとはいえ、結婚はしないつもりだ。高い + とはいえ/×からとはいえ、あまりおいしいものでもなかった。行きたい + とはいえ/×からとはいえ、決して行くわけではない。数学ができる + とはいえ/×からとはいえ、クラスで10番だった。練習を積んできた + とはいえ/×からとはいえ、一回戦で敗れた。 用 例 次の用例は、互換性がある。 3 月になった + とはいえ/からとはいえ、すぐに暖かくはならない。 とうに過ぎ去ったこと + だ/△である + とはいえ/からとはいえ、あのときの心を切り裂いた深い傷が癒えていくとは限らない。 お互いに好き + だ/△である + とは/からとは + いえ、親や周囲の反対を押し切ってまで結婚するようなことはしないつもりだ。 高い + とは/からとは + いえ、それほどおいしいというほどのものでもなかろう。 行きたい + とはいえ/からとはいえ、必ずしも行くというわけではない。 数学ができる + とは/からとは + いえ、クラスでトップというわけにもいかない。 練習を積んできた + とは/からとは + いえ、やはり実力不足で優勝はできるまい。 料理ができる + とは/からとは + いえ、おいしいものが作れるというほどではない。うまいのは、せいぜい卵焼きが潤の山といったところだ。 梅雨が明けた + とは/からとは + いえ、急に薄着をすると風邪を引いてしまう。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照「~(という) わけではない・~とはかぎらない」 使い分け 「A + とはいえ + C」は、例えば、A「3月になった/互いに好きだ/高い」から当然、予想できる結果B「暖かくなる/結婚する/おいしい」と、実際のCとの間に程度の差があることを示しており、Cが「それほど暖かくならない/結婚するまではいかない/あまりおいしくない」といった場合に使われる。 これに対して「A + からとはいえ + C」は、例えば、A「3月になった/互いに <533> 好きだ/高い」から当然、結論はB「暖かくなる/結婚する/おいしい」となるはずだが、Bを全面的に否定するのではなく、部分的な否定C「暖かくなる/結婚する/おいしい+とは限らない」と判断する場合に使われる。 つまり、すべての場合に前者に含まれる後者は、前者に置き換わるが、逆に、前者のCが、すでに実現した事実や、たとえ未実現でも話し手の確信に基づく 100%肯定の判断であれば、後者には置き換わらない。 使い分けワンポイント 「A + とはいえ/からとはいえ + C」には、言外のBという状況との対比が隠されている。このBは、Aと聞けば、すぐ連想できる「社会通念/常識」に基づいた一般的な状況である。 とうに過ぎ去ったことだ + とはいえ/からとはいえ、そう簡単に心の傷が癒えるものでもない/やはり思い出すと胸の締めつけられることもある。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のではない』と部分否定」を参照 特に「A+からとはいえ+C」は、この一般的常識的な状況Bを「部分否定」する場合に使われ、例えば、A「とうに過ぎ去ったことだ」から、当然「忘れ去られるものだ」という一般的な結論Bに対して、話し手は「そうではない」と訴えると同時に、C「そう簡単に心の傷が癒えるものでもない/やはり思い出すと胸の締めつけられることもある」という個人的な判断を示している。 使い分けワンポイント ② 「~とはいえ/~からとはいえ」の違い 3月になった/梅雨が明けた + とはいえ/からとはいえ、まだしばらく寒い日が続く/本格的な夏にはならない + だろう。 「A + とはいえ/からとはいえ + C」は、A「3月になった/梅雨が明けた」が、しかし、C「まだしばらく寒い日が続く/本格的な夏にはならない + だろう」という判断をしているが、両者の違いは、前者が常識的判断「暖かくなる/暑くなる」を否定せず、常識的判断との程度の差「それほどすぐに + 暖かくなる/暑くなる + わけではなくても、いずれ + 暖かくなる/暑くなる」にすぎないと見なして、常識的判断を認める結論Cを出しているのに対して、後者は常識的判断を、部分的「すぐに + 暖かくなる/暑くなる + とは限らない」ではあっても、否定する見解を示している点である。▶巻末「話し手と聞き手/独り言」を参照 前者「A + とはいえ + C」が、手紙などの書き言葉で、自分の感じたことや考え、現実に起こった事実を、一般的な常識や社会通念に「敬意」を表しながら、聞き手に伝える場合に使われる。しかし後者「A + からとはいえ + C」は、通常、聞き手の持ちだすあまりにも常識的な判断、つまり「独断と偏見」に満ちた意見に異を唱え、一般的な常識や社会通念に「敬意」を表しながらも、常識や社会通念が「常に正しいとは限らない」ことを聞き手に示唆する場合に用いられる。 つまり後者は、いわゆる「議論/ディベート」などで聞き手を説得し、あるいは、言い負かすテクニック「雄弁術」のひとつである。 <534> 5.3. 逆接条件/逆接確定条件/对比 日本人だ + とはいえ/からとはいえ、礼儀正しいとは限らない。 この場合のBは「日本人は礼儀正しい」という一般に通用しているらしい常識である。「~とはいえ」は、部分否定「~とは限らない」を用いて「礼儀正しくない日本人」の存在を示唆しながら、話し手の本音は「礼儀正しい日本人」という通念の支持である。「~からとはいえ」は、部分否定「~とは限らない」を用いて「礼儀正しい日本人」の存在を示唆してはいるが、話し手の本音は「礼儀正しくない日本人」に遭遇した経験があり、この常識を否定している。 つまり両者には、話し手の「立場/考え方」の違いが反映されていることになる。 ③ 「~とはいえ/~からとはいえ」と逆接関係 品質はいい + が/のに/×ものの/×とはいえ/×からとはいえ、とても安い。 品質はいい + が/のに/とはいえ/×からとはいえ、それほど高くない。 品質はいい + が/のに/とはいえ/からとはいえ、高いわけではない。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~のに・~ものの」を参照 これまでの逆接確定条件との関係でいえば、最初の例のように「A + とはいえ/からとはいえ + C」には、AとCが単純な逆接関係にある場合は、使うことができない。品質はいいが、値段 + は/も + 高い/安い。 上のように「A + が + C」は「~は」と一緒に使われて、対比「Xは + A + が + Yは + C」を表すが、AとCが逆接関係になるかどうかさえ、聞き手には予測できないという〈モーダス要素〉の欠如を示しており、話し手は感情を表さないニュートラルな立場から、AとCとの単純な対比関係も逆接関係も示すことができるし、たとえ複雑な逆接関係であっても、感情をこめずに、客観的な事実として述べることもできる。 〈モーダス要素〉をもつ「A + のに/ものの + C」は、単純なAとCの逆接関係を表しているわけではなく、話し手の気持ちの反映した比較的複雑な逆接関係を表す。 これらに対して「A + とはいえ/からとはいえ + C」は、AとCのかなり複雑な逆接関係を表すが、これは社会的人間としての話し手が、逆接関係を支えているB「社会通念/常識」を100%否定しきれないからである。 もし「安かろう悪かろう (値段が安ければ品質は悪い)」が社会通念Bとすると、例えば「中国製品は安いが、品質もいい」とは断言できなくなり、やむをえず「中国製品は安い+とはいえ/からとはいえ+必ずしもすべての品質が悪いわけではない」という「奥歯にものの挟まった」ような言い方になってしまう。 これが、社会的常識だけではなく、聞き手にまで配慮を示す「~からとはいえ」ともなれば、なおさらである。 使い分けワンポイント ④ 「~とはいえ/~からとはいえ」と仮定条件 女優にしては、演技力がなさすぎる。(女優であることを認めない) 女優 + にしても/とはいえ、演技力がなさすぎる/演技力のない人もいる。 <535> →女優であるからとはいえ、必ずしも演技力があるわけではないが、それにしても、あまりにも演技力がなさすぎると言えようか。 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~にしては・~にしても」を参照 ここでの「Aに + しては/しても + C」を支えているのは、順接関係を示す「A ならBだ/女優であれば演技力があるはずだ」のBであり、このBも「A + とはいえ/からとはいえ + C」を支えている「社会通念/常識」と同じものである。 最初の例は「女優という基準からすれば、多少でも演技力があっていいはずなのに、全然ないので驚いてしまう」を表し、Bを 100%否定しきっている。ということは「たとえ女優であるとしても、女優として認めない」という話し手の主張を含んでいる。 2つめの「女優にしても」は「女優ということは認めるが、演技力がまったくないというのは、例外中の例外だ」ということを表し、ここから例外を認める「演技力のない人もいる」が可能になり、Bでさえ、全面的な否定はされていない。 少しはAやBを認めるという曖昧な態度は、そのまま「A + とはいえ + C」に通じるものがあり、仮定条件か確定条件かという違いにすぎない。 ところが最後の「A + からとはいえ + C」は、聞き手の持ちだした意見「女優とはいえ、演技力のない人もいたって仕方がない」に反対して、それにしてもあの女優は「演技力がなさすぎる」と、特定の女優を非難している。ここまで言うと、AもBも全面否定していることになり、たとえ本音であっても「歯に衣着せない」言い方である。 使い分けワンポイント ⑤ 命令形の表す逆接関係 こうなっては、家族 + にしろ/にせよ/であれ、友人 + にしろ/にせよ/であれ、家出した彼からの連絡を待つよりほかはなかった。 誰が犯人 + にしろ/にせよ/であれ、このなかの誰かであることは疑いえない。 どこへ行く + にしろ/にせよ、必ず門限までには帰館すること。 遅かれ早かれ、事故の全貌が明らかになるでしょう。 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~にしろ・~にせよ・~であれ」を参照 ▶巻末「古語/動詞/サ変動詞『す』」「古語/形容詞」を参照 「A + とは + いえ」の「言え」のほかにも、上のように「する/ある/古語形容詞」の命令形が、逆接条件を表すことができる。 ただ「A + とはいえ」は、Aが既実現の事態を表して、確定条件になっているが、ほかの場合は、逆接条件の一種ともいえる同一条件を表す点が異なっている。 いずれも古語的な表現なので、主に書き言葉で使われるが、話し言葉でも、フォーマルな場での発言や、年配者には使われている。 使い分けワンポイント ⑥~と(は)いっても 子どもが「行きたい」とはいっても、誰も連れては行けないもの、仕方ないわ。子どもだけじゃ危ないし、イベントは終わっちゃうしね。 「明日までにしてこい」っていっても、こんなにたくさん、どうすればいいんですか。まさか「寝ないでしろ」というんじゃないでしょう? でも「さっき注文した」とおっしゃっても、伝票のほうには上がってなかったものですから。 <536> 5.3. 逆接条件 / 逆接確定条件 / 对比 申し訳ございません。すぐ、ご準備いたします。 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~ても」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~って (ば)』の使い方」を参照 もともと「A + と (は) /って + いっても + C」は、誰かの発言Aを「~と言う」で引用しながら、逆接仮定条件の「~ても」を加えたものである。こうした引用の場合の「~は」も対比で、およそ「Xが『A』とは言っても、Yが『B』とは言わず、状況はC」といったことを示している。 停戦したとはいっても、一時的なものだから、これで平和が戻ってくる + はずもない/わけでもない + だろう。 日本人っていっても、みんながみんな、ああだってことはないだろう。 ▶本文1.1.「主題/提題/対比のバリエーションと類推」を参照 ▶本文8.3.「極限/類推/類推とは?」を参照 「A + と (は) /って + いっても + C」と、先ほどの「A + とはいえ + C」は、引用の場合を含めて、次のように使い分けられる。 ~とはいえ~とはいっても~といっても~っていっても 上の2例の「~は」は、例えば「A停戦した/日本人だ+から+B平和が戻ってくる/ああだ」という「社会通念/常識」のBを際立たせるもので、対比というよりは、むしろ聞き手にBを連想させる「類推」の働きをしている。書き言葉では、この「~は」を加えて、話し手の意図を明確にすることになっている。 停戦+しても/したって、一時的なもので、これで平和が戻ってくるはずもない。日本人+であっても/でも/だって、みんながみんな、あんなだとは限らない。 「A + とはいえ + C」にも「A + と (は) /って + いっても + C」にも、引用の「~と」がきいて、Aの部分が「誰かの発言の引用」というもの意味が残っているので、話し手の「勝手にでっちあげた」話ではないという意識が流れており、客観性としんぴょうせい信憑性のある〈基準時以前既実現〉の内容という話し手の狙いが隠されている。 したがって、もし上の例のような〈基準時未実現〉の可能性のある逆接仮定条件に置き換えると、話し手の主観的な意見という響きにかわってしまい、聞き手への説得力に大きな開きが生まれる。 使い分けワンポイント⑦~からといって(も)・~からって 社長が「ぼくが行くから」とおっしゃっても、先方が歓迎するかどうかわかりませんが。「いやだから」っていっても、それですむとは思わないけど。 あの方ですか。ええ、さっき「あとでまた来ますから」+ とおっしゃって/といって/っていって/って、お帰りになりましたけど。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~って(ば)』の使い方」を参照 上のような「A+から+といって(も)/っていって(も)/って」は、誰かの発言「A <537> + から」を「~という」で引用しながら、逆接仮定条件の「~ても」か、順接確定条件の時間的継起を示す「~て」を加えたものである。 停戦したから + といっても/といって/っていっても/っていって/って、一時的なものだから、これで平和が戻ってくるわけでもないだろう。 日本人だからって、みんながみんな、ああだってことはないだろう。 "立秋だからと申しましても、すぐに涼しくなるわけではございませんけれども、それにいたしましても、今年の残暑の厳しさは、どうでございましょうね。 試験で一番だから + といって/っていって/って、頭がいいとは一概には言えないんだけど、でもね、あの子って、本当に賢いんだよ。 ▶本文8.3.「極限/類推/類推とは?」を参照 上の例は「A + からとはいえ」と同様、逆接確定条件の対比を表しているが、引用の場合を含めた「A + から + といって(も)/っていって(も)/って」と「A + からとはいえ」は、次のように使い分けられる。ただ「~(も)」のある場合は「~も」のつくほうが、つかないほうより書き言葉に近づく。 書き言葉 ➡️話し言葉 から+とはいえ +といって(も) +っていって(も) +って 最初にあげた引用の例に、もしかすると対比の「~は」を挿入する人がいるかもしれないが、この場合は「Xが『Aから』とはいっても、Yが『Bから』とはいわない」といった対比は、めったに起こらないし、上の逆接確定条件の例は、聞き手の「A + から + B」が引用されているだけなので、対比の必要がなくなってしまう。 上の最初 2 例は「A停戦した/日本人だ + から + B平和が戻ってくる/ああだ」を引用したものである。 使い分けワンポイント⑧~といえども 春とはいえども、名ばかりの春。水が凍り、風は凍てついている。 会ったばかりといえど、遠くて近きは勇女の帰、近くて遠きは田舎道。 「去るものは追わず」とはいえど、未練ばかりが身にしみる。 上のような「A + と (は) いえど (も)」は、古典的な「A + と (は) いえ」で、現在では、ほとんど使われることはない。 大統領 + といえど/でさえ、再選されなければ、ただの人。どうってことないよ。 さすがの李さん + といえども/でも、この夏の暑さには参ってるだろう。 今回の事件、迷宮入り? 誰の担当? 本当? あのベテラン刑事 + といえども/でさえ/でも、歯が立たないってわけ? たとえ国土+とはいえこんで(あって)(さえ)も、法を犯せば、罰せられる。 現在も使われている「A+と(は)いえど(も)」は、Aに「人」がきて、上のような「類推」を表す場合で、古典的表現が、一種のジョークのようにして使われることが多い。 この場合、聞き手の耳には「~といえど→~とはいえど→~といえども→~とはいえども」の順で、古色蒼然とした響きになる。 <538> 使い分けワンポイント ⑨ 古語「〜ども」と「〜とも」 声はすれども、姿は見えず。 行けども行けども、山また山。 呼べど、答えず、返ってくるは、木霊ばかり。 去れども、我は追わず。 →行ってしまっても/行ってしまったが、追いかけては行かない。 去るとも、我は追わず。 →行ってしまっても/行ってしまおうとも、追いかけては行かない。 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~(よ)うと・~(よ)うとも」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/ひとつたりとも~ない」を参照 「使い分け⑧」の「~といえど(も)」の「~ど(も)」と同じように、上にあげた「A + ど(も)」も古語で、動詞Aの「~ば形(古語の「已然形」)」につき、現代語の「A + ても」に相当するが、逆接確定条件を表している。 最後の例のように、かつては動詞の「辞書形(古語の「終止形」)」につく「~とも」があり、逆接仮定条件を表していたが、現代語では、この逆接仮定条件の場合にも「A + ても」が使われているので、紛らわしくなっている。 反対 + されようと (も) /されても/されたが、彼女は考えを変えようとはしなかった。 逆接確定条件としても、逆接仮定条件としても使われる「~ても」を、どうしても区別する必要があれば、前者には「~たが」が使われ、後者には「~(よ)うと(も)」が使われることがある。 行くかって?いいとも。もちろん、行くとも。 食ったかって?そりゃ、食ったとも食ったとも。あきれちゃったよ。 現代語で使われている「辞書形A + とも」は、上のように文末につき、話し手の「当然 + 快諾」といった気分や、第三者の様子に「あきれる」気持ちを表している。 少なく + とも/ても、20人は集まらないと、ツアーを組めませんね。多くとも、50人ですね。それ以上だと、添乗員が足りなくなります。レポート、遅くとも、来週末までには提出してください。 形容詞の場合、上のように「A-く+とも」になって、現代語の「A-く+ても」に相当するが、どちらも話し言葉で使われている。 ただ、両者の違いは個人差といった感じで、年配の人なら、前者を使う比率が高いかもしれないが、若い人にも使われている。むしろ場面が改まった感じになると前者が、カジュアルな雰囲気では後者が選ばれているのかもしれない。 使い分けワンポイント⑩~というのに 子どもが「行きたい」と言うのに、親が「誰も連れて行けないから」って、行かせないんだよ。もう小さな子どもじゃないんだし、ひとりで行かせればいいのに。 「明日までにしてこい」って言ったのに、誰もしてこなかった。 社長は「ぼくが行くから」とおっしゃったのに、みんなが反対して。 「いやだよ」って言ってるのに、無理やり食べさせるからですよ。 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~のに」を参照 <539> 上のような「A + と言うのに」のバリエーションは、誰かの発言Aを「~と言う」などで引用し、逆接確定条件の「~のに」を加えたものである。 男/女+だっていうのに、何だっていうんだろうね、あの格好は。 医者だというのに、こんな風邪ひとつ、治せないらしいよ。 ひどい雨が降るっていうのに、傘もささずに歩いてるんだよ。 子どもができたというのに、どこで飲んでるんだか、行方不明さ。 Aが引用部分にならない「A + というのに + C」の場合は、誰かの言ったことを表す「Aと + いった/いっている」など、〈基準時以前既実現〉や〈基準時同時間帯〉のバリエーションをもたず、ただ「~という」に限られるが、上のように「A + という + 立場/資格/状況/事態 + なのに + C」という意味を表し、もし「Aであれば、当然、常識としてBなのに、Cだなんて、ひどい/おかしい + よ」といった話し手の非難の気持ちを表している。 使い分けワンポイント~という 先生/医者+だっていうから/だから、もう少し几帳面で、堅苦しい人かと思ったら、いい加減な人でね。まあ、面白いけど、まともじゃないね。 面白い本+だとはいうけれど/だけど、動物の生態を描いた科学的なものだよ。 ▶本文 1.3.「主題/例示/AというA」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/~というのは・~ということは」を参照 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~という」を参照 「使い分け⑩」の「A + という + のに + C」を含め「A + という」は、A「先生/面白い本」から連想する「一般的/常識的」なイメージ、例えば「真面目で威厳がある/ゲラゲラ笑える」といったB「社会的通念/常識」を前提にして使われることが多い。また「~という」には「まともな情報源」をもった客観性のある伝聞を表す機能があり、根拠のない「噂/デマ/風聞」といったものとは異なっている。 したがって「A + という」のない場合に比べて、実際はどうであれ、話し手が自分の話に「客観性をもたせる/もったいをつける/正当性のあることを示す」場合に多用される。 使い分けワンポイント ⑫~とはいうものの・~とはいいながら 母は、元気 + なものの/ながら/とはいうものの/とはいいながら、血圧が高いというから、いつ発作を起こすかわからない状態だった。 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~ものの」を参照 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/逆接関係の『~ながら』を参照 「A + とは + いうものの/いいながら + C」は、Aと、逆接確定条件の「~ものの/~ながら」とのあいだに、先ほど「使い分け⑪」で述べた、Aから連想する一般的なイメージBを前提にする「~という」を挿入したものである。 「A + ものの + C」は、話し手の「ためらい/心の揺れ」を表し、Cの事態に主観的な感情がこめられるが、Aが〈基準時以前既実現〉の事態を表す「A + ながら + C」には、話し手の感情を反映せず、Cの事態を見つめて評価しようとする客観的な判断が働いている。 <540> 父は、冷徹な医者 + ではあるものの/ながら、余暇には詩を書いて、よく雑誌などに投稿している。 父は医者 + ではあるものの/※ながら/とはいうものの/とはいいながら/でありながら、自分の病気については何も知らない。知るのが怖いのか、健診すら受けない。 父は医者 + とはいいながら/※とはいうものの/だが、獣医である。 4 つの違いは、およそ次のようになる。 A + という + ずけずけものを言って、いやな奴+ではあるものの/ながら、人には誠実で、自分に正直だし、ちょっと可愛いところがあって、今日まで付き合っている。 上の例の「~ものの」は、話し手の心の揺れを表して、あとの「人には誠実」から「可愛いところがあっ(て)/ある」までと呼応するが、これを「~ながら」にすると、話し手の判断となるので、文末の「今日まで付き合っている」と呼応する。 ずけずけものを言って、いやな奴とは + いうものの/×いいながら、人には誠実だし、自分には正直なので、ちょっと可愛いところがある。 ずけずけものを言って、いやな奴だと + いうものの/いいながら、人には誠実で、自分には正直なので、ちょっと可愛いところもあるらしい。 Bとの対比を表す「~は」がないので引用を表し、誰かが「いやな奴だ」と言ったという内容とも理解することができる。 使い分けワンポイント⑬~わりには すごく食べるわりには、それほど太らないんですね。何か秘訣でもあるのですか。 勉強しなかったというわりには、ずいぶんいい成績だったじゃありませんか。 死ぬほど愛してるといってたわりには、案外あっさり忘れられるのね、あの人。 価格って、味覚に影響するんだろうか。ここの料理、高い/値段の + わりには、そんなにおいしくないと思わない? フードコーナーのほうがおいしく感じるね。 見るからに丈夫そうなんだけど、そのわりには、よく風邪、引くよね、あいつ。 優勝した + のに/わりには、あまりうれしそうでもないね。 驚くほど静かな + わりには/のに、意外と都心に近いのね、このマンション。 ▶本文 7.3.「比較・比喻・比例/比例/原因/~わりには」を参照 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~のわりには」を参照 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~のわりで」を参照 「A - る/ - い/ た/ 状態名詞な/ 名詞の + わりには + C」は、A という基準から <541> 判断すると、通常はBなのに、実際はCなので、話し手が予想外に感じる場合に使われるが、同じ逆接確定条件を表す「~のに」に比べると、予想外のために「驚く/がっかりする」といった感情的色彩は薄いので、最後の2例は「~のに」のほうが自然な響きになる。 陽が出ている + が/のに/×わりには、ときどき雨が降っている。 今日までと約束した + けど/のに/×わりには、返せなくなった。 明日、母が国から来る + が/のに/×わりには、迎えに行けない。 またAは基準で、それに応じたCも「体重/成績/速度/値段/回数/距離」といった数量化できるものになるので、上のような例には使うことができない。 5.4. 逆接条件/逆接仮定条件 ~ても・~たところで AてもB:Aが成り立つと仮定した場合、通常の予想とは逆のBが成り立つ。AたところでB:AとBの関係は上と同じ。ただモーダス要素の制限がある。 接続~て + も ~た + ところで (状態) 名詞 + でも/であっても (状態) 名詞 + だったところで ころ」は接続によって、次のように、さまざまな意味を持っている。 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~たところで」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/~といったところだ」1.7.「主題/累加/~どころか」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ところだ」を参照 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~ところによると」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想/~ところだった」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~たところが・~たところ」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ているところだ」を参照 形態 「(状態)名詞+でも」に硬い書き言葉「~である」を使った「(状態)名詞+であっても」は、公式のスピーチ、法律や論文などに使われることはあっても、日常の手紙やメールなどには、ほとんど使われることがない。 主に話し言葉で使われる「~たところで」には、硬い書き言葉の「~である」を使った「(状態)名詞+であったところで」という形態は存在しない。 互換性 「~たところで」は、すべての場合で「~ても」にかわるが、逆は、必ずしも変換できるわけではない。 [例1] 明日の試合、雨が降っても、しようよ。いいね、きっとだよ。 次のように、置き換え不能。 *明日の試合、雨が降ったところで、しようよ。いいね、きっとだよ。 <542> 5.4. 逆接条件/逆接仮定条件 次の例も、置き換えることができない。 この映画、今とっても評判。何が + あっても/×あったところで、見に行きたいの。子どもの誕生日よ。どんなに忙し + くても/×かったところで、早く帰ってきて。たとえ死ぬほど + つらくても/×つらかったところで、必ずプロになってみせる。 次の例は慣用的表現で、置き換えることができない。 今、このチャンスを逃したら、死んでも死にきれなくなってしまう。 あんなひどいことを言ってしまって、悔やんでも悔やみきれない気持ちだ。危ないところを助けてもらって、いくら感謝してもしきれないほどだった。今度の旅行では、いくら食べても食べきれないほどのご馳走が出たよ。 糖尿病だから、アルコールの類は、いくら飲みたくても飲めないんだ。明日、子どもとの約束がありますから、行きたくても行けないんです。 用例 次の用例は、置き換え可能。 いくら便利 + でも/だったところで、これでは、考える力を奪われてしまう。 あの大学、いくら勉強し + ても/たところで、受かりっこないよ。あきらめたよ。 これからタクシーに乗って行っ + ても/たところで、間に合わないかもしれない。 あんなこと言っときながら、今さら頭を下げて謝っ + ても/たところで、遅いよ。 どんなに朝早く家を出ても、向こうへ着くのは、明日の昼ごろだよね。 朝礼だって? 出てみたって、くだらない話を聞かされるだけだよ。 どう言い聞かしてみても、素直に「はい」と言えるような子じゃない。 日本語の文法なんて、いくら勉強したって、会話の役には立たないよ。 いくら高望みをしても、せいぜい課長どまりといったところですね。 いくら + 安くったって/安かったところで、こんな品物じゃ、誰も買わないよな。 いくら + 安いったって/安いといったところで、この値段じゃ、買えないよな。 このビデオ、字幕がないものだから、何度見てもわからなかった。 何度会っても、名前も顔も覚えられない人って、確かにいますね。 いくら稼いでも、稼ぐそばから使われたんじゃ、働く気力もなくすね。 こんなの、どこで買ったって、おんなじ値段じゃないの? そんなこと、何度、聞かれたって、知らないものは知りませんよ。 使い分け 両者の違いは、使用可能な文の種類と〈モーダス要素〉である。 文の種類 ~ても ~たところで 話し手の態度 すべての文述べ立て文 モーダス要素 淡白な主観的評価 濃厚な主観的感情 特定できない むだ/平気 ▶巻末「文/文の種類/モーダス要素」を参照 もし「~ても」なら、例えば〔例1〕の「明日の試合」は「雨が降っても + しろよ/しょう/するのか/する/するだろう/してほしい/したい/するぞ」など、すべての文に使うことができる。当然、話し手の気持ちは、文の種類によって違ってくる。 ところが「~たところで」の場合、可能なのは「雨が降ったところで、明日の試合+するらしいよ/するようだ」など、〈述べ立て文〉だけである。 しかも「雨が降ったら、試合は中止になって休めるはずなのに、明日は雨でも、する <543> んだって。せっかく降ってくれる雨が+むだになってしまう/何の役にも立たないよ。仕方がないから、休むのはあきらめよう」といった期待はずれのマイナス評価か、悲観的なあきらめの感情を表す。 しかし、話し手によっては「雨が降ったら、試合は中止になるはずなのに、明日は雨でも、するんだって。雨なんか+気にしなくていい/怖くない/大丈夫/平気だ」といった楽観的なムードを表すことがあるが、いずれにせよ、話し手のプラスマイナスの気持ちを色濃く反映する。 「用例」の「AてもB」は、すべて〈述べ立て文〉で、プラスの結果を予測する条件Aを、Bによって否定し、話し手のマイナス評価を表しているので、置き換えることができる。「~ても」の場合は、話し手の「むだだ/役に立たない」という冷静で主観的なマイナス評価を表すが、これを「~たところで」に置き換えると、マイナス評価に、悲観的ムードが加わり「だから、仕方がない/よそう/よせ/あきらめよう/あきらめろ」という気持ちがこめられる。 使い分けワンポイント①~たって・~だって 話し言葉でよく使われる「~ても/~でも」の変形「~たって・~だって」は、形容詞の場合「大きくったって」など、促音「っ」が挿入される場合が多い。また、ほかの場合でも、例えば「~といっても」は「~といったって/~っていったって」になり、同時に母音「い」が無声化して「~ってったって」にかわるが、さらに圧縮して「~ったって」になることがある。 行く + といっても/といったって/ったって、お金がなきゃダメだよ。いくら先生 + でも/だって、そこまで干渉する権利はないだろう?≠あの先生 + だって/×でも + さ、あれこれ干渉してるのは。(伝聞) おまえが好き + でも/×だって、彼女の気持ちはどうなんだよ。≠彼女に聞いてみたんだけど、おまえのこと、好きだって。(伝聞) ▶本文 1.1.「主題/提題/『~って(ば)』の使い方」を参照 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~んだって」を参照 「(状態)名詞+でも」は、上のように、名詞の場合は「~だって」にかわるが、状態名詞では、かえる人もいるかもしれないが、通常、かえることができない。 したがって「~だって」が逆接仮定条件を表しているか伝聞になっているか、名詞の場合、形態だけでは区別できなくなる。また「~た形」になる動詞「行ったって/行っても/行ったそうだ」や形容詞「面白かったって/面白くても/面白かったそうだ」も、形態だけでは区別できないし、状態名詞も「静かだったって」が「静かだったといっても/静かだったそうだ」になって、区別できなくなる。 使い分けワンポイント ② 順接確定条件の「~たところで」 「~たところで」には、もうひとつ、この逆接仮定条件とは正反対の順接確定条件になり、すべての文が可能になる、次のような使い方がある。 みんな、集まったところで、出発します。各自切符を買ってください。 <544> 風呂から上がったところで、ぐいっと冷えたビールが飲みたいね。準備しといて。 ねえ、仕事が終わったところで、久しぶりに一杯、どう?一緒に行かない? 孫も帰ったし、ひとりになったところで、何をしようかな。テレビでも見るかな。 資金の目処もつき、いざこれからというところで、倒れてしまった。 徹夜で帳簿を仕上げ、ほっと一息ついたところで、めまいに襲われた。 順接確定条件を表す「AたところでB」は、同じ事態の続く比較的長い時間が経過したあと、Aという変化が起こったことを表すが、その変化を契機にして、新しい局面Bが、ダイナミックに展開する場合に使われる。 置換 [例2] どんな泥棒がやってきても、この装置さえあれば、鬼に金棒だ。 次のように、置き換え可能。 →どんな泥棒がやってきたところで、この装置さえあれば、鬼に金棒だ。 耐震構造で、多少の地震が来た+って/ところで、倒れないから、大丈夫だよ。 あの授業、出席し+なくても/なかったところで+心配ない。試験さえ受ければ。 次の例は、置き換わらない。 地震が来た + って/×ところで、騒ぐなよ。耐震構造で、大丈夫なんだからな。アルバイトか。じゃ、出席し + なくても/×なかったところで、代返してやるよ。 用例 次の用例は、すべて〈述べ立て文〉なので、互換性がある。 寝る前、コーヒー + 飲んでも/飲んだところで、すぐ眠れちゃうから、大丈夫。 あの事件は、これから何年、経っ + ても/たところで、決して忘れないだろう。 たとえ退学になっ + ても/たところで、後悔しないよ。一緒に行きたいんだ。 社長の和服姿、どこに出し + ても/たところで、恥ずかしくない貫禄だよね。 どんなに + 高くても/高かったところで + 買いますから、ぜひ売ってください。 あの人なら、どんなお願いを + しても/したところで、きっと聞いてくれますよ。 たとえ何が起こっ + ても/たところで、約束は必ず守ります。ご安心ください。 使い分け [例2] を置き換えた文は、話し手の気持ちを補いながら、パラフレーズしてみると、次のようになる。 →どんな泥棒がやってきたところで、来ただけ、ムダというもんだ。この装置さえあれば、心配するのもムダ。この家は大丈夫、鬼に金棒だよ。 この「AたところでB」は、先ほどの「用例」(p.542)とは異なり、話し手の「怖くない/気にしない/大丈夫/平気」といった楽観的な気持ちを表し、〈モーダス要素〉は「平気/傲慢」である。 これに対して「~ても」のほうは、「役に立たない/たいしたことではない/問題にならない」といった主観的評価を表すだけである。 楽観ムードの「~たところで」は、話し言葉で「要らぬ心配はやめろ/おれに任せておけ」といった聞き手をなだめたり、口説いたりする場合に用いられることが多いが、同時に「生意気/傲慢」といった響きをともなう。 <545> 上にあげた例も「泥棒くらい大丈夫/地震なんて問題外/欠席しても平気/コーヒーなんて何の役にも立たない/歳月など無に等しい/退学なんか気にしない/どんな場合でもサマになる社長/お金なんていくらでもある/私が保証する人/私は信用を売り物にしている人間」といったことを「無意識のうちに/言外に」ほのめかしていることになり、話し手が、自分自身か話題の対象を、自慢しているという印象を与えてしまうことがある。 つまり「~たところで」は、話し手が「仕方ない/むだだ/役に立たない/怖くない/気にしない/大丈夫/平気だ」といった気持ちをこめたい場合に、迷うことなく使われるが、特に〈モーダス要素〉が「平気/傲慢」の場合は、聞き手にマイナスイメージを与える可能性もある。 日本語学習者のなかには、2つを混同し、余分な感情や態度をほのめかす「~たところで」を使って、誤解を招いてしまう人がいる。使い方に不安を感じるときは、やはり感情的にニュートラルな「~ても」のほうが無難である。 使い分けワンポイント ③ 基準時未実現の逆接仮定条件 〈基準時未実現〉を表す逆接仮定条件は、次の2つの場合に使われる。 1. これまでの経験とは、条件が異なっていて、逆のことが起こる場合 こんなに汚れていては、この洗剤で洗っても落ちないでしょうね。 まだ、こんな時間ですから、今から出かけても、間に合いますよ。 今日はひどく疲れているから、お酒を飲まなくても、眠れるだろう。 上の例を、同一条件「経問詞 よ~ても、にすろよ、次のようになろ こんな汚れは、どんな洗剤で洗っても落ちないでしょうね。 夜までに着けばいいのですから、いつ出かけても大丈夫ですよ。 今日はひどく疲れているから、何も飲まなくても、眠れるだろう。 以上の例は、いずれも「~たところで」の〈モーダス要素〉が適応できるので、置き換えによって 2.過去に経験はないが、常識からすれば、逆のことが起こる場合 こんな世の中、財布を + 落としても/※落としたところで、見つかりますか。明日の遠足、台風が + 来ても/※来たところで、本当に決行するのですか。すごく疲れてるけど、コーヒー、飲んでも/※飲んだところで、眠れるかな。お金がほしければ、面白く + なくても/※なかったところで、我慢するんだな。私が話すことを + 聞いても/※聞いたところで、泣かないでくださいね。やせよう。甘いものは食べたく + なっても/※なったところで、絶対よそう。今日はこれでお別れ + しても/※したところで、またどこかで会いましょうね。 話し手は、過去に経験がないため、逆のことが起こるかどうか予測できない。ということは、どんな感情をこめればいいのかも不明なので、この場合は「~たところで」を使うことができない。また、上のどれもが〈述べ立て文〉ではないという点からも使うことができない。 <546> 使い分けワンポイント ④ 未実現の逆接仮定条件の「~ても/~たところで」〈基準時未実現〉を表す「AてもB」と「AたところでB」に互換性があるのは、AとBの関係が、次のようになっているときである。 プラスの結果を予測する条件マイナス結果を予測する条件 モーダス要素 悲観的な気持ち楽観的な気持ちむだ/あきらめ平気/傲慢 ただ「~たところで」が使えなくなるのは、Aの結果、Bが悲観的になるのか、楽観的になるのか、経験がないために、予測のできない場合である。 日常生活では、予測や判断ができないとき、〈働きかけ文〉〈問いかけ文〉〈情意表出文〉を使うことになるが、これを反対側から見れば、なぜ「~たところで」は、〈述べ立て文〉にしか使えないのかの理由になるかもしれない。 したがって、経験があれば予測可能になり、〈述べ立て文〉の〈判断文〉にすれば、置き換えることができる。もちろん、次のような順接仮定条件になる答え方もある。→疲れてるけど、コーヒーを飲んだら眠れないだろう。 これに対して、常識や社会通念にもとづいた主観的な評価を示す「~ても」は、経験の裏づけがなくても、予測ができなくても、使うことができる。そして予測ができなくても使えるということは、すべての文に「~ても」が使えることを示している。 ただ、経験がない場合でも「~たところで」を使っている「日本語母語話者/ネイティブスピーカー」がいるかもしれない。 置換 [例3] ここの溪流は、いつ来ても、心が洗われる気がしますね。 次のように、置き換え不能。 *ここの渓流は、いつ来たところで、心が洗われる気がしますね。次の例も置き換えることができない。 お隣の奥さん、いつ見ても/×見たところで、おきれいね。化粧上手なのかしら。宿題をちゃんと + しても/×したところで、忘れ物をよくしますね。 体が + 弱くても/×弱かったところで、毎日ジョギングをしています。 何を + 食べても/×食べたところで、おいしいというのは、健康という証拠だね。 ここの渓流は (道が整備されていて)、いつ + 来ても/来たところで、楽に歩けるんだよ。 このあたりは、いつ + 来ても/来たところで、薄汚れていて、変なにおいがするね。 この公園は、友だちが多いから、いつ + 来ても/来たところで、安心して遊べるのね。 お隣の奥さん、何を + 着ても/着たところで、おしゃれね。着こなしがお上手で。 宿題をちゃんと + しても/したところで、忘れ物をよくするので、成績が悪いんです。 体が + 弱くても/弱かったところで、毎日ジョギングをするから、とても元気なんだって。 何を + 食べても/食べたところで、おいしくないというのは、どこか悪いんだよ。 <547> 次の用例も「~たところで」の〈モーダス要素〉に合致しないので、置き換 いつ見てもきれいだし、何を + 着ても/×着たところで、おしゃれよね、あの人。 誰と話して + ても/×たところで、聞き手に回ることができれば、友達は増えるものです。 早く家に帰っ + ても/×たところで、本を読んだり家事を手伝ったりしています。 上手になるため、面白く + なくても/×なかったところで、毎日、練習しているらしいよ。 いや + でも/×だったところで、きちんと挨拶するのが、一人前の大人の態度だ。 毎日が楽しいといっ + ても/×たところで、遊びだけじゃなく、勉強もしてるんだよ。 使い分け 「例3」の「いつ来ても」は、プラス結果を予測しているのか、マイナス結果を予測しているのか、この部分だけでは不明であるが、結果は「心が洗われる気がする」というプラス評価である。 プラス評価ではあっても、〈モーダス要素〉は「平気/傲慢」を表していないので、これを「いつ来たところで」には、置き換えることができない。 「~ても」を「~たところで」へ置き換えるには、次の条件が必要である。 Bが プラス結果/楽観ムード ←〈モーダス要素〉「平気/傲慢」 Bが マイナス結果/悲観ムード ←〈モーダス要素〉「むだ/あきらめ」 〈平気〉 楽に歩ける/安心して遊べる/元気だ 〈むだ〉 薄汚れている/成績が悪い/おいしくない 互換性のある例の〈モーダス要素〉は、上のようになっている。 コーヒーを飲んだところで、今夜は、よく眠れるだろう。 コーヒーを飲まなかったところで、今夜は、よく眠れるだろう。 上の例は、いずれの場合も「プラス結果/楽観ムード」を表していて、話し手は、上のほうがコーヒーを飲むと眠れない人、下のほうがコーヒーを飲まないと眠れない人である。 お酒を飲んだところで、今夜は、よく眠れないだろう。 お酒を飲まなかったところで、今夜は、よく眠れないだろう。 上の例は、いずれの場合も「マイナス結果/悲観ムード」を表し、話し手は、上のほうがお酒を飲むと眠れる人、下のほうがお酒を飲まないと眠れる人である。 つまり「AたところでB」は、もし、話し手がどんな人かを知っていれば、Aの部分を聞いただけで、文末Bのプラスマイナスは、聞かなくても判断できるようになっているので、おもに〈ウチ〉か、親しい〈ソト〉の関係で使われる。 どんな困難があっても、安心しろ。必ず成功させるから。 →どんな困難があったところで (平気なんだ。だから)、安心しろ。必ず成功させるから。 何を言ってきたところで (平気)、断ってね。本当に顔も見たくないんだから。 親父が怒ったところで (平気。でもおまえが言ってもムダなんだから)、黙っていろ。何かあれば、おれが言う。 通勤に時間がかかったところで(平気)、環境のいいところに住みたい。いくら忙しかったところで(平気)、あの映画、絶対に見に行こう。 <548> 5.4. 逆接条件/逆接仮定条件 例のように〈モーダス要素〉が合致すると、〈述べ立て文〉でないのに「~たところで」に置き換わることがあるが、実際は、文末と呼応しているのではなく、話し手の気持ちを表す( )のなかの〈述べ立て文〉と呼応している。 使い分けワンポイント ⑤ 既実現の逆接仮定条件と逆接確定条件 〈基準時現在以前既実現〉を表す逆接仮定条件は、次のように逆接確定条件と互換性をもち、紛らわしくなる。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/逆接確定条件と逆接仮定条件」を参照 1.これまでの経験とは、条件が異なっていて、逆のことが起こった場合 ここのこの汚れ、この洗剤で + 洗ってみても/洗ってみたところで/洗ってみましたが、落ちなかったのです。 まだ 10 時前だったので、それから + 出かけても/出かけたところで/出かけましたけど、間に合いました。 その日はひどく疲れていたから、酒を飲ま + なくても/なかったが、眠れた。 同一条件「疑問詞 + 〜ても」にすると、次のようになる。 こんな汚れなのに、どんな洗剤で + 洗っても/洗ったところで/×洗いましたが、落ち なかったのです →こんな汚れなのに、いろんな洗剤で洗ったけど、落ちなかったのよ。 宝くじ、何度、買っても/※買ったが、これまで一度も当たったことがない。 →宝くじ、何度も、買ったが、これまで一度も当たったことがない。 ただ同一条件の場合は、逆接確定条件に置き換えることができない。 その日はひどく疲れていたから、何も飲ま + なくても/なかったが、眠れた。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/何も~ない」を参照 上の「何も」に互換性があるのは、同一条件とも全部否定とも理解できる「あいまい文」になっているからである。 2.過去に経験はなかったが、常識からすれば、逆のことが起こった場合 こんな世の中なのに、財布を+落としても/落としたところで/落としましたが/落としたところが、見つかりました。 これまでなかったことなのに、電話して+行っても/行ったところで/行ったが/行ったところが、留守だった。 ▶本文5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~たところが」を参照 話し手は、過去はなかったため、起こった 話し手は、過去に経験がなかったため、起こったことに驚きを示している。 使い分けワンポイント ⑥ 既実現の逆接仮定条件の「~ても/~たところで」 「A + ても/たところで + B」は〈基準時現在以前既実現〉の場合、話し手の経験を表し、Aの結果、Bが楽観的か悲観的かは判断できるので、互換性がある。 <549> ~ても ~たところで ~たが ~たところが 未実現/既実現 未実現/既実現 既実現 既実現 〈モーダス要素〉 主観的評価:特定できない主観的感情:むだ/平気客観的事実:特定できない主観的感情:予想外/驚き 既実現の「A + ても/たところで + B」,は、逆接確定条件文「A + が/けど/のに/たところが + B」などとも互換性があるが、同一条件「疑問詞 + ても/たところで」の場合、逆接確定条件は使うことができない。4つの違いは、上のようになっている。 置換 [例4] この春、スギが開花しても、花粉症は起こらなかった。 次のように、置き換え可能。 →この春、スギが開花した + ところで/が/ところが、花粉症は起こらなかった。 次の例は、置き換えることができない。 あそこの渓流は、いつ行っ + ても/×たところで、心が洗われる気がしましたね。あのおばあちゃん、いつ見 + ても/×たところで、おきれいだったね。お上品で。早く家に帰っ + ても/×たところで、本を読んだり、家事を手伝ったりしました。毎日が楽しいといっ + ても/×たところで、遊びだけでなく、勉強もしていた。 用例 次の例は互換性があるが、文頭が「☆」のものは逆接確定条件が使えない。 昨日は早く帰っ + ても/たところで/たが、くだらないテレビを見て寝てしまった。 この説明書、読んでも/読んだところで/読みましたが、全然わかりませんでした。 あんな大学なのに、受けてみ + ても/たところで/たが、合格しなかったよ。 去年までは、生ガキを食べ + ても/たところで/たが、何ともなかったんだけど。 遭難したが、数日、食べなくても/食べなかったところで、飢えに負けなかった。 ☆昨夜は何度、電話し + ても/たところで/×たが、家にいなかったね。どうしたの。 ☆いくら待っ + ても/たところで、やって来そうもなかったから、帰って来たよ。 ☆どんなに頑張っ + ても/たところで、年収1000万円を超すことはなかった。 ☆誰に反対され + ても/たところで、彼女はビクともせずに結婚に踏みきった。 ☆何をさせ + ても/たところで、何ひとつ満足にできるものなどなかったですね。 ☆あんな簡単な問題、目をつむってい + ても/たところで、わけなくできたよ。 使い分け [例 4] のように、〈基準時以前既実現〉の場合も「~たところで」の〈モーダス要素〉が合致すれば、置き換えることができる。したがって、合致しない「置換」の例は置き換えることができない。一方「用例」は、すべて「むだ/平気」の〈モーダス要素〉を含んでいるので、互換性がある。 去年までは、生ガキを食べた + ところで/×ところが、何ともなかったんだけど。 遭難したが、数日、食べなかった + ところで/×ところが、飢えには負けなかった。 ▶本文5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~たところが・~たところ」を参照 逆接確定条件に置き換わるとはいっても、上のほうは、予想通りの事態を表し、下のほうは、予想不能の事態を表しているので、予想外を表す「~たところが」に置き換えることができない。 <550> 5.4. 逆接条件/逆接仮定条件 今年は、飛散する花粉が、去年より多いとの予想だったのに、春になって、スギが開花した + ところが/ところで、なぜか花粉症は起こらなかった。 去年、生ガキを食べた + ところが/ところで、ひどい下痢を起こしたんだけど。 ダイエットのため、数日、食べなかった + ところが/ところで、飢えは感じなかった。 ▶本節「使い分け②/順接確定条件の『~たところで』を参照 上の例は「~たところが」のほうがふさわしいが、もし「~たところで」にかえると、順接確定条件になるか、前者の「意外/驚き」が消えて「むだ/平気」にかわり、面白みが減少するかもしれない。 あんな問題、目を開けて + いても/×いたところで/×いたが、つむって + いても/×いたところで/×いたが、わけなくできたよ。 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~ても~ても」を参照 「用例」の最後の「問題」は、上のような〈同一条件〉を表しているが、〈同一条件〉は、逆接確定条件「~た + が/けど/のに/ところが」には置き換わらない。これは、逆接仮定条件の場合、仮定であるだけに「たとえ目をつむって + いても/いたところで」という比喻が可能であるが、逆接確定条件は、実際に起こったことを述べる場合に使われるので、本当に「目をつむっていた」ら、いくら簡単な問題でもできなくなってしまうからでもある。 上の例で「〜たところで」が使えないのは、重ね型「〜ても〜ても/目を開けていても、つむっていても」になっているからである。 使い分けワンポイント ⑦ 逆接確定条件と既実現の逆接仮定条件のまとめ 説明書、読ん + でも/だところで/だけど/だところが、全然わからなかった。 †悲観的ムード 〈~ても〉 何度も読んでみたが結局わからなかった 〈~たところで〉何度読んでもむだだった結局わからなかった 一意外性 〈~が/~けど〉 + 意外性 普通の説明書でないからわからなかった 〈~たところが〉 普通の説明書なら わかるはずなのに意外だ 一悲観的ムード 4つの使い分けを、話し手の気持ちで表すと、およそ上のようになる。 使い分けワンポイント ⑧ 逆接確定条件と既実現の逆接仮定条件の互換性 逆接確定条件「~が/~けど/~のに/~たところで」などは、過去の1回かぎりの出来事を表す場合によく使われるが、〈基準時以前既実現〉の逆接仮定条件で、同一条件を表す「疑問詞 + ~ても/~たところで」を、逆接確定条件にするには、次のような書き換えが必要になる。 <551> 1. 無選択を示す「いろんな+誰も/どこも/いつも/どれも」などを使う。 昨日のパーティー、誰を紹介されても、名前は覚えられなかった。 →いろんな人を紹介されたが、誰も名前は覚えられなかった。 今、上映中の映画、どこへ行っても同じものだったよ。 →今、上映中の映画、あちこち行ったけど、どこも同じだったよ。 あの喫茶店、いつ寄ってみても、客がいなくて、がらがらだね。 →あの喫茶店、いろんな時間に寄ってみたが、いつもがらがらだね。 どのパソコンを使っても、文書の作成機能は変わらない。 →いろんなパソコンを使ったけど、どれも文書の作成機能は変わらない。 2. すべての時間「いつ~ても」には「よく/ときどき/たまに/何度も」などを使う。いつ行っても、曇っていて、まだ頂上を見たことがない。 →よく行ったが、いつも曇っていて、まだ頂上を見たことがない。 夜までに着けばよかったので、いつ出かけても、大丈夫だった。 →夜までに着けばよかったので、10時に出かけたが、大丈夫だった。 ただし「疑問詞 + も + ~ない」は、全部否定になって互換性がある。 今日は忙しくて、朝から何も食べなくても、おなかはすかなかった。 →今日は忙しくて、朝から何も食べなかったが、おなかはすかなかった。 昨日は、誰も遊びに来なくても、別に寂しくはなかった。 →昨日は、誰も遊びに来なかったけど、別に寂しくはなかった。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/何も~ない」 3. 同一条件を示す重ね型「~ても~ても」の場合は、先ほどの「~たところで」も、逆接確定条件も使うことができない。 飲んでも飲んでも/×飲んだところで飲んだところで、酔わないね、この酒。 駅までなら、歩いて + 行っても/×行ったところで/×行ったが、バスで行っても/×行ったところで/×行ったが、同じよ。 こんなの、買っても買わなくても、生活に困らないでしょう? ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件」を参照 また「~ても」には、書き言葉で、古語的表現になる「~(よ)うが/~(よ)うと/~(よ)うとも」があるが、いずれも同一条件でしか使うことができない。 ~にしても・~としても AにしてもB:Aという事実は認めても、Bという事実は変化しない。AとしてもB:仮にAが事実だとしても、Bという事実は変化しない。 接続 -る/ーい/~た/(状態)名詞(である)+ にしても -る/ーい/~た/(状態)名詞(だ/である)+ としても 形態 「~ても」の部分が「~たって」に変化して、話し言葉では「~に/~と + <552> 5.4. 逆接条件/逆接仮定条件 したって」がよく使われる。 互換性 「~にしても」が「立場」や、ここでの「逆接仮定条件」を表す場合は「~としても」と互換性がある。しかし「基準/同一条件/類推」の場合は、置き換えようにも「~としても」のほうに同じ使い方がない。 ▶本文 1.4.「主題/立場/~にしても・~としても」を参照 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~にしては・~にしても」を参照 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~にしても」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/~ひとつにしても/~にしても」を参照 置換 [例] 自分の子どもがしたにしても、許せることと許せないことがある。 直き換え可能。 →自分の子どもが + したとしても/しても、許せることと許せないことがある。 しかし、同じ逆接仮定条件の「~ても」から置き換えると、次のようになる。 昨日は虫の居所が悪く、自分の子どもが、ちょっといたずら + しても/×したにしても/×したとしても、厳しく叱りつけた。 アメリカへ留学 + しても/するにしても/するとしても + 英語も満足に話せないようでは、苦労するのは目に見えている。 →アメリカへ留学 + しても/×したにしても/×したとしても + 英語も満足に話せないので、1年もしないうちに、音を上げて帰国した。 用例 次の用例は、3つすべてに互換性がある。 ちょっとくらい + 賢いにしても/賢いとしても/賢くても、何の努力もしないで、外国語がものになるはずがない。 いくら静か + (で + ある/あった)にしても/(である/であった/だ/だった)としても/で (あって)も、静かすぎれば、眠れなくなるものだ。 不随に+なったにしても/なったとしても/なっても、治療に専念するのが自らに課せられた任務とみなし、ひたすらリハビリに励んで社会復帰を目指すべきだ。 使い分け 「~にしても」と「~としても」のあいだには、ほんのわずかな違いしかないので、日本人ですら、使い分けていなかったり、使い分けて使っても、聞き手が違いを聞きとれなかったりする。 「A + にしても + B」は、例えば、A「自分の子どもがした/アメリカへ留学する/賢い/静か」といったことを認めても、Bが「社会通念/常識/道理/倫理/義務/法則」として成り立つという場合に使われる。 これに対して「A + としても + B」は、順接仮定条件を表す「A + と + したら/すれば/すると」を逆接仮定条件にかえたものなので、Aが成立すると仮定すると、Aとは「対立する/予想外の/逆接的な」結果Bが「社会通念/常識/道理/倫理/義務/法則」として成り立つという場合に使われる。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~としたら・~とすれば・~とすると」を参照両者の違いは「Aを認める」か「Aを仮定する」かにすぎず、前者は「Aという事実 <553> を認める」という前提に立ち、後者は「Aが成立する」という仮定に立って、どちらも一般的法則として、Aとは逆接的な関係になる同じ「結論/結果」Bを導きだしている。子どものしたこと + (で + ある/あった)にしても/(で + ある/あった)としても/(だ/だった)としても、彼にはどうしても許せなかった。 したがって「A + に/と + しても + B」は、Bに焦点をあてると、一般的法則を表しているので、たとえAに「~た」が使われていても、過去の出来事を表しているわけではない。過去の出来事を表すのは、上のようにBの文末が「~た」の場合である。 これは、過去において〈基準時現在同時間帯〉の一般法則「子どもがそのようなことを + する/した + とき、いつも彼は許さない」が適応されたことを表している。つまり、現在の一般法則が、そのまま過去にスライドして〈基準時過去同時間帯〉の一般法則「子どもがそのようなことを + する/した + とき、いつも彼は許さなかった」になったことを物語っているので、一般的に成立する過去の習慣を表していることになる。 使い分けワンポイント ⑨「-る/~た+に/と+しても」の違い アメリカへ留学+する/した/している+にしても/としても+英語も満足に話せないようでは、苦労するのは目に見えている。 今/昔 + は、美しい/美しかった + にしても/としても + 20 年もすれば、お世辞と本人以外は、誰も美しいとは + 思わないものだ/思わなかった。 当時は、ホテルのロビーで人と + 待ち合わせる/待ち合わせた + にしても/としても + シーンズなんかでは入れてもらえなかった。 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞と基準時現在」を参照 〈未実現〉 〈既実現〉 留学する 待ち合わせる 〈基準時〉 留学した 待ち合わせた 苦労するのは目に見えている(現在) 入れてもらえなかった(過去) 〈同時間帶〉 〈既実現〉 美しい留学している 〈基準時〉 美しかった 留学している 思わない/思わなかった(現在/過去) 苦労するのは目に見えている(現在) Aが「-る」の場合は〈基準時B未実現〉 Aが「-い」の場合は〈基準時B同時間帯〉 Aが「~た」の場合は〈基準時B以前既実現〉 「A - る/ - い/ ~ た/ ~ ている + に/ と + しても + B」の違いは、上のようになっているが、A に「~ている」が使われると、〈基準時 B 同時間帯〉と〈基準時 B 以前既実現〉の場合がある。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 <554> 5.5. 逆接条件 / 逆接仮定条件 / 同一条件 使い分けワンポイント ⑩ 「~に/~と + しても」と「~ても」の違い 先ほどの「使い分け」(p.552)で示したが、もし「A + ても + B」のAが、逆接仮定条件を表して、一般的な結論Bを導きだした場合、同じ結論になる「A + に/と + しても + B」と互換性がある。 ちょっとくらいは + 賢くても/賢いのだが/×賢いにしても/×賢いとしても、努力もしなかったので、大学を中退したらしい。 毎日、ジョギング + しても/したけど/×したにしても/×したとしても、体力にあった 走り方をしなかったので、膝を痛めてしまって、逆効果だった。 たくさん+食べたって/食べたけど/ⅹ食べたにしたって/ⅹ食べたとしたって、こんな食事では、おなかいっぱいにはならなかった。 不随に + なっても/なったが/×なったにしても/×なったとしても、治療に専念するのが自らに課せられた任務とみなし、ひたすらリハビリに励んだおかげで、奇跡的な社会復帰を果たした。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/逆接確定条件と逆接仮定条件」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/既実現の逆接仮定条件と逆接確定条件」を参照 しかし、上のように〈基準時以前既実現〉の「A + ても + B」が、一般性を失って「A + が/けど + B」と置き換わる場合、Bは個別的な結論を表すので、一般的結論Bとしか呼応しない「A + に/と + しても + B」には置き換わらなくなる。 5.5. 逆接条件/逆接仮定条件/同一条件 ~ても~ても・~にしても~にしても AてもBてもC:AとBなど、いずれの場合も、同じ結果Cになる。AにしてもBにしてもC:同上。またはAとBなどの前にCをする。 接続 ~て + も (状態) 名詞 + でも/であっても - る/- い/~た/(状態) 名詞 (である) + にしても 形態 「~ても/~でも」が「~たって/~だって」になるように、くだけた話し言葉では「~にしても」は「~にしたって」になることがある。 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~ても」の「形態」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/~でも~でも」を参照 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/~にする」を参照 互換性 Cが同じ結果を表す場合、基本的に互換性がある。 置換 [例] 聞いても聞いても、ここ、何を言ってるのか聞きとれません。 次のように置き換え不能。 *聞くにしても聞くにしても、ここ、何を言ってるのか聞きとれません。 <555> 〈意志動詞〉 Aを繰り返し、マイナスの結果を表す「AてもAても」は、置き換えることができない。 行っても行っても、山また山、いつになったら、人里に出るのやら。 磨いても磨いても、きれいにならないけど。なにか強力な洗剤はないかな。 どうしてかな。食べても食べても、おなか、いつぱいにならないんだ。 ヒゲって、剃っても剃っても生えてくるだろう。脱毛でもしようかな。 次の「AてもBても」も、置き換えると不自然になる。 雨が降っても風が吹いても/×雨が降るにしても風が吹くにしても、ご出勤だなんて、宮 仕えはつらいですね。 呼んでも叫んでも/×呼んだにしても叫んだにしても、誰一人助けにきてくれなかった。 ×食べるにしても飲むにしても、おなかがいっぱいにならない。 →食べるにしても飲むにしても、おなかの具合がおかしくなる。 次の場合は、置き換えることができる。 1. AてもBても 4人なら、バス + でも/にしても、タクシー + でも/にしても、同じ料金だよ。 コーヒーだって紅茶だって、目の覚めるものなら、何でもいいよ。 大きくても/大きいにしても、小さくても/小さいにしても、同じ手間暇がかかっていま すから、お値段のほうも、あまり変わらないのです。 薬を + 飲んでも/飲むにしても/飲んだにしても、注射 + しても/するにしても/した にしても、よくならないらしいよ、今度の風邪。寝てるしかないって。 飛行機で行っても新幹線で行っても、費用や時間は似たり寄ったりだ。 歩いて + 行っても/行くにしても/行ったにしても、走って + 行っても/行くにしても/行ったにしても、車には気をつけろよ。 運動会、走っても/走るにしても/走ったにしても、走らなくても/走らないにしても/走らなかったにしても、参加賞はくれるよ。 明日、晴れても晴れなくても、ハイキングには行くんでしょう? あの先生の授業? 聞いても聞かなくても、どうせろくでもない話だよ。 この本、面白いよ。読んでも/読むにしても/×読んだにしても、読まなくても/読まないにしても/×読まなかったにしても、借りておいたら? 走っても/走るにしても/×走ったにしても、走らなくても/走らないにしても/×走らなかったにしても、用意だけはしておくように。 勝っても/勝つにしても/×勝ったにしても、負けても/負けるにしても/×負けたにしても、フェアプレイ精神で戦ってほしい。 出かけても/出かけるにしても/×出かけたにしても、出かけなくても/出かけないにしても/×出かけなかったにしても、先にご飯を食べてください。 用例 次の用例の「~にしても」は「~ても」に置き換えることができない。 出かけるにしても/×出かけたにしても/×出かけても、家にいるにしても/×家にいたにしても/×家にいても、先にご飯を食べてください。 友達に + 聞くにしても/×聞いたにしても/×聞いても、先生に + 聞くにしても/×聞いたにしても/×聞いても、まず自分で辞書や事典を調べてから聞きます。 薬を投与 + するにしても/×しても、注射を + するにしても/×しても、あらかじめ患者に、その効能と副作用を、十分に説明してからでなければならない。 <556> 5.5. 逆接条件/逆接仮定条件/同一条件 大学に進学 + するにしても/×しても、就職 + するにしても/×しても、ご両親とよく話し合い、将来のことをよく考えてから、決めるようにしてください。 使い分け [例] にあげたような「AてもAてもC」は、Aがどのような程度でも、結果Cには影響を与えないことを表す「どんなに/どれほど/いくら/いかに + A + ても/にしても + C」の話し言葉、というより、やや子どもっぽい表現である。 次の置き換えると不自然になる場合も同じで、AとBの程度「いくら/いかに+雨が降っても風が吹いても/呼んでも叫んでも/食べても飲んでも」を表している。ただ同じAを使っていないぶんだけ、子どもっぽい表現ではなくなっている。 「AてもBてもC」と「AにしてもBにしてもC」とに互換性が生まれるのは、AとBが程度を表しているのではなく、Cの起こる個々の「場合/状況/場面/状態/条件」を表している場合である。 しかも両者は、AとBを例にして、そのほかの場合も、すべて同じ結果Cになることを表している。例えば「バスでもタクシーでも」は、ほかに「電車でも地下鉄でも」といった場合を含めている。つまり「AもBも、そのほかどんな場合や状況+でも/にしても」を表す場合に、互換性がある。 「飛行機で行っても新幹線で行っても」には、ほかに「車」くらいしかないが、話し手は「もし同じようなものがあれば、それで行った場合も」といった気持ちで話している。 A/B〈基準時C以前既実現〉 コーヒー/紅茶/そのほか+を飲む 大きく/小きく/いろいろ+作った 同じ結果C 薬を飲む/注射する/ほかの治療法 どれも目が覚める 同じ手間暇と値段 歩いて/走って/ほかの方法で+行く どれも風邪に効かない 同時に車に気をつける 「置換」の「1」に示した同一条件「A + ても/にしても + B + ても/にしても + C」は、上のように「AとB、そのほかいずれの場合でも、実現すれば同じ結果C」になる、つまり、AとBとは〈基準時C以前既実現〉であることを示している。 A/Aでない〈基準時C以前既実現〉 走った/走らなかった 同じ結果C 無関係に 晴れている/晴れていない 聞いている/聞いていない 参加賞をくれる 無関係に 無関係に $ \rightarrow $ ハイキングに行く 授業はろくでもない話 「置換」の「2」に示した「A + ても/にしても + A + なくても/ないにしても + C」は、上のように「AかAでないかに関係なくC」という意味であるが、前半の「運動会」~「授業」だけが、AかAでないかに関係なく「同じ結果C」を表して、同一条 <557> 件になる。ただ「Aでない」に相当するAの反対語 B が存在する場合、むしろ B が選ばれる。 A/Aでない〈基準時C未実現〉 読む/読まない 走る/走らない あらかじめC 無関係に 前もって本を借りておく 勝つ/負ける 無関係に 無関係に とりあえず走る用意 出かける/出かけない まずフェアプレイ精神で 無関係に 先にご飯を食べる しかし、後半の「本」~「ご飯」は、AかAでないかに関係なく「あらかじめC」を表して、同じ結果を表さないので、同一条件にはならない。 以上をまとめると、次のようになる。 ▶本節「使い分け⑨/~を問わず・~にかかわらず」を参照 同じ結果C〈基準時C以前既実現〉 A/B+のあとに/と同時に+C A/B+-る/~た+にしても+C AてもBても/AてもAなくても+C あらかじめC〈基準時C未実現〉 A/B+のまえに+C(B=Aない) A-る/×Aた+にしても +Aない/×Aなかった+にしても =A-る/×Aた+にしても +B-る/×Bた+にしても+C AてもAなくても=AてもBても+C 「AてもBてもC/AてもAなくてもC」の「︷ても」が「︷にしても」に置き換わる場合、つまりBが「Aない」に相当する反対語の場合、上のように「A/B」と「C」との時間的前後関係によって、使い方が異なってくる。 A/B〈基準時C未実現〉 出かける/家にいるどの場合も あらかじめC 友達に聞く/先生に聞くどの場合も 薬の投与/注射ほかどの場合も 先にご飯を食べる 大学に進学/就職ほかどの場合も 事前に辞書や事典を調べる 前もって、患者に説明する まず両親と相談、よく考える <558> 5.5. 逆接条件 / 逆接仮定条件 / 同一条件 ところが「AてもBてもC」は、「用例」に示したように「B≠Aない」になる場合、つまり上のように「AとB」が〈基準時C未実現〉「AとBほか、どの場合でも、あらかじめC」という「AやBのまえに + C」になる場合は使うことができない。 これに対して「AにしてもBにしても」は、先ほどの「B=Aない」の場合と同様に、Aが「-る形」でありさえすれば使うことができる。 これをまとめると次のようになる。 A/B + のまえに + C (B≠Aない) A-る/×Aた+にしても +B-る/×Bた+にしても+C ×AてもBても 〈基準時 C 未実現〉の場合の「Aにしても B にしても」「A ても B ても」の対応をまとめる上次のようになる。 〈基準時 C 未実現〉 ×AにしてもBにしてもAてもBてもB=Aない ×AにしてもBにしても×AてもBても Aにしても Bにしても Aても Bても B≠Aない AにしてもBにしても ×AてもBても つまり互換性があるのは、AとBが〈基準時C以前既実現〉の場合か、Aが「-る形」で「A=Bない」になる〈基準時C未実現〉の場合である。 使い分けワンポイント ① 「~ても~ても/~にしても~にしても」と既実現 「~ても~ても/~にしても~にしても」は、AとBが程度を示さない同一条件になり、さらに〈基準時C以前既実現〉を表す場合、互換性があるが、この場合の両者は、次のように、話し手の気持ちによって使い分けられる。 ただ「B」には「Aない」が含まれている。 A + ても、B + ても + C: 話し手は、結果Cの成立を信じて疑っておらず、しかも「AやB、さらにそのほか、いずれの場合でも/AかAでないか、そのどちらの場合でも」必ず「まったく同じCという結果になる」といった非常に自信に満ちた、シャープな断定をしている。 <559> A + - る/~た + にしても、B + - る/~た + にしても + C: 話し手は、たとえ結果Cの成立に十分な自信をもっていても、その成立にためらいを示すポーズをとり、遠慮がちに婉曲的に「どの場合でも/どちらの場合でも + おそらく同じ結果Cになるはずだ」といった断定を避ける態度を選んでいる。 「A + ても、B + ても + C」に比べると、大人の会話、または〈ソト〉や〈ヨソ〉で多用される。 したがって、次のような例に「~にしても~にしても」を使うと、不自然になってしまう。 ても引いても/×押すにしても引くにしても、開かないんだけど、どうなっているの、いったい。 →このドア、押すにしても引くにしても/×押しても引いても、ちょっとしたコツを知らなければ、開けることができません。 寝ても覚めても/×寝るにしても覚めるにしても、思うのは、彼女のことばかり。 そんなの、あってもなくても/×あるにしてもないにしても、困らないでしょう? 弟にあげてしまいなさい。 静かでもうるさくても/×静かにしてもうるさいにしても、本を読んでると、気にならないよ。 「日曜日くらい、勉強してもしなくても/×勉強するにしてもしないにしても」なんて気持ちじゃ、ダメですね。受験生なんでしょう? 口曜日は、勉強するにしてもしないにしても/勉強してもしなくても、成績に大きく影響 以上の違いは、両者に交換性のあるAが「-る形」で「B=Aない」になる〈基準時C未実現〉の場合も同様である。 使い分けワンポイント ② 単独で使われる「疑問詞 + にしても」 同一条件の「~にしても」が単独で使われるのは、次のような「疑問詞 + にしても」の場合である もちろん「~ても」に置き換わり、すでに「使い分け①」で述べたように、話し手の気持ちによって、使い分けられる。 誰が社長に + なるにしても/なっても、つぶれかけた会社は再建できないだろう。どこで + 暮らすに/暮ら + したって、住めば都、すぐに慣れるから心配するな。貯金しろよ。将来、何を + するにしたって/したって、先立つものは金だからね。いつ + 死ぬにしても/死んでも、恥ずかしくない準備だけはしておかなければね。どんなダイエットを + するにしたって/したって、強い意志がないと、失敗する。誰 + にしたって/だって、こんな仕事はしたくないもんだよ。でも誰かしないと。何 + にしても/でも、知ったかぶりはせずに、わからないことは尋ねるように。 <560> 5.5. 逆接条件 / 逆接仮定条件 / 同一条件 使い分けワンポイント ③ 単独で使われる「~にしても」の4つの用法 単独で使われる「~にしても」には、次のような4つの使い方がある。 1.「立場」を表す場合 デパート + にしても/でも、近くに出店したディスカウントショップとの対抗上、恒常的なバーゲンセールを催していかざるをえない。(でも=場所 + 添加) あいつには、お手上げだね。先生 + にしたって/×でも、困ってるんじゃない? ▶本文 1.4.「主題/立場/~にしても」を参照 2. 「基準」を表す場合 女優 + にしても/×でも、あの顔で、あの演技でしょう?あんまりだよね。 →いくら女優でも、あの顔で、あの演技でしょう?あんまりだよね。 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~にしても」を参照 3.「逆接仮定条件」を表す場合 多少、湿気を含んだ紅茶 + にしたって/だって、シフォンケーキなどを作る場合なら、有効利用できるんじゃない? 留学 + するにしても/しても、毎日、長時間アルバイトをしなければならないのなら、留学本来の目的を見失ってしまうことになる。 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~にしても」を参照 4. 「類推」を表す場合 近ごろの耐震構造については、平屋 + にしても/でも + 十分かどうかわからない。 工事現場のガードマンて、気楽な仕事と思われてるけど、3Kの仕事のわりには、給料 + にしたって/※でも/にしたって賞与にしたって/でも賞与でも、安いんだよ。 ネクタイの締め方 + ひとつにしても/※でも、さりげない粋のよさを感じさせる。 ▶本文8.3.「極限/類推/~でも/~ひとつにしても/~にしても」を参照 この「~にしても」の「~も」には、類似した言外のものを連想させる「類推」や「添加」の意味を表しているが、この場合は「同一条件」が基底音として響いている。 使い分けワンポイント ④~にしろ・~にせよ/~であれ・形容詞 - かれ 「~に+しろ/せよ」は「~にしても」の書き言葉である。ただ「~にせよ」は「~にしろ」の古語的表現であるが、特に使い分けがなされているわけではない。 家族に + しろ/せよ、友人に + しろ/せよ、絶望した彼は、救いようがなかった。好きに + しろ/せよ、嫌いに + しろ/せよ、同僚の人格は尊重すべきだ。 甘いに + しろ/せよ、辛いに + しろ/せよ、高カロリーのものは避けてください。進学するに + しろ/せよ、就職するに + しろ/せよ、友情を大切にしていこう。行くに + しろ/せよ、行かないに + しろ/せよ、知らせてくるのが常識だろう。誰と結婚するに + しろ/せよ、離婚話も冷静にできる相手が一番、望ましい。 学長に + しろ/せよ、定員割れの現状を、打開する手立てなど、持っていない。たとえ彼に責任があるに + しろ/せよ、我々には全くない、とは言いきれない。 ▶巻末「古語/動詞/サ変動詞『す』を参照 「名詞+であれ」は、同一条件を表す「名詞+であっても」の古語的表現であるが、 <561> 硬い書き言葉である後者が、法律文書や論文、また公式のスピーチなどに使われるのに対して、年配の人なら、前者を日常会話で使うかもしれない。 コーヒーで + あれ/×あっても、紅茶で + あれ/×あっても、ともかく目の覚めるものなら、何でもいいから、出してくれたいか 東洋で + あれ/あっても、西洋で + あれ/あっても、命名の仕方は似ている。 友達で + あれ/あっても、先生で + あれ/あっても、何かを尋ねたい場合は、まず自分で、辞書や事典を調べてからにするのが、将来の役に立つはずだ。 誰が犯人で + あれ/あっても、状況証拠だけで、逮捕するわけにはいかないな。 どれほど偉大な人物で + あれ/あっても、もし、その私生活を知ることができるのであれば、我々と同じ、ただの人間にすぎないことがわかるであろう。 ▶本文5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~とはいえ」を参照 3つの動詞、つまり「する/ある」のほかに、もうひとつ「言う」の命令形が、逆接条件を表すことができる。 多かれ少なかれ、どこの家庭にも問題はあるものだ。 遅かれ早かれ、子どもというものは、ひとりで歩きはじめるものです。 暑かれ寒かれ、地球上には、気候に合ったライフスタイルがある。 善かれ悪しかれ、試験とは、受ける側の学生のみならず、作成側の教師をも評価できるものであるが、ただ作成側には、その採点者がいないだけにすぎない。 「形容詞 - かれ」は、上のような重ね型で、同一条件を表す。ただ、一部の相対形容詞に見られる慣用的表現なので、すべての形容詞に適応できるものではない。この「形容詞 - かれ」は、古語における形容詞の命令形である。 使い分けワンポイント ⑤~(よ)うが・~(よ)うと・~(よ)うとも 現代語の同一条件を表す「~ても」には、これに相当する次の3つの古語的形態があり、左から右へと、古めかしい表現になっていき、使い方に制限が加わる。 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/古語『~ども』と『~とも』を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~(よ)う』の使い方」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/その他の『~だろう』の使い方」を参照 新 ︷ても ← ︷(よ)うが ︷(よ)うと ︷(よ)うとも → 旧 「名詞 + でも」の書き言葉は「名詞 + であれ/であっても」であるが、上の「~(よ)うが/~(よ)うと/~(よ)うとも」が「名詞 + である」に接続すると「名詞 + であろう + が/と/とも」になる場合がある。 また「名詞+である」の話し言葉が「名詞+だ」なので、これに接続すると「名詞+だろう+が/と」になる場合がある。 しかし「~(よ)うとも」は、あまりにも古いので「名詞+だろう+とも」は不自然になることがある。 <562> 5.5. 逆接条件 / 逆接仮定条件 / 同一条件 使い分けワンポイント ⑥ 「~(よ)う + が/と/とも」の使い方 上の3つには、次の4つの同一条件を表す使い方がある。 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/古語『〜ども』と『〜とも』」を参照 1. 断言/確信 時代が変わろう + が/と/とも、彼女は昔のままの彼女だった。 どこから攻めてこよう + が/と/とも、この勝負は、おれのものだ。 いかに賢かろう + が/と/とも、度量がなくては、人の上に立てない。 何が起ころう + が/と/とも、約束したことは守ってみせるだろう。 2. 要求/命令 いくら高かろう + が/と/とも、おれに売ってくれ。金はあるんだ。 いつ + であろう/だろう + が/と/とも、会いたいときに会いに来い。 誰が何と言おう + が/と/とも、あの山の登頂を果たしてみせるんだぞ。 空から火の雨が降ってこよう + が/と/とも、この試合だけは続けさせてやれ。 おまえが誰の何だろう + が/と/×とも、おれに余計なことは言うんじゃない。 3. 决意/不動 たとえ親が生きていよう+が/と/とも、反対はさせないつもりだ。 いくら尋問をされよう+が/と/とも、彼は顔色ひとつ変えなかった。 どんな怖い目に遭おう+が/と/とも、絶対に後悔しないのだな。 この家、どんな地震が起ころう+が/と/とも、本当に倒れないのか。 4. 無關心/得手勝手 どこだろう + が/と/とも、行きたいところへ行けばよかろう。 何が起ころう + が/と/とも、責任さえとれれば、好きにしていい。 誰が何と言おう + が/と/×とも、おれの知ったことじゃない。 誰と何をしよう + が/と/×とも、私の + 勝手/自由 + じゃない。 いつどこで何をしよう + が/と/とも、おまえには関係がない。 いずれの使い方にも共通しているのは、どんな場合であれ、いかなる条件であれ、それらをものともせず、すべてを無視し、ただ同じ結果になることを「自由/勝手/気まま」に自己主張している点である。 「時代/約束/尋問/怖い目/地震」の例では、話し手は、第三者や聞き手の意志の強さを主張したり、確認したりしている。 つまり、一般的な同一条件を表す「~ても」とは異なり、上の「~(よ)う + が/と/とも」の3つは、同じ結果を導くとしても、必ず〈モーダス要素〉として「自己主張/頑固な意志/無関心/平気/身勝手」などを、言外に含んでいる。 使い分けワンポイント⑦~(よ)う+が・と+~まい+が・と 同一条件を示す「~(よ)う+が/と/とも」と、最初の「置換」(p.554)などの例に使った「~ても」との互換性は次のようになっている。 1.「AてもAても」は「~(よ)う+が/と/とも」のすべてに変換できない行っても行っても/×行こうが行こうが/×行こうと行こうと、山また山。 <563> 2. 「AてもBても/AてもAなくても」は「~(よ)うとも」に変換できない 雨が降ろう + が/と/×とも、風が吹こう + が/と/×とも、ご出勤だなんて。 4人なら、バスであろう + が/と/×とも、タクシーであろう + が/と/×とも、だいた 薬を飲もう + が/と/×とも、注射をしよう + が/と/×とも、今度の風邪は熱が下がらないらしい。 日曜日は、勉強しよう + が/と/×とも、すまい + が/と/×とも、自由だ、なんて気持ちじゃダメだ。 明日、晴れよう + が/と/×とも、晴れるまい + が/と/×とも、ハイキングには行くつもりなのだな? 勝とう + が/と/×とも、負けよう + が/と/×とも、フェアプレイ精神で戦ってほしい。進学しよう + が/と/×とも、就職しよう + が/と/×とも、ご両親とまず相談してくれ。(注)「~(よ)う + が/と/とも」には、通常〈非敬体〉が使われる。 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/古語『~ども』と『~とも』を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~(よ)う』の使い方」/『~まい』の使い方」を参照 ▶巻末「古語/助動詞/否定の意志・推量『まじ/まい』」を参照 「AてもAなくても」の場合、否定部分に、古語の「~まい」が使われ「A(よ)う+が/と、Aまい+が/と」になる。 また最後の例のように「(進学し)ても(就職し)ても」が使えない例でも、同様である。 ▶本節まえの「用例」と「使い分け」を参照 3.「疑問詞 + ても」は、基本的に「~(よ)う + が/と/とも」に変換できる 誰が社長に + なるにしても/なっても/なろうが/なろうと/なろうとも、つぶれかけた会社は再建できないだろう。 ご用があるのでしたら、いつ/お先に + お帰りになっても、かまいませんよ。→用があるのなら、いつ/先に + 帰ろう + が/と/とも、気にしないよ。 反対され + ても/ようが/ようと/ようとも、彼女は考えを変えなかった。 親が訪ねて + 行っても/行こうが/行こうと/行こうとも、会おうとしなかった。どこへ出かけ + ようが/ようと/ようとも/×ても、先に飯を食ってからにしろ。 疑問詞がなくても、同一条件「AてもAなくても」という意味を表す場合は、上のように互換性がある。ただ、文体はかえる必要がある。 最後の例は「2」の場合と同じである。 米そうにもない人を、こんなところで待って + いても/×いようが/×いようと/×いようとも、仕方ないよ。(逆接仮定条件) これしきの汚れ、洗剤で洗 + わなくても/×わなかろうが/×わなかろうと/×わなかろうとも/×うまいが/×うまいと/×うまいとも、落ちるだろう。(否定) まだこんな時間 + ですし/なんだから、すぐに出かけ + なくても/×なかろうが/×なかろうと/×なかろうとも、大丈夫 + です/だ + よ。(否定) しかし、上のような逆接仮定条件や、否定の「~なかろう」が使われる場合は、互換性がない。 特に「~なかろう+が/と/とも」は使って間違いとはいえないが、〈モーダス要素〉の「自己主張/身勝手」などにふさわしくなく、話し言葉に使うと不自然になってしまう。 <564> 5.5. 逆接条件 / 逆接仮定条件 / 同一条件 使い分けワンポイント ⑧ 「~(よ)う + が/と/とも」の違い 「~(よ)うが/~(よ)うと/~(よ)うとも」は「~ても」の古い言い方なので、書き言葉でよく使われるが、次のような場合、話し言葉でも使われる。 1. 年配者が、目下の人に対して、事実や道理を述べる場合 2. 目下の人が、目上の人に対して、傲慢や軽蔑を示す場合 通常これらは、〈非敬体〉を使うことのできる親しい〈ウチ〉関係での話し言葉になるが、たとえ「2」の場合に〈敬体〉を使ったとしても、話し手の「生意気/思い上がり」をほのめかしてしまうので、〈ソト〉に対しては「~ても」を使うほうが無難である。 「~(よ)うが」と「~(よ)うと」の差は、ほんの紙一重であるが、誇張していえば、次のような違いがある。 ~(よ)うが:直接的。心が「現実/無遠慮/露骨/粗雑」といった方向に動けば使われやすい。 ~(よ)うと:間接的。心が「非現実/婉曲/仮想/比喻」といった方向に動けば、使われやすい。 「~(よ)うとも」は「~(よ)うと」を「も」で強調した言い方なので、いわば最も重厚で荘重な表現ということになる。 どこで誰と+遊ぼうが/遊ぼうと/×遊ぼうとも/×遊んでも、私の勝手でしょ! 学校に+行こうが行くまいが/行こうと行くまいと/×行こうとも行くまいとも/×行っても行かなくても、おまえの知ったことか! 泣こうがわめこうが/泣こうとわめこうと/×泣こうともわめこうとも/×泣いてもわめいても、おれの知ったことか! 上のような例は、ぞんざいで野卑な感じを聞き手に与える「~(よ)うが」の典型例なので、感情的にニュートラルな「~ても」や、重厚さを表す「~(よ)うとも」に置き換えると、不自然になる。やや大人しい感じにはなり、粗雑さが消えてしまうが「~(よ)う + と」は使うことができる。 ただ上の場合、親や先生など、目上の人に逆らっているか、ごく親しい人とけんかをしていて、話し手が興奮状態にある場合にしか使えない。 とこで何を+しようが/しようと/しようとも/しても、ぼくの自由じゃないか! 仕事を+しようがするまいが/しようとするまいと/してもしなくても/※しようともするまいとも、業績さえ上げてくれれば、こっちに文句はない。 興奮状態をしずめ、上のように迫力には欠けるが、少し冷静になって理性的な書き言 <565> 葉に近づけると、置き換えが可能になる。 何をしてるんだ。歩こうが転ぼうが/歩こうと転ぼうと/×歩いても転んでも/×歩こうとも転ぼうとも、さっさと行くんだ。 叫ぼうが怒鳴ろうが/叫ぼうと怒鳴ろうと/×叫んでも怒鳴っても、大きな声で! 首をくくろうが毒を飲もうが/首をくくろうと毒を飲もうと/×首をくくっても毒を飲んでも/×首をくくろうとも毒を飲もうとも、ともかく早く死ね。 噛もうが噛むまいが/噛もうと噛むまいと/×噛んでも噛まなくても、とっとと食べろ。 上のような「A(よ)う+が/と、B(よ)う+が/と」または「A(よ)う+が/と、Aまい+が/と」が「命令文」と呼応する場合、もちろん「~(よ)うとも」には置き換わらないが、粗野な表現をきらう「~ても」にも置き換わらない。 これらは、目上の者が目下のものを、あたかも動物と同じように扱った言い方なので、普通の人々には、使う機会があるかどうかわからない。 聡明な人だから、たとえ遊んでいよう + と/とも/×が、社長になっていただろう (に)。 =実際は遊んでいないが、たとえ遊んでいたとしても、社長になっていた。 たとえ結婚していなかろう + と/とも/×が、彼女は幸せになっていただろう (に)。 今年の試験は簡単だった。勉強していなかろう + と/とも/×が、合格だっただろう (に)。 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想/反実仮想の形態」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~に」を参照 事実とは反対のことを仮想しながら、実現した事実を結果として述べる場合、上のような「~(よ)う+と/とも」を、現実的な「~(よ)うが」に置き換えると、不自然な感じになる。上の「~(よ)うと(も)」の部分は、いずれの例でも反事実であって、社長は遊ばなかったし、彼女は結婚しているし、受験生は勉強したことを表している。 使い分けワンポイント⑨~を問わず・~にかかわらず Aを問わずC:どのAであれ、すべてのAの場合に、Cが成り立つ AにかかわらずC:どのAであれ、Aとは無関係に、Cが成り立つ 接続:名詞 + を問わず/にかかわらず - る/い/~た + か + どうか + にかかわらず Aか + Bか/Aないか + にかかわらず (注)両者は「~ても~ても」とは異なり、公式スピーチ用か書き言葉。 次の「~を問わず」は「~にかかわらず」に置き換わる。 このストレッチ体操は、年齢 + を問わず/にかかわらず、楽しんでいただけます。 国籍 + を問わず/にかかわらず、次の要領で入居の申し込みを受け付けます。 ご不要の家電製品を、メーカーや使用年数 + を問わず/にかかわらず、回収します。 野外園遊会は、晴雨 + を問わず/にかかわらず、決行いたします。 これからは、性別 + を問わず/にかかわらず、能力のある人をチームに迎えたい。 新しい人材を発掘するため、経験の有無 + を問わず/にかかわらず、採用したい。 日本人たると、外国人たると + を問わず/にかかわらず、同じ能力で、同じ経験であれば、同じ待遇を与えるものとする。 <566> 5.5. 逆接条件/逆接仮定条件/同一条件 非常時の場合は、公務員たると、一般市民たると + を問わず/にかかわらず、全員が一丸となって総力を結集して、事態に対処していただきたい。 ▶本文 1.3.「主題/例示/AたるA'」を参照 「Aを問わずC」のAは、ほとんどが慣用的なものなので、自由に応用することができない。またAは、主に二者から構成されており、例えば、二者をPとQとすると「Pの場合でも、Qの場合でもCが成り立つ」ことを表している。これはもともと「有無/是非/可否/善悪/出欠+を問う」からきているからである。 「AにかかわらずC」は自由がきき、例えば「AかBか/AかAないか/Aかどうか+にかかわらずC」にすると使うことができる。またAは、三者以上が想定されており、例えば、三者をPとQとRとすると「PQRのどの場合とも無関係にCが成り立つ」ことを表している。 置き換えが可能な「年齢/国籍」の場合なら、前者「~問わず」は「老人と若者/日本人と外国人」が、後者は「すべての + 世代/国の人」が想定されている。 「メーカーや使用年数」では、三者以上を考えることができるが、前者「~問わず」を使う話し手は、おそらく「ある + メーカー/使用年数 + と、そうでない + メーカー/使用年数」といった二者択一的なことを想定していると思われる。 逆に「晴雨/性別/経験の有無」では、基本的に二者しか考えることができないが、この場合も後者「~にかかわらず」が使えるのは、二者の「どちらとも無関係に」という意味を、特に強く押しだしているからである。 次の「~を問わず」は「~にかかわらず」に置き換わらない。 溶鉱炉は火を落とせないので、昼夜 + を問わず/×にかかわらず、稼動している。 フリーサイズですから、男女 + を問わず/×にかかわらず、お召しいただけます。 映画祭は、国の内外 + を問わず/×にかかわらず、優れた作品を募集している。 正社員募集、学歴不問(学歴を問わず)、経験者優遇、歴(履歴書)持参。 結果の善し悪しだけを問わず、結果に至るプロセスも重視すべきだ。 (注)上の例は「~を問う」のもとの使い方である。 二者しか想定されていない慣用表現なので、三者以上を想起させる「~にかかわらず」を使うと不自然になる。次の「~にかかわらず」は「~を問わず」に置き換わらない。 出欠 + にかかわらず/×を問わず、同封の返信用葉書にて、お知らせください。成績の良し悪し + にかかわらず/×を問わず、全員が参加することに意義がある。事故処理は経験のあるなし + にかかわらず/×を問わず、細心の注意を払うこと。彼が辞めるかどうか + にかかわらず/×を問わず、今後もこの会は維持存続する。正社員であるかどうかに + にかかわらず/×を問わず、ボーナスは一律に支給。早いか遅いか + にかかわらず/×を問わず、完走すれば、同じポイントを与える。勝つか負けるか + にかかわらず/×を問わず、最後まで正々堂々と戦ってほしい。合格する (か) しない (か) にかかわらず、志望校を目指して頑張ります。好むと好まざるにかかわらず、人間としての尊厳は互いに守るべきだ。 A B を問わず C が使えないのは、次の2つの場合である。 <567> 1.上の「出欠/成績の良し悪し/経験のあるなし」の例 AかBか「出欠」に関係なく、あらかじめCになる「返信用葉書を出す」ことが決まっていて、同一条件とはならない場合。 これに対して「~にかかわらず」は、同一条件でなくても、使うことができる。 ▶本節まえの「~ても~ても・~にしても~にしても」の「使い分け」を参照運動会では、走るか走らないか + にかかわらず/を問わず、参加賞を与える。明日、晴れるか晴れないか + にかかわらず/を問わず、ハイキングは決行。この本は面白いから、読むか読まないか + にかかわらず/×を問わず、借りておけ。走るか走らないか + にかかわらず/×を問わず、用意だけはしておくように。 2.そのほかの例 接続が「AかBか/AかAないか/Aかどうか + にかかわらずC」になる場合。ただ「辞めるかどうか」から「早いか遅いか」の例は同一条件になるので「~を問わず」を使う「日本語母語話者/ネイティブスピーカー」がいるかもしれない。▶本文5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~にもかかわらず」を参照 使い分けワンポイント 乾性、油性にかかわりなく、お肌の潤いを保つために開発された化粧水でございますから、どなたさまにでもお使いいただけます。 雨が降る降らないにかかわりなく、明日のバザーは開くことにします。 年齢や性別、国籍や経験などにかかわりなく、応募できるそうですよ。 「~にかかわりなく」は、すべての「~にかかわらず」と互換性があるが、公式スピーチや硬い書き言葉にふさわしい後者よりも、ややくだけた感じになり、上のように〈ソト/ヨソ〉に対してカジュアルな雰囲気を出したい場合によく使われる。もちろん書き言葉や、フォーマルな場での話し言葉としても使われる。 <568> 第6章 変化の表現 6.1. 変化の表現/A→B ~になる・~となる/ - くなる AがBになる:A→Bという変化の方向を示し、再変化の可能性がある。 AがBとなる:A=Bという変化結果の固定や永続を話し手が確信する。 接続 名詞 + に / と + なる 形容詞 - く + なる ナ系状態名詞 + に / と + なる ▶卷末「状態名詞」を参照 形態 「形容詞-く+なる」には、活用の関係から「~に/~と+なる」という形態は存在しない。 また、意味の上からも「名詞+になる」に相当し、再変化の可能性のある、状態の一時的变化しか表さないので、永続的变化を表す「名詞+となる」に相当する形態はもたないと思われる。 これは「ナ系状態名詞 + になる」も同じで、大部分が再変化の可能性があるため、ごく一部にしか「ナ系状態名詞 + となる」が存在しない。 「ト系状態名詞 + とする」の一部に「ト系状態名詞 + となる」という形態があるが、あとの「~にする・~とする」を参照のこと。 互換性 「名詞 + に/と + なる」の両者は、必ずしも「~になる」は「~となる」に置き換わらないが、慣用的表現を除けば「~となる」は、ほとんど「~になる」に置き換わる。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/基準 + に・と」を参照 置換 [例] ご結婚、おめでとうございます。いい奥さんになってくださいね。 「AがBとなる」に置き換えると、次のように不自然になる。 *ご結婚、おめでとうございます。いい奥さんとなってくださいね。 次の例も、すべて「AがBとなる」に置き換えると不自然になる。 将来の夢は、大学を卒業して、立派な看護師 + に/×と + なることです。 あの人、今年、試験を受けて、一級建築士 + に/×と + なるつもりのようですよ。 この間まで、ヨチヨ千歩きしてた子が、来年、小学生 + に/×と + なるんだって。 なあ、母さん、うちの子は将来、きっと大物 + に/×と + なるよ。楽しみだな。 そんなに無理をして、病気 + に/×と + でもなったら、どうするんですか。 毎日こうして運動していると、必ず元気 + に/×と + なりますよ。頑張ってね。 次の例は、すべて「AがBと+なっている/なった」に置き換え不能。 うちの子ですって?大きくなって、もう中学生 + に/×と + なっていますよ。えっ、もう高校生?少し見ない間に、ずいぶん大人 + に/×と + なったなあ。仕事の重圧でストレスが重なり、とうとう病気 + に/×と + なってしまった。 <569> 用例 次の例は、すべて置き換え可能。〈基準時現在未実現〉「AがBになる」の場合 4月8日(月)晴れ。今日で不惑の40になり、娘が小学1年生+に/と+なる。 孫ができるのはうれしいけれど、おばあちゃん+に/と+なるのはね。 スターダムをのしあがった彼女は、映画界の華+に/と+なるにちがいない。 この子は将来、救世主+に/と+なるだろう。 鳥+に/と+なって、亡くなったあなたのところへ飛んでいきたい。 さあ、先生+に/と+なって、クラスのみんなに説明してごらんなさい。 ▶本文4.2.「順接仮定条件/反実仮想」を参照 〈基準時現在以前既実現〉「AがBに + なっている/なった」の場合 あの人? ああ、成功して、大きな会社の社長 + に/と + なっていますよ。 まだ 30 という若さで、すでに3 児の父親 + に/と + なっているんだってね。 彼女は今や、辣腕弁護士 + に/と + なって、司法界の華として活躍中です。 史上初めて、女性が一国の首相 + に/と + なったなんて、ビッグニュースね。 やがて成人して学をなし、世に知らぬ者などいない科学者 + に/と + なった。 二人は結婚し、仲のよい夫婦 + に/と + なって、幸福な家庭を築いたという。 彼は恨みを残して死に、世に復響すべく悪鬼 + に/と + なってさまよった。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 使い分け Aが「人間(Aは状況から判断できれば省略可能)」で、Bが「職業/身分/地位/資格/状態/ある段階への到達」などとなる「AがBになる」と「AがBとなる」は、未来での変化を表す〈基準時現在未実現〉の場合、基本的に互換性はない。 というのは、将来における人間の変化の場合、意志変化で、変身願望ともいうべき「目的/希望/夢/理想」などはもちろん、一種の自然変化ともいうべき「成り行きによる変化/社会的制度として次の段階へ進んでいくことによる変化」であっても、すべてが不確実なこの世の中、決めたこと、決まったことが、二度と変わらないという保証はどこにもなく、再変化の可能性があれば「~となる」が使えなくなるからである。 しかし、後者の自然変化の場合、もし書き言葉であれば「~となる」に置き換えることができるし、また「用例」の「おばあちゃん」のように、最終段階を表している場合は、話し言葉でも使うことはできる。 また、たとえ変身願望の場合でも、話し手が変化は確実であり、再変化はありえないと思いこむ予言や占い、変化への強い願望を表す反実仮想や、その役になりきる一時的役割の仮想などを表す場合は、書き言葉でも話し言葉でも「~となる」に置き換えることができる。 一方、〈基準時現在以前既実現〉「人がBに+なっている/なった」の場合は、基本的に互換性がある。というのは、既実現では、Bは変化結果を表しているので、話し手の再変化不能という確信さえあれば「~となる」に置き換わるからである。しかし、話し手が再変化を考えていれば、置き換えることはできない。 解説 予言や占いの場合、話し手の「確信/狂気」が強くなればなるほど、再変化しない「~となる」に置き換わる可能性が高まるのは、100%間違いなくそのようになり、決して、ほかのものにはならないという自信が「~となる」を使わせるからである。 <570> 特に「~となった」は文章語で、物語や小説、歴史的記述の結末部分に多用される。物語や小説ではハッピーエンドか、読者にその後の成り行きを想像させるといった感じで使われることが多い。 反実仮想や仮想願望では、話し手の気持ちに切実さが加われば加わるほど「~となる」の使用確率が上がる。 先生 + に/×と + なったつもりで、クラスのみんなに説明してごらんなさい。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『つもり』の使い方」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 一時的役割を表す「~になる」は「~になったつもりで」と同じ仮想を表しているが、これを「~となる」に換えると、その役割に取り組む話し手の「真剣さ/責任感」といったニュアンスが加わる。 「A + になったつもり」は「A + となる」には置き換わらないが、これは「つもり」を使う話し手が、Aを単なる一時的な「仮想」にすぎないと見なしているからである。 使い分けワンポイント ① 「~になる」と「~となる」の互換性 「AがBになる」は、話し手が、再変化すると考えている場合に使われ、一方「AがBとなる」は、再変化しないと考えている場合に使われるので、互換性があるのは、再変化しないと思われる場合だけである。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/基準 + に・と」を参照 「~になる」から「~となる」への変換についてまとめてみると、次のようになる。 1. A = 人間/B = 職業/身分/地位/資格/状態/ある段階への到達など〈基準時現在未実現〉:人がBになる 基本的に変換不能 書き言葉か、話し手に再変化しない確信があれば、可能 〈基準時現在以前既実現〉:人がBに+なっている/なった 基本的に変換可能 話し手が再変化すると考えていれば、変換不能 2. A = もの/B = 状態/事態/状況など 〈基準時現在未実現〉〈基準時現在以前既実現〉: ものがBに+なる/なっている/なった 基本的に変換可能 水は、0度以下では氷 + に/と + なり、100度以上では水蒸気 + に/と + なる。 お天気がこのまま続けば、今年も豊作 + に/と + なること間違いなしだ。 煙草の不始末が、ガス爆発を引き起こし、思わぬ大惨事 + に/と + なった。 今年度予算は、高齢化社会への変化に配慮した内容 + に/と + なっている。 台風はこのまま北上し、勢力を弱めて低気圧 + に/と + なるでしょう。 今回の議会では、この問題の解決が、焦眉の課題 + に/と + なっている。 夏がすぎて、また枯れ葉散る寂しい秋 + に/と + なる。 この式の値が2 + に/と + なるかどうか、計算して確かめてみよう。 <571> こうした項目が貸方と借方 + に/と + なって、両方の合計が等しくなるの。 話し言葉や、個人的な出来事には「~になる」がよく使われるが、書き言葉や「真理/動かすことのできない事実/経験に基づく推測」などを表す場合は、むしろ「~となる」が多用される。ここでも話し手の気持ちによって使い分けられる。 予定が遅れて日没になり、降っていた雨が、雪 + に/と + なった。 話し手に「焦り/落胆/絶望」といった気持ちが強くなればなるほど、この「雪は+また雨になる/すぐにやむ」という期待が消えていき、二度と変わらないと感じられる「雪となった」になる可能性が大きくなる。 いやだな、もう。急いでいるのに、信号がまた赤 + に/と + なった。 〈独り言〉で「~に」を使う話し手は「待つよりほかない。そのうち青になるだろう」と考えている。しかし「~と」が使われると「あのまま突つ走ればよかったんだ。もう二度と青にならないかもしれないのに」という「悔しさ/苛立ち/絶望感」が伝わってくる。 今度の期末試験、数学だけが不合格 + に/と + なっていた。 再テストか追試を受ければ問題とはならない「~になった」の状態から、進級や卒業ができないといった「~となった」の危険な事態へと変化する。 昼は工場の騒音でうるさいこの辺りも、夜は驚くほど静か + に/×と + な 花や絵を飾ると、みすぼらしかった部屋も豪華 + に/×と + なりますね。 朝早く起きて散歩すると、身体ばかりか、気持ちまで清々しくなる。 寒い寒いといっても、お彼岸さえすぎてしまえば、暖かくなりますよ。 しかし、再変化の可能性を表す状態名詞や、活用からも「~に/~と + なる」が使えない形容詞は、変換できない。 お正月 + に/×とも + なると、晴れ着を着て、あちこちお年始に回ろう。 お母さん + に/×と + なれば、子どもをどんなふうに育てようと思いますか。 ▶本節「使い分け③/~になると・~と(も)なると」を参照 また、上の単なる自然変化を表す「~に + なると/なれば」は、反復性の変化に対比や類推を重ねる「~と(も)+ なると/なれば」にすると、意味が違ってしまうので、変換ができない。 3. 疑問詞 + に + なる/なっている/なった 変化の結果が「未定/不定」なので、変換不能 いくら + に/×と + なるかって? こんな計算して何 + に/×と + なるんだ。来月の定例会議の司会、誰 + に/×と + なったのでしたっけ? 将来、何 + に/×と + なりたいと思っているの? それで、娘の結婚式、いつ + に/×と + なったんだ? 今度の社内旅行、どこ + に/×と + なったのですか。 すみません、全部で、おいくら + に/×と + なりますか。 一体いつになれば、あの事件の全貌が明らか + に/×と + なるのですか。 次の例も「~になる」が使われていると思われる。 今日の試合の結果、どうなったの?勝ったの?負けたの? <572> この間、頼んだお金、どうなっているんだい。早く返してくれよ。 4. ごく一部の「ナ系」状態名詞:変換可能 このアリバイさえ崩せれば、彼が犯人であることは決定的 + に/と + なる。この実験の成功によって、次のようなことが明白 + に/と + なるはずです。地道な研究が実り、細胞に対する栄養素の機能が明らか + に/と + なった。探偵の長年にわたる捜査のおかげで、彼女の正体が露 + に/と + なった。どんな2言語でも、現在という共通項で、比較対照が可能 + に/と + なる。練習の成果があったのか、発音が以前にもまして明瞭 + に/と + なった。内装工事を終えて、店内が見違えるほど豪華 + に/と + なった。 「柔らか/なだらか/細か/賢明/優美/地道」といった、本来から備わった「性質/状態」を示し、変化を表さないものや、また「静か/きれい/爽やか/利口/派手」といった、変化が可能でも、その変化が一時的であるものは、変化後の不変化を表す「~となる」には変換できない。 しかし、変化後、その事実が不変であり、話し手がその永続性に確信を示す場合は変換できる。ただ、最後の2例「明瞭さ/豪華さ」は、話し手が「永続性がない」と考えれば、変換しないかもしれない。 また「明瞭/豪華+なもの+に/と+なった」の「なもの」が省略され、状態名詞ではなく「名詞+に/と+なった」の変形とも考えられるし、特に「豪華」は「豪華船/豪華本」など、時を越えて「豪華さ」が維持できるとも考えられるので、変換が可能になるのかもしれない。 5. 惯用的表现:变换不能 昨夜の嵐で、庭の桜が吹雪 + と/×に + なって舞い落ち、散り急いでいる。 火事の現場から、火の粉が雨あられ + と/×に + なって落ちてくる。 人々が一丸 + と/△に + なって、被災地の復興に取り組んでいる。 この「〜となって」は、想像上の変化なので、比喻「吹雪/雨あられ/一丸 + のようになって」を表している。ただ「一丸になって」は使う人がいるかもしれないが、一時的な団結しか表せない。 もうひとつ「AがB + に/と + なる」が互換性をもつ場合があるが、次のように「使い分け①」の「2.A = もの/B = 状態/事態/状況など」と、ほぼ同じものである。 営業努力を重ねてきたおかげで、今年の年商は10億円 + に/と + なった。 毎日の練習で、やっとチームがひとつ + に/と + なった。明日の試合は楽勝だ。 明日は退官式。今日の講義が最後の授業 + に/と + なる。 やっと家が出来上がった。これで引っ越してくればいいだけ + に/と + なった。 日本語を勉強/大学を卒業/結婚/就職 + して、5年 + に/と + なった。 「2」と異なっているのは、Bが長い「過程/時間経過」を要した「完成/結果」を表していることである。 「~になる」を使うと、完成までの努力や苦労への「回想」とともに、話し手の「完了/ <573> 完成/完遂/勝利」したという事態や状況の変化の瞬間に生まれる「やり遂げたという達成感や満足感」を表すことができる。しかしこれを「~となる」にかえると、単なる結果しか表さなくなってしまうので、終わった瞬間に思わず叫びだすような「やった!/できた!」といった喜びが消えてしまう。 これは、長い「経過/過程/努力」のあとで「~になる」を使うと、一時的な変化の方向を示す「A→B」が、劇的な変化の瞬間をとらえることになるからである。これを「~となる」に換えると、ただ「A=B」という変化結果しか表せなくなる。 しかも「~となる」にかえると、書き言葉になって感動が薄れるので、上の例は「別に報酬が増えるわけでもないベテラン営業マンの報告/チームはひとつになるのが当然と思っている監督のつぶやき/退官することに何の感慨もない老教授の日記/自分で建てたのではなく建売住宅を買った男」の言葉といった印象に変わる。 「5年になった」は、同じ時間経過を表す「5年(が) + 経った/過ぎた」と比べると、これから何か変化の起こる「予感/予想/期待」が感じられる。 これを「日本語を勉強/大学を卒業/結婚/就職+して、5年となった」にかえると、5年間をひとつの「区切り/結果/思い出」としてとらえたことになり、それまでの出来事に終止符を打って、過去を「凍結/清算」させようとする人の言葉のように響いてしまう。もしかすると、この人は「就職/結婚/離婚/転職」といった事態を心に思い描いているのかもしれない。 使い分けワンポイント ③ ~になれば・~と(も)なれば/ ~になると・~と(も)なると/~と(も)なったら 父は、近ごろ、夜勤なので、お昼すぎに起きだし、夕方 + になれば/になると/×と(も)なれば/×と(も)なると + 出かけていく。 この界隈は、朝 + になれば/になると/と(も)なれば/と(も)なると、たくさんお店が出て、にぎやかな朝市となる。 出て、にぎやかな朝市となる。 お母さん + になると/×となると、今のお仕事、どうなさいますか。 お母さん + になると/となると、子育てで、ろくに眠れなくなるわよ。 お正月 + になれば/×になると/×ともなれば、お年始に回れよ。 お正月 + になると/ともなると、みんな晴れ着を着て、お年始に回る。 ここは、冬 + になると/ともなると、スキー場として賑うようになる。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/一般条件の『~ば』と『~と』を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/類推とは?/~も」を参照 ▶巻末「文/文の種類」を参照 「A + になれば + B」は、自然変化の「Aになる」に、一般条件の「~ば」がついたもので、自然変化「Aになる」という条件と呼応する内容であれば、Bには、すべての文を使うことができる。 しかし「A + になると + B」には、一般条件や確定条件の「~と」が〈働きかけ文〉では使えないという制限が加わる。 つまり、単なる自然変化を表しているだけなので、条件さえ合えば、ほかの順接仮定条件「~(の)なら/~たら」も使うことができる。 これに対して「A + と (も) + なれば/なると + B」は、ただ1回きりの一時的 <574> 6.1.変化の表現/A→B な自然変化ではなく、繰り返される「固定/永続」した変化、例えば「生活習慣/社会通念/常識/慣習」となっている変化を表す「Aとなる」に、言外の「Aとは対照的なもの」を「類推/連想」させる「~も」が挿入され、さらに「~ば/~と」が加わったものである。 そして、Bには「生活習慣/社会通念/常識/慣習」として「当然Bである」という話し手の評価を表す〈述べ立て文〉がくる。 昼間は車の往来でうるさいのですが、夜+になれば/ともなれば、人っ子ひとり、通らなくなって、信じられないくらい静まりかえります。 ▶本文 1.1.「主題/提題/対比のバリエーション」を参照 ▶本文 1.5.「主題/展開/~といえば・~というと」を参照 「Xは+~が、A+と(も)+ なれば/なると+ B」は、Xと対比されたAを副主題として、Xではなく「いったんAという変化が+ 起これば/起こると」という主題の展開をしながら、結果は「必ずBである」という話し手の判断を示す書き言葉、またはフォーマルな話し言葉である。 「~になれば/~と(も)なれば」と「~になると/~と(も)なると」の違いは、ただ一般条件を表す「~ば」と「~と」の違いにすぎない。また話し言葉では「~になったら/~ともなったら」を使う人がいるかもしれない。この場合の「~たら」は、確定条件として使われている。 お葬式 + ともなれば/×になれば、普段着で出かけるわけにはいかない。 高三 + ともなると/×になれば、遊んでいては、大学入試に失敗する。 留学する + ともなると/×になれば、思いがけない金がかかるものだ。 親が亡くなった + となれば/×になれば、残された子どもをどうするのか、一度、親戚が集まって考えてやらねばなるまい。 議長に任命された + となれば/×になれば、複雑な人間関係をうまく処理していかないことには、勤まらなくなってしまうね。 「普段着で出かけるわけにはいかない/遊んでいては大学入試に失敗する」は、話し手の「判断/評価」を表し、また「お葬式/高校三年生 + になる」という自然変化の一般的な結果を表しているわけではないので、この2例にも「~に + なると/なれば」は使うことができない。 接続についていえば、両者に違いがあり、自然変化の「~に + なると/なれば」は「~になる」と同じになるが、判断や評価を表す「~と(も)+ なると/なれば」は、名詞と動詞の〈未完文〉「-る/~た」に接続する。 あいつが犯人と + なる/する + と、現場に落ちていたライターは誰のものなのか/現場にもうひとり別の人物がいたことになる。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~とすると」を参照 「犯人となると」には「あいつは以前、犯人とは考えられていなかった」という前提が隠されている。しかし「犯人とすると」のほうは、容疑者として複数があがっており、そのなかの「あいつ」の場合を仮定して、推理している。 <575> ~にする・~とする/-くする AをBにする:A→Bへと変化させる意志が働くが、結果は未定の状態。 AをBとする:A=Bへと変化した結果を固定し永続させる意志が働く。 接続 名詞 + に / と + する 形容詞 - く + する ナ系状態名詞 + に + する ト系状態名詞 + と + する / なる 未完文「-る/ーい/~た/~だ」 + とする ▶巻末「状態名詞」「文/文の種類」「文体」を参照 ▶巻頭「凡例/接続の表記」を参照 形態 「形容詞 - く + する」は「名詞 + にする」に相当するが、活用の関係から「~に/と + する」という形態が存在しない。 「ナ系状態名詞 + にする」も「名詞 + にする」に相当し、活用の関係から「~とする」という形態が存在しない。 「ト系状態名詞 + と + する/なる」も「名詞 + にする」に相当し、再変化の可能性のある状態の一時的变化しか表さない。形態的には永続的变化を表しているように見えるが、活用の関係から「~に + する/なる」という形態が存在しないだけである。 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/~から・~ので」の「接続」を参照 「未完文 + とする」の〈未完文〉とは、〈非敬体〉の〈述べ立て文〉〈情意表出文〉のうち、独立した文の文末にしか使われない「~だろう・~(よ)う・~まい・~たらなあ」などを除いた文である。 互換性 「名詞 + に/と + する」の両者は、必ずしも「~にする」は「~とする」に置き換わらないが、一部の場合を除けば「~とする」は「~にする」と置き換わる。「ト系状態名詞 + とする」のうち、ごく一部が「~となる」に置き換わる。 ▶本文 3.6. 「順接確定条件/目的/~には・~のに/基準 + に・と」を参照 置換 [例] ねえ、部屋の壁紙、気分を変えるためにも、明るい色のにしない? 「AをBとする」に置き換えると、次のように不自然になる。 *ねえ、部屋の壁紙、気分を変えるためにも、明るい色のとしない? 次の例も、すべて「AをBとする」に置き換え不能。 どれ + に/×と + しようかな。ええーと、困ったな。ん? じゃ、それ + に/×と + する。何 + に/×と + なさいますか。よろしければ、こちら + に/×と + なさいませんか? 今度のミーティングのことですけど、今月末 + に/×と + しませんか。 ロミオ役は誰 + に/×と + したか聞いたけど、ジュリエット、誰 + に/×と + するの。何時から何時まで + に/×と + しますか? 朝の 10 時から午後3時ですか。 ネクタイ、いくらの + に/×と + するの? 1000 円の? それとも1万円の? ちょっと見せて。この答え、どっち + に/×と + してるの? Aなの? Bなの? 出前、これだけ + に/×と + しておくの? もっとほしいものはないのね? お父さんが電話してるんだから、ちょっと静か + に/×と + しなさいよ。 それ、後ろからは、よく見えません。もう少し大きくしてください。 <576> 用例 次の例は、すべて置き換え可能。 〈基準時現在未実現〉「AがBにする」の場合 お隣からもらったこの犬の名前、シロ + に/と + するけど、いいかな。 じゃ、亡くなった兄の子ども、引きとって養子 + に/と + するかい。 あとで気に入らないって文句は言わないな。じゃ、その色 + に/と + しよう。協議の結果、田中氏を当会の会長 + に/と + します。ご意見はありませんか。今回の失敗を今後の戒め + に/と + して、努力を重ねてください。今度の人事異動、どうやら佐藤さんを部長 + に/と + するらしいよ。 〈基準時現在以前既実現〉「AをBに+している/した」の場合 彼女は、聖書の言葉を座右の銘 + に/と + しています。 子どもは、先生の書いたものをお手本 + に/と + して、習字の練習をしている。 脳梗塞を恵って以来、父は、朝夕の散歩を日課 + に/と + しています。 我が校では、科目にかかわらず、39 点以下を不合格 + に/と + しています。 当研究所は、遺伝子組み換え技術の改良を、当面の課題 + に/と + しています。 老夫婦は、その子を「かぐや姫」と呼んで、養女 + に/と + いたしました。 あれこれと相談した結果、彼らはスミス氏を委員会の会長 + に/と + しました。 使い分け Aが「人間/もの/状態(Aは状況から判断できれば省略可)」で、Bが「名前/もの/状態/制度としての職務や段階など」となる〈基準時現在未実現〉の「人がAをBにする」と「人がAをBとする」は、AからBへの変化が「個人や内輪で処理のできる決定」であれば互換性がある。 しかし「あれかこれか」という選択や、また「これはどうか」といった提案を表す場合は、前者の「AをBにする」から「AをBとする」へは変換できない。 「〜にする」と「〜とする」の違いは、基本的に、次のようになる。 ~にする:変更の可能性がある「選択/提案/決心/決意/決定」など ~とする:変更のできない「相談結果/最終結論/指導者の決定」など つまり、選択のほかに、提案の「~にしないか」が使われたもの、また未決定の「疑問詞+にする?」は、置き換えることができないが、決定を表す場合や、また「~にしよう+(か)」などが使われ、提案と同時に「決意/決定」を表す場合は、置き換わる。置き換え可能な場合、提案段階を示す「~にする」が、決定段階を示す「~とする」に変化するが、前者が誰の発言であってもかまわないのに対して、後者は「家長/上司/先生/議長」といった最も「発言権/決定権」の強い者による最終結論を表すことになる。例えば「田中氏を当会の会長にします。ご意見はありませんか」を、最終決定の「会長とします」にかえると、たとえ「ご意見はありませんか」と提案していても、議長は「反対/異議/動議」を求めているのではなく、ただ「ご意見はありませんね」と「同意」を求めているにすぎなくなる。 「今回の失敗を今後の戒めにして、努力を重ねてください」は、忠告として「戒め」にすることを勧めているが、これを「戒めとして」にすると、勧告または命令に変わる。 <577> 「今度の人事異動、佐藤さんを部長にするらしいよ」は、ただの噂で、部長になるかどうか不確定な段階を示しているが、これを「部長とするらしいよ」にすると、上層部での内定を耳にしたことになる。 しかし〈基準時現在以前既実現〉の「人がAをBにしている/人がAをBにした」の場合、話し手に変化結果を再変化させようという意志がない限りは、互換性がある。 長年住み慣れた土地を古里 + に/と + して、彼はついに国には帰らなかった。 この例の「彼」が、すでに「住み慣れた土地に骨を埋めた」のであれば、むしろ「古里として」の方がふさわしい。これが「古里にして」では、生まれ故郷に未練を残し、何かの事情で帰れなかったといった響きになる。 移り住んだばかりのころなら、国には帰るまいと決意して「この土地を古里にして、死ぬまで頑張ろう」となるであろうが、こうした場合でも、決意の強さや潔さを示すなら、やはり「古里として」の方がふさわしい。 互換性のある場合「決定/結論/結果」が、長期にわたって継続、または永続するであろうという確信が、話し手に強くなればなるほど「〜とする」が使われるようになるが、この点は「使い分け①」の「〜に/と + なる」の場合と同じである。 使い分けワンポイント ④ 選択の「~にする」と決定の「~とする」 「議長/食事/旅行/試験/販売価格/果物、誰/何/どこ/いつ/いくら/どれ+にする?」など「疑問詞+にする?」は、話し手が「選択を相手に委ねたい/自分の考えを言いたくない/相手の意見を聞いてから決めたい」といったことを考えている場合に、よく使われる。 これに対して、聞かれた方は「議長/食事/旅行/試験/販売価格 + は、佐藤さん/中華料理/京都/来週/一万円 + に + するか/しようよ/しようか」などと答えることになるが、これらはすべて「選択/提案」を表している。しかし聞き手が同意すると確信しているか、最終決定権をもっている人なら、これを「〜と + するか/しようよ/しようか」にして、聞き手に同意を求める「提案/決定」にかえることができる。 「こちらにします/そっちにしようよ」などは「選択/提案」しか示さないので、決定を示す「~とする」には置き換えることができない。 さあ、これで仕事も一段落したし、昼ご飯 + に/と + するか(↑)。 ▶巻末「話し手と聞き手/独り言」「文/聞き手志向」を参照 この例は、その場にいる親しい目下への提案であるが、イントネーションを下降(↓)させると〈独り言〉になり、その場に誰もいない場合は、自分に問いかけて、自分で納得しているだけなので、子どもが使うと奇妙なものになるが、成人であれば、誰の〈独り言〉であってもよく、また、自分に命令するだけなので、遠慮なく「~とする」に置き換えることができる。 しかし「昼ご飯とするか」が、その場にいる人に向けられる〈聞き手志向〉の〈独り言〉の場合は、リーダーの発言となって命令を表し、聞き手は話し手の意向を理解して納得し、それに従うよりほかない。 ニュースキャスター:明日のお天気、どうしましょう。 <578> 気象庁の人:ええーと、この空の様子だと、そうですね、雪にしてください。 ニュースキャスター:そうですか。じゃ、明日のお天気、雪とします。 (ニュースで)明日は雪となるでしょう。 また、上のような「選択/決定」を表す会話では、人力の及ばない自然現象であっても「~に/と+する」を使うことができる。 使い分けワンポイント ⑤「~にする」と「~とする」の互換性 「AをBにする」は、再変化や変更の可能性を考慮に入れた「選択/提案/決心/決意/決定」などを表す場合に使われ、一方「AをBとする」は、再変化や変更の可能性のない「最終的な+決定/結論/結果」などを表す場合に使われるので、互換性があるのは、再変化や変更の可能性のある「決定/結論/結果」などの場合である。 「~にする」から「~とする」へ変換して、話し言葉から書き言葉に変わるのは「~に/~と+なる」の場合と同じであるが、継続して「繰り返す事柄/個人的な習慣」や「公の決定/規則」などを表す「~とする」は、話し言葉でも常用される。 ▶本節「使い分け①/『~になる』と『~となる』の互換性」を参照 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/基準 + に・と」を参照 「~にする」と「~とする」の互換性についてまとめてみると、次のようになる。 1.A=人間/もの/状態 1. A = 人間 / もの / 状態 B = 名前 / もの / 状態 / 制度としての職務や段階など 〈基準時現在未実現〉:人がAをBにする 選択や提案の場合は変換できない 〈基準時現在以前既実現〉:人がAをBに+している/した 基本的に変換可能 しばらくマネキンをモデル + に/×と + して、デッサンの練習をしている。 この試合に限り、友だちのアドバイスを、精神面での参考 + に/×と + した。 旅先で買ってきた土産を、この夏の間だけ部屋の飾り + に/×と + している。 上の例は、話し手に再変化させる意志があるので、変換できない。 2. 疑問詞 + に + する/している/した 変化の結果が「未定/不定」なので、変換不能 3. 生涯にわたって変化しない事柄:変換不能 3. 生涯にわたって変化しない事柄:変 彼は、かの地を終の棲家 + と/×に + している。 あの作家は、今、書いている作品をライフワーク + と/×に + している。 彼女は生涯にわたって、ホームにおける老人の世話を天職 + と/×に + した。 昨日出会ったあの人を、人生の師 + と/×に + した。 4. 制度化された「規則/決定/憲法/法律/宣告/判決」など:変換不能 当病院では、すべての重病人は、誰であれ、面会謝絶 + と/×に + する。 前文の趣旨にのっとり、当会を運営する理事の任期を 4 年 + と/×に + する。 二度と戦争を起こさせないために、戦争放棄を憲法の条項 + と/×に + する。 本法廷の被告に対する判決は、実刑 3 年、執行猶予 2 年 + と/×に + する。 <579> ▶本節「使い分け⑪/~こととする・~ものとする」を参照 「~にする」は「理事の任期を何年にするのか、2年にするのか4年にするのか」といった協議中の場合は使われるが、協議後の決定が制定化し、明文化された文書になれば「~とする」しか使うことができない。 この「~とする」が表しているものは、建前としては、みんなで決めた事柄ではあろうが、それに関わる人々に対して拘束力を発揮する命令であり、個人の選択といったものを超越している存在で、変化結果を固定永続させる「~とする」の意志が最大限に生かされた表現である。 5.饭定や比喻:变换不能 仮に彼を真犯人 + と /×に + する。とすると、この時間、どこにいたんだ。 定数 P、Q を、それぞれ 5、3 + と /×に + する。この場合、次の式の値はいくらか。 それからの半生、彼は現世を仮の住まい + と /×に + して、仏道に専念した。 しなやかの性格の彼女は、人生を旅 + と /×に + して生きているかにみえる。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~とすれば・~とすると」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/基準 + に・と」を参照 ▶本節「使い分け⑧⑪/~ことにする/~こととする」を参照 「AをBとする」が「A=B」を表し、Aを基準にして「Bと見なす」といった場合も「AをBにする」に置き換えることができない。 6.未完文「-る/ーい/~た/~だ」+とする:仮定を表すので変換不能 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件」の次を参照「~とするなら・~としたら・~とすれば・~とすると」 今ここで地震が起こった + と/×に + します。さあ、どうしますか。 彼が実際に司会する + と/×に + します。それでうまくいくと思いますか。 あの人がひどく醜くて貧しい + と/×に + します。それでも結婚しますか。 わかった。仮に現代は不幸な時代 + と/×に + しよう。それでどうだって? 森林の消えていく原因が酸性雨 + と/×に + したら、手の施しようがないよ。 「未完文 + とする」は、このままでも仮定をあらわすが、順接条件の「~なら/~たら/~ば/~と」と結びついて、順接仮定条件になる傾向が強い。 7.一部のト系状態名詞+とする 社長にあんな口のきき方をするなんて、啞然と + して/なって + しまったよ。あまりにも想像を絶する話に、杲然と + して/なって + しまった。不合格という予想だにしなかった結果に、思わず愕然と + した/なった。愛する人の腕に抱かれていれば、誰しも恍惚と + する/なる + ものだ。美しい音楽を聴いていて、いつしか陶然と + して/なって + いた。風邪気味だったが、少し昼寝をしたからか、頭がすきっと + した/なった。朝の山上の清々しい空気に、寝ぼけた体がしゃきっと + した/なった。思いきって頼んだが、あっさり断られ、しゅんと + して/なって + しまった。 変化自動詞として機能する「ト系状態名詞/擬声語/擬態語など+とする」が、上のような話し手の「心理状態」を表す場合、ごく一部のものが「~となる」と置き換わ <580> ることがある。 「~とする」が、変化したあとの「静的」な心理状態を表し、その状態がしばらく続く場合に用いられ、これに対して「~となる」は、変化の一瞬をとらえた「動的」な心理描写になり、その状態が尾を引くのかどうかは問題にしていない。 ただ「堂々/泰然/平然/燦然/しっかり/がたがた/ちゃん+とする」などは、客観的な「性質/状態」や、他者の「様子/態度」を表して「~となる」に置き換わらない。 この場合、例えば「彼は泰然としている」は、話し手の観察した態度「泰然としているように見える」を表しているだけなので、観察された本人が、本当に「泰然としている」のかどうかは不明で、もしかすると「戦々恐々としている」のかもしれない。 泰然とした見かけとは異なり、彼は内心、戦々恐々と + していた/なっていた。 両者を比べると「戦々恐々としている」のほうが、心理状態をニュートラルに描写しているが、これを「戦々恐々となっている」にかえると、ダイナミックな心理変化を起こしたことを表すので、話し手の感情「驚き/意外」をともなう評価がプラスされる。 使い分けワンポイント ⑥「~に/~と + なる/する」関係図 ある対象Aが人間の意志に従ってBに変化する「Aが+B+~に/~と/-く+なる」のであれば、変化させるほうは「Aを+B+~に/~と/-く+する」で表すことができるので、動詞「なる」と「する」は〈一対の自他動詞〉である。 ▶ 卷末「動詞/一対の自他動詞」を参照 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/基準+に・と」を参照 仮にBを名詞として、〈一对の自他動詞〉「AがB + に/と + なる」と「AをB + に/と + する」の4つの抽象的な関係を示すと、およそ次のようになる。 ~に「A→B」 〈AをBにする〉 選択/提案 決定の瞬間 〈AがBになる〉 再変化/将来の予定達成の瞬間 「意志変化/原因」+する 〈AをBとする〉 + なる「自然変化/結果」 最終決定/命令 制定化/規則化 〈AがBとなる〉 結末/大予言 仮定/比喻/恒等式 結果の永続/慣習 結果報告 ~と「A=B」 使い分けワンポイント 水は液体であるが、100℃になると、気体に変化する + こと/よう + になる。リンゴは枝を離れると、地面に向かって落ちる + こと/よう + になる。勢力の弱い低気圧になれば、台風は、北上する + こと/よう + になる。 <581> 営業努力で、今年の年商は10億円を超える+こと/よう+になった。 就職しないって?じゃ、大学院に行ける+こと/よう+になったの? 交渉の結果、6時以降の残業が認められる+こと/よう+になった。 来年4月から、系列会社へは、出向しない+こと/よう+になったよ。 みんなで話し合った結果、被災地への義捐金は、ひとり2千円ずつ出すこと/よう+になりましたので、よろしくお願いします。 来週から経費節減のため、コピーをとるときは、コピーする理由と、コピー用紙の枚数とを申請する+こと/よう+になるそうですよ。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~ように」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~ようだ」を参照 「- る/動詞ない + ことになる」も「- る/動詞ない + ようになる」も、話し手や聞き手の考えや気持ちとは何の関係もない、はるか上のほうで決められたこと、すなわち「自然の損理や法則/必然的な成り行き/経験や常識などから導き出された帰納的結論/上からの命令/会議や協議などでの決定」といったものを表す。 両者の違いを示せば、前者「~ことになる」は「水は100度以上になるとどうなるか/リンゴは枝を離れると地面に向かって落ちるかどうか/台風は北上するかしないか/今年の年商は10億円を超えるか/就職しないってどういうことか/6時以降の残業を認めるか認めないか/系列会社に出向するかしないか/義捐金はひとりいくらにするか/コピーをとるのを申請するかしないか」といった問いに対する答えになっており、その答えが「法則/必然の帰結/上からの決定」などであることを示している。 しかし、後者「~ようになる」は「水は液体である/リンゴはまだ落ちていない/台風は北上していなかった/去年までは10億を越えなかった/大学院に行けないはずだった/6時以降の残業を認めない/系列会社に出向している/義捐金は出さない/コピーをとるのに申請しない」といった状態から、それとはまったく異なる別の状態へと変化が起こったり、それとはまったく反対の決定が行われたりすることを表している。 10%の食塩水 100 g を、20%の食塩水にするには、50 g の水を蒸発させなければならない + こと/×よう + になる。 来月の誕生日で、いよいよ定年退職する + こと/×よう + になった。 今年は、うちの娘も、小学校へあがる + こと/×よう + になった。 →いつの間にか、うちの娘も、小学校へあがる + こと/よう + になった。 あらかじめ「法則/規則」として決まっている、上のような「食塩水の濃度/定年退職/小学校入学」の場合、たとえ変化を表していても、それまで「蒸発させる水が60 g」だったのが、今回は「50 g」になったという変化が起こっているわけでも、それまでは「来年度末に定年/来年度の入学」だったのが、なぜか「来月の誕生日に定年/今年度の入学」に変更といった決定を表しているわけでもないので「~ようになる」を使うことができない。 ただ、娘の成長の早さを実感した「いつの間にか」が、突然「今年四月から小学校へ行け」と知らされた親の気持ちを表しているのなら、むしろ「~ようになる」のほうがぴったりする。 両者の違いをまとめると、次頁のようになる。 <582> 動詞-る+ことになる:上からの決定「自然の法則/必然の帰結/命令」を表す 動詞-る+ようになる:それまでと異なる「変化/決定/傾向/習慣」が生じる 「上からの決定」を表さない「~ようになる」は「~ことになる」と互換性がない。毎日の練習で、やっとチームが団結する + よう/×こと + になった。 どうしたことか、無口だった子が、よくしゃべる + よう/×こと + になった。 リハビリのおかげで、ようやくひとりで歩ける + よう/×こと + になりました。 いつごろからか人の目を盗んで、万引きや泥棒を働く + よう/×こと + になった。 このごろおじいちゃん、ちょっとばれる + よう/×こと + になったと思わない? 学校でいじめに遭ったのか →クラスでいじめに いくら運転 →クラスでいじめに、 いくら運動してダイエットしても、やせない+よう/×こと+になつちやつたの。 →いくら運動してダイエットしても、やせなくなっちゃつたの。 上の例は、もとの「不可能/可能/プラス/マイナス」といった状態に、ある変化が起こって「可能/不可能/マイナス/プラス」といった「傾向/習慣/性癖/状態」が、新たに生じたことを表している。 最後2例の「A+ないようになる/なくなる」は、どちらも「A」から「Aではない」状態になったことを表しているが、前者は「傾向」を表しているので、ときには「登校する日もある/やせた気がすることもある」といった響きがあるのに対して、後者は全面否定で、まったく「登校しない/やせない」状態になったことを表している。 朝ジョギングを始めたせいか、夜ぐっすり眠れるようになりましたよ。 うちの子、いくらのんびり屋でも、やっと受験を意識するようになったらしくて、夜遅くまで勉強するようになったのよ。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~ようだ・~みたいだ』の使い方」を参照 ▶巻末「動詞の種類/変化自動詞」を参照 「~ようになる」の「~ようだ」には「希望」を表す使い方があり、この意味が重なって「不可能/マイナス」の状態から「可能/プラス」の状態への変化、つまり「話し手の期待の達成」といったことを表すのに多用されるが、ときに「可能/プラス」から「不可能/マイナス」への変化にも使われるので、この「動詞-る + ようになる」全体を、ひとつの変化自動詞としてとらえておくと理解しやすい。 特に「非変化動詞-る + ようになる」は〈非変化動詞〉を〈変化自動詞〉にかえる働きがある。 経営者側と交渉し、6時以降の残業を認めさせる + こと/よう + にする。 来年4月から、系列会社へは、出向しない + こと/よう + にしたよ。 みんなで話し合った結果、被災地への義捐金は、ひとり2千円ずつ出す + こと/よう + にしましたので、よろしくお願いします。 来週から経費節減のため、コピーをとるときは、コピーする理由と、コピー用紙の枚数とを申請する + こと/よう + にするそうですよ。 ▶本文36「順接確定条件/目的/~ように」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~ように」を参照 <583> ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~ようだ」を参照 「- る/動詞ない + こと/よう + になる」と「- る/動詞ない + こと/よう + にする」は、それぞれ〈一对の自他動詞〉となっているので、前者が「受身的結果的可能的状態」という自動詞の特徴を備えた「自然変化」を表すのに対して、後者は「使役的原因的能動的動作」という他動詞の特徴を備えた「意志変化」を表し、話し手など当事者の意志が前面に押しだされる。 上の例では、話し手を含む労働者側が経営者側に「6時以降の残業を認めさせる」決意をし、話し手が「出向しない」という決定を行ない、話し手がみんなの意見をとりまとめて「義捐金をひとり2千円にした」と報告している。 「コピー」の例は、上層部の「申請することを決めた」という意思決定を、伝聞の形で話し手が聞き手に伝えているところである。 当事者の意志を表す場合、他動詞「-る/動詞ない+ことにする」と「-る/動詞ない+ようにする」の違いは、自動詞「-る/動詞ない+ことになる」と「-る/動詞ない+ようになる」の違いに対応している。ただ、次のような例は自動詞と対応していない。 コピーをするときは、その理由と枚数を申請する + こと/×よう + にして、果たしてそれで、本当に経費節減になるのでしょうか。 わかった、こうすれば社長だって、休暇をくれるよ。つまりだな、来週の初めに、お母さんが田舎から出てくる +(という)こと/×よう + にするんだ。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~たら/~とすれば」を参照 上の2例は「仮定」を表し、状況を変化させる意志を表していないので、意志変化に使われる「-る/動詞ない+ようにする」には置き換わらない。 上の例をパラフレーズすると「申請したら経費節減になるのか/うそでも『母が田舎から出てくる』といったら休暇がもらえる」になり、この場合の「A+ことにする」が表している「仮定」というのは、A「申請する/出てくる」が「決定」したという前提にたった仮定条件であり、ある決まった目的「経費節減/休暇をもらう」を達成するための具体的で個別的な仮定条件で、話し手の確信を示す確定条件に近いものである。 コピーの理由と枚数を申請するとして、それで経費節減になりますか。 ▶本節「使い分け⑤/『~にする』と『~とする』の互換性/6」を参照 来週の初めに、お母さんが田舎から出てくるとするんだ。そうすれば社長だって休暇をくれるんじゃない? 「A + ことにする」に対して、上のような一般的な「仮定/仮想」を表す「未完文A + とする」は、パラフレーズすると「申請するとすれば経費節減になるのか/うそでも『母が田舎から出てくる』といったとすれば休暇がもらえるかもしれない」になり、Aに「決定」したという前提は含まれていないし、話し手の確信も示されていない。両者の違いをまとめると、次のようになる。 動詞-る+ことにする:ある目的のために「決定/仮定」を行ったことを表す 動詞-る+ようにする:それまでとは逆の「方針/傾向/習慣/状態」にする <584> 「動詞A + ようにする」には、他者に働きかけるという使い方があるので、次のように紛らわしくなることがある。 無口な子に、話しかけて、おしゃべりするようにする。 →(私が) 話しかけて、(私が) おしゃべりする + よう/こと + にする。 →話しかけて (無口な子が) おしゃべりする + よう/×こと + に (私が) する。 リハビリして、一人で歩けるようにする。 →(私が) リハビリして、一人で歩ける + よう/×こと + にする。 →(私が) リハビリして、一人で歩く + よう/こと + にする。 →リハビリして、(患者が) 一人で歩ける + よう/×こと + に(私が) する。 →リハビリして、(患者が) 一人で歩く + よう/×こと + に(私が) する。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/働きかけの『~ように』と主格の不一致」を参照 「Pが+動詞A/歩く+ように+Qが+する」は、PとQ「私」が一致する「私が歩くようにする」場合、PつまりQ「私」の決意を表す。一方、P「患者」とQ「私」が一致しない「患者が歩くように私がする」場合、PがAをして、それまでの「習慣/状態」をかえる方向に、Qが働きかける、つまり「QがPにAをさせる」ことを表す。そして「~ことにする」が使えるのは、PとQが一致する場合である。 →患者/私 + は歩くことにした。(患者/話し手 + の決意) →無口な子におしゃべりさせる + こと/よう + にする。(話し手の + 決意/働きかけ) 残業を認めることにする。(経営者の決定) 残業を認めるようにする。(経営者の方針転換/話し手の経営者への働きかけ) →残業を認めさせるようにする。(話し手労働者側の決意 + 経営者への働きかけ) 出向しないようにしたよ。(話し手の方針転換/他者への働きかけ) →出向させないようにしたよ。(話し手の決意 + 他者への働きかけ) 母が偏食せずに食べるようにしたので、何でも食べるようになった。 =偏食せずに食べるように (母が) したので、(私は) 何でも食べるようになった。 →母が (私に) 偏食せずに食べさせるようにしたので、何でも食べるようになった。 →母が偏食しないように食べさせ (てくれ) たので、何でも食べるようになった。 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/~てくれる/『~てくれる』脱落エラー」を参照 P と Q が一致しない場合、紛らわしさを避けるために、上のように A を使役形にする。最後の例は「~てくれる」のあるほうが、話し手の感謝の気持ちが現れて、明確になる。他者への働きかけを表す「動詞 - る + ようにする」は、いわば〈変化自動詞〉「動詞 + ようになる」に対応する〈変化他動詞〉と考えると、理解しやすいかもしれない。 使い分けワンポイント ⑨ ~ことになっている・~ようになっている/ ~ことにしている・~ようにしている 明日は、万里の長城へ行く + こと/×よう + になっておりますので、朝の6時に、ホテル1階のロビーまで、お集まりいただきます。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ていただきます」を参照 今回は面接だけで、筆記試験はしない + こと/×よう + になっている。 今回の筆記試験は、第二教室で行なう + こと/よう + になっている。 スケジュールでは、明日、東京へ行く + こと/よう + になっておりますが、ご予定に変 <585> 日本では、家に入るとき、靴を脱ぐ + こと/よう + になっています。 当店は外税なので、消費税をいただく + こと/よう + になっています。 病気などで休む場合は、事前に連絡する + こと/よう + になっている。 あのう、ここではタバコを吸わない + こと/よう + になっておりますが。 当浴場では、事故の責任は負わない + こと/※よう + になっています。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~ようだ」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~ように」を参照 「-る/動詞ない + こと/よう + になっている」は、それぞれ「使い分け⑦」の「-る/動詞ない + こと/よう + になった」結果が、現在でも影響を及ぼしていることを表しているが、両者の違いをまとめると、次のように使われる。 動詞-る+ことになっている:変更不能な予定/規則や法律/生活習慣/慣習動詞-る+ようになっている:変更可能な予定/規則などを守ることへの期待 つまり「動詞 + ことになっている」は、もとの「動詞 + ことになる」で決められた「方針/任務」などが、そのまま「固定/永続」化して「決まり/規則」となり、人を拘束する力のあることを表している。 「~ようになっている」のほうは、もとの変化自動詞「~ようになる」の「以前とは正反対になる変化」という意味が消えて、変化後の状態を表し、これに希望を表す「~ように」が前面にでて、聞き手への期待「そういう決まりになっているから守ってほしい」といった意味を表している。 聞き手への期待が響き合えば互換性はあるが、あとの「使い分け $ ^{③} $」で述べる「名詞/動詞+ということになっている」など、命令になると「~ように」に置き換えることができない。 毎朝1時間、近くの公園をジョギングする + こと/よう + にしている。 眠れなくなるので、夜コーヒーを飲まない + こと/よう + にしている。 トイレの電気の消し忘れは、罰金をとる + こと/よう + にしている。 審判に抗議する選手は、即刻退場させる + こと/よう + にしている。 審判に抗議する選手は、即刻退場という + こと/※よう + にしている。 =審判に抗議する選手は、即刻退場させる + こと/もの + とする。 ▶本文 1.3.「主題/例示/AというA'」を参照 「-る/動詞ない+こと/よう+になっている」と「-る/動詞ない+こと/よう+にしている」は、それぞれ〈一対の自他動詞〉なので、話し手などの意志が前面に押しだされ、後者の違いをまとめると、次のように使われる。 動詞-る+ことにしている:自分(たち)で決めて実行をしている習慣や規則動詞-る+ようにしている:自分(たち)で決めて目標としている習慣や規則 人間が決めたことは、100%守られるどころか、多くは「三日坊主」になるものなので、 <586> 6.1. 変化の表現/A→B 互換性がないのは「名詞 + ということにしている」の場合だけである。これは「名詞 + という + こと」が「A + という + A'」を表して、あとの「A'/こと」が、まえの名詞「A」を含んで「A⊂A」という関係にあり、上の例では「即刻退場ここと/ルール/規則」を示しているからである。 使い分けワンポイント ⑩「~こと/~よう+に+なる/する」のまとめ 「- る/動詞ない + こと/よう + に + なる/なっている」と「- る/動詞ない + こと/よう + に + する/している」の8つをまとめてみると、次のようになる。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/基準 + に・と」を参照 〈動詞-る+〉 ことに「事実」 〈~ことにする〉 自ら下した決定自ら立てた仮定 〈~ことにしている〉 自ら実行している習慣や規則+する/しているーーー〈~ことになる〉 上からの決定 必然的帰結 〈~ようにする〉 以前とは反対方向への意志変化他者への働きかけ〈~ことになっている〉変更不能な予定/社会習慣や掟 〈~ようにしている〉 努力目標としている習慣や規則 + なる/なっている 〈~ようになる〉 以前とは反対方向への自然変化変化自動詞 〈~ようになっている〉 変更可能な予定/規則遵守への期待 ように「期待」 使い分けワンポイント ⑪~こととする・~ものとする/~こと・~ように/~こととなる 遠足には、弁当と飲み物以外は、何も持ってこないこと + (とする) / にしよう。 体育館では、靴を脱いで、体育館シューズにはきかえること (とする)。 病気で休むときは、当日の朝までに連絡をする + こと/もの + とする。 残業は、一週間につき 15 時間以上は認めない + こと/もの + とする。 中間管理者は、高校以上の学歴を有する + こと/もの + とする。 勤務中は、指定された制服、制帽を着用する + こと/もの + とし、これに違反する者は、 規則によって処罰される + もの/×こと + とする。 本契約書に記載されたすべての事項は、甲乙双方が署名擦印した時点より、効力を有する + もの/×こと + とする。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ものだ・~ことだ」を参照 「-る/動詞ない+こと+と+する」は、守るべき指示を記した「就業規則/校則」などで多く使われる硬い書き言葉である。 <587> 「使い分け⑧」に示した、決心や決意といった個人的レベルの「-る/動詞ない+こと+に+する」が、ただ「~に」が「~と」に入れかわっただけで、個人に対する拘束力をもつものに変化してしまうので、形態的には互換性はあっても、意味の上では互換性は存在しない。 「-る/動詞ない+ものとする」は、合意に達した双方によって交わされる「契約書/協議書/覚書」などで多用される硬い書き言葉である。 「スカートの長さは膝下5センチ以上とする/本契約書は有効期限を一年とする」など「契約書/校則/社則/法律文書/憲法」などで使われる「名詞 + とする」が、ここでは「未完文(-る/動詞ない)+ こと/もの + とする」の形態で使われているが、両者の違いをまとめると、次のようになる。 動詞-る + こととする:上から下へ指示を与える場合の書き言葉 動詞-る + ものとする:上から下への命令/双方が守るべき契約 「~こととする」は「こと」が「出来事/事故/事件/習慣/慣習/歴史」など、人間にかかわる事実や人間の経験を表すので、いわば「人間が作った規則だから、人間が破るかもしれない」といった含みがあり、守らなかったところで、ひどい罰則があるわけでもない。しかし「~ものとする」は、人間を超越して人間を支配する存在「もの」が使われているので、違反すると、それに見合った処罰が下される。 ▶本文 5.2. 「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~をものともせず(に)」を参照 「~こととする」は、生徒父兄への「学級通信」や、社内や町内の「揭示板/回覧板」など、臨時の「お知らせ」といった書き言葉では、指示を和らげるために、文末の「~とする」のない形がよく使われるが、この省略用法は、学校や会社などのホームルームや朝礼、ミーティングや会議などでのフォーマルな口頭指示としても使われることが多い。 遠足には、弁当と飲み物以外は、何も持ってこない + こと/ように。 体育館では、体育館シューズにはきかえる + こと/ように (すること)。 病気で休むときは、当日の朝までに連絡をする + こと/ように。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~ように」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~ようだ」を参照 「お知らせ」や口頭指示に使われる「~こと」を「~ように(すること)」にかえると、カジュアルな口頭指示になり、例えば前者が「何も持ってくるなよ、わかった+か/な」と命令しているのに対し、後者は「何も持ってくるなよ、いいね/約束だよ/頼んだよ」といった響きになる。ただ通常「~ように(すること)」の「~すること」は省略される。いずれの場合でも「~と/~に+する」が使われて、誰が「指示/命令/契約/約束」の実行者であるかが明らかにされている。 遠足には、弁当と飲み物以外は、何も持ってこないことになっている。 しかし、「使い分け⑨」で述べた「~ことになっている」は、規則を表してはいても、直接、指示を与える者は「~になる」の陰に隠れてしまっているので、強制力が弱まって、上の文を読んだ人は「ああ、そうなのか」といって、お金やゲームを持ってくるかもしれない。ただ、口頭で言われると、話し手より上位者の命令ということが明らかな <588> ので、場合によっては、効果があるかもしれない。 やっと転居先が見つかって、来月の初めには引っ越すこととなった。 数々の行き違いはあったが、ふたりはついに結ばれることとなった。 「~こと + とする/になっている」があるので、当然「~こと + と + なる/×なっている/×している」があるはずであるが、存在しているのは、上のような「名詞 + となる」と同じ「結末」を表す「~こととなった」だけである。 しかし、あとの2つ「×~こと+と+なって/して+いる」は、すでに「~こと+に+なって/して+いる」が「規則/慣習/個人的習慣」を表し、後者の再変化「A→B」を表す「~に」が、事実の「~こと」と、変化後の状態持続を表す「~ている」にはさまれて、変化の固定化「A=B」を表す「~と」と同じ役割を果たしているので、前者の「~こと+と~」の存在理由がなくなっている。 また「×~ものとなる」は、もし存在するとすれば、超越的な「もの」が、単なる人を表す「者」にかわり、例えば「彼はいずれ成功して、世の中をあっと言わせる者となるだろう」といった「名詞 + となる」にすぎない使われ方はするかもしれない。 使い分けワンポイント 「~こと/~もの+と+する」のまとめ 「-る/動詞ない+こと/もの+とする」をまとめてみると、次のようになる。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/基準+に・と」を参照 〈-る+こと/もの+と+〉 ーる 〈~こととする〉聞き手への指示〈~ものとする〉上から下への命令契約における合意〈~こととなる〉事態の結末〈※~ものとなる〉→〈~者となる〉ある人の結末 する 〈×~こととしている〉→〈~ことにしている〉〈×~ものとしている〉 十なる 〈×~こととなっている〉→〈~ことになっている〉〈※~ものとなっている〉 ~ている 使い分けワンポイント ⑬~ということになる・~ということになっている え、また帰国するって?これで今年3度目の帰国ってことになるじゃないか。アリバイがあるということは、犯人じゃないということになりますね。 子どもたちは?田舎のおばあちゃんとこに行ったのか。じゃ、うちんなか、ここ当分は静かだってこと(になるん)だな。 これ、誰の写真?本当ですか?それじゃ、昔はおきれいだった+ということ(になるの)ですか/(という)ことになるのですか。 <589> そうですか。この辺りは都心よりも高いということ (になるの) ですね。 つまり何ですね、この機種のほうが、性能はよかった (という) ことになるわけですね。バカだったな、もう少し調べてから買うんだったな。 まだ試算だが、今年の年商は 10 億円を超える (という) ことになるよ。 就職しないの? じゃ、大学院に行ける (という) ことになったの? 合格したって? 本当かい。すごく勉強したってこと (になるの) かな。 何だよ、このメール。これって「死ね/殺す/死のう」ってことになるの? ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/对比/~という」を参照接続:すべての文 + という/って + ことに + なる/なっている形態:話し言葉〈非敬体〉では「~って」が多用される「-る/~た」の場合「+ という +」は省略可能 「~ということになる」は、形式的な名詞「こと」が「結果」を表しているので、通常「それでは/ということは/つまり」といった言葉に呼応して使われ、帰納的に導き出された結論、または推論によって得た必然的な帰結を表すが、ほぼ同じ意味をもつ「~ことになる」が動詞にしか使えなかったのに対して、すべての文を受けることができる。 また、動詞の場合は「~という」が省略されるが、(状態)名詞や形容詞は「た形」の場合を除いて省略できない。ただ省略した「使い分け⑦」の場合「-る/~た+ことになる」は、結論や帰結にまで達した「思考や推論のプロセス/心の揺れ/とまどい」が消えて、即座に結論や帰結を下した響きになる。 また帰国するって?これで今年3度目の帰国ってことだな。 つまり、この機種のほうが、性能はよかったということですね。 就職しないの?じゃ、大学院に行けるってことなの? ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~ということだ」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~ということ』の使い方」を参照 逆に、結論や帰結にまで達した「変化のプロセス/心の揺れ/ためらい」を無視して、断定的な判断だけをシャープに述べる場合は、上のように「~になる」のほうが省略されてしまう。 かわりに返事をしてくれれば、出席した (という) ことになるだろう? そんなに食べたくなきゃあ、トイレに捨てちゃえよ。わかりゃしないよ。お皿に少し骨さえ残しておけば、食べた (という) ことになるからさ。 ▶本節「使い分け $ ^{⑯} $/~たことになる」を参照 上の例も、推論によって得た必然的な帰結を表しているが、同じ結果でも、この場合は「偽装の結果」を表している。ただ「偽装」を表す場合、心の揺れがあっては「偽装」にはならないので、動詞の場合は、むしろ「~という」のないほうが自然である。 いえ、明日は、万里の長城へ行くということになっておりますが。 今回は面接だけで、筆記試験はしないということになっているんです。 そうですか? こちらの記録では全員、参加した (って) ことになってますが。 当店は、ほかのどの店よりも安いということになっているのですが。 そうですね。でも、JR って、国鉄時代は遅れないってことになってたでしょう? あの、すみません。家に入るときは、靴を脱ぐということになっておりますので。 <590> そう言われても、遅刻を3回すれば、欠席ってことになっていますよ。 そうはおっしゃっても、このいただいております履歴書によりますと、エクセルは得意だということになっているのですが。 そんな! 民間利用の原子力は安全ということになっているでしょう! 接続: -る/ーい/〜た/〜だ + という/って + ことになっている 形態:「〜た」の場合「 + という + 」は省略可能 一方「~ということになっている」は、この「こと」が、人間の言動を支配する「決まり/建前」を表しているので、通常「いいえ/でも/あの/そう言われても/そうはおっしゃっても」といった言葉に呼応し、規則に従って、聞き手の思い違いを訂正したり、考え違いをしている聞き手に、決まりや建前を思い出させたりする場合や、真っ向から意見が衝突しないように、聞き手に対し、決まりや建前をもちだして、穏便に事を運ぼうとする場合に使われる。 もちろん、公的な「建前」では、本音や例外は存在するが、さらに建前の度がすぎて私物化すると、私的な「内輪での取り決め/約束」になってしまい、次のような「偽装後の状態」を表すことにもなる。 結婚するのに、夫が万年フリーターというわけにもいかないから、両親や世間様には、一応、就職した(という)ことになっているのよ。 ごちゃごちゃ言わないで、おいしいってことになってるんだから。そうすれば、また作ってくれるでしょう?そのうち、おいしくなるわよ。 原子力?バカね。危険に決まってるじゃない。ただ必要悪とかで、安全ということになってるだけでしょう?知らなかったの? えっ?本物だということになってるのですか。いくら、お客様がお望みでも、偽の証明書を出して、あとで問題にならないでしょうか。 「偽装後の状態」を表す「~ということになっている」の場合も、動詞の場合は、むしろ「~という」のないほうが自然である。 使い分けワンポイント ⑭ ~ということにする・~ということにしている 寝言にまで言ってたのか。仕方ないな。じゃ、誕生日に、マウンテンバイク、買ってやるということにしようよ。 わかった、わかったよ。そこまで言うんだったら、行く/行った/おいしい/おいしかった/元気(だ)/病気(だ/だった)+ってことにするよ。 結婚するのに、まさか万年フリーターというわけにもいかないだろうからさ、お父さんには一応、就職するということにしておいてくれる? 糖尿病だからな。お酒は飲まないということにしているらしいよ。 お母さんがうるさいから、家に帰ると、まず宿題ということにしてるのよ。 審判に抗議する選手は、即刻退場ということにしているんです。 接続: -る/ーい/~た/~だ + という/って + ことに + する/している (注) 動詞「-る」以外は、意味が異なる。 「- る + という + ことに + する/している」は、この場合の「~こと」が「自分で下した結論」や「自分で導き出した決まり」を表し、それぞれが「使い分け⑧⑨」の「決定/習慣」を表す「-る + ことに + する/している」に対応しているので、前者が「自分で決定を下した瞬間」を表し、後者が「自分が守っている習慣や決まり」を表すこと <591> になる。 しかし、どちらも自分自身で決めた「結論/決まり」であり、また「~という」の部分に、決定までの「変化のプロセス/心の揺れ/ためらい」が反映されるので、この「結論/決まり」は、単なる「建前」となって形骸化する。 つまり前者「-る + ということにする」は、100%の決定実行を表す「-る + ことにする」とは異なり、いったん決めたことを実行しない可能性が高く、後者「-る + ということにしている」も「-る + ことにしている」とは違って、決まりや習慣が、実際には守られていない可能性が濃厚となる。そして最後には、次のような「偽りの仮定」になってしまうおそれがある。 わかった、こうすれば社長だって、休暇をくれるよ。つまりだな、来週の初めに、お母さんが田舎から出てくるということにするんだ。 海外出張するということにしよう。それなら、いくら浮かせるんだい。 とはいっても「お母さんが出てくる/海外出張する」は、〈基準時現在未実現〉を表しているので、これに「~ということにする」をつけて「偽りの仮定」にしても、まだ「お母さんが出てくる/海外出張する」可能性がゼロになっているわけではない。 結婚するのに、まざか万年フリーターというわけにもいかないだろうからさ、お父さんには一応、就職したということにしておいてくれる? せっかく作ってくれたんだから、ごちゃごちゃ言わないで、おいしいということにしておくの。そうすれば、また作ってくれるから。 原子力?バカね。危険に決まってるじゃない。ただ、みんなで安全ということにしているだけでしょう?知らなかったの? いいじゃないか、お客様が望んでらっしゃるんだから。本物だということにしておけば?そのかわり、保証書は出せないと、はっきり言えよ。 形態:「偽装」の「~た」の場合「~という」は省略が自然 ▶本節「使い分け⑰⑱/~たことにする」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~つもりだ」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想」を参照 ところが、動詞の「た形」や、動詞以外に接続した場合、いくらかは残されていた可能性がゼロになる。この場合は「使い分け $ ^{③} $」の「偽装後の状態」を表す「~ということになっている」とペアを組んで〈一対の自他動詞〉となる他動詞なので、100%「偽りの仮定/偽装」を表している。 例えば「就職した/美しい/有名だ/俳優だ」といった〈基準時現在以前既実現〉か〈基準時現在同時間帯〉となる現在の事実や、また「就職していた/美しかった/有名だった/俳優だった」といった〈基準時過去同時間帯〉となる過去の事実に「~ということにする」をつけて「偽りの仮定」にしたということは、未来における「就職する/美しい/有名だ/俳優だ」という可能性を考えていないことになるからである。 いわば、実際はそうではないのに、そうであるかのようなふりをする「~た/-い/状態名詞な/名詞の+つもりだ」と同じような意味を表している。 この〈非実現〉を表す「た形」は、例えば「彼が行ったなら、問題は起こらないのに」などの反実仮想でも使われ、あたかも「嘘」を「真」であるかのようにする役割を果たす。 <592> 6.1.変化の表現/A→B 使い分けワンポイント ⑮「〜ということ + に + なる/する」のまとめ 「〜ということ + に + なる/する」のバリエーションをまとめると、次のようになる。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~ということ』の使い方」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~という」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/基準 + に・と」を参照 〈~ということに +〉 〈~ということにする〉 - る 接続:-る 建前や仮定として結論を下した瞬間 接続:~た 偽装の瞬間 〈~ということになる〉 接続:-る/-い/~た/~だ 帰納的に導き出された結論推論による必然的な帰結 接続:~た 偽装の結果 する 十なる 〈~ということにしている〉 接続:-る 建前や仮定として 守っている習慣や決まり 接続:~た/ーい/~だ + 接続:-る/-い/~た/~だ 〈~ということになっている〉 偽りの仮定や偽装 守るべき決まり 例外をにおわす建前 接続:〜た/〜い/〜だ +偽装後の状態 ~ている (注) 接続が「~た」の偽装は、すべて「~という」の省略が可能。 使い分けワンポイント ⑯~たことになる・~たようになる/~たこととなる/ ~たことになっている・~たようになっている もし父が生きていたとすれば、今日で 100 歳になったことになる。 この分析結果が出れば、それで今回の実験研究は終わったことになる。 営業努力を重ねて、今年の年商を 10 億円まで伸ばしたことになった。 100 g あった 10%の食塩水が、20%の食塩水になったということは、50 g の水が蒸発した +(という)こと/×よう + になる。 アリバイがあったって?つまり、犯人じゃなかったことになるのか。その年のノートがないなら、その年、日記をつけなかったことになる。期末試験の成績がこれなら、今学期は、よく勉強していることになる。 接続:動詞+た/ている+ことになる ▶本節「使い分け $ ^{③} $/~ということになる」を参照 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 上の例は、〈基準時現在未実現〉の「必然の成り行き/帰結」を表す「使い分け⑦」 の「-る/動詞ない+ことになる」が、〈基準時現在以前既実現〉を表して「動詞+た/ なかった/ている/ていない+ことになる」になったものである。以下「動詞+た/ <593> なかった/ている/ていない」を「動詞+た/ている」とする。 例の「実験研究は終わったことになる」は、基準時現在では、まだ研究は終わっていないが、基準時を未来の「分析結果が出たとき」にすると、〈基準時未来以前既実現〉「すでに終わった(と見なすことができる)」を表している。 〈基準時未来〉における「必然的帰結」を表す「動詞+た/ている+ことになる」は、〈基準時現在未実現〉「ーる/動詞ない+こと/よう+になる」の場合とは異なり、もう一方の「動詞+た/ている+ようになる」とは互換性がない。 これは「動詞+た/ている+ようになる」の「~ように」が比喩を表して、いわば、次のような「偽装の結果」を表すからである。 この分析結果さえ出せば、実験研究が終わったように + なる/見える。 ここを書き換えれば、年商を 10 億まで伸ばした + よう/(という)こと + になる。 この 10%の食塩水 100 g を捨てて、別に新しく、20%の食塩水 50 g を作れば、50 g の水が蒸発した + よう/(という)こと + になるよ。 アリバイを作ることができれば、犯人じゃなかった + よう/こと + になるのか。ちょっと机だけ拭いておけば、掃除している + よう/こと + になるよ。 タイムカードを修整すると、まるで出勤した + よう/×こと + になるだろう? こっちに置けば、誰かが立っている + よう/×こと + になるでしょう? 接続:動詞+た/ている+こと/ように+になる ▶省略される「〜という」については、本節「使い分け③/〜ということになる」を参照 ▶本文7.2.「比較・比喩・比例/比喩/『〜ようだ/〜みたいだ」を使った比喩」を参照 「偽装の結果」を表す「~たようになる」は「~たことになる」に置き換わることがある。この場合の両者の違いは、ちょうど「嘘と真」が紙一重であるのと同じように、前者が「偽装」の痕跡が目に見える状態で、話し手は「偽装」したという意識をまだ残しているのに対して、後者は「偽装もうまくやれば要求や規則に合致して本物になる」という心理状態を表し、ほとんど「偽装」とは思っていないという差にすぎない。 同じ「偽装の結果」でも、最後2例のように、話し手が「見せかけだ」と意識し、いわば「ミエミエのバレバレ」という「偽装」をした場合、本物志向のある「~ことになる」は使うことができない。 この分析結果が出れば、それで今回の実験研究は終わったこととなる。荷物も電気もガスも来た。これですっかり引っ越したこととなった。 〈基準時以前既実現〉の「必然の成り行き/帰結」を表す「~たことになる」は、硬い書き言葉の場合「~たこととなる」に置き換わることがあるが、めったに使われることはない。両者の違いは本節最初の「名詞 + になる」と「名詞 + となる」の違いと同じである。 お父さん、再就職した + こと/×よう + になってるのよ。近所の人から聞かれたら「会社に行きました」って言わなきゃだめよ。いい? 誰から電話があっても、お父さんは、会社に行ってる + こと/×よう + になってるんだから、お父さんを呼ばないで「いない」と言うのよ。 ここだけの話なんですけど、借金取りが大勢やって来るもんですから、お隣、引っ越した +(という)こと/×よう + になってるんですよ。 しっ!あの人、今、会議に出席していることになっているんです。 こっちの人は、今日、来なかった/来ていない + ことになっています。 <594> 子どものことを考え、亡くなった母親は美しかったことになっている。 あの日、この辺りはお祭りがあって、にぎやかだったはずですが、どうして + 静か/雨 + だった (という) ことになっているんですか。 接続:動詞 + た/ている + こと/よう + になっている ▶本節「使い分け③/~ということになっている」を参照 上のような〈基準時現在以前既実現〉を表す「動詞+た/ている」に接続する「~ことになっている」は、先ほど「使い分け⑤」にまとめた「偽装後の状態」を表す「た形」に接続する「~ということになっている」から「~という」が省略されたものである。公的な「決まり/建前」を表す「~た+ということになっている」の場合とは、互換性がないが、ここでの「~こと」が「内輪での取り決め/家族の間での約束」といった意味を表しているので、私的な「決まり/建前/偽装」を表す「~た+ということになっている」とは、互換性がある。 お父さん、本当は二階にいるんだけど、家のなかではね、会社に行った + こと/×よう + になってるの。 お父さん、本当は二階にいるんだけど、家のなかはね、会社に行った + よう/×こと + になってるの。 あそこに人形を置いて、向こうからライトを当てていますから、ほら、誰かが部屋のなかに座っている + よう/×こと + になってますね。 上の「~た + こと/よう + になっている」は「偽装後の状態」を表しているが、両者の違いは、前者が「嘘」が「真」になっており、偽装を「私的な決まり/建前」として、自他ともに欺いている状態を表しているのに対して、後者の「嘘」は「嘘」のままで、からくりや錯覚によって「まるでそのように見える」という状態を表している。 使い分けワンポイント ⑰ 〜たことにする・〜たようにする/ 〜たことにしている・〜たようにしている お母さんが田舎から出て + くる/きた + とするよ。じゃ、どうする? →お母さんが田舎から出てきた +(という)こと/×よう + にして、電話で愚痴を聞くことにしようよ。電話のほうが、のこのこ出てこられるより安くつくし、第一、顔を見ないですむだけでも、精神衛生にいいから。 都心かっ 千 遠い/遠かった+とする。それでも家を買ったかな? →都心からもっと遠かった+(という)こと/×よう+にすれば、この値段でも、損をした気にはならないんじゃない?そんなふうには思えないって? 彼がすごいお金持ち+だ/だった+としよう。なら、結婚したかい? →ちょっと騙しただけじゃないか。すごいお金持ちだった+(という)こと/×よう+にしたら、そんなに良心は痛まないだろう?気にするなよ、な? ここは大目に見て、話は聞かなかった+こと/×よう+にしておこう。 ▶省略される「~という」については、本節「使い分け④/~ということにする」を参照 ▶本節「使い分け⑤/『~にする』と『~とする』の互換性/6」を参照 ▶本節「使い分け⑧/~ことにする・~ようにする」を参照 「未完文A + とする」は、Aを一般条件として「仮定/仮想」するが、この「A + たことに + して/したら/すれば + B」は、気持ちの上でだけ「Aが実現 + する/した + と + いう気になる/思いこむ/自分自身を騙す」こと、つまり「仮にAを事実と見なしてしまえば、結果としてBが可能になる」ということを表している。 <595> 高級レストランに行った + こと/×よう + にして、貯金しようよ。 =もし今夜、ふたりで高級レストランに行ったとしたら、数万円はするはずだが、かわりに夕食をインスタントラーメンですませば、その数万円は浮くはずだから、そう思って貯金しようよ。 →高級レストランに + 行かずに/行ったつもりで、インスタントラーメンですますことにして、貯金をしようよ。(決意) ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~つもりだ』の使い方」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想」を参照 上の「行ったことにして + B」は、前提として、反事実の反実仮想「AならX/もし高級レストランに行ったとしたら、数万円はするだろう」と、裏の事実「数万円はするだろうから、行かない」があり、この前提に「でも」が続く感じで仮想したものである。このような「自己欺瞞」を表す「~た + ことにする」の例は、他者に働きかけて「偽装 + 他者欺瞞」を表す「~た + ようにする」とは互換性はないが、次のような「他者欺瞞」なら、互換性がある。 お母さんが出てきた + こと/よう + にして、社長に休暇願いを出せば? 高級レストランに行った + こと/よう + にして、清算してもらおう。 海外出張した + こと/よう + にすれば、数十万円は浮くことになるよ。 こうして、ちゃんと勉強している + こと/よう + にすれば、陰に隠れて漫画の本を読んでも、お弁当を食べても、誰も気づかないね。 ちょっと机だけ拭いて、掃除している + よう/こと + にすればいいよ。 留守をしていた + こと/よう + にすれば、問題は起こらないだろう。 出張した + こと/よう + にして、出張費を出す官庁が多いらしい。 この場合の違いも、さきほどの「嘘と真」と同じで、前者の「~た+ことにする」が、偽装を偽装とも思わず、また罪悪感も罪意識もなく、人を騙すためには偽装を「真」と思い込んでいるのに対して、後者の「~た+ようにする」は、偽装や小細工をしなければ、人を騙せないし、人を騙すためには「嘘」は必要だという自覚がある。 「他者欺瞞」の場合だけ「動詞 + た/ている + こと/ように + になる」と「動詞 + た/ている + こと/よう + にする」は、〈一対の自他動詞〉の関係になる。しかし「自己欺瞞」の場合、いくら「高級レストランに行ったつもりで貯金」しても、自分を騙して「高級レストランに行った気になる」かどうかは、人それぞれなので、〈一対の自他動詞〉の関係にはならない。 テレビの番組を見て、英語の勉強をした + こと/×よう + にしているんだけど、受験の役に立つのかなあ。知らない親は安心してるんだけど。 お父さん、再就職した + こと/×よう + にしているのよ。近所の人から聞かれたら「会社に行きました」って言わなきゃだめよ。いい? 内緒にしておいてほしいんですけど、実は、借金取りが大勢やって来るもんですから、引っ越した +(という)こと/よう + にしてるんですよ。 子どものことを考え、亡くなった母親は美しかった + こと/×よう + にしている。 あの日、お祭りがあったなんて言おうものなら、盲腸で入院していた子どもが承知しないものですから、雨だった + こと/×よう + にしてるんですよ。 接続:動詞 + た/ている + こと/よう + にしている ▶本節「使い分け④/~ということにしている」を参照 <596> 6.1. 変化の表現/A→B 例に示したような〈基準時現在以前既実現〉を表す「動詞+た/ている」に接続する「+こと/よう+にしている」は、先ほど「使い分け⑯」で述べた「偽装後の状態」を表す「動詞+た/ている+こと/よう+になっている」とペアを組んで、〈一対の自他動詞〉となるものである。 ここでも他者を騙す見せかけの「ふり/カムフラージュ/偽装」ではなく、ただ「自己欺瞞」や「内輪の取り決め」の場合は「~ようにしている」には置き換わらない。 お父さん、本当は二階にいるんだけど、家では会社に行ったことにしてるの/家のなかを会社に行ったようにしてるの。 あそこに人形を置いて、向こうからライトを当ててですね、これから、誰かが部屋のなかに座っている + よう/×こと + にしてみますよ。 「~ことにしている」も「~ようにしている」も「偽装」を表しているが、両者の違いは「~ことになっている」と「~ようになっている」の違いと同じである。 海外出張 + した/する + (×こと)とすれば、費用はどのくらいかかるんだい。図書館で本を5冊も借りた (×こと)とすると、2週間で全部、読めるのかな。 7時に家を出た (×こと)とすると、会社にはとっくに着いてるはずだよね。 ▶本節「使い分け⑤/『~にする・と『~とする・の互換性/ 「使い分け⑧」の「半公的処理」を表す「~たこととする」を、上のような一般的な仮定を表す「未完文 + とする」のかわりに使う人がいるかもしれないが、わざわざ余分な「こと」を加えることになるので、ここでは「未完文 + こととする」は仮定を表せないものとする。 使い分けワンポイント⑱~たことにする・~たものとする/~たこととする 本懸案は、今回の協議により合意が得られた + こと/×もの + にする。 →本懸案は、今回の協議により合意に達した + もの/×こと + とする。 では、この件は全員一致で認められた + ものと/ことに + いたします。 この問題は、メールなどでのやりとりで、すでに解決したとのことですから、正式に会議で検討した + ものと/ことに + して処理します。 接続:動詞た+ことに/ものと+する 「動詞た + ことに/ものと + する」は、特定の動詞に使われ、先ほど「使い分け⑪」に示した「-る/動詞ない + ものとする」が表す「契約書/校則/社則/法律文書/憲法」などの内容が、協議されていた状態から決定された瞬間にかわったことを表す。 「~た + ことにする」は、もとの「使い分け⑧」で述べた「-る + ことにする」がもつ「決定」の意味が、協議の末に「決定した」という意味に転じているが、これに「使い分け⑦」の「偽装」の意味が重なり、決定したことはしたが、果たして「合意に達した」かどうかは不明で、外部に対して合意したことにする「内輪の取り決め」である可能性が大きく、あとで再討議という可能性もある。 これに対して「~た + ものとする」のほうは、人間を超越する「もの」に、変化の固定化「A=B」を示す「~と」がついているので、たとえ「内輪の取り決め」であっても、参加者を拘束する力をもち、再討議される可能性はない。 勤務中は、制服を着用していた + ことに/ものと/ことと + し、違反した者は、規則によって処罰された + ことに/ものと/ことと + する。 <597> ~にする・~とする/-くする 残業は、週に 15 時間以上は認めなかった + ことに/ものと/ことと + する。 定年を 65 歳まで引きあげた + ことに/×ものと/×ことと + しても、人件費が財政的な 問題を引き起こすということにはならないのですね。 事故当時、現場が + 明るかった/にぎやかだった + ことに/×ものと/×ことと + しま すと、目撃者の一人くらいはいたはずなのですが。 接続:~た+ことに/ものと/ことと+する しかし「~た+ことに/ものと+する」が、討議や契約書そのものの内容に使われると、上のように、100%「内輪の取り決め」になる。両者の違いは、前者「~たことにする」なら「ここだけの話」にすぎないが、後者「~たものとする」には拘束力があり、公に認められた「措置/処理」であることを表す点である。したがって、最後の2例のような「偽りの仮定」を表す場合、後者「~た+ものとする」は使えない。「~たこととする」は「~たことにする」と「~たものとする」の中間であるが、やや前者寄りということになり、拘束力はないが、一応は公に認められた半公的「措置/処理」であることを表し、後者と同様「偽りの仮定」には使うことができない。 正式に会議で検討した + ことと/ものと/×ことに + して扱われます。 正式に会議で検討した + ことと/ものと/×ことに + 見なします。 上の例は「A=B」を表す「AをBと+する/見なす」のBに、これまでの検討の対象であった事項を表す「こと」や、検討の結果、法的根拠をもつようになった「もの」がきているだけで、直接「合意の決定」や「内輪の取り決め」とは関係がない。 使い分けワンポイント ⑲「~た+こと/よう+に+なる/する」のまとめ 〈~た +〉 ことに (事実) 〈~ことにする〉 自己欺瞞の仮想 他者欺瞞の偽装(他動詞) 〈~ことにしている〉 他者欺瞞の 偽装中の状態(他動詞) 〈~ようにする〉 するしている 〈~ことになる〉 既実現の必然的帰結 〈~ようにしている〉 他者欺瞞の偽装の結果(自動詞) 見せかけの 見せかけの他者欺瞞の 偽装中の状態(他動詞) 他者欺瞞の偽装(他動詞) 〈~ことになっている〉 他者欺瞞の 偽装後の状態(自動詞) + なる/なっている 〈~ようになる〉 見せかけの 他者欺瞞の偽装の結果(自動詞) 〈~ようになっている〉 見せかけの他者欺瞞の 偽装後の状態(自動詞) ように(比喻) <598> 「~た+こと/よう+に+なる/する」をまとめると、前頁のようになる。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/基準+に・と」を参照 重複することになるが「~た + ことに/ことと/ものと + する」を示しておく。 〈~たことにする〉 私的合意/私的処置/偽りの仮定〈~たこととする〉 半公的処置〈~たこととなる〉 既実現の必然的帰結(書き言葉)〈~たものとする〉 公的合意/公的処置〈×~たものとなる〉〈×~たもの + に + する/なる〉(注)「×~もの」が「者/物」の場合は可能。 「~こと/~もの」は、それぞれ「私的」と「公的」を表し、また「~に/~と」は、それぞれ「偽/仮定/無常」と「真/決定/不变」に対応している。 使い分けワンポイント ②0「AをB + に/と + する」のバリエーション 「A→B」を表す「AをBにする」や、また「A=B」を表す「AをBとする」のパターンで使われるものに、次のようなものがある。 ~をよそに ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~をものともせず(に)・~をよそに」を参照 ~をもとに(して) ▶本文 3.5.「順接確定条件/基準/~をもとに」を参照 ~をもって~とする ▶本文 3.4.「順接確定条件/手段/~を頼りに・~をもって」を参照 ~は別 + に/と + して ▶本文 1.5.「主題/展開/それはともかく・それは別として」を参照 ~を皮切り + に (して) / として ▶本文 2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~を皮切りに」を参照 ~を + はじめ/団長 + として ▶本文 1.4.「主題/立場/~として」を参照 ~を前提 + に (して) / として ~を中心 + に (して) / として ~を + テーマ/主題 + に (して) / として ただ、最後に示したような説明するまでもないものは、本文にも載せていない。 使い分けワンポイント ②1~をかぎり+に(して)/として 今日を限り + に (して) /として、同僚のみんなとも、この会社ともお別れだ。 声を限り + に (して) /×として + 叫んでみても、答えてくれるのは海鳴りばかり。 ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/動詞『限る』のまとめ」を参照 <599> 「今日→期限最終日/声→極限」を表している前者「~を限りに (して)」は、例えば上のほうなら「今日、定年退職の日」を迎えるが、これからも「今日」という日は繰り返され、また別の日に変化するいわば「明日は明日の風が吹く」といった気持ちがこめられている。これを「今日=定年退職の日」となる「今日を限りとして」にかえると、気持ちの上では変化することもなく、思い出となって記憶に残る特別な「今日」を表すことになり、あたかも「青春は再び帰らず」といった感慨がこめられる。 しかし「極限」を表す場合、今はいくら「極限」の状態で「のど」をふりしぼってみても、いずれ「声」はかれて普通の状態へと再変化していくので、再変化しない「×声を限りとして」にかえることができない。 そのときの失敗を契機+に/として、一からやり直すことにし、新しいビジネスを展開して、今では成功を収めるまでになっている。 「契機」には使われないが、話し言葉の「きっかけ」には「~が/どんな + きっかけ + で」や「~が + きっかけ + に/と + なって」といったバリエーションがある。「Aを + 契機/きっかけ + に(して)/として + B」は、どちらもAが「人生のターニングポイント/歴史的転換点」であることを示している。 「~に (して) /~として + B」の違いは、Bが変化の途上にあって再変化する可能性があるか、最終目標に至って再変化しないかの違いである。したがって、最後の例では、前者「失敗を契機に」は「一からやり直す」や「新しいビジネスを展開し」と呼応し、後者「失敗を契機として」は「成功を収めるまでになっている」と呼応していることになる。 使い分けワンポイント ②③ なってくる・なっていく/~てくる・~ていく こちらも、こんなに寒くなって + きた/×いった + のですから、そちらは、これからますます寒くなって + いく/×くる + ことでしょうね。 3月だ。ふるさとは、もう暖かくなって+きた/×いった+だろうか。 7月も半ばだから、そろそろ暑くなってくるな。梅雨が明けると、それこそ、ますます暑くなって+くる/×いく+んだろうけど。 ふた月もダイエットを続けているのに、太って + いく/×くる + ばかりで、ちっともやせて + こない/×いかない + のよ。 <600> 子どもたち、ゲームに飽きて + きた/×いった + ようですね。ちょっと疲れて + きた/×いった + のではないでしょうか。 バカなこと言わないで、悲しくなって + くる/×いく + じゃない。 バブル経済崩壊後、日本の精神風土は大きく変化して + きた/いった。 胃の手術後、食が細くなってしまい、見る間にやせて + きた/いった。 別れたいだなんて。あのことがあってから、あの人のこと、いやになって + きた/いった + んじゃないかしら。ねえ、そう思わない? ▶巻末「動詞/一対の自他動詞」「動詞の種類/変化自動詞」を参照 〈変化自動詞〉「寒くなる/やせる/飽きる」などに「~て + くる/いく」が接続すると、本来は、自然の成り行きによる変化を表し、前者「なってくる」が、変化のまさに開始する瞬間を、後者「なっていく」が、開始した変化が、その後もずっと変化しつづける様子をとらえた表現になる。 最後の2例は「︸て + くる/いく」のどちらでも使うことができるが、例えば、手術後すぐに、やせはじめたのなら「~てきた」が使われるが、手術後ずっと、やせつづけたのなら「~ていった」が使われる。ただ、やせた人が第三者の場合なら、どちらも使えるが、話し手なら「~てきた」しか使うことができない。これは、お天気の場合でも同じである。 「持って/連れて/走って/降りて+くる/いく」などは、動作の方向を表し、話し手や当事者に近づく場合に「~てくる」が、遠ざかる場合に「~ていく」が使われるので、変化の場合も、話し手自身の変化や、話し手の身近なところで起こる変化なら、いくら変化が続いていても「~てくる」しか使えないことになる。 これまでも人員を減らしてきたが、これからも減らしていく方針だ。 これまで2年ほど、国で日本語を勉強してきましたが、日本に来るチャンスに恵まれ、これからも頑張っていきたいと思っています。 今まではひとりで歩いてきたが、これからは、おまえとふたりで歩いていきたい。 ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/『~まで/~までに』のバリエーション」を参照 「~て + くる/いく」が〈変化自動詞〉ではない動詞について、長期間にわたる継続する動作を表す場合、現在が話し手の位置になり、過去から近づいて現在に至った過程を「~てきた」で、現在から遠ざかって未来へ向かう過程を「~ていく」で表すことになる。 使い分けワンポイント ②④ 「~てくる・~ていく」のまとめ 「~て + くる/いく」の使い方をまとめておくと、次のようになる。 1. 移動を表す動詞 + 近づく/遠ざかる 用があるのか、走って/戻って/帰って/渡って + 来る/行く + よ。 2. 移動の状態や手段 + て + くる/いく 遅れそうだから、急いで/立って/タクシーに乗って + 来た/行こう。 3. 動作に継起して移動(=~てから + くる/いく) ご飯を食べて/買い物して/仕事を終えて/休んで + (から) + 来た/行こう。 <601> 4. 非変化動詞 + 現在 + まで/から + の継続 これまでも高校の友だちとは連絡をとってきたが、これからも続けていきたい。 5. 変化自動詞 + 変化の + 開始/継続 彼岸が過ぎて、涼しくなってきたが、あっという間に、寒くなっていくだろうな。 6. 出現や消滅を表す動詞 + て + くる/いく 東/西 + の空に、月が + 出てきた/沈んでいった。 すべての人は、この世に生まれてきて、死んでいくものだ。 7.受け手をもつ一部の動詞+くる 友だち + が/から + 電話 + を/が + かけて/かかって + きた。 聞いたこともない会社から、手紙 + が/を + 送られて/送って + きた。 隣の人が、町内会で決まったことを + 知らせて/言って + きた。 突然、見知らぬ男が + 話しかけて/倒れて/転がりこんで + きた。 ▶巻末「動詞の種類/受け手不在動詞」を参照 上の「7」は、話し手、または、話し手が視点をおいた当事者に、動作が向かってくることを表しているが、これらの例に「~ていく」を使うことができない。つまり、限られた動詞にしか使うことができないので、慣用的な使い方といえるかもしれない。 「寄り/もたれ/飛び/くって/つかみ/殴り/襲い/切り/殺し+かかって+くる/いく」など、相手に向かう動作について、動作の始まりを表す「ます形+かかる」に接続すると、むしろ移動の状態を表すことになる。 ▶多様な意味を示す「~かかる」については『類義語使い分け辞典』(研究社)を参照 上にあげた例は、7つの使い方の典型的な例にすぎず、例えば「雨が降ってきた」は「1/5/6」のいずれにも当てはまるように、大部分の「動詞て + くる/いく」は、いくつかの意味が重なって使われる。 6.2. 変化の表現/変数 ~次第だ・~による AはB次第だ:Aは、変数Bが左右して、はじめて決定する。 AはBによる:Aは、変数Bに左右されて、異なりを見せる。 接続 名詞+次第だ/による ~かどうか/~か~ないか/疑問詞~か+による 形態 上の形態よりも、むしろ「名詞 + 次第で/によって(+ は)」の形態で、使われることのほうが多い。 また「~によって」には、慣用的表現として、次の形態がある。 時と場合/事と次第/事/場合+に+よると/よれば/よったら <602> 順接仮定条件「Aに+よると/よれば/よったら」の違いは、次に詳しい。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/一般条件の『~ば』と『~と』を参照 互換性 Bに多様性を感じさせない「B + 次第 + だ/で」は「B + に + よる/よって」に置き換えると、不自然になる。 また、Bの不特定な多様性が、いろんな場合を想像させる「B + に + よる/よって」は「B + 次第 + だ/で」には置き換わらない。 [例] 将来も、この事業を一緒にやっていくかどうかは、あなた次第です。 次のように、置き換えると不自然になる。 ×将来も、この事業を一緒にやっていくかどうかは、あなたによります。 次の例も、置き換えると不自然になる。 今の世の中、お金 + 次第で/×によって、どうとでもなるものですよ。 どういったものをおいしく感じるかは、季節にも年齢にもよるんでしょうね。 人さまざま、人生に対する考え方なんて、人によって違うんじゃない? 明日はおおむね、いいお天気ですが、ところによって、にわか雨があるでしょう。事と次第によっては、裁判にもつれこむでしょう。覚悟してください。 行くかどうか、今すぐに決められないよ。彼女が来るかどうかによるんだから。結婚なんて、相手が好きか嫌いかによって、決められるもんじゃないだろう? 納期は、どんなものをご注文なさるかによって、変わって参りますね。 旅行費用は、いつご出発かによりますから、一概には申しかねますが。 ▶本文 2.5.「時の表現/基準時瞬間/~次第」を参照 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~によって」を参照 用例 次の用例は、互換性がある。 早く帰れるかどうかは、午後の会議の成り行き + 次第です/によります + ね。幸せになるか不幸になるか、そんなの、相手 + 次第だ/による + よ。 今度の出張、時と場合 + 次第で/によって + は、長引くかもしれません。 人生、楽しく生きるかどうかは、その人 + 次第/によるん + じゃないかな? 成功するもしないも、努力 + 次第な/による + んじゃないでしょうか。 ▶ オ立 9 2 「極限/類推/『~も1 の使い方」を参照 使い分け 「AはB + 次第だ/による」は、AとBが、数式にして「Y=f(X)」つまり「A=f(B)」の関係にあり、Bが変数であることを表している。 前者の「AはB次第だ」は、Aで示された2つの選択肢「事業を一緒にやっていくかいかないか/どうにかなるかならないか/早く帰れるか帰れないか/幸せになるか不幸になるか/長引くか長引かないか/人生を楽しく生きるか生きないか」のどちらかを、B「あなた/お金/会議の成り行き/相手/時と場合/その人」が決定するということを示している。 つまり「あなたが『イエス』といえば一緒にやっていくが、もし『ノー』なら別々にやるしかない」ことを表し、また「もしお金があればどうともなるが、なければどうにもならない/会議で問題が起こらなければ早く帰れるが、もし問題が起こると早く帰れない/結婚相手がよければ幸せになれるが、悪ければ不幸になる/順調に行けば予定通 <603> りだが、順調に行かなければ長引いてしまう/その人が楽天的なら楽しく生きていけるし、悲観的なら楽しく生きていけないだろう」といったことを表している。 これに対して「AはBによる」は、Bで示された「季節や年齢/人/ところ/事と次第/会議の成り行き/相手/時と場合/その人の性格」といった多様性が、Aの「何をおいしく感じるか/人生に対してどのように考えるか/にわか雨があるか/裁判にもつれこむか/早く帰れるか/幸せになるか/長引くか/人生を楽しく生きるか」といったことに影響を与え、さまざまな場合や可能性があるということを示している。 つまり「春には春のものが、夏には夏、秋は秋、季節ごとに出まわる旬のものがおいしく感じられ、幼いときは甘いもの、若いときは辛味のあるものや、刺激の強いものがおいしく、だんだん年をとるにつれて、また甘いものがおいしく感じられる」といった変化の多様性を表し、また「人が異なれば人生に対する考え方もいろいろだ/にわか雨のあるところはまちまちで、場所が違えば降ったり降らなかったりする/これからどうなるのかいろんなケースが考えられるが、最悪の場合は裁判になる/会議の進み具合を見ないと、何時に帰れるかわからない/結婚相手がどんな人かで、幸福度はいろいろ変わる/出張先の事情に合わせて柔軟に対応する/その人の性格が違えば、生き方もずいぶん違ったものになる」といったことを表している。 特に「事と次第によっては」は慣用的な表現で、深刻な事態に陥ったり、重大な決定を下したりする可能性のある場合に用いられる。この場合の「次第」は「成り行き」という意味を表し、同じ語の重複を避けるためにも「~によっては」を「~次第で」に置き換えることはできない。 ①~次第で(は)・~によって(は) 今度の旅行、人数 + 次第で/×によって、中止になるそうです。 検査 + 次第で/×によって + 入院ということになるかもしれませんね。 何を着て行くかは、朝の気分 + 次第で/によって + 決まる/決める。 味は、お客の好み + 次第で/によって + 甘くしたり辛くしたりします。 中国料理は、地方 + によって/×次第で + まったく味が異なっている。 同じ小学校でも、クラス + によって/×次第で + 雰囲気はいろいろだ。 物の考え方は、どの言語を使うか + によって/×次第で + 決定される。 ▶本文 3.4.「順接確定条件/手段/~によって」を参照 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~によれば」を参照 「AはB + 次第で/によって + C」は、もし「C」の部分に、二者択一「旅行を実施するかしないか/入院するかしないか」の一方の選択「中止する/入院する」が示されている場合は、前者の「~次第で」が使われるが、多様な選択肢「何を着るか/どんな味にするか」のなかから、Bに基づいて「どちら/どれか」に「決まる/決める/決定する」が示されている場合は、どちらも使うことができる。 また「違う/異なる/いろいろだ」といった多様性が示されている場合や、疑問を示す「~かどうか/~か~ないか/疑問詞~か」などの「~か」のバリエーション、また「成り行き」という意味を表す「次第」に接続する場合は、後者「~によって」が使われる。 今度の旅行、人数+次第で/によって+は、中止に+なる/する+よ。 <604> 検査の結果 + 次第で/によって + は、入院ということもありえますね。 彼の態度 + 次第で/によって + は、地方に飛ばされる可能性が大きい。 遠足は、前日の天気予報 + 次第で/によって + は、雨でも決行します。 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/『~によって』の使い方」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 2つの選択肢から1つを選ぶ「二者択一」の場合でも、副主題の対比を示す「~は」がつくと、上のように「~によって」が使えるようになる。これは「~によって」の多義性によるのもので、日本人の頭は「B + によって」を聞くと、まず「原因/根拠/手段」を思い浮かべるが、これを「B + によっては + C」にかえると、対比の「~は」が生きて、Bが「変数」になるからである。 パーティーに何を着て行くかは、朝の気分 + によって/×次第で + 決めようよ。 味つけは、お客さんの好み + によって/×次第で + 変えてくださいね。 どんなお歳暮かは、ご予算 + 次第で/によって、決まってまいりますが。 どんなお歳暮かは、ご予算 + によって/×次第で、お選びください。 進路については、本人の意向 + 次第で/によって + 変わるわけですね。 進路については、本人の意向 + によって/×次第で + 決めたいと思う。 ▶ 巻末「文/文の種類」を参照 ▶本文 3.5.「順接確定条件/基準/~に基づいて」を参照 先ほど述べた両方が使える場合、両者は、話し言葉でも書き言葉でも使われるが、ただ「~次第で」には、〈働きかけ文〉と〈情意表出文〉で使えないという制限がある。 これはもともと「次第」が「式次第/事の次第」などと使われ、ある決まった順序や当然の成り行きを表し、この「B + 次第で + C」の場合でも、BとCの間に「B→C」という自然の流れや変化、因果関係があるためではないかと思われる。 逆に「~によって」は「~に基づいて」などと重なる「根拠/手段」の意味へと傾き、〈働きかけ文〉や〈情意表出文〉に溶けこみやすくなっている。 今度の旅行、人数 + 次第で/によって + は、中止にしたいんだけどね。結果 + 次第で/によって + は、精密検査のため、入院してくださいね。彼の態度 + 次第で/によって + は、地方に飛ばそうと思っているんだ。遠足は、前日の天気予報 + 次第で/によって + は、雨でも決行しよう。ここでも「~は」がついて「B=変数」に限定されると、制限を受けた 解説 「地獄の沙汰も金次第」は「地獄での審判も、お金が決定し、お金さえあれば極楽へ行ける」という意味を表しているので、これを「地獄の沙汰も金次第で極楽に行ける」と書き換えることができる。 これを「地獄の沙汰も金によって極楽に行ける」にすると、この「金」は「変数」ではなく「手段」を表し「地獄での審判に金を使えば極楽へ行ける」になるが、およその意味は同じである。 さらに変数を明示する「~は」をつけて「地獄の沙汰も金によっては極楽に行ける」にすると「地獄の沙汰も金額によって(は)極楽に行ける」になり、極楽へ行くのに、お金さえあればよかった「金次第」が、お金があっても一定以上という制限のついた「現実的」なものに変わってしまう。 <605> 使い分けワンポイント ②「~次第」の使い方 「金次第/あなた次第」といっただけで、すぐ「変数/パラメーター」である「金/あなた」に状況を支配する力があるとわかるのは、順序や自然の成り行き、因果関係を表す「次第」が、次に起こるべき「展開/決定/結果」を暗黙のうちに示すからである。「次第」には、変数や順序などのほかに、次のような使い方がある。 1.ます形+次第:次に起こすべき行動へと反応するすばやさ 駅に着きしだい、お電話いたしますので、よろしくお願いいたします。 わかりました。お電話いただきしだい、すぐ、お迎えに参りますので。 サンプルを拝見(し)しだい、検討いたしまして、ご返事申し上げます。 詳しい事情がわかりしだい、すぐみなさまに、お知らせいたします。 あちらのスケジュールが決まりしだい、明日にでも出発するつもりだ。 ▶本文2.5.「時の表現/基準時瞬間/~とすぐ・~次第」を参照 ▶本文4.3.「順接仮定条件/一般条件/~とすぐ」を参照 2.〈末完又〉+ 次第だ:現在に至った事の成り行き このたび、念願の会社への就職が内定いたしました。 これまでのご助力への感謝の気持ちもかねて、とり急ぎご報告申し上げる次第です。 入院中は、何度もお見舞いくださり、ありがとうございました。今日、無事、退院いたしました。御礼かたがた、お知らせした次第です。 このような結果になり、これまで、ご指導くださいましたことも、むなしくなってしまいましたこと、誠にお恥ずかしい次第であります。 使い分けワンポイント ③ ~いかんだ・~いかんによる・~いかんで(は) これまで繰り返されてきた学校でのいじめがなくなるかどうかは、教師と生徒と親の心觸え + いかんである/次第だ/×による。 →教師と生徒と親の心構え + いかんで/次第で/※によって、いじめがなくなる。 この技術の実用化は、政府や企業からのサポート + いかんだ/次第だ/※による。 →政府や企業からのサポート + いかんで/次第で/※によって、実用化ができる。 この大会で優勝できるかどうかは、監督の指導と、チームワーク + いかんによる/次第だ/ ※による + だろう。 →チームワーク + いかんで/次第で/×によって、この大会、優勝できるたろう。 倒産するかしないかは、今月の売り上げ + いかんによる/次第だ/による + ね。 →今月の売り上げ + いかんで/次第で/によって、倒産するかしないかが決まるね。 早く帰れるかどうかは、会議の成り行き + いかんによる/次第だ/による + よ。 →会議の成り行き + いかんで/次第で/によって、早く帰れるかどうかがわかるよ。 幸せになるか不幸になるか、そんなの、相手 + △いかんだ/次第だ/による + よ。 →相手 + いかんで/次第で/によって、幸せになるか不幸になるかが決まるんだよ。 「名詞 + いかん + だ/である」は、もともと「いかん(如何)」が「どうだ/どうか/いかがか/いかに」といった意味を表す古い言い方なので、現在でも使われているとは思えないが、硬い書き言葉に「いかんである」を使う人がいるかもしれない。 「いかんだ」は昔の話し言葉なので、上の例のように使うと、いつの話なのかわからなくなり、この言い方がまだ日常で使われていた時代の遺物といった感じがする。 現在でも使われるとすれば、上のように「~による」をつけるか、あとの「使い分け <606> 6.2. 変化の表現/変数 ④」で述べる「いかん + にかかっている」のほうがぴったりする。 「AはB + いかん + だ/である/による/にかかっている」の使い方は、BがAの二者択一に「決定権」をもつ「B + 次第だ」と一致し、Aの選択にBの多様性を示す「B + による」とは異なっている。 検査の結果 + いかんで/次第で/によって + は、入院かもしれません。 今後の言動いかんでは、退学処分にしますので、ご承知おきください。 給与の査定は、能力 + いかんで/によって/次第で + 変わってきます。 今の世の中、お金 + いかんで/次第で/×によって、どうとでもなる。 今度の旅行、人数 + いかんで/次第で/×によって + 中止にしようね。 賞与の額は、成績 + いかんで/によって/×次第で + 決めてください。 ▶本節「使い分け①/~次第で (は) /~によって (は)」を参照 ところが「名詞 + いかんで (は)」の使い方は、使う文の種類に制限のある「~次第で」ではなく、〈働きかけ文/情意表出文〉にも使える「~によって」と一致する。 使い分けワンポイント④~にかかっている・~ひとつだ 僕の将来は、この試験に合格するかどうかに+かかっている/よる+んです。→僕の将来は、この試験いかんに+かかっている/よる+んです。→僕の将来は、この試験+にかかっている/次第な/×による+んです。成功するかどうかは、みんなの努力に+かかっている/×よる。 →成功は、観衆を魅了する演出 + にかかっている/次第だ/×による。 環境保全の成杏は、グローバルな視点と、次世代が生きていく未来への共感力がもてるか どうかに + かかっている/×よる + といえます。 環境保全の成否は、グローバルな視点と、未来への共感力次第だ。 この戦争を繰り返さないためには、復讐や憎しみの連鎖を、いつ、どこで、誰が、いかにして断ち切るかに、すべてがかかっています。 上のように「B名詞/~かどうか/~か~ないか/疑問詞~か/いかん + にかかっている」は、接続では「B + による」と一致するが、使い方では文の種類に制限があり、Bに決定権のある「B + 次第だ」と同じである。 ▶本節「使い分け①/~次第で(は)/~によって(は)」を参照 「AはBにかかっている」は、もともと「この試合に優勝がかかっている/この勝負に命がかかっている/あの男の首に賞金がかかっている/あなたに私たちの生活すべてがかかっているのです」など、漢字で「懸命/命を懸ける」の「懸」になる「かかる」が使われており、いわば「BがAの生死を決する」といった事態に用いられるので、最後の2例に「~次第だ/~による」を使うと不自然になる。 事業が軌道に乗るか否かは、社長の決断ひとつ + だ/にかかっている。勝つか負けるかは時の運。だが、勝てるかどうかは君の気力ひとつだ。仲間を殺した犯人を挙げられるどうかは、みんなの気持ちひとつだ。ここで男になるかどうかは、おまえの腹ひとつ(で決まること)だろう。 <607> 僕の将来は、この試験 + ひとつにかかっている/×ひとつな + んです。 「名詞B + ひとつだ」は、事態が成功するかどうかが「Bによって決せられる」ことを表しているが、Bに使われる名詞は、上にあげたほかに「決心/決意/覚悟/努力/頑張り/団結/結束」といった、事態の可否を決定する精神的な力である。 しかし「~ひとつ + にかかっている/で決まる」は、単に「ただ~だけ + にかかっている/で決まる」という意味なので、先に述べた「名詞 + にかかっている」の名詞を使うことができる。 使い分けワンポイント⑤~に応じて・~に応えて 皆様のご要望に + 応じ/お応えし + まして、型見本をお送りさせていただきます。消費者のご意見に + 応じた/応える + 製品開発に努めていきたいと考えています。救援本部の要請に + 応じて/応えて、ボランティアが派遣されているそうです。今回の調査結果に + 応じた/応える + 今後の対策を考えていってもらいたい。 「名詞Aに + 応じて」と「Aに応じた + 名詞B」は、Aに「変数/パラメーター」となる名詞がきて、例えば「いろいろな要望/さまざまな意見」に対して、それぞれ別々に適切な「型見本の送付/製品開発」が行なわれることを表している。 「名詞Aに+応えて」と「Aに応える+名詞B」は、Aに「希望/要求/期待」といった名詞がきて、例えば「ある要望/誰かの意見」に対して、個別に適切な「型見本の送付/製品開発」が行なわれることを表している 両者を比べると、個々の対応を見せる後者のほうが「丁寧さ」を感じさせ、公表される文書、アナウンスやスピーチなどに多用され、不特定多数への多様な対応を示す前者は、ある意味で「ぞんざいさ/粗雑さ」を感じさせ、内輪での報告書、会議や記者会見といった場で多用される。 したがって、次のような例では、問者には互換性がない。 完全歩合制なので、その月の売り上げに + 応じて/×応えて、所得が決定します。 シーズン性の製品は、生産に + 応じて/×応えて、アルバイトを調整している。 店内は、ご予算に + 応じ/×応え + まして、いろんな商品をとりそろえています。試験の成績に + 応じて/×応えて、就職先を斡旋するのは、どんなものかな。 実験結果に + 応じた/×応えた + 研究を、各部署で行なうよう指示してください。現状に + 応じた/×応えた + 政策がなければ、政治離れにますます拍車がかかる。地区の皆さんのご希望に + 応えて/×応じて、当施設を開放することにしました。 グエンさんのリクエストに + お応えして/×応じて、ベトナムの曲を選びました。今回の選手権では、ファンの期待に + 応える/×応じる + 活躍が期待されている。ご両親をはじめ観客の声援に + 応えた/×応じた + 演技で、楽しい学芸会だった。 冬から春、夏から秋へと、季節が変化するに + ともなって/したがって/つれて、丹念に手入れされた庭園は、咲き乱れる草花に彩られる。 →季節が変化するのに + ともなって/×したがって/×つれて、丹念に手入れ…。 徐々に目に見える形で水質汚濁や大気汚染が悪化するに + ともない/したがい/つれ、 放置されていた公害病が各地で深刻化していった。 <608> 戦争の勃発に + ともなって/×したがって/×つれて、訃報が急増し、物資の不足が目立つようになって、にわかに世情は暗くなってきた。 戦争が泥沼化するに + ともなって/したがって/つれて、将兵だけでなく、一般市民の死傷者の数も、すさまじい勢いで増えはじめた。 ダイヤ改正に + ともない/×したがい、郊外からの通勤時間はかなり短縮された。 今回の移行措置に + ともない/したがい/×つれ、近く大々的な人事異動と配置換えが行なわれることになるという話がささやかれている。 臨時予算案作成にともなう委員会の設立が、焦眉の急となっている。 お陰さまで、検査の結果がよくなるに + したがいまして/つれまして/×ともないまして、食欲も増し、以前にも増して元気になりました。 ▶本文 3.5.「順接確定条件/基準/~に従って」を参照 「A + に + 伴って/従って/連れて + B」は、Aの変化に応じてBも変化することを表し、いずれも〈述べ立て文〉で使われる書き言葉であるが、これを「~に + ともない/したがい/つれ」に換えると、さらに硬い書き言葉になる。 3つの違いをまとめると、次のようになる。 接 続 Aの 性質 Bの形態 A→Bの関係 ~にともなって 文の内容 ーる(の)/名詞変数/定数 名詞/自他動詞 BはAに付随的~にしたがって 公的なものに限る ーる 変数 自他動詞 因果関係 公私ともに可 ~につれて ーる/名詞 夌数 自動詞/受身自然の成り行き 同左 上の「戦争の勃発/ダイヤ改正/移行措置/予算案作成」の例に「A + にともなって + B」だけが可能なのは、これらのAが、多様性をもつ「変数/パラメーター」ではなく、ある決まった事態の変化を表す「定数」として使われているからである。 これと関連するが、B「世情が暗くなる/通勤時間の短縮/人事異動/委員会の設立」といったことが、Aに付随的なもの、つまり「AつB」の関係にあり、Aという事態の変化が引き起こす、さまざまな出来事のひとつであることを示している。また、これによって「A + にともなう + B」という形態が可能となっている。 これに対して「Aに + したがって/つれて + B」は、Aが「変数/バラメーター」であり、AとBとが「A→B」というトータルな関係で比例変化する場合に使われる。この比例変化に「~にともなって」も可能であるが、個人的な出来事には使うことができない。 カロリー摂取基準に従った食生活を実行するのは容易なことではない。 ▶本文3.5.「順接確定条件/基準/~に従った」を参照 「名詞A + にしたがって」は、例えば「新しい法令に + 従って/基づいて/即して + 行政改革を行なっていく」や「命令/上司/矢印 + に従って」など、Aは「変数」ではなく「守るべき基準」であることを表している。 文脈から名詞Aに「守るべき基準」という意味があれば、上のような「移行措置にし <609> たがい人事異動と配置換えが行なわれる/カロリー摂取基準に従った食生活」は可能であるが、基準にならない「戦争の勃発/ダイヤ改正」の場合は使うことができない。 物価が上昇するに + ともない/したがい/つれ、手当が支給される。 →物価が上昇するに + ともない/したがい/※つれ、手当を支給する。 →物価の上昇に + ともない/※したがい/つれ、手当が支給される。 努力するに + したがって/つれて、以前の成績をとり戻しはじめた。 →努力するに + したがって/※つれて、以前の成績をとり戻した。 調査を続けるに + したがって/※つれて、次々と新事実を発見した。 →調査を続け + る/ていく + につれて、次々と新事実を発見していった。 規則正しい生活をするに + したがって/※つれて、長年の生活習慣がもたらした、さまざまな成人病は克服できるにちがいない。 →規則正しい生活をするに + したがって/つれて、長年の生活習慣がもたらした、さまざまな成人病は克服されていくにちがいない。 ▶本文 6.1. 「変化の表現/A→B/~てくる・~ていく」を参照 変化表現の「~にしたがって」は、基準の意味が重なってくるので、自他動詞に使うことができるが、これに対して「~につれて」は、事態が「自然に + 変化/開始/進行/発展」することを表すので、〈変化自動詞〉や、変化の「開始/継続」を表す「ます形 + はじめる/~ていく」が使われ、もし「受身/~られる」が使われても、せいぜい自然の成り行きや当然の結果を示すものである。 使い分けワンポイント⑦~につけ この + 写真/曲/詩 + を + 見る/聞く/読む + につけ、いつも思い出すのは、あの決して美しくはなかった青春時代のことである。 そのことを + 思う/考える + につけ (て)、たとえ戦争中だったとはいえ、多くの人を殺めてしまったことが悔やまれてならない。 国外では、雨につけ風につけ、思い出すのは古里のことばかりだった。 朝のご挨拶ひとつ、なさるにつけても、こちらの気持ちまで清々しくなるほどで、あの背筋を伸ばされたお姿、しみじみと思い出しますね。 ご生前、先生には、何かにつけ、お世話になりました。本当に何といってよいか。感謝の言葉もございません。心よりご冥福をお祈り申し上げます。 ▶本文 8.3.「極限/類推/~も」を参照 「A - る/ - い/ 名詞 + につけ (て/ても) + B」は、主に書き言葉に使われるが、Aは「変数」ではなく、変化を起こす「定数」である。つまり、もしAという事態があれば「いつも/必ず/決まって/どちらの場合でも/どんなときも」Aにともなって、反射的にBが起こり、と同時に、心理的な変化がもたらされることを表す。 Bが過去の出来事の場合は、AをきっかけにしてBを思い出し、その「思い出」にふさわしい「懐かしい/恋しい/切ない/悲しい/後悔/残念/感謝/幸福感」といった感情や気持ちになることを表している。 「A + につい 「A + につけて」は、話し言葉で使われることがあるが、上の「雨につけ風につけ」 <610> のように「A1-る/ーい/名詞 + につけ、A2-る/ない/ーい/名詞 + につけ」になって、2つの対照的なAを表す場合は使うことができない。 また「A + につけても」は、〈類推〉を表す「~も」が使われ、A以外にも、Bの起こるいろんな機会のあることを示している。 ふとした仕草や身ぶりを見るにつけ(ても)、奥床しい育ちのよさを感じさせる。 子どもの成績が上がるにつけ、下がるにつけ、家族みんなで一喜一憂するんです。 年のせいなんだろう、暑いにつけ、寒いにつけ、よく風邪を引くようになった。 いいにつけ悪いにつけ、頼れるのは遠い親戚じゃなく、近くにいる他人だ。 「何ごとにつけ忍耐第一」と言っていた親父の言葉を思い出すにつけても、我慢のできない 己の気の短さが、つくづくいやになってしまう。 家族でご飯を食べるにつけても、この世で生かされている自分自身を感じます。 Bが現在の出来事なら、Aの場合に「反復して/習慣的に」Bが起こるが、Bは、その内容「感じさせる/一喜一憂する/風邪を引く/頼れる/忍耐/いやになる/感じる」にふさわしい「自然の成り行き/当然/あきらめ/残念/幸福感」といった評価や気持ちを表すことになる。 使い分けワンポイント⑧~たびに・~ごとに この写真を見る + たびに/につけ/×ごとに、いつも初恋の人を思い出します。その夕レントのギャグは、聞く + たび/×ごと + に、つい笑ってしまうね。日曜 + のたび/ごと + に、子どもたちを連れて教会へ行くことにしている。土曜 + のたび/ごと + に新幹線に乗り、ホーム暮らしの母を見舞いに行った。古本屋 + のたび/ごと + に、中をのぞいては、ほしい本を探してみる。兄は + 旅行/宴会/祭り + のたび/×ごと + に、土産をもって帰ってきた。 「A - る/名詞の + たびに + B」は、定数A「動作/時点/場所/活動」をきっかけにして「必ず/決まって/どんなときも」間違いなく、Bの事態が起こることを表す。したがって単独で使われる「使い分け⑦」の「- る + につけ(て/ても)」は「- る + たびに」に置き換わるが、置き換えると、前者のもつ感情や評価は消えてしまい、客観的な事実しか表せなくなる。 また、最初の2例で「×-る+ごとに」を使う人がいるかもしれないが、相当に年数の経った表現で、現代では違和感があって不自然である。 使い分けワンポイント ⑨「~ごとに」の使い方 「A名詞 + ごとに + B」には、次のような使い方がある。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 1. 定数A「時点/場所/人」のそれぞれに、繰り返しBが起こる 祝日 + ごと/のたび + に、家族みんなでドライブに出かけることにしている。 旅のあいだ、お寺 + ごと/のたび + に、賽銭を投げ入れ、家内安全を祈った。 気心の知れた友人 + ごとに/のたびに、事業についての相談をもちかけた。 列車から降りてくる人ごとに、いまだ前線から帰らぬ息子の消息を尋ねた。 2. 変数 A 「場所/人」のそれぞれに、異なったものが存在する <611> 没個性の時代でも、クラス+ごとに/によって/×のたびに、雰囲気は異なる。地方+ごとに/×のたびに、味はもとより、料理の仕方も違ってくる。価値観の多様化した今日、人ごとに考え方が違っていて当然だ。その企業グループは、会社ごとに、それぞれの社是と社則がある。 3.定数 A「時間/場所」あたり、1 回のわりで、繰り返し Bが起こる 2 週間 + ごとに/×のたびに、夜勤が回ってきて、体の調子がおかしくなる。 4 年 + ごとに/×のたびに、閏年になり、オリンピックが開かれる。 2月/年 + ごとに/に、5 万/100 万 + 円ずつ + 仕送り/貯蓄 + する。町会の役員候補になり、一軒 + ごと/×のたび + に、挨拶して回った。万が一のため、10 メートルごとに、警官をひとり配置してくれ。学生会の改選にあたり、クラスごとに委員を1 名、選出すること。その企業グループは、会社ごとに、生活協同組合が置かれている。 4. 定数A「期間」を繰り返すにつれて、変化が進行していく 年ごとに/年々、地球の温暖化が加速していくのだろうか。 日ごと(に)/日一日と、日の出が早くなり、日差しはすでに春だ。 一雨+ごとに/×のたびに、寒さが募って、冬の到来の近さを思わせる。 「A+ごとに+B」は、Aが定数なら、同じことが繰り返され、変数なら、差異のあることを示している。 クリスマス/お正月 + ごと/のたび + に、友人諸氏へ挨拶状を送る。 冬休み/× 12 月 28 日 + ごと/のたび + に、スキーに出かける。 スーパー + ごと/のたび + に、その日の目玉商品だけを買っていく。 売り場/× レストラン + ごと/のたび + に、新製品の味見をする。 「使い分け⑨」の「名詞 + ごとに + B」が「名詞の + たびに + B」と意味の重なりを見せるのは、使い方の「1.定数A『時点/場所』のそれぞれに、繰り返しBが起こる」場合で、しかも「時点」の場合は「ある特別な + 曜日/祝祭日/休暇」だけであり、また「場所」の場合は、同じ種類のものが繰り返し存在し、同じ特別な動作が繰り返し可能なところである。 両者の違いは、前者「〜ごとに」が、その機会があれば、ただ繰り返される習慣的な動作を表すのに対して、後者「〜のたびに」には、同じ習慣的動作であっても、その特別な機会に巡りあうと「決まって+わざわざ+繰り返す」といった響きが加わる。 したがって「父は夜ごと晩酌をする」や「週/月/季節/年+ごとに墓参りをする」など、特別でもない時間を表す場合は、むしろ「時間あたりの割合」を示す習慣的動作へ傾き、たとえ特別な動作の反復であっても「~のたびに」は使うことができない。 使い分けワンポイント~おきに 割合を表す言い方には、ほかに「A+おきに」があり、文字通り、ある期間や距離の間に「Aをおく」という意味を表すが、これを、Aを繰り返す「ひとつの単位/ひとかたまり/Iブロック」とする「A+ごとに」と比べて図示すると、次のようになる。 <612> ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現」の次を参照 「『~ておく』の使い方/動詞『おく』の意味」 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務」の次を参照 「~ないで・~ずに + は + おかない/~ないでおく」 ▶本文 1.5.「主題/展開/それはさておき」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~をおいてほかにない」を参照 く3日おきに=4日ごとに=4日が1ブロック〉 1日 2日 3日 4日 ←3 日間→ ←4日=1ブロック 日 6日 7日 8日 ←3 日間→ 4日=1ブロック 1日 2日 3日 ← 1ブロック → ←2日間→ 10日 11日 12日 ←3 日 間→ 4日=1ブロック → 〈3日ごとに=3日が1ブロック=2日おきに〉 4日 5日 6日 ← 1ブロック → ← 2日間→ 日 8日 9日 1ブロック → ← 2日間→ また 10 メートル「おき/ごと」に植樹する場合、幹の中央から、次の幹の中央までを 10 メートルにして、樹木の太さを考慮しない方法をとれば、両者は同じ間隔になる。 〈10メートルごとに〉 1 本 2 本 3 本 4 本 5 本 → ← 10 ✗ - 卜 儿 → ← 10 ✗ - 卜 儿 → ← 10 ✗ - 卜 儿 → ← 10 ✗ - 卜 儿 → ← しかし、左の木の右端から、右の木の左端までが10メートル、つまり、木と木の間に10メートルおくと、両者の間隔には木の太さ分だけズレが生じることになる。 〈10メートルおきに〉 ← 10 メートル→ 2本 3本 ← 10 × - 卜 ル → 4 本 ← この「A + おきに」は、例えば、野球の投手が3日間の休みをとって、試合に出場すると「中3日の登板」といったり、スポーツクラブへ続けて3日行っては、1日休むというローテーションを組むと「3日おきに1日休む」といったりする場合に使われ、実際の会話では「4日ごとに」よりも多用される。 これに対して「A + ごとに」は、ひと月や1週間を1ブロックにする場合に使われるはずであるが、実際には「A + に」なる「月に4回休む/週に3日のアルバイト」や「週1で休む/週休2日」のほうが愛用されている。 使い分けワンポイント 「特別」という意味のまったくない「ごく普通の時間の繰り返し」を表す「毎~」は、ごくありふれた習慣的動作と呼応して使われるが、次のような慣用的な表現に限られ、 <613> 存在可能な新しい組み合わせを生み出すことができない。 毎+朝/晩/日/週/月(つき)/年(とし)、もちを食べることにしている。 毎+時(間)/分/秒、10キロメートル(速度/時間あたりの割合) 毎+回/度/期/学期/号/月号 ほかに「毎夕/毎夜/毎月曜日/毎春/毎季」などがあるが、これらは視覚的に意味を理解する書き言葉で、話し言葉では「毎晩/夜ごと/月曜日ごとに/春になるたびに/季節ごとに」などが使われる。 使い分けワンポイント ⑬~あたり・~に対して/~対~ 時給とは、1時間あたり、いくらお金がもらえるかということです。この表の中のこの数字は、1アールあたりの収穫量を表したものです。「1あたり、いくつ」という考えは、分数を学ぶ上での必須条件です。 「1 + (助数詞) + あたり」は、上の例のように使われて、割合を表すが、この「1」には、十進法の単位「十/千/万」などが使われることもある。 (注)助数詞:数を表す語についてどんな種類の数値であるかを示すもの。 「1分あたり600メートル/1リットルあたり24グラム/1人あたり2万円」など「1+助数詞+あたり+数+助数詞」の場合、日常の話し言葉で最もよく使われているのは「1+助数詞+に+数+助数詞」である。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務」の次を参照 「~ことはない・~までもない・~にはあたらない」 「100 グラムあたりの値段/千円あたりの利息/1 億年あたりの周期」など「1 + 助数詞 + あたりの + 名詞」や、助数詞のない場合は「あたり」を省略することができない。 学生1人 + あたり/に対して/に、20万円の旅費が見込まれている。 →学生1人 + あたりの/に対する + 旅費は、20万円が見込まれている。 このエンジンは、1秒 + あたり/×に対して/に/で + 何回転ほどするのですか。 観光客5人 + に対して/×あたり/に、ガイド1人なら、安全面は十分でしょう。 水、4カップ + に対する/×あたりの/に + お酢の量は、小さじ1杯です。 今度のイベント、50本 + に対して/に、当たりくじを1本、用意しました。 ▶本文1.2.「主題/テーマ」1.4.「主題/立場」1.6.「主題/対比」の「~に対して」を参照 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~に対して」を参照 「A/B=数値 + 助数詞」とした場合、実際に使われる「A + あたり/対して + B」や「A + あたりの/対する + B」には、次のような違いがある。 内容 A + あたり / あたりの + B A = 1 数学的な「1あたり」の割合 B = 1 社会生活の割合では不自然 Aに + 対して/対する + B 社会生活で使われる割合 数学的になると不自然 <614> 6.2. 変化の表現/変数 ここで「社会生活」といっているのは、例えば「観光客5人に対してガイド1人」など「PがAに+対して+QがB」となって、AとBが、それぞれPとQの数を表している場合である。また「数学的」なのは、このPとQのないものである。 また、日常の話し言葉に使われる「A+に+B」と比較すると、どちらも書き言葉か、やや改まった話し言葉になるが、〈非敬体〉〈敬体〉にも、〈ウチ〉でも〈ソト〉に対しても使うことができる。 お客様4人 + に対しまして/に(つき)、1台のタクシーを、ご用意いたします。 お買い上げ5千円 + に対しまして/に、抽選券を一枚、差し上げております。 「~に対して」は「~に対しまして」となり、〈超敬体〉で〈ヨソ〉に対して使われることがある。 試しに、砂とセメントを10対1(の割合)で混ぜてくださいますか。生徒と教師を40対1くらいで、1クラスにしたいと思いますけど。昨日の試合、5対6で負けたよ/次の線分を、2対3に分けなさい。 「A対B」は、話し言葉でも書き言葉でも、AとBが同じ単位(助数詞)の場合に使われるが、人間に使われると、人格が消えて物扱いになる。 使い分けワンポイント⑭~について・~につき このローテーションなら、時給は、1時間に+ついて/つき、680円ですね。 駐車料は、昼間20分について、夜間は60分について100円です。 →1時間 + あたりの/×についての + 駐車料は、昼間300円です。 税サービス料込みで、おひとり1日に + つき/△ついて、こういったお値段ですが。 あの、誠に恐れ入りますが、チェックインできるお荷物は、お一人様に + つき/△ついて、 20キロまでとさせていただいておりますが。 水4カップ/砂10 + に + つき/×ついて、お酢小さじ1/セメント1 + とする。 ▶本文3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~につき」を参照 ▶本文1.2.「主題/テーマ/~について・~につき」を参照 ▶本節「使い分け⑬/~あたり・~に対して」を参照 「A/B=数値+助数詞」として「Aに+ついて/つぎ+B」を、まとめると、次のような違いがある。 数学的な「1あたり」の割合 A + について + B 社会生活で使われる割合 「1 + 助数詞 + について」は、社会生活で使われる「1 + 助数詞 + あたり」に相当するが、名詞に続く「~あたりの」に相当するはずの「~についての」は、テーマしか表すことができない。 また「× 1 以外の数 + 助数詞 + について + 1 + 助数詞」の場合も、テーマと混 <615> 同するおそれがあって不自然になり、かわりに「~につき」が使われる。 日常の話し言葉「A + に + B」と比較すると、同じ話し言葉で使われる「~について」は、〈ソト〉に対する〈敬体〉がふさわしく、やや丁寧で、改まった感じを与える。 また、書き言葉でも使われる「~につき」は、話し言葉では「~について」より、さらに丁寧で改まった感じになり、〈ソト〉〈ヨソ〉に対する〈(超)敬体〉で使われることが多い。したがって、サービス業の人が、客に「~について」を使うと不自然になる。 お客様お一人に + つきまして/つき、1万円ほどのご予算でございますね? 団体様 50 人に + つきまして/つき、お一人様の料金が無料となっております。〈超敬体〉の場合、むしろ「~につきまして」のほうがふさわしい。 お米4カップに + つき/対して、麦を1カップ混ぜて、麦ご飯を作る。 バス1台に + つき/対して、40人の生徒を乗せて、遠足に行きます。 「P/Q」の数を「A/B」として、上の「PがAに + つき/対して + QがB」を比較すると、前者「~につき」は、PとQとを一定の比率「A:B=4:1/1:40」にするというだけの静的な感じであるが、後者「~に対して」は、その比率に基づいて、QをPに向かわせる働きかけ「混ぜる/乗せる」が響いてきて、動的なイメージになる。 じゃ、出発します。子ども10人に、2人ずつ、お母さんがついてください。カードはひとり7枚ずつですよ。残りは、ここに伏せておきましょうね。本は20冊ずつ、雑誌は50冊ずつ、2本のひもでくくってください。冷凍にしますから、これを12本ずつ、ラップで包装してくれますか。組み体操の練習を始めますよ。まず8人ずつで輪をつくってください。 「A/B」が「P/Q」の数を表すとして「PがAに + QがB + ずつ/子ども 10人に母親2人ずつ」というのは、その場にいる全員を「子ども 10 人に対して母親2人」になるように、グループ分けをすることであるが、列の先頭からグループをつくり、これを繰り返しながら、最後までグループをつくっていくこと、つまり、すべてのPとQを「A:B」という比率で、順々にグループ分けしていくことを表している。 しかし、実際によく使われるのは、Pの数が「A=1」になる場合である。例えば、P「ゲームの参加者ひとり/ひもでくくるものひとつ/ラップで包装するものひとつ/輪ひとつ」に対して、Q「カード/本と雑誌/冷凍品/生徒」が、B「7枚/20冊と50冊/12本/8人」になるようにグループ化していく場合であるが、日本語学習者だけでなく、日本語教師も、この「A=1」となるPが、果たして何であるのか、見つけだすのに苦労することがある。 上の2つめの例からは、次のことを表していることになる。 ひとりあたり7枚になるように、カードを参加者全員に配っていく。 1くくりにつき、本が20冊、雑誌が50冊になるように、2本のひもで縛る。 1パック、12本になるようにしながら、ラップで包んでいく。 ひとつの輪が、8人からできているように、輪をつくっていく。 つまり「B + ずつ」というのは、ひとつの「箱/パック」に、Qの全体からBの数 <616> だけ取り出して入れていく作業、または、Qの全体をBという数でわけて「ひと箱/ひとパック」にしていく手順、いわばベルトコンベアに向かいながら、繰り返し流れてくるものQを、一定の数Bで、ひとまとめにしていく手作業を表している。 こうした流れを、時の流れに推しひろげたのが、次の例である。 3日ごと/2日おき + に1回ずつ、お風呂屋さんに行って、髪を洗っている。 1週間に2日ずつ、音楽塾に行って、ピアノの練習をしています。 3月にもなると、日の光が変わり、少しずつ暖かくなってきましたね。 手術後、わずかずつではあるが、元気をとり戻しつつあるような気がする。 上の「少し/わずか+ずつ」は、A「1日につぎ」という意味を表している。 じゃ、みんなで2000円ずつ出し合って、ご香典ということにしましょうか。今回の配当金は、一律10万円ずつということにするけど、いいね?大掃除を始めますが、廊下は、各階2人ずつで当たってください。 上の例は、流れ作業ではなく、作業の分担や配分を表している。これは、全体の数が未知数ではなく、あらかじめわかっている場合であるが、例えば、B「2000円/10万円/2人」という数は、全体の数「香典の額/配当金/廊下を掃除する人の数」を、ただ「人数/階数」で割っただけという単純計算で求めている。 この場合でも、P「人/各階の廊下」の数を「A=1」つまり「ひとり/ひとつの階」にして、全体の数Qを「1あたり」の数Bでグループ化している点は同じである。 1時間に5キロ + のわりで/ずつ + 歩くと、いつ目的地に着きますか。(省略可) 観光客 10 人に1人 + のわりで/ずつ + ガイドをつけることにしよう。(省略可) このお菓子を 15 個 + ずつ/×のわりで、箱に入れていってください。(省略不可) →このお菓子を、1箱に 15 個 + ずつ/のわりで、入れていってください。(省略可) いくらか + ずつ/×のわりで、お金を集めて、被災地へ送りましょう。(省略不可) コーヒーは、モカとブラジルが、2対3 + のわり/×ずつ + ですね。(省略可) ▶本文 3.5.「順接仮定条件/基準/~のわりには」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~わりには」を参照 ▶本文 7.3.「比較・比喻・比例/比例/原因/~わりには」を参照 「Aに + (対して/つき) + Bのわりで」は「~ずつ」と互換性をもつ場合もあるが、作業や時間の流れではなく、単なるAとBの「比率/割合」を表しているにすぎない。つまり、AとBの数が明示されていないと使うことができない。逆に「~ずつ」は、AとBの数が明示されている「A対B」の場合は使うことができない。 互換性のある場合、日常会話では「~のわりで」も「~ずつ」も、省略されることが多いが、両者の違いをいえば、基本的に「~ずつ」は算数の教科書などには使われることはあっても、対話の現場がないと理解しにくい場合があるので、話し言葉専用である。これに対して「~のわりで」は、書き言葉か、比率であることを際立たせるため使われる、やや改まった話し言葉である。 また、すべての「~のわりで」と互換性のある「~の割合で」という言い方があるが、書き言葉専用である。 <617> 6.3. 変化の表現/比例変化 ~ば~ほど・~ば~だけ A + ば + A + ほど + B:Aの進行に(反)比例して、Bも変化していく。 A + ば + A + だけ + B:Aの程度に比例して、予想通りBも変化する。 A + ば + A - る / - い / (状態) 名詞である / 状態名詞な + ほど / だけ A + ば / たら + A + た + だけ (注)「A + ば」が省略され、単独で「名詞 + ほど」が使われることがある。 Aが名詞の場合「Aであればあるほど/Aであったらあっただけ」などになるが、状態名詞は、名詞と同じになるか「AであればAなほど/AであったらAなだけ/AだったらAなだけ」など「A+な」になることがある。 ただ「いい人ならいい人ほど早く死んでいくね/静かなら静かなだけ気持ちが落ち着く」など、(状態)名詞の場合「Aで+あれば/あったら」の代わりに「A+なら」を使う人がいるかもしれない。 ▶本文4.「順接仮定条件/~なら・~たら・~ば・~と」の「形態」を参照 形態 「A + ば + A + ほど」は、前半の「A + ば」が省略されることがある。しかし「A + ば/たら + A + だけ」は、(状態)名詞の場合しか省略できない。 前半が省略された場合、名詞では「Aほど/Aであるほど/Aであるだけ/Aであっただけ」が使われる。状態名詞も名詞と同じであるが、名詞が「Aほど」になる場合、状態名詞は「Aな + ほど/だけ」が使われる点だけが異なっている。 ただ「名詞A + だけ」は、意味が違ってしまうので、ここでは使うことができない。「-る + ほど」には、さらに「~に」が接続して、書き言葉や高齢者の話し言葉で使われる「-る + ほど + に」という形態がある。 「~ほど」も「~だけ」も、次のように、いろいろな意味や使い方がある。 ▶本文「比較・比喩・比例」の次を参照 7.1.「比較と程度/~ほど~ない」7.2.「比喻/~そうなほどだ」 ▶本文7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~だけに/『~だけ』の使い方」を参照 ▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~だけだ」を参照 ▶本文2.6.「時の表現/基準時直前直後/-るだけだ」を参照 ▶本文1.7.「主題/累加/~だけでなく」8.1.「極限/状態/~だけ」を参照 互換性 Bが、Aからして当然、予想される結果の場合、置き換え可能。 置換 [例] その問題は、考えれば考えるほど、わからなくなった。 次のように、置き換えると不自然になる。 *その問題は、考えれば+考える/考えた+だけ、わからなくなった。次の「~ほど」も「~だけ」に置き換えると、不自然になる。 今度のドラマのヒロイン、見れば見る + ほど/×だけ + 可愛いねえ。 そのパーティーは、時間が経てば経つ + ほど/×だけ、楽しくなっていった。 先生の説明は、聞けば聞く + ほど/×だけ、わからなくなってくる。 <618> このワイン、なぜか飲めば飲む + ほど/×だけ、気がめいってくるんだけど。 食べようと思えば思う + ほど/×だけ、どうしてか食べられなくなる。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~(よ)う』の使い方/話し手の状況判断 4」参照 次の「~だけ」は、接続の関係で「~ほど」には、置き換わらない。 稼いだら稼いだ + だけ/×ほど、使うんじゃないよ。少しは貯金しろ。 勉強って、質よりは量ですね。したらした + だけ/×ほど、成績は上がりますよ。 用例 次の用例は、互換性がある。 問題は、考えれば考えるほど、解決へと近づいていった。 →問題は、考えれば + 考える/考えた + だけ、解決へと近づいていった。 お酒というものは、酔えば酔うほど(に)、楽しくなるものだよ。 →お酒というものは、酔えば + 酔う/酔った + だけ、楽しくなるものだよ。 いい品ですから、安ければ安い + ほど/だけ、よく売れていきますね。 「一病息災」といいますから、何の病気もなく、健康であれば + ある/健康な + ほど/だけ、いったん病気をしたとなると、ひどいのですよ。 よくできる社員(であればある)ほど、上司を物足りなく感じるようだ。 →よくできる社員で(あれば)あるだけ、上司を物足りなく感じるようだ。 使い分け 「Aば + A - る + ほど + B」は、Aが時間の経過や事態の進行を示し、それにつれて Bが変化したり進展したりしていくことを表しているが、Bは、Aの推移からして「当然の成り行き/予測可能な事態」であっても、逆に、意外さをともなう「予測不能な事態」であっても、使うことができる。つまり、AとBとは「順接関係」でも「逆接関係」でも可能である。 事件は、捜査が進めば+進むほど/×進むだけ/×進んだだけ、意外な事実が次々と発覚し、混迷をきわめて、とうとう迷宮入りとなった。 →捜査は進んだが、事件は混迷をきわめて、とうとう迷宮入りとなった。 上の例は、捜査が進めば、真相が究明されるという事態からすれば、事の成り行きは、予想外な展開をしており、AとBは逆接関係を示しているので、順接関係の場合にしか使えない「A + ば/たら + A + -る/た + だけ + B」に置き換えることができない。 事件は、捜査が進めば + 進むほど/※進むだけ/進んだだけ、次々と予想通りの事実が見つかり、解決へ向けて、意外なほど早く進展した。 →捜査は進んだので、解決へ向けて、意外なほど早く進展した。 「A + ば/たら + A + - る/た + だけ + B」は、時間が推移し、事態が進展するにつれて、話し手が予想し期待する方向へ進んだり、話し手の経験や社会的通念からすれば、当然の成り行きを示したりする場合に使われ、AとBには、一種の因果関係が存在する。 上の例は「捜査が進んだ + 結果/から/ので、次々と事実が見つかった」ことを表しているので、むしろ「進んだだけ」のほうが自然な響きをもつ。 使い分けワンポイント ①「~ば~ほど」と「~ば~だけ」の違い 「Aば + A - る + ほど + B」と「A + ば/たら + A + - る/た + だけ + B」の基本的な違いをまとめると、次のようになる。 <619> ~ば~ほど:AとBは、時間の推移につれて、同時に進行する。 AとBは、因果関係がなくても使うことができる。 AとBは、順接関係でも、逆接関係でも使うことができる。 ~ば~だけ:AとBが同時に進行する場合「-る + だけ」が使われる。 AとBにタイムラグがある場合「~た + だけ」が使われる。 AとBに、因果関係がある場合にしか使うことができない。 基本的に、Aの増加量に比例して、Bが増加することを表す。 使い分けワンポイント ②~たら~だけ・~と~ほど・~と~だけ 待に「Xたら + Xただけ + Y」は、次のように「Y=aX」という一次関数の比例式が適応でき、変数Xの量的増加に伴い、一定の割合「a」で、Yも量的に増加していくことを表している。 水を飲んでも、太るんでしょう?食べたら/×食べれば + 食べただけ太るのよ。やせたければ、食べるの、今までの半分にしなきゃあね。 ▶本文「順接仮定条件」の 4.1.「仮定条件/~たら」 4.3.「一般条件/~ば・~と」を参照 この「~たら」は、話し言葉で多用される仮定条件を表し、目の前にいる聞き手の状況といった特定の場合に使われる。 常識に基づく一般条件を表す「~ば」を使って、これを「食べれば食べる + ほど/だけ + 太る」に換えると、誰もが「水を飲んでも太る」と言っていることになるので、不自然な響きになる。 もちろん、常識として「食べれば誰でも太る」という場合は、使うことができる。この常識的判断は、次の3つの使い分けができる。 1. 食べれば/食べると + 食べるほど太る:食べれば太る 2. 食べれば/食べると + 食べるだけ太る:食べる量に比例して太る 3. 食べれば/食べると + 食べただけ太る:食べた分量が身についた結果、太る また、話し手の経験に基づく一般条件を表す「~と」を使っても同じであるが、話し手が「かつて/現在+食べすぎという生活習慣によって肥満で+あった/ある」という経験の持ち主という制限がつく。 「~ほど」を使うか「~だけ」を使うかの選択は、以上からもわかるように「~ほど」を使うほうが無難である。ただ、無難ではあっても、一般的な常識範囲のことしかいえないので、会話で使うと、お説教じみて聞こえる場合があり、面白みがない。 知ってる?飲めば飲むほど/飲んだら飲んだだけ、顔が青くなって、いくらでも飲める人がいるだろう?なにか、すごいものを感じるよね。 この点「~だけ」は、特定のケースや人物など、具体的で個別的な場合に使うことができるので、冗談を言ったり皮肉を言ったり、生き生きとした会話を楽しむことができる。これは「~だけ」を使うと、因果関係のある「予期した出来事」を、暗にほのめかすことができるからであるが、できるだけ「数量化/統計化/デジタル化/スペクトル化」 <620> の可能な内容のほうが、自然で座りがよい響きになる。 「置換」(p.617)の「×」で示したように、因果関係も量的な変化もない事態に使われると、異様な響きになってしまう。 健康に目信があるだけ (に)、いったん病気をすると、ひどいのですよ。 よくできる社員であるだけ (に)、上司を物足りなく感じるようだ。 捜査が進んだ + だけあって/だけに、多くの手がかりが見つかった。 ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~だけに」を参照 因果関係をもった比例変化を表す「~だけ」と、上に示した、原因と結果が比例することを表す「~だけに」とは、常に響き合っている。 使い分けワンポイント ③~ば~ぶん 残業すれば残業した + ぶん (だけ) / だけ、50%アップの時間給がつきます。 ポイントは、たまったらたまった + ぶん (だけ) / だけ、はやく商品券に換えておかないと、1年も経つと、無効になってしまいますよ。 ガソリン、走ると走った + ぶん (だけ) / だけ、減るんだから、その分、ちゃんと入れて、車、満タンの状態で、返さないとだめだよ。 問題は、考えれば考えた + だけ/×ぶん、解決へと近づいていった。 お酒というものは、酔えば酔った + だけ/×ぶん、楽しくなるものだ。 「X + ば/たら/と + Xた + ぶん (だけ) + Y」も、先ほどの「使い分け②」に示した「Xたら + Xただけ + Y」と同じように、比例式「Y=aX」で表すことができるが、もともと「分量」を表す「分/ぶん」が使われているので、計測単位をつけて換算できる「時間/お金/数量/容量/面積/重さ/長さ」などによって、100%「数量化/デジタル化」の可能な場合にしか使うことができない。 この「ぶん」は、名詞「三人分/子どもの分/増加分/取り分」としての機能を残しているので、さらに「限定/比例」を表す「~だけ」をつけることができるし、また「残業した分の時間給/たまった分を商品券に換える/走った分が減る/増えた分を貯金する」といった使われ方をする。 これに対して「Xたら + Xただけ + Y」の場合は、計測単位をつけて換算のできない、より抽象度の高い事態「考えただけ解決へと近づく/酔っただけ楽しくなる」にも使うことができるが、この場合「~ぶん」を使うと不自然になる。 「X + ば/たら/と + X た + ぶん + Y」は「X + ば/たら/と + X た + だけ + Y」と同じ使い方であるが、X と Y にタイムラグのある「X の結果 Y」しか表さないので、一般条件を表す「~ば/~と」の場合でも「- る + ぶん」という使い方は存在しない。 使い分けワンポイント ④「~ぶん」の使い方 「A+分/ぶん+B」の使い方には、次のようなものがある。 1. Aの割当量/Aに相当する量:~(の)ぶん それ、あなたの分じゃない、弟の分よ。あなたにあげた分、もうなくなったの? <621> 先月分は払いました。今月分は来月分と一緒に、月末、お支払いします。 2.BはAの「数量/程度」に相応した量/AとBは因果関係:~た + ぶん仕事、早く(始めたら)始めたぶん(だけ)、早く終わりましたね。 風邪で休んだぶん、(休んだ日数に比例して) 授業についていけなくなった。 クラブ活動で頑張ったぶん、授業で居眠りしている。 それまでが順調だったぶん、失敗したショックのあまり、再起不能になった。 心から愛していたぶん、夫の不倫は、その後の彼女を変えてしまった。 3. 進度/進み具合/成り行き:このぶん+では/でいくと/だとずいぶん曇ってきましたね。このぶんでは、夕立が来そうですよ。このぶんでいくと、あと2時間ほどで、終えることができるだろう。まだこれだけか。このぶんだと、朝までかかってしまうかもしれない。 4.許容された範囲/対比された一方:~ぶんには 入様の子はともかく、うちの子が遊んでいるぶんには、かまわないよ。 そっちで飲んでるぶんにはいいけど、ご飯は、もう少し待っててね。 知ってるぶんには文句ないんだが、知らなきゃ、ちょっと困るんでね。 見ているぶんには気楽そうでも、実際やってみると、力が要るんです。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~なら」 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/3つの『~なら』を参照 この「~ぶんには」は、主題を表す「~なら」と共通するものがある。 使い分けワンポイント ⑤ ︷一方だ・~ばかりだ すごいね。最近、学校の成績、上がる + 一方/×ばかり + なんだって? 手術のあと、病状は回復して、よくなる + 一方/×ばかり + だった。 パーティー、すごく盛り上がって、楽しくなる + 一方/×ばかり + ね。 このごろ貯金が増えていく + 一方/×ばかり + なのはいいんだけど、利息が下がっていく + 一方/ばかり + じゃ、やはり老後が心配だよね。 売り上げ、減っていく + 一方/ばかり + だし、これからのことを考えると、気分のほうもめいっていく + 一方/ばかり + なんです。 年金支給額が少なくなる + 一方/ばかり + で、高齢者の預貯金は、目減りする + 一方/ばかり、老人ホームレスの増加を心配する声もある。 携帯電話の普及で、年齢を問わない「オタク化」に拍車がかかる + 一方/ばかり + で、他人への気遣いのなさは、目をおおうばかりだ。 ▶本文 1.6.「主題/対比/~一方(で)」を参照 ▶本文1.6.「主題/对比/~一方(☹)」を参照 ▶本文2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ばかりだ」を参照 ▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ばかりだ」を参照 ▶本文10.1.「モダリティの表現/禁止と義務」の次を参照 「~ないわけにはいかない・~てばかりはいられない」 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~ばかりに」を参照 ▶本文1.7.「主題/累加/~ばかりでなく」「比喻/~んばかりに」を参照 ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + ばかり」を参照 「変化目動詞-る+一方/ばかり+だ」は、起こった変化が止まらない状態を表し、前者「~一方だ」は、客観的なプラスマイナスの変化の継続を、やや大袈裟に述べる場合に使われ、後者「~ばかりだ」は、起こったマイナス変化が、再変化してプラスにな <622> 6.3. 変化の表現/比例変化 らないという不安を述べる場合に使われる。 プラスの「~一方だ」は、比例変化というよりも、加速度的、いわば「うなぎのぼり」の変化が続いていく感じがするが、マイナスの「~一方だ/~ばかりだ」では、どちらも比例変化で、変化の割合が、前者「~一方だ」のほうが大きいといった響きがある。 また、マイナス変化の継続を表す場合、主に「~一方だ」は、書き言葉で、一方「~ばかりだ」は、話し言葉で多用される。 父は、甘いものが嫌いで、飲む一方だ。 あいつは、酒がダメなので、宴会では、もっぱら食べる一方だ。 兄は、真面目一方な性格で、ユーモアに欠け、友達が少ないようだ。 あいつは、真面目なところがなく、人に会うと、ふざける一方だ。 「︷一方」には、話し言葉で、まるで変化の継続が停止して、習慣化したかのような、好みや性格の傾向を表す場合があるが、限られた言葉にしかつくことができない。 使い分けワンポイント ~つつある・~ているところだ 地球は現在、窒素化合物が増えつつあり、温暖化現象を起こしている。 ≠地球は現在、窒素化合物が増えており、温暖化現象を起こしつつある。 手術のあと、病状は回復し + つつあり/×ており、危険な状態から脱却している。 ×手術のあと、病状は回復しており、危険な状態から脱却しつつある。 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~つつ」を参照 ▶巻末「動詞/動詞の分類」「動詞の種類/継続動詞・内的限界動詞」を参照 「~つつある」は、書き言葉にしか使われないが、特に〈内的限界動詞〉の「ます形」に接続して、話し手が、終着点へ向かう途中にある変化の推移や、終着点へ向かって刻々と姿をかえていく動きの変化を、観察者の目でとらえ描き出そうとする場合に使われる。上の例は、開始した変化「増える/起こす/回復する/脱却する」が、変化を終える途上にあり、終着点に向かって変化しつづける状況が、カメラアイのターゲットとなり、撮影されているかのような響きがある。 〈基準時同時間帯〉 増え/起こし+はじめた 増え/起こし+つつある 増え/起こし+おえる 過去 基準時現在 未来 つまり、話し手が話をしている「今」という時間を基準時とすると、4つの「増え/起こし/回復し/脱却し+つつある」は、基準時と同じ時間帯の出来事であることを表している。 「~つつある」は「増え/起こし/回復し/脱却し+つつある」といった変化が、どのような変化なのかは問題にしていないが、ゆるやかな等速変化をしているといった響きはあるので、比例変化ととらえることができるかもしれない。 <623> 今、生まれつつあるところで、分娩室の外で待っているところだ。 今、生まれているところで、 $ ^{×} $分娩室の外で待ちつつあるところだ。 出かけようとするとき、まだ雨が降り、雷も鳴っているところだった。 電話がかかってきたとき、ちょうど晩ご飯を食べているところだった。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ているところだ」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/~といったところだ」1.7.「主題/累加/~どころか」を参照 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~たところで」を参照 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~ところによると」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想/~ところだった」を参照 ▶本文 5.2.「逆接確定条件/モーダス表現/~ところが・~ところを」を参照 ▶本文 5.4.「逆接仮定条件/~たところで」を参照 「~ているところだ」は、書き言葉でも話し言葉でも使われるが、通常〈継続動詞〉に接続して、すでに始めた動作を、まだ続けており、終わろうとする段階にはないことを表している。 上の「待って/降って/鳴って/食べて + いるところ + だ/だった」は、話し手や、たとえ自然現象であっても、生命を感じさせ、あたかも意志をもって動いているかのような雨や雷が、いまだ「待つ/降る/鳴る/食べる」という動作を継続させており、やめるつもりも気配もないダイナミックな場面がとらえられている。 〈基準時同時間帶〉 始めた 待って/食べて + いるところ + だった/だ 終える 大過去/過去 陣痛 基準時過去/基準時現在 生まれているところだ/生まれつつある 現在/未来 生まれる 「待って/降って/鳴って/食べて+いるところ+だ/だった」は、〈基準時現在〉の「今」や、〈基準時過去〉「出かけようとするとき/電話がかかってきたとき」と、動作「待つ/降る/鳴る/食べる」が同じ時間帯にあることを表している。 しかし「~ているところだ」は「~つつある」とは異なり、変化を表すことはなく、ただ動いているものが、その動作を、まだ止めようとはしていない状態を表すにすぎない。 使い分けワンポイント ⑦「~つつある」と「~ているところだ」の違い-1 「~つつある」と「~ているところだ」は、〈基準時同時間帯〉という点では共通しているが、次のような違いがある。 内的限界動詞/瞬間動詞+つつある: 始まった変化または動作が、ゆっくりではあるが、やむことなく続いている静的な状態を描写する。一人称には使えないという人称制限がある。 <624> 継続動詞/非内的限界動詞 + ているところだ: 始めた変化または動作を、そのままやめることなく続けている動的な状態を表す。 人称制限はない。 たとえ〈内的限界動詞〉〈瞬間動詞〉であっても、その動作に生命や意志が感じられ、開始から終了まで長い時間のかかる場合、例えば「赤ちゃんが生まれる」なら「生まれているところだ」も使うことができる。 ただ「生まれつつある」なら、コマ送りしているスローモーションの画面を見ている感じで、赤ちゃんの様子は変化していくものの、静物のような被写体にすぎない。 しかし、これを「生まれているところだ」に換えると、画面は通常速度になり、赤ちゃんがクローズアップされ、まるで自分の意志で生まれ出ようとしているかのような場面になる。この赤ちゃんの父親なら、おそらく「生まれているところだ」を使うのではないかと思われる。 膝が痛いんだが、無理して + 立っている/×立ちつつある + ところだ。 →膝が痛いのに、無理して + 立っている/立ちつつある + ところだった。 ▶本文2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ているところだ」を参照 上の例は、どちらも立ち上がるまでの状態を表している。上のほうの「立っているところだ」は、聞き手から「何をしてるんですか (↓)」と言われた話し手が、膝の痛みを知らない聞き手に説明しているところといった想像が可能であるが、これを、このまま話し手自身の動作と仮定して「立ちつつある(ところだ)」に換えると、不自然になる。下のほうのように、第三者「父は膝が痛いのに」なら「立っている/立ちつつある+ ところだった」の両方が使われ、両者の違いは「赤ちゃん」の場合と同じである。 また、文末の「~ところ」を比べてみると、前者「~ているところだ」の「ところ」は「動的な時間的状況」を、後者「~つつあるところだ」の「ところ」は「静的な空間的場面」を表している。 〈意志動作〉 座っていた/立ちはじめる 過去 立っているところだ 大阪発 行くところだ 立ちおえる 基準時現在 行っているところだ 未来 東京着 〈场面描写〉 座っていた/立ちはじめる 過去 立ちつつある 大阪発 基準時現在 立ちおえる 行きつつある 未来 東京着 <625> 今、新幹線のデッキでね。大阪から東京へ + 行ってるところなんだ/行くところなんだ/ *行きつつあるんだ。 彼は新幹線のデッキで電話をしていた。大阪から東京へ + 行きつつあった/行っている ところだった/行くところだった。 上の「行っているところだ」より「行くところだ」のほうが自然に感じられるのは、この「行く」が「目的地/到着点」にターゲットをおく動詞なので、わざわざ長ったらしい「行っているところだ」を使わなくても、ただ「行くところだ」といっただけで、目的地に到着する以前なら、まだ家にいるときでも家を出たときでも、駅に着いて新幹線に乗るときでも乗ってからでも、すべてのときを表すことができるからである。 「目的地/到着点」を志向する動詞には、ほかに「目的地/到着点 + に + 来る/着く/入る/出る/乗る/座る/到着する/入学する」などがある。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/場所 + に・で・を」を参照 一方「立つ」は「座っている」状態からの変化を表し、ターゲットを「出発点」におく動詞で、もし「今、立つところだ」というと、まだ座っていることになり、例えば、椅子から離れて、床に立ち上がった状態になるまでの間は、やはり「立ちつつある/立っているところだ」を使うよりほかない。 「出発点」を志向する動詞には、ほかに「出発点 + を + 発つ/出る/下りる/出発する/卒業する」などがある。 〈家に着いたとき、父は+死につつあった/×死んでいるところだった〉 病気だった 死につつあった 死ぬ 大過去 基準時過去:家に着いた 基準時の未来 同じ〈内的限界動詞〉〈瞬間動詞〉であっても、例えば「死ぬ」の場合、おそらく「死は一瞬の出来事」で、動作に生命や意志が感じられないので、たとえ話し手自身のことであっても「死んでいるところだった」を使うと、不自然に感じられる。ただリストカットをして、湯船につかっている場合は、使えるかもしれない。 いずれにしても「内的限界動詞/瞬間動詞」の場合「~つつある」も「~ているところだ」も、〈基準時同時間帯〉を表すという点では一致しており、変化や動作が開始してから終了するまでの「中間時間帯」を表している。 使い分けワンポイント ⑧「~つつある」と「~ているところだ」の違い-2 通常の使い方とは逆になる場合の「~つつある」と「~ているところだ」の違いは、次の通りである。 内的限界動詞/瞬間動詞+ているところだ: 「内的限界動詞/瞬間動詞+つつある」と、同じ中間段階の時間帯を表すが、意志を感じさせる <626> 動作や変化にしか使うことができない。 「到着点」を志向する動詞は、むしろ「-る + ところだ」のほうが自然である。人称制限はない。 継続動詞/非内的限界動詞+つつある: 「継続動詞/非内的限界動詞 + ているところだ」とは異なり、動作の初期段階における変化しか表すことができない。 一人称には使えないという人称制限がある。 「内的限界動詞/瞬間動詞 + ているところだ/つつある(家に + 帰っているところだ/帰りつつある)」は、同じ変化途上の「中間時間帯を表すが、これが「継続動詞/非内的限界動詞 + つつある(今、待ちつつあるんです)」になると、まるで、すでに始まっている「ウォーミングアップして待とうとする状態」が、いよいよ本格的な「待つ体勢」に移ろうとしているかのような感じになる。 もし電話で「今、何をしてる?」と聞かれて、箸を持ったばかりのときなら「ご飯を食べつつあるんだ」と答える人がいるかもしれない。これは「ご飯を+食べる/食べようとしている+(ところな)んだ」と答えたのでは、まだ台所から料理を運ぶか、運んでいるところで「箸も持っていない」状態と勘違いされる可能性が存在するからである。もちろん、口のなかに何もないこの状況で「食べている(ところな)んだ」は使うことができない。 しかし「~つつある」が異様に響くのは、話し手が自分自身を、あたかも意志をもたない「静物/被写体」にしているかのように聞こえるからである。これが例えば、日記か何かに「玄関に立った課長は、タクシーを待ちつつあるかのような素振りを一瞬のあいだ見せただけで、そのまま歩いて出かけてしまった/食堂に入ってきた人々は、各自トレイを手に、カウンターで好きな料理をとったり、テーブルについたりして、ご飯を食べつつある」と記され、他人事に使われると、不自然さは消えてしまう。 〈意志動作〉 食べはじめる 食べているところだ 過去 雨が+降りはじめる 食べおえる 基準時現在 降っているところだ 未来 あがる/やむ 〈场面描写〉 席に着く/箸をもつ 食べつつある 過去 基準時現在 食べはじめる 曇っている/ぽつぽつしはじめる 降りつつある 未来 ザーと降りだす <627> 「雨が降り、雷も鳴りつつあった」は、仮に「雨/雷」を静態としてとらえ、今は「降りはじめ/稲妻や雷鳴」の段階で、これから「土砂降り/落雷」に移ろうとしている変化を描写する場合に使われる。これを「雨が降/雷が鳴+っているところだ」にかえると、まるで「雨/雷」が生命をもち、自分の力で「土砂降り/落雷」を起こしている真っ最中といった感じになる。 つまり「継続動詞/非内的限界動詞 + つつある」と「継続動詞/非内的限界動詞 + ているところだ」は、同じ「基準時同時間帯」を表すといっても違いがあり、前者は「初期段階」の変化、後者は「中間段階」の継続する動作を表している。 使い分けワンポイント )「~つつある・~ているところだ」のまとめ 「~つつある・~ているところだ」と動詞の関係をまとめると、次のようになる。 ▶巻末「動詞/動詞の分類」「動詞の種類/瞬間動詞・非内的限界動詞」を参照 ~つつある(場面描写) 〈開始準備終了への途上〉 食べつつある 〈変化の終着点への途上〉 走りつつある 降りつつある 壊しつつある 壊れつつある 非内的限界動詞 継続動詞 行きつつある 壊しているところだ 内的限界動詞 瞬間動詞 食べているところだ 降っているところだ $ ^{*} $壊れているところだ 行っているとことだ 〈意志的動作の終着点への途上〉 〈意志的動作の終着点への途上〉 ~ているところだ(意志動作) ほとんどの動詞が〈継続動詞〉なら〈非内的限界動詞〉であり、〈瞬間動詞〉なら〈內的限界動詞〉であるが、〈一対の自他動詞〉の他動詞である「壊す/増やす/割る/届ける/温める」などは、〈継続動詞〉であり〈内的限界動詞〉でもあるという特徴を備えている。つまり動作の全過程「開始→継続中→終了→終了後の状態」を表すことのできる最も動詞らしい動詞である。 使い分けワンポイント⑩「~ている」の使い方 「~ている」は、上にあげた「~つつある/~ているところだ」と比較すると、使い方が、 あいまい まぎ さらに曖昧で紛らわしく、しばしば日本語学習者をとまどわせている。 「~ている」は、動詞の種類によって、次の2つの使い方がある。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 <628> ▶本文 2.8.「時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣/~ている」を参照 ▶巻末「動詞/動詞の種類」を参照 1. 基準時同時間帯:〈継続動詞〉と〈非内的限界動詞〉 すでに開始していた事態や動作が、基準時において、いまだ終了することなく、進行していたり継続していたりする状態を表す。 2. 基準時以前既実現:〈瞬間動詞〉と〈内的限界動詞〉 変化や動作が、基準時において、すでに終了しているが、結果として、その変化や動作のあとが残ったまま持続している状態を表す。 左方向を過去、右方向を未来とし、過去から未来へという時間の流れのなかで、動作や変化が、どのように「開始→最中→終了(→最中)」または「開始→変化→終了→最中(→再変化開始→変化→終了→最中)」するかを図示してみると、次のようになる。 〈基準時同時間帶〉 食べつつある 食べている(ところだ) 食べようとする 食べおえている 食べはじめる 基準時 食べおえる 〈基準時以前既実現〉 起きつつある〈変化〉 起きている 寝る/寝た 起きようとする 起きる/起きた 基準時〈再変化〉寝ている 行くところだ〈変化〉 行 っ て い る 帰る/帰った 行こうとする 行く/行った 基準時〈再変化〉帰っている 話し手が話している「今」を基準時にして、基準時に対する動作の位置を、基準時を中心に配列すれば、次のようになる。 〈基準時同時間帯〉 食べはじめた 過去 食べている 開始 基準時現在 基準時以前既実現 食べおえる 終了までの最中 未来 基準時同時間帯 終了 基準時以後未実現 <629> 起きた/行った起きている/行っている 過去 寝る/帰る 終了 基準時以前既実現 基準時現在 再変化までの最中基準時以前既実現 未来 再变化開始 基準時以後未実現 使い分けワンポイント 地球は現在、窒素化合物が増えつつあり、温暖化現象を起こしている。≠地球は現在、窒素化合物が増えており、温暖化現象を起こしつつある。手術のあと、病状は回復しつつあり、危険な状態から脱却している。❉手術のあと、病状は回復しており、危険な状態から脱却しつつある。 ▶本文2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 ▶本文2.8.「時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣/~ている」を参照 〈継続動詞〉であり〈内的限界動詞〉でもある〈変化他動詞〉、例えば「起こし + ている」の場合、前後関係で、2つの使われ方をし、ひとつは〈継続動詞〉として〈基準時同時間帯〉、つまり基準時と同じ時間帯に、事態が「進行/継続」中であることを表し、もうひとつは〈内的限界動詞〉として〈基準時以前既実現〉、つまり基準時以前に、すでに変化「起こし + た」が実現しており、その変化後の状態が、まだ次の段階への変化をみせないまま、持続中であることを表す。 〈基準時同時間帶〉 起こしはじめた起こしている(ところだ) 過去 起こしおえる→起こしている 起こりはじめた 基準時現在起こりつつある 未来:起こした/起こった起こりおえる→起こっている 〈基準時以前既実現〉 起こした 過去 〈再变化〉 起こった 基準時現在 起 未来 〈再变化〉 上の「起こる」や「増える/回復する/脱却する」など、〈瞬間動詞〉で〈内的限界動詞〉の場合は、〈基準時以前既実現〉を表すことになる。つまり「起こっ/増え/回復し/脱却し+ている」は、変化後「起こっ/増え/回復し/脱却し+た」あとの状態を表している。 そして〈基準時同時間帯〉を表すには、変化の開始から終了までの途中を表す「起こり/増え/回復し/脱却し+つつある」か「起こっ/増え/回復し/脱却し+ている+ <630> ところだ」が使われる。 〈基準時以前既実現〉 増え/回復し/脱却し + た 増え/回復し/脱却し + ている→〈再変化〉 過去 基準時現在 未来 〈基準時同時間帯〉 〈場面描写〉増えはじめた 〈意志動作〉 増えつつある 過去 増えはじめた 増えおえる=増えている 基準時現在増えているところだ未来増えおえる=増えている 「窒素化合物が増えつつあり、温暖化現象を起こしている」は、窒素化合物が増え続けている状態を表してはいるが、温暖化現象のほうは、起こし続けている途中であるとも、すでに起こってしまったとも、理解できる。 「窒素化合物が増えており、温暖化現象を起こしつつある」は、非常に明確で「窒素化合物は、すでに増えてしまい、温暖化現象を起こす途上である」としか理解できない。一方「病状は回復しつつあり、危険な状態から脱却している」は、病気は回復する途上であり、危険な状態からは、すでに脱却したことを表している。しかし「×病状は回復しており、危険な状態から脱却しつつある」は、病気はすでに回復したが、危険な状態から脱却する途上であることを表している。 使い分けワンポイント 「ここで何をしてるか」ですって?友だちの来るのを待ってるんです。昨夜は、ひどい雨が降っていましたね。雨の音で目が覚めましたから。 どちらも〈基準時同時間帯〉を表し、基準時「今(現在)/目を覚ましたとき(過去)」と同じ時間帯に、すでに開始した動作「待つ」や変化「雨が降る」が「今/そのとき+まさに真っ最中で+ある/あった」ことを表している。 しかし「2時間も待ったよ/昨日はひどい雨が降ったね」といった「~た」の場合は、今はすでに「待っていない/降っていない」状態を表している。 つまり、この「待っている/降っていた」は、基準時において、動作や変化は、すでに始まっているが、まだ終わっていないという、始まりから終わりまでの「中間時間帯」を指していることになる。 どうしたのですか。あまり元気がありませんね。疲れているのですか。昨日のお電話、すみませんでした。友だちが来ていたものですから。 上の例は、どちらも〈基準時以前既実現〉を表し、基準時「今(現在)/電話があったとき(過去)」以前に、変化「疲れる」や動作「友だちが来る」が、すでに実現していたことを表している。 <631> 「あ~疲れた/友だちが来たよ」といった「~た」は、〈基準時同時既実現〉「疲れたと感じた/友だちが来た」瞬間か「友だちが帰った」あと〈基準時以前既実現〉である。しかし、この「疲れている/来ていた」は、基準時において、まだ「疲れた/来た+まま」の状態であるということを表している。 したがって、この場合の「~ている」は、変化や動作が実現してから「元気を回復する/友だちが帰る」といった変化が起こるまでの「中間時間帯」を指していることになる。つまり「~ている」は、動作や変化が起こってから終着点までの、または再変化の起こる転換点までの「事態の真っ最中」を表している。 使い分けワンポイント ⑬「~ている」と動詞の種類 日本語学習者をとまどわせるのは、次のような「~ている」である。 日記はこれから書きますが、家族への手紙はすでに書いていますよ。 ほかのビデオはないでしょうか、これなら、もう見ているんですけど。主人のはともかく、子どものお弁当は、朝7時には作っています。 ゆっくり歩いて行きますが、頂上へは、お昼までには登っています。そのことは、みんなで話し合っていますから、すでに解決ずみです。最終便のパイロットは、今晩11時には、香港に飛んでいるそうです。散歩の距離を少しずつ延ばして、昨日は丘のふもとまで歩いています。この本ですか。300 ページ読んでいますから、あともう少しです。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~なら・~は」を参照 ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/~までに・~まで」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + は・も」を参照 これらの動詞は、動作や変化が、開始してから終了するまでに、かなりの時間がかかって、継続できるという意味で〈継続動詞〉と呼ばれ、また、動作や変化が進行していっても、動詞そのものは、動作や変化の「終着点/限界」となるような結果を表さないという意味で〈非内的限界動詞〉と呼ばれる。 前者〈継続動詞〉は、動作や変化が、開始してから終了するまで、ほんの一瞬しかかからない「行く/来る/帰る/立つ/持つ/咲く」といった〈瞬間動詞〉とペアを組み、後者〈非内的限界動詞〉は、動詞そのものに、動作や変化の「終着点/限界」となるような結果をもつ〈内的限界動詞〉と対をなしている。 〈内的限界動詞〉には、〈変化自動詞〉と呼ばれる「割れる/汚れる/温まる」といった変化と変化結果を表す動詞群が含まれ、また、この〈変化自動詞〉と〈一対の自他動詞〉となる「割る/汚す/温める」などの〈変化他動詞〉群、つまり〈変化自動詞〉が表す変化結果で、動作や変化の「終着点/限界」を迎える〈変化他動詞〉群が含まれる。また、目的地という終着点をもつ「行く/来る/帰る/跳び込む」といった動詞群や、動作や変化が起こったあと、何らかの結果を残す「生まれる/死ぬ/花が咲く/しぼむ/月が出る/木が枯れる/時計が進む/自転車が傷む」などの動詞群からなっている。〈継続動詞〉は大部分〈非内的限界動詞〉と重なりを示し、〈瞬間動詞〉は〈内的限界 <632> 6.3.変化の表現/比例変化 動詞〉に等しいのであるが、ただ〈継続動詞〉と見なされている〈変化他動詞〉だけが、〈非内的限界動詞〉ではなく〈内的限界動詞〉に分類されている。 通常、〈継続動詞〉または〈非内的限界動詞〉に「~ている」がつくと〈基準時同時間帯〉、つまり動作や変化が、開始してから終了するまでの「中間時間帯」において「進行/継続」するという「事態の真っ最中」を表すのであるが、上にあげた例は、すべて〈基準時以前既実現〉を表し、動作や変化が実現したあとの状態を表している。 しかし、これらの動詞は〈非内的限界動詞〉と呼ばれるだけあって、たとえ〈基準時以前既実現〉は表していても、〈内的限界動詞+ている〉の場合とは異なり、再変化の起こる転換点をもたないので、ターニングポイントまで動作や変化の結果が「持続」するという「事態の真っ最中」は表していない。 上の例は、処理すべき対象が「~は/~なら」などで主題化されたり、また「すでに/もう/~には/~までに」などがついて、動作や変化に時間的な終着点が与えられたり、空間的な終着点が「~に/~まで/300 ページ」で示されたりすることによって、もともと〈非内的限界動詞〉であった動詞が、いわば「限定/限界」を設けられて〈内的限界動詞〉化したと考えられる。 使い分けつつポイクド あいまい まぎ 「~ている」の曖昧で紛らわしい点をあげると、次のようなものがある。 わかりました。では9時までには、駅の改札口で、お待ちしています。 わかりました。では9時まで、お店を閉めずに、お待ちしております。 ▶本文2.1.「時の表現/基準時未実現/~までに・~まで」を参照 「9時までには待っている」は、〈基準時以前既実現〉を表しており、基準時「9時」以前に「待つ」動作が実現すること、つまり「9時前から待ちはじめる」ことを表している。 これに対し「9時まで待っています」は、〈基準時同時間帯〉を表しており、基準時「今」と同じ時間帯、つまり「すでに待ちはじめている」現在から、店を閉める「9時」までの間、ずっと「待ちつづける」ことを表している。 ええ、結婚しました。これからハネムーンに出かけるところです。 ええ、結婚しています。これからフルムーンに出かけるところです。 下のほうの「結婚する」という動詞は、いわば「離婚/死別」という「終着点/限界」をもつ〈内的限界動詞〉としてとらえられている。したがって「結婚している」は〈基準時以前既実現〉を表し、基準時現在において、すでに「結婚」は実現しており、そのまま「離婚/死別」まで持続するものと考えられている。 上のほうの「結婚した」は、〈瞬間動詞〉として「結婚式や披露宴をした/役所に結婚届けを出した」を表しているので、例えば「今日、教会で結婚しました/昨日、結婚したばかりです」とはいうことができるが、やはり〈継続動詞〉ではないので、いくらビデオカメラで結婚式を撮影していても「×今、ふたりは教会で結婚しています」ということができない。この場合は「今、ふたりは教会で結婚式を挙げています」という。「ご結婚は?」と尋ねて、日本語学習者から「結婚しました」と答えられると、いつ <633> も軽いとまどいを感じる。言いたいのは「結婚しています」である。それくらいのことは、重々わかってはいても、日本語母語話者の哀しさ、身も心も「えっ、離婚してるの?」と反応して、驚いていることがよくある。 例えば、電話かチャットで話をしているのでもない限り、目の前で食事をしている人に向かって「何をしていますか(↑)」と尋ねる人は、おそらくいないであろうし、聞かれた方も、冗談ならともかく「今、ご飯を食べています」と答えるようなことは、まずないと思われる。まるで「何をしているんですか(↓)」と職務尋問をした警官に、路上を指さし「道を歩いています」と答えるようなものである。 また「何をしていますか(↑)」と聞かれたとしても、その内容は、見ればわかる食事のことではなく、食事をしながら何をしているのか、例えば「人を待っている/考えごとをしている」といった、聞かなければわからないことのはずである。 これが「何をしてますか(↓)/何をしてるんですか(↓)/何している(↓)」などになった場合には、非難を表して「こんなところで、のんびり食事などして」という意味になる。いたずらやけんかをしている子どもに向かって、周りの大人が「何してるんだ(↓)/何してるの(↓)」と言って、すぐ「やめろ/やめなさい」の代わりにすることが多い。 使い分けワンポイント ⑮「~ている」の言外の意味 食事に行く途中、知っている人に出会って「お昼ご飯、食べましたか」と尋ねると、ときに「ええ、食べています」を答える人がいる。 この人は〈基準時同時間帯〉の「今、食べています」ではなく、〈基準時以前既実現〉の「もうすでに食べています」を使って、ただ「ええ、食べました」と言うより、多くのことを聞き手に伝えようとしている。 この「食べている」は「食事を終えた」あとの状態が持続し、まだ「おなかがすく」という転換点に達していないことをほのめかしている。したがって、例えば「おなかがいっぱいです」と言おうとしているのかもしれないし、たとえ食べていなくても、聞き手が一緒に食事したくない相手であれば「おなかのすく」はずもないので、言外に「もし食事に誘うおつもりでしたら、お断りですよ」ということを伝えようとしているのかもしれない。 〈基準時以前既実現〉を表すのに、事実を述べるだけの「~た」を、わざわざ「~ている」にして使うと、話し手の心は、客観的な事実の確認から、主観的な感情の強調へと変化し、ときに「遠慮/ためらい」といった気持ちを表すこともあるが、イントネーションによっては、聞き手に対する「煩わしさ/うとましさ/非難/軽蔑」といったマイナス評価の感情になることがある。 使い分けワンポイント ⑯「わかっている」と「知っている」 わかった、わかった。泣くなよ。買ってやるよ。どれがいいんだい? それくらいのこと、何度もおっしゃらなくても、わかっているつもりですが。 そんな簡単なこと、何度も言わなくったって、子どもにでもわかりますよ。 まあ大変でしたね。ええ、ええ、わかりますよ。それでどうしましたか? <634> 6.3.変化の表現/比例変化 もう一度、説明してやれよ。あいつ、全然、わかってないんだから。 ▶本文2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現」の次を参照「『~ておく』が接続しない動詞」 「わかっています」が、理解や承諾を表す「わかりました」のかわりに使われると、いわゆる「ふたつ返事/生返事/はい、はい/そうか、そうか/わかった、わかった」になり、話し手は「言ってること、理解したよ。もう、うるさいんだから」と似た煩わしさを表し「とっくに知っている。それ以上うるさいことは言うな」をほのめかしてしまう。 教師専用の教室用語として使われ、親か上司など目上の者が、無知で愚かしい相手を論すかような言い方である「今の説明で、わかりますか/勉強しなさい、言ってること、わかったの?/これから掃除をします、いいですか、わかりましたか」などに対する返事には、普通「わかりました (理解しました/命令に従います)」が用いられるが、これを「わかります」にすると、相手をムッとさせ、さらに「わかっています」で答えると、相手を怒らせてしまう。 「わかっているのか」は「本当に理解できているのか」という意味で、こちらの言ったことがわかっていそうにもない相手に対して使われるが、完全に相手をばかにして、いかにも理解しているかどうか疑わしいといった口調で言われることが多い。こうした場合、けんかを避けたければ、しおらしく俯いて見せて「わかっています (もうとっくに理解している)」と答えるよりほかはない。 また、愚痴をこぼしているか、親の苦労や人生の悩みなどを訴えている相手には「わかりますよ/わかっていますよ」が使われ、これを「わかりました」にすると、話し手の意図は「あなたの苦労や悩みは、すべて理解できたから、もうそれ以上は言うな」になり、相手の話を打ち切ってしまうことになる。 「わかっていない」は、ある人が何かを「理解している」に見えても、本当は「理解していない」ことが明らかな場合に使われる。 貧欲に何でも知ろうとしなきゃだめだよ。時代に乗り遅れちゃうよ。 新聞で、高校時代のクラスメートが事故で亡くなったことを知った。 あの人のこと、どこまで知っているの。あまり知らないんじゃない? もう、こんな聞き分けのない子、お母さん、本当に知りませんよ。 何を聞いても「知らない」って。本当に何も知っていなかったようですよ。 「知る」は、見たり聞いたり、嗅いだり触ったり、舌で感じたり、体験したことを、脳細胞にインプットすることを表し、話し言葉では「知りたい/知ろう」など、意志動詞として使われる。 ただ、インプットされた瞬間を表す「知った」は受身的で、意志を感じさせない。知って、脳細胞のメモリーバンクに保存されたものは、再生可能か再生不能かに二分され、再生可能な状態が「知っている/覚えている」で、前者の「知っている」ものは、現在のことであり、後者の「覚えている」のは、過去の出来事である。 フリーズしてしまい、再生不能の状態が「忘れた/覚えていない」で、一時的な凍結状態には「ど忘れした」が使われ、突然、解凍し、再生機能が回復して「思い出す」こともある。 <635> 再生不能なのか、もともとインプットされていないのか、再生不能状態のふりをしているのか、区別しがたいのが、お偉い方に愛用される「記憶にない」である。 脳細胞にインプットするだけの「知る」は、インプットしたものに、比較や分析などの二次加工を施して、納得したり、状況を把握したりする「理解する/わかる」という過程を飛ばしてしまい、インプットして、そのままメモリーバンクに保存してしまうので、例えば「この夏の経験を通して+友だちのよさ/恋のつらさ/人のはかなさ/人生の面白さ+を知った」や「親/パソコン/日本語+のことをよく知っている」などは、新しい事実を発見したか、時間とともに数量を増した事実の数々を表し、理解とは別次元のことを指している。 「わからない」は「知った」あとの理解不能という判断を表している。もし「知らない」といえば、脳細胞にインプットされる以前の「白紙」の状態を指すことになる。 したがって、子どもに向かって「知らない」という母親は「あなたは見たことも会ったこともない子どもだ/私とは無関係な他人の子どもだ」と言っていることになり、幼い子どもをパニックに陥らせることになる。 日本語学習者に、道を尋ねたり、友だちのアドレスなどを聞いたりすると、ごく普通に「知りません」という答えが返ってくることがある。別に悪意のないことは十分にわかっていても、冷たく「どうして私に尋ねるの?そんなの、私と関係ないでしょう?私の知ったことじゃないわ」と言われた気になる。 おそらく日本人なら「いえ、あの、ちょっと」という前置きのあとで「知りません」というか、前置きだけで済ませてしまうにちがいない。 「知っていない」も「わかっていない」も、人称制限があり、一人称に使うことができない。ただ「おれはわかってないよ/何も知ってませんよ」という人がいるが、第三者に見立てた「もうひとりの私」を「非難/言い訳」するために使っている。 「わかる/知る」と「わからないと知らない/わかっていると知っている/わかっていないと知っていない」の肯定否定4組は、4組すべてに「~た」形があり、それぞれ8つずつ計16そろっている。 実際の使われ方は、次のようになっている。 使用频度 高←わかりました わかりません (でした) 知っています わかります わかっています→低 知りません (でした) 「わかりません/知っています」と「わかります/知りません」の間には、かなり大きなギャップがあり、上の8つ以外は、日本人でさえ、一生のうちにどれほど使うかといえば、おそらく数えられるくらいではないかと思われる。 <636> 6.4. 変化の表現/不変化 ~たまま・~たきり A + たまま:実現したあとのAの状態が、その後も変化せずに続く。 A + たきり:Aが実現したのを最後に、その後、変化が起こらない。 動詞 + た + まま/きり 「~た + まま/きり」は、話し言葉で「~た + まんま/っきり」になるこまた「~た + まま/きり + で/だ」という形態が使われることがある。 否定表現と呼応する場合、置き換え可能な場合がある。 置換 [例] 酔って帰ってきて、ベッドに倒れこみ、服を着たまま寝ちゃったの。 次のように、置き換えると不自然になる。 *酔って帰ってきて、ベッドに倒れこみ、服を着たきり寝ちゃったの。 次の例も、置き換えると不自然になる。 いくら暑いからって、服を脱いだ + まま/×きり、うろうろしないで。疲れていたのか、ソファに座った + まま/×きり + 居眠りしていた。 次の「~まま」は「~きり」に置き換えることができない。 暑くても、クーラーをつけた + まま/×きり + 寝ると、風邪を引くよ。立った + まま/×きり + ご飯を食べるなんて、そんなに忙しいの?椅子の背にもたれた + まま/×きり、ひとり、お酒を飲んでいた。患者は、ベッドから体を起こした + まま/×きり、話を聞いていた。 次の「~きり」は「~まま」に置き換えることができない。 父は、脳卒中で倒れた + きり/×まま、二度と起き上がれなくなった。 「子どもを頼む」と言った + きり/×まま、息をひきとってしまった。 用例 次の用例は、互換性がある。 もうこんな時間なのに、風呂に入った+まま/きり、出てこないのよ。 ひとりでヨーロッパへ行った+まま/きり、帰ってこなくなりました。 転んで骨折して、入院した+まま/きり、寝た+きり/まま+だって。 使い分け 「~まま」と「~きり」の違いを、際立たせるのは、次の例である。 そのまま動かないで、こちらを見て、いいですか。は~い、チーズ。寝たままの状態で検査をしますから、気持ちを楽にしていてください。突然、目の前でバタンと倒れて、それっきり動かなくなったのです。あれから寝たきりの状態で、リハビリもいやだといって聞かないし。 たとえて言えば「そのまま」は、テレビの静止「スティル」画面で、好きなときに動かすこともできるし、放っておいても時間が来れば自動的に動きだす。これに対して「それきり」は、パソコンの凍結「フリーズ」状態で、動かすこともできないし、放っておいても動きだすなんていう奇跡は起こらない。 <637> 置き換え可能な「用例」は、静止画面「~まま」の意味で使われているが、わざわざ「~きり」を選んだ話し手は、気持ちの上だけで事態を「フリーズ」させており、少し大袈裟に「長風呂であきれる/帰ってこなくなって寂しい/いつ退院できるのか心配だ/動けなくて気の毒だ」といった感情をこめていることになる。 つまり両者は、事態に変化のない場合に使われるが、話し手が「~たまま」を選んだ場合、その事態に対する話し手の評価や感情は、プラスでもマイナスでもなく、ニュートラルであるが、上に述べたように「~たきり」を選んだ場合、マイナスにかわってしまう。 使い分けワンポイント ①「~たまま」と「~たきり」の違い 「~たまま」と「~たきり」の違いをまとめると、次のようになる。 ▶本文2.3.「時の表現/基準時同時間帯/付帯状況を表す『~ながらの+名詞』を参照 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞の種類と3つの基準時」を参照 A + たまま + B:Aは〈基準時同時間帯〉か〈基準時B以前既実現〉 M1.AとBが同時間帯にあり、Bが「行なわれる/行なわれている/行なわれた/行なわれていた」のが、どのような状態かを、Aで示す。つまり、AはBに付随する状態「付帯状況」を表している。 M2.AとBにはタイムラグがあり、Aの変化が起こったあと「Aに再変化が起こらない状態で、Bの事態が+起こる/起こらない」ことを表す。つまりBを基準時にすると、Aは〈基準時B以前既実現〉を表している。 A + たきり + B: Aは〈基準時B以前既実現〉 K1. Aの事態や変化が実現してから、長い間「次に起こるべきBの事態や変化が起こらない」ことを表す。 K 2. Aが実現したのを最後にして、その後「何の変化も起こらず、ただ、Bの事態になった」ことを表す。 両者に互換性があるのは「M2」と「K1」が重なる場合、互換性がないのは「M1」か「K2」としか考えられない場合、置き換えて不自然になるのは「M1」と「K1」との境界にある場合である。 「~た + まま/きり」と時間の関係をまとめると、次のようになる。 ~たまま~たきり 〈基準時同時間帶〉 ~たきり M 1 = 付带状况 〈基準時以前既実現〉 〈基準時以前既実現〉 M 2 = 長期不变 = K 1 永久不变=K2 ニュートラルな評価 マイナス評価 <638> 6.4.変化の表現/不変化 使い分けワンポイント ②「付帯状況」と「次に起こるべき事態」とは? 先ほど「置換」(p.636)にあげた「~たまま」の例と同様に、次のような「A + て/ながら/ながらにして/つつ/つ/ないで/ずに + B」を使って「付帯状況」を表すことができる。 立って/座って/寝て + ご飯を食べる/テレビを見る/音楽を聞く/話をする。 お茶を飲み/アイスクリームを食べ/友だちと話をし/本を読み + ながら歩く。 インターネットを通して、居ながら/寝ながら + にして、世界の出来事がわかる。 「必ず行く」との約束を、嘘と知りつつ待ってはみたが、案の定だった。 何台もの車が、追いつ追われつ、激しいカーレースを繰り広げていた。 本物かどうか、手にとったダイヤモンドを、ためつすがめつ調べた。 勉強もしないで、何、してるの。漫画など読まないで、宿題なさいよ。 どうしたのか、何も食べようとせずに、じっとうつむいたままだった。 「付帯状況」というのは、場面の中心となる「B」が、どのような様子や状態で行なわれているかを示すもので、いわば「B」の背景となる状況である。 「使い分け①」の「~たきり:K1」で述べた「次に起こるべき事態」というのは、例えば「寝る/行く/立つ/乗る/入る/黙る/ガスをつける/ドアを開ける/服を脱ぐ/濡れる/汚れる/ご飯を食べる/歩く」ということが起これば、当然、次に起こるだろうと期待できる「起きる/帰る/座る/降りる/出る/話す/ガスを消す/ドアを閉める/服を着る/乾かす/掃除や洗濯をする/茶碗を洗って片付ける/立ちどまる」といった事態をさす。 もし、これらの事態が起こらないことを表すのに、仮に「黙ったまま話さない」を使うなら、付帯状況か長期不変になり、一時的に「黙ったまま(付帯状況) + うつむいている/考えこんでいる」といった状態なので、一大事にはならないが、もし、長期不変か永久不変を示す「黙ったきり話さない」なら、ちょっと面倒なことになり「黙ったきり+口もきかず+泣いている/怒っている」となって、大変なことがもちあがっているはずである。 「置換」にあげた、置き換えると不自然になる「服を着た + まま/※きり」が、付帯状況を表して、どのように「寝た」かの説明をしているのなら、当然「服を着たきり」は使えないが、もし「服を着たきり + 脱ぎもしないで + 寝た」とするなら、置き換えることができる。 したがって上の「脱ぎもしないで」や、また「服を脱いだきり + うろうろしないで/ソファに座ったきり + 居眠りしていた」に「 + 着もしないで/起き上がろうともせず + 」をはさんで、頭のなかで補える人なら、不自然な感じはしないかもしれない。 使い分けワンポイント ③~た + まま・きり + だ あの、これで失礼します。表にタクシーを待たせた + まま/×きり + なんです。 あ、大変、忘れてた。どうしよう。子ども、車に残した + まま/×きり + なのよ。 風邪を引いたと言ってたが、月曜日からずっと、休んだ + まま/×きり + なんだ。 <639> おなか、すいたな。そういえば、朝ご飯を食べた + っきり/×まんま + だったな。 来週から香港ですか。いいですね。10年前に行った + きり/×まま + なんです。 そうか、もう1年になるのか。去年の暮れに会った + きり/×まま + だったな。 ああ、あのバイク?倉庫に入れた + まま/っきり + になってますよ。 夕方から出かけた + まま/きり + で。どこへ行ったのやら。困ったね。 お袋がにくなってから、親父、施設に預けた + まま/っきり + でね。 ▶本節「使い分け①②」を参照 「Aた+まま/きり+だ」は、Aが〈基準時現在既実現〉「長期不変」を表すが、前者「Aた+ままだ」は、次に起こるべきこと「待たせたタクシーのところへ戻る/車に残した子どもを連れてくる/元気になって出勤する/倉庫から出す/帰ってくる/家にひきとる」が、まだ起こっていないことを表し、すぐにAの事態を変えたい、または、Aの事態が変わってほしいといった話し手の気持ちが反映されている。 これに対して、後者「Aた+きりだ」は、Aが実現してから、かなりの時間が経過したことに気づいた話し手の「今日は昼ご飯を食べるのも忘れるくらい忙しかったな/もう一度、行ってみたいな/時間の経つのは早いな/また乗るのかな/友だちが来てるのに、のんきな奴だな/施設の生活にも慣れてきたんじゃないかな」といった感情がこやらわる 最後3例は、事態の変化を望む話し手の気持ちを表したとも、過ぎた時の長さに対する話し手の感慨を表したともとれるので、互換性があるが、あとの6例は、文意が明瞭なので、置き換わらない。 使い分けワンポイント④~たなり・~たなりだ スーツを着た + なり/まま/×きり + 寝てしまって、あとが大変なの。(付帯状況) 開けた + なり/まま/×きり + 出てった。どんな躾をしたのか、親の顔が見たい。 ああして、あそこに座った + なり/まま/きり、何にもしないんです。(長期不変) ちょっと叱ったら、そっぽ、向いた + なり/まま/きり + で、頑固ったらないよ。 野党の反対で論議は宙に浮いた + なり/まま/きり。再開のめどは立っていない。 お袋が亡くなってから、親父を施設に預けた + なり/まま/っきり + でね。 失礼します。表にタクシーを待たせた + まま/×なり + なんです。(変化願望) おなか、すいたな。朝ご飯を食べた + きり/×なり + だったな。(経過時間の長さ) ▶本節「使い分け⑥/『~まま/~きり/~なり』の使い方」を参照 「~た + なり」は「付帯状況/長期不変」を表し、使い方では「~た + まま」と一致するが、話し手の評価や感情では、後者「~た + まま」がニュートラルだったのに対して、前者「~た + なり」ではマイナスになり、特に「長期不変」を表す場合は、同じマイナスの評価や感情を表す「~た + きり」と重なりを見せる。 「~た + なり」は、マイナスへと傾くさまざまな評価や感情を表す「~た + きり」とは異なり、次に起こるべきことが起こらない「苛立ち/非難」を表すが、ちょっと古めかしい感じがして、特に若い人に使う人がいるかどうか不安になるが、その原因は、ほかにも似た言い方があり、ざらに使い方にも制限があって、淘汰されやすい状況にあるからかもしれない。 <640> 6.4.変化の表現/不変化 もちろん「~た + きり」も「非難」を表すが、ほかに「心配/気の毒/悲哀/困惑/不満/呆然」といった感情も同時に響かせるので、聞き手によっては「非難」の通じない可能性もある。 名指しで非難したいときは、やはり「~た + なり」のほうが、はるかにパンチがきくとはいえ、多くは、非難する相手がその場にいない第三者の「陰口」に使われる。直接、聞き手に向けると、古めかしさが影響して、年配の人が文句を言っているか、説教をしている感じになる。 「~た + なりだ」も「非難」を表すので、現状の「変化願望」を表す「~た + まま」とも、さまざまな「経過時間の長さ」に対する気持ちを表す「~た + きり」とも、互換性をもたない。互換性があるのは、どちらともとれる、つまり、どちらでもなく「非難」を表せる内容の場合だけである。 もし「父親を施設に預けている」に「~た + なりだ」を使うと、話し手は自己批判、つまり、親の面倒を見られない不甲斐ない自分を非難しているか、他者批判、当然、親の面倒を見るべき身内の人を非難していることになる。 使い分けワンポイント ⑤「~た + まま/きり/なり(+だ)」のまとめ 「~た + まま/きり/なり」をまとめてみると、次のようになる。 使い分けワンポイント ⑥「~まま/~きり/~なり」の使い方 接続が「~た」以外の「~まま/~きり/~なり」の使い方は、次のようになる。 ~まま-1:不変化/状態保持 中のスープがこぼれるといけないから、このままそっと持ってってね。 ニンジンは、生のままより、少し油で炒めたほうが、栄養分が生きる。 顔は老けたが、心は昔のまま、20年前に別れたときのままだったよ。 ご病気だと伺っていたが、やつれも見せず、おきれいなままだったね。 年をとっても、誰の世話にもならずに、ずっと元気なままでいたいね。 <641> 事故だと聞かされて、靴もはかないまま、病院に駆けつけたらしいよ。ご本人だけじゃないの?「知らぬが仏」で、何も知らないままなのは。 ~まま-2:修正や抵抗をせず、素直に表現したり従ったりする様子を表す慣用表現 修正や抵抗をせず、素直に表現したり従ったりす 足の向くまま、気の向くまま、そんな旅行をする人が少なくなった。 将来について、思うまま、考えたまま、文章にしてみたら、どうかな。 捜査の参考にしたいので、見たまま聞いたままを、話してくれますか。 こんな写真よりも、あるがままの自分を見てもらったほうがいいよね。 セールスの勧めるままにサインしてしまい、着いた商品を見て驚いた。 いじめるほうも何だが、いじめられるままになるほうもどうかしてる 抑圧が強まると、言われるがままに動く「イエスマン」が量産される。 へきり-1:最後/限度/極限/これ以外はないという状態、名詞につく 物にしろ、人にしろ、ピン (最高) からキリ (最低) まで、さまざまだよ。 欲をいえばきり (限界) がないよ。今度の仕事も、無事にきり (終了) がついたんだし、きり (区切り) のいいところで、さっさと足を洗おう。 やつとふたりっきり (限定) で話したんだけどね、持ってる金は、あれっきり (限度) しかないってさ。ちょっとひとりっきりにして様子みるか。 ホントにこれっきり (最後) なの? もう会いたくないってわけなの? ~きり-2:同上、動詞「ます形」につく このシリーズ、読み切り (一話完結) で、どこから読んでも同じだって。娘の結婚式、貸し切り (ほかの人を乗せない) バスで、繰り出そうよ。教育ママでね。毎日つきっきり (ほかのことをしない) で教えてるよ。このごろ忙しくて、お店にかかりっきり、家のことはほったらかしね。実家に用ができてさ、先週から行きっきりで、夜に電話があるだけだ。 ▶本文8.1.「極限/状態/~きる/『~きる・~てしまう』の使い方」を参照 ~なり-1:変化の速さ ドアが開くなり血まみれで倒れこみ、室内は一瞬にしてパニックになった。 降りだした雨は駅に着くなり土砂降り、駅前はタクシーの影さえなかった。 ▶本文2.5.「時の表現/基準時瞬間/~なり」を参照 ~なり-2:例示 + 選択 将来にかかわることだから、親なり先生なりに相談したほうがいいね。ご返事のほうは、お電話なり、メールなりで、ご連絡いただければ。ピザなり、サンドイッチなり、何なりと、お好きなものを注文してね。行くなり行かないなり、はっきりしないと、相手さんにご迷惑ですよ。そんなに手が足りないんなら、京都の王さんになり来てもらおうか。家に閉じこもってないで、散歩に出かけるなりすれば、気も晴れるよ。いつなり、どこへなり、誰となり、それはもう仲せの通りに致します。 ▶本文 1.3.「主題/例示/~なり~なり」を参照 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~なりする」を参照 ~なり-3:相応 せっかく雇ったんだから、それなりの仕事はしてもらわなくちゃあね。私なりにやってみただけなのですが、こんなのでよろしいでしょうか。子どもには子どもなりの考えもあるのですから、むげに否定したって。 <642> バカならバカなりに、賢ければ賢いなりに、世の中の役に立ってるね。 わからないならわからないなりに考えないと、進歩ってものがないよ。 留学するならするなりの準備が、すでにあってしかるべきだと思うが。 ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~なりの」を参照 ~なり-4:あれこれ考えずに従っていく様子を表す慣用表現 インターチェンジ? このまままっすぐ道なりに行けば、ありますよ。うちの課長、かなりの恐妻家。何だって奥さんの言うなりなんだから。人の言いなりになって、どうするの。死ねと言われたら死ぬんですか。 使い分けワンボイント⑦~っぱなしだ すごいね、最近、学校の成績、上がりっぱなしなんだって? ×手術のあと、病状は回復して、よくなりっぱなしだった。 貯金が + 増え/×増えていき + っぱなしなのはいいんだけど、利息が + 下がり/×下がっていき + っぱなしじゃ、老後が心配だよね。 売り上げ、減り/×減っていき + っぱなしだし、これからのことを考えると、気分のほうも + めいり/×めいっていき + っぱなしなんです。 ▶本文6.3.「変化の表現/比例変化/~一方だ」を参照 ▶巻末「動詞/動詞の種類/変化自動詞」を参照 「ます形 + っ放し」は、ある事態が、何度も連続して繰り返されるか、放任されたまま望ましい次の段階へ進展していかないことを表す。 変化自動詞についた「~っぱなし」は、比例変化を示す「~一方だ」と意味の重なりを見せ、変化の仕方も、ほぼ「~一方だ」と同じであるが、プラス評価では、やや俗語っぽい話し言葉で使われ、マイナス評価では、書き言葉でも使われることがある。 ただ、ある事態が連続して繰り返されることを表すので、自然の成り行きを表す「変化自動詞 + て + くる/いく」や「×病状がよくなりっぱなし」には使うことができないが、上のように「検査」が何回かあり、その「検査のたびによくなる」という変化の繰り返しであれば使うことができる。 何して遊んでんだか、汚しっぱなし。何度、着替えても、元の木阿弥。今日の試合、一度も相手に打ち込めず、ずっと殴られっぱなしだった。またまた車輛事故、今日の出勤も満員電車で、立ちっぱなしだった。今日は奇妙な日で、何もしていないのに、ほめられっぱなしなんだ。勢いづくって恐ろしいもので、出す歌、出す歌、ヒットのしっ放し。一度、競馬で当たってからというもの、何をしたって、勝ちっ放しだ。 連続して繰り返されるマイナス評価の事態を表す場合に多用されるが、たとえプラス評価の場合でも、話し手の気持ちには「こうした事態は長くは続かない、いつか必ずマイナスの方向へ落ち込んでいく」といった「ためらい/心の揺れ/不安」がこめられている。 「立ちっぱなし」だけが「立ったまま」に置き換えることができるが、これは「立つ」という動作が「立ったり座ったり」という繰り返しでも、座ることなく「ずっと立っている」こともできるからである。上にあげたほかの例は、すべて繰り返される連続動作 <643> を表しているので、例えば「汚したまま」に換えると、着替えないことを意味してしまう。「立ちっぱなし」は、話し手の動作は「立ったまま」であるが、気持ちの上では「次の駅で座れるか、次の駅で座れるか」と、何度も繰り返し思っているうちに、下車駅に着いてしまい、ある駅では、ひとりも下りる人がなく、ある駅では、下りる人がいても、その席が遠くて、ほかの人に座わられてしまい、とうとう最後まで座れずじまいだったという悲惨な経験を表している。 これに対して「立ったまま」は「立った」状態が、繰り返さずに、連続していくことを表すニュートラルな表現で、例えば「朝礼は、いつも立ったまま行なわれる/ちょっと忙しかったので、廊下で立ったまま話をした/劇場は興奮の渦に包まれ、人々は立ったまま拍手を送り続けた」など、プラスマイナスの評価はしていない。 「今日の朝礼は立ちっぱなしだった」 にすると、普段の朝礼なら、座ったまま行なわれるか、立ったままでも非常に短く終わるはずなのに、なぜか今日に限って、立ったまま行なわれたか、非常に長くかかり、話し手は「この話が終われば座れる/この話が終われば朝礼も終わる」と繰り返し思っていたことになる。 食べ + っぱなし/たまま + にしないで、自分の茶碗くらい、台所に運びなさいよ。 あいつ、乗ったら乗りっぱなしなんだよ。次に乗る人のことを考えて、ガソリンを満タンにするってこともしないんだからな。本当にあきれるよ。 どうして、こう散らかしっぱなしにするのよ? 早く片付けなさいよ。 寒いなあ。エアコン、つけっぱなしじゃないの? ちょっと消そうか。 タバコの煙だらけ。どうして窓、閉め + っぱなし/たまま/たなり + にしとくの? 上の例は、繰り返して連続する事態を表していないので、この場合は、事態が「ほったらかし」の状態で放任され、果たすべき義務の方向へ進展しないことを表し、すべての場合で「~た+まま/なり+だ」に置き換わる。 「~っぱなしだ」は「勝手な/気のきかない」聞き手や第三者を非難する場合に使われるが、ニュートラルな評価を表す「~たまま」では、非難の勢いが消えてしまう。また、同じ非難を表す「~たなり」も、特に聞き手に向ける場合は年配者が使うと様になるが、若い人には似合わないかもしれない。 逆に「~っぱなしだ」は若い人にも使われるが、促音「っ」が入っていて、言葉の調子がよく、可愛さも感じられて、たとえ直接、相手に向けても、深刻な事態に陥る可能性が少ないからである。しかし「~た + まま/なり + だ」では、冷たさが感じられて、言いようによっては、いい争いが起こるかもしれない。 使い分けワンポイント⑧~放題だ 課長、駅前にあるカラオケに行くと、いつも歌い放題なんですよ。 →課長、駅前にあるカラオケに行くと、いつも歌いっぱなしなんですよ。 食べ放題、飲み放題で、この値段、パーティーには「もってこい」でしょう? 何よ、それ。髪ものび放題、ヒゲものび放題。少しはきれいにしたら? 久しぶりにやって来た別荘は、庭中、草ぼうぼうで、荒れ放題だった。 孫たちが来てくれるのは有り難いんだけど、いつもいつも遊び放題あそぶし、娘も嫁も、言いたい放題、食べたい放題の、勝手(し)放題、散らかし放題ちらかして帰っていくの、もう我慢ならないね。 <644> 6.4.変化の表現/不変化 「ます形+放題だ」も「使い分け⑦」の「~っぱなし」と同様、事態が「ほったらかし」の状態で放任されることを表すが、大きな違いは「~っぱなし」が「非難」の対象になるのに対して、この「~放題だ」は、誰もそれを「止めない/制限しない/禁止しない」ことを表している。したがって、マイナス評価の事態なら、誰もそれを「とがめない/やめさせない」場合に使われる。 最初の例の「課長」は呼びかけで、課長に向かって、どれほど歌いつづけても同じ料金、つまり「歌い放題」の店を紹介しているところ。これを「歌いっぱなし」にかえると、第三者「課長」の悪口になり、1曲が終わると次の曲も、また次の曲も、いったんマイクを握ると離そうともせず、繰り返し歌いつづける課長を「非難」していることになる。最後の例は、老夫婦の「孫たち来てほしさに、娘にも嫁にも文句ひとつ言えない」愚痴である。また「勝手放題(する)」は慣用表現であるが、これよりも、接続を「ます形」にした「勝手し放題(する)」のほうが、まさに好き勝手、得手勝手なことをしている様子を表すことができる。 使い分けワンポイント⑨~ずじまい チケット、もらったんだが、まだ + 行かずじまい/行けないまま、来週にするよ。 あの本、まだ読まずじまいなんですよ。すぐ読んでお返ししますから。 この夏、買ったビキニ、誰も誘ってくれないし、着ずじまいなのよ。 せっかくのお休み、何かしたの? 何も + せずじまい/しないまま + だったの? 京都まで行きながら、会議で忙しく、嵐山の紅葉も見ずじまいだった。 あ、その映画、あたしも見に行くつもりだったのよ。でも、いつの間にか、終わっちゃってて、行けずじまいになっちゃったの。 ご馳走してもらったばかりなのに、次に会ったとき、うっかり忘れてしまって、お礼、言わずじまいになってしまったの。困ったわ。 以前、宅急便を送ってもらったことがあるんだけど、受けとったというメールひとつ出さずじまいでね。恥かしくて合わす顔がないんだよ。 ▶巻末「古語/助動詞/否定『ず』を参照 「Aない形+ず+仕舞いだ」は「Aをしないままだ」という意味を表しているが、もともと「仕舞い」は「お話、これでおしまい/あと1本でおしまいよ/こうなっては、もうおしまいだ/店じまいをしよう」など「終わり」を表しているので、特に過去の出来事に使って「もともとは/本当は+するつもりだった/したかった」が、とうとう「しないで終わってしまった」という意味になる。 未来に実現する可能性のある「今までまだ+行か/読ま/着+ずじまいだ」は、これからまだ「行く/読む/着る+つもりだ」か「行き/読み/着+たい」という「意志/希望」などの感情を表すが、これを「可能否定形(できない)/動詞ない形+ままだ」にかえると、感情が消え、ニュートラルな「予定」しか表せないことになる。 また、過去の出来事なら、話し手の「残念/遺憾/後悔」といった感情を表すが、これも「~ままだった」にかえると、何の感情も表せなくなる。 <645> 第7章 比较·比喻·比例 7.1. 比較・比喩・比例/比較と程度 ~くらい~はない・~ほど~はない AくらいA'はない:A'のなかで比較すると、Aが一番だ。 AほどA'はない:同上。フォーマルでスタンダードな表現。 (~ + )名詞A + くらい/ほど + ~ + 名詞A' + はない動詞-る + くらい/△ほど + ~ + 名詞A' + はない 2つの名詞は「A⊂A'」という関係にあり、AがA'に含まれている。また「~」には、あとの名詞を修飾するものがくる。 ▶本文 1.3.「主題/例示/AといったA'・AというA'」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~ほど・~ば~だけ」の「接続」を参照 二者比較や程度を表す場合の接続は、次のようになる。 -る/-い/~た/状態名詞な/名詞 + くらい/ほど 形態「~くらい」は「~ぐらい」と「発音/表記」されることがある。 性 上の定義のような最上級表現の場合は、すべて互換性がある。 換 [例] 中国のなかで、華中、つまり中国中部を流れる長江くらい長い川はありません。 →中国のなかで、華中、つまり中国中部を流れる長江ほど長い川はありません。次の例も、置き換えできる。 世界でも、日本 + くらい/ほど、物価の高い国は、そんなに多くないでしょう。うちの課長 + くらい/ほど、気が短くて、すぐ、かっとなる人も珍しいですね。ひとりで旅行していて、病気になる(こと) + くらい/ほど、心細いものはない。次の「~くらい」も同等比較を表していて、すべて「~ほど」に置き換わる。 先週、隣に引っ越してきた家族は、我々と同じ + くらい/ほど + の生活レベルだ。 今日のお昼ご飯のおにぎりは、お父さんの握りこぶしと同じ + くらい/ほど + だった。 この山には、この木と同じ + くらい/ほど + 年輪を重ねたのが、何十本とある。 夏は夏。北京の夏も、ソウルの夏も、東京の夏と同じ + くらい/ほど + 暑い。 次の「~くらい」は程度を表しているが、すべて「~ほど」に置き換わる。 久しぶりに山登りをしたものだから、足が棒になる + くらい/ほど + 疲れたよ。 夫婦って、離婚となると、顔も見たくない + くらい/ほど + 嫌いになれるのね。 今日は蒸し暑かったね。サウナに入ってるほうがましな + くらい/ほど + だった。 朝から、誰とも口をききたくない + くらい/ほど + の気分なのに、こんな日に限って、しかもよりによって、見るだけでうんざりする部長につかまった。 もうあきらめていたときの合格通知でしたから、あまりのうれしさに、信じられなくて、夢でも見ているのかと思った + くらい/ほど + でした。 <646> 7.1. 比较·比喻·比例/比较と程度 あの映画好きが、このごろ映画は見たくないという + くらい/ほど + だから、どこの映画であろうが、ろくな映画がないんだね、きっと。 今度の新入社員、あの大人しい係長でさえ、みんなの前で、顔色、変えて怒鳴りつけた + くらい/ほど + ですから、よほど出来が悪いのでしょうね。 すみません。おふたりが召し上がれる + くらい/ほど + のご飯しかありませんが、よろしいでしょうか。おかずは、お作りいたしますが。 お給料前ですが、コーヒーを飲みながら、お話できる + くらい/ほど + の持ち合わせはありますから、よろしければ、明日にでもお会いしましょうか。 あの映画、反吐が出そうな + くらい/ほど + 退屈だったから、途中で出てきたよ。 ▶本文3.3.「順接確定条件/根姫/~くらいだから・~ほどだから」を参照 ▶本文「比較・比喩・比例/比喻/~そうなほどだ」を参照 用例 以下の例の「~くらい」と「~ほど」は、互換性がない。 〈二者比較〉 サラ金でお金を借りる + くらい/×ほど + なら、お金の貯まるまで我慢しようよ。いやな上司に頭を下げて、仕事する + くらい/×ほど + なら、辞めちゃいたいよ。小学校を別にすれば、姉は、妹 + ほど/×くらい + いい成績はとれなかった。日本に来てわかったが、日本の国際化は思った + ほど/×くらい + 進んでいない。 〈程度〉 忙しいといっても、朝ご飯をご一緒する + くらい/×ほど + の時間はありますよ。式に出る余裕はないし、お祝いを贈る + くらい/×ほど + のことしかできないね。挨拶とまでは言わないけど、にっこり笑う + くらい/×ほど + のことはできない? あの人が連絡してくるのは、何か困ったことがあるとき + くらい/×ほど + のものですから、今どうしているかと聞かれても、よくわかりませんけど。 お父さん、生きた化石になっちゃうから、テレビ + くらい/×ほど + は見てよね。子どもの世話で手がいっぱいなの。自分のこと + くらい/×ほど、自分でしてよ。授業中に冗談を言って、先生、笑わせられるのは、王さん + くらい/×ほど + ね。土曜出勤のときがあるから、ゆっくりできるのは、日曜日 + くらい/×ほど + だ。えっ? これ + くらい/×ほど + のこと、小さな子どもにでもわかるんじゃない? えっ? これ + ほど/×くらい + のこと、専門家にだって考えだせないでしょう? 今日は死ぬ + ほど/×くらい + の暑さなのに、1日、外回りで、本当に疲れちゃったよ。本日は、この上ない + ほど/×くらい + の好天にも恵まれ、また、若いみなさんの活躍をまのあたりにでき、思い出に残る体育大会となりました。 これしきの失敗、何も自殺する + ほど/×くらい + のことでもないと思うけどね。子どものいたずらよ。目くじら立てて怒る + ほど/×くらい + のことじゃないわ。いくら好きでも、ケーキを丸ごと食べるという + ほど/×くらい + じゃないです。薬は飲まなきゃならないけど、手術する + ほど/×くらい + じゃないんだって。 〈比例〉 「一病息災」っていって、健康な人 + ほど/×くらい、病気になると大変なんだ。 地位が高くなる + ほど/×くらい、腰の低くなる人がいるが、近ごろじゃ珍しいね。 物によっては高ければ高い + ほど/×くらい + 売れるとか。正気の沙汰じゃない。 悪いときは何をしてもダメ、努力すればする + ほど/×くらい + 裏目に出るから。 ▶本文6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~ほど」を 使い分け 比較で「︷くらい」と「︷ほど」に互換性のあるのは「最上級表現」と「同 <647> 等比較」の場合で、互換性のないのは「二者比較」の場合である。 中国のなかで、華中を流れる長江と同じ + くらい/ほど + 長い川はありません。 世界でも、日本と同じ + くらい/ほど、物価の高い国は、そんなに多くない。 うちの課長と同じ + くらい/ほど、気が短くて、すぐ、かっとなる人も珍しい。 不自然さを感じさせるが、上のような書き換えをすると、もとの「最上級表現」も「同等比較」のひとつと考えることもできる。 「同等比較」と「二者比較」の形態は、次のようになっている。 同等比較/A=B 二者比較/A<B 形態 Aは + Bと同じ + くらい/ほど + ~ A + くらいなら + (むしろ) + B Aは + B + ほど~ない 接続 AとB:名詞 AとB:動詞「-る形」 AとB:名詞 「程度」で互換性のあるのは「同程度」の場合であり、Bの程度が比喻的にあげた具体例Aと同じであること表している。互換性のないのは、程度の「最下限」と「最上限」を表す場合で、それぞれ「︷くらい」と「︸ほど」が分担している。 足が棒になるほど疲れた。 疲れて足が棒になるほどだった。 十 だろう 朝食を一緒にできるほどの時間もない。一時は歩けないというほどのけがでした。 最下限:A + -るくらいの + B A + くらい + -ろ ~できるのは + A + くらい + だ 最上限:A + ほど(の) + B A + ほど + B + ない B + だが + A + ほどではない 朝食を一緒にするくらいの時間ならある。 宿題くらい、やって来いよ。 冗談がわかるのは弟くらいだ。 死ぬほど暑い/死ぬほどの暑さだ。 死ぬほどの暑さではない。 暑いといっても、死ぬほどではない。 ここでいう「最下限」とは「せいぜい+この程度/これくらい+でしかない」または「せめて+この程度/これくらい+だけは」に書き換えが可能な場合で、程度の低さの限界を表している。また「最上限」とは「この上ないほど」に書き換えが可能な場合で、程度の高さの限界を表している。 ただ「最上限」の「A + ほど(の) + B」は、同程度の「A + くらい/ほど + (の) + B」と紛わしくなってしまい、ごく少数の場合「死ぬ/光栄極まりない/感極ま <648> 7.1. 比较·比喻·比例/比较と程度 る + ほど」などを除けば、ほとんど「~くらい」に置き換わってしまう。 正比例的变化: $ (A + \text{ば} + A + \text{ほど} + B $ 健康な人(であればある)ほど、大きな病気にかかる。 上のような「Aの変化に応じて、Bも変化する」ことを表す比例変化の「~ほど」は、比例変化を示さない「~くらい」と互換性がない。 2つが置き換わって、同じ意味を表すのは、最上級表現と同等比較、同程度の場合であるが、日常的な話し言葉では「︷くらい」が、フォーマルなスピーチや書き言葉では「︷ほど」が好まれるので、最上級表現の場合、次のような違いがある。 あの男 + くらい/ほど、男らしい/親切な/頼れる/嫌いな + 奴はいない。 授業中、先生に叱られる + くらい/ことほど/△ほど + いやなことはない。 一人旅をするなら、気に入ったところで、長く滞在する + くらい/ことほど/×ほど + 旅情を味わえるものはない。 →一人旅をするなら、気に入ったところで、長く滞在するに限る。 ▶本節「使い分は同へに関するを参照 子どもに先立たれる + くらい/(こと)ほど + つらいものはない。 妻を亡くした + ことくらい/ことほど/×くらい/×ほど、つらいことはない。 「A + くらい/ほど + A'はない」は、Aが〈未完文〉の場合、通常、そのあとの「~こと」を補うが、話し言葉の「~くらい」なら、省略可能である。これに対して、書き言葉の「~ほど」は、AやA'が長くなればなるほど省略すると不自然になる。 あのとき飲んだ + くらい/ほど + たくさん飲んだことがなかった。 あのとき + くらい/ほど + たくさん飲んだ + とき/こと + はなかった。 また、過去の事実を表す場合、どちらも「こと」は省略できない。ただ、上のほうの例は、程度「あのとき飲んだ + くらい/ほど + たくさん」で、下のほうが、最上級である。あのときのゴール、痛快なことこの上ない + ほど/× くらい + のプレーだったな。ホームレス殺害だって。不快極まる + ほど/× くらい、下劣な事件じゃないか? ▶本文8.1.「極限/状態/~極まる/~ことこの上ない」を参照 上のような「最上限」の例に「~くらい」を使うと不自然になる。 *彼女が美しい+くらい/ほど+ほかの誰も美しくない。 →彼女より美しい人は、(ほかに誰も)いない。 *この映画+くらい/ほど+ほかに面白い映画はない。 →この映画より面白い映画は(ほかに)ない。 ▶本節「使い分け③/~ほど~ない・~より~ない」を参照 上のような例は、最上級表現になっているが、2例の上のほうは、翻訳調で日本語らしくない。書き換えた下のほうは、二者比較の「~より」を使って、文末を否定し、最上級にしたもので、日本語らしい。 <649> 使い分けワンポイント ② 数量・程度 + くらい・ほど 「~くらい/~ほど」は、次のように「同じ + 数量/程度」を表す場合に置き換わる。 1.同等比較の場合 ぼくの上司?年齢も背丈も、うちの親父 + くらい/ほど + だよ。 →ぼくの上司は、うちの親父 + くらい/ほど + の年齢だし、背丈だよ。 仮に「上司/親父/年齢」を、それぞれ「A/B/C」とすると、上にあげた2つの例は、次のことを表している。 上司の年齢は、親父の年齢 + くらい/ほど/と同じ + だ。 = A の C は、B の C + くらい/ほど/と同じ + だ。 年齢において、上司は親父 + くらい/ほど/と同じ + だ。 = C(数量)では、A は B + くらい/ほど/と同じ + だ。 2.同程度の場合 今日は、もう歩けない + くらい/ほど + 疲れたよ。 →今日の疲れは、もう歩けない + くらい/ほど/のと同じ程度 + だ。 →疲れの程度? 今日は、もう歩けない + くらい/ほど/のと同じ + だ。 =C (程度) では、AはB + くらい/ほど/と同じ + だ。 したがって、おおよその数量や程度を表す場合にも、次のように使うことができるし、置き換えることもできる。 お取り寄せですと、早くても2週間 + くらい/ほど + はかかりますが。 ビールは瓶ビールにするけど、何本 + くらい/ほど、頼む? お酒の人は? すみません。こちらのお肉、500 グラム + くらい/ほど、いただけますか。 中国の黒龍江省は、人口が日本の ¼、面積が 1.6 倍 + くらい/ほど + だ。 薄くて小さくて、新書本 + くらい/ほど + のパソコンができたんですって。 超薄型、超小型、新書本 + くらい/ほど + のパソコン、いよいよ新発売。 デパートに行ったら、畳2枚分 + くらい/ほど + のベッドが売ってましたよ。 超大型、畳2枚分 + くらい/ほど + のベッドで快眠。豪華な天蓋と蚊帳つき。 使い分けワンポイント ③「数量 + <らい/ほど」の互換性 「~くらい/~ほど」は、話し言葉か書き言葉かという違いのほかに、もうひとつ、数字や手振りなどを使って、実際の数量を表す場合、前者「~くらい」が「だいたい同じ」数量を表し、後者「~ほど」が「ほぼ等しい/まったく同じ」数量を表すという違いがあり、次のような場合、互換性がない。 今の魚、これ + くらい/×ほど + あったよ。もう少しだったのに惜しかったね。 お宅のご主人、お若く見えますけど、おいくつ + くらい/×ほど + なのですか。 これおいくらですか。そうですか。じゃ、10枚 + ほど/×くらい、ください。 すみません。お酒、3本に、ビール、5本 + ほど/×くらい、お願いできますか。 「いくつ/なんこ/何冊 + くらい/ほど + ですか」など、聞き手に「数」を尋ねるときは、どちらを使ってもよいが、特に買い物したり注文したりするときに「~くらい」を使うと、はっきりした数がわからなくて、お店の人は困ってしまう。 「いくら/何キロ/何リットル/500円/170センチ/30平方メートル+くらい/ <650> 7.1. 比较 · 比喻 · 比例 / 比较と程度 ほど」などの「量」なら、尋ねるときでも答えるときでも、両方、使うことができる。 使い分けワンポイント ④ 数量 + ばかり お取り寄せですと、早くても2週間 + ばかり/くらい/ほど + かかりますが。 ええ~と、瓶ビール、何本 + くらい/ほど/×ばかり、頼む? お酒の人は? このお肉ですね? 何グラム + くらい/ほど/×ばかり、お入れしましょう。 見た、見た? 今の魚、これ + くらい/×ばかり/×ほど + あったよ。ね? お宅のご主人、おいくつ + くらい/×ばかり/×ほど + なのですか。 その CD-ROM を、10 枚 + ばかり/ほど/×くらい、くださいますか。 すみません。こちらのお肉を、300 グラム + くらい/ほど/ばかり + ください。 この黄色いバラを4本と、その赤いバラと白いカサブランカ、6本 + ほど/ばかり/×くらい/ずつ、お願いできますか。 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~ずつ・~のわりで」を参照 そうだな。酒、3本に、ビール、5本+ほど/ばかり、持ってきてくれるかい。 そうね。じゃ、刺身を二人前と、ビールを2本+ほど/×ばかり+お願いします。 「X + ばかり」には、X以外のものを排除するという働きがあり、Xに限定する「X + だけ」と比べると、どんな使い方においても、排除しようとする話し手の気持ちが反映される。使い方の多い「~ばかり」については、次に詳しい。 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/〜ばかりだ」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/〜ばかりだ」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/〜ばかりだ」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/〜てばかりはいられない」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/〜ばかりに」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/〜ばかりでなく」を参照 ▶本文 7.2.「比較・比喻・比例/比喻/〜んばかりに」を参照 Xが数量の場合、Xは「だいたい同じ数量/概数」ではなく、Xそのもの、Xと「まったく同じ数量」を表しているので、先ほど「使い分け③」で述べた「~ほど」とよく似た振る舞いをしている。 両者は、2つの場合で異なりを見せるが、ひとつは、レストランなどで注文をする場合で、もし「~ばかり」を使うと、注文の数量を冷たく「Xだ」と断言しているように響いて、最後の例のような場合は、不自然になってしまう。 ところが、もうひとつ、ご近所の「行きつけ」のお店で買い物する場合は、どちらも使うことができる。数量をはっきり「X」と指定し、X以外の数量を排除する「~ばかり」を使うと、お店の主人へ対して「お忙しいところ、こんなわずかなお買い物に、お手を煩わせて、すみません」といった気持ちをこめることができるので、逆に、上品ぶった冷たさを感じさせる「~ほど」よりは、人のぬくもりをかんじさせる表現になる。 命令口調での注文でも許される「行きつけ」の親しいレストランや食堂などでは、むしろ「~ばかり」を好人で使う人がいるかもしれない。 使い分けワンポイント ⑤ 数量 + だけ・しかない 今の魚、これ + くらい/だけ/×ばかり/×ほど + あったよ。 <651> お取り寄せですと、早くても2週間+ばかり/×だけ+かかりますが。 ×ええ~と、瓶ビール、何本+だけ/ばかり、頼む?お酒の人は? ×こちらのお肉ですね?何グラム+だけ/ばかり、しましょう。 $ ^{*} $お宅のご主人、おいくつ + $ ^{*} $だけ/ $ ^{*} $ばかり + なのですか。その CD-ROM を、10 枚 + ばかり/△だけ、ください。 いえ、そうじゃなくて、こちらのお肉は、300グラム + の/△だけ + ください。その赤いバラ、6本 + ばかり/△だけ + お願いできますか。 わかった、わかったよ。じゃ、酒、3本に、ビール、5本だけ、持ってきてくれ。△うるさいな。酒、3本に、ビール、5本+しか要らないから、持ってきてくれ。 ▶本文7.3.「比較・比喻・比例/比例/原因/~だけに/『~だけ』の使い方」を参照 ▶本文6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~だけ」を参照 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断定」の次を参照「~だけがある・~しかない/~しかない・~にすぎない + だけだ」『~だけだ』の誤用例/名詞 + だけ・しかない/あきらめの『~しかない/~だけだ』 「X + だけ」は、Xに限定する働きがあるので、Xが数量の場合、話し手は「X + 1」でも「X-1」でもなく、ぴったり「Xだ」という気持ちなので、例えば「もう少したくさん + 買って/注文して」と聞き手からうるさく言われない限り、買い物や注文の場合に使うと、非常に傲慢な響きになって、人間関係を損なう可能性がある。 貢い物や注文の場合ではなく、聞き手から「もう少したくさん持っていきなさい」などと言われたのであれば、はっきり「Xだけで結構です」といって、潔い態度で、必要な数量を示すほうが、聞き手も理解しやすくて、好感をもってくれるかもしれない。 最初の例に「~だけ」を使うと、話し手が両腕を広げ、両手の間隔が、ぴったり魚の大きさだったことを訴えている場面になる。 「X + しかない」は、Xが数量の場合、Xが「少ない」という話し手の気持ちを表すので、買い物や注文の場合は、上の「~だけ」とほぼ同じになる。ただ、わざわざXという「少量で十分だ」と言っていることになるので、お店の人とよほど親しくなければ、使うことができない。 したがって、聞き手に勧められた場合に使うと、話し手の「少しでいいよ。多いとうんざりする」といった気持ちを表し、人の「親切を無にする」ことになって、聞き手の気分を悪くするので、使わないほうが無難である。 使い分けワンポイント ⑥ せいぜい+数量+だけだ・しかない 毎日アルバイトをしても、月に、せいぜい/たかだか/たかが/わずか/たった/ほんの/ほんのわずか/たったほんの+10万円くらい+もらえるだけだ/しかもらえない/だけだ/しかない。 イベントといっても、参加するのは、せいぜい/わずか/たった + 100人ほど + だけです/でしかありません + ね。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断定/あきらめの『~しかない/~だけだ』を参照 ▶「せいぜい/たかだか/たかが/わずか/たった/ほんの」については 『類義語使い分け辞典』(研究社)を参照 「せいぜい/わずか+数量X+だけだ/しかない」は、話し手の「Xは少ない」と <652> 7.1. 比较·比喻·比例/比较と程度 いう気持ちを表し、この場合「~だけだ/~しかない」は非常に近い位置関係になり、前者の「~だけだ」が、現実「自分の仕事量/イベントの内容」を見つめて、話し手の公平で潔い客観的な態度を示しており、後者が、少ないことに不満や「あきらめ」に近い気持ちをこめているという点くらいしか、差異を感じることができない。 これは、Xが最大値、つまり「X以下」になることを示す「せいぜい/たかだか/たかが」や、少なさを示す「わずか/たった/ほんの」がつき、また、文頭の逆接仮定条件や同一条件を示す「A + ても」が、Xの「多さ」をほのめかして、文末の違いにかかわらず、実際の「Xの少なさ」を表すからである。ただ、両者は紛らわしくなっているだけで、もともとの違いは生きているので、使い分けは「使い分け⑤」の「X + だけ/しかない」と同じである。 使い分けワンポイント⑦ 数量+と~ない 離婚すれば「二度と顔も見たくない」といいますが、別れた相手が、この世で自分のことを最もよく知っている人だからでしょうか。 こんなチャンス、二度/×2回+とないんだけど、やってみない? 夫に毒を飲まされ、ふた目と見られぬ姿になってしまった。 こんな安いの、どこを探しても2つとありませんよ。 △あるのは、この3つだけで、4つとはない代物ですよ。 本文108「モダリティの表現/判断故事と断言/ひとつとして~ない」を参照 「数量X + と + 動詞A + ない」は、主に「X=2」で使われ、あとの「~ない」で、Xを否定して「Xは2ではない。1 + だ/だけだ/しかない」と言おうとしているが、実際は、動詞Aを強く否定して「絶対に/決して + Aない」という気持ちを表している。ただ応用はできず、上のような慣用的な使い方しかできない。 使い分けワンポイント⑧ 数量+は・も A:これ、いくらだと思う? B:そうだな。1万円 + は/×も + するだろう。 →そうだな。1万円 + は/も + しないだろう。 彼女に会わなくなって、数年 + は/も + 経った/経たない + かな。 雨が続いて、レタスがひとつ、500 円 + は/も + するそうだ。 →雨が続いて、レタスがひとつ、498 円 + も/×は + するそうだ。 暖冬で野菜が暴落。レタスひとつ、50 円 + も/×は + しないそうだ。 「お酒はダメ」といっても、ビールをコップ一杯 + は/も + 飲んだよ。 「お酒はダメ」といって、コップ一杯 + も/×は + 飲まなかったよ。 アメリカには、何度も行った/何人も親戚がいる/何日もいた + よ。 →アメリカには、何度も行かない/何人も親戚はいない/何日もいなかった + よ。 冷蔵庫に、ビール/氷、何本/いくら/いくつ + も、残ってないよ。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/『~も』の使い方」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/ひとつも~ない」を参照 「A + 数量X + は」は、数量のあとの「~は」が「ためらい」の「~は」なので、最初の例のように、Xを断定できず、ためらいがちに概数を述べる場合に使われる。 <653> 概数なので、前頁の「レタス」の例のように、端数があると不自然になるが、この場合、文末が肯定であるか、否定であるかによって、次のように使い分けられる。 Xは+する: 肯定と呼応する場合 XはAの最小値「A≥X」 Aは+X以上だ/少なく見積もってもXだ Xは+しない: 否定と呼応する場合 XはAの最大値「A≤X」 Aは + X以下だ/「多くても/せいぜい/たかだか」Xだ 「A + 数量X + も」は、概数ではなく「A=X」を表しているが、類推機能が働いて、次のようになっている。 Xも+する: 肯定と呼応する場合 「Xは多い」という話し手の気持ちを表す 概数も、Aの最小値も表せない Xも+しない:否定と呼応する場合 「Xは少ない」という話し手の気持ちを表すもし概数を表せば、XはAの最大値「A≤X」 「A + 数量X + は」は、話し手の「多い/少ない」にともなう評価や感情は表さないので、前頁の最初の例の答えには「高い/安い」という話し手の気持ちは現れない。しかし「A + 数量X + も」は、肯定で概数を表さないので、否定のほうに使うと、話し手は「Xより安い/Xの値打ちはない」という気持ちを、ほのめかすことになる。したがって「X + は」は、話し手が「多い/少ない」という気持ちを表したい場合、特に「少ない」場合に使うと、不自然になってしまう。また、最後2例のような「多い/少ない」を表す「何 + ~ + も」や「いくらも/いくつも」などにも使うことができない。 あの店は、9時(まえ)に+は/×も、開店する/開店している+よ。 ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/~まえに・~まで(に)」を参照 逆に、上の例のような感情のない「時間」を示す場合、開店時間Aの最小値Xが「9時(まえ)」つまり「開店時間≥9時(まえ)」になるので、開店は「遅くても9時」を表しており、当然「10時や11時は開店中」ということになるが、これを「~も」にかえると、開店時間がさらにプラスされて「9時にも開店するなんて、一日に開店する回数が多すぎる」を表して不自然になる。 使い分けワンポイント ⑨ 数量 + からする・からある・からの A:これ、いくらだと思う? B:そうだな。1万円から+する/×しない+んじゃないか。 <654> 7.1. 比较·比喻·比例/比较と程度 雨が続いて、レタスがひとつ、500 円 + から/も + するそうだ。 チャイムが鳴って、ドアを開けてみたら、目のまえが何も見えなかった。なんと、優に + 2メートル/200 キロ + から/も + ある大男が立っていたのだ。 そのコンサートには5万人 + から/も + の人がつめかけたらしい。 夫の莫大な遺産を相続した未亡人は、何億 + からの/もの/からする/はする/もする + 資産を、世界の貧しい人にと、赤十字に寄付したそうだ。 「A + 数量X + から + する/ある/の」は、概数を表すが、起点を示す「~から」が使われ、肯定とだけ呼応して、AがX以上であること、つまりXがAの最小値「A≥X」になることを示すと同時に、話し手の「多い」という気持ちを表す。 Xが値段の場合は「X + からする」が使われ、高さや長さ、重さや大きさ、所持金の額を表す場合には「X + からある」が使われる。ただ、名詞につづく「X + からの + 名詞」は、上のほかに「人数」も使えるようになる。 「X + も + する/ある/の」も、話し手の「多い」という気持ちは表すが、概数を表さないこと、XがAの最小値にならないという点で「X + から」とは異なっている。 使い分けワンポイント ⑩ 数量+あまり・足らず・近く 駅は、ここから10分+あまり/足らず/近く+のところです。 今月は黒字で、2万円+あまり/足らず/近く+残りましたよ。 あの地震から、10年+あまり/足らず/近く+が経った。 講演会は、無名の講師だったが、テーマがよかったのか、200人/×257人+あまり/足らず/近く+(の人)が集まった。 「数量X + あまり/足らず/近く」は、それぞれ「X + α/X-α/Xより少ないが、ほとんどX」になる概数を表す。 事実やデータに基づく客観的な概数を表すのに使われるので、話し手の感情がまじる場合や、最後の例のように端数のある場合は、使うことができない。 使い分けワンボイント ① ~くらいなら・~より(も)+ ~ほうがいい 「A - る + くらいなら + B - る/~た + ほうが + いい/ましだ」は、意味だけをとらえると、次のように「A - る + より(も) + B - る + ことを選ぶ」を表している。 いじめられるような学校へ、子どもを無理して行かせる + くらいなら/より (も)、(むしろ) 家庭教師でも雇って、家で勉強させるほうがいいんじゃないか? 卒業したところで、ろくな就職先もないような大学へ行く + くらいなら/より、中学卒業後、伝統芸を身につける世界に飛び込んだほうがいいな。 ご近所様にお世話になって、ご迷惑をおかけする + くらいなら/より、老人ホームで暮らすほうが、よっぽどましというもんだよ/よほどましかもしれない。 海外旅行して、疲れて帰ってくる + くらいなら/より、家で寝ていたほうがいい。 あんな奴にものを頼む + くらいなら/×より、失業したままこうして遊んでるよ。 日本語の文法なんか教えられる + くらいなら/×よりも、死んだほうがましだよ。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~ほうがいい」を参照 「A - る + くらいなら + B - る/~た + ほうが + いい/ましだ」は、非常に感情的で、やや俗っぽい誇張した表現なので、話し言葉でしか使うことができない。 <655> これを使う話し手は、Aという現状や事態に我慢できなくなっており、腹の立つくらい「Aが + いや/嫌い/うんざり」なので、いわば前後の見境もなく、八つ当たり的にBを言っているだけというところがあり、実際に行動に移すかどうかはわからない、というより、行動に移さない確率のほうが、はるかに高い。 これに対して「A-る + よりも + B-る/~た + ほうが + いい/ましだ」は、冷静かつ客観的に、AよりもBが優れていると判断し、Bを選んで、実際に行動に移そうとするので、非現実的な選択である「失業/死」の場合に置き換えると、不自然になる。 このお盆休み、海外へ行く + よりも/※くらいなら、沖縄でのんびりしようよ。 しなかったことを悔やむ + より/※くらいなら、してみて失敗のほうがましだ。 上のような、現実的な選択には「AくらいならB」を使うことができない。 使い分けワンポイント⑫~というより 彼女は「美しい」というより、むしろ「可愛い」といったほうが適切だ。 あの人のものの言い方、どうも「貸してください」というより、人に命令して「貸せ」って言ってるみたいに聞こえるね。 このアニメ、子どものためというより、大人のために作られたようだ。 会議の席で、あんな発言をしたのだから、非難を浴びても、やむをえない。というより、自業自得だろう。 「すべての文A + というより + B」は、AとBを比較して「言ってみれば、AよりもBのほうが + 適切だ/妥当だ/ふさわしい」という意味を表してはいるが、話し手の真意は「AではなくてBだ」になることが多い。 これも一種の「あいまい/婉曲的な」表現で、皮肉や非難に使われると、Aで少しほめておいて「実際はBだ」とけなすことになる。 使い分けワンポイント ⑬ ︷ほど~ない・~より~ない 二者比較は、肯定で「AはBより~」を使い、否定で「AはBほど~ない」を使うことになっている。 しかし「大小/長短/軽重」などを表す相対形容詞の場合、例えば「小さい=大きくない」という関係にあるので、次のようなことが成り立つ。 丘の上の家は、丘の下の家 + ほど大きくない/より小さい/より大きくない。 予報に反し、今年の夏は去年 + ほど/より + 暑くないというのが、大方の見方だ。 ▶巻末「形容詞/一人称形容詞」を参照 彼は見かけ + ほど/※より、誠実でもなければ、賢くもないが、よく誤解される。 あんな先生に、いくら「よくできる」とほめられたところで、親や友だちにほめられたとき + ほど/※より、うれしくなるはずはないよね。 上のような「Xでない=Y」という関係が見えにくい場合は、成り立たなくなる。 使い分けワンポイント⑭~のように~ない 姉は、妹より利発だが、可愛くない。 姉は、妹より利発だが、妹ほど可愛くない。 <656> 7.1. 比较·比喻·比例/比较と程度 前頁の上のほうの例は、姉と妹の「利発さ」の程度を比較しているが、どちらのほうが「可愛いか」は比較していないので、妹が可愛いかどうかはわからない。これを下のほうの例のようにすると「利発さ」と「可愛らしさ」の程度が比較されていることにな ただ「妹」を繰り返す必要があるので、次のような例示の「~ようだ」を使って書き換えると、比較は表さなくなる。 姉は、妹のように利発だが、可愛くない。 →姉は、妹と同じように利発だが、(妹と + 違って/同様に)可愛くない。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~ようだ・~みたいだ』の使い方」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/~ように」を参照 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/『逆接/対比』の『~が/~けど』」を参照 例示の「名詞A + のように + X」は、Xが肯定の場合、例として示したAと「同じように/同様に」を表すが、否定「Xない」の場合、上のように「Aと + 同じように/違って + Xない」という2つの解釈を許すようになる。 上の例では、逆接確定条件と対比をかねた「~が」が響いているので、文の後半は「妹と違って可愛くない」のほうが自然な流れになる。 また例示の場合、AはXのための「代表例/基準」となるので、次のように「A=姉」にするほうが、自然である。 妹は、姉のように利発ではないが、可愛い。 →妹は、姉とは違って利発ではないが、姉と同じように可愛い。 →妹は、姉と同じように利発ではないが、姉とは違って可愛い。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/基準+に・と/人+に・と」を参照 この場合は、100%「あいまい文」になり、対話背景がなければ、話し手がどちらを言おうとしているのか、聞き手には判断できなくなる。 彼は見かけ + ほど/△のように、誠実でもなければ、賢くもない。 友だちは、お兄さん + ほど/△のように、日本語は上手でない。 →友だちは、お兄さんのようには、日本語が上手ではない。 →友だちは、お兄さんのように日本語が上手な + の/わけ + ではない。 →友だちも、日本語は上手だが、お兄さんほどではない。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の配列」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/全部否定と部分否定」を参照 Xが否定の場合、無難なのは、例示の「A + のように + Xない」ではなく「Aと + 同様に/違って + Xない」を使うことであるが、すっきりしたものにはならないので、意味は異なっても、比較「A + ほど」のほうが響きはよい。 やはり「A + のように」のほうがいい場合は、最初に現われて主題を示す「~は」の次に現れて対比を示し、否定と呼応する「~は」を使って「A + のようには + Xない」にするか、部分否定「Aのように + X + のではない/わけではない」を使って、X「日本語が上手だ」は否定せず、そのまえの部分「お兄さんのように」を否定「お兄さん + のようではない/とは違う/ほどではない」する方法がある。 <657> 使い分けワンポイント ⑤ ~くらいだ・~ほどだ/ ~ほどではない・~ようなものではない 同程度を表す場合、原因を表す「~て」などを使って、次のように「A + くらい/ほど + (の) + B」を「B + て + A + くらい/ほど + だ」に書き換えができる。 夫婦って、離婚となると、顔も見たくないほど嫌いになれるのね。 →夫婦って、離婚となると、嫌い + で/になって、顔も見たくないほどになるのね。 今日は、サウナに入ってるほうがましなくらいの蒸し暑さだったね。 →今日は蒸し暑くて、サウナに入ってるほうがましなくらいだったね。 それを聞いたとき、心臓が止まり、息もできないほどのショックだった。 →ショック + のあまり/で、心臓が止まり、息もできないほどだった。 しかし、最下限と最上限を表す場合は、次のようになる。 1.肯定の同程度へと変換 これくらいのこと、小さな子どもにでもわかるよ。 →これ、子どもにでもわかる + くらい/ほど + 簡単だ。 →これ、簡単すぎて、子どもにでもわかる + くらい/ほど + だ。 これほどのこと、専門家にだって考えだせないよ。 →これ、専門家にだって考えだせない + くらい/ほど、難しいよ。 →これ、難しくて、専門家にだって考えだせない + くらい/ほど + だ。 2.否定の同程度へと変換 これくらいのこと、犬の犬人にわからないはずがないよ。 →これ、大の大人にわからない + くらい/ほど + 難しくはないよ。 →これ、簡単だから、大の大人にわからない + ほど/× くらい + じゃないよ。 →これ、簡単だから、大の大人にわからない + ほどの/ような + ものじゃないよ。 これほどのこと、小さな子どもに考えだせるわけがありませんよ。 →これ、子どもに考えだせる + くらい/ほど + 簡単じゃありませんよ。 →これ、難しくて、子どもに考えだせる + ほど/× くらい + じゃありませんよ。 →これ、難しくて、子どもに考えだせる + ほどの/ような + ものじゃありませんよ。 ケーキは好きだけど、丸ごと食べる + くらい/ほど + 好きでもない。 →ケーキは好きだけど、丸ごと食べる + ほど/× くらい + でもない。 →ケーキは好きだけど、丸ごと食べる + ほどの/ような + ものでもない。 よくないらしいが、手術する + くらい/ほど + 悪いわけじゃないって。 →悪いことは悪いらしいが、手術する + ほど/× くらい + じゃないって。 →悪いことは悪いらしいが、手術する + ほどの/ような + ものじゃないって。 つまり「︷くらい/~ほど+だ」は、どちらも同程度を表しているが、その否定は、最上限しか表さないので、前者の否定「×~くらいではない」は使うことができない。この場合は「~ほど(のもの)ではない」か、例示を表す「~ようなものではない」を使うが、最後の文を例にとれば、違いは次のようになる。 前者「~ほど(のもの)ではない」の「手術」は、話し手にとっての「最悪の事態」を表し、しないですんで、ホッとした気持ちが、文ににじみ出ているが、後者の「手術」は、 <658> 7.1. 比较·比喻·比例/比较と程度 例示なので「治療法のひとつ」にすぎなくなり、他人事のようになってしまって、もしかすると「思ったほど悪くなくて残念だった」というふうに受けとられるかもしれない。 使い分けワンポイント⑯~に限る 家電なら、あの店 + に限ります/が一番です/です + よ。 →家電を買うなら、あの店 + くらい/ほど + いいところはありませんよ。 海外に電話するなら、このテレフォンカード + に限る/が一番安い。 →海外に電話するなら、このテレフォンカード + くらい/ほど + 安くつくものはない。 サウナに入って汗を流したあととくれば、よく冷えたビールを飲むに限る。 →サウナのあとは、よく冷えたビールを飲むのが + 最高/一番 + だ。 →よく冷えたビールを飲む(こと)+くらい/ほど+爽快なものはない。 友だちとワイワイしたかったら、カラオケに行って騒ぐに限る。 →友だちとカラオケに行って騒ぐ+くらい/(こと)ほど+楽しいことはない。 一人で旅行するときは、静かな温泉町で滞在するに限る。 →静かな温泉町で滞在する+くらい/ことほど、くつろげることはない。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~なら」を参照 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~なら」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/~ときたら・~とくれば」を参照 「Aに限る」は「Aが+最高だ」という評価を表すことがあり、最上級表現の「A+くらい/ほど+A'はない」に書き換えることができる。 これまで出会った親切な人なら、王さんに限る。 去年のヨーロッパ旅行 + くらい/ほど、思い出に残るものはない。 ×思い出に残るものといったら、去年のヨーロッパ旅行に限る。 周囲の誰からも認められないこと+くらい/ほど+つらいことはない。 ×つらいことといえば、周囲の誰からも認められないことに限る。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~といえば」を参照 しかし「Aに限る」は、話し手の個人的評価を表しているが、必ず「A'」の部分が、聞き手にも想像できるという制限があり、さらに「~なら/~たら/~とき」といった、一般性のある場合を仮定したときの「最高/最上/最良/最善」というプラス評価を表すので、上のような「A + くらい/ほど + A'はない」とは互換性がない。 使い分けワンポイント ⑰ 動詞「限る」のまとめ 動詞「限る」は、次のような使われ方をする。 「R -18」指定とは、18歳以上に限るという意味で、18歳未満は見ることのできない映画作品などを指す。(範囲の限定) 限りない未来のために、限りある資源を大切にしましょう。(限界) 一度 + 限り/きり/だけ + の青春時代、何でもやってみよう。(限度) その場 + 限り/だけ + の言い訳を言っても、誰も信用しないよ。(限定) ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~だけに/『~だけ』の使い方」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~だけ」を参照 <659> ~んばかりだ・~そうなほどだ/~そうなくらいだ ▶本文 1.7.「主題/累加/~だけでなく」8.1.「極限/状態/~かぎり・~だけ」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/-るだけだ」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~だけだ」を参照 まだ見てないの?その映画、今週+限り/まで+よ。(期限) ▶本文2.1.「時の表現/基準時未実現/~まで・~までに」を参照 今日 + を限りに/限りで + 退職するそうだ。(期限) ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~をかざりに」を参照 声を + 限りに/出すことのできる限り + 出して叫ぶ。(極限) 絶望せず、力/命 + の + 限り/ぎりぎりまで + 病気と闘った。(極限) 贅沢の + 限り/極み + を尽くす。見渡す限りの海。(程度と範囲の極限) ▶本文8.1.「極限/状態/〜かぎり」を参照 見た/聞いた/調べた/知っている+限りでは、こうだ。(経験の範囲) ▶本文3.3.「順接確定条件/根拠/~では」を参照 僕のそばに + いる限りは/いさえすれば + 大丈夫だ。(前提条件) ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~かぎりは」を参照 努力しない限り、人生において、成功なんてありえない。(一般条件) ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ないかぎり」を参照 うちの子に限って、そんなことをするはずがない。(排除 + 否定推量) =ほかの子なら、ありえることでも、うちの子だけは、するはずがない。 こんな忙しい日に限って、友だちから誘いの電話が入る。(限定選択) =よりによって/わざわざ+こんな忙しい日に、友だちから誘いの電話が入る。 欠陥隠しは、そのメーカー+に限ったこと/だけ+ではない。どこだって、やっている ことだ。(非限定) 切りとったからといって、再発する可能性があるのですから、全治した + とは限らない/わけではない + のですよ。(部分否定) ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照「~(という)わけではない・~とはかぎらない」 あの店は、曜日に限らず、年中無休でしている。(無制限) 英語に限らず、中国語も韓国語もできるそうだ。(累加) テレビや冷蔵庫に限らず、家電製品は何だって安い。(類推) ▶本文 1.7.「主題/累加/~に限らず」8.3.「極限/類推/~に限らず」を参照 7.2. 比较·比喻·比例/比喻 ~んばかりだ・~そうなほどだ/~そうなくらいだ Aんばかりだ:まるでAしようとするのかと見まちがう様子だ。 Aそうなほどだ:まるでAしようとすると思える程度の高さだ。 接続 動詞ない形 + んばかりだ 動詞ます形 + そうな + ほど/くらい + だ ▶「~ん」については、巻末「古語/助動詞/意志・推量『む』を参照 <660> 形態 通常、次の形態のほうがよく使われる。 ~んばかり + の/に ~そうな + ほど/くらい + の/の 「~ばかり」と「~ほど」は、形態によって、いろいろな意味を表すので、このほかの使い方については、以下を参照のこと。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ばかりだ」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~てばかりはいられない」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~ばかりに」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~たばかりだ」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~ばかりでなく」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ばかりだ/~ば~ほど」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + ばかり/~ほど~はない」を参照 「~そうなくらいだ」という形態は、すべての場合で「~そうなほどだ」と互換性があるが、両者は「~くらい」と「~ほど」の違いを反映しているだけなので、ここではとり扱わない。「~くらい」と「~ほど」の違いについては、次を参照のこと。 ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~くらい~・~ほど~/数量・程度 + くらい・ほど」を参照 第三者に対する視覚的な比喩であれば、互換性がある。 次のように、置き換えると不自然になる。 *どこから湧きだすのか、手も凍ってしまわんばかりに冷たかった。 男は酒に酔い、今にも + 倒れんばかりに/×倒れそうなほど + 歩いていた。 そして、すがり + つかんばかりに/×つきそうなほど、手をついて頼みこんだ。 空腹のあまり、皿まで + なめんばかりに/×なめそうなほど + 食いつくした。 困りきり、今にも泣き + ださんばかりに/×だしそうなほど、空を見上げた。 あの先生の授業? あくびが + 出そうなほど/×出んばかりに + 退屈なんだよ。 外回りで、足が棒に + なりそうなほど/×ならんばかりに + 疲れてしまいました。 ついに合格! 舞い + 上がりそうなほど/×上がらんばかりに、うれしかった。 ▶巻末「形容詞/一人称形容詞」を参照 用例 次の「~んばかりだ」と「~そうなほどだ」は互換性がある。 ついに合格!舞い + 上がらんばかりに/上がりそうなほど、うれしそうだった。 店じまい最終処分セールとあって、中は客で + あふれんばかり/あふれそう + だ。 舞踏会に姿を見せた彼女は、輝き + ださんばかりの/だしそうな + 美しさだった。 悲しさに、その目は、今にも + あふれんばかりの/あふれそうな + 涙で覆われた。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~そうだ」を参照 使い分け 「~んばかりだ」も「~そうなほどだ」も、仮に「A + んばかり/そうなほど + の + B」とした場合、Bの様子や状態を、Aで比喻的に表したものであるが、前者「~んばかりだ」は、視覚的にとらえた第三者Bの「様子/態度/表情/顔つき」などを、Aというイメージでたとえる場合に使われる。 これに対して「~そうなほどだ」は、人称制限がなく、話し手自身についても使うことができるが、五感「視覚/聴覚/嗅覚/味覚/触覚」や第六感で、感覚的直感的にとらえたBの「程度」を、Aでたとえる場合に使われる。 <661> ~んばかりだ・~そうなほどだ/~そうなくらいだ したがって「例」の「湧き水」は、冷たさの程度を「手が凍りそう」という触覚で、比喩しているのなら「~んばかりに」に置き換えると不自然になるが、見るからに冷たい水の様子を、もし手に触れたとしたら「見る間に凍ってしまう」という視覚的イメージで思い描いたのなら、不自然さは和らぐ。 今にも + 倒れんばかりに/倒れそうなほど + 酒に酔って/ふらついて + 歩いていた。手をつき、すがり + つかんばかり/つきそうなほど + の頼み方だった。 空腹のあまり、皿まで、なめんばかり/なめそうなほど + の食いっぷりだ。 空を見上げ、今にも + 泣きださんばかりに/泣きだしそうなほど、困っていた。 また前頁の「置換」で「~そうなほど」に置き換えできない例は、上のように書き換えれば、可能になるが、この場合の「倒れそうなほど」が「酒に酔った/ふらついた」程度の比喻になって、文末の「歩いていた」程度の比喻にはなっていないからである。しかし「倒れんばかりに」なら「歩いていた」様子も、また「酒に酔った/ふらつい 逆に「~んばかりだ」に置き換えできない例は、いずれも一人称「私」の気持ちを表し、また、視覚的イメージとなるのは「舞い上がる」だけで、あとの「あくびが出る/足が棒になる」は、視覚的イメージというより、心理的イメージであろう。 解説 前頁の「用例」のような互換性のある場合も、両者は、視覚的な比喩か、程度を表す比喩かで違っているが、古語的な表現で、映像としてのイメージを喚起しやすい「~んばかりだ」は、文学的な書き言葉に、程度の高さをオーバーに表現できる「~そうなほどだ」は、話し言葉によく使われる。 しかし、上の「倒れんばかり」などのような冗談や皮肉に聞こえる表現は、年配の人になら、話し言葉でも使っていると思われる。 見事な演技に会場は総立ち、われ + んばかり/×そうなほど + の拍手が起こった。→見事な演技に、会場が + われんばかりに/△われそうなほど、拍手が鳴り響いた。 上の「われんばかりの拍手」は慣用表現で、大喝采の様子をたとえて「会場が拍手の響きで割れてしまう」と表現しているのであるが、耳でとらえた大喝采の程度を表すと考えることができれば「われそうなほど」も使えるかもしれない。 使い分けワンポイント ①「~ほどだ」と「~そうなほどだ」 「Bの程度は、A + ほど/くらい + だ」や「A + ほど/くらい + の/(に) + B」は、次のように、Bの程度を聞き手にわかりやすく伝えるために、Aの部分に具体的な比喩を用いたものである。 疲れて足が棒になる + ほど/くらい + だった。 足が棒になる + ほど/くらい + の疲れようだった/(に)疲れた。 ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~くらい~・~ほど~」を参照 店内は混んでいて、客で + あふれんばかりだった/×あふれるほどだった/×あふれるくらいだった/あふれそうだった。 店内は、客で + あふれんばかり/×あふれるほど/×あふれるくらい/あふれそうなほど + の混みようだった/に混んでいた。 ▶卷末「古語/助動詞/意志・推量『む』」を参照 <662> 7.2. 比较·比喻·比例/比喻 ▶本文 2.6. 「時の表現/基準時直前直後/~ばかりだ」を参照 ▶本文 10.6. 「モダリティの表現/状況判断/~そうだ」を参照 「Bの様子は、A+んばかりだ」なども同様に、Bの様子を聞き手にわかりやすく伝えるために、Aの部分に具体的な比喩を用いているが、ここで使われている「~ん」が「推量」または「意志」を表す古語の「~む」から来ており、また、ここの「~ばかり」が、時間の表現で「出かけるばかりになって化粧を始める」など「これから出かけようとするまさにそのとき」という〈基準時+未実現/直後〉を表しているので、文字通りの現代語は「まるでBの様子は、まさにこれからAしようとしているかに見える」といった感じになる。 ということは「A + ほど/くらい + だ」が「A + んばかりだ」とほほ同じ意味を表すには、動詞「ます形」に接続して「雨が降ってきそうだ」など、近未来に事態が起こる「予感/予測/予想」を表す「~そうだ」をつけた「A + そうな + ほど/くらい + だ」ということになる。 使い分けワンポイント ②~と言わんばかりだ・~と言いたそうだ/ ~と言いたげだ/~とばかりに 彼は、さも「頼む」と + 言わんばかりの/言いたそうな/言いそうな + 目をして、今にも手をのばし、すがりつかんばかりの様子で私を見つめた。 *傷を負った鶴は「助けて!」と + (言わん) ばかり/言いたそう/*言いそう + に、通りかかった男に顔を向けて、折れんばかりに羽をばたつかせた。 子どもは、自転車屋の前で、ふと振り返り、マウンテンバイクを指差して、見るからに「これ、買って」と + 言わんばかり/言いたそう/言いそう + だった。 報告を聞いた部長は、何も言わずに顔色をかえ、立ち上がりざま、にらみつけ「出て行け」と + 言わんばかりの/言いたそうな/*言いそうな + 剣幕だった。 男の愚かしさに、あきれ返った彼女は「そんなの、私の知ったことじゃないわ」と + (言わん) ばかり/言いたそう/*言いそう + に、顔をそむけて鼻を鳴らした。 何十年かぶりで再会した同級生に「おまえは誰だ」と + (言わん) ばかりの/*言いたそうな/言いそうな + 顔つきを見せたきり、挨拶すらしなかった。 「ん」と返事はしてくれたが、まるで「無理だな」と + (言わん) ばかりの/言いたそうな/言いたげな/言いそうな + 気のない口ぶりだった。 「A + と言わんばかり + だ/の/に」は、実際には何も言ってはいないのであるが、その「顔/声/態度/表情/仕草/素振り」などから、あたかも「A」と言っているかのような印象を受けたことを表している。 Aの内容が、本当は声に出して聞き手に伝えたい「希望/願望」であれば、感情形容詞などについて、見た目の様子から「その人が今、どんな気持ちなのか」を推し量って判断する「~そうだ」を使った「A + と言いたそうだ」に置き換えることができる。 両者の違いをいえば、前者「A+と言わんばかりだ」は、実際に「A」と言おうとしているかどうかは不明で、ただ話し手の受けた感じを、言葉にたとえて言ってみれば「A」になるというだけで、単なる「気のせい」かも知らず、Aは比喻であるだけに、かなり誇張した表現になることが多い。 <663> ~んばかりだ・~そうなほどだ/~そうなくらいだ これに対して「A + と言いたそうだ」は、その顔つきや口調などを根拠として、おそらく「Aが言いたいのであろう」という判断をしているので、Aは、その人の気持ちとほぼ合致するはずである。 「希望/願望」でなければ「A + と言いたそうだ」は使えないが、程度の比喻なら、迫力に欠けるが「A + と言いそうだ」にすることができる。 肩を震わせ「もう、これっきり来ないの?」と + (言わん)ばかり/△言いたそう/言いたげ/言いそう + に、涙であふれればかりの顔を上げた。 上の「A + と言いたそうに」は、Aが「希望」をこめた言いたいことではなく、ただ確認したいことであろうから、ここは「聞きたそうに」にしたほうが自然である。このままだと、言いたいことが「もうこれっきり来ないのでしょう」になるおそれがある。むしろ「A + と言いたげに」のほうが自然な響きがするのは、ここの「〜げ」が「心の動き/気持ち/心理状態」を表す形容詞に「楽しげ/寂しげ/まぶしげ/親しげ + だ/な/に」というふうに接続し、第三者の心の動きなどが「表情/態度/体の動き/声の調子」などに現れている様子を表すので、このAの内容が、たとえ「希望」と反することではあっても、何か言いたい心の動きは表現できるからである。 女は「犬など、いてもいなくてもかまうものか」と + 言わんばかり/ばかり + に、掃除にきた捕虜に背を向け、裸のままで化粧を始めた。 「A + とばかりに」は「A + と言わんばかりに」の「言わん」が省略されたものであるが、後者には「A + と言わんばかり + だ/の」という形態が存在しても、前者では「×A + とばかり + だ/の」という形態は使うことができない。 上の例で両者を比べると、後者「A+と言わんばかりに」のほうが、比喩の度合いが高く、そのぶん、相手に対する「願望/軽蔑/煩わしさ/無関心」などの気持ちが必要以上に誇張されて、迫力を感じさせると同時に、そうした気持ちへの話し手の「同情/非難」を前面におしだす言い方になる。 しかし、前者「A + とばかりに」は、誇張を抑制するような響きになり、上の例のような、人間を人間とも思わないような態度に対する比喩に使うと、その態度に対する話し手の「驚き/非難/捕虜に対する感情移入」などが弱まり、まるで裸の化粧を是認するかのような印象を与えてしまう。 使い分けワンポイント どうしたの、こんなところで。まるで荒野をさまようリア王のようよ。 いかにも困ってるかのような顔で話すもんだから、お金、貸しちゃったよ。 あたかも『曾根崎心中』を地で行くように哀しいふたりの後姿だった。 固く施錠された扉が、目の前に立ちはだかり、さながら、大使館つきのガードマンが、正体不明の男を入れるまいとする + (かの)よう/×みたい + だった。 雷におびえる女を抱きしめていたが、朝日が顔に当たり、幸せを絵にかいた + よう/×みたい + な夢からざめたとき + のよう/×みたい + に、そっと体を離した。 やもめ暮らしとは聞いていたが、ドアを開けて、部屋に入ると、離婚して以来、一度も掃除をしたことがない + かのよう/×みたい + な臭いが鼻をついた。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~ようだ・~みたいだ』の使い方」を参照 本節最初の「Bは、A + hばかり/そうなほど + だ」は、聞き手のイメージしや <664> 7.2. 比较 · 比喻 · 比例 / 比喻 すいAの事態が「今まさに起ころうとしている」と、聞き手に予感させる方法を使ってBの比喻を行なうので、聞き手のイマジネーションをくすぐりやすく、比喻によっては、迫力に満ちた新鮮な驚きを聞き手に与えることができる。 しかし「台風が去ったあとの空は、綿+のよう/みたい+な雲が、鬼ごっこをしてる+よう/みたい+に飛んでいた」といった比喩を表す「Bは、A+よう/みたい+だ」は、目の前にあるBの事態を、ただ聞き手のイメージしやすいAでたとえるだけである。 ということは、聞き手にとって「綿/鬼ごっこ」を思い浮かべさえすれば、雲の「形と色/流れ方」は容易に連想できるので、よほど人の意表をつくAを使わない限り、比喩ともいえないような陳腐で紋切り型の表現になったり、ひどい場合は「Aでたとえなかったほうがよほどましだ」と思えるような面白みのないものなったりすることがある。先ほどあげた例のうち、最初2つ「リア王のようだ/困ってるかのような顔」が「〜みたいだ」には置き換わるが、あとのような書き言葉であることが明らかな例に「〜みたいだ」を使うと、文体や文の統一が乱れて、不自然になる。 使い分けワンポイント ④「~かのようだ」と例示 もうずいぶん待ったような気がして時計を見たが、まだ5分しか経っていない。時間がここだけフリーズしてしまったかのようだった。 12歳にしては、自分の美しさを知っている + かのような/ような + 仕草だった。何を驚いてるんですか。幽霊でも見た + かのような/ような + 顔をしてますけど。いかにも貧しい + かのような/ような + 格好をしてますが、本当はお金持ちです。まるで偉い人(である)かのように。自分を伝様だと思ってんだろうね。私を好きかのように言い寄って、結婚どころか借金を申し込むんです。 の表現/状況判断/『~ようだ・~みたいだ』の使い方」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/~ように・~ような」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~ように」を参照 ▶本文 3.5.「順接確定条件/基準/~のように」を参照 文 6.1.「変化の表現/A→B/~ように + なる/する」を参照 「A + ようだ」は、比喻のほかに「状況判断/例示/希望/変化」を表し、全部で5つの使い方があるが、例にあげたような「Xは + A - る/ - い/~た/(状態)名詞(である)+ かのようだ」は、比喻だけに使われる特殊な形態であり、状況判断や例示と紛らわしくなるのを避けるために、よく使われる。 「実際はAではないが、まるでA(ではない)かと+思わせる/感じさせる」という意味を表すので、Aとは対照的なXが提示されたり、ほのめかされたりすると、ときに「Xのくせに、Aを装って人の目を欺く」といった非難を表すことがある。 「12歳」の例は、例示「どんな仕草かというと、例えば、自分の美しさを知っている + ような + 仕草」なら、早熟な少女を連想するが、比喻の「知っている + かのよう な + 仕草」なら、まだ自分の美しさを知らない、あどけなさの残る天真爛漫な少女の 姿が浮かびあがる。 ほら、窓の外。霧が出ている+よう/かのよう+だが、雨が降っているようだ。 ほら、窓の外。霧が出ているようだが、まるで雨が降っている(かの)ようだ。 <665> ~んばかりだ・~そうなほどだ/~そうなくらいだ 「霧が出ているようだ」が、状況判断を表しているか、比喻を表しているかは、あとの「雨」次第であるが、文末の「雨が降っているようだ」は、比喻の「~ようだ」と呼応する「まるで」などがない限り、状況判断を表している。 したがって、上のほうは「霧ではなく、雨」で、いわば「霧雨」が降っているが、下のほうは「雨ではなく、霧」で、例示「雨のような霧」が出ていることになる。 悪いことでも起こる + よう/かのよう + な胸騒ぎがするんだけど。気のせいよね。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~そうだ」を参照 「起こるような胸騒ぎ」は、例示「どんな胸騒ぎかというと、例えば、悪いことが起こるような」が使われているので、話し手は「気のせいであってほしい」と思っているが、もう一方の「起こるかのような胸騒ぎ」は比喩になるので、話し手はすでに「気のせいにすぎない」と考えている。 これを「予感」の「~そうだ」に置き換えて「悪いことでも起こりそうな胸騒ぎ」にすると、神経過敏な人なら眠れなくなってしまう。 使い分けワンポイント ⑤ ごとし 林火山〉速きこと、風の如し。静かなること、林の如し。猛きこと、火の如し。動かざること、山の如し。建康法〉座ること、時計の如く、立つこと、松の如し。歩くこと、風の如く、寝ること、弓の如し。 光陰、矢の如し。 契約内容は、下記の + ごとし/ごとくである/ごときものである。 妻は、まるで般若のごとき顔で、夫をにらんだ。 一日千秋のごとくに、会える日を待ちわびる。 あたかも静かに眠るがごとき臨終であった。 己を愛するごとく、敵を愛せ。 先ほど事務所で話をしたばかりなのに、彼はパーティー会場で、まるで今日はじめて会ったかのごときふりをして、驚いて見せた。 ▶巻末「古語/助動詞/比喻『ごとし』を参照 古語「如し」は、諺や慣用表現などで「類似性/同一性」を示す比喩として使われるが、最後の例「ーる/ーい/~た/(状態)名詞である + かの + ごとき/ごとく」などは、現在でも、書き言葉で使う人がいるかもしれない。 ただ「ごとし」は、もともと漢文に現れる「如」という漢字を、訓読みする場合に使われ、男性が使用した硬い表現なので、今日でも、女性に使われることは、あまりない。現代語では「使い分け④」の「~かの + ような/ように」が使われる。 おまえのごときバカに、何がわかるって言うんだ。子どものごときに、負けてたまるか。私ごとき者には、荷の勝ちすぎた任務であります。 上のような「例示/婉曲表現」は、年配の男性なら、話し言葉で使うかもしれない。他者に向けられて「軽蔑」を表し、話し手自身や、話し手と〈ウチ〉関係の人に使って、話し手の「謙虚さ/謙遜」の気持ちを表す。 <666> 7.3. 比较·比喻·比例/比例/原因 ~だけに・~だけあって AだけにB:Bは原因Aの程度に比例する結果だと評価する。 AだけあってB:同上。Bをプラス評価する場合に使われる。 接 统 形態 -る/ーい/~た/状態名詞な/名詞+だけに/だけあって (注)書き言葉で「(状態)名詞+である」に接続する可能性がある。 「~だけあって」は、代わりに「~だけのことはあって」が使われることがある。 互换性 プラス評価なら、すべての場合で置き換わる。 置換 [例] アルバイトばかりで勉強しなかっただけに、不合格でも当然だよ。 次のように、置き換え不能。 *アルバイトばかりで勉強しなかっただけあって、不合格でも当然だよ。 ずいぶん遠くから通ってくるだけ + に/×あって、よく遅刻するよね。 やはり若いだけ + に/×あって、こんな手間の要る仕事は勤まらないだろう。 上手なだけ + に/×あって、レギュラーをはずされるのは、ショックでしょうね。 旅先で買ったグラスだけ + に/×あって、割れてしまっては買い替えようもない。 合格する自信があっただけ + に/×あって、見てられないほどの落ち込みようだ。 友だちにあんなひどいことを言っただけ + に/×あって、後悔してるみたいだな。 用例 次の例は、置き換え可能。 さすがの李さんだけ + に/あって、今度の試験も1番だったようです。 さすが元プロボクサーだけ + に/あって、あの歳になっても、体の動きが軽いね。 歴史が好きなだけ + に/あって、この程度の問題なら、わけなく解いてしまうね。 食事制限や運動をして、健康なだけ + に/あって、検査結果はすべて正常だった。 ここの公園は広いだけ + に/あって、1日、散策していても飽きないのですよ。 毎日、産地から直送されてくるだけ + に/あって、ここの料理はいつもおいしい。 これまで辛酸をなめてきただけ + に/あって、今回の受賞は本当にうれしそうだ。 前回、油断して、ほんのちょっとしたミスのせいで失敗しただけ + に/あって、気合いを入れなおしたのか、今日は見事な演技だった。 使い分け 「A + だけ + に/あって + B」は、AとBに因果関係があり、しかも、Aの程度の大きさが、そのままBに反映されていることを表している。 上手なだけに、レギュラーをはずされるのは、ショックでしょうね。 〜上手ですから、レギュラーをはずされるのは、ショックでしょうね。 →下手だったら、レギュラーをはずされたとしても、ショックでも何でもないかもしれませんけど、普通以上に上手なのですから、レギュラーをはずされるショックは、普通以上に大きいでしょうね。 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/~から・~ので」を参照 つまり、AとBの間には、変化の割合を「1」とする比例式「Y=X/B=A」が成り立っており、例えば「X/A=上手/若い/李さん(の実力)/失敗した」といった <667> 程度が高ければ高いほど、結果「Y/B=ショック/勤まらない/試験の成績/演技の見事さ」の程度も高くなることをほのめかしている。 遊んでばかりで勉強しなかっただけに、さすがの僕も不合格だった。 話し手は「Aの程度が高ければ、それに応じてBの程度も高くなるのは+当然だ/すごいことだ」といった評価をしているので、上のような第三者に見立てた「私」の場合を除けば、話し手について使うことができない。 「A + だけに/だけあって + B」は、Aの「プラス/マイナス」にかかわりなく、前者「A + だけに + B」が「プラス/マイナス」両方のBについて、後者が「プラス」のBだけについて使われる。 前頁の「用例」のようなBがプラス評価の場合における両者の違いは、話し手の気持ちである。例えば「産地直送」の場合、前者「~だけに」が表現している「料理のおいしさ」は、当然の成り行き「産地直送なのだから、おいしくて当たり前だ」といった冷静な、というより、むしろ消極的な評価である。 しかし「~だけあって」が表す「料理のおいしさ」は、いわば「称讃/讃嘆/感服/感心/爽快/痛快」といった気持ちで、目の前にある状況に驚きをこめて「やっぱり/さすが+産地直送ならではだ。さすがに/その名に恥じず+おいしい」といった積極的で、拍手を送っているかのような熱烈な評価である。 ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~ならでは」を参照 解説 何十年かぶりの猛暑だけ + に/あって、暑さに強い課長も音をあけたらしい。もし上のように、通常、Bがマイナス評価と見なされる事態に「~だけあって」が使われると、話し手は「僕の暑がりをいつも笑っていた課長が、今年の暑さに音をあげただなんて、ざま、見やがれってんだ」といった「小気味よさ/痛快さ」を表しており、話し手にとって「課長が暑さに音をあげる」のは、プラス評価の出来事なのである。 合格する自信があっただけあって、ひどい落ち込みよう。いい薬だな。友だちにあんなひどいことを言っただけあって、後悔してるんだろう? したがって「置換」にあげた「~だけあって」に置き換えられない場合でも、上のように「皮肉/風刺/冗談」まじりに使うのであれば可能である。ただ「冗談を解さない」といわれる日本人に、むやみと使うと誤解が生じるかもしれない。 使い分けワンポイント ① ~だけのことはあって 外では日本語ですが、家ではずっと中国語を使っているだけ (のことは) あって、中国語と日本語の完璧なバイリンガルのようです。 それなりのお金を出しただけ (のことは) あって、いいワインでしたね。 一流の職人さんだけ (のことは) あって、実に見栄えのする仕上がりだ。 「~だけあって」は「~だけのことはあって」がもとの形で、省略された「~ことが「価値/甲斐/実力/特性/特技/効能/プラスの状態や内容」などを表し、さらに「A + だけの + B」が「Aに + ふさわしい/相応する + B」を表しているので、Aの内容に「~こと」の意味が含まれていれば、特に話し言葉では、言葉の節約ができる「~だけあって」がよく使われる。 <668> 値段 + だけのことはあって/×だけあって、いいワインでしたね。 =高い値段 + だけのことはあって/だけあって、いいワインでしたね。 映画 + だけのことはあって/×だけあって、状況がわかりやすいよ。 =記録映画 + だけのことはあって/だけあって、状況がわかりやすいよ。 校長先生?それ + だけのことはあって/×だけあって、貫禄あるね。 しかし、Aが評価を示さないニュートラルな名詞で、それだけでは「~こと」にあたる「プラスの状態や内容」を連想させない場合、縮約した「~だけあって」を使うことができない。 「それだけのことはあって」の場合、縮約して「それだけあって」に換えると、限定を表して「それしかなくて」に近い意味にかわってしまうので、特にこの「~だけあって」は使えないことになる。 さりか社長さんだけあろうし、何を歌うても/いつ聞いてる、お上手です。 ただ「(さすが) 〜だけあって」は、上のように、根も葉もない偽りの前評判「社長は歌が上手だ」を根拠に、聞き手または第三者を称讃するために使われることがあり、ともすれば「お世辞/媚びへつらい」になるきらいもあるので、使いすぎると、ほめられた本人はともかく、周りの人を不愉快にするおそれがある。 使い分けワンポイント ② さすがの~も さすが李さんだけあって、今度の試験も100点満点だったって。 =もともと実力のある李さんだから、今度も期待通り100点満点だ。 今度は試験が難しくて、さすが(の)李さんも、40点だったらしい。 =試験が難しくて、実力のある李さんでさえ、期待に反して40点だったらしい。 さすがに特殊加工したガラスだけあって、落としても割れないのね。 さすが特殊加工したガラス(で/でさえ)も、ここから落とすと割れちゃうのね。 ▶本文8.3.「極限/類推/~も」を参照 「さすが/さすがに/さすがの + A」は、3つの形態いずれの場合でも、あとにくる名詞Aを修飾するが、Aのもつ「実力/特質/機能/効能」などの「前評判」が高く、周囲から期待が寄せられている状態を表し、プラス評価となる「A + だけ + あって/に + B」と呼応すると、Bの結果が「前評判に恥じることなく、期待通り」であった しかし「類推」を表す「〜も」が上のように使われると、周囲の状況のほうが、Aのもつ「実力/特質/機能/効能」などを上回っており、Bの結果が「前評判/期待 + に反する」ものであったことを表すようになる。 使い分けワンポイント ③「~だけ」の使い方 「A - る/ - い/~た/名詞/状態名詞な + だけ」は、数量や事態を「限定」するほかにも、限定された分量の範囲内での「程度/極限」や、限定された事態が原因となり、それに比例した結果を生みだす「当然の因果関係/自然の成り行き」を表すことができる。 <669> なお「~だけ」の前後、どちらかに「~に/~で/~から/~と」などが挿入されることがあるが、これについては、次に詳しい。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~にだけ』と『~だけに』を参照 だけ-1:A以外にはないという限定 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~だけだ」を参照 そんなお礼だなんて、とんでもありません。お気持ちだけで十分です。引っ越し先ですか?これといって便利でもなし、静かなだけですね。あの人?芸能人にしては、何もできないな。ちょっと可愛いだけで。 大丈夫ですよ。お客にお酒を飲まして、笑ってるだけでいいんですから。 何もしてないったら。ちょっと言っただけなのに、勝手に泣き出したんだよ。 泣いてるんじゃありませんわ。タバコの煙が目に入っただけですから。 あなた + にだけ/だけに + 話す秘密なんですから、他言はしないでね。 このドアは、このカードでだけ開けることができます。(他の手段なし) このドアは、このカードだけで開けることができます。(他の手段不要) ホーチミン市 + だけから/からだけ + 緊急ファックスが入っています。 いえ、そんなに要りません。5本だけ。おいくらですか。500円ですか。 冷蔵庫に、ビール、あと2本だけしか残ってないんだけど、どうする? ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量+だけ・しかない」を参照 海外といっても、金曜の夜から日曜の朝まで、たった2泊するだけですよ。 ベースアップとはいっても、せいぜい500円、上がるだけらしいよ。 カラオケなんて、ただ聞いているだけではつまらないだろ? さあ、歌って! また、あの先生の授業? もう考えただけでも、あくびが出てきそう。 あのホラー映画、まだ見てないんだけど、お話、聞いてるだけで怖いよね。 これ、知ってます? ただ高いというだけで、売れてるそうなんですけど。 ピアノを弾くだけじゃ。 よ。 加/~だけでなく」を参照 そんなに叩いてはだめ。壊れちゃう。これ、ここ、軽く押すだけなんだから。謝ることはないだろう。文句を言ってきたら、言い返すだけのことだ。これ以上、待っても来ないよ。連絡もできないし、先に始めるだけだな。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/あきらめの『~しかない/~だけだ』」を参照 どうも相談があるらしいの。聞くだけは聞いてやっていただけません? どうも今夜、お通夜らしいから、行くだけ行って。顔だけ出してきて、ね? 晩ご飯、作るだけ作って、自分は何も食べもしないで、出かけちゃったのよ。 だけ-2:これ以上はないという極限 大勢、来るって。晩ご飯、作れるだけ作ってくれる? 足らずは買うから。 するだけのことはしたんだし、これでだめなら、実力不足としか言えないね。 来週から試験ね。今のうち、寝たいだけ寝て、遊びたいだけ遊んでおいたら? 何でも、胸にしまっとかないで。言いたいことは、言いたいだけ言えば? できるだけのことはいたしますけど、完全にもとには戻らないでしょうね。 買えるだけのものは買っておきますが、あまり手持ちがないんですよ。 ▶本文 8.1.「極限/状態/~だけ」を参照 <670> だけ-3:相応や比例する程度や変化 彼女には、どんな職場でもやっていけるだけのバイタリティがありますよ。 財布も携帯もなくしてしまい、家に電話するだけのお金さえもなかった。 お給料、もらってるんだから、それだけのことはしてくれないと、困るよ。 何を言っても無駄ですよ。言うだけの値打ちもないんじゃありませんか? これだけ手を振って、呼んでいるのに、全然、気づいてくれませんね。 あれだけ言ったんだから/どれだけ言ったら、理解するだろうかね。 語学ってのは、耳と口を動かせば動かしただけ、進歩するものですよ。 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~だけ」を参照 だけ-4:相応や比例する当然の因果関係や自然の成り行き 風邪は引いたが、熱で寝込まないだけ、いつもよりましだ。 =風邪は引いたが、熱で寝込まないので、その分だけいつもよりましだ。 強盗に入られたが、家族が無事なだけでも幸いだった。 =強盗に入られたが、家族が無事だったから、それだけでも幸いだった。 とても上手で、本当にびっくりした。さすが自慢するだけのことはあったよ。 産地直送? それだけのことはあるんですね。さすがにおいしいです。 もとアナウンサーというだけのことはあって、きれいなアクセントだ。 未知なる才能を秘めていただけに、なおさら关折したのが惜しまれます。 人一倍、健康だっただけに、かえって、生きる気力を失ったようですよ。 もう歳が歳だけに、今回の手術で、もしかすると最後になるかもしれませんね。 使い分けワンポイント④~とあって・~とあっては 何十年ぶりかの暑さとあって、エアコンが飛ぶように売れてるらしい。 →何十年ぶりかの暑さだけ + に/あって、エアコンが飛ぶように売れてるらしい。 今年のゴールデンウィーク、5連休とあって、観光地はどこも予約でいっぱいらしい。 震災のあととあって、余震を恐れながらの復旧作業がやっと始まったばかりだ。 来週から試験とあって、どこの図書館も学生たちの姿が目につくようになった。 明日、遠足に行くとあって、さすがに寝つきが悪いんじゃないか、うちの坊主。 冬物一掃セールが始まったとあって、あの店、朝から客でごった返していたよ。 あの映画、評判がいいとあって、平日でも、列をつくるほどの観客らしいよ。 今回の事件、予想以上に深刻 (だ) とあって、国会で論議されることになった。 *友だちにあんなひどいことを言ったとあって、後悔しているみたいだ。 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~とあって」を参照 「A - る/ - い/~た/(状態)名詞(だ)+ とあって + B」は、AがBに比例するといった関係はないが、AとBの間には「A + であれば/だから、必然的にBだ」という自然の成り行きや因果関係のあることを表している。 AがBに比例しないというほかに、先ほどの「~だけ + に/あって」と異なっているのは、Aがありふれた日常生活の場面ではなく、めったにない「特殊な状況/特別な機会」を表し、またBで、話し手は評価を与えず、現実のあるがままを報告している点 主に「カレントトピックス」をレポートするニュースなどで多用されるが、身の周り <671> の普段とは異なる特別な状況を述べるのであれば、日常会話でも使うことができる。何年ぶりかの猛暑とあっては、エアコンは飛ぶように売れるでしょうね。 5 連休とあっては、観光地はどこもかしこも予約で満員になるにちがいない。 震災のあととあっては、復旧も、余震を警戒しながらの作業になるだろうね。来週から試験とあっては、図書館通い。遊んでるどころじゃないんだ。明日、遠足に行くとあっては、坊主の寝つきが悪くても仕方がないな。 冬物一掃セールが始まったとあっては、今ごろ客でごった返してるよ。あの俳優がやってくるとあっては、家族を放っておいても行かなきゃ。子どもが友だちにひどいことを言ったとあっては、謝るのが筋だろう。あの映画、評判がいいとあっては、連日、観客が列をつくってもうなずけるよ。今回の事件、予想以上に深刻 (だ) とあっては、国会で論議されるだろうね。 「A - る/ - い/ ~た/ (状態) 名詞 (だ) + とあっては + B」は、ただ「~とあって」に「対比」の「~は」がついただけであるが、対比が色濃く反映して「ほかでもなく A + であれば/だから、B + になる/をする + のは当然だ」という話し手の判断を表し、Bには「確信/予想/推測/必然的行動」がくる。 使い分けワンポイント⑤~わりには よく寝て、よく食べるというだけ + に/あって、まるまる太って元気そうだね。よく寝て、よく食べるというわりには、元気がないね。どこか悪いんじゃない? これ、値段だけのことはあって、いつまでも新品同様といった感じがしますね。 これ、値段のわりに (は)、すぐだめになった/新品同様 + って感じがしますね。毎日、運動して、健康なだけあって、全然、風邪なんか引かないんですって? 毎日、運動して、健康なわりには、しょっちゅう風邪、引いてるんじゃないの? 見るからに大きいだけあって、本当に力持ち。冷蔵庫など、ひとりで運んじゃう。見たところ大きいわりに (は)、本当に力がなくて、風が吹いても倒れそうよ。 あまり業績を伸ばせなかっただけに、ボーナスの査定、ひどく下がったんだって?あまり業績を伸ばせなかったわりには、ボーナスの査定、すごくいいんですって? 本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/对比/~わりには」を参照 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~のわりには」を参照 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~のわりで」を参照 「A - る/ - い/~た/状態名詞な/名詞の + わりに (は) + B」は、話し言葉で使われるが、B の事態が、A から連想できるイメージとは、逆になっていること、つまり、A が B の逆接仮定条件であることを示しているので、順接確定条件を表す「~だけ + に/あって」とは、対照的な関係になっている。 また「A + だけ + に/あって + B」は、話し手がBという評価するが、多少とも客観性のあるA「みんなの期待/誰もが認める前評判」が、Bの根拠となっている。しかし「A + わりに (は) + B」は、話し手の評価Bも、その評価の根拠Aも、非常に単純な話し手のもつステレオタイプな印象「よく寝てよく食べれば元気なはずなのに、元気がないから病気だ/運動して健康なら風邪など引かないものなのに、いつも引いていて変だ/大きければ力があってもいいのに、風が吹いても倒れそうだなんて笑ってしまう」といったものを表しているにすぎない。 日本人のわりには、足が長い/けちじゃない/ユーモアがわかる/英語がうまい。 <672> 7.3. 比较 · 比喻 · 比例 / 比例 / 原因 ステレオタイプ的なイメージが、例のようなものになると、話し手の日本人に対する先入観や偏見をかいまみる有力な証拠となってしまう。 よく食べる + わりには/にしては、太らないのねえ。うらやましいわ。 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~にしては」を参照 「~わりには」は、話し手の勝手なイメージや思いつきによる判断を示しており、上の「足が長い/けちじゃない/ユーモアがわかる/英語がうまい/よく食べる/太らない」にしても、話し手以外の人の目には「足が短い/けちだ/ユーモアがわからない/英語がへただ/あまり食べない/かなり太っている」と映っているかもしれない。 また、話し手のイメージとは逆の事実に直面する「~わりには」は、予想外が引き起こす感情を示すはずであるが、同じ予想外な評価をする「~にしては」が、意外さからくる「驚き」を表すのに比べると、ほとんど驚きを感じさせないので、どのような感情なのか一定していない、というより、ほとんど何の感情も表していない。それだけ誤解を招く恐れも少ないので、話し言葉で愛用されるのであろう。 使い分けワンポイント ⑥ ~なりの・~だけの/~なりに お給料は出すんだから、それ + なり/だけ + のことはしていただくよ。 →お給料をもらうなら、もらう + なり/だけ + のことはしてくださいよ。 就職するならする + なり/だけ + の技術や資格が要るんじゃないの? 約束したらした + なり/だけ + の誠意を見せないと、信用、なくしちゃうよ。 背が高ければ高い + なり/だけ + の相手もいるんだろうから、そう心配するな。 新居ですか? まあ、静かなら静か + (な) なり/なだけ + の不便さはありますね。 もし大学に入れたら、生活できる + だけ/×なり + のものは仕送りしてやるよ。 もうやめなさいよ。叱る + だけ/×なり + の値打ちもないよ、この人には。 子どもには子ども + なり/だけ + の時間の過ごし方がありますから、周りであれこれ言わないほうが、子どもの自主性を伸ばせるでしょう。 人にはその人 + なり/だけ + の、人には言えない悩みがあるのですよ。 「それぞれの家には、ひとつやふたつの死体が食器棚にしまってある」といった言葉を読んだことがあるけど、その家にはその家 + なり/だけ + の、人には知られたくない秘密が隠されているものなのですね。 バカならバカ + なり/×だけ + の使いようはあるっていうじゃないか。 ▶本文6.4.「変化の表現/不変化/『~まま/~きり/~なり』の使い方」を参照 「A - る / - い / ~た / 状態名詞 (な) / 名詞 + なりの + B」は、AとBの間に「Aに + ふさわしい / 相応する + B」という関係があり、場合によっては「A - る / - い / ~た / 状態名詞な / 名詞 + だけの + B」と、互換性をもつことがある。 Aが「動詞/形容詞/状態名詞」の場合、Aを繰り返す「A + なら/たら/ば + A + なり/だけ + の + B」という形式で、前者「Aなら + AなりのB」が、AとBの大まかな対応関係「だいたい給料 + と釣り合いのとれる/に見合った + 仕事」を示すのに対して、後者「Aなら + AだけのB」が、基本の「限定」という意味を生かして、AとBの対応が一致する「給料とぴったり釣り合いのとれた仕事」を示すといえて、AとBの対応が一役する「給料とぴったり釣り合いのとれた仕事」を示す 一生、遊んで + 暮らす/暮らせる + だけ/×なり + の遺産を相続したらしい。 <673> ただ「動詞A + だけの + B」には、限定された対応の一致を表す「Aするのに + 十分な/値する + B」という使い方があり、この場合は「~なり」に置き換わらない。子とも/その人/幼い/未熟な + なり/×だけ + の考えはあるんだね。 上のような場合、大まかな対応を示す「A+なりの」は、Aによって異なりを見せ、他者「部下/学生/安い+なりの+考え/ファッション/品物」に対しては「軽蔑」の気持ちを、自分自身や〈ウチ〉関係「私/子ども/貧乏+なりの+意見/ものの見方/生活」に使って「謙虚さ」の気持ちを表すことが多い。 こんなこと、思いついたのか?やっぱり+子ども/留学生/若い/聡明な/遊んでいる/苦労してきた+だけ/×なり+のことはあるんだね。 ▶本節「使い分け①/~だけのことはあって」を参照 一方「A + だけの」は、慣用表現「~だけのことはある」でプラス評価を表すが、ほかに、ただ「A以外ではない」というニュートラルな限定「学生/私/安い/貧乏な+だけの+ファッション/意見/品物/生活」を表すことがある。 勉強ができない + なり/だけ + に、よく努力はしていますね。 「A + なり/だけ + に + B」は、前者が「~なりの」と同じ相関関係「A + に応じて + B」を表し、後者「AだけにB」が、すでに「使い分け」(p.666)で述べたように因果関係「A + から/ので + B」を表すので、上のような置き換えはできても、意味の上での互換性はない。 <674> 第8章 極限 8.1. 極限/状態 ~至り・~極み ~至り:外からの刺激を受けて、極限に至っている話し手の気持ちを表す。 ~極み:ある状態や感情が、極限に達しているという話し手の判断を表す。 接続 慣用的な使われ方をするので、接続する語には制限がある。 名詞/状態名詞/サ変動詞語幹+の+至り/極み 形容詞語幹+さ/み+の+極み 刚性 接続する語によっては、置き換わる場合がある。 換 [例] 箬気の至りゆえのこと、何卒ここは、許してやっていただきたい。 次のように、置き換え不能。 ×若気の極みゆえのこと、何卒ここは、許してやっていただきたい。 次の「~の至り」も「~の極み」に置き換えることができない。 今回のことは、倣岸ネ遜の + 至り/×極み + によるもの、必ず処罰は免れまい。 勇み足どころか、蝥勇の + 至り/×極み、大いに反省してしかるべきであろう。 このたびの受賞、誠にもってご同慶の + 至り/×極み + であります。心より、お祝いを申し述べたい。本当に、おめでとうございました。 次の「~の極み」は「~の至り」に置き換えることができない。 奥義の + 極み/×至り + をものにし、その名は、天地の極みに達したといわれる。 政治家とは、貪欲の + 極み/×至り、利権に執着し、欲に限りがないと見える。 世界的イベントの + 極み/×至り + といえば、オリンピックか、それとも戦争か。 裸一貫で身上を築いた親の苦労をよそに、二代目は贅沢の + 極み/×至り + とか。 息子が親戚にも顔向けできる一流大学合格とは、うれしさの + 極み/×至り + だ。 事故で、かけがえのない存在を失った遺族は、悲嘆の + 極み/×至り + にあった。 用例 次の用例は、互換性がある。 二人の結婚のため、かくも盛大にお集まりいただき、感激の + 至り/極み + です。 あのとき、ひと言、声をかけてさえいれば、このようなことにはならなかったのではない かと、今、思うだに悔恨の + 至り/極み + だ。 生き長らえるというのも良し悪し、親しかった友が、次々と、この世を去り、一人残されるのも、誠に寂寞の + 至り/極み + というものだ。 使い分け この2つは、現在でも使われているのかどうか不安を感じるほど、時代がかった言い回しである。 もし使われるとすれば、公式行事や儀式、格式ばったセレモニー、または、マスコミのインタビューに答えたり、記者会見で話したりする場面が想像できる。 次の場合、第三者の極限状態を表すが、使い分け以前に、意味の上で重なりをもたないので、互換性はない。 <675> Aの勢いが、自然の成り行きで、行き着いたマイナスの結果 漢字で「窮/究」とも書き、これ以上は行けない限界や果て 若気・傲慢・高慢・傲岸・不遜・蛮勇など 天地・宇宙・奥義・学問・技術・イベント・アニメなど 極限状態を表し、意味の重なりをもつものには、次のようなものがある。 互換性のないものAの至り (ご)同慶 Bの極み 悪・美・苦痛・恥辱・貧困・清貧・虚栄 貧しさ・楽しさ・悲しみ・喜び(名詞) 幸福・幸せ・不幸・不運・困難・傲慢・退屈 皮肉・貪欲・豪華・贅沢・猥褻(状態名詞) 悲嘆・窮乏・侮辱・混乱・混雜(サ変動詞) 互換性のあるもの 痛恨・悔恨・羞恥(名詞) 光栄・寂寞・笑止千万(状態名詞) 感激・歓喜・満悅・恐縮・懸愧(サ変動詞) ▶語尾「~さ/~み」については『類義語使い分け辞典』(研究社)を参照 意味の重なる極限状態のうち、極限の感情を表す場合の「A + の至り」は、パラフレーズすると「名詞A + を禁じえない」や「状態名詞/名詞 + (だ) + と + 思わ/感じ + ずにはいられない」または「サ変動詞語幹 + しないではいられない」になり、外からの働きかけを受けて「自然と/必然的に + そのような感情が沸き起こってくる」という話し手の気持ちを表している。 つまり、Aの表している感情は、いわば一人称専用となるので、第三者のことに使うことができない。 ▶本節「使い分け⑥/~ないではいられない・~ずにはいられない」を参照これに対して「B の極み」は、そのような状態は「これ以上は+考えることができない/ありえないと思われる」という話し手の判断を表しており、その状態や事態を冷静に受けとめている場合に使われる。 したがって、両者に互換性があり、同じAとBが話し手自身の気持ちや感情、心理状態を表す場合、前者は、感情をそのまま素直に吐露している印象を与え、後者は、自分自身を第三者的な立場におき、気持ちのたかぶりを抑えて、感情表現しているように響く。 かような不束者に、お言葉を賜り、誠に光栄の + 至り/×極み + に存じます。かような不束者に、お言葉を賜り、誠に光栄の + 至り/極み + であります。 <676> 上の「×極み」を、不自然に感じない人がいるかもしれない。ただ「光栄の極みに思う」では、感情表現の「思う」が、判断の「思う」になって、直接、聞き手に感謝の念を向けるには、ふさわしくないように思われる。 聞き手に対しては、やはり「光栄の至り + に存じます/です」と言ったほうが、気持ちがこもっているであろうし、感激を抑えるのであれば「光栄の極みです」のほうが、ふさわしいという気がする。 使い分けワンポイント 「~極まる/~極まりない」は、肯定否定にかかわらず、どちらも同じ意味を表し、ある極限状態に対する話し手の評価を表す書き言葉か、公式のスピーチ専用語である。 かような書籍は、不健全 + 極まり/極まりなく、青少年に与ふべからざるものだ。 無作法 + 極まる/極まりない + 態度に、我を忘れて思わず怒鳴りつけてしまった。 かような事件で、将来を瘕望された人が自殺とは、痛恨 + 極まる/極まりない。 鄭重 + 極まる/極まりない + 挨拶をされ、恐縮の + 至り/極み + でした。 「~の + 至り/極み」よりは、公式行事や儀式、記者会見などで、よく使われる可能性があるし、年配の人なら、威厳をもたせるために、日常会話でも使うかもしれない。両者は次のように、接続する限られた語によって、使い分けられている。 互換性のないもの ~極まる ~極まりない 進退/感 状態名詞 + な(る)/たる + こと 形容詞 + こと 動詞 + こと サ変動詞語幹 (状態)名詞 /たる + こと 静かな(る)こと極まりない 平然たること極まりない 大きいこと極まりない うれしいこと極まりない 嘆き悲しむこと極まりない 感激極まりない(一部のみ) 光栄極まりない(一部のみ) 互換性のあるものマイナス評価を表す状態名詞 危険/迷惑/無謀/無礼/無作法/野蛮/卑劣/不愉快/不健全 不幸/貪欲/贅沢/猥褻/笑止千万… 「~極まる」と「~極まりない」を比べた場合、後者のほうが、使用範囲が広く、どちらかというと公式の話し言葉で多用され、前者を強調した使い方と考えられる。 前者が使えるのは、主にマイナス評価の場合であるが、後者は、プラスマイナスどちらでも使うことができる。ただ前者は、まれに「(ご) + 鄭重/丁寧/親切/懇切/丹念 + 極まる」などに接続することがあり、プラス評価のように感じられるが、話し手が表そうとしている気持ちは、むしろ「有難迷惑」である場合が多い。 しかし、プラス評価として「光栄/幸福/幸運/爽快/痛快 + 極まる」などが使わ <677> れることがあるが、使用頻度としては、やはり後者「~極まりない」のほうが高い。前者は書き言葉専用で、後者は話し言葉にも使われると思われる。 名詞ではあるが、状態を表しているような「痛恨/貧困/荒廃/恐縮/感激」などは、ときに「互換性のあるもの」として使われることがある。 「~こと + 極まりない」は「~こと + このよない」に置き換わる。後者は、前者よ ~こと+この上ない」に置き換わる。後者は、前者より使用頻度が高く、堅苦しさを感じさせない書き言葉や公式の話し言葉と考えられるが、同様に使う人が減ってきていることは確かである。 満足/恐縮/迷惑/大儀/ご満悦/ご機嫌+至極 何してんだよ。こんなところに自転車を置かれては、迷惑至極だよ。 かようにもてなされましては、誠にもって恐縮至極に存じます。 殿下にあらせられては、ご満悦至極のご様子で遊ばされます。 「~至極」は心理状態を表し、上のような慣用的な使い方しかできないが、おそらく使う人はいないのではないかと思われる。 使い分けワンポイント ② 〜てならない・〜てたまらない・〜てしようがない・〜て死にそうだ・〜て仕方ない 上の5つは、いずれも話し言葉で「感覚/感情/欲求」などの程度が極限にあることを表している。しかし「と(つ)ても/す(つ)ごく」といった程度を高める言葉は、特に時代の流れを受けて変化しやすく、いったん流行から外れてしまうと、形骸だけが残り、誰もふり向かなくなってしまうものなので、この5つが、今後もまだ使われるかどうかは保証の限りではない。 ただ、書く人は少なくなったとはいうものの、日記や手紙などでは、まだ使う人がいるかもしれない。 昨夜から木枯らしが吹いて、今日は家にいても寒くて + なり/たまり + ません。 せっかくのご招待が、急用で行けなくなるなんて、残念で + なら/たまら + ない。彼からのカード。片想いじゃなかったみたい。うれしくて + なら/たまら + ない。禁煙3日目。朝から頭がふらふらして、一口、吸いたくて + なら/たまら + ない。連続ドラマをビデオで見て徹夜してしまい、昼から眠くて + なら/たまら + ない。ふつか会わなかったら、会いたくて + なら/たまら + なくなる。これが恋なのか? ▶ 卷末「形容詞/一人称形容詞」を参照 「~てならない」と「~てたまらない」は、上のように「感覚/感情/欲求」が沸き起こって、自分では制御できないことを表し、互換性がある。 「~てならない」と「~てたまらない」を比べた場合、前者のほうが、気持ちの表現が間接的で、書き言葉に多く用いられ、女性的な感じがするが、後者の「~て + 堪らない」は、もとの「これ以上は我慢できない」という意味を残しているので、感情表現が直接的で、話し言葉に多用され、どちらかといえば男性的な響きがある。 何となく今日は、いいことが起こりそうな気がして + なら/×たまら + ないの。ちょっと見てくださらない? 下に人の気配がして + なら/×たまら + ないの。この映画、何度見ても、見るたびに、泣けてならないんだけど、なぜ? 年のせいだろうか、近ごろ、昔のことが、思い出されてならないんだ。 <678> 愛してしまったのかしら。あの人のことが、気になってならないのよ。 なぜあのとき、励ましてやらなかったのかと、悔やまれてなりません。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~よりしようがない」を参照 上のような「予感/自然に起こる自発的感情」を表す「~てならない」は、もとの意味が邪魔をして「~てたまらない」に置き換えることができないが、すべて「~てしようがない」と「~て仕方ない」に置き換えることができる。 「~て死にそうだ」は「~てたまらない」の例と互換性をもつことがあるが、後者よりも、より直接的で誇張された言い方なので、それだけ使われる語に制限があり、本能や五官に訴える「眠く/疲れ/寒く/腹が減っ + て死にそうだ」といった使われ方をする。 この料理、どう?おいしい?まずくて+ならない/たまらない/しようがない/死にそうな/仕方ない+んだけど。ぼくの舌がおかしいのかな。 この本、読んだ?面白かった?ぼく、つまらなくて+たまらなかった/しようがなかった/死にそうだった/×ならなかった/×仕方なかった+んだけど。 これ、買うとき、高くて+たまらなかった/しようがなかった/×死にそうだった/×ならなかった/×仕方なかった+けど、使ってみると、値打ち、あったね。 カラオケはいいんだけどさ、うちの課長、マイクを離さないわりには、歌が下手で+たまんない/しょうがない/※死にそうな/※ならない/※仕方ない+んだよ。 小学校にも上がったのに、お寝小して+しようがない/仕方ない/※ならない/※たまらない/※死にそうな+子ね。 小学校に上がったのに、うちの子ったら、お寝小して + しようがない/仕方ない/×ならない/×たまらない/×死にそうな + んです。どうすればいいんですか。 このごろ、今はずしたメガネが、どこにあるのか、わからないほど、物忘れして+しようがない/仕方ない/×ならない/×たまらない/×死にそうな+んだよ。 反抗期なのは、よくわかってるんですけど、子どもが言うことを聞かなくて + しようがない/仕方ない/×ならない/×たまらない/×死にそうな + んです。 赤ちゃん、もう泣いて+しょうがない/仕方ない+よ。ミルク、持ってきてよ。 床を磨いてくれるのは有難いんだけど、磨きすぎなんじゃないか。革靴だと、滑って+ しようがない/しょうがない/仕方ない+んだけど。 今度の新入社員、何かといえば、屁理屈ばかり言って/口答えばかりして/仕事をサボることばかり考えて + しょうがない/仕方ない + ね。 (注)「~て + たまらない/しようがない」は、話し言葉で、「~て + たまんない/しょうがない」と音変化することがある。 上の例は「感覚/感情/欲求」には、すべてが使えるが、話し手の「性質/属性/価値」に対する評価は「〜て + たまらない/しょうがない/死にそうだ」が使われ、事態を制御できない「苛立ち/困惑」には「〜て + しょうがない/仕方ない」が使われていることを示している。以上の使い方をまとめると、次のようになる。 <679> (注) A:感覚/感情/欲求 B:動詞+予感/自然に起こる自発的感情 C:話し手の「性質/属性/価値」に対する評価 D:動詞+事態を制御できない「苛立ち/困惑」 ◎:「形容詞/状態名詞/動詞」に接続 ○:「形容詞/状態名詞」に接続 ×:使用不可 使い分けワンポイント ③~ていけない 「~ていけない」も、話し言葉で「感覚/感情/欲求」などの程度が、我慢できないほど極限にあることを表しているが、使い方に制限がある。 昨夜から木枯らしが吹いて、今日は家にいても寒くていけませんね。 禁煙3日目。朝から頭がふらふらして、一口、吸いたくていけない。 連続ドラマをビデオで見て徹夜してしまい、お昼から眠くていけない。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~てはいけない」を参照 禁止の「~てはいけない」が影を落とし、話し手が「その程度は、確かに極限に近い状態であるが、それでもやっぱり、我慢できないなんてことは+よくない/恥ずかしい/情けない/不甲斐ない」といったマイナス評価をしている場合に使われる。 せっかくのご招待が、急用で行けなくなるとは、残念で + ならない/×いけない。 ×彼からのカード。片想いじゃなかったみたい。うれしくていけない。 ×ふつか会わなかったら、会いたくていけなくなる。これが恋なのか? ×なぜあのとき、励ましてやらなかったのかと、悔やまれていけません。 「×」は「残念に/うれしく/会いたく+思う」や「後悔する」ことを「よくない/恥ずかしい」などと感じていることになるので、使うことができない。 使い分けワンポイント ④~といったらない・~ったらありゃしない 自分で自分の話が面白くないのね。あの先生ったら、講義の最中に、大きな口、あけて、あくびするんだもの。おかしいったらなかったわ。 →あくびするんだもの。おかしいこと + といったら/×ったら + なかったわ。 →あくびしたときの、おかしいこと + といったら/ったら + なかったわ。 粗犬ゴミのようで煩わしかった夫も、いざ亡くなってみれば、かけがえのない人で、話し相手もない、独りぼっちの夜のわびしさといったらない。 →独りぼっちの夜のわびしいこと + といったら/ったら + ない。 手術して、あの麻醉がきれていくときの痛み + といったら/ったら + なかったな。 何かというと女の話、いやらしいというか、バカ (だ) + といったら/ったら + ないの。 人の弱みにつけこんで頼んでくるんだから、腹が立つ (とい) ったらない。 →頼んでくるんだから、腹が立つこと + といったら/×ったら + ない。 →頼んでくるときの腹が立つこと + といったら/ったら + ない。 まだ育ち盛りなのかしら。あの年で、よく食べる (とい) ったらないんだから。 正式に離婚が決まってね、息子に「お母さんと別れるよ」と言ったときの、あの子の + 悲し/不満 + げな + 顔/表情 + (とい) ったらなかったよ。 金メダルを目の前にして、緊張したのか、ちょっと油断したすきに、逆転負けしたときの+くやしい/無念な+こと+(とい)ったらなかった/といったらありはしない。 <680> ▶本文 1.1.「主題/提題/~といったら/『~ったら』の使い方」を参照 「~といったら/~ったらありゃし+ない」は、どちらも「~といったら+これほどのことは(存在し)ない/これ以上に~ということは(ありはし)ない/~ことこの上ない」という「極限/誇張」した意味を表している。 東京下町の方言と考えられ、くだけた話し言葉でしか使われないが、前者「~といったらない」は「~ったらない」とさらに短くなるが、逆に、後者「~ったらありゃしない」は「~といったらありはしない」を縮約したものである。 もちろん、音変化したほうが言いやすいので、多用されるが、接続は、次のように複雑で、もとの使い方を残す「こと」に続く場合、前に「~の」という修飾部分がないと、くずれたほうの「~ったら」は不自然になる。 上にあげたようなマイナス評価を表す「~といったら/~ったら + ない」は「~といったら/~ったら + ありは/ありゃ + しない」と互換性がある。 なお、これらに接続できる動詞は、感情を表す「驚く/あきれる/いらいらする/むかつく」や、量の多さや熱心さを示す「よく」に続く「よく + しゃべる/寝る/飲む/遊ぶ/勉強する/仕事する」などである。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『よく』の7つの意味」を参照 四十をすぎてからの子どもでね、可愛いといったらないんだ。 ×四十をすぎてからの子どもでね、可愛いといったらありはしないんだ。 →四十をすぎてからの子どもでね、可愛いったらありゃしないんだ。 古女房でも、湯上りに薄化粧でもしてみろ、はっとするったらないよ。 展覧会で、金賞、とったんだって。孫の得意げな顔ったらないよ。 うれしくなるときだって? そうだな。うれしくなるといったら、ずっとほしかったものをプレゼントされたときのうれしさったらないな。 しかし、上のようなプラス評価を表す「~といったら/~ったら + ない」は「~ったらありゃしない」と互換性があるが、縮約されていない「~といったらありはしない」に置き換えると、不自然になる。 使い分けワンポイント ⑤~の~ないのって・~の何のって 先生ったら、講義の最中に、大きな口、あけて、あくびするんだもの。おかしいの+おかしくない/何+のって(なかったわ)/のったらなかった。 <681> 人の弱みにつけこんで頼んでくるんだから、腹が立つの + 立たない/何 + のって (なかった) / のったらなかった。 まだ育ち盛りなのかしら、あの年で、よく食べたの + 何/△食べなかった + のって (なかった) / のったらなかった。 逆転負けして、くやしかったの + 何/△くやしくなかった + のって。 ▶本文 1.3.「主題/例示/~(だ)の~(だ)の・~(だ)の何(だ)の」を参照 「A - る/ - い/~た + の + Aない/Aなかった/何 + のって」は、あとに「~ない/~なかった」が省略されているが、言い換えると「Aの + Aない/何 + の + といったら + ない/なかった」になる。 これは「使い分け④」の「A + ったらない」よりも誇張された表現の話し言葉専用で、東京方言であるが、一般的に「Aた + の + Aなかったの」のほうは、話を大袈裟に言うときに使われる。しかし、最後2例のような、長ったらしくて舌をかむか、話に弾みがつかないときは、多く「Aた + の + 何の」が使われる。 使い分けワンポイント ⑥ ~ないではいられない・~ずにはいられない/ ~を禁じえない・~に堪えない お世話いただき、感謝 + しないでは/せずには + いられません。→感謝(の念)+ を禁じ得ません/に堪えません。 お話を承り、感激 + しないでは/せずには + いられません。→感激 + を禁じ得ません/に堪えません。 全員、無事、生還の報に接し、喜び + を禁じ得ません/に堪えません。 ▶巻末「古語」の「動詞/サ変動詞『す』」「助動詞/否定の『ず』」を参照 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~ないで・~なくて/~ずに」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/『~なくて/~ないで』のまとめ」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/やむを得ない・~ざるをえない」を参照 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/~得る」を参照 「A(ない形)+ ないでは/ずには + いられない」は、心を動かされて「Aという気持ちを + 抑える/コントロールする + ことができない」という意味を表すが、後者「A + ずにはいられない」は、前者の古語的表現で、現代語では書き言葉専用である。どちらも感情を誇張した表現なので、たとえ前者であっても、日常の話し言葉に使うと、冗談になってしまうかもしれない。 「感情名詞 + を禁じ得ません/に堪えません」も同じ意味を表すが、前者は堅苦しいまでの書き言葉、後者は、スピーチでの挨拶言葉専用である。 今回の事故で、お亡くなりになられたご遺族の方々には、心から同情 + しないでは/せずには + いられません。 →心からの同情 + を禁じ得ません/×に堪えません。 テレビに映し出された、あの大統領にへつらうような首相の態度に、思わず失笑 + しないでは/せずには + いられなかった。 →首相の態度に、思わず失笑 + を禁じ得なかった/×に堪えなかった。 弱者を切り捨てる政策に、激怒 + しないでは/せずには + いられない。 →弱者を切り捨てる政策に、激怒 + を禁じ得ない/×に堪えない。 怒り/涙 + を禁じ得ない/×に堪えない。 <682> 震災後、若いボランティアたちが見せた真摯な奉仕活動は、誠に感 + に堪えない/×を禁じえない + ものがあった。 「~を禁じ得ません」は、書き言葉なので、プラスマイナスの感情を表現できるが、挨拶言葉の「~に堪えません」は、プラス感情しか表すことができない。最後の例は、慣用的な使い方である。 まるで大都会が爆発しているような音楽で、聞くに耐えない騒音だ。 戦地からのレポートは、あまりに悲惨で、読むに耐えないものだった。 親の不幸も知らず、あどけなく遊び戯れる子どもの姿は、見る/正視する + に + 耐えない/怒びない + ものがある。 本文103「千ダリえくの頼くに耐えて、た会昭 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/~に耐える」を参照 「A + に堪えない」が、程度のはなはだしいマイナスの出来事を受けると、通常、漢字が変わって、上のような「A-る+に耐えない」が使われる。両者は「感情や気持ちを抑えることができない」という点では同じであるが、前者は「感激のあまり」であり、後者のほうは「あまりのひどさに、見聞きできない/我慢できない」という意味になる。後者に使われる動詞は、上にあげたくらいである。 最後のように「憐れみ」の程度がひどくて、同情せざるをえないような場合、話し言葉では「見るに忍びない」が使われる。 使い分けワンポイント⑦~てやまない これからのみなさまがたのご成功を期待してやみません。 両国の友好関係が、今後とも続いていきますよう、望んでやみません。 故人は、私たちが敬愛してやまなかった恩師であります。 彼が愛してやまない子どもたちは、やがて彼の手から離れていった。 その後、財をなしたが、あのときのことを後悔してやまなかった。 頂上からの雲海の眺めは、登山家だけではなく、訪れるすべての人を魅了してやまなかった。 この本は、現代社会がいかにあるべきか、我々がいかに生きるべきかについて、新鮮な刺激と豊富な示唆を与えてやまない。 この「感情動詞 A + て + やまない」は「雨がやむ」の否定「雨がやまない=雨が降りつづく」と同じなので、ある感情を保持し続けるといった意味を表している。 希望や期待を表して、卒業式や閉幕式などでの挨拶や、愛惜を表しての弔辞など、公式の場で使われることの多い書き言葉である。 最後の2例は、感情動詞を使っていない例であるが、いわば「人々/我々」の表す「魅了される/与えられる」側の感動を伝えている。 使い分けワンポイント⑧~かぎり・~だけ・なるべく/なるたけ できる限り/できるだけ/なるべく、お安くしますから、どうぞお求めください。 できる限り/△できるだけ/×なるべく、頑張ります。ご声援のほど。 明日は、いよいよ頂上を目指しますから、今夜は+できるだけ/なるべく/×できる限り+早く休んでください。 <683> すみません。壊れ物ですから、持ち運びには、できるだけ/×できる限り/×なるべく+注意を払ってください。 →できるだけ/できる限り/×なるべく+細心の注意を払ってください。 明日からの大会に備えて、なるべく/できるだけ/×できる限り/×なるたけ+無理をしないで、体を調整してください。 ▶本文7.1.「比較と程度/~に限る/動詞『限る』のまとめ」を参照 ▶本文7.3.「比例/原因/~だけに/『~だけ』の使い方」を参照 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~になる」を参照 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~べく」を参照 「できる限り/できるだけ/なるべく」は、それぞれ、力の発揮の仕方が「もてる力を最大限に/もてる力に応じて/実現可能な範囲で」を表している。 したがって、最初の例は互換性があるとはいえ、聞き手としては、あとのものが使われるほど「安くしてくれない」という印象を受ける。 2つめの「声援」を頼んでおきながら、自分にできる範囲で「なるべく頑張る」というのでは、聞き手をバカにしている感じになるし、自分のもてる力に比例して「できるだけ頑張る」では、まるでお義理で試合に臨む感じがする。 逆に、もてる力を発揮できない3つめの例や、もてる力を発揮しても、不可抗力な場合もある4つめの例に「できる限り」を使うのは不自然である。 最後から2つめは、選手が「無理をしたがっている」という状況なので、各自可能な範囲で「なるべく無理をしない」が、最も自然な言い方になる。 「なるたけ」が「なるべく」と置き換わるのは、最後の例のように、やや俗っぽい、くだけた話し言葉になる場合に限られる。 できる + 限り/だけ + のことはしますけど、もしダメでもいいですか。頑張れる + 限り/だけ + 頑張ったんだから、相手が強すぎたんだよ。運べる + だけ/×限り + は、運んだんだし、これくらいでいいだろう?大勢、来るって。ご飯、作れる + だけ/×限り + 作ってくれないかな。飲める + だけ/×限り + 飲んで、会費も払わず、帰っちゃったんだよ。 「A可能形 + かぎり/だけ + A」の違いも、上と同じなので、限度の不明な最初の2例は互換性があるが、あとの3例は「運ぶ/作る/飲む」量に限度があるはずなので、限界を超えるか無制限ともとれる「~かぎり」を使うと不自然になる。 「A可能形 + だけ + A」は比例を表し、自分の「運ぶ/作る/飲む」ことのできる量を「運ぶ/作る/飲む」という意味になる。 来週から特訓だぞ。今のうち、寝たい + だけ/×限り + 寝ておけよ。希望の「Aます形 + たい + だけ + A」の場合も同様である。 飲む + だけ/×限り + 飲んで、何も言わずに、帰っちゃったんだよ。話だけでも、聞く + だけ/×限り + は、聞いてやってくれません? ほかのことではなく、Aの動作に限定する「A - る + だけ + A」は、限度を表しているわけではないので「~かぎり」には置き換わらない。 疲れているので、なるべく/できること + なら、今夜は早く休みたい。 <684> なるべく/できるの + なら、暴力沙汰に + ならず/せず + に済ませたいものだ。 なるべく/できること + なら、心を打ち明けて、話を聞かせてほしい。 なるべく/できるの + でしたら、一度、お越しいただきたいのですが。 できること/×なるべく + なら、ひと目だけでも会ってみたいものだ。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/当為『~べきだ』系バリエーション」を参照 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~なら」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『こと/もの』の使い方」を参照 変化を表す「なる」は、漢字で「生る/成る」とも書き「新しいものが生まれる/希望などが実現する」といった意味を表すが、ここでは「当為」の「〜べきだ」と、順接仮定条件の「〜なら」がついて「なるべくなら」になり、文末の「希望/依頼」などと呼応して、前触れ「当然のこととして希望の実現する可能性があるのなら」を表している。したがって、実現可能性のない最後の例に使うと不自然になり、この場合は「できることなら=もし可能性があるなら」がふさわしい。 「限る」と「~だけ」は、次のように多様な使い方がある。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~とはかぎらない/~だけだ」を参照 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ないかぎり」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~に限らず」8.3.「極限/類推/~に限らず」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~だけでなく」6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~だけ」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/-るだけだ」を参照 使い分けワンポイント⑨~きる・~てしまう/思いきり・思いきって ひと月もの強化合宿で、精も粮も尽き果てるほど + 疲れきった/疲れてしまった/疲れきってしまった。 例年にない猛暑に、父は + 弱りきっ (てしまっ) た/弱ってしまった。 独裁がつづいて、腐敗 + しきっ (てしまっ) た/してしまった + 政治。 とうとう残ったお金も、立ち飲み屋で酒を飲んで + 使ってしまった/使いきってしまった/×使いきった。 何度も棄権しようと思ったが、みんなのためにゴールまで + 走りきった/×走ってしまった/×走りきってしまった。 大文64「変化の表現/不変化/『~まま~きり~たり』の使い方、を参照 ▶本文 6.4.「変化の表現/不変化/『~まま/~きり/~なり』の使い方」を参照 「~きる」は、マイナスの極限状態を表す場合、話し手のマイナスの感情が反映される「~てしまう」と互換性があるが、終結を表す場合、プラスの状況でしか使うことができない。逆に「~てしまう」は、マイナスの状況でしか使うことができない。 「~きってしまう」は「~てしまう」と同じ使い方になる。 終了を表すものに、上の2つのほか「~終わる/~終える/~やむ/~上がる/~上げる/~果たす/~果てる/~尽くす/~尽きる/~立て/済む/済ます」などがあるが、詳しくは『類義語使い分け辞典』(研究社)を参照のこと。 思いきって、愛を打ち明ける/友だちと海外旅行に出かける + ことにした。 思いっきり + 遊んでみたい/お酒を飲んで憂さを晴らしたい/バカ騒ぎをしたい。 「思いきって」は「決心/決行」と呼応し、これまで続いていた「思い/迷い/恐れ/不安/ためらい」を「終わらせる/断ち切る」ことを表し、一方「思い(つ)きり」は「希 <685> 望/願望」と呼応し、心にある「思い/したいこと」を「最後/極限/飽きてしたくなくなる + まで実行する」ことを表し、それぞれ「思い」と「切る」の意味に違いを見せている。『類義語使い分け辞典』の「思い切る」を参照のこと。 使い分けワンポイント⑩「~きる・~てしまう」の使い方 「切る」は、基本的な意味「ひと続きになっている線状や面状のもの、または立体などを、手段を問わず、2つにわけて、一部または全体がつながらないようにする」から、次のように多様な意味を生み出している。 ▶巻末「動詞の種類/意志動詞と無意志動詞/継続動詞と瞬間動詞」を参照 ▶巻末「動詞の種類/意志動詞と無意志動詞/継続動詞と瞬間動詞」を参照 1. 分断:2つに離す 糸/紙/大根/爪/水分や油気/定員/原価/ナイフで手+を切る 噛み/たたき+切る キ/も/なで/ぶった+切る 2.最後:流れをとめて最後にする/極限状態にする 電気/期限/千人で受付/縁/組織と手+を切る 洗剤/調味料/電球+が切れる/を切らす 〈継続/意志動詞〉:快いまでの終了/「~きった」は〈基準時同時既実現〉 押し/思い/割り/描き/読み/売り/買い/貸し/使い+切る 〈意志動詞〉:程度の高さ 食べ/死に/思い/割り/あきらめ/やせ+切れない 〈瞬間/無意志動詞〉:マイナスの極限状態 疲れ/困り/弱り/冷え/荒廃し/腐敗し+切る 3. 潔さ:目立つ行為 先頭/口火/啖呵/白/見楽/肩で風/ハンドル/カーブ + を切る 言いきる/わかりきった話/飛びきり上等 「仕舞う」は、単独で「終えて片付ける」という意味を表すが、動詞「て形」につくと、〈基準時未来以前既実現〉「~て + しまう」や、〈基準時現在以前既実現〉「~て + しまった」に、〈基準時過去以前既実現〉「~て + しまっていた」を表し、その状況を反映し 話し言葉では、それぞれ「へちゃう/へちゃった」になることが多い。 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞の種類と3つの基準時」を参照 1. 《基準時未来以前既実現》 そんなことしたら、みんな、困る/困っちゃう+だろう? これだけしてしまうから、ちょっと待って。それから飲みに行こう。 あら、その本、面白いでしょう?読んでしまったら、貸してくれる? ぐずぐずしてると、間に合わなく+なる/なってしまう+よ。 長話するの、いい加減にして。携帯電話、捨てる/捨てちゃう + わよ。この寒さに、そんな薄着をしてたら、風邪、引く/引いちゃう + よ。 <686> 2.〈基準時現在以前既実現〉 あー、びっくり + した/×しちゃった。人の後ろから、急に現れんなよ。 こいつったら、急に声を出すから、びっくり + した/しちゃった + よ。 お母さん、見て。ほら、ジグソーパズル、できた/できちゃった + よ。 さよならも言わずに、行ってしまった/×行った/去っていった。 人を恋して、恋のつらさを、しみじみ + 知った/×知ってしまった。 知らなくてもいいことまで + 知ってしまった/×知った。 先日、新しいのを + 買いました/×買ってしまいました + から、これ、お返しします。 どうもありがとうございました。 財布をどこかに落として + きた/きちゃった + んだよ。どうしよう。 ひと月もの強化合宿で、精も粮も尽き + 果てた/果ててしまった。 台風で電線が切れたのか、停電 + になった/なってしまった。 3.〈基準時過去以前既実現〉: 特に「とり返しがつかない」という後悔を表す。 駅に着いたとき、列車はすでにホームから遠ざかってしまっていた。 やっと仕事を終えて、駆けつけたが、講演は終わってしまっていた。 「うれしく/楽しく/悲しく/寂しく+なってしまう」や「驚いて/ぴっくりして/退屈して/腹が立って/苛々して+しまう」など、感情語に「~てしまう」がついた場合、つかない場合「うれしくなる/びっくりする」に比べて、予想外の気持ちの変化、心の動きを表すことができる。 意外な感情変化だけに、気持ちの高まりを表し、極限状態に近い感情を表すことができるが、説明的になってしまうので、驚きや喜びの瞬間を表すのは、やはり短くシャープな「びっくりした!/うれしい!」が自然と口から出てしまう。 「終えて/終わって/済ませて/済んで/仕上げて/完成して/できて+しまう」や「宿題をして/読んで/書いて/食べて+しまう/しまった」などが、単なる動作や事態の終結を表す場合、つかない場合「宿題をする/読んだ/書く/食べた」に比べると、終結への期待や喜びをこめることができる。 感情でも終結でもない動詞「間に合わなくなって/捨てて/風邪を引いて/行って+しまう」についた場合、その状況を反映しマイナスの感情「後悔/残念/腹立ち/非難/悲哀/寂寞/困惑」を表し、プラスの感情を表す状況に使うと不自然になる。 特に「愛する人が行ってしまった/恋の火が消えてしまった」など、濃厚な感情がこめられる場合に、ただ「行った/消えた」といってしまうと、ロボットの失恋のようになってしまう。 状況を反映する「~てしまう」は「起こりうる/起こった」事態を「予想/回想」してはじめて、話し手の気持ちを表現できるので、〈基準時同時既実現〉を表す「できた!/やった!/勝った!/着いた!」などには使うことができない。たとえ予想外なことが起こって「できちゃった!/やってしまった!/勝っちゃった!/着いてしまった!/切っちゃった!/知ってしまった!」と叫んでも、既実現の瞬間を表す「できた!」などより、わずかながらも自分を振り返ったときがあり、タイムラグを感じさせる。 <687> 8.2. 極限/原因と結果 あまりの~・~のあまり あまりのA:極限に達したAが原因であることを表す。Aのあまり:極限を超えたAが原因であることを表す。 続あまりの+程度を表すことのできる名詞+に主観的な程度を表すことのできる名詞+のあまり 「~のあまり」には、次のような動詞に接続する場合がある。 心理状態を表す動詞-る/~た+あまり 動詞ます形+すぎた+あまり 形態 「あまりの~に」には「あまりの~で」という形態がある。 「~のあまり」には「~のあまりに」という形態があるが、現在では、ほとんど使われることがない。 感情を表す名詞の場合、互換性がある。 [例] 閉店セールのあまりの安さに、つい衝動賈いをしてしまいました。 次のように、置き換え不能。 ×閉店セールの安さのあまり、つい衝動買いをしてしまいました。 閉店セールの+あまりの安さに/×安さのあまり、衝動買いをするところだった。→閉店セール。あまりの安さに/×安さのあまり、衝動買いをするところだった。 →閉店セール。あまりの安さに/安さのあまり、衝動買いをしそうになった。 化粧品の+あまりの高さに/×高さのあまり、値札を見て気絶しそうになった。 →化粧品。高さのあまり、値札を見て気絶 + しそうになった/×するところだった。手作りケーキの + あまりの甘さに/×甘さのあまり、自分自身でいやになった。 →手作りケーキ。あまりの甘さに/甘さのあまり、自分自身で、いやになった。 娘が初めて作った料理の、砂をかんだような+あまりのまずさに/×まずさのあまり、つい顔をしかめてしまい、言い訳するのに困ってしまった。 精算したが、出費のあまりの多さに、会費を再徴収することにした。 精算したが、あまりの出費 + に/で、会費を再徴収することにした。 この連休の遊園地では、あまりの人出 + に/で、けが人が出たそうだ。 試合終了まで、ほんのあとわずか。ゴールを奪いあう、あまりの激戦 + に/で、競技場 らたように、静まり返った。 ×激戦のあまり、競技場は一瞬、水をうったように、静まり返った。 次の「~あまり」は、接続の関係で、置き換わらない。 <688> 彼女を思うあまり、彼女を愛する若い男の恋文を代筆してやることになった。 年を考えもせず、つい急ぐあまり、小石につまずいて、足首を骨折したらしい。 功をあせったあまり、ペナルティを重ね、退場させられてしまった。 心の琴線に触れるスピーチに感動したあまり、人々はしばらく席を立つことができなかった/場内総立ちとなって拍手が鳴り響いた。 忙しさに徹夜で仕事をしすぎたあまり、過労で入院するはめになったそうだ。 二次会で + 飲みすぎたあまり/あまりに飲みすぎたために/飲みすぎたあげく、とうとう、腰を抜かして動けなくなったんだって。 急いだあまり/あまりに急いだせいで/急いだあげく、ドアに手を挟まれてしまい、あまりの痛さに/痛さのあまり、涙がにじみでた。 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~ために」を参照 ▶本節「使い分け⑥/~あげく」を参照 自分で作ったとはいえ、あまりの甘さに/甘さのあまり、うんざりしてしまった。 あまりのおいしさに/おいしさのあまり、弟の分まで食べてしまったのですって? どうしたのか、あまりの静けさに/静けさのあまり、眠れなくなってしまった。 再会できた + あまりの喜びに/喜びのあまり、家族で抱き合って泣きました。 合格発表の掲示板に自分の名前を見つけた + あまりのうれしさに/うれしさのあまり、周りに対する気づかいも忘れ、思わず大声で、歓声を上げてしまった。 葬儀をすませ、ほっとしながら、遺影に手を合わせたときの + あまりのむなしさに/むなしさのあまり、生きていく気力をなくしてしまったのだそうです。 映画を見て + あまりの感動に/感動のあまり、バスに乗ったのも忘れ、鼻歌を歌っていた。 別れた後の + あまりの切なさに/切なさのあまり、何度、死のうと思ったことか。 せっかく立てたプランが全部ダメになり、あまりの腹立ちに/腹立ちのあまり、椅子を蹴り倒し、そこらにあるものを手当たり次第、投げつけた。 憧れの人に出会い、あまりの感激に/感激のあまり、何も言えなくなっていた。 あまりのじれったさに、思わず子どもを殴りつけてしまったようです。 使い分け 「あまりの~に」と「~のあまり」は、上の「用例」のように、感情を抑えたり、欲望をコントロールしたりすることのできない状態、つまり、自分自身を制御できない状態に陥った、または陥りそうになったことを表す場合、互換性がある。しかし、もし理性が働いて、そのときの状況に対する判断や評価ができる状態を表している場合は、後者「~のあまり」は使うことができない。 したがって〔例〕のように、自分自身を制御することのできない状態にあった過去を振り返り、そのときの状況を判断したり、評価したりできるようになると、わざわざ修飾するものを加えて過去を再構成し、理性を働かせて「閉店セールの+あまりの安さに」を使った場合、互換性「×閉店セールの+安さのあまり」がなくなってしまう。 「閉店セールのあまりの安さ」というのは、ほかの店のセールや、ほかの閉店セールと比較して、安いかどうかを相対的に判断した客観的「安さ」を表しているが、これに対して「閉店セール。安さのあまり」というのは、修飾するものを切り捨て、ただ「安い!」という過去の感情を、そのままリアルタイムで再現したものである。 つまり、話し手が「閉店セールだから安いはずだ」と判断して、店に入ってみたところが、本当に「安い!」と驚いた主観的な「安さ」を、リアルタイムで表現している。いわば誘惑されそうなほど意外な「安さ」を振り返り、自分自身の気持ちがコントロー <689> ルできない度を超えた絶対的な「安さ」を追体験していることになる。 話し手や当事者の評価や判断が示され、理性の働いている「あまりのやさしさに、騙されているなんて思わなかった」以下の「置換」の例では、修飾するものの有無にかかわらず、置き換えることができない。 反対に「用例」の「再会できた+あまりの喜びに/喜びのあまり、家族で抱き合って泣きました」以下では、修飾するものの有無にかかわらず、互換性がある。これは「喜び」そのものが「抱き合って泣いた」話し手、または当事者自身の感情を示しているからである。 両者を比べると、後者の「喜びのあまり」のほうが、はるかに「喜び」の強さが感じられ、人前であろうがなかろうが「辺りかまわず泣いた」という気持ちを表している。 したがって、修飾するものの有無で、互換性に揺れが生じるのは、例えば「セールの安さ」が、話し手または当事者の判断を狂わせ「衝動買いを誘う」ものであっても、話し手または当事者自身の気持ちを表していない場合である。 *あまりのおいしさに/*おいしさのあまり、もうひとつ食べてみたい。 →あまりにもおいしいので、もうひとつ食べてみたいのですけど。 *あまりの落ち込みように、みんなで慰めてあげましょうよ。 →あまりにも落ち込んでいますから、みんなで慰めてあげましょうよ。 ▶巻末「文/文の種類」を参照 なお、過去の事実となったAとBとの因果関係を表すやや古い表現の「あまりのAに/Aのあまり+B」は、〈述べ立て文〉では使われるが、上のような希望や意志を表す〈情意表出文〉や、依頼や勧誘を示す〈働きかけ文〉には使うことができない。 使い分けワンポイント ① 「あまりの~に・~のあまり」と名詞 「あまりのXに/Xのあまり」に使われる名詞Aのうち、修飾するものが加わると、前者から後者へ置き換えできなくなるものをPとし、修飾するものの有無にかかわらず、置き換えが可能なものをQ、置き換えが不可能なものをRとすると、次のようになる。 P:主観的または客観的な「評価/判断」 大きさ/長さ/高さ/安さ/重さ/軽さ/強さ/弱さ/深さ/厚さ/明るさ/暗さ/薄さ/静けさ/にぎやかさ/複雑さ/便利さ/意外さ … おいしさ/甘さ/辛さ/くすぐったさ/まばゆさ/可愛さ/やさしさ/忙しさ/面白さ/爽やかさ/気持ち(の)よさ/落ち込みよう … Q:主観的な感情、または感情をともなう主観的な状態 うれしさ/楽しさ/痛さ/かゆさ/じれったさ/うるささ/いやさ/つらさ/切なさ/やるせなさ/悲しさ/寂しさ/わびしさ … 感激/喜び/驚き/腹立ち/怒り/苛立ち/痛み/哀しみ/心配 … R:評価や判断をともなわない客観的な状態 人出/出費/激戦/猛烈/仕事ぶり/勉強ぶり/風邪/症状 … <690> 耐えきれない辛さのあまり、思わずしゃっくりが出て吐いてしまった。 この連休に行った遊園地、人出のあまり、気分が悪くなってしまった。 試合終了! ゴールを奪いあった激戦のあまり、選手の一人は、その場に倒れこんでしまい、救急車で遅ばれることになった。 「P/Q/R」3つの境目が、どこにあるかは微妙で、上のような使い方をする人がいるかもしれない。 使い分けワンポイント 「あまりのAに+B」は、Aの程度の意外な高さが原因であることを表し、原因にふさわしい結果Bが続くので、プラスの原因にはプラスの結果、マイナスにはマイナスという事態が続く。いわば、話し手または当事者にとって、AとBが、原因と結果を表しているというよりも、AからBへの「当然の成り行き」を表している。 これに対して「Aのあまり+B」は、Aの過度の状態や感情が原因であることを表しているので、たとえプラスの状態や感情が原因であっても、話し手または当事者にとって思いがけない結果を招くことになり、100%のプラス評価にはならず、マイナス評価の結果が暗示されることになる。 映画を見て、あまりの感動に、バスに乗ったのも忘れ、鼻歌を歌っていた。 憧れの人に出会い、あまりの感激に、何も言えなくなってしまった。 話し手の「感動/感激」が、当然の結果として「鼻歌を歌った/何も言えなかった」ことを表している上の例は、プラス評価に傾いているが、これを「感動/感激+のあまり」に書き換えると、マイナス評価に傾き「鼻歌を歌って、あとで恥ずかしくなった/何も言えなかったから、後悔した」が暗示されている。 逆の視点からいえば、あとで振り返ると、マイナス評価ではあるが、あのとき「そんなマイナス評価など考えもしないほど+感動/感激+していた」というリアルタイムでの感情の激しさを物語っていることになる。 あまりの切なさに/切なさのあまり、何度死のうと思ったか、わかりません。 あまりの腹立ちに/腹立ちのあまり、思わず椅子を蹴り倒した。 マイナスの原因の場合も、当然の成り行きを示す「あまりのAに + B」を使う話し手にとって、Bは誰にでも理解できる結果なので、聞き手の同情を求める「甘え」の響きがするが、これを「Aのあまり + B」にかえると、甘えが消え、意外な結果になってしまったことへの自己反省「己の愚かさ/恥じらい/後悔」などがほのめかされる。 使い分けワンポイント ③ 「あまりの~に」と「~のあまり」のまとめ「あまりのAに/Aのあまり+B」の違いをまとめると、次のようになる。 あまりのAにB:意外なまでのAのために、成り行きとしてBの起こった状況について過去を振り返りながら、デュアルタイムで「判断/評価」する。Bの状況は、Aに相応し、Aが「プラス/マイナス」なら、Bも「プラス/マイナス」であると「判断/評価」される。 <691> AのあまりB:度の超えたAのために、自分自身を制御できないBの起こったことを、リアルタイムで追体験する。 Bの状況は、Aの「プラス/マイナス」にかかわらず、すべて「マイナス」だったという印象が話し手の心に残っている。 したがって「あまりの安さに」なら、成り行きで「衝動買い」するのがふさわしく、これが「安さのあまり」だと、次の結果のほうがふさわしい。 閉店セール。安さのあまり、無駄なものを買いこんで後悔することになった/人が持っているものを奪ってしまい、とうとうけんかになってしまった。 また、他人の赤ちゃんを見て「あまりの可愛さに、思わずほほえんでしまった」なら、日常ありふれており、あまりにも平凡すぎるので、これを「可愛さのあまり」に置き換えると不自然になる。 もし置き換えるとすれば、話し手または当事者自身が、あとから考えて、自分でも「なぜそんなことをしたのか」と、あまりの意外さにゾッとするか、後悔することになる「思わず/つい+ほおずりしてしまった/自分のものにしてしまいたくなった/我を忘れ、誘拐してしまった」などがふさわしい。 「可愛さあまって憎さ百倍」というのは、やはり「可愛さのあまり」のほうがぴったりで、結果は「憎らしくなって + 殺したくなる/殺した」であろう。 コンパ。あまりの楽しさに/×楽しさのあまり、帰宅時間を忘れるところだった。 コンパ。あまりの楽しさに/楽しさのあまり、帰宅時間を忘れそうになった。 →あまりの楽しさに/楽しさのあまり、帰宅時間を忘れてしまった。 母の死。あまりの悲しさに/×悲しさのあまり、火葬場で叫びだすところだった。 母の死。あまりの悲しさに/悲しさのあまり、火葬場で叫びだしそうになった。 →あまりの悲しさに/悲しさのあまり、火葬場で叫びだしてしまった。 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想/~ところだった」を参照 反実仮想を表す「A+動詞-る+ところだった」は、過去を振り返って、そのときの状況を回想し、理性的に評価する場合に使われるので、同じ判断や評価を表す「あまりのAに」にはぴったりであるが、リアルタイムで過去を追体験する「A+のあまり」を使うと不自然になる。 「A + 動詞ます形 + そうになった」は、リアルタイムで過去を思い出し、そのときの感情を追体験する場合に使われるので、まさに「A + のあまり」がぴったりである。回想的にはなるが「あまりのAに」も使うことができる。 使い分けワンポイント⑤あまりの~に・あまりの~で 「あまりの~に」と「あまりの~で」を比べると、前者のほうがオーソドックスな使い方なので、年配の人は、後者に違和感を覚えるかもしれない。 次の例は「あまりの~で」に置き換え不能。ただし「~のあまり」は可。 あまりのうるささ + に/×で、隣との壁をたたき、窓を開けて大声で怒鳴った。 <692> 8.2. 極限/原因と結果 →うるささのあまり/あまりにもうるさくて/×あまりにもうるさいために、隣との壁をたたき、窓を開けて大声で怒鳴った。 ダニにかまれ、あまりのかゆさ + に/×で、血が出るほどかきむしっていた。 →ダニにかまれ、かゆさのあまり/あまりにかゆくて/×あまりにかゆいために、血が出るほどかきむしっていた。 次の例は「あまりの~で」にも「~のあまり」にも置き換え可能。 あまりの忙しさ + に/で、睡眠不足が重なり、疲れが高じて倒れてしまった。 →忙しさのあまり/あまりにも忙しくて/あまりにも忙しいために、睡眠不足が重なり、疲れが高じて倒れてしまった。 切り傷だったが、あまりの痛み + に/で、入院し、検査することになった。 子どもに対するあまりの心配 + に/で、母は持病の発作を起こしてしまった。 妻に先立たれたあまりの寂しさ + に/で、生きていく気力を失ったそうです。 憧れの人に出会い、あまりの感激 + に/で、何も言えなくなったらしいです。 次の例は「あまりの~で」に置き換え可能。ただし「~のあまり」は不可。 あまりの盛りだくさん + に/で、何を選べばよいかわからなくなった。 あまりの風邪 + に/で、医者が驚き、すぐさま入院ということになった。 背負ってみたものの、あまりの荷の重さ + に/で、ひっくり返ってしまった。 田舎道を歩いていて、夜のあまりの暗さ + に/で、動けなくなってしまった。 ×田舎道を歩いていて、夜の暗さのあまり、動けなくなってしまった。 →夜、田舎道を歩いていて、暗さのあまり/あまりにも暗くて/あまりにも暗いために、動けなくなってしまった。 「あまりのX + に/で」は、それぞれ基本的に「あまりに(も) + X + て/ために」と対応し、前者「あまりのXに」は、主観的な理由も、客観的な原因も表すことができるが、後者「あまりのXで」は、客観的な原因しか表すことができない。 つまり「あまりのXで」が使えるのは、先ほど「使い分け①」で示した「P/Q/R」のうち、PとR、そして話し手自身ではなく他者「第三者/当事者」の感情を表すQの場合である。 最初の2例は、Qを使い、自分自身を制御できなかった話し手の主観的な理由を表しており、最後4例は、PとRを使って、客観的な原因を表している。最後の2例は、もし「荷/夜+の」がなければ「Xのあまり」にも置き換えることができる。 すべてに置き換わる中間の「あまりのXで」は、Pと「第三者/当事者」の感情を表すQを使って、客観的な原因を表している。これを「あまりのXに/Xのあまり」にすれば、話し手のことも表すことができるようになる。 急いだあまり、ドアに手を挟まれ、あまりの痛さで、涙がにじみでた。 ▶本文3.4.「順接確定条件/手段/『~で』の使い方」を参照 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 ただ、静的な「基準」の「~に」を、動的な「原因」を表すダイナミックな「~で」に置き換えただけなので、たとえ話し手自身のことであっても、上のように使う人がこれから出てくるかもしれない。 <693> あまりのAにB 原因A あまりのAでB 客観的/主観的 AのあまりB 結果 B 意外 + 原因に相応 客観的 意外+原因に相応 主観的 異常+マイナス 3つの違いをまとめると、およそ上のようになる。 使い分けワンポイント ⑥~あげく(に)・~末(に)/~あげくのはてに/ ~うえに/挙げ句の果てには トレーラーは暴走した + あげく/末に/あげくのはてに、横転、爆発、炎上した。 三浪までした + あげく/×末に/あげくのはてに、またまた不合格だなんて。それで、何と言ったか、知ってる? 仕事、探そうかだってさ。 さんざ女に貰いだ + あげく/末に/あげくのはてに、振られてしまったそうだよ。 妻は、一晩、思い悩んだ + あげく/末/×あげくのはて + に、夫の犯したひき逃げを通 朝することにした 長い間ためらった + あげく/末/×あげくのはてに、ようやく婚約に踏みきった。 彼との激論の + あげく/末/×あげくのはてに、けんか別れになったものの、言いすぎた ことが気にかかり、あれこれ考えに考えた + あげく/末/×あげくのはて + に、わび 状を認めることにした。 お隣にいたご主人、リストラのあと、奥さんに愛想をつかされて、追いだされてしまい、その後、しばらくホームレスをしていたらしいが、貯金を使い果たした+あげくに/末に/あげくのはてに、万引きで逮捕されたという噂だ。 接続:動詞~た/名詞の+あげく(に・が)/末(に) 動詞~た/名詞の+あげく/末+の+名詞 動詞~た+あげくのはてに 「A + あげく (に) / 末 (に) + B」は、Bという結果に至るまでに、Aという十分に長い経過のあったことを表したい場合に使われる。どちらも書き言葉に多用されるが、前者が話し言葉に使われる場合は「~に」が省略される。後者は、感情を表さないニュートラルな経過報告に使われるので、話し言葉に使うと不自然さを感じさせることがある。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに/『~に』の使い方」を参照 いずれの場合でも、到着点を表す「~に」は、特に長いプロセスを経て、ようやく結果に至ったいという場合に使われやすい。 両者の違いは、後者が、経過から結果までを、客観的な事実として、淡々と述べる場合に使われるのに対して、前者「A+あげく(に)+B」が、結果に至るまでに、極限にまで達していた「事情/わけ」のあったことを述べる場合に使われ、話し手のマイナスの感情「驚き/意外/あきれ返り/あきらめ/落胆/失望/同情/憐れみ/風刺/皮肉」や、話し手または当事者の「決心」などを表す点である。 「~た+あげくのはてに」は、上の例のように、とりわけ長い時間の経過と複雑な経緯があり、その結果、異常な結末を迎えるといった場合にしか使うことができない。 石につまずいて転び、立ち上がると、前から来た自転車に襲われ、バッグをかっぱらわれた + あげく/×末に、骨折で入院することになった。 <694> 会社の帰り、酔っ払いにからまれた+あげく/×末に/うえに、財布まで盗まれた。 「AあげくB」が、短時間で事件が起こり、不幸Aに輪をかけるように、引き続き不幸Bが起こる「泣き面に蜂」の場合、長い経過Aの必要な「A末に」には置き換わらない。上の2例は「添加/累加」を表す「~たうえに」に置き換わる。 石につまずいて転んだ + うえに/×あげく、けがまでしてしまった。 会社からの帰り、定期券を落とした + うえに/×あげく、財布まで盗まれた。 お招きを受けたが、ご馳走になった + うえに/×あげく、お土産までいただいた。 ▶本文 2.2.「時の表現/基準時直前/~うえで」を参照 ▶本文 2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~たうえで」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~うえに」を参照 ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~上は」を参照 2つの出来事が、継起する時間の流れにはなく、平行して起こっていたり、時間の流れにあっても、異常な事態でなかったり、プラスの出来事であったりすると「~たあげく」は使えなくなってしまう。 10年も付き合った+末に/△あげく、来月やっと結婚することになったそうだ。長期間、会議を重ねた+末/△あげく、覚書を交わすことで合意に達した。 「A末(に) B」は、客観的な事実を表すだけなので、内容のプラスマイナスにかかわらず使うことができるが、上のようなプラスの結果を表す場合、話し手または当事者の「決心」でなければ、マイナス結果を表す「~あげく」には通常、置き換わらない。もし置き換えると、事態を冷ややかな目で眺める傍観者の「皮肉/諷刺」になってしまう。 徹夜で仕事をしすぎた + あげく/あまり、過労で入院するはめに陥ったそうだ。 研究に没頭しすぎた + あげく/あまり、精神に異常をきたしてしまったらしい。 年も考えずに、急いだ + あげく/あまり、小石につまずいて、骨折したらしい。 ▶本節まえの「あまりの~・~のあまり」を参照 「Aた + あげく + B」は、AとBに因果関係がある場合、上のように、極限の原因を表す「A~た/-る + あまり」と置き換わる場合がある。 腹が立って、周囲に八つ当たりした + あげく/×あまり、泣きだしてしまった。 特売で買いすぎた + あげく/×あまり、腐らせてしまって捨てることになった。 因果関係ではなく、上のような経過を表す場合は、置き換わらない。 会社倒産の + あげくが/あげくに/末に、息子の交通事故に妻の病気、何の「塞翁が馬」どころか、まさに「泣き面に蜂」とはこのことだ。 「AあげくがB」は、上のような「Aの結果がBだ」になる場合に使うことができる。 家では親に口答えをし、学校では教師を無視して、授業をサボり、挙げ句の果てには、町のチンピラとけんかをして、殺されてしまった。 「挙げ句の果てに (は)」には、上のような使われ方がある。 ▶極限的な未実現の結果を予想する場合は、本文4.4.「順接仮定条件/確定条件/~(よ)うものなら」を参照 使い分けワンポイント⑦~始末だ 社長のドラ息子は、日ごろから勤務態度は悪かったが、しばらく会社を休んだあげく、旅行先で、傷害事件を起こす始末だった。 酒に酔って愚痴をこぼしていたが、何もかもが面白くないと言いだし、あげくの果てには、 <695> 自殺したいとまで言う始末だった。 仕事がいやだといって、会社を辞めてからというもの、ずっと家にいて、親のすねをかじっていながら、こともあろうに、子どもができたから結婚すると言いだす始末で、好きにさせて家を追い出すことにした。 不景気のあおりで、どこの会社も、ボーナスゼロ、給与1ヶ月遅れなどになっているが、A社に至っては、給与カットまでする始末である。 ▶本文24「時の表現/時間範囲/~に至って、を参照 「-る+始末だ」は、比較的長いマイナスの過程が続いていたが、最終的結果として、最悪の状況が生じた場合に使われる。 もともと、名詞「始末」は、書かれた文字の通り、事態の「始めから終わりまで/経過/成り行き」を指していたが、始めの部分が意識から消え、終わりの部分「最後までして片付ける/最後まで使って節約する/あとで面倒が起こらないように処理する/邪魔者を殺す」を表すようになり、ここでも、ある段階的な過程を経て「結果的/最終的+にどうなったか」を表している。 8.3. 極限/類推 ~さえ・~でも A + さえ + C:AがCだと述べて、AのほかのすべてもCだと連想させる。 A + でも + C:同上。ただAには、Aと対立関係にあるBが存在している。 接続 名詞(に/で/から)/-ること/~か/~て+ぎえ 名詞(に/から)/~て+でも 次の接続の「~さえ」は「~でも」と互換性がないので、ここでは扱わない。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~さえ~ば」を参照 ▶3.7.「順接確定条件/前提条件/~さえすれば」を参照 ます形/動作名詞+さえ+すれば/しなければ 動詞+て+さえ+いれば/いなければ 形容詞-く/(状態)名詞で+さえ+あれば/なければ 形態 「~でも」は、話し言葉で「~だって」になることがある。 ▶本文5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~だって」を参照 互いに対立し、両極にある2つの名詞の一方が使われた場合、互換性がある。 [例] 日本語教師をしてるが、英語どころか日本語さえ、よくわからない。 次のように、置き換え不能。 ×日本語教師をしてるが、英語どころか日本語でも、よくわからない。 次の「~さえ」は、接続の関係で「~でも」に置き換えることができない。 僕で+さえ/×でも+知らないこと、あいつが知ってるわきゃないよ。 <696> コンピュータで + さえ/×でも + 計算できないことってあるんだね。 リューマチでも起こしたのか、足が痛くて、歩くこと + さえ/×でも + できない。 同窓会をするとしても、いつ、どこで、どんなふうにするか、幹事は誰がするかといった こと + さえ/×でも + 何も話し合っていないんだよ。 結婚だなんて、この先、するかどうか+さえ/×でも+わからないわ。 なぜ殺されたのか+さえ/×でも+推理できれば、今事件は解決する。 二次会の話はよせ。同窓会、するかどうか+さえ/×でも、まだ決まってない。 地球の裏側から + さえ/×でも + 問い合わせの電話が入りましたよ。 子ども + さえ/×でも + 元気であれば、何も言うことはない。 次の例は、逆接仮定条件の意味しか含まないので「~さえ」が使えない。 地震 + でも/×でさえ + 倒れない耐震構造のビル。 →マグニチュード9の地震 + でも/でさえ + 倒れない耐震構造のビル。 駅から近いですから、歩いて + でも/×さえ + 来ることができます。 →道が悪いですから、自転車 + でも/さえ + 通ることができません。 手の自由を奪われて + さえ/×でも、彼は口述による創作を続けた。 誰かがそばにいて + さえ/×でも、起こるときには起こるのが事故だ。 次の「~てでも」は「~てさえ」に置き換えることができない。 うちの人、病院ぎらいでね。今度の検診、引っぱって + でも/×さえ、連れて行かなきゃ 最近は、人を蹴落として + でも/×さえ、出世したいという人は減ったかもしれないけど、世の中の雰囲気、まるでゴーストタウンだなあ。 戦争中は、人間の肉を食って + でも/×さえ、生き延びた人がいたよ。 例 次の用例は、互換性がある。 僕 + さえ/でも/だって + 知らないこと、あいつが知ってるわきゃないよ。 コンピュータ + さえ/でも/だって + 計算できないことってあるんだね。 BMW + さえ/でも + 買えた人が、ホームレスをしているんですか。 それって、子ども (に) + さえ/でも/だって + わかるような常識なんじゃない? へえ、今夜、この家の窓から + さえ/でも + 木星が見えるの。知らなかったなあ。 使い分け 「A + でも + C」が使えるのは、例えば「親と子/大人と子ども/先生と生徒/大学の教授と学生/男と女/金持ちと貧乏人/王子と乞食/社長と平社員/大統領と市民/おれとおまえ/超一流ブランド品と 100 円ショップの物/コンピュータと人間/天文台と普通の家」といった誰にでもイメージできる「プラス極のAとマイナス極のB」という対立的な二者が存在している場合である。 〈プラス極のAを提示→マイナス極のBを暗示〉 先生だって知らない/富豪でも買えない/超大型テレビだって買える 〈マイナス極のAを提示→プラス極のBを暗示〉 子どもでも知っている/乞食でももっている/小型テレビでも買えない <697> 「A + でも + C」は、両極的な2つの名詞の一方を「A + でも」にして、聞き手の意表をつくCを述べるが、ただ「~でも」本来の機能である逆接仮定条件「~であっても」が生かされるので、次のようなことが成立する場合に限って使うことができる。 A + でも/であっても + C 「可能/大丈夫/平気」なら、 もちろん B にも + C 「可能/大丈夫/平気」だ。 A + でも/であっても + C「不可能/ダメ/大変」なら、もちろんBにも + C「不可能/ダメ/大変」だ。 部屋が暗くて、本+さえ/×でも+読めない。 →部屋が暗くて、活字の大きな本+さえ/でも+読めない。 まもなく嫁入りというのに、料理+さえ/×でも+できない。 →簡単なインスタント食品+さえ/でも+料理できない。 「A + さえ + C」は、Aと対立するBが存在するかどうかにかかわらず使うことができる。もし「A + C/部屋が暗くて本が読めない/嫁入りまえなのに料理できない」をいえば、必ず聞き手にインパクトを与えることができると考えれば、接続が可能な限り比較的自由に、話し手はAとCの間に「~さえ」を挿入する。 「A + さえ + C」のAと対立しているのは、ほかでもなく「AではないすべてのB」であり、もし「AがCであれば、AでないすべてのBもCだ」を暗示することになる。いわば、一点豪華主義の「A + さえ + C」が「A VS その他大勢」なら、二者択一的な「A + でも + C」は「A VS B」を表している。 解説 「~で」が「活動場所/利用地点/利用物/手段」を表し、たとえ「この家で+でも、木星が見える」が可能であっても、通常「~で+でも」という舌をかみそうな言い方は避け、省略された「この家でも」が使われることが多い。 ▶本文 3.4.「順接確定条件/手段/『~で』の使い方」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 一方「名詞A + で + さえ」の「A + で」は、Aの利用範囲、特に範囲をAに限定したことを表し、一点豪華主義の「~さえ」がとりあげたのは「ほかでもなくAという範囲だけだ」という意味を表しているにすぎない。 「~さえ」も「~でも」も、本来あるべき「~が/~を/~に」などを含んでしまう点は、主題を表す「~は」と似た機能をもっている。 使い分けワンポイント ① 類推とは? そうですね。中国料理や韓国料理は好きです。 明日、ハイキングに行くかって聞いてますけど。課長さんも行くんですってよ。 これ、ここだけの話ですよ。あなた + だけに/にだけ + 話すんですからね? ▶本文 1.1.「主題/提題/対比のバリエーション」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~だけだ」を参照 <698> 「類推」というのは、いわば「一を聞いて十を知る/氷山の一角」といったもので、聞き手に伝えたい内容のすべてを言わず、ただ「手がかり/ヒント」として「一」の部分だけを話し、与えた「手がかり/ヒント」と同じ「種類/グループ/カテゴリー」にある残り全体、つまり「一」の部分を除いた「十/氷山」を、聞き手に「推理/推測/想像」させようとするものである。 「聞き手の聞きたがらないことは、できるだけ話さない」という日本の〈ソト/ヨソ〉向け言語習慣からすれば、よく使われる会話テクニックのひとつで、上位グループ「料理」に属する下位グループ「日本料理/中国料理/イタリア料理など」のなかから、プラス「好きな料理」をいって、マイナス「嫌いな料理/好きでない料理」を推理させる場合によく使われる。 最初の例は、対比の「~は」を用いて、プラス評価の「中国料理/韓国料理」だけをあげ、おそらく日本人である聞き手の気持ちを配慮して「日本料理は好きではない」を暗示するにとどめている。 2つめは、上司の課長を優先させ、話し手の「私も行く」を謙虚に抑えた表現。 3つめは、もし「ほかの人に言っちゃダメですよ」といってしまえば、わかりきったバカな話になってしまうので、何の確認か自明である「ね?」ですませている。 ここへ来るのに、電車に+も/さえ+乗らないで、やってきたんです。 上の例は「バス/地下鉄/モノレール」などの近郊用や、また「夜行バス/船/新幹線/飛行機」などの遠距離用「交通手段を使わずに」ということを暗示しているが、どちらも、話し手のことなら「歩いてきて疲れた」という溜め息になり、第三者のことなら「歩いてきて偉い」といった称讃も暗示している。 また「~も」の場合なら近郊から、一点豪華主義の「~さえ」なら遠距離から「交通手段+も/さえ+使わずに」という違いも表すことができる。 医者さえ匙を投げた病人/素人でもできる料理/親も見捨てた放蕩息子。先生からして解けない問題/難しい漢字まで読める小学生。 話し言葉で愛用される「類推」は、さりげなく「言いたくない/聞かせたくない」ことを伏せるか、上のように比喩として使って、程度を誇張しながら会話を楽しむ場合に使われるが、いずれにしても、明示した部分を「手がかり/足がかり」にして、いわばゲーム性のある「謎々/ジグソーパズル」を解くようなものである。 使い分けワンポイント ② ・・・てでも・・・・てさえ 同情なんかほしくない。歩けないなら、はって+(で)でも/でさえ+ひとりで帰る。地位も財産も、すべてを投げ打って+(で)でも/でさえ、あの女と結婚したいと思う。 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~ても」を参照 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~ても~ても」を参照 「Aて+でも+B」は、Aが極限状態にある手段を表し、Bが「手段を選ばない」強硬な意志や希望を表す場合に使われる。 「~て+でも」の「~て」は、例えば「歩いて/走って/バスに乗って+行く」や「ナイフで切って+食べる」など、あとの動詞「行く/食べる」の手段を表している。 <699> この手段を表して名詞化した「~て」に、類推を示す「~でも」がついて、手段の極限化「簡単な手段の場合は言うまでもない」を示し、さらに、逆接仮定条件「たとえ+ この困難な手段でも/はったとしても/すべてを投げ打ったとしても + 平気だ」と、同一条件「どんな手段でも + 結果は同じだ/ひとりで帰る/あの女と結婚したい」の「~でも」が響き合っている。 一方、「~て+で+さえ」は、まえの「解説」で述べた「手段+で+でも」の「~で」が「~さえ」の場合は省略できずに残ったものである。後者も〈非敬体〉の話し言葉では、舌がよく回って「~で」をはさみ「はってで+でも/だって+ひとりで帰る!」になることがある。 ただ「A+て(で)でも」のほうは、最後の手段Aのほかはすべてなくなり「たとえAという手段を使ったとしても」という「悲愴感」を漂わせるが、これを「A+てでさえ」に置き換えると、話し手の心に生まれた余裕「もちろんA以外の手段を使うのは言うまでもない」が暗示され、ニタッと笑った顔が脳裏に浮かび、話し手の「強引さ」を響かせる。 事故に遭い、車から出たくても、はって + さえ/×でも + 出られない状態だった。地位も財産も、すべてを投げ打って + さえ/×でも、あの女とは結婚できるまい。眠っていて + さえ/×でも、その人の面影が夢に現れた。 「Aて + さえ + B」は、Aという状態でBであるから、まして「Aではない状態なら、なおさらBだ」という類推を表す。この「~さえ」を「~でも」に置き換えられないのは、手段「A + て」が、Aと二者択一となるもうひとつの極限的手段 B を暗示できないし、意思や希望も表さないからである。 使い分けワンポイント ③~でもしたら もしも誘拐 + されでもしたら/されようものなら + 一大事だから、ひとりでなんか行かせるな。いいか。 ダメですよ。ちょっと遅く + 帰りでもしたら/帰ろうものなら、彼女、怒り狂って食器を投げつけるんですから。 ダメ。触るな。おじいちゃんの大事なものなんだから、落としでもしたら大変だ。 おなかをすかしでもしたら、機嫌が悪くなるから、何でも食べさせて。 宿題、ちょっと忘れでもしたら、あの先生、メッチャ、怒るんだよね。 この子が「いや」と言いでもしたら、もう何を言っても聞かない。 黙って課長のものを使いでもしたら、あとでばれて叱られるよ。 世界大戦が + 起こりでもしたら/起ころうものなら、核の使用は避けられない。 万一、このまま雨が降りつづいて、洪水を + 起こそうものなら/×起こしでもしたら、大変なことになるぞ。 もし阪神大震災なみの地震が+やってこようものなら/×やってきでもしたら、この辺りは壊滅状態になってしまう。 ▶本文 4.4.「順接仮定条件/確定条件/~(よ)うものなら」を参照 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~さえ~ば」を参照 「Aます形+でも+したら+B」は、話し言葉で使われ、万にひとつ「Aが起これば、大変なBが起こる」という意味を表し、すべての場合で「A+(よ)うものなら <700> + B」と互換性がある。 前者「A + でもしたら + B」は仮定条件を表し、Aが起こればBという結果になるから、Aが起こらないように「注意」するという文脈で使われるが、後者「A + (よ)うものなら」は確定条件を表し、話し手は知識や経験から「Aが起これば、必ずBが起こる」と確信しているので、だからAを起こすなという「禁止」を表すか、Aが起これば「Bが起こっても仕方がない、そのときはあきらめろ」という文脈で使われる。 したがって、いくら注意しても注意しきれない「不可抗力の自然災害」などに「A+でもしたら」を使うと不自然になる。 もともと頭のいいあいつが、勉強 + でも + したら/※すれば、トップの座を奪われてしまう。だから、ああして遊んでいるほうが好都合だ。 →もともと頭のいいあいつが、勉強 + さえ + すれば/※したら、トップの座を奪ってしまうだろう。だから、遊ばせないで、勉強させるんだ。 おなかをすかしさえすれば、機嫌が悪くなるんだよ。どの程度、機嫌が悪くなるか見てみ 宿題、ちょっと忘れさえすれば、あの先生、メッチャ、怒るんだよね。みんな一緒に忘れて、気を狂わせるのって、面白いじゃない。 ▶本文3.7.「順接確定条件/前提条件/~さえすれば」を参照 ▶本文4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~たら」4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ば」を参照 「A + でも + B」を「A + さえ + B」に置き換えると、Aが個別的な仮定条件「Aでもしたら」を示して「Bという結果になるから、Aは起こってほしくない」という話し手の「希望」から、Aが一般条件「Aさえすれば」を示して「Bという結果を求めるなら、Aの起こる必要がある」という話し手の「判断」にかわってしまう。 「~たら」と「~ば」を使い分ける必要があるので、上の「×」は不自然に響くが、使う人がいるかもしれない。 使い分けワンポイント ④その他の「~でも」の使い方 お口直しに、お茶と果物でも、いかがですか。 この週末、よろしければ、映画にでも行きませんか。 お手紙やファックスが面倒なら、携帯 + に/へ/で/から + でもご返事ください。そのこと、何でしたら、私からでも、お伝えしておきましょうか。 ジョギングでもして体を鍛えなければ、気持ちが先に老化しちゃうな。 こんな暑い日は、クーラーのほどよくきいたホテルへ、3食、昼寝つきの避暑にでも出かけると、元気になられるのじゃありません? 風邪でも引いたら大変だから、軽いお布団でも、掛けておいてあげなさいよ。 ダメよ。そんな冷たいものばかり食べて、病気にでもなったら、どうするの。 誘拐でもされようものなら一大事だから、ひとりでなんか行かせるな。 ▶本文 1.3.「主題/例示/例示と類推」を参照 ▶本文 4.4.「順接仮定条件/確定条件/~(よ)うものなら」を参照 上にあげた「A + (に/で/から) + でも」は、Aを最低条件として例示する場合に使われるが、話し手が示そうとしているのは、ほかでもなくAなので、聞き手の耳には、話し手が遠慮をして、婉曲的にAを提示しているかのように響く。 <701> 明日ですか? でも~(↓)。ええ、明日は父の誕生日なものですから。 ええ、でも、ちよっと。いえ、別に。あの、ちょっと風邪気味なんです。 ええ、とってもいい人ですよ。でも、シャイで、人見知りしますね。 お母さんのケーキ、おいしいよ。でも、今、食べたくないんだもん。 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/~から・~ので/~のだもの」を参照 この「でも」は、聞き手の考えに正面きって反対し、議論を吹っかけようとする前触れに使われる「しかし」とは異なり、婉曲的に聞き手の考えを否定する場合に使われる。特に、人から誘われたり、勧められたりした場合、ただ「でも」か「でも、ちょっと」とだけいって断り、あとは省略することが多い。省略しても、十分に聞き手には通じるし、否定する理由は、聞かれてからでも遅くない。 この + 雑誌/ビール、読ん/飲ん + でもいいですか。 誰でも参加できるのでしたら、いつでも、どこでも、かまいませんよ。 彼女は、社長つきの通訳でもあり、対外貿易部の課長でもある。 子どもでもあるまいし、まさかそんな愚かしいことはしないだろう。 叱られても、泣くでもなし、怒るでもなし、何を考えてるんだか、わからなくて。 いつもなら飛びつくゲームでも、イヤだと言って、すねてるんだけど。 ▶本文 1.3.「主題/例示/~でも~でも」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~ても」を参照 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~ても~ても」を参照 ▶本節「使い分け⑤/『~も』の使い方」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/ひとつでも+肯定・否定」を参照 上の「~でも」は、ただ「~て形」に「~も」のついた逆接仮定条件を表していたり、また「~である/~でない」に、添加や累加の「~も」が挿入されていたり、同一条件の「~でも」になっていたりしている。 使い分けワンポイント ⑤ 「~も」の使い方 「~も」は多様な使われ方をするが、主なものは、次のようになる。 添加/累加/並列 お酒も飲みますし、タバコも吸います。 日本語ができるだけでなく、英語も中国語もできます。 ▶本文 1.7.「主題/累加/~だけでなく」を参照 根も葉もない噂/手も足も出ない/二進も三進も行かない。 顔もいいし頭もいい/金もあれば力もある/甘党もいれば辛党もいる。 暑くもないし寒くもない/物価は上がりもしないし下がりもしない。 「やる」って言ったじゃないか。いまさら好きも嫌いもない。やれよ。 電話するもしないもないでしょう。常識じゃない、そんなこと。 将来に対する考えも何もない男と結婚して、どうするつもりなんだ。 勝つも負けるも時の運だ/勝つも負けるも努力次第だ。 2. 数量詞 + も:肯定で数の多さ、否定で数の少なさを強調する 雨が続いて、キャベツがひとつ、500円もするそうだ。 <702> ちょっと待ってください。(長くても)5分もあれば終わりますから。 会いたい一心でね。5分も待ったかな。でも1時間も待った気がして。 農家は豊作貧乏になるね。こんな大きな大根が50円もしないんだよ。 「お酒は飲まない」といって、コップ一杯も飲まなかったよ。 何年もの駐在で、国のことがわからなくなり、まるで「今浦島」だ。 一生のうちで、幸運と思えるときは、そう何度もないものだよ。 さあ、あれからもう何ヶ月も (の間)、お見えになりませんね。 →さあ、あれからお見えにならなくなって、もう何ヶ月にもなりますね。 ▶本文7.1.「比較・比喻・比例/比較と程度/数量 + は・も」を参照 最後の上のほうの例は「何ヶ月 + も」が、あとの否定部分「お見えになら + ない」と呼応しているのではなく、逆接確定条件「(何ヶ月も) + 経つのに」が省略されていると考えられる。パラフレーズすると「→」に書き換えることができる。 3.疑問詞+も:すべての場合を表す 誰も + 来ません/来られません/来ませんでした/知りません。 誰でも + 来られます/△来ます/△来ました/知っています/行きます/行きました。 誰もが + 来る/来ない/来た/来なかった/知っている/知らない。 彼は誰も + 殺していない/殺さなかった/殺していなかった。 彼は誰でも + 殺してみたかった/殺した。 誰からも/×誰からでも+愛される/愛されない。 何も+買わないでください/買いたくありません/買いませんでした。 何でも+買ってください/買いたくなります/買いました。 どこ(へ/に)も+行かない/行かなかった。 どこ(へ/に)でも+行く/行きたい/行った。 どちら/どれ + も/でも + 100円です。 どちら/どれ + も + 正しい/間違っている/面白い/面白くない。 どちら/どれ + でも + お好きな + ほう/の + を選んでください。 ▶本文 5.5.「逆接仮定条件/同一条件/単独で使われる『疑問詞 + にしても』を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照 「ひとつでも + 肯定・否定/疑問詞でも・疑問詞も」 基本的に「疑問詞 + も + 否定」か「疑問詞 + でも + 肯定」になる。ただ「疑問詞 + でも」は「疑問詞 + であっても/であれ/にしろ/にしても」を表して、同一条件を表す場合がある。 「いつも」は「疑問詞 + も」なのか、単なる「普段/常に」の類義語なのか区別がつかない。 また「どちら/どれ + も」は、すべての場合を表し「2つとも/3つ以上のすべて」 <703> を指しているが、選択を表す「どちら/どれ+でも」は「2つのうちどちら/3つ以上のうちどれ+を選んでも+結果は同じ」という同一条件を表している。 4. 婉曲表現: 主題を表す「~は/~が」や、ためらいの「~は」の代理をする 梅雨 + も/が + 明けて、久しぶりに青空が顔をのぞかせた。 終電の時間 + も/が + すぎ、騒がしかった駅前 + も/は、ようやく静けさをとり戻して、 東の間の安眠をもたらしてくれた。 お受けしないで + も/は + ないが、皆さんのお考えもお聞きしないと。 ちょっと先約もありますから、そういうわけに + も/は + いかないのですよ。 検査でひっかかったものですから、飲んで + も/は + いられないんです。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~は・~が」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照 「~のでもない・~わけでもない・~とも限らない」 常に〈ソト/ヨソ〉に対して使われ、実際は、ほかに何もないのに、まるで何かあるかのように思わせる「~も」である。よくいえば、婉曲的、表現を和らげ、文全体に奥ゆかしさを漂わせる働きをする。 悪くいえば、自信なげに他人の顔色をうかがい、何ごとも「あいまい」にしないではいられない、いつもの日本人の癖といえなくもない。 つまり「~は/~が」を使うと、主題があからさまになって、あまりにも「説明的/解説風/説教調」になってしまうので、さりげなく主題をばかし、聞き手を煙にまくかのように話したい場合によく使われる。 汗を流すだけだから、シャワーなら浴びもするけど、風呂は暑くて。 楽しくもないのに、楽しいふりをするなんて、できるものじゃないね。 野球の練習に疲れて、シャワーを浴び + も/×は + せず寝てしまった。 遅れそうなので、朝食 + も/×は + しないで、出かけることにした。 「ます形+も+する/しない」や「形容詞-く/(状態)名詞で+も+ある/ない」は、もともと「シャワーなら浴びはするが/楽しくはないのに/食べはしないが飲みはする/美しくはないが聡明ではある」など、ためらいや対比を示す「~は」を「~も」にかえたもので、婉曲表現である。 ところが最後2例は、ためらいも対比も表してはいないので、これに「~は」を使うことはできない。つまり、この場合の「~も」は、婉曲表現でも何でもなく、一種の慣用的表現で、使うことのできない「~は」を避けるための非常手段にすぎない。 5. 惯用的表现 〈程度の強調〉 バカもバカ、信じられないようなバカだよ、あいつは。 近いも近い、ほんの目と鼻の先だったんですよ、先生の家。 〈両者への非難〉 親も親なら、子も子なんだ。蛙の子は蛙って、よく言ったもんだ。言うほうも言うほうだが、言われるほうも言われるほうだよ。 <704> 政治家も政治家だが、それを選ぶ選挙民も選挙民で、五十歩百歩だ。 使い分けワンポイント ⑥ 類推の「~も」の使い方 「A + も + C」が類推を表すのは、本節最初の「使い分け」(p.696)で述べた一点豪華主義の「~さえ」と同様に「AがCであれば、AでないすべてのBもCだ」を暗示する場合である。 「猿も木から落ちる」っていうから、誰だって失敗はするもんだよ。→猿 + も/さえ + 木から落ちる → 猿以外のみんなも木から落ちる。チャーハンどころか、玉子焼きひとつもできないんだって。→玉子焼き + も/さえ + できない → 当然、ほかの料理もできない。 このキムチの辛さには、韓国人もびっくりだそうだ。 →韓国人 + も/さえ + びっくり → ほかのみんなもびっくり。 つまり「AもCなら、BもCだ」という「添加/並列」の「~も」が成立していれば、次のように「置換」(p.695)や「用例」(p.696)などにあげた「~さえ」と互換性がある。文末に示している( )のなかは、暗示部分の例である。 僕 + さえ/も + 知らないこと、あいつが知ってるわきゃないよ。(みんなも) コンピュータ + さえ/も + 計算できないことってあるんだね。(人間も) 地球の裏側から + さえ/も + 問い合わせの電話が入りましたよ。(近くからも) それって、子ども (に) + さえ/も + わかるような常識なんじゃない? (大人も) へえ、今夜、この家の窓から + さえ/も + 木星が見えるんだって。(天文台からも) 同窓会なんか、するかどうか + さえ/も + まだ決まってない。(しないことも) 結婚だなんて、この先、するかどうか + さえ/も + わからないわ。(同上) しかし、次のような例では、互換性を失うことがある。 BMW + (で) さえ/△も/(で) さえも + 買えた人が、ホームレスをしているんですか。なぜ殺されたのか + さえ/△も + 推理できれば、今事件は解決する。 子ども + さえ/△も + 元気であれば、何も言うことはない。 上の「~も」が非文にならない場合は、単なる「添加」にすぎず、類推の意味は失われている。これは「A + (で) さえ + も」の場合も同じで、類推のヒントとなるAが、もうひとつ加わった状況でないと使うことができない。 手の自由を奪われて + さえ/も、彼は口述による創作を続けた。 誰かそばにいて + さえ/も、起こるときには起こるのが事故というものだよ。 今度の検診、引っぱって + でも/も、連れて行かなきゃならないのよ。 最近は、人を蹴落として + でも/も、出世したいという人は減ってきたようだ。 上のように「~て」に「~も」を接続させると、逆接仮定条件しか表せなくなる。 母は、帰りの遅い弟が心配で、食事 + も/×さえ + 喉を通らなかった。 試験中で、友だちと会うこと + も/×さえ + できないし、ゲームもできない。 類推の「A + も + C」は、Aと「添加/並列」関係にあるBについて「BもCだ」を連想させるだけであるが、一点豪華主義の「A + さえ + C」は、A以外の「とるに足らないその他大勢のBすべてがCだ」を連想させて、Aだけを特に際立たせるので、明示された「食事/会うことやゲーム」と、暗示された「飲み物/電話で話すことやメー <705> ル」とを比べた場合、後者のほうが「インパクトが強い」という連想「飲み物 + も/さえ + 喉を通らない/メール + も/さえ + できない」が働くと、前者が不自然になってしまう。 会議が長引き、食べるもの + も/×さえ + 食べずに、先方へ急いだ。 そんなことをしていては、助かるもの + も/△さえ + 助からなくなってしまう。 社長の前に出ると、どうしてか、言うべきこと + も/△さえ + 言えなくなるんだ。 突然の呼び出しで、とるもの + も/×さえ + とりあえず、家を飛び出した。 ▶巻末「古語/サ変動詞/助動詞『ず』を参照 「A動詞 + もの/こと + も + Aない形 + ずに/ないで」は、普段なら「当然できることも + せずに/しないで」という意味を表す慣用的な使い方なので、これも「〜さえ」に置き換えると不自然になる。ただ「△」は、実際に「助からない/言えない」という状況にある人なら使うかもしれない。 日本語を習いはじめたばかりなので、平仮名 + さえ (も) /×でも/も + 書けないんだ。 欧米人にしては、とっても難しい漢字 + さえ (も) /でも/も + 読めますね。 非常の場合 + も/でも/ (で) さえ (も) + 慌てず落ち着いて行動していましたよ。 強盗に遭い、恐ろしさのあまり、声 + さえ (も) /×でも/も + 出なかった。 昨夜は、歩くこと + さえ (も) /×でも/も + できないほど、酔ってしまった。 温度、下げないで。これ + でも/× (で) さえ (も) /×も + 十分、涼しいんだから。 今夜、この家の窓から + でも/も/× (で) さえ (も) + 木星を見てくださいね。(添加) お酒ばかり飲まずに、この当て + でも/も/× (で) さえ (も) + 食べましょう。(添加) 余計なことは考えずに、自分のこと + でも/×も/×さえ + 考えておけ。(最低条件) →人の気持ち/非常の場合のこと + も/×でも/×(で) さえ (も) + 考えておかないとね。(添加) 3つの使い分けは、次のようになっている。 類推しか表さない「~さえ」と、類推の「~も」は、非常に近い位置関係にあり、近さを象徴するかのように「~(で)さえも」は、もし「~(で)さえ」さえ成り立てば、すべての場合で使うことができる。 また、上の例のうち「~も」が使えて「~(で)さえも」が使えないのは「~も」が「添加」を表しているからである。 ▶本節「使い分け⑥/類推の『~も』の使い方」を参照 両者の違いは、〈働きかけ文〉で「~さえ」が使えないことと、添加や並列しか表さ <706> 8.3. 極限/類推 ない「~も」に「~さえ」を使うと不自然になることである。互換性のある場合は、一点豪華主義の「A + さえ」が、ほかのBの場合を「その他大勢」にして、Aを際立たせるのに対して、添加を含む「A + も」の類推は、AとほかのBの場合を並列対等関係におくだけで、Aをぎらつかせるようなことはしないので、誇張を抑えた〈ソト〉〈ヨソ〉への会話で多用される。 類推の「A+でも」は、両極関係にあるAとBが存在し、本来の逆接仮定条件の意味が重なる場合に使われる。 逆接仮定条件を示さない〈働きかけ文〉に使われると、類推の意味がほとんど失われ、最低条件を例示する婉曲的表現となる。最低条件〈働きかけ文〉の場合、マイナス極「自分のこと」なら例示できるが、最後の例「人の気持ち/非常の場合のこと」のように「プラス極」にあるものは例示することができない。 あいつは、普段+でも/も/でさえ+落ち着いて行動できないんだよ。 非常の場合+でも/も/×でさえ/△でさえも+落ち着いて行動してください。 上のほうの「~でも」は、マイナス極「普段」を使った「逆接仮定条件 + 類推」で、下のほうは、逆接仮定条件を示す〈働きかけ文〉で、プラス極「非常の場合」を使った類推になっている。 使い分けワンポイント⑧~からして・~まで 日本語能力試験4級+からして/×まで、まだ合格していない。 日本語能力試験1級+まで/×からして、もう合格しています。 日本語を始めて1年なのに、平仮名+からして/×まで+読めないよ。 日本語を始めて半年なのに、難しい漢字+まで/×からして+読める。 子どものけんかなのに、警察+まで/×からして+出てきたんですよ。 バカ、言え。着物どころか、雑巾+からして/×まで+縫えないよ。 栃檀は、芡葉+より/からして+芳しい。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照「~までだ・~は言うまでもない・~までもなく・~ないまでも」▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/~までに・~まで」を参照 「A + からして/まで + α」も、類推を表すことができるが、それぞれ「出発点から/到着点まで」というもとの意味が生きていて、次のような3つ以上の段階がある場合に使われる。 日本語能力試験1級/難しい漢字/警察/着物+まで/さえ/も 2級/ローマ字 / 親 / 襦袢 3 級/片仮名/先生/袋物 /子ども/雑巾+からして/さえ/も 社会通念や一般常識として、Aの実現について難易差があり、その差に段階的な序列が設定されている場合、通常、両者は、やさしいほうに「~からして」がつき、難しい <707> ほうに「~まで」がつくという分担を行ない、もしも「Aレベルでαなら、ほかのB~Zレベルも、すべてαだ」という類推を表す。 どちらも「Aレベルでαなら、その他大勢も/その他も+すべてαだ」を表す「A+さえ/も」に置き換わるが、両極化を必要とする「A+でも」の場合、上の例では「やさしい漢字」を対極化できる「難しい漢字」だけが置き換え可能である。 水道 + からして/まで + 来ていないような僻地に、住んでるんですか。今度の営業部の汚職、社長 + からして/まで + 知らなかったらしいよ。今度の営業部の汚職、社長 + からして/まで + 絡んでいたらしいよ。子どもどころか、大の大人 + からして/まで + 漫画を読んでいる。おまえ + まで/×からして + そんなことを言って、おれを裏切るのか。ね、だから、自分の子ども + にまで/×からして + 軽蔑されるんだよ。やめて。それだから、自分の子ども + からして/まで + 軽蔑するのよ。 しかし、段階的な序列が難易差に基づかない上のような例では、Aをどちらで受けるかは、話し手次第となり、いわば階層のあるビルを、地上を起点にして見上げるか、屋上を起点にして見下ろすかの違いにすぎなくなる。 例えば「水道」を、最も簡単にひける設備と考えれば「~からして」が使われ、もし生活する上で最も重要で不可欠の設備と考えれば「~まで」が使われる。また、污職がどういうものか「最もよく知っているのが社長だ」という考えに立てば「~からして」が、逆に「営業部内でも知る人は少なかった」という前提に立てば「~まで」が使われる。 「裏切りや軽蔑をしないのは〈ウチ〉関係にある人間」というのが一般常識なので、聞き手との〈ウチ〉関係で、最も身内の「おまえ/自分の子ども」が、裏切りや軽蔑をするのは「最後」と考えられる場合は、当然「~まで」が使われる。 しかし最後の例は、話し手も聞き手を軽蔑していることがほのめかされているし、けんかをしていて、聞き手と〈ヨソ〉関係にある話し手は、聞き手から最も遠い存在なので、軽蔑の段階は、最も身近な「自分の子ども」を起点にし、〈ソト〉関係にある近所の人などがあとのレベルに続き、最後に〈ヨソ〉関係の話し手ということになり、起点となった「自分の子ども」に「~からして」を使ったものである。 A:お宅のお嬢さん、縫い物がお上手と聞きましたが、着物なども、ご自分で? B:何をおっしゃるんです。着物どころか、雑巾まで(も)縫えませんよ。 P:近ごろの若い人は、縫い物などしませんけど、今度、結婚なさるお隣の方は? Q:それが珍しく、着物からしてご自分で縫われるそうですよ。 「~からして/~まで」が、話し言葉で多用される「類推」を表す場合、どちらを使うかは、話し手上の気持ち次第、というよりは、上のように、聞き手の意表をつくほうが好まれ、それによって会話を楽しむといった「類推」本来の使われ方をする、といったほうが正しいかもしれない。 使い分けワンポイント⑨2つの「~からして」 見て、見て、この履歴書。どう見ても、この人、おかしいよ。ほら、この名前+からして/まで/×からすると、おかしいよ、この人。 被害者がもっていた名刺なんだが、ほら、この名前+からして/×まで/からすると、実在の人物らしくないだろう? <708> ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/『~からして』系バリエーション」を参照 上のほうは類推を表し、結論「この人、おかしい」を裏づける「証拠/手がかり」として「この名前からして」が使われている。もしこれを「証拠/最後の決め手」として扱うのであれば「この名前まで」が使われる。 下のほうは「実物の人物らしくない」という「推理/推測/想像」を裏づける「証拠/根拠」として「この名前からして」が使われ、この場合は「~からすると」との置き換えが可能になる。 ほら、日本語能力試験4級の結果+からして/さえ/も/でも/まで/×からすると、これだもの、日本語なんてできやしないよ。 →ほら、日本語能力試験4級の結果+からして/からすると/×さえ/×も/×でも/×まで、日本語なんてできやしないよ。 上のほうは、文中にある「これだもの/結果が不合格だから」が、話し手の判断や結論B「日本語ができない」の根拠を表しているので、類推「A+からして/さえ/も/でも/まで+B」のBは「これだ/不合格だ」ということになる。つまり話し手が「ほかにもBと+判断する/結論づける+証拠はいろいろあるんだけれども、そのなかでも、最も有力な手がかりが、ほかでもなく『日本語能力試験4級の不合格』なんだよ」といった訴えを聞き手にしている場面である。 したがって、これに話し手の判断や結論Bの根拠を示す「A+からすると」を使うと、同じ根拠を示す「これだもの」とダブってしまうことになる。 また「A+からすると+B」は、Aがそのまま、Bの根拠となるだけで、類推「Bと+判断する/結論づける+証拠は、Aのほかにもいろいろある」という「A以外の存在を暗に示す」機能はもちあわせていない。 逆に、B の部分が「日本語なんてできやしない」になっている下のほうの「A + さえ/も/でも/まで + B」は、推理「Aという + 証拠/根拠 + があるから、Bだと+判断する/結論づける + ことができるだろう」という「Bと + 判断する/結論づける + 証拠/根拠 + としてAを示す」機能はないので使うことができない。つまり「A + からして + B」には、類推と推理という2つの機能がある。 類推:Bと判断する数多くの根拠のうち、Aを示す推理:Bと判断するために、ひとつの根拠Aを示す 両者の違いは、根拠が複数か単数かにすぎないので、とりわけBに、話し手の判断が示される場合、両者は紛らわしくなってしまう。 見て、見て、この人の履歴書。ほら、名前+からして/でさえも/まで/からすると、実在の人物とは思えないほどおかしいよ。 「自分は賢い」と信じていること+からして/でさえも/まで/からすると、努力からほど遠い状態にしているようだ。 「A + からして + B」は「出発点/原因や理由/根拠」を表す「~から」が含まれているので、2 つの証拠、つまり「Bと判断できる数々の + 証拠/根拠 + 全体のなかから、判断の + 起点/理由/手がかり + のひとつとして、最有力のAを提示」す <709> るという「A以外のものを類推させながら、Bと判断する」ための証拠と、もうひとつ「全体の状況を判断するための+起点/理由/根拠+として、ひとつのAを提示」するという「推理する」ための証拠を表すことができるので、両者の区別がつかなくなる境界例が多い。 使い分けワンポイント⑩~ひとつにしても・~にしてから あの人、歩き方 + ひとつにしても/からして/まで/も/でさえ/からすると、お元気そのものです。 課長の人に対する態度 + ひとつにしても/からして/にまで/にも/にさえ/からすると、儒教倫理「忠孝」の身についているのがうかがえる。 あのものの言い方 + ひとつにしても/からして/まで/も/さえ/からすると、外国人労働者に対する偏見の根強さを物語っている + の/ようだ/だろう。 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~にしても」を参照 ▶本文 1.4.「主題/立場/~にしても」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~にしても・~としても」を参照 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~にしても」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照 「ひとつ + として・たりとも/何ひとつ(も/として)~ない」 「~ひとつにしても」は「~をひとつとってみても」と同じ意味の例示を表すが、すでに「使い分け⑧⑨」で述べた「~からして」と同様に、類推するための手がかりか、状況を判断するための根拠を表して、両者の境界線上にある。 ただ、最後の例では、文末の「~ようだ/~だろう」と呼応すると、状況判断の根拠を表し、また「物語っている」と呼応させれば、類推の手がかりという区別は可能である。 あの箸の持ち方 + ひとつにしたって/からして/×まで/×も/×さえ/からすると、どんなふうに育てられたかがわかる。 仕事ぶり + ひとつにしても/からして/×まで/×も/×さえ/からすると、人生を投げてしまっている + らしい/ようだ。 文末が話し手の判断になっている場合は、類推とは考えられない。なお「~ひとつにしても」は、話し言葉で「~ひとつにしたって」がよく使われる。 担任の先生 + にしてから (が) / からして / まで / も / さえ / 〆からすると、クラスで起こっているいじめの真相を知らないのだから、ましてほかのクラスや学年の先生には、わかるはずもなかった。 妻にしてからが、夫が、会社での気のつかいすぎなど、精神的ストレスのために心身症を起こし、糖尿病にまでなったことなど、本当は理解していない。 「この親にして、この子あり」っていうだろう?親にしてから(が)あれだもの、子どもに何を言ってもむだだよ。 あのものの言い方にしてからが、外国人労働者に対する偏見の根強さを物語っているだろう。 「A + にしてから (が)」は、置き換えるとすれば「~からして」が最もふさわしい類推を表すが、Aにくるのが「人」で、しかも「主格」という制限がある。ただ、最後の「ものの言い方」のように、擬人的使い方「物語っている」の場合は可能である。 <710> 使い分けワンポイント ① 類推の「~にしても/~に限らず」 日本は、米や野菜に + しても/限らず、生活に欠かせないものが高い。 →日本は、米や野菜にしても、家賃にしても、生活に欠かせないものが高い。 →日本は、米や野菜に限らず、家賃も光熱費も高くて、暮らしにくい。 英語に + しても/限らず、ちょっとした通訳ならできるらしい。 →英語にしても、中国語にしても、ちょっとした通訳ならできるらしい。 →英語に限らず、中国語も、ちょっとした通訳ならできるらしい。 楽なわりには、給与に + したって/限らず、そんなに悪くない。 →楽なわりには、給与にしたって、待遇にしたって、そんなに悪くない。 →楽なわりには、給与に限らず、賞与も待遇も、そんなに悪くない。 ▶本文 1.7.「主題/累加/~に限らず」8.1.「極限/状態/~かぎり」を参照 「A + に + しても/限らず」は、Aのほかに、言外のBの存在も連想させるので、類推を表しているが、前者「A + にしても」には、Aの場合でも、Bの場合でも、結果は同じという「同一条件」の意味が重なっており、後者「A + に限らず」には「AだけではなくBも」という「累加」の意味が重なっている。 「~にしても」は、話し言葉で「~にしたって」がよく使われる。そのほかの「~にしても/~限る」については、次を参照のこと。 ▶本文 1.4.「主題/立場/~にしても・~としても」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~にしても」を参照 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~にしても」を参照 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ないかぎり」を参照 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~にしても・~としても」を参照 ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~かぎりは」を参照 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~に限る/動詞『限る』のまとめ」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~とはかぎらない」を参照 使い分けワンポイント ⑫~すら・~だに そんなことは、子どもですら知っているのではなかろうか。 さっき会ったばかりの人の顔ですら、思い出せなくなりつつある。 人類が進歩しているかどうかすら危ぶまれる昨今の政治状況である。 熱で頭がふらふらし、目が回って、立っていることすらできない。 「~すら」は「~さえ」の古語的な表現で、書き言葉に使われる。 夢に + だに/さえ/すら + 会えなくなるとは、恋しさが募るばかり。 3日飼えば、犬 + だに/でさえ + 恩を + 知る/忘れない + ものを。 10月の空は晴れわたり、風に漂う雲ひとつ + だに/さえ + なかった。 考える/思う/聞く + だに/だけでも + 恐ろしい/おぞましい。 ひと目 + だに/だけでも + 会ってお別れがしたい。 通常「~だに」は、否定と呼応して「~さえ/~すら」に置き換わり、肯定と呼応して「~だけでも」に置き換わる古語で、現在、書き言葉ですら使う人がいるかどうか保証できない。 <711> 第9章 授受動詞と敬語 ~てくれる・~てもらう XがHに + Aてくれる:為手Xが話し手側Hに、Aを移動する。 YがXに + Aてもらう:為手Yが受け手Xに、Aを移動させる。 接続 動詞 + てくれる 意志動詞 + てくれる 形態 「XがHに + Aてくれる」には、話し手がXに対して「敬意と感謝」を示す「Xが + てくださる」がある。 Xは、無意志動詞「くれる」の「行為者/動作主」つまり「為手/仕手」であると同時に、授与対象動作Aの「与え手」である。 Hは、話し手を代表として、話し手と〈ウチ〉関係にある人々も含まれるが、Xの授与行為を示す「くれる」の「受け手」であり、授与対象動作Aの「受けとり手」である。 「YがXに + Aてもらう」には、話し手がXに対して「敬意」を示す「Xに + ていただく」がある。 Yは、意志動詞「もらう」の「行為者/為手」であると同時に、授与対象動作Aの「受けとり手」である。 Xは、Yの授与要請行為を示す「もらう」の「受け手」であり、授与対象動作Aの「与え手」である。 どちらの場合でも、XはAの「与え手」であり、HとYはAの「受けとり手」である。 互換性 Yが話し手側であり、Xも人間、または擬人的な存在であれば、互換性がある。 置換 [例1] あいつは、ちょっと仕事すると、部屋中、とっ散らかしてくれる。 次のように、置き換え不能。 あいつに仕事させると、部屋中、とっ散らかして + くれる/×もらう。 次の「~てくれる」も「~てもらう」に置き換え不能。 少し酒が入ると、気が大きくなるのか、目が見えなくなるのか、愚痴をこぼしはじめて、人の悪口を言って + くれる/×もらう + んですよ。 油断して財布をテーブルなどに出しておくと、あの子 (が/×に)、必ずといっていいほど、小銭をくすねて + くれる/×もらう + んです。 久しぶりに + 夕立 + が降ってくれた/×に降ってもらった + おかげで、少しは涼しくなったな。今夜はよく眠れそうだ。 今日の月 + は/×に、驚くほど涼え渡って + くれた/×もらった + ね。 次の例は、メルヘンの世界なら、置き換えが可能になるかもしれない。 別に私たちのためではないんだけど、ミツバチさんが、蜜を運んできてくれたり、牛さんがミルクを作ってくれたりするのよ。 →別に私たちのためだけではないんだけど、ミツバチさんに、蜜を運んできてもらったり、牛さんにミルクを作ってもらったりするのよ。 次の「~てもらう」は「~てくれる」に置き換え不能。 <712> 来週、上からの命令で、部長と北京に出張してもらうよ。いいね。 ×来週、上からの命令で、部長と北京に出張してくれるね。いいね。 道に迷った外国の人は、父に、駅までの道を教えてもらいました。 ×父は、道に迷った外国の人に、駅までの道を教えてくれました。 次の用例は置き換え可能。 先生は、クラスメートの王さんに京都の旅館を紹介してくれました。 →クラスメートの王さんは、先生に京都の旅館を紹介してもらいました。 来週の誕生日、お父さん+が/に、まえからほしかったマウンテンバイクを買って+くれます/もらいます。 高熱が出て、動けなくなったので、下宿のおばさん+が/に、お医者さんを呼んできて+くれました/もらいました。 道に迷っていると、親切な人が、駅まで連れて行ってくれた。 →道に+迷って/※迷っていると、親切な人に、駅まで連れて行ってもらった。 ▶本文10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~てほしい・~てもらいたい」を参照 使い分け 「XがHに + Aてくれる」は、X「話し手以外の他者」が、H「話し手または話し手と〈ウチ〉の関係にある人」にとって、プラスかマイナスになるようなAをすることを表している。 つまり、Hの立場からいえば、HがXから、プラスかマイナスのAを「受けとる」ことになる 「YがX + に/から + Aてもらう」は、〈基準時現在未実現〉の「~もらう」の場合、ある人物Yが、YにとってプラスになるAを、別の人物Xに「Aを + しろ/するように/してほしい」といった「命令/要求/希望」することを表し、〈基準時現在以前既実現〉の「~もらった」の場合なら、Aを入手した結果、つまり話し手の「命令/要求/希望」が実現したことを表している。 つまり、YがXから、プラスのAを「受け + とろうとする/とった」ことになる。 話し手側Hが + 人物Xに + Aもらう ⇒ XがHに + Aてくれる 人物XがHに + プラス行為Aてくれる ⇔ HがXに + Aてもらう もし「YがXに + Aてもらう」のYが「話し手」Hであれば、上のように「XがHに + Aてくれる」に置き換えることができる。しかし、HにとってAがプラスの行為でなければ、逆は成り立たなくなる。 ただ「用例」のような互換性のある場合でも、両者は同じAの授受行為を表すとはいえ、話し手の気持ちに違いがある。 使い分けワンポイント ①「~てくれる」の人称制限 スミスさんは、私/妹/友だち/王さん+に英語を教えてくれます。友だちが、見たいと思っていた DVD を貸してくれました。 ねえ、ねえ、今日、赤ちゃんが、歩いてくれたのよ。 犬が、打った ``ールを探して、もってきてくれる。 待ちかねた庭の桜の化が、やっと咲きはじめてくれたよ。 高原の朝は、空気が爽やかで、寿命を延ばしてくれそうな気がする。 <713> 事故にあったとき、このお守りが、身代わりになってくれました。このロボットが、あなたの快適な生活をサポートしてくれます。恋人への思いを、風が運んでくれました。その薬って、末期の癌にでも、効果を見せてくれるのですか。 「XがHに + Aてくれる」は、Hが話し手側、つまり「話し手、または話し手と〈ウチ〉関係の人」であり、Xが「話し手でない」という制限がある。 ぼく、その DVD、見たいと思っていたんだ。ちょっと貸してくれる? →ぼく、その DVD、見たいと思っていたんだ。本当に貸してくれるの? 見たいと思っていた DVD、誰が貸してくれましたか。 えっ! ぼくに DVD、貸してくれた? いつ、どんな? ただ、聞き手がXにくるのは、依頼となる〈働きかけ文〉か、問いかけや確認になる〈問いかけ文〉の場合であるが、Xが第三者の場合、〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉であれば、人間であれ、動物であれ、植物や鉱物であれ、自然現象であれ、およそ何でもくることができる。 そして、この「第三者なら、誰でも何でもXになる」というのが、授与動詞「A + くれる」の大きな特徴である。 使い分けワンポイント ②「~てくれる」が示す感謝と迷惑 「使い分け①」にあげた「XがHに + Aてくれる」の例は、話し手側Hにとって、Aがプラス「Hのため」になることを表しており、話し手はAを受けとったことに対して、Xもしくは「神のような存在」に「感謝」の気持ちを表していることになる。しかし、次のような例では、逆にAがHにとってマイナスになる「Hのためにならない」ので、話し手はXから「迷惑」を受けたという気持ちを、言外にほのめかしている。 ▶本文 3.2. 「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~おかげで」を参照 あの客は、店じまいするころになるとやってきて、こちらが帰れというまで、ぐずぐずビール1本で、居座ってくれるから困るんだよ。 隣の赤ちゃん、よく泣いてくれるね。のどを嗄らしちゃうんじゃない? 最近、ゴキブリが姿を見せてくれるね。どこからやってきたんだろう。 仕事が波に乗りはじめると、なぜか決まって、セールスの電話がかかってきては、高揚した気分をそいでくれる。 出かけようと思う日に限って、雨が降ってくれるんだよ。どうして?→出かけようと思う日に限って、雨に降られるんだよ。どうして? 「XがHに + Aてくれる」は、XがAをすることに対し、あたかも「なすすべもない」かのように、受身的にAを受けとり、まるで「天から降ってきた」かのようなAが、プラスであれば「感謝」し、マイナスであれば「迷惑」を感じる話し手の状況と気持ちを描く場合に使われる。 「迷惑」を表す場合、最後の例のように、受身に置き換えることができる。これは、日本語の伝統的な受け身が、話し手の「迷惑/被害」を表すからで、Aがプラスの「感謝」を表す場合は、置き換わらない。 <714> 9. 授受動詞と敬語 使い分けワンポイント ③「~てくれる」の人間関係 「XがHに + Aてくれる」は、もしHが話し手「私/私たち」でなければ、特に対話の背景となる文脈がなくても、XとHが、話し手とどのような関係にあるかを表すことができる。 例えば「置換」の「父は、道に迷った外国の人に、駅までの道を教えてくれました」(p.712)が成り立つとすると、この「道に迷った外国の人」は、自分の父親よりも、話し手にとって〈ウチ〉関係になる人、つまり妻か子ども、親友といった存在、もしくは見知らぬ人ではあるが、そのとき非常に親しみを感じた人であることを示している。 友だちが妹に/兄が友だちに+時計を買って+くれる/くれた。 部長が課長に/課長が部長に+仕事を手伝って+くれる/くれた。 上のようにXもHも話し手と〈ウチ〉関係にある場合、話し手は、X「友だち/兄」よりも、H「妹/友だち」のほうに、より「近しさ/親しみ」を感じている、つまり話し手にとって、Hはより〈ウチ〉関係にあることを、聞き手に伝えていることになる。 使い分けワンポイント ④ 未実現「くれる (のだ) + (か)」が示す第三者の約束 来週からスミスさんが、友だち/あなた + に英語を教えてくれます。 友だちが、見たいと思っていた DVD を貸して + くれる/くれない + んだよ。 お父さんが誕生日にパソコンを買って + くれます/くれるのです/くれないのです + か。 A:ねえ、ねえ、見ててね。赤ちゃんが、歩いてくれるわよ。 B:えっ? 本当に赤ちゃん、歩いてくれる + か/のか。 犬が、打ったボールを探して、もってきてくれるよ。ほらね。 待ちかねた庭の桜の花が、明日あたり、咲きはじめてくれるようだよ。 高原の朝は、空気が爽やかで、寿命を延ばしてくれそうですね。 事故にあったとき、このお守りが、身代わりになってくれますよ。 これからロボットが、私たちの生活をサポートしてくれることになる。 恋人への思いを、風が運んで + くれますか/くれるんですか。 その薬って、末期の癌にでも、効果を見せてくれるのですか。 〈基準時現在未実現〉を表す「XがHに + Aてくれる (か/のだ/のか)」は、Xが第三者の場合、Aがプラス評価の内容なら、HのXに対する「期待」を表すが、話し手からすれば、Xに対する「期待」と同時に、XのHに対する「約束」を表していることになる。 もちろんXが人間でなければ、約束などできないのであるが、未実現の「Aてくれる」は、Xを擬人化する力があり、話し手にとって、Aが利益になり、都合にいいものであれば、Xが約束しているように感じてしまう。 赤ちゃん、よく泣いてくれるね。どこか悪いんじゃない? 出かけようと思うと、雨が降ってくれるんだけど、何かの鬍かな。 Aがマイナスの場合は、もちろん「期待」も「約束」も表さないが、これは「Aてくれる」で、A「泣く」が〈基準時現在以前既実現〉か、習慣や反復を示す〈基準時現在同時間帯〉を表し、〈基準時現在未実現〉には使えないからである。 <715> ーてくれる・ーてもらう つまり「迷惑」の感情というのは、あらかじめ感じとることのできるものではなく、Aが実現して、つまり迷惑を受けてはじめて感じられるものである。 ▶「くれない/もらえない」については 本節「使い分け③/『もらう』文の『受け手+に/から』を参照 なお、否定「くれない/くれなかった」は、期待が「実現しない/実現しなかった」話し手も含むHの「落胆/がっかり」した気持ちを表している。 使い分けワンポイント ⑤ 未実現「第三者がくれる」と「メモリバンク」 〈基準時現在未実現〉を示す「使い分け④」の「Aてくれる + のだ/のか」と「Aてくれる + (か)」との違いは、データ「Aてくれる」を「メモリバンク」にインプットしたかしなかったか、つまり「メモリバンク」に照合できるかできないかであり、前者「Aてくれる + のだ/のか」は「メモリバンク」に照合したことを表している。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』と『~のか』の違い」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~のかもしれない』と『メモリバンク』を参照 Xが第三者「父親」の場合、話し手が「くれる」を使うと、父親が「自転車を買う」ことを話し手に約束したことを、聞き手に伝えているだけであるが、聞き手への合図を表す「~のだ」がついた場合、父親が「自転車を買う」といった言葉を、思い出し「メモリバンク」に照合して、確認したことになるので、父親が「自転車を買う」ことは間違いないという主張をしている、つまり「本当にお父さんは自転車を買ってくれるのか」と聞き手が疑った場合の返答になる。 (あなたの)お父さん、今度の誕生日、自転車、買って+くれるの/×くれる? 「~くれるか」で問いかけると、話し手の「メモリバンク」には、聞き手の「父親が自転車を買う」という情報がインプットされていないことを示しているので、まるで「私のお父さんは、誕生日に自転車、買ってくれるけど、あなたのお父さんに、自転車なんか買えるの?」となじっているかのように響いてしまう。 「メモリバンク」に「自転車を買う」という情報がインプットされており、そのデータが照合されたことを示す「自転車を買ってくれるのか」の場合なら、お父さんが「自転車を買ってくれるか」どうかを確認することも、また「本当に自転車を買ってくれるか」と疑うこともできる。 使い分けワンポイント ⑥ 未実現「くれる + か/のか」が示す依頼と確認 ねえ、お父さん、今度の誕生日、自転車、買って + くれる/くれるの? ちょっとその棚の上のものをとって + くれるか/×くれるのか/くれ。 すまんが、ペンを貸して + くれるか/×くれるのか/くれないか。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ないか」を参照 A:あっ、雨ですね。傘をお貸ししましょう。 B:えっ?傘を貸して+くれますか/くれるのですか。(確認) A:ええ。どうぞお使いください。 <716> いつ子どもを、プールに連れていってくれる? (問いかけ) →いつ子どもを、プールに連れていってくれるの? (問いかけ + 疑い) 来週から、マニラへ出張してくれる + ね/んだね? (確認/確認と疑い) ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ね・~のだね」を参照 〈基準時現在未実現〉を示す「使い分け④」の「XがHに + Aてくれる」は、Xが聞き手の場合、話し手が、聞き手に、マイナス評価のAを期待するはずもないので、プラス評価の「約束」を期待していることを表している。 ただ、次のように、話し手が預言者か催眠術師でもない限り、〈基準時現在未実現〉の〈述べ立て文〉に「X=聞き手」を使うことができない。もし使うことができれば〈基準時現在同時間帯〉〈基準時現在以前既実現〉を示す〈述べ立て文〉になってしまう。 あなたは、これから神に仕えてくれるでしょう。 あなたは毎日、妹の面倒をみて、お母さんの手伝いをしてくれる。 あなたは、やさしくて、クラスメートの人たちに親切にしてくれます。 つまりXが聞き手の場合、〈問いかけ文〉として「XがHに + Aて + くれる/くれない + か/のか/ね/のね + ?」などが使われることになる。 話し手にも聞き手にも「メモリバンク」に照合できるデータのない「Aてくれるか」の場合、話し手は、聞き手の「約束」を期待しながら、聞き手にとっての未知情報を問いかけることになる。例えば「突然で申し訳ないが『あなたが、その棚の上のものをとる』ということを + あなたは約束するか/私は期待できるか」という問いかけになり、話し手は聞き手に対してAの実行を「依頼」していることを示している。 しかし、データ「聞き手がAてくれる」が「メモリバンク」にインプットされていることを表す「Aてくれるのか」の場合、聞き手の「約束/聞き手がAする」を繰り返すことになるので、話し手の「依頼」ではなく、ただ記憶にある「聞き手の約束」を「確認」することになる。 「傘を貸してくれますか」の場合、聞き手の言葉「傘をお貸ししましょう」は聞こえており、話し手は、それを記憶として「メモリバンク」にインプットしたはずなので、ただ聞き手の「傘を貸す」を繰り返す「確認」を表していることになる。 しかし同時に、話し手は、聞き手の言葉を「メモリバンク」にインプットしなかった、つまり聞かなかったふりをして、改めて依頼していることにもなり、いわば「確認」をかねた「依頼」をしていること示している。 もし聞き手の言葉を「メモリバンク」にインプットした「確認」を表す「傘を貸してくれるのですか」を使った場合、イントネーションによっては「~のか」が「疑い」を表してしまい、聞き手の「約束を疑う/親切を疑う/好意を無にする/気分を害する」結果になってしまうので、聞き手の申し出を聞かなかったふりをして「依頼」を表す「傘を貸してくれますか」のほうが、はるかに鄭重な「確認」ということになる。 使い分けワンポイント ⑦ 既実現「くれた(のだ) + (か)」 スミスさんが、妹/友だち/※あなた+に英語を教えてくれました。 あなたはやさしくて、クラスメートの人たちに親切にしてくれました。 <717> 友だちが、見たいと思っていた DVD を貸して + くれた/くれなかった + んだよ。 ねえ、お父さん、誕生日にパソコン、買って + くれた/くれたの/くれなかったの? A:今日、赤ちゃんが、歩いてくれた + よ/のよ。 B:えっ? 本当に赤ちゃん、歩いてくれた + か/のか (↑)。(疑い) A:本当よ。ちょっと見ててね。赤ちゃんが歩いてくれるから。 B:へえ、赤ちゃんが歩いてくれた + か/のか (↓)。(納得) 犬が、打ったボールを探して、もってきてくれた + よ/んだよ。 待ちかねた庭の桜の花が、今日から咲きはじめてくれたようだよ。 高原の朝は、空気が爽やかで、寿命を延ばしてくれた + ね/んだね。 事故のとき、このお守りが、身代わりになってくれた + よ/のよ。 赤ちゃん、よく泣いてくれたね。どこか悪いんじゃない? 亦ちゃん、よいはい~~ A:あの日、雨で、傘をお貸ししましたね。 B:えっ?傘を貸して+くれましたか/くれたのですか。(確認) A:先週の雨の日に、傘をお貸ししませんでした? B:あっ、本をませ、儀してくれました、お返しするの、忘れて いつ子どもを、プールに連れていってくれた?(問いかけ/疑い) →いつ子どもを、プールに連れていってくれたの?(同上+反語) ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』と『~のか』の違い」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~(のだ)よ・~(のだ)ね」を参照 ▶否定「くれなかった」については、本節「使い分け④」を参照 〈基準時現在以前既実現〉の「XがHに + Aてくれた(か/のだ/のか)」は、〈述べ立て文〉の場合、Xが「第三者/聞き手」で、Hが「話し手/聞き手を含まない話し手側の第三者」になり、〈問いかけ文〉の場合、Xが「第三者/聞き手」で、Hが「話し手/聞き手/話し手側の第三者」になる。 「使い分け④~⑥」に示した〈基準時現在未実現〉の「XがHに + Aてくれる(か/のだ)」は、問いかけの「依頼」か、述べ立ての「X=第三者/H=聞き手」になる場合、〈基準時現在以前既実現〉にはならないが、そのほかの場合は、〈基準時現在以前既実現〉に置き換えることができる。 〈基準時現在以前既実現〉の場合、データ「A + くれる」は、話し手と聞き手の記憶として「メモリバンク」にインプットされていることになるので、どの場合「A + くれた/くれたのだ/くれたか/くれたのか」でも、同じ内容を表している。 ただ〈述べ立て文〉では、わざわざ「メモリバンク」に照合したことを表す「A + くれたのだ」のほうが、聞き手に示す「~のだ」の「合図」を濃厚に反映する。〈問いかけ文〉では、同様に「A + くれたのか」のほうに、聞き手に示す「~のか」の「確認/疑い/反語」が色濃く反映される。 <718> 使い分けワンポイント ⑧ 無意志動詞「くれる」 お父さんは、音大を目指す妹に、バイオリンを買って + くれる/×くれるつもりだ/×くれるようと思っている/×くれようとする/×くれたいと思っている。 友だちが、美しいクリスマスカードを + くれた/×くれたいと思っていた。 クラスメートが、恐ろしいイジワルを書きつらねたメールを + くれた/×くれるつもりはなかった/×くれるようと思っていなかった。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照「~つもりだ・~(よ)うと思う/話し手の意志と第三者の意志/~(よ)うとする/~たい」 動詞「くれる」は、上のように、第三者の意志「~つもりだ・~(よ)うと思っている」や、希望「~たいと思っている」を表す言い方のない〈無意志動詞〉なのに、先ほど「使い分け④」で示したように、話し手を含むHの「期待」を表しているので、非常に不思議な感じを与えるが、授与行為を表す「XがHに + A名詞を/動詞て + くれる」の「与え手X」は、授与対象Aを「与えよう/与えたい」といった意志をもたない存在と想定されている。 言い換えれば、話し手側Hに対する他者Xの授与行為を〈話し手〉の視点からとらえたもので、まるで「天から降ってきた」かのように、受身的にAを「受けとる/受けとった」ことを表している。 Aが話し手にとってプラスの場合、Xの「くれる」という動きは、話し手に対するXの「無償行為」と見なされており、別に「ほしいと言ったわけではないのに、XからAが与えられた」といった話し手の受身的な態度、まるで「気がつくと、手のなかに札束があった」夢でも見ているような話し手の気持ちを表していることになる。 この場合、話し手のできることといえば、ただAを有り難く受けとり、Aという恵みをXや神に「感謝」するよりほかないわけである。 Aが話し手にとってマイナスの場合、いわば「天から降ってわいてきたような災難」であるが、プラスの場合と同様に、黙って受けとるよりほかなく、話し手のできることといえば、ただXから「迷惑」を受けたと、聞き手に伝えるだけである。 使い分けワンポイント⑨ 命令形「くれ」 ちょっと、その棚の上のものを、とってくれ/とれ/くれ。 すまんが、ペンを + 貸してくれ/貸せ/くれ。 A:おい、お茶と新聞を + 持ってきてくれ/持ってこい/くれ。 B:人に向かって「おい」だなんて、何を偉そうに。持ってこなかったら、どうしようって言うの。そんな言い方、やめてくれる? 雨よ、降ってくれ/降れ。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/命令と依頼の違い」を参照 「使い分け⑧」に示した無意志動詞の「くれる」に命令形があるのは、不思議な感じがするが、上のように「A + くれ」は、意志動詞の命令形「とれ/貸せ/持ってこい/降れ」とは異なり、聞き手に服従を求めているのではなく、服従するかしないかは、聞き手の判断に任せた「依頼」を表している。 意志動詞として扱われた「降る」を含めて、命令形「とれ/貸せ/持ってこい/降れ」 <719> は、聞き手の「とる/貸す/持ってくる/降る」という意志に働きかけるものであるが、命令形「A + くれ」は、聞き手の「約束」を表す「使い分け⑥」の「くれる」に、話し手の「期待」が反映されたものにすぎない。 使い分けワンポイント 人称制限を中心に、複雑にふるまう無意志動詞「くれる」の使い方をまとめてみると、およそ次のようになる。 なお「I/II/III」は、それぞれ「一人称: 私(たち)/二人称: あなた(たち)/三人称: 第三者(たち)」を示している。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のか/『~のだ』の使い方」を参照 ▶本節「使い分け①~⑨」を参照 基準時現在未実現「XがHに + A + くれる (のだ)」 話し手と〈ウチ〉関係のⅢ (注)~のだ:第三者の「約束」+ 聞き手に対する「合図」 基準時現在未実現「XがHに+A+くれる+か/のか」 話し手の「約束」を期待する〈問いかけ文〉 (注)~か:問いかけ + 確認 + 納得/~のか:問いかけ + 確認 + 納得 + 疑い 基準時現在以前既実現「XがHに + A + くれた + (か/のだ/のか)」 (注)~のだ:約束の実現 + 合図 (注)~か:問いかけ + 確認 + 納得 + 疑い/~のか:問いかけ + 確認 + 納得 + 疑い + 反語 使い分けワンポイント ⑪「~てもらう」の人称制限 私/妹/友だち/王さん + は + スミスさんに英語を教えてもらいます。友だちに、見たいと思っていた DVD を貸してもらいました。忘れましたか。この DVD、あなたに貸してもらったのですよ。→忘れましたか。その DVD、ぼくに貸してもらったのですよ。 えっ! ぼくに DVD、貸してもらった? いつ、どんな? <720> ×ねえ、ねえ、今日、赤ちゃんに、歩いてもらったのよ。 △赤ちゃんが、お人形さんに、歌を歌ってもらっています。 △犬に、打ったボールを探して、もってきてもらう。 △犬が、お母さんに、好物の焼肉を作ってもらいました。 ×待ちかねた庭の桜の花が、やっと咲きはじめてもらったよ。 ×庭の桜の花が、咲きはじめるのを待ってもらっている。 ×爽やかな空気の高原の朝に、寿命を延ばしてもらいそうな気がする。 →爽やかな空気の高原の朝に、寿命を延ばしてもらえそうな気がする ×事故にあったとき、このお守りに、身代わりになってもらいました。 △このロボットに、あなたの快適な生活をサポートしてもらいます。 △恋人への思いを、風に運んでもらいました。 ×その薬に、末期の癌にでも、効果を見せてもらうのですか。 ×あの客には、ビール1本で、着板まで、ぐずぐず居座ってもらう。 「YがXに + Aてもらう」の場合、XとYには「話し手/聞き手/第三者」がきて人称制限はないが、上のように、どちらも「意思表示のできる + 人間/動物」に限られる。ただ「赤ちゃん/犬/ロボット/風」が可能になるのは、擬人法が使われる「メルヘンの世界」である。 また、AはYにとって「ほしい/必要な」ことなので、最後の例が成り立つとすれば、かなり複雑な事情があるはずであるが、話し手がプラスと判断できるものである。 したがって「XがHに + Aてくれる」が「迷惑」を表したり、Xが人間でないか、意志をもたない存在であったりする場合は、AがYにとってプラスであり、XもYも意志を示す「YがXに + Aてもらう」に置き換えることができなくなる。 その DVD、ぼくも見たいんだけど、本当に (誰かに) 貸してもらうの? その DVD、妹が見たいと言ってたけど、あなたに貸してもらうの? ×その DVD、ぼくも見たいんだけど、(あなたに) 貸してもらうの? その DVD、見たいと思ってるんなら、(誰かに) 貸してもらえよ。 ×その DVD、見たいと思ってるんなら、ぼくに貸してもらえよ。 ×その DVD、(あなたは僕に/僕はあなたに) 貸してもらいます。 のちほど「使い分け⑧」の「未実現『もらう (のだ) + (か)』が示すタブー」でも述べるが、〈基準時現在未実現〉の場合は「話し手と第三者」か「聞き手と第三者」の授受行為なら可能であるが、話し手と聞き手との授受行為には使えないという人称制限がある。 使い分けワンポイント「~てもらう」の人間関係 見逃せないチャンス! 応募ハガキに答えを書いて、懸賞をもらおう! これね。悪いんだけど、贈り物だから、包んで + もらいますよ/くれますか。 誕生日、お父さん + に/が、マウンテンバイクを買って + もらった/くれた。 妹は、スミスさん + に/が、英語を教えて + もらって/くれて + います。 スミスさんは、兄 + に/が、日本語を教えて + もらって/くれて + います。 友だち + に/が、見たいと思っていた DVD を貸して + もらった/くれた。 YがXに + A名詞を/動詞て + もらう」は、XよりもHのほうが話し手と親しく、 <721> 〈ウチ〉関係にあるという人間関係を示す「使い分け①」の「XがHに + Aてくれる」とは異なり、YがXに求めて、プラスのA「懸賞/包装/マウンテンバイク/英語/日本語/DVD」をXから受けとる代わりに、Xに対して「答えを書いて応募する/商品代金を払う/親のいうことを聞く/学費を出す」といった見返りをする人間関係「義理の貸し借り」が、XとYの間で成立することを表している。 つまり、Aは「有償行為」であり、たとえ無償でA「父親がマウンテンバイクを買う/スミスさんが英語を教える/友だちがDVDを貸す」があったとしても、Aと相殺できるもの「誕生日のお祝い/兄がスミスさんに日本語を教える/友だちの聞きたいCDを貸す/ご馳走する/礼状を送る/お中元やお歳暮を贈る」が、必要であるし、またXから期待されている 「YがXに + A名詞を/動詞て + もらう」は、XとYとの間に「義理関係」が生じていることを示しており、YがXにAを「求める/求めた」のは、以前Xに、与えたことのある「恩義の見返り」としてか、あとで「恩返し」する心づもりがあってのことかは、時と場合にもよるが、XとYは「恩義」を与え合い、受けとり合う関係、言い換えれば、親しい〈ウチ/ソト〉関係にあるといえる。 こうしたエンドレスに続く関係を断ち切るために、金銭やもので清算してしまう日本人が多くなっているが、逆に、そうした関係を維持したいと考える日本人もいる。 「Xに + もらう」も「Xが + くれる」も、第三者と話し手との授受行為であれば、同じ内容を表すことができるので、世間的な「義理のやりとり」をする関係が望ましくなければ、できるだけ「もらう」を避け、Aを「無償行為」と見なしてしまう「くれる」を使うほうが、簡単で無難な方法かもしれない。 Xに感謝を示して「義理の貸し借り」は済ませたことになるからである。Xとの人間関係は淡白になるが、あとでゴタゴタの起こる「後腐れ」はない。 つべこべ言わずに、そこの金、ここへ入れてもらうよ。おっと、おかしな真似をするんじゃない。こいつが火を噴くからな。気をつけろよ。 来年は、サンパウロ支社に駐在してもらうことになるよ。 自分で出したゴミは、自分で持って帰ってもらいます。 悪いんだけど、これ、包んでもらいますよ。いくら? お礼はいいの、今度、ご馳走してもらうから。いい、約束したわよ。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ていただきます・~てもらう」を参照 「話し手が + Xに + Aてもらう」は、聞き手Xに向かって〈基準時現在未実現〉で使われた場合、〈働きかけ文〉として機能し、聞き手に対する命令を表すことになる。この場合、Aをするのは「X=聞き手」である。 この金、もらっていくからな。つべこべ言うと、こいつが火を噴くぞ。 ×自分で出したゴミを、もらって帰ります。 このパンフレット、もらっていきますね。 わあ、おいしそう。ひとつ、もらうね。 「話し手が名詞Aを+もらう」の場合も、聞き手に対する命令を表しているが、 <722> 9. 授受動詞と敬語 Aを「奪おうとしている/求めている」のは、話し手であり、Aを「奪われようとしている/求められている」のは、聞き手である。 つまり「話し手が+聞き手に+A+もらう」は、Aが動詞なら「聞き手に命じてAをさせる/聞き手がAをするように求める」ことになるが、動詞「もらう」そのものは、話し手の要求である。 こうした場合、話し手がAを受けとることによって生じる「義理の借り」は、聞き手に代金や見返りを「支払う」ことによって「返済」される場合と、聞き手に命令する話し手の代わりに、会社や組織などが、聞き手に給与を「支払う」ことによって「相殺」される場合とがある。 最初の銀行ギャングの例は、聞き手の命の保障が、命令の報酬である。 使い分けワンポイント ⑭ 未実現「もらうのだ/もらえ」が示す命令 早くそこの金を、バッグに入れて + もらうんだ/もらえ。 来年は、サンパウロ支社に駐在して + もらうんだ/もらえ。 贈り物にするんですから、これ、包んで + もらうんです/もらいなさい + よ。 お礼はいいから、今度、ご馳走して + もらうんだ/もらえ。いいな。 自分で出したゴミは、自分で持って帰ってもらうんです。 そのパンフレット、もらっていくんだ/もらっていけ。 わあ、おいしそうだな。さあ、ひとつ、+ もらうんだ/もらえ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」 「YがXに + A + もらうのだ」は、命令を表す「~のだ/もらうのだ」が、聞き手に対する命令を表す「命令形/もらえ」と同じ意味を表すので、話し手「もらうのだ」に命令されるのが「Y=聞き手」であり、Aが動詞の場合、聞き手「もらう」に命じられて、Aをするのは「X=第三者」である。また、Aが名詞の場合、Aを「奪おうとしている/求めている」のは、聞き手であり、Aを「奪われようとしている/求められている」のは、第三者である。 つまり「聞き手が+第三者に+A+もらうのだ」は、話し手が聞き手に対して、第三者のAを要求するように命じていることになる。 この場合の聞き手がAを受けとることによって生じる「義理の借り」は、聞き手に命令した話し手によって肩代わりされる。つまり、話し手が、第三者に代金や見返りを「支払う」ことによって「返済」されることになるが、話し手は、聞き手に命令する資格のある人で、第三者に支払いができる能力のある人、例えば「親/会社や組織などの上司/第三者の命を保障するギャング団のボス」などである。 オレ/彼+の手から、ボールを+とるんだ/とれ。 →彼/×オレ+の手から、ボールを+もらうんだ/もらえ。 聞き手に対する命令「Aを + とるんだ/とれ」の場合、Aが自分のものでなければ、聞き手は、話し手のものでも、第三者のものでも「とる」ことは可能であるが、聞き手に対する命令「A + もらうのだ/もらえ」の場合、第三者のものに限られる。 これは、のちほど「使い分け⑧」で述べる「未実現『もらう (のだ) + (か)』が示すタブー」とも関係があるが、もしAが第三者のものではなく、話し手のものになると、 <723> 単なる命令にはならず、聞き手に「オレから義理を買え/オレの手からボールをもらえ」と命令することになり、あたかも話し手に頭を下げるか、土下座をして「Aを受けとれ」と命令していることになり、聞き手をまるで奴隷に貶めてしまうからである。 使い分けワンポイント ⑮ 命令「もらう (のだ)」の構造 命令を示す「YがXに + A + もらう (のだ)」は、次のような構造をしている。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照 ▶本節「使い分け③④」を参照 〈A て + もらう/そこの金をバッグに入れてもらうよ〉 話し手Yが + 聞き手Xに {Xが + そこの金を、バッグに入れる} + もらう。 〈A て + もらうのだ/そこの金をバッグに入れてもらうんだ〉 聞き手Yが + 第三者Xに {Xが + そこの金を、バッグに入れる} + もらう + のだ。 〈Aを + もらう/そこの金をもらうよ〉 話し手Yが + (聞き手X + に/から + そこの金を) + もらう。 〈Aて + もらうのだ/そこの金をもらうんだ〉 聞き手Yが + (第三者X + に/から + そこの金を) + もらう + のだ。 つまり「メモリバンク」に照合していない「A + もらう」は、話し手の「 実際的直接的な意志行動」を表しているが、データ「そこの金をバッグに入れる」を「メモリバンク」に照合して、フィードバックした「A + もらうのだ」は、話し手の「間接的な意志行動」を表し、実際の行動は、聞き手に反映されることを示している。 使い分けワンポイント ⑯「もらおう (か)」が示す勧誘と申し出と命令 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照「『~(よ)う』の使い方-話し手の意志/4.命令や要求」 「YがXに + A + もらおう」は、YがXに「Aを要求しよう」という意味になり、Xが第三者で、Yが「単数の話し手/私」なら、XにAを要求する「話し手の意志」か、聞き手の代わりにAを要求する「話し手の申し出」を表し、Yが「複数の話し手/私たち」の場合は、一緒にAを要求するよう聞き手に働きかける「勧誘」を表す。 「YがXに + A + もらおうか」は、Xが第三者で、Yが「単数の話し手/私」なら、聞き手の代わりに、Aを要求するかどうか「聞き手の意向」を尋ねる「話し手の申し出」 <724> 9. 授受動詞と敬語 になり、Yが「複数の話し手/私たち」の場合は、聞き手への「勧誘」の問いかけになる。ただ最後5例のように、Xが聞き手になり、直接「Aてもらおう (か)」が聞き手に向けられると、命令になってしまい、しかも非常に傲慢に響くので、聞き手「銀行員/秘書/生徒/工事現場の従業員/容疑者」が、話し手「ギャング/社長/小学校の先生/現場監督/年配の刑事」の命令に従う義務や任務のある場合にしか使うことができない。 使い分けワンポイント ⑰ 未実現「もらう(のだ)+(か)」が示す希望と意志 ぼく、お母さんに、自転車、買って + もらう/もらうんだ。 →お母さんに、自転車、買って + もらうか/もらうのか。 部長は課長に、仕事を手伝って + もらいます/もらうんです + (か)。 来年の全国大会も、優勝旗を + もらいます/もらうんです + (か)。 お兄さんはお父さんに、時計を + もらいます/もらうんです + (か)。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』と『~のか』の違い」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/話し手の意志と第三者の意志」を参照 Xが「第三者」の場合、命令を表さない〈基準時現在未実現〉の「YがXに + A + もらう(か/のだ/のか)」は、Yによって、次のように変化する。 ▶本節「使い分け $ ^{13} $~ $ ^{16} $」を参照 「Y=話し手」の場合:〈情意表出文〉として機能する 第三者Xに、Aを求める話し手の「希望/意志」を表す 「Y=聞き手」の場合:情意表出の〈問いかけ文〉として機能する 第三者Xに、Aを求める「希望/意志」の有無を問いかける 「Y=第三者」の場合:〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉として機能する〈述べ立て文〉の場合、Aを第三者Xに求める「希望/意志」が第三者Yにあることを話し手が断言する〈問いかけ文〉の場合、Aを第三者Xに求める「希望/意志」が第三者Yにあるかどうかの判断を、聞き手に委ねる 「もらうの+(だ/か)」と「もらう+(か)」の違いは、XにAを求めるYの「希望/意志」が「メモリバンク」に照合「されたか、されていないか」である。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照したがって、後者「もらう+(か)」は、Yの第三者Xに対する「実際的直接的な意志行動」を表し、Xに対する要求、悪くいえば脅迫になることがあり、時と場合によっては、不自然に響くことがある。 例えば「自転車を買ってもらう」は、まるで銀行ギャングのように、話し手が第三者を脅迫して「自転車を買わせる」かのような迫力になることがあり、また「自転車を買ってもらうか」は、聞き手が第三者を脅迫して「自転車を買わせる」ように、話し手が聞き手を「誘いこむ/そそのかす」響きになることがある。 しかし、前者「もらうの + (だ/か)」は、Yの第三者Xに対する「間接的な意志行 <725> 動」を表し、XにAを求めるYの「希望/意志」を、話し手が再確認していることになる。例えば「自転車を買ってもらうのだ」なら、記憶として「メモリバンク」にインプットされていたデータ「自転車を買ってもらう」を照合して、話し手が自分の「希望/意志」に変化のないことを確認していることになるし、また「買ってもらうのか」なら、同様に、聞き手の「希望/意志」を確認していることになって、穏やかな言い方になるので、実際の会話では、こちらのほうがよく使われる。 ⑱ 未実現「もらう(のだ)+(か)」が示すタブー ×(私/あなた + が) あなた/私 + に、車を貸して/荷物を預かって/パソコンを買って/カタログを + もらいます/もらうんです + (か)。 えっ? 本当に (私/あなた + が) あなた/私 + に、車を貸して/荷物を預かって/パソコンを買って/カタログを + もらうんですか。 「使い分け⑰」に示したように「YがXに + A + もらう (か/のだ/のか)」は、命令を表さない〈基準時現在未実現〉の場合、話し手と聞き手の授受行為には使えない。例えば「私はあなたに自転車を買ってもらう + (か/のだ/のか)」や「あなたは私に自転車を買ってもらう + (か/のだ/のか)」は、もし話し手が聞き手に「命令」しているのでなければ、YがXから「恩義を買う」ことを表しており、まるで「あとで恩返しをするから、私はあなたに自転車を買ってほしい/私はあなたに自転車を買ってほしいが、あとでどんな恩返しをすることになるか」や「あとで恩返しをするつもりで、あなたは私に自転車を買わせたい/あなたは私に自転車を買わせて、あとでどんな恩返しをするつもりか」といった裏の会話をしていることになる。 つまり、聞き手から恩義を買う「私があなたに + A + もらう」は、聞き手に「A の見返りとなる恩返し」をほのめかして、聞き手を「卑しめた」非常に失礼な言い方になるし、また、聞き手に恩義を買わせる「あなたは私に + A + もらう」も、聞き手の「恩返しを当てにした」非常に失礼な言い方になり、こうした特殊な場合を除けば、聞き手と話し手の授受行為に「義理の貸し借り」はしないという「ルール/タブー」が存在している。 ただ「A + もらうのか/本当におまえに車を貸してもらうのか!?」が、驚きの入り混じった「疑い」を表す場合は、話し手と聞き手との授受行為にも使うことができる。しかし「A + もらうか」は「問いかけ/確認/納得」を表すので、使うことができない。 〈※私があなたに+A+もらう〉 (私に) + 車を貸して/荷物を預かって/パソコンを買って/カタログを + くれ/ください/いただけ + ます/ません + か。 〈×あなたが私に+A+もらう〉 (あなたに) + 車をお貸しします/お荷物をお預かりします。 お荷物をお預けください。 ご自由に + 車/パソコン/カタログ + をお使いください。 ご自由にカタログをお持ちください。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/依頼『くれ』系バリエーション」を参照 <726> 授受行為の「タブー」を避けるために、上のような「義理の貸し借り」を示さない言い方、特に「感謝」を表すだけの「くれ/くれるか」系の「依頼」がよく使われる。 使い分けワンポイント ぼく、お母さんに、自転車、買って + もらった (んだ)。 →お母さんに、自転車を買って + もらいましたか/もらったんですか。 部長は課長に、仕事を手伝って + もらった (か/んだ/のか)。 バレンタインに、こんな義理チョコ、もらっちゃって、ありがた迷惑だよね。来月のホワイトデー、どんなお返しがいいと思う? (私/あなた + が) あなた/私 + に、車を貸して/荷物を預かって/パソコンを買って/カタログを + もらいました/もらったのです + (か)。 いつ子どもを、プールに連れていってもらった? (問いかけ/疑い) →いつ子どもを、プールに連れていってもらったの? (同上 + 反語) いったい誰に、あのとき助けてもらったんだ。(疑い/反語) クラスメートから、恐ろしいイジワルメールをもらった。 〈基準時現在以前既実現〉「YがXに + A + もらった (か/のだ/のか)」は、XとYとの授受行為が成立して、すでに過去のものになったことを表しているので、Aがプラス評価になるという「使い分け⑪」の制限や、話し手と聞き手の授受行為という「使い分け⑧」の「タブー」は消えてしまう。 というのは、〈基準時現在未実現〉「YがXに + A + もらう(のだ)」なら、Yはわざわざマイナス評価のAを求めないし、また「義理の貸し借り」をするために、わざわざAの授受行為をする人はいないが、成立してしまった授受行為なら、結果として、マイナス評価のものを受けとった可能性があり、知らないうちに「義理の貸し借り」ができていた可能性も存在するからである。 ただ、話し手と聞き手の授受行為は、ときに「義理の貸し借り」の清算を求めている感じにもなるので、次のような言い方のほうが無難かもしれない。 〈私があなたに + A + もらった〉 車を貸して/(私の)荷物を預かって/パソコンを買って/カタログを + くれた。 〈あなたが私に + A + もらった〉 (あなたに) 車をお貸し/(あなたの) お荷物をお預かり + しました。 お荷物を + 預けました/お預けになりました。 私の + 車/パソコン/カタログ + を + 使いました/お使いになりました。 また「もらった + (か)」と「もらった + のだ/のか」は、すでに起こった授受行為なので、例えばデータ「自転車をもらった」は、どちらの場合でも、記憶として「メモリバンク」にインプットされているので、同じ使い方になる。 ただ後者に、話し手の「~のだ:合図」や「~のか:確認/疑い」を示す気持ちが濃厚になるだけである。 今度の誕生日、自転車、買って+もらった+の/の? 上のような「買ってもらったか」の場合、もし「メモリバンク」に、第三者の「お父 <727> さん」を脅迫して「自転車を買わせる」が記憶されていれば、その結果を確認していることも考えられる。 使い分けワンポイント 音大を目指す妹は、お父さんに、バイオリンを買って+もらうようだ/もらうつもりだ/もらおうと思っている/もらおうとする/もらいたいと思っている。 「もらう」は、これまで「使い分け⑪~⑧」にあげた例でも示したように、意志動詞である。 「使い分け⑧」の無意志動詞「くれる」が〈基準時現在未実現〉で使われる「XがHに + A名詞を/動詞て + くれる」は、HがXの「約束を期待する」だけで、Xの「Aを与える意志」も、Hの「Aを求める意志」も示さないので、Hの立場からすれば、Xの授与行為は「無償行為」と見なされている。 しかし、YがXに対して、Aの授与を求める意志を鮮明に示す〈基準時現在未実現〉の「YがXに + A名詞を/動詞て + もらう」は、同じXの授与行為を、Yは「有償行為」と見なしている。 したがって「XがHに + A + くれる」は、Hに話し手側という制限があるだけで、Xには人称制限どころか、意志のない無生物でもくることができるが、XとYが授受の意志を示す「YがXに + A + もらう」は、YとXに、人称制限はないが、意志をもつ存在という制限がある。 「XがHに + A + くれる」は、Xの「無償行為」に対する話し手の「感謝/迷惑」の気持ちを表し、Aに対する評価はプラスマイナスの両方になるが、逆に、Yの求めるプラスのAを示す「YがXに + A + もらう」は、Xの「有償行為」に対するYの「恩義」が示されることになる。 これをイメージすると、無意志動詞「くれる」は、XがAを手のひらに載せようとするのを、一方では「のどから手の出るほどほしい」気持ちを抑え、右手を横にふりながら突き出して、謙虚に断る姿勢を示し、もう一方では「うれしさを抑えきれず」に、Aが与えられれば「感謝は惜しまない」と思いながら、腰にあてた左手を広げて、Xを手招きしているHが浮かんでくる。 これに対して、意志動詞「もらう」は、Aを手にしているXのほうに身を乗りだし、Xの手のひらから、さっとAを「奪いとる」かのようなYのイメージを思い浮かべてしまう。 使い分けワンポイント ②「もらう」の人称制限と使い方のまとめ 人称制限を中心に、複雑にふるまう意志動詞「もらう」の使い方をまとめてみると、およそ次頁のようになる。 なお「I/Ⅱ/Ⅲ」は、それぞれ「一人称:私(たち)/二人称:あなた(たち)/三人称:第三者(たち)」を示している。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のか/『~のだ』の使い方」を参照 ▶本節「使い分け⑪~⑳」を参照 <728> 9. 授受動詞と敬語 基準時現在未実現「YがXに+A+もらう」 有意志のⅢ 第三者YがXから「Aを求める」意志や希望+義理を買う (注) 第三者との授受行為では「A + もらうのだ」がよく使われ「聞き手に対する『合図』/第三者の『意志や希望』」を表す。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/話し手の意志と第三者の意志」を参照 基準時現在未実現「YがXに+A+もらうのだ/もらえ」 有意志のⅢ Yとは異なる有意志のⅢ Ⅲへの要求+Ⅰが義理を買う 基準時現在未実現「YがXに+A+もらおう(か)」 Yとは異なる有意志のⅢ 有意志のⅢ 申し出+勧誘「私たち」 (注) ~か:「Y = I / X = Ⅲ」の場合、聞き手の意向を尋ねる話し手の「申し出 + 勧誘」 基準時現在未実現「YがXに + A + もらう + か/のか」 Yとは異なる有意志のⅢ Ⅲへの要求+義理を買う 有意志のⅢ 第三者YがXから「Aを求める」意志や希望+義理を買う (注)~か:問いかけ + 確認 + 納得/~のか:問いかけ + 確認 + 納得 + 疑い 基準時現在以前既実現「YがXに+A+もらった+(か/のだ/のか)」 Yとは異なる有意志のⅢ 有意志のⅢ (注)~のだ:授受行為の実現+合図 (注)~か: 問いかけ + 確認 + 納得 + 疑い/~のか: 問いかけ + 確認 + 納得 + 疑い + 反語 <729> 使い分けワンポイント ②② 授受動詞の為手と受け手 父 + が/に、マウンテンバイクを買って + くれました/もらいました。 兄 + が/に、友だちを紹介して + くれます/もらいます。 お母さん + が/に、犬を散歩させて + くれました/もらいました。 授受動詞の「為手」と「受け手」というのは、例えば「XがHに + Aて + くれる」の場合なら、XがHにAを与えるという意味で「授与動詞」となる「くれる」という動作を行なう人、上の例ではX「父/兄/お母さん」が為手になる。逆に、授与動詞「くれる」を行なう為手Xの目的となる人、「H=話し手」が「受け手」になる。 「H≠話し手」の場合、Hが授与動詞「くれる」の「受け手」ではなく、動詞Aの「受けとり手/受け手」になることについては、のちほど「使い分け②」で述べる「授与動詞『くれる』の受け手『私』」を参照のこと。 つまり「くれる」という授与動詞は、Aという授与の対象動作が、為手から受け手へと「外」に向かって移動していき、受け手のところで実現することを表している。 ただ、非常に紛らわしいのは、受け手が、話し手と〈ウチ〉関係の人ではなく、話し手「私」になる場合、Aが「私/内」に向かってくると錯覚し、授与動詞「くれる」を、授与を受ける受納動詞と考えてしまうことである。しかし重要なのは、為手を中心とした方向であり、為手を中心とした授受行為をイメージする必要がある。 「YがX + に/から + Aてもらう」の場合は、YがXに授与を求めるという意味で「授与要請動詞」となる「もらう」という動作を行なう人、上の例ではY「話し手」が為手になり、授与要請動詞「もらう」を行なう為手Yの目的となる人、上の例ではX「父/兄/お母さん」が「受け手」である。 つまり「もらう」という授与要請動詞は、Aという授与の対象動作が、受け手から為手へと「内」に向かって移動していき、為手のところで実現することを表している。 これは、Yが話し手である場合に限って、授与動詞「くれる」と同じ授受行為を表しているので、授与要請動詞「もらう」を「受納動詞」と呼んでいいかもしれない。しかし、この「もらう」は意志動詞で、いわばYが積極的にXからAを「奪いとる」イメージがあるので、受身的な「受納」という言葉を使うことができない。 受身的な「受納」がぴったりする授与動詞「くれる」のほうを、むしろ「受納動詞」と呼びたくなるが、何度も繰り返していうことになるが、この「くれる」は、話し手が為手になってAを受けることを表していないし、受納動詞に相当する「授受動詞」は日本語にはなく、あるのは「受ける/受けとる」といった言葉だけである。 「Xが話し手に + Aを + くれる」と「話し手がXから + Aを + 受ける」は、同じ授受内容を表しているが、話し手の立場、つまり「為手」になるか「受け手」になるかという視点が逆になって、まったく違っていることになる。 「受ける」を授受動詞と呼ばないのは、動詞Aを受けた「Aて受ける:ボールを走っていって受ける」が授受行為を表せないからである。 使い分けワンポイント 父が弟に/弟は父に+マウンテンバイクを買って+くれました/もらいました。 兄が弟に/弟は兄に+友だちを紹介して+くれます/もらいます。 <730> お母さんが、弟 + の/×に + 犬を散歩させて + くれました。→弟は、お母さんに、犬を散歩させて + もらいました。 授受行為の「与え手」と「受けとり手」とは、例えば「Aする/マウンテンバイクを買う/友だちを紹介する/犬を散歩させる」人、つまり動作Aを与える人「父/兄/お母さん」が「与え手」になり、動作Aを受けとる人「弟」が「受けとり手」になる。 この「与え手/受けとり手」と、先ほど「使い分け②」で述べた「為手/受け手」との関係を示すと、次のようになる。 授与動詞「XがHに + Aて + くれる」 X = 為手 / 与え手 → H = 受け手 / 受けとり手 授与要請動詞「YがX + に / から + Aてもらう」 Y = 為手 / 受けとり手 ← X = 受け手 / 与え手 つまり「くれる」と「もらう」は、もし「H=Y=話し手側」とすると、まるで鏡に映したかのように対照的で、実像の「くれる」なら、鏡から話し手「私」に向かって自動的に移動してくるAが、鏡の向こう側の虚像「もらう」では、話し手「私」が、鏡からAを奪っているかのように見える。 使い分けワンポイント ② 授受対象の移動と方向 「使い分け②」の矢印「→/←」は、Aの移動する方向を表しているが、これを「使い分け②」の「為手/受け手」または「使い分け②」の「与え手/受けとり手」との関係で示すと、次のようになる。 授受の方向/外向き:為手 → 受け手 内向き:受け手 → 為手 Aの移動方向:与え手 → 受けとり手 つまり、矢印は「与え手→A→受けとり手」を示しており、為手と与え手とが一致する「くれる」の場合が「外向き」になり、逆に、為手が受けとり手になる「もらう」の場合が「内向き」になる。 授与動詞「XがHに + Aて + くれる」と、授与要請動詞「YがX + に/から + Aてもらう」とが同じ授受行為を表す場合、必ず「H=Y=話し手側=受けとり手」になっているが、話し手「私」の気分「私は内」にかかわりなく、前者「私に + Aてくれる」のAの移動は「外向き」になり、後者「私が + Aてもらう」のAの移動は「内向き」になる。 ②5「くれる」文の「受けとり手 + に/の/を/と」 父が、弟に、マウンテンバイクを買ってくれました。 お人形さんが、赤ちゃんに、歌を歌ってくれている。 しばらく落ち込んでいたが、空に輝く星が勇気を (私に) 与えてくれた。 友だちが、(私に) バースデーカードをくれました。 <731> 父が、弟ではなく私に、マウンテンバイクを買ってくれたのです。 ▶本文 1.1.「主題/提題/省略できない双方既知情報」を参照 「XがHに + A + くれる」のHは、最初2例のように、Hが「話し手」でない「弟/赤ちゃん」などの場合は、省略できないが、話し手「私」か、話し手を含む「特定多数/不特定多数」の「私たち」の場合、最後の例のような「対比」となった「私/私たち」でなければ、省略されてしまう。 お父さんが + (僕 + の/×に) + 宿題を手伝って/自転車を修理して/犬を散歩させて/同級生を空港まで迎えに行って + くれる。 兄が、引越しする友だち + を/×に + 手伝ってくれるそうです。 友だちが、妹 + の/×に + 荷物を持ってくれました。 お人形さんが、赤ちゃん + と/×に + 遊んでくれている。 彼女が、おじさん + と/×に + お見合いしてくれたらしい。 隣のおじいさんが、(×私たちに)ご近所の植木を大事にしてくれる。 今日はじめて、(×私たちに) やっと(×私たちに) 娘が(私たちに) 先生は涼しくなるな。 かいてくれたんだ。 やっと(×私たちに)雨が降ってくれたな。これで少しは涼しくなるな。 娘が(私たちに)料理してくれた?ずいぶん(×私たちに)散らかしてくれたんだ。 先生が(×私たちに)李さんを叱ってくれた。 上のようなHには、動詞「くれる」の「受け手」で、授受対象Aの「受けとり手」であることを示す「H + に」を使うことができない。これは、Hが、動詞「くれる」と呼応しているのではなく、動詞Aと結びついていることを示している。 つまり「XがHに + A + くれる」は、Hが、授与動詞「くれる」が求めた「受け手」ではなく、動詞A自身が求めた動詞Aの「受け手」であり、それゆえに動詞Aによっては「H + の/を/と」が可能になることを示している。 父が+マウンテンバイクを+弟/私+に+買って+くれました。 お人形さんが+歌を赤ちゃんに歌って+くれている。 したがって、最初にあげた例の「H + に」は、すべて動詞A「買う/歌う」が求めたものであり、動詞Aの「受け手」になっていることがわかる。無意志授与動詞「くれる」が求めている「受け手」は、明示されている「弟/赤ちゃん」ではなく、陰に隠れている「話し手/私」自身である。 上の例で「弟」が「私」にかわった場合、もちろん「私」は省略されてしまうが、話し手「私」は、2つの動詞「くれる/A」の「受け手」を兼ねることになる。 これは、のちほど「使い分け③」で述べる「YがXに + A + もらう」のXが、Aの「与え手」となって、授受対象の移動方向「Y←X」を示す「X + から」でも表すことができ、動詞Aよりも、むしろ、授与要請動詞「もらう」と緊密に結びついているのとは、大きく異なっている。 使い分けワンポイント 26 「くれる」文の構造と「受け手/受けとり手」 友だちが、バーステーカードをくれたので、(私は) とてもうれしい。 →{友だちがバーステーカードを送って} くれたので、とてもうれしい。 {父が弟にマウンテンバイクを買って} くれて、(私は) うれしい。 うれしいことに {お父さんが僕の宿題を手伝って} くれる。 <732> 僕に代わって {お父さんが犬を散歩させて} くれて、助かった。 僕に代わって {兄が空港まで同級生を迎えに行って} くれた。 {友だちが妹の (ために) 荷物を持って} くれて、彼に感謝している。 有り難いことに {お人形さんが赤ちゃんに歌を歌って} くれている。 助かることには {お人形さんが赤ちゃんと遊んで} くれている。 有り難いことに {彼女がおじさんとお見合いして} くれたらしい。 有り難いことに {隣のおじいさんが近所の植木を大事にして} くれる。 幸せなことに {今日はじめて赤ちゃんが歩いて} くれたわよ。 *赤ちゃんが私たちのために {今日はじめて歩いて} くれたわよ。 幸いにも、やっと {雨が降って} くれた。これで少しは涼しくなるな。 私たちのために {娘が料理して} くれたのか。困ったことに/残念なことに/運悪く/不幸にも + {ずいぶん散らかして} くれたもんだ。 私たち + のために/に代わって {先生が李さんを叱って} くれた。 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因・理由/モーダス表現」の次を参照「~て・~なんて・~とは + 感情/感情語 + ことには」 「使い分け $ ^{25} $」に示した「Xが+受けとり手H+に/の/を/と+A+くれる」の使い分けは、次のようになっている。 〈A=プラス評価のもの〉 (私/私たち+が)うれしいことには+\{Xが+H+A\}+\<れる X=意志のあるもの (私/私たち + のために/に代わって) + {Xが + H + A} + くれる X=意志のないもの (私/私たち + に + 神が) + {Xが + H + A} + <れる A=マイナス評価のもの〉 (私/私たち+が)困ったことには + {Xが + H + A} + くれる つまり、授与動詞「くれる」が「Xが+受けとり手H+に/の/を/と+名詞Aを/動詞Aて」を包みこむような構造をしており、Aが「無償」として与えられたものなので、話し手はAの与え手Xを、あたかも「神/神の代理人」であるかのようにとらえ、無意志動詞「くれる」が包みこんだ動作を、ただ「感謝/迷惑」を示しながら、受けているにすぎない。 Aが「大事にする/歩く/雨が降る/散らかす」など、のちほど「使い分け⑳」で述べる「動詞自身が受け手をもたない」〈受け手不在動詞〉の場合、つまり、H「Aの受けとり手/動詞Aの受け手」の存在しない場合でも、上のように「X + A + くれる」が成り立つということは、逆に、Hが「くれる」の「受け手」でないことを物語っている。 使い分けワンポイント ②授与動詞「くれる」の受け手「私」 うれしいことに {友だちが + 弟/同僚/課長/先生 + に DVD を売って (買って) /の DVD を売って (買って) /に携帯電話を貸して (借りて) /に中国語を教えて (教わって) / <733> に父のメッセージを伝えて/のメッセージを父に伝えて/の荷物を預かって/の荷物をロッカーに預けて/の花束を恋人に届けて/の車を修理して/を手伝って/とカラオケに行って}くれた。 →うれしいことに {友だちが+DVDを売って(買って)/携帯電話を貸して(借りて)/中国語を教えて(教わって)/メッセージを(父)に伝えて/荷物を預かって/荷物をロッカーに預けて/メッセージを父に伝えて/車を修理して/手伝って/カラオケに行って}〈れました。 「使い分け②⑥」にも示したが、上の例は「XがHに + A + くれる」のHが、話し手の〈ウチ〉関係であっても、また話し手であっても、Aの「受けとり手」であり、授与動詞「くれる」の「受け手」が、無意志動詞「くれる」によって「感謝/迷惑」を示す「話し手」であることを示している。 使い分けワンポイント 28 「~てくれる」文の作り方 友だちが、バーステーカードを + 与えた/あげた/くれた。 父が弟にマウンテンバイクを + 買う/買った。 →父が弟にマウンテンバイクを + 買って + くれます/くれました。 友だちが妹の荷物を + 持ちました→持ってくれました。 隣のおじいさんが、ご近所の植木を大事に + する→してくれる。 先生が李さんを + 叱った→叱ってくれた。 兄が弟とプールへ泳ぎに + 行く→行ってくれる。 やっと雨が + 降った→降ってくれた。これで少しは涼しくなるな。 娘が台所を + ずいぶん + 散らかした→散らかしてくれた + もんだな。 「使い分け $ ^{26} $」で構造を示したが、話し手がHの場合、Hがなくても成立する「{Xが+(H + に/の/を/と)+ 動詞A} + てくれる」文というのは、話し手が「XがH+に/の/を/と + 動詞A」に、無意志動詞「くれる」の示す「感謝/迷惑」の気持ちをこめたものである。 ということは、条件「X=すべての第三者」をもつ「Xが + (H) + Aてくれる」文は、すべての「Xが + 動詞A」で表される〈述べ立て文/娘が散らかす〉のAを「~て形/散らかして」にして、話し手の気持ち「感謝/迷惑」をこめる「くれる」をつけさえすれば「出来上がり」といっても過言でないほど、単純な構造をしている。 使い分けワンポイント ②「~てくれる」脱落エラー 父は、私の誕生日にパソコンを + 買ってくれました/※買いました。 田中さんが (私の代わりに)、書類のコピーを + してくれました/※しました。 日本人の同僚は、私の間違った日本語を + 直してくれません/※直しません。 あの人は、王さんが困っているのに、手伝ってくれません/※手伝いません。 隣のおじいさんが、ご近所の植木を大事に + してくれます/※します。 娘は料理をすると、台所を + 散らかす/散らかしてくれる + んです。 はじめて赤ちゃんが + 歩いた/歩いてくれた。 やっと雨が + 降った/降ってくれた。これで少しは涼しくなるな。 日本語学習者は、もし母語に話し手の「感謝/迷惑」の気持ちを表す「~てくれる」 <734> 9. 授受動詞と敬語 に相当する言葉がなければ、容易に「~てくれる」を落としてしまい、特に「感謝」の場合は、日本人を不愉快にさせることがある。先ほど「使い分け $ ^{28} $」に示したように、この「~てくれる」をつけるのは非常に簡単なので、コミュニケーションを円滑にするためにも、多めにつけることをお勧めしたい。 「Xが + (H + に/の/を/と) + Aてくれる」は、マイナス「迷惑」を表したり、第三者Xが意思を示さない生物や自然現象であったりする場合、Xに向かって、特に「感謝/迷惑」の気持ちを示す必要はないので、使っても使わなくても問題にはならないが、もし使えば、日本人の評価が数ランク上がるのではないかと思われる。 使い分けワンポイント ③0「もらう」文の「受け手/与え手+に/から」 忙しいので、(課長は) 田中さんに {書類のコピーをして} もらいます。→(課長は) 田中さんに {田中さんが書類のコピーをする} もらいます。→課長が忙しいとき、{田中さんが書類のコピーをして} くれます。 誕生日、(私は) 父 + に/から {(父が) パソコンを買う} もらいました。→誕生日、{父がパソコンを買って} (私に) くれました。 (あなたが) 彼/私 + に/から {(彼/私 + が) 車を貸す} もらったの? →{彼/×私+が車を貸して}くれたの? 李さんは日本人の同僚に{(同僚が)間違った日本語を直す}もらいません。 →{日本人の同僚は、李さんの間違った日本語を直して}くれません。 王さんは困っているのに、あの人に {(あの人が) 手伝う} もらえませんでした。 →{あの人は、困っている王さんを手伝って}くれませんでした。 バレンタインに、姪+に/から、義理チョコをもらった。 クラスメート + に/から、恐ろしいイジワルメールをもらった。→クラスメート + が、恐ろしいイジワルメールをくれた。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~は・~が/有標主格」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/意志動詞の否定」を参照 ▶本節「使い分け22~24」を参照 「使い分け $ ^{②③} $」でも述べたが、上の例は「Yが + X + に/から + A + もらう」のXが、授与要請動詞「もらう」の「受け手」であると同時に、授与対象となるAの「与え手」であることを示している。 「X + に」になる場合の「~に」は、動詞「もらう」の「受け手X」を受けると同時に、Aの「与え手X」を受けて、有標主格「~が」を兼ねていることがわかる。 一方「X + から」になる場合の「~から」は、動詞「もらう」の「受け手X」が、Aの「与え手X」であることを示し、Aが「与え手X『から』受けとり手Y」へと移動することを表している。 「Y + が」の「~が」は、授与要請動詞「もらう」の「為手Y」を受けると同時に、先ほど「使い分け②」で示した「くれる」文に現れる「H + に/の/を/と」の「~に/~の/~を/~と」を兼ねていることがわかる。これはAの「受けとり手」がYであることを示している。 <735> なお、意志動詞「もらう」の未実現の否定「もらわない」は、ほとんど「もらいたくない」と同じ意味になるので、無意志動詞「くれる」の〈基準時現在未実現〉の否定で、約束が実行されず、話し手の「落胆/がっかり」した気持ちを表す「くれない」とは、まったく異なるものである。 ▶「くれない」については、本節「使い分け④/未実現『くれる (のだ) + (か)』が示す第三者の約束」を参照 「くれない」とほぼ同じ意味を表すのは、Xに対する「要求が受け入れられない」という不可能を表し、Yの「落胆/がっかり」した気持ちを表す「もらえない」である。 使い分けワンポイント ③「~てもらう」と「~てほしい」 誕生日、(私は) 父にパソコンを買ってほしいと思っています。 →誕生日、(私は) 父に {父がパソコンを買う} ほしいと思っています。 (あなたが) 彼/私 + に {(彼/私 + が) 車を貸す} ほしかったの? (課長は) 田中さんに {(田中さんが) 書類のコピーをして} ほしいんです。 李さんは日本人の同僚に {(同僚が) 日本語を直して} ほしくありません。 王さんは、あの人に {(あの人が) 手伝って} ほしくなかった。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照「~たい・~ほしい/~てほしい・~てもらいたい」 上の例は、Yの「希望」を表す「YがXに + Aてほしい」が、先ほど「便い分け③』で示した「YがXに + Aてもらう」と同じ構造をしていることを示している。 つまり「X + に」の「~に」が、Yの「希望/ほしい」の「受け手X」と、Aの「与え手X」を受けて、有標主格「~が」や、主格を示す「~は」の機能をもっていることを表し、パラフレーズすると「Yは『XがAする』ことを希望する」ということになる。 ただ「YがXに + Aてほしい」と「YがXに + Aてもらう」が大きく異なるのは、文末が「~た形」になった場合で、前者「Aてほしかった」なら、〈基準時非実現〉となり、Xに対するYの希望が叶えられなかったことを表すが、後者「Aてもらった」なら、〈基準時現在既実現〉となり、Xに対するYの要求が実現したことを表す点である。 使い分けワンポイント ③②「~て+もらう/ほしい」と使役文 王さんがお酒を飲んだ。 王さんがお酒を飲んでくれた。 →[(私のために/迷惑なことに){王さんがお酒を+飲む/飲んで}<れた] (迷惑なことに、私は)王さんにお酒を飲まれた。(受身) →[(迷惑なことに、私は王さんに){王さんがお酒(む/飲ま}れた] (私は)王さんにお酒を飲ませた。(便役) →[(無理やり、私は王さんに){王さんがお酒を+飲む/飲ま} せた] (私は王さんに)お酒を飲んで+もらった/ほしかった。 →[(私は王さんに){王さんがお酒を+飲む/飲んで}+もらった/ほしかった] ▶本文 1.1.「主題/提題/~にあら(せら)れては」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~てほしい・~てもらいたい」を参照 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/依頼『もらえるか』系バリエーション」を参照 上の例は、どれも「王さんがお酒を飲む」ことを表し、どのように飲むかによって、 <736> 9. 授受動詞と敬語 バリエーション「~てくれる/~(ら)れる/~(さ)せる/~てもらう/~てほしい」ができるが、受身「Xに+A(ら)れる」と使役「Xに+A(さ)せる」の場合でも、先ほど「使い分け③③」で示した「Xに+Aて+もらう/ほしい」と同様、A「お酒を飲む」の主格「王さん」が、主格を受ける「~が」ではなく、与格を受ける「~に」で示され、受身「~(ら)れる」や使役「~(さ)せる」の「受け手」であることを表している。 つまり、この4つは、次のような共通した構造をしている。一緒に「XがHに + A てくれる」を添えておく。 〈XがHに + Aてくれる〉 ~てくれる:Xが「H + A」をして、話し手が「感謝/迷惑」する 〈YがXに+A+(ら)れる/(さ)せる/てもらう/てほしい〉 受身:XがAをして、Yが迷惑を受ける 使役:XがAをするように、Yが強制する~てもらう:XがAをするように、Yが要求する~てほしい:XがAをするように、Yが希望する 意味の上からは、使役と「Xに + Aて + もらう/ほしい」の関係が近いが、強制「彼/※あなた + に出張させる」を示す使役は、特に成人の聞き手に向けると、命令「出張しろ」と同じように、聞き手を軽蔑したかのように響くので、多くの場合「彼/あなた + に出張して + もらう/ほしい」が使われる。 ただ、欲求や欲望を表すことのある「~てほしい」や、直接的な要求「~てもらう」よりも、要求に希望を織り交ぜた「~てもらいたい」や、要求を依頼にかえた「~てもらえないか」のほうがよく使われる。 ナント王さんが、(私が) 誰かに紹介して + ほしいと思っていた/もらうつもりだった + 彼女を、李さんに紹介 + してしまった/してくれた。 →ナント王さんに、(私が) 誰かに紹介して + ほしいと思っていた/もらうつもりだった + 彼女を、李さんに紹介されてしまった。 「XがHに + Aてくれる」は、すでに「使い分け②」で述べたように、話し手Hの「感謝/迷惑」の気持ちを表すが、特に「迷惑」の場合、話し手Hの「迷惑」を表す受身「HがXに + A(ら)れる」と、非常に近い関係にある。 違いは、迷惑の「与え手X」が、前者では「Xが」で、後者では「Xに」で示される点であるが、通常の日常会話では、感謝のほうは「Aてくれる」が、迷惑のほうなら「A(ら)れる」が分担する。 ただ、受身の「迷惑」は、ときに「被害: 財布を盗まれた/交通事故で娘を殺された」を表し、迷惑の「Aてくれる/財布を盗んでくれる/交通事故で娘を殺してくれる」には置き換えることができない。つまり聞き手に強いインパクトを与える場合は「受身」が、ユーモアをまぜて、冗談半分に「迷惑」を伝える場合は「Aてくれる」がよく使われる。 <737> なお、のちほど「使い分け⑥」で述べるが、意志を表す「~てくれる」は、逆説的に「~やる」と同じ使われ方になり、他者に「呪い」を与える場合がある。 使い分けワンポイント ③④「~てもらう」と使役受身文 王さんにお酒を + 飲んでもらった/飲ませた。 →[私は王さんに(王さんがお酒を飲む)+ てもらう/(さ)せる] 王さんは(私に)お酒を飲まされた。 →[王さんは + {私が(王さんがお酒を飲む)+ さ} + れる] 使役受身文「XはYに + A + される/させられる」は、Xに対するYの「強制/要求/希望」を表す「使い分け③」で示した「YがXに + A + (さ)せる/てもらう/てほしい」のXを主格にして、Yから受けた「迷惑/被害」を「Xの立場」から表す場合に使われる。 [Xは + {Yが + (XがAをする) + (さ) せる} + (ら) れる] 構造は上のように、かなり複雑であるが、左端、つまり左の一番外側の「X/王さん」が、右端の「受身/迷惑/~(ら)れる」と呼応し、左から2番目の「Y/私」が、右から2番目の「使役/強制/~(さ)せる」と手を結び、そして、真ん中の部分が括弧()でくくられ、Yの強制で迷惑を受ける「X/王さん」が「Aをする」構造になっている。 「YがXに + 動詞A + B (ら)れる/(さ)せる/てもらう/てほしい」は、Xが「Aすること」を、Yが「迷惑/強制/要求/希望」することなので、あたかも「外と外/内と内」とが結びつく比例式「Y:X=A:B⇔Y×B=X×A」と同じ関係になっている。これは「使役受身文」でも同様である。 使い分けワンポイント ③⑤「くれる」と「もらう」の互換性 彼は妹に本を貸してくれる ⇔ 妹は彼に本を貸してもらう 彼は (私に) 本を貸してくれる ⇔ (私が) 彼に本を貸してもらう 彼は (あなたに) 本を貸してくれるか ⇔ (あなたが) 彼に本を貸してもらうか ▶本節「使い分け⑩②」に示した「くれる/もらう」の「使い方のまとめ」を参照 「XがHに + Aてくれる」と「YがXに + Aてもらう」は、第三者同士の授受行為の場合や、〈述べ立て文〉で「X=第三者=意志のある人間/H=Y=話し手」になるか、〈問いかけ文〉で「X=第三者=意志のある人間/H=Y=聞き手」になる場合、〈基準時現在未実現〉でも〈基準時現在以前既実現〉でも互換性がある。 (あなたが) 本を貸してくれました (か) ⇔ (あなたに) 本を貸してもらいました (か) ×(私が) 本を貸してくれました (か) ⇔ ×(私に) 本を貸してもらいました (か) (あなたが) 本を貸してくれます (か) ⇔ ×(あなたに) 本を貸してもらいます (か) ×(私が) 本を貸してくれます (か) ⇔ ×(私に) 本を貸してもらいます (か) しかし実際の会話で、最もよく使われる話し手「私」と、聞き手「あなた」との授受行為の場合、対比でなければ「私/あなた」は省略されてしまうので、日本語学習者をとまどわせるものになる。 <738> 9. 授受動詞と敬語 上の例は、〈基準時現在以前既実現〉の授受行為、話し手がAの「受けとり手」で、聞き手がAの「与え手」の場合に限り、互換性のあることを示している。 自転車を貸してくれますか。(私に/依頼か聞き手の約束を期待する問いかけ) →自転車を貸してもらいますか。(彼に/第三者へ要請するかどうかの問いかけ) しかし〈基準時現在未実現〉の場合、たとえ書き換えることができても、意味が異なってしまう。 「私に + A てくれるか」は、聞き手に対する話し手の働きかけ「依頼」を表すが、これを「私に + A てもらうか」にかえると、すでに「使い分け⑧」で示したように、話し手が聞き手に義理を買わせる「タブー」になるため、第三者への要請「彼/彼女 + に + A てもらうか」を示していることになる。 ただ、この第三者に対して要請するかどうかの問いかけの場合も、話し手に対する要請でないのは明らかなので、第三者は、対比でない限り、明示されない。 へ(あなたが)目転車を貸してくれます。(不可: 聞き手の約束を予言できない)→(あなたに)自転車を貸してもらいます。(命令/強制: 特殊な場合だけ可能)×(あなたが)自転車を貸してくれるのだ。(不可: 聞き手の約束を予言できない)→(あなたが)自転車を貸してもらうのだ。(第三者へ要請するように命令) ×(あなたが)自転車を貸してくれよう。(無意志動詞:不可) →(あなたに)自転車を貸してもらおう。(意志動詞:命令/申し出/勧誘) ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~(よ)う』の使い方-話し手の意志/状況判断」を参照 「A + くれる/もらう」を使った話し手と聞き手の授受行為は、〈基準時現在未実現〉なら、上のようになり、話し手の「意志」を表す「もらう」の〈述べ立て文〉の場合、聞き手に向かうと、聞き手に働きかける「命令」になるが、これを、聞き手の「意志」が表せない「くれる」文にかえると、聞き手が「まだ約束していない約束」を期待しているようになって、不自然に響く。 もちろん、無意志動詞「くれる」に、意志を表す意志形「~(よ)う」を使うことはできない。ただ、無意志動詞につく意志形は「状況判断」を表すことができるが、かなり古めかしい書き言葉になってしまう。 使い分けワンポイント 36「くれる」と「もらう」の視点 「(私)/(あなた)/妹+は、彼に、自転車を貸してもらう+(か)」といった「YはXに+A+もらう」文は、XとYの授受行為、言い換えれば、X「第三者/彼」がY「私/あなた/妹」にAを与えるのを、Yが「希望/要求」することを表しているので、話し手の視点は、Yにおかれている。 しかし「使い分け⑫~⑭、⑱⑳」で示したように、強制的な「命令」でなければ、YはXの授与行為を「有償」と考え、Xに対してAの見返りに「恩に + 着る/報いる」気持ちのあることを示しているので、話し手はYに視点をおきながらも、XとYの授受行為は「相殺」可能なものと見なして、両者を対等に扱い、双方から「等距離」にある立場から、XとYの授受行為を見ている。 これはYが「聞き手/第三者」の場合はもちろん、たとえ「話し手」自身であっても <739> 同様で、XとYの授受行為を、将来への見通しも含め、冷静に見つめていることになる。ところがすでに「使い分け⑧⑳」で述べたように、「彼は + (私) / (あなた) / 妹 + に、自転車を貸してくれる + (か)」といった「XはHに + A + くれる」文は、XとHの授受行為、言い換えれば、X「第三者」がHにAを与えるのを、話し手が「期待」することを表し、話し手の視点は、Aの「与え手」であるXではなく、Xの授与行為を「無償」と考え、ただ「感謝」を示すだけの話し手自身におかれている。 いわばXを「主格/主役/主人公」に立てておきながら、H「自分と自分の身内」しか見ていない「自己中心的」な授受行為を表していることになる。 使い分けワンポイント ③7 意志動詞「あげる」 子ども/犬/赤ちゃん/花+に、小遣い/餌/ミルク/水+を+あげる(か/のだ/のか)/あげた(か/のだ/のか)/あげて/あげろ/あげよう(か)/あげたい(か/のだ/のか)/くれる/くれた。 先生は、王さんに京都の旅館を紹介して + あげました/くれました。 誕生日、お父さんがマウンテンバイクを買って + あげます/くれます。 父は同僚の外国の人を、京都に案内して + あげました/※くれました。 部長と北京に出張して + あげる/くれる/もらう + ね。 夕立が降って + くれた/※あげた + おかげで、少しは涼しくなったな。 ミツバチさんが、蜜を運んできて + くれる/△あげる。 あいつに仕事させると、部屋中、とっ散らかして + くれる/※あげる。 少し酒が入ると、人の悪口を言って + くれる/※あげる + んですよ。 け①~③.⑩~⑫ ▶本節「使い分け①~③、⑩~⑫、⑳」を参照 「XがYに + A + あげる」は、為手X「意志のあるもの」が、受け手Y「話し手以外のもの」にとって、プラスになるような授与対象Aを「与える/行なう」ことを表す場合に使われる。 つまり、話し手側への授与行為を表す「XがHに + A + くれる」と同様、授与動詞「あげる」の場合も、授与行為の「為手」と、Aの「与え手」がXになり、授与行為の「受け手」と、Aの「受けとり手」がYになって、それぞれ一致している。 「あげる」と「くれる」の違いをあげれば、次のようになる。比較のために「もらう」を添えておく。 動詞の種類 あげる 意志動詞 くれる 受け手/受けとり手 有意志者 授受对象 話し手以外 無意志動詞すべてのもの プラス 話し手/話し手側プラス/マイナス 動詞の種類 / 為手 / 受けとり手 受け手 / 与え手 授受対象 もらう 意志動詞 有意志者 有意志者 プラス 「あげる」と「くれる」が異なっているのは、動詞の種類と授受対象のほかに、授受 <740> 9. 授受動詞と敬語 動詞の「受け手」と、授受対象の「受けとり手」が、後者「くれる」では、それぞれ「話し手/受け手」と「話し手を含む話し手の〈ウチ〉関係/受けとり手」になり、前者「あげる」では、どちらも「話し手以外/Aが必要だと話し手が考える生物」になる点である。「あげる」と「もらう」の場合、両者は授受対象に関して対照的な関係にあり、前者の「Xが/為手/与え手」が、後者「もらう」の「Xに/受け手/与え手」になり、前者の「Yに/受け手/受けとり手」が、後者の「Yが/為手/受けとり手」になる。 したがって授受対象の移動方向は、前者が「外向き/為手=与え手→受けとり手=受け手」になるの対して、後者が「内向き/為手=受けとり手←与え手=受け手」になる。 あの本、友だちが読みたいといったから、貸して + あげた/※くれた。 その本、読みたいといったら、友だちが貸して + くれた/※あげた。 誕生日、お子さんに、自転車を買って + あげる/※くれる + のですか。 お父さんが、ディズニーランドへ連れてって + くれる/※あげる + の? スミスさんが、妹/※私 + に + 英語を教えて + あげます。 スミスさんが、あなたに + 英語を教えて + くれます/※あげます。 兄/課長 + が、スミスさんに日本語を教えて + あげます/くれます。 *ねえ、ねえ、今日、赤ちゃんが、(私たちのために) 歩いてあげたのよ。 △お人形さんが、赤ちゃんに、歌を歌ってあげています。 △犬が、打ったボールを探して、(お父さんに) もってきてあげるんだ。 *桜の花が、待ちかねた人々に、やっと咲きはじめてあげたらしいよ。 「使い分け③」に示したように「XがYに + A + あげる」は、〈述べ立て文〉で「Y ≠ 話し手」になり、これを〈問いかけ文〉にして「Y≠聞き手」になるという人称制限があるが、対照的な「YがXに + A + もらう」との違いを示すと、次のようになる。 有意志者/人称制限なし Aが必要だと話し手が考える生物 人称制限あり YがXに + A + もらう 有意志者/人称制限なし 有意志者 人称制限なし 「XがYに + A + あげる」のXは、もし「メルヘンの世界」なら「人形/犬」も可能になる。 A:あっ、雨ですね。傘を貸してあげましょう。 B:えっ?いえ、小雨ですから、濡れて行きます。 〈独り言/「貸してあげる」だって。懸着せがましい。誰があんたの傘なんか借りるもんですか。たとえ「借りてくれ」と言われたって借りてやらないから〉 上のA「傘」は、プラス評価のものであるが、先ほど「使い分け⑪⑫」に示した「もらう」文とは異なり、必ずしもYがAを「ほしい/必要としている」のではなく、話し手Xが「YにはAが必要だ」と判断したものである。 したがって、上のように、聞き手が必要でなければ、いくらAを「あげたくても、あげることができない」場合も存在する。 <741> 使い分けワンポイント 39「あげる/くれる」文の人間関係 友だちが、王さんの引越しを手伝って+あげる/くれる+んです。 友だちが、妹のパソコンを修理して+あげた/くれた+んです。 弟に、自転車を貸して+あげる/くれる/あげた/くれた+んですか。 「XがHに + A + くれる」のHに「話し手 + 話し手と〈ウチ〉関係」という制限があるのは、すでに「使い分け③」で述べたように、Hが第三者の場合、HのほうがXよりも話し手と「親しい/近しい」ことを表すためであるが、これを「XがYに + A + あげる」にかえると、XとYのどちらが「話し手と親しい関係にあるか」といったことは、表さなくなってしまう。 つまり「XがYに+A+あげる」の場合、話し手は、XとYから「等距離」の地点にスタンスをとり、ニュートラルな立場にあることを示している。 弟が、(私に)自転車を貸して + くれる/くれた/×あげる/×あげた。→弟が、(あなたに)自転車を貸して + くれる/くれた + んですか。△弟が、(あなたに)自転車を貸して + あげる/あげた + んですか。 しかし「Y/H=聞き手」となる〈問いかけ文〉の場合、たとえXが話し手と〈ウチ〉関係にある第三者「弟」であっても、話し手のニュートラルな立場を示す「弟があなたにあげる」よりも、上のような聞き手に親しみを見せる「弟があなたにくれる」のほうが多用されるのは、いわば聞き手に対する気遣いであり、常に聞き手との「和/一体化」をはかろうとする日本の風土に適した話し方になるからである。 使い分けワンポイント ④0「あげる/もらう」文の人間関係 この本を貸してあげるかわりに、あのDVDを貸してくれるか。 引っ越し、手伝ってあげたら、お礼に、商品券、もらっちゃった。 今度の通信簿がよかったら、夏休み、お父さんが、ディズニーランドへ連れてってあげるって。頑張って、勉強なさいね。 レポート、代わりに書いてあげたら、ご馳走でもしてくれるのか? お兄さんが、スミスさんに、日本語を教えてあげているので、スミスさんが、妹さんに英語を教えてあげているんですって。 「XがYに + A + あげる」は、上のように「YがXに + A + もらう」とは対照的に、XがYに、プラスのA「本を貸す/引越しを手伝う/いい成績をとる/レポートを書く/日本語を教える」を与える代わりに、Yに対して「DVD を貸す/商品券/ディズニーランドへ連れていく/ご馳走する/英語を教える」といった見返りを期待するという「義理の貸し借り」という人間関係が、XとYの間で成立することを表している。 つまり「使い分け⑫」に示したように「YがXに + A + もらう」と同様、この「XがYに + A + あげる」のAも、X「与え手」の「有償行為」である。 使い分けワンポイント ④「あげる」文が示す「恩義の押しつけ」 「使い分け④0」で述べたように「XがYに + A + あげる」も「YがXに + A + もらう」も、Aは、X「与え手」の「有償行為」を示しているが、後者「もらう」文の「有償行為」は「使い分け①②」に示した通り、Y「受けとり手」が進んでAを求めたもの <742> 9. 授受動詞と敬語 なので、Aの見返りとして、恩返しの対象となるものである。 しかし、前者「あげる」文の「有償行為」は、Yが「恩返しするとも何とも」保証していないのに、XがYの見返りを期待して、Yに押しつけるものである。 したがって、Yが対話現場にいない「第三者」なら、いくらYに「恩着せ/恩義の押しつけ」をしても、第三者は「そんな恩義など + もらわない/もらっていない」と文句や不満はいわないが、先ほど「使い分け③」に例を出しておいたように、聞き手なら「恩に着せられる」のを断る可能性がある。 使い分けワンポイント ④②「あげる」文の人称制限──Ⅱ人称「*あなたに」 「使い分け38④④④」に示したような「XがYに + A + あげる」の義理の押しつけは、XとYが「家族/仲間/同僚」といった親しい〈ウチ〉関係なら可能である。 この関係であれば、いわば「義理のやりとり」は常態であり、お互い「持ちつ持たれつ」義理が循環して、借りた義理は、いつか返せるときが巡ってくるが、そのほかの関係では、ほしくも持ちたくもない「義理を+買わされる/背負わされる」のは「真っ平だ/ご免こうむる」という気持ちになるので、特に親しい〈ウチ〉関係にはない「聞き手」には使えなくなる。 特に日本語学習者は、日本人の目には、いくら親しくしていても、あくまで〈ソト〉の人と映っているし、そういった意識を拭える日本人はいないか、もしいても、ごく少数なので、この「あげる」文は、日本語学習者にとっての「外国人=日本人」には向けないほうが無難である。 もし日本人が「外国人=日本語学習者」に「あげる」文を向けた場合、親しみを表しているのかもしれない。しかし、おそらく多くの場合は、外国人を「可愛いペット扱い:猫に餌をあげる/犬を散歩させてあげる」しているのではないかと考えられる。 使い分けワンポイント ④3「あげる」の本来の意味 本来「XがYに + A + 上げる」は、文字通り下にたつXが上にたつYに対して、いわば「Aを下から上へ上げる」行為、つまりXがYに敬意を示しながら、Aを捧げると同時に、Aの見返りが「上から下へと下される」ことを期待する授与行為を表したが、現在では、見返りだけを期待して、敬意を示さなくなり、犬に餌や花に水を「あげる」というレベルにまで「下がった/落ちた」言い方になっている。 「X≤Y」の関係、つまりYが、Xと等しい〈ウチ〉関係にあるか、上や〈ソト/ヨソ〉であれば、XはYに敬意を示さないで、見返り「恩返し/恩義に報われること」だけを期待するという「近しさ/なれなれしさ/厚かましさ/図々しさ」を表すことになるが、犬や花のように「X>Y」の関係でも、見返り「言うことを聞く/寂しさを慰める」を求めていることになる。 この傘を + 貸そう/貸しましょう/お貸ししましょう/△貸してあげよう/△貸してあげましょう/※お貸ししてあげましょう。 →この傘を + 使ってくれ/使ってください/お使いください。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/『くれ』系バリエーション」を参照 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/勧めと助言の『~てください』を参照 <743> ーてくれる・ーてもらう したがって、聞き手との関係では、聞き手に恩を着せる「XがYに + A + あげる」よりも、話し手の「申し出」を表す「A + (よ)う」や、XがAを「無償」で、Hの手のひらに「下ろす」という意味の「下される」からきた「XがHに + A + くれる」が使われ、聞き手に対し「見返り/恩返し」を気にせず、自由に「Aてくれ」のバリエーションを使った「依頼/勧め」のほうが好まれる。 ④「あげる」の人称制限と使い方のまとめ 「使い分け②」に示した意志動詞「もらう」の使い方を参考にして、先ほどから「使い分け③~④」で述べてきた意志動詞「あげる」の使い方をまとめてみると、およそ次のようになる。なお「I/Ⅱ/Ⅲ」は、それぞれ「一人称: 私(たち)/二人称: あなた(たち)/三人称: 第三者(たち)」を示している。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のか/『~のだ』の使い方」を参照 基準時現在未実現「XがYに + A + あげる」 親しい〈ウチ〉関係 Aが必要だと話し手が考える生物 Ⅲへの授与+義理を売る 基準時現在未実現「XがYに+A+あげるのだ/あげろ」 Aが必要だと話し手が考える生物 IIへの命令+Ⅰが義理を売る 基準時現在未実現「XがYに+A+あげよう(か)」 Aが必要だと話し手が考える生物 親しい〈ウチ〉関係 有意志のⅢ 申し出+勧誘「私たち」 基準時現在未実現「XがYに+A+あげる+か/のか」 Aが必要だと話し手が考える生物 有意志のⅢ 親しい〈ウチ〉関係Ⅲへの授与+義理を売る (注)~か:問いかけ + 確認 + 納得/~のか:問いかけ + 確認 + 納得 + 疑い <744> 9. 授受動詞と敬語 基準時現在以前既実現「XがYに + A + あげた + (か/のだ/のか)」 (注)~のだ:授受行為の実現+合図 (注)~か: 問いかけ + 確認 + 納得 + 疑い/~のか: 問いかけ + 確認 + 納得 + 疑い + 反語「あげる」も「もらう」も意志動詞なので、授受の方向が異なるだけで、同じ使い方になるが、前者「あげる」の人称制限「Y≠話し手」または「Y=聞き手=親しい〈ウチ〉関係」のため、両者は、第三者との授受行為で対応を見せるだけである。 使い分けワンポイント 3つの授受動詞——人称制限のまとめ 「A + あげる/くれる/もらう」の人称制限をまとめておくと、およそ次のようになる。 ▶本節「使い分け⑩②④」に示した3つの「使い方のまとめ」を参照 〈XがYに+A+あげる〉 X=意思表示できる人間/Y=Aが必要だと話し手が考える生物 〈XがHに + A + くれる〉 X = 「人間~自然」のすべて/H=話し手 + 話し手と〈ウチ〉関係の生物 〈YがXに + A + もらう〉 Y = X = 意思表示できる人間 使い分けワンポイント ④6 「あげる」文の「受け手/受けとり手 + に」 友だちが、バースデーカードをくれたので、(私は)とてもうれしい。 →友だちが、妹にバースデーカードをあげた。×(私は)とてもうれしい。 <745> {友だちがバースデーカードを送って}くれたので、とてもうれしい。 →友だちが、妹にバースデーカードを送ってあげた。×とてもうれしい。 うれしいことに{お父さんが僕の宿題を手伝って}くれる。 ×うれしいことに、お父さんが僕のために宿題を手伝ってあげる。 {友だちが妹の(ために)荷物を持って}くれて、彼に感謝している。 →友だちが、(親切にも)妹のために荷物を持ってあげた。 ×有り難いことに、お人形さんが{赤ちゃんに歌を歌ってあげて}いる。 上の例は、話し手が、授与動詞「くれる」の「受け手」として、Aの「受けとり手」Hを代表して「感謝/迷惑」の気持ちを示す「使い分け $ ^{26} $」にあげた「XがHに+A+くれる」の例を、XのYに対する「使い分け $ ^{41} $/恩義の押しつけ」を表す「XがYに+A+あげる」にかえると、Yは、Aの「受けとり手」であるが、授与動詞「あげる」の「恩義の受け手」にもなることを示している。 つまり、Aの「受けとり手」となる〈述べ立て文〉の話し手や、〈問いかけ文〉の聞き手は、Xからの「恩義の押しつけ」を意味する「XがYに + A + あげる」の「受けとり手=受け手」になることを拒否し、感謝の気持ちを示すだけで、Xの授与行為を「帳消し」にできる「XがHに + A + くれる」を選ぶことになる。 使い分けワンポイント ④7「恩義を売る」動詞と「恩義を買う」動詞 うれしいことに {友だちが + 弟/同僚/課長/先生 + に + 携帯電話/中国語 + を + 貸して/借りて/教えて/教わって} くれました。 →うれしいことに {友だちが + 弟/同僚/課長/先生 + から + 携帯電話/中国語 + を + 借りて/教わって} くれました。 友だちが + 弟/同僚/課長/先生 + に + 携帯電話/中国語 + を + 貸して/(同級生から)借りて/教えて/*教わって + あげました。 *友だちが + 弟/同僚/課長/先生 + から + 携帯電話/中国語 + を + 借りて/教わって + あげました。 ▶本篇「使い分けの」/『あげる/たらえ・文の人間関係・を参照 ▶本節「使い分け④/『あげる/もらう』文の人間関係」を参照 上の例から、授受動詞「あげる」と「もらう」のほかにも、前者「あげる」と同様に、動作の受け手に「恩義を押しつける」動詞「H/Y+に+貸す/教える」と、後者「もらう」と同じように、動作の受け手から「恩義を買う」動詞「H/Y+に/から+借りる/教わる」のあることがわかる。 「XがHに + A + くれる」の場合、話し手は、ただ「感謝/迷惑」を示すだけで、XとHとの「恩義の売り買い」に「関与/タッチ」しないので、どちらの動詞でも使うことができる。 しかし、XのYに対する「使い分け④/恩義の押しつけ」を示し、Yが「Aの受けとり手/恩義の受け手」となる「XがYに+A+あげる」の場合、XがYに「恩義を押しつける」動詞「貸す/教える」は使えるが、XがYから「恩義を買う」動詞は使うことができない。 これは「XがHに + A + くれる」の場合、Aの「受けとり手/H」と、動詞「くれる」の「受け手/話し手」が、必ずしも一致するわけではないことを表し、逆に「XがYに + A + あげる」の場合、Aの「受けとり手」と、動詞「あげる」の「恩義の受け手」とは、一致して「Y」でなければならないことを示している。 <746> 使い分けワンポイント ④8 2つの授与動詞「あげる/くれる」文の構造 {友だちが + 弟/同僚/課長/先生 + に/から + 携帯電話/中国語 + を + 貸して/借りて/教えて/教わって}くれた + 私はうれしい。 →友だちが弟に {弟に携帯電話を貸して} あげました。 →友だちが同僚に {同僚に同級生から携帯電話を借りて} あげました。 ×友だちが同僚に {同僚から携帯電話を借りて} あげました。 →友だちが課長に {課長に中国語を教えて} あげました。 ×友だちが先生に {先生から中国語を教わって} あげました。 ▶本節「使い分け②~②④、②⑤~②⑧、③⑦③⑨④⑩④⑪」を参照 「恩義のやりとり」をしない「XがHに + A + くれる」から、逆に「恩義の押しつけ」をする「XがYに + A + あげる」への転換は上のようになるが、両者の基本的な構造は、次のようになっている。 X「為手/与え手」が + Y「受け手」に + {Y「受けとり手」+ A} + あげる 〈「くれる」文〉 {X「為手/与え手」が+H「受けとり手」に+A}+くれる「受け手=私」 「XがYに+A+あげる」は、X「与え手」が、Y「受けとり手」にAを与えると同時に、X「為手」が、Y「受け手」に「恩義」を与えていることになる。 したがって「同僚/先生 + に/から + 携帯電話を借りる/中国語を教わる」のように、動詞A「借りる/教わる」が、Y「同僚/先生」に対するX「友だち」の「恩義の押しつけ」ではなく、逆「XがYから恩恵を受ける」を示す場合は、使うことができなくなる。 ④9「あげる」文の「受け手+に/のために」 友だちが弟 + に/のために {弟に携帯電話を貸して} あげた。 友だちが同僚のために {同僚に同級生から携帯電話を借りて} あげた。 ×友だちが同僚のために {同僚から携帯電話を借りて} あげました。 友だちが課長のために {課長に中国語を教えて} あげました。 ×友だちが先生のために {先生から中国語を教わって} あげました。 ▶本節「使い分け $ ^{③} $ $ ^{④} $ $ ^{⑦} $」を参照 「XがYに + A + あげる」のXが、Yに対して「恩義を押しつける」のは、Yに「恩恵を施す」からであり、YはXから「恩恵を受ける」かわりに「恩義を買う」ことになるので、授受対象Aは、Yにとっての「恩恵」となるものでなければならない。 したがって、上の括弧の部分が、Yにとって「恩義を買う」に値する「恩恵」でなければ、Yに恩を着せる「XがYに+A+あげる」は、成り立たなくなる。つまり、Aの「受けとり手Y」とは「恩恵Aの受けとり手」であり、括弧のまえにある「受け手Y」とは「恩義の買い手」ということになる。 兄は+弟+に/のために+{弟にペンを買って/弟に携帯を借りて/弟の車を修理して/弟の宿題を手伝って/弟を手伝って/弟の子どもと遊んで/弟と遊んで}+あげる/あ <747> げた。 Aが動詞の場合、Aの「受けとり手Y」は、動詞Aの「受け手」となって、動詞Aの求めに応じた「Y + に/の/を/と + 買う/借りる/車を修理する/手伝う/遊ぶ」などに変化するが、授与動詞「あげる」の「恩義の受け手Y」は、必ず「Y + に/のために」で表されることになる。 ただ「友だち」が「携帯電話を借りる/中国語を教わる」ことで、Y「同僚/先生」が利益を得る「友だちが+使用料/学費+を払う」場合、X「友だち」が「お客様は神様」となって、Yに「恩恵を施す」ことになるので、最初にあげた例の「×」は消えてしまうことになる。 しかし「使用料/学費 + を払う」場合は、単なるビジネスであって、人情の絡む「恩義のやりとり」ではないので、この場合でも、やはり「×」を不自然と感じる人はいるにちがいない。むしろ「友達が + 同僚から携帯電話を借りている/先生に中国語を教わっている」のほうが自然な響きになる。 ⑤ 受け手一人称授与動詞「くれる」 赤ちゃん/花+に、ミルク/水+を+あげる/くれる。 誕生日、お父さんが弟に、パソコンを買って+あげます/くれます。 引越しのとき、兄が李さんを手伝って+あげました/くれました。 ▶ 卷末「形容詞/一人称形容詞」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/むだな双方既知情報/双方既知情報と省略」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/話し手の意志と第三者の意志」を参照 「使い分け $ ^{26} $」をはじめとして、繰り返しになるが「XがHに + A + くれる」のH「赤ちゃん/花/弟/李さん」は、授受対象となるA「ミルク/水/パソコンを買う/手伝う」の「受けとり手」であり、Aが動詞の場合は、動詞Aの「受け手」にもなるが、授与動詞「くれる」の「受け手」は、Hを代表して「感謝/迷惑」を示す「話し手」である。これを「XがYに + A + あげる」にかえると、Yは、授受対象Aの「受けとり手」であり、同時に、授与動詞「あげる」の「恩義の受け手」となる。 つまり日本語には、話し手が「受け手」になれない授与動詞「あげる」と、話し手だけが「受け手」になる専用の授与動詞「くれる」が存在していることになる。 日本語の授受動詞の特徴として、最も際立っているのは、上のように「為手/与え手」が一致する授与動詞が、2つ存在することである。 「一人称『私』が顔を見せない日本語にしては珍しい」と思われるかもしれないが、実際は、文字で姿を見せないだけの「一人称/話し手/私」は、例えば〈一人称形容詞〉での「楽しい/楽しいようだ」や、意志や希望を示す「~(よ)う/~たい + と + 思う/思っている」などで、第三者とは異なる「一人称専用」の簡潔な表現形式をもち、まるで「独裁的/自己中心的」ともいえるような振る舞いを見せるが、この一人称が受け手となる授与動詞「くれる」も同様である。 言い換えれば「XがYに + A + あげる」のYに、ただ「話し手だけが立てない」という人称制限がある、というよりも、Yに「話し手だけが座る」専用形式、つまり「XがYに + A + くれる」があるといったほうが適切である。 <748> しかもこれは、Aの「受けとり手H/話し手側」を示す「XがHに + A + くれる」ではなく、Yが話し手で、授与動詞「くれる」の専用「受け手」となる「XがYに + A + くれる」である。 使い分けワンポイント ⑤「あげる」から「くれる」への役割交代 以下は、親しい〈ウチ〉関係での対話である。 A:これ、ほしいのか。(私が) + あげる/買ってあげる + よ。 B:本当に、それ、(あなたが) + くれる/買ってくれる + の? A:ああ、いいよ。 B:わあ、じゃ、(私が) + もらう/買ってもらう + ね。 「あげる」と「くれる」は、例えば「私/これ/今日」と「あなたと彼/それとあれ/昨日と明日」と同じように、実際の対話現場で使われて、はじめて理解できる「直接指示的/ダイクティック (deictic)」な関係にあるといわれている。 ダイクティックな関係になる動詞は珍しいが、最もありふれて、おそらくどの言語にも存在していると思われるポピュラーなものは、次のような対話で使われる「行く」と「来る」である。 A:今から、そっちへ(私が)行くよ。 B:えっ、本当に、こっちに(あなたが)来るの? A:(私が)行っちゃ、だめ? B:かまわないけど。じゃ、すぐ(あなたが)来てね。 つまり「Xが + Aをあげる/Aへ行く」も「Xが + Aをくれる/Aに来る」も、同じXの動作「現在のところから外の方向へ + Aを移動させる/Aに向かう」を表している。 ただ人を惑わせるのは、前者が聞き手に「近づく/近づいていく/向かっていく」のに対して、後者は話し手に「近づく/近づいてくる/向かってくる」ことであり、しかも、Aが「これ(をあげる)/それ(をくれる)」や「そちら(へ行く)/こちら(に来る)」になって、同じものが違った呼び方になることである。 自己中心的にものを考える私たちは、特に「Xが + 私に + A + くれる」を「私が + Xに + A + もらう」と同じ授受行為を示していると錯覚してしまうことである。確かに、どちらも、Aが「私」という「内」に向かって「近づいてくる」のであるが、前者の場合、Xが進んで「向こうからこちらに」やって来るのに対して、後者は、こちらがAを求めてこちらに向かわせ、やって来させたものである。 上の2つの対話で、最後に対応しているのは「(私が)もらう」と「(あなたが)来て」であるが、後者「行く/来る」には、前者「あげる/くれる/もらう」の「もらう」に相当するものが存在していない。 もし「(私のところに) 来る」を「(Yのところへ) 行く」の「Y=私」になる自己中心的バージョンと考えることができれば、この「Xが + 私に + A + くれる」は、ただ「Y=私」になる「Xが + Yに + A + あげる」の自己中心的バージョンにすぎなくなる。 <749> A:これ、お気に召しましたか/お使いになりますか/△差し上げましょうか。 B:えっ、本当に、くださるのですか。 A:ええ、どうぞ、よろしければ。 B:そうですか。じゃ、遠慮なく、いただきます。 参考までに、〈ソト/ヨソ〉に対して、親しい〈ウチ〉関係でなければ使えない「あげる」を避けた言い方を示した。 ⑤②「プレゼントをあげる」言い方 日本社会には「義理のやりとり」がまつわりついているせいかもしれないが、日本人はおおむね「ご馳走したりされたり/プレゼントをあげたりもらったり」するのが下手ではないかと思ってしまう。 また、性急な日本人は「受けた義理をすぐ返そう」とするし、逆に「与えた義理はすぐにとり返そう」とするので、人と人との「義理関係/親しい〈ウチ〉関係」を、長い目で維持したり、新しい人とのあいだに構築したりできないところがある。 親しい関係になる最も「手っとり早い方法」は、プレゼントやギフトであるが、これから親しくなる〈ソト〉に対して、プレゼントをあげる言い方が日本語になくて困ってしまうときがある。 お誕生日、おめでとうございます。つまらないものですが。 はい、これ。気に入って/お気に召して + くれる/くださる/いただける + と、いい/うれしい + んですけど。 「あげる」を使わずに、プレゼントを渡そうとすると、実際、何と言っていいかわからなくなる。せいぜい「はい、これ」と言ってから、プレゼントをする気持ちを述べればいいのであるが、こういった場合の言葉は「つまらないものですが」しかなく、ほかには挨拶言葉として定着していないので、思いつくまま挨拶のできない日本人には、かなり難しいことである。 ⑤③「あげる/くれる」に対応する「もらう」 XとYが意志のある存在で、Hが話し手側、Aがプラス評価の授受対象とすると、次の式が成り立つ。 XがYに + A + あげる ⇒ YがXに + A + もらう XがHに + A + くれる ⇔ HがXに + A + もらう ▶本節「使い分け\(^{⑩ つまり「あげる」文には「話し手はYになれない」という制限があり、また「くれる」文には「話し手側がHになる」という制限があるので、いわば「あげる」と「くれる」が補完的に協力し合って授与動詞を務め、対照的な授与要請動詞は「もらう」文が一手に引き受けていることになる。 <750> 9. 授受動詞と敬語 ⑤④「あげる」から「もらう」への視点移動 (私)/(あなた)/妹 + は、彼に、自転車を貸してあげる + (か)。 →彼は、(私)/(あなた)/妹 + に、自転車を貸してもらう + (か)。 →彼は、(私)/(あなた)/妹 + に、自転車を貸してくれる + (か)。 ▶本節「使い分け $ ^{①②④④} $」に示した3つの「使い方のまと 「XがYに + A + あげる」は、X「話し手(I)/聞き手(II)/第三者(Ⅲ)」と、Y「Xとは異なる第三者(Ⅲ)」との授受行為、言い換えれば、XがYにAを与えると同時に、Yに対して「恩義を押しつける」場合に使われ、話し手の視点はXにおかれている。 これに対して「YがXに+A+もらう」は、X「話し手(I)/聞き手(II)/第三者(Ⅲ)」と、Xと重複しないY「話し手(I)/聞き手(II)/第三者(Ⅲ)」の授受行為、言い換えれば、XがYにAを与えるのを、Yが「希望/要求」すると同時に、Xが「恩義を押しつけてくる」のを受ける場合に使われ、話し手の視点はYにおかれている。つまり、どちらの授受行為の場合も、話し手が、双方から「等距離」にある地点から、Xの「有償」授与行為を、日本社会の「義理の売り買い」によって「相殺」するのを見ていることになる さまざまな人称制限や、使い方の差異を淘汰してしまえば、ひとつの同じ授受行為を、授与対象Aの「与え手」の「立場や視点」から見るか、逆に、Aの「受けとり手」の「立場や視点」から見るかの違いになる。 「使い分け⑤」で示した「話し手Xが + 聞き手Yに + A + あげる」が、そのまま「話し手と聞き手」の立場を入れ替えた「聞き手Xが + 話し手Yに + A + くれる」になって「ダイナミックで動的」な「役割交代」を示す「直接指示的/ダイクティック」な変化とは異なり、この「XがYに + A + あげる」から「YがXに + A + もらう」への変化は、話し手自身、体の動きも、立場の交代もしないまま、ただ単に、視点を「与え手から受けとり手へ」移すだけの「静的」な「視点交代」にすぎない。 使い分けワンポイント 55 3つの授受動詞文──構造の比較 {友だちが弟に携帯電話を貸して} <れます。 →友だちが弟のために {弟に携帯電話を貸して} あげます。 →弟が友だちから {友だちが弟に携帯電話を貸す} もらいます。 {友だちが同僚に同級生から携帯電話を借りて} <れた。 →友だちが同僚のために {同僚に同級生から携帯電話を借りて} あげた。 →同僚が友だちから {友だちが同級生から携帯電話を借りる} もらった。 {友だちが課長に中国語を教えて} <れました。 →友だちが課長のために {課長に中国語を教えて} あげました。 →課長が友だちから {友だちが課長に中国語を教える} もらいました。 {友だちが先生 + に/から + 中国語を教わって} くれました。 ×友だちが先生のために {先生から中国語を教わって} あげました。 ×先生が友だちから {友だちが先生から中国語を教わる} もらいました。 ▶本節「使い分け⑩②④」に示した3つの「使い方のまとめ」を参照 <751> 「XがHに + A + くれる」は、Xが「Hに + A」することに対し、話し手が「感謝/迷惑」の気持ちを表して「帳消し」にするだけなので、括弧の部分が、XのYに対する「義理の押しつけ」であってもなくても、また、Hにとっての「恩恵」であってもなくても、使うことができる。 〈「くれる」文〉 {X「為手/与え手」が + H「受けとり手」に + A} + くれる「受け手=私」 X「為手/恩義の売り手」が+Y「受け手/恩義の買い手」のために+{Y「恩恵Aの受けとり手」に+恩恵A}+あげる 〈「もらう」文〉 Y「為手/恩義の買い手」が + X「受け手/恩義の売り手」から {X「恩恵Aの与え手」が + 恩恵A} + もらう ▶本節「使い分け④~④、⑤⑤④」を参照 「XがHに + A + くれる」とは異なり、Y「恩恵Aの受けとり手」に、Xが「恩義」を売る「XはYに + A + あげる」や、YがXから「恩義」を買う「YがX + に/から + A + もらう」は、金銭で「恩義の売り買い」を「帳消し」にする場合でなければ、括弧 {Y 「恩恵Aの受けとり手」/X 「恩恵Aの与え手」+ 恩恵A} は、XのYに対する「義理の押しつけ」であると同時に、Yにとっての「恩恵」になる必要がある。 ⑤⑥ 三者関係「あげる」文の恩義の流れ {友だちが同僚 + に/から + (弟のために) 携帯電話を借りて} くれた。 *友だちが同僚のために {同僚 + から/の + 携帯電話を借りて} あげた。 →友だちが同僚のために {弟 + から/の + 携帯電話を借りて} あげた。 →友だちが弟のために {同僚 + から/の + 携帯電話を借りて} あげた。 ▶本節「使い分け55/3つの授受動詞文-構造の比較」を参照 「×」の例は、X「恩義の売り手/友だち」が、Y「恩義の買い手/同僚」から「恩義を買う」ことを示す動作「借りる」を行なった場合、X「友だち」とY「同僚」が、同時に「恩義」の「買い手/売り手」になるという矛盾を引き起こすので、使えないことを示している。もちろん「同僚」が携帯電話の貸し出し業を営んでいる場合は、ほかの貸し出し業ではなく「同僚」から「借りてあげた」は成立する。 しかし、もし「恩恵の与え手/弟/動詞『借りる』の受けとり手/Xに対する恩義の売り手」となる第三者Zが別に存在して、X「授受の為手/Zの恩義の買い手/友だち/Yに対する恩義の売り手」が、ZからY「授受の受け手/Xの恩義の買い手/同僚」のために「恩義を買う/携帯電話を借りる」とすれば、XとYの「恩義の貸し借り」は、矛盾しなくなる。 これを「恩義」の流れで示すと、次のようになる。 <752> 〈友だちXが同僚Yのために、弟Z + から/の + 携帯電話を借りてあげた〉 Z「売り手」→〈貸す/借りる〉→「買い手」X「売り手」→「買い手」Y〈友だちXが弟Yのために、同僚Z + から/の + 携帯電話を借りてあげた〉 下のほうの例は「授受の受け手/弟/Xの恩義の買い手」Yのために、X「授受の為手/Yに対する恩義の売り手/友だち/Zの恩義の買い手」が、別に存在する第三者Z「恩恵の与え手/Xに対する恩義の売り手/同僚/動詞『借りる』の受けとり手」から「携帯電話を借りる」場合であるが、流れは同じである。 〈「あげる」文〉 X 「為手/恩義の売り手」が + Y 「受け手/恩義の買い手」のために + {Z 「恩恵Aの与え手」から + Xが恩恵Aを受けとる} あげる つまり、動詞Aが「第三者Zから恩恵を受ける」ことを表す場合、上のような恩義の流れ「Z→X→Y」が成立して、X「授受の為手/Aの与え手/恩恵の受けとり手」と、Y「授受の受け手/Xの恩義の買い手」と、第三者Z「Aの受けとり手/恩恵の与え手」という「三者関係」になることを示している。 兄(X)は母(Y)のために{弟に友だち(Z)の携帯を借りて}あげた。 上の例は、まるで「四者関係」のように見えるが、兄が友だちから携帯電話を借りたことによって、兄の恩義を買うのは母親であって、弟ではないことを示している。つまり弟は、恩義の絡む人間関係の外にあり、携帯電話を与えられて、喜ぶのか迷惑に思うのか、上の文は何も伝えていない。 弟が喜んで、兄の恩義を受けるには、母親が関知しない「兄が、弟+に/のために{友だちの携帯を借りて}あげた」であり、弟と「あげる」が呼応する場合である。 使い分けワンポイント ⑤ 四者関係「もらう」文の恩義の流れ {友だちが同僚 + に/から + (弟のために) 携帯電話を借りて} くれた。 *同僚が、友だちから {友だちが同僚の携帯電話を借りる} もらった。 △同僚が、自分の弟のために、友だちから {友だちが同僚の弟 + から/の + 携帯電話を借りる} もらった →同僚が、自分の弟のために、友だちから {友だちが自分の同級生 + から/の + 携帯電話を借りる} もらった。 「×同僚が友だちに自分の携帯電話を借りてもらった」の例は、Y「恩義の買い手/同僚」が、X「恩義の売り手/友だち」に、Yから「恩義を買う」ことを示す動作「借りる」を行なうように要求していることになり、Y「同僚」とX「友だち」が、同時に「恩義」の「売り手/買い手」になるという矛盾を引き起こすので、使えないことを示している。ただ、この場合も「同僚」が携帯電話の貸し出し業を営んでいれば、可能になる。 「△」の例は、Y「同僚」がX「友だち」に、第三者Z「弟」から「恩義を買う/借りる」ように要求していることになり、X「友だち」がZ「弟」から「携帯電話を借りる」と、 <753> Yの〈ウチ〉関係者H「弟」に利益がある場合は使うことができる。つまり、恩義を与える第三者Zと、利益を受けるYの〈ウチ〉関係者Hが、同一人物になる。 これを「恩義」の流れで示すと、次のようになる。 〈弟Zのために同僚Yが友だちXに頼んで、弟Zの携帯電話を借りてもらった〉 X「売り手」→〈借りる→代金←貸す〉→「買い手」Y「売り手」→「買い手」Z 最後の例は、複雑な人間関係を示しているが、これを「恩義」の流れで示すと、次のようになり、利益を抜きにした「恩義のやりとり」に矛盾のないことがわかる。 〈弟Hのために同僚Yが友だちXに頼んで、同級生Zの携帯電話を借りてもらった〉 Z「第三者/同級生」売り手→〈貸す/借りる〉→買い手「友だち」X X「友だち」売り手→〈貸す/借りる〉→買い手「同僚」Y Y「同僚」売り手→〈貸す/借りる〉→買い手「弟」H 上の流れ「Z→X→Y→H」は、Y「Xの恩義の買い手/同僚/Hへの恩義の売り手」が、Yの〈ウチ〉関係者H「Yの恩義の買い手/弟」のために、X「Yへの恩義の売り手/友だち/第三者Zの恩義の買い手」に頼んで、第三者Z「恩義の売り手/同級生」から「恩義を買う/携帯電話を借りる」ことを示している。 〈「もらう」文〉 Y 「為手/Xの恩義の買い手」が+H「Yの恩義の買い手」のために X 「受け手/Yへの恩義の売り手」に頼んで {Z「恩恵Aの与え手」から+Xが恩恵Aを受けとる}+もらう つまり、動詞Aが「借りる/第三者Zから恩恵を受ける」ことを表す場合、上のようなことが成立して、Y「授受の為手/Hへの恩義の売り手/Xの恩義の買い手」と、X「授受の受け手/Yへの恩義の売り手/A『借りる』の与え手/Zの恩恵の受けとり手」と、Z「A『借りる』の受けとり手/Xへの恩恵の与え手」と、H「Yの恩義の買い手」という「四者関係」になっている。 「四者関係」になってはじめて、間接的な「第三者ZとYの〈ウチ〉関係者H」の「恩義のやりとり」が、XとYが肩代わりすることで「相殺」されることを物語っている。つまり、XがZから受けた「恩恵」を、媒介する「Xから恩義を受ける/Hに恩恵を与える」ことで、YはXに「恩義の借り」を背負うことになる。 使い分けワンポイント 58 3つの授受動詞文──受益者 父が+私/弟/友だち+に/のために+本を買ってくれる。 タ立が(私たちのために)降ってくれて、涼しくなった。 ▶本節「使い分け\(^{⑩ 「使い分け⑤」に示した「{Xが+受けとり手Hに+A}くれる」が、話し手の感 <754> 9. 授受動詞と敬語 謝の気持ちを表す場合、プラス評価のAを受けとる受益者は「受けとり手H」である。上の例は、二者「父」と「私/弟/友だち」または「夕立」と「私たち」の間における授受行為を表しているが、次の例は、三者の授受行為になる。 {父が弟のために (友だちに本を買って)} <れる。 {父が弟 + に/のために (友だちから本を借りて)} <れる。 上の2例は「{Xが+受けとり手Hに(第三者Z+A)}くれる」になっていて、受益者は「受けとり手H/弟」であり、第三者「友だち」は、XとHが行なう授受行為の外側にいることになる。 父が友だちに{(友だちに)本を買って}あげる。 →父が弟のために{友だちに本を買って}あげる。 父が弟+に/のために{(弟に)友だちから本を借りて}あげる。 上は「Xが + 受け手Yに {受けとり手Y/第三者Z + A} あげる」になっていて、受益者は「受け手/Y」になる。受けとり手は受け手と一致することもあるが、2つめのように一致しない受けとり手「第三者Z/友だち」は授受行為の外側にいる。 弟は父に {(父が弟に) 本を + 買う/買って} もらう。 →弟は自分のために + 父から {(父が) 友だちに本を買って} もらう。 →弟は妹のために + 父から {(父が) 友だちに本を買って} もらう。 弟は父に {(父が) 友だちから本を + 借りる/借りて} もらう。 →弟は自分のために + 父に {(父が) 友だちから本を借りて} もらう。 →弟は妹のために + 父に {(父が) 友だちから本を借りて} もらう。 しかし、為手Yが「受けとり手」になり、受け手Xが「与え手」になる「受けとり手Yが + (Hのために) + 受け手X + に/から {与え手Xが + (第三者Z) + A} もらう」の場合、受益者は「受けとり手/Y( + は)」になるとは限らず、Yは「為手の資格」で、受け手Xに働きかけて、Yの〈ウチ〉関係者「妹/H( + のために)」を受益者にすることができる。 使い分けワンポイント ⑤⑨ 3つの授受動詞文──被害者=受けとり手 駅を出るなり、にわか雨が降りだしてくれた。娘が料理をして、台所を汚してくれる。 「使い分け⑤」とは逆に「{Xが + H + A} くれる」が、迷惑を受けた話し手の気持ちを表す場合、マイナス評価のAを受けるHは「被害者」である。 父が+私/弟/友だち+のために+ゴキブリを殺してくれる。 兄が妹のために、妹をいじめた奴を殴ってくれる。 警察が、近所を荒らしまわった空き巣をつかまえてくれた。 しかし、上のような場合は、確かにマイナス評価のAを受ける「ゴキブリ/妹をいじめた奴」は被害者であるが、そのことで話し手は感謝の気持ちを表しているので、A「ゴキブリを殺す/妹をいじめた奴を殴る」の実質的な受益者は「私/弟/友だち/妹/私たち(+ のために)」である。 父が + 弟/友だち + のために {ゴキブリを殺して} あげる。 兄が妹のために {妹をいじめた奴を殴って} あげる。 <755> したがって「あげる」文は「Xが + 受け手Yのために {受けとり手Z + A} あげる」となり、いわば「受け手Y」と「受けとり手Z」が分裂し、授与動詞「あげる」の受け手Yが受益者になり、動詞Aの受けとり手となる第三者Zが被害者ということになる。 弟/友だち + が + 父に {(父が) ゴキブリを + 殺す/殺して} もらう。 妹が兄に {(兄が) 妹をいじめた奴を殴って} もらう。 弟が妹のために兄に {妹をいじめた奴を殴って} もらう。 同様に「もらう」文は「為手Yが + 受け手Xに {与え手Xが + 受けとり手Z + A}もらう」になって、動詞Aの受けとり手となる第三者Zが被害者ということになる。受益者は、授与要請動詞「もらう」の為手Yか、Yの〈ウチ〉関係者「妹/H( + のために)」である。 使い分けワンポイント 60 3つの授受動詞文──登場人物の数 {兄が母のために同僚の携帯を弟に借りて} くれる。(話し手の感謝) →私が母のために兄に {同僚の携帯を弟に借りて} もらう。 兄が母のために {同僚の携帯を弟に借りて} あげる。 →母が父のために兄に {同僚の携帯を弟に借りて} もらう。 ▶本節「使い分け⑩②④」に示した3つの「使い方のまとめ」を参照 上の例は「くれる/あげる」文から「もらう」文へ変換した場合、登場人物「私/父」が増える可能性のあることを示している。 弟が妹のために兄に {妹をいじめた奴を殴って} もらう。 *兄が妹のために弟に {妹をいじめた奴を殴って} くれる/あげる。 →兄が + 妹/弟 + のために {妹をいじめた奴を殴って} くれる/あげる。 ▶本節「使い分け⑤/3つの授受動詞文-受益者」を参照 逆に「もらう」文から「くれる/あげる」文へ変換した場合、受益者「弟/妹」が減ってしまう可能性のあることを示している。 {Xが + H + に/のために + (第三者Z + A)} くれる Xが + Y + に/のために + {第三者Z + A} あげる ⇔Yが + Hのために + Xに + {第三者Z + A} もらう これは「くれる/あげる」文の「受益者:H/Y」は「ひとり」しか存在しないが、これを「もらう」文へ変換すると、HとYが分裂して「ふたり」になり、為手Yになるほうが、もう一方の「受益者H」のために、Xへ働きかけて {Z + A} をさせることが可能になるからである。 使い分けワンポイント ⑥13つの授受動詞文──モーダス要素のまとめ 3つの授受動詞「くれる/もらう/あげる」の話し手の感情〈モーダス要素〉をまとめておくと、次のようになる。 ▶巻末「文/モーダス要素」を参照 ▶本節「使い分け②/『~てくれる』が示す感謝と迷惑」を参照 ▶本節「使い分け⑩②④」に示した3つの「使い方のまとめ」を参照 <756> 〈モーダス要素〉 {XがHにA} くれる XがYに {A} あげる YがXに {A} もらう + A 感謝 「XがYに恩義を着せる」と判断「YがXの恩義を着る」と判断 迷惑 同左 同左 「{XがHに(Z + A)}くれる」は、もし「(Z + A)」がプラスなら、受益者はHで、マイナスなら、受益者がH、被害者がZになるか、Zがいなければ、Hが被害者になる。「XがYに{Z + A}あげる」の場合、Aのプラスマイナスにかかわらず、受益者は、授与動詞「あげる」の受け手Y、被害者がいれば、マイナスAの受け手Zになる。「YがHのためにXに{Z + A}もらう」も、Aのプラスマイナスにかかわらず、受益者は必ず存在し、HがいればH、HがいなければXになる。被害者はマイナスAを受けるZである。 つまり「くれる」文では、受益者のいない場合があるが、必ず「恩義のやりとり」が行なわれる「あげる/もらう」文では、プラス価値の「恩恵」を受ける受益者が存在する。 使い分けワンポイント 〈受け手不在動詞〉というのは、動詞そのものが受け手をもつ動詞、例えば「Xが+Yに+あげる/くれる/与える/貸す/売る/教える/授ける/預ける/渡す/伝える/電話する/言う/見せる」や「Xが+Yを手伝う/Yと遊ぶ」など、Yが動詞の示すXの動作の「受け手」になったり、また「Yが+Xから+もらう/受ける/借りる/買う/教わる/習う/授かる/預かる/聞く」など、動詞の示す動作の「為手」であるYが、Xからの動きの「受け手」になったりする場合とは異なり、動詞の通常の使い方では、受け手が存在しない動詞群「起きる/食べる/勉強する/家に帰る/休む/寝る/夢を見る」のことである。 ▶本節「使い分け②5/『くれる』文の『受けとり手 + に/の/を/と』を参照ただ、同じ動詞が使い方によって、〈受け手不在動詞:日記を書く/ひとりで本を読む〉になることもあれば、そうでない「手紙を書く/子どもに童話を読む」こともあるが、次のように、授受動詞と結びつく場合や、のちほど「使い分け⑧4」で述べる敬語「受け手尊敬」の場合に、必要になる分類である。 夏休み、絵日記を書いてもらいます。宿題ですよ。いいですね。 →夏休みの宿題なんですが、生徒たちが絵日記を書いてくれるんです。 ×夏休み、宿題なので、先生に絵日記を書いてあげるんです。 納期が迫っていたので、(みんなに) 残業して頑張ってもらいました。 →納期が迫っていたので、(みんなが) 残業して頑張ってくれました。 ×納期が迫っていたので、(上司のために) 残業して頑張ってあげました。 ▶巻末「動詞の種類/受け手不在動詞」を参照 ▶本節「使い分け $ ^{②⑤} $/『くれる』文の構造と『受け手/受けとり手』を参照 「YがXに + Aてもらう」の場合、YがXに「要求して/頼んで + Aをさせる」ことを表しているので、Aが〈受け手不在動詞〉であっても、XがAをすることで、Yや第三者が受益者となって「恩恵A」を受け、YがXの「恩義」を買えば、成り立つと <757> になる。 「XがHに + Aてくれる」は、話し手が「XがHに + A」に対して「感謝/迷惑」の気持ちを表すだけなので、Aが〈受け手不在動詞〉であってもなくても問題にならない。ところが「XがYに + Aてあげる」で、Aが〈受け手不在動詞〉の場合、Aの「受けとり手」が存在しなくなり、Yは、Aという「恩恵」を受けとることができないのに、授与動詞「あげる」の「受け手」になって、Xから「恩義」だけを押しつけられるという「Yにとっては + 不公平な/不利益な/面白くない + 事態」が起こることになる。お母さんが「もう起きなさい/残さずみんな食べなさい/テレビ見ないで早く勉強しなさい」って、うるさいんだから。(お母さんのために) もう起きて/みんな食べて/早く勉強して + あげたら? いつもこ馳走してくれるんたから、たまには残業してあけろよ。 これまでに受けた「恩義」を帳消しにするか、受け手に面子を与える上のような状況でなら、〈受け手不在動詞〉に「あげる」をつけることができる。 使い分けワンポイント 意志動詞「やる」は、例えば「今晩一杯やりましょうか/明日サッカーでもやろうか/あっ、あそこで喧嘩やってる」など、授与動詞ではなく、ほぼ「する」に等しい使い方をする場合や、また「電話では何ですから、そちらへ人を遣ります/娘を嫁にやる」といった「派遣」の意味を表し、授与動詞「花/子ども + に + 水/小遣い + をやる」に近い使い方をする場合がある。 授与動詞「やる」は、これまでにあげたすべての「あげる」の例と互換性があるが、逆「やる→あげる」の置き換えは、必ずしも成り立たない。 これは、本来「あげる」と「やる」が分業していて、前者が「同等または上へ/下から上へ」の、後者が「同等または下へ/上から下へ」の授与を表したが、すでに「使い分け④」で述べたように「あげる」が「上から下へ」の授与を表すようになり、前者から後者への置き換えが可能になったからである。 逆に「あげる」に役割を奪われた「やる」は、ほとんど「出番」がなくなってしまい、単に「罵り」を含んだ「する」にまで「落ちぶれ」て、授受動詞らしくない振る舞いをしはじめると、受け手や受けとり手に「恩義/恩恵」を押しつける「あげる」には置き換わらなくなる。 話し手の表す気持ちを中心に、授与動詞「XがYに + A + やる」の使い方をまとめてみると、次のようになる。 〈授受対象 A がプラス/「やる」の受け手=受益者〉 1. Xが受け手に「同情/憐憫」を示していると話し手が「判断/評価」する 乞食/子ども/犬/赤ちゃん/花 + に + お金/お菓子/餌/ミルク/水 + を + やる/ やった/やれ/あげる/あげた/あげて。 (おまえ/×あなた + に) 時計を買って + やろう/あげよう。 2. 他者に対する話し手の「軽蔑/非難」を示す <758> 受け手に「恩情」を示す「あげる」とは互換性がない そんなに、ほしいか。ほしけりゃ、ワンといえ。そしたら、恵んで+やる/×あげる+ぞ。 誰がおまえなんかと結婚して + やる/※あげる + なんて言ったんだ。 赤ちゃんが泣いてるじゃないか、何とかして + やれ/※あげろ + よ。 こんなに高いものを子どもに買って + やる/△あげる + のか 5つの子どもに、本物の携帯、買って + やった/△あげた + のか。 うちの部長、5つの子どもに本物の携帯電話を買ってやったんだって。 最後の3例には「あげる」を使う人がいるかもしれないが、聞き手や第三者を「軽襲/非難」する話し手の気持ちが表せなくなる。 〈授受対象Aがマイナス/授受対象Aの受けとり手=被害者〉 3.Xが受け手に「同情/憐憫」を示していると話し手が「判断/評価」する 受け手に「恩情」を示す「あげる」と互換性がある (自分のために) これ、ゴキブリにやってみてください。いちころです。 野良犬に + 毒の入った餌/腐った肉 + をやったそうですね。 (妹/自分 + のために) 妹をいじめた奴を殴ってやったんだ。 この犯人、被害者から頼まれて殺してやったと言っています。 (選手のために) コーチが選手たちをしごいてやったと聞きましたが。 先生がいるのに、気がつかないので、隣の子を注意してやりました。 この場合の「XがYのために + {Z + A} + やる/あげる」では、動詞Aの受け手Z、つまり授受対象Aの受けとり手Zが「被害者」で、授与動詞「やる/あげる」の受け手Yが受益者になる。 4. 他者に対する話し手の「軽蔑/非難」を示す 受け手に「恩情」を示す「あげる」とは互換性がない 文り子に “感情”を小う は互換性がなっ こんなぼろぼろの靴、要るのか? やろう/×あげよう + か? こんなもの、子どもに + やった/△あげた + のですか。 お隣の人、ほんの子どもにお酒を飲ませてやったんだって。 チャリティバザーに汚れた服を送ってやったんだって。 あいつ、友だちにあんなことしてやって、どういう気なんだろう。 「XがYに + マイナス評価のA + やる」は、Xが話し手なら、受け手に恩情を示す「あげる」にはならないが、もし「話し手≠X」なら置き換わり、自分の評価と違って、XがAをプラスに評価していることに、話し手が「驚いたり、あきれ返ったりする」気持ちを表すようになる。 〈授受対象 A はプラスとマイナス〉 5. 話し手の「決意/憤怒」を表す 受け手に「恩情」を示す「あげる」とは互換性がない うるさいなあ。そんなに言うなら、起きて/歯を磨いて/食べて/学校へ行って/宿題して/洗濯して/帰って/休んで+やるよ。 ひとつ腹いせに、あいつを笑いものにしてやろうよ。 そんなくだらない奴はバカにしてやればいいんだ。 <759> どうして、いじめられたら、いじめ返してやらないんだ。 あいつ、おまえを殴ってやるって。 あいつ、あなたに脅迫状を書いてやったと言ったそうですが。 あいつ、あなたに + 仕返し/復響 + してやると言ってましたよ。 あの人、あなたを見返してやりたいですって。 憎い男に + 呪い/唾 + をかけてやった。 あんなバカ、今度、目にもの見せてやる。 覚悟しろ。袋叩きにしてやる。 あんまり隣がうるさいので、壁を思いっきり、どついてやった。 腹がたって、椅子を蹴飛ばしてやった。 貸してみろ。これしきのパズル、おれが解いてやる。 上の例は「XがYに + A + あげる」に置き換わる可能性すらないが、受け手Yが存在しないか、存在しても「受け手=受けとり手=被害者」になるからである。特に、最初の例ではAに〈受け手不在動詞〉が使われているが、これを「あげる」にかえると、憤怒の対象である聞き手が受益者「私はおまえのために + おまえ/第三者 + と一緒に起きて + やる/あげる」になり、使い方「1」にかわってしまう。 ⑥④ ・・・てくれる・・・・くれてやる・・・・やがる そんなに、ほしいか。ほしけりゃ、恵んで+やる/くれる! →そんなに、ほしいか。ほしけりゃ、くれてやる! 妹をいじめたんだから、あんな奴、殴って+やる/くれる! かかってこい/覚えてろ。仕返し/復讐+して+やる/くれる! あんなバカ、今度、目にもの見せて+やる/くれる! 覚悟しろ。おまえなんか、こうして/袋叩きにして+やる/くれる! 子どもをかんだ野良犬に+毒の入った餌/腐った肉+をくれてやる! おまえなんか、拳骨をくれてやる! ▶本節「使い分け⑧②/無意志動詞『くれる』/無意志動詞『くれる』と意志動詞 意志動詞「くれる」は、無意志動詞の場合とは、まったく違った使われ方「話し手が+ 聞き手/第三者 + に + 意志動詞 A + てくれる」をして、他者「聞き手/第三者」に対する「憤怒」を示す。しかも、同じ「憤怒」を示す「やる」が、まだ冷静さを残しているのに対して、激情に駆られて「口走る」場合に使われる。 ただ、この使い方は、やや古めかしく、若い人が「口走る」ことがあるかどうか、定 「話し手が+聞き手/第三者+に+Aをくれてやる」は、Aが「もの」の場合に使われるだけで、憤怒の表し方は「意志動詞A+てくれる」と同じである。 何だよ。うるさいこと言いやがって。そんなに言うなら、起きてやる!何にも知らないバカ者どもが、人を笑いものにしやがって。 可愛い妹をいじめやがって。覚えてろ。仕返ししてやるから。 うるさいものだから、壁をどついてやがる。言いに来るのが怖いんだ。 ほら、目子と、腹を立てて、捨子を蹴飛ばしてやがる ほら、見ろよ。腹を立てて、椅子を蹴飛ばしてやがる。 何。あっ、殴りやがったな。けんかする気か。よし!かかってこい! あのバカ、先生に叱られやがって、ざま見ろってんだ。いい気味だ。 <760> 9. 授受動詞と敬語 人にばかり仕事させやがって、自分だけ+遊んで/寝て+やがるんだ。 ▶巻末「形容詞/~がる」を参照 「動詞 (られる/させる) + ます形 + やがる」は、〈受け手不在動詞〉にもつくので、必ずしも授受を表すわけではないが、上の意志動詞「くれる/くれてやる」と同じ「罵り/ぞんざいさ」のレベルで使われ、他者に対する「軽蔑/憎しみ/憤怒」を表す場合に使われる。 使い分けワンポイント ⑥5 意志動詞「やる/くれる」と「あげる」 「使い分け⑧」の意志動詞「XがYに+A+やる」の為手Xは、受け手Yを自分よりも数段下だと考えており、受け手を自分と同等か下だと見なす「あげる」と互換性があれば、前者「やる」がAをYに与えるのは、Yに憐れみと同情を感じているからであるが、後者「あげる」は、自分と同等であれば、恩義を押しつけ、下なら恩義の押しつけようもなく、Yに必要と思われるAを与えるだけである。 互換性がなければ、前者はYを貶め罵り、ただ「軽蔑/非難/憤怒」といった感情を見せるだけである。特に「使い分け⑥④」の意志動詞「くれる/くれてやる」は、Yを罵る「口汚い」表現なので、他者を〈ヨソ〉扱いにして、けんかでも始める場合にしか使うことができないので、日本語学習者にはお勧めできない。 使い分けワンポイント 66 視点動詞とは? XがYにAを+あげる/貸す/売る/教える/授ける/預ける YがXからAを+もらう/借りる/買う/教わる/授かる/預かる ▶ 巻末「動詞/一対の自他動詞」を参照 ▶ 本節「使い分け⑤/『あげる』から『もらう』への視点移動」を参照 視点動詞というのは、例えば「XがYにAをあげる」と「YがXからAをもらう」の授受行為のように、同じひとつの状況を、為手Xの立場から見るか、受け手Yの立場から見るかによって、話し手が描き分けることがあるが、それを可能にする一対の動詞群のことである。 つまり話し手が、XとYから等距離の地点に立ち、XとYのやりとりを眺めるのに、視点をXにおくか、Yにおくかによって、使い分ける動詞のペアということができる。 ▶本節「使い分け⑤/『あげる』から『くれる』への役割移動」を参照 「与える」と「受ける/受けとる」は、授受動詞「あげる」と「もらう」と同様に、視点動詞とも思われるが、前者「与える」が書き言葉に使われる意志動詞であり、話し言葉でも使われる後者は、無意志動詞のようになってしまうので、話し手が両者から等距離にいて、同一場面「上げる/※与える + よ→くれるのか→じゃ、もらう/※受けとる + よ」での授受行為を見ているとは考えられない。 つまり両者は、話し手の視点とは無関係に、ひとつの授受行為「彼は子どもにおもちゃを与えた/子どもは彼からおもちゃを受けとった」を、それぞれ別々のカメラアイでとらえている印象を + 聞き手に与える/聞き手が受ける。 また「XがYにAを+伝える/言う/届ける/渡す/見せる」と「AがXによって <761> Yに + 伝わる/言われる/届く/渡される/見せられる」のペアが視点動詞にならないのは、同じひとつの状況を、為手Xの立場から見た前者が、受け手Yではなく、Aに視点をおいた後者にかわってしまうからである。 使い分けワンポイント ⑥7 視点動詞の分類 授受動詞「あげる/もらう」を含むペアになる「使い分け⑥⑥」の視点動詞は、この2つの授受動詞と同様に、対象物Aの「やりとり/やりもらい」を行なうと同時に、お金が介在していなければ、話し手の目には「恩義」の「やりとり/やりもらい」も行なわれていると感じられるので、Aと「恩義」の移動方向によって、次の3種類に分けることができる。 (Ⅰ) XがYにAを売る/YがXからAを(お金)で買う Xが売る → A → 恩義の相殺 ← お金 ← Yが買う (Ⅱ) XがYにAを貸す/YがXからAを借りる Xが貸す → A + 恩義 → Yが借りる Xが貸す → A → 恩義の相殺 ← お金 ← Yが借りる (Ⅲ) XがYにAを預ける/YがXからAを預かる Xが預ける → A → Yが預かる Xが預ける ← 恩義 ← Yが預かる Xが預ける → A + お金 → 相殺 ← 恩義 ← Yが預かる Xが預ける → お金 → 恩義の相殺 ← 利息 ← Yが預かる ▶本節「使い分け④/『恩義を売る』動詞と『恩義を買う』動詞」を参照 (I) の「売る/買う」は「お金」を媒介にして、売り手と買い手、双方に「恩義のやりとり」が成立しない視点動詞である。 ただ「Xが+YのためにAを+Zに売る/Zから買う」など、第三者Zが介在すると、どちらの場合も、XがYに「恩義」を売ることになる。 (Ⅱ) の「貸す/借りる」は「お金」を媒介にしなければ、貸し方から借り方へと、Aとともに「恩義」が「外方向/X→Y」に移動するものである。 ただ「お金」が媒介し、借りた部屋に家賃を払ったり、金融機関から受けた融資に、高い利息を足して返済したりすれば、恩義は消えてしまう。 (Ⅲ) の「預ける/預かる」は「お金」を媒介にしなければ、預けるほうXから、預かるほうYへと、Aが「外方向/X→Y」に移動するが、Aとは反対の「内方向/X←Y」に、つまり、預かるYから、預けるXのほうへと「恩義」が移動するものである。ただ、荷物を預けて、保管料を払ったり、銀行が利益を生みだす預かったお金に、安い利息をつけたりすれば、恩義は存在しなくなる。 (Ⅱ)に属する視点動詞には、ほかに「教える/教わる」や「授ける/授かる」に、授受動詞の「あげる/もらう」があるが、(Ⅰ)と(Ⅲ)に属するものは、ほかにないと思われる。 <762> 使い分けワンポイント ⑥⑧ 視点動詞の強者と弱者 「使い分け⑥⑦」に示した視点動詞のうち「恩義」を与えるものを「強者」とし、反対に「恩義」を受けるものを「弱者」とすると、視点動詞は、次のように分類できる。 強者視点動詞:あげる/貸す/教える/授ける/預かる/売る/買う 弱者視点動詞:もらう/借りる/教わる/授かる/預ける 「売る/買う」は、直接「恩義のやりとり」をしないが、第三者「恩義の受け手」を想定すれば、どちらも「恩義」を与える側に立つことができるし、一方が「商品」を与え、もう一方が「お金」を与え、双方が「あげる側」になるという意味で「強者」になる。 使い分けワンポイント ⑥9 強者視点動詞の命令と依頼 その魚を + (オレに) 売れ/売ってくれ + よ。 →この魚を (家族のために) + (あいつに) 売れ/売ってくれ + よ。 この魚を + (オレから) 買え/買ってくれ + よ。 →あの魚を (家族のために) + (あいつから) 買え/買ってくれ + よ。 そのハンマーを + (オレに) 貸せ/貸してくれ。オレがやってみる。 →このハンマーを + (あいつに) 貸せ/貸してくれ。あいつにさせてみる。 この荷物を + (おまえが) 預かれ/預かってくれ。 →あの荷物を + (あいつから) 預かれ/預かってくれ ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/『くれ』系バリエーション」を参照 「使い分け⑧」に示した強者視点動詞の命令形で「命令」を表し、強者視点動詞に「くれる」の命令形をつけて「依頼」を表すと、上の例は、強者視点動詞が〈話し手〉と〈聞き手〉の二者間でも、第三者を介在した三者間でも四者間でも使えることを示している。命令なら、強者視点動詞を使って、聞き手が話し手に押しつけてくる「恩義」は、無視できるし、依頼の場合でも、話し手が「くれる」を使って聞き手に示す「感謝」の気持ちで相殺できるので、二者間にも、それ以上の人間関係にも使うことができる。 あのハンマーを(友だちのために)+(あいつから)借りろ/借りてくれ。 →このハンマーを +(オレから)借りろ/×借りてくれ。 この荷物を(友だちのために)+(あいつに)預けろ/預けてくれ。 →その荷物を +(オレに)預けろ/×預けてくれ。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/『くれ』系バリエーション」を参照 「使い分け⑦⑧」に示した「恩義を受ける」ことを表す弱者視点動詞の場合、命令なら、話し手が「オレの恩義を受けろ/話し手→恩義→聞き手」といって、聞き手に従わせることはできるが、依頼では不自然になり、二者間で使えなくなってしまう。 これを三者か四者「第三者/あいつ→聞き手→〈ウチ〉関係/友だち」にして、話し手が「恩義の流れ」の外に出てしまうと、使えるようになる。 つまり話し手は、聞き手が「貸してくれ」といって望まない限り、聞き手に「借りろ」 <763> といって、直接「恩義を + 売る/買わせる」ことができないという「あげる/もらう」のタブーが、ここでも生きていることになる。 お父さまには生前、大変お世話になったのです。決して「あげる」などと、恩着せがましい生意気なことは申しません。お父さまへの恩返しです。私のために、お願いですから、このお金を借りてください。 利子は安くしとくから、どうせ借りるなら、オレから借りてくれよ。 ほかの銀行より利息は高いはずです。ぜひ、当行へお預けください。 ただ、上のように特殊な事情があるか、聞き手が「恩恵/利益」を受ける場合は、二者間でも使えることになる。 使い分けワンポイント ⑦ 授受動詞と視点動詞 授受動詞のうち「使い分け $ ^{⑥⑥} $」で述べた視点動詞にもなる「あげる/もらう」と、そのほかの視点動詞との違いは、次の2点である。 本箋「使い分け $ ^{⑥⑥④④} $・に込した3つの「傭い方のまよめ・を参照 ▶本節「使い分け\(^{⑩ 1. 授与動詞「あげる」は、弱者視点動詞の扱いを受け、二者間の授受に使えない それを + 彼/×オレ + に + あげろ/あげてくれ/(くれて)やれ/やってくれ。 →それを + オレ/×彼 + に + くれ/×くれてくれ。 あれを + 彼/×オレ + から + もらえ/もらってくれ。 本節 /~てくれる・~てくれてやる・~やがる」を参照 ▶本節「使い分け64/~てくれる・~てくれてやる・~やがる」を参照 「もらう」は、もともと弱者視点動詞なので、二者間に使えないのは、当然であるが、強者視点動詞「あげる」が、二者間に使えないのは、聞き手への働きかけを表す「命令/依頼」では、受け手一人称専用の授与動詞「くれる」が存在するからであるが、親しい〈ウチ〉関係以外の聞き手に「恩義を押しつけない」という夕ブー「×あなたにこれを+あげます/もらいます」も影を落としている。 「やる」は、激情に駆られた話し手が、聞き手に投げつけることがある。 2.視点動詞と授受動詞の承接 a)授受動詞は視点動詞を受けて、視点動詞の授受を行なう b)授与動詞「くれる」は、視点動詞「あげる (やる) / もらう」を受ける c)「あげる (やる) / もらう」は「くれる」を受けることができない d)「あげる (やる) / もらう」は互いに互いを受けることができる e)「やる」は、意志動詞「くれる」を受けることができる 視点動詞 +視点動詞「もらう/あげる」 +授受動詞「あげる/もらう」 +授与動詞「くれる」 それを彼に+貸して+あげてくれ/やってくれ。 あれを彼から+貸してもらってくれ。 それをくれて+やれ/※あげろ/※もらえ。 <764> これを彼から+彼女に貸してあげて+もらってくれ。 これを彼のために+彼女から貸してもらって+あげてくれ。 相互承接は、上のような階層になり、下にあるものが、上にあるものを包み込んでしまう関係にある。 上の4つが、すべてが組み合わされた場合、日本語母語話者には、人物が登場しなくても理解できるし、いくら間違いたくても、日本語を母語にしているので、間違うことはできないが、上のような組み合わせを母語にもたない日本語学習者には、きわめて厄介なものになる。 使い分けワンポイント ⑦② 二者間の授受行為と強者視点動詞 これを + 売って/買って/貸して/預かって + くれ/ください。 これを + 売って/買って/貸して/預かって + あげよう/やろう。 これを + 売って/買って/貸して/預かって + もらおう。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/依頼『くれ』系バリエーション」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~(よ)う』の使い方-話し手の意志」を参照 ▶本節「使い分け⑥/『もらおう(か)』が示す勧誘と申し出と命令」を参照 上の例は「使い分け⑨」に示した弱者視点動詞を使ったもので、上から順に、話し手の聞き手に対する「依頼/申し出/命令」で、二者間の授受行為を表している。 これを + 借りて/預けて + くれ/ください。 これを + 借りて/預けて + あげよう/やろう。 これを + 借りて/預けて + もらおう。 上の例は「使い分け⑦」に示した弱者視点動詞を使ったもので、上から順に、話し手の「依頼/申し出/命令」を表しているが、通常の状況では、三者間の授受行為になる。つまり、話し手が聞き手に対して、直接的に働きかけ、二者の間で視点動詞の授受を行なう場合は、強者視点動詞が使われることになる。 使い分けワンポイント ⑬ 三者間以上の授受行為と強者視点動詞 私のために {これを + 彼に + 売って/貸して} ください。 →{彼のために (これを + 彼に + 売って/貸して) あげて} ください。 →{彼女のために (これを + 彼に + 売って/貸して) あげて} ください。 私のために {あれを彼から + 妹に買って} < ださい。 →{妹のために (あれを彼から + 妹に買って) あげて} < ださい。 →{母のために (あれを彼から + 妹に買って) あげて} < ださい。 私のために {彼から + 彼の荷物を預かう } ください。 →{彼のために (彼から + 彼の荷物を預かって) あげて} ください。 →{妹のために (彼から + 妹の荷物を預かって) あげて} ください。 →{母のために (彼から + 妹の荷物を預かって) あげて} ください。 上のような「(聞き手Xは) + 受けとり手H(のために)+ 第三者Z + 強者視点動詞A + てください」は、受益者が「話し手側H」で、話し手が聞き手に「感謝」して <765> いることを表しているが、これを「受け手Y(のために)+ 第三者Z + 強者視点動詞A + てあげてください」にかえると、受益者は「受けとり手」ではなくなり、授与動詞「あげる」の「受け手Y」になる。 この場合「彼女Yのために、これを彼Zに貸してあげてください」の第三者Zは、聞き手Xと受け手Yが行なう授受行為の外側にいて、授与動詞「あげる」の「受け手」ではないので、聞き手の「恩義」を受けるわけでも、直接の受益者でもなく、強者視点動詞のもたらす「恩恵」の「受けとり手」であるにすぎない。 話し言葉では「Y + のために」は、常に省略されるが、上の例で「彼女のために」を省略してしまうと「彼 + に/のために(これを貸して)あげてください」となって、受益者が「彼」になってしまうので、対話の背景が必要になる。 例えば、Y「受け手/受益者」と、H「恩恵の受けとり手」と、第三者Zが異なる「母Yのために、彼Zから+妹Hの荷物を預かってあげてください」のような場合、どれを省略しても、人間関係がわからなくなるが、かといって、これだけの人間関係を、書き言葉ならまだしも、ひとつの文におしこめて話すのは、異常な響きになるので、通常は「母から頼まれたんだよ。妹の荷物は彼がもってるから、ちょっと預かって(あげて)ください」といった言い方になり、ひとつの文をいくつかのパートにわけ、依頼部分「A+てあげてください」が、できるだけ短くなるような配慮が加えられる。 「~てあげてください/これを彼に貸してあげてくれ」は、受益者が話し手になる「~てください/これを彼に貸してくれ」と区別し、受益者が話し手ではなく、第三者であることをはっきりさせる場合にだけ使われる。第三者が親しい〈ウチ〉関係であれば、わざわざ使われることはない。 つまり「~てあげてください」は、話し手が「授受行為の当事者ではない」ことを聞き手に示すために使われるので、授受行為を示す「~てあげる」文の外側に出た話し手は、X「為手/聞き手」と、Y「受け手/受益者/彼」の「仲介者/Yのための依頼人/~てください」になっているだけである。 使い分けワンポイント ⑦④ 強者視点動詞と「~てもらってください」 私のために {彼から (これを妹に貸して) もらって} ください。 ≠私のために {彼 + から/を通して (これを妹に貸して)} (あげて) ください。 →{妹のために + 彼から (これを妹に貸して) もらって} ください。 →{母のために + 彼から (これを妹に貸して) もらって} ください。 私のために {彼から (あれを妹に買って) もらって} ください。 →{妹のために + 彼から (あれを妹に買って) もらって} ください。 →{母のために + 彼から (あれを妹に買って) もらって} ください。 私のために {彼に (妹の荷物を預かって) もらって} ください。 →{妹のために + 彼に (妹の荷物を預かって) もらって} ください。 →{母のために + 彼に (妹の荷物を預かって) もらって} ください。 「使い分け⑬」の「第三者 Z + 強者視点動詞 A + てください」も「第三者 Z + 強者視点動詞 A + てあげてください」も、Z に対して A を行なうのは聞き手なので、互換性があるが、この「X + から/に + 第三者 + 強者視点動詞 + てもらってください」 <766> い」の聞き手は「Zに対してAを行なうように」Xに要求する立場にあるので、前者「A + てください/てあげてください」とは互換性がない、つまり書き換えることができない。 〈「~て (あげて) くれ」の場合〉 話し手→依頼(~てくれ)→聞き手/与え手→実行(Z-A)+(~てあげる) 〈「~てもらってくれ」の場合〉 話し手→依頼(~てくれ)→聞き手→要求(~てもらう)→与え手X→実行 受益者や第三者Zについては共通している両者の違いは、前者「~て (あげて) くれ」で一致していた「聞き手X」と「(Z - A) の + 与え手/実行者」が、後者「~てもらってくれ」になると、聞き手と「与え手X」に分裂してしまうことである。 つまり、前者の「~て (あげて) くれ」では、話し手だけが「Yのための聞き手への依頼者/~てくれ」として、授受行為に直接タッチしなかったのが、後者の「~てもらってくれ」にかわると、聞き手もタッチしなくなり、代理人Xへの「命令者/要請者/~てもらう」として授受行為の外、というより、裏にまわり、話し手と一緒に「黒幕」になってしまう。 ⑮ 三者間以上の授受行為と弱者視点動詞 私のために {同級生 + に/から + 私に本を借りて} <ださい。→母のために {同級生 + に/から + 妹に本を借りて} <ださい。→{妹のために (同級生から + 妹に本を借りて) あげて} <ださい。→{母のために (同級生から + 妹に本を借りて) あげて} <ださい。 私のために {彼に + 私の荷物を預けて} <ださい。 →{妹のために (彼に + 妹の荷物を預けて) あげて} <ださい。 →{母のために (彼に + 弟の荷物を預けて) あげて} <ださい。 「使い分け⑬」の強者視点動詞の場合と同様に「(聞き手Xは) + 受けとり手H(のために)+ 第三者Z + (第四者) + 弱者視点動詞A + てください」も、受益者は「話し手側H」で、話し手が聞き手に「感謝」を示し、これを「受け手Y(のために)+ 第三者Z + (第四者) + 弱者視点動詞A + てあげてください」にかえると、受益者はHから、授与動詞「あげる」の受け手Yにかわる。 この場合の第三者 Z 「同級生/彼」も、授与動詞「あげる」の「受け手」ではないので、聞き手の「恩義」を受けるわけでも、直接の受益者でもなく、弱者視点動詞 A 「借りる/預ける」の「受け手」にすぎない。 為手X「聞き手」から「借りる/預ける」という動作Aを受ける第三者Z「同級生/彼」は、聞き手X「に本を貸す/から荷物を預かる」ことを意味し、恩恵や利益を受けるどころか、逆に、聞き手Xや、授与動詞「あげる」の受け手Yに対する「恩恵/利益」の「与え手」ということになる。 第四者「弟」とは、第三者「与え手」Zがもたらす「恩恵」の「受けとり手」で、受益者「H/Y」と一致しなければ、第三者Zと同様「恩義のやりとり」の外の存在である。 <767> 使い分けワンポイント 私のために {彼に (同級生から私に本を借りて) もらって} ください。→母のために {彼に (同級生から妹に本を借りて) もらって} ください。→[妹のために彼に (同級生から妹に本を借りて) もらって} ください。→{母のために彼に (同級生から妹に本を借りて) もらって} ください。 私のために {彼から (彼女に私の荷物を預けて) もらって} ください。→{妹のために彼から (彼女に妹の荷物を預けて) もらって} ください。→{母のために彼から (彼女に妹の荷物を預けて) もらって} ください。 「使い分け⑩」で示したように授与要請動詞「もらう」文の登場人物は、授与動詞「くれる/あげる」文よりも「ひとり」増える可能性があるので、この「為手Y聞き手は+受けとり手H(のために)+受け手X与え手(に/から)+第三者Z(から/に)+(第四者)+弱者視点動詞+てもらってください」の登場人物は、話し手を入れると最大値6人になり、きわめて複雑な人間関係を示すことになる。 (注)「為手Y聞き手」や「受け手X与え手」という表記は、授与要請動詞「もらう」の為手Yが聞き手であり、受け手Xが弱者視点動詞の与え手であることを示している。 「使い分け⑮」の「為手X聞き手は + 受け手Y(のために)+ 第三者Z(から/に)+(第四者)+ 弱者視点動詞A + てあげてください」とは「登場人物の役割」が違っているので、それを示すと、次のようになる。 〈「~てあげてくれ」の場合〉 話し手→Yのために依頼(~てくれ)→聞き手X与え手→実行(Z - A) + あげる実行:聞き手が + 第三者Z + から/に + 第四者-借りる/預ける=聞き手の求めに応じて、第三者Zが + 第四者-貸す/預かる話し手→依頼(~てくれ)→聞き手/与え手(~てあげる)→実行 〈「~てもらってくれ」の場合〉 話し手→Hのために依頼→聞き手Y→要求(~てもらう)→受け手X与え手→実行実行:受け手Xが+第三者Z+から/に+第四者-借りる/預ける=受け手Xの求めに応じて、Zが+第四者-貸す/預かる 「くれる/あげる」文から「もらう」文になって、登場人物が「ひとり」増えるのは、聞き手が「依頼の受け手/依頼の実行者」の一人二役から、実行者の役割を別の人物Xにふりわけて、話し手の依頼をXに下請けさせ、話し手の「請負人」から、話し手とXとの「仲介者/コーディネーター」になり、話し手と一緒に「黒幕」になるからである。なお「受益者/第三者Z/第四者」については、先ほどの「~てあげてください」と同じである。 使い分けワンポイント ⑦ 〜をあげてもらってくれ・〜をもらってあげてくれ〜 ▶ 〜をもらってもらってくれ このお菓子を子どもにあげてもらってください。 あのお菓子を子どもにもらってあげてください。 このお菓子を子どもにもらってもらってください。 <768> 上の3つの例は、最終的に「お菓子」は「子ども」のところへ移動するのであるが、次のように「経路」が異なっている。 〈このお菓子をXに頼んで(Xから子どもにあげて)もらってください〉 話し手→お菓子→依頼→聞き手Y→要求→受け手X与え手→実行 実行:Xがお菓子を子どもにあげる 〈あのお菓子を子どものために (Xからもらって) あげてください〉 話し手→お菓子→依頼→聞き手Y→実行 実行:聞き手がXからお菓子を手に入れて、子どもにあげる 〈このお菓子をXに頼んで(子どもにもらって)もらってください〉 話し手→お菓子→依頼→聞き手Y→要求→受け手X与え手→実行1 実行1:X→要求→受け手「子ども」与え手→実行2 実行2:子どもがお菓子を受けとる (注)「為手Y聞き手」や「受け手X与え手」という表記は、授与要請動詞「もらう」の為手Yが聞き手であり、受け手Xが弱者視点動詞の与え手であることを示している。 「~てあげてください」の実行者は、常に聞き手であるが、これが「~てもらってください」になると、聞き手は仲介者となって、実行者ではなくなってしまう。ということは「もらう」が「ひとつ」増えるたびに、仲介者が「ひとり」増えることになるので、例えば「このお菓子を、あの子どもに + (X 2) もらって + (X 1) もらって + (聞き手) もらって + (話し手) ください」が可能になり、仲介者が「聞き手→X 1→X 2」になり、X 2 が子どもに「お菓子を受けとる」ように要求することになる。 この本を友だちに + 貸して/借りて + あげてもらってください。 あの本を友だちに + 貸して/借りて + もらってあげてください。 この本を友だちに + 貸して/借りて + もらってもらってください。 「お菓子を子どもに」が理解できると、上のような視点動詞を授受対象にしたものも、理解できるはずではあるが、日本人にさえ複雑で、使えなくなっているので、お勧めできない。ただ、ゲーム感覚で「人の流れ」を考えてみるのも、面白いかもしれない。 使い分けワンポイント⑦⑧ 敬語とは? 現代日本においても、封建制に似た体制をもつ組織では、封建社会の遺物のようにも感じられる昔さながらの敬語が使われているかもしれないが、ここでは、現在の日本社会に流用していると思われる敬語だけをとりあげる。 もとより敬語というのは、世間といわれる社会で、人が身につけているべきだと期待されている、いわば「お仕着せ」であり、人が自由に話すのを拘束するものである。使うことができて当然と見なされ、もし使えないと「人から笑わる/恥をかく」可能性もあり、人から「一人前」と思われるには、自分自身をしつけていくよりほかない。 ただ、日本語学習者が、どの程度の敬語を身につけるかは、その人の日本社会への「浸透度」により、一概にはいえないが、まったく使えなければ、いつまでも「〈ヨソ〉者」 <769> として扱われることになる。とはいっても、うまく使いすぎると「不気味な外国人」として敬遠し、うまく使えないと「可愛い」と歓迎する日本人の気まぐれも左右する。 もともと敬語というのは、心から「尊敬/敬意」を示すために使われるというより、周囲の目を気にし、人の顔色を見ながら使われるものなので、日本人社会での「外国人としての矜持」を示すのなら、それほど神経質になる必要はないものなのかもしれない。現代日本語の敬語の特徴をまとめてみると、およそ次のようになる。 ▶巻末「人間関係」「文体/文体の使い分け/スピーチレベルシフト」を参照 1. 敬語を使う人 敬語を使うように期待されているのは、乗り物や遊園地、銭湯など、公共の場で「大人」料金が求められる中学生以上である。子どもと見なされる小学生以下では、敬語を使わなくても世間はうるさく言わないし、むしろ逆に、子どもには「大目に見る」ことが期待されている。 つまり、子どもは親だけではなく、社会全体に対して「甘える」ことが許されているということができる。 2. 敬語を使う場 〈ソト〉や、友好的な〈ヨソ〉に対して、また、他人同士の集団である会社や組織など、上下関係が存在し、遠慮や気遣いが求められる〈ウチ〉関係では、敬語を使うことが期待されている。 家族や仲間、同級生や同僚といった親しい〈ウチ〉の関係では、特に期待されているわけではない。特に「親しみ」を示す場合や、幼年期や少年少女期をともにした間柄では、かえって使わないことが期待される。 逆に、けんかや諍いなどの場合は、親しい〈ウチ〉関係なのに、わざと敬語を使って、話し方を〈ヨソ〉関係にシフトし、聞き手に対する「よそよそしさ/他人行儀」を示して、話し手の「腹立ち/怒り/非友好関係」を表すことがある。つまり「甘える」ことができる場か、そうでないか、また「甘え合える」関係か、そうでないかが、敬語を使うか使わないかのボーダーラインになる。 日本は「甘えの構造」をもつ社会といわれ、成人であれば、常に「甘えてよい」場合と「甘えてはいけない」場合の区別、つまり「けじめ」をつけることが求められている。この「けじめ」を言語に反映させたものが敬語であるともいうことができる。 現代日本人社会で敬語が使われているのは、誰かを「尊敬」するというよりむしろ、軽く「敬意」を示して、互いの人格を尊重しあい、ギクシャクしがちな人間関係を円滑にするためであると考えられる。度の過ぎた「敬意」を示す「慇懃無礼」でなければ、誰しも「敬意」を示されて腹を立てることはないであろうから。 使い分けワンポイント⑦⑨ 敬語の種類 従来、日本語の敬語は、4つ「尊敬語/謙譲語/丁寧語/美化語」に分類されている。このうち「美化語」は習慣的なもので、特に「敬意」を示すわけではないので、ここではとり扱わない。 <770> 9. 授受動詞と敬語 残りの3つは、いずれも話し手がある対象に向けて「敬意」を表していると考えられるものである。ただ「謙譲語」という言葉は、封建的なにおいがするし、特に日本人が「謙譲語」を使ったからといって、自分を「卑下する/へりくだらせる」わけでもなければ、謙遜しているわけでもないと思われるので、本書では、次のような分類法を採用することにする。 なお「尊敬」という言葉が使われているが、本当に尊敬している場合も、本当は尊敬していない場合も、使うことができるので、後者の場合の「尊敬」は、人間関係を円滑にする「敬意」といった程度のものにすぎない。 1. 為手尊敬 どちらへいらっしゃるのですか。 社長は、何て、おっしゃったんだ。 全然お変わりじゃございませんよ。いつまでもお若くて羨ましいほど。 あの人、いつ見ても、おきれいね? 何か秘訣でもおありなのかしら。 お隣のおじいちゃん、本当にお元気ね。 何がお好きで、何がお嫌いなのですか。 このゴールデンウィークは、どこへ行くおつもりですか。 「人物X + は/が + A」とすると、Aが上のような太字になり、話し手がXに対して敬意を示す場合に使われる。ただ、Aが〈動作動詞〉でない場合、必ずしも敬意を示しているわけではなく、単なる「美化語」と見なされることがある。つまり、Aが〈動作動詞〉の場合に、Aを実行する「為手/行為者」に敬意を示すものが「為手尊敬」である。 2. 受け手尊敬 どうぞごゆっくり。ここでお待ちしていますから。 よろしいですか? じゃ、遠慮なく拝借いたします 先生のお手紙、拝見したのか? これかい? 社長から鶴ったんだよ。大したもんじゃないんだけどね。 ちょっとお目にかけたいものがあるのですが、いつがよろしいですか。 謹んで初春のお慶びを申し上げます。 「人物X + に/を + A」とすると、Aには〈受け手不在動詞〉ではなく、動作の「受け手」をもつ動詞がきて、話し手が受け手Xに対して敬意を示すもので、上の太字部分のように使われる。 3. 聞き手尊敬 どちらへいらっしゃるのですか。 何がお好きで、何がお嫌いなのですか。 どうぞごゆっくり。ここでお待ちしていますから。 よろしいですか? じゃ、遠慮なく拝借いたします。 あちらに見えますのが、この学校の図書館でございます。 何もございませんが、どうぞ、お召し上がりください。 ここで本を読んでおりますので、お気遣いなく。 どうかよろしくお願いいたします。 <771> これは暖房器具で、日本語で「こたつ」と申すものです。 すぐ参りますので、しばらくお待ちください。 ▶巻末「文体/文体の使い分け」「動詞の種類/受け手不在動詞」を参照 話し手の聞き手に対する敬意を示すもので、文体として反映される。 上から順に「尊敬語/謙譲語/丁寧語」に相当するが、使い分けを容易にすると同時に、誰に「敬意」を示しているかを明確にするために、上のような分類にしている。 使い分けワンポイント ⑧聞き手尊敬と文体 「聞き手尊敬」は、ほかの「為手尊敬/受け手尊敬」が文中に現れるのに対して、話し手の感情を聞き手に伝える一種の〈モダリティ〉として、文末部分に現れる。 聞き手に伝える話し手の感情には、次の3通りがある。 ▶巻末「文体/文体の使い分け/スピーチレベルシフト」を参照 1. 話し手の品格保持:〈敏体〉が使われる 自分自身が「教養も人格もある人間」であることを、話し手が聞き手に伝えるために使われる。したがって聞き手が目上目下にかかわらず、また聞き手と〈ウチ/ソト/ヨソ〉の関係にかかわらず使われる。 特に成人が年下や目下に使う場合に最も顕著に現れ、上下関係のある〈ウチ〉の場や、〈ソト/ヨソ〉に対して、年上目上の人が〈敬体〉を使う大半の理由は、聞き手に「甘え」を見せない「品格保持」にあるのではないかと思われる。 2.聞き手に対する敬意:〈敬体〉が使われる 子どもが〈ソト/ヨソ〉の成人に対して、また成人が、年上や目上に対して使う場合に顕著となる。 3.〈ヨソ〉に対する敬意:〈超敬体〉が使われる 特にサービス業に携わる人が、顧客に使う場合に顕著となる。いわゆる「丁寧語」よりも鄭重さが増すので「鄭重語」と呼ばれることがある。 聞き手に敬意を示さない〈非敬体〉と、聞き手に敬意を示す〈敬体〉とは、すべての場合で対応するが、〈超敬体〉は、必ずしも〈非敬体/敬体〉と対応するわけではなく、多くの場合、欠落状態にある。つまり、使える機会が限られていることを示している。 成人の日本語学習者が、他者の敬意を期待する場合、お勧めしたいのは、〈非敬体〉よりも〈敬体〉の習得である。まず聞き手に敬意を表してこそ、他者からの敬意を期待することができる。 使い分けワンポイント ⑧人称別「敬語」の使い方 「為手尊敬/受け手尊敬」の「為手/受け手」は、話し手を除外した「他者=聞き手/第三者」なので、敬語は人称によって、次のように使い分けられることになる。 こんにちは。私は、このクラスを受けもつ、みなさんの担任です。(品格保持) これから、食事に出かけるのですけど、ご一緒に行きませんか。(聞き手尊敬) <772> こちらでご覧いただけますのが、今回発表の新作でございます。(聞ぎ手尊敬) ところで、今、どんなご研究をなさっていらっしゃるのですか。(二人称為手尊敬) こんなところでお友だちをお待ちになってらっしゃるのですか。(二人称為手尊敬) あのう、いただいたプレゼント、拝見してもよろしいですか。(二人称受け手尊敬) ところで、あの先生、どんなご研究をなさっていらっしゃるの。(三人称為手尊敬) こんなところで社長を、お待ちしていらっしゃったのですか。(三人称受け手尊敬) 実は、課長がここで、社長をお待ちしてらっしゃったんだよ。(三人称受け手尊敬) 為手尊敬 受け手尊敬 聞き手尊敬〈文体〉 一人称「私」 × × ○ 二人称「あなた」 ○ ○ ○ 三人称「彼/彼女」 ○ ○ × 聞き手に3種類の敬語が用意され、聞き手が最も重要視されていることがわかる。聞き手に敬意を示す場合、基本的に文中の「為手尊敬/受け手尊敬」が、文末の「聞き手尊敬〈敬体〉」と連動するようになっているが、文末の「聞き手尊敬〈敬体〉」だけでも敬意は伝わるので、〈ウチ〉関係では、これで十分である。 第三者には、いわば「陰で噂をする」ことになるので、特に敬意を示す必要はないが、第三者と話し手または聞き手との関係や、ふたりの第三者の上下関係を反映させる場合は、第三者への「為手尊敬/受け手尊敬」が使われ、かなり複雑な使い方になる。 使い分けワンポイント ⑧② 敬語の表し方 3種類の敬語の表し方は、動詞の場合、規則的に使える一般的なものに、次のようなものがある。 なお「お + 形容詞/(状態)名詞」や「ご + (状態)名詞」については、特に述べない。 1. 為手尊敬 お/ご+動作動詞「ます形」/動作名詞+になる お休みになる/お出でになる/ご利用になる/ご出席になる 動作名詞 + される/なさる はなし 話(を)される/参加される/研究なさる/案内なさる お話(を)なさる/ご参加なさる/ご研究なさる/ご案内なさる お/ご+動作動詞「ます形」/動作名詞+くださる お貸しくださる/ご参加くださる/ご馳走してくださる 動作動詞 + てくださる 貸してくださる/待ってくださる/話してくださる <773> ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼」の次を参照 『『くれ』系バリエーション/『くれるか』系バリエーション』 「お/ご+A+だ」のうち、〈受け手不在動詞〉でない「お待ちだ/ご案内だ」などは、状況によって、受け手尊敬も表すことができる。 2. 受け手尊敬 お/ご+動作動詞「ます形」/動作名詞+する お話しする/お待ちする/お知らせする/ご案内する お/ご+動作動詞「ます形」/動作名詞+だ お待ちだ/お知らせだ/ご案内だ お/ご+動作動詞「ます形」/動作名詞+申し上げる/願う/いただく お話し/お待ち/お知らせ/ご案内+申し上げる/願う/いただく お休み/お帰り/ご利用/ご研究+願う/いただく/※申し上げる お褒め/ご馳走/ご紹介+いただく/申し上げる/※願う ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/『願う』系バリエーション」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ていただく」を参照 お/ご+動作動詞「ます形」/動作名詞+にあずかる お褒めにあずかる/ご馳走にあずかる/ご紹介にあずかる 「お/ご+A+申し上げる/願う/いただく」は、最初の「申し上げる」だけ、為手の話し手が、Aの動作を行ない、他者「聞き手/第三者」が受け手となって、Aの動作を受けるので、受け手尊敬であるが、あとの「願う/いただく」は、Aの為手は他者「聞き手/第三者」なので、Aの部分だけを見ると為手尊敬である。 ただ「願う/いただく」が「依頼/要求/命令」を表し、話し手の「依頼/要求/命令」を、他者「聞き手/第三者」が受けるという意味の受け手尊敬である。 お褒めにあずかり、誠に恐縮に存じます。 本日は、ご馳走にあずかりまして、誠にありがとうございました。 ただいま、司会の方から、ご紹介にあずかりましたが、この場をお借りいたしまして、ひと言、ご挨拶させていただきたく存じます。 最後の「お/ご+A+にあずかる」のAの部分も、他者「聞き手/第三者」がAの為手になるので、為手尊敬である。 ただ、先ほどの「いただく」が、授与要請動詞「もらう」の受け手尊敬になるのと同じように、この「Aにあずかる」は「Aを受ける」の受け手尊敬になっている。 「Aをいただく」と「Aにあずかる」の違いは、話し手が他者「聞き手/第三者」にAを要求したか、しなかったかという点にあり、後者のほうが、上のような挨拶言葉にしか使われないので、前者よりも、はるかにオフィシャルでフォーマルな言い方になり、使える機会はめったにない。 3. 聞き手尊敬 文末文体〈敬体〉〈超敬体〉 ▶巻末「文体/文体の使い分け/スピーチレベルシフト」を参照 為手尊敬の「お/ご+A+だ」や、受け手尊敬「お/ご+A+する/だ」 <774> の文末を「A + 致します/ございます」にすれば、〈超敬体〉の聞き手尊敬になる。ただ「A + します/です」にかえれば、〈敬体〉の聞き手尊敬になるだけである。敬語は、形態の上では3つに分けることはできるが、実際の場面では、それぞれが単独で使われるのではなく、いろいろと組み合わさり、組み合わせが複雑になればなるほど、難しくなっていく。 なお「為手尊敬/受け手尊敬」には、いわば「敬語不規則動詞」ともいえるものが、いくつかの動詞に限って存在する。 使い分けワンポイント ⑧③ 敬語において夕づーとなる言葉 敬語には、次のように、もし使うと冗談になるような使ってはいけない言葉がある。 1. 為手尊敬:為手の欠点をあげつらって、軽蔑するような動詞群 頭が+はげる/ぼける/狂う 会社/面子+をつぶす 太る/豚になる 2. 受け手尊敬:受け手に不利益をもたらす動詞群 殺す/いじめる/からかう/なじる/笑う/怒鳴る/けなす/ 貶める/騙す/欺く/盗む/殴る/狙う/狙い撃つ/取り調べる/ 取り締まる/捕まえる/皮肉や悪口を言う/風刺する/批判する 嘲笑/冷笑/軽蔑/侮辱/追及/尋問/検挙/逮捕+する 3.聞き手尊敬:〈非敬体〉を使う 上にあげたものは、誰にも敬意を示すようなものではないので、当然といえば、あまりにも当然である。 使い分けワンポイント ⑧④ 受け手不在動詞と受け手尊敬 $ ^{*} $じゃ、これで、お帰り+します/いたします。 $ ^{*} $それでは、お先に、お休み+します/いたします。 ×ご+出席/参加/運転+する $ ^{※} $明日の朝は、早くお起きしますので、起こしてくださいね。 →明日の朝は、早くお起きになりますので、お起こししてくださいね。 ▶本節「使い分け $ ^{⑥②} $/受け手不在動詞と授受動詞」を参照 ▶巻末「動詞の種類/受け手不在動詞」を参照 受け手尊敬というのは、敬意を示す対象「受け手」が存在してはじめて成り立つものなので、上の「×」太字のような〈受け手不在動詞〉を受け手尊敬に使うことができない。最後の例は、第三者が「朝早く起きる→為手尊敬→お起きになる」ので、聞き手が第三者を「起こす→受け手尊敬→お起こしする」ことを表している。 お手紙をお書き + しました/いたしましたので、ご一読の上、ご返事、賜りますようにお願い申し上げます。 メール、お読み + しました/いたしました。ありがとうございます。 ご + 要望/依頼/応援/援助/協力/協議/共存 + します。 <775> *お + 申し込み/貸しつけ + する。 しかし、上のような動詞群は、明らかに受け手が存在するのに異様に響く。これはおそらく「受け手尊敬」が使われる次のような条件に違反するからではないかと思われる。 1) 受け手にとって、メリットにはなっても、迷惑や負担にはならないこと 2) 授与動詞「あげる」とは異なり、受け手に恩を着せないこと 3) 動作が互惠的ではなく、受け手だけに作用すること 先ほどの受け手尊敬における「敬語におけるタブー」は、視点をかえて見れば「見返りを求めず受け手を受益者にする動詞群」ということになる。 お母様へのお手紙をお書きしましたので、間違いがないかどうかお調べください。 弁護士さんからのお手紙、お読みしますから、静かにお聞きください。 要望/依頼/応援/援助/協力/申し込み/貸しつけ + いたします。 上の2例のように、受け手のために、受け手に代わって「書く/読む」場合は、受け手尊敬になる。あとの「要望/依頼/応援」などは、受け手尊敬ではなく、聞き手尊敬「いたします」にして使われる。 ただ「お + 勉強/食事/散歩/出かけ + する」などは、受け手不在動詞で、上のタブーに違反しているが、受け手尊敬を表しているのではなく、ただ美化語をつくる「お/ご」が「勉強/食事/散歩/出かけ」についたものである。 使い分けワンポイント ⑧5 弱者視点動詞と受け手尊敬 子ども/鍵/お金/カバン/荷物 + をお預けしますので、よろしくお願いします。 そうですか。じゃ、遠慮なく、お借りします/いただきます。 ちょっと + お聞き/お伺い + します/いたします + が、...。 いえ、私 + が/のほうから、お電話/お便り/お返事/お願い/ご連絡/ご相談 + いたしますから/したいのですが。 お電話/お邪魔/お返事/お願い/ご連絡/ご相談 + してもよろしいでしょうか。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/依頼と許可請求」を参照 上の例は、受け手尊敬として使われているが、先ほどのタブー「受け手の迷惑にならない」に違反している可能性がある。 最初の2例、受け手から「恩恵」を受けるかわりに、受け手に「代償/報恩/見返り」を約束する「弱者視点動詞」なら、受け手の迷惑になるとは限らない。 しかし、ほかの例では、受け手に迷惑をかける可能性があるが、おそらく次のような理由で、タブーを犯していないと思われる。 1)「お/ご」が、美化語になって、受け手尊敬になっていない。 2) 受け手に対する「迷惑」を「依頼/許可請求/要望」などで相殺している。 つまり「お願い/お頼み/ご相談/お邪魔+する」など、明らかに受け手に不利益をもたらす場合、為手は、受け手からの「恩恵」を期待するが、と同時に「見返り請求」も覚悟していることを表している。 なお、授与要請動詞で、弱者視点動詞になる「もらう」は、ときに親が子どもに対して「じゃ、遠慮なく、おもらいなさい」といった言い方をすることはあるが、通常の場 <776> 合、受け手尊敬には「いただく」が使われる。 使い分けワンポイント ⑧6 受け手不在動詞受け手尊敬「~(さ) せていただく」 じゃ、申し訳ございませんけど、これで帰らせていただきます。 それでは、お先に、休ませていただきます。 疲れていたものですから、皆さんより先に休ませていただきました。 喜んで + 出席/参加/運転/応援/援助/協力 + させていただきます。 よろしいですか。じゃ、読ませて/ + 申し込ませて + いただきます。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/命令と依頼/~ていただく」を参照 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/依頼と許可請求」を参照 〈受け手不在動詞〉を、どうしても受け手尊敬にしたい場合は、上のように「受け手不在動詞ない形A+(さ)せていただく」にすることができる。 これは、〈受け手不在動詞〉の使役「〜させる」形に、授与要請動詞「もらう」の受け手尊敬「いただく」をつけたものなので、為手が受け手に対して、敬意を示しながら、わざわざ「私にAさせる + ことを/ように + 命令/要求」していることを表している。ただ、上の場合、受け手に命令する資格が為手にはないので、命令ではなく「許可請求/依頼」を表し、既実現「〜(さ)せていただいた」であれば、許可請求や依頼が実現したことになる。 お手紙/日記+を書かせていただきます。 要望/依頼/貸しつけ/協議/共存+させていただきます。 上のような例が不目然になるのは、まるで受け手である「聞き手」に向かって「手紙/日記+を+書いていいか/書かせろ」や「要望/依頼/貸しつけ/協議/共存+させろ」と言っているかのように響くからである。 第三者に「要望/依頼/貸しつけ + したい/させろ」や、第三者と「協議/共存 + したい/させろ」という状況なら使えるかもしれない お話し/お知らせ/ご案内+させていただきます。 ここで待たせていただきます。 *傘を+お貸し/お借り+させていただきます。 受け手の存在する動詞に使うと、授与要請動詞「いただく」が直接、受け手に作用してしまい、いくら敬意を示しているとはいえ、本音は、まるで「つべこべ言うな。オレに+話を/お知らせ/ご案内+させろ」や「ここで待たせろ/傘を貸させろ/借りさせろ」と「命令/要求」していることになるので、聞き手に「命令/要求」できるような状況がなければ、使うことができない。 「受け手不在動詞ない形 A + (さ) せていただく」が必要以上に使われているといって、不快を示す向きもあるが、特に、受け手が聞き手になる場合、聞き手に向かって「命令/要求」しているという使い方さえ忘れなければ、人を不快にさせるような間違いを犯すことはないかと思われる。 使い分けワンポイント ⑧7 受け手不在動詞と為手尊敬 お話し/お知らせ/お待ち/お貸し/お借り + になります。 <777> お帰り/お休み/お書き/お読み/お申し込み + になります。 ご + 出席/参加/援助/協力/相談/要望/依頼 + になります。 お勉強/運転/ご協議 + なさいます。 為手尊敬は、話し手の視点が「為手と受け手との関係」にある受け手尊敬とは異なり、為手の状況だけにおかれているので、〈受け手不在動詞〉であってもなくても使うことができる。 *あの方は、営業成績がお悪くおなりに + なり/なられ + ました。 *飲酒運転をして、警察にお捕まりになられたのですか。 ただ、上のような例も、為手尊敬ではあるが、為手「第三者/聞き手」に対して敬意を示すような内容ではなく、使いようによっては、冗談に響いてしまうので、避けたほうが無難である。 ちょっと、お太りになって、お元気になられたようですね。 おじいちゃん、ちょっと、ぼけてしまわれた/ぼけられた + みたい。 会社/面子 + を、つぶしてしまわれた/つぶされた (受身/△尊敬) /×おつぶしになった + のですって。 あの人、営業成績が悪くなられたそうです。 飲酒運転をして、警察に捕まってしまわれたのですか。 どうしても使う必要があれば、プラスの文脈に入れるか、敬意を示せない動詞を為手尊敬にしないで、マイナスの結果を示す「~てしまう」などを加え、これを「~てしまわれる」にすることができる。 敬意しか示せない「お+ます形+になる」よりも、受身をかねて迷惑も表せる尊敬「ない形+(ら)れる」のほうが便利な場合もある。 使い分けワンポイント ⑧8 敬語不規則動詞 「食べる/起きる/来る/する」など、動詞の「ます形/て形」が、語尾の「-る」が脱落して「食べ/起き/来/し+ます/て」になるもののうち、基本となる「-る形」が2拍となる動詞、つまり「ます形」に変化すると、1拍だけになり、アクセントが存在しなくなって、意味を失ってしまう動詞、つまり「お+ます形+になる/する」がつくれない動詞群は、敬語として、特殊な形態をもつ。 主なものをあげると、次のようになる。 1. 来る 為手尊敬:いらっしゃる/お越しになる/お見えになる/お出でになる/来られる 聞き手尊敬〈超敬体〉:参ります (注)「来られる」は「受身/可能」を表すことがある。 2. する 為手尊敬:される/なさる 聞き手尊敬〈超敬体〉:致します (注)「される」は「受身」を表すことがある。 3. いる 為手尊敬:いらっしゃる/おられる聞き手尊敬〈超敬体〉:おります(注)「おられる」は「可能」を表すことがある。 <778> 9. 授受動詞と敬語 4. 見る 為手尊敬:ご覧になる 受け手尊敬:拝見する 5. 着る 為手尊敬:お召しになる 6. 寝る 為手尊敬:お休みになる 7. 似る 為手尊敬:似ていらっしゃる 得る 為手尊敬:手に入れられる (注)「手に入れられる」は「受身/可能」を表すことがある。 また「得る」は「手に入れる」以外の意味もある。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/~得る」を参照 9. 射る/鋳る/煮る 為手尊敬:「似る」と同じ形態にするか、次のような別の言い方にする 弓をお使いになる/鋳造なさる/煮て召し上がる 動詞が〈受け手不在動詞〉の場合、受け手尊敬は存在しない。 なお「出る」は例外で、為手尊敬として「お出になる/出られる」がある。また、主格に人物が来ない「経る」は、為手尊敬は存在しない。 使い分けワンポイント ⑧9 「為手尊敬不規則動詞」一覧 上のほかに、不規則動詞といえるものがあるが、為手尊敬の主なものには、次のよう 上のほかに、不規則動詞といえるものがあるが、為手尊敬の主なものには、次のようなものがある。 なお「☆」は、通常の日常会話では使われないもので、使われることがあるとすれば、フォーマルでオフィシャルな場で、文末が〈超敬体〉になる場合かと思われる。 1. (~て)いらっしゃる: (~て) + いる/行く/来る 2. 〜でいらっしゃる:〜だ〜である (注)「〜でございます」は〈超敬体〉である。 3. お越しになる/お出でになる/お見えになる/見える:来る 4. お出でになる:行く 5. お求めになる:買う 6. ☆お譲りになる:売る 7. お休みになる:寝る おき 8. ☆お納めになる:受けとる (注) 不規則でなければ「税金を支払う」などの場合に使われる。 9. お連れになる:連れて+行く/来る 10. ご覧になる:見る 11. お召しになる:着る <779> 12. 風邪を + お召しになる/召す:風邪を引く 13. 召し上がる/あがる:食べる/飲む 14. お歳を召す:歳をとる 15. お気に召す:気に入る 16. ☆思し召す:思う 17. なさる/☆あそばす:する おお 18. ☆仰せつける:依頼/要求/命令+する 19. おっしゃる:言う20. くださる:くれる たまわ 21. ☆賜る:あげる (注)「Xが賜る」で為手尊敬/「Xから賜る」で受け手尊敬 22. ご存知だ:知っている 23. ☆お耳に入る:知る/聞く 24. お亡くなりになる/☆お隠れになる/☆崩御する:死ぬ 使い分けワンポイント ポイント ⑨0「受け手尊敬不規則動詞」一覧 不規則動詞といえる受け手尊敬の主なものには、次のようなものがある。 1. 拝見/拝聴/拝借+する:見る/話を聞く/借りる ちょうだい 2. 頂戴する/いただく/☆賜る:もらう 3. 進呈する/謹呈する/贈呈する/差し上げる:あげる/贈る 4. 承知する/承る:話を聞いて理解する/要求や依頼を引き受ける じゃまさんじょうたず6.お邪魔する/参上する:訪問する/訪ねる/行く7.伺う/お伺いする:訪問する/訪ねる/尋ねる/質問する 8.☆存じ上げている:知っている 9. 申し上げる:言う 10. ご覧に入れる/お目にかける:見せる 11. お目にかかる:会う 12. お耳に入れる:伝える/知らせる 13. お暇する:受け手の場所を離れる 14. お供する:一緒に行く 15. ☆お譲りする:売る 使い分けワンポイント ⑨「聞き手尊敬不規則動詞」一覧 聞き手尊敬〈超敬体〉に使われる不規則動詞の主なものには、次のようなものがある。 なお、右側には〈敬体〉を示している。 1. (~て) おります:(~て) います 2. (~て) 参ります:(~て) + 行きます/来ます <780> 9. 授受動詞と敬語 3. 〜で/〜が+ございます:〜です/〜があります 4. 致します:します 5. 申します:言います 6. 休みます:寝ます 7. 存じます:思います 8. 存じております:知っています 9. 畏まりました:わかりました/承知しました 上の言葉は、聞き手にだけ向けられる、いわば聞き手専用語で、第三者に向けられることがないという点に特徴がある。 ⑨② 敬語の使い方のポイント 日本語は、文末に話し手の感情を聞き手に伝える〈モダリティ〉が現れるので、3つの敬語のうち、最も重要なものは聞き手尊敬である。つまり〈文体〉の使い方さえ間違わなければ、為手尊敬や受け手尊敬を使わなくても、特に失礼にはならない。 むしろ「為手尊敬/受け手尊敬」の使い方を間違ったほうが、使わない場合よりも、はるかに失礼になるので、使う自信がなければ、使わないほうが無難である。 日本語について信頼できる周囲の日本人が、どのような場で、どのような人に対して、どのような敬語を使っているかを理解できれば、その人の真似をして、同じような人に、同じような「場面/敬語」で話すようにするのが、上達の近道ではないかと思われる。 使い分けワンポイント ⑨③ 聞き手尊敬と文体の「ゆれ」 明日、来る?〈非敬体〉話し手=聞き手 明日、いらっしゃる?為手尊敬 +〈非敬体〉話し手≤聞き手 明日、来ますか。聞き手尊敬〈敬体〉話し手=聞き手 明日、いらっしゃいますか。為手尊敬 +聞き手尊敬話し手<聞き手 〈注〉話し手≤聞き手は、話し手と聞き手が対等か、聞き手が上になることを示している 話し手が聞き手に敬意を示す〈文体〉は、〈敬体/超敬体〉であるが、上のように「来る」に対して、聞き手を為手とする為手尊敬「いらっしゃる」に、〈非敬体〉と〈敬体〉を組み合わせてみると4通りある。 〈非敬体〉は、親しい〈ウチ〉関係で使われるので、話し手と聞き手の上下関係は定かではない。 為手尊敬に〈非敬体〉を使ったものも、親しい〈ウチ〉関係なので、話し手と聞き手は対等か、話し手は聞き手に敬意を示しているので、聞き手の方が上とも考えられる。子どもは敬語を使わないので、為手尊敬を使っているのは成人である。つまり「男社会」で「男尊女卑」の残る日本社会では、女性が男性に使うことがあり、家族なら妻が夫に使うことが多い。 為手尊敬のない〈敬体〉は、成人の話し手が「品格保持」のため、上下関係のある〈ウチ〉や、〈ソト/ヨソ〉に対して話す場合に多用される。ただ聞き手は対等か下である。明らかに聞き手が「年上/目上」の場合は、為手尊敬と〈敬体〉が同時に使われる。 <781> つまり、親しい〈ウチ〉関係でなければ、〈敬体〉が使われるので、日本語学習者の環境では〈敬体〉が基本になる。為手尊敬は使えなくても、おそらく「可愛い」という評価で免除されるはずなので、気にしなくてもいいが、〈敬体〉を忘れると、誤解を生みだすことがある。 〈敬体〉は、主に次のような場面で使われている。 書き言葉:手紙文など特定の読者を「聞き手」にする場合 話し言葉:見ず知らずの不特定多数の聴衆を「聞き手」にする場合 話し手が「品格保持」の必要を感じるすべての場合 書き言葉では「スタイル/文体」として統一性を保っているが、話し言葉、特に成人の会話では、スタイルは「ゆれ」を見せ、ごく短い時間の会話においてすら、ときに〈敬体〉が使われたり、〈非敬体〉が使われたりする。 今晩、お時間、ございますか。ちょっとお話ししたいことがあるんですが。そうですか。 よかった。じゃ、お酒でも飲みながら。ごちそうします。大丈夫。お願いしたいことがあるから。じゃ、仕事が終わったら、お電話、くれる? いや、僕のほうからします。6時ごろでいいね? ▶巻末「文体/スピーチレベルシフト」を参照 この「ゆれ」は、話し手の「品格保持」に関係し、話し手が「品格保持」を放棄して、聞き手に「甘える」場合は、〈非敬体〉に流れてしまう。 そこでお友だちをお待ちになっているのですね。(為手尊敬 + 敬体) 何になさいますか。コーヒーでよろしいですか。(為手尊敬 + 敬体) その件は、決まり次第、お知らせします。(受け手尊敬 + 敬体) 新作は、こちらでご覧になれます。(為手尊敬 + 為手尊敬 + 敬体) 新作は、こちらでご覧いただけます。(為手尊敬 + 受け手尊敬 + 敬体) 何でも、おっしゃってください。お手伝いいたしますから。(同上) 話し手が聞き手に敬意を示す方法は、3通り「為手尊敬/受け手尊敬/文末の文体に〈敬体/超敬体〉を使う聞き手尊敬」あるが、組み合わせる場合、最も優先するのは〈敬体〉である。 ここで(あなたを)お待ちしています。聞き手>話し手外で学生が(あなたを)お待ちしています。聞き手>学生 上のほうは、話し手が、聞き手を受け手にした受け手尊敬を使って、直接的に聞き手へ敬意を示したものであるが、下のほうは、第三者「学生」に対して、聞き手を受け手にした受け手尊敬を使い、話し手が第三者を媒介にして、間接的に聞き手へ敬意を示したものである。 お客さま/社長+が(あなたを)お待ちになっていますよ。客>聞き手 お客さま/×社長+が(あなたを)お待ちしていますよ。客<聞き手 上のほうは、為手尊敬を使って第三者に敬意を示すことで、間接的に聞き手が下であ <782> 9. 授受動詞と敬語 ることをほのめかしているが、〈敬体〉を使って、話し手は聞き手への敬意を示している。 下のほうは、第三者に受け手尊敬を使って、第三者が下であることがほのめかし、さらに〈敬体〉を重ねて、聞き手に敬意を示している。 話し手が微妙な立場に追いやられるのは、聞き手と第三者のどちらに敬意を示せばよいか判断に迷うときである。通常は、目の前にいない第三者が捨てられ、聞き手が優先されるが、上下関係のはっきりしている「社長」のような場合、もし聞き手が「社員」であれば、聞き手に対して示す敬意は、〈敬体〉だけになり、聞き手を受け手にした受け手尊敬を社長に使うことができない。 お客さま/社長+が(あなたを)お待ちですよ。客/社長=聞き手そこで+お客さま/社長+をお待ちなのですね。客/社長=聞き手 こういった場合、為手尊敬にも、受け手尊敬にも使える「お/ご+動作動詞ます形/動作名詞+だ」を使い、文末だけを敬体「です」にして、聞き手に敬意を示しておけば、第三者との上下関係は、聞き手の判断になり、迷うことも困ることも悩むこともなく、便利である。ただ、使える動詞は「お待ちだ/ご案内だ/お知らせだ/お尋ねだ/お聞きだ/お願いだ」など、少数に限られている。 95 第三者に対する敬意の示し方と聞き手基準 社長がお待ちになっているよ。 社長>話し手>聞き手 ここで社長をお待ちしているんです。 社長>聞き手>話し手 そこで社長をお待ちしているのだね。 社長>話し手>聞き手 第三者に敬意を示す場合は、第三者に為手尊敬を示すか、第三者を受け手にした受け手尊敬が使われる。この場合、話し手と聞き手の上下関係は、〈非敬体〉を使うか、〈敬体〉を使うかによって示される。 課長、社長がお待ちになっていらっしゃいます。社長>課長>話し手社長、課長がお待ちしていらっしゃいます。社長>課長>話し手そこで社長をお待ちしていらっしゃるのですね。社長>聞き手>話し手 最初の例は、第三者「社長」に2つの為手尊敬「お待ちになる/~ていらっしゃる」を使い、聞き手「課長」に〈敬体〉を使っている。 次は、聞き手「社長」を受け手にして、第三者「課長」に、受け手尊敬「お待ちする」と、為手尊敬「~ていらっしゃる」と〈敬体〉を使っている。 最後は、第三者「社長」が受け手になり、聞き手に対して、受け手尊敬「お待ちする」と、為手尊敬「~ていらっしゃる」と〈敬体〉が使われている。 つまり、最も下位にある話し手が、上位にある「社長/課長/聞き手」すべてに敬意を表した言い方になっている。 しかし、人間関係が複雑になればなるほど、敬語の使い方にエラーが出やすくなり、登場人物が3人以上になると、話し手が混乱を起こしてしまい、話せなくなってしまう。そのためかどうかはわからないが、日本語の敬語体系には、こうした人間関係が複雑になる場合の「敬意」の示し方として、古くから、次のような「聞き手基準」というのが設けられている。 <783> 聞き手基準:話し手と第三者の上下関係にかかわらず 第三者が聞き手より上であれば、第三者に敬意を示し、下であれば示さない。 つまり、聞き手が社長、第三者が課長の場合、話し手は最下位であっても、課長には敬意を示さないので、次のように言い方がスタンダードになる。 社長、課長が+お待ちしています/すぐ参ります/出張します。 これは、聞き手が敬意を示すべき〈ソト/ヨソ〉の人間で、第三者が〈ウチ〉関係になる場合も同じで、話し手は、第三者に敬意を示すことができない。 父はまだ帰っておりません。帰りましたら、お電話、させましょうか。課長は、ちょっと席をはずしております。ご用件を承りましょうか。 つまり、聞き手が〈ソト/ヨソ〉の人間で、最高位にあり、〈ウチ〉関係の第三者は聞き手よりも下になるので、たとえ話し手の上位者「親/上司」であっても、話し手は上位者に敬意を示すことができないことになる。 社長、課長が+お待ち/拝借/拝見+していらっしゃいます。 $ ^{*} $社長、課長は+休んで/出張して/電話して+いらっしゃいます。 ただ、三者「話し手く課長く社長」が〈ウチ〉関係の場合、最高位の社長を受け手にした受け手尊敬「お待ち/拝借/拝見 + する」で社長に敬意を示し、さらに、課長に為手尊敬「~ていらっしゃる」や、聞き手尊敬〈敬体〉で敬意を示すことは許されているが、〈受け手不在動詞〉を使って、社長に敬意を示すことができないのに、為手尊敬で課長に敬意を示すのは「聞き手基準」によってタブーになる。 使い分けワンポイント⑨授受動詞の敬語 社長がご馳走してくださいました。課長も、ご馳走してください。 社長にご馳走していただきました。課長にも、ご馳走していただきます。 社長にネクタイを贈って差し上げました。課長に、ご馳走して差し上げました。 ▶本節「使い分け⑩②④」に示した3つの「使い方のまとめ」を参照 授受動詞の敬語のうち、授与動詞「XがHに + A + くれる」には、Xに敬意を示す為手尊敬「くださる」はあるが、話し手側Hを受け手にする受け手尊敬がないのは、話し手が自分に敬意を示すことになるので、当然である。 「くださる」は、Xの授与に対して、話し手の「感謝」と「敬意」を示すので、日常会話では、最も頻繁に使われる授受動詞である。 授与要請動詞「YがXに + A + もらう」の場合、Xが話し手でなければ、Xが受け手になって敬意を受ける受け手尊敬に「いただく」と「おもらいする」があるが、後者には、Xに媚びへつらって、乞食のようにAを受ける響きがあり、親や飼い主が、子どもや犬に「じゃ、おもらいなさい」という以外には、使われることがないように思われる。 Yが話し手でなければ、Yの為手尊敬「おもらいになる」があるが、これも「お受けとりになる/お納めになる」などが使われる。 <784> 9. 授受動詞と敬語 ただ、聞き手尊敬「いただく」は、〈基準時現在未実現〉で使われた場合、聞き手に敬意を示すと同時に、もとの「もらう」のもつ「命令/要求」が生きているので、最も使い方の難しい授受動詞である。 授与動詞「XがYに + A + あげる」は、為手尊敬が「おあげになる」になるが、これも「恩義の押しつけ」を基本としているので、他者へ「恩を着せる」行為に、話し手が敬意を示すという特殊な場合にしか使うことができない。 受け手尊敬には「おあげする/差し上げる」があるが、これも「恩を着せられる」人に話し手が敬意を示すという特殊な状況になる。 通常、使われる授受動詞の敬語は「くださる/いただく/差し上げる」であるが、この順に使用頻度は低くなる。 ⑨ 〜てくださる・〜ていただく・〜て差し上げる ×娘は、ちょっと料理をすると、台所を散らかしてくださる。 ×久しぶりに夕立が降ってくださった。 先生/神様 + が勇気をお与えくださった。 来週、部長と北京に出張して + くださる/いただく + ね。 おばさん + が/に + 手伝って + くださいました/いただきました。 おじさんの車を修理して差し上げました。 △傘、貸して差し上げましょうか。 授受動詞の敬語は、誰かに「敬意」を示しているので、メルヘンの世界でなければ、プラスのものを対象とした人間と人間のあいだの授受行為に使われる。 ただ「与える一方だ」といわれる「神」なら、授与動詞「くださる/おあげになる」が可能かもしれないが、書き言葉で、与えるものが対象物の場合なら、主に「神/王」専用の「授ける」も使うことができる。 そのほかの使い方は、敬意を示さない授受動詞と同じである。 お夕バコは、ここで、吸って/お吸い + いただきます/いただけます。 ゴミは、指定のものを、指定の場所に出して + いただきます/いただけます。 お塩、少々と、お好みで胡椒を振りかけて + いただきます/いただけます。 ▶本節「使い分け③/未実現『もらう』が示す命令」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ていただきます」を参照 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/~できるか/その他の『できる』の使い方」を参照 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~できる/~いただけます」を参照 上のような〈基準時現在未実現〉の「A(て)+ いただきます」は、多数の特定か不特定の聞き手に対して、敬意を示しながら「命令/要求」することを表しているが、これを、可能形「A(て)+ いただけます」にかえると、まったく異なる「許可/助言」を表すようになる。 <785> 「A + て形」と「お + Aます形」の違いは、敬意を示す程度にあり、後者のほうが高いので、聞き手に対する「命令/要求/許可/助言」の響きが和らぐことになる。 彼に、ご協力/協力して + いただく/いただける + ことになったよ。 (大学の同級生だった社長に) 弟を採用して + いただく/いただける + ようだよ。 第三者への〈基準時現在未実現〉の「~(て)いただく」は、第三者「彼/社長」に対する要求を示しているが、可能形「~(て)いただける」は実現の可能性を示している。 時間になりました。それでは、お答えいただきましょう。ちょっと+座らせて/休ませて/立たせて+いただきます。 したがって、上の例に可能形は使えないが、聞き手に許可を求める「~(さ)せていただく」の場合、足腰の悪い人が「立たせて」とはいえるが、通常の状況では使うことができない。 ちょっと + 座らせて/休ませて/立たせて + いただきました。 彼に + 協力して/お手伝い + いただいて、本当に助かりました。 ご協力/お手伝い + いただいて、本当に助かりました。ありがとうございました。 しかし、〈基準時現在未実現〉の「~(て)いただく」を、〈基準時現在以前既実現〉の「~(て)いただいた」にかえると、第三者や聞き手への「要求/命令」が実現したことを表し、すでに「要求/命令」ではなくなっているので、どんな状況であっても使うことができる。 悪いんだけど、ベッドシーツは、3泊まで、お使い/使って + いただきますよ。 申し訳ございませんが、おタバコは、ここで、吸って/お吸い + いただきます。 そこはダメですよ。ゴミは、指定の場所に出していただきますから。 このあと、塩と胡椒を振りかけていただきますから、用意しておいてください。 × 来週、引っ越すことになりましたので、お手伝いにお越しいただきます。 × 来月の初めに、リサイタルを開きますので、ぜひとも、ご参加いただきます。 ▶本節「使い分け③/未実現『もらう』が示す命令」を参照 多数の聞き手に向ける「使い分け⑨」とは異なり、上の例が、もし特定の個人に向けられたものであれば、たとえ話し手が、聞き手に対して「命令」できる立場にあったとしても、聞き手の耳には「非常に傲慢」に響き、話し手の「慇懃無礼」な態度に不快、もしくは腹立ちを感じることになる。 日本語学習者が、メールや手紙などで「依頼」する場合に犯しがちなエラーは、最後の2例のように、命令の「~(て)いただく」を、聞き手に対する敬意を示している「受け手尊敬」なので、命令に「敬意」をこめれば「依頼」になると勘違いすることである。 どれほど敬意を示しても、〈基準時現在未実現〉の「~(て)いただく」を、命令から依頼に変化させることはできない。 使い分けワンポイント ⑩ 既実現「~(て) + いただいた/いただき/いただいて」 早々のお年賀をいただきまして、誠にありがとうございました。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。ご家族の皆様によろしくお伝えくださいませ。 本日はこんな雨のところ、わざわざお見送りいただき、恐縮に存じます。 <786> せっかくお越しいただきましたのに、主人が留守で、申し訳ございません。 ▶本節「使い分け⑲/既実現『もらった(のだ)+(か)』を参照 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~て・~なんて・~とは+感情」を参照 日本語学習者を混乱させるのは、例のような〈基準時現在以前既実現〉の「~ (て) + いただき/いただいて + 感情語」や「~ (て) いただいた」である。 既実現の「~ (て) いただいた」は、話し手の聞き手に対する「要求/命令」が実現したことを表すほかに、聞き手のプラス行為に「恩を着る」ことを表しているので、たとえ聞き手に「要求/命令」しなかった場合でさえ、聞き手の行為に「恩」を感じていることを示すために、既実現の「~ (て) いただいた」が使われる。 既実現「~ (て) いただいた」のもつ婉曲的で「遠慮深い/鄭重な/謙虚な」表現が、未実現「~ (て) いただく」でも変わらないと勘違いさせてしまう。 使い分けワンポイント ⑩~(て)いただきますか・~(て)いただけますか この書類、課長に見て + いただきますか/いただけますか。 みなさんにお話して + いただきますか/いただけますか。 荷物を持って + いただきますか/いただけますか。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/『もらえるか』系バリエーション」を参照 日本語学習者にとって、授受動詞と敬語の最大の難関は、上の「A(て)+ いただくか/いただけるか」を完璧に理解して、使いこなすことである。特に最後の例のように、第三者が示されていないと、いったい二者関係なのか、三者関係なのか、混乱を引き起こしてしまうことがよくある。 基本は、〈基準時現在未実現〉の「荷物を + の/持って + いただく/もらう」などが、聞き手に対する「直接的な働きかけ」を行ない、聞き手に「荷物を + よこせ/持て」と「命令/要求」する点である。 これを、聞き手に向けられる〈問いかけ文〉にかえた場合、話し手と聞き手の立場が入れ替わって、聞き手が「命令/要求」することになり、話し手は聞き手に「命令/要求」するかどうかを尋ねていることになる。 つまり話し手は、聞き手に対して「あなたは第三者に『Aを+よこせ/しろ』と『命令/要求』するか」と問いかけていることになる。 この問いかけは、話し手に向けられた「あなたは『Aを+よこせ/しろ』と、私に『命令/要求』するのか」であるはずがない。話し手「私」は、聞き手「あなた」を受け手にして、誰かに敬意を示す受け手尊敬「いただく」を使っているので、話し手に対する「命令/要求」になると、聞き手「あなた」は、話し手「私」に敬意を示しながら「命令/要求」することになってしまう。しかも「命令/要求」の見返りに、聞き手は話し手から「恩義」を買わなければならない。 敬意のない「オレに荷物を持ってもらうか」なら、パラフレーズして「オレに荷物を+持ってほしい/持たせる+(の)か」となって可能かもしれない。しかし、これは、聞き手に対して「おまえはオレから+恩義を買って/土下座して+まで、その荷物を持ってほしいのか」といったことをほのめかしているので、話し手が「苛立ち/怒り/軽蔑/侮蔑」といった気持ちを抱いている場合にしか使うことができない。 <787> 「A(て) + いただきますか」は、第三者に向けられた「命令/要求」であり、しかも、聞き手が第三者に「直接的な働きかけ」を行なうのではなく、話し手が「仲介者/媒介」となって聞き手の代わりに行なう「間接的な働きかけ」を示している。 また、第三者を受け手にした受け手尊敬「いただく」が使われ、聞き手尊敬の〈敬体〉が使われているので、人間関係は「第三者>聞き手≥話し手」になる。これが〈非敬体〉「いただくか」なら「第三者>話し手>聞き手」になり、さらに「もらいますか」にすると「聞き手≥話し手>第三者」になり、〈非敬体〉「もらうか」の場合は「話し手>聞き手>第三者」になる。 一方「A (て) + いただく/もらう + か」を、可能形「A (て) + いただける/もらえる + か」にかえた場合、可能形の問いかけ「ここでタバコを + 吸えます/吸うことができます + か」が、許可請求「ここでタバコを + 吸っても/吸うが + よろしいですか」と等しい内容になるので、例えば「荷物を + の/持って + いただける/もらえる + か」などは、パラフレーズすれば「荷物を + の/持って + いただいても/もらっても/いただくが/もらうが、よいか」になり、話し手が聞き手に対して「あなたに『荷物を + よこせ/持て』と『命令/要求』+ しても/するが + よいか」と問いかけていることになる。 つまり、聞き手を受け手にした受け手尊敬「いただけるか」は、聞き手に敬意を示しながら、さらに「命令/要求」する代償として「見返り/報恩」することを約束した「許可請求/依頼」を表していることになる。 人間関係は、〈敬体〉「いただけますか」なら「聞き手>話し手」で、〈敬体〉「もらえますか」なら「聞き手=話し手」になる。〈非敬体〉「いただけるか」は「話し手>聞き手」であるが、話し手が年配者の男性で、聞き手が成人の場合に使われる。〈非敬体〉「もらえるか」は「話し手>聞き手」で、話し手が年配者の男性か男性の上司で、話し手の「Aは実現して当然だ」といった気持ちが響き、依頼や許可請求というより、ほとんど「命令/要求」に近づいてしまう。 この書類、課長に見て + いただきますか/いただけますか。 みなさんにお話して + いただきますか/いただけますか。 ▶本節「使い分け⑰/未実現『もらう(のだ)+(か)』が示す希望と意志」を参照 上のほうの「見ていただきますか」は、話し手が聞き手に「この書類を課長に見て+ほしい/もらいたい+か」と尋ねているので、次のような三者関係になっていることを示している。 〈恩義の流れ〉 課長:書類Aを見る → 話し手/仲介 → 聞き手〈Aの流れ〉 聞き手:書類Aを渡す → 話し手/仲介 → 課長 「見ていただけますか」は、話し手が聞き手に「この書類を課長に見てもらうことができるか」と頼んでいるので、話し手と聞き手の二者関係になり、次のように、第三者課長は「依頼」の外側の存在になる。 <788> 〈恩義の流れ〉聞き手:書類Aを受けとる → 話し手 〈Aの流れ〉話し手:書類Aを渡す → 聞き手 → 課長 実行までの過程:話し手 → 依頼/書類を渡す → 聞き手:実行 実行:課長が書類Aを見る 以下、ヒントから「A(て)+ いただく/もらう + か」が、三者関係になることを確かめて + ほしい/もらいたい/いただきたい。 ご家族に連絡して + いただきますか/いただけますか。家族に連絡して + いただけますか/×いただきますか。 上のほうの「連絡していただきますか」の「ご家族」は、聞き手の家族で、聞き手尊敬〈敬体〉がきいているので「家族」は使えない。もし「家族」が使えるとすれば、第三者の家族になってしまう。誰かに頼んで家族に連絡するかどうかを尋ねている。 「連絡していただけますか」の場合の「ご家族/家族」は、前者の場合が、聞き手の家族、後者の場合は話し手の家族になる。聞き手が家族に連絡するかどうかを尋ねている。 次の「上位者」は「第三者>聞き手>話し手」になる第三者であり、文のあとの「上位者/聞き手/話し手」は、文頭の「お子さん/子ども」が、それぞれの「子ども」であることを表している。 お子さんを (あなたが) + 預かって/お預かり + いただけますか。(上位者) お子さんを (彼に) + 預けて/お預け + いただけますか。(上位者/聞き手) 子どもを (あなたが) + 預かって/お預かり + いただけますか。(話し手) 子どもを (彼に) + 預けて/お預け + いただけますか。(話し手) 「いただけますか」を「ください」にすれば、わかりやすいかもしれない。 「預かって/預けて」と「お預かり/お預け」とを比べると、聞き手に示す敬意の程度は、後者の方が、はるかに高い。 次の例では、文頭に「あの人に頼んで」を補うこと。 お子さんを + 預かって/お預かり + いただきますか。(聞き手) ×子どもを + 預かって/お預かり + いただきますか。(聞き手) お子さん/×子ども + を + 預けて/お預け + いただきますか。(聞き手) どの場合でも、聞き手の子どもを表している。 実行までの過程:話し手→問いかけ→聞き手→要求/話し手仲介→第三者:実行実行「預かる」:第三者が聞き手の子どもを預かる実行「預ける」:第三者が第四者に聞き手の子どもを預ける つまり、第三者に「預かってもらう」か、第三者から第四者に「預けてもらう」かを尋ねている。 使い分けワンポイント ※禁煙にご協力いただきますよう、お願い申し上げます。 →禁煙にご協力くださいますよう、お願い申し上げます。 <789> →禁煙にご協力いただけますよう、お願い申し上げます。 *申し訳ございませんが、どこかそちらにございます日本語学校を+紹介していただきます/ご紹介いただきます+よう、お願いいたします。 →紹介してくださいます/ご紹介くださいます + よう、お願いいたします。→紹介していただけます/ご紹介いただけます + よう、お願いいたします。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ていただきます」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」の次を参照 『~ようだ・~みたいだ』の使い方/ようだ-希望『祈願/願望』」 「×」の例は、受け手尊敬「~ていただく」に、希望のうち「祈願/願望」の「~ますように」と、聞き手に対する「依頼/願望」を示す「お願いする」が組み合わさったものである。 〈基準時現在未実現〉の受け手尊敬「~ていただく」は、聞き手を受け手にすると「命令」になり、第三者を受け手にすると「要求」になるので、上の3つの組み合わせは異常である。いくら受け手に敬意を表し、また受け手から「恩義を買う」つもりでも、聞き手に直接「命令」しているか、間接的に「第三者に要求しろ」と命令しているかになるからである。 これを、聞き手の約束を期待する「~てくださる」や、聞き手への「助言」や、実現の可能性を示す「~ていただける」にかえ、あとに「祈願/願望/依頼」を続けて、全体を聞き手に対する「依頼」にするほうが、はるかに「まともな言語感覚」である。 ところが、この「×~ていただきますよう、お願い申し上げます」が、異様な響きとも感じられずに、増える傾向にあるように見うけられる。誰かが誤って使ったのが普及してしまったのか、依頼に見せかけながら、命令したい本音を晒けだしたものなのか、本当のところはわからない。 <790> 第10章 モダリティの表現 10. 1. モダリティの表現/禁止と義務 ~てはならない・~てはいけない・~てはだめだ ~てはならない:国家や社会的要請によって生じた義務のともなう禁止命令。 ~てはいけない:個人的なレベルで生じた義務や必要性のともなう禁止命令。 ~てはだめだ:聞き手に対する「注意/叱責/批判/激励」を示す禁止命令。 動詞て形/形容詞-く+ては+ならない/いけない/だめだ (状態)名詞で/形容詞-く+あっては+ならない/いけない (状態)名詞+では+いけない/だめだ ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ては」を参照 「~ては/では」は、話し言葉で「~ちゃ/じゃ」になることが多い。 互換性 書き言葉では「~てはならない」と「~てはいけない」に互換性があり、話し言葉では「~てはいけない」と「~てはだめだ」に互換性がある。 [例 1] 国家は、憲法に照らして、いかなる武器も保持してはならない。 上の例が、法律文書や裁判の判決文などであれば、置き換え不能。 *国家は、憲法に照らして、いかなる武器も保持しては + いけない/だめだ。 いかなる商店であっても、風俗取り締まり法に反する商行為をしては + ならない/×いけない/×だめだ。 当組織は、今後、公害を生む有毒物質を、不法投棄してはならない。 警官は容疑者に向かってみだりに発砲しては + ならない/いけない/だめだ。消防車の出入り口につき、いかなる車も駐車しては + ならない/いけない。まだ余震が続いているので、現在の避難場所から離れては + ならない/×だめだ。未成年者に、酒類を販売したり、飲酒を勧めたりしては + ならない/いけない。この薬は副作用があり、3日以上、連続して服用しては + ならない/×だめだ。電子レンジに使用される容器は耐熱温度が摂氏 120 度未満であってはならない。 →耐熱温度が摂氏120度未満 + で(あって)はいけない/×ではならない。 以下の工具は、次の基準値を満たし、それより低くあってはならない。 →それより低く + (あつ)てはいけない/てはならない/×だめだ。 ▶本節「使い分け⑤/~なければなら 使い分け [例 1] のように、憲法や法律などに関係する書き言葉の場合、個人にではなく、社会的組織に対する命令には「~てはならない」が使われる。 この場合「~てはいけない」は、話し言葉なら使われるが、書き言葉に使うと不自然になる。 <791> ~てはならない・~てはいけない・~てはだめだ しかし「用例」のように、憲法や法律などに関係する書き言葉でも、社会的組織にではなく、個人を対象にした命令の場合は「~てはいけない」を使うことができるようになる。 上の例に、話し言葉専用の「~てはだめだ」を使うことはできないが、話し言葉に変換すれば、使う人がいるかもしれない。 憲法によれば、国家は武器も保持しては + いけない/だめな + んだよ。 警官は、容疑者に向かって、発砲しては + いけない/だめな + んだよ。 この薬、3日以上、続けて飲んでは + いけない/だめな + んだって。 耐熱温度が摂氏120度未満では + いけない/だめな + んだよ。 こういった工具は、この基準値を満たしてなきゃ + いけない/だめな + んだよ。これより低く + ちゃ/×あっては + いけない/だめな + んだよね。 ただ上のような言い方は、聞き手に働きかける「禁止命令」を表しているのではなく、禁止された内容を、メッセージとして聞き手に伝えているだけである。 なお「(状態) 名詞で/形容詞-く + あってはいけない」は書き言葉なので、話し言葉になる上の例に使うことができない。 使い分けワンポイント ①~といけない・~とだめだ 国家は、いかなる武器も保持すると + いけない/だめな/×ならない + んだって。 警官は、みだりに発砲すると + いけない/だめな/×ならない + んだよ。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~と・~ては」を参照接続:(状態)名詞 + だ/である + と + いけない/だめだ動詞 - る/形容詞 - い + と + いけない/だめだ 上のような「~と + いけない/だめだ」は、〈働きかけ文〉には使えない一般条件の「~と」に、マイナス評価「いけない/だめだ」が結びついたものなので、〈述べ立て文/判断文〉になり、禁止命令は表さない。 また、一般条件の「~と」は、自分自身の経験や知識を根拠に、話し手が確信をもって述べ立てる場合にしか使えないので、たとえ禁止された内容を、メッセージとして聞き手に伝えるだけであっても、使うと不自然になる。かなりの年配の人なら、もしかすると使うかもしれない。 しかし「~てはならない」は、絶対的な禁止命令にしか使えないので、〈述べ立て文〉になる「×~とならない」という言い方そのものが存在していない。 レンジ用容器は、耐熱温度が摂氏 120 度未満だと + いけない/だめな + んだよ。こういった工具は、この基準値より低いと + いけない/だめな + んだ。心臓が悪いから、歩くのはいいけど、走ると + いけない/だめな + んだって。上のような一般条件の場合なら、誰が「~と」を使っても自然な響きになる。 使い分けワンポイント ②「~ては + ならない/いけない/だめだ」の命令者 命令する者は、もちろん命令される者より上位にあるが、命令の仕方によって、命令者が誰であるか、次のように判断できる。 <792> 10.1.モダリティの表現/禁止と義務 ~てはならない:書き言葉、命令される者を「監督/管轄」する行政機関 ~てはいけない:書き言葉、命令される者を「監督/管理」できる責任者 話し言葉の場合は、主に男性によって使われる ~てはいけません:同上の話し言葉、主に「母親/教師/上司」など ~てはだめだ:同上の話し言葉、主に男性「父親/教師/上司/先輩」など ~てはだめです:同上、主に女性「母親/教師/上司/先輩」など。 「~てはならない」は、人格を感じさせない表現なので、人格をもつ個人を命令の対象にする場合、書き言葉として「~てはいけない」が選ばれる。 話し言葉の「~ては + いけない/だめだ」を〈非敬体〉で使えるのは、その場で最高権力をもつ人、通常は男性で「父親/教師/上司/取り締まり中の警官/責任者/現場監督/管理者」などか、聞き手の人格を無視できる状態にある人「腹を立てて、非常に感情的になっている男性」であろう。 お父さん、毎日そんなに働いちゃだめだよ。体、壊しちゃうよ。 そのおもちゃ、まだ持ってるの?危ないっていうから、使っちゃだめだよ。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~(のだ)よ・~(のだ)ね・~(のだ)よね」を参照 ただ「~てはだめ (だよ/よ)」が、家庭や仲間内など、親しい〈ウチ〉関係に使われた場合、命令よりも、甘えた助言に近くなり、目下が目上に使うことができる。 解説 「~ては + いけない/だめだ」の〈敬体〉として、よく女性に使われる「~ては + いけません/だめです」は、聞き手に対する敬意ではなく、話し手自身の品格保持のために、男女を問わず、成人によって使われる場合がある。 今日、車でしょう?飲んでは + いけません/だめです + よ。(敬意) →今日、車?じゃ、飲んじゃ + いけません/だめです + よ。(品格保持) →今日、車?じゃ、飲んじゃ + いけない/だめ(だ)+ よ。 歯を磨いたのですから、食べては + いけません/だめです + ね。(敬意)→歯を磨いたんだから、食べちゃ + いけません/だめです。(品格保持)→歯を磨いたんだから、食べちゃ + いけない/だめ(だ)+ よ。 ▶本文9.「授受動詞と敬語/聞き手尊敬と文体」を参照 ▶巻末「人間関係」「文体/文体の使い分け」を参照 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/~から・~ので」の「接続」を参照 「今日、車?」は、聞き手に対して、敬意を示さない〈非敬体〉なので、あとの〈敬体〉「飲んじゃ + いけません/だめです」は、聞き手への敬意ではなく、話し手自身のために使われている。 「逆接確定条件」の「~が/~けど」や「順接確定条件」の「~から/~し」は、敬体文では〈敬体〉を受けるので、〈非敬体〉「磨いたんだ」を受けた「~から」は聞き手に対して、敬意を示さない〈非敬体〉であることを伝えており、文末の〈敬体〉「食べちゃ十 いけません/だめです」は、話し手自身のために使われている。 品格保持が、特に母親や女性教師など、目上の女性によく使われるのは、おそらく話し手が「女性である」という「自覚/品位」を示そうとするからであろう。 <793> 置換 [例2] ここは、車が通って、危ないから、遊んではいけませんよ。 次のように「~てはだめです」には置き換え可能。しかし「~てはなりません」に置き換えると、不自然になる。 →ここは、車が通って、危ないから、遊んでは + だめです/×なりません + よ。 こんな時間まで、学校で遊んでは + いけない/だめだ/×ならない + ね。 体、こわすから、ダイエットしては + いけない(わ) /だめ(だ) /×ならない + よ。 用例 次の用例も「~てはならない」には置き換わらない。 ご飯を食べたら、すぐに、お風呂よ。それまでは、テレビを見ては + いけません/だめです/×なりません+よ 給食を残してはいけませんよ。全部きれいに食べましょうね。 お客様に向かって、あんなものの言い方をしてはいけませんね。 こんなところで釣りをしてはいけません。ここは養殖場です。 ここに車を止めてはいけないんだって。裏に回れって言ってる。 使い分け かなり昔、話し言葉で使われていた「~てはならない」は、今日でも映画やドラマの時代劇でなら、聞くことができる。 人がどのように言おうが、親の言いつけに背いてはなりませぬ。 敵に後ろを見せる?それはならぬ。武士として、あるまじきこと。 ▶巻末「古語/助動詞/否定『ず』/否定の意志・推量『まじ』を参照 △こんな時間まで、学校で遊んではならないね。早く家に帰りなさい。 ×もう食べないのか。体、こわすから、ダイエットなんかしてはならないよ。 ×こんなところで釣りをしてはなりません。ここは養殖場です。 ×ここに車を止めてはならないんだって。裏に回れって言ってる。 しかし、現代の話し言葉では「~ては + いけない/だめだ」が使われる。もし「~てはなりません」を使うと、とても古びた響きがして、不自然になるか、まるでロボットが規則を読んでいる感じがしてしまい、ユーモアはあっても、聞き手に対する思いやりは感じられなくなる。 使い分けワンポイント ③「~てはいけない」と「~てはだめだ」の違い こんな時間まで、学校で遊んでは + いけない/だめだ + ね。早く家に帰りなさい。 「~てはいけない」が使われると、守るべき規則が存在していて、違反すれば、罰則によって処分されるといった響きがある。しかし「~てはだめだ」は、聞き手に義務やペナルティが生じない場合に多用される。 ご飯を食べたら、お風呂。それまでテレビを見ては + いけません/だめです + よ。 上のように規則がない場合でも、命令に従わないと、叱られたり、ひどい目に遭ったりするのは「~てはいけない」のほうで、話し手聞き手双方に了解された「暗黙の罰則」が存在していると思われる。 こんなに雨が降ってきては+だめだ/×いけない。ともかく試合は中止にしよう。これほど静かでは+だめです/△いけません+ね。眠れなくなってしまいます。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ては」を参照 <794> 10.1. モダリティの表現/禁止と義務 お天気や周囲の状況に対して命令することは不可能なので、例の「~てはだめだ」は、命令を表しているのではなく、聞き手に「禁止/回避」を指示する一般条件の「~ては」に、マイナス評価「だめだ/よくない」がついているだけである。 下のほうが使えるのは、あまり静かでない場所に移るという「回避」ができるからである。屋外の試合に雨だと回避のしようがないので「~てはいけない」を使うことができない。通り雨「こんなに降ってきてはいけない。雨宿りしよう」なら、可能である。 使い分けワンポイント ④「~ては+ならない/いけない/だめだ」のまとめ上の3つの使い方をまとめると、次のようになる。 ~てはならない ~てはいけない ~てはだめだ 話し言葉では、ペナルティをもつ「~てはいけない」が目上の人によく使われ、逆に、ペナルティがなく、甘えた響きをもつ「~てはだめだ」は、親しい〈ウチ〉関係によく使われ、目上目下を問わず使うことができる。 使い分けワンポイント ⑤ ~なければならない・~なくてはならない・ ~なければいけない・~なくてはいけない 国は、すべての国民に、最低限度の生活を保障し + なければならない/×なくてはならない/×なければいけない/×なくてはいけない。 株を発行するすべての企業は、証券取引法を遵守し + なければならない/×なくてはならない/×なければいけない/×なくてはいけない。 すべての国民は、その所得に応じて、税金を納め + なければならない/なくてはならない/×なければいけない/×なくてはいけない。 従業員は、出退勤時を、タイムレコーダーに記録し + なければならない/なくてはならない/×なければいけない/×なくてはいけない。 接続: ない形 + なければ/なくては + ならない/いけない 接続:ない形 + なければ/なくては + ならない/いけない ▶本節まえの「~てはならない・~てはいけない・~はだめだ」を参照 「禁止」を表す「~てはならない」の場合と同様に「憲法/法律/社内規定/校則/規則」といった書き言葉の場合、個人ではなく、社会組織に対する義務には「~なければならない」が使われる。しかし、この場合でも、社会組織ではなく、個人に対する義務なら「~なくてはならない」も使うことができる。 国は、国民すべてに、最低限度の生活を保障し + なければならない/なくてはならない/ なければいけない/なくてはいけない + のよ。 株を発行するすべての企業は、証券取引法を守らなければいけません。 すべての国民は、所得に応じて、税金を納めなくてはならないんだ。 出退勤時を、タイムレコーダーに記録しなくてはならないんだって。 <795> ~てはならない・~てはいけない・~てはだめだ ところが「禁止」の場合と違って、話し言葉では、4つすべてが使えるようになる。 じゃ、赤組が負けましたから、罰ゲームをし + なければなりません/なくてはなりません/ なければいけません/なくてはいけません + ね。 お母さん、旅行中で、早く帰って、弟の世話、し + なきゃなんない/なくちゃなんない/ なきゃいけない/なくちゃいけない + の。 若いうちに、いろんな経験、しておか + なけりゃならない/なくちゃならない/なけりゃいけない/なくちゃいけない。 明日、試験だから、早く起き + なきゃならない/なくちゃならない/なきゃいけない/なくちゃいけない + んだよ。 ▶本文2.7.「時の表現/基準時以前既実現/~てからでないと」を参照 また、日常的な話し言葉の場合でも4つすべてに互換性がある。この場合「~なければ/~なくては」の代わりに「~なけりゃ/~なきゃ」と「~なくちゃ」がよく使われる。また「~ならない」が「~なんない」になることがある。 使われ方の両極端にある「~なければならない」と「~なくてはいけない」の使い分けを示せば、次のようになる。 ~なければならない:話し手の「常識/社会的通念/道徳倫理」レベルでの義務 ~なくてはいけない:聞き手に対して向けられる上と同じレベルでの義務や命令 前者「~なければならない」の場合、話し手「赤組/私」が、個人を束縛する「決まり/約束/慣習/常識」などに従って「罰ゲームをする/弟の世話をする/いろんな経験をする/早く起きる」義務を負っていることを表している。 これに対して後者「~なくてはいけない」は、聞き手「赤組/あなた」が義務を負っていることを表しているので、その義務を遂行するように、聞き手に対して、話し手が命じている場面になる。 「赤組 + なければならない」は、話し手「赤組」のリーダーが、メンバーに「私たちは当然、罰ゲームをする義務がある」と説いているところである。 「赤組 + なくてはいけない」の場合、話し手は「白組」に属しており、自分たちと試合をして負けた「赤組」に対し「あなたたちは罰ゲームをする義務がある。もし、しなければ、さらにペナルティが課せられる」と説いているところになる。 また「弟の世話をしなければならない」は、母親との約束によって、話し手「私」には「当然、弟の世話をする」義務があるので、一緒に遊べないと聞き手に話しているところである。 「弟の世話をしなくてはいけない」は、話し手「私」が、対話現場の実際の聞き手に対して「お母さんと約束したの。だから、ちゃんと弟の世話をするの」と言い訳しながら、同時に、心のなかで〈独り言〉における聞き手「もうひとりの私」に「いやと言ったって仕方ないでしょう? お母さんとの約束なんだから、ちゃんと弟の世話をするのよ。もし、しなかったら、お母さんに叱られるでしょう?」と言い聞かせているところになる。 ▶巻末「話し手と聞き手/独り言」を参照 <796> ~なければ/当然の義務/ペナルティなし 〈~なければいけない〉 十いけない/聞き手の義務 〈~なければならない〉 〈~なくてはいけない〉 話し手の義務/+ならない 〈~なくてはならない〉 ~なくては/ペナルティのある義務 「~なければならない」と「~なくてはいけない」との中間にある「~なければいけない」と「~なくてはならない」については、上の図を参照のこと。 ⑥ ~ないといけない・~ないとだめだ じゃ、赤組が負けましたから、罰ゲームをしないといけませんね。お母さん、旅行中で、早く帰って、弟の世話、しないとだめなの。 ▶本文 1.1 「主題/提題/『~は』の省略」を参照 若いうちに、いろんな経験をしておかないとだめだね。明日、試験だから、早く起き+ないといけないんだよ。 ▶本節「使い分け①/~といけない・~とだめだ」を参照 ▶本文4.3.「順接仮定条件/一般条件/~と」を参照 「聞き手の義務」を表す「~ないと + いけない/だめだ」は、いわば「~なければいけない」と「~なくてはいけない」の境界をとりはずしたものである。ただ〈独り言〉の場合を含めて、話し手の義務を表す「×~ないとならない」は存在しない。 「話し手の義務」か「聞き手の義務」かは、実際の対話の状況に依存するしかなく、書き言葉で使うと紛らわしくなってしまうので、話し言葉か、対話状況の反映できる手紙文などで使われる。特にペナルティの有無をぼかしてしまうので、やわらかな響きになり、話し言葉で愛用される。 ただ「~と」の表す「話し手の経験に裏打ちされた確定条件」が、ここでも生きているので、上の例でいえば、話し手には「罰ゲームをした/弟の世話をした/いろんな経験をした/試験で早く起きた」経験がなければならないし、おそらくペナルティを受けた経験もあると考えられる。 例えば「若いうちに、いろんな経験をしておかないとだめだね」と話している人は、経験したおかげで立身出世したか、逆に、経験しなかったために夢破れた年配者でなければならない。これに対して「いろんな経験をしておか + なければ/なくては + ならない/いけない」は、経験のない若い人でも使うことができる。 使い分けワンポイント ⑦~ねばならぬ・~ねばならない・~なければならぬ 国は何をしなければならぬかを考えるよりも、国のために何ができるかを考えねばならないときが、今そこに来ている。 男がすると言えば、何があろうとせねばならぬ。それが男の世界だ。ひとりひとりが、グローバルな視点をもたねばならぬ時代であろう。 ▶巻末「古語/助動詞/否定『ず』を参照 <797> ~てはならない・~てはいけない・~てはだめだ 「~ねばならぬ」は「~なければならない」の古語的表現で、今日でも、書き言葉では使われている。また「~ねばならない・~なければならぬ」という言い方もあるが、古語を半分にしたぶん、やや現代語的になるが、書き言葉であることには変わりがない。 便い分けワクポイクド ⑧「義務」案ハリエニタンと問いかけ文 国は、国民すべてに、最低限度の生活を保障しなければならないのか。 株を発行するすべての企業は、証券取引法を守らなければいけないの? 誰でも、所得に応じて、税金を納めなくてはならないのですか。 出退勤時を、タイムレコーダーに記録しなくてはいけないのですか。 負けたら、罰ゲームをしなければいけないのですか。 お母さんの留守の間、ひとりで弟の世話、しなきゃ、ダメなの? ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~ 上のような「義務」系バリエーションの〈問いかけ文〉は、単なる「義務」の確認を表している。 熱があるんですが、体育の授業、出席し + なければ/なくては + なりません/いけません + か。 熱があるんですが、体育の授業、出席しないと、いけません/ダメです + か。 →熱があるんですが、体育の授業、出席しなくてもいいでしょうか。 これね、好きじゃないんだけど、食べ + なければ/なくては/ないと、いけない/だめ/ ×ならないと? →これね、好きじゃないんだけど、食べなくてもいい? ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/依頼と許可請求」を参照 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/前触れ」を参照 しかし、上のような〈問いかけ文〉になると、許可請求の「~て(も)いいか」と同じ内容を表すことになる。これは、文頭の「熱があるんですけど/好きじゃないんだけど」という「前触れ」が効を奏して、話し手の「欠席したい/食べたくない」という気持ちを表しているからである。 なお「~ならない」は、社会性のある「体育の授業」には使えるが、個人的な好き嫌いでは、使うことができない。 使い分けワンポイント ⑨ ~なくて(も)いい・~ないで(も)いい A:あの、風邪を引いて熱があるんですが、今日の遠足、行か + なくて(も)/×ないで(も) + よろしいでしょうか B:ええ、行か + なくて (も) /×ないで (も) + いいですよ。 P:これ、嫌いなんだけど、食べ + なくて (も) /ないで (も)、いい? Q:ん、そうか。嫌いなら、食べ + なくて (も) /ないで (も) + いいよ。ほかのものを ん、そうか。嫌いなら、食べ+なくて(も)/ないで(も)+いいよ。ほかのものを食べなさい。 S:だって、これ、嫌いなんだもん。食べたくない! T:そうか。そんなに嫌いなら、食べ + ないで/×ないでも/△なくて/×なくても + いい!そこに座ってろ。食べるな。食べるんじゃない。 学校なんか、行か + ないで/△なくて + いい! 明日から働きに行け。明日は創立記念日です。学校に来 + なくて/×ないで + かまいません。 <798> 10.1. モダリティの表現/禁止と義務 明日、創立記念日で、学校、行か + なくて/ないで + いいんだって。 あのオーディション、背が高く + なくて/×ないで + いいんだって。 マンションの条件、静かで + なくて/×ないで + いいと言ってるよ。 あそこのパート、経験者で + なくて/×ないで + いいようですね。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/依頼と許可請求」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/-るな・-るんじゃない」を参照 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~ないで・~なくて」を参照 「A動詞ない形/形容詞 - く/(状態)名詞で + なくて(も)いい」は、義務系のバリエーションや、禁止を示す「A + ては/では + ダメだ」とペアになり、Aという義務や制約のないことを表しているので、ここから「Aの必要がない/Aでないことが許される」という義務免除や不必要、許可を表し、〈問いかけ文〉で、許可請求に使われる。一方、動詞にしか接続しない「A + ないで(も)いい」は、もともと「A + ないで + B」に「Aをしないと同時に、ほかのBをする」という意味があるので、もし「Aをする義務や制約がない」という意味で使うと、Aをしないかわりに「好き勝手/勝手気まま + をしてもいい」という「放縦」を暗示してしまうので、最初の例や「創立記念日」の例のように、〈敬体〉の許可請求や許可の場合に使うと不自然になる。〈非敬体〉の親しい〈ウチ〉関係では、互いに甘やかすことが基本になっているので、あしろ「~ないでいい」が好まれる。 また「Aをする義務や制約は免除するが、放縦はさせない」を示す場合にも使われ、特に「も」をつけない〈述べ立て文〉では、ほとんど禁止命令「Aーる + な/んじゃない」と同じ迫力をもって、聞き手に働きかけることがある。 使い分けワンポイント ⑩「~なくて/~ないで」のまとめ こんなこともできなくて、とても恥かしいです。 こんなこともできないで、いったい何ができるというんですか。 背が、要求されたほど高くなくて、残念ながら、オーディションに落ちました。 あまり高くなくて、おいしい料理を出す店ですよ。 うちの母親、素直じゃなくて、本当に困ってるの。万一のとき、いったい誰が介 素直でなくて + (可愛くなくて) + 憎らしいだけの嫌われ老人の典型だよ。 *素直ではなくて、可愛くはなくて、憎らしいだけの嫌われ老人の典型だよ。 あの辞書でなくては、こんなこと、調べられないな。 あの辞書じゃなくて、この辞書じゃ、そんなこと、調べられないな。 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~ないで・~なくて」を参照 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/原因と理由の配列」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~て+感情」を参照 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ては」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/対比のバリエーション」を参照 「A + なくて/ないで + B」は、Aの種類と、ABの関係によって、次のように使い分けられている。 <799> Aの種類 A + なくて + B A + ないで + B 動詞 原因Aと結果B同時間帯のAとB 形容詞/(狀態)名詞 並列関係/原因Aと結果B × 勉強も + しないで/せずに、遊んでばかりいる。 泣いてばかり + いないで/いずに、ちゃんとわけを話しなさい。 ▶巻末「古語/助動詞/否定の『ず』」を参照 「動詞 A + ないで」は、やや改まった言い方や書き言葉では「A + ずに」にかわるが、どちらも「Aをしない状態のままで」という意味を表している。 ▶本節「便い分け⑤/~ないで・~すに+は+おかない・すませない」などを参照「(状態)名詞A+でなくて+B」は、AとBの並列関係や因果関係を表すが、もし「~で」のあとに「~は」が入って「(状態)名詞A+では/じゃ+なくて+B」になると、AとBは、対照的で対立的な関係を表す対比関係になる。 使い分けワンポイント ①~ことはない・~には及ばない・~までもない・ ~にはあたらない あの人の病気?検査で、ちょっと動脈硬化が進んでいると言われただけですよ。あの年ですからね。何も心配する + ことはありません/には及びません/までもありません/には当たりません + よ。 校内暴力、家庭内暴力といっても、驚く+ことはない/には及ばない/までもない/には当たらない+のかですって?これだけ世の中が荒んでいるんですから、当然でしょう。テレビの白痴番組を見ればわかるじゃないですか。 交通事故を引き起こすドライバーたちを非難する+ことはない/には及ばない/までもない/には当たらない。引き起こさなければ成り立たないような勤務体制がしかれているのだから。 あんな男、かばう/擁護する + ことない/には及ばない/までもない/には当たらない + ですよ。家庭では暴君として、有名なんですから。 そんなこと、あの人に向かって、言う+ことはありません/には及びません/までもありません/には当たりません+よ。 あの映画? 見ましたけど、面白くありませんよ。見る + ことない/には及ばない/までもない/×には当たらない + と思いますよ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/言うまでもない」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『こと/もの』の使い方」を参照 ▶本文 2.7.「時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣/~ことがある」を参照 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~ことはない」を参照 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~あたり」を参照 「A-る+こと(は)ない/には及ばない/までもない/には当たらない」は、〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉で使われ、いずれも「Aをする必要はない」という判断や評価をする点では、共通している。 映画ですか。このごろ忙しくて、見ることはありませんね。 就職してから、やはりストレスが強いせいか、学生時代とは違って、冗談を言うこともな <800> 10.1. モダリティの表現/禁止と義務 くなりましたね。 「A-る+こと(は)ない」は、〈ウチ/ソト/ヨソ〉のいずれの関係にも使うことができるので、この4つのなかでは、最もよく使われる言い方である。また、上のように「Aをする習慣がない」ことも表し、対話背景がないと紛らわしくなるので、話し言葉に使われることが多い。 「Aをする必要はない」は、話し言葉になると「A + しないでください/しないほうがいいでしょう」という意味になるので、この「Aーる + こと(は)ない」も、多く助言や勧めで使われる。 「A-る+には及ばない」は、〈ソト/ヨソ〉に対して使われ、非常に鄭重な、ときには慇懃無礼なまでの響きがするので、話し手の意図が「助言や勧め」にあるのか、禁止命令「A+しないでください/するんじゃありません」にあるのか、聞き手には判断できない場合がある。 「Xは + A - る + までもない + Yだ」も、〈ソト/ヨソ〉に対して使われるが、話題Xに対する強い断言「XがYであるのは、Aをする必要さえもないほど当然だ」を表す。したがって、上の例は「あの人/校内暴力/交通事故/あんな男/そんなこと/あの映画 + は、心配する/驚く/ドライバーたちを非難する/かばう/言う/見る + 必要がないほど、元気だ/当然だ/起こるのが当然だ/家庭では暴君だ/当然あの人は知っている/面白くない」ということを表している。 「XはYだから、A-る+には当たらない」は、〈ソト/ヨソ〉に対して使われる書き言葉なので、話し言葉では使わない人がいるかもしれない。 特定の感情や評価を表す動詞A「心配する/不安がる/怖がる/喜ぶ/うれしがる/嘆く/驚く/かばう/ほめる/非難する/軽蔑する/バカにする」などにつき、客観性のある理由「XはYだ」によって「Aするのは+当を得ていない/的外れだ/妥当ではない/適切とはいえない/よくない/ダメだ」といった客観的な評価や判断を表す。 したがって、最後の例のように「あの映画」が、ただ「面白くない」という個人的な好き嫌いで、客観的な「見るのは適切でない」という評価をすると、不自然になってしまう。 金に目がくらんで逮捕された政治家なんて、軽蔑する + までもない/×ことない/×には及ばない/×には当たらない + よ。人間としてはクズ以下なんだから、軽蔑にも値しないよ。 上の例は「金に目がくらんで逮捕された政治家というものは、軽蔑する必要もない/軽蔑にも値しない+ほど、人間としてはクズ以下だから、軽蔑されても当然だ」という意味を表しているので、逆に「軽蔑するな」を表す「軽蔑する+ことない/には及ばない/には当たらない」は、使うことができない。 金に目がくらんで逮捕された政治家を軽蔑する + ことない/には及ばない/までもない + よ。僕たちだって似たり寄ったりなんだから。 金に目がくらんで逮捕された政治家を軽蔑する + には/のは + 当たらないよ。僕たちだって似たり寄ったりなんだから。 上の例は「軽蔑するな」という意味を表し、また「金に目がくらんで逮捕された政治家を軽蔑する必要もないほど、僕たちだって似たり寄ったりだ。だから、あの政治家の <801> ~てはならない・~てはいけない・~てはだめだ したことは当然だ」という意味に解釈できれば、すべてに使うことができる。 ただ、最も適切なのは、やはり「A-る + には当たらない」であろう。また「XはYだから、A-る + には当たらない」は「A-る + のは + Xに + ふさわしくない/相当しない/当たらない」という意味なので、慣用的ではないが、むしろ「A-る + のは当たらない」とするほうが、わかりやすいかもしれない。 使い分けワンポイント ⑫ 当為「〜べきだ」系パリエーション 「〜べきだ」は、古語「べし」から来ており、次のような使われ方をする。 ▶巻末「古語/助動詞/当為『べし』を参照 1. 〜べきだ/〜べきで (は) ない/〜べし/〜べからず/〜ざるべからず ▪〈一般的なことに対する述べ立て〉 学生なら、当然、勉強+すべき/するべき+だ。 学生であるからには、勉強して、しかるべきだ。 ▶巻末「古語/動詞/ラ変動詞『しかり』を参照 トップからしてあれだ。当然「あとは推して知るべし」だよ。 男女を問わず、人間は、年老いても、やはり美しくあるべきだと思う。 人間の傲慢さが、現代世界を支配しているのではないだろうか。私たちは、沈黙に耳を傾け、もっと謙虚に生きるべきではないだろうか。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~にする/~ようにする」を参照 ▶本文10.6.「モダリティの表現/状況判断/『ようだ』の使い方」を参照 収集日の朝、出す + べきで/べし、前夜、出す + べきではない/べからず。子どもたるもの、年老いた親を扶養せざるべからず。 ▶巻末「古語/助動詞/否定の『ず』を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/AたるA'」を参照 ▪〈聞き手に対する働きかけ〉 少しでも合格する可能性があるのなら、受けるべきだよ。万一ってこともあるじゃないか。遅刻しないようにすべきなんだよ。みんなの眼が冷たいだろう? あんな連中と付き合うべきじゃないよ。成績、落ちてるじゃないか。 ここは危険区域につき、泳ぐべからず。 2. 〜べきだった/〜べきではなかった: 後悔/非難 しまった。あのとき、言っておくべきだったな。もう間に合わないな。 あんなこと、言うべきじゃなかったのよ。落ち込んじゃってるわよ。 彼女、結婚するってさ。遊ぶの、あきらめて、プロポーズすべきだったね。 何だか、今日、あれこれ、すべきことがいっぱいあって、忙しいんだよ。 文楽は、ユネスコが指定した、後世に残すべき無形の世界遺産である。 小学生が、先生の話を聞かなくなったなんて、悲しむべき事態だね。 <802> このまま自然破壊が続くと、恐るべきことが起こるかもしれない。 人は誰でも、死す/死ぬ+べき運命だなんて、信じられない気がする。 あっけにとられて、言うべき言葉もなかった。 →シンナーを吸うなんて、絶対してはいけない遊びだよ。 老人を狙ったかっぱらいなど、許す+べからざる/まじき+ことだ。 →老人を狙ったかっぱらいなどは、許す能うべからざる犯罪行為である。 ▶巻末「古語/助動詞/否定の意志・推量『まじ』」を参照 労働強化の結果であろうが、運転士の判断ミスで、100人以上もの死者を出したあの脱線事故というのは、あり得べからざる事態である。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/~得る」を参照 4. 〜べく/〜べくして〜/〜べくもない しかるべく善処されたい。 →当然そうであるように、善処してほしい。 日が暮れて、暗くなってきたので、家に帰るべく、道を急いだ。 子どもの誕生日のプレゼントを買うべく、久しぶりに町に出た。 日ごろの食生活からして、あの病気は起こるべくして起こったことだ。 これほど政府の無能をさらけ出しては、景気回復は望むべくもない。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/~べく・~べき」を参照 「A - る + べきだ」は「当然しなければならない行為Aをする」ということを表し、また「A - る + べきではない」は「当然してはならない行為Aはしない」ということを表すので、肯定と否定の場合をあわせて「当為」と呼ぶことがある。 一般的なことがらに使われると、ほとんど「A + なければならない/てはならない」と等しい「当然の義務」を表す。 べくもない」は、古語か古語的表現で、慣用表現か、書き言葉に使われるが、ほかの「〝べきだ〜〟べきで(は)ない〜〟べきだった〜〟べきではなかった」や「〜〟べき+名詞〜〟べき+名詞+ではない」は、〈ウチ〜ソト〜ヨソ〉にかかわらず、話し言葉でも書き言葉でも使われる。 「~べきで (は) ない」は、文末でしか使われないので、名詞に接続する場合は「~べき + 名詞 + で (は) ない」が使われる。 ただ、不自然さは感じるが、文末にしか来ないといわれている「~だろう/~(よ)う/~まい」のうち「~だろう」が名詞に接続するようになってきているので、この傾向からすれば「~べきで(は)ない+名詞」を使う人はいるかもしれない。 使い分けワンポイント⑬当為とは? 「当為」とは「当然しなければならない行為」を表しているが、この「当然」という前提には、一般的にすべての組織や個人に適用される「道徳/倫理/慣習/風習/法律/ <803> ~てはならない・~てはいけない・~てはだめだ 規則」や、守ることが期待されている「契約/約束/習慣/義理/人情/社会通念/常識」などが含まれている。 いわば人間である限り、また社会的存在である以上は「して当たり前だ」という行為を表している。この「人間がして当然の行為」というのは、一方では「社会的+要請/必要/義務」として、社会生活を営む人間を束縛する方向に働くが、もう一方では、次のように「人間ができて当然の行為」を表し、個人的な人間を許容する方向に働くこともある。 その点数なら、奨学金ももらえるだろうから、留学すべきだよ。 冷蔵庫には、食べるべきものも、飲むべきものも、何もなかった。 試験問題に限らず、あらゆる問題に対処して、解決すべき力を身につけるには、つめこみ受験塾などには行かず、自分で考えるべき時間を与えてくれるパズル教室などがいいかもしれない。 したがって、当為「~べきだ」系は、束縛する方向に「義務/命令/助言」の意味をもちながら、逆に、許容する「可能/許可」の方向にも意味を広げている。 ただ「束縛と許容」を明確に区別するには、禁止の場合は「~ては+ならない/いけない+(名詞)」を、不許可には「~可能形+ない+(名詞)」を使うほうがわかりやすい。 使い分けワンポイント ~わけにはいかない・~てはいられない/ ~ないわけにはいかない・~てばかりはいられない 車で来てるから、誘われたからって、飲みに + 行くわけにいかない/行けない + よ。 約束したからには、今晩、返さないわけにはいかない/返さなければならない。 子どものてまえ、大きな声で離婚の相談 + をするわけにもいかなかった。 昔お世話になった人の息子さんだから、助けないわけにもいかないよ。 あ、そうだ。来週から試験なんだ。おい、こうして遊んで + いるわけにはいかない/(ばかり)はいられない + よ。 元気な親との同居って、とっても楽だけど、30にもなって、そういつまでも親のすねをかじって + いるわけにもいかない/(ばかりも) いられない + でしょう? そんなバカと + 付き合ってるわけにもいかない/付き合ってられない + よ。こっちだって、することくらいあるんだから。 いくら病気だって、いつまでも + 寝ているわけにもいかない/寝てもいられない + でしょう?もうすぐ高校野球が始まるんですから。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/その他の『できる』の使い方」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~てまえ」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ざるをえない」を参照 「A - る/ない + わけに + は/も + いかない」は、社会的人間として「道徳/倫理/慣習/風習/法律/規則/契約/約束/習慣/義理/人情/社会通念/常識」は「守って当然だ」という前提に立ち、だから「Aは + 許容されていない/する義務がある」という意味を表している。 ▶「~は/~も」の使い分けは、本文8.3.「極限/類推/『~も』の使い方」を参照 <804> 10.1. モダリティの表現/禁止と義務 したがって「Aーる + わけに + は/も + いかない」は、基本的に不許可の「A可能形 + ない」に、また「Aない + わけに + は/も + いかない」は「A + なければならない」などの「義務」系に置き換えることができる。 ただ、前者の代わりに「可能形 + ない」を使うと、例えば「飲みに行けない」なら、聞き手は「警察に捕まる/妻に叱られる + とまずいから」といった理由を想像し、社会規範を遵守しているとは考えてくれないかもしれない。 また後者の置き換え「A+なければならない」では、義務ばかりが先行し、例えば「返さないわけにはいかない」のもつ「返したくないのはやまやまだし、返せないのも事実だけれども、やっぱり返さないことには面子、丸つぶれだし、どうしようもないだろう?」といった「心の葛藤/二進も三進もいかない仕方なさ/あきらめ/悲しみ」といった話し手の感情を表すことができない。 この場合は、同じ二重否定をつかって、話し手の「あきらめ」の気持ちを表す「〜ざるをえない」が最も近い位置にある。 「A + てはいられない」は、事態の真っ最中を表す「~ている」を可能形にしたもので、言い換えれば「~ていることができない」ということになる。この「~できない」の「~できる」は許可を表すので、何かの事情があって「Aをしていることは、許容されていない」という意味を表し、上に述べた「A + ている + わけにはいかない」と互換性をもつ場合がある。 世の中の義理や人情に縛られる「A+ている+わけにはいかない」に対して、この「A+てはいられない」が表す話し手の気持ちは、もし「Aをしていると、必ずあとで後悔するような悪いことが起こる」という不安と焦燥である。 例えば「親のすね」の場合、このままかじり続けていると「あとでどんなひどいことを言われるかわかったもんじゃない」と恐れていることになるが、これを「~ているわけにもいかない」にかえると、こんなことでは「親に対して申し訳がない」というおやこうこうもの 親孝行者のお話になる。 「名詞A+する」や「A+ている」には、排除を表す「ばかり」を挿入した表現「名詞Aばかりをする/Aをしてばかりいる」があり、誇張した「A以外のことはしない」という意味を表すが、この「A+てはいられない」にも「A+て+ばかり+は/も+いられない」という、やはり誇張した表現がある。 なお「A + わけに/て(ばかり)+ は/も + いられない」の「~は/~も」は、省略されることがある。 こうして + はいられない/いるわけにはいかない。早く行かなきゃ。 客か。じゃ、こうして、のんびりして + いられない/いるわけにいかない + な。 試験ともなれば、一夜漬けでも、勉強しないで + いるわけにもいかなくなる/×いられなくなる/×ばかりはいられなくなる。 重い病気にでもかからねば、宮中に出向かずに + いるわけにもいかない/×いられない/×ばかりはいられなくなる。 はじめの2例「~て+はいられない/いるわけにはいかない」は、話し手の義務を表しているので、互換性はあるが、あとの2例「A+ないで/ずに+いるわけにも <805> ~てはならない・~てはいけない・~てはだめだ いかない/いられない」は、意味がまったく異なっている。 前者の「A + ないで/ずに + いるわけにもいかない」は、義務「Aをしていなければならない」を表すが、後者「A + ないで/ずに + いられない」は、Aという感情や欲望をコントロールできない話し手の気持ちを表し、ここでは「勉強したくてたまらない/宮中に出向きたくて仕方がない」となって、互換性をもたなくなる。 「×A + ないで/ずに + ばかり + は/も + いられない」という言い方は、存在し 試験もすんだ。遊ばずに + いられない/×いるわけにはいかない + な。 この音楽が鳴ると、じっとして + られなくなる/×るわけにいかなくなる + の。 この映画、泣かないで + いられなかった/×いるわけにもいかなかった + よ。 逆に上の例は、制御できない気持ちを表しているので、義務表現はふさわしくない。ただ最後の例は、もし「周りの人、みんな泣いてるんだよ。泣かないでは恥かしいし、それに白い目で見られそうだったから、仕方なく泣いたんだよ」という状況設定なら、話し手は「泣かないでいるわけにもいかなかった」を使うかもしれない。 「~わけ」と「~ばかり」は、次のように多様な使われ方をする。 ▶本文 7.2.「比較・比喻・比例/比喻/~んばかりに」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~ばかりでなく」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喻・比例/比較と程度/数量 + ばかり」を参照 使い分けワンポイント ⑤ 〜ないで・〜ずに + は + おかない・すませない/ 〜ないで・〜ずに + は + すまない・すまされない 「今に見ていろ。近い将来、必ずこの国に追いつき、追い抜いてみせずには+おかない/すませない+ぞ」と、一同はかたく心に誓いあった。 今日が期日なんだよ。知ってるくせに。何があっても、返させないでは+おかない/すませない+から、ご主人にちゃんと伝えておいてくれ。 妹をいじめたのは誰だ。仕返しせずには+おかない/すませない+から、見えてろ。 おまえが甘いから、子どもがつけあがって、あれがいいだの、これがいやだの、偏食をするんだ。今日は、俺がいるんだから、泣こうがわめこうが、全部、食わさずには+おかない/すませない+からな。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現」の次を参照 「『~ておく』の使い方/『おく』の意味」 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~おきに」を参照 ▶本又6.2.「变化、変数/~おさに」を参照 ▶本節「使い分け⑩/『~なくて/~ないで』のまとめ」を参照 ▶本文2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~ないで・~なくて/~ずに」を参照 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/意志動詞の否定」を参照 「A + ないで/ずに + は + おかない/すませない」は、義務や任務、または話し 手自身のポリシーによって、必ず「Aを実現+する/してみせる」という断固とした 決意を表すが、直接、聞き手に向けられると「報復や復響の誓い」のようになり、よく <806> 10.1. モダリティの表現/禁止と義務 「おかない/すませない+から、覚えていろ」というパターンで使われる。 ここで使われている「~ておく」は、例えば「うるさいわね、ひとりにしておいてよ/遊びたいんだから、遊ばしておきなさいよ/言いたいだけ言わしておくさ/勝手にさせておけ」といった「放任」を表しているので、否定の「~おかない」は「あれだけハンサムだと、周りの女が放っておかないだろうな/あの親なら、子供を遊ばせてはおかないよ」といった「自由/勝手/好き+にさせない」という意味を表している。 また「A + ないで/ずに」は「Aをしないという状態のまま」という意味なので、結局「A + ないで/ずに + はおかない」は「Aをしないという状態のままで(は)+ 放っておかない/勝手にさせない」ということになる。 一方「A + ないで/ずに + はすませない」は、文末の「済ませない」が「終わらせない/貸し借りゼロにはしない/借りのある状態にしておかない/決着をつけずにはおかない」といった意味なので、ほぼ「Aをしないという状態のままで、けりをつけるようなことはしない」になる。 両者を比べると、相手の自由を奪ってしまう「A + ないで/ずに + (は) おかない」のほうが、圧倒的に追力があり、けんかなどでは、こちらのほうがよく使われる。 →その映画には、感動(せ/し)/泣か/怒ら+ずには/ないでは+いられなかった。 キャンプに特設された舞台から流れる難民たちの歌声は、聞く者の胸をしめつけ+ずには/ ×ないでは+おかなかった/×すませなかった。 →その歌声には、胸をしめつけられ+ずには/ないでは+いられなかった。 上のような「A + ずにはおかない」は、人が感情を抑えて「Aをしない」のを放っておかない、つまり「人に感情を制御していることができないようにさせる」という意味を表しているので、人が自分の感情を制御できないことを表す「A + ずにはいられない」に書き換えることができる。 また、上の例は「映画/歌声」といった「もの」が人間に働きかけるという日本語らしくない表現で、翻訳調といった感じがする書き言葉なので、話し言葉の「~ないで」を使うと、文に緊張感がなくなり、場面にあふれるせっかくの高揚感が薄らいでしまうので、不自然になる。 戦争当事者とは無縁の幼い子どもたちを、繰り返し殺戮せずにはおかない空爆は、世界的な非難を巻き起こし、即時空爆停止の叫び声が、各国で沸きあがった。 世界の政治情勢は、若者が若者らしく生きる力を奪わずにはおかないほど、腐敗しきっているといっても、決して過言ではない。 この場合、もちろん「A + ずにはいられない」にはできないが、感情や行動を制御不能にする「A + ずにはおかない」は、意味の上からも「A + ずにはすませない」に変換できない。 子どものしたこととはいえ、人の家の窓ガラスを割ったんだから、弁慣しないでは + すまない/すまされない/× おかない + だろう。 そんな悪事ばかりしていたんでは、いつか罰があたらずには + すまない/すまされない + ぜ。 そんなことをしたのなら、謝ってすむかどうかはともかく、一度、荷って、謝罪せずには + すまない/すまされない + だろう。 <807> ~てはならない・~てはいけない・~てはだめだ こんなものをもらってしまっては、一言、お礼でも言わずには+すまない/すまされない+ようだね。さもなきゃ、あとが怖いからな。 ▶巻末「動詞/一対の自他動詞」を参照 「A + ないで/ずに + は + すまない/すまされない」は、ちょうど「A + ないで/ずに + はすませない」と立場が逆になり、それ相当の報いを受ける側に立った表現である。 しかし「A + ないで/ずに + はおかない」と立場の逆になるような「×A + ないで/ずに + はおかれない」という言い方はない。かといって「A + ないで/ずに + はおかない」のまま使うというわけにもいかない。 これは、自由を奪う側の「勝手にさせない」に対して、自由を奪われるほうに「勝手にさせられない」が使えないのと同じである。この「勝手にさせられない」が使えるのは、やはり自由を奪う側で、大学生の子どもに「まだまだ子どもだもの、危なっかしくて、勝手にさせられないよ」といった可能形の場合で、立場が逆になる受身の場合ではない。 「~すむ」と「~すます」は、一対の自他動詞なので、自動詞を使う「A + ないで/ずに + はすまない」のほうは、自然の成り行きとして「Aをしなければ許してもらえない」という意味を表し、話し手の「あきらめ/仕方なさ」が反映されるが、他動詞の受身を使う「A + ないで/ずに + はすまされない」のほうは、受身が「迷惑/被害」を表すので、話し手の「困惑/厄介/面倒/不満/被害者意識」などが反映される。 使い分けワンポイント ⑯ ~ないで・~ずに + おく・すむ/ ~ですむ・~ですませる 子どもに知られるとまずいから、しばらく話さないでおきましょう。 お母さん、これ、使っていいよ。もらったお年玉、別にほしいものもなかったから、使わずにおいておいたの。 下痢をしてるの?おなかが風邪、引いちゃったのね。水だけ飲んで、今日は一日、何も食べずにおいたほうがいいわよ。 お父さん、昨夜、お仕事で徹夜だったから、そっとして、起こさずにおいてね。そう?じゃ、いってらっしゃい。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現」の次を参照 『~ておく』の使い方/『おく』の意味」 ▶本文6.2.「変化の表現/変数/~おきに」1.5.「主題/展開/それはさておき」を参照 ▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~をおいてほかにない」を参照 ▶本文10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照 「A+ないで/ずに+おく」は「Aをしないまま放任する」という意味から「Aをしないでいる」と、ほぼ同じ意味になるが、後者は、例えば「黙ったまま話もしないでいる/嫌いなおかずなものだから食べないでいるのよ」など、消極的に「Aをしない状態を続ける」ことであるが、前者は「話したい/使いたい/食べたい/起こしたい」といった気持ちを抑えて、積極的に「Aをしない状態を続ける」ことを表している。 会いに行かなきゃと思ってたら、電話がかかってきて、出かけずにすんじゃった。 聞かれずにすんで、ほっとした。聞かれると言わないわけにはいかないし、でも、言いたくないしね、あんな成績のこと。 <808> 10.1.モダリティの表現/禁止と義務 また遅れてくるかと覚悟してたら、時間通り、やってきたのよ。待たずにすんでよかったんだけど、何だか気持ち悪くてね。 「A + ないで/ずに + すむ」は「予定していた/しなければならなかった + 面倒なAをする必要もなく一件落着した」ことを表し、話し手の安堵感や、なんとなく「得をした」という気分を表す。 もっとかかると思ったけど、案外、安かったね。これですんじゃった。 「すみません」ですむと思ったら、大間違いよ。これ、手伝いなさい。 会って相談しようと思って、電話をかけたら、あれこれ話をしてすんでしまった。 こんなことまでされて、いくらなんでも「子どものしたこと」ですむことじゃないでしょう。どうしてくれるんです。 やめろ。ただほど高いものはないんだから。金ですむなら、すませたほうがいい。 高級レストランで食事したことにして、今夜はインスタントラーメンですませて、そのぶん貯金して、ハネムーン、沖縄にしようよ。 とやかく言わずに、謝ってすましちゃいなよ。一番、簡単なんだから。 「A名詞で/動詞て + すむ」の「すむ」も「A + ないで/ずに + すむ」の「すむ」 しかし、他動詞を使った「A名詞で/動詞て+すます」の「すます」は、意味上は「終わらせる」であるが、終わらせ方に問題があり、いわば「間に合わせで/ごまかして/いい加減に/手を抜いて/適当に+Aで/Aをして、一件落着したものとみなす」といっ いずれにせよ「人生を真剣勝負で生きていない/真面目にばかりやってられない/たまには息抜きがしたい」人が愛用する表現ではある。 使い分けワンポイント ⑦ ~かねる 人を傷つけるようなことは、いくら仕事とはいえ、言いかねています。 せっかくのご招待なのですが、あいにく先約がございまして、参加いたしかねます。荷卒ご理解のほど、お願い申し上げます。 残念ながら、その考えには賛成しかねるな。申し訳ないんだけどね。 あまりの様子に、見るに見かねてしまい、つい声をかけてしまった。 困ったよ。どちらも、なかなか素晴らしくてね。甲乙つけがたくて、決めるに決めかねているところなんだ。 つい先日、不幸があったばかりの人に、いくらなんでも、こんなことをお知らせするなんて、私にはできかねますが。 ▶本文106「チダリテの表現/状況判断/~かわない」を参照 「A意志動詞ます形+兼ねる」は、話し手自身の義務や任務、世間体や人間関係からすれば、当然すべきこと、するほうが問題の起こらないことを、話し手の判断で「実行しない/実行できない/実行されない」ことを表しているが、非常に改まった言い方なので、会社や組織など、遠慮や気兼ね、気遣いの必要な〈ウチ〉や〈ソト/ヨソ〉に対する場面で、人の勧めを断ったり、実行できない弁解をしたりする場合に使われることが多い。 最後の「見るに見かねて」は「静観するにしかねて」の意味で、余計なことに口をはさまず「静観しているのがもっとも無難なのに、静観できずに」という話し手の「口を <809> はさんでしまった」言い訳を表している。 「A + わけにはいかない」が、人間として当然すべきこと「当為義務」に違反する「Aはすることできない」という場合に使われるのに対して、この「A + かねる」は、たとえ「当為義務」に違反したとしても「Aはすることができない」という場合に使われる。つまり、前者は「当為義務」の遵守を表しているが、後者は「当為義務」の回避を表しているので、相手に気兼ねし、遠慮を示す「改まった場面」で使われることになる。 10.2. モダリティの表現/命令 ~なさい・~のだ A + なさい:目上が目下に「自分自身のために」Aをするように命じる。A + のだ:励ますように、Aをする義務や任務のある聞き手に命令する。 接続 動詞ます形+なさい 動詞-る+のだ ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/敬語の表し方」を参照 形態 「なさい」は、もともと「する」と近い意味をもち、自動詞「なる」と一対になる他動詞「なす」の為手尊敬「なさる」の命令形で、同じ変化をするものに、次のようなものがある。 くださる→ください いらっしゃる→いらっしゃい 行って来る→いってらっしゃい したがって「仕事する」などに、話し言葉専用の「~なさい」がつく場合、通常は「する」が「ます形:し」に変化して「仕事しなさい」になるが、直接「する」が「なさるの命令形」にかわり「仕事なさい」になることがある。ただ、やさしくなって女性にふさわしくなり、これに「お~」つけて「お仕事なさい」になると、男性は使えなくなる。少し古めかしい「江戸弁」に、この「動詞ます形 + なさい」から、文末の「~さい」を落とし、命令を和らげて、勧めにかえたと思われる「動詞ます形 + な」がある。また「動詞ます形 + なさい」には、丁寧さのためではなく、どちらかというと、話し手の品格保持のための「お~」がついて、主に女性や年配の男性が、子どもや生徒など、一世代以上の年齢差のある〈ウチ〉関係の目下に命令する「お + 動詞ます形 + なさい」がある。さらに「~なさい」のない「お + 動詞ます形」だけの形態もある。 ▶本文「授受動詞と敬語/聞き手尊敬と文体」を参照 一方、話し言葉専用の「~のだ」は「~んだ」になることが多い。 「~のだ」は男性専用の非敬体なので、女性非敬体は、敬体と同じ「~のです」か、男性語尾「~だ」の落ちた「~の」になる。敬体は男女兼用で「~のです」が使われる。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/女性非敬体の『~のね』を参照 <810> 互換性〈ウチ〉関係で、一世代以上の年齢差のある目上から目下への命令の場合は、互換性がある。 [例] この挙銃が目に入らないのか。ぐずぐずせずに金庫を開けるんだ。 次のように、置き換え不能。 *この拳銃が目に入らないのか。ぐずぐずせずに金庫を開けなさい。 次のような書き換えなら可能。 →銀行の人が待ってるんだ。ぐずぐずせずに金庫を開けなさい。 〈独り言〉に使われる「~のだ」も「~なさい」には置き換わらない。 ゴールはそこだ。もう少しだ。頑張るんだ。あきらめるんじゃない。腹が減ったな。だめだ、寝る前に食べちゃ。な、我慢して寝るんだ。 試験の設問に使われる「~なさい」は「~のだ」には置き換わらない。 次の文章をよく読んで、あとの問いに答えなさい。答えは、A、B、C、Dの4つのなかから、正しいものを、ひとつだけ選びなさい。 用例 次の用例は、置き換え可能。 これ、早く+起きなさい/起きるんだ。学校に遅れてしまうよ。 しっ!誰か、やって来た。みんな、早く+隠れなさい/隠れるんだ。 明日から試験でしょう?頑張って、お勉強+なさい/するの+よ。いいわね? 先生からもお願いしますから、お父さんに+謝るんです/(お)謝りなさい。 自分のことは自分で+しなさい/するんだ。自分の部屋の掃除もだぞ。 使い分け 「~なさい」は、一世代以上は異なる〈ウチ〉関係の目上から目下への命令、例えば「親/小学校の先生/会社の上司」といった監督指導する立場にある人から、扶養保護教育される「子ども/生徒/若い社員」への口頭命令に使われる。 先生が中学生以上に使ったり、上司があまり年齢差のない社員に使ったりすると、命令を聞かず、反抗されたり、陰で憎まれたりするおそれがある。 一方「~のだ」も〈ウチ〉関係で使われるが、年齢差は問題ではなく、命令できる立場にあるか、命令する資格のある者によって使われる。つまり、聞き手は命令に服従せざるをえない立場にあり、もし命令に従わなければ、最悪の場合、命を失う危険が待ちかまえており、少なくとも、後悔する事態になることが暗示されている。 速く歩け。輾を食らいたくなければ、とっとと前を見て歩くんだ。 上のように、聞き手が奴隷になる「~のだ」が、最も極端な使い方で、この場合は、教育を目的とする「~なさい」には置き換わらない。 そっちの手で持っちゃダメだ。こっちの手で持って、こう+するんだ/しなさい。 「用例」など、互換性のある場合の両者の違いを、上の例で示せば、次のようになる。 ~のだ:聞き手と同じレベルに立って、一緒に目的を達成しようとする ~なさい:高いレベルから、聞き手が目的を達成しようとするのを眺める 「~のだ」なら、イメージは大工の親方が弟子に仕事を仕込んでいるところで、仕事を体で覚えこませるために、弟子に向かって「こうしなければ、けがをする/一人前に <811> はなれない+ぞ」という警告をこめた励ましをしながら、一緒になって汗を流している映像が心に浮かぶ。 これに対して「~なさい」なら、技術の授業といった感じになり、口と手だけで、あれこれ指図しているところになる。 解説 「なさる」は、現代語でも敬意を示して「先生が書斎でお仕事をなさる/こちらで休憩なさってください」といった使い方をすることもあるが、命令形「~なさい」は、ただ「お帰りなさい/お休みなさい/おあがりなさい」といった挨拶言葉に、聞き手への敬意がわずかに感じられるだけである。 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/聞き手尊敬と文体」巻末「文体」を参照 しかし、挨拶言葉ではなく、目下への命令を表す「~なさい」には、少しの敬意も感じとることができない。目上が使う「~ます/~です」の〈敬体〉と同様、話し手の品格保持のため、いわば自分自身に敬意を示すために使われており、命令される側からすれば、高みから見下ろす保護者ぶった鼻持ちならない、使い方によっては、よそよそしさを感じさせる命令になってしまうことがある。特に話し手が感情的になり、興奮ぎみに叫ぶような声「いい加減にしなさ~い!」を出すと致命的になる。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/女性非敬体の『~のね』を参照」巻末「文体」を参照 ただ「これ、早く起きなさい。学校に遅れて+しまうわ/しまいます+よ」などは、〈敬体〉でも使われるが、これは女性非敬体で、目上の女性「母親/女の先生」が親しい〈ウチ〉関係に使うものである。 使い分けワンポイント ①「~の」の挿入 命令の「~のだ」のように、未完文を含めて、文末部分に現れる「『~の』の挿入」というのは、文末に来ることのできる「-る/−い/~た/(状態)名詞だ」をA、文末に使われる「~か/~よ/~ね」などをBとすると、接続が「未完文A-る/-い/~た/(状態)名詞な+の+B」となる場合のことを表している。 ▶〈未完文〉の接続については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 ▶〈未完文〉については、巻末「文/未完文」を参照 ただ、Aの部分には、形容詞「-い」や状態名詞「~な」と同じ名詞への接続の仕方を示す「否定」や「希望」の「~ない/~たい/~ほしい」や「状況判断」を表す「~ようだ/~はずだ」なども含まれている。 使い分けワンポイント ②「~の」と文末の相互承接 「使い分け①」に示した「A + の + B」において「状況判断/伝聞」を表すものは、次のように、AにもBにもなったり、AとBのどちらか一方にしかならなかったり、きわめて複雑な様相を示す。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」を参照 1. Aを、次のように3分類する <812> A 1 =~かもしれない/~にちがいない A 2 =~ようだ/~みたいだ/~そうだ (状況判断) /~らしい (状況判断) A 3 =~そうだ (伝聞) /~らしい (伝聞) 「~のだ」などが接続すると、次のようになる。 ~かもしれない/~にちがいない/~ような/~みたいな/~そうな /~らしい+の+だ/か/(だ)よ/(だ)ね/だろう 次のものは、文末にしか来ないので、Aになることができない。 *A=~だろう/~(よ)う/~まい ~か/~よ/~ね/~さ/~な/~ぞ/~ぜ/~とも ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~まい』の使い方」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/古語『~ども』と『~とも』を参照 2.Bを、次のように3分類する B1=~だろう B2=~だ/~か/~よ/~ね/~さ B3=~かもしれない/~にちがいない 「未完文 + の」に接続すると、次のようになる。 〈未完文〉+ の + だろう/だ/か/(だ)よ/(だ)ね/さ /かもしれない/にちがいない 次のものは、文末に来るが「~の」の挿入を許さない。 *B=~まい ~そうだ (伝聞と状況判断) /~らしい (伝聞と状況判断) ~ようだ /~みたいだ ~な/~ぞ/~ぜ/~とも そのほか「~ようだ/~みたいだ/~そうだ」と同様、文末に来る「~ものだ/~ことだ/~わけだ/~はずだ/~ところだ/~だけだ/~ばかりだ」など「~だ」で終わるものは、Aにはなるが、Bにはなることができない。 3. Aを中心にした相互承接 A 1 (実現確率) ~かもしれない/~にちがいない + の + B 1 ~ 2 A 2 (状況判断) ~ような/~みたいな/そうな/~らしい + の + B 1 ~ 3 A 3 (伝聞) ~そうな/~らしい + の + B 2 <813> Bを接続させると、次のようになる。 A 1:~かもしれない/~にちがいない + の + だろう/だ/か/(だ)よ/(だ)ね/さ A 2:~ような/~みたいな/~そうな(状況判断)/~らしい(状況判断) + の + だろう/だ/か/(だ)よ/(だ)ね/さ/かもしれない/ にちがいない A3:~そうな(伝聞)/~らしい(伝聞)+の+だ/か/(だ)よ/(だ)ね/さ 4. Bを中心にした相互承接 A 1~3 + の + B 2~だ/~か/~よ/~ね/~さ A 1~2 + の + B 1~だろう A 2 + の + B 3~かもしれない/~にちがいない Aに接続すると、次のようになる。 B1:~かもしれない/~にちがいない/~ような/~みたいな /~そうな(状況判断)/~らしい(状況判断)+ の + だろう B 2:~かもしれない/~にちがいない/~ような/~みたいな /~そうな(状況判断 + 伝聞)/~らしい(状況判断 + 伝聞) + の + だ/か/(だ)よ/ね/も B 3:~ような/~みたいな/~そうな (状況判断) /~らしい (状況判断) + の + かもしれない/にちがいない 使い分けワンポイント ③「~の」の挿入しない相互承接 「~の」の挿入しない相互承接を示すと、次のようになる。 1.Bを、次のように2つにわける B1=~だろう B2=~か/~よ/~ね/~とも/~な/~ぜ/~さ/~ぞ 2. B 2 の相互承接には、次のような制限がある ~か/~よ/~ね/~とも:〈非敬体〉〈敬体〉〈超敬体〉に接続する ~な/~ぜ:主に〈非敬体〉、ときに〈敬体〉につくことがある ~さ/~ぞ:〈非敬体〉専用 ~ぞ:B1「~だろう」に承接しない 状況判断「~ようだ」など語尾が「~だ」で終わるもの:B2「~か/~さ」がつくと「~よう+か/さ」になって「~だ」が脱落する <814> 3. Aを中心にした相互承接 A 1 (実現確率) + B 1 + B 2 A 1 (実現確率) + A 2 (状況判断) + B 1 + B 2 A 1 (実現確率) + A 3 (伝聞) + B 2 * A 2 (状況判断) + A 3 (伝聞) + B 1 (注) AとBも、その数字も、逆順にはできない。 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~そうだ・~らしい」を参照 Bを接続させると、次のようになる。 A1:~かもしれない/~にちがいない+だろう+か/よ/ね/とも… A1+A2:~かもしれない/~にちがいない+よう/みたい/らしい + だろう + か/よ/ね/とも... ~かもしれな/~にちがいな + さ + そう + だろう + か/よ/ね/とも… A1 + A3:~かもしれない/~にちがいない+らしい +か/よ/ね/とも/な/ぜ/さ/ぞ ~かもしれない/~にちがいない 十 そう +か/(だ)よ/(だ)ね/(だ)とも/だな/だぜ/さ/だぞ *A2 + A3:~ようだ/~みたいだ/~そうだ/~らしい(状況判断) + そうだ/らしい(伝聞) + だろう 使い分けワンポイント ④「~の」の挿入義務 日本語学習者に見られる「~の」を挿入しないエラーには、代表的なものとして、次の2つがある。 1. 一人称形容詞を第三者に使う場合 彼女は+寂しいんです/×寂しいです。 彼は+頭が痛いんです/×頭が痛いです。 ▶巻末「形容詞/一人称形容詞の使い方/~がる」を参照 2. 成人が「~たい/~ほしい」を使う場合 風邪で熱がありますから、今日、休みたい+のです/×です。よろしいですか。今、忙しい?これ、ちょっとコピーしてきてほしい+んだけど/×けど。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/『~たい/~ほしい』の誤用」を参照 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/~ものだから・~のだから」の次を参照 『『~の+だ/もの+だから』と前触れ」 使い分けワンポイント ⑤「~の」の挿入免除 約束は7時じゃなくて、6時(なん)じゃ+ありませんか/ないんですか。 この空の様子じゃ、明日、雨(なん)じゃない+か/のか。 <815> 彼は、学部の学生 (なの) ではありません。大学院の学生 (なの) です。 あの子、英語よりも、数学が得意 (なん) じゃない + か/のか。 駅前は夜、にぎやか (なの) ではなくて、最終が出ると、ひっそりします。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/名詞 + なのだろう (か)」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/名詞 + ではない (の) か」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/名詞 + ではない」を参照 「未完文A - る/ - い/~た/(状態)名詞な + の + B」のうち、状態名詞と名詞の場合に限り、上のように「『~の』の挿入」が任意となり、例えば「学生です」と「学生なのです」は、特に話し言葉では識別できなくなる場合が多く、特に「~なの」をつけないほうが好まれる。 特に違いを見せる場合については、本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の「名詞と『~だ/~ではない』と『~なの + だ/ではない』/『~のではない』と『~ではない』の違い」を参照のこと。 ⑥「~の」の挿入の意味と「メモリバンク」 「P + 未完文Q-る/ーい/~た/(状態)名詞な + の + だ/だろう/です/でしょう/か/さ」といった「~の」が挿入されたものは、PとQを「Q=f(P)」という関数で表すとすれば、ブラックボックスにあたる「f」は、話し手の脳細胞に保存されている話し手自身のトータルな「経験/知識/社会通念/常識」といったもの、つまり保存されている記憶の集合である「メモリバンク」を表している。 なお、例文については、本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のだ」や、10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~の+にちがい/かもしれ+ない+のだ』の場合」などを参照のこと。 また「メモリバンク」については、次に詳しい。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」の次を参照 『~のかもしれない』と『メモリバンク』/『~はずだ』と『メモリバンク』 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~つもりだ・~(よ)うと思う』の確認」を参照 Pは、話し手が、体の五官「目/耳/口/鼻/肌」や「第六感」または「想像/空想」などでとらえた状況を表し、Qは、話し手が、Pを「メモリバンク」に照合した結果から得た判断を表している。 これに対して「~の」が挿入されていない「A + B - る/ - い/ ~ た/ ~ た (非敬体) / 〜です (敬体)」は、Aが「メモリバンク」に照合されていないことを表し、もしBが、判断を表す〈述べ立て文〉であれば、話し手は、自分自身の「経験/知識/社会通念/常識/記憶」といったものに頼ることなく、Aについての判断をしたことになる。 このBを「表層的判断」と呼べば、話し手が「メモリバンク」に照合して、Pについて行なった判断「Q+のだ」は「深層的判断」と呼べるかもしれない。 俗っぽい言い方をすれば、Bは「口から出まかせ/思いつき」であり、つまり「メモリバンク」との照合を必要としない判断である。これに対して、Qは一瞬であれ「自分自身と向き合った」結果の判断である。 Pは、ふと心に浮かんだものであったり、また「視覚/聴覚/味覚/嗅覚/触覚」や <816> 10.2. モダリティの表現/命令 第六感などの感覚であったりすると、省略されて明示されることなく、ただQだけが示されることがある。 これに対して明示されたPは、判断の根拠や証拠として「メモリバンク」に送り込まれるが、照合の結果を、さらに「推理/推論」するのに役立てることがある。 「~の」を挿入した話し手の「深層心理」は「決意/主張/説得/納得/確認」や「疑い/疑惑」であったり、また「後悔/残念/意外/非難/あきらめ」や「喜怒哀楽」であったりする。 「メモリバンク」との照合から得た「判断Q」は、例えば〈述べ立て文〉の場合、〈独り言〉における「もうひとりの私」を含めた〈聞き手〉に対して、一種の働きかけ「示す/教える/訴える/言い聞かす/論す/説得する/自信や確信をもたせる/納得する」などを行なうので、その訴えや働きかけに「必要な/応じた/ふさわしい/マッチした」さまざまな話し手の気持ちや感情を表す〈モーダス要素〉で彩られる。 一般的に「判断Q」は、〈述べ立て文〉では、聞き手にとっての「未知情報」であり、〈問いかけ文〉では、話し手にとっての「未知情報」になる。 ▶本文 1.1.「主題/提題/既知情報と未知情報」を参照 「~の」の有無を犯罪にたとえれば、なければ、過失による偶発的な犯罪、あれば、計画された完全犯罪といった違いになる。 したがって、筆者の言いたいことや、論説文などの要旨は、すべてに注意をはらわなくても、ただ、斜めに読み進み、文末が「~のだ」などになっているところだけを拾っていけば、およその見当はつく。 使い分けワンポイント ⑦ 命令と依頼の違い 「命令」は、話し手に、聞き手を自分の言葉に従わせる「資格」があり、聞き手がそれを認めている場合に使われる。 話し手が「自分には命令する資格がある」と自分勝手に思いこんでいるだけで、聞き手がそれを認めていない場合は、しばしば悲劇が生じる。聞き手が命令されるのを拒む場合は、命令を「依頼」に変化させる必要がある。 「依頼」とは、話し手に「聞き手を従わせる資格」のない場合に使われ、聞き手に「許可」を求める場合が含まれる。 基本的には、話し手が命令しているか、依頼しているかは、聞き手の判断にも関係し、聞き手がどのように受けとるか、つまり、どのように返答するかによって、違ってくる。 命令:聞き手が「はい、わかりました (服従)」と答える場合 依頼:聞き手が「ええ、いいですよ (承諾)」と答える場合 上のほかにも、いろんな答え方はあるが、どちらにも共通しているのは、納得「わかりました/そうですか(↓)」を示して、話し手の言葉を受けいれている点である。 不服従や不承諾の場合、日本語では「しません/できません」ではなく、成人の場合は「あのう/ちょっと/すみません/困ります/できかねます」などで答えることが求 <817> められている。 使い分けワンポイント⑧ - る まず、散らかってる衣類を洗濯機に入れる。それから部屋を片付ける。掃除する。終わったら、買い物に行く。料理をする。いいわね? それ、それをここへ持ってくる。これを社長室に運ぶ。すぐに戻って、この書類をコピーして、ホッチキスでとめる。いいね? 話し言葉の命令「- る + んだ」から「~んだ」が落ちたもので、命令する立場にある者が、まるで命令を箇条書きにして申し渡すかのように、現場に立って指示を与えながら、矢継ぎ早に用事を言いつける場合に使われる。 使い分けワンポイント ⑨~なさいね・~んだね/~なさいよ・~んだよ 今日、遅刻しちゃったの? 明日は、早く起きなさいね (↑)。ね! 給食は、残しちゃダメだよ。いいね。全部、食べなさいね。 どうだった? 今度の出張。明日にでも、報告書、出しなさいね。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ね」を参照 上のように「~なさい」の文末に、上昇イントネーションの「~ね」を加えると、上から下への一方的な命令ではなくなり、聞き手に「同意/約束」を求め、聞き手との「和」をはかろうとするので、命令というよりは、やさしい穏やかな要求といった感じになる。多く、なだめたり、すかしたり、いたわったりする場合に使われ、女性的な響きがする。 *銀行の人が待ってるんだ。ぐずぐずせずに金庫を開けるんだね。 *ゴールはそこだ。もう少しだ。頑張るんだね。あきらめるんじゃない。 *腹が減ったな。だめだ、寝る前に食べちゃ。な、我慢して寝るんだね。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~のだね」を参照 「~なさいね」には、まだ少しは命令の気分が残されているが、もし「~のだ」に「~ね」をつけると、もはや命令ではなく、聞き手に同意を求める確認にすぎなくなる。 ねえ、早く起きなさいよ。今日から一緒に散歩するんじゃなかった? パパ、早く起きるんだよ。早く起きなきゃ、会社に遅れちゃうよ。 明日、試験でしょう? 頑張って勉強 + なさい/するの + よ。 健診で糖尿病だったって? 減食して、運動 + なさい/するんだ + よ。 帰りが遅くなるから、先にご飯を + 食べなさい/食べるんです + よ。 この日曜日、ハイキングだから、一緒に + 行きなさい/行くんだ + よ。 ▶本文 107.「モダリティの表現/確認/~(のだ)よ・~(のだ)ね・~(のだ)よね」を参照 「~よ」は、話し手が自分の考えを聞き手に押しつけようとする場合に使われるので、命令にマッチして「~なさい/~のだ」に後接させても、基本的な意味はかわらない。「~なさい/~のだ + よ」は、話し手の意図が自己主張のほうへと傾くので、100%の命令ではなくなるが、もし「~よ」のイントネーションが下降すると、響きは「指示」に近く、急激に下降すればするほど、聞き手を従わせようとする気持ちが強くなるが、上昇すると、聞き手に対する「忠告/説得/強い勧誘」を表すようになる。 したがって、年齢差は問題ではなくなり、ただ〈ウチ〉関係でありさえすれば、家族 <818> 10.2. モダリティの表現/命令 や友人同士で使うことができる。ただ「~なさいよ」は、年配者に使われる傾向があり、逆に「~のだよ」は、例のように、年齢にかかわらず使われる。 使い分けワンポイント⑩~なさんな・~んじゃない(よ) いい年して、みっともないんだから、おかしな格好で出かけなさんな。 年のせいで、気が短くなって、すぐ腹を立てるんだから。好きにさせておきなさいよ。また、ごちゃごちゃ、うるさく言って、怒らせなさんなよ。 「~なさんな」は、もともと「~なさる」に、禁止命令の「~な」がつぎ、さらに「~る」が「~ん」に変化して、話し言葉専用になったもの。 いわば「~なさいよ」の否定であるが、かなり古めかしい響きがするので、まだ使う人がいるかどうか不安になるが、かなりの年配者に使われる禁止命令である。 そんな下着のような格好で、出かけるんじゃない。恥かしくないのか。 何してるんです、こんなところで。煙草なんか吸うんじゃありません。 ちょっと犬がほえたくらいで、泣くんじゃないよ。男の子じゃないか。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のではない」を参照 禁止命令を表す「~んじゃない(よ)」は、本節最初の「~のだ」や「使い分け⑨」に示した話し言葉の命令「~んだよ」とペアを組んで使われる。 進め(↓)!とまれ!気をつけ!休め!そこ、ごそごそするな! 危ない!伏せろ!動くな!じっとしてろ!よし!立て!行進! 走れ!取れ!バカ、へまするな!どこ見てんだ、ボールを見ろ、ボールを! なに、この野郎。人をバカにしやがったな。泣き面かくな、表へ出ろ、表に! ▶命令形については、巻頭「凡例/接続の表現」を参照 動詞命令形「-ろ」は、軍隊や、それに類似した方式で、教育や訓練を行なう学校やトレーニングセンターなどで、上官や教官が号令をかける場合に聞くことができる。 これに対して、肯定命令を示す動詞命令形「-ろ」とペアを組んで、禁止命令を表す「-る + な」は、号令にならない場合があるが、どちらも、戦争時や事故発生時といった生死にかかわるような緊迫した状況に使われるのが基本で、日常生活ではスポーツの練習中や、けんかの場合に使われる。また、忙しい職場やお店などでも、使われることがある。 礼儀を必要とする〈ソト〉の関係ではなく、〈ウチ〉か〈ヨソ〉の関係で使われ、命令する資格のある者が、反抗せずに命令に服従する者に使うことが前提で、この前提を無視して使うと、けんかになるおそれがある。 これらは、叫ぶか怒鳴るかのような声で命令され、イントネーションは、強く急激に下降して、緊迫感を表す。 いいな、ここだけの話だぞ。絶対、誰にもしゃべるな(↑)。よし、先に行け(↓)。人に見られるな(↑)。終わったら、すぐ帰ってこい(↓)! しかし、上のように「-る + な」が上昇イントネーションになると、のちほど「使い分け④」で述べる「-るなよ」と同じになり、自己主張へと傾いた「忠告/説得/強 <819> ただ、動詞命令形「-ろ」が上昇イントネーションになると、問い返しになり、おそらく「行け(↑)?俺に『行け』だと?俺に命令するのか、このバカ野郎!」となって、血の雨が降るかもしれない。もちろん、急激な上昇イントネーションの「-るな」も、問い返しにすることはできる。 動詞命令形「- ろ」と「- る + な」は、号令の場合なら、上官や教官が女性でも使われるが、号令でなければ、男性専用となる。 ⑫ 動詞ます形 + なよ 何、遠慮してんだ。バカだな、おまえ。腹、減ってんだろ。さあ、食いなよ。 おい、もう、いいだろう?謝ってんだからさ。おい、とっとと行きな(+よ)。 さあさあ、寿司、食いねえ、酒も、飲みねえ。江戸っ子だって? 上のような「動詞ます形 + な(よ)」は、いわゆる東京下町言葉「東京弁/江戸弁」で、おそらく「ます形 + なさい(よ)」を縮約したものである。さらに、最後の例のように「~なよ→~ねえ」の音変化を見せることがあるが、今の「江戸っ子」がまだ使っているかどうかは不明。 基本的には「~なさい」が生きているので、上から下への命令になるが、すでに命令というより、話し手が勝手に「目下だ」と考えている聞き手へ、親しみをこめて、ものを勧める場合に使われる。この「目下」は、親しい〈ウチ〉関係ではなく、むしろ上下関係のある〈ウチ〉、または〈ソト〉になるが、最後2例のように〈ヨソ〉、つまり、まったく知らない「赤の他人」にさえ使われることがある。 文末が「~よ」になると、親しみも、ものを進める度合いも大きくなる。 何、遠慮してんの。バカね、おなか、空いてるんでしょう? お食べ(なさい)よ。 ねえ、もう、いいだろう? 謝ってるじゃないか。頼むよ。泣くのは、およしよ。 お別れだね。先に、お行きよ。家に入るの、見てるから。じゃ、明日、またね。 ▶本節まえの「~なさい・~のだ」の「形態」を参照 上のような「お + 動詞ます形 + よ」は、先ほど示した「使い分け②」の「動詞ます形 + なよ」に「お~」をつけ、命令「~なさい」の痕跡が残る「~な」を拭いさったものである。ただ、命令の跡がなくなったといっても、残響までは消えていないので、聞き手はやはり「目下」である。 「動詞ます形 + な(よ)」とは逆に、この「お + 動詞ます形 + (よ)」が使われるのは、親しい〈ウチ〉関係なので、聞き手は、話し手が勝手に考えている「目下」ではない。特に、文末に「~よ」がない場合は、もとの「お + 動詞ます形 + なさい」から、わずかに「する」の為手尊敬「なさい」に残っていた「敬意」すら捨てさった響きがして、例えば「お食べ」は、犬や猫にも使われることがある。 しかし、文末に「~よ」を加えるだけで、話し手と聞き手の年齢差が縮まり、親しみ度合いも、ぐっと大きくなり、しかも、命令しているのか、勧めているのか、頼んでいるのか、なんとも判断のしようのない「やさしい」響きになる。 <820> 10.2. モダリティの表現/命令 この「お+動詞ます形」に、確認の「~ね」をつける人がいるかもしれない。この場合は、命令でも依頼でも、お勧めでもなく、約束のとりつけか、とりつけた約束の確認になり、親しみはあっても、年齢差が開いてしまう。 使い分けワンポイント ⑭「-ろよ」と「-るなよ」 おい、先生が来たぞ。寝てるんじゃないよ。早く起きろよ。おい! 何、言ってんだ。バカ言うなよ。俺はいやだよ。おまえが行けよ。 このごろ成績、落ちてきてるぞ。あれこれ考えるなよ。な? 少し頑張れよ。謝れよ。ちょっと謝れば、すむ話じゃないか。な? 謝つてこいよ。 来週からのアルバイト、短いけど、おいしい話だから、一緒にしろよ。いいか、覚えてろよ。必ず仕返しするからな。あとで吠え面かくなよ。 ▶命令形については、巻頭「凡例/接続の表現」 「使い分け⑪」の動詞命令形「-ろ」や、禁止命令の「-る + な」に「~よ」がつく場合、つかない場合とは異なり〈ヨソ〉に使われることはないが、〈ウチ〉とはいっても、家庭や会社など、年齢差や上下関係のある〈ウチ〉ではなく、親しく対等な「友人同士/仲間同士」といった関係で、年齢層を問わず使われる。ただ、使う人は男性に限られる。 「~なさい/~のだ/~んじゃない+よ」と同様、自己主張へと傾いた「忠告/説得/強い勧誘」を表すが、大きな違いは、女性の非敬体が存在しないことである。 号令でない「- ろ/ - る + な」の場合もそうであるが、女性の場合は、次の「使い分け⑤」で述べる「~て/~ないで」が使われる。 使い分けワンポイント ⑮~て・~てください ~ないで・~ないでください 危ない! 伏せて (↓)! 動かないで! じっとしてて! ダメ、立たないで! 速く、それ、持ってきて! 速く。ここに置いて! これ、持ってって! 先に行ってて! すぐ行くから。あ、待って! 遅れるって電話して! お願い!はい、よくできました。座って。後ろの人、続きを読んでください。 今日の会議に使うので、これを人数分、コピーしておいてください。 イントネーションが、強く急激に下降する「~て/~ないで + ! (↓)」は、号令には使われないが、日常生活で最もよく聞かれる、緊迫した状況下での命令、または、命令に近い「強い指示」を表し、男女兼用である。 緊迫した状況でなければ、通常の下降イントネーションになるが、聞き手と〈ウチ〉関係にあり、話し手が「親/教師/上司」といった命令できる立場にあれば、内容や状況によっては「~て/~ないで」も、依頼ではなく、命令や指示を表すことができる。 〈敬体〉の「~て/~ないで + ください」も、会社や学校では、命令を表すことはできる。ただ、丁寧さが加わるので、手紙などの書き言葉でなければ、家庭で親が子どもに使うことはない。もし家庭で使われることがあれば、目下から目上への依頼になる。つまり「~て/~ないで + ください」が命令となるのは、聞き手が成人であり、上司や教師が、目下の〈ウチ〉関係に対して、品格保持のため〈敬体〉を使う場合である。微妙なのは教師で、聞き手が大学生なら、問題なく使われるが、高校生や中学生の場 <821> 合が難しく、もし教師面して「︷なさい」を使おうものなら、反抗されるか、バカにされるのがおちだし、依頼にも傾く「︷てください」を使うには「教師としてのプライドが許さない」といった矛盾に陥る。 ただ、高校生や中学生を大人と見なし、品格を保持しながら、〈敬体〉を使うのが、お互いの平和のためにはいいのかもしれない。 前の車、速やかに、止まってください。おい、待て! 停まりなさい! 次の方、こちらに来てください。どういうご用件ですか。ビザの申請? 危ないですから、押さないでください。発車します。飛び乗りはやめてください。ドアが閉まりますから、気をつけてください。 「~てください」が〈ソト〉や〈ヨソ〉に対する命令となるのは、基本的には公権力を有する公務員と呼ばれる人々や、ある一定の場で責任を有している駅員、ツアーコンダクター、現場監督といった人々が、一般の人々に接する場合である。 すぐだから、どこにも行かないでよ。わかった? ここで待っててね、いい? 家に電話してよ。ちょっと遅くなるって。だって、うるさいんだもん、うちの親。 じゃ、撮りますから、こちらを見ていてくださいね。は~い、チ~ズ。どうも。 お願いしますよ。ちょっと貸してくださいよ。ね、すぐコピーしますから。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~(のだ)よ・~(のだ)ね・~(のだ)よね」を参照 「使い分け⑨、⑫~⑭」で述べたように、命令の形式に「~ね/~よ」がつくと、前者は「同意や約束の要求」を、後者は「忠告/説得/強い勧誘」を表すが、ここでは「~てください + よ」だけが例外で、話し手は命令する資格のない人、つまり依頼する立場の人になり、聞き手に甘えをみせながら、自己主張を通そうとする響きになる。 ⑯~ていただきます・~てもらう お会計、全部で8千円いただきます。はい、1万円、お預かりします。工事中ですから、事故のないように、安全帽をかぶっていただきます。明日は、長城見学ですから、朝7時にロビーに集合していただきます。申し訳ありませんが、参考人として、署までご同行いただきましょう。今度は、ひとりずつ、みなさんに、本を読んでいただきましょうね。 ▶本文 9.「授受動詞と敬語」の次を参照 「未実現『もらう』が示す命令/命令『もらう (のだ)』の構造」「~ (て) いただきます・~ (て) いただけます」 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/『もらえるか』系バリエーション」を参照 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~いただけます」を参照 上の例の話し手は、聞き手が顧客であったり、目上や年上であったりして、立場上は低い位置にあるかもしれないが、その場をとりしきり、聞き手に命令を与える資格を持った人たちである。 もともと「いただきます」は「もらう」の受け手尊敬を表しているので、日本語学習者だけではなく日本人も、上の例を「依頼/お願い」と思っているのか、次のような使い方を見聞きするようになった。 ×禁煙にご協力いただきますよう、お願い申し上げます。 <822> 10.2.モダリティの表現/命令 $ ^{x} $中国で日本語を教えたいと思っています。申し訳ありませんが、どこかそちらにある日本語学校を紹介していただきます。 上のほうは、日本の駅構内などで聞かれるものであるが、手紙やメールなどでも、命令の「~ていただきます」に、希望の「~ようだ」と、依頼の「お願い申し上げます」という矛盾するものを組み合わせて、異様な響きのする「×~ていただきますよう、お願い申し上げます」を使う人が増えはじめている。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~ようだ』の使い方」を参照 そちらの日本語学校を紹介くださいますように、お願い申し上げます。くれぐれもご自愛くださいますよう、お祈り申し上げます。 神様、どうか父の病気を治してくださいますように。 お願いや依頼であれば、聞き手への「感謝」を表す「~てくれる」と、願望や祈りを表す「~ように」を組み合わせた「~てくださいますように」のほうがベターである。 社長にお土産をいただきました/社長がお土産をくださいました。 先生に絵を描いていただきました/先生が絵を描いてくださいました。 この誤解は、おそらく「いただく」を使うほうが「くださる」を使うより、丁寧になると勘違いしているせいではないかと思われる。 しかし、〈基準時現在未実現〉で命令に使われる「~ていただきます」は、上のような「~ていただきました」でも、食事を始めるときの挨拶「いただきます」でもなく、次のような「~てもらう」から来ている。 この間の CD、気に入ったから、もらっとくよ。今度、何かで返すね。突然で悪いんだけど、来週から1週間ほど、台湾へ出張してもらうよ。この金曜日に集まってもらいますから、準備しておいてください。 この「~てもらう」は、聞き手が反論の余地なく「承諾/服従」することを前提に使われている上から下への命令である。 友だちから CD を/台湾へ出張して/みんなに集まって + もらった。 友だちの CD が/台湾へ出張して/みんなに集まって + ほしかった。 台湾へ出張して/みんなに集まって + もらいたかった。 ところが、〈基準時現在以前既実現〉にかわると、上のように「~もらった/~いただいた」が「希望の実現」を、逆に「~てほしかった/~てもらいたかった」が「希望の非実現」を表し、既実現と未実現では、話し手の気持ちも、聞き手との関係も異なってしまうので、日本語学習者には特に難しく感じられる。 「その『げんなま (現金)』いただきますね/金庫のなかのそれ、こちらに出していただきますよ」と、ギャング団がいくら丁寧に言ったところで、有無を言わさぬ命令であることには変わりがない。 使い分けワンポイント⑰ 命令 + いい? 先にお風呂に入んなさい、いい?あとでご飯、食べるの、いいわね? おい、おばあちゃんに電話しとけよ。明日、遊びに行くって。いいな? 授業が終わったら、教室を片付けて、机を拭くこと、いいですね? 課長が呼んでるぞ。それ、あとにして、すぐ行くように。いいかな? <823> ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~する/~こと・~ように」を参照 急いで掃除してしまって。掃除が終わったら、台所、手伝って、いい? はい、時間です。答案用紙だけ、こちらにください。よろしいですね? 申込書は、ご記入の上、こちらに提出していただきます。いいですか? ▶本文10.7.「モダリティの表現/確認」を参照 命令形式に続く「いい?」系のバリエーションは、聞き手に許可を求めているのではなく、単に「~ね(↑)」と同じ「確認」を表し、聞き手の「同意や服従/はい、わかりました」を求めている。 日常会話で、聞き手が言うことを聞かないおそれのある〈ウチ〉関係で、また、遠慮の必要な〈ソト〉や〈ヨソ〉に対しても多用される。 ご飯を食べたら、レンタルショップへ行くぞ。宿題は後回しにしない + ことだ/ものだ。 今晩、一緒に見たいんだったら、先にやっておく + ことだ/×ものだ。 風邪を引いてたら、風呂に入らないで、寝る + ことだ/×ものだ。 →風邪を引いたときは、風呂に入らずに、寝る + ことだ/ものだ。 チャンスだから、思いきって、ぶつかっていく + ことだ/×ものだ。 →チャンスがあると思った場合は、思いきって、ぶつかっていく + ことだ/ものだ。いいね? 人生に悔いを残さない + ことだ/ものだ + よ。 平和や自由は、待っていれば、与えられるというものじゃない。奪おうとするものと戦って、勝ちとる + ものだ/×ことだ。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~をものともせず」を参照 「こと」は、時間とともに、生まれたり、変化したり、消滅したりする抽象的な、いわば人間とかかわりのある生死や一生の出来事を表し、話し手個人の「事実/事件/経験/習慣/考え/判断」なども表すことがある。 これに対して「もの」は、時間や人間とのかかわりを超えたところにあり、人間が感覚によってだけ、とらえることのできる客観的存在を表し、ときに普遍的一般的な「真理/現象/規則/慣習/思想/基準」なども表す。 したがって「-る/~ない+ことだ/ものだ」が命令を表す場合、聞き手に向かって「頭ごなしに」ではなく、聞き手も納得できるような理を説き、聞き手も話し手の言うことを素直に受け入れられるような状況で使われる。 前者「~ことだ」は〈ウチ〉で使われ、話し手は、親をはじめとして、一世代くらい上の教師や上司、友人などに愛用される。命令は、聞き手だけに関する具体的個別的な内容に限られる。 後者「~ものだ」は、主に〈ウチ〉で使われるが、話し手によっては〈ソト〉に対しても使う人がいるかもしれない。命令というよりは、一般的な道理、道徳や倫理といった人間のあるべき姿を説きながら、聞き手に悟らせるように語られるので、使用する人は、人生の甘みも酸っぱさもわきまえた、聞き手より二世代くらい上の、いわば「人生の達人」に限られる。 <824> 10.2.モダリティの表現/命令 使い分けワンポイント ⑲ 「こと/もの」の使い方 「こと/もの」には、命令のほかに、次のような使い方がある。 〈こと〉 たまには映画を見に行くこと + が/も + あります。(頻度の低い習慣) 映画? 忙しくて、最近、見ることはないな。(現在していないこと) 一度だけ、ヨーロッパに行ったことがあります。(過去の経験) ビデオがあるんだから、映画なんか見ることはないよ。(不必要の勧め) ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~ことはない」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~ことはない」を参照 それ見たことか。言ったしりから転んで。言わないことじゃない。 それ見たこと。言ったそばから転んで。言わないことじゃないわ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照「後悔と非難のバリエーション/その他の非難のバリエーション」 寮住まいで、自分で料理ができないのは、私たちにはつらいことです。 毎日、1時間でも散歩する時間を持つことが、健康維持には大切です。 ▶本文1.1.「主題/提題/名詞+という+の・もの・こと+は/が」を参照 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~には・~のに」を参照 遠足には、弁当と飲み物以外は、何も持っていかないことにしよう。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~ことにする」を参照 子どもも+寝たこと+だし/だから、あの話、続けようか。 ▶本文3.3.「順接確定条件/根拠/~ことだし・~ことだから」を参照 〈もの〉 人間というものは、やはり動物で、心に暗い衝動を抱いているものだ。 ネット情報社会なのか。地球も狭くなったものだ。(道理の発見 + 詠嘆) ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/〜(という)ものだ」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/〜というものは」を参照 早く国に + 帰りたいものだ/帰れないものか。(実現不能な強烈な願望) あんな奴に負けるものか/雨など降るものか。(反語 + 強い意志/判断) ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~ものか」を参照 昔はよく友だちとカラオケに行って歌ったものだ。(過去の習慣 + 回想) ▶本文 2.8.「時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣」を参照 すみません。ちょっと用があるものですから、お先に失礼いたします。 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/~ものですから」を参照 あの子に、そんなこと、言おうものなら、泣きわめいちゃうよ。ダメ! ▶本文 4.4.「順接仮定条件/確定条件/~(よ)うものなら・~たら(~だが)最後」を 彼女は彼を愛しているものの、貧しいという理由で、結婚しなかった。 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~ものの」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~をものともせず」を参照 本契約書に記載されたすべての事項は、甲乙双方が署名捺印した時点より、効力を有するものとする。なお、契約書は二部作成され、甲乙双方によって、それぞれ一部ずつ <825> 保有されるものとする。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/~ものとする」を参照 使い分けワンポイント こんな遅い時間に、よそ様の家に電話する + もん/×こと + じゃない。 →こんな遅い時間に、よそ様の家には、電話しない + こと/もん + だ。 →こんな遅い時間に、よそ様の家に電話するんじゃない。 やせたければ、寝る前に食べるもんじゃないよ。我慢して早く寝ろよ。 約束? そこまで台風が近づいてるときに、出かけるもんじゃないよ。 政局が不安定な時期に、株を発行して、再投資などするものではない。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のではない」を参照 「-る + ものではない」は、道理を説く「~ものだ」と、禁止命令の「~のではない」が重なったもので、話し言葉では「-る + もんじゃない」になる。 こんなこと、子どものすることじゃないよ。誰が「しろ」と言ったの?大人の話だ。おまえの知ったことじゃない。黙って引っこんでろ! この事件は、あなたが関わるようなことではありません。危険です。あの経験は、人に話して、わかってもらえるようなことではないね。 「~ことではない」は、最後の例を除けば、間接的には命令を表しているかもしれないが、直接的な命令ではなく、事実や経験などを表す「こと(+だ)」を「~ではない」で否定しているだけである。 こんな本、子どもの読むもんじゃないでしょう?誰がくれたの? その仕事は、そんなふうにするもんじゃない。いいか、こうするんだ。 上の「もの」も、道理などというよりは、物質や客観的存在を表しているので、言い換えれば「子どもの読む本/そんなふうにする仕事+だ」を「~ではない」で否定していることになる。 ただ上のような場合でも、学者ぶった理屈っぽい「もの」が響いて「~んじゃない」が単なる否定ではなくなり、両者がマッチして、相乗効果を現し、禁止命令と道理の説明との境界例になっている。 10.3. モダリティの表現/依頼 ~てください・~てくださいますか ~てください:命令または依頼する資格のある人に使われる。 ~てくださいますか:承諾を得られるという状況で使われる。 接続 ~て + ください/くださいますか 形態 「~てください」を、同意を求める確認にかえたのが「~てくださいますか」 <826> 10.3. モダリティの表現/依頼 で、さらに否定疑問になる「~てくださいませんか」もある。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ないか」を参照 「~てください」が依頼を表せば、すべての場合で互換性がある。 [例] ちょっと、そこ、静かにしてください。ほかの人が迷惑です。 置き換えると、次のように不自然になる。 *ちょっと、そこ、静かにしてくださいますか。ほかの人が迷惑です。 次のような書き換えなら可能。 →ちょっと、そこ、静かに+なさい/するんです。ほかの人が迷惑です。 次のような「~ください」は「~くださいますか」には置き換わらない。 これから体操をします。みなさん、立って、少し広がってください。 レポートは、今週末までに提出してください。それ以降はダメです。 このセンターの門限は夜の11時です。万一、遅れるような場合は、あらかじめお電話でお知らせください。電話番号は次の通りです。 次の文章をよく読んで、あとの問いに答えてください。答えは、正しいものを、ひとつだけ選び、その記号を解答用紙に書いてください。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~てください」参照 用例 次の用例は、置き換え可能。 すみませんけど、ちょっと、この空気入れ、貸して + ください/くださいますか。 あの、すみません。この電子辞書、見せてください。最新型ですか。 トイレに行ってきますから、ちょっと、このカバン、見ててください。 あの、ちょっとそれ、とってください。あ、どうもすみませんでした。 ▶本文9.「授受動詞と敬語/~てくれる」を参照 ▶本文10.2.「モダリティの表現/命令/命令と依頼の違い」を参照 使い分け 「~てください」は命令にも依頼にも使われるが、依頼の場合にだけ「~てくださいますか」に置き換えることができる。 依頼の場合、どちらも上下関係のある〈ウチ〉か、〈ソト/ヨソ〉に対して使われる。家庭や仲間内など、親しい〈ウチ〉関係では、よほど遠慮や気兼ねのある場面、つまり〈ソト〉関係になった状況にしか使うことができないし、聞き手が依頼を受け入れると判断できる状況でしか使うことができない。 「~てくださいますか」は、依頼専用の表現で、文末の「~か」が、聞き手の同意を求める確認を表し、聞き手の「どうぞ/いいですよ」といった承諾を得ようとするので、命令に傾く「~てください」よりも丁寧で、聞き手の気持ちをくすぐるような依頼になる。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 これ、つまらないものですが、お土産です。召し上がってください。 すみません。その荷物、ちょっとのけてください。通れませんから。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/勧めと助言の『~てください』」を参照 上のような場合、聞き手から返ってくるのは「あ、どうもすみません」といった感謝か謝罪を表す言葉になるので、100%の依頼でもなく、また「はい、わかりました」という返答の期待できる100%の命令でもなく、2つの境界例になっている。 <827> 上のほうの感謝を受ける場合の「~ください」は、むしろ勧めに近く、下のほうの謝罪を受ける場合は、依頼と命令の中間を表している。 こうした場合、依頼専用の「~てくださいますか」を使うかどうかは、話し手にもよるが、特に感謝される場合は、使うことに抵抗を覚える人がいるかもしれない。 使い分けワンポイント ① 〜てちょうだい すぐお食事だから、テーブル、拭いて、お箸、出してちょうだい(↓)。 手が空いていたら、悪いけど、ちょっと部屋まで来てちょうだい。お話があるの。 お部屋で遊ぶのはいいけど、ほこりがたつから、ばたばたしないでちょうだいね。 お母さん、ちょっと手伝ってちょうだい(↑)。これ、明日の宿題なの。 来週から試験なんでしょう?勉強してる?頑張ってちょうだいね。 ねえ、お父さん、今度の誕生日に、マウンテンバイク、買ってちょうだいよ(↓)。 お父さん、ちょっと今日もらってきた通信簿、見てちょうだいよ(↓)。 「~て/~ないで+ちょうだい」は、〈ウチ〉関係で使われるが、目上の人が文末イントネーションを急激に下降させると命令になり、目上や目下が軽い上昇イントネーションで使うと依頼になる。 主に女性か子どもが使うが、もし成人の男性が使うと、聞き手は子どもか、まれに女性になる。たとえ子どもに対してでも、依頼として使われると、大の大人が、甘えた猫なで声で、何かを頼んでいるところをイメージしてしまう。 ▶文末に「~ね/~よ」がつく場合は、本文10.2.「モダリティの表現/命令/~て・~てください」を参照 使い分けワンポイント ② 依頼「くれ」系バリエーション 次の例は「~てください」系のバリエーションである。 出かけるんだったら、悪いんだけど、ちょっと煙草を買ってきてくれよ。 午後から客が来ることになっているから、どこにも行かないでくれよ。いいね?課長、まだ早いじゃないですか。もう一軒、連れて行ってくださいよ、ねえ。 いいですか。今の、ここだけの話なんですから、誰にも言わないでくださいよ。引っ越しました。お近くにお越しの節は、ぜひ、お立ち寄りください。 このたび新装オープンいたしました。せいぜい、ご利用くださいませ。 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/命令形『くれ』」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/女性非敬体の『~のね』」を参照 「~て/~ないで + くれ/ください + よ(↓)」は、聞き手にすがりつくような甘えた依頼を表すが、前者「~くれよ」は、目上の男性が使う〈非敬体〉で、〈ウチ〉関係にしか使うことができない。 後者「~くださいよ」は、目下の人が使うが、〈ウチ〉関係の女性非敬体か、〈ウチ〉や〈ソト〉に対する男女兼用の〈敬体〉になる。 帰ったばかりで悪いが、また出前に行ってきてくれ。駅裏の学生寮だ。こんな初歩的なミス、しないでくれ。みんなが迷惑するから。いいな。こちらは、ただ今、閉鎖中ですから、通用門のほうへお回りください。 〈ウチ〉関係で、目上の男性が使う〈非敬体〉「~くれ」と、改まった言い方で、〈ソト〉〈ヨソ〉に使われる〈敬体〉「お+ます形+ください」は、状況によっては「~てく <828> 10.3. モダリティの表現/依頼 ださい」と同様に、命令を表すことがある。 しかし、やや古めかしい「お + ます形 + くださいませ」は、依頼にしか使うことができない。ちなみに「~て + くださいませ」のほうは、時代劇以外、古めかしすぎて、使う人がいなくなっているかと思う。 そちらは今、会議中でございますので、お入りにならないでください。 「お+ます形+ください」は、もともと為手尊敬の「お+ます形+になる」に「~てください」をつけた「お+ます形+になって+ください」を縮約したものなので、禁止命令の場合は、もとの形にして「お+ます形+にならないで+ください」が使われる。 申し訳ございませんが、お帰りになりましたら、お電話ください。 休んでおりますので、夜11時以降は、お電話なさらないでください。 下記の通り、6月の山登りを企画いたしましたので、ご参加ください。 ▶本文9.「授受動詞と敬語/敬語の種類/敬語の表し方」を参照 「お+ます形+ください」は、漢語系の「出席/協力/案内/見学/支持/指示/命令/返信/笑納/寛恕/了承/遠慮+する」などの場合、通常「ご+漢語+ください/なさらないでください」になる。 しかし、日常よく使われる言葉「食事/散歩/勉強/仕事など」は「お~」になる。これには、否定の「~なさらないでください」は接続しても、肯定の「~ください」はつかない。もしつくとすれば「お+日常漢語系+なさってください」である。これが「お+日常漢語系+して/しないで+ください」になると、最初の「お」は、いわゆる「美化語」を示し、敬意を示さなくなる。 例外は「電話」である。上の例のように、話し手に電話する場合は「お電話ください」であり、第三者にする場合は「お電話 + なさって/おかけ + ください」になる。敬意を示さない場合、話し手になら「(お) 電話ください」が、第三者なら「(お) 電話 + して/かけて + ください」が使われる。 また「返事する」は「ご/お+返事+ください」の両方が使われ、前者の「ご~」は、改まった場面で使われる。 次の例は「~てくださいますか」系のバリエーションである。 明日、早いんだ。悪いけど、5時ごろ起こしてくれる? 目覚ましはかけるけど。 赤ちゃん、やっと寝入ったところなんだ。あまりうるさくしないでくれるか? これ、社長のところへ持っていって、返事をもらってきてくれない? ねえ、今度、ボーナスが出たら、着物、買ってくださる? ほしいのがあるのよ。 今月、物入りで、使い込んじゃったのよ。少し貸してくださらない? ご準備が整いましたので、どうか、こちらへお越し/あちらへお移り + くださいますか。レポートを書いたのですけど、間違っているところを直してくださいませんか。 ほかの方のご迷惑になりますので、おタバコ、ご遠慮くださいますか。 ▶本文 9. ▶本文 9.「授受動詞と敬語/未実現『くれる+か/のか』が示す依頼と確認」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ないか」を参照 <829> 「~て/~ないで + くれる/くれない + か」には、次のようなバリエーションがある。 1.〈ウチ〉関係 非敬体男性:~くれる/~くれない + ?(↑)/か(↑)(↓) 非敬体女性:~くれる/~くれない + ?(↑) ~くださる/~くださらない + ?(↑) 敬体女性:~くださいます/~くださいません + ?(↑)/か(↑) 非敬体男性に「~くださる/~くださらない+か(↓)」があるが、かなり古めかしい言い方で、時代劇などでしか使われていない。また、同じ古い言い方には「~くださるまいか(↓)」がある。 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/敬語の種類/受け手不在動詞と為手尊敬」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~まいか」を参照 2.〈ソト〉〈ヨソ〉関係 敬体男女兼用:~くださいます/~くださいません+?(↑)/か(↑)(↓) (注)下降イントネーション(↓)は男性に多用される。 文末の「~か」は、ないほうが、聞き手への親しみを表し、あるほうは、遠慮をまじえた改まった言い方になる。 イントネーションが下降すると、話し手は、目上になり、自分の依頼に対して、聞き手は拒否できないという自信を示している。 女性は〈ウチ〉関係でも、〈非敬体〉の「くれる」と、為手尊敬〈非敬体〉の「くださる」に、為手尊敬〈敬体〉「くださいます」を使い分け、職場や家庭での気づかいようをうかがわせる。 「~くれるか」系と「~くれないか」系の違いは、前者が聞き手に「断れないよ」という印象を与えるのに対して、後者は「聞き届けてくれるかどうかわからないけど、もし可能なら」といった響きがするので、前者よりも、はるかに聞き手の気持ちを動かし、たとえ忙しくても、したくなくても、依頼に応じようという気持ちにさせることができる。 日本の男性は、相手の気持ちにうといのか、自分を偉く見せたいのか、どちらかというと、肯定でイントネーションの下降する「~てくれるか(↓)」系を使う傾向がある。 使い分けワンポイント ④ 依頼「もらえるか」系バリエーション 急なんだけど、来週の月曜日、朝一番で札幌まで飛んでもらえるかな。悪いんだけどね、これ、郵便局へ行って、出してきてもらえないかい。そこの電気、つけてもらえる? それから、窓も閉めてもらえない? これ、両替してもらえませんか。あのう、100円玉も入れてもらえますか。ここ、工事をしていて、危ないので、子どもを遊ばせないでもらえますか。今晩、早く帰ってきていただけない? 子どもがけがをして大変なの。 ほかの方のご迷惑になりますので、おタバコ、ご遠慮いただけますか。風邪を引いて、ひどい熱なんです。今日、休ませていただけませんか。 <830> ▶本文9.「授受動詞と敬語/~てもらう/~(て)いただけますか」を参照 ▶本文10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~てもらいたい」を参照 ▶本文10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~いただけます」を参照 ▶本文10.2.「モダリティの表現/命令/~ていただきます」を参照 「~て/~ないで+もらえる/もらえない+か」のバリエーションは、次のようになっている。 1.〈ウチ〉関係 非敬体男性:~もらえる/~もらえない + ? (↑) / か (↑) (↓) ~いただける/~いただけない + ? (↓) / か (↑) (↓) 非敬体女性:~もらえる/~もらえない + ?(↑) ~いただける/~いただけない + ?(↑) 敬体女性:~いただけます/~いただけません + ?(↑)/か(↑) 2.〈ソト〉〈ヨソ〉関係 敬体男女兼用:~いただけます/~いただけません + ? (↑) /か (↑) (↓) 「~てもらえるか」は、例えば命令の「もらう:出張してもらうよ」を、許可を求める可能疑問形「できるか:ここで夕バコが吸えますか」にかえたもので、つまり「出張してもらえるか」は、パラフレーズして「私はあなたに『出張しろ』と言えば、承諾を+もらう/得る/ゲットする+ことができるか」といった意味をベースにして依頼を表している。 これに対して、例えば「出張してくれるか」は「あなたは私のために+出張する/出張できる+か。もしそうなら有り難い」といった意味を表し、両者を比べると、前者の「~てもらえるか」系のほうが、許可を求めながら「出張してほしい」という強い気持ちを表しているだけに、依頼する話し手の切実さが感じられ、聞き手に断りきれない気持ちにさせる力がある。 「~ていただけるか」を使うと、もともと「いただく」は「もらう」の受け手尊敬なので、敬意を受けた聞き手は、ますます断れなくなってしまう。 ▶本文9.「授受動詞と敬語/受け手不在動詞と受け手尊敬」を つまり、〈非敬体〉「~てもらえるか」から、〈敬体〉「~てもらえますか」へ、さらに、〈受け手尊敬敬体〉「~ていただけますか」へと、聞き手への敬意が増すにつれて、依頼する丁寧さの度合いが高まっていく。 この日曜日、時間ある? 引越しなんだよ。手伝っていただける(↓)。 こんな時間で悪いんだけどさ、こちらまで、ご足労いただけないかな。 お帰りに、あの店で、お好きなお刺し身、買ってきていただける? 受け手尊敬〈非敬体〉の「~ていただけるか」系は、受け手尊敬で聞き手への敬意を示しながら、〈非敬体〉で〈ウチ〉関係の親しさを表しているので、話し手と聞き手は、互いに尊敬しあっている古くから友人の男同士か、最後の例のように、妻から夫、親し <831> い女同士の依頼ということになる。 軽い発作かとは思うが、念のため、先生に来て、見ていただけないか。 また「~いただけるか(↓)」には、上のように、〈敬体〉を使う必要のない〈ウチ〉関係の目下を聞き手にして、男性が、敬意を払うべき第三者への要請が可能かどうかを問いかける使い方がある。 ▶文末の「~か」の有無、イントネーション、また「ーるか」系と「~ないか」系などは、次を参照本節「使い分け③/依頼『くれるか』系バリエーション』▶「漢語系」の使い方は、本節「使い分け②/依頼『くれ』系バリエーション」を参照 使い分けワンポイント ⑤ 依頼「~だろうか」系バリエーション この週末、うちの課で温泉旅行なんだよ。そちらの営業車、うちの若いのに貸してやって+もらえない/くれない+だろうか(↓)。頼むよ。 申し訳ありませんが、この荷物、ちょっと見ていて+いただけない/くださらない+でしょ。 明日は休みなので、朝、起こさないで+もらえる/くれる+だろうか。来週の月曜日、札幌まで飛んで+もらえる/くれる+だろうか。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~だろうか」を参照 ▶「くれるか」系と「もらえるか」系との違いは、本節「使い分け④」を参照 「~て/~ないで + もらえる/もらえない/くれる/くれない + だろうか」は、依頼を表す「使い分け③④」の「もらえるか/くれるか」系のバリエーションにあげたすべての例と互換性がある。 「~だろうか(↓)」には、話し手の「心配/不安/恐れ/疑い」の気持ちや、これらとは逆の「期待/希望」といった感情が織りこまれるので、ここでは、依頼が聞き届けられないかもしれないという「不安」と、依頼を聞き届けてほしいという「期待」とが交錯した控えめな響きが、聞き手の気持ちをくすぐり「何とかしてやろう」という気にさせる力をもつことになる。 「~だろうか(↓)」を、依頼「もらえるか/くれるか」系のバリエーションのそれぞれのレベルに加えることで、もうワンランク依頼する丁寧さの度合いを高められる。 くれるかくれるだろうか もらえるかもらえるだろうか くれないか くれないだろうか もらえないか もらえないだろうか (願えるか 願えないだろうか) くださいますかくださるでしょうか くださいませんかくださらないでしょうか いただけますか いただけるでしょうか いただけませんかいただけないでしょうか (願えますか 願えないでしょうか) <832> 丁寧さの度合いが右下へ行くほど高く、左上へ流れるほど低くなるとして、これを図示すれば、バリエーションは、およそ前頁最後のようになる。 あの先生、頼んだら、今度のセミナーの講師に来て + くれる/もらえる + だろう/でしょう + か。 「~だろうか」は、聞き手のこと「明日、行けるでしょうか」ばかりではなく、例えば「明日、晴れるだろうか/彼は行くでしょうか」など、第三者のことにも使えるので、上のように、依頼ではなく、状況判断を示すことがある。 ⑥ 依頼「~とうれしい」系バリエーション お母さん (私が)、お掃除するから、お茶碗、洗ってくれると、いいんだけど。 銀行へ行ってる間に、コピーしておいてくれると、うれしいんだけど。 時間があれば、明日も来て + くれる/もらえる + と、助かるんだけど。 先生のご住所を教えて + くださる/いただける + と有り難いのですが。 今回の件、お任せ + ください/いただけ + ますと + 有り難く存じます。 ご都合のほど、お知らせ + ください/いただけ + ますと幸甚 + です/に存じます。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/確信の『~と』」を参照 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/ためらい」を参照 「~て + くれる/もらえる + と + うれしい + んだけど」は、状況に応じて、後半部分が変化するが、仮定条件の「~と」と、文末に「ためらい」の「~のだ + が/~けど」が使われて、希望や願望に遠慮が織りこまれ、さらに「うれしい/助かる/有り難い」といった中心部分の「感謝」の気持ちが働きかけるので、先ほど述べた「使い分け⑤の」「~だろうか」系よりも効果的な依頼になる。 しかし、もし「感謝」の部分が、聞き手の耳に「お世辞/媚/おべっか/おだて/偽善/厚かましさ」として響くと、逆効果になるので、聞き手に抵抗を感じさせない程度の依頼にする必要がある。 〈非敬体〉は〈ウチ〉で、〈敬体〉は〈ソト〉に使われる。最後の例は、依頼文専用の決まった言い方である。 使い分けワンポイント ⑦ 依頼「願う」系バリエーション 来月、孫の結婚式があるのだが、忙しくなければ、おいで(を)願えるかな。世界一周の船旅から戻った土産話など、次の会で、お話し願えないか。会議室におりますので、誰か尋ねてきましたら、お知らせ願えますか。ここは車の出入りするところですから、駐車はご遠慮願えませんか。 「お+ます形+願える/願えない+か」のバリエーションは、成人専用で、家庭で使われることはなく、たとえ友人、同僚といった〈ウチ〉関係の聞き手に使ったとしても、話し手の気持ちには控えめな遠慮が生じており、一時的に〈ソト〉関係に切りかえたかのような堅苦しい改まった響きをもつ。 したがって、聞き手にとって断りきれない依頼になるので、最後の例のように、〈ヨソ〉に対しては、よく使われる。 <833> 〈ソト〉〈ヨソ〉関係 非敬体男性:~願える/~願えない + か(↑)(↓) 敬体女性:~願えます/~願えません + ?(↑) 敬体男女兼用:~願えます/~願えません + か(↑)(↓) 「非敬体男性」は、かなりの年配者に使われ、特に、文末が「~かな/~かね」になると、 かんれき 還暦をすぎた人のようになる。 「敬体女性」の例はあげていないが、文末上昇イントネーションを長く引くことによって、甘えた感じになり、かなり効果的な反応が期待できるので、ときに男性が女性に対して使うことがある。 ▶「~願えるか」系と「~願えないか」系の違いや、イントネーションについては、次を参照本節「使い分け③/依頼『くれるか』系バリエーション』▶「漢語系」の使い方は、本節「使い分け②/依頼『くれ』系バリエーション」を参照 荷物、運んでほしいんだけど、お願いできる/頼める + ? (↑)/か。 ×荷物、運ぶの、手伝ってくれ。お願いできる/頼める + ? (↑)/か。 →荷物、運ぶの、手伝ってくれ。頼むよ/いい (↑)? 今度の日曜日、子どもを遊園地に連れて行ってほしいんだけど、お願いできません? (↑) 友だちとお買い物する約束、しちゃったのよ。 ついでにサンプル、持ってきてもらいたいんだけど、お願いできる? どうも車の調子が悪くて、見てほしいんですけど、お願いできますか。 子どもが迷子になってしまったんです。よろしければ、場内アナウンスをしていただきたいのですが、お願いできませんでしょうか。 ▶本文 5.1.「逆説条件/逆接確定条件/~が・~けど」の次を参照『前触れ』と『~たい/~ほしい + んだけど』 上のような「~て + ほしい/もらいたい + のだが + お願い + できる/できない + か」のバリエーションも、成人専用であるが、家庭でも使われる。 堅苦しさのある「~願える」系に比べると、本能や欲望を現す「~ほしい/~たい」が使われているので、聞き手に親しみを感じさせるし、この親しさに、話し手の控えめな遠慮「お願い」がブレンドされるので、日常会話では多用される。 この控えめな遠慮は、これを頼めば「迷惑をかけることになる」といった聞き手への気づかいを表しているので、依頼の内容は「くれる/もらえる + か」系の同じレベルと比べた場合、自分の立場では「過度の要求かもしれない」と話し手が考えているものになり、実際、聞き手は「煩わしい/迷惑だ」と感じる状況で使われることが多い。 したがって〈ヨソ〉に対しては、例えば、話し手が「顧客」という立場にあり、依頼しても、聞き手は受けいれるという場合に限られる。 〈ウチ〉や〈ソト〉に対して使われると、話し手には「もし聞き届けてくれたら、見返りにお礼をする」という気持ちが働いているし、聞き手も「お礼を期待する」というより「ひとつ貸しができた」といった気持ちになり、両者が「持ちつ持たれつ」互いに助け合う関係にあることを示している。 ということは、たとえ実際には実現しなくても「ダメで、もともと。親しい間柄なん <834> 10.3. モダリティの表現/依頼 だから、ともかく頼んでみよう」といった気分のときに使われることが多い。 もし、これを「くれる/もらえる + か」系の「子どもを遊園地に連れて行って/サンプルを持ってきて + いただける/もらえる?」にかえると、見返りや貸し借りのない、その場限りの依頼にかわり、聞き手に受けいれ義務があるかのような響きになる。 バリエーションは多くなるので、受け手尊敬をもつ「もらいたい」と「お願いできる」の組み合わせだけをあげておく。 1.〈ウチ〉関係 非敬体男性:~もらいたいんだけど + お願いできる + ?(↑)/か(↑)(↓) 非敬体女性:~もらいたいんだけど + お願いできる + ?(↑) 敬体女性:~もらい/~いただき + たいん + だ/です + けど + お願いできません + ?(↑)/か(↑) 2.〈ソト〉関係 非敬体男女兼用:~もらいたいんだけど + お願いできる + ?(↑)(↓) (注) 顔をじみの取り引き先や、店の主と常連客の間などほとんど〈ウチ〉に近い関係で使われる。 3.〈ソト〉〈ヨソ〉関係 敬体男女兼用:~もらい/~いただき + たいん + だ/です + けど + お願いできません + ?(↑)/か(↑)(↓) ▶「願える/お願いできる + か」系と「くれる/もらえる + か」系の関係は、次を参照本節「使い分け⑤/依頼『~だろうか』系バリエーション」▶文末の「~か」の有無、イントネーション、また「-るか」系と「~ないか」系などは、次を参照本節「使い分け③/依頼『くれるか』系バリエーション」▶「漢語系」の使い方は、本節「使い分け②/依頼『くれ』系バリエーション」を参照 今日も一日、事故のないよう、安全運転をお願いします。 歳末助け合い運動を展開中です。ご協力、お願いできませんか。 ご支援のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。 ご覚恥くださいますよう、伏してお願い申し上げます。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ていただきます」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~ようだ」を参照 「漢語系」では、上のように「~を/~のほど+お願い+します/できますか」があり、書き言葉に「~のほど/~くださいますよう+お願い申し上げます」がある。 入り口付近は混み合いますので、止まらず奥へお進み願います。危ないですから、一列に並んで、順序よくお乗り願います。 入られましたら、係員の指示にしたがって、お座り願います。 申し訳ございませんが、取り調べのため、署まで、ご同行願います。 「お+ます形+願います」は「~ていただきます」と同様、その場の責任者によっ <835> て〈敬体/超敬体〉で使われる丁寧な命令や指示を表す。ごくまれに特定個人に使われることもあるが、前者「願います」が不特定多数に、後者「~ていただきます」は特定のグループに使われるという違いがある。 使い分けワンポイント ⑧ 依頼「~たいのだが」系バリエーション 以前、話しておいた通り、沖縄へ赴任して + ほしい/もらいたい + んだが、行って + もらえる/くれる + だろうか。 すみません。もう夜も遅いですから、静かにして + ほしい/いただきたい + んですけど、よろしい/※お願いできません + でしょうか。 財布を忘れちゃって。少し貸して+ほしい/もらいたい+んだけど。 ご相談したいことがあるものですから、ご都合よろしければ、今日の夕刻にでも、会って +いただきたい/×ほしい+のですけど。 申し訳ございませんが、急用ができましたものですから、お先に失礼させて+ほしい/いただきたい+のですが。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/『前触れ』と『ためらい』」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照 「~たい・~ほしい + のだが/~てほしい・~てもらいたい + のだが」 他者への希望を表す「~て + ほしい/もらいたい + のだが」は、あとに依頼の表現「お願いできる/いい + か」や「~て + もらえる/くれる + か」が来ることに決まっているので、あとの部分を省略することができる。 というより、次のような煩わしい使い方をするので、むしろ省略するほうが使いやすいし、省略部分は誤解されるおそれのないものなので、聞き手の想像に任せてしまうほうが無難である。 〈ほしい/もらいたい〉と〈お願いできる/いい+か〉の選択 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/命令 + いい?」を参照 ▶本節「使い分け⑦/依頼『願う』系バリエーション」を参照 1. 要求の意味にも使える「~てほしい」は、話し手の気持ちに遠慮が入れば入るほど使われなくなり、希望の「もらいたい」が優勢になる。 2. 丁寧な依頼になる「お願いできるか」は、命令したいという気持ちが働けば働くほど不自然になり、命令を確認する「いいか」が使われる。 申し訳ないのですが、ちょっと旅行に出るものですから、猫と花の世話をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか。 風邪を引きましたから、明日の会議、休みたいのですが、いいですか。 犬を散歩させたいんだけど、出かけていい/お留守番してもらえる + ? サマースーツがほしいのですが、安い店をご存知ないでしょうか。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が/『~たい/~ほしい』の誤用」を参照 しかし、上のような話し手の希望や願望を表す「Aます形 + たい」や「A名詞が + ほしい」に「~のだが」がついたの場合、あとの依頼の表現を省略できるかどうかは、Aを聞いただけで、聞き手に依頼の内容が理解できるかどうかにかかっている。 はじめの2例は、あとの「よろしいでしょうか/いいですか」を省略しても、聞き手には理解できるので、省略したほうが効果的である。しかしあとの2例では、省略する <836> 10.3. モダリティの表現/依頼 と、どんな依頼をしようとしているのか、というより、何を言おうとしているのかがわからなくなるので、省略できない。 最後の例は、さまざまな「依頼のバリエーション」を使わずに、例えば「この近くに郵便局はありませんか/地下鉄梅田駅はどこでしょうか/100 円ショップ探してんだけど知らない?」といった問いかけで、話し手の依頼「教えて + もらえ/くれ + ないか」を表せるというサンプルである。 「~たいのだが」系をはじめ「前触れ」となる「~のだ + が/けど」は、大人の会話でコミュニケーションをスムーズに行なうキーワードになる。これを文末にして、あとを省略すると、話し手の言いたいことが、無言の「ためらい/遠慮/心づかい」といった余韻になって響くので、特に〈ソト〉や〈ヨソ〉の会話では、奥ゆかしさを感じさせたり、上品な印象を与えたりする。 使い分けワンポイント ⑨ 依頼と許可請求 1.聞き手の動作 傘を貸して + くれ/ください。 話して + くれ/ください/もらえ/いただけ + ます/ません + か。こちらに来て + ほしい/もらいたい + のですが。 写真を撮っていただきたいのですが、ちょっとよろしいでしょうか。 2. 話し手の動作 傘をお借りしたいのですが、これを使っても、いいですか。 説明させて + くれ/ください/もらえ/いただけ + ます/ません + か。 そちらにお邪魔したいのですが、よろしいでしょうか。 写真を撮らせていただきたいのですが、ちょっとよろしいでしょうか。 一般的に、聞き手の動作を求める「1」のような場合を「依頼」といい、逆に、聞き手の依頼や要求に対して、話し手が承諾を与える場合を「許可」といっている。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/命令と依頼の違い」を参照 しかし「2」のように、話し手が自分の動作に対して、聞き手の「承諾/許可」を求める場合は、これといって名前がついておらず、これもまた「許可」と呼ばれたりすることがある。 本書では、許可を与えるほうを「許可」と呼び、許可を求めるほうを「許可請求」と呼んでいるが、聞き手が「許可/承諾」を与える動作は依頼の場合もあるので、依頼と許可請求をひとつにまとめている。 特に両者を区別する必要のある場合は、次のような関係になる。これは「ご飯」が「食事」を表して上位語になり、下位語に「炊いた米/ご飯」と「おかず」がペアを組むのと同じ関係である。 依頼(上位語:ご飯) 依 頼(下位語:ご飯) 許可請求(下位語:おかず) <837> 下位の場合、依頼と許可請求は、例のように、同じパターンが使われることがあり、聞き手の返答のほうは、基本的に同じパターンで、承諾なら「ええ、いいですよ」になり、拒絶なら「いえ、ちょっと」などになる。 しかし、両者の違いを際立たせるのは、次のような承諾パターンである。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/勧めと助言の『~てください』」を参照 「依 頼」への承諾パターン:はい、わかりました「A」「許可請求」への承諾パターン:ええ、どうぞ「B」 依頼では命令や助言に対する答え方と同じであり、許可請求では、もし「ええ」を省略すれば、何かものを勧める場合の言い方になる。 ただ「あげる/もらう」「売る/買う」「貸す/借りる」「教える/教わる」「預ける/預かる」など、話し手が「あげる」側になったり、逆に「もらう」側になったりする視点動詞群は、一般的に、恩義を売るほうを使って「依頼」を行い、恩義を買うほうで「許可請求」をするが、使い方も、承諾の仕方も、かなり複雑である。 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/視点動詞とは?」を参照 上の「貸してください」の返答は通常、許可請求に対する承諾と同じ形「ええ、どうぞ、お使いください」が使われるので特異であるが、これは、承諾を与える話し手が、依頼した聞き手の「本来の意図が請可請求である」と読みとって返答しているからである。許可請求に対する承諾は「ええ、どうぞ+持っていって/売って/買って/お使い/教えてもらって+ください」や「ええ、どうぞ。お預かりします」になるが、最後のパターンを「ええ、どうぞ、預けてください」にすると、話し手ではなく、第三者へ預けることになる。 依頼に対する承諾の場合、上の許可請求への承諾と同じレベルの丁寧な言い方は、通常「はい、わかりました + 差し上げます/お売りします/買って差し上げます/お貸しします/お教えします/お預かりします」なので、依頼でも許可請求でも、やはり、どんな場合にも通用する「ええ、いいですよ/いえ、ちょっと」が最も無難である。 使い分けワンポイント ⑩ 許可請求「いいか」系バリエーション 明日は先方のご都合で、9時にお伺いすることになっておりますので、先に、そちらに回ってから、出勤しますが、それでよろしいでしょうか。 <838> 10.3.モダリティの表現/依頼 両親が故郷から出てきたものですから、休暇をとってもいいでしょうか。 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/~ものだから・~のだから」を参照 ▶本文8.3.「極限/類推/『~も』の使い方」を参照 ちょっと疲れましたから、先に休ませていただいていいでしょうか。 あの、ここのペン、ちょっと使わせてもらっても、いいですか。 お母さん、おなかが痛い。今日、学校、行かなくてもいいでしょう? これ、もらっていい + ? (↑) / か(↑) (↓) / かしら (↓) / かな(↑) (↓) / ね(↑) / だろう? (↑) / だろうか (↓)。 許可請求「~て(も)いいか」の使い方は、〈ウチ/ソト/ヨソ〉にかかわらず、丁寧さの度合いが、左ほど高くなり、次のようになる。 〈目下から目上〉〈下から + 上/同等〉〈同等/下 + へ〉 よろしいでしょうか いいでしょうか いいだろう? よろしいですか いいですか いい? 家庭では、子どもが「いい?」を使うことがあり、同等に対する〈非敬体〉「いい?」は、男女兼用である。どの人間関係でも、主に女性であるか、目上に対して「+か」を省略することがある。〈非敬体〉の「いいか」は、目上の男性専用で、〈非敬体〉「~だろう+?/か」は、親しい〈ウチ〉関係での同等か、〈ウチ〉関係での目上男性専用、いわば「非目下男性専用」である。 「~て(も)いいか」の「~も」は、どのレベルにおいても、話し言葉で親しみを表す場合、よく省略される。一般に「~も」がつくと、書き言葉か改まった話し言葉になる。 帰っていただいて + よろしい/いい + ですよ(↑)(↓)/でしょう(↓)。 お使い/使って + くださって + よろしい/いい + ですよ/でしょう/のですよ。 休んでも + よろしい/いい + ですよ/でしょう/のですよ。 宿題をしたんなら、遊びに行っていいよ。 いやなら、食べ + なくて/ないで + (も) + いいよ/いいのよ。 行かなきゃ、ダメかって? 行かなくて (も) + いい/かまわない + よ。 行かなきゃ、ダメかって? 行かないで + いい/×かまわない + よ。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~だろう/状況判断と因果関係」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~なくていい・~ないでいい」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~なさいね・~んだね/~なさいよ・~んだよ」を参照 ▶本節「使い分け⑩/許可請求『いいか』系バリエーション」を参照 許可を与える人は、その場をとりしぎる責任者、つまり目上なので、許可請求の目上と目下による使い分けとは異なり、次のように、左ほど丁寧さの度合いが高くなり、改まった状況になる。 〈ヨソ/ソト〉 よろしいでしょう(↓) 〈ソト/ウチ〉 いいでしょう よろしいですよ(↑)(↓) いいですよ いいだろう よろしいよ いいよ <839> 年齢を重ねた女性は、よく文末を「~の/~わ + よ」にすることが多い。〈非敬体〉男性「よろしいよ」は家庭内では使われず、〈非敬体〉男性「~だろう」には尊大ぶった響きがある。 状況判断「A + だろう」は、話し手が現場不在のため、はっきりとした判断ができないが、事情を聞くなど、間接情報によって、Aが当然だと判断した場合に使われる。したがって「~よ」のない「いいだろう」系は、どの場合でも、話し手が「それなら当然だろう」という判断を下して、許可を与えていることになるので、自分自身の立場をわきまえない話し手が使うと、非常に「傲慢/尊大/生意気」な響きになる。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~(のだ)よ・~(のだ)ね・~(のだ)よね」を参照自己主張を表す「~よ」のイントネーションは、快く許可を与える場合は上昇し、逆に「いやいや/しぶしぶ」許可を与える場合は下降する。 A:偵察に出かけますが、よろしいでしょうか。 B:よし、行け! P:では、これから工事を始めます。 Q:よし!始め! 古語「よし」は、許可というより命令、命令というよりは号令で使われる。また、慣用的表現として「見てよし食べてよし/行ってもよし行かなくてもよし」など、2つを重ねて「どちらも/どちらでも + よい」という意味を表すことがある。 ▶卷末「古語/形容詞」を参照 「よい」は、もし使われるとすれば「明日は 10 時に来れば/虫刺されにはこの薬を塗ると/これは肌荒れに + よい」といった「お勧め」か、〈述べ立て文〉で「この本はよい」など「称讃/拒絶」を表すが、書き言葉として使われるか、時代劇や、かなりの年配者に使われるだけで、現在では「よくない/よかった/よければ/よさそうだ/よすぎる」といった活用に名残りをとどめているにすぎない。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~(よ)う』の使い方-状況判断」を参照 時代劇なら「よい」に、状況判断の「~(よ)う」がついて、現代語の「~てもいいだろう」にあたる「~てもよかろう」も使われるかもしれない。 ⑫「いいのだろうか」と「いいのだ」 お母さん、宿題、終わったら、テレビ、見ていいんでしょう? ここのパンフレット、もらって行ってもいいん+ですか/でしょうか。 あら、それ、お使いになってもよろしいんですよ。どうぞご遠慮なく。 どうしたの。食べていいんだよ。お父さん、食べたくないから。ね? ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~のだろうか」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のか・~のだ」を参照 不安を反映する「いいのだろうか」は、許可請求の場合、話し手の「ためらい/遠慮/とまどい」を表すと同時に、文末「~の(だろう)か」の「~のか」が、聞き手に同意を求める確認を表している。ただ「~いいのか」だけの場合は、遠慮しか示していない。許可を表す「いいのだ」の場合は、聞き手への訴えや働きかけを反映する「~のだ」が、ためらいを示す聞き手に「遠慮しないで」と勧める気持ちを表すことになる。 <840> 10.3. モダリティの表現/依頼 使い分けワンポイント ⑬ その他の「いい」系の使い方 「いい」系は、許可請求や許可のほかにも、次のような使い方がある。 1. 選択の可能性:名詞でも/~ても + いいが 飛行機でもいいけど、景色が楽しみたいから、電車にしようよ。 行かなくてもよかったのですが、ちょっと気になって。 2.妥協/ランクを下げた選択:名詞で(も)/~て(も)+ いい お酒かワインのない場合は、お酢とみりんをお使いになっても + よろしい/いい + んです + よ/が。 ファックスが面倒だったら、添付ファイルにして、メールで(も)いいよ。 わんぱくでもいい。丈夫に育ってほしい。 5分でいいから、待って。 人数をそろえたいんだ。誰でもいいから集めてくれ。 僕でよかったら、手伝うけど。 3.申し出:目上から目下、または同等 お電話では何ですから、お会いできませんか。もちろん、私のほうからそちらへ、お何いしてもよろしいのですが。 それ、今、手が空いていますから、私がしてもよろしいですよ。 疲れませんか。何でしたら、私が運転してもいいですよ。 買い物? 僕が行ってもいいよ。 4.アドバイス:~ほうがいい/~たらいい 薬を飲んでるより、病院に行ったほうがいいよ。 謝るんだったら、早いほうがいい。遅くなるほど、気づまりになるよ。 わからなければ、先生に聞いて + みたら/みれば/みると + いいのに。 そんなに行きたければ、休みをとって、行けばいいじゃないか。 高血圧なら、階段や坂道を後ろ歩きするといいそうだよ。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~ば・~たら・~と + いい/~ほうがいい」を参照 5. 願望:~たら/~ば + いいのに もう少し頭がよかったらいいのになあ。 今度のパーティー、みんな来ればいいんだけど。 6.反実仮想:~たら/~ば+よかった 面白い映画でしたよ。ご一緒にご覧になれたらよかったのですけど。 二日酔いなんでしょう?昨日あんなに飲まなければよかったのに。 免税店に置いてないよ。あのとき、買っとけばよかったね。 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想」を参照 7. 呪いや非難:~がいい 見てるがいい。きっと仕返ししてやるからな。 人をいじめてばかりいて、あんな奴は死んでしまうがいいんだよ。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~がいい」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/その他の非難のバリエーション」を参照 8. 称讚や羨望:前後より「いい」の部分が、小さく抑えた声になる <841> そのピアス、いいわねえ。よく似合ってる。どこで買ったの?よかったですね、今日の映画。今度のも、いいそうですよ。ボーナスが出たんだって。いいなあ、うらやましいなあ。 9.拒絶:前後より「いい」の部分が、高く大きな声になる いえ、もういいです。おなかいっぱいですから。 すみません、いいです、これ。また来ます。 (注) 改まった言い方に「結構です」がある。 いいからさ、つべこべ言わずに、任しときなよ。 うるさいわね。私にかまわないでよ。いいから、ほっといてよ。 もういいだろう? 泣いたって仕方ないじゃないか。 10. 命令:命令の前後について、確認する いいですね。事故を起こさないようにしてくださいよ。 毎朝8時に、全員、朝礼に参加してください。いいですか。 いい? 郵便局でこれ出して、酒屋に寄って、スーパーで買い物よ。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/命令 + いい?」を参照 11. 号令:現在「よし」が使われるのは、この場合だけである 右、よし!左、よし!前方、よいか。前方、よし!前へ進め! ヘルメット、よいか。ヘルメット、よし!今日も一日安全に。よし! 起立!気をつけ!そこ!よし!もう一度、気をつけ!よし! 使い分けワンポイント ⑭「いい」と「かまわない」 「かまいません」は、謝罪「すみません/申し訳ありません」の返答に使われるが、許可請求と許可のほかに、すでに述べた「使い分け③」の「いい」系「1~3」と互換性がある。 帰ってもかまいませんか。 ええ、帰っていただいて、かまいませんよ。 飛行機でもかまわなかったが、景色を楽しみたくて、電車にしたんだ。 お酒かワインのない場合は、お酢とみりんでも、かまわないんです 十 よ/が。それ、今、手が空いていますから、私がしてもかまいませんよ。 「かまわない」は、もともと「関係する/世話する/心配する/気を遣う/気にする」という意味を表す「かまう」の否定で、上のいずれの場合でも「気にしない/平気だ/大丈夫だ/問題ない」という気持ちがこめられている。 したがって、許可請求の場合を除いて、話し手自身の動作に使うと、やや傲慢な響きがするので、次の最初2例のような聞き手への依頼になる場合、〈非敬体〉はともかく〈超敬体〉になると、やはり不自然になる。 5分で + いい/かまわない + から、待って。 →5分で + よろしい/×かまわない + ので、お待ちいただけないでしょうか。 →5分ほど、お待ちいただけないでしょうか。 そこを何とか、お会いできませんでしょうか。もちろん、私のほうからそちらへ、お伺いしても + よろしい/×かまわない + ですけど。 薬を飲んでるより、病院に行ったほうが + いい/×かまわない + よ。 <842> 10.3. モダリティの表現/依頼 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~ほうがいい」を参照 最後の例はアドバイスで、聞き手の動作に使われているし、また「いい」系の「4~11」の「いい」には「平気だ」という意味が含まれていないので、互換性はない。 使い分けワンポイント ⑮ さしつかえない あの、あちらのお勝手口の横に、車を停めさせていただきましたが、差し支えございませんでしょうか。 こちらのパソコンを、しばらくお借りしていても、差し支えありませんか。 明日のお弁当、ご用意しなくても、本当に差し支えないのですね。 「差し支える」は、次のように「差し障る」と類義関係にあるが、普段ならスムーズに流れている「過程/工程/日程/予定/生活習慣」に、あたかも横から「妨害/邪魔/迷惑/不都合/不具合」になるものが割って入り、その流れを「止めてしまう/塞いでしまう/つかえさせる(差し支える)/遮る/障害になる(差し障る)」ことを表している。 この時期ですから、仕上がりは来月の初めになってしまいますが、そちらのご都合に十差し支え/差し障り+ませんか。 「差し支えない」は「差し支える」の名詞「差し支え」が、非存在を表す「~がない」と一緒になって「許可」を、問いかけで「許可請求」を表すことがある。この場合、通常「差し支え」と「ない」の間に「~が」をはさむことができない。 お差し支え (が) なければ、明日、お伺いさせていただきたいのですが。 差し支え (が) ないのでしたら、今夜遅くにでも、お電話いたしますが。 ▶本文 4.「順接仮定条件/~なら・~たら・~ば・~と」を参照 しかし、順接仮定条件と結びついて、許可請求文の一部になって、名詞であることが意識されると、上のように「~が」が挿入されることもある。もともと「A + ても/なくても+差し支えない」は、生活や仕事のリズムを狂わせる「差し支える」の意味が生きているので、許可請求の場合は〈超敬体〉になり、かなり改まった場面で使われることが多い。 ええ、こちらはいくら遅くても、差し支えございませんよ。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/勧めのバリエーション」を参照 上の例は、上から下への許可を表す「いい」系バリエーションとは異なり、話し手は「問題ない/大丈夫だ/心配は無用だ/ご遠慮なく」といった心づかいを示しながら、聞き手に「Aを+する/しない」ことを促したり、勧めたりする場合に使われる。 使い分けワンポイント ⑯ ~できるか この池で、釣りをする/泳ぐ + ことが + できますか/できる? →この池で、釣りをしても/泳いで + いいですか/いい? あの、すみません。ここで夕バコが吸えますか。 寮の食堂で、お酒を飲むことができますか。 ▶本節「使い分け⑩/許可請求『いいか』系バリエーション」を参照 可能形「~できる」は、問いかけの「~か」をプラスして、上のように許可請求を表 <843> 〈非敬体〉は「~できる?(↑)」が男女兼用で、男性専用に「~できるか」があるが、目上に使うことができない。〈敬体〉「~できますか」は男女兼用で非目下、つまり同等か目上に対して使われる。その他の使い分けは、許可請求「~いいか」系と同じである。 あの、すみません。ここで夕バコが吸えるのでしょうか。 →あの、すみません。ここで夕バコを吸ってもいいのでしょうか。 →この図書館は 洗濯 「A+できるのか」は、厳密な意味での個人的な許可請求ではなく、一般的な状況として、Aが許されているかどうかの問いかけ、または確認になる。 使い分けワンポイント ⑰ その他の「できる」の使い方 「できる」には、許可請求のほかにも、次のような使い方がある。 ▶巻末「動詞の種類/状態動詞と動作動詞」を参照 ▶可能形については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 1. 能力/技術:可能形を使うことができる 日本語が+できますか/話せますか。 どのくらい+泳げますか/泳ぐことができますか。 お酒?ん、飲めるよ。ウイスキーなら、ボトル半分くらい大丈夫。 2. 許可: 可能形を使うことができる お酒ですか。ええ、飲めますよ。どうぞ、お飲みください。 いえ、ここでは夕バコは吸えませんよ。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~できます」を参照 3. 可能性:可能形を使うことができる 今度のセミナー、参加できますか。 明日、行ける?え?行けない?困るよ、それは。 この水、飲めますか/飲むことができますか。 →この水、飲んで大丈夫ですか。 4. 出現:~が+できる 可能形を使うことができた 近くにスーパーができて、便利になりました。 今度の学校で、友だち、できたの? ご飯、できましたよ。 5. 構成:~からできている 可能形を使うことができない 水は酸素と水素からできている。 この部署は、業務課と営業課からできています。 6. 評価: 可能形が使えるのは、話し言葉の「言える/言えてい ▶本節「使い分け⑧/~得る」を参照 成績ですか。あまりできませんね。できるのは数学だけです。 <844> 10.3. モダリティの表現/依頼 ああ、なるほど。それは、言える/言えてる + ね。ダメだよ、そんなの、言えないよ。 使い分けワンポイント ⑧ ~得る・~に耐える・~に足る うそ!そんなの、ありえない。あんないい人が、人を殺すだなんて。 起こりえませんよ。数年後に氷河期がやってくるっていうんでしょう? →そんなの、ある + はず/わけ + がない。起こる + はず/わけ + がない。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~はずがない」を参照 この時期、黄砂が飛来しうるのか。地球に異常がきたしているのか。 それは、自分の気持ちを言葉で表しえない不器用な彼に + なしうる/できる + 最大の愛情表現だったが、彼女には理解 + しえない/できない + ことだった。 その山は、まさに山好きの彼が生涯で登りえた最高峰だった。 地道に研究を続けてきた彼女にしてはじめて完成させえた論文だった。 その料理は、一流ホテルのコックならでは作りえない絶妙の味でした。 宗教や哲学といった分野は、いざフランス語で討論するとなると、さすが才媛の彼女も、立て板に水のように話しうる話題ではないだろう。 あの当時の株価の暴落というのは、誰しもが予想だにしえなかった。 全員、無事、生還の報に接し、喜びを禁じ得なかった。 へえ、なるほど、それは言いえて妙だ。 ▶ 巻末「古語/動詞/一段動詞『得』」「文の種類」「動詞の種類」を参照 ▶ 本文 8.1.「極限/状態/~を禁じえない」を参照 ▶ 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/やむを得ない・~ざるをえない」を参照 「得る」は、〈未完文〉を含めて文末に来ると、読み方は「える」か「うる」になり、後者「うる」のほうが文語的表現である。そのほかは「えない/えます/えて/えた/えれば」などになる。 「Aます形+得る」は、無意志動詞について、Aの起こる可能性、意志動詞について、Aを行なう能力に関する程度や評価を表す場合に使われる。無意志動詞の場合、可能形に変換できないが、意志動詞の場合は、変換可能である。 しかし、逆は成り立たず、先ほど「使い分け⑰」にあげた「できる」の使い方の例は、すべて「~得る」に変換できない。これは、意志動詞から作られる可能形が、話し言葉で使われるのに対して、可能性を表す最初2例と、慣用表現である最後の例が、話し言葉で使われる程度で、一般に書き言葉で多用されるためである。 ▶卷末「古語/助動詞/否定『ず』を参照」を参照 「なしえる/なしうる/なしえない」は、動作を表す「する」と類義関係にあり、自動詞「なる」とペアを組む他動詞「なす」に「~得る」のついた書き言葉で、上の例にあげた「しえる/しうる/しえない」と同様、可能形の代理をしている。また「する」の可能形が「できる/できない」になるように、この「なす」が話し言葉に傾くと、やはり「できる/できない」になる。 「なす」は古語で、現代語では、上のような使い方か、慣用的な使い方「形をなしていない/財を成す/色をなす(怒って顔色を変える)/悪事を為す/成し遂げるなせばなる/なさねばならぬ」しかできない。 <845> 痛み/苦しみ/つらさ/暑さ/寒さ/批判/弾圧/重圧 + に耐える。 高温高圧/長時間使用 + に耐える。 拷問に耐えられず、転向した彼の心には、自尊心を傷つけられた哀しさが、澱のようにわだかまっていた。 日に焼け、しわを刻みこみ、風雪に耐えぬいた顔が、白い歯を見せた。 書き言葉「A + に耐える」は、Aに極度の悪条件を示す名詞がきて「悪条件に + 屈せず/負けず/打ち勝ち + 持ちこたえる/我慢する」ことのできる性質や能力を表し、否定は「~に耐えられない」となって、可能形から作る。 見る/聞く/鑑賞(する)+ に耐える + 絵画/音楽/作品。 あまりの無批判、あまりの無能さに、近ごろの新聞は読むに耐えない。 「A-る+に耐える」も書き言葉で、完成された作品が評価に値するかどうかの判断をする場合に使われる。上のような限られた動詞Aにつき、Aをする「価値がある」という意味を表す。否定は「~ない形」の「耐えない」を使う。 協力願うなら、彼は説得するにたる人物だな。 名誉よりは地位、地位よりは金をほしがるだけの輩に、信頼するにたる人物など、あろうはずもなかろう。 学校や家庭で暴力がふるわれるのは、世の中の荒みや歪みの反映ではあろうが、そこに尊敬するにたる人もありえず、心を震わせ感動するにたる出来事もおこりえないという失望と挫折の結果ではなかろうか。 語るにたる話もなければ、傾聴するにたる話もない不信と不確実の時代。 そんなの、とるに足りないよ/信じるに足りない話だ。 「A-る+に足る+B」も、上のようなプラス評価を表す限られた動詞Aにつき、Aをする「価値が十分にある」という意味を表す書き言葉か、やや古めかしい話し言葉で、この場合は否定にすることも、文末にきて文を終えることもできず、あとにAの対象となる名詞Bがくるだけである。しかし最後の例のように、古語「足る」が現代語の「足りる」にかわった「A-る+足りる」は、否定になって文末にもくることができる。この場合は、肯定「足りる」のほうが使えなくなる。 なお関西の人などは「足る」を話し言葉として使うので、上のような使い分けはしない。 10.4. モダリティの表現/助言と勧誘 ~てはどうか・~ばどうか ~てはどうか:聞き手への「言うことを聞かなければ責任はもてない」という勧告。 ~ばどうか:聞き手への「言うことが聞けるなら聞いてほしい」というアドバイス。 接続 意志動詞 + ては/ば + どうか 形態 「~ては/では」は、話し言葉で「~ちゃ/~じゃ」になることが多い。 <846> 10.4. モダリティの表現/助言と勧誘 「どうか」は、敬体で「どう/いかが+ですか」になることがあり、後者の「いかがですか」のほうが、丁寧さを感じさせる。 互換性 「~ばどうか」は「~てはどうか」に置き換わるが、逆は置き換わらないことがある。 置換 [例] これじゃ、退学になるかもしれない。ご両親に話してみてはどうか。 次のように、置き換えると不自然になる。 *これじゃ、退学になるかもしれない。ご両親に話してみればどうか。 次の「~ては」も「~ば」に置き換えると不自然になる。 そうですねえ。やはり、手術するしか助かる見込みはありませんね。手術するように、ご主人を説得して + みては/×みれば + いかがですか。 それじゃ、いつまで経っても、ラチがあかないから、やっぱりサービスセンターに電話して + みては/×みれば + どうかな? 用例 次の用例は置き換え可能。 だって、お医者さんも「手術するしかない」と言ってるじゃありませんか。ここは思いきって、手術+しては/すれば+どうですか。 高皿庄です。車をやめて、歩くように + しては/すれば + どうですか。 急がば回れだよ。もう少し様子を見てからに + しては/すれば + どう? そちら、うまくいかないようでしたら、こちらをお試しになって + みては/みれば + い 遊んでばかりいないでさ、もう少し勉強+しては/すれば+どうなの? ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ば・~ては・~では」を参照 使い分け 「A + ては/ば + どうか」は、Aをするように聞き手に働きかける場合、少なくとも2つの選択肢、つまりAと、もうひとつBの存在が前提になっており、最も単純なものは「Bでなくて + A + ては/ば + どうか」というパターンである。 前者「Bでなくて、Aしてはどうか」は、話し手のBに対するマイナス評価を表す場合に使われ、聞き手に対して「禁止/回避の必要」などを指示する「~ては」が生かされていて、話し手の助言の中心は「Bをするな」であるが、Bとは、聞き手にとってプラス評価のもの、例えば「現状維持/生活習慣/惰性」などがもたらす「楽さ」であり、いわば「わかっているけど+やめたくない/やめられない」ものである。 これに対して後者「Bでなくて、Aすればどうか」は、話し手のAに対するプラス評価を表す場合に使われ、聞き手に対して「義務/当然の行為」などを要求する「~ば」が生かされていて、話し手の助言の中心は「Aをしろ」になり、聞き手の「好きな」Bには、なかば「目をつぶる」ところがある。 つまり前者は、聞き手の気持ちに逆らった選択肢Aを要求する「勧告命令」に近く、後者は、AとBの選択は聞き手に委ねられ、聞き手の気持ちを汲みながら、ベターな選択肢Aを提示する「アドバイス」や「お勧め」になる。 使い分けワンポイント ① 助言と勧めと勧誘 助言というのは、聞き手から相談された問題Xに対して、話し手が客観的で公平な立 <847> 場から、選択肢Aを提示するものなので、ときに聞き手の意に添わない「耳の痛い」ものや、聞き手が「面白くない」という不愉快を感じるものも含まれる。しかし、いったん相談したいXを提示したからには、たとえ助言を与えるほうが年下で目下であっても、助言を受けるほうは助言者の優位を認め、怒らないということになっている。 助言では、Xという相談を受けたという前提があるので、基本的に「それX + なら/でしたら」などが、前置きとして使われる。 たた日本語学習者がエラーを犯すのは、助言にもお勧めにも使われる母語の表現が、そのまま日本語に翻訳されると、日本語では助言にしか使われないことがあり、助言の表現を、聞き手から相談されてもいない場合に使うことである。聞き手である日本人は「なんと生意気な」と腹を立てることになる。 勧めとは、聞き手から問題Xを相談された場合、聞き手の意に添う「耳に快い」選択肢Aを提示することであり、また相談を受けなくても、聞き手が遠慮していたり、迷っていたり、気づいていなかったりする場合に、適切な選択肢Aを提示することである。したがって、勧めのAには、客観的に見れば「嘘」と思われるものも含まれるが、話し手の気持ちは「嘘も方便」であって、悪気があるわけではない。 これに対して、勧誘とは、聞き手が「Aを希望している」という話し手の想像が前提になる。つまり、話し手は「聞き手が『Aをしたがっている/Aがしたい』と考えている」という前提に立って、選択肢Aを聞き手に勧めることであるが、Aを話し手と一緒にする場合と、聞き手だけがする場合とがある。 前者の一緒にする場合は、一種の「勧め」であるが、後者の場合、新聞購読の勧誘とか宗教勧誘、また訪問販売や押し売りなどであり、ときには聞き手の弱みにつけこんだ「詐欺」になる可能性もある。例えば、キャッチセールスや、電話による「振り込め詐欺」など、人を不快に陥れたり、犯罪を構成したりすることがある。 使い分けワンポイント②それなら・そうなら A:すみません。こちら、313号室ですが、コーヒーを飲みたいので、お湯がほしいのですけど。 B:はい。それでしたら/※そうでしたら、備え付けの冷蔵庫の上に、湯沸し器がございますから、それをお使いいただけますか。 H:あの、郵便局を探しているんですが。 I:ああ、それなら/※そうなら、次の信号を右ですね。すぐ、わかりますよ。 P:今度の作品、入賞するかもしれないね。 Q:ん。本当に + そうなら/※それなら、うれしいんだけど。 メッセジをお残しになりますか。はい、それでしたら/※そうでしたら、ご用件とお電話番号をお願いします。 →メッセージをお残しになるのでしょうか。もし、そうでしたら/×それでしたら、ご用件とお電話番号をお願いしたいのですが。 ▶本文4.「順接仮定条件/~なら・~たら・~ば・~と」の「接続/形態」を参照 ▶本文4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~のなら・~のだったら・~のでしたら」を参照 「それ(X)なら + A」は、聞き手の「相談事/希望/意向/気持ち」などを「それX」で受け、Xに、聞き手の発言を前提にする仮定条件「~なら」をつけて、Xを前提にし <848> 10.4. モダリティの表現/助言と勧誘 ながら、Aを述べるものである。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~とするなら・~としたら・~とすれば」を参照これに対して「そう (X) なら + A」は、話し手か聞き手の「想像/推測/推理」などを「そうX」で受け、Xに仮定条件「~なら」をつけて、Aを述べたものである。この場合の「~なら」は、Xを前提にしたものではなく、Xを仮定したもの「X + であるとすれば/であれば/なら」である。 使い分けワンポイント ③ ~たらどうか・~とどうか 手術するしか助かる見込みがないんですね?じゃ、手術するように、ご主人を説得 + したら/“すると + いかがですか。 それじゃ、ラチがあかないから、やっぱりサービスセンターに電話して + みたら/“みると/みれば + どうかな? さっさと食べて + しまったら/×しまうと/しまえば + どうなんだ。 ちょっと + 冷やしたら/×冷やすと + どう? イヤ? 病院に行く? お酒でも飲んで + みたら/×みると + どう? 憂さが晴れるかもよ。 これじゃ、予算がオーバーしちゃうな。じゃ、こっちのを、そっちのに + したら/すると/すれば、どう/どうなる + かな。 「大学院に進んで + みたら/みると + どうか」と先生に言われたよ。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~たら・~ば・~と」を参照 「意志動詞+たらどうか」は、丁寧さや遠慮を必要とする〈ソト〉や〈ヨソ〉に対してでなければ、すべて「意志動詞+ては/ば+どうか」と互換性がある。つまり「~たらどうか」は、〈ウチ〉か、遠慮のいらない親しい関係にある〈ソト〉に対して働きかける助言や勧めになる。 しかし「動詞 - る + とどうか」は、順接仮定条件「~と」に〈働きかけ文〉には使えないという制限があるので、聞き手への助言や勧めに使うことができない。 「~とどうか」は「~とどうなるか」という意味を表す〈問いかけ文〉で、Aを選択した場合、事態がどのように「変化/発展/好転」するかといったことを、聞き手に問いかけていることになる。 「~たら/~ば + どうか」は、問いかけになる「どうか」にも使うことができる。 使い分けワンポイント ④~ば?・~たら? 歓送会、経費節減なの?じゃ、参加する人が、何か一品ずつ、料理を持ってくることに+すれば?/したら? どこが痛い。たいしたことないな。薬、塗って + おけば? /おいたら? のどが渇いた? 冷蔵庫に何かあるから、飲めば? /飲んだら? これから、出かけるって? ダメだって言っても、聞かないんだろう? 好きに + すれば? / したら? 何があっても、泣きついてくるなよ。 よく「死にたい」って言うね。本当にそうなら、死ねば?/死んだら? →よく「死にたい」っておっしゃいますね。本当にそうなのでしたら、死んでごらんになれば?/死んでごらんになったら? ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~たら?・~ば?」を参照 「意志動詞+ば? /たら?」は、あとに「どう? /どうなの/どうかな」などが省 <849> 略された〈非敬体〉専用の「提案/お勧め」である。最後の例のように〈敬体〉が使われていても、女性専用の〈敬体〉で〈非敬体〉扱いである。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/女性非敬体の『~のね』を参照 イントネーションはどちらの場合でも、男性で下降し、女性で上昇する傾向があるが、前者「~ば?」が、投げやりな「提案/お勧め」になり、聞き手に「よそよそしさ/冷たさ」を感じさせ、これを「~たら」にかえると、親身な「提案/お勧め」になり、聞き手に「思いやり/温もり」を感じさせるようになる。 最後2例は、聞き手に対する「皮肉/厭味」なので、どちらを使っても、やさしさも親しみも響いてこない。 使い分けワンポイント ⑤~ば・~たら・~と + いい A:魚がほしいんですけど、今日のお買い得、どれですか。 B:じゃ、これをお買いに + なれば/なったら/なると + いいですよ。 わからないって、どの問題? これ? ええ~と、ああ、こう + すれば/したら/すると + いいんだよ。 何、してんだ。なんだ、数学の問題、解いてるのか。おい、違うよ、それ。こう+すると/△すれば/したら+いいんだよ。 このごろ、お疲れじゃありません?ゆっくりお休みに + なると/△なれば/×なったら + いいんですけど。 ご存じないんですね。フォームが歪んでいるんです。こうして + 打つと/△打てば/×打ったら + いいんですよ。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~たら・~ば・~と」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ばよかった」を参照 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/その他の『いい』系の使い方」を参照 「意志動詞A + ば/たら + いい」は、聞き手に「Aをする」よう働きかける「助言」専用なので、最後2例のように、聞き手が相談してもいないのに〈敬体〉で使うと、不自然になるか、聞き手を怒らせてしまう。 しかし「A意志動詞 - る + といい」は、聞き手に対する働きかけではなく、話し手の「Aがいい」という評価を表しているが、評価が助言や勧めの機能を果たしているので、どちらの場合にも使うことができる。これは、順接仮定条件「~と」が、話し手の豊かな経験と知識に裏付けられていることを表すので、聞き手の相談を受けずに、Aを勧めても、聞き手を納得させるだけの力を備えているからである。 これに対して「~ば」は、教科書的な一般条件を表し、〈非敬体〉で使うと、教壇から教師が話をする響きがあり、話し手が聞き手より年上でなければ、聞き手の反感を買ってしまうことがある。 また「~たら」は、個別的な働きかけに使われると、丁寧さに欠けるぞんざいな命令や指示になるので、助言以外では使うことができなくなる。親しい〈ウチ〉関係であれば問題はないが、たとえ年上や目上の人であっても、遠慮の必要な〈ウチ/ソト/ヨソ〉に対して相談なしの勧めに使うと、聞き手の耳には傲慢に響いて逆効果になり、反感を買うどころか、反抗心を抱かせ、話し手に「皮肉/イヤ味」の気持ちがなければ「言わないほうがまし」という結果になる。 <850> 10.4. モダリティの表現/助言と勧誘 使い分けワンポイント ⑥ どう + すれば・したら + いいか すみません、これ、どう + すれば/したら/×すると + いいんでしょうか。 この大学を受けたいのですが、これから、どんな勉強を + すれば/したら/×すると + いいんですか。 パソコンが凍結したんだ。どう + すれば/したら/×すると + いいかわからない。ちょっと見てくれないか。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~たら・~ば・~と/確信の『~と』を参照 「どう + すれば/したら + いいか」は、聞き手に相談をもちかける場合の典型的な言い方である。この場合「~すると」が使えなくなるが、これは、相談をすることも、一種の聞き手に対する働きかけなので、順接条件の「~と」は〈働きかけ文〉に使えないという制限を受けるためではないかと思われる。 これに対して「使い分け⑤」の「~といい」は、聞き手に対する働きかけではなく、話し手の豊かな経験と知識に裏付けられた判断を表しており、その判断が聞き手の耳に、説得力のある「助言/勧め」となって聞こえているだけである。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/仮定条件『~たら/~ば』の違い」を参照「どう + すれば/したら + いいか」の違いは、聞き手に遠慮した丁寧な響きのする「~ば」と、親しみはあるが、ぞんざいな感じのする「~たら」の違いである。 使い分けワンポイント ⑦ ~なければ・~なかったら + いい そんなに勉強がイヤなの? 仕方ないわね。イヤなら、しなければ/しなかったら/×しないと/(無理に)しなくても + いいわ。 →そんなに遊びたければ、遊べば/遊んだら/遊ぶと 十 いいでしょう。 残業が続いてるから、疲れてるんじゃない? 1日くらい、行かなければ/行かなかったら/行かなくても 十 いいと思うけど、会社、電話してみる? もう食べたくないんでしょう? おなか、いっぱいなら、無理して、食べなければ/食べなかったら/食べなくても 十 いいじゃない。 無理に付き合うことはないんだよ。お酒なんか、好きじゃないんだろう? 一緒に + 飲まなければ/飲まなかったら/飲まなくても + いいじゃないか。 二日酔いなんでしょう? あんなに + 飲まなければ/飲まなかったら/(無理して)飲まなくても + よかったのに。 何だよ、今さら。こんな男で悪かったな。そんなに悔しかったら、結婚 + しなければ/しなかったら/しなくても + よかったんだよ。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/その他の『いい』系の使い方」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/〜ばよかった」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/〜なくて(も)いい」を参照 「意志動詞A + なければ/なかったら + いい」は、先ほど「使い分け⑤」で述べた「意志動詞 + ば/たら + いい」が助言専用であり、のちほど「使い分け⑫」で述べる「意志動詞-る/~た/~ない + ほうがいい」も助言専用になるのとは異なり、勧め専用で、聞き手が無理にAをしているのに同情し、話し手が見るに見かねて「Aをするな」と勧める場合に使われる。 したがって最初の例のように、話し手の本当の気持ちは「勉強してほしい」であるが、つい「腹立ちまぎれ/捨て台詞」で言ってしまう場合にも使われる。 <851> ーてはどうか・ーばどうか 「使い分け⑤」の「~といい」が使えないのは、話し手の経験や知識を満載した辞書には「Aする」ほうの項目があっても、逆の「Aない」ほうは存在しないからである。 ▶本文 4.3.「順接仮定案件/一般案件/一般案件の『~は』と『~と』」を参照「A + なくてもいい」は、聞き手への働きかけ「助言/勧め」ではなく、いわば「A + といい」が「Aするのがいい」という評価や判断を表すのと対照的に、義務の免除や不必要「Aする必要はない」という評価を表している。 ▶「動詞A + なければ/なかったら + よかった」については、本文4.2「順接仮定条件/反実仮想『A + たら/ば/と + よかった』の違い」を参照 使い分けワンポイント⑧~たら・~ては+だめだ 冷たいもの、そんなに+食べたら/食べちゃ+だめでしょう?やめなさい。おなか、こわしちゃうじゃない。 この薬、3日以上、続けて + 飲んだら/飲んでは + だめな + んだって。 心臓が悪いから、走ったら/走っては + だめなんでしょう? 今日、車なんでしょう? 飲んだら/飲んでは + だめですよ。 もしかすると、ここから落ちて、けが、するかもしれないから、こんなところで + 遊んだら/遊んでけただめだ ここでけがをした人がいるから、遊んでは/※遊んだら+だめだ。 車が通って危ないから、ここで+遊んでは/※遊んだら+だめだ。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ては」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~てはだめだ」を参照 「意志動詞 A + たら + だめだ」は、聞き手に「Aをする」か「Aをしない」かの選択を委ねた上で、後者「Aをしない」を勧めている。 「意志動詞A + ては + だめだ」は、禁止「Aをするな」を表し、もし勧めの場合に使うと「角が立つ」が、助言なら使うことができる。 最後2例のように、一般的な「禁止/回避の指示」を表している場合は、個別的な指示を表している「~たらだめだ」を使うことができない。 使い分けワンポイント ⑨ 勧めと助言の「~てください」 ご遠慮なさらないで、どうぞたくさん召し上がってください。 そこは道がぬかるんでおりますから、こちらをお歩きください。 あ、こちらのほうが近道ですね。すみません、こちらに曲がってください。 歯が痛いのでしょう? 薬ばかり飲まないで、病院に行ってください。 それでしたら、こちらのほうがお値打ち品です。一度お試しくださいますか。 学費免除については、学生課のほうに問い合わせてみてください。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/~てください」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/命令と依頼の違い/~て・~てください」を参照 「~てください」は、命令や依頼に用いられるが、上のような例では、勧めや助言として使われている。言い方は同じ「~てください」であるが、答え方によって、聞き手の受けとめ方がわかる。 <852> 命令:はい、わかりました (服従) 依頼:ええ、いいですよ (承諾) /いえ、ちょっと (断り) 勧め:ありがとうございます/おそれいります/では遠慮なく (受容) 助言:わかりました、そうします/ありがとうございます、そうします (受容) そうですね、もう少し考えてみます (受容未定) つまり助言は、不服従が可能ではあるが命令に近く、勧めは、命令とも依頼とも、まったく別の次元のものであることがわかる。 使い分けワンポイント どれが、ほしいんだい。遠慮せず、何でも、好きなのをとるがいい。 ちょっと待ってておくれ。そうだな、その間、テレビでも見てるがいいよ。 明日、試験があるのかい。それなら、早く勉強するがいいね。 風邪を引いてるんだろう。洗い物はおれがするから、早く休むがいい。 ×わからないって、どの問題? ああ、こうするがいいんだよ。 ×何、してんだ。数学の問題? 違うよ。こうするがいいんだよ。 ×お疲れでしたら、ゆっくりお休みになるがいいんですけど。 「意志動詞A-る+がいい」は、Aをするのに「ためらい/遠慮」を見せている年下や目下の聞き手に対する「100%の勧め」を表し、すべての場合で「-る+といい」と置き換わるが、上のように、逆は必ずしも成り立つわけではない。 つまり、少しでも「助言/命令」めいたものが入れば使えなくなるし、話し手が年上 やり上がるはれば、不厳な気になってしまう 見てるがいい。きっと仕返ししてやるから。覚えてるがいい。 おまえなんか、大嫌いだ。とっとと死んでしまうがいい。 あんな、人をいじめてばかりいる奴、悪魔にさらわれるがいいんだ。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/その他の『いい』系の使い方」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/後悔と非難のバリエーション」を参照 「A - る + がいい」は、Aが意志動詞でなくてもよいが、話し手が他者に対して「呪いの言葉」を投げつける場合に使われる。やや古めかしい言い方なので、映画やドラマなどはともかく、実際に使う人はいても、多くないと考えられる。今日の「憎しみの連鎖」が当然化しているかのような世相からすれば「迫力のない」表現のような気がする。 それでしたら、こちらのほうをお勧めしたいと思います。 本日のシェフ一番のお勧め料理は、こちらでございます。 お迷いですか。こちらのほうがお似合いかと存じますか。 僕なら、こちらですね。デザインがとってもしゃれてますから。 私なら、環境のよさよりも、やっぱり便利さを選びますが。 イタリア料理がよろしければ、そうしましょう。私は差し支えございませんから。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/さしつかえない」を参照 <853> 勧めには、決まったパターンがあるわけではなく、これまでの「いい」系バリエーションのほかに、上のような言い方もあり、また、趣向を凝らしたさまざまな表現が可能であるが、重要なのは、聞き手を怒らせないこと、つまり聞き手の意を汲んで、聞き手に満足を与える言葉を選ぶことである。 風邪?1日くらい会社、休んで、静養+する/した+ほうがいいよ。 →風邪?1日くらい会社、休んで、静養+する/*したに+越したこと(は)ないよ。 どうしたの。頭、痛いの?ひどく痛い?じゃ、学校、休むほうがいい/休んだほうがいい/ *休むに越したことない+ね。 あいつに誘われた?行かない+ほうがいい/に越したことない。 ×あいつに誘われた?行かなかった+ほうがいい/に越したことない。 →あいつに誘われた?行かない/行かなかった+ほうがよかったんじゃないか。後悔して どうせ謝らなきゃならないんだろう?それなら、早い+ほうがいいんじゃないかな/に越したことはないよ。 家を買うのか? どんなところがいいかって? そうだな、やっぱり老後のことを考えると、交通が便利 + な(ところの)ほうがいい/に越したことない/なところに越したことはない + な。 →交通は便利である + ほうがよい/に越したことはない。 →交通は便利であった + ほうがよい/×に越したことはない。 そりゃ、お金はある + ほうがいいに決まってる/に越したことはない。 「女房と簷は、新しい + ほうがいい/に越したことはない + っていうよ。 ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~くらいなら~・~よりも~」を参照 ▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~(ない)ほうがよかった」を参照 「Bよりもむしろ + A - る/~い/~た/状態名詞な/名詞の + ほうがいい」と「Bよりもむしろ + A - る/~い/(状態)名詞(である)+ に越したこと(は)ない」は、助言専用に使われるが、最後の2例のように、B「金がない/古い」より、Aのほうがいいという単純な比較を表す場合がある。 「A + ほうがいい」は、書き言葉にも話し言葉にも、また〈ウチ/ソト/ヨソ〉のすべての場面に使うことができ、日常会話でもよく耳にするので、日本語学習者が「勧め」の場合に使って、日本人の苦笑を買う代表的な表現である。 助言の「A + ほうがいい」は、動詞の接続が「-る形」と「~た形」の2通りあるが、前者「-る形」は、主に家族や仲間内の〈ウチ〉の関係で、遠慮のない直接的なアドバイスをする場合に多用され、後者は、前置きの「もしできることなら」を省いたマイルドな響きがあり、会社や組織などの〈ウチ〉の関係や、〈ソト/ヨソ〉に対して、婉曲的な助言をする場合によく使われるが、両者の差はそれほど大きくはなく、個人による好みもあるかもしれない。 <854> 10.4. モダリティの表現/助言と勧誘 「A+に越したこと(は)ない」は、成人同士の間で使われ、しかも「当然/言うまでもなく」という気持ちが含まれていて、社会通念や常識に依拠した助言になるので、若い人が使うと「生意気」になり、年配の人が使うと「高圧的」な印象を与えることがあり、話し言葉より、書き言葉で使うほうがいいかもしれない。 どちらも〈基準時現在以前既実現〉の否定「A+なかった」を使って、助言を表すことはできない。もし「Aなかった+ほうがいい」に使われるとすれば、比較の意味がこめられる後悔「A+なかったほうがよかった」の表現になってしまう。 使い分けワンポイント ⑬~ほうが+賢明だ・賢い・利口だ そうかな~。今、慌てて買うより、バーゲンになるかもしれないから、もう少し成り行きを見てからのほうが + 賢明だ/賢い/利口だ/いい + と思うけど。 こんなこと、私たちにできるようなことじゃないわ。やはり専門の人に頼んだほうが + 賢明な/賢い/利口な/いい + んじゃないかしら。 やめろよ。勝手なことをして、あとで叱られるより、あらかじめ声をかけておくほうが + 賢明/賢い/利口/いい + だろう。 間違っても困るから、黙ってしないほうが + 賢明/賢い/利口/いい + だろう。 本文10.7.「モダリティの表現/確認/~のではないか」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~のではないか」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~と思う』と状況判断」を参照 「(Bよりもむしろ) + 意志動詞A - る/~ない/~た/~てからの + ほうが + 賢明だ/賢い/利口だ」は、AとBを比較して「BよりもAのほうがベターだ」という状況判断を表しているが、聞き手よりも年長者が使えば、自分の意見や考えを述べることが、そのまま助言や勧めになることがある。 状況判断なので、文末は「~だろう/~と思う」のバリエーションや、確認の「~のではないか」などになることが多い。 「賢明だ/賢い/利口だ」は、最初の「賢明だ」が、漢字語の硬い表現であるが、年配者だけではなく、成人であれば年齢に関係なく話し言葉にも書き言葉にも使われる。 あとの2つは、話し言葉専用であるが、意味の違い「賢い:人の感心する能力があって失敗が少なく機転がきく/利口だ:周囲の状況や利害損得に対する判断力が優れている」のほかに、状況や使う人の好みもあって、どちらが使われるか、どれほどの人が使うかは、一概に言えない。 使い分けワンポイント⑭~ことはない この授業?面白くなかったなあ。ほかにもいろいろあるから、履修することはないと思うけど。これなんか、どう? そこまで言うことはないでしょう?そんなこと言われたら、誰だって、傷つくんじゃない?その人の気持ちにもなってごらんなさい。 それ、なさることはありませんわ。あとで私がしておきますから。 お母さん、今日は買い物に行くこと、ありませんよ。ボーナスが出ましたから、みんなで食事に出かけましょう。ご馳走しますからね。 大丈夫だよ。僕がついてるから、何も心配することなんてないよ。 ひとりで悩むことはないんだよ。何かあったら、電話してきなさいね。 <855> ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~ことはない」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『こと/もの』の使い方」を参照 「A意志動詞-る+ことはない」は、話し言葉で、不必要「Aする必要はない」という意味を表す場合、助言専用で禁止に傾く「使い分け $ ^{⑫} $」の「Aないほうがいい」よりもマイルドな助言や勧めになる。 特に勧めの場合は、「Aを面倒に思っている/問題を抱えている」状況で、聞き手への気づかいを見せたり、また聞き手を励ましたりしながら使うと、効果的である。 使い分けワンポイント ヒゲをそる + など/なり/とか + して、もう少し格好よくしたら? ヒゲ、そったり、ピアスをつけたりしてさ、もう少し格好よくしてくれない? どこにも連れて行けないわよ、それじゃ。 もうすぐ誕生日じゃなかったかな。勉強+するなり/するとか/したり、行儀よく+するなり/するとか/したり+して、ゴマ、すっとかないと、ほしいもの、買ってやらないぞ。ほしいんだろ?マウンテンバイク。 今のうち、代休をとる + など/なり/とか + して、休んでおいたら、どうなの? 年末で忙しくなったら、土日もなくなっちゃうわよ。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『なんか』の使い方」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/~なり~なり/~とか~とか・~たり~たり」を参照 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~たり~たり」を参照 「A意志動詞 - る + など/なり/とか + して + C」や「A意志動詞 + たりして + C」また「A + なり/とか + B + なり/とか + して + C」や「Aたり + B たりして + C」は、AまたはAとBを例にして、Cをするように勧める場合に使われるが、聞き手からの相談がない勧めになるので、話し手は、聞き手より年上か目上、または聞き手と対等な人になる。 多くは冗談半分で使われるので、話し手と聞き手は〈ウチ〉関係でも、家族や会社の同僚など、親しい間柄になる。 なお、それぞれの使い分けは、上の「主題/提題」と「主題/例示」の参照に詳しい。 A:どうしようかな。車、前に停めてあるんだけど。 B:それでしたら、お持ち帰り + いただけます/できます + よ。 →持って帰れます/△持って帰っていただけます + よ。 そうですねえ、こちらでしたら、格安でお求めいただけますが/ご満足いただけるのではないでしょうか/安心してお使いいただけるかと存じます。 →格安で + お求めになっていただけます/求められます/※求めていただけます。 その日でございましたら、こちらのツアーに、ご参加いただけますが/参加していただけますが。 お夕バコでしたら、あちらの喫煙コーナーを + ご利用いただけます/利用していただけます + よ。 →タバコでしたら、あっちの喫煙コーナーで、吸えます + よ。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ていただきます」を参照 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/『もらえるか』系バリエーション」を参照 <856> 10.4.モダリティの表現/助言と勧誘 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/その他の『できる』の使い方」を参照 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/敬語の表し方/~(て)いただけます」を参照 「お + 意志動詞ます形 + いただけます」は、接客サービスをする人が、客に何かを勧める場合の専用表現であるが、不特定多数を顧客と見なすコマーシャルや広告などで使われることもあり、聞き手に対する敬意を表している。 そのため、たとえ客に何かを相談された場合でも、助言にはならず、勧めとして答えていることになる。つまり、助言に傾く内容であっても、勧めにかえる力があるといえる。これに対して可能形「〜できる」は、もともと聞き手に「許可を求められて許可を与える」言い方を、聞き手に「相談されて答える」のに応用したものなので、最初の例のように、客である聞き手が助言を求めたり、迷っていたりする場合は、勧めとして使うことができるが、最後の「タバコ」の例では、聞き手が客でなければ、許可を表すことになる。 これは「意志動詞 + ていただけます」も同じで、もともと敬意すべき客などに、命令や指示を与える場合に使われる「~ていただく」を可能形にして、許可を表しているので、勧めの「お + 動詞ます形 + いただけます」と比べると、同じ敬意を払われていても、聞き手の耳にはずいぶん違って響くことになる。 そうですね。お仕事のあいだ、お子さんを、まかないの小母さんに + 見ていただけますが/ 見ていただきましょうか。 また「Xに + A + ていただけます」には、聞き手と第三者Xのあいだに入り、聞き手に「XにAしてもらう」ことを勧めると同時に、話し手がXに「Aするよう」働きかけることが可能であることを示唆する使い方がある。 これを「Xに + A + ていただきますか」にかえると、聞き手に「XにAしてもらうかどうか」を問いかけると同時に、話し手がXに「Aしろ」と命じることが可能であることを示唆することになる。 したがって、最初の「持って帰っていただけます」は、聞き手に敬意を示しながら、誰かXに「持って帰ってもらうよう」勧めているか、許可を与えていることになるが、聞き手を客とするこの場面では、勧めの場合にしか使うことができない。 また「格安でお求めになっていただけます」は、〈超敬体〉を使った店員から客への許可である。これを「格安で求められます」にすると、動詞についた「~られます」が尊敬と可能を兼用して、ある客が、もうひとりの客に勧めていることになる。ただ「×格安で求めていただけます」は、動詞「求める」が「買う」という意味になる場合、第三者の動作は表せないし、聞き手に向けるときは「お求めになる/求められる」といった為手尊敬にするので、客である聞き手に、敬意を示さない「求めて」と、敬意を示す「ていただけます」という中途半端な言い方をして、許可を与えていることなり、この場面では適切ではない。 使い分けワンポイント ⑰ 勧誘のバリエーション お父さん、ねえ、早く行こうよ。みんな、待ってるよ。 ごめんね、お待たせしちゃって。さあ、さあ、食べましょう。いただきま~す。 電車の時間もあるから、支度がすんだら、そろそろ出かけようか。 <857> さあ、帰りましょう。どうです、これから、一杯やりませんか。 ねえ、今度の日曜日、時間があれば、一緒にお花見しない?記念に写真、撮っておこうと思ってるんだけど。 こういった景品がつきますから、一度、お試しになりません? みなさん、投票日には、棄権しないで、投票しようではありませんか。 ▶本文10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~(よ)う』の使い方」を参照 「A + (よ) う/(よ) うか/ないか」が、勧誘の代表的なものであるが、最初5つが、話し手と一緒にAをする勧誘に使われ、最後から2つめが、聞き手だけに対する勧誘、最後のが呼びかけで、話し手と一緒でも、聞き手だけでも、どちらにも使える勧誘になる。聞き手に問いかけることなく、一方的に勧誘する「~(よ) う」は、ほとんど命令に近いので、〈ウチ〉の関係で、話し手が年上か目上になるか、または家族や仲間、同僚といった親しい間柄で使われる。 聞き手に「Aするかどうか」を問いかける「~(よ)うか」は、〈文体〉によって、〈ウチ/ソト/ヨソ〉が使い分けられるが、どの場面で使っても丁寧な勧誘になる。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ないか」を参照 話し手と一緒の場合で、最も丁寧なのが、確認を表し、聞き手が同意することを期待しながら勧誘する「A + ないか」のバリエーションで、聞き手にとっては「Aする」ことがメリット「楽しい/得をする」になることがほのめかされている。 したがって、聞き手だけがして、聞き手だけがメリットを独占することがほのめかされる勧誘の場合にも使えるようになる。 ほかに「~たいか/~たくないか」を使った勧誘などもあるが、本文10.5.「モダリティの表現/意志と希望」を参照のこと。 10.5.モダリティの表現/意志と希望 -る + つもりだ: 計画・予定・目標を実行する意志や、現在の信念を表す。 ~(よ)うと思う: 計画・予定・目標を実行する一人称「私」の意志を表す。 接続 意志動詞-る/-い/~た/状態名詞な/名詞の+つもりだ 意志動詞+(よ)うと思う 形態 「~つもりだ」の否定には「~つもり+ではない/はない」と「~ないつもりだ」がある。 互换性 一人称の意志を表す場合は、互換性がある。 [例] 彼女は来月、音楽の勉強に、イタリアへ出発するつもりです。 次のように「~(よ)うと思う」に置き換え不能。 *彼女は来月、音楽の勉強に、イタリアへ出発しようと思います。 <858> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 次のように「~(よ)うと思っている」には置き換え可能。 →彼女は来月、音楽の勉強に、イタリアへ出発しようと思っています。 次の例も「~(よ)うと思う」に置き換え不能。 彼は将来、国に帰って、欧米向けの貿易会社を + 興すつもりだ/×興そうと思う/興そうと思っている + そうです。 どうも振られたみたいで、潔く結婚を + あきらめるつもり/×あきらめようと思う/あきらめようと思ってる + らしいよ。 会社は経営不振を理由に、中高年者をリストラ + するつもりだ/×しようと思う/しようと思っている/しようと考えている。 用例 次の用例は置き換え可能。 風邪も治ったので、明日から出勤 + するつもりだ/しようと思う。 この冬休みは、家族でモロッコへ旅行 + するつもりなんです/しようと思います。 今年こそ論文を仕上げて、卒業 + するつもりです/しようと思います。 A:将来、ご自分の家を + 持つおつもり/持とうとお思い + ですか。 B:ええ、そのつもりです。/いいえ、そのつもりはありません。 ええ、そうしよう/持とう + と + 思っています/×思います。 いいえ、そうしよう/持とう + とは + 思ってい/思い + ません。 ▶卷末「動詞/動詞の種類」「形容詞/一人称形容詞」を参照 ▶本文36.「順接確定条件/目的/『~(よ)う/~たい+と思う』と人称制限」を参照 使い分け 「Xは + A動詞-る + つもりだ」と「Xは + A動詞 + (よ)う + と思う」は、近い位置関係にあり、Aに〈意志動詞〉が使われて、人間か、人間と見なされたXの意志を表すが、前者「~つもりだ」が「人称制限なし」になるのに対して、後者「~(よ)うと思う」は「感情形容詞/一人称形容詞」の扱いを受けるため、三人称では「~(よ)うと思っている」を使うという制限を受ける。 また「用例」のように互換性のある場合は、前者「Xは + A動詞-る + つもりだ」が、Xの「必ずAを実現してみせる」という断固たる意志を表すが、Xが常に「一人称/私」になる後者「A動詞 + (よ)う + と思う」は、話し手の「とっさの思いつき」や当面の予定、短期的な計画を表して、前者ほどの強い意志を感じさせないという違いがある。 使い分けワンポイント ① 話し手の意志と第三者の意志 「Xは + A動詞 + -るつもりだ/(よ)うと思っている」は、Xが第三者の場合、〈話し手〉が第三者の「予定/計画」などを〈聞き手〉に伝えるメッセージになっているだけなので、話し手の意志や希望を表す〈情意表出文〉ではない。 ▶ 巻末「文/文の種類/モダリティ」「形容詞/一人称形容詞」を参照 ▶ 本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/状況判断と断言」を参照 ▶ 本文 10.9.「モダリティの表現/状況判断/伝聞/伝聞と引用」を参照 ▶ 巻末「動詞と時の表現/動詞と基準時現在」を参照 話し手は、第三者から聞いた「予定/計画」などが、他者に話す価値があるかどうか、また本当か嘘かといった判断をした上で、聞き手に伝えているので、第三者の「意志」を表す場合、文末に現われる〈モダリティ〉は「意志」ではなく、文の種類は、話し手の「伝聞/断言/状況判断」などを表す〈述べ立て文〉になる。 <859> 聞き手に向けられて、問いかけになった場合は、話し手は直接〈基準時現在〉における聞き手の意志を尋ねているので、〈モダリティ〉は「意志」になり、話し手と同じ「あなたは+(よ)うと+思う/思っている+か」が可能になる。 しかし、第三者の「情意/感情/気持ち/意志/希望」は、間接的にメッセージとして聞き手に伝えられるので、例えば「感情形容詞/一人称形容詞」や、のちほど「使い分け⑤③」で述べる「~たい/~ほしい + と思う」などが、第三者に適用される場合、すべて「伝聞/断言/状況判断」をもつ〈モダリティ〉、つまり〈述べ立て文〉にかえる必要がある。 例えば、話し手専用の〈情意表出文〉である「うれしい/寂しい/行こうと思う/食べたい/カメラを買ってほしい」などが、同じ状況にある第三者の気持ちを表す場合は「うれしい/寂しい/行こうと思っている/食べたい/カメラがほしい+そうだ/のだ/ようだ」など、話し手の「伝聞/断言/状況判断」を示す〈述べ立て文〉になる。 ただ「うれしい/寂しい/行こう/食べたい/カメラを買ってほしい + と思う」といった〈情意表出文〉は、話し手専用の「〜と思う」を「〜と思っている」にかえるだけで、たとえ文末に「伝聞/断言/状況判断」を示す「モダリティの表現」がなくても、話し手の「伝聞/断言/状況判断」を表す〈述べ立て文〉にすることができる。 明日、試験だから、いつもより早く + 起きよう/*起きたい + と + △思っている/思う/考えている/*考える。 もう10年近く付き合っているので、来年あたり、結婚+しよう/したい+と+思っている/×思う/考えている/×考える。 子どもが学校に上がるまでには、郊外に家を + 建てよう/建てたい + と + 思っている/×思う/考えている/×考える。 来月は文楽公演があるので、友だちを誘って、見に + 行こう/行きたい + と + 思っている/思う/考えている/考える。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/『~(よ)う/~たい+と思う』と人称制限」を参照 ▶巻末「形容詞/一人称形容詞」を参照 たとえXが一人称「私」であっても、先ほど示した「用例」(p.859)最後の「家を持つ」のように、長期計画になるか、金銭面や社会的責任という点で、実現するにはそれ相応の覚悟が必要なものをターゲットにする場合、単なる「思いつき」を表す「Xは+A意志動詞+(よ)うと+思う/考える」ではなく、話し手が「以前から現在に至るまで、その考えをずっと持ちつづけている」ことを示す「Xは+A意志動詞+(よ)うと+思っている/考えている」が使われる。 ただ、Aが単なる「思いつき/希望」でも実現する可能性のある場合は、上の最後2例のように「A + (よ) うと思う」も使われる。ただ、頭で思考や想像をするだけで、実現する意志とは結びつかない「×A + (よ) うと考える」という使い方は存在しない。また、最初の例のように、希望ではなく、ただ意志さえあれば実現するような場合に <860> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 「A + たいと + 思う/思っている」は不自然になるし、願望「あの大学に合格したいと + 思う/思っている」の場合に、意志「×あの大学に合格しようと + 思う/思っている」は不自然になる。 「A + (よ)うと + 思っている/考えている」の違いは、後者のほうが計画的で、継続した思考が、実現する力「継続は力なり」になるように、インターネットで検索したり、必要な資料を集めたり、また資金の算段をしたりして、Aの実現に向けて、総合的な比較や分析を加え、着実で有効な準備をしている印象を与えるのに対して、前者では、思いついてからの時間が長いだけで、現実的な準備をしていない感じがあり、話し手によっては、不確実性要素が高くて、あてにならず、実現する可能性のないただの「夢の話」にすぎないこともあるという点である。 Xが三人称の「Xは + A(よ)うと + 思っている/考えている」は、話し手がAというXの計画を知ったあとの状態を表しているが、Xが計画Aを実現させるかどうかは、Xの気持ちの問題で「他者の気持ちや心の動きは、話し手にはわからない」という「感情形容詞/一人称形容詞」の場合と同じ態度なので、Aが、単なる「思いつき」の場合でも、長期計画の場合でも使うことができる。言い換えれば、どちらであっても、話し手は関知しない「ただXから計画Aを聞いただけだ」ということをほのめかしている。 お客様、何人ですか。そうですか。じゃ、お買い物に行って、そのつもりをしますから、ちょっとお部屋を片付けておいてくださらない? わかりました。じゃ、来年、昇進試験を受けるつもりをします。 みんなも、昇進試験を受けるつもりを + するそうです/×します/しています。 毎月、すこしずつ貯金をして、ヒマラヤに登るつもりをしてるんです。 友だちと会う約束があるから、出かけるつもりをしてるけど、どうして? 何か? 社長が戻ると、会議になるかもしれないから、そのつもりをしとけよ。 おそらく今夜あたりが山でしょうね。ご親類にお知らせするとか、そのう、一応、そのおつもりをしておいてください。 「A意志動詞-る+つもりをする」は、Aのための「心準備や覚悟をしはじめる」という意味を表し、Aのために準備中かスタンバイの状態なら「A意志動詞-る+つもりをしている」が使われる。また「A意志動詞+(よ)う+と思う」と同じ人称制限を受ける。 大学を受けるつもりにしたけど、受かるかどうかわからないよ。 ヒマラヤに登るつもりにしていますが、お金がたまるかどうかですね。 へえ、大学院へ進むつもりにしてるのか。なるほど、いい就職口がなかった場合のことを考えてるんだな。 これだけ勧められると、買うつもりに + させられます/なります + ね。 今度、ご紹介してくださった人、写真で見る限り、なかなかの美人なので、うちの息子、どうやら、お見合いするつもりになったようですよ。 あの検定試験に合格すると、就職に有利だと言われていますから、みんな、受験するつもりになっているようですよ。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/~にする・~になる」を参照 <861> 「A意志動詞-る+つもりにする」は、意志変化で決意を表す「A意志動詞-る+ことにする」の「~こと」を「~つもり」にかえた表現であるが、この「~つもり」を、可逆性を示す「~にする」が受けて、Aが一時的な決定や、再変化の可能性のある予定にすぎないことを表している。 「A意志動詞-る + つもりにしている」は、暫定的な予定が、まだ変化せずに持続し、いつ無効になるかわからないが、当面の実現目標になっていることを表している。 同様に「A意志動詞-る + つもりになる」は、自然にAをする気持ちに変化していることを表している。 明日のお客様、何人ですか。そうですか。じゃ、そのつもりでいます。 毎月、すこしずつ貯金をして、ヒマラヤに登るつもりでいるんです。 ヒマラヤに登るつもりでいますが、お金がたまるかどうかですね。 友だちと会う約束があるから、出かけるつもりでいるけど、どうして? 何か? 社長が戻ると、会議になるかもしれないから、そのつもりでいろよ。 大学を受けるつもりでいるけど、受かるかどうかわからないよ。 へえ、大学院へ進むつもりでいるのか。なるほど、いい就職口がなかった場合のことを考えてるんだな。 「A意志動詞-る+つもりでいる」は、心準備のできた状態で、いわば「A意志動詞-る+つもり+をした/にした」結果の心理状態を表している。 使い分けワンポイント ④「~つもりだ・~(よ)うと思う」の問いかけ 今度の総選挙、投票するおつもり(なの)ですか。 →今度の総選挙、投票しようと+思い/思っていらっしゃい+ますか。 →今度の総選挙、投票しようと+思う/思っていらっしゃる+のですか。 来月のセミナーに参加するつもり(なの)か。 →来月のセミナーに参加しようと+思う(の)か/思ってる(の)か。 課長さん、上海へ出張する(お)つもり(なの)+ですか/でしょうか。 →課長さん、上海へ出張しようと思って+ますか/らっしゃいますか。 →課長さん、上海へ出張しようと思ってるの+ですか/でしょうか。 ねえ、お母さん、お父さんは単身赴任するつもり(なの)? →ねえ、お母さん、お父さんは単身赴任しようと+思ってる(の)? ▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 ▶本節「使い分け①/話し手の意志と第三者の意志」を参照 「Xは + A意志動詞-るつもりだ/A意志動詞(よ)うと思う」の〈問いかけ文〉は、聞き手や第三者にAをする「意志/予定/計画」などがあるかどうかを、聞き手に問いかけて「イエスかノーか」の返答を求めるものである。 前者なら、Xが聞き手でも第三者でも「A-るつもり+(なの)か」になり、後者なら、Xが聞き手で「A(よ)うと+思う/思っている+(の)か」になり、第三者で「A(よ)うと+思っている+(の)か」になって、もとの話し手の意志を表す〈情意表出文〉と、第三者に関する〈述べ立て文〉が、そのまま〈問いかけ文〉に移行しただけである。 <862> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 (あなた/彼女 + は) 奨学金がもらえたら、留学する (お) つもり (なの) + ですか/ですね/でしょう/ではありませんか/ではないのですか + ? (↑) (あなた/彼 + は) 試写会のチケットが手に入ったら、見に行くつもり + (なの) かい/ (なん) だね/ (なん) だろう/ (なん) じゃない (の) か + ? (↑) ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文 10.6「モダリティの表現/状況判断/~だろう・~のだろう」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ね・~のだね」の次を参照 「ないか/~ないのか/~ではないか/~のではないか/~のではないのか」 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のだ」を参照 上の例は「Xは + A意志動詞-るつもりだ」の〈問いかけ文〉を、確認のバリエーションを使って書き換えたものであるが、確認とは「聞き手に + 同意/『イエス』の返答 + を求める」ものなので、話し手が聞き手に期待しているのは、聞き手や第三者にA「留学する/見に行く + 意志/予定/計画」があるという返事になる。 上の例は「〜のだ」のバリエーション「〜なの/〜なん」があってもなくても、〈問いかけ文〉「Xは+A-るつもり+か/なのか」が、聞き手への問いかけから、そのまま「確認」へと移行することができることを表している。しかし「Xは+A意志動詞(よ)うと思う」の確認は、問いかけとは異なり、かなり複雑な様相を見せる。 奨学金がもらえたら、留学しようと+思う/思っている+の+ですね/でしょう/ではありませんか/ではないのですか+?(↑) 彼女は、奨学金がもらえたら、留学しようと思っている+の+ですね/でしょう/ではありませんか/ではないのですか+?(↑) 試写会のチケットが手に入ったら、見に行こうと+思う/思ってる+んだね/のね/んだろう/んじゃない(の)か+?(↑) 彼は、試写会のチケットが手に入ったら、見に行こうと思ってる+んだね/のね/んだろう/んじゃない(の)か+?(↑) ▶本文4.1.「順接仮定条件/仮定条件/仮定条件『~たら/~ば』の違い」を参照 仮定条件「~たら」のついた例では、Xが聞き手の場合でも「A(よ)うと思っている」のほうがぴったりするが、いずれも「~のだ」のバリエーションが挿入されて、聞き手に同意を期待している。 (あなた/彼女+は)奨学金がもらえたら、留学しようと+思いますね/思うでしょう/思いませんか/思わないのですか/思っていますね/思っているでしょう/思っていませんか/思っていないのですか+?(↑) (あなた/彼+は)試写会のチケットが手に入ったら、見に行こうと+思うね/思うだろう/思わないか/思ってるね/思ってるだろう/思ってないか+?(↑) ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~のだ』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照 ところが「〜のだ」のバリエーションのない上のような例になると、読みようによっては、異様な響きになり、通常の「確認」を示す〈問いかけ文〉として理解すると不自然になる。これは、見かけの形態が「確認」であるのに、話し手は、聞き手に同意を求めていないし、期待してもいないからである。同意を求めるなんていう遠慮も会釈もなく、ただ「あなた/彼女/彼+は、留学しよう/見に行こう+と+思う/思っている+に決まっている」という話し手の考えを押しつけているだけである。 第三者にも「A(よ)うと思う」が使われ、聞き手は「イエス」と答えるよりほかな <863> もしも、あらかじめX「聞き手/第三者」のA「意志/予定/計画」が、データとして「メモリバンク」に貯蔵されていれば、話し手は確信をもって引き出したデータ「Xは+A(よ)うと+思う/思っている+のだ」を使いながら、聞き手の同意を求めることも、期待することもできる。 しかし、貯蔵されていない「Xは+A(よ)うと+思う/思っている」で確認しようとすると、話し手は、Xに「Aがあるのかどうか」確かなことを知らないことになり、ただ一方的な思いこみで「Aはある」と決めつけ、聞き手の同意を強要していることになる。つまり確認ではなく「命令」なのである。 奨学金がもらえたら、誰だって/僕だって、留学しようと+思いますね(↓)/思いますよね(↓)/思うでしょう(↑)/思いませんか(↑)。 もし試写会のチケットが手に入ったら、誰だって/僕だって、見に行こうと+思う(よ)ね(↓)/思うだろう(↑)/思わないか(↑)。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~(のだ)よ・~(のだ)ね・~(のだ)よね」を参照 「A(よ)うと+思う/思っている+ね」を使った上のような「確認」も、通常「メモリバンク」との照合を必要としないほど「当然」なAを、聞き手に同意を求めるというより、〈独り言〉のように使われ、自分自身を納得させるかのような使い方が、一番ぴったりする。 最初にあげた「A-る+つもり(なの)だ+ね」の例の場合、なぜ「メモリバンク」との照合を示す「~なの」の省略が可能なのかといえば、ただ「つもり」が名詞であるからにすぎないが、このことについては、次に詳しい。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/名詞 + なのだろう (か)」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/名詞 + ではない (の) か」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/名詞 + ではない」を参照 使い分けワンポイント ⑥~ないつもりだ A:引っ越し、決まりましたか? B:いえ、あれこれ探してみたのですが、気に入ったところが見つからないものですから、しばらく + 引っ越さないつもりです/×引っ越すつもりではありません/△引っ越すつもりはありません。 P:もう遅いわよ。早く寝たら? Q:明日、試験だから、今夜、寝ないつもりなの/×寝るつもりではないの/×寝るつもりはないの。 今度の日曜日は、授業参観なのですが、行かないつもりです/ $ ^{x} $行くつもりではありません/△行くつもりはありません。 →今度の授業参観、お母さんもお父さんも+来ないつもりの/来るつもりじゃない/来るつもりはない+ようですけど。 出かけたいのですが、雨が降りますから、出かけないつもりです/×出かけるつもりじゃありません/△出かけるつもりはありません。 出張?あ、言ってなかったな。突然の会議が入るみたいで、明日は出張 + しないつもりだ/ *するつもりじゃない/*するつもりはない。 ▶本節「使い分け⑦⑧/~つもりではない/~つもりはない」を参照 <864> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 〈基準時現在未実現〉の「意志/予定/計画」などを否定するということは、何も実現しないということなので、黙っていれば誰にもわからないし、誰にも影響を及ぼさない。したがって、通常「意志/予定/計画」などの否定は、例のように、誰かに「意志/予定/計画」などがあるかどうかを聞かれて、返事をする場合や、また例えば、夕飯をいつも家でする人が出かけるとき、家の人に「今日、晩ご飯、食べないよ」という意思表示をする場合にしか使いようのないものである。 「A意志動詞-る + つもりだ」の否定は3種類あり、A「意志/予定/計画」の否定は、聞き手の尋ね方、話し手の気持ちによって変化するという難しいところがある。 最初の「Aない + つもりだ」は、もともと実行されるはずだったA「予定/習慣」の中止の「決意/決定」を、聞き手に伝えている。 使い分けワンポイント A:今度の日曜日、授業参観に行くおつもりですか。 B:いや、仕事が忙しくて、明日も出勤するから、行くつもりじゃない/行かないつもりだ/△行くつもりはない+よ。 →その/そんな+つもり+では/は+ないよ。 P:卒業したら、就職するんでしょう? Q:いえ、就職+するつもりじゃない/しないつもりな/△するつもりはない+んです。 大学院に進もうかと思ってますから。 いえ、今日は+出かけるつもりじゃありません/出かけないつもりです/△出かけるつもりはありません+よ。お客様が来ますから。 出張?あ、言ってなかったな。明日+するつもりじゃない/しないつもりな/△するつもりはない+んだ。突然の会議が入ったから、来週になったんだ。 あ、その日は、約束があって、参加+するつもりではありません/しないつもりなのです/△するつもりはありません+が。 ▶本節「使い分け⑥⑧/~ないつもりだ/~つもりはない」を参照 2つめの「A意志動詞-る+つもり+では/じゃ+ない」は、二者択一の「Aをするつもりではなく、Bをするつもりだ」を表している。 この場合、Bの「つもり」は明示される必要がなく、例えば、対話の背景や文脈があって「B出勤する/大学院に進む/家で客の来るのを待つ/会議に出る/約束した友だちに会う+つもり」が聞き手に伝わる場面であれば、省略できる。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『それは』と『それが』」を参照 返答になる「Aーる + つもり」の部分は、動詞Aを繰り返すか、動詞の代わりに「その/そんな + つもり」を使うこともできる。ただ「そんなつもり + では/は + ない」は、聞き手の言葉があまりに予想外で、その意図を否定する場合に使われる。 使い分けワンポイント⑧~つもりはない A:引っ越し、決まりましたか? B:いや、いくら「立ち退け」って言われたって、立ち退くつもりはない/立ち退かないつもりだ/立ち退くつもりじゃない+からな。 →その/そんな+つもり/気+はない。×その/×そんな+気ではない。 <865> P:卒業したら、大学院に進むんでしょう? Q:いや、先生は勧めてくださるんだけど、進むつもりはないんだ/進まないつもりなんだ/進むつもりじゃないんだ。 今度の授業参観?知らないよ。仕事が忙しくて、行くつもりはない/行かないつもりだ/行くつもりじゃない+からね。 いえ、たとえ肺癌で死ぬようなことがあっても、絶対タバコを+やめるつもりはない/やめないつもりだ/やめるつもりじゃない。 すみません。当分、引っ越すつもりはない/×引っ越さないつもりな/引っ越すつもりじゃない+んですが、将来のために、見て回ってるんです。 買う/借りる/行く/参加する/入ってみる+つもり+は/じゃ+ないんですが、ちょっと見せていただいてもよろしいですか。 今すぐと言うつもり + は/では + ありませんが、読み終わり次第、お返しください。 とんでもない。けんかする + つもり/気 + など/なんて/なんか、さらさらないんだけどね、ちょっと一言、言わせてもらわないと気がすまなくてね。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~など・~なんて・~なんか」を参照 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/前触れ」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/類推とは?」を参照 3つめの「A意志動詞-る + つもり + は/など/なんて/なんか + ない」は、まったくAをする「意志/気持ち」のないことを、遠慮も会釈もなく明言しているので、最初の例のように、Aを期待している聞き手に向けられると、けんかになる可能性がある。したがって「使い分け⑥⑦」に示した「~つもりはない」の例も、聞き手の期待を裏切る場面でなければ、使わないほうが無難である。 「授業参観」も、夫の忙しさは理解できても、妻の「虫の居所」の悪いときなら、夫の言い方に対する「売り言葉に買い言葉」で、いさかいや言い争いが始まるかもしれない。 日常よく使われるのは、最後4例の「前触れ」になる場合で、聞き手の期待を始めからくじいておいて、あとで問題の起こらないようにするための「布石」として使われる。 この「Aーる+つもりはない」は、常に「Aーる+つもり+では/じゃ+ない」と互換性があるが、変換すると、Aが対比「今日は買うつもりではない」になり、本当に「そのつもり」があるかどうかにかかわらず、もうひとつの「Bーる+つもりだ/いつか買うつもりだ」を類推させる働きがあるので、遠慮しているような婉曲的表現になる。 「前触れ」に「Aない+つもりだ」が使えないのは、聞き手から何も「意志/予定/計画」など聞かれていないからであり、いつもとは違う話し手の「決意/決定」を示す場面でもないからである。 使い分けワンポイント ⑨「~つもり」の否定のまとめ 「Xは + A意志動詞 - る + つもりだ」の否定は3つあるが、いずれもXが話し手なら、話し手の「Aしない」という「否定の意志」を表す〈情意表出文〉になる場合と、〈述べ立て文〉で「予定の中止/意志や意図の否定」を表す場合がある。 もちろん、Xが第三者の場合は、〈述べ立て文〉で「予定の中止/意志や意図の否定」しか表すことができない。 3つの否定の仕方をまとめておくと、およそ次のようになる。なお、Xには人称制限はないが、Aは〈意志動詞〉に限られる。 <866> Aない + つもりだ: 予定や習慣であったAを中止する決意や決定を伝える。 A - る + つもりではない (B - る + つもりだ): 聞き手の期待や推測する A ではなく、B という「予定/計画」のあることを示す。 A を対比的に提示するだけで、B には言及せず、聞き手に B を類推させる場合は、婉曲的な表現になる。 A-る+つもりはない(+が/けど): 聞き手の期待に反して、Aをする気持ちの全くないことを示す。 前触れとして使われることが多い。 ▶卷末「形容詞/一人称形容詞」を参照 なお、第三者の「意志/予定/計画」や、その否定を伝える場合、特に〈感情形容詞/一人称形容詞〉扱いにしなくてもよいが、文末を状況判断や伝聞の形式にして使われることが多い。 使い分けワンポイント ⑩ ~たつもりだ・~なかったつもりだ/ ~たつもり(で)はない A:「ミッキーがいなかった」なんて言って、このまえの日曜日、いったい、どこへ遊びに行ったつもり+な/をしてる/にしてる/になってる/でいる+の。 B:ディズニーランドだけど。 A:やっぱり。あのね、あそこね。ディズニーランドじゃないんだよ。ユニバーサルスタジオジャパン「USJ」っていうんだ。わかった? E:それで、説明したつもりなのですか。 F:ええ、説明したつもりなんですけど。 E:困りましたね。聞けば聞くほど、わからなくなりますが。 I:昨日、友だちのところに泊まったら、お母さんが「はい、これ、パジャマに、どうぞ」ってこのシャツ、くれたよ。 J:そんなこと言って、それ、もらったつもりなの?向こうさまは、貸したつもりかもしれないでしょう? M:何よ、この切り方。 N:えっ、別に無駄なことはしなかったつもりなんですけど。 S:どうして、人をいじめるようなことを、言うの。 T:ぼく、そんなこと、言わなかったつもりな/言ったつもりじゃない/言ったつもりは Y:お兄ちゃんの分まで、食べちゃ、だめじゃないの。 Z:あたし、お兄ちゃんの分まで、食べなかったつもりな/食べたつもりじゃない/食べたつもりはない+んだけど。 Y:本当に、食べなかったつもりな/食べたつもりじゃない/食べたつもりはない+の?じゃ、どうして、お兄ちゃんのお皿に、何もないのよ。しっかり目を開けて、よく、ごらんなさい。 あなた、こんなことして、お隣に、ご迷惑、かけなかったつもりなの?今さっきお電話が <867> あって、文句、言ってるんだけど。 何だって? もらったつもりだと? こっちは、あげたつもりじゃない/あげたつもりはない/×あげなかったつもりだ。返してもらってくれ。 おじいちゃん、昼ごはん、食べなかったつもりなんだよ。さっき食べたばかりなのに「まだか」って言ってるんだけど。 おい。これで、仕事、したつもりか。まったく。冗談はやめてくれよな。 おまえ、本当にソウルへ行ったつもりなのか。北京じゃなかったのか。 →おまえ、本当に北京へ行かなかったつもりなのか。ソウルだったのか。 しまった! 目覚ましが鳴って、起きたつもりなのに、9時、回ってる。 「A意志動詞 + た/なかった + つもり + だ」や「A意志動詞 + たつもり + ではない/はない」は、過去の出来事「A + た」について、〈話し手〉と、〈独り言〉における「もうひとりの私」を含んだ〈聞き手〉か、第三者との間に「矛盾/意見や考えの食い違い」のあることを示している。例えば「私/あなた/彼 + は勉強 + した/しなかった + つもりだ」というのは、本人「私/あなた/彼」以外の人「彼女/私/あなた」などが「私/あなた/彼 + が勉強 + しなかった/した」と考えていることを表している。 つまり、他者の意見や意図を否定するのものなので、否定するのが第三者の意見や意図であれば、聞き手に秘密を打ち明ける感じになり、聞き手のものであれば、遠慮のいらない関係になるので、主に〈ウチ〉関係で使われる。しかし、〈ウチ/ソト〉に対して使われ、もし対立が激しくなると、敵対する〈ヨソ〉関係になるおそれがある。 ▶巻末「文/スピーチレベルシフト」を参照 〈ソト/ヨソ〉に対して、他者の意図を否定する場合には、子どもは使わないが「Aた + 覚え/記憶 + はない」という言い方があり、法廷での罪状認否や議会での答弁などで、被告や政治家に好んで使われている。 S:友だちをいじめるようなことを、言わなかった? T:ううん、別に + 言わなかった/言わなかったつもりだ + けど。 ×そんなこと、言った + つもりじゃない/つもりはない + けど。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ないか」を参照 「A意志動詞 + なかったつもりだ/たつもり(で)はない」の使い分けは、先ほど「使い分け⑥⑦⑨」に示した「A意志動詞 + ないつもりだ/-るつもり(で)はない」と同じであるが、上のような「確認」で、同意を求められた場合は、まず聞き手の言った「A + なかった?」の部分を否定して、同意しないことを示す必要があり、返答は「いいえ/いえ/いや/ううん」などになって、最初の「A + なかったつもりだ」しか使うことができない。 すぐに走って行ってたら、追いついた + (はず/×つもり + な) + のに。 いじめがなければ、自殺はしなかった + (はず/×つもり + な) + のだ。 誰かの「意図/意志」ではなく、話し手の「推論」を表す場合は、上のように「~つもり」を使うことができない。 P:昨日、最後に帰りましたよね。帰るとき、電気を消しましたか。 Q:消した + つもり/はず + ですけど。 P:ところが、今朝、ついていたのです。 <868> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~はずだ」を参照 上のような「記憶」に関係する場合、もし「~つもり」を使うと、非常に確信のあることを示して、聞き手に「嘘をつくな」と言われ「嘘じゃない」と抗弁しているような響きになることがあるので、自分自身の過去の事態を思い出しながら「消したか、消さなかったか」を推論する「~はず」のほうが、大人びた穏やかな表現になる。 使い分けワンポイント ①「~つもりだ」と「~はずだ」の対照 「A意志動詞 + つもりだった」と「V意志動詞 + はずだった」は、近い関係にあり、ときに紛らわしくなる場合がある。あらかじめ〈基準時現在〉の「A意志動詞 + つもりだ」と「V意志動詞 + はずだ」の使い分けをまとめておくと、次のようになる。 なお「他者」とは、〈独り言〉における「もうひとりの私」を含んだ〈聞き手〉か、第三者のことを指している。 〈基準時現在〉「~だ/~ではない」 X + Aつもり/Vはず + だ 〈~た + つもり/はず + だ〉 Aについて話し手と 他者の考えが異なる A: 真偽不明 〈一百+つもり/はず+だ〉 ~た/~なかった十 A=Xの予定や意志 Aについて話し手と $ V = X $の予定 A/V: 未実現 他者の考えが異なる ーる/~ない+ A: 真偽不明 「A=Xの意図」を否定 「V=Xの予定」を否定 〈~た + つもり/はず + ではない〉 A/V: 非実現 〈一百+つもり/はず+ではない〉 X + Aつもり/Vはず + ではない (注1)「X + V-る/~ない/~た/~なかった + はずだ」には、Vの実現は不明であるが、話し手がVを推論するという意味と、実現したVに対して納得するという意味がある。また反実仮想を表すことがある。 (注 2) 「X + V−る/~ない/~た/~なかった + はずではない」には、Vの実現は不明であるが、話し手が他者の推論「Vはずだ」を否定するという意味がある。また反実仮想を表すことがある。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」の次を参照「~はずだ/~はずではない/~はずがない/『~はずだ』のまとめ」 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞と基準時現在」を参照 つまり、過去の事態について、意図のあったことを表す「X + A + た/なかった + つもりだ/肯定」と、意図のなかったことを表す「X + A + た/なかった + つ もり(で)はない/否定」は、同じ使われ方をしていることになるが、これは、前者の 「A + たつもりだ」が、X以外の人の「A + なかった/た」という考えを否定して「A + た/なかった」を主張しているのに対して、後者「A + たつもり(で)はない」は、 X以外の人の「A + た/なかった」という考えを否定して「A + なかった/た」を <869> 主張しているからである。 この点が、話し手が過去の事態を推論する「~たはずだ」と、話し手以外の他者の推論「~たはずだ」を否定する「~たはずではない」の使い方と、大きく異なっている。 なお「X + A + ない + つもりだ」と「X + A-る/ない + つもり (で) はない」は、Xが話し手の場合、〈基準時現在未実現〉のAについて「決してA + しない/しないでおこう/したくない」といった話し手の「否定の意志」を表すことがある。 使い分けワンポイント ⑫ - る + つもり・はず + だった 私 + は/が + 最後で、電気を消す + つもり/はず + でしたが、彼が残業することになって、そのまま帰りました。 →もし彼が残業しなかったら、電気を消す + つもり/はず + でした。 もし味方が来なかったら、捕虜になるまえに、死ぬつもりだった。 私/彼 + は/が + 出張する + つもり/はず + でしたが、クレーム問題が発生して、その処理をするために、急にとりやめになったのです。 彼女 + は/×が + レセプションの司会はしない + つもり/はず + だったのですが、巧みな話術を買われて、することになったのです。 すみません。今日5時に、そちらへお伺いする+はず/つもり+だったのですが、高速道路が事故で、ひどい波滞になり、1時間ほど遅れそうなのですが、よろしいでしょうか。あれだけのダイレクトメールを出したのですから、注文が殺到する+はず/※つもり+だったのですが、どうなっているんでしょうね。 彼は名医の+はず/×つもり+だったが、論文を捏造した似非医者だったらしい。 あいつは名医のつもりだったが、死ぬまで誰もそうは思わなかったね。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/-る+はずだった/~はずなのに」を参照 ▶本節「使い分け①/話し手の意志と第三者の意志」を参照 「X + は/が + A意志動詞-る/ない + つもりだった」は、逆接確定条件の「~が/~けど/~のに」などをともなって、もとのXの予定や計画Aが、Xの意志に反して「キャンセル/中止/とりやめ」になったことを表している。 したがって、もし文末にあれば、たとえXが話し手であっても、話し手の意志を表す〈情意表出文〉ではなく、〈モダリティ〉が「断言/状況判断」の〈述べ立て文〉になる。この場合、状況判断で「推論」を示す「V-る/-い/状態名詞な/名詞の+はずだった」のVが意志動詞Aなら、上のように置き換えることができる。Aが意志動詞でない場合の「A+つもりだった」は、のちほど「使い分け②」で述べる「『~つもり』の使い方」を参照のこと。 私/彼 + は + 出張する + つもり/はず + でした。 →私/彼 + は + 出張 + しようと思っていた/することにしていた。 ▶本文6.1.「変化の表現/A→B/~ことになっている・~ことにしている」を参照 両者は「私は」になる場合、きわめて近い位置関係にあり、前者「A+つもりだっ <870> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 た」はもちろんであるが、後者「V + はずだった」にも、X「私」の意志を感じさせる。これは、後者の「~はず」が名詞の場合に「予定」を表すからであるが、両者の違いは、前者のほうがAに対して、積極的な意欲を見せていた点である。 言い換えれば、前者は、遠慮なく「欲求/欲望/意欲」を示すことのできる親しい〈ウチ〉関係で多用され、後者は、遠慮や気がねを必要とする〈ウチ〉関係か、〈ソト/ヨソ〉に対して、多く使われることになる。 しかし、Xが「彼」の場合、もはや後者「V + はずだった」は「彼の意志」を感じさせることなく、ただ話し手が「彼の予定の中止」を述べているだけになる。 (ほかでもなく)私/彼+が+出張するつもりでした。ほかでもなく、私/彼+が+出張するはずでした。 ▶本文 1.1.「主題/提題/有標主格とは?」を参照 「私/彼+が+A+つもりだった」の場合、たとえ「ほかでもなく」が前置きされていなくても、Xのあとの「~が」が有標主格の働きをして、AがXの意志であることを示している。しかし「私/彼+が+V+はずだった」のほうは、Xの「予定の中止」を述べるだけで、Xの意志を感じさせない。まえに「ほかでもなく」を補ってはじめて、あとの「~が」が有標主格の働きをして、Xが話し手「私」の場合に限り、意志を感じさせるようになる。 ただ後者「ほかでもなく私が+Vはずだった」は、突然の変更や変化のために、話し手の「予定/予測」が外れたことを表し、話し手の「意外さ/驚き/失望/残念/後悔/非難」といった感情が色濃く現れる。 しかし、前者「Xが + Aつもりだった」は、Xが話し手の場合なら、予定が中止になって、感情も添えられるが、第三者の場合なら、あらかじめ話し手が「彼の予定」を予測していたわけではないので、話し手が感情を示すか示さないかは、第三者との状況にかかっていることになる。 使い分けワンポイント ⑬ 既実現「-る + つもり・はず + だった」 「使い分け $ ^{⑫} $」の場合、A「意図/予定/計画」は、文末の「~だった」を基準時にすれば〈基準時過去未実現〉の事態であるが、基準時を現在にすれば、すでに実現することのない〈基準時現在非実現〉の事態である。 ところが次のような例も、〈基準時過去未実現〉で〈基準時現在非実現〉を表している。 I:お電話して確認してみたら、友だちのお母さん、パジャマは貸す + つもり/×はず + だったみたいよ。 J:本当?あげる/くれる + つもり/×はず + だったような言い方だったけどね。 M:何ですか、この無駄な切り方。 あっ、すみません。私、無駄なことはしない + つもり/×はず + だったんですけど、手がうまく動かなくて、そうなってしまったのです。 S:どうして、人をいじめるようなことを、言ったの。 T:ごめんなさい。ぼく、そんなこと、言わない + つもり/×はず + だったんだけどね、つい口がすべっちゃって。 Y:お兄ちゃんの分まで、食べちゃ、だめじゃないの。 <871> Z:あっ、いけない。わかっていたから、食べない + つもり/×はず + だったの。でも、おいしかったし、まだおなかが空いてたんだもん。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/-る + はずだった」を参照 ▶巻末「動詞の時の表現/動詞と基準時現在」を参照 「Xは + A意志動詞 - る/ない + つもりだった」は、基準時過去において、XにAを「する/しない」意図のあったことを表し、Aは〈基準時過去未実現〉である。しかし結果は逆に、Aを「しなかった/した」ことになり、Aは〈基準時現在非実現〉であるが、この「XはA-る/ない + つもりだった」は、XがAを「しなかった/した」ことを、聞き手に対して素直に認め、反省したり、謝ったりする場合に使われる。 この場合と「使い分け⑫」の場合の違いは、仮に「A=する/しない」に対する逆の事態を「非A=しない/する」とすると、前者は「非A」が既実現であることを表し、後者は「使い分け⑫」の「非A」が未実現を表している点である。 つまり「使い分け⑫」は、〈基準時現在〉において「A=非実現/非A=未実現」であり、この「使い分け⑬」は「A=非実現/非A=既実現」である。 この場合、もしかすると「V意志動詞 - る/ない + はずだった」を使う人がいるかもしれないが、もし置き換えると「非A=既実現」から「事態Vに対する推論」になり、そのせいで、特に、Xが話し手の場合は、過去の事態を思い出して、例えば「貸したか、貸さなかったか」を推論する大人びた「言い訳」になり、自分の過ちを素直に認めない話し手の「狡さ」が響いてしまうので、不自然になってしまう。 使い分けワンポイント ⑭ - る + つもり・はず + ではなかった A:「ミッキーに会うのが楽しみ」だなんて言ってるけど、明日、どこへ遊びに行くつもりなの? B:ディズニーランドだけど。 A:やっぱり。あのね、明日、行くのはね、ディズニーランドじゃなくてね、ユニバーサルスタジオジャパン「USJ」なんだよ。 B:本当?困ったな。ぼく、USJなんかに、行くつもりじゃなかったのに。彼/私 + は、もともと出張する + つもり/はず + じゃなかったのです。彼女は、レセプションの司会をしない + つもり/はず + ではなかったのですが、急に過労で倒れてしまって、できなくなったのです。 今日、そちらへお伺いする + つもり/はず + ではなかったのですが、近くまで来たものですから、よろしければ、ちょっとお伺いしたいのですが。 あれだけのダイレクトメールを出したのですから、注文がこない + はず/×つもり + ではなかったのですが、どうなっているんでしょうね。 彼は毎日ジョギングをして、病気の/調子が悪い + つもり/はず + ではなかったのに、体調を崩して、入院する羽目になった。 ▶本文10.6.「モダリティの表現/状況判断/ーる + はずではなかった/~はずではないのに」を参照 「使い分け②③」と同様に「Xは + A意志動詞-る/ない + つもりではなかった」も、逆接確定条件「~が/~けど/~のに」などをともなって使われるが、予定の変更を表す「使い分け②」の「A意志動詞-る/ない + つもりだった」とは逆に、もともと予定や計画にはなかった事態が起こったことを表している。 <872> 10.5.モダリティの表現/意志と希望 「使い分け $ ^{③} $」で述べた「非A」を使うと、上の場合は「A=未実現/非A=非実現」を表している。 この場合も、〈モダリティ〉が「断言/状況判断」の〈述べ立て文〉で、状況判断「推論」を示す「V - る/ - い/状態名詞な/名詞の + はずではなかった」のVが意志動詞なら、上のように置き換えることができ、両者の違いは、およそ「使い分け⑫」の「A/V + つもり/はず + だった」の違いと同じである。 つまりどちらも、二者択一の「A/V + をする + つもり/はず + ではなく、B/W + をする + つもり/はず + だった」を表している。 「彼 + は/×が + 電気を消すつもりではなかった」のですが、私が残業しなくなって最後になりましたから、消して帰ったと思います。 →「彼 + は/が + 電気を消す」はずではなかったのですが、私が残業しなくなって最後になりましたから、消して帰ったと思います。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』と『~が』の配列/有標主格とは?」を参照 ただ違いは、前者のXに「~が」が使えないことである。これは「電気を消すつもりではなかった」は「~つもり」のまえに切れ目があるのではなく、文頭からの一続きになっているので、Xのあとの「~が」と、否定「~ではなかった」の「~は」が、配列違反を示すためである。 これに対して、後者は「未完文 + はず」になって、まえの部分「彼 + は/が + 電気を消す」が、名詞「はず/予定」を修飾しているので、〈未完文〉の主格「~が」は、否定の「~は」とは抵触せず、配列違反にはならない。〈未完文〉のなかの「~は」は、対比を示している。 また「使い分け⑫」で述べた「Xが出張するつもりだった」がXの意志を示していたのとは異なり、この「X + 電気を消すつもりはなかった」では、Xの意志を感じさせないので、Xに有標主格の「~が」を使って「ほかでもなくXが」にはできないということもある。 使い分けワンポイント ⑮ 既実現「-る + つもり・はず + ではなかった」 I:友だちのお母さんが「すみません、お返しください」って。あのパジャマ、もともと、あげる/くれる + つもり/×はず + じゃなかったみたいね。 J:本当?貸す + つもり/はず + だったような言い方じゃなかったけど。→本当?貸す + つもり/×はず + じゃなかったような言い方だったけど。 N:あっ、すみません。無駄なことをする + つもり/×はず + じゃなかったんですけど、手がうまく動かなくて、そうなってしまったのです。 S:どうして、人をいじめるようなことを、言ったの。 T:ごめんなさい。ぼく、もともと、そんなこと、言う + つもり/×はず + じゃなかったんだけど、つい口がすべっちゃって。 Y:お兄ちゃんの分まで、食べちゃ、だめじゃないの。 Z:あつ、いけない。食べる + つもり/×はず + は/なんか + なかったんだけど、おいしかったし、まだおなかが空いてたもんだから。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~はずがない」を参照 <873> ~つもりだ・~(よ)うと思う 例のような「Xは + A意志動詞-る/ない + つもりではなかった」は、先ほど「使い分け⑬」に示した「A意志動詞-る/ない + つもりだった」とは逆に「A=既実現/非A=非実現」を表し、過去において「A+する/しない」意図のなかったことを表している。結果として「A+した/しなかった」ようになってしまい、聞き手に対して素直に非を認め、反省したり、謝ったりする場合に使われる点は、文末が肯定になる「使い分け⑬」の「A+つもりだった」と同じである。 ところが、上の例を「V意志動詞-る/ない+はずではなかった」に置き換えると、話し手が過去の事態「V+たか、V+なかったか」を推論する「使い分け⑬」とは異なり、他者の推論「V+はずだ」を振り返って否定することを表すようになる。例えば「人は『Xが+食べる/食べまい/食べた/食べなかった+はずだ』と言っているが、あのとき本当は『Xが+/食べる/食べない/食べた/食べなかった+はず』ではなかった」と話し手が考えていることを示している。したがって、この場合は両者の間に互換性がない。 また「使い分け⑧」で述べたように、すべての場合で「Aつもりはない」と「Aつもりではない」に互換性があり、最後の例のように置き換えることができる。しかし「Vはずがない」は話し手の確信的な推論を表すので、最後の例でも置き換わらない。 ここで複雑に絡みあう「X + A/V + つもり/はず + だった/ではなかった」をまとめて図示すると、次のようになる。 ーる~ない + つもり A = 未実現か既実現 非 A = 実現 A = 非実現 非 A = 未実現か既実現か 十ではなかった 他者の推論の否定事態への推論 V=他者の推論V=実現 非V=真偽不明 非V=未実現か既実現 ーる~ない十はず 使い分けワンポイント ⑯~た + つもり・はず + だった A:昨日いったい、どこへ遊びに行った + つもり/はず + だったの。 B:ディズニーランドだけど。 A:やっぱり。あのね、あそこね。ディズニーランドじゃないんだよ。 E:さっきの会議、あれで、説明したつもりだったのですか。 F:ええ、説明したつもりだったのですが、みなさん、わからなかったみたいで、困ってろんです 記憶では、私/彼 + は +「ソウルへ出張した」+ つもり/はず + だったのですが、日記で確かめたところ、北京 + でした/だったそうです。 昨日、私が最後でしたから、帰るとき、電気を消した + つもり/はず + だったのですが、今朝、来てみると、ついてるんです。消し忘れたのですね。 あの日、レセプションの司会は彼女がしなかった+つもり/はず+だったが、社長から <874> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 巧みな話術を買われて、司会をしたのを思い出した。 あれだけのダイレクトメールを出せば、注文が殺到した + はず/×つもり + だったのですが、いったいどうなっているんでしょうね。 彼は毎日ジョギングをして、健康だった/調子はよかった + つもり/はず + だったが、突然、体調を崩して、入院する羽目になった。 ▶本節「使い分け $ ^{②②} $/『~つもり』の使い方」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~た+はずだった/~はずなのに」を参照 上の「Xは + A意志動詞 + た/なかった + つもりだった」は、X本人の「思い込み/思い違い/勘違い」で、現実には「XがA + た/なかった」ようなことは起こらなかった、つまりAが「非実現/反事実」であったことを示している。 これを「X + は/が + V意志動詞 + た/なかった + はずだった」に置き換えると、Xが第三者の場合には、第三者の「思い込み/思い違い/勘違い」ではなく、話し手、または〈問いかけ文〉での〈聞き手〉の「思い込み/思い違い/勘違い」を表すことになる。 記憶では、私/彼 + が +「ソウルへ出張した」つもりでしたが、日記で/本人に + 確かめたところ、北京 + でした/※だったそうです。 →記憶では、彼ではなく私/私ではなく彼 + が +「ソウルへ出張した」つもりでしたが、日記で/本人に + 確かめたところ、彼/私 + だった。 彼女 + は/※が、レセプションの司会をしたつもりだったのに、そのまえに、過労で倒れて入院してたってこと、(彼女は)忘れてたんです。 →彼女 + が/※は、レセプションの司会をしたつもりだったのに、そのまえに、過労で倒れて入院してたってこと、(私は)忘れてたんです。 しかし、上のような「Xが+A意志動詞+た/なかった+つもりだった」の場合、つまり「Xは」が「Xが」にかわった場合は、X本人ではなく、話し手だけの「思い込み/思い違い/勘違い」になり、Aの事態に「XとX以外の誰か」が二者択一的に関係していたことを表している。 例えば、Xが「ソウルへ行った/司会をした」のであれば、X以外の誰かは「ソウルへ行っていない/司会をしていない」し、逆に、Xが「ソウルへ行っていない/司会をしていない」のであれば、X以外の誰かは「ソウルへ行った/司会をした」ことになる。最後の例では、話し手が「司会をした」場合も想定できる。 いずれにしても「A/V=非実現」と「非A/非V=既実現」を表している。 使い分けワンポイント ⑰ 疑いの「~た + つもり・はず + だった」 昨日、私が最後でしたから、帰るとき、電気を消した + つもり/はず + でしたが、消えてなかったというんです。また誰かが、つけたのでしょうか。 彼女がレセプションの司会、した + つもり/はず + だったのに、そのまえに、過労で倒れて入院してたって言うんです。本当でしょうか。 J:本当?もらった+つもり/はず+だったんだけど、どうなってるんだろう。 S:どうして、人をいじめるようなことを、言ったの。 T:えっ、ぼく、そんなこと、言わなかった+つもり/はず+だったけど。いじめられ <875> たって言ってるの? Y:お兄ちゃんの分まで、食べちゃ、だめじゃないの。 Z:あたし、そんなのまで、食べなかった + つもり/はず + だったんだけど。もしかしてこのお皿、お兄ちゃんの分だったの? あなた、こんなことして、お隣に、ご迷惑、かけなかった + つもり/×はず + だったの?困ったわね。お電話があって、文句、言ってるんだけど。 えっ、何だって? もらった + つもり/はず + だったって? こっちは何も、あげた + つもり/はず + じゃなかったんだ。悪いんだが、返してもらってくれ。 上の例は、Aが〈既実現〉「すでに起こった」か、〈非実現〉「起こらなかった」か、真偽不明の事態について、話し手と他者の考えが食い違う「使い分け⑩」の「A意志動詞 + た/なかった + つもりだ」を、〈基準時現在〉から〈基準時過去〉へとスライドさせたものである。 ただ、〈基準時現在〉の「A + たつもりだ」は、他者の「A + なかったつもりだ/たつもり(で)はない」という現在の主張を、話し手が否定したものであり、逆に、他者の「A + たつもりだ」を、話し手が「A + なかったつもりだ/たつもり(で)はない」で否定する場合もあるが、話し手と他者は、現在においても、互いに相手の主張を認めていない。 しかし〈基準時過去〉の「A意志動詞 + た/なかった + つもりだった」は、過去において他者の主張を否定していただけなので、話し手は現在、過去を振り返って、他者の主張を認めており、他者と対立するのではなく、反省を示して、和解を求めていることになる。 ただ潔く自分の非を認める「A意志動詞-る/ない+つもりだった」と比べると、いかにも「歯切れの悪い」ものの言い方で、まだ「本当にAだったのか、本当はAでなかったのか」という疑いを示しており、反省を示して、和解を求めているとはいえ、いわゆる大人の「狡猾さ」をのぞかせた弁解の仕方である。 これに対して、過去の出来事を現在において推論する「V意志動詞 + た/なかった+はずだ」を、過去にスライドさせた「V意志動詞 + た/なかった+はずだった」は、反省を示して、和解を求めているのではなく、ただ「本当にVだったのか、本当はVでなかったのか」という疑いを示すだけになる。 話し手の推論を表しているので、他者の推論を表す「パジャマ/迷惑」の例では、使うことができない。ただ「友だちのお母さん、パジャマは貸すはずだったみたいよ」は、過去の「パジャマを貸す」という予定が変更になり、結果「貸せなくなった」ことを表しているので、話し手の推論ではない。 ⑱ ~た + つもり・はず + ではなかった A:えっ、嘘! 本当に昨日みんなと一緒に USJ へ遊びに行ったつもりじゃなかったの? B:ううん、ぼく、ディズニーランドに行ったつもりだった。 E:それで、何を説明したつもりだったのですか。 F:そんな難しい話をしたつもりではなかったのですけど。 E:誰も理解できなかったってことは、とても難しかったのね。 <876> M:何よ、この切り方。 N:あっ、すみません。無駄なことをしたつもりじゃなかったんです。 記憶によると、私/彼 + は「ソウルへ出張した」+ つもり/はず + ではなかったのです が、日記で確かめると、北京だった + ん/そう + です。 昨日、私が最後でしたから、電気を消さなかった + つもり/はず + じゃなかったのです が、今朝、来てみると、ついてるんです。やっぱり消さなかったのですね。 あの日、レセプションの司会は彼女がした + つもり/はず + ではなかったが、社長から 巧みな話術を買われて、司会をしたのを思い出した。 毎日ジョギングしていても、彼は + 健康だった/調子がよかった + つもり/はず + ではなかったのです。 病気だったことを、私たちが知らなかっただけなのです。 本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~た + はずではなかった/~はずではないのに」を参照 上のような「Xは + A意志動詞 + た/なかった + つもりではなかった」も、X本人の「思い込み/思い違い/勘違い」を表している。 ただ「使い分け⑯⑰」の「Xは + A意志動詞 + た/なかった + つもりだった」は「A=非実現/非A=既実現」であるか、これとは逆に「Xは + A + た/なかった + つもりではなかった」は「A=既実現/非A=非実現」であることを示している。このほかの使い方は「使い分け⑯」の「X + は/が + A意志動詞 + た/なかった + つもりだった」と同じになる。 これを「X + は/が + V意志動詞 + た/なかった + はずではなかった」にかえると、これも「使い分け⑩」と同様に、話し手または〈問いかけ文〉での〈聞き手〉の「思い込み/思い違い/勘違い」になる。 なお、最後の例については、のちほど述べる「使い分け②」の「2」を参照のこと。 使い分けワンポイント ⑲ 疑いの「~た + つもり・はず + ではなかった」 I:お電話したら、友だちのお母さん、笑ってらしたわよ。あのパジャマ、あげた + つもり/×はず + じゃなかったみたいね。 あなた、こんなことして、お隣に、ご迷惑、かけた + つもり/×はず + はなかったのですか。困ったわね。電話があって、文句、言ってるんだけど。 何? 借りた + つもり/はず + じゃなかっただと? こっちは、貸した + つもり/はず + だったんだが。悪いんだけど返してもらってくれ。 「A意志動詞 + た/なかった + つもりではなかった」の場合も、疑いと反省を示しながら、和解を求める「使い分け⑰」の「A意志動詞 + た/なかった + つもりだった」と同じである。 また「V意志動詞 + た/なかった + はずではなかった」の場合も、他者の推論「V <877> + た/なかった + はずだ」を否定することになるだけで、使い方は、やはり「使い分け⑰」の「V意志動詞 + た/なかった + はずだった」と同じである。 使い分けワンポイント ②0~つもりなのに・~はずなのに 時間通りに出かける + つもり/はず + だった/×な + のに、家を出るとき、電話がかかってきて、いつもの電車に乗れなくなったんです。 天使の翼があったら、飛んでいく + つもり/はず + な/だった + のに。 遊んでいた + つもり/はず + なんかじゃ + ない/なかった + のに、課長から「もっと真面目に仕事しろ」なんて言われて、ショックだった。 試験範囲の単語、ぜんぶ覚えた + つもり/はず + な/だった + のに、いざ試験になると、頭が真っ白になって、何も思い出せないんだ。 お弁当を入れた + つもり/はず + で、枕など入れた + つもり/はず + なんか + ない/なかった + のに、カバンを開けると、お弁当のかわりに、枕が出てきたんだ。 こんなの、注文した + つもり/はず + じゃ + ない/なかった + のに、どうなってるんだろう。どうして、こんなのが来たんだろう。 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~のに」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~はずなのに・~はずではないのに」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後」の次を参照 「~ているところだ・~ていたところだ/~ているところだった・ ~ていたところだっだ/~て + いる・いた + ところだった」 上の「意志動詞-る/~た+つもり/はず+な/だった/ではない/ではなかった+のに」は、通常とは異なる「予定の変更/予定になかった事態の発生/思い込みや思い違い」が起こったことを表している。 「~た+つもり/はず」に共通な動詞をAとすると、肯定「Aた+つもり/はず+な/だった+のに」か「A=非実現/非A=既実現」を表し、否定「Aた+つもり/はず+では+ない/なかった+のに」が「A=既実現/非A=非実現」を表しているが、〈基準時現在〉の「~た+つもり/はず+な/ではない+のに」も、〈基準時過去〉の「~た+つもり/はず+だった/ではなかった+のに」も、過去の事態を表しているので、互換性がある。 前者が過去をリアルタイムで追体験しているのに対して、後者が現在とデュアルタイムで、過去を振り返り思い出しているという違いはあっても、どちらも話し手の考えていたこととは逆の事態になっているので、これを逆接確定条件「~のに」で受けて、話し手の「残念/意外」の気持ちを表している。 ただ、最初の例「時間通りに出かける + つもり/はず + だったのに」は、〈基準時過去非実現〉を表しているので、これを〈基準時現在〉では、未実現か非実現か不明になる「時間通りに出かける + つもり/はず + なのに」に置き換えることはできない。 使い分けワンポイント ②「~つもり+だった/ではなかった」のまとめ これまでに述べた「Xは+A意志動詞-る/~ない/~た/~なかった+つもり+だった/ではなかった」をまとめておくと、およそ次のようになる。 ▶本節「使い分け $ ^{⑫} $~ $ ^{⑲} $」を参照 <878> Xは+Aつもりだった 〈~たつもりだった〉「Xの思い違い」 A = 非実現/反事実 非A=既実現 ただ「他者X+が」の場合 Aは二者択一になる 「反省+和解+弁明」+「疑い」 〈ーるつもりだった〉「Xの変更された予定」 ~た/~なかった A=-る/~ない:非実現 非A=~ない/-る:未実現か既実現 A=-る:中止になった予定 A=~ない:予定になかった事態既実現の場合「過ちを認め陳謝」 「Xの思い違い」 ーる/~ない A = 既実現/事実 非 A = 非実現 ほかの点は 〈~たつもりだった〉と同じ「Xの変更された予定」 どちらも「歯切れの悪い」弁明 A=る/~ない:未実現か既実現 非A=~ない/~る:非実現 〈~たつもりではなかった〉 A=-る:予定になかった事態 A=~ない:中止になった予定既実現の場合「過ちを認め陳謝」 〈一るつもりではなかった〉 Xは+Aつもりではなかった (注) 上の内容は、すべて現在を基準時にした事態である。 対照的に「Xは+V意志動詞-る/~ない/~た/~なかった+はず+だった/ ではなかった」を示しておくと、およそ次のようになる。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~はずだ』のまとめ」を参照 Xは+Vはずだった 〈~たはずだった〉 「話し手の思い違い」 V = 非実現 / 反事実 非 V = 既実現 〈一るはずだった〉 「Xの変更された予定」 ただ、既実現の場合は 〈一るつもりだった〉と同じ ただ、既実現の場合 過去のVに対して疑いを示す Xか話し手に限り、過ちを認める Xか話し手以外なら、事態への推論 ~た/~なかった ーる/~ない 「話し手の思い違い」 V = 既実現/事実 非 V = 非実現 ただ、既実現の場合は 他者の推論「Vはずだ」を否定 〈~たはずではなかった〉「Xの変更された予定」 〈ーるつもりはなかった〉と同じ ただ、既実現の場合は 他者の推論「Vはずだ」を否定 非Vは真偽不明 〈一るはずではなかった〉 Xは+Vはずではなかった <879> 使い分けワンポイント ②「~つもり」の使い方 「Xは + A + つもり」には、Aが意志動詞「- る形」になる本節最初の使い方のほかにも、次のように、意志を表さない動詞の「~ている形」や状態動詞、また「形容詞/状態名詞/名詞」になる使い方がある。なお、すでに「使い分け⑩⑪⑪⑥~⑳」で述べた意志を表さない意志動詞「~た形」も加えているが、異なった使い方を示している。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想」を参照 次のような使い方は、Aが、Xの動的な「意志」を表しているのではなく、静的な「状態/状況」を表している場合の使い方になるが、自己評価と他者評価が食い違っているか、単なる空想であることを示している。 例えば、他者が「本人はAと思っている」のに、話し手は「他者がA」とは思わなかったり、逆に「話し手自身はAと+思っている/思っていない」のに、周囲は逆を考えていたりする。また、実際はAではないのに、Aだと空想しながら、Bをすることを表す反実仮想的ながある。 なお、この場合、文末にくる「Xは+A+つもりだ」は、Xが話し手でも「断言」の〈モダリティ〉で、すべて〈述べ立て文〉になる。 ☑ A ≠ 事実 1. Xは + A-い/~た/~ている/状態動詞-る/状態名詞な/名詞の + つもり他者Xの自己評価Aを、事実に反するとして話し手は認めない。 おまえはいったい佝様のつもりなんだい。くだらない大学に通うくだらない学生のくせして、生意気、言うもんじゃないよ。 おじいちゃんたら、元気なつもりで、お散歩に出かけたのはいいんですけど、途中で転んだらしくて、今、病院から電話がありました。 自分じゃ可愛いつもりなんだろうが、気持ち悪いね、あのしゃべり方。 お金、払ったつもりだったんだって。寝ぼけてるんじゃないの、あの人。 結婚できる見込みがあるつもりで話してるんじゃないのか、あのバカ。相手は3人の子持ちの、頑張るキャリアウーマンなのに。 人は何にも知らないつもりでいるんだろう、あの転知らず。新聞や雑誌の受け売りだってこと、見え見えじゃないか。 すごいものをご馳走してるつもりなんじゃないの、うちの社長。このごろ、若い女の子がランチに食べてるよね、こんな料理。 2. XはA-い/~た/~ている/状態動詞-る/状態名詞な/名詞の+つもり(で)はない 他者Xの自己評価「非A」を、事実として話し手は認めている。 すごいものをご馳走しているつもりはないの、うちの社長。ケチなだけなんだよ。 みんなは「彼女はレセプションの司会をしたつもりなんだ」と言ってますが、彼女は「司会をした/そんな」つもりじゃなかったのです。社長から司会を頼まれたと言っただけですから。 彼女は毎日ジョギングしていても、健康だったつもりなんかなかったんだ。病気なのを私たちが知らなかったんだよ。 3. Xは + A動詞た/名詞の + つもりで + B Xは、事実に反するAを仮定して、Bをする。 <880> ▶本文 6.1. 「変化の表現/A→B/~たことにする」を参照 高級レストランに行った+つもりで/ことにして、貯金しようよ。 こうして、死んだつもりで頑張ってるんだから、ぎっとうまくいくよ。 (注)死んだつもりで=必ず「成功/実現」させるつもりで。 試験も明日で最後。終わったつもりで遊びに行こうか。お金はあるよ。 お母さん + の/になった + つもりで、病気の妹の世話をしたそうです。 カラオケが好きなのは、歌手 + の/になった + つもりで歌えるからだ。 楽しい同窓会でした。昔 + の/にかえった + つもりで騒ぎましたから。 ☑ A = 事実? 4. 話し手は + A - い/~た/~ている/状態名詞な/名詞の + つもり 話し手の「自信/信念/思いこみ」Aが、現実の結果や他者評価と異なる。 現役のつもりですが、やはり若い人には敵いませんね。 まだまだ若いつもりだったが、無理をすると、腰が痛くなっちゃって。 字が上手なつもりで手紙を書いてますけど、丸文字だなんて言われて。 真面目に話したつもりなのに、みんなゲラゲラ笑うんだよね。 これでも親孝行しているつもりなんだけど、まだ足りないってわけ? 5. 話し手は + A - い/~た/~ている/状態名詞な/名詞の + つもり (で) はない話し手の態度や話し方を他者が誤解する。 そんな言い方はないだろう? 何も自分が偉いつもり (で) はないんだから。 どうしたの? 泣かすようなこと言ったつもり (で) はないんだけど。 冗談をいっているつもり (で) はないんだけど、よくそう思われるんだよ。 ただのおじさんだよ。エリート/有名人+のつもりなんかないよ。 「4」は、他者の誤解に対する「言い訳/弁解」であり、同様に「3」も、現実の結果や他者評価に対する「自己弁護」になっている。 A:成績、上がってきたね。 B:ええ、志望の大学を目指して、頑張ってる+つもり/だけ+です。 ありがとうございます。みなさんのご声援にお応えできるように、毎日、練習に励んでいる+つもり/だけ+です。 S:また、ヒット商品が出ましたね。とってもいい評判ですよ。 T:とんでもありません。ユーザーのみなさんの利便性を考え、日夜、新製品の開発に努力している + つもり/だけ + です。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/あきらめの『~しかない/~だけだ』を参照 ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/『だけ』の使い方」を参照 「4」には、上のようなバリエーションがあるが、これも考えようによっては、聞き手にほめられたことや、他者の「称讃/お世辞/過大評価」に対する「自己弁護」を行なっていることになる。 この言い方は、正しくは「自己弁護」ではなく、一種の「謙虚さの表明」か「自己宣伝」を表しており、パラフレーズすれば、次のようになる。 謙虚さ:頑張っているといっても、自分の思いこみで、評価されるようなことではありませんが、できるだけのことはしています。 <881> 自己宣伝:みなさんはご存じないか、頑張っていないと思っているかもしれませんが、これでも目標達成のために、信念を燃やし、ベストを尽くして頑張っているんです。 もし言葉でほめてはいても、聞き手が話し手に対して好意的でない場合、上のような答え方は、傲慢で生意気な発言と誤解されかねないので、ただ相手の「ほめ言葉」を打ち消すだけにするか、謙虚さの出る「~だけです」を使う方が、はるかに無難である。 A:成績、上がりませんね。 B:ええ、でも、志望の大学を目指して、頑張ってるつもりですけど。 J:記録が伸びませんね。 K:ええ、ちょっと。みなさんのご声援にお応えできるように、毎日、練習に励んでいるつもりなんですけど。 S:このごろ、ヒット商品が出ませんね。 T:はあ、ユーザーのみなさんの利便性を考え、日夜、新製品の開発に努力しているつもりですが 上のように、文末が逆接確定条件の「~が/~けど」になると、他者の非難に対する言い訳にかわるので、わずかな差が、大きな違いを生むことになる。 使い分けワンポイント ②③「~(よ)うと思う」の否定 「Xは+意志動詞A+(よ)う+と思う」の否定にも、次のように3種類あるが、ひとつは古語的表現なので、書き言葉や、改まった場面での話し言葉以外では、ほとんど使われていない。 なお人称制限のため、Xが、話し手か聞き手の場合は「A(よ)うと+思う/思っている」の否定になり、第三者で「A(よ)うと思っている」の否定になる。 ▶本節「使い分け①/話し手の意志と第三者の意志」を参照 1. 古語的表現:A - る + まい + と思う (注) Aは「食べる」などでは「ます形: 食べまい」に、「くる」では「ない形: こまい」にすることがある。 ▶巻末「古語/助動詞/意志・推量『む』/否定の意志・推量の『まい』を参照 ▶巻末「動詞/サ変動詞『す』を参照 宮仕えなど、二度とするまいと + 思う/思っている/考えている。 彼は、参加/協力/参拝 + などすまいと + 思っている/考えている。 あんな奴とは、口もきくまいと何度も思うが、顔を見ると、つい挨拶してしまうし、話しかけられると、つい笑顔を見せてしまう。 母に心配はかけ(る)まいとは思うのですが、心配性で取り越し苦労の多い母は、何も言わないと、なおさら心配するんです。 「もう来(る)まい、もう来(る)まい」と思いながら待ち続けて、日が暮れてしまった。 A + ないで/ずに + い 2.A+ないで/ずに+いよう/おこう+と思う ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務」の次を参照「『~なくて/~ないで』のまとめ」「~ないで・~ずに + おく」 宮仕えなど、二度としないで+いよう/おこう+と思っている。 あんな奴とは、口もきかずに+いよう/おこう+と何度も思うが、顔を見ると挨拶して <882> 10.5.モダリティの表現/意志と希望 しまうし、話しかけられると笑顔を見せてしまう。 明日、試験だから、今夜、寝ない+でいようと思うの/つもりなの。 3. A (よ) う + と + (は/も) + 思わない A:定年退職後も、どこかの会社でお勤めなのですか。 B:いえ、会社勤めなど、二度としようとは思いませんね。 彼、参加/協力/参拝 + などしようとは思ってい + ない/ません + よ。 母に心配をかけようと + は/も + 思わないのですが、何も言わないと、なおさら心配するものですから。 たとえ肺癌で死ぬようなことがあっても、絶対タバコを + やめようとは思わないんだ/やめるつもりはない。 ▶「~は/~も」の違いについては、本文8.3.「極限/類推/『~も』の使い方」を参照 現代語の「~(よ)う」は、古語の「~む」に相当し、この「~む」の否定にあたる「~まじ」の変化が「~まい」になるが、現代語と古語の差が邪魔をして、書き言葉専用の古語的表現でなければ、現代語「A(よ)うと思う」の否定を「Aまいと思う」にはできない。したがって、話し言葉では、代用として「2」が使われるが、厳密には古語表現にぴったり一致する言い方ではない。 「I」と「2」が、だいたい「Aない+つもりだ」に相当し、Xの予定や習慣であったAを中止する決意や決定を伝える場合に使われる。最後の「3」が「A-る+つもり(で)はない」に近いということになるが、どこか弱々しく、否定の意志なら、やはり「A-る+つもりはない」のほうが、断然「断固たる態度」を示している。 使い分けワンポイント ②④「~(よ)う」の使い方──話し手の意志 「~(よ)う」には多様な使い方があるが、大きくわけて4つあり、上に述べた「~つもり」と同じような、動的な「意志」を表す場合と、静的な「状態/状況」についての判断を表す場合のほかに、同一条件と時の表現がある。 〈話し手の意志〉 1. 決心や決意/ためらいや迷い 意志動詞 + (よ) う/(よ) うか 疲れたから寝よう/来週スキーに行こう/明日から試験、頑張ろう。卒業したら就職しよう/医学部に入って医者になろう。 宿題、すんだから、テレビを見よ(う)っと。 おなかがすいたな、何か食べよ(う)っと。 ビールにしようかな、酎ハイにしようかな。どうしようかな。 友だちに、相談しようかしら。やめておこうかしら。 誰も来ないし、帰っちゃおうかな。つまんないもんね。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/~ことにする」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~かな・~かしら」を参照 「~(よ)う」は「意志動詞 + (よ)うと + 思う/思っている」に比べて、予定や計画のもつ不確実性「予定は未定」を排除した、シャープな「決心/決意」を表す反面、他者である〈聞き手〉に問いかけることのできない〈独り言〉専用になる。 <883> 対話では「~(よ)うと思う」や「-る+ことにする」なども使われるが、一番よく使われるのは、意志動詞をそのまま使った「疲れたから寝る/ビールにしますか」である。なお「~よ(う)っと」は〈聞き手志向型〉の〈独り言〉専用で、主に若い人に使われる。 2. 申し出/問いかけ 意志動詞 + (よ) う/(よ) うか 雨ですね、傘、お貸ししましょう (か)。 お荷物。お持ちしましょう (か)。お疲れでしょう? それ、僕がしよう。 すみません、わかりませんね。課長に聞いてきましょうか。 ▶本文9.「授受動詞と敬語/~てあげる」を参照 申し出に「貸して/持って/して/聞いてきて + あげましょう」を使う人いるが、聞き手が頭を下げて頼んでもいない限り、聞き手の拒絶に見舞われるかもしれない。これは「〜てあげる」が「義理の押しつけ」をするからである。 3. 勧誘/問いかけ ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ないか・~ではないか」を参照 勧誘の問いかけで、最も丁寧なのは、聞き手に自分の意志を押しつけようとする「~(よ)う」を消して、否定疑問にしただけの「~ないか」である。 4. 命令や要求 危険ですから、ここでは安全帽をかぶっていただきましょう(か)。お手数ですが、署まで、ご同行いただきましょう。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ていただく」を参照 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/~てもらう」を参照 上のような言い方は、話し手の地位が高く、聞き手にその命令や要求を受け入れる義務のある場合にしか使えない、非常に傲慢で、押しつけがましい言い方なので、たとえ「~(よ)うか」を使っても、話し手は、ただ聞き手に意向を尋ねるふりをしているだけで、聞き手が「ノー」と答えるとは思ってもいない。 5. 勧誘的呼びかけ <884> 意志動詞 + (よ) う/(よ) うではないか 車を殺人凶器に変える飲酒運転はやめよう。 草花を大切にしましょう。芝生には、入らないようにしましょう。 ゴミやタバコのポイ捨ては、しないようにしましょう。 品質管理を重視し、不具合品を出さないようにしよう(じゃないか)。 さあ、みなさんの健康を祝して、乾杯しようではありませんか。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ではないか」を参照 上の「2」から「5」のように聞き手に対して働きかける場合、聞き手の意向を尋ねる「~(よ)うか/~(よ)うではないか」のように「~か」を加えるバリエーションのほうが、丁寧な響きになる。 「5」は、複数の聞き手に対する「勧誘」で、個人的勧誘「3」を応用したものである。オフィシャルかフォーマルな場での「呼びかけ」や、標語やスローガンになる。問いかけに「~(よ)うか」がないのは、複数の聞き手、ひとりひとりに意向を尋ねるわけにはいかないからである。 つまり「~(よ)う/~(よ)うではないか」は、聞き手の意向を無視して、話し手の考えを押しつけていることになり、これは「3」の場合でも同じになる。 使い分けワンポイント ②⑤ 「~(よ)う」の使い方──状況判断 以下は、話し手の状況判断を表す「~(よ)う」の使い方である。 1. 状況判断「~(の)だろう(か)」の古語的表現 無意志動詞(よ)う/形容詞-かろう:確信的判断 無意志動詞(よ)う/形容詞-かろう+か:不確かな判断/疑い/反語 このままでは、台風は本州に上陸することになろうと思われる。 →このままでは、台風は本州に上陸することになろうか。どうであろう。 おおよその結果は、次のようにまとめることができよう (かと思う)。 果たして試験に合格し、弁護士になれようかと思って、不安でならない。誰しも孤独を感じることはあろうが、それを超えてこそ人間である。 こちらがこの寒さなら、古里は凍てつくほどに寒かろう (よ/ね/か)。 外国での生活はつらかろうに、よく頑張っていて、感心してしまうよ。 私は、両親の子どもにしては、可愛かろう、賢かろうとは思うが。 こんなことが、この世の中にあって、よかろうか (と思われる)。 誰に人の心がわかろう (か)。わかろうはずもなかろうと言えよう。 あんなことをして、いったい何が面白かろうか (と思う)。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/その他の『~だろう』の使い方」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/『~のに』の使い方/~に」を参照 この場合「動詞 + (よ) う (か)」は、第三者、無意志動詞に限られる。もし話し手や聞き手に使われることがあれば、〈独り言〉でもうひとりの「私」と対話しているか、自分自身や聞き手を、第三者扱いしていることになる。形容詞の人称制限も同じである。「使い分け $ ^{26} $」の「~(の) であろう (か)」のバリエーションなら、書き言葉だけに限 <885> られるが、今日でも使う人はいようかと思われるが、この「無意志動詞(よ)う/形容詞-かろう+(か)」は、かなり以前の硬い論文などでなければ、お目にかかることもなかろうかと思われる。 ただ「~と言えよう/~できよう」などは、現在でも論文に使う人がいるかもしれないし、文末の「~(よ)う(か)」に「~と+思う/思われる/考えられる」などを加える人もいようかと考えられる。 状況判断の「~(よ)うか」は、すべてイントネーションが下降し、問いかけには使うことができない。話し手に「Aかどうかわからないが、もしかすればAかもしれない」という確信のない「概言的判断」や、Aに対する「疑い」を表し、最後の3例では、ほとんど確信的な「反語」になっている。 「無意志動詞(よ)う/形容詞-かろう+(か)」は、現代語の状況判断を表す「~(の)だろう(か)」に相当するといっても、古語的表現なので、話し言葉になる「~だろう」の使い方「感嘆/列挙」や、確認を表す「~(の)だろう?」には使えなくなる。 ただ、古語的表現や書き言葉は、年配の人が話し言葉で使う可能性があり、その場合は〈独り言〉で使われるほかに、文末に「~よ/~ね/~な」などをつけて、聞き手に向けることができるし、逆接確定条件「~のに」が「~だろう/~まい」に接続する形態「~に」をつけることができる。 しかし、聞き手に向けるからといって、形容詞のほうは敬体にできないし、動詞を敬体「×上陸することになりましょう」にする言い方は、古くは〈超敬体〉として使われていたが、現代では使う人はいないかと思われる。 次の「(の)であろう(か)」の敬体「上陸する(の)でありましょう(か)」は、〈超敬体〉として今も使う人はいるかもしれない。 使い分けワンポイント 26 ~(の)であろう(か) 2. 状況判断「~(の)だろう(か)」の書き言葉 -る/ーい/~た + (の)であろう(か):確信的判断 (状態)名詞(なの) + であろう(か):不確かな判断/疑い/反語 このままでは、台風は本州に上陸する (の) であろう + と思う/よ/か。おおよその結果は、次のようにまとめることができる (×の) であろう。こちらがこの寒さであれば、舌里は凍てつくほどに寒い (の) であろう。こんな時間であれば、子どもたちはもう休んだ (の) であろう + か/ね。兄からの手紙の様子では、父はいつになく元気 (なの) であろうと思う。誰しも孤独を感じているが、それを超えてこそ人間 (なの) であろうに。こんな寒さに、母は元気 (なの) であろうか。電話をしてみるべきか。こんなことが、この世の中にあって、いい (の) であろうか (と思う)。誰に人の心がわかる (の) であろう。わかるはずもない (×の) であろう。あんなことをして、いったい何が面白い + ので/×で + あろうか。 「動詞-る+(の)であろう(か)」は、もし第三者であれば、意志動詞にも使うことができる。ただ、話し手や聞き手に使われることがあれば、〈独り言〉で、もうひとりの「私」と対話しているか、自分自身や聞き手を第三者扱いしていることになる。形容 <886> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 詞や (状態) 名詞の人称制限も同じである。 (状態)名詞の場合は「(状態) 名詞 + である/だ + (よ) う = (状態) 名詞 + であろう/だろう」なので、もともと「使い分け $ ^{25} $」の「1」に属するものである。しかし〈未完文〉の場合は「(状態) 名詞 + な + の + であろう/だろう」となって、ほかの「-る/-い/~た + (の) + であろう/だろう」と同じ形であるし、さらに「1」には「~であろう (か) /~だろう (か)」と「~のであろう (か) /~のだろう (か)」の区別がないという点からも、(状態) 名詞をここにまとめている。 意志動詞や「た形」も受けることのできる「~(の)であろう(か)」は、同じ〈非敬体〉「~(の)だろう(か)」の硬い書き言葉なので、次のような「~であろう(か)」と「~のであろう(か)」の違いなども一緒に、本文10.6.「モダリティの表現/状況判断/~だろう・~だろうか・~のだろう・~のだろうか」を参照のこと。 彼はひとりで出かけていく + のであろう/×であろう/のだろう/×だろう。家人には声もかけず、玄関を出た。 飲みに誘っても、返事をしないのなら、今日は残業する + のであろう/のだろう/×であろう/×だろう。 毎日、図書館なのか。本が好き + なのであろう/×であろう。 「~(の)であろう(か)」には、上のような違いがでるが、同じ「~(の)だろう(か)」に相当する「使い分け $ ^{25} $」の「無意志動詞(よ)う/形容詞-かろう+(か)」の場合は、自分自身に「~の」が含まれていて、形態からは識別できない。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~ようだ/~そうだ/~らしい』の場合」を参照また、(状態)名詞の「~なの」の省略については、次に詳しい。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/名詞+ではない」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~なの+だろう+か』と名詞」を参照。 使い分けワンポイント ②~(よ)うとは思わなかった 3.事態の結果に対する「予想外だ」という判断 動詞A + (よ)うとは + (夢にも)思わなかった/想像しなかった あんな小さな子が、ひとり歩いて田舎のお母さんに会いに + 行こう/行くだろう/行く/ 彼/私/あなた + が合格しようとは、誰も予想だにしなかったことだ。 →彼/私/あなた + が合格する + なんて/とは、思いもしなかった。 一枚しか買わなかった宝くじが、一等に + 当たろうとは/当たるなんて/当たるとは/ ×当たったとは、思いもしなかった。 →一等に + 当たった/×当たろう + とは、びっくりしてしまった。 こんな事件が起ころうとは、誰に想像しえたろうか。 →こんな事件が起こる + なんて/とは、誰にも想像できなかった。 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~なんて・~とは + 感情」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/AともあろうA'」を参照 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞と基準時現在」を参照 「A - る/ - い/~た/(状態)名詞だ + なんて/とは」に比べると、使える範囲も狭いし、やはり古語的な言い方になっている。 「先生ともあろう者が、こんなことをしでかそうとは、思っても見なかったことだ」 <887> ~つもりだ・~(よ)うと思う などの言い方は、2つの状況判断の「~(よ)う」が使われて、予想外の驚きを伝えている。 なお、最初の例のように、第三者に限られるが、動詞には意志動詞も使われる。ただ意志動詞といっても、この「田舎へ行こう」は、第三者の意志ではなく、話し手の状況判断「小さな子が田舎へ行くだろう」を表している。 つまり「田舎へ行くまえには、行くのを予想しなかった」を表し、〈基準時過去〉「予想しなかった」以前では、〈未実現〉「田舎へ行く」であるが、〈話し手現在基準時〉からすれば〈基準時現在既実現〉の事態「田舎へ行った」になっていて、第三者「小さな子」の意志を表していない。 使い分けワンポイント 28 ~(よ)うと + する・している・した・していた Xが基本的に第三者となる「Xは+A+(よ)うと+する/している/した/していた」は、Aが意志動詞の場合、Xが基準時における未来に向けて、Aを試みる姿を描写するもので、話し手の判断を示す「Xは+意志動詞A+(よ)うと+思う/思っている/思った/思っていた」に比べると、〈現象描写文〉に近い位置にはあるが、話し手が「XがAを試みるつもりだ」という判断をしていることにはかわりがない。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後」の次を参照「~(よ)うと+する・している+ところ+だ(った)」「~(よ)うと+した・していた+ところ+だ(った)」 また「Xは + 意志動詞A(よ)うと思う」のバリエーションが、Xの基準時以降の「予定/計画」といった意志を表すのに対して、この「Xは + A(よ)うとする」のバリエーションは〈基準時直後〉、つまり、A「動作/変化」の「開始/アクション/試み/試行」の「直前」を表している。 →あなたは、大学院に進むため、留学しようと+しています/しました/していました/ しているんです/したんです/していたんです+か。 私は、大学院に進むため、留学しようと+しています/しました/していました/しているんです/したんです/していたんです。 彼/私 + は線路に落ちてしまった人を助けようとしたんだ。 みんなに追いつこうと、彼/私 + は必死で + 走ってた/走った + んだ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のだ」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~のだ』の挿入」を参照 「Xは+意志動詞A(よ)うとする」は、たとえてみれば、被写体である第三者Xが、 <888> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 Aという「試み」をする直前の「ポーズ/気持ち」を、話し手がカメラにおさめたかのように描写するもので、シャッターを切った瞬間〈基準時〉、Aはまだ実現していない〈未実現〉のXの試み、つまり〈基準時直後〉の動作を表している。 しかし、実際の対話場面で〈基準時直後〉の動作「彼女は今すぐ出かけようとする」などに使うと不自然になる。これは、対話をしている時間、つまり〈話し手現在基準時〉において、第三者Xが「A(よ)うとする」気持ちなど読めるわけがないからである。言い換えれば、XがAをする直前の瞬間をとらえることのできるシャッターチャンスは存在しないということになる。 日が昇り、男の顔を照らそうとする。男は目を覚まし、起き上がろうとする。そのとき、鋭く刺すような胸の痛みを感じた。まぶしい。男は太陽が怖かった。 何とかして歩こうとする赤ちゃんの姿が、微笑ましかった。 ▶ 巻末「形容詞/一人称形容詞と『神の手』を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 したがって、可能なのは、上のような「筆者=神」となる書き言葉か、〈基準時以前既実現〉となり、話し手が回想して、Xが「A(よ)うとした」ことが理解できる場合である。 あの人、どこへ行こうと+するのです/※します/しています/しているのです+か。 あの道、行き止まりなんでしょう? どうして、わざわざ、そんなところへ行こうとするんだ。やめておけ。 あいつ、まだ5時にもなっていないのに、そわそわ机の上を片付けたりして、帰ろうとでもしてるんだろうか。 また、すでに第三者Xの動きAが、目に見える形でカメラにとらえることができ、話し手がAを「メモリバンク」に照合した結果、Aが「メモリバンク」に存在しないために、疑いの目「誰が/いつ/どこへ/どうして + A (よ) うとするのか」を向ける場合である。これに対して「A (よ) うとしている」は、Aを始める直前の状態や状況を表しているので、話し手は第三者Xから、Aをする気持ちを聞くことができるし、基準時を過去にスライドさせた「A (よ) うと + した/していた」は、回想になるので、Xの気持ちは確かめることができる。 「歩こうとする赤ちゃん」など、名詞を修飾「A(よ)うとする+名詞」する場合は、基準時の「歩こうとしている赤ちゃん」か、回想シーン「歩こうとしていた赤ちゃん」と理解することもできる。 つまり「A(よ)うと + している/した/していた」や、これらを「メモリバンク」に照合した「A(よ)うと + している/した/していた + のだ」は、話し手自身や聞き手を、第三者としてとらえることが可能になるので、人称制限が消えてしまう。 使い分けワンポイント ②9回想の「~(よ)うと+した/していた」 いいえ、私は、逃げようとしたんですが、拉致されたのです。 いいえ、私は、逃げようとしましたが、拉致されました。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後」の次を参照「~(よ)うと+した・していた+ところ+だ(った)」 <889> 同じ回想シーンでも、上のほうは、過去にフラッシュバックした話し手が、リアルタイムで当時の状況を描いているのに対して、下のほうは、用意していた答えを読み上げている感じがする。 前者は、アルバムや日記をめくるように「メモリバンク」のデータを照合しながら話しているので、いわば「過去から現在」に向かって話しかけているかのようになるが、後者は「どうして逃げませんでしたか」と聞かれた答えになり、いわば「現在から過去」に向かって話しているかのようになる。 実際の会話では「どうして逃げなかったのですか」という問いかけになり、上のほうで答えるが、答えの用意されている試験問題では「どうして逃げませんでしたか」という問い方をして、下のほうで答えることになっている。 どちらも、話し手が自分自身を、あたかも第三者として話していることになるが、下のほうは、まるで裁判や警察での尋問や取調べに答えている響きがあり、不自然さを感じる人がいるかもしれない。 みんなに追いつこうと、必死で走ったので、駅前で、追いつきました。 報告書を作成しようと + した/していた + が、頭痛がして/子どもの泣き声がうるさく て、書けなくなってしまった。 当時、留学しようと + して/していて、毎日アルバイトをしながら、お金を貯めていました。 また、基準時を過去にスライドさせた回想の「A(よ)うと + した/していた + B」は、通常〈話し手基準時現在〉において、試みが成功したか失敗したかという結果が出ているが、上のように、AとBが逆接関係にあれば失敗、順接関係であれば成功である。しかし、最後の例のように、この部分だけでは不明になる場合もある。 山から下りようとしたとき、稲妻が走って、雷が鳴り、今にも雨が+降りだそうとしていた/降りだしそうだった+んですよ。 →わあ、見て、あそこ。稲妻が走って、雷が鳴って、今にも雨が+降りだしそうです/降りだそうとしています/※降りだそうとします+よ。 ライオンに + 食われようとして/食われそうになって、目が覚めたが、恐怖のあまり、身が強張っていた。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~そうだ』の使い方」を参照 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想」の次を参照 『~ところ + だ/だった』と『~そう + になった/だった』 「Xは + A + (よ)うと + している/した/していた」は、Aが無意志動詞の場合、上のように、事態実現「XがAになる」への予想や予感を表すことがあり、状況判断「動詞ます形 + そうだ」と似ているところがある。 ただ「動詞ます形 + そうだ」よりも書き言葉に多用され、また〈現象描写文〉に近い位置にある。もし話し手の予想や予感を表さなければ、のちほど述べる「使い分け③」の「その他の『~(よ)う』の使い方/時間的表現」になる。 使い分けワンポイント 30~(よ)うとしない 「Xは + A + (よ)うとする」の否定は2つあり、ひとつは「A + (よ)うとしない」で、パラフレーズすれば「Aを試してみることさえしない」という「試みの拒否」であ <890> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 り、もうひとつは「6」の「Aを試してみてもできない」という「試みの失敗」である。 5、第三者Xの「試み/他者の勧め」の拒否に対する判断 Xは+意志動詞A+(よ)うと+(は/も)+しない どんなに頼んでみても、耳を傾けようと + は/も + しなかった。 いくら言っても、勉強しようと + (は/も) + しないので、困ってるんです。 うちの娘は、親のことを心配して、結婚しようと (も) しないんですよ。 勧められても、飲みたくないといって、飲もうとしないんですか。 私、あの人から声をかけられても、返事をしようとはしなかったんです。 「Xは + A + (よ)うと + (は/も) + しない」は、文末に「~のだ」のバリエーションがあれば、最後2例のように、話し手や聞き手を、第三者Xに見なした言い方が可能であるが、いずれの場合でも、第三者Xが他者からの勧めを拒絶してAをしない事態を、話し手が「傍観者/第三者/作家/神」の立場から描いている。 私が勧めても、(あなたは)飲まないのですか/×飲もうとしないのですか。 つまり、聞き手の勧めを話し手が拒否したり、話し手の勧めを聞き手が拒否したりする場合には使うことができない。 彼は、卒業しても、就職 + しようとはしなかった/しようとは思わなかった/しないつもりだった/するつもりはなかった + ようだ/らしい/のだ。 食事の用意がしてあるのに、忙しくて、食べようともしなかった/食べようとも思わなかった/食べないつもりだった/食べるつもりはなかった。 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞と基準時現在」を参照 先ほど述べた「使い分け②」の「『~(よ)うと思う』の否定」にある「Xは + A + (よ)うと + (は/も) + 思わない」の例は、話し手の意志であるが、文末をかえれば第三者の意志になり、第三者XにAをする「予定/意図」のないことを表している。これは人称制限のない「Aない + つもりだ/Aーる + つもりはない」の場合も同様である。 違いは「A + (よ)うとしない」の場合、最初の例をあげると、Aが〈基準時現在非実現/すでに卒業したが就職しなかった〉を表しているが、そのほか「~と思わない/~つもりはない」の場合、A〈基準時過去未実現/まだ卒業していないが就職する気はなかった〉を表していることである。 つまり、前者には「神の手」が隠れていて、すでに非実現は決定しているが、後者ではその後の事態、Aが非実現「就職しなかった」か、既実現「就職した」かは、話し手の〈基準時現在〉という時点では不明である。 彼は卒業しても、就職+しようとしない/しないつもりだ/するつもりはない。→就職+しようとしないんです/×しようとしません/するつもりはありません。 上のように基準時を現在にすると、前者「A+しようとしない」のAは〈基準時現在以前既実現/すでに卒業したが就職する気がない〉を表し、後者は〈基準時現在未実現/まだ卒業していないが就職する気はない〉を表して、前者に「神の手」が働かなくなり、どちらの場合も、将来、就職するかどうかは不明になる。 <891> ただ、前者の書き言葉を、下のほうのように、そのまま話し言葉にかえると、不自然になり、人称制限が作動して「一人称形容詞」の扱いができない。ということは、やはり書き言葉には「神の手」が働いていることになる。 彼は卒業しても、就職しようとは + 思わないようだ/思っていない/△思わない。→彼は卒業しても、就職しようとは + 思ってない/思わないん/×思わない。です。 「~(ない)つもり+だ/(で)は+ない」の場合、話し言葉でも書き言葉でも、形態の揺れを見せないが、上のように「~(よ)うと+思う/思わない」は揺れる。 いくら言われても、タバコは + やめようとしなかった/やめるつもりはなかった/やめようとは思わなかった/やめないつもりだった。 「A + (よ) うとしない」は、他者からAを勧められても、その勧めを拒否して「Aをしない」という「抵抗/反抗」を表すことがある。 ~ないつもりだく~(よ)うと思わないくーるつもりはないく~(よ)うとしない 他者の命令や勧めに対する「拒否や抵抗」は、上のように右ほど強くなっていく。 使い分けワンポイント ③~(よ)う + にも・としても + できない 6. Xの試みが成功しないという判断 Xは + 意志動詞 A + (よ) う + にも/と (意志動詞 B) して (も) /とすればするほど + できない お箸がなければ、食べようにも食べようがありませんけど。 →箸がなければ、食べようにも食べようがない + そうです/んだって。 彼は、子どもの声がうるさくて、仕事をしようにもしようがなかった。 ▶本文8.1.「極限/状態/~てしようがない」を参照 し残した仕事のことが気になって、楽しく遊ぼうにも遊べなかった。 二日酔いのせいか、起きよう + にも/としても + 起きられなかった。 どこで会ったか思い出そうと (して)、手帳を繰ったが、思い出せない。 気ばかりが急いて、足が動かず、走ろうとして、転んでしまった。 →走ろうとすればするほど、足が動かなくなって、とうとう転んでしまった。 話そうとすればするほど、単語が出てこなくなって、話せなくなる。 前へ進もうとすればするほど、後ろにさがっていく夢を見たんだって。 ▶本文63「変化の表現/比例変化/〜ぼ〜ほと ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~ほど」を参照 「使い分け③」の「試みの拒否」と同様に「試みの失敗」も、Aは〈基準時未実現〉ではなく、不可能な結果を表す〈基準時以前既実現〉か、不可能な状態を表す〈基準時同時間帯〉である。また、Xの人称制限も「試みの拒否」と同じである。 喫煙室が設けられていなくて、吸おう + にも/×としても、吸えない。 風邪を引いていて、食べよう/タバコを吸おう + としても/×にも、食べられない/吸う ことができない。 「Xは+A(よ)う+にも/としても+できない」の違いは、前者「A(よ)うにも+できない」が、Aをする「環境がない」とう外的条件の欠如や外的要因による「不 <892> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 可能/不許可」を表し、後者が、内的条件の欠如や内的要因、つまりX自身のせいで、試みが失敗することを表している点である。 「Xは+A(よ)う+とすればするほど+できない」は後者の場合で、Xの「気の焦り」が原因となっている。気がせくために、Aの試みが逆効果を生むばかりか、試みの回数に逆比例して、結果が悪化していくことを表している。 動詞「ます形」に接続する「食べ/し/来/遊び/言い + よう + がない」などの「~よう」は、話し言葉専用の「方法/仕方」を意味し、否定の文脈で使われるので、上のような「A(よ)うにも + Aようがない」は、音の響きが面白くてよく使われる。 使い分けワンポイント ③② その他の「~(よ)う」の使い方 「意志」と「状況判断」以外の「~(よ)う」の使い方は、次の2つである。 〈同一条件〉 A + (よ) う + が / と / とも 誰と遊ぼう + が/と、私の勝手じゃない。 誰に反対されようとも、結婚すると決めたからには、彼と結婚します。 行こう + が/と、休もう + が/と、どうぞお好きなようにすれば? 食べよう + が/と、食べるまい + が/と、これしかないんだからね。 多かろうが、少なかろうが、どっちでもいいから、持ってらっしゃい。 好きであろうと、嫌いであろうと、親としての責任はどうするんです。 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/(よ)う + が/と/とも」を参照 〈時の表現〉 動詞A+(よ)うと+する/した/している/していた 駅に着こうとして、忘れ物に気づいた。 出かけようと + した/している/していた + とき、雨が降り出した。 すみません。今ちょうど、お風呂に入ろうとしてるんです。あとでこちらからお電話しますから。ご自宅ですね? ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後」の次を参照「~(よ)うと+する/している/した/していた+ところだ」 上の「Xは + A + (よ) うと + する/している/した/していた」は、話し手の予想や予感を表しているわけではなく、Aの〈基準時未実現〉を表し、動作や変化を示すAの起こる直前の事態、つまり文末の〈基準時〉において、Aがまだ起こっていないAの〈基準時直後〉の事態を表して、基準時とAとのタイムラグを示しているにすぎない。 使い分けワンポイント ③③「~まい」の使い方──話し手の意志 書き言葉「A - る + まい」は、本節最初の「~(よ)うと思う」や、先ほど「使い分け②③~③」で述べた「A + (よ)う」の古語的な否定であるが、次のように「A + (よ)う」の使い方の一部が対応するだけで、予想外の判断や時の表現などには使われない。また、古語的な表現なので、もし使う人がいれば、かなりの年配者ではないかと思われる。ただ、慣用表現である「話し手の状況判断3」の「名詞Aで + は/も + ある <893> まいし」は、若い人でも使うことがある。 〈話し手の意志〉 否定的「決心や決意」を表す古語的表現 およそ現代語の「Aない + つもりだ/ことにする」に相当する。 A-る + まい + (と + 思う/決心する/決意する) 酔えば記憶がなくなり、家人に迷惑をかけているらしいから、次の日、もう二度と酒は飲むまいと心に誓うが、夕方になると忘れてしまう。 「もう吸うまい、もう吸うまい」と、一日に何度、思うことか。 あの男は、サラ金には手を出すまいと言いながら、借金を返すための借金を重ねて、火の車になっているらしい。 こんなこと、妻には何も言うまいと心に決めているんだ。 これからはもう、あなたには何も頼みますまいよ。 「A + まい」が話し手の意志を表し、文末に使われる場合は、〈非聞き手志向〉の〈独り言〉になってしまうので、聞き手に伝える場合は、最後の例のように、およそ「~ない+つもりです/ことにしましょう」を意味する「~ます+まい」を使うか、あとに「~と+思う/言う/決心する」といった言葉が必要になる。 したがって「A + (よ)う」とは異なり、話し手の否定の意志を表す「A + まい」には、話し手の意志を示して、聞き手に働きかける「申し出/勧誘/禁止/呼びかけ」といった使い方はない。ただ聞き手の判断を問いかける「~てくれまいか」の依頼しかない。 使い分けワンポイント ③④「~まい」の使い方──状況判断 〈話し手の状況判断〉 1. 状況判断「~ない(の)だろう」の古語的表現 Xは + A -る + まい: 確信的判断 A形容詞 - く / (状態) 名詞で + は / も + あるまい ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~ことはない」を参照 天気予報は雨だったが、このぶんだと、今日はもう降るまいね。 いくら頼んだところで、あいつが金など貸すまいよ。頼むだけむだだ。 あんな人に、相談なんかするのか。人の心の痛みなど、わかるまいに。 何だ、もうズボンド、はいてるのか。まだそこまで寒くはあるまいに。 あの時代のことを知っているんなら、もう若く + は/も + あるまい。 僕/おまえ + が、つらくはあるまい。つらいのは、あちらであろうよ。 何をあんなに澄ましてんだろうね。きれいでも“上品でもあるまいに。 医者でも弁護士でも、議員でもありますまい。学校の先生でさえない男に、どうして「先生、先生、よねっしゅうんですか 飲みに行くん + なら/だから、早く帰ってくるつもりなんかあるまい。いくら大学の先生でも、何でも知ってるわけで + は/も + あるまいよ。子どもがしたことに、そんなに怒るもので + は/も + あるまい。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~だろう」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/~は/ためらいのバリエーション」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/『~も』の使い方」を参照 <894> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/『~のに』の使い方/~に」を参照 状況判断の「Xは + A + まい」は、先ほど「使い分け $ ^{②⑤} $」に示した状況判断の「~(よ)う」とは異なり、Xが第三者であれば、意志動詞や〈敬体/~ますまい〉を受けることができる。 古語的表現は、年配の人が話し言葉で使う可能性があり、状況判断の「~(よ)う/~であろう」の場合と同様、〈独り言〉で使われるほかに、文末に「~よ/~ね/~な」などをつけて、聞き手に向けることができるし、逆接確定条件「~のに」が「~だろう/~まい」に接続する形態「~に」をつけることができる。 もし、この場合は「XはAまい」に「X=話し手/聞き手」が使われると、〈独り言〉になり、もうひとりの「私」と対話しているか、自分自身や聞き手を第三者扱いしていることになる。形容詞や(状態)名詞の場合も同じである。 使い分けワンポイント35~まいか 2. 状況判断「~ない(の)だろうか」の古語的表現 Xは+A-る+まいか:不確かな判断/確認/疑い A形容詞-く/(状態)名詞で+は/も+あるまいか 天気予報は雨だったが、このぶんだと、今日はもう降るまいか(↓)。頼んでも、あの人は金を貸すまいか。頼めば、貸すであろうと思うが。もうズボン下をはくころか。いや、まだそこまで寒くはあるまいか。30年ぶりの同窓会。初恋の人は、もう昔ほどきれいではあるまいか。おや、もしやあの人は、うちの近所のお医者さんではありますまいか。風邪を引いているのだから、早く帰ってくるつもりではあるまいか。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認」の次を参照 「~ないか/~ない + だろう?・だろうか・だろうね」 「~ない + のだろう?・のだろうか・のだろうね」 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~だろう』のバリエーション」を参照 「~まいか」は、状況判断の「~(の)だろうか」と、確認の「~ないか」が重なっているので、話し手の不確かな判断に「疑い」や「心配/不安/恐れ」また「期待/希望」といった感情がこめられる「~(の)だろうか」と、〈独り言〉の聞き手「もうひとりの私」や、対話現場での他者である〈聞き手〉に求める同意とが、響き合っていることになる。ただ、通常の確認なら、イントネーションは上昇するが、この場合は下降するので、対話現場での〈聞き手〉に向けられても、〈独り言〉のような印象を与え、年配者に多く見かける「自分で言って、自分でうなずく」癖でもあるかのように、自分に言い聞かせて、自分で「同意/納得」している感じがする。 「~まい (か)」は、現代語の「~ない (の) だろう (か)」に相当するが、途中に挿入されている「~の」は「~まい (か)」に含まれることがあるので、形態だけでは「~の」があるのかどうか識別できないが、現代語の「~ないだろう (か)」だけに対応するときも、また「~ないのだろう (か)」だけに対応するときも、どちらにも対応して、どちらかわからないときもある。 この「~の」の挿入については、本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~よ <895> うだ/~そうだ/~らしい』の場合」も参照のこと。 使い分けワンポイント 36 ~こともあるまい・~でもあるまいし 3. A - る + こと + は/も + あるまい: 不適切 今さら + 名詞Aで + は/も + あるまい 名詞A + では/でも/じゃ + あるまいし 雨が降っているというのに、わざわざバスに乗ってまで、買い物に行くこと + は/も + あるまい。明日でも間に合うんだろうに。 ちょっと本当のことを言われたからといって、何もそんなに怒ること + は/も + あるまい。 黙っていれば、わからなかったものを、言って後悔することなら、言うこと + は/も + あるまいに。 この/あの+歳になって、今さら+再婚/再就職+でもあるまい。 人が親切に言ってやったときは、断っておきながら、今ごろになって、のこのこやって来て、 お願いでもあるまい。 不祥事件を起こして、辞めた男じゃないか。事件のほとぼりがさめたころだといっても、また + 立候補/理事長 + で + は/も + あるまい。 バカでもあるまいし、何が「記憶にござません」だ。いい加減にしろ。 子ども + では/じゃあるまいし、自分でしたことには、責任くらい、もてよな。 おい、社長 + でも/じゃあるまいし、何、偉そうに、もの、言ってんだ。黙れ。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~だろう」を参照 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/原因と理由の配列」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/後悔と非難のバリエーション」を参照 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/『~のに』の使い方/~に」を参照 上の3つは、文末の「~あるまい(し)」が「~ないだろう(から/に)」になり、共通してAが「不適切」であることを示すと同時に、不適切なことAをした人か、Aが不適切である人を非難したり、皮肉ったり、軽蔑したりする場合に使われる。 もし〈独り言〉などで、非難の対象が話し手自身の場合、話し手は自分自身を蔑んで自嘲していることになるが、もしかすると世間体を考えて「恥ずかしがっている」だけの可能性もあり、特に「この歳になって、今さら+再婚/再就職+でもあるまい」などは、見栄で言っているだけで、本当に「再婚/再就職」したくないのかといえば、本音は「まんざらでもない」といった場合に使われる。 「~でもあるまいし」は話し言葉にも使われるので、接続に示したように「~でも」の部分に「~じゃ」も可能である。 使い分けワンポイソト ③7~て + くれ・もらえ + まいか 4. A + て + くれ/くださる/もらえ/いただけ + まいか: 依頼 = A + て + くれ/くださら/もらえ/いただけ + ないだろうか そこらにメガネがあるかと思うが、ちょっと、持ってきてくれまいか。お忙しいところ、すまないんだが、ちょっと手伝ってくださるまいか。 <896> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 ちょっと、これ、時間のあるときに、コピーしておいてもらえまいか。 これ、ゆっくり読みたいんだが、次に会うまで、貸してもらえまいか。 ここへ電話して、頼んだものができているか、聞いていただけまいか。 今日はどうもな。二、三日して、もう一度、ご足労、いただけまいか。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ないか/~ない + だろう?・だろうか・だろうね」を参照 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼」の次を参照 「依頼『くれるか/もらえるか/~だろうか』系バリエーション」 「~て + くれ/くださる/もらえ/いただけ + まいか」は、依頼を表す「~て + くれ/くださら/もらえ/いただけ + ないか(↓)/ない(↑)」の「~ないか」が「~まいか」にかわっただけである。 古語的表現で、年配の、しかも、かなり地位の高い男性が、頭を下げてお願いしている響きがあり、聞き手は断りがたくなるが、さらに、敬語「~て + くださる/いただけ + まいか(↓)」が使われると、確認の「~まいか/~ないだろうか」が効果を現して、同意せざるを得なくなってしまう。 そこらにメガネがあると思うんだけど、持ってきてくれないだろうか。 申し訳ございませんが、ちょっと手伝ってくださらないでしょうか。 これ、時間のあるときに、コピーしておいてもらえないだろうか。 頼んだものができているか、電話で聞いていただけないでしょうか。 ▶上のような現代語の依頼については、本文 10.3.「モダリティの表現/依頼」を参照 使い分けワンポイント 38~のではあるまい 5. 状況判断「~のではないだろう」の古語的表現 Xは + A -る/ -い/~た + のではあるまい: 否定 + 状況判断 (状態)名詞(なの) + ではあるまい 大学院へ進むといってたから、就職するのではあるまいと思うが。→就職するのではなく、大学院へ進むのだろうと思うが。庭が濡れていないのだから、昨夜、雨が降ったのではあるまい。 →雨が降ったのではなく、降らなかったのだろう。 あの人なら、金を貸すのではあるまい。ただで、くれるのであろう。 あの男が病気で休みなのではあるまい。代休をとっているのであろう。 食べるから、元気なのじゃあるまい。食べないから、元気なんだろう。 特に、起きるのが早いのではあるまい。寝るのが早いだけなのだろう。 怒るんじゃない。あの人のことだ。別にわざとしたんじゃあるまいよ。 まさか、あなた、あんな男に、金を貸したのではありますまいな (↓)。 →まさか、あなた、あんな男に、金を貸したのではないでしょう? (↑) ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のではない」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~だろう」を参照 「Xは + A + のではあるまい」は、全部否定か部分否定を表す「~のではない」に、状況判断の「~だろう」が重なった「~のではないだろう」の古語的表現である。 Xは通常、第三者であるが、最後の例のように、聞き手に向けられると、確認になり、聞き手の同意を求めることになる。この場合、現代語とは異なって、イントネーションは下降したままになるが、これは話し手が年配者であるため、同意を求めるというより、 <897> たとえ「ノー」という可能性があっても、聞き手には「イエス」と返事するように命じているからである。 したがって、聞き手は「ええ、まあ」といったような「あいまいなイエス」の返事をしてから、あれこれ言い訳することになっている。 使い分けワンポイント ~のではあるまいか 6. 状況判断「~のでない (の) だろうか」の古語的表現 A - る / - い / ~た + のではあるまいか: 不確かな状況判断 (状態) 名詞 (なの) + ではあるまいか 頼んでみれば、あの人のことだから、貸してくれるのではあるまいか。あの時代のことをよく知っているのなら、若くないのではあるまいか。下で音がしたな。誰か来たんじゃあるまいか。ちょっと見てきてくれ。帰ると、食事ができていたが、おまえがしてくれたのではあるまいか。日本だって、冬は寒いのじゃあるまいか。暖かい服も必要になろうよ。あの人、どうやら前から、おまえのことが、好きなのじゃあるまいか。政府が対策を講じないから、環境破壊が進む一方なのじゃあるまいか。風邪を引いているから、早く帰ってくるつもり(なの)ではあるまいか。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認」の次を参照「~のではないか/~のではない+だろう+?・か・ね」「~のではないのか/~のではない+のだろう+?・か・ね」 「A + のではあるまいか」は、反語から断言や確信にかわった「~のではないか/~のではないのか」に、状況判断の「~だろう」が重なった「~のではないだろうか/~のではないのだろうか」の古語的表現である。 つまり「~のではないか」が断言の「~のだ」に等しくなるので、これに「~だろう」がつくと、結局「~のだろう」になってしまうが、聞き手に向けられる「~か」がついているので、確信的判断「~のだろう」に比べると、話し手の自信のなさが反映し、聞き手に同意を求める気持ちがこめられる。 使い分けワンポイント ④0~まいと+する・している・した・していた 7. Xは + 意志動詞 A - る + まいと + する/(して)意志動詞 B 第三者Xの否定的意志「Aないでおこうとする」の古語的表現 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~ないで・~ずに + おく・すむ」を参照 出場者は、互いに負け(る)まいとして、激しくしのぎを削りあった。子どもは、どうしても行くまいと柱にしがみつき、わめき声をあげた。→柱にしがみつき、わめき声をあげて、どうしても行こうとしなかった。眠るまいとしたが、襲いかかる睡魔に、いつしか机に臥せっていた。悔しさに、女は唇をかみ、目を見開いて、必死で泣くまいとしている。彼女は行こうとしていたが、私は行かすまいと、前に立ちはだかった。 ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯」の次を参照「付帯状況を表す『~ながらの+名詞』/~ないで・~なくて/~ずに」 「Xは+A-る+まいとする」は、先ほど「使い分け $ ^{28} $」で述べた「Xは+A(よ) <898> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 うとする」が示す、いわば「肯定『~(よ)う』の試み」を「否定『~まい』の試み」にかえたもので、試みの否定「A(よ)うとしない」や、試みの失敗「A(よ)うとしてもできない」ではなく、否定を使った試み「Aをしないように+試みる/努力する/頑張る」を表している。 この「Aーる + まいと + する/している」の使い方は、回想を表す「Aーる + まいと + した/していた」の場合を含めて、人称制限や、文末の「~のだ」など、すべて「A(よ)うとする」のバリエーションと同じになる。 ただ「A(よ)うとする」と異なっているのは、時間的には〈基準時未実現〉になるはずのAが、実際には〈基準時同時間帯〉の状態か、付帯状況「Aまいとして」を表していることである。 この「否定の意志/Aまいとする/Aをしないために努力する」は、肯定「A(ようとする/Aをするために努力する」よりも、はるかに強い意志力の必要なことを表しているが、これは、日本の社会システムが「出る釘は打たれる」式なため、積極的に何かをすることよりも、じっと我慢して何もしないことに力を注いでいるからかもしれない。つまり「Aまいとする」を、積極的に「Aをしない状態を続ける」ことを表す現代語の「Aないでおこうとする」にかえると、字数が長くなるだけでなく、力が間延びしてしまって、気合いの入った意志力や、瞬発力を表せなくなる。 使い分けワンポイント ④第三者+(よ)うと+思った・した 課長も行こうと + 思った/思っていた/した/していた + よう/らしい/そう/の + ですけど、急用で行けなくなったようです。 →課長も行こうと + 思ったのでしょう/思っていました/×思いました/しました/していました + けど/が、急用で行けなくなったようです。 →課長も + 行くおつもりでした/行こうとお思いになりました/行こうとなさいました + が、急用で行けなくなりました。 Xが三人称でも、実現されなかった予定を表す場合、次の条件があれば、意志の場合と違って「Xは + A(よ)うと + 思った/思っていた」を使うことができる。 1. 基準時以前既実現の「A + と思った」が使われている。 2. 次のようなものが後接し、Xが三人称であることが明示されている。 状況判断の「+ようだ/みたいだ/らしい/そうだ/のだ(ろう)」 伝聞の「+そうだ/らしい」など Xに対する敬意を表す敬語 3. 逆接確定条件「~が/~けど/~のに」などが後接している。 同じ予定の中止を表す「使い分け⑫」の「Xは + A - る + つもりだった」や、試みの直前を表す「使い分け⑳」の「Xは + A(よ)うと + した/していた」には、すでに述べたように、人称制限も、上のような制限もない。 課長も行こうと思ったけど、急用で行けなくなったんだって。→課長も行こうと思ったが、急用で行けなくなった。 ▶巻末「形容詞/一人称形容詞と『神の手』を参照 <899> 特に「神の手」の働く書き言葉では、逆接確定条件「Xは+A(よ)う+と思ったが」さえあれば、予定の中止を表すことができる。したがって「Xは+A(よ)う+と思いましたが」も、物語などの書き言葉になれば、不自然ではなくなる。 課長は、ひとりで面白くなかった。というより寂しかった。それで、テレビでも見ようと思ったが、かえって惨めになりそうな気がした。 彼は突然、のどの渇きを覚えた。ビールが飲みたいと思う。この時間なら、まだアルコールは買えるので、行ってこようと思った。 彼はひとりで出かけよう (か) と思い、家人に声をかけず、玄関を出た。 飲みに誘われても、返事をせずに、今日は残業しようかと田中は思う。 小説のような「虚構/フィクション」や、テレビやラジオ、映画などの「ドキュメント/ノンフィクション」などでは、筆者やナレーターである話し手が「登場人物」の感情や意志、希望といった心理を、あたかも話し手自身のことでもあるかのように描きだすことがあるが、これは、話し手と三人称の「登場人物」をオーバーラップさせると同時に、まるで話し手が全能者であるかのように「神のみぞ知る」第三者の心の動きを読者や視聴者である聞き手に伝えることで、心理描写にリアリティをもたせようとする一種の文学的テクニックである。 こうした場合の「A+と思った」は「非実現」ではなく、〈基準時話し手現在以前既実現〉過去にスライドした時間を表している。 使い分けワンポイント ④② 非実現の「~つもりだった・~(か)と思った」 時間通りに + 出かけるつもりだった/出かけよう(か)と思った/出かけよう(か)と思ってた + んですけど、家を出ようとするところに、電話がかかってきて、いつもの電車に乗れなくなっちゃったんです。 彼は、時間通りに + 出かけるつもりだった/出かけよう(か)と思った/出かけよう(か)と思っていた + らしいのですが。 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞の種類と3つの基準時」を参照 上のような「Xは+動詞-る+つもりだった」や「Xは+動詞(よ)うと+思った/思っていた」は、あとに逆接確定条件の「~が/~けど/~のに」などがきて、予定していたことが現実にはならなかった「非実現」を表す。 「行く」って言ってましたから、本当に来る (か) と思ったんですけど。 今日、来ると思ったんだけど。あのとき「行く」って言ってなかった? もう時間だったので、みんな、来てる (のか) と思ったんだそうですよ。 えっ? なんだ。行った (のか) と思ってたのに、まだいたんですか。 話を聞いて、可愛い (か) と思ってたんだけど、そうでもなかったって。彼のこと、好き + だ/か + と思ってたのに、ぼくの勘違いだった? お父さん + だ/か + と思ったな。よく似てるって言われない? ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/文中の『~ (の) か』」を参照 ただ、上のような「Xは+A-る/-い/~た/(状態)名詞(だ)+と+思った/ 思っていた」は、状況判断を表す「使い分け④」の「Xは + A - る/ - い/ ~ た / (状態) 名詞(だ) + と思う」なので、Aという判断が「間違い/勘違い/ミスジャッジ」であっ <900> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 たことによる「非実現」を示すことがある。 もし「納得/話し手の確信のなさ」を表す「~か」が挿入されて「Xは + A - る/ - い/~た/(状態)名詞 + かと + 思った/思っていた」になると、予定の中止でも、勘違いでも、Xの「ためらい/自信のなさ」を表し、遠慮を示した婉曲的な表現になる。どちらの場合でも「A + (か)と + 思った/思っていた」の違いは、瞬間的な考えか、持続した考えかという点にある。 その日は、時間通りに + 行くつもりだった/行こうと思った/行こうと思っていた + ので、少し早く起きて、朝ご飯も食べ、出かける準備をした。 約束したので、本当に来ると思った。それで早めに出かけた。 →約束したけど、本当に来るのかと思ったが、それでも早めに出かけた。 「行ってきます」と声がして、ドアの閉まる音がした。行った (か) と思ったので、家のことは放っておいて、すぐ出かける準備をした。 上のような書き言葉の「Xは+A-る+つもりだった」や「Xは+A(よ)う/-る/-い/~た/(状態)名詞(だ)+ と+思った/思っていた」は、文末の「~た」が、過去にスライドした時間を示しているだけなので、非実現を表しているのか、既実現を表しているのか、この部分を読むだけではわからない。ただ、伏線として使われていれば、非実現になるが、紛らわしい表現で、書き言葉らしくなくなってしまう。 もし伏線としたいなら、やはり「A+(の)かと+思った/思っていた」のほうが、聞き手には親切である。 天使のように翼があったのなら、飛んでいける + と思う/だろう + が。 いじめがなければ、自殺はしなかった + と思います/でしょう + けど。 すぐに走って行ってたら、追いついた + と思いますけど/でしょうに。 →すぐに走って行ったから、追いついた + と思います/でしょう + ね。 順接仮定条件を表す「~なら/~たら/~ば/~と」のあと、文末に「A + と思う/だろう + が/けど/(の) に」がくると、上のように非実現のひとつである「反実仮想」を表すことができる。 時間通りに + 出かけるつもりだった/出かけよう(か)と思った + のだろうけど、家を出ようとするところに、電話がかかってきて、いつもの電車に乗れなくなったらしい。(第三者の予定の中止に対する話し手の判断や推測) 「行く」って言ってたから、来る + と思った/×だろう + んだけど。(勘違い) →「行く」って言ってたから、来るだろうと思ったんだけど。(同上) 「行く」って言ってたから、来る + と思う/だろう + けど。(話し手の判断) ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~だろう・~のだろう」を参照 ただ「~(の)だろう」は、予定の中止や勘違いの「非実現」には使うことができない。 使い分けワンポイント ④③ 状況判断の「~と思う」と「~だろう」 出たばかりです。走って行けば、追いつく + と思いますよ/でしょう。→出たばかりなら、走って行けば追いつくだろうと + 思う/思っていた。→彼は「出たばかりなら、走って行けば追いつく (だろう)」と思った。 明日、もし雨でも降れば、誰も練習には来ない + と思う/だろう + な。 <901> →彼は「明日、雨が降れば、誰も練習に来ない」+ と思った/※だろう。 2時を回ってるのよ。いくら何でも眠ってる + と思うわ/でしょうね。 単身赴任で寂しいんだって。今ごろ酒でも飲んでる + と思う/だろう。 12月だし、お母さまのところは、もう寒い + と思うわ/でしょうね。 元気ないのは、慣れてないし、ホームシックだから + (だ) と思うよ/だろう。 駅前なんだから、ひとりで歩いても、大丈夫 + (だ) と思うね/だろう。 いい人よ。会ってたら、あなたも気に入った + と思うわ/でしょうね。 医者だから、病人が出れば、手当てくらいはした + と思うな/だろう。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~だろう・~のだろう」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』と文末の相互承接」を参照 状況判断を表す「〜と思う」と「〜だろう」は、非常に近い位置関係にありながら、使い方が異なっているので、使い分けが難しい。 「A + と思う」は、独立した文であるAを引用の「~と」で受けているので、〈働きかけ文/問いかけ文/情意表出文〉「A + (よ) う/(の) か/たい + と思う」や、〈述べ立て文〉「Xは + Yが + A - る/ - い/~た/(状態) 名詞 (だ) + (だろう) + と思う」など、すべての文に使うことができる。 つまり、動詞「思う」が変化することで、文中にも文末にもくることができ、文末にくれば、すべての文に変化する。 一方「Pが+Q-る/-い/~た/(状態)名詞+(の)だろう」は、〈未完文〉Qしか受けることができないし、状況判断専用の形式なので、文末にしかくることができない。つまり〈述べ立て文〉か、その〈問いかけ文〉になり、あとに「~よ/~ね/~な/~さ/~か」などがくるだけである。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/が・~けど」の「接続」を参照状況判断の「Xは + YがA + と思う」は、Xが「YがA」という状況を「判断/推測/推理/予測/想像」することを表し、Xには「話し手/聞き手/第三者」がきて、人称制限がない。これに対して「PがQ + だろう」は、Xが話し手に限られる「話し手専用の状況判断」になる。 ④「~と思う」と「~だろう」の違い 列島は移動性高気圧におおわれて、明日は全国的に秋晴れの爽やかなお天気になる + でしょう/×と思います。 もともと「PがQ+だろう」は、話し手が個人レベルの状況「PがQ」を判断するためにだけ使われたが、最近では上のように、テレビやラジオのニュースキャスターが、公的なレベルの状況、特に気象庁から出た気象情報を伝達する場合にも使われるようになり、いわば「-る/名詞の+見込み/見通し」という意味を表すようになった。 しかし「Xは + YがA + と思う」のバリエーションは、ある特定の個人Xの心に浮かぶイメージ「YがA」を表しているので、個人レベルの状況を判断する場合にしか使うことができない。 出たばかりでしたら、走って行けば、追いつく+と思いますか/でしょうか/と思いません?/でしょう? <902> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/問いかけの『~だろうか』と確認」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ないか」を参照 状況判断の「A + と思うか」と「Q + だろうか」は、状況「A/Q」に対する判断が正しいかどうかを問いかける、つまり聞き手に「イエスかノーか」の返答を求めているが、一方「思わないか?/~だろう?」は、聞き手の同意「イエス」を求める「確認」を表している。 「Aと+思うか/思わないか?」は、ニュートラルな判断を示す「A+と思う」の「問いかけ/確認」なので、聞き手の冷静で公平な判断を求めていることになり、遠慮がちで婉曲的な、ときによっては謙虚な印象を与える。 これに対して、話し手の「当然Aだ」という気持ちに支えられている「Q + だろうか/だろう?」は、問いかけになると「期待する状況が実現しない」という話し手の「心配/不安/焦り/疑い」が反映され、確認では、いわば「強引に」聞き手の同意を求めるような響きがあり、わがままな人が甘えて、聞き手に同意させるような場合によく使われる傾向がある。 走って行っても、追いつかない + と思います/でしょう。 →走って行っても、追いつくとは + 思いません/思えません。 また「ノー」と返答する場合、通常〈ソト〉や〈ヨソ〉に対しては「さあ、どうでしょうか/よくわかりません」というのが、最も無難な答え方である。 しかし〈ウチ〉での会話で、はっきりと答える必要のある場合は、上のほうが「イエス/はい、追いつく」か「ノー/いいえ、追いつかない」を求められた「問いかけ」に対する答え方で、下のほうが「思わないか?/だろう?」という「確認」で「イエス/そう思う/そうだ」を求められたときの「ノー」の答え方ということになる。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/確認と問いかけ」を参照 ただ、わがままな人からの「確認」で、同意を求められたような場合は、個人的意見が前面にでる「思いません」よりも、客観的状況からして不可能という「思えません」のほうが、恨みを買わなくてすみそうである。 使い分けワンポイント ④⑤「~と思う」と「~だろう」のまとめ 文における位置後接するものA+と思う Q+だろう 非実現 判断の範囲 問いかけ 使用範囲 Q:述べ立て文/未完文 すべての条件文 ~よ/~ね/~な/~さ/~か/… モーダル要素なし 意志/希望/判断 個人レベル+公的ニュース 判断/感嘆/列举/同一条件 <903> ~つもりだ・~(よ)うと思う ▶本文 5.1、「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど」の「接続」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/その他の『~だろう』の使い方」を参照 状況判断の「A + と思う」と「Q + だろう」の違いをまとめておくと、およそ前頁の表のようになる。 状況判断の「A + と思う」と「Q + だろう」が紛らわしくなるのは、次のような場合である。 出たばかりなら、走って行けば追いつくだろうと思った。 出たばかりなら、走って行けば追いつくと思った(の)だろう。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~のだろう」を参照 上のほうは「追いつく」という話し手の判断を、〈基準時現在以前既実現〉「~だろうと思った」で表しているが、下のほうは「追いつく」という第三者の判断を、まず〈基準時現在以前既実現〉「~と思った」で表し、その判断が「勘違いだった」ことを、話し手が「~だろう」で判断している。 つまり話し手は、上のほうでは「追いつく」と判断し、下のほうでは「追いつかなかった」と判断している。 使い分けワンポイント 46 「~と思う」と状況判断 電話に出ませんから、どうやら映画でも見てる+(んだ)と思いますよ/のでしょう/×でしょう/ようです/×みたいです/×らしいです/(の)かもしれませんよ/(の)にちがいありませんね。 デパートの7階にあるのなら、本屋さん+(なんだ)と思う/なんだろう/だろう/のようだ/※みたいだ/※らしい/かもしれない/にちがいない。 あの車の音、雨が降ってる + と思う/んだろう/×だろう/ようだ/みたいだ/らしい/かもしれない/にちがいない。 頭がぼーっとしてきた。酔った+と思う/んだろう/※だろう/ようだ/みたいだ/らしい/かもしれない/にちがいない。 あそこに誰か 十 いると思わない?/いるでしょう?/いるみたいじゃない?/×いるかもしれない?/×いるにちがいない?/いそうじゃない? ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~ようだ・~そうだ・~らしい』の互換性」と次を参照「『~のかもしれない』と『メモリバンク』/~だろう/~のだろう」 「A + と思う」は、話し手の「経験/知識」などが貯蔵されている「メモリバンク」に照合してみた状況Aが、そのデータとほぼ一致しているので、間違いはあるかもしれないが「Aと肯定できる」と話し手が判断する場合に使われる。 状況Aを肯定するだけの「ニュートラルな判断」なので、五官や直感を使った判断かどうか、Aの「実現 + した/している/する」確率が高いか低いか、Aの実現に対して、話し手が「当然だ」と考えているか、自信があるか、といったことにかかわらず使うことができ、上のように、さまざまな「状況判断」専用の形式と互換性をもつ。 つまり「A + と思う」は、状況Aが「メモリバンク」に貯蔵されていれば、つまり、心に浮かんだイメージを表しさえすれば、すべてのことに使える「オールマイティ」的なところがある。 お天気のせいかな。今日は、ひどく疲れる + ようだ/みたいだ/×と思う/×(ん)だろう/ <904> 10.5.モダリティの表現/意志と希望 $ ^{*} $かもしれない/ $ ^{*} $にちがいない。 なんとなく、今日はいいことが+あるようだ/あるみたいだ/ $ ^{*} $あると思う/ $ ^{*} $ある(ん)だろう/ $ ^{*} $あるかもしれない/ $ ^{*} $あるにちがいない/ありそうだ。 →今日はいいことが+あるようだ/あるみたいだ/あると思う/ある(ん)だろう/あるかもしれない/あるにちがいない/ありそうだ。 しかし上のように、状況Aが「メモリバンク」に貯蔵されておらず、状況Aが「なぜ起こったのか」わからない場合は使うことができない。 ④ 意志動詞の「辞書形 - る」と「~ない形」 今年こそ論文を仕上げて卒業する/論文だけ残して今年は卒業しない。 風邪も治りましたから、明日から出勤 + します/するつもりです。 →風邪はだいたい治りましたが、明日も出勤 + できません/×しません。 彼女は来月、音楽の勉強に、イタリアへ出発 + する/するつもりだ。 冬休みは、家族でモロッコへ旅行 + します/しようと思っています。 どうも振られたみたいで、潔く結婚をあきらめるようだよ。 彼は将来、国に帰って、貿易会社を + 興すつもりです/△興します。 A:将来、ご自分の家をお持ちになりますか。 B:ええ、そのつもりです/×持ちます。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/意志動詞の否定」を参照 ▶本文2.4.「時の表現/時間範囲/『~ない』の意味と『~ないうちに』」を参照 ▶巻末「動詞/動詞の種類」を参照 意志動詞Aの「-る/~ない」は、近未来において、Aが「ほぼ確実に」というより、100%の確率で「実現する/実現しない」ことを表すので、生活習慣となっている意志動作や、友だちとの約束、変更不能の予定に使われる。 実現するかどうか、不確実性が増せば増すほど、意志動詞では支えきれなくなるので、Aの「実現/非実現」に不確定要素がまじる場合、意志動詞Aにかわって「A+-るつもりだ/(よ)うと思う」のバリエーションと、その否定が使われるようになる。 ただ「~つもりだ」は、話し言葉で「つもりは(ただの)つもり」といわれ、ほぼ「予定は未定だ」と同じ意味になり、その計画や予定が「当てにならない」ことを表すことがある。これは「~(よ)うと思う」の場合も同じである。 ただ「~つもりだ/~(よ)うと思う」は、100%の確率で「実現する/実現しない」ことに使われることがあり、この場合は、話し手が「万が一」のことを考えて用心しているか、聞き手に遠慮を示した〈ソト〉や〈ヨソ〉に対する婉曲的な表現になる。 したがって、意志動詞「-る」は、不確定要素があると、不自然になるが、人称制限がなく、使い方も単純なので、〈ウチ〉における日常会話で最もよく使われる。 使い分けワンポイント④~たい・~ほしい おなか、空いたな。何か食べたいな。お母さん、ご飯、まだ? 何が食べたい?タイ料理?イタリア料理?何でも言いなさい。 お母さん、宿題したよ。もう勉強したくない。ゲームして遊びたいよ。 <905> このおもちゃ、ほしいな。お父さん、買ってくれないかな。 誕生日に、何がほしいんだ。予算内だったら、何でも買ってやるぞ。 こんな自転車、ほしくない。マウンテンバイクがほしいんだ。 マウンテンバイクがほしくて、お父さんにねだってるんだって? 風邪を引いて食欲がないから、お昼、ほしくないって言ってますが。 友だちへのお土産に、カメラが買いたい + のです/×です。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/『~たい/~ 〈一人称形容詞〉扱いの「意志動詞ます形 + たい/名詞が + ほしい」や、あとの「意志動詞 + てほしい」は、人間の「本能的/衝動的」な「欲求/欲望」を表し、〈独り言〉で最もよく使われる。 これは、日本の風土では、自分自身の「本能的/衝動的」な「欲求/欲望」を、〈ソト〉や〈ヨソ〉に対して、あらわにしないという暗黙の了解、つまりタブーが存在するためであるが、たとえ〈ウチ〉関係でも、何を見せても恥ずかしくない「家族や仲間内」の互いに「甘えあえる」関係だけで、関係が疎遠になる目上の親戚や、上下関係のある会社や組織の上司に対しては使うことができなくなる。 第三者の場合は、状況判断や伝聞が使われ、間接的な「欲求/欲望」を表すことになるので、〈ウチ〉関係であれば、会社や組織でも使うことができる。 使い分けワンポイント ④9 「~たい/~ほしい」の文末制限と「~のだ」 「~たい/~ほしい」の文末制限とは、〈一人称形容詞〉「うれしい/寂しい/痛い」などなら、このまま「~です」をつけて、話し手の感情を表し、〈ソト〉や〈ヨソ〉に対して使うことできるが、一人称形容詞の扱いを受ける「~たい/~ほしい」は、このまま「~です」をつけて、〈敬体〉にかえても、〈ソト〉や〈ヨソ〉に使うことができないことを指している。 これは、いくら「本能的/衝動的」な「欲求/欲望」に「~です」をつけても、所詮は「本能的/衝動的」な「欲求/欲望」にかわりがなく、〈ウチ〉関係にしか使えないからである。 会社や組織など、上下関係のある〈ウチ〉で〈敬体〉を使いたい場合は、少なくとも自分の「欲求/欲望」を「メモリバンク」に照合して、〈ソト〉や〈ヨソ〉に向けても恥かしくないという「自覚/確認」を表す「~のです」が使われる。 また、〈ソト〉や〈ヨソ〉に対する場合は、のちほど「使い分け⑤」で述べる「~たい/~ほしい+のだが/と思う」のバリエーションを〈敬体〉にして使うのが、最も無難な言い方になる。 上下関係のある会社や組織などの〈ウチ〉において、上司の「何が+食べたい/ほしい+か/?」といった問いかけに、ときに「ラーメンが食べたい/休暇がほしい+です」といった答え方をする人がいるが、はた目には「甘えている」というより、むしろ「かわい子ぶって」へつらっているような印象がある。 対等の立場にたつ場合は、上司に対して「ラーメンが食べたい/休暇がほしい+んです(が)」という言い方ができる。 <906> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 もちろん「欲求/欲望」の表現を避けて、例えば「ラーメンにします/休暇をとってもよろしいですか」にするほうが「格好いい」かもしれない。 なお〈ウチ〉の〈非敬体〉でも、文末を「~のだ」にすることができる。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 使い分けワンポイント ⑤0~たくない・~ほしくない お母さん、宿題したよ。もう勉強したくない。遊んでもいい? →お母さん、宿題したよ。もう勉強したくないんだけど、遊んでもいい? マウンテンバイクがほしいよ。こんな自転車、ほしくない。 →マウンテンバイクがほしいよ。こんな自転車、ほしくないんだけど。 これ、食べたくないんだけど、イヤじゃなければ、食べてくれる? →これ、苦手なんだけど、イヤじゃなければ、食べてくれる? ※今日は、約束があって、お付き合いしたくないのですが。 →今日は、約束があって、ちょっと、お付き合いできないのですが。 ※あの、これ、ほしくないのですが、そちらじゃ、いけないでしょうか。 →あの、これじゃなくて、そちらじゃ、いけないでしょうか。 王さん、もう眠たくて、二次会のカラオケには行きたくないようだよ。 「A + たくない/ほしくない」は、のちほど「使い分け⑤④」で述べる「~て + もらいたい/ほしい」の場合も含めて、欲求や欲望、希望や願望の否定「食べたくても食べない/ほしくてもほしがらない」を表しているのではなく、否定「食べない/要らない + こと」を「欲求/欲望/希望/願望」している。 つまり、意志動詞の否定よりも、さらに強い話し手の拒否の感情「不満/嫌悪/不機嫌/苛立ち/腹立ち」が表れるので、いわば「わがままをいう/ダダをこねる/逆らう」ことになり、家族や仲間内など、互いに甘えあえる関係で使っても、聞き手の「虫の居所」が悪い場合は、けんかや言い争いになるおそれがある。 こんな場合は、〈ウチ〉においても「~たくない/~ほしくない + のだが」のバリエーションを使うほうが無難である。 〈ソト〉や〈ヨソ〉に対しては、上のように「~たくない/~ほしくない」を使わない言い方が選ばれる。第三者の場合は「知らぬが仏」なので、最後の例のように言ったり、陰で「あいつはわがままだ」と悪口を言ったりしても、聞き手にもよるが、問題は生じない。 使い分けワンポイント ⑤)~たいか・~ほしいか のどが渇いた? 何が飲みたいんだ。そうか。仕方がないな、コンビニに入れ。 どうした。これがほしい(の)か。じゃ、どれなんだ。ほしいのを言ってごらん。 宿題、すんだら、キャッチボールしたいのか? ゲームして遊びたいのか。 お土産に、何が買いたい(の)ですか。明日でしたら、ご案内しますよ。 →お土産、何になさるおつもりですか。明日でしたら、ご案内しますよ。 ×サンプル、ほしい(の)ですか。どれでも、ご用意しますけど。 →サンプル、ご入用(なの)ですか。どれでも、ご用意しますけど。 <907> * よくお似合いですよ。一度、お召しになってみたいですか。 →よくお似合いですよ。一度、お召しになってみては、いかがですか。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』と『~のか』の違い」を表現 上の最初3例のような「A + たい/ほしい」の問いかけ「A + たい/ほしい + (の)か」は、〈ウチ〉関係であっても「親/兄/姉/上級生/先輩/上司」などの目上専用であるが、互いに対等と認めあった関係「夫婦/兄弟姉妹/同級生/同僚」なら、使われることがあるかもしれない。 つまり、目下の「子/弟/妹/下級生/後輩/部下」などが使うと、聞き手は「不愉快に/気分が悪く + なる」言い方なので、〈ソト/ヨソ〉に対して使うことができない。 明日の日曜日、家族みんなで、久しぶりに外で食事 + したくないか/しないか。 まだ早いだろ? もう一軒、行きたくないか/行かないか。おれがおごるから。 今度ご一緒に、温泉かスキーに + 出かけませんか/×出かけたくありませんか。 これ、お求めになりませんか/×お買いになりたくないのですか。お買い得です。 パソコン、要らないか/ほしくないか。型落ちなんだけど、安いのがあるんだ。 今度の引っ越し、手伝おうか/お手伝いしようか/手伝わなくていいのか/手伝ってほしくない(の)か。時間、あるけど。 社長に会いに行くんでしょう?ご一緒しましょうか/ご一緒しなくてもいいんですか/大丈夫ですか/×一緒に行ってほしくない(の)ですか。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ないか」を参照 「A + たく/ほしく + ないか」は、聞き手に「A + たい/ほしい」という同意を求める「確認」で、あまりにもあからさまに聞き手の本能的レベル「欲求/欲望」に働きかけるので、一種の「勧誘/勧め」とはいっても、話し手の「ひとりよがり」な言い方、聞き手からすれば「僭越/でしゃばり + 過干渉/お節介/失礼/無作法」な誘いになる。つまり、〈非敬体〉が許されている親しい〈ウチ〉関係での目上専用になり、〈敬体〉での使用はタブーで、〈ソト/ヨソ〉に向けることができない。 「A + たいか/ほしいか」が、聞き手の「イエスかノー」を尋ねるのに対して、これは「イエス」しか求めていないので、たとえ対等な関係でも、よほど親しくないと、聞き手の気分を害してしまうかもしれない。 「A + たくないか」の場合、最も無難なのは、上の例のように、確認や勧誘を表す「A + ないか」にすることであるが、「Aが名詞 + が」や「~て形」になる「A + ほしいか」は、上の例のように、ケースバイケースで言い換える必要がある。 使い分けワンポイント ⑤③「~たい/~ほしい」+「のだが/と思う」 「~たい/~ほしい」が、実際の対話場面で最もよく使われるのは、次のような、あとに「~のだが/~と思う」のバリエーションがつく場合である。 1. 〜たい/〜ほしい + のだが おなか空いた。お母さん、何か食べたいんだけど、おやつ、ない? <908> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 お母さん、宿題したよ。もう勉強したくないんだけど。ゲームしていい? お父さん、このおもちゃ、ほしいんだけど、買ってくれない? 仕上げまで、ちょっと、お時間ほしいんですけど、よろしいですか。 あの、この DVD と CD を借りたいのですが、ここでいいですか。 このカメラがほしいのですけど、もう少し安くならないでしょうか。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど」の次を参照「『前触れ』の『~たい/~ほしい + んだけど』」 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/依頼と許可請求」を参照 「A + たい/ほしい」を「A + たい/ほしい + のだが」にして、逆接確定条件の「前触れ」にすると、すべての場面で使えるようになるが、あとに「依頼/許可請求」の表現が続くことになる。 2. ~たい/~ほしい + と思う もう若くないし、来年あたり結婚したいと + 思います/思っています。 子どもが学校に上がるまでには、家がほしいと + 思う/思っている。 彼女は、卒業したら、語学留学に、アメリカへ行きたいと思っている。 この世の中、金次第だ。銀行を襲ってでも、金がほしいと思った。 微力ながら、これからも最善を尽くしたいと + 思い/思っています。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/『~(よ)う/~たい + と思う』と人称制限」を参照 「A + たい/ほしい + と + 思う/思っている」は「A + たい/ほしい」と逆に、家族や仲間内など、親しい〈ウチ〉関係では使わないが、そのほかなら、すべての場面で使うことができる。ただ、上の「1」と同じように、文末に「~のだ + けど」をつけると、親しい〈ウチ〉関係にも使えるようになる。 また、人称制限や、将来における「計画/予定」を表す点など、使い方が本節最初に示した「A(よ)うと思う」と似ているが、この言い方は、主にAの実現する可能性のない「願望」や、可能性の低い「希望」に使われる。ただ、もし実現する可能性の大きい場合に使われると、感情を抑えた「控えめ/謙虚」な言い方になるか、実現しない場合のことを考えた婉曲的な表現になる。 ⑤④~てほしい・~てもらいたい 今度、引っ越すんだけど、手伝って + ほしい/もらいたい + んだ。→今度、引っ越すんだけど、手伝ってくれないかな。(依頼) お父さん、早く帰ってきて + ほしい/×もらいたい + んだけど。 こんなに暑いのですもの、一雨、降ってほしいわね/降らないかしら。 子ども + に/×が、医者になって + ほしい/×もらいたい。 子ども + が/×に、早く元気になって + ほしい/×もらいたい。 赤ちゃん + が/×に + すぐにでも歩けるようになってほしいんです。 遊びたいから、早く春休み + が/×に + 来て + ほしい/×もらいたい。 このまま時間が止まって、このふたりの愛が永遠に続いてほしいの。 マウンテンバイク、誕生日に買ってほしく + て/ても、お父さんにお願いしているところです/お父さんは OK しないかもしれません。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~かしら』と『~かな』を参照 <909> ~つもりだ・~(よ)うと思う ▶本文 9.「授受動詞と敬語/『~てもらう』と『~てほしい』」を参照 ▶本節「使い分け④/~たい・~ほしい」を参照 「X + 動詞A + て + ほしい/もらいたい」は「~たい/~ほしい」と同様に、文末制限を受けない〈一人称形容詞〉扱いで、〈ウチ〉専用になるが、他者Xに対する「希望/願望」を表す。Xは、聞き手や第三者であったり、〈独り言〉で、もうひとりの「私」になったりする。 「~て + ほしい/もらいたい」の使い方は、およそ次のようになっている。 話し手 ~てほしい~てもらいたい人間成人 他者+に/が 成人+に 场面 制限なし意志動詞家族会社 文末制限十のだなし ▶本節「使い分け④/『~たい/~ほしい』の文末制限と『~のだ』を参照 「X + に/が + 動詞A + てほしい」は、Xに自分で自分のことが決定できる人間がくる場合、前半の形態は「X + に + 意志動詞A」になり、Xに決定する意志をもたないといわれる「赤ちゃん」や、自然界のことがくると「X + が + 無意志動詞A」が使われ、ある状況や事態が生じる「XがAする」ことを「希望/願望」していることを表すことになる。 忙しいだろうが、来週、出張して + もらいたい/ほしい + んだ。 あの、この間の会議の報告書、書いてもらいたい + んだ/×んです。 君の部下に、この調査を手伝って + もらいたい/ほしい + んだ。 今度の運動会、全員に参加して + もらいたい/ほしい + んだ/んです。 教育委員会や先生方へのお願いは、学校にはびこる「いじめ」問題と、もっと真剣に向き合って + もらいたい/ほしい + ということです。 卒業後は、社会人としての自覚をもち、それぞれの分野で活躍してもらいたい + の/×のだ/×のです。以上、簡単ながら、ご挨拶まで。 「ああ謎圧のご意見を聞かせて + もらいたい/×ほしい/いただきたい。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『〜の』の挿入」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/〜ていただく」を参照 本文9.「授受動詞と敬語/〜(て)いただきます・〜(て)いただけます」を参照 これに対して「Xに + 意志動詞A + てもらいたい」は、上下関係のある会社や組織などで、上司が「部下/聞き手/単数」に使う場合もあるが、多くは、読者を意識した書き言葉を含め、聞き手が複数のフォーマルな場で使われる。 文末制限については、上司である話し手が部下に対して、〈敬体〉「~てもらいたいのです」を使うことはない。これは「Xに + 意志動詞A + てほしい」の場合でも同じで、上司としての「命令/要求」が、私的で甘えた「希望/要求」にかわって、上司らしくなくなるが、〈非敬体〉「~て + もらいたい/ほしい + んだ」が使われる。 しかし、聞き手が複数のフォーマルな場では、話し手は、その場を支配しているだけなので、聞き手に対して同等か目下になることがあれば、〈敬体〉が使われる。また、聞き手が不特定多数になる書き言葉では、読者への訴えが濃厚になる「~の」の挿入が、差し控えられることが多い。これは、儀式での挨拶などでも同じで、聴衆が <910> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 目下である場合は「~てもらいたい」になり、同等か目上の場合は「~てもらいたいと思います」が使われる。 なお「お + 意志動詞ます形/動作名詞 + いただきたい」は「~てもらいたい」の受け手尊敬「~ていただきたい」の〈超敬体〉として使われている。 親孝行するためにも、両親には、これからもっと長生きして + ほしい/×もらいたい + と + 思う/思っている/思います/思っています。 →もっと長生きしてほしいと + 思う/思ってる + ん + だ/です。 早く春休みが来てほしいと + 思う/思ってる (+ ん + だ/です)。 赤ちゃんが、すぐにでも歩けるようになってほしいと + 思います/思っています/思う (+ ん + だ/です)/思ってる (+ ん + だ/です)。 今度、引っ越すん + だ/です + けど、友だちに、手伝ってほしいと + 思います/思っています/思う(+ん + だ/です)/思ってる(+ん + だ/です)。 →(あなたに) 手伝ってほしいと + 思う/思ってる + ん + だ/です。 →(あなたに) 手伝ってほしいと + 思います/思っています/×思う/思っている。 忙しいだろうが、来週、出張して + もらいたい/ほしい + と + 思ってる/思ってるんだ/思うんだ/×思う。 君の部下に、市場調査をしてもらいたいと + 思ってる/思ってるんだ/思うんだ/×思う。→部下に、市場調査をしてもらいたいと + 思ってる/思ってるんだ/思うんだ/思う。 今度の運動会、全員に参加して + もらいたい/ほしい + と + 思います/思っています/思う( + ん + だ/です)/思っている( + ん + だ/です)。 卒業後は、社会人として、活躍してもらいたいと + 思います/思っています/ + 思う/思っている( + ん + だ/です)。 読者諸氏のご意見を、聞かせて + もらいたい/いただきたい + と + 思う/思っている/思います/思っています。 *読者諸氏のご意見を、聞かせて + もらいたい/いただきたい + と + 思う/思っている + ん + だ/です。 〈非敬体〉か、文末に「~の」が挿入されない「X+に/が++動詞A+て+ほしい/もらいたい+と思う」は、基本的には「X+に/が++動詞A+て+ほしい/もらいたい」と同じ使い方になるが、Xに個別の聞き手がこない、つまり直接「希望/要求」を聞き手に向けることができないという人称制限がある。 ▶巻末「話し手と聞き手/独り言」「文/聞き手志向」を参照 つまり「X=第三者」になる〈非聞き手志向型〉の〈情意表出文〉として、〈独り言〉に使われる。対話現場に〈他者対話〉である〈聞き手〉がいれば、〈聞き手志向型〉の〈独り言〉になり、いなければ〈独り言〉の〈聞き手〉つまり「もうひとりの私」を相手にした〈非聞き手志向型〉の〈独り言〉になる。 これに対して、文末に「~の」を挿入した「~と + 思う/思っている + の + だ/です」や、〈敬体〉の「~と + 思います/思っています」は、〈他者対話〉の〈聞き手〉に向けられる〈聞き手志向型〉の〈情意表出文〉になるので、Xには「聞き手/第三者」が可能になる。ただ、〈非敬体〉「~と + 思う/思っている + のだ」に限り、〈独り言〉の〈聞き手〉にも使うことができる。 <911> また、最後3例のように、Xが不特定多数の聞き手の場合は「~と思う」になることがあるが、聞き手が第三者扱いにされていることを示している。 使い分けワンポイント 66 「~て + ほしい/もらいたい + のだが」と依頼/ ~ていただきたいのですが お父さん、誕生日に、マウンテンバイク、買って + ほしい/×もらいたい + んだけど、いい?僕も少しだけど、貯金、出すから。 ご都合よろしければ、会って + いただきたい/×ほしい + のですけど。 少しお金、貸して + ほしい/もらいたい + んだけど。財布、忘れてね。 札幌へ出張して + ほしい/もらいたい + んだが、日帰りだから、忙しくても、行ってもらえる/くれる + だろうか。 時間、あるかな。ちょっと手伝って + もらいたい/ほしい + んだが。ちょっと静かにして + ほしい/いただきたい + んですけど。ちょっと熱があって、帰らせて + ほしい/いただきたい + のですが。運動会、全員に参加して + もらいたい/ほしい + の + だ/です + が。→運動会には、ぜひ、みなさまに、ご参加いただきたいのですが。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/依頼『~たいのだが』系バリエー 文末が「前触れ」の「~のだが」になる「X + 動詞A + て + ほしい/もらいたい + のだが」のバリエーションも、基本的な使い方は「X + 動詞A + て + ほしい/もらいたい」と同じであるが、Xが聞き手なら、あとに続くものがなくても、このまま「伝統」の車用形式になる 希望の「意志動詞A+たい/ほしい+のだが」と同様、すべての場面で使うことができるが、あとに続くものがあれば「依頼/許可請求」の表現になる。 ただ、遠慮や気づかいの必要な〈ソト/ヨソ〉に対しては、いくら〈敬体〉「~てほしいのですが」にかえたところで、使うことができない。また「~てもらいたいのですが」は、〈ソト/ヨソ〉に向けると、丁寧さよりも傲慢さを響かせるので、受け手尊敬の「~ていただきたいのですが」や「お/ご+ます形/動作名詞+いただきたいのですが」にして、鄭重な依頼にかえる。 君の部下に、市場調査を手伝って + もらいたい/ほしい + のだが。→君の部下に、市場調査を手伝わせて + もらいたい/ほしい + のだが。今度のイベントには、友だちにも、来てほしいんだけど。→今度のイベントには、友だちと一緒に来てほしいんだけど。 また、Xが第三者でも、上のように、聞き手が第三者に働きかけるような場合は、聞き手に対する「依頼」として使うことができる。 親孝行するためにも、両親には、これからもっと長生きしてほしい + ん + だ/です + が/けど。 →長生きしてほしいと + 思う/思っている + ん + だ/です + が/けど。 今度、引っ越しをするので、手伝ってほしいと + 思ってる/×思う + んだけど、忙しい/当てにしていい/来てくれる + だろうか。 今度の運動会、全員、参加して + もらいたい/ほしい + と + 思う/思っている + ん <912> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 + だ/です + が、参加できる人、手をあげてください。 聞き手が第三者に働きかけない場合や、上のようなXが聞き手となる「~と思う」のバリエーションは、〈働きかけ文/依頼〉ではなく、話し手の考えを示した〈述べ立て文〉である。特に「~と思う」のバリエーションは、あとに「依頼/許可請求」の表現がくれば、依頼にはなるが、頼むのを遠慮しているのか、頭を下げるのがイヤで、聞き手が申し出てくれるのを待っているのか、わからなくなるほど、歯切れの悪い依頼になる。 使い分けワンポイント ⑤7~ないでほしい・~てほしくない/~ないでもらいたい・~てもらいたくない あんな危ないところへ、行かないでほしい/行ってほしくない + んだ。→行かないでもらいたい/行ってもらいたくない + んだ。 そんなこと、あなただけは + 言わないでほしい/言ってほしくない。→そんなこと、あなたにだけは言われたくない。 クラスメートを + いじめないでほしい/いじめてほしくない + んです。 →あなた/あいつ + には、うちの子をいじめてほしくない + んです。 お母さんを心配 + させないでほしい/させてほしくない + んだけど。 隣の人に、騒がないでほしい/騒いでほしくない + んだけど、大勢、客が見えているから、 言うほうが無理かもしれないね。 雨なんか + 降らないでほしい/降ってほしくない + んだけど、天気予報がこれじゃ、降る + よ/わ + ね。 ×騒いで+もらいたく/いただきたく+ないんです+けど/が。 こんなところで、大きな声を出さないでいただきたいのですが。 △こんなところで、大きな声を出していただきたくないのですが。 ▶本節「使い分け⑤/~てほしい・~てもらいたくない」を参照 否定の「希望/願望」を表す「X + 動詞A + ないで + ほしい/もらいたい」と、否定の「欲求/欲望」を表す「X + 動詞A + て + ほしく/もらいたく + ない」は、どちらも「XがAしない」ことを希望しているが、およそ次のような違いがある。 ただ「A + ないでほしい/てほしくない」と「A + ないでもらいたい/てもらいたくない」の基本的な使い方は、もとの「~てほしい/~てもらいたい」と同じである。 A + ないで + ほしい/もらいたい:XがAすることを心配し、 Xに「Aするな」と希望している。 X=聞き手:依頼/命令「Aないでください」と、ほぼ同じ。 X=第三者:希望/願望「XがAしないようにと思う」に近い。 A + て + ほしく/もらいたく + ない:XがAすることを不満に思い、 Xが「Aする」ことを非難している。 X=聞き手:非難/禁止「Aするな」と、ほぼ同じ。 X=第三者:非難/要求「XにAするなと言いたい」に近い。 お母さんには、心配しないでほしい + の/んだ/んです/と思う。 <913> これから二度と、お酒を飲んで、事故を起こさないでもらいたいんだ。 前頁最後の「母親」が、聞き手の場合は、依頼になり、話題としてとり上げた第三者の場合は、希望といっても、神頼みに近い願望になる。これが、その次の例の場合、聞き手が部下とすると、穏やかな命令になり、部下が話題の第三者とすると、聞き手に部下への働きかけを依頼していることになる。 お母さんには、心配してほしくない+の/んだ/んです/と思う。 これから二度と、お酒を飲んで、事故を起こしてもらいたくないんだ。 同様に「母親」が聞き手で、話し手は「Aしないで」と非難しているが、第三者なら、第三者への非難を、聞き手に訴えている。 「部下」の場合は、聞き手で、嫌悪の混じった禁止命令、第三者で、聞き手に第三者への働きかけを勧告か要求していることになる。 上司の命令「~てもらいたくない」は、上司としての面子もあり、話し手と聞き手、双方の感情が抑えられていて、言い争いにはならないが、これが「~てほしくない」になると、すでに述べた「~たくない/~ほしくない」と同様、話し手の強い拒否の感情「苛立ち/腹立ち」が表れるので、よほどの場合でなければ、言わないに越したことはない。したがって、いくら丁寧な言い方であっても、目上や〈ソト/ヨソ〉に対して「~ていただきたくない」が使われることはない。もし使われるとすれば、聞き手を侮辱することになる「慇懃無礼」を敢えてする場合になる。 使い分けワンポイント ⑤⑧「~たかった・~ほしかった」と非実現 え、あの映画、終わっちゃったの? 見たかったのに。 売り切れですか。もう少し早く来ればよかった。ほしかったんですよ。 え? その日、試験? なんだ、引っ越し、手伝ってほしかったのに。 日曜出勤? じゃ、車で? 実は、車、貸してもらいたかったんだ。 法事ですか。レセプションに、ご参加、いただきたかったのですけど。 「A+たかった/ほしかった」や「X+A+て+ほしかった/もらいたかった/いただきたかった」は、Aが実現しなかった「非実現」を表している。特に後者は、Xが聞き手の場合、話し手の「がっかりした気持ち/期待はずれ」を表すことになる。 あんなところへ、行かないでほしかった/行ってほしくなかった。 そんなことを言ったって、お母さんを心配 + させないでほしかった/させてほしくなかった + んだけど。 逆に「X + A + ないで + ほしかった/もらいたかった」と「X + A + て + ほしく/もらいたく + なかった」は、Xに対する話し手の期待に反して、Aが実現してしまったこと、つまりXが話し手の期待を裏切ったこと表している。 両者の違いは、前者「~ないで + ほしかった/もらいたかった」が、話し手の心配が実現した「悲しみ/あきらめ」を響かせているが、後者では、話し手の不満が爆発して「怒り/非難」が前面に出ることである。 使い分けワンポイント 59 〜ものか・〜ないものか あんな奴に、負ける/頼む/売る/貸す/借りる/渡す+ものか。 <914> 10.5. モダリティの表現/意志と希望 何、言つくんだ、バカだな。あんなケチが、お金なんか貸すものか。 こんな面白くも、おかしくもないもの、誰が見に来るものですか。 →こんな面白くも、おかしくもないもの、誰も見に来るわけがない。 あの人が自殺だなんて。まさか、そんなこと、あるものですか。 ご冗談でしょう?こんな難しい問題、僕になんかできるものですか。 うちの課長、元気なものか。昨日、過労で倒れて、入院したはずだよ。 妹?バカ、言え、可愛いもんか。やたらうるさくて、憎らしいよ。 あいつが医者なものか。嘘までついて、飲み屋で、もてたいだけだ。 ねえ、今月、また赤字なのよ。どうしたもの+です/でしょう+(か)。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~(という)ものだ/~か」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『こと/もの』の使い方」を参照 ▶本文 2.8.「時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣/~たものだ」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~わけがない」を参照 「X + A + ものか/ないものか」は、人間の力を超越した存在「もの」が、通常の人間の能力を超えた状態を表し、また「~か」が反語を表しているので、最初の例の「A意志動詞-る+ものか」なら、話し手の「絶対にAを実現させない」という超人的な意志を表している。 誰が飲まないものか。おれが飲んでやる。 あんな奴に、何が勝たないものか。絶対、打ち負かしてやる。 また、否定の意志を表した「A意志動詞 + ない + ものか」も同様で、話し手の超人的な意志「絶対にAを実現させる」を表している。ただ「誰/何 + が~ないものか」は、話し手を含む「誰もが/誰でも + 飲む/勝つ」を表している。 しかし、Xが第三者の「A意志動詞-る+ものか」や、Aが「A無意志動詞-る/形容詞-い/(状態)名詞な+ものか」は、状況判断の「A+わけがない/はずがない」に似た意味になる。 ただ、最後の例「どうしたもの+だ/か」は、状況判断で「どうすればいいだろうか」という意味を表しているが、反語でもないし、接続も「~た」に後接している慣用表現である。これは、聞き手の異常に気づいた話し手が心配して、聞き手の「状態/状況」を問いかける「どうしたの+だ/か」からきており、聞き手や話し手という個人のレベルを超えた「話し手と聞き手をとりまく解決不能な状況」についての問いかけである。 来月、あの手形を落とせなくなりそうだ。誰か金を+貸さ/貸してくれ+ないものか。 雨は降るし、気がめいるし、友だちでも遊びに来ないものか。 こんなに並んで待ってるのに、あいつら、早く食べないものか。 こんな暑さじゃ、たまらないよ。夕立でも来ないものか。 疲れましたね。早くゴールデンウィークにならないものですかね。毎日毎日、遅刻じゃ困るんだよ。もう少し早く来れないものかね。もう少し、眼の覚めるようなアイデアが出ないものだろうか。 社長さんにお会いできないものでしょうか。何とか、お願いしますよ。あの会社に、就職できないものかな。初任給が高いって聞いたんだ。 Xが第三者の「意志動詞 + ない + ものか」や、人称制限のない「無意志動詞 + な <915> い + ものか」は、人間の能力を超えた話し手の「希望/願望」を表している。以上をまとめると、次のようになる。 ~ものか 状况判断 A = 第三者 + 意志動詞 / 全人称 + 無意志動詞 超人的意志 話し手+意志動詞 廰堲 超人的意志 ~ないものか なお、状況判断の「~ものか」は、話し手の経験や知識に基づいた状況判断で、ほとんど断定に近い「A + わけがない」や、客観的な根拠や証拠に基づいた状況判断「~ないはずだ」に近い話し手の強い確信を表すが、話し手の経験や知識を根拠にしなくても、また客観的な証拠などなくても、話し手の超人的な直感や、単なる思い込み、いわゆる「独断と偏見」でも使える点が、ほかの状況判断の表現とは異なっている。 10.6. モダリティの表現/状況判断 ~ようだ・~みたいだ A + Bようだ:自分の感覚でとらえたAを分析して、状況はBと判断する。 A + Bみたいだ:自分の感覚でとらえたAから、直感で状況Bを連想する。 接続 未完文ーる/ーい/~た/状態名詞な/名詞の+ようだ ーる/ーい/~た/(状態)名詞+みたいだ 形態状況判断を表す「~ようだ」には、慣用表現を除けば「~よう + な/に」という形態は存在しない。 同様に、状況判断「~みたいだ」に「~みたい + な/に」という形態は存在しない。 話し言葉の状況判断の場合、慣用表現を除けば、すべての場合で置き換わる。 [例] こんな時間よ。友だち、もうみんな、帰ったような気がするけど。 次のように、置き換えると、不自然になる。 *こんな時間よ。友だち、もうみんな、帰ったみたいな気がするけど。 妹も中学生。じっと見るのがまぶしい + よう/×みたい + な感じです。今年の冬は、例年になく寒かった + よう/×みたい + に感じられた。 次の例は、置き換え不能。 先生が守らないようでは、こんな規則、誰が守るっていうんですか。 <916> ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~では」を参照 行くような行かないようなことを言って、どうもはっきりしませんね。 駐在中は、本当にいろんなことがありましたから、長かったようでもあり、振り返れば、 短かったようでもあり、ちょっと複雑な思いです。 用例 次の用例は、置き換え可能。 ほら、まだ電気、ついていますよ。このぶんだと、どうやら、今日もまた残業で、徹夜でもする + よう/みたい + ですね。体、大丈夫かな。 あの車の音、雨が降ってる + よう/みたい + だけど。ちょっと外、見てみて。 朝まで、ぐっすり眠ったら、疲れがとれた + よう/みたい + なんだよ。 この夏、去年より、ずっと暑い + よう/みたい + ね。そうでしょう? これ、みんなが好き + なよう/みたい + だから、買ってきたんだけど。違った? 先日お会いしたときは、とってもお元気 + のよう/みたい + でしたが。 あそこにいる人、見覚えがあるわ。取り引き先の人 + のよう/みたい + よ。ね? 使い分け 「A + B + よう/みたい + だ」は、体の五官や第六感など、つまり「目/耳/口/鼻/肌」やインスピレーションなどでとらえた、具体的で個別的な「ある現象A」から、一般的な状況Bを導きだす場合に使われる。 「~ようだ」と「~みたいだ」は、意味や使い方の上で、非常に近い位置にある。基本的に「~ようだ」は、書き言葉でも話し言葉でも、また〈ウチ〉でも〈ソト〉〈ヨソ〉に対しても使われる。 一万、王に〈ウチ〉での話し言葉で使われる「~みたいだ」は、フォーマルな〈ソト〉や〈ヨソ〉に対する場では避けられる傾向にあり、子どもや女性が好んで使う傾向があるように思われる。 つまり「~みたいだ」は〈非敬体〉と相性がよく、女性、または女性に話しかける男性には〈敬体〉でも使われることがあるが、すべての場で使われる「~ようだ」は、〈非敬体〉〈(超)敬体〉、年齢性別を問わない。 [例] に示した「~ような+気/感じ/予感/胸騒ぎ+がする」や「~ように+思う/思われる/感じる/感じられる」また「~ようでは/P+ような+P+ないような/P+ようでもあり+Q+ようでもあり」などは、慣用的な表現で、使う人がいるかもしれないが「~みたいだ」への変換が不自然になるものである。 「A + B + よう/みたい + だ」は、上の「用例」のように互換性のある場合、体の五官、つまり「目/耳/口/鼻/肌」などでとらえた状況Aから、話し手が推理を働かせたり、演繹的に考えたりして「Bだ」と判断したのなら、通常「B + ようだ」が使われていることになり、五官のほかに第六感まで動員して、見たまま聞いたまま、感じたまま「Bだ」と判断したのなら「B + みたいだ」が使われていることになる。 解説「B + よう/みたい + だ」は、次のように、自分自身は否定になることはなく、Bを否定「B + ない + よう/みたい + だ」にして使われる。 ×どうやら今日は、徹夜なんかする + よう/みたい + ではありませんね。 →どうやら今日は、徹夜なんかしない + よう/みたい + ですね。 彼女/×あなた + は、友だちとお花見へ行く + よう/みたい + ですか。 彼/×あなた + は、この冬休み、国へ帰った + よう/みたい + ですか。 ▶本節「使い分け④⑥/~はずではない/状況判断の否定『~ではない』を参照 <917> ~ようだ・~みたいだ 通常「B + よう/みたい + だ」は、第三者の状況を判断するのに使われるものなので、〈問いかけ文〉も、上のように、第三者の状況を聞き手に尋ねるものである。 朝まで、ぐっすり眠っていたから、疲れがとれた+よう/みたい+だ。 →朝まで、ぐっすり眠っていたから、疲れがとれた+よう/みたい+か? すごいクシャミをしましたね。風邪を引いた+よう/みたい+ですか。 顔、青い+わ(/よ)。飲みすぎた/酔った+みたい/よう(+かい)?(括弧内男性語) →顔色、青いですよ。飲みすぎた/酔った+よう/みたい+ですか。 ▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 ▶本文10.7.「モダリティの表現/確認/~ね・~のだね」の「接続」を参照 ただ、上のように、話し手が自分自身を第三者にして、話し手自身の感覚「疲れがとれた」を表す場合、〈問いかけ文〉にして、聞き手の感覚を尋ねることができるが、この場合、話し手は、見聞きした聞き手の様子や状態を「証拠や根拠」にして、聞き手に問いかけている。 「~みたいだ」は、〈敬体〉でも〈非敬体〉でも、話し手か聞き手が女性なら、自然な感じになる。ただ、女性の〈非敬体〉は、基本的に「~だ」の脱落する「~みたい」が使われる。〈非敬体〉の「~ようだ」は、男性なら「~よう + か/かい」が使われ、女性なら「~よう?」になるが、やはり「~みたい?」のほうが、はるかに自然である。 あ、あら、あの人、どこかで会った + よう/みたい + でしょう? 覚えてない? あ、いつの間にか、眠ってた + よう/みたい + だ/×かい。どうしたんだろう。 誰かに見られている + よう/みたい + だ/×か。何か、おかしな感じがする。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/女性非敬体の『~のね』を参照 聞き手の状況を判断する「証拠や根拠」がなければ、聞き手の状況についての〈問いかけ文〉は成立しない。ただ、自分自身の状態についての確認や、聞き手の言葉を受けた上での確認「ねえ/えっ + いつの間にか、ぼく、眠ってた + よう/みたい + なのか?」や、問い返し「誰かに見られている + よう/みたい + って?」の意味で使われているのであれば、〈問いかけ文〉は成立する。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~が+疑問詞』と問い返し」を参照 補足 「B + よう/みたい + だ」は、Bが〈一人称形容詞〉の場合、第三者の感覚や感情を表す。〈問いかけ文〉でも同様である。また、状況判断の「~そうだ/~だろう」も使うことができる。 李さん、友だちが帰国して、寂しい + よう/みたい (+ です) + ね/か。→寂しい + だろう/でしょう (+ ね/か)。寂しそう (+ です) + ね/か。国からご両親が見えたそうです (×か)。うれしそうにしています (か)。単調な仕事で、つまらなそうです (か) / つまらないらしいです (×か)。あの音、どうも外は、雨が降っているらしい (+ です) + ね/×か。 ▶ 巻末「形容詞/一人称形容詞」を参照 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~そうだ・~らしい」を参照 ▶本節「使い分け22/状況判断と問いかけ文」を参照 伝聞を表す「~そうだ/~らしい」は、〈問いかけ文〉にはできないが、後者の「~ らしい」は、たとえ状況判断の場合でも〈問いかけ文〉にすることができない。これは「~らしい」が、伝聞とも状況判断ともとれる中間的な性質をもっているためと考えられる。 <918> 10.6. モダリティの表現/状況判断 国からご両親が見えた + そうな/らしい + のです ( + か/って ?)。(伝聞) あの音? 雨が降ってる + らしいですって?/※らしいのですか。(状況判断) A:あ、熱がある。どうも風邪を引いたらしいよ。(状況判断) B:熱があるのですか。風邪を引いた + ような/※らしい + のですか。 →熱があるのですって? 風邪を引いたらしいって、何のこと? ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ただ、伝聞の「~そうだ/~らしい」は、上のように、確認か問い返しにすることができるが、状況判断の「~らしい」の場合、確認にすると、聞き手の状況に興味のない「伝聞」のようになってしまい、問い返しにすると、問いただしたり非難したりするような響きになってしまう。 課長、頭が痛/楽し+そうですね。何か/いいこと+あったのですか。 どうしたの?頭が痛い/うれしい+みたい/△よう+ね。 △どうしたのですか。頭が痛い/うれしい+みたい/よう+ですね。 上のような聞き手への問いかけの場合、Bが〈一人称形容詞〉でも、文末に聞き手の同意を求める「~ね」を加えれば、第三者の状況を判断する「~そう+だね/ね」が使えるようになり、〈非敬体〉では「~みたい+だね/ね」が可能になる。 「〜みたいだ」が可能なのは、あとで述べる「直感的判断」に「例示」の意味が重なるためではないかと考えられる。これに対して「〜ようだ」は、使う人がいるかもしれないが、まるで他人事で「よそよそしい/冷淡な/投げやりな」響きがする。これを「〜らしい」にかえると、伝聞になってしまう。 使い分けワンポイント ① 状況判断と断言 あ、頭が痛い。どうしたんだろう。風邪でも引いたのかもしれない。 どうしたんですか。頭でも痛いのですか。熱があるんでしょうか。 どうしたんですか、課長。頭が痛そうですね。風邪じゃないでしょうか。 ほら、課長、頭が痛いようですよ。風邪でも引いたんじゃないかな。 僕は + 日本人だ/×日本人だろう。でも、外国の人から見て、恥かしくない日本人だろうか。いや、きっと異文化の理解できない日本人だろう。その文化のなかで「何が恥か恥でないか」わかっていないはずだ。 本書の「状況判断」は「断言」と区別され、次のようにとらえられている。 状況判断:話し手が「第三者の状況」を判断すること もし話し手が、〈話し手〉自身の状況であったり、〈独り言〉における「もうひとりの私」を含んだ〈聞き手〉の状況であったりした場合は、〈話し手/聞き手〉を「第三者」と見なして判断している。 言:主に〈非敬体〉「-る/−い/~た/~だ」や〈敬体〉「-る/−い/~た/です」また「未完文 + のだ」で表現される。話し手が〈話し手〉自身の状況、および話し手をとりまく状況について判断する。 <919> 先ほどの例で、断言と言える文は「あ、頭が痛い」と「僕は日本人だ」だけであり、そのほかは、すべて状況判断になる。 使い分けワンポイント 使い分けここへ、 ② 状況判断「~ようだ・~みたいだ」のまとめ 状況判断で、互換性のある「A + B + よう/みたい + だ」には、大きく分けて、次の3つの使い方がある。 1. 对他観察 聞きましたか、今の話し方。学校の先生 + のよう/みたい + でしたね。 あれ、また彼と電話してる。あと1時間はかかる + よう/みたい + だ。 父は、一口食べて、箸をおいた。どうやら、おいしくなかったようだ。 朝、起きると、太陽が出ていた。今日はいい天気になるみたいだった。 玄関に現れた女は目をはらしていた。どうも今まで泣いていたようだ。 あんなところで人が騒いでる。なんだか、けんかでもしてるみたいだ。 気がつきましたか。書類をくれたときの態度からみて、まだ昨日のことを根に持っているようですよ。困りましたね。どうしましょう。 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~からみて」を参照 話し手が、自分の「視覚/聴覚/味覚/嗅覚/触覚」などの感覚を通して観察し、とらえた周囲の状況A、上の例では「話し方/彼と電話している/箸を置いた/太陽が出ていた/目をはらしていた/人が騒いでいる/書類をくれたときの態度」から、B「先生/あと1時間はかかる/おいしくなかった/いい天気になる/泣いていた/けんかをしている/昨日のことを根に持っている」と判断する。 つまり「他者を観察した結果、状況がAということは、その原因または結果となる一般的な事態はBであると判断できる」といった意味を表している。 2. 对白判断 検査してもらったよ。別にこれといって異常はないんだって。今朝、心臓に痛みが走ったの、気のせいだった+よう/みたい+だよ。 黒板の字が見にくくなってきちゃった。どうも目が悪くなったみたい。 歯茎がはれて、歯が痛いの。神経、使ったから、肩をこらして炎症が起こったようよ。 あら、大変。立ちくらみがしている。また貧血、起こしたみたいだわ。 何だか目覚めが悪いんだよ。どうも明け方、怖い夢を見てたようだな。 どうしても答えが合わない。考え方がそもそも間違っているようだぞ。 話し手が、自分の感覚がとらえた周囲の状況A、上の例では「検査結果/黒板の字が見にくい/歯が痛む/立ちくらみがする/目覚めが悪い/答えが合わない」から、自分自身の状況がB「痛みは気のせい/目が悪くなった/炎症が起こる/貧血が起きた/怖い夢を見た/考え方が間違っている」と判断する。 つまり「周囲の状況Aから、一般的に見れば、自分自身がBであると判断できる」といった意味を表している。 3. 对自感觉 あの方、どこかでお会いしたみたいなんだけど、覚えていらっしゃる?何か叫び声が聞こえたみたいだけど、聞こえた?え、うそ、ホント? <920> 10.6. モダリティの表現/状況判断 おかしいな。あまり食べなかったのに、胸焼けがしてるようなんだよ。わあ~、誰かが襲ってくるみたいだし、背中に虫がはってるみたいだ。あ~あ、また、あくび。今日は何にも面白いことなんかないみたいだ。 Aとなるような周囲の状況も、自覚症状も、何の根拠もないのに、ただ自分の感覚に触れただけにすぎないものB「どこかで会った/聞こえた/胸焼けがする/誰かが襲ってくる/虫がはう/面白いことがない」が存在と判断する。 つまり「感覚的直感的に、事態Bが存在すると判断する」といった意味になり、主に「既視感(デジャヴュ)/幻視/幻聴/幻覚/予感/気のせい/目の錯覚」などを表す場合に使われる。 また、この「対自感覚」は、どちらかというと「~みたいだ」のほうがぴったりし、もし「~ようだ」が使われるとすると、慣用表現で「~みたいだ」では不自然になる「~ような気がする」や「~ように思う」や、変換不能の「~ような~ないような/~のようでもあり~ようでもあり」などになる可能性のほうが大きいと思われる。 使い分けワンポイント ③「~ようだ・~みたいだ」の使い方 「~ようだ」には、次のように5つの使い方があり、はじめの3つが「~みたいだ」の使い方と重なりを見せる。 文頭に「☆」をつけたものは慣用表現で「〜みたいだ」を使うことができない。また「状況判断/比喻」の場合、文のあとの( )のなかが状況判断を表すなら、置き換え可能なものを示している。もちろん接続は適切なものにかえる必要がある。 ようだ/みたいだ-1:状況判断 受話器をとると、不快な音とともに電話が切れたよ。どうも男の声に興味をなくしたイタズラ電話 + のよう/みたい + だな。(らしい) やだ。熱があるから、どうも風邪を引いた + よう/みたい + だわ。(らしい) あ、頭がぼーっとしてきた。どうやら酔った + よう/みたい + だ。(らしい) どうも何か特殊な工具で細工してある + よう/みたい + だ。(らしい/そうだ) ちょっと見て、見て。あそこに誰かいる + よう/みたい + だろう?(そうだ) 当日、もし遅れる + よう/みたい + だったら、携帯で知らせてね。(そうだ) でも、誰も来ない + よう/みたい + なら/であれば、遠慮させていただくよ。→でも、誰も + 来そうになかったら/来なさそうなら、遠慮させていただくよ。 ▶本文 4.「順接仮定条件/~なら・~たら・~ば・~と」を参照 ☆今日は、いいことでもある + よう/×みたい + な + 予感がする。(そうだ) ☆もう少し待ったら? もうすぐ来る + よう/×みたい + に思うから。(そうだ) ☆このほうが、おいしい + よう/×みたい + に + 思う/感じる + んだけどね。 ☆こんな間違いをするようでは、まだまだ勉強不足といったところだな。 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~では」を参照 ☆今度の新入社員、どうなってるの? 何を言ったって、わかってるような、わかってないような、教えがいというものがなくってさ。 ☆あの男、どう思う? 犯人のようでもあるし、無罪のようでもあるし、アリバイ、もう一度、洗いなおすしかしかないよな。 ようだ/みたいだ-2:比喻 <921> このほうが、まるでおいしい + ように/みたいに + 見えるんだけど。 雪はダイヤモンドの粉 + のよう/みたい + に、キラキラと舞いおりてきた。 その水は、手が凍りついてしまう + よう/みたい + に冷たかった。(そうだ) わらにでもすがりつく + よう/みたい + に、両手をもがかせた。(そうだ) 鶴は「助けて!」と言う + よう/みたい + な目で、彼を見つめた。(そうだ) 2回目のはずなのに、初めて会った + よう/みたい + な顔をされたんだよ。 お母さんが焼いたの? まるでパン屋さんのパン + のようだ/みたい + ね。 見た目は、普通の机 + のよう/みたい + ですが、実は、仕掛けがありまして。 ドームは光に満ちあふれ、別世界にでもいる + よう/みたい + だった。 ☆ドームは光に満ちあふれ、別世界にでもいるか + のよう/※みたい + だった。 ☆突然、季節はずれの冬の嵐となり、身を切るような風が吹き荒れた。 ☆ここへ来ると、いつも今さら (のこと) のように、あのことが 鱗ってくる。 ▶本文 7.2.「比較・比喩・比例/比喻/~ようだ・~みたいだ」を参照 ようだ/みたいだ-3:例示 お母さんが焼いたの?パン屋さんのパン+のよう/みたい+な味だね。起きたとき、キャンディのような甘いものをとると、頭が動き出しますよ。李さんのように、日本語が上手に話せたらいいんだけど、まだまだね。(注)以上は「~みたいだ」に置き換え可。以下は文体上、不自然。 妹は、姉のように、美しい=妹は、姉と同じように、美しい。 妹は、姉のように、美しくない=妹は、姉と同じように、美しくない。 妹は、姉のようには、美しくない=妹は、姉とは違って、美しくない。 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~のように~ない」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/全部否定と部分否定」を参照 パソコンのような機械は、電磁波を出して、人体に影響するそうです。 精神的な疲れには、サプリメントやプロテインのように、ビタミンB群やタンパク質を 含んでいるものが効果的だといわれています。 このように醸酵させておけば、腐ってしまうようなことはありません。 ☆これ、昨日も言ったように、ここに置くんじゃなくてさ、あっちなんだけど。 ☆お母さんがするようにするのよ。ほら、この指で箸を挟んで。そう、そうね。 ▶本文3.5.「順接確定条件/基準/~ように」 ☆ご存知のように、地球上の多くの人は、飢餓線上をさまよっているのです。 ☆今年の売れ行きは、図表で示しましたように、昨年を上回っています。 ▶本文1.3.「主題/例示/~ように・~ような」を参照 ようだ-4:希望 希望-a:目標 よく眠れるように、毎晩、ナイトキャップに、ブランデーを飲んでいます。 遅刻しないようにタクシーに乗ったが、ギリギリで間に合わなかったんだ。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~ように」を参照 毎朝1時間、近くの河原に行って、ジョギングするようにしています。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/~ようにしている」を参照 希望-b:予防 風邪を引かないように、毎日、規則正しい生活をするように心がけています。 <922> 卒業試験で悪い成績をとらないように、昨日から準備を始めました。 ▶本文3.6.「順接確定条件/目的/~ように」を参照 希望 - c:祈願/願望 志望校に合格できますように、お願い申し上げます。 よいお年をお迎えになられますように、お祈り申し上げます。 どうか明日、雨が降りませんように。 優勝の栄誉をお与えくださいますように、お願い申し上げます。 なにぶんとも、ご協力くださいますよう、お願い申し上げます。 ほかの方のご迷惑になりますから、指定されたエリア以外での携帯電話のご使用は、ご遠慮くださるよう、お願い致します。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/『願う』系バリエーション」を参照 希望-d:命令 ここにゴミを捨てないように/明日、給食代を持ってくるように。 これは僕にはわからない。課長にすぐ来てもらうように、いいね? ご覧になった新聞や雑誌は、もとの場所にお戻しいただきますように。 ×駅構内での禁煙に、ご協力いただきますよう、お願い申し上げます。 ▶本文 6.1. 「変化の表現/A→B/~こと・~ように」を参照 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/~ていただく」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ていただく」を参照 希望-e:伝言 課長にすぐ来るように言ってもらえるかな、いいね? →課長に「すぐ来るように」と言ってもらえるかな、いいね? (命令) テレビの音、もう少し小さくするように言われちゃった。 →「テレビの音、もう少し小さくするように」って言われちゃった。(命令) 戻られましたら、お電話くださるようにお伝えいただけますか。 →戻られましたら「お電話くださるように」とお伝えいただけますか。(希望) 店長に、時間給、あげてくれるように頼んどいたわよ。 →店長に「時間給、あげて + くれ/ください」って頼んどいたわよ。(依頼) 生徒たちに、給食、残さないように注意してください。 →生徒たちに「給食、残さないように」と注意してください。(命令)(注)上の( )のなかは、引用符内の意味を表している。 ようだ-5:変化 李さんのように、日本語が上手に話せるようになるといいのですけど。 うちの子、ハイハイから、やっと歩けるようになりましたよ。 そんなに心配しなくても、試験が来れば、勉強するようになりますよ。思いきって、ドアを網戸にして、風が通るようにしたよ。 血圧が高いんだって。明日から階段を後ろ向きに上がるようにするよ。 紙を折ると、鶴+のよう/みたい+になる。(比喻/例示+変化) 紙を折って、鶴+のよう/みたい+にする。(比喻/例示+変化) (注) 最後の2例の「~ようだ/~みたいだ」は、変化の「~に + なる/する」と分業し、比喩か例示を表しているだけである。 ▶本文 6.1. 「変化の表現/A→B/~ように + なる/する」を参照 <923> 使い分けワンポイント ④「~ようだ・~みたいだ」の違い 先ほどの例をまとめて、使われ方を表にすると、次のようになる。 (注 1) 状況判断△:慣用表現 (注 2) 変化の「~ように + なる/する」には、話し手の希望が含まれている。 慣用表現を除けば「希望/変化」の「~ように/~ようになる」だけが「~みたいに」に置き換わらないが、そのほかの「~よう+だ/な/に」は、話し言葉で、すべて「~みたい+だ/な/に」に置き換わる。 あら、傘、さしてる人がいる。雨、降ってる + よう/みたい + ね。 傘をさしている人がいた。雨が降っている + よう/みたい + だった。 赤ちゃん、寝息、たててるわ。眠っている + よう/みたい + ね。 赤ちゃんは、寝息をたてていた。眠っている + よう/みたい + だった。 まだ電気、ついてますよ。残業で徹夜でもする + よう/みたい + です。 まだ電気がついていた。残業で徹夜でもする + よう/みたい + だった。 話し言葉専用の「〜みたいだ」が、書き言葉に使われて不自然さを感じさせないのは、比較的カジュアルな書き言葉の「比喻」か「状況判断」の場合であるが、上のような「状況判断」の場合でさえ、もしも書き言葉のほうに「〜みたいだ」が使われると、まるで「比喻」の「〜よう/〜みたい」になってしまう。 ▶本文 7.2.「比較・比喩・比例/比喩/『~ようだ/~みたいだ』を使った比喩」を参照 ~ようだ/~は推論的感覚的判断 ~みたいだ/~が 感覚的直感的判断 両者の基本的な違いは、上のようになっていて、いわば、主題の「~は」と主格の「~が」の違いに似たような使い分けがなされている。この違いが、慣用表現における非互換性に反映しているかと思われる。 ▶本文 1.1. 「主題/提題/『~は』の使い方/『~が』の使い方」を参 これ、誰?お父さんの友だちのスペインの人?へえ、でも、どことなく王さんのおじさん+みたい/×のよう+ね。そう思わない? どうしたの、その顔。けがしたの? 日に焼けたの? ここのところなんか、赤くなって、何かに引っ掻かれた + みたい/×よう + だけど。 おかしいわね、これ、誰かが触った + みたい/よう + よ。ほら、ここ。かすかに汚れてて、ヒビが入ってる + みたい/×よう + じゃない? また、上の表の「◎」をつけた「~みたいだ」には、上のような「例示」を表しなが <924> 10.6. モダリティの表現/状況判断 ら、ただそれだけではなく「状況判断」とも「比喻」ともつかない使い方があり、この場合「~ようだ」に置き換えると、単なる「状況判断」の意味に変わってしまうか、不自然になる。 使い分けワンポイント ⑤「~そうだ」の使い方 状況判断を表す「A + B + そうだ」には、大きくわけて、次の2つの使い方があり、あとのほうには、5つのバリエーションがある。そして計6つの使い方に境界があるのではなく、それぞれが互いに、たとえわずかであっても重なり合っている。 接続:名詞 接続しない 状態名詞 静か→静かそうだ 静かではない→静かではなさそうだ 静かそう + では/でも + ない 形容詞 高い→高そうだ 高くない→高くなさそうだ 高そう + では/でも/に/も/にも + ない 動詞行く→行きそうだ 行かない→行かなさそうだ 行きそう + に/も/にも + ない (注)形容詞は、名詞と動詞との中間的性質がある。 I. 現在の様子 この時間なら、食堂のほうが静かそうだから、そっちで勉強しようよ。 どうも元気 + そうで (は/も) なかった/で (は/も) なさそうだった/(が) なさそうだった + けど、みんなと会いたいから、今晩の練習に来るって。 いやな人ね。真面目そうな顔をして、何、冗談、言っているんですか。 コンピュータって便利そうに見えますが、いざ故障すると厄介ですよ。 あそこ、後ろから2つめの輪よ。楽しそうにして、踊ってるじゃない。 ここ、高そうじゃない/高く (は/も) なさそうだ + から、入ってみる? 大したこともないのに、わざとつらそうなふり、してるんでしょうか。 あの人、とっても幸せそうですけど、本当は、そうではないんですよ。 え~と、今回の応募作品のなかで、これが一番、優れていそうですか。 そこらじゅう、夜目にも氷が光っていて、道が滑りそうになっていた。 ▶巻末「動詞の種類/状態動詞」を参照 あの先生、いかにも何でも知って(い)そうな様子、してると思わない? おい、見ろよ。あいつ、図書館で何、してんだ。夢中になって本、読んでるとこ、見ると、漫画の本でも読んで(い)そうだな。だろ? あ、いい匂いですね。まだこんな時間なのに、料理していそうですね。部屋、間違えた?何だか、きれいに掃除して+あり/×い+そうね。どうやら、道に迷ったな。あそこ、何か書いてありそうだな。地図かな。起きていそうですよ、目がピクピクしていますから。獺寝入りですよ。彼女、食べていそうに見えるけど、嫌いな料理だから、食べてないよ。 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 ▶本文 2.7.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 「B + そうだ」は、上のように〈基準時同時間帯〉で、現在の様子や状態を表す場合は、状態名詞や形容詞、状態動詞、動作の最中や変化後の状態を表す「~ている/ <925> ~てある」に接続して、B「自分の感覚器官がとらえた外界の現在の様子/経験を通して思い浮かべた現在の様子」を判断する場合に使われる。 II. 近未来への予測 1.一般的予測-a:人称制限なし+無意志動詞+そうだ どうも、雨が+降り/降らなさ/降りそうに(も/にも)なさ+そうだ。 こんなに食べたら、そのうち、どの服も合わなくなってしまいそうだ。 どこにでも、いじめられそうな感じの子って、いるんじゃないですか。 まだ飲めそうだ。こんなに飲んでたら、アル中になってしまいそうだ。 もう終わりそうですけど、帰れそうですか。帰れそうもないんですか。 あの絵、落ちてきそうですけど、落ちない仕掛けがしてあるんですよ。 悲しさのあまり、その目は、今にもあふれそうなほどの涙で覆われた。 ▶本文7.2.「比較・比喻・比例/比喻/~そうなほどだ」を参照 2.一般的予測-b:第三者+意志動詞+そうだ あの子、声、かけたら、すぐについてきそうな気がするな。どう思う? 見るからに飲めそうですよ。勧めれば、いくらでも飲みそうでしょう? 気をつけなさい、あの子。いかにも弱い子、いじめそうに見えるから 3.制御不能になることへの恐れや心配:話し手+意志動詞+そうだ: だめ、だめ、また食べてしまいそうだ。これじゃ、豚になってしまう。 早く起きなきゃ、遅刻しちゃうのに、まだ寝そうだよ。起こしてくれ。 こうもイラついてちゃ、せっかくやめたタバコ、また吸っちゃいそう。 上の「1」~「3」は、〈基準時未実現〉で「近未来」を表しているが、動作や変化を表す動詞に接続し、Bの事態を「予測/予想/予知/予感」する場合に使われる。ただ、話し手の感覚的な「予測/予感」なので、Bが実現する〈未実現〉なのか、実現しない〈非実現〉なのかは、何も伝えていない。 4. 反実仮想 コンパで飲みすぎて、もう少しで好きな人の名前を言いそうになった。 パチンコに夢中で、陽の照る車で寝てた子ども、忘れそうになったの? ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想/~そうになった」を参照「予測/予想/予知/予感」した B の事態が〈非実現〉だったことを表している。 5. 非 難 客を待たせてるんだから、お茶の一杯でも、出そうなもんじゃないか。 もう着いていそうなものだが、遅れるとか何とか、連絡はないのかい。 まだ寝てるのか。もうこんな時間なんだから、そろそろ + 起きそうな/起きていそうな/起きててもよさそうな + もんだがね。 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ばよさそうなものだ・~ていそうなものだ」を参照 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~そうだ」を参照 「B + そうだ」は、現在の状態であれ、近未来であれ、話し手が、自分の感覚を通して観察した様子や状況Bを、その「真偽/善悪/好悪/是非/可否」といった判断をせず、受けたままの印象を、感覚的直感的に述べる場合に使われる。 <926> 10.6. モダリティの表現/状況判断 つまり、基本的には、先ほど「使い分け②」で述べた「対自判断/対自感覚」を表しており、たとえ「対他観察」の内容であっても、その根拠となるのは、話し手自身の感覚であり、第六感といった直感なので、自分のことであれば「対自感覚」になり、第三者のことであれば、いわば「対他感覚」といえるものになる。 ▶なお、〈問いかけ文〉については、本節まえの「~ようだ・~みたいだ」の「補足」を参照 使い分けワンポイント ⑥「~らしい」の使い方「A+B+らしい」の使い方には、次の3つがある。 1. 典型 はつらつとして爽やかな若者らしい若者が、少なくなった気がするね。 権力におもねらない反骨精神をもった大人らしい大人がいなくなったよ。 今年は空梅雨なのかな。まだ一度も、雨らしい雨も降ってないだろう? 「男らしい」や「女らしい」といった言葉に、封建的な男尊女卑の思想が反映したイメージを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。 子どもの目線まで腰をかがめると、母親らしいやさしさで話しかけた。 スカーフを粋に決めたところなど、いかにも彼らしい出で立ちだった。 そんなことして、また先生に叱られたのか。いかにもあいつらしいよ。 どうしたんですか。元気、出してくださいよ。課長らしくもないですよ。 あの、いじめでも何でも見て見ぬふりをする人が、先生らしいのですか。 「B名詞 + らしい(+名詞)」は、Bのもつ性質のなかでも、特に「典型的な性質を示している様子」を意味し、形容詞として扱われる。Bの性質の何が典型的であるかは、人によっても時代によっても異なるはずであるが、この「らしい」が人に使われると、一時代前の期待される人間像になることが多い。 なお「典型」の場合は、〈問いかけ文〉にも、否定「B + らしくない」にもすることができる。ただ「B男/課長 + ではないらしい」にすると、伝聞か状況判断になってしまう。 2. 伝聞 この 15 日ごろに、ボーナスが出るらしいよ。あの釣り道具、買っていい? あの店、おいしいらしいって評判だよ。特にお好み焼きは、有名らしいけど。 あいつ、停学になるらしいよ。昨日、先生とけんかしたらしいからさ。 今度の子は男の子らしいよ。上ふたりが女の子だったから、とても喜んでる。 天気予報じゃ、夕方から雨らしいから、傘、持ってくの、忘れないでね。 →天気予報じゃ、夕方から雨らしいのですか(↑)(↓)。じゃ、傘、要りますね。 →天気予報じゃ、午後から + 降らないらしい/×降るらしくない + ですよ。 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~そうだ・~らしい 「A + B - る/ - い/~た/(状態)名詞 + らしい」は、上のように使われると、伝聞を表し、モダリティは「状況判断」ではなく「断言」である。情報源Aから直接、Bを聞いたのであれば「直接伝聞」になるが、この「~らしい」は、伝聞の「~そうだ」に比べると、例えば「又聞き/噂/評判/口コミ」といった「間接伝聞」に使われることが多い。 <927> なお「伝聞」の場合、文末に「~(の)か」をつけることはできるが、問いかけではなく、イントネーションが上昇して「確認」になり、下降して「納得」になる。 否定は「B + ないらしい」にすることはできるが、文末の否定「B + らしくない」にはすることができない。 3. 状况判断 現場からアリバイのない指紋が採集されなかったところからしても、これはどうも内輪の人間による計画的な犯行らしいぞ。 お久しぶり。おお~、いい顔色して、元気らしいな。すべて、順調? どうして、こんなに手を振ってるのに、まだ + 気がつかないらしい/×気づくらしくない。あ、こっちを見て、手を振った。やっと気づいたらしい。 手にして見ると、バンクカードだった。どうも前の人が忘れていったらしい。 受話器をとると、聞きなれない女の声だった。何かのセールスらしい。 耳がくすぐったくなってきたから、どうやら、これで風邪がなおるらしいぞ。 くしゃみが3回も出ました。どうも誰か、僕のこと、噂してるらしいです。 えっ、どこだ、あ、しまった。定期がない。どうやら家に忘れてきたらしい。 妻は朝からエプロン姿で、そわそわしながら、炭をおこしたり、茶の道具を出したりして、客を + 呼ぶ/呼んでいる + らしかった/らしい。 上のような「A + B - る/ - い/ ~た/ (状態) 名詞 + らしい」は、話し手が自分の感覚などを通して得た観察結果や情報A「指紋が採集されていない/いい顔色をしている/手を振る/お茶の準備をしている/バンクカードの発見/聞きなれない女の声/耳がかゆい/3回のくしゃみ」から、B「内輪の犯行/元気/気づく/客を招く/忘れ物/セールスの声/風邪がなおる/噂されている」という状況を判断する。つまり「Aという観察や情報を根拠に、状況はBであると判断する」場合に使われ、先ほど「使い分け②」で述べた「对他観察/対自判断」を表している。 特にAが他者から聞いた情報の場合は「伝聞」との境界を表し、最初の例では、話し手が刑事か公安関係者であれば、話し手自身の「状況判断/推理/推定」といったものになるが、そうでなければ、単なる「伝聞」にすぎない。 アリバイのない指紋がなかったから、内輪の犯行らしい。(伝聞) 内輪の犯行だから、アリバイのない指紋がなかったらしい。(状況判断) →内輪の犯行だから、アリバイのない指紋がなかったらしい(の)か。(↑)(↓) あいつ、授業中、先生とけんかしたから、停学になったらしい。(伝聞) あいつ、停学になったことからすると、授業中、先生とけんかしたらしい。(状況判断) ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 ▶本節まえの「~ようだ・~みたいだ」の「補足」を参照 ▶本節「使い分け②④⑥/状況判断と問いかけ文/状況判断の否定『~ではない』」を参照 一般的に「AだからB」という因果関係が成り立つ場合、このまま「AだからBらしい」とすれば伝聞を表し、AとBを逆にして「BだからAらしい」にすれば、状況を表すことになるが、実際のところは、当事者に聞くよりほかない。 なお「伝聞」と同様に「状況判断」の場合も、否定は「B + ないらしい」にすることはできるが、文末の否定「B + らしくない」にはできない。また、文末に「~(の)か」をつけた「確認/納得」は、すでに状況判断をする力を失って、モダリティが断 <928> 言になる「伝聞」の問いかけに変化してしまう。 ▶なお、〈問いかけ文〉については、本節まえの「~ようだ・~みたいだ」の「補足」を参照 使い分けワンポイント ⑦「~ようだ・~そうだ・~らしい」と時の表現 疲れたから、早く + 休む/休んだ + ようだ/ようだった/らしい/らしかった。腹が減って、何か食べて + る/た + ようだ/ようだった/らしい/らしかった。いい顔色で、元気 + みたいだ/みたいだった/そうだ/そうだった/らしい。 ゲームは初めてで、楽しい/楽しかった + ようだ/みたいだ/らしい。 お祭りは、にぎやかだった + ようだった/みたいだった/△らしかった。 雨が降り + そうだ/そうだった。外は雨になる + みたいだ/みたいだった。 はつらつとして、若そうだ/若そうだった。いかにも若者 + らしい/らしかった。天気予報じゃ、明日は晴れ + のようだ/のようだった/らしい/△らしかった。 噂によると、結婚 + する/した + らしい/△らしかった/そうだ。 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞と基準時現在」を参照 ▶本節「使い分け③⑤⑥」の「状況判断」を参照 「B + ようだ/そうだ/らしい」は、〈基準時現在〉における話し手の状況判断を表し、また「B + ようだった/そうだった/らしかった」は、〈基準時過去〉における話し手の状況判断を表している。なお「~みたいだ」は「~ようだ」に準じる。 ただ、伝聞を表す「らしい/そうだ」は〈基準時過去〉をもたない。上の「△らしかった」は伝聞ではなく、情報「天気予報/噂」を根拠にした状況判断なら可能である。 また「楽しかったらしかった/にぎやかだったらしかった」という言い方は存在するはずであるが、前者は、おそらく「-かった」が重なるために不自然な響きがし、後者も促音「っ」が重なるため、あまり使われないように思われる。 ▶本文2.6.「時の表現/基準時直前直後/~て+いる・いた+ところだった」と次を参照「~ているところだ・~ていたところだ/~ているところだった・~ていたところだった」 これは〈基準時現在以前既実現〉のこと「楽しかった/にぎやかだった」であれば、現在から回想「らしい」しても、過去とリアルタイム〈基準時過去同時間帯〉で追体験「らしかった」しても、大きな違いはないということも、理由になるかもしれない。以上をまとめると、次のようになっている。接続は適切なものを選ぶこと。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 基準時現在 基準時過去 B + ようだ/らしい B + ようだった/らしかった 接続と時間 B=-る/一部の名詞 B=~ている/-い/(状態)名詞 B=~た/~ていた 基準時未実現 基準時同時間帯 基準時既実現 基準時過去同時間帯 (注)〈基準時未実現〉になる名詞は、動作「出席/残業」や変化「晴れ/上昇」を表すもの。 <929> 基準時現在: $ B + そうだ/基準時過去: $ B + そうだった $ B = 動詞ます形 基準時未実現 B = 形容詞(「い」削除)/状態名詞 基準時同時間帶 使い分けワンポイント ⑧「~ようだ・~そうだ・~らしい」の互換性 「使い分け②⑤⑥」の「~ようだ・~そうだ・~らしい」の互換性を( )で示すと、次のようになる。ただ、3つの順序は、説明に便利なように入れ替えてある。また、接続は使い方を考慮して適切なものにかえること。 「〜みたいだ」は、すでに「使い分け②④」で「〜ようだ」との関係を示しておいたので、互換性だけで、例はあげていない。また「〜そうだ・〜らしい」の状況判断は「使い分け②」に示した基準で、さらに細分化している。 らしい-1:典型 近ごろは、先生らしい先生も、医者らしい医者もいなくなりましたね。結婚するなら、弱きを助け強きをくじく、やさしく男らしい人がいい。うちの社長、ああして熱弁、ふるっていると、いかにも社長らしいよ。 らしい-2:伝聞 天気予報、見た?台風が来てるらしいよ。(よう/みたい/そう+だ) ダミアさん、仕事が決まったらしく、来週、国に帰るらしいよ。(同上) らしい-3:対他観察 ダミアさん、仕事が決まって、来週どうやら国に帰るらしいよ。(同上) あの車の音、どうも雨が降ってるらしい。洗濯物、入れなきゃ。(同上) 受話器をとると、不快な音とともに電話が切れたよ。どうも男の声に興味をなくしたイタズラ電話らしい。(ようだ/みたいだ) こんなに手を振ってるのに、まだ気づかないらしいよ。どうしようか。あ、こっち向いて手を振った。やっと気づいたらしいね。(同上) 物音に近づいてきたガードマンは、そのまま素通りして行った。陰にいた男に気づかなかったらしい。(ようだ/×みたいだ) らしい-4:対自判断 頭がぼーっとしてきた。どうやら酔ったらしいよ。(ようだ/みたいだ) 仕事をしすぎたらしい。ドライアイかな、目が痛くなってきた。(同上) いやだな、目がしくしくする。また花粉症がはじまったらしい。(同上) 出るとき、鍵、したかな。どうも、しなかったらしい。戻るか。(同上) どうも寝るまえのコーヒーが当たったらしく、眠れなくなった。(同上) ようだ-1:対他観察 あ、あいつ、近づいてきた。大変だ。えっ、うそ。素通りして行っちゃったぞ。なーんだ、気づかなかった + ようだ/みたいだ/らしい + な。 赤ちゃんは、すやすやと寝息をたてていた。眠っている + よう/×みたい + だった。(眠っているらしかった/眠っていそうだった) 先日お会いしたときは、お元気+なよう/みたい+でしたが。(そうだ)ちょっと見て。あそこに誰かいる+よう/みたい+じゃない?(同上) <930> 10.6. モダリティの表現/状況判断 そんなに飲んでないのに、どうしたの?酔った + よう/みたい + ね。 ようだ-2:対自判断 あ、あいつ、近づいてきた。大変だ。えっ、うそ。素通りして行っちゃったぞ。なーんだ、気づかれなかった + ようだ/みたいだ/×らしい。 ぐっすり眠ったら、疲れがとれた + よう/みたい + だよ。(らしい) 熱があるから、どうも風邪を引いた + よう/みたい + だわ。(同上) 当日、遅れる + よう/みたい + だったら、携帯で知らせてね。(そうだ) 茶柱が立ったぞ。今日はいいことがある + よう/みたい + だ。(らしい) 新しい電話番号、覚えてたかな。忘れた + よう/みたい + だな。(同上) ようだ-3:対自感覚 そんなに飲んでないのに、どうしたのかしら。酔った + よう/みたい。 お天気のせいかな。今日は、ひどく疲れる + よう/みたい + なんだよ。 なんとなく、今日はいいことがある + ようだ/みたいだ。(そうだ) 今日は、いいことが起こる + よう/×みたい + な気がする。(同上) そうだ-1:対自感覚 母から電話がかかってきそうな+感じ+がするんだけど。(ようだ) これくらいのこと、できそうに思うんだけど、なかなかね。(ようだ) ここから山道で、揺れるから、吐きそうになったら、言うんだよ。 猫の手も借りたいくらい忙しくて、本当に目が回ってしまいそうです。 さっき、石にけつまずいて、もうちょっとで転びそうになりました。 そうだ-2:対他感覚 あの方、とても若そうですが、おいくつなんですか。(ようだ/みたいだ) お母さん、お料理、焦げそうになってるんじゃない? 何か真うけど。 このごろ、高さん、寂しそうでしょう? ホームシックなのかしら。 弁当、食べるから、もし先生が来そうになったら、知らせてくれよ。 見て、あの猫。今にも笑いだしそうな顔、してる。(みたいだ) あの匍、どうなってるの? 今にも落ちてきそうで、落ちてこないね。 今の車、見た? 対向車に気づかず、もう少しで追突しそうだったよ。 使い分けワンポイント ⑨「~ようだ・~そうだ・~らしい」のまとめ 「使い分け⑧」に述べた「B + ようだ」と「B + らしい」に互換性のある場合の違いは、次のようになっている。 B + ようだ:Bに対する「主観的推論/感覚的印象/感情を反映した顔/動揺」 B + らしい:Bに対する「客観的推論/感覚的評価/ポーカーフェイス/冷静」 例えば「赤ちゃん、眠っているようだ/酔ったようだ」は、話し手の「やすらぎと安心/快感と不安」といった気持ちを表し、表情にも態度にも、感情が表れている響きになるが、これを「~らしい」に置き換えると、感情が消えてしまうか、抑えられているような「冷淡/よそよそしい/すべてを見通している」印象にかわってしまう。 どちらかといえば、見栄を張りたがる男は「~らしい」を使いたがり、感情表現を恐 <931> れない女性なら「~ようだ」になり、感情に素直すぎる人なら「~みたいだ/~そうだ」を使う可能性がある。ただ「酔った」など「た形」の場合、ほかの3つとは異なり、予感を表す「酔いそうだ」の表している時間が違ってくる。 「赤ちゃん、眠ってい/酔い+そうだ」は、状況証拠「寝息をたてている/頭がぼーっとする」があっても、特にそれを根拠にして状況を判断しているというより、状況証拠を必要とする「~らしい」とは対照的に、状況証拠を必要としないほど、話し手が自分自身の感覚や直感を信頼している場合に使われる。 友だちに向かって、あんなひどいことを言っただけに、さすがに後悔している + らしい/ようだ/みたいだ + な。(後悔していそうだな) 上の「~らしい」は、誰かが「友だちにひどいことを言って後悔している」現場を話し手が見ていれば、状況判断になるが、見たことを話し手が言わなければ、聞き手は伝聞と理解してしまう。 また、たとえ親であっても、息子にあたることになる、この「誰」かに向かって、直接「後悔しているらしいな」と話しかけると、おそらく息子は気分を悪くしてしまう。万一ふたりが対等の立場にあると、最悪の場合、けんかになる可能性がある。 「~ようだ」では、間違いなく「話し手が現場を目撃した」ことが聞き手に伝わるし、また、感情をこめて言うのなら、対等の関係でも、直接「後悔している」本人に使うことができる。 同様に現場目撃を表す「〜みたいだ」を使って本人に話す場合、よほど表情に気をつけないと、相手が敏感なら、話し手が同情しているのか、嘲笑しているのか、そのときの気持ちを読みとってしまう。 「~そうだ」は、第三者の「後悔している」現在の様子を見ているか、思い浮かべているだけなので、現場を目撃したあとでも、あとから人に聞いた話でも、単なる独り言にすぎなくなってしまう。以上を図示すると、およそ次のようになるかと思われる。 推論的感覺的 典型/伝聞 对他観察 对自判断 对自感覚 (主観的) よ う だ (客観的) ら し い 使い分けワンポイント ⑩ ~にちがいない・~かもしれない 「J + K - る/ - い/ ~ た / (状態) 名詞 + にちがいない / かもしれない」の場合、 Jは〈仮定条件〉や〈前提条件〉、または根拠のある〈確定条件〉を表し、Kで「実現 <932> 10.6. モダリティの表現/状況判断 + する/している/した」確率の高低を表している。 J の条件下で「想像/推定/推論」した場合、もし、K の実現確率が 80%以上あれば「~にちがいない」が、50%以下の確実性であれば「~かもしれない」が使われる。 ▶巻末「文接続/条件接続」「動詞と時の表現」を参照 明日もし晴れれば、みんな練習に来る + にちがいない/かもしれない。 今度、ボーナスが出たら、車が買える + にちがいない/かもしれない。 声の感じだけど、おそらく大柄で太ってる + にちがいない/かもしれない + ね。 引っ越したばかりだから、たぶん忙しい + にちがいない/かもしれない + よ。 課長の顔色、また部長に叱られた + にちがいない/かもしれない + な。 創立 50 周年のパーティーは、にぎやか + にちがいない/かもしれない。 ああまで言うからには、本当に上手 + にちがいない/かもしれない。 この空の様子じゃ、どうやら明日は雨 + にちがいない/かもしれない。 ちゃんと着替えして出ていったところを見ると、今夜は、もう戻らない + つもり/つもりだった + にちがいなかった/かもしれなかった。 ハートの 7 にしていれば、勝っていた + にちがいない/かもしれない。 5分、早く出ていたら、間に合った + にちがいない/かもしれない。 「K + にちがいない」は、Kが〈基準時現在未実現〉なら、単に「~かもしれない」よりも「実現する可能性が高い」という話し手の「想像」を表しているだけであるが、〈基準時現在以前既実現〉の場合は、Kが実現した確実性に対する「話し手の自信の強さ」を示しているので、例えば「部長に叱られたにちがいない」は「部長に叱られたんだ」にしても不自然ではなく、話し言葉では後者の「~の/~ん + だ」のほうがよく使われる。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 本当、間違いないって。あいつが、窓ガラス、割ったにちがいないんだから。妹をいじめたのは、隣のやつにちがいないんだから、必ず仕返ししてやるぞ。知らないなんて、うそだよ。知らんふりしてるだけにちがいないんだから。 ほら、見て、あのうれしそうな顔。きっとパチンコで勝ったにちがいないよ。まさか、そんな、あいつが。わざとじゃなかったにちげえねえよ。 (注)「~にちがいない」は、男性の話し言葉で「~にちげえねえ」になることがある。 また、既実現の「K+にちがいない」は、上のように、まだKが事実であるかどうか判明していないのに、話し手が独断で「そうだ」と決めつける場合に多く使われるので、内輪や子ども同士、または〈独り言〉ならともかく、成人の話し手の場合は、自分自身の品格が落ちることをおそれて、特に〈ソト〉〈ヨソ〉に対する話し言葉では、あまり使われることがない。 これに対して「K + かもしれない」は、Kが未実現であれ、既実現であれ、話し手の自信のなさが、ある意味での婉曲的な謙虚さを示して、話し言葉では多用されるが、成人のなかには、婉曲的というより、意思表示を鮮明にせず、ただ曖昧に話をぼかすためだけに使う人もいる。 使い分けワンポイント ⑪ 「~にちがいない・~かもしれない」と時の表現 この空の様子じゃ、明日、雨+にちがいない/かもしれない+ね。 <933> あの空の様子じゃ、次の日、雨 + にちがいなかった/かもしれなかった。 車の音からすると、外は雨 + にちがい/かもしれ + ない/なかった。 庭の様子じゃ、昨晩、雨だった + にちがいない/かもしれない + ね。 庭の様子じゃ、前の晩、雨だった + にちがいなかった/かもしれなかった。 この写真を見ると、おきれい + にちがいない/かもしれない + ね。 写真を見たところでは、おきれい + にちがいなかった/かもしれなかった。 その写真からすると、昔は、おきれいだった + にちがい/かもしれ + ない/なかった。 遅く帰ってくるとは、遊んでいた + にちがい/かもしれ + ない/なかった。 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞と基準時現在」を参照 上のように「使い分け⑩」の「K + にちがいない/かもしれない」は、〈基準時現在〉における話し手の想像を表し、また「K + にちがいなかった/かもしれなかった」は、〈基準時過去〉における話し手の想像を表している。 「K + にちがい/かもしれ + ない/なかった」の時間的な使い分けは、次のようになっている。接続は適切なものを選ぶこと。 基準時現在 基準時過去 K + にちがいない/かもしれない K + にちがいなかった/かもしれなかった K=-る/一部の名詞 K=~ている/-い/(状態)名詞 K=~た/~ていた 基準時未実現 基準時同時間帶 基準時既実現 基準時過去同時間帶 ▶本節「使い分け⑦/『~ようだ・~そうだ・~らしい』と時の表現」を参照 使い分けワンポイント ⑫ ~に決まっている・~に相違ない/ ~かもわからない 本当、間違いないって。あいつが、窓ガラス、割ったに決まってるんだからね。妹をいじめたのは、隣のやつに決まってるんだから、必ず仕返ししてやる。 「違う」なんて言ってますけど、風邪を引いてるに決まってるんです。 そんなこと、言えば、誰だって、怒るに決まってるじゃありませんか。 バカ、何、言ってんだ。おまえが悪いに決まってる + じゃないか/じゃん。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ではないか」を参照 ▶本節「使い分け⑩/~にちがいない・~かもしれない」を参照 「K - る/ - い/ ~た/ (状態) 名詞 + に決まっている」は、〈ウチ〉における話し言葉専用で、実現確率ほぼ 100%といった印象を与える。これは、〈ウチ〉関係では、たとえ誇張しても、Kが事実であるかどうかは「聞き手の判断まかせ」という甘えが働くからであろう。 Kが「未実現/同時間帯/既実現」であるかどうかにかかわらず、話し手の「自信たっぷり」な決めつけを表しているが、あまりにも自信がありすぎて、たとえKが現実と違っても許されるというより、聞き手は「うそ八百」である可能性を考慮し、はじめから割り引いて聞いているので、問題は起こらないという「さばさばした/あっけらかんと <934> 10.6.モダリティの表現/状況判断 した」響きがあって、よく使われる。 したがって、最初2例のようなマイナス評価の「~に決まっている」に対して、聞き手は「そうじゃないよ/うそつけ」と言った言葉で、気軽に反論することが可能である。しかし、これを「~にちがいない」に置き換えると、陰湿で悪意があり、反論すれば恨まれるようなる響きになる。 また最後2例は、聞き手の考え違いを非難したり、たしなめたりする場合に使われる。アリバイなしか。そうか。不審な点も多いところからして、犯人に相違あるまい。いくら隠したところで、これほどのことをやってのけるのは、あの人に相違ない。早く帰って、知らせてやらなければ。みんなも聞けばきっと、喜ぶに相違ない。いくら電話をしても、誰も出ない。おそらく何かあったに相違ないな。 「K - る/ - い/~た/ (状態) 名詞 + に相違ない」は、少し古めかしい感じのする書き言葉で、すべて「~にちがいない」に置き換わるが、逆に、話し言葉に使われた、これまでの「~にちがいない」の例を「~に相違ない」に置き換えると、不自然になってしまう。 「K + にちがいない」は、話し手の「決めつけ/思いこみ」から「憶測/邪推」まで、むしろ勝手な想像が自信となって、Kを導き出しているが、これに対して「K + に相違ない」は、客観的な事実から推理や推論によって、Kを演繹的に導き出したという自信に裏づけられている。 多くは、テレビドラマの時代劇などで使われるが、年配の人なら、独り言に使うかもしれない。 以上、上に申し述べましたことは、すべて事実に相違ございません。審査の結果、右に相違なし。特にこれをここに証明するものとする。 また「K + に相違ない」は「Kと一致する」ことを表し、調書や誓約書、履歴書など、法的根拠をもつ文書で使われ、想像の余地なく「~にちがいない」には置き換わらない。 勉強が終わったら、食べるかもわからないから、残しておいてやれよ。 あそこに立ってるの、刑事かもわからねえから、ちゃんと見張っとけ。 それ、面白そうですよ。やってみる価値、あるかもわかりませんね。 もうこんな時間。早く帰ろう。お母さんが心配してるかもわからないから。 もう着いたかもわかりませんね。電話して、確認してみましょうか。 「~かもしれない」と同じ使い方をする「Kーる/ーい/~た/(状態)名詞+かもわからない」も話し言葉専用であるが、やや方言っぽい響きがあるせいか、〈ソト/ヨソ〉に対しては、あまり使われることがない。 本当に、遠足、どこへ行くのかもわからないの?先生の話、聞かなかったの? 食べたいのか食べたくないのか + も/さえ + わからないって、これ、病気かしら? 結婚するのかどうかもわからないなんて、相手に申し訳ないでしょう? 上の「~(の)か+も/さえ+わからない」は、ほぼ「~(の)か+も/さえ+知らない」と同じで、想像を表す「~(の)かもわからない」とは違っている。 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『わかっている』と『知っている』を参照 <935> 使い分けワンポイント ⑬「~にちがいない・~かもしれない」の互換性 彼が来たら、僕は行かない + かもしれません/×にちがいありません。 もし彼が来たら、おれは行かない + にちがいない/かもしれない。 就職? さあ、どうかな。するかもしれない/×するにちがいない + し、しないかもしれない/×しないにちがいない + なあ。 あの人? 帰国+するにちがいありません/するかもしれません+よ。もっとも、帰国+しないかもしれません/×しないにちがいありません+けど。 「使い分け⑩」の「K + にちがいない/かもしれない」は、話し手の周囲の状況Kの実現を想像することなので、話し手自身のことには使うことができない。もし「私は+今日、学校へ行った/今、ご飯を食べている+にちがいない/かもしれない」といえば、おそらく精神に異常があると聞き手は判断するにちがいない。 Kが未実現なら、話し手の自信のなさを示す「~かもしれない」は使うことができる。しかし、強い自信を示す「~にちがいない」を使って、自分自身のことを想像するというのは、2つめの例のように、〈独り言〉で「もうひとりの私」についての話なら可能ではあっても、目の前の他者である聞き手との対話場面なら、異常に響いてしまう。 こうした場合、自分の考えや意図を示す「きっと僕は行かないと思う」が使われる。聞き手の判断は、もちろん「来ない/行かない」である。 一方、実現確率 50%以下で、自信のない「僕は行かないかもしれない」は、逆に「行くかもしれない」ということも匂わしているので、話し手にすれば、態度保留で都合はいいかもしれないが、聞き手にすれば、優柔不断にすぎず、苛立ちを覚えて、態度表明を求めたくなる。こうした場合、多少は、はっきりとした考えや意図を示すことになる「もしかすると僕は行かないと思う」が使われる。 日本の言語習慣では、多くの聞き手は「行かないかもしれない/行くかもしれない」のどちらでも「来ない/行かない」と判断し、もし本当に来てほしければ「来る/行く」ように「説得/確認」する必要がある。 また、第三者の場合、自信をもって「帰国するにちがいない」と言っておきながら、すぐさま自信をもって「帰国しないにちがいないけど」と続けるのも、異常なことにちがいない。しかし、自信のない「帰国しないかもしれないけど」が続くのなら、帰国についての話し手の「心の揺れ」を示しているので、聞き手は、たとえはじめに「帰国するにちがいない」と言われていたにしても、情報価値ゼロと判断して、聞き流してしまう。つまり「帰国する + にちがいない/かもしれない」に続けて、もし「帰国しないかもしれない」なら、使うことができることになる。 確かに、現実はおっしゃる通り + かもしれません/×にちがいありません + けど、史実を歪めてらっしゃることにはならないでしょうか。 なるほど言う通り、反対する人はいる + かもしれない/×にちがいない + が、会社の存続のためなら、やむを得ないんじゃないだろうか。 もうすでにご存知 + かもしれません/×にちがいありません + が、こちらが今回、商品化に成功したハイテク製品のニューモデルです。 今日あたり、社長が来るかもしれず、準備だけは必要だ。いいな? →来る + かもしれないから/にちがいないから/×かもしれなくて/×にちがいなくて/×にちがわず、準備だけはしておくように。いいな? <936> 10.6. モダリティの表現/状況判断 今日、社長が来るかもしれなくて、困ってる + のよ/んだ/んです。早く準備しなきゃ。今日、社長が来るかもよ。手伝って。早く準備しなきゃ、困っちゃう。 ▶本文2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~ないで・~なくて/~ずに」を参照 ▶10.7.「モダリティの表現/確認/女性非敬体の『~のね』」を参照 上の例は、いわば慣用的表現で、置き換えることができない。また、最後の2例は、話し言葉専用で、〈非敬体〉でしか使うことができない。女性なら「~です」を使う「女性非敬体」になることがある。 使い分けワンポイント ⑭「~にちがいない・~かもしれない」との共起 「使い分け⑩」の「K + にちがいない/かもしれない」には、Kのまえに「きっと/もしかすれば」などが一緒に使われ(共起し)て、確率の高低を補強するが、次のようなものがある。ただ示した確率(%)は、概数である。接続は適切なものを選ぶこと。 ▶本節「使い分け④/『~はずだ/~だろう』との共起」を参照 1. 確率 100% 未満~80%:かならず/断じて/絶対(に)/間違いなく/きっと/確かに/さぞ(かし)/定めし + K + にちがいない かならず/絶対/間違いなく/きっと/確かに+やって来る/あの男が犯人+にちがいない/×かもしれない/△ようだ。 断じて + 彼は許さない + にちがいない/×かもしれない/ようだ。 ここもこんなに寒くなったのだから、向こうは + さぞかし/定めし + 寒い + にちがいない/×かもしれない/×ようだ。 2. 確率 10%以下:もしかしたら/ことによれば/ひょっとすると/あるいは/ まん 万(が)一+K+かもしれない このぶんでは、ことによると/もしかすれば/ひょっとすると/あるいは+今夜、雪になる+かもしれない/×にちがいない/×ようだ。 ▶本文 4.「順接仮定条件/~たら・~ば・~と」を参照 万が一、逃げ切れない+かもしれない/×にちがいない/×ようだ+から、覚悟だけはしておくがいい。 3. 確率 40%~60%: たぶん/おそらく + K + にちがいない/ (まれに) かもしれない たぶん/おそらく + ひとりで行った + にちがいない/△かもしれない/のかもしれない/×ようだ。 4. 確率 20% 前後:必ずしも+Kとは限らない+かもしれない こんな状況だから、必ずしも+みんながみんな、参加する+とは限らない/わけではない+かもしれない/×にちがいない/ようだ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照「~(という)わけではない・~とは限らない/3つの部分否定」 5.実現についての評価を表す:どうやら(プラスかマイナス)/どうも(マイナス) + K + にちがいない/かもしれない + B + ようだ/みたいだ/そうだ/らしい どうやら/どうも+やって来る/あの男が犯人/彼は許さない/寒い/雪になる+にちがいない/かもしれない/ようだ。 ×きっと/×ひよっとしたら/×たぶん+今日は雨が降りそうだ/誰も来そうにない。 <937> 外的状況を根拠に判断する「B+ようだ/みたいだ/そうだ/らしい」は、先ほどの「1~4」のうち、特に起こる確率と、話し手の「想像/推測/推理」しか表さない「きっと/さぞ/定めし/ことによると/もしかしたら/ひょっとしたら/あるいは/万一/たぶん/おそらく」とは共起しない。 ただ、直感だけを頼りにして外的状況を根拠にしない「たぶん今日はいいことがありそうな気がする」などは使うことができるが、おそらく「{たぶん今日はいいことがある} + そうな気がする」という構造になっていて、直接「たぶん」が「~そうだ」と呼応していないからであろう。 なお「使い分け②」で述べる「Q + だろう」は「1~5」のすべてと共起する。 ⑮「~の+にちがいない/かもしれない」の使い方 テレビ、消してきた? ん? 消さなかった + に/のに + ちがいない。 テレビ、消してきた? ん? 消ざなかった + かも/のかも + しれない。 電話に出ませんから、映画でも見てる + に/のに + ちがいありません。 電話に出ませんから、映画でも見てる + かも/のかも + しれません。 頭痛がするし、熱もある。風邪を引いた + に/のに + ちがいない。 頭痛がするし、熱もある。風邪を引いた + かも/のかも + しれない。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照 ▶本節「使い分け⑯/『~のかもしれない』と『メモリバンク』を参照 「~の」の挿入された「J + K未完文-る/-い/~た/(状態)名詞な+の+にちがいない/かもしれない」は、話し手が、現実の事態Jを、脳細胞に保存している「経験/知識/常識/社会通念」といったものを総合した「メモリバンク」に照合し、その結果を「推理/推論」をして、Kという判断を導きだす場合に使われる。 上の例は、以前「テレビを消さなかった/電話に出なかった/頭痛がして熱もあった」ときのことJを思い出し、それなら今回もK「消さなかった/映画を見ている/風邪を引いた」と推論した場合である。 これに対して「~の」の挿入されていない「使い分け⑩」の「J + K - る/ - い/~た/(状態)名詞 + にちがいない/かもしれない」は、現実のJという事態を「メモリバンク」には照合せず、感覚的直感的な想像を働かせて「状況はKだ」と判断した場合に使われる。 したがって「K + にちがいない」は、単に不確実な感覚的直感的想像だけで判断していることを表し、話し手の状況Kに対する「勝手な自信」が「決めつけ」となって、実現確率を高くしているにすぎない。 しかし「J + K + の + にちがいない」は、Jをメモリバンクに照合し、経験などの裏づけを得た実現確率の高い判断となるので、単なる「自信」に支えられた「決めつけ」ではなく、ほとんど100%の実現確率をもつ「疑問の余地のない確信」にかわる。 *ん? 消さなかったのにちがいない。でも、消したかもしれないけど。 ん? 消さなかったにちがいない。でも、消したかもしれないけど。 ん? 消さなかった (の) かもしれない。でも、消したかもしれないけど。 上の「消さなかったのにちがいない」は、ほとんど確信といってよいものを示してい <938> 10.6. モダリティの表現/状況判断 るので、心の揺れを見せる「でも、消したかもしれない」を続けることができないが、確信ではない「消さなかった + にちがいない/(の)かもしれない」なら、続けることができる。 一方「K + かもしれない」も、単に不確実な感覚的直感的想像だけで判断していることを表し、話し手の状況Kに対する「自信のなさ」が、実現確率を低くしている。 また、これを「J + K + の + かもしれない」にして、Jを「メモリバンク」に照合してから、Kという状況判断をしてみたところで、実現確率の低い「〜かもしれない」では、話し手の「自信のなさ」に変化は起こらない。 ただ、同じ「自信のなさ」でも、感覚的直感的に「風邪を引いた + かもしれない」という判断をして、すぐに「でも風邪でないかもしれないけど」と否定できる「自信のなさ」と、確かな根拠や証拠」「頭痛がするし熱もある」があり、それを「メモリバンク」に照合した結果、やはり「風邪を引いた + のかもしれない」と結論し、ためらったのち「でも風邪ではないかもしれないけど」という「自信のなさ」とでは、おのずから違いがある。 Jを「メモリバンク」に照合してみた結果、Kである確率が高まれば高まるほど、後者の「K + のかもしれない」のほうが自然な響きをもつようになる。 どのあたりから「K + かもしれない」が不自然になるかは、人によって異なると思われるが、J「テレビを消してきたか/電話に出ない」などを「メモリバンク」に照合した結果「消さなかった/映画を見ている + かもしれないし、消した/見ていない + かもしれない」となって、照合そのものが役に立たない場合や、また、例えば「あ、茶柱が立った。今日は、いいことがある + かも/のかも + しれない」といったものなら、両方とも使うことができる。 使い分けワンポイント ⑯「~のかもしれない」と「メモリバンク」 あ、やだ。寝るまえに食べてたから、太った+のかもしれない/×かもしれない。 イタズラ電話だったから、男が受話器をとると、すぐ切れた+のかもしれない/×かもし 物普に近づいてきたガードマンは、そのまま素通りして行ってしまった。陰にいた男に気づかなかった + のかもしれない/×かもしれない。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』挿入の意味と『メモリバンク』を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照 「名詞 + ではない/名詞と『~だ/~ではない』と『~なの + だ/ではない』」 「『~のではない』と『~ではない』の違い」 「使い分け⑤」の説明を具体化すると最初の例は、話し手が体重計にのったあとなので、ただ「太っちゃった」というか、まるで太ったことを認めたくないかのように「太ったみたい」という可能性はあっても、以前よりも大きくなった数値を目の前にして、太った確率の低い「太ったかもしれない」は使うことができない。 この場合、話し手は「なぜ太ったのか」を知ろうとして、思い当たる原因J「寝るまえに食べていた」を「メモリバンク」に入力し、その結果「寝るまえに食べると太る」 <939> という既存のデータを発見して、まるで太ったことが信じられないといった気持ちで「だから+太ったのかもしれない/太っているのかもしれない」と納得することになる。 しかし、体重計にのるまえなら、想像の余地があり、寝るまえに食べていた生活習慣から、直感的に判断して〈基準時以前既実現〉の「太ったかもしれない」か、〈基準時同時間帯〉の「太っているかもしれない」を使うことができる。 ▶本文 2.9. 「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 2つめは、すでに電話が切れているので、想像の余地はなく「切れたかもしれない」は使えない。ただ、話し手は「なぜ切れたのか」と疑問におもい、これを「メモリバンク」に照合し、その結果「イタズラ電話は、男が受話器をとると、すぐ切れる」という回答を得て、やはり「イタズラ電話だから、男が受話器をとると、切れたのかもしれない」と推理している。 3つめは、目の前で展開したJ「素通りして行った」から、K「気づかなかったかもしれない」という可能性はゼロである。話し手は「なぜ素通りして行ったのか」を判断するために「メモリバンク」に照合し、非常に単純な回答「気づかなかった」を得たが、ガードマンがわざと気づかぬふりをして「素通りして行った」可能性を考慮し、やはり「気づかなかったのかもしれない」と推論している。 最後の例は、J「大声で話をしていた」を「メモリバンク」に照合して、K「元気だ」と判断している。話し手の「メモリバンク」に「母親が大声で話すときは元気だ」というデータがあれば、照合の結果から「元気でない」確率は低く、逆に「元気だ」という確率はきわめて高い。 このような場合「元気かもしれない」を使うと不自然になるはずであるが、不自然に響かないのは、(状態)名詞の場合に限り「『~の』の挿入」が免除されているからである。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/名詞 + ではない (の) か」を参照 ▶本節「使い分け $ ^{35} $/名詞 + なのだろう (か)」を参照 使い分けワンボイント ⑰「~にちがい/~かもしれ + ない + のだ」の場合 あ、しまった。鍵をしなかった + にちがいない/かもしれない + んだ。 何だか、ぼーっとする。酔った + にちがいない/かもしれない + んだ。 今日は日曜日か。友だちが来る + にちがいない/かもしれない + んだ。 この時間なら、まだ起きている + にちがいない/かもしれない + んだ。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照 「K + にちがいない/かもしれない + のだ」は「使い分け⑮⑯」の場合とは異なり、ある状況「しまった/ぼーっとする/日曜日/この時間」から、感覚的直感的に導き出したKの事態「鍵をしなかった/酔った/友だちが来る/まだ起きている」について、実現確率の高低によって「〜にちがいない/〜かもしれない」を使い分けながら、話し手が「想像/推理/推論」した判断を「メモリバンク」に照合したことを表している。 もし、以前「鍵をかけ忘れた」ことがなく、また「ぼーっとして酔った」こともなければ、上のような「想像/推理/推論」をするはずはないので、話し手は、以前も「Kが起こった/鍵をしなかった/ぼーっとして酔った/友だちが日曜日に来た/この時間に起きていた」ことを覚えている。 <940> こうした経験を踏まえて「K + にちがいない/かもしれない」という判断を「メモリバンク」に照合すれば、Kの実現可能性は「当然/間違いなく」存在し、その可能性を否定できなくなる。 ×鍵をしなかったかもしれないんだ。でも、したかもしれないけど ×酔ったかもしれないんだ。でも、酔ってないかもしれないんだけど。 ×友だちが来るかもしれないんだ。でも、来ないかもしれないんだけど。 ×まだ起きてるかもしれないんだ。でも、もう寝てるかもしれないけど。 ▶本節「使い分け⑤/『~の + にちがいない/かもしれない』の使い方」を参照 ▶巻末「話し手と聞き手/独り言」「文/聞き手志向」を参照 つまり、たとえ「自信のなさ」を表す「~かもしれない」でさえ、上のように「メモリバンク」に照合すると、Kの実現可能性を否定する「心の揺れ」を見せなくなる。 したがって「K + にちがいない/かもしれない + のだ」は、Kの実現可能性に対する話し手の「確信」を表している。と同時に、もし〈独り言〉の場合なら、Kの実現を確信した話し手の「私」が「もうひとりの私」に言い聞かせて、自分で「納得」していることを表し、もし話し手にとり、対話他者である〈聞き手〉がいる場合なら、照合した結果を聞き手に訴えたり、説得したりしていることを表している。 例えば、話し手の「私」は「もうひとりの私」に「鍵をしなかったよ」と説き伏せ、自分に腹を立てながらも納得し、確かめるために家へ帰ったり、友だちに電話して、鍵をしなかった不安を訴え「鍵をしに帰るから、少し遅くなる」と弁解したりするかもしれない。 また、自分で納得して、お酒を飲むのをやめたり、同席している人に「だから、もう飲めない」ことを説得したりするかもしれないし、友だちが来そうなので、部屋の掃除をしたり、同居人に買い物を頼んだり、起きていると見込んで、電話をかけたり、一緒の人に「だから、今から行っても大丈夫だ」と太鼓判をおしたりするかもしれない。つまり「K + にちがいない/かもしれない + のだ」の場合、実現確率の違いを意識し、Kという事態の実現を「想像」するだけの「K + にちがいない/かもしれない」とは異なり、話し手は、両者の実現確率の差よりも、Kという事態は100%ではないが、かならず実現するという「確信」のほうに意識を移している。 そして〈述べ立て文〉の場合、実現すると「確信」した事態を「もうひとりの私」を含めた〈聞き手〉に訴え、聞き手を説得しようと働きかけたり、問いかけたりする。 さらに、聞き手を納得させるために、伝える内容に応じて、話し手は、さまざまな感情「腹立ち/後悔/意外/残念/申し訳のなさ/慌しさ/平気/心配のなさ」で、話を彩ることになる。 ただ「~にちがいないのだ」は、すでに「~にちがいない」だけでも、十分「自信」に満ちあふれているので、これに「説得」を加えて、聞き手にプレッシャーを与える必要はなく、よほどのことがない限り、めったに使われない。 逆に「説得」を「自信のなさ」で中和し、カムフラージュした「~かもしれないのだ」は、婉曲的で控えめな「確信」を表し、遠慮や謙虚さを理解する聞き手には有効に作用するので、特に〈敬体〉「鍵をしなかった/友だちが来る+かもしれないのです」で使われ、主に〈ソト〉に対して多用される。 <941> 使い分けワンポイント ⑧ 「~の + にちがい/かもしれ + ない + のだ」の場合 あ、熟がある。風邪を引いた + の + にちがい/かもしれ + ないんだ。 何か臭うわ。あら、大変、忘れてた。料理が焦げそうになってる + の + にちがい/かもしれ + ないんだわ。 昨日、母に電話してみたのですが、口では元気だといってましたが、声からしますと、病気な + の + にちがい/かもしれ + ないんです。 緊急会議があるそうです。さっき営業が慌ててましたから、海外の取り引き先からクレームが来た + の + にちがい/かもしれ + ないんです。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照 ▶巻末「話し手と聞き手/独り言」「文/聞き手志向」を参照 「使い分け⑤」と「使い分け⑦」を重ねた未完文K-る/-い/~た/(状態)名詞な+の+にちがいない/かもしれない+のだ」は、次のように、2段階にわたって「メモリバンク」に照合していることになる。 1 ある状況「熱がある/何か臭う/母の声の調子/営業部が慌てていた」を根拠や証拠に、話し手が「メモリバンク」に照合して、Kの事態「風邪を引いた/料理が焦げそうだ/病気だ/クレームが来た」を導き出し、それを「~にちがいない/~かもしれない」で「想像/推理/推論」する。 2 さらに「~にちがいない/~かもしれない」で「想像/推理/推論」した判断を、もう一度「メモリバンク」に照合し、確信を得たKの事態を踏まえて、聞き手に働きかけたり、問いかけたりしようとしているところを表している。 特に文末の「~のだ」を実際の会話に使うと、話し手の動きに応じた聞き手の反応を期待できるので、聞き手に示した話題で、生き生きとした会話のキャッチボールを続けることができる。 さらに「2」は、〈聞き手〉によって、次のような違いを見せる。 2- a〈独り言〉の場合 話し手の「私」は聞き手である「風邪を引いた/ガスを消し忘れた + もうひとりの私」に、例えば「無理をしたんだ/早く薬を飲め/医者に行け/会社を休め」と言い聞かしているか、すぐ「台所へ行くんだ/ガスを止めろ」と命令しており、結果「私」は納得し、うなずきながら何らかのアクションをしようとするところを表している。 2- b〈他者対話〉の場合 話し手にとり他者である聞き手に向かって、例えば「母の様子を見てきてください/実家へ帰りたいのですが」や「これから大変です/忙しくなりますよ」と訴えるところを表している。 使い分けワンポイント ⑲ 「~ようだ/~そうだ/~らしい」の場合 電気、消してこなかった+ようだ/らしい。 $ ^{x} $でも消したと思うけど。 電気、消してこなかった+みたい。でも、消したと思うけど。 <942> 10.6. モダリティの表現/状況判断 あの空、雨が降る + ようだ/らしい。 $ ^{x} $でも降らないと思うけど。 あの空、雨が + 降るみたい/降りそうだ。でも降らないと思うけど。 「使い分け⑨」でまとめた「~ようだ/~そうだ/~らしい」と「使い分け⑮」に示した「『~の』挿入/『メモリバンク』」との関係を調べてみると、上の例は、状況判断「消してこなかった/雨が降る + ようだ/らしい」の場合、あとに話し手の心の揺れ「でも + 消した/降らない + かもしれない/と思う + けど」が続かないことを表し、逆に「B + みたい/そう + だ」には続けることが可能なことを表している。 これは「B + ようだ/らしい」が「K + の + にちがいない」に近く、一方の「B + みたい/そう + だ」は「K + にちがいない」に近いことを示している。 わあ、60 キロになってる。寝るまえに食べてたから、太った + ようだ/らしい/のかもしれない/×みたいだ/×かもしれない + よ。 イタズラ電話だから、男が受話器をとると、すぐ切れた + ようだ/らしい/のかもしれない/×みたいだ/×かもしれない。 まだ電気、ついてるよ。残業で徹夜でもする + ようだ/らしい/のかもしれない/×みたいだ/×かもしれない + ね。 また、上の例でも「B + ようだ/らしい」は「K + の + かもしれない」に近く、一方の「B + みたい/そう + だ」は「K + かもしれない」に近いことを示している。特に「直感的判断」を示す「B + みたいだ」は、比喻への傾斜を見せるので、Bと判断しているのか、Bでないと判断しているのか不分明なところがあり、この点でも「Kかもしれないし、Kでないかもしれない」が可能な「K + かもしれない」と共通した判断の仕方をする。 つまり「B + ようだ/らしい」は、形態的には、Bのあとに、つまり「~ようだ/~らしい」のまえに「~の」の挿入はできないのであるが、あたかも挿入されているかのような働きがあると考えられる。 「推論的状況判断」の「~らしい」は、使い方に「対自感覚」がなかったことからすれば、常に「メモリバンク」との照合を行ないながら、自分自身を含めた周囲の状況を判断している可能性がある。そして「メモリバンク」に照合しない「~らしい」は、伝聞や典型になるのではないかと思われる。 「推論的感覚的状況判断」を示す「~ようだ」は、例えば「对他観察」では「メモリバンク」に照合し、対極の「対自感覚」では「メモリバンク」を必要とせず、中間の「対自判断」では、使ったり使わなかったりしているのかもしれない。 「感覚的直感的判断」の「~みたい/~そうだ」は、もともと「メモリバンク」の存在すら知らないのにちがいない。 使い分けワンポイント ②0 「~ような/~そうな/~らしい + のだ」の場合 しまった。鍵をしてこなかった+ような/みたいな/らしい+んだ。→しまった。鍵をしてこなかった+ようだ/みたいだ/らしい。 パソコンをにらんで、顔色を変えたところを見ると、あいつ、買った株が下がった+ようなんだ/みたいなんだ/らしいんだ/ようだ/みたいだ/らしい。 これだけ気温が上がれば、桜が満開に+なりそうなんだ/なりそうだ。 <943> うちの子、昨夜から咳をしだして、今朝、熱を測ったら、39度もあります。風邪を引いた+よう(なの)/らしい(の)/*みたい(なの)+です。 お父さん、会社の帰りに、高校時代の級友に会ったとかで、一緒に食事をすることにした+ような/みたいな/らしい(伝聞)+のね。 →食事をすることにした+よう/みたい/らしい(伝聞)+ね。 「B + ような/らしい + のだ」は「使い分け⑧」の「K + の + にちがいない/かもしれない + のだ」と同じになり、また「B + みたい/そう + なのだ」は「使い分け⑦」の「K + にちがいない/かもしれない + のだ」と同じになると考えられる。しかし、どちらの場合も「K + (の) + にちがいない/かもしれない + のだ」と異なっているのは、〈独り言〉に使えないことである。 はじめ3例は、もし「~のだ」がなければ、〈独り言〉で使うことができるが、あれば〈他者対話〉になり、話し手にとり他者である聞き手に向かって、働きかけたり、問いかけたりする場合にしか使うことができない。もし使うと、話し手の「私」と「もうひとりの私」が完全に分裂していて、ふたりが通常の対話をしている感じになる。 「~のだ」のないほうは〈述べ立て文〉にすぎず、聞き手への報告、お知らせといった感じになるので、聞き手の反応は「へ~、そうなの/あ~、そうですか/わかった、それで?/まだ何か?」といったものになり、引きつづき同じ話題でキャッチボールしたいのなら、話を展開しないと、会話が終わってしまうし、最悪の場合、間がもたなくなり、気まずい会話になってしまう。 「~のだ」のある場合なら、例えば「鍵をしに帰るから遅くなるけど/腹を立ててるから気をつけろよ/そろそろ花見に行かないと間に合わなくなるよ/今日の授業は休ませてください/私たちだけで食べましょう」といった話を続けることができる。 親しい関係なら、何も言わなくても通じてしまうので、聞き手から「バカだな、どうするんだ/いい気味だから、冷やかしてやるか/じゃ、花見の件、みんなと相談するか/それは大変ですね/じゃ、僕らも食べに行こうよ」といった反応を期待することができる。 使い分けワンポイント ②「~かもしれない」と「~ようだ」の互換性 こんなに手を振ってるのに、どうしたんだろう。まだ気づかない + ようだ/らしい/みたいだ/×かもしれない/のかもしれない/(の)にちがいない。あ、ほら、こっちを向いて手を振った。気づいた + ようだ/らしい/みたいだ/×(の)かもしれない/×(の)にちがいない + ね。 赤ちゃんは、すやすやと寝息をたてていた。眠っている + ようだった/らしかった/×みたいだ/×(の)かもしれない/ (の)にちがいない。 物音に近づいてきたガードマンは、そのまま素通りして行った。陰にいた男に気づかなかった + ようだ/らしい/×みたいだ/×かもしれない/のかもしれない/(の) にちがいない。彼の様子を見ていると、人のためになるということが、彼を + 幸せにしている + ようだ/らしい/×みたいだ/×かもしれない/のかもしれない/(の) にちがいない。(*幸せにしていそうだ) 最初の例のように、相手が「手を振った」ことを、話し手が自分自身の目で確かめ、その上で判断した「気づいたようだ」は、相手が「気づかない」場合とは異なり、実現の可能性「気づくか気づかないか」を「想像/推理」する余地のない状況なので、実現 <944> 10.6. モダリティの表現/状況判断 確率を示して可能性を占う「使い分け⑩⑤」の「K + (の) + かもしれない/にちがいない」は使うことができない。 しかし、Kの事態「気づかない/眠っている」に、ほんのわずかでも想像に頼る状況があれば「~ (の) にちがいない」が使えるようになる。そして、結果「気づかない/男に気づかなかった/幸せにしている」をフィードバックし、同時に「こんなに手を振っているのに/素通りして行った/人のためにする彼の様子」を「メモリバンク」に照合すれば、過去との比較をした上での判断「~のかもしれない」も使えるようになる。 しかし「寝息をたてている」赤ちゃんの「眠っている」確率を、50%以下と見なす「~(の) かもしれない」は、眠ったふり「狸寝入り」はできないと思われる赤ちゃんでは、おそらく不可能にちがいない。 また「男に気づかなかったかもしれないし、気づいたかもしれない/幸せにしているかもしれないし、していないかもしれない」といったような「心の揺れ」は、目の前で「素通りして行った/彼の様子を見ている」状況からは、生まれてこないので、最後の2例では「~かもしれない」が使えなくなる。 感覚的直感的状況判断を表す「B + みたいだ/そうだ」は、直感的判断であるだけに、同時に「Bではない」状況も、聞き手に印象づけてしまうので、最初の話し言葉の例では自然な「~みたいだ」でも、残り3例の書き言葉になると、ともすれば「比喻」のほうに傾いてしまい、不自然になる。 また「B + そうだ」も、Bの可能性を話し手が「確信」している場合、最後の例「彼を幸せにしていそうだ」は、やはり不自然に響いてしまう。 あの車の音、雨が降ってる + ようです/かもしれません + ∅/か。 →あの車の音、雨が降ってるらしいです + ね/×か。 ▶本節まえの「~ようだ・~みたいだ」の「補足」と「使い分け⑥/『~らしい』の使い方」を参照まだ慣れてないから、ホームシック + のよう(だ/か)/かもしれない(∅/か)。 雨が降れば、誰も来ない + よう(な)/(の)かもしれない + (の)だ/(の)か。 赤ちゃん、眠っている + ような/(の)かもしれない + のです + ∅/か。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』/『~のだ』を参照▶本節「使い分け⑦⑧⑨」を参照 状況判断とは、話し手が「第三者の状況」を判断することなので、上のように〈問いかけ文〉にかえると、話し手が「第三者の状況」についての判断を放棄して、聞き手に委ねていることになる。 茶柱が立った。今日はいいことがある + よう (だ/か) /かもしれない (の/か)。出るとき、鍵、したかな。しなかった + よう (だ/か) /かもしれない (の/か)。熱があるから、風邪を引いた + よう (だ/か) / (の) かもしれない (の/か)。→熱があるから、風邪を引いた + ような/のかもしれない + のか。 少し走って行けば、追いつく + ようです/かもしれません + の/か。→少し走って行けば、追いつく + ような/かもしれない + のですか。 <945> 毎日、これだけ体に注意していたら、百までだって生きられる + (の) にちがいありません/ (の) かもしれません + の/か。 →毎日、それだけ体に注意していたら、百までだって生きられる + (の) にちがいない/ (の) かもしれない + のですか。 僕、来週、テヘランへ出張する + ようです/かもしれません。 →来週、テヘランへ出張する + ようです/かもしれません + か。 →来週、テヘランへ出張する + ような/かもしれない + のですか。 何だか、ぼーっとする。酔った + ようだ/かもしれない/らしい。 →何だよ、ぼーっとして。酔った + よう (な)/かもしれない + (の)か。 △何だよ、ぼーっとして。酔ったらしい (の)か。 また、話し手が、自分自身を「第三者」と見なせば、第三者「話し手自身の状況」が判断できるようになり、上のように〈問いかけ文〉にかえて、〈独り言〉の「もうひとりの私」や、〈他者対話〉の聞き手に向けることができる。 しかし「聞き手自身の状況」について、〈話し手〉が放棄した判断を〈聞き手〉に委ねた場合、問いかけると同時に、〈聞き手〉に向かって、自分自身を「第三者」と見なすように仕向けることになるので、上の「熱があるから風邪を引いた」のが、〈他者対話〉の聞き手の状況であれば、不自然になる。 ただ、話し手が自分で「もうひとりの私」を「第三者」と見なすのは、いわば「自分の勝手」なので問題はない。また〈他者対話〉の聞き手が、甘えの許される家族や仲間、同僚などの親しい〈ウチ〉関係では、使う人がいるかもしれない。 会社や組織など、遠慮や気づかいの必要な〈ウチ〉関係や、〈ソト/ヨソ〉に対する場合、例えばA「来週、テヘランへ出張する+よう/かもしれない」に、直接「~か」をつけると、聞き手に自分を「第三者」と見なすように仕向けて不自然になるが、これを「A+(な)の+か/ですか」にかえると、Aは話し手の「メモリバンク」に存在する「聞き手の状況」に関するデータになるので、Aについての「問いかけ/確認/疑い/心配」などを聞き手に向けることができる。 なお「~らしい」の例「あの車の音、雨が降ってるらしいですか/何だよ、ぼーっとして。酔ったらしい (の) か」は、聞き手に同意を求める確認であるが、確認の内容が、聞き手の状況判断ではなく、伝聞に傾いているので、まるで聞き手から得た情報を再確認するために、同意を求めているかのような矛盾が起こって、不自然になっている。 使い分けワンポイント ②③ 状況判断と仮定条件 そんなに食べてれば、太るかもしれない/太るにちがいない/*太るようだ/太るらしい(伝聞)/*太るみたいだ/太りそうだ + よ。 万一、大地震が来れば、大都市は崩壊してしまう + (の)かもしれない/(の)にちがいない/×ようだ/×みたいだ/らしい (伝聞)。 昨日、雨が降ってなくても、来なかった + (の) かもしれない/ (の) にちがいない/×ようだ/×みたいだ。 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~ば」5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~ても」を参照 実現確率を示して可能性を想像する「使い分け⑩⑮」の「K + (の) + かもしれない/にちがいない」は、仮定条件とは相性がよく、一緒に使うことができる。しかし「使い分け⑨」にまとめた状況判断の「B + ようだ/みたいだ/らしい」の <946> 10.6. モダリティの表現/状況判断 ほうは、たとえ目の前の状況であれ、Bが仮定条件のもとでの想像を表していれば、使えなくなる。特に仮定条件と一緒に使われる「~らしい」は、すべて伝聞になってしまう。 あれだけ頑張ったのだから、合格できる + かもしれない/×ようだ。 近ごろ、ついているから、競馬でも勝てる + かもしれない/×ようだ。 こんなに寒いから、向こうはもっと寒い + かもしれない/×ようだ。 また「A + B + ようだ/みたいだ/らしい」は、たとえAに順接確定条件「~から/~ので」が使われていても、一般的な条件A「頑張ったのだ/ついている/寒い+から」をもとにして、個別的な判断B「合格できる/競馬で勝てる/向こうはもっと寒い」はできないし、判断そのものが、仮定の上に成り立つ想像であれば、使うことができない。 もし阪神大震災なみの地震が来れば、大都市は+崩壊してしまうみたいだ/× まうようだ/崩壊してしまいそうだ。 あれだけ頑張ったのだから、合格 + できるみたいだ/できそうだ+ よ/ね。 近ごろ、ついているから、競馬で + 勝てるみたいだ/勝ちそうだ+ よ/ね。 こんなに寒いから、向こうはもっと + 寒いみたいだ/寒そうだ+ よ/ね。 この化粧品を使っていたら、そのうち + 美しくなるみたいだ/×美しくなるようだ/美しくなりそうだ+ よ/ね。 翼があったら、彼女のところへ + 飛んで行けるみたいだ/× 飛んで行けるようだ/飛んで行けそうだ+ よ/ね。 もし眼鏡をかけていたら、その人、李さん + みたいだ/×のようだ+ よ/ね。 しかし「Bではない」印象を聞き手に与えながら、Bの可能性を「直感的予感的」に判断する「B + そうだ」は、いわば「無責任」に想像の翼を広げることができるので、上のような100%の「仮想/空想」にも使うことができる。 また「感覚的直感的」状況判断の「B+みたいだ」の場合も、話し手が「心の揺れ」を抑えて、Bの実現を信じているような状況では、使う人がいるかもしれない。 また阪神大震災なみの地震が来れば、大都市は崩壊してしまうようだ。寝るまえ、そんなに食べていたら、太ってしまうようですよ。 もしヒゲを生やして、眼鏡をかけていたのなら、李さんのようですね。 あれ、誰もいない。お風呂屋 + かもしれない/×のようだ。 →誰もいない。あ、そうか。お風呂屋 + のようだ/なのかもしれない。 「推論的感覚的」状況判断を表す「A + B + ようだ」も、Aが個別的な確定条件「今度ボーナスが出たら、車が買えるようだ」の場合や、常にAが個別的な一般条件「夏でも山に登ると、涼しいようだ」の場合、また、上のようにAを「メモリバンク」に照合して、個別的な根拠や証拠にした場合は、たとえBが想像したにすぎない状況でも使うことができるようになる。 使い分けワンポイント ②④~だろう 「P + Q - る/ - い/ ~ た / (状態) 名詞 + だろう」は、話し手以外の状況について、現在を基準時として判断する場合に使われる。 (注1) 接続が「~た」の場合、ときに「~だ」が脱落し「~ただろう」が「~たろう」になることがある。 (注2) 話し言葉で「~だろう/~でしょう」の「う」が脱落して「~だろ/~でしょ」になることがある。 1. 基準時現在未実現:動詞-る/ない+だろう <947> ついさっき、出たばかりだから、少し走って行けば、追いつくだろう。 毎日、それだけ体に注意していたら、百までだって生きられるだろうよ。 さっき「駅から」ってお電話、ありましたから、もう見えるでしょう。 これじゃ、明日、雨でも降れば、誰も練習なんかには来ないでしょうね。 2.基準時現在同時間帯:~ている/-い/(状態)名詞 + だろう もう2時を回ってるんですもの、いくらなんでも眠ってるでしょうね。 単身赴任で寂しいと言ってたのなら、今ごろ、酒でも飲んでるだろう。 12月になったのですし、お母さまのところは、もう寒いでしょうね。 徹夜つづきで、あんなに無理をすれば、体を壊しても仕方ないだろう。 元気がない?ここの生活にまだ慣れてないし、ホームシックだろう。 困難があっても、実験をして実証してこそ、科学者というものだろう。 駅前でにぎやかなんだから、夜中、ひとりで歩いても、大丈夫だろう。 3.基準時現在(以前)既実現:~た+だろう とてもいい人よ。会っていたら、あなただって気に入ったでしょうね。 10 年ぶりの帰国なら、さだめしご家族は、お喜びになったでしょう。 あいつは医者なんだから、病人が出れば、手当てくらいはしただろう。 バカじゃあるまいし、間違いなく規則のあるのはわかっていただろうよ。 つまり「P + Q + だろう」は、聞き手や第三者のことについて、状況Pを根拠または前提にして「推理/推論」した場合、結果は「断言/確言」が可能なほど「Qは当然だ」と話し手が判断したことを表している。 1. つい今、出たばかりだから、少し走って行けば、すぐ追いつくよ。毎日、それだけ体に注意していれば、百までだって生きられるよ。さっき「駅から」ってお電話、ありましたから、もう見えますね。これじゃ、明日、雨でも降れば、誰も練習なんかには来ませんね。 2.もう2時を回ってるんですもの、いくらなんでも眠ってますね。 単身赴任で寂しいと言ってたのなら、今ごろ、酒でも飲んでるよ。 12月になったのですし、お母さまのところは、もう寒いですね。 徹夜つづきで、あんなに無理をすれば、体を壊しても仕方ないね。 元気がない? ここの生活にまだ慣れてないし、ホームシックだよ。 困難があっても、実験をして実証してこそ、科学者というものだね。 駅前でにぎやかなんだから、夜中、ひとりで歩いても、大丈夫だ。 3. とてもいい人だから、会っていたら、あなただって気に入って当然ね。 10 年ぶりの帰国なら、ご家族がお喜びになったのは当然のことだ。 あいつは医者なんだから、病人が出れば、手当てくらいはして当然だ。 バカじゃあるまいし、規則のあるのはわかっていて当たり前なんだよ。 ただ「P + Q + だろう」は、Pが話し手自身の状況ではないだけに、状況判断Qに不確実性がともない、上のような「断言/確言」を、話し手がためらった場合に使われる。 使い分けワンポイント ②⑤「~だろう」と「~かもしれない」の互換性 「Q + だろう」と「K + にちがいない/~かもしれない」は、比較的近い位置にあり、上にあげた「Q + だろう」の例は、Kの実現確率に応じて、すべて「K + にちがいない/~かもしれない」に置き換えることができる。 <948> 10.6. モダリティの表現/状況判断 雨が降ったら、もしかすると誰も来ない + でしょう/かもしれません。 もう2時を回ってますから、おそらく眠ってる + でしょう/にちがいありません。 駅前はにぎやかだから、夜中ひとりで歩いても、大丈夫 + だろう/にちがいない。 彼も医者なんだから、病人が出れば、手当てした + だろう/かもしれない。 ▶本節「使い分け⑩/~にちがいない・~かもしれない」を参照 ▶本節「使い分け②/~だろう」を参照 ただ「P+Q+だろう」は、Pから「推理/推論」によって導き出したQが「当然だ」と「断言/確言」するのを、話し手が避けただけなので、話し手のためらいが小さい場合は「~にちがいない」に近づき、大きくなると「~かもしれない」に近づくとはいえ、決して実現確率を占っているわけではない。 朝から忙しそうにしているから、お客さんでも来る + かもしれない/※だろう。 電話に出ないのですから、映画でも見てる + かもしれません/※でしょう。 あの野菜、さっきから誰も買いませんから、高い + かもしれません/※でしょう。 目の下が黒くなっているのなら、けんかした + にちがいありません/※でしょう。 デパートの7階にあるのなら、本屋さん + かもしれない/だろう。 ▶名詞に接続する「~だろう」については、本節「使い分け③⑤」 上の例の Kの しかし「P + Q + だろう」は、前提として「P + Q + -る/ーい/~た/~だ」という「断言/確言」を必要としているので、例えば「朝から忙しそうにしている/電話に出ない/誰も買わない/目の下が黒い/7階にある」といった情況Pがあるからといって、必ずしもQ「客が来る/映画を見ている/高い/けんかした/本屋だ」とは限らない「根拠の稀薄」な場合は、使うことができない。 今日はお客が来るから、朝から忙しそうにしている + かもしれない/だろう。 映画を見ていますから、電話には出ない + かもしれません/でしょう。 あの野菜は高いですから、誰も買わない + かもしれません/でしょう。 けんかしたのなら、目の下が黒くなっている + にちがいないでしょう/でしょう。 本屋さんだったら、デパートの7階にある + かもしれない/だろう。 逆に「客が来る/映画を見ている/高い/けんかした/本屋だ」といった情況Pがあれば、ほぼ間違いなくQ「朝から忙しそうにしている/電話に出ない/誰も買わない/目の下が黒い/7階にある」が成り立てば、上のように「~だろう」を使うことができる。 テレビ、消してきた?ん?消さなかった+かもしれない/×だろう。 もしも彼女が来たら、僕は行く+かもしれません/×でしょう。 彼は大学院に進むと思いますが、就職する+かもしれません/×でしょう。 熱がありますから、風邪を引いた+にちがいありません/×でしょう。 →風邪を引いていますから、熱がある+にちがいありません/でしょう。 また「~だろう」は、話し手自身の可能性について述べたり、第三者について「心の揺れ」を表したりする場合の「~にちがいない/~かもしれない」には置き換わらない。最後の例は、話し手が「風邪」の場合は使えないが、第三者が「風邪を引いたから、熱がある」という状況を頭に思い描けば、使えるようになる。 <949> 茶柱が立ったぞ。今日はいいことがある + かもしれない/△だろう。 →茶柱が立ったね。今日はいいことがある + かもしれない/だろう + ね。 また、上の「茶柱が立ったぞ」が、話し手の「湯飲み」のことなら、通常「~だろう」は使えないが、もし「もうひとりの私」への〈独り言〉であれば、使うことができる。もちろん「茶柱が立ったね」に置き換えて、聞き手の状況にすれば、問題はない。 僕だって医者なんだから、病人が出れば、手当てくらいはしただろう。 あんな恐ろしいところ、もしも私でしたら、行かなかったでしょうね。 あんなやつに金を貸さなかったら、こんな苦労はしなかっただろうな。 もし来ていただけるのなら、お食事の用意くらいはしていたでしょう。 あのとき、もし 12 時を回っていれば、彼はすでに帰っていただろう。 賢い人なら、こんな結果になることも、あらかじめ考えていただろう。 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想」を参照 話し手自身のことで「~だろう」が使えるのは、上のような反実仮想の場合である。もちろん、第三者についての反実仮想にも使うことができる。 使い分けワンポイント ②⑥「~だろう」と「~ようだ」の互換性 合図をしてきたから、準備 OK + だ/だろう/のようだ/らしい/にちがいない。 軒下にツララが見えているから、外は + 寒くて当然だ/寒いだろう/寒いようだ/寒い らしい/寒いにちがいない/寒そうだ。 とってもほしがっていたから、お金がなくても + 買うのは当然だ/買うだろう/買うようだ/買うらしい/買うにちがいない/買いそうだ。 課長、呂律が回らないもの、当然、酔ってる/酔ってるだろう/酔ってるようだ。 イタズラ電話だから、男が受話器をとると、すぐ + 切れたのは当然だ/切れただろう/切れたようだ/切れたにちがいない。 ▶本節「使い分け⑨/『~ようだ・~そうだ・~らしい』のまとめ」を参照 ▶本節「使い分け⑳/~だろう」を参照 「A/P」が順接確定条件の場合、状況判断を表す「A + B + ようだ/みたいだ/そうだ/らしい」と「P + Q + だろう」は、前提として「A/P + B/Q + -る/-い/~た/~だ」という「断言/確言」が可能で、第三者のことであれば互換性がある。 奥さんを亡くしたのなら、あのとき+寂しかったのは当然だ/寂しかっただろう/*寂しかったようだ/*寂しかったらしい/寂しかったかもしれない。 イタスラ電話なら、男が受話器をとると、すぐ+切れたのは当然だ/切れただろう/×切れたようだ/切れたにちがいない。 もし、いい仕事が見つかるとすれば、帰国するのは当然だ/帰国するだろう/△帰国するようだ/△帰国するらしい/帰国するにちがいない/※帰国しそうだ。 ▶本節「使い分け⑲/『~ようだ/~そうだ/~らしい』の場合」を参照(注)「△らしい」は伝聞なら可。また「△ようだ」は「~のかもしれない」を表せば可。 「A/P」が順接仮定条件の場合、基本的に「A + B + ようだ/みたいだ/そうだ/らしい」と「P + Q + だろう」は、上のように互換性がない。 あれ、誰もいない。お風呂屋 + かもしれない/×のようだ/×だろう。 →あ、そうか。お風呂屋 + のようだ/なのかもしれない/×だろう。 <950> 10.6. モダリティの表現/状況判断 →あ、そうか。お風呂屋に行くと言ってたから、行ってるだろう。→お風呂屋に行くと言っていたから、当然、行っているよ。 「A/P」が順接仮定条件の場合の互換性は、先ほどの「状況判断と仮定条件」と同じで、上のような「断言/確言」ができない例を除けば、想像を表す「K + にちがいない/かもしれない」が可能な例は、すべて「Q + だろう」に置き換えることができる 奥さんを亡くしたなら、ひとりでいると寂しい + だろう/ようだ/らしい(伝聞)。 いい仕事が見つかったら、すぐ帰国する + だろう/ようだ/らしい(伝聞)。 イタズラ電話なら、男がとれば、すぐ切れる + だろう/ようだ/らしい(伝聞)。 男がとって、すぐ切れたのなら、イタズラ電話 + だろう/のようだ。 その窓を開けたら、涼しい風が入ってくる + でしょうね/ようですよ。 ダイエットと軽い運動を同時にすれば、やせる + でしょう/ようです + ね。 また「A + B + ようだ」も、先ほどの「状況判断と仮定条件」と同じように、たとえAが順接仮定条件であっても、例えば「経験/知識/社会通念/常識」などを蓄えた「メモリバンク」との照合を根拠や証拠にして、一般的な状況を想像すれば、上のように「P + Q + だろう」と互換性をもつことができる。 使い分けワンポイント ②状況判断の互換性 「使い分け $ ^{26} $」で示した「~ようだ」から「~だろう」へ転換できない場合は、次のようになる。まとめの意味で「使い分け $ ^{25} $」の「~かもしれない」の場合も示す。 1. 話し手の印象だけで「断言/確言」できる根拠が稀薄な場合「~かもしれない」は可能。 呼んでも返事しない。よくわかんないけど、寝てる + ようだ/×だろう/かもしれない。先日、会ったときは、元気なようだった/元気かもしれなかった/元気だったようだ/元気だったかもしれない/×元気だっただろう + けど。 *その蚊に刺されたあと、かゆい+ようだ/だろう/かもしれない。 →その蚊に刺されたあと、かゆそうだね。 *あ、あの子、とっても楽しい+ようだ/だろう/かもしれない。 →あ、あの子、とっても楽しそうだ。 2. 目の前で展開しているか、展開した状況で、不確実性が存在しない場合 「〜かもしれない」は不可。わずかでも想像の余地があれば「〜ちがいない」は可。 物音に近づいてきたガードマンは、陰にいた男に気づかなかったので、そのまま素通り して行った + ようだ/×だろう/×かもしれない/にちがいない。 <951> 物音に近づいてきたガードマンは、そのまま素通りして行ったが、陰にいた男に気づかなかった + ようだ/×だろう/×かもしれない/にちがいない。 こんなに手を振ってるのに、まだ気づかない+ようだ/×だろう/×かもしれない。あ、手を振った。気づいた+ようだ/×だろう/にちがいない。 ほら、赤ちゃんがすやすや寝息をたててるよ。眠ってる+ようだ/×だろう/×かもしれない/にちがいない。 ちゃんと見ろよ。バスが来た + ようだ/×だろう/×かもしれない。あそこ、ほら、ね、花が咲いてる + ようだよ/×だろう/×かもしれない。あ、鳥が鳴いている/何か真う + ようだ/×だろう/×かもしれない。そのコーヒー、いい匂いがしてる + ようだ/×だろう/×かもしれない。約束があって、さっき帰った + ようだ/×だろう/×かもしれない。→約束があったから、早く帰った + ようだ/だろう/かもしれない。 ぁ、雨/地震/火事/事故+のようだ/だろう/かもしれない。 上の例は、話し手が「確認」できないまま、不確実な事態をとらえた場合。 *あ、大変だ。あいつ、近づいてきた。え? 素通りして行っちゃった + ようだ/だろう/かもしれない。なーんだ、気づかれなかったか。 *彼は起き上がった。顔を洗った + ようだ/だろう/かもしれない。 *彼は顔を洗った。起き上がった + ようだ/だろう/かもしれない。 上のように、目の前で展開している不確実性のない状況であっても、Aの状況を根拠にして、Bの状況を判断する必要のない場合、上のように「A + B + ようだ」でさえ使うことができない。 彼は腹が減った。ご飯を食べる+ようだ/だろう/かもしれない。 彼はご飯を食べた。腹が減っていた+ようだ/だろう/かもしれない。 Bが未実現でも、既実現でも、五官ではとらえられない他者の「空腹」状態といったものなら、Bの状況は判断する必要がある。 3. 話し手自身の状況/「1」または「2」の場合と同じ a. 話し手自身の感覚で「断言/確言」できる根拠が希薄な場合 「~かもしれない」が可能。 出るとき、鍵をしなかった + ようだ/×だろう/かもしれない。 やだな。また食べすぎてしまう + ようだ/×だろう/かもしれない。 何だか、ぼ一っとする。酔った + ようだ/×だろう/かもしれない。 ぼけたかな。さっきご飯を食べた + ようだ/×だろう/かもしれない。 腹が減って、いつもより食べた + ようだ/×だろう/かもしれない。 ただ、次のような話し手自身の状況に対する予言や予測は、話し手の想像による仮定にすぎないので、いくら根拠があっても「~ようだ」は使えない。 頑張ったから、僕は合格する + かもしれない/×ようだ/×だろう。→僕は合格しそうだ/彼は合格するようだ/彼は合格するだろう。 b.話し手自身の経験で、不確実性が存在しない場合「~かもしれない」が不可能。 <952> あ、大変だ。近づいてきた。 なーんだ、素通りして行っちゃったぞ。気つかれなかった 十 ようだ/×だろう/×かもしれない。 お天気のせいか、今日は疲れる 十 ようだ/×だろう/×かもしれない。 こんな時間なのに、目が覚めた 十 ようだ/×だろう/×かもしれない。 ここまで来た。ずいぶん歩いた 十 ようだ/×だろう/×かもしれない。 ボトルがあいた。かなり飲んだ 十 ようだ/×だろう/×かもしれない。 合格した。僕はよく頑張った 十 ようだ/×だろう/×かもしれない。 c.話し手自身の予定で、不確実性が存在しない場合 「~ようだ/~だろう」は不可能。しかし「~かもしれない」は可能。明日、遠足だから、早く起きる + かもしれない/×ようだ/×だろう。彼女が来るなら、待っている + かもしれない/×ようだ/×だろう。来週、出張でソウルへ行く + かもしれない/×ようだ/×だろう。 次の例は、Xを「順接 + 確定/仮定 + 条件」として、2つの事態XとYに「X + から/なら + Y」という関係が成立していることを示している。 X:ダイエットしている→Y:やせる ダイエットしてるから、やせる + ようだ/かもしれない/だろう。 ダイエットしてたら、やせる + ようだ/かもしれない/だろう。 やせたから、ダイエットしてる + ようだ/かもしれない/だろう。 やせたなら、ダイエットしてる + ようだ/かもしれない/だろう。 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/根拠と原因の違い」を参照 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/『~た+(の)なら』と状況判断」を参照 Xが順接確定条件の場合、もし「X→Y」なら、Xが「原因」であり、Yが「結果」という因果関係を示し、逆に「X←Y」なら、Xが「結果」であり、Yが「原因」であるという因果関係、つまり、Xが「結果」として成立するための「根拠」を、Yが示している。上の例では「ダイエットしている + から/なら、やせる」も「やせる + から/なら、ダイエットしている」も、いわば「当然」なので、どの場合でも「使い分け②」の「P + Q + だろう」を使うことができる。 本節最初の「使い分け」に示したように「A + B + ようだ」は、五官が直接とらえたものA「ダイエットしている/やせる」から、一般的な状況B「やせる/ダイエットしている」を判断しているので、Aが「順接 + 確定/仮定 + 条件」どちらの場合「ダイエットしている/やせる + から/なら」でも、状況Bを導き出すことができる。 X:残業している→Y:電気がついている 残業してるから、電気がついてる+ようだ/かもしれない/だろう。 残業してたら、電気がついてる+かもしれない/だろう/×ようだ。 X:残業している←Y:電気がついている 電気がついてるから、残業してる + ようだ/かもしれない/だろう。 電気がついてたら、残業してる + ようだ/かもしれない/だろう。 ▶本節「使い分け⑩/~にちがいない・~かもしれない」を参照 <953> 「P + Q + だろう」は、例の場合なら、Pが「順接 + 確定/仮定 + 条件」どちらでも「当然」なので、使うことができる。 五官が直接とらえたものAから、一般的な状況Bを判断する「A + B + ようだ」は、Aが順接確定条件「残業している/電気がついている + から」なら、状況B「電気がついている/残業している」を導き出すことができる。 しかし、聞き手からの間接情報である一般的な状況を、順接仮定条件A「残業していたら」にして、直接、話し手が経験できる個別的な状況B「電気がついている」を判断する場合、つまり、五官でとらえられない「想像」を仮定条件にして、五官でとらえられるものを判断する場合、使うことができない。 逆に、話し手も経験できる個別的な状況を、順接仮定条件A「電気がついていたら」にして、一般的な状況B「残業している」を判断する場合は、使うことができる。 X:昨夜、雨が降った→Y:庭の木々が鮮やかに見える →昨夜、雨が降ったから、庭の木々が鮮やかに見える + だろう/ようだ。 →雨が降ったのなら、庭の木々が鮮やかに見える + だろう/×ようだ。 X:昨夜、雨が降った←Y:庭の木々が鮮やかに見える →庭の木々が鮮やかに見えるから、雨が降った + ようだ/×だろう。 →庭の木々が鮮やかに見えるのなら、雨が降った + ようだ/だろう。 「A+B+ようだ」の可否については、上に述べた理由と同じである。 「庭の木々が鮮やかに見えるから、雨が降った」に「P+Q+だろう」が使えないのは「根拠が稀薄」な場合、つまり「庭の木々が鮮やかに見えるから」といっても「雨が降った」とは限らないからである。 X:気づいた→Y:手を振ってる →気づいたから、手を振ってる + ようだ/×かもしれない/×だろう。 →気づいたなら、手を振ってる + かもしれない/だろう/×ようだ。 X:気づいた←Y:手を振ってる →手を振ってるから、気づいた + ようだ/×かもしれない/×だろう。 →手を振ってたなら、気づいた + ようだ/かもしれない/だろう。 「J/P + K/Q + だろう/かもしれない」は、J/Pが順接仮定条件の場合、話し手は現場不在なので、想像が可能となり、不確実性が高まるので使える。逆に、順接確定条件では、話し手は現場にいて、想像の余地も不確実性も存在しないので、使えない。 A + B + ようだ:五官などを使ってAをキャッチする。 個別的なAから、一般的状況はBと判断する。 J + K + かもしれない:目の前で展開されていない。 話し手の経験ではない。 P + Q + だろう:目の前で展開されていない。 話し手のことではない。 話し手に、Qは「当然だ」と判断できる。 <954> 10.6. モダリティの表現/状況判断 「A/J/P」と「B/K/Q」に因果関係があれば、それぞれの状況判断が使えるのは、前頁の最後にまとめた条件を満たしている場合である。 使い分けワンポイント ②9 その他の「~だろう」の使い方 「使い分け②④」とは異なる「~だろう」の使い方には、次のようなものがある。 1. 反実仮想 あのプロジェクトで失敗していなければ、今ごろは社長でしょうにね。 だめですね。風邪を引いてなければ、もっと調子はいいでしょうけど。 父が生きていたら、苦労しないだろうが、将来のためにはいいことだ。 はっきり言ってくれていれば、こんな誤解は起こらなかっただろうに。 (注)「~だろうに」の「に」は、逆接確定条件の「~のに」である。 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想」5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~に」を参照 2. 感 嘆 自然に抱かれて、沈黙に耳を澄ますなんて、何て感動的な体験だろう。 知らないことを知らないと言えないなんて、何という愚かなことだろう。 歴史的事実を歪めてまで、己の利をはかり、国の体裁をとりつくろおうとするのは、何と恐ろしいことなんでしょう。 3. 列 举 あなたのパソコンでしょう? いとこの結婚のお祝いでしょう? 子どもの誕生日でしょ。車の保険でしょ。ボーナス、あっという間に消えるわね。 忙しいぞ。掃除だろ、洗濯だろ、買い物だろ、料理だろ、それから... 田中だろ、佐藤だろ、鈴木だろ、高橋だろ、ほかに誰が来れそうだ? 4. 同一条件 電話だろうが、メールだろうが、向こうへ着けば、すぐ連絡しろよ。 いつだろうが、どこだろうが、行きたくなったら、行っちゃうから。 おれが何をした。親だろうと警察だろうと、呼びたければ呼んで来い。 今から話すことが何だろうと、心を落ち着けて、よく聞いてほしい。 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~(よ)うが・~(よ)うと」を参照 5. 確認 仮面をかぶっていてもだめよ。誰だかわかるわ。お父さんでしょう? (↑) (↓) ほら、あそこ。ジーンズをはいた男がいるでしょう? 新進の作家よ。 見てくださいよ、これ。どれもこれも、使いものにならないでしょう? 気がついてるじゃないか。よく見ろよ。気づいたから、手を振ってるだろう? ねえ、どうかしら、このピアス。このブラウスに、似合うでしょう? 熱いな。汗が出てきたよ。どうやら酔ったようだな。顔、赤いだろう? 何、してたんだよ。午前中には仕上げてくれって、言っといただろう。 いくら親孝行なおまえでも、親が寝たきりなんだから、困るだろう。 こんな時間まで、お留守番していたのか。ひとりで寂しかっただろう。 誰が考えてもわかりそうなことだよ。おまえだって知っていたろう? それでダイエットしているの? そんなに食べれば、太るでしょう? <955> 今日の試験って、習ったことばかりだったから、簡単だったでしょう? 明日の学芸会、あなたも行くでしょう? 子どもが来てほしいって。 家を出たのが夕方の6時だろう。なのに、どうしてまだ着かないんだ。 たしか今日は、午後からだったかな、定例の営業会議があっただろう? 来週の宿直? 誰でしたっけ。たしか李さん + でしょう/でしたか。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/確認と問いかけ」と次を参照「~ない + だろう?・だろうか・だろうね」 「確認」というのは、聞き手に「イエス」か「ノー」の判断を求めることではなく、聞き手の同意を求めることであるが、先ほど「使い分け②」の「状況判断と因果関係」で述べた「P + Q + だろう」が使えない、次のような場合に使われる。 1. Qが目の前で展開している 2. 話し手自身のこと 3. 話し手は、Qが「当然だ」と判断できない 上のような話し手の判断できない「Q + だろう」を、わざわざ聞き手に向けるというのは、おそらく『『Q + だろう』という判断をするのは、話し手である『私』ではなく、聞き手である『あなた』だ」と話し手が考えているからであろう。 もし「Q + だろう」という判断が、聞き手のものであれば、聞き手は「Qは当然だ」と判断するよりほかなくなってしまう。つまり話し手は、あたかも聞き手を裏にかけるようにして、聞き手に同意させていることになる。 上昇イントネーション「~だろう?(↑)」なら、聞き手には、首を縦に振ってうなずく「イエス」という合図か、声に出して「はい/ん」という返答が期待されている。しかし下降イントネーション「~だろう(↓)」なら、話し手は、聞き手の返答どころか、同意すらも期待しておらず、まるで「おまえが下した判断だもの、間違いない、そうだろう」と決めつけていることになる。 〈非敬体〉「~だろう(?)」は、〈ウチ〉における男性専用であり、〈敬体〉の「~でしょう(?)」は、〈ソト/ヨソ〉への男女兼用であるが、〈ウチ〉では女性専用である。 ③0 問いかけの「~だろうか」と確認 「使い分け $ ^{29} $」で述べた「Q + だろう」の「確認」は、いわば無理やり聞き手に「イエス」という判断をさせているだけで、聞き手に「イエス」か「ノー」の判断を求めているわけではないので、〈問いかけ文〉「~だろうか(↓)」に換えることができない。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ない + だろうか」を参照 ×ほら、あそこ。ジーンズをはいた男がいるでしょうか。 ×いくら親孝行なおまえでも、親が寝たきりなんだから、困るだろうか。 ×明日の学芸会、あなたも行くでしょうか。子どもが来てほしいって。 ×家を出たのが夕方の6時だろうか。どうしてまだ着かないんだ。 *来週の宿直?誰でしたっけ。(たしか)李さんでしょうか。 ねえ、どうかしら、このピアス。このブラウスに、似合うでしょうか。 <956> 10.6. モダリティの表現/状況判断 熱いな。汗が出てきたよ。どうも酔ったようだな。顔、赤いだろうか。 しかし、最後の2例のように、話し手自身のことであれば、聞き手を罠にかけて同意させることも、また、聞き手の同意が得られないと謙虚に考えれば、聞き手に「イエス」か「ノー」の判断を委ねることも可能である。 つまり「~だろうか(↓)」は、100%の問いかけではなく、問いかけると同時に、話し手の「心配/不安/恐れ/疑い」や、これらとは裏腹の「期待/希望」といった感情が織りこまれ、おどおどと聞き手の顔色をうかがうような気持ちが交錯する場合に使われるので、イントネーションは下降する。 そして、上にあげた「×」の例を、もう一度、話し手の「不安」などを読みとりながら読みかえすと、不自然ではなくなる。 2つめの「親孝行」の話し手は、確認「~だろう(?)」の場合は「隣近所の人」であろうが、ここでは、寝たきりの親の面倒を見るのを恐れる「親不孝者の兄」であろう。最後の「×」では、確認の「たしか」がなければ、不自然さは消える。 $ ^{*} $何、してたんだ。午前中には仕上げてくれって、言っといただろうか。 →まだだって?午前中に仕上げてくれって、言っといただろうか。忘れたんだな。 上のほうの例は、話し手の「心配/不安/恐れ/疑い」を表すために、下のほうのように書き換えが必要である。 まだこんな時間ですから、今から行っても、十分、間に合うでしょう。→もう、こんな時間ですけど、今から行っても、間に合うでしょうか。ついさっき出たばかりだから、少し走って行けば、追いつくだろう。→ついさっき出たばかりなら、少し走って行けば、追いつくでしょうか。毎日それだけ体に注意していたら、百までだって生きられるだろう。 →毎日これだけ体に注意してたら、百までだって生きられるでしょうか。駅前でにぎやかなんだから、夜中、ひとりで歩いても大丈夫だろう。→駅前でにぎやかですから、夜中、ひとりで歩いても大丈夫でしょうか。まだ8歳なのですけど、ひとりで飛行機に乗れるでしょうか。 「Qは当然だ」という話し手の判断を表す「Q + だろう」も、上のように、すべて問いかけの「Q + だろうか(↓)」に書き換えることができる。 書き換えたものは「状況Qは判断できない」という話し手の「判断放棄」を表し、不確実ではあっても「Qは当然だ」という話し手の「自信」をも放棄してしまうので、問いかけ「Q + だろうか(↓)」には、この場合も、話し手の「自信放棄」にふさわしい「期待や不安」が織りこまれる。 使い分けワンポイント ③① 独り言の「~だろう」と「~だろうか」 あ、鍵。忘れただろう。バカ、言え、してきただろう。してきただろうか、してこなかっただろう。でも、あのとき、しなかっただろうか。 相手は、優勝候補だといってるから、明日の試合、勝てないだろう。でも、あれだけ練習したんだ。勝てないだろうか。勝てるだろう。 <957> あの山を越えると、会えるだろうか、僕を待っていてくれるだろうか。 正直に白状したら、許してもらえるだろうか。叱られないだろうか。 食事の途中で席を立ったのは、冗談をいったせいだろうか。でも、あれくらいの冗談で怒るだろうか。日本人だもの、怒るだろう。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ない + だろうか」を参照 話し手の「私」が「もうひとりの私」と対話する〈独り言〉の場合も、〈他者対話〉の場合と同じである。また、話し手の判断として「使い分け②」の「Q + だろう」が使えるか、それとも使えなくて「使い分け②」の「確認」に転じるか、といったことにかかわらず、判断や確認の「~だろう」と、問いかけを示す「使い分け③」の「~だろうか」は、次のような役割分担をしている。 Q + だろう(↓):話し手の「Qの成立は当然」という判断を表す。 Q + だろう? (↑):聞き手の「Qの成立は当然」という同意を求める。 Q + だろうか(↓):話し手の「Qの成立は不明」という自信のなさと、「心配/不安/恐れ/疑い」「期待/希望」などを示す。 「Q + だろうか」と「Qない + だろうか」との関係は、想像の「K + かもしれない」と「Kでない + かもしれない」との関係と同じで、どちらも成立するし、成立しないという話し手の「心の揺れ」を表している。 ただ、成立確率 50%以下という曖昧な想像にすぎない後者の「K+かもしれない」よりも、前者「~だろうか」のほうが、話し手の微妙な気持ちを反映できるので、特に小説やシナリオなど、登場人物の心理描写をする場合に多用される。 また「Q + できる/できない + だろうか」は、Qの実現可能性を表すので、特に話し手の「期待/希望」を表すことができる。ただ、肯定と否定の場合を比べると、否定「Q + できないだろうか」のほうが、文末で「疑い/反語」を表す「~か」が、否定の「~ない」と響き合って「二重否定」になるので、ただの肯定「Q + できるだろうか」よりも、強い願望を表すことができる。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/二重否定のバリエーション」を参照 そんなバカな話、いったい誰が信じるだろうか。誰も信じないだろう。本当に日本語が上手にならないだろうか。間違いなくなれるだろう。 上のような「Q + だろうか」の「~か」も「疑い/反語」を表し、疑いがQの状況を否定し、結局「Qない + だろう」に転じることを示している。 使い分けワンポイント 32~のだろう まだ電話に出ないのか。映画でも見てる + んだろう/×だろう/ようだ + な。 ずいぶん静かにしてるな。ゲームでもしてる + んだろう/×だろう/ようだ + ね。 坊主、すやすや寝息を立てて。よく眠ってる + んだろう/×だろう/ようだ。 毎日、図書館だって? 本が好き + なんだろう/×だろう/なようだ + ね。 マージャンにも来ない? 本当かい。忙しい + んだろう/×だろう/ようだ + な。 <958> 10.6. モダリティの表現/状況判断 庭の木々が鮮やかに見えるから、昨夜は、雨が降った + のだろう/×だろう。 クラスで、数人の生徒が「学校なんか行きたくない」なんて言いだすんですもの、おかしいですよ。何かわけがある + のでしょう/×でしょう/ようです。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照 「P + 未完文Q-る/-い/~た/(状態)名詞な+の+だろう」は、すでに述べた「使い分け⑲」の「A+B+ようだ」や「使い分け⑮⑯」の「J+K+の+かもしれない」と同様、話し手がPを「メモリバンク」に照合したことを表している。「使い分け⑳〜㉑」に示した「P+Q+だろう」が不可能な「Pだからといって、必ずしもQとは限らない」という因果関係の不十分な場合でさえも、ただ「メモリバンク」からデータを得て、話し手自身が「それならQは当然だ」と判断できればいいので、上のように「P+Q+のだろう」なら可能になり、同じ状況判断のできる「A+B+ようだ」や「J+K+のかもしれない」との互換性が生まれる。 もう玄関にゴルフバッグが置いてあるの? じゃ、お父さん、明日の朝、早く出かける + の/のでしょう/でしょう/ようです/(の)かもしれません + ね。 こんなに日が照っていちゃ、今日も暑い + んだろう/だろう/ようだ + な。 12 月ですから、お母さまのところは、もう寒い + んでしょう/でしょう + ね。 10 年ぶりの帰国なら、ご家族は、お喜びになった + んでしょう/でしょう + ね。 これじゃ、雨でも降れば、誰も練習なんかに来ない + んでしょう/でしょう + ね。 もう2時を回ってるのよ、いくらなんでも眠ってる + んでしょう/でしょう + よ。 単身赴任じゃ寂しいから、今ごろ酒でも飲んでる + んだろう/だろう/×ようだ。 バカじゃあるまいし、間違いなく規則のあるのは知ってる + んだろう/だろう。 毎日、あれだけ体に注意してたら、百までだって生きられる + んだろう/だろう。 上のように「P + Q + だろう」が使える場合に、わざわざ「メモリバンク」に照合した「P + Q + の + だろう」を使うと、不確かな「予想/推理/推論」にすぎなかったQを、ほぼ「確信」にまで高めることができるが、逆に「自信の強さ」を聞き手におしつけることになるので、ときには、ささいなPを口実にした言い訳や、皮肉めいた言い方になり、耳障りな響きをたてろことがある 当たり障りのない言い方をしたい場合は、Qを一般的な状況にしてしまう「~ようだ」か、実現確率は低いが、婉曲的な「~(の)かもしれない」のほうが無難である。 使い分けワンポイント 33 「~のだろう」と確認 仮面をかぶっていてもだめ。誰だかわかるわ。お父さんなんでしょう?×ほら、あそこ。ジーンズをはいた男がいるんでしょう? 私のパパ。気づいてるよ。よく見ろよ。気づいたから、手を振ってるんだろう?×ねえ、どうかしら、このピアス。このブラウスに、似合うんでしょう?熱いな。汗が出てきたよ。どうも酔ったようだな。顔、赤いんだろう?×何、してたんだ。午前中には仕上げてくれって、言っといたんだろう。こんな時間まで、お留守番してたのか。ひとりで寂しかったんだろう。それでダイエットしてるの? そんなに食べれば、太るんでしょう?明日の学芸会、あなたも行くんでしょう。さっき子どもが喜んでたわ。家を出たのが夕方の6時なんだろう。どうしてまだ着かないんだ。たしか今日は、午後からだったか、定例の営業会議があるんだろう? <959> ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ない + のだろう?」を参照 「P + Q + のだろう」は、いくら因果関係が不十分な場合でも使えるといっても、少なくとも「メモリバンク」にインプットできるPという素材がなければ作動しない。「×P + Q + のだろう」になる最後の例「×言っといたんだろう」は、もし「言われてたんだろう」なら可能である。この場合、素材となるPは、誰か第三者が聞き手に対して「午前中には仕上げてくれ」と頼んだ現場に話し手がいたか、その第三者か聞き手から、あらかじめ話を聞いて知っていた話し手の記憶にある情報である。 「×」の例は「確認/説得」を表す「~のではない(の)か/~のではない(の)だろうか」や「喚起/避難」を表す「~ではないか」などになら置き換えることができる。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認」の次を参照「~ないか/~ではないか/~のではないか/~のではないのか」 「使い分け $ ^{32} $」に示した「P + Q + だろう」と互換性がある場合、話し手は自信をもって確認していることになるので、上昇イントネーション「Q + のだろう?(↑)」では、聞き手の同意を求める「当然Qだね?」から、聞き手を非難する「どうしてQということが理解できないのか」までのバリエーションがある。 下降イントネーション「~のだろう(↓)」なら、聞き手の同意を求める確認になるどころか「みなまで言うな、わかってる/あなただって、わかってるよね」といった聞き手とのあいだで暗黙の了解をとりかわす雰囲気になる。 使い分けワンポイント ③4~のだろうか あのふたり、結婚して、幸せになるだろうか、ならないだろうか。 →あのふたり、結婚して、幸せになるのだろうか、ならないのだろうか。 あの人、待ってくれてる + の/の + だろうか。もう会えない + の/の + だろうか。 このごろ、うちの娘、きれいになったね。恋人でもできた + の/ん + だろうか。 今日も連絡くれないな。もしかしたら、嫌われてしまった + の/ん + だろうか。 倒産のあとも、うれしそうにしてるが、いいことでもあった + の/の + だろうか。 あれ、誰もいないよ。お風呂屋に行った + のだろう/×だろう + か。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ない + のだろうか」を参照 「P+Q+の+だろうか」は、話し手がPを「メモリバンク」に照合した結果、自信をもって「Qは当然だ」と判断するのに「ためらいと疑い」を抱いていることを表している。しかも話し手が疑っているのは、自分自身が「期待/希望」している事態の実現である。 「使い分け③③」の「Qだろうか/Qないだろうか」は、例えば「幸せになるだろうか」といっても、また「幸せにならないだろうか」といっても、どちらの場合でも、同じ話し手の「心の揺れ」を表しており、プラスの事態「幸せ」になるのか、マイナスの事態「不幸せ」になるのか、どちらとも判断ができないという「期待と不安」の相半ばする気持ちを表している。 しかし「Qのだろうか/Qないのだろうか」は、例えば「幸せになるのだろうか、ならないのだろうか」といっても、話し手の「心の揺れ」を表してはいない。表されているのは、プラスの事態成立「幸せになる」に向けられた話し手の「疑い」であり、マイ <960> 10.6. モダリティの表現/状況判断 ナスの事態成立「幸せにならない」への「心配/不安/恐れ」である。 つまり「Q + のだろうか」は、もとの「Q + だろうか」で、半分のウェイトを占めていた「期待と希望」の実現する可能性がほとんどなくなってしまい、例えば「嫌われたのだろうか/いいことがあったのだろうか」なら、話し手は「期待/希望」するプラスの事態「嫌われていない/いいことがあった」に疑いの目を向けており、マイナスの事態「嫌われている/いいことはなかった」の可能性を考えて、とまどいや動揺、不安の隠せない心理状態にある。 「恋人でもできたんだろうか」と考えている父親が、娘に恋人のできることを歓迎していれば、恋人のできたことを疑い、できることを楽しみにしているというより、できないことを心配しており、もし歓迎していなければ、恋人のいないことを疑い、いないことを願っているというよりは、すぐ結婚して家を出て行ってしまうことに不安を感じていることになる。 使い分けワンポイント 35 名詞 + なのだろう(か) 元気がない?ホームシック+なんだろう/だろう+よ/か(↓)。 まだ慣れないし、ホームシック+なんだろう/だろう+よ/か(↓)。 聞いた?あの話し方、先生+なんでしょう/でしょう+ね/か。 あ、この書きこみの字、課長の本+なんだろう/だろう+ね/か。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入免除」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/名詞 + ではない(の)か」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/名詞 + ではない」を参照 「使い分け③②③④」の「名詞 + なのだろう (か)」と「使い分け②③①」の「名詞 + だろう (か)」との差は紙一重で、因果関係の不十分な場合でも、上のように「名詞 + だろう」が使える、というより多用されるので、聞き手の考えに反対したり、聞き手を納得させたりする場合でもない限り「名詞 + なのだろう (か)」は、めったに使われない。 郊外ですから、夜は静か + なんでしょう/でしょう + ね/か(↓)。 ほら、鳥の声。静か + なんでしょう/×でしょう + ね/か(↓)。 まだ食べてます。お寿司、好き + なんだろう/△だろう + ね/か。 結婚しないって? 本当に嫌い + なんだろう/△だろう + ね/か。 ずいぶん自慢するね。本当に上手 + なんだろう/△だろう + ね/か。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ない + のだろうね」を参照 ところが、状態名詞の場合は、紙一重の差というわけにはいかなくなり、形容詞や動詞の場合というほどでもないが、一般的な因果関係の不十分な場合は、やはり「状態名詞+なのだろう」のほうが自然な響きになる。 最後3例「△」は、境界上にあり、確認の「~ね」をつけると不自然であるが、疑いのまじる問いかけの「~か」なら使うことはできる。 使い分けワンポイント 36 ︷でしょう?・︸でしょうか・︼のでしょうか 明日、休んでよろしい+でしょう?/でしょうか/のでしょう?/のでしょうか。 メッセージ、聞いた+でしょう?/でしょうか/のでしょう?/のでしょうか。 <961> いじめられて泣いてる + でしょう? /でしょうか/のでしょう? /のでしょうか。 どこで何をする + のでしょうか/△でしょうか/×でしょう? /×のでしょう? →Q:誰が行くでしょうか。 A:いえ、誰も行きませんね。 どうして、そんなことをする + のでしょうか/×でしょうか/のでしょう(↓)。 会社や組織など、上下関係のある〈ウチ〉関係や、聞き手に敬意を示す必要のある〈ソト/ヨソ〉に対する確認や問いかけには、〈敬体〉「~でしょう?/~でしょうか/~のでしょうか」が男女兼用で使われる。これらは「使い分け293034」に示した〈非敬体〉「~だろう?/~だろうか/~のだろうか」の〈敬体〉である。 ただ女性が、〈ウチ〉での〈非敬体〉に使われることのある「~でしょう?」をきらって、動詞に限り「聞きました/泣いています + でしょう?」など、〈超敬体〉とも考えられる「『~ます』のバリエーション + でしょう?」にすることがある。 〈敬体〉の場合、次のように使い分けられる。 Q + でしょう?(↑):Qの実現について、同意「イエス」を求めている。 Q + のでしょう?(↑):同上。 ただ、話し手には「Qは当然だ」という気持ちがある。 Q + でしょうか(↓):Qの実現について、判断「イエス/ノー」を求めている。 Q + のでしょうか(↓):Qの実現を疑いながら、判断を求めている。 理由を尋ねる「どうして/なぜ」の場合は必須条件。 疑問詞が使われた場合、通常「〜のでしょうか」が使われる。ただ、出題者や質問者が回答を知っているクイズや試験では「〜でしょうか」になることがある。また「誰も何もしない」といった回答を求める場合、反語的な「〜でしょうか」になることがある。さらに「〜か」の落ちることがあるが、下降イントネーションは変化しない。 日本語学習者のなかには、ときおり「~だろう + か」の〈敬体〉「~でしょう?/~でしょうか」のほうが〈敬体 + か〉「~です/~ます + か」より、丁寧な話し方と考えている人がいるし、また「~の」の挿入された「~の + でしょう?/でしょうか」のほうが、挿入されない「~でしょう/~でしょうか」より丁寧と思っている人がいて、とまどわせる。 確かに、許可を求める「休んで(も)+ いい/よろしい+ ですか」のような場合、休めるかどうかの判断を聞き手に求める「~でしょうか(↓)」のほうが丁寧になり、一般的な許可の求め方である。 また、許可の出ることを疑い、許可されないかもしれないと恐れながら「~のでしょうか(↓)」といえば、丁寧や遠慮というよりは、立場上、どうしても許可のできない可能性もある聞き手への心遣いを感じさせる。 ただ聞き手に甘えて「休ませて」といっているかのように聞こえる「休んで(も)+いい/よろしい + でしょう? (↑)」は、当然「休んでもよい」という「同意/許可」が得られると考え、まるで「休むのはオレの権利だ」と思っているようにも聞こえるので、むしろ〈敬体 + か〉のほうが、聞き手との距離をおいた丁寧さを感じさせる。 <962> 10.6. モダリティの表現/状況判断 疑問詞が使われ、反語に傾く可能性もある「誰が行く+でしょう(↓)/でしょうか(↓)/のでしょうか(↓)」を並べれば、あとほど丁寧、というより思慮深く響く。しかし、動詞を〈非敬体〉から〈敬体〉にかえる「ます形」の場合、反語になる「誰が行きますか(↓)」は別として、通常の問いかけ「誰が行きますか(↑)」のほうが、話し手の感情がまじらないので、ニュートラルで、さわやかな問いかけになる。 「聞いたか/泣いているか」のような最もよく使われる問いかけの場合なら、当然のように同意を求める「聞いた/泣いてる+(の)でしょう?(↑)」や、不安や疑いなどのまじる「聞いた/泣いてる+のでしょうか(↓)」よりも、ごく普通の判断を求める「聞いた/泣いてる+でしょうか(↓)」のほうが、同じ丁寧さでも、聞き手は、ためらいやとまどいを感じずに、素直に返答ができる。 さらに「聞きましたか/聞いてくれましたか/泣いていますか」など「~です/~ます+か」のほうが、話し手の意図を探らなくてもいいので、聞き手によっては、さわやかさを感じる人がいるかもしれない。前者なら、受け手尊敬にした「お聞きになりましたか」のほうが、敬意も丁寧さも表すことができる。 ▶本文 9.「時事動詞と敬語/受け手尊敬・聞き手尊敬」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 ただ「~のですか」は、話し手が「メモリバンク」に照合したデータをもとに、聞き手に対して、何らかの動きを示しているので、聞き手は、話し手の気持ちを読む必要がある。話し手の意図をとりちがえると、とんでもない誤解の生じることがあるので、相手の意図がわからない場合は、まず「え?」と答え、それから、相手の表情などを見ながら、問いかけが繰り返されるのを待つほうがいいかもしれない。 逆に、話し手側も「危険」な問いかけをしているので、自分の意図が聞き手に理解されやすい状況で使うほうがベターである。 使い分けワンポイント ③「~(の)だろう」のバリエーション 「~(の)だろう」は、話し手の心理的レベルを反映して、イントネーションに変化が生じたり、また、話し手の心の動きを映す「~の」が現れたり消えたりするが、これまでのところをまとめておくと、次のような判断を示していることになる。 Q + だろう (↓): 話し手の「Qの成立は当然」という判断を表す。 ただ「Qの成立は絶対」という自信はない。 Q + のだろう (↓): 話し手の「Qの成立は当然」という自信を表す。 「メモリバンク」との照合が自信を裏づけている。 Q + だろう?(↑):聞き手に「Qの成立は当然」という同意を求める。 ただ「聞き手の同意は当然」という自信はない。 Q + のだろう?(↑): 話し手の「聞き手の同意は当然」という自信を表す。「メモリバンク」との照合が自信を裏づけているが、思い違いの場合、聞き手が不愉快になる危険がある。 <963> Q + だろうか (↓): 話し手の「Qの成立は不明」という自信のなさと、「心配/不安/恐れ/疑い」「期待/希望」などを示す。Q + のだろうか (↓): 話し手の「Qのプラス面の成立」に対する疑いを表す。「メモリバンク」との照合という裏づけがあるので、プラス面への疑いと同時に、マイナス面実現に対する強い「心配/不安/恐れ」などを示す。 使い分けワンポイント 38~はずだ 名詞「はず」は、もともと「弦がかかっている弓の両端の部分/弓の弦にかかっている矢の端の部分」などを表し、ここから「合致すべきもの」という意味が生まれ、さらに、人の行動や状況が合致すべき「予定/道理/当然のことがら」に転じているが、状況判断の「U+未完文V-る/-い/~た/状態名詞な/名詞の/(状態)名詞である + はずだ」は、いわば、条件Uがあれば、Vは「当然の道理/予定+が実行される」ように、実現の可能性のあることを表し、次の2つの使い方がある。 1. 納得: $ U + これ/それ/あれ + なら/じゃ + V + はずだ $ A:うちの子に、恋人ができたようですよ。 B:ああ、それじゃ、電話がかかってくると、そわそわするはずだ。 →ああ、それで、電話がかかってくると、そわそわするわけだ。 H:小さいとき、お父さんがアメリカ駐在になって、現地の学校に通っていたそう I:なんだ、それなら、英語が上手な + はず/わけ + だ。 J:終電車がなくなったわ。今日はね、コンパなんですって。 K:なんだ、それなら、帰ってきたくない + はず/わけ + だ。 デート!? それなら、こんな雨でも、出かけた + はず/わけ + ね。 毎朝、1時間も、ジョギングなさってらっしゃるんですか。それじゃ、お元気な + はず/わけ + ですわ なんだよ、ドア、開けっぱなしなのか。寒い+はず/わけ+だよ。 ああ、初孫だったのですか。道理で/なるほど、それじゃ、目に入れても痛くないほど可愛い+はず/わけ+ですね。 全然やる気なかったでしょう?あれなら誠になる+はず/わけ+よね。 何だ、これは。うちの坊主の試験問題か。なんだ、0点か。そうか。これなら隠してある+はず/わけ+だ。(独り言) ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照 『『だから/それなら』+『A + わけだ/はずだ』」 「U+V+はずだ」が「納得」を表す場合、最も「断言」に近くなり、例えば「U+V+わけだ/のだ/のか」に置き換わるが、やはり状況判断であることには変わりがないので、条件「U」に制限があり、すべての場合で互換性があるわけではない。 2.推論:U順接確定条件/順接仮定条件 + V + はずだ 娘はこの3月で満6つだから、今年、小学校へ上がるはずなんだよ。日本が午前零時なんだから、ロンドンは前の日の午後3時のはずだ。 <964> 約束は6時だから、もう姿を見せるはずなんだけど、ちょっと遅いね。ダミアさん、急用のために、来週/×どうやら + 国に帰るはずだよ。あの車の音、きっと/×どうも + 雨のはずだ。洗濯物、入れなきゃ。出るとき、鍵、したかな。いや、しなかったはずだ。戻るか。 赤ちゃんは、すやすやと寝息をたてていた。眠っているはずだ。 しっ!! ちょっと見て。あそこに誰かいるはずよ。見えない? 熱があるから、ひょっとしたら/もしかすると + 風邪を引いたはずだ。茶柱が立った。間違いなく/おそらく + 今日はいいことがあるはずだ。新しい電話番号、覚えてたかな。かならず/たぶん + 忘れてるはずだ。ついさっき、出たばかりだから、少し走って行けば、追いつくはずだ。毎日、それだけ体に注意していたら、百までだって生きられるはずよ。さっき「駅から」ってお電話、ありましたから、もう見えるはずです。これじゃ、明日、雨でも降れば、誰も練習なんかには来ないはずだね。もう2時を回ってるんですもの、いくらなんでも眠ってるはずですね。単身赴任で寂しいと言ってたのなら、今ごろ、酒でも飲んでるはずだ。12 月になったのですし、お母さまのところは、もう寒いはずですね。徹夜つづきで、あんなに無理をすれば、体を壊しても仕方ないはずだ。元気がない? まだ生活に慣れてないせいで、ホームシックのはずだ。困難があっても、何度も実験をして実証してこそ、科学者のはずだ。駅前でにぎやかだから、夜中に、ひとりで歩いても、大丈夫なはずだ。とてもいい人よ。会っていたら、あなただって気に入ったはずですね。10 年ぶりの帰国なら、さだめしご家族は、お喜びになったはずだね。あいつは医者なんだから、病人が出れば、手当てくらいはしたはずだ。バカじゃあるまいし、間違いなく規則のあるのはわかっていたはずだ。仮面をかぶっていてもだめ。誰だかわかるわ。お父さんのはずよ。ほら、あそこ。ジーンズをはいた男がいるはずです。私の父なんです。ねえ、どうかしら、このピアス。このブラウスに、似合うはずよね。何、してたんだ。午前中には仕上げてくれって、言っといたはずだが。あれ、誰もいない。そうか。じゃ、おそらくお風呂屋さんのはずだな。庭の木々が鮮やかに見える + から/のなら、昨夜、雨が降ったはずだ。昨夜、雨が降った + から/のなら、庭の木々が鮮やかに見えるはずだ。ほら、あそこ、花が咲いているはずだよ。 最初2例だけが「断言」と置き換わる「納得」を含んだ「推論」で、あいまいで婉曲的な表現を好めば「V + ようだ/にちがいない/だろう」にも換えることができる。残りは、これまでの状況判断の例を書き換えたものである。 「推論」を表す「U+V+はずだ」は、話し手の感覚や知識、経験や習慣、また社会通念や常識などをU「根拠/証拠」として、Vという情況の「起こる可能性」を判断する場合に使われる。 このUは、最初2例のような客観的な事実から、話し手のもつ迷信や直感までが含まれるが、話し手の気持ちとしては、状況判断Vをする上での客観的な「根拠/証拠」と考えているし、逆に、どのようなものであれ、客観的な根拠や証拠Uがなければ、状況判断「V + はずだ」は使うことができなくなる。 <965> 使い分けワンポイント 39 「~はずだ」の使えない文 誰も教室にいない。みんな帰った + ようだ/らしい/にちがいない/のかもしれない/のだろう/×かもしれない/×だろう/×はずだ。 財布がない。どこかに置いてきた/盜られた + ようだ/のかもしれない/のだろう/かもしれない/×だろう/×はずだ。 こんなに手を振ってるのに、まだ気づかない + ようだ/のかもしれない/のだろう/×かもしれない/×だろう/×はずだ。 そんなに飲んでないのに、どうしたのかな。酔った + ようだ/のかもしれない/のだろう/×かもしれない/×だろう/×はずだ。 お天気のせいかな。今日は、ひどく疲れる + ようだ/×らしい/×にちがいない/×のかもしれない/×のだろう/×はずだ。 なんとなく、今日はいいことがある + ようだ/×らしい/×にちがいない/かもしれない/×のだろう/×はずだ。 みんなが協力してくれましたから、こうして出来上がった + にちがいありません/のかもしれません/ようです/×はずです。 「推論」を示す「使い分け③」の「U + V + はずだ」は、順接確定条件「U + から/ので/ために/せいで/てこそ」や、順接仮定条件「U + なら/たら/ば/と」などがあれば、例えば「教室に誰も + いないから/いなければ、みんな帰ったはずだ」のように使うことはできるが、もしなければ、Uを「誰もが納得できる」客観的な「根拠/証拠」にする必要がある。 つまり「教室に誰もいない」からといって、運動場や体育館にいる可能性があり、客観的に「みんなが帰った」と説得できるものでない場合は、使えないことになる。 あ、誰も教室にいない。あ、そうか。みんな帰った + はずだ/ようだ/らしい/にちがいない/のかもしれない/のだろう/×かもしれない/×だろう。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 上の例では、Uは「納得」を表す「あ、そうか(↓)」であり、何を思い出したか不明ではあるが、話し手の「メモリバンク」が作動し、おそらく「みんなが帰った」と誰もが納得できる根拠を発見したと考えられるので、使えるようになる。 ということは、この「みんなが帰ったはずだ」は、すでに「推論」ではなく「納得」に傾斜している。言い換えれば、過去のデータとの照合を表し、文末部分に「~の」の挿入される「メモリバンク」は、推論では機能していないが、納得では機能していることを示唆している。 使い分けワンポイント ④0 推論の「~はずだ」と「メモリバンク」 電気、消してこなかったはずだ。ん、でも消したとも思うけど。 あの空、雨が降るはずだよ。もちろん、降らないかもしれないけどね。 あれ、まだ電気、ついてるよ。残業で徹夜でもする + ようだ/のかもしれない/×みたいだ/×かもしれない/×はずだ + ね。 推論の「U+V+はずだ」は、上のように「B+みたいだ」や「K+かもしれない」に近く、逆に「B+ようだ」や「K+のかもしれない」とは距離のあることを示している。最後の例に「~みたいだ」を使うと、状況判断というより、比喻や例示に傾い <966> てしまう。 わあ、60 キロになってる。このところ寝るまえに食べてたから、太った + ようだ/のかもしれない/のだろう/×かもしれない/×だろう/×はずだ + よ。 →60 キロになってるの?寝るまえに食べてたから、太ったはずね。 イタズラ電話だから、男が受話器をとると、すぐ切れた + ようだ/のかもしれない/のだろう/×かもしれない/×だろう/×はずだ + よ。 →イタズラ電話だったら、男が受話器をとると、すぐ切れるはずよ。 上のような「推論」を表す「U+V+はずだ」は、たとえ順接確定条件「U+から」があっても、使うことができない。これは、Vが話し手自身の経験した〈基準時既実現〉の出来事で、推論の余地のない事実を表しているからである。 つまり、現在の状況Vを判断するために、Vをフィードバックして、過去のデータUと照合する「メモリバンク」が、推論では機能していないことを表している。 一方、これが第三者のことであれば、使えるようになるのは、第三者の状況は、たとえ既実現の事実であっても、推論の余地があるからであるが、この場合は、次のような経験によって習慣化したUを根拠にしている。 わあ、60 キロ。このところ寝るまえに食べてたから、道理で太ったはずだよ。 イタズラ電話だから、なるほど、男が受話器をとると、すぐ切れたはずだね。 そして、上のような「納得」を表す文脈にかえると、使えるようになる。この場合は、納得できる根拠を「メモリバンク」に照合して、探しあてていることになる。 電話に出ませんから、またいつものように映画でも見てる + はずです/かもしれません/のかもしれません/のだろう/×だろう/ようです。 頭痛がするし、熱もある。風邪を引いた + ようだ/かもしれない/のかもしれない/のだろう/×だろう/×はずだ。 つまり「推論」の「U+V+はずだ」は形態的にもVのあと、つまり「~はずだ」のまえに「~の」は挿入できないのであるが、機能的にも挿入されていないと考えられる。 使い分けワンポイント ④) 納得の「~はずだ」と「メモリバンク」 60 キロになってる。あ、そうか(↓)。このところ寝るまえに食べてたから、太った + はずだ/ようだ/のかもしれない/のだろう/×かもしれない/×だろう。 あ、そうか(↓)。イタズラ電話 + だから/なら、男が受話器をとると、すぐ切れた + はずだ/ようだ/のかもしれない/のだろう/×かもしれない/×だろう。 うちの子に恋人ができたのか(↓)。あ、そうか(↓)。そういえば、そうだな。だから電話がかかってくると、そわそわしてた + はずだ/ようだ/のかもしれない/のだろう/×かもしれない/×だろう + よ。 上の例は、過去を振り返っての状況判断、つまり「メモリバンク」が作動していることを示しているが、この場合の「U + V + はずだ」は、推論を織り交ぜた「使い分け③」の「納得」である。特に最後のは、境界例で、現在の状況「恋人ができた」から、過去の出来事を推論「電話がかかってくると、そわそわしてたな。もっとも、そわそわしてなかったときも、あったかもしれないが」しながら、納得している。 B:なんで、うちの子、電話がかかってくると、そわそわするんだ。 A:鈍いのね。恋人ができたのですよ。 <967> B:なんだ。それじゃ/※それで、電話がかかってくると、そわそわするはずだ。 →なんだ、それで、電話がかかってくると、そわそわするわけか。 I:あの人、どうしてあんなに英語がお上手なんです? H:小さいとき、お父さんがアメリカ駐在で、現地の学校に通ってたそうですよ。 I:なんだ、それなら、英語が上手な + はず/わけ + だ。 なんだよ、ドア、開けっぱなしなのか。寒い + はず/わけ + だよ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照 「『だから/それなら』+『A + わけだ/はずだ』」 「納得」の「U+V+はずだ」は、過去の出来事Vが理解できず、いわば意味不明のまま「疑い/不審」を抱いたり、不思議に思ったりしていたが、Uという「原因/理由/事情/状況」を知り、現在のUから、過去のVを振り返りながら、話し手が「納得」していることを表している。 上の例は、ほとんど推論の余地のない「納得」であるかのように響くが、この「納得」の仕方は、Uを前提とした推論を含んでおり、もし「本当にUならVだ、でも、もしかすれば、ほかのWの場合があって、それでVなのかもしれない」といった、もうひとつ別のWという可能性を思い描いたもので、100%の「納得/断言」を表す「U+だから/それで+V+わけだ/のだ/のか」とは異なっている。 ただ、このVの可能性は、話し手の自信に裏打ちされて、ほとんど100%に近い確率を示しているので、コンマ以下の可能性になるWが無視されているかのように響くだけである。 ④②「それで/だから」+「はずだ/わけだ」 あの人は風邪だった。それで/だから、来なかった/来ない + ようだ/(の)かもしれない/(の)だろう/わけだ/△はずだ。 →あの人は風邪だった。それで/だから、来なかった/来ない+かもしれない/△だろう/△はずだ。もちろん、ほかの理由で「来た/来る+かもしれない」が。 →あの人は風邪だった。それで/だから、来なかった/来ない+ようだ/のかもしれない/のだろう/わけだ/△はずだ。もちろん、ほかの理由で「来なかった/来ない」のかもしれないが。 上のような「使い分け $ ^{38} $」の「U + V + はずだ」は「推論」を表し、話し手は「メモリバンク」を作動させず、自分の経験や知識を根拠Uにして、第三者の状況Vを「来なかった/来ない+はずだが、来た/来る+かもしれない」と判断している。 この場合、Uを「原因/理由/根拠」にする「だから」も、Uの状況からVの状況への「自然の成り行き/当然の帰結」を表す「それで」も使うことができる。ただ「それで」を使うと、不自然さを感じる人がいるかもしれない。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照 「『だから/それなら』+『A+わけだ/はずだ』」 あの人、風邪でしたか(↓)。それで/だから、来なかった+ようです/のかもしれません/のでしょう/わけです/×はずです+ね。もちろん、ほかの理由で「来なかった」のかもしれませんが。 →あの人、風邪でしたか(↓)。△だから/×それで、来なかった + かもしれません/でしょう/はずです + ね。もちろん、ほかの理由で「来たかもしれません」が。 <968> 10.6. モダリティの表現/状況判断 例は、聞き手の言葉U「あの人、風邪だった」を受けて、話し手が「メモリバンク」を作動させ、過去「あの人が来ていなかったこと」を振り返っている場面であるが、Uのあとに「それで/だから」を続けて「100%納得」したことを表している。 しかし、この場合、話し手がいくら「メモリバンク」を作動させても、納得の「U + V + はずだ」が使えないのは、100%の納得を表し、UとVとの断定的な因果関係を示す「それで/だから」の存在である。 あの人、風邪でしたか(↓)/風邪ですか(↑)。それなら、来なかった/来ない + ようです/のかもしれません/かもしれません/のでしょう/でしょう/わけです/はずです + ね。もちろん、ほかに理由「W」があって +「来なかった/来ない + のかもしれません」/「来た/来る + かもしれません」+ が。 ところが「U+V+はずだ」は、ほかの理由「W」の存在を許す順接仮定条件「それなら/そしたら/そうすると」であれば、過去を振り返って「メモリバンク」を作動させ、実際に知っている「あの人が来なかった」理由を推論して「納得」することも、作動させずに事実関係を「推論」することもできる。 後者「来ない」は、〈非実現〉になるかもしれないが、〈基準時現在未実現/来ない〉の出来事を予想したり、実際には「来たか来なかったか」知らないが、過去〈基準時現在以前既実現〉の出来事を推測したりしている。 うちの子に恋人ができたのか (↓)。だから/それじゃ/×それで、電話がかかってくると、そわそわしてた + はず/わけ + だ。 どうして「寒い」なんて言うんだろう。なーんだ、ドアが開けっぱなしじゃないか。だから/これじゃ/×それで、寒い + はず/わけ + だ。 また、上のような「納得」とも「推論」ともつかない境界例でも、〈基準時以前既実現〉のUと、〈基準時同時間帯〉のVは「自然の成り行き」を表しているが、推論の余地の存在しない100%の納得にはならないので「それで+~はずだ」を使うことができない。もちろん「100%の納得」を示す「~わけだ」なら、使うことができる。 一方「U+だから+V」のほうは、UとVとの「自然の成り行き」を表しているのではなく、Uを根拠にしてVを推論しているとも考えられるので、使うことができる。これに対して「U+それで+V」のUは、Vの手段になることはあっても、推理や推論を示すVの根拠になることはできない。 使い分けワンポイント ④③~はずだ・~(の)かもしれない・~(の)だろう あの人は、風邪だった。それで/だから/それなら、来なかった/来ない + はずだ/(の)かもしれない/(の)だろう。 「使い分け⑤③⑦③⑧」の「V + はずだ/K + (の)かもしれない/Q + (の)だろう」は、推論を表す場合、いずれも、〈基準時現在未実現〉「来ない」はもちろん、〈基準時現在以前既実現〉「あの人が来なかった」も、話し手は事実として確認していない。 あの人は風邪なのか。それなら来ない + はずだ/(の)かもしれない/(の)だろう。→だから来ない + はずだ/※だろう/(の)かもしれない/のだろう。→それで来ない + のかもしれない/のだろう。※はずだ/※かもしれない/※だろう) 娘に恋人ができたのか。それなら/だから、電話がかかってくると、そわそわしてた + はずだ/(の)かもしれない/んだろう/※だろう。 <969> どうして「寒い」なんて言うんだろう。なーんだ、ドアが開けっぱなしじゃないか。これじゃ、寒い + はずだ/(の) かもしれない/だろう/△のだろう。 →それで寒い + のかもしれない/のだろう/※はずだ/※だろう/※かもしれない。 「納得」の「それなら/だから+V+はずだ」は、V「来ない/そわそわしていた/寒い」が、話し手の経験した事実であることを表している。 しかし、状況判断しか表さない「K+のかもしれない/Q+のだろう」は、納得を表さないので、上の「それで」の場合も使うことができるが、KやQは話し手の経験した事実ではない。 最後の例「寒い」は、話し手が実際に経験している感覚であるが、状況判断の「寒い+のかもしれない/のだろう」は、第三者がいった「寒い」という感覚で、ドアの開いているのを発見して、その言葉を実感している場面である。 また「寒いのだろう」は、話し手の「PだからQは当然だ」という自信を表すので、順接仮定条件「これじゃ」を使うと、やや不自然になる。むしろ、自信を示さない「PならQは当然だ」になる「これじゃ、寒いだろう」のほうが自然である。 ところが「K + かもしれない」は、すべて「それなら/だから/それで」の場合で、納得の「V + はずだ」と同じ振る舞いをして、自信のない「婉曲的な納得」を示している。「U + V + はずだ」は、納得でも推論でも、パラフレーズすると「U + それなら + V + はずだ/(の) だろう/(の) かもしれない。しかし、他の条件Wなら + V + でない + はずだ/(の) だろう/(の) かもしれない + が」を意味しているので、位置関係としては、当然性や話し手の自信は示せるが、納得は表せない「P + Q + (の) だろう」よりも、実現の可能性を示し、遠慮した納得も示すことのできる「J + K + かもしれない」に近い。 娘は、この3月で満6つだから、今年、小学校へ上がる+はずだ/かもしれない。日本が午前零時だから、ロンドンは前の日の午後3時+のはずだ/かもしれない。 ただ両者の違いは、話し手の判断Ⅴに対する自信で、実際に「起こった/起こっている/起こる」可能性は、似たり寄ったりであっても、前者「Ⅴ + はずだ」は、100%の起こる錯覚を聞き手に与えるほど自信に満ちて、傲慢に聞こえるが、逆に後者は、遠慮がすぎて、聞き手を不安に陥れるほど、自信がないかのように響く。 使い分けワンポイント ④④「~はずだ/~だろう」との共起 「使い分け③8」の「U + V + はずだ」は、話し手の「推論」を表す場合、次のように、Vのまえに「きっと/もしかすれば」などが一緒に使われる(共起する)ことがある。 なお「使い分け③7」の「~(の)だろう」も併記しておく。示した確率(%)は、概数である。 ▶本節「使い分け $ ^{④} $『~にちがいない・~かもしれない』との共起」を参照 1. 確率 100% 未満~80%:かならず/断じて/絶対(に)/間違いなく/きっと/確かに/さぞ(かし)/定めし かならず/断じて/絶対/間違いなく/きっと/確かに+やって来る/あの男が犯人/彼は許さない+はずだ/(の)だろう。 ここもこんなに寒くなったのだから、向こうは+さぞかし/定めし+寒い+はずだ/ <970> だろう。 2.確率 10%以下:もしかしたら/ことによれば/ひょっとすると/あるいは/万一このぶんでは、ことによると/もしかすれば/ひょっとすると、今夜、雪になる + はずだ/だろう。 ×あるいは/※万 (が) 一、今夜、雪になる + はずだ/だろう。 (注)「あるいは」が「または」の意味なら、使うことはできる。 →万一 + すれば/すると/の場合、今夜、雪になる + はずだ/だろう。 あるいは、逃げ切れない + かもしれない/△だろう/※はずだ/※のだろう/の + から、覚悟だけはしておくがいい。 (注) この場合の「~だろう」は、断言の「~(の) だ」と同じで、話し手が「逃げ切れる」可能性も考えて使ったものである。 3. 確率 40%~60%:たぶん/おそらく たぶん/おそらく + ひとりで行った + はずだ/だろう。 4.確率20%前後:必ずしも+Kとは限らない こんな状況なんだから、必ずしも+みんながみんな、参加する+とは限らない/わけではない+はずだ/だろう。 5.実現についての評価を表す:どうやら(プラスかマイナス)/どうも(マイナス) どうやら/どうも + やって来る/あの男が犯人/彼は許さない/寒い/雪になる + だろう/×はずだ。 あいつのことだから「かならず + やって来る + にちがいない」+ はずだ/(の)だろう。ただ、ほかに甘い話があれば「ひょっとすると + 来ない + かもしれない」+ はずだ/(の)だろう。 あいつのことだから「ひょっとすると、やって来ない」+ はずだ/(の)だろう。ただ、ほかに甘い話がなければ「きっと来る」+ はずだ/(の)だろう。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』と文末の相互承接」を参照 「U+V+はずだ」と「P+Q+(の)だろう」は、上のように、確率の高低を示す言葉と共起はしても、上のように、内に抱えこんでいて呼応しているわけではない。ただ、確率の高いほうとは相性がいいが、低い場合「10%以下」は、順接仮定条件「もしか+したら/すれば/すると」でなければ使うことができない。 「U+V+はずだ」は、Vが起こる可能性に対して、話し手の「自信」は示すが、話し手の「Qは当然だ」という評価を表す「P+Q+(の)だろう」とは異なり、Vに対する評価は表さないので、実現についての評価を表す「どうやら/どうも」とは共起しない。 当然/珍しく/わざわざ/どうやら/どうも、彼は来る(の)だろう。 →どうやら/どうも+「当然/珍しく/わざわざ+彼は来る」+(の)だろう。 当然/珍しく/わざわざ/×どうやら/×どうも、彼は来るはずだ。 →×どうやら/×どうも+「当然/珍しく/わざわざ+彼は来る」+はずだ。 推論の「U+V+はずだ」と「P+Q+(の)だろう」は、話し手の自信を表す点では、非常に近い関係にある。前者が「Vの起こる可能性」に対する自信を表し、後者は「Qの起こる当然性」に対する自信を示している。 <971> 自信:強い ← ~(の)にちがいない>~はずだ>~のだろう>~だろう 話し手の表す自信は、左ほど強くなると思われる。したがって「~(の) にちがいない」が、日常生活で聞かれるのは「運勢占い」のような予言めいた場合だけで、そのほかの場合に使われると、不協和音を奏でてしまう。 使い分けワンポイント ④5~はずではない うそだい。何、言ってんだ。絶対「お父さんは癌で死ぬはずだ」じゃないよ。→うそだい。何、言ってんだ。お父さんは癌で死ぬはずじゃないよ。「こんなこと、僕にはできないはずです」じゃないよ。するんだよ。→「こんなこと、僕にはできないはず」(なの)じゃないだろう?するんだよ。誰も来ないはず(だ/なの)じゃない。誰でもいいから、連れてくるんだ。→誰も来なかったはず(だ/なの)じゃない。誰か来てるはずだ。調べてみろ。→明日は、誰も来ない + はず/予定 + ではなかったと思います。誰か来るはずだと思います。ちょっと待ってください。確かめてみます。 明日は雨の + はず/予報 + じゃない。気象庁に電話して確かめてみろ。私が出張する + はず/予定 + ではありません。彼が出張するはずです。▶「~なの」の省略については、本節「使い分け③」/名詞 + なのだろう(か)を参照 「V + はずではない」は、条件Uを必要とはせず、上のように他者の発言V、つまり〈独り言〉における「もうひとりの私」を含んだ〈聞き手〉か、第三者の言ったことVを、名詞として引用して否定する場合に使われる。 この場合の「~はず」は、ほとんど名詞「予定/道理/当然のこと」で、例えば、最初の「お父さんは癌で死ぬはずじゃない」は「お父さんは癌で死ぬ+ことにはなっていない/予定ではない」という「断言」を表している。 最後の2例のように、他者の言った「予定」を表す名詞「はず」が否定されて、Vという「そんな予定ではない」という意味を表す場合もあるが、この場合も「断言」である。 × 私が出張した + はず/予定 + ではありません。彼が出張するはずです。 →彼が出張したはずではありません。彼は出張しなかったはずです。出張したのは、彼女のはずです。 ただ「〜はず」が「予定」を表す場合、〈基準時現在以前既実現〉の予定「私は出張した + はず/予定 + だ」は存在しないので、上のほうの例「×V + た + はず/予定 + ではない」には使うことができない。使うことができるのは、過去の状況に対する他者の推論を否定する「V + たはずではない/V + なかったはずだ」場合だけである。 使い分けワンポイント ④6状況判断の否定「~ではない」 彼はエンジニア+だ/ではない。元気だ/元気じゃない。(述べ立て/断言) 可愛い/可愛くない。雨が降る/雨は降らない。(述べ立て/断言) 彼女は課長+か/ではないが。出張+するか/しないか。(問いかけ) 一緒に+遊ぶか/遊ばないか。(勧誘) <972> 10.6. モダリティの表現/状況判断 何か食べたい/何も食べたくない。(希望) 行くぞ/行かないぞ。勉強しようと+思う/思わない。(意志) 上のように、文を「~ない」で否定しても、文のもつ〈モダリティ〉は変化しない。例えば、希望「何か食べたい」であれば、これを否定「何も食べたくない」しても、やはり希望を表している。 「エンジニアではない/元気だ/可愛い/雨は降らない」じゃないよ。 「彼女は + 課長ではないか/出張するか」ではありませんね。 「食べろ/遊ばないか/何か食べたい/行かないぞ」じゃないだろう。 ▶巻末「文/文の種類/モダリティ」を参照 しかし、文末に「~ではない/~ではないだろう」を加えると、〈述べ立て文〉を除けば、文は名詞として扱われることになり、もとの〈モダリティ〉は否定され、すべて「断言/状況判断」の〈モダリティ〉に変化してしまう。 「エンジニア/課長/元気/好き+だ」じゃないよ。 →「エンジニア/課長/元気/好き+(なの)」じゃないよ。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/名詞+ではない」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/名詞+ではない(の)か」を参照 ▶本節「使い分け35/名詞+なのだろう(か)」を参照 ただ、名詞と状態名詞の場合、文を「~ない」で否定したのか、文の〈モダリティ〉を否定したのか区別がつかなくなる。 今日は、徹夜 + する/しない + ようだ/かもしれない/だろう + ね。 ×徹夜 + する/しない + ようではない/かもしれなくない/だろうではない。 →「徹夜 + する/しない + よう (だ) /かもしれない/だろう」+ ではありませんね。 ▶本節まえの「~ようだ・~みたいだ」の「解説」を参照 ところが状況判断の場合、文のもつ〈モダリティ〉を変化させないで、文を「~ない」で否定することができない。 ただ可能なのは、文末に「~ではない」を加えて、〈状況判断のモダリティ〉から、〈断言のモダリティ〉へ変化させることだけである。 「あの人は、男らしい/男らしくない」+じゃない/じゃないだろう+よ。→あの人は+男らしくない/男らしい+よ/だろうよ。 「今日は、徹夜+する/しない+らしい」じゃないだろう。 ×今日は、徹夜+する/しない+らしくない。 ただ「K+らしい」の場合、Kが名詞で「典型例」を表していれば、形容詞として扱われるので、上のほうの「男らしい」は〈断言のモダリティ〉である。これを「~ない」で否定「男らしくない」しても、そのまま「断言」であるが、文末に「~ではない/~ではないだろう」を加えると、もとの〈モダリティ〉が否定されて「断言/状況判断」の〈モダリティ〉に変化していることになる。 下のほうは「状況判断」か「伝言」を表し、〈モダリティ〉も「状況判断」か「伝言」なので、この場合の「K + らしい」は「K + らしくない」にして、文を否定することも、〈モダリティ〉を否定することもできない。文末に「~ではない/~ではないだろう」を加えることができるだけである。 <973> 使い分けワンポイント ④状況判断 + 「~(なの)か」 毎朝ジョギングしてるのか (↓)。それじゃ/それで、元気なはずなのか (↓)。 なんだよ、ドア、開けっぱなしなのか (↓)。だから/それで、寒いはずか (↓)。 今年の3月で、娘は満6つだから、この4月に小学校へ上がるはずなのか (↓)。 日本が午前零時だから、ちょうどロンドンは、前の日の午後3時のはずか (↓)。 そうか。ついさっき出たばかりなら、少し走って行けば、追いつくはずか (↓)。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか 上の「U+V+はず(なの)か」は、文末のイントネーションが下降して「納得」を表している。 お譲ちゃん、3月で満6つなら、この4月、小学校へ上がるはずなのか(↑)。日本が午前零時だから、ちょうどロンドンは前の日の午後3時のはずか(↑)。毎日、それだけ体に注意していたら、百までだって、生きられるはずか(↑)。さっき「駅から」って電話がありましたから、もう見えるはずなのですか(↑)。そろそろ12月ですから、お母さまのところは、もう寒いはずですか(↑)。こんな状態じゃ、雨でも降れば、誰も練習なんかに来ないはずか(↑)(~)。 しまった。出るとき、鍵、したかな。いや、しなかったはずか(~)。 しっ!!ちょっと、ちょっと見て。あそこに誰かいるはず(なの)か(~)。 やだな。熱があるから、ひょっとしたら風邪を引いたはず(なの)か(~)。 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 「U+V+はず(なの)か」が「推論」を表す場合は、文末のイントネーションによって「問いかけ(↑)/確認(↑)/疑い(~)」に変化するが、最後の「疑い」は、主に〈独り言〉で使われる。 「娘が満6つだから、この4月に小学校へ上がる+はずだ/(の)かもしれない/ようだ/(の)だろう」+か(↓)。 娘が満6つだから、この4月に小学校へ上がる+はず(なの)/かもしれない(の)/のかもしれない(の)/よう(なの)/(の)だろう+か(↓)。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~の』の機能」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ほかの状況判断の場合、上のほうのように、文全体を名詞として扱って引用し、これにイントネーションの下降する「~か」をつければ「納得」になる。また、文全体を名詞として扱えるようにする「~の」を挿入して、下のほうのように、イントネーションの下降する「~か」をつけた場合は、最後の「疑い/不安」などを表す「~(の)だろうか」以外は、やはり「納得」を表している。 娘が満6つだから、この4月に小学校へ上がる + はず/かもしれない/のかもしれない/よう + か(↓)(↑)(~)。 しかし、文全体を名詞とせずに、直接「+かもしれない/のかもしれない/ようだ」をつけた場合、イントネーションによって「問いかけ(↑)/確認(↑)/疑い(~)」に変化させることはできる。 この場合は〈話し手〉の「納得」ではなく、〈聞き手〉の「状況判断」である。つまり〈話し手〉は「状況判断」を放棄して〈聞き手〉に委ねていることになるので、問いかけの場合「小学校へ+上がる/上がらない+はずだ」を判断するのは〈聞き手〉である。 <974> 10.6. モダリティの表現/状況判断 ということは、回答は「100%断言」ではないので、もし「小学校へ + 上がる/上がらない + よ」という回答を求める場合に、問いかけとして使うと不自然になる。 お譲ちゃん、満6つなら、この4月、小学校へ上がる + はずなの/かもしれないの/のかもしれないの/(の)だろう/ようなの + か(↑)(~)。 上のような「状況判断」の場合でも、その内容に応じても「問いかけ(↑)/確認(↑)/疑い(~)」を表すことができる。ただし「~(の)だろうか」は「疑い」などを示すだけなので、問いかけは表さない。確認は「~(の)だろう?」が担当している。 使い分けワンポイント 毎朝ジョギングしてるのか (↓)。それじゃ、元気なはずじゃないか (↑)。 ドア、開けっぱなしなのか (↓)。だから、寒いはずなんじゃないか (↓)。 娘は3月に満6つだから、この4月に小学校へ上がるはずじゃないか (↓)。 お譲ちゃん、3月に満6つなら、この4月、小学校へ上がるはずじゃないか。 日本が午前零時なら、ロンドンはちょうど前の日の午後3時のはずじゃないのか。 さっき「駅から」って電話があったのなら、もう見えるはずじゃないのか。 そろそろ12月ですから、お母さまのところは、もう寒いはずでは + ありませんか/ないのですか。 「~ないのか/~ない+のだろう?・のだろうか」「~ではないか/~ではない+だろう+?・か」「~のではないか/~のではない+だろう+?・か」「~のではないのか/~のではない+のだろう+?・か」 「U+V+はず(なの)ではない(の)か」は「V+はずだ」に「~(の)ではない(の)か」が覆いかぶさっているので、イントネーションが上昇して「確認」になり、もし下降すると「喚起/非難/疑い/説得/確信」を表すようになる。 ほかの状況判断「K + よう/みたい/そう + (なの)ではない(の)か」や「K + (の) + にちがいない/かもしれない + (の)ではない(の)か」の場合も、だいたい同じである。伝聞と状況判断をかねる「K + らしい」の場合は、典型例で「K + らしくない(の)か」と「K + らしい + (の)ではない(の)か」の2つあるが、伝聞と状況判断では「K + らしい + (の)ではない(の)か」だけである。 「Q + (の)だろう」の場合だけは、否定部分がまえにきて「Q + (の)ではない + (の)だろうか」になる。 使い分けワンポイント ④9 - る + はずだった はじめの予定では、彼/私+が出張するはずでしたが、とりやめになったのです。 もともと私が最後で電気を消すはずでしたが、彼が残業することになったのです。 彼女は、もともとレセプションの司会はしないはずだったのですが、巧みな話術を買われて、 することになったのです。 すみません。今日5時に、そちらへお伺いするはずだったのですが、高速道路で事故が起きまして、今、一般道路を走っているところです。ひどい渋滞で、1時間ほど遅れそう <975> なのですが、よろしいでしょうか。 あれだけのダイレクトメールを出したのですから、注文が殺到するはずだったのですが、いったいどうなっているんでしょうね。 この + 実験/計画/予定 + では、こうなる/こうならない + はずだったが、手はずを間違ったらしく、こんな結果になってしまった。 彼は毎日ジョギングをして、健康な/調子はいい + はずだったのに、なぜか突然、体調を崩して、入院する羽目になった。 あいつは名医のはずだったが、論文を捏造した似非医者だったらしい。 ▶本文5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~のに」を参照 ▶本文10.5.「モダリティの表現/意志と希望/ーる + つもり・はず + だった」を参照 「V - る/ - い/状態名詞な/名詞の + はずだった」は、逆接確定条件の「~が/~けど/~のに」などをともなって、もとの予定や計画、話し手の思惑や推測が変更され、Vが「キャンセル/中止/とりやめ/Vでない」になったことを表している。つまりVは、〈基準時現在〉からみて「過去の事実だった」ことを意味し、現時点で、事実ではなくなったこと〈基準時現在非実現〉を示している。多くは突然の変更や変化なので、話し手の「意外さ/驚き/失望/残念/後悔/非難」といった感情を表す。 彼/私+が出張するはずですけど、どうかしたのですか。 私が最後で電気を消すはずですが、残業することになったのですか。 もし、上の例から「~けど/~が」をとって「使い分け $ ^{38} $」の「Vーる/ーい/状態名詞な/名詞の+はずだ」にかえると、話し手の推論というより、単なる「Vという+予定/話し手の思惑」を表しているだけである。 私はガスを消す + ことになっている/ことにしている/×はずだ。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/~ことになっている・~ことにしている」を参照 私は毎日ジョギングをしているので、健康な/調子はいい+はずです。 私は名医のはずですが、人はどう思っているのでしょうか。 したがって、他者の予定や、他者から命じられた受身的な予定「彼/私+は出張するはずです」や「彼はガスを消すはずです」なら問題はないが、上のような話し手自身の状況に使うと、話し手の「思い込み」や、場合によっては「誤解」になることがある。 「出張」の例は、もし話し手の受身的な「予定」でなければ、自分で自分の「行動/意志/予定」を推論しているようになって、異常な響きになる。 類義表現ではないが、紛らわしさのある「わけ+だ/だった」と「はず+だ/だった」の違いは、『類義語使い分け辞典』(研究社)も参照のこと。 使い分けワンポイント ⑤0 - る + はずではなかった 彼/私+は、もともと出張するはずではありませんでしたが、急にヨーロッパのどこかに行くことが決まったのです。 その日、私が電気を消すはずではありませんでしたけど、彼が残業しなくなって、私が最後になりましたから、消して帰りました。 彼女は、もともとレセプションの司会をしないはずではなかったのですが、過労で倒れてしまったものですから、できなくなったのです。 <976> 10.6. モダリティの表現/状況判断 すみません。今日、そちらへお伺いするはずではなかったのですが、近くまで来たものですから、ご挨拶がてら、お伺いできればと思いまして、お電話、差し上げています。ご都合、いかがでしょうか。 あれたけのダイレクトメールを出したのですから、注文がこないはずではなかったのですが、いったいどうなっているんでしょうね。 この + 実験/計画/予定 + では、こうなる/こうならない + はずではなかったが、手はずを間違ったらしく、こんな結果になってしまった。 彼は毎日ジョギングをして、病気がちな/調子が悪い + はずではなかったのに、なぜか突然、体調を崩して、入院する羽目になった。 あの人は名医のはずではなかったが、先日、すごい論文を発表したらしいよ。 私がするはずでもなかった仕事を、どうして押しつけてくるんですか。 ▶本文10.5.「モダリティの表現/意志と希望/ーる + つもり・はず + で 「使い分け④⑨」の場合と同様「V-る/ーい/状態名詞な/名詞の + はずではなかった」も、逆接確定条件「~が/~けど/~のに」などをともなって使われるが、予定の変更を表す「V + はずだった」とは逆に、もともと「予定/計画/話し手の脳裏」にはなかった事態が起こったことを表している。 つまりVは、〈基準時現在〉からみて「過去の事実ではなかった」ことを意味し、現時点になって、事実として実現したこと〈基準時同時既実現〉を示している。 ただ「V+はずだった」と同様に、この場合も、突然の事態発生を示しているので、話し手の「意外さ/驚き/失望/残念/後悔/非難」といった感情がこめられる。 彼/私 + が出張するはずではありませんけど、どうかしたのですか。 私は最後ではありませんから、電気を消すはずではありませんが、残業しなければならなくなって、最後になるのですか。 もし、上の例から「~けど/~が」をとって「使い分け④⑤」の「V - る/ - い/状態名詞な/名詞の + はずではない」に置き換えると、他者の発言「V + はずだ」を否定し、ただ「他者の推論を否定」するか、Vが「予定にはない」ことを表すことになる。 私がガスを消す + ことにはなっていない/はずではない。 A:顔色がいいので、調子がいいはずですね? B:とんでもない。運動しないので、調子がいいはず(どころ)じゃないですよ。 私は名医のはずではありませんけど、そう思ってらっしゃるのですか。 したがって、この場合は「V-る/-い/状態名詞な/名詞の + はずだ」とは異なり、上のような話し手の状況に使っても、話し手の思い込みや誤解を表すのではなく、他者の発言を否定しているだけで、そうした場面なら、異常な響きはしない。 使い分けワンポイント ⑤~た + はずだった 記憶では、彼/※私+は、ソウルへ出張した+はずでした/※はずです+が、本人に確かめたところ、北京とのことでした。 昨日、私は最後でしたから、電気を消した+はずでした/はずなんです/と思っていました/と思います+けど、どういうわけか、消してなかったということなんです。誰かがまた、つけたのでしょうか。 →昨日、私は最後でしたから、電気を消したはずなのに、どういうわけか...。 彼女は、レセプションの司会をした + はずでしたが/はずですが/はずなのに、レセプションのまえには、過労で倒れて入院してたって、みんなが言うんです。本当でしょうか。 <977> →彼女は、レセプションの司会などしなかった + はずだった/△はずな + のに、社長から 巧みな話術を買われて、急遽、司会をしたんだそうです。 →彼女は、レセプションの司会をしない + はずだった/×はずな + のに、社長から巧みな 話術を買われて、急遽、することになったのです。 あれだけのダイレクトメールを出せば、注文が殺到した + はずだった/はずな + のです が、いったいどうなっているんでしょうね。 あの + 実験/計画/予定 + では、こうなった/こうはならなかった + はずだった/は ずだ + が、手はずを間違ったらしく、あんなおかしな結果になってしまった。 彼は毎日ジョギングをして、健康だった/調子はよかった + はずだった/はずな + のに、 突然、体調を崩して、入院する羽目になった。 あいつは名医 + の/だった + はず + だったが/なのに、驚いたことに、論文を揺造し た似非医者だったんだ。 ▶本文10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~た + つもり・はず + だった」を参照 「V + た + はずだった」は、話し手の「Vは事実だ」と考えていた状況が「事実によって否定された」こと、つまり、話し手の「思い込み/思い違い/勘違い+である/であった」ことを表している。 話し手にとって「事実だった」ことが、《基準時現在〉になって「事実ではなかった」 いきさつ ことが判明した「経緯/事情/過程/プロセス」を物語っている。 したがって、これを「使い分け③」の「V + た + はずだ/はずなのに」に置き換えると、過去の状況を推論しているだけになり、話し手はまだ「Vは事実だ」と考えていることになる。 使い分けワンポイント ⑳~た + はずではなかった 記憶では「彼はソウルへ出張したはずだ」ではありませんでしたので、本人に確かめたところ、やはり北京とのことでした。 あのとき一緒に残業していた同僚たちに聞いてみると、実のところは「私が電気を消さなかったはず(だ)」じゃなかったのです。と申しますのは、私が最後に帰ったわけではなかったからです。 彼女がレセプションの司会をしたはずではありませんでした。あのレセプションのまえには、過労で倒れて入院していたのですから。 彼は毎日ジョギングをしていても、健康だった/調子がよかった + はずではなかったのです。若年性の糖尿病であることを、私たちが知らなかっただけなのです。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~た + つもり・はず + ではなかった」を参照 「V + た + はずではなかった」は、他者の推論「V + た + はずだ」を否定する「V + た + はずではない」を、基準時を現在から過去へとスライドさせたものである。つまり基準時過去において、他者の推論「V + た + はずだ」を否定したものなので、Vは他者の「誤解/思い込み/思い違い/勘違い」になり、基準時現在になって「事実ではなかった」ことが判明した「経緯/事情/過程/プロセス」を物語っている。記憶では「彼はソウルへ出張するはずだ」ではありませんでしたので、本人に確かめたところ、やはり北京とのことでした。一緒に残業する同僚に聞いてみると「私が電気を消すはず」じゃなかったのです。と申しますのは、私が最後に帰るわけではないからです。したがって「使い込み」の「V - る」は態名詞な/名詞の + はずではなかった」 <978> 10.6. モダリティの表現/状況判断 は、上のように書き換えた場合、もとの「予定になかった事態の発生」のほかに、他者の推論「V-る + はずだ」を、基準時過去において否定したものも表すことになる。 使い分けワンポイント ⑤③~はずなのに・~はずではないのに 静かだね。休み時間は、静かじゃないはずなのに、何か問題でも起こったのかな。 さっきまでポケットにあったはずなのに、おかしいな、鍵がないんだ。 私が行くはずなのに、どうして彼が行くことになったんですか。 =私が行くはずだったのに、どうして彼が行くことになったんですか。 私が行くはずではないのに、どうして行くことになったんですか。 今日、課長は、休む/休んだ + はず + な/だった + のに、来てるよ。 →今日、課長は、出勤 + する/した + はずでは + ない/なかった + のに、来てるよ。 →今日、課長は、休む/休んだ + はずでは + ない/なかった + のに、どこにもいない。 →今日、課長は、出勤 + する/した + はず + な/だった + のに、どこにもいない。 →今日、課長は、休むはずではなかったのに、ついに出社しなかった。 →記憶では「課長は、休んだはず」ではなかったのに、どこにもいない。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~つもりなのに・~はずなのに」を参照 上の「V - る / - い / ~た / 状態名詞な / 名詞の + はず + な / ではない / だった / ではなかった + のに」は、これまで「使い分け384549~52」で述べた「V + はず + だ / ではない / だった / ではなかった」に、逆接確定条件の「残念/後悔/意外/非難」を表す「~のに」がついたもので、通常「起こるはずもない」Vの「予定の変更/予定になかった事態の発生/思い込みや思い違い」が起こったために、話し手が「残念/後悔/意外/非難/不審/疑い」といった感情を抱いたことを表している。 したがって「Vはず + な/だったのに」では「V」が〈基準時現在非実現〉になり、逆に「Vはずでは + ない/なかった + のに」では「Vない」が〈基準時現在非実現〉になり、それぞれ互換性がある。ただ「不審/疑い」の場合は、現在も真偽不明という可能性はある。 最後の例は、他者の発言や推論「課長は、休んだはずだ」を否定したあと、課長を探してみたが、いなかった経緯を語っている。この場合も「~のに」が使われて、否定できなくなったことを表し、実際に「Vない」が非実現となって「休んだ」ことになる。「Vはず + な/だった + のに」の場合の時間的な関係だけを示すと、次頁の図のよ 図は、話し手が上の時間に「Vが実現+する/した」と思い込んだり、本当に「Vは実現+する/した+のか」と疑ったりしたことを表している。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後」の次を参照「~ているところだ・~ていたところだ/~ているところだった・~ていたところだった」 <979> + なのに 〈V + たはずなのに〉 基準時現在以前既実現 〈Vーるはずなのに〉 基準時現在未実現 $ V + t $ 〈V + たはずだったのに〉 基準時過去同時間帯 V - る 〈Vーるはずだったのに〉 基準時過去未実現 十だったのに ただ「V + たはずなのに」と「V + たはずだったのに」は、同じ過去の時点を表していることになるので、両者の違いは非常に微妙である。しかし、残り2つ「V - るはず + な/だった + のに」とは、時間を共有していないし、この2つも互いに異なった時間を表しているので、3者の違いは明白である。 使い分けワンポイント ⑤④「~はずだ」のまとめ 「使い分け384951」の「Vはず + だ/だった」をまとめておくと、次のようになる。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照 『~つもりだ』と『~はずだ』の対照/『~つもり+だった/ではなかった』のまとめ」 〈予定〉 彼/私+は出張するはずです。 彼/×私+は出張したはずです。 〈話し手の推論〉 彼/私+は出張するはずでした。 彼/×私は+ガスを消すはずです。 彼/私+はガスを消したはずです。 彼/※私+は出張したはずでした。 彼/私+はガスを消すはずでした。 彼/私+はガスを消したはずでした。 (注)〈予定〉の例を〈推論〉と考えても、その逆でもよい。重要なのは、それぞれの人称制限である。 V + はずだ 〈~たはずだ〉 既実現への推論 納得 〈一百はずだ〉 末実現への推論 納得/予定 $ V=\sim $た + V=話し手の思い違い る + 〈~たはずだった〉 変更された「V=予定」 〈ーるはずだった〉 V+はずだった (注)いずれも〈基準時現在〉における事態を表している。 予定を示す〈-るはずだ〉は、例えば「行くはずだ/行かないはずだ」を区別すると、次のようになっている。 <980> V - る:〈行く〉という予定 未実現の予定 V = 予定にある行動 V ない:〈行かない〉という予定 非実現の予定 V = 予定にない行動 変更された予定を示す〈ーるはずだった〉の場合は、次のようになる。 V - る:行かなくなる 非実現への変更 V = 中止になった行動 V ない:行くことになる 未実現への変更 V = 予定になかった行動 「~はずではない」の場合は複雑で、およそ次のようになる。 〈予定〉 彼/私+は出張するはずではない。 △彼/私+は出張したはずではない。 →彼/私+は出張しなかったはずだ。 彼/私+は出張するはずではなかった。 彼/私+は出張したはずではなかった。 彼/私+は出張しなかったはずだった。 〈話し手の推論〉 彼/私+はガスを消すはずではない。 △彼/私+はガスを消したはずではない。 →彼/私+はガスを消さなかったはずだ。 彼/私+はガスを消すはずではなかった。 彼/私+はガスを消したはずではなかった。 →彼/私+はガスを消さなかったはずだった。 V+はずではない 〈~たはずではない〉 △過去の予定は表さない $ V = \sim + $ 〈ーるはずではない〉「V=予定」を否定 一百十 V=他者の思い違い 〈~たはずではなかった〉 変更された「V=予定」 〈-るはずではなかった〉 V+はずではなかった いずれの場合でも、他者の推論「-る/~た + はずだ」を否定している。ただ「V + はずではない」が他者の推論を「現在」において否定し、これに対して「V + はずではなかった」が「過去」において否定するという違いはある。 予定の否定を示す〈-るはずではない〉は、例えば「行くはずではない/行かないはずではない」を区別すると、次のようになっている。 V - る:〈行かない〉という予定 非実現の予定 V = 予定にない行動 Vない:〈行く〉という予定 未実現の予定 V = 予定にある行動 変更された予定を示す〈ーるはずではなかった〉は、次のようになる。 Vーる:行くことになる 未実現への変更 V=予定になかった行動 Vない:行かなくなる 非実現への変更 V=中止になった行動 <981> $ \langle V=行\langle\rangle $ 未実現=行 $ \langle $ 〈-るはずだ:未実現〉 〈ーるはずではない:非実現〉 非実現=行かない 〈~ないはずだ:非実現〉 ーるはずだった:非実現〉 〈~ないはずではない:未実現〉 〈ーるはずではなかった:未実現〉 〈~ないはずだった:未実現〉 〈~ないはずではなかった:非実現〉 つまり「V - る」と「V + ない」が対照的になるように、文末肯定の「V + はず + だ/だった」と、文末否定の「V + はずでは + ない/なかった」も対照的になり、さらに、基準時現在「- る/~ない + 形」の「V + はず + だ/ではない」と、基準時過去「~た形」の「V + はず + だった/ではなかった」も対照的になっている。 使い分けワンポイント ⑤⑤「~はずだ/~わけだ」と時の表現 空の様子じゃ、明日/次の日、雨のはず + だ/だった。 写真を見るかぎり、おきれい + な/だった + はず + だ/だった。 ドアが開けっぱなしなのなら、寒い/寒かった + はず + だ/だった。 帰ってこないことからして、遊んで + いる/いた + はず + だ/だった。 デート!? それなら、こんな雨でも、出かける + はず + だ/だった。 ▶巻末「動詞と時の表現/動詞の種類と3つの基準時」を参照 状況判断の「V + はずだ」は、基準時現在における話し手の納得や推論を表し、また「V + はずだった」は、基準時過去における話し手の納得や推論を表している。 「V + はず + だ/だった」の時間的な使い分けは、次のようになっている。ただVは、基準時における納得や推論の内容で、事実であるか、事実でないか/反事実であるか + は表していない。 基準時現在:V + はずだ/基準時過去:V + はずだった V=-る/名詞 基準時未実現 V=~ている/-い/(状態)名詞 基準時同時間帯 V=~た/~ていた 基準時(以前)既実現 事実か反事実かの観点から示すと、次のようになる。 V + はず + 〈予定や推論の場合〉 V=-る/名詞 基准時現在 V=~ている/-い/(状態)名詞 V=~た/~ていた 十だ/ではない 〈事実かどうか不明〉 基準時過去 未実現/非実現 同時間帯/同上 十だった/ではなかった 〈反事実/事実〉 非実現/未実現 同上/同時間帶 同上/(以前)既実現 <982> 10.6. モダリティの表現/状況判断 日本が1時なら、向こうは零時 + のはず/なわけ + だ/だった。 →日本が1時なら、向こうは零時だった + はず/わけ + だ/だった。 それなら、英語が上手 + な/だった + はず/わけ + だ/だった。 なるほど、孫なら、可愛い/可愛かった + はず/わけ + だ/だった。 寝息をたてていた。眠って + いる/いた + はず/わけ + だ/だった。 デートなら、こんな雨でも、出かける/出かけた + はず/わけ + ね。 満6つなら、小学校へ + 上がる/上がった + はず/わけ + だ/だった。 何度も催促したから、すぐ、来る/来た + はず/わけ + だ/だった。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照「~(という)わけだ・~(という)わけではない/『だから/それなら』+『A + わけだ/はずだ』」 断言の「A+わけだ」は、基準時における話し手の納得や当然の帰結などを表し、次のようになるが、Aは「~ない+わけだ」や「わけ+ではない/ではなかった」を含めて、すべて事実である。 基准時 A=-る/名詞 A=~ている/-い/(状態)名詞 A=~た/~ていた 現在/過去 + だ/だった〈事実〉 未実現/既実現 同時間帯 (以前)既実現 現在/過去 + ではない/ではなかった 〈Aを否定した事実〉 左の全部(部分)否定 同上 同上 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~(という)わけではない」を参照 最後3例「出かける/上がる/来る+わけだ」は〈基準時現在以前既実現〉を表し、納得や当然の帰結を表す「動詞A-る+わけだ」が、〈基準時現在未実現〉でも〈基準時現在以前既実現〉でも可能であることを示している。これは「わけ」が、時間を超越した「自然の成り行き/道理/習慣/真理」などを表し、たとえ「A-るわけだ」であっても、Aの「成立/実現」を表すことができるからである。 しかし「動詞V-る+はずだ」は、Vの実現可能性に対する話し手の「強い自信」を示すだけで、Vの「自然の成り行き/道理/習慣/真理/当然性/当然の帰結」などを表しているわけではないので、〈基準時現在未実現〉と〈基準時現在以前既実現〉は、それぞれ、Vの「-る形」と「~た形」で使い分けられる。 ⑤⑥~はずがない・~わけがない まさか、そんな。あの人が、人を殺す + はず/わけ + がないじゃありませんか。 何だって? 部長ともあろう人が、そんなデタラメをする + はず/わけ + がないよ。 バカだな。彼女が知らない + はず/わけ + はないだろう。あの場にいたんだから。 まさか。酒と歌が死ぬほど好きな奴が、行かなかった + はず/わけ + などない。 こんなところにある + はず/わけ + がないのに。だって、昨日、帰るとき、ちゃんと金庫のなかにしまっといたんだもの。信じられないな。 だって、あいつの子どもだろう?可愛い+はず/わけ+なんて、あるもんか。 へえ、生まれも育ちも大阪?じゃ、納豆が好きな+はず/わけ、ないよね。 仮病だな。昨日カラオケで、はしゃいでいた奴が、病気+のはず/なわけ/のわけ+な <983> んかないに決まってるだろう? ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の次を参照「~(という) わけだ・~(という) わけではない」 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~わけにはいかない」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~ものか」を参照 状況判断「未完文V - る/ - い/ ~た/ 状態名詞な/名詞の/(状態)名詞である + はずがない」は、名詞「はず」が「予定」ではなく、V の「可能性」を表しており、話し手のもつ主に「常識/社会通念/知識」に基づいて、V の可能性「V + はずだ」を強く否定したものである。 一方「未完文A - る/ - い/~た/(状態)名詞な/名詞の/(状態)名詞である + わけがない」は、名詞「わけ」が「理由/事情」を表すが、話し手が目撃したり、確認したりした「事実:Aではない」ではなく、話し手のもつ主に「体験/知識」から導きだした「推論の帰結:Aではない」であり、もとの「A + わけだ」が「断言」なのに対して、「状況判断」を表している。 したがって両者は、非常に近い位置にあり、すべての場合で互換性がある。あえて違いをあげれば、前者「V + はずがない」が、話し手の「Vではない」という「推論の帰結」に強い自信を示すのに対して、後者「A + わけがない」は、話し手が体験によって「Aではない」という事情に通じている点である。 最初の例の聞き手が刑事であるとした場合、おそらく参考人として出頭をお願いするのは、強い自信が「思い込み」の可能性のある前者の話し手ではなく、容疑者の事情に詳しそうな後者の話し手ということになると思われる。 使い分けワンポイント~っこない やだ~。あんなやさしいおじさんが、まさか、人なんか、殺しっこないよ。 一日に単語50だって? ムチャだよ。あんまりだよ。そんなことできっこない。 やめろ。あいつのことだもの、いくら頼んだって、手伝ってくれっこないよ。 大丈夫よ。お父さんは真面目なんだから、嘘なんか、言いっこないからね。 「A動詞ます形 + っこない」も、Aの不可能性を表すが、家族や仲間、同僚といった親しい〈ウチ〉の関係でしか使うことができない。子どもが使うか、子どもに向かって使われる場合が多いので、事情通の「A + わけがない」よりも、自信の強さを示す「V + はずがない」に近いと考えられる。 使い分けワンポイント ~と思われる・~と考えられる/ ~ように思われる・~ように考えられる この仮説に基づけば、実験結果は、次のようなものになる + のではないかと/ように + 思われる/考えられる。 このまま二酸化炭素が増えつづければ、100年後の日本のお正月は、ちょうど紅葉の美しいころになると+思われ/考えられ+ます。 あの憎しみと報復の連鎖が断ち切れなかったら、戦況は泥沼化し、墓の上に死者を積み上げる事態になっていたと+思われる/考えられる。 この対策が効を奏する + と/ように + は + 思われ/考えられ + ない。 <984> 10.6. モダリティの表現/状況判断 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照「状況判断の『~と思う』と『~だろう』/『~と思う』と状況判断」 状況判断「A述べ立て文/問いかけ文+と+思われる/考えられる」は、どちらも「当然の帰結/自然の成り行き」としてAが成り立つという判断を示しているが、論文や、オフィシャルな講義や講演、フォーマルなスピーチなどで使われる。 受身を使っただけでも、話し手の主張「〜と+思う/考える」を和らげ、自分の考えや意見は客観的で「独断ではない」ということを表しているが、これを「述べ立て文A+ように+思われる/考えられる」にすると、さらに独断を避けた印象を与えることになる。 しかし、見かけだけは「独断ではない」というふりをしている自信に満ちた「A+と+思われる/考えられる」に比べると、引用の「~と」を、状況判断の「~ように」にかえることになるので、状況判断が重なって、話し手のAに対する自信のなさを響かせる可能性があり、論文などでは使わないほうが無難であると考えられる。 「~と + 思われる/考えられる」の違いは、おそらく使う人が気をつけて区別しているとは思われないが、前者が話し手の感覚や直感などに基づく判断、後者が比較や分析などを通じて得た判断に使われることが多いと思われる。 使い分けワンポイント ⑨ 〜かねない・〜おそれがある/可能性・危険・心配・不安+がある ちょっと見た? 人でも + 殺しかねない/×殺すおそれのある + 顔をしてたと思わない?さっきの人。すごく怖い目をしてたわよ。 このごろ、親に反抗ばかりして、家出でも + しかねない/×するおそれがある + から、ちょっと気をつけておいてくれ。 風邪だからって、油断してると、肺炎でも + 起こしかねない/起こすおそれがある + から、暖かくして、早めに休むほうがいいよ。 いじめ問題は、学校教育の癌に + なりかねない/なるおそれがある。 あの踏み切りの立体交差化を図らなければ、また同じような + 事故が起こりかねない/事故の起こるおそれがある。 この遥か南方の沖合いにある低気圧が、やがて台風に発達して、日本に上陸 + するおそれがあります/×しかねません。 先ほどの地震は、すでにおさまりましたが、このあとまた、余震の来るおそれがあります/×余震が来かねません + から、十分な警戒が必要です。 地震が発生しましたが、この地震による、津波のおそれはありません。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~かねる」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~かねる」を参照 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/~から・~ので」の「接続」を参照 状況判断の「A動詞ます形 + かねない」は、もともと「当為義務」の回避「当然のことAが話し手によって実行されないこと」を表す「A意志動詞ます形 + かねる」の否定なので、いわば「当然のことが実行される」という意味になるが、パラフレーズすれば「もし今の状態や状況を放置すれば/今できることをしなければ/現在の状況に変化がなければ + 必ず/必然的に + マイナスの事態Aが起こる」という「事態が当然の成り行き」になる可能性を示している。 すべての場合で「A + かもしれない」に置き換わるが、マイナスの事態だけを予測 <985> するので、話し手の気持ちとしては、起こる確率は「A+かねない」のほうが大きいかもしれない。ただ「A+かもしれない」は、プラスの事態も予測できるので、この場合、逆の置き換えはできない。文末や文末扱いにならない最初の例を「~かもしれない」にすると、不自然と感じる人はいるかもしれない。 状況判断「A動詞-る/動詞ない/名詞の+おそれが+ある/ない」は、漢字で「おそれ」を「虞」または「恐れ(代用漢字)」と書くことがあるが、病気や事故、自然現象や災害が「自然の成り行き/不可抗力の事態」として、つまり「手の施しようもなく/予防をしてもしなくても」起こる「可能性/不可能性」を述べる場合に使われる。 国内需要が増えはじめ、今後、景気は回復していく可能性がある。 先日の雨で、このあたりの地盤は緩んでしまっているので、次に大雨でも来ると、土紗崩れの起こる + 可能性/危険/心配 + がある。 朝の言い争いで、胸には、子どもが今夜、帰ってこない不安があった。 「A動詞-る/動詞ない/名詞の+可能性/危険/心配/不安+が+ある/ない」は、それぞれ文字通りの意味を表している。つまり「可能性」だけは、プラスの事態にもマイナスの事態にも使われるが、ほかはマイナスの事態にしか使うことができない。 使い分けワンポイント ⑥0~がちだ・~きらいがある 私/夫 + は、退職後、12 月ともなると、風邪を引きがちになって、どうしても/ともすれば/とかく + 家にこもりがちになってしまう。 →私/夫 + は、12 月ともなると、家にこもってしまうきらいがある。 医者から運動と食事制限を言われているのに、つい/うっかり/知らず知らず + 運動を忘れがちになってしまい、おまけに食べすぎてしまいがちになり、いっこうに減量できなくて、どうしようもない。 更年期のせいか、家族の顔を見ると、要らぬことまで、言いがちになって/言うきらいがあって、自己嫌悪に襲われることがある。 あいつは虚言癖のきらいでもあるんだろうか。ありもしないことを、平気でのうのうと + 話すきらいがある/話しがちだ + よね。 最近の若い人には、まるで考えるのはコンピュータで、自分ではないとでも言いたげで、何も考えないきらいが見られる。 上のように「Xは + A動詞ます形 + 勝ちだ」も「A動詞 - る/動詞ない/名詞の + きらいが + ある」も、日常生活のなかで、Xが「Aでない」状態と比べると、Aという「癖/悪い習慣/悪い傾向」を、いわば「Aでない」に負けないくらい、つまり、まるで「Aでない」を嫌うみたいに、多くもっていることを表している。 起こる可能性をいっているのではなく、すでに起こっている状況を話しているので、〈も 前者「~がちだ」は、Xに人称制限はないが、後者は第三者専用で、第三者を非難する場合によく使われる。最初の例の「私は家にこもってしまうきらいがある」は、〈独り言〉で、話し手が自分自身を第三者に見立てて、自己批判している場面になる。 また後者は、第三者の「性癖」を、他人の目で観察し、冷たく描写するだけであるが、前者は、マイナスの「傾向/無意識状態」を表す「どうしても/ともすれば/とかく/つい/うっかり/知らず知らず」といった言葉をともない、多く「Aをしようと思って <986> 10.6. モダリティの表現/状況判断 しているわけではない/Aをしたくてしているのではない」というXの「心理状態/弁解」が反映されている。 病気/黒目/曇り+がち+の/な+人/目/空。 遠慮/伏し目/うつむき+がちに話す。 「名詞A + がち」は、限られた名詞にしかつかないが、Aの状態が、いつもの状態ではなかったり、Aの部分が、普通の状態より多かったりする場合に使われる。ただ身につけた「悪癖」ではないので、プラスマイナスの評価は、話し手の判断によって異なる。 ともすれば、病気にかかりやすかったり、風邪を引きやすかったりする体質は、運動や食事によって、改善できると言われている。 肉類や乳製品を多く摂取すると、大腸癌になりやすいのは、東洋人で、西洋人がなりにくいのは、遺伝子によるのだそうです。 このガラスは割れやすいのですが、こちらのは強化ガラスで、熱にも衝撃にも割れにくくなっています。 このあたりは、霧が出やすく、事故の起こりやすいところなのです。 季節の変わり目って、抵抗力が低下して疲れやすく、風邪を引きやすいのですね。 燃えやすいのは庭で燃やして、燃えにくいのはゴミ置き場に出しておいてね。 このクルミは、とっても割れやすいのに、どうしてか、そっちのは割れにくいよ。 最近の飢着は、汗を吸収しやすく、乾燥しやすい素材が使われています。 ▶『類義語使い分け辞典』(研究社)の「~やすい・~よい」 「A無意志動詞ます形+やすい/にくい」も、Aの起こる可能性ではなく、現状の傾向を表しているので、〈モダリティ〉は「断言」になるが、プラスの傾向かマイナスの傾向かは、文の内容による。 このワインオープナー、どこで買ったの。とっても使い + やすい/よい/いい/にくい/づらい + じゃない。 この靴、歩き + やすい/いい/にくい/づらい + よ。 あの授業は出席をとらないから、サボりやすいけど、この授業は、卒論の指導教官だから、サボり + にくい/づらい + よ。 「Xは + A意志動詞ます形 + やすい/にくい」のほうは、Aが「スムースに + いく/いかない」という話し手のXに対する「プラス/マイナス」の評価を表している。 一方「Xは + A意志動詞ます形 + よい/づらい」は、Xに対する「プラス/マイナス」の評価に、話し手の肉体的精神的「快/不快」が加わり、前者では「気持ちよさ/心地よさ/気分のよさ」になり、後者は「苦痛」を感じることになる。 あの先生、理解し + がたい/△づらい/にくい + 高踏的な話をするね。 何だよ、この寒さは。耐え + がたい/△づらい/×にくい + 寒さだ。 旅行で、面接試験に参加できず、得がたいチャンスを逃してしまった。 あのときの筆舌に尽くしがたい景色は、忘れがたい思い出となった。 信じがたいことだが、あの先生が痴漢の常習犯だってこと、動かしがたい事実なんだって。 女子学生が「許しがたい」と気炎を上げてるそうだ。 「Xは+A意志動詞ます形+がた(難)い」は、Xのもつ程度が「あまりにも度を <987> 超えている」ために、話し手の能力を上回って「Aできない」状態を表し、書き言葉や、改まった場面でよく使われる。話し言葉に使うと、ちょっと冗談ぼくなるかもしれない。 使い分けワンポイント 62 想像・理解 + にかたくない このまま二酸化炭素が増えつづければ、100 年後の地球がどうなるかは、この気温の変化を見れば、想像/理解 + にかたくないはずだ。 憎しみと報復の連鎖は断ち切れなかったら、戦況が泥沼化し、墓の上に死者を積み上げる事態になることは、想像/理解 + にかたくない。 彼の家庭の事情を知ってさえいれば、彼が精神に異常をきたして、入院したとしても、決して + 想像/理解 + にかたいことではない。 「Xは + 想像/理解 + に + かた (難) くない」は、非常に硬い書き言葉で、先ほど「使い分け⑥」で述べた「A意志動詞ます形 + がた (難) い」の「~難い」を否定したもので、Xは非常にわかりやすく「想像や理解をするのに、難しいものではない」という筆者の主張を伝えている。 10.7.モダリティの表現/確認 ~ね・~のだね ~ね:話し手の「確認/約束/詠嘆」に使われる。 ~のだね:上のうち、約束に使うことができない。 接続すべての文 + ね〈未完文〉 + のね ▶〈敬体〉と〈未完文〉への接続は、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 男性非敬体:-る/~い/~た/(状態)名詞だ+ね -る/~い/~た/(状態)名詞な+んだね 女性非敬体:-る/~い/~た/(状態)名詞だ + わね ーる/~い/~た/(状態)名詞な+んだわね 男女兼用敬体:-る/-い/~た/~です+敬体+ね -る/~い/~た/(状態)名詞な+の/ん+ですね 形態 現在、女性非敬体は、上の「~だわ」の「~だ」が男性的な響きであり、また「~わ」が上品ぶった感じがするという理由からか、敬遠され、次のように使われる傾向がある。 女性非敬体:-る/~い/~た+(の)ね/のね (状態)名詞+ね/なのね (注) 上のように「~の」と「~ね」が結びついても「×~んね」にはならない。 動詞や形容詞などでは、男性非敬体「~ね」に相当する女性非敬体は、男性非敬体と同じになるか、男性との違いが意識されて「~のね」が使われる。ただ、後者は、男性 <988> 10.7. モダリティの表現/確認 非敬体「~んだね」に相当する「~のね」と同じになり、形態上「~の」が挿入されているのかいないのか区別がつかなくなる。 (状態) 名詞では、まだ「~だわね」と「~なんだわね」の違いが、ただ「~だわ」の省略だけで残っているが、これも基本的には「~なの」が省略可能なので、男性非敬体「~ね」と「~んだね」に相当する女性非敬体は、次のように、同じものになってしまう。男性非敬体、男女兼用敬体の「(状態) 名詞」も同様である。 女性非敬体:(状態)名詞 + ね - る/~い/~た + (の)ね 男性非敬体:(状態)名詞 + だね - る/~い/~た + (んだ)ね 男女兼用敬体:(状態)名詞 + ですね - る/~い/~た + 敬体 + ね 「~なの」の省略については、本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/名詞+ではない」と本節「使い分け⑤」の「名詞+ではない(の)か」を参照のこと。 互換性「約束」の場合は、置き換わらない。 置換 [例] まだ帰らないね。じゃ、先に帰る(から)ね。次のように、あとのほうは、置き換えることができない。まだ帰らないんだね。じゃ、 $ ^{×} $先に帰る(からな)んだね。 次の例も、あとのほうは、置き換え不能。 まだ食べ + ないね/ないんだね。じゃ、先に食べる + (から) ね/× (からな) んだね。次の「~ね」を「~のだね」にすると、約束でなくなってしまう。 じゃ、これで + ね/△だね。明後日だね。きっと行くね。 ≠じゃ、これでなんだね。明後日なんだね。きっと行くんだね。 じゃ、これで + ね/△だわね。明後日ね。きっと行くわね。 ≠じゃ、これでなんだわね。明後日なんだわね。きっと行くんだわね。 じゃ、これでね。この日曜日ね。きっと行く + ね/のね。 ≠じゃ、これでなのね。この日曜日なのね。きっと行くのね。 次の例は置き換え不能。 早く帰ってください/食べよう/傘をお貸ししましょう + ね/×のね。 用例 次の用例は置き換え可能。 歌だね。いいね。大丈夫だね。始めるね。 →歌なんだね。いいんだね。大丈夫なんだね。始めるんだね。 歌だわね。いいわね。大丈夫だわね。始めるわね。 →歌なんだわね。いいんだわね。大丈夫なんだわね。始めるんだわね。歌ね。いいのね。大丈夫ね。始めるのね。 →歌なのね。いいのね。大丈夫なのね。始めるのね。 へえ、いい写真ですねえ。よくこんなの、撮れましたねえ。 →へえ、いい写真なんですねえ。よくこんなの、撮れたんですねえ。 使い分け 「~ね」の使い方は、基本的に次の3つになるが、どの場合でも、たとえ〈独り言〉の場合でも、〈話し手〉の意図は〈聞き手〉の同意を求めることにある。 したがって〈働きかけ文〉のなかでも、聞き手の同意を求める「依頼/勧誘/申し出」 <989> には使えるが、聞き手に同意を求めない「命令:×食べろね」には使うことができないし、使えば「確認:食べろね」になってしまう。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~なさいね・~んだね」を参照 ▶本節「使い分け④/~ないか」を参照 聞き手と〈ウチ〉関係にある場合に、最もよく使われるが、たとえ聞き手とは〈ソト〉〈ヨソ〉の関係であっても、一時的に〈ウチ〉関係になっていることを聞き手に示そうとする場合に使われる。 ▶巻末「話し手と聞き手/独り言/人間関係」「文/聞き手志向/文の種類」を参照 1. 確認:聞き手に同意を求める イントネーションは上昇(↑) まだ + 帰ら/食べ + ないね(↑)。先に + 帰る/食べる + ね(↑)。→まだ + 帰ら/食べ + ないんだね。×先に + 帰る/食べる + んだね。準備できたね。じゃ、もう食べるね。みんな呼ぶね。 →準備できたんだね。じゃ、もう食べるんだね。みんな呼ぶんだね。会議は、明日の午後ですね。みんなに伝えておきますね。 →会議は、明日の午後なのですね。みんなに伝えておくのですね。お探しなのは、この本ですね。じゃ、これ、お包みしますね。 このまえの同窓会、一緒に行ったね。担任の先生も来てたね。 →このまえの同窓会、一緒に行ったんだね。担任の先生も来てたんだね。 ▶巻末「動詞の種類/受け手不在動詞」を参照 2. 約束: 約束したことを再度、聞き手に念を押す イントネーションは「確認」よりも高いレベルまで上昇(↑↑) じゃ~ね (↑↑)。明日ね (↑↑)。9時ね (↑↑)。きっとね (↑↑)。お父さん、夏休み、本当に海へつれてってね。泳ぎに行こうね。今晩ですね。忘れないでくださいね。あのホテルですね。 嘆:心に感じたことを聞き手に伝え、同意を求める 聞き手も「同じ気持ちだ」という話し手の「思い込み」が前提たとえ同じ気持ちでなくても、聞き手は同意するよりほかない イントネーションは尾を引いて下降(↓) わ~、すごい人ですねえ(↓)。よくこんなに集まりましたねえ(↓)。→わ~、すごい人なのですねえ。よくこんなに集まったんですねえ。 昨日のパーティー、楽しかったね。また行きたいね。 →昨日のパーティー、楽しかったのね。また行きたいのね。 やだねえ、こんな仕事。疲れちゃうね。ホント面白くないね。 →やなんだねえ、こんな仕事。疲れちゃうんだね。面白くないんだね。 一方「~のだね」は、あたかも聞き手の顔色をうかがうかのように、聞き手の状況をあらかじめ「メモリバンク」に照合し、話し手が「聞き手の同意が得られる」と確信した場合に使われる。 <990> 10.7. モダリティの表現/確認 したがって、聞き手との合意が成立している「約束」の場合、聞き手の同意が得られるかどうかを「メモリバンク」に照合する必要はないので、使うことができない。 また、聞き手も同じ気持ちであると話し手が思っている「詠嘆」は、同じ経験を聞き手とわかちあってこそ生まれるものなので、この場合も「メモリバンク」との照合は必要ないので、使うことができない。 したがって「詠嘆」の「~ね」を、上のように「~のだね」に置き換えた場合、聞き手の同意が得られるかどうかを、あらかじめ「メモリバンク」に照合したことを表しているので、話し手と聞き手は、同じ経験をわかちあった〈ウチ〉関係にはなく、聞き手にとって、いわば話し手は「ヨソ者」である。 聞き手が属している「大勢の人たちの集まり/パーティへの参加者/仕事仲間」の〈ソト〉にある話し手が、部外者として聞き手の気持ちをくみとって、聞き手と同じ気持ちになり、聞き手の同意を得ようとしていることになるので、イントネーションは「詠嘆」であっても、実際は「確認」なので、最後の2例「パーティ/仕事」の置き換え「→」は、聞き手への確認か、第三者の状況を聞き手に確認しているようになる。 使い分けワンポイント ① 確認と問いかけ 「問いかけ」というのは、例えば「X学校へ行く/ご飯を食べた/大きい/元気(な)/課長(な)/誰が来る/何をしている+か/のか」などとすると、聞き手や第三者の「X」について、話し手が100%判断できないという「判断放棄」を行なうが、疑問詞のない場合は、聞き手から「イエス:X+(だ)」または「ノー:X+(では)ない」の返答を期待し、疑問詞のある場合は、その部分の解答を求めるものを指す。 これに対して「確認」とは、聞き手の「イエス:X+(だ)」という同意だけを求めるもの、例えば「今日は水曜日でしたか」である。したがって、疑問詞のある場合「今日は何曜日でしたか」などは、確認にはならない。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」の次を参照 「その他の『~だろう』の使い方/問いかけの『~だろうか』と確認/『~のだろう』と確認/~でしょう?」 使い分けワンポイント ② 確認の「~のだね」と受け手不在動詞 「置換」[例](p. 989)の「じゃ、先に + 帰る/食べる +(からな)んだね」が不自然になるのは、その動作を受ける人がいない「帰る/食べる」といった〈受け手不在動詞〉を話し手の動作に使っているからである。 例えば「待つ/手渡す/手伝う/伝える/配る」といった動詞は、その動作を受ける人がいないと使えないが、〈受け手不在動詞〉である「勉強する/日記をつける/起きる/眠る/会社へ行く」といった動詞は、その動作を受ける人がいなくても使うことができるというより、その動作を受ける人がいる「親のために勉強している/先生のために宿題の日記をつける」ように使うと、その動詞の本来の意味からずれてしまう。 ▶ 卷末「動詞の種類/受け手不在動詞」を参照 ▶ 本文 9. 「授受動詞と敬語/受け手不在動詞」を参照 <991> 僕が+勉強する/日記をつける/起きる/眠る/会社へ行く+んだね。 →僕に+勉強し/日記をつけ/起き/会社へ行っ+て+ほしい+んだね。 〈受け手不在動詞〉に「X + のだね」が使われる場合、もし聞き手の顔色をうかがいながら聞き手の同意を確信するために聞き手や第三者の動作「X」を「メモリバンク」に照合するのなら、問題はないが、Xが話し手自身の動作になると、話し手が「帰る/食べる/勉強する/日記をつける/起きる/眠る/会社へ行く」ことについて、聞き手の同意を求めることになる。 つまり話し手が、聞き手に「X」をする許可を求める場合か、聞き手がどうしても話し手に「X + て + ほしい」といっているので、本当にそうかどうかを「メモリバンク」に照合し、聞き手の本心を確かめる場合になるが、いずれにしても、かなり特殊な場面でしか使うことができない。通常、聞き手が「X」するかどうかの確認に使われる。〈受け手不在動詞〉でない場合は、例えば「ここでお待ち + します/するのです + ね」のように、聞き手か第三者を待つ「同意/許可」を聞き手に求めることができる。 まだ帰らない + ね/か。じゃ、先に帰る + ね/よ。戸締りしといて + ね/よ。 ▶本節「使い分け②/~(のだ)よ・~(のだ)ね・~(のだ)よね」を参照 〈受け手不在動詞〉を話し手の動作に使う場合、基本的に「メモリバンク」との照合も必要としない「X + ね」が使われるが、この場合の「~ね」は、上の例のように、自己主張を表す「~よ」に置き換えることが可能なので、もともと「許可」を聞き手に求めているわけではない。しかし、上の例から「~ね」をとって文末を「~か/~よ」の文にかえると、話し手と聞き手は〈ソト〉の関係か、たとえ〈ウチ〉の関係でも、話し手は聞き手の上司になり、関係が疎遠になってしまう。 話し手の動作にプラスされる「~ね」は、束縛と同時に心の安らぎをもたらす〈ウチ〉きずな 関係という甘い絆を表しており、特に聞き手の同意を求めているのではなく、同意を求める「ふり」をしながら、聞き手と心をひとつにするために使われているにすぎない。 使い分けワンポイント女性非敬体の「~のね」 これから、お散歩なのね。お買い物、お願いしていい?お豆腐。 明日、ゴルフ?じゃ、朝早いのね。寝てたら、起こさないでね。 今晩、何時ごろお帰りになるの。そう、じゃ、晩ご飯、要らないのね。 坊や、明日、幼稚園なのよ。もう遊ばないのね。さあ、寝ましょうね。 上のような〈非敬体〉の言い方は、女性によって使われるが、これを男性の〈非敬体〉にかえれば、次のようになる。 これから、散歩なのか。買い物、頼んでもいい?豆腐。 明日、ゴルフ? じゃ、朝早いんだね。寝てたら、起こすなよ。 今晩、何時ごろ帰るんだ? そう、じゃ、晩ご飯、要らないね。 坊や、明日、幼稚園なんだよ。もう遊ばないで。さあ、寝ようね。 一般に成人の女性は、たとえ〈非敬体〉で話していても、一部「~だ/~だろう/~(よ)う」に〈敬体〉「~です/~でしょう/~ましょう」を使うことがある。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~だろう?」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~(よ)う』の使い方」を参照 <992> 〈男性〉 本/静か+だ+よ/ね(↓/↑) 本/静か+なんだ(↓) 行く/高い+よ/ね(↓/↑) 行く/高い+んだ+よ(↓) 友だちが来るんだ(↓) 雨が降ってるんだろう(↓/↑) さあ、食べようか(↓/↑) もう出かけるのか(↑) 明日、6時なんだね(↑) 明日、6時だね(↑) 〈女性〉 本/静か + (です) + よ/ね(↓/↑) 本/静か + なんです(↓) 行く/高い + わ/(の) + よ/ね(↓/↑) 行く/高い + の/んです + よ(↓) 友だちが来る + の(↓)/んです(↓) 雨は降ってるんでしょう(↓/↑) さあ、食べましょうか(↓/↑) もう出かける + の(↑)/んですか(↑) 明日、6時な + の/んです + ね(↑) 明日、6時 + ね(↑)/ですね(↑) 男性の第3例「行く/高い + よ/ね」が、女性では「行く/高い + わ/の + よ/ね」になっているが、女性のほうに挿入されている「~の」は、女性が敬遠するようになった「~わ」の代役であり、聞き手への訴えや働きかけ、または、その合図となる「~の」ではなく、話し手が女性であることを示しているにすぎない。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか/『~のだ』の使い方」を参照 しかし「行く/高い + わ」と「行く/高い + の」を比べた場合、やはり後者には、訴えなどの「~の」が響いて、聞き手との関係が濃密になる。 あ、明日は朝から会議 (なの) + か (↓)。いつもより早い (の) か (↓)。(独り言) なーんだ、そう (なの) か~ (↓)。こんな簡単なことだった (の) か (↓)。(独り言) 「あ~あ、海は (続けて歌を歌っていく) 冬景色」(×なの) か (↓)。(独り言) 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 一方「~ね」は、〈聞き手〉を志向するので、〈独り言〉でも対話形式に使われる。何かを思い出したり、上機嫌で歌を歌っていたりして、〈聞き手〉を意識せず、ひとり納得する場合は、使うことができない。 ところが上のような言い方は、主に男性によって使われるので、言葉の男女差に敏感な女性なら、対話形式にかえて、次のように「~か」を「~のね」などに換えるかもしれない。ただ、対話形式にならない歌の場合は、〈聞き手志向〉を表す「~ね」や「~の」を使うことができない。 あ、明日は朝から会議(↓)。いつもより早い(↓)。 →あ、明日は朝から会議なのね(↑)。いつもより早いのね(↑)。 なーんだ、そうなの~(↓)。こんな簡単なことだったの(↓)。 →なーんだ、そうなのね(↑)。こんな簡単なことだったのね(↑)。 しかし、この場合の「~の(↓)/のね(↑)」は、男性の場合とは異なり、このままでも他者対話に使うことができる。 「外で遊ぶんじゃない!」+(の)か/のね。家にいても面白くないんだけど。 『雨が降っても、行く』んじゃない」のか(↓)。晴れたら行くんだ。 →『雨が降っても、行く』んじゃない」のね(↑)。晴れたら行くのね。 <993> 「わざとしたんじゃない」のか(↓)。でも本当かな。信じられないな。→「わざとしたんじゃない」のね(↑)。でも本当かしら。信じられない。今度の試験、難しいんじゃないのか(↓)。それで平気な顔、してるんだ。→今度の試験、難しいんじゃないのね(↑)。それで平気な顔、してるのね。 上のように、男性非敬体の〈独り言〉「Xのではない(の)か(↓)」を、女性非敬体「Xんじゃないのね(↑)」にかえた場合も、他者対話に使うことができる。 あいつ、来てるんじゃないか(↑)。どうして、嘘なんかついたんだ? あの人、来てるんじゃないのね。どうして、嘘なんかついたの? あの子「旅行に行った」んじゃなくて、家出したんじゃないか(↑)。 *あの子「旅行に行った」んじゃなくて、家出したんじゃないのね。 おまえ、前からあの人のこと、好きなんじゃないのか(↓)。告白しろよ。 *あなた、前からあの人のこと、好きなんじゃないのね。告白なさいよ。日本だって、冬は寒いんじゃないのか。暖かい服、もって行け。 日本だって、冬は寒いんじゃないのね。暖かい服、もって行きなさい。何も対策を講じないから、環境破壊は進む一方なんじゃないのか。 $ ^{*} $何も対策を講じないから、環境破壊は進む一方なんじゃないのね。クラスで一番だって。よくやったんじゃないのか。この子にしては。 *クラスで一番だって。よくやったんじゃないのね。この子にしては。 「すみません」て言ってるんじゃないのか。やめろよ。許してやれよ。 ×「すみません」て言ってるんじゃないのね。やめてよ。許してやって。電話に出ないのか。映画でも見てる + ん + じゃないのか/だろう。 マージャンに来ないって?忙しい + ん + じゃないのか/だろう。 →マージャンに来ないって?忙しい + ん + でしょう/×じゃないのね。 あとで述べる「Xんじゃないのか」は、もし「思い違い」を表すなら、そのまま「Xんじゃないのね」にかえることができるが、上のように「~のか」が反語を表して、二重否定になる場合は、意味が逆転してしまう。 使い分けワンポイント④~ないか 又木にくる「X + ない/なかった + か」は、文末の「X + か」の「X」の部分を否定にしたものであるが、聞き手に「X」という同意を求める話し手の気持ちが基底音として響いている。ただ、最後の「納得」は、聞き手の言葉の繰り返しにすぎない。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か」を参照 ▶イントネーションについては 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 1. 問いかけ→確認:聞き手に「X」という同意を期待する 接続:X + ない/なかった + か(↑) X = (状態) 名詞では/形容詞-く/動詞ない形 友だちとの約束、5時じゃ+ない?/なかった?/ありませんか(↑)。 →期待:ん/ええ、5時+だ/だった/です+よ。 あの喫茶店のほうが、静かじゃ 十 なかった?/ありませんでしたか。 <994> →期待:ん/ええ、静か+だった/でした+よ。 ここのラーメン、おいしく+ない?/ありませんか/ありませんでしたか。 →期待:いや/いえ、おいし + い/いです/かったです + よ。 さっきの店、高く + なかった?/ありませんでしたか/なかったですか。 →期待:いや/いえ、高かった/高かったです+よ。 社長から電話、かかつて+こないか/きませんか。 →期待:いや/いえ、かかってくると+思う/思います+よ。 言われたこと、しなかった/しませんでした? →期待:いや/いえ、した/しました + よ。 今朝、遅刻し + なかった?/なかったか/ませんでしたか。 →期待:いや/いえ、した/しました + よ。 →期待:いや/いえ、しなかった/しませんでした/しなかったです + よ。 上の最後の例は、意地悪な人ならともかく、答える人と親しい〈ウチ〉関係の人であれば、まさか「遅刻した」ことを期待したわけでもないので、原則とは逆「Xない」を期待したと考えて、下のほうで答えるか、まず期待を肯定して「ん、しなかったよ」などで答えることになる。また、実際に「遅刻した」場合は、聞き手の期待を否定する上のほうで答えるか、素直に遅刻を認める「ん、したよ」と答えることもある。 つまり、期待が「Xない」の場合は、答え方が揺れるが、通常「X + ない/なかった + か」は、聞き手に「X」を期待しているので、Xが動詞と形容詞の場合、次のように、まず〈問いかけ文〉の「~ない/~なかった」の部分を否定する必要があり、返答は「いや/いえ」から始まることになる。 ここのラーメン、おいしくありませんか。 →いえ、おいしいですよ/ええ、おいしくありませんね。 ここのラーメン、おいしいのではありませんか。 いえ、おいしいですよ/いえ、おいしくありませんね。 →ええ、おいしいですよ/いえ、おいしくありませんね。 あの喫茶店のほうが、静か(なの)ではありませんでしたか。 →ええ、静かでしたよ/いえ、静かではありませんでしたね。 ▶「~なの」の省略については、本節「使い分け⑤/名詞+ではない(の)か」を参照 ▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/名詞+ではない」を参照 しかし「~なの」の省略された「(状態)名詞では + ない/なかった + か」の場合は、のちほど「使い分け⑩」で述べる「~なの」のある問いかけ「Xなのでは + ない/なかった + か」と同じになり、文末の「~ない/~なかった + か」が二重否定の反語となって、ほぼ肯定の問いかけ「X + か/だったか」と等しくなるので、返答は、上のように「ん/ええ」で始まることになる。 2.問いかけ→勧誘:聞き手の「X+(よ)う」という回答を期待する 接続:動詞X + ないか(↑) 明日、一緒に美術館へ + 行かないか/行きませんか (↑)。 →期待:ん/ええ、いい(わ)よ/いいですね。行こう/行きましょう。 ちょっと寄って、お茶でも飲んで + 行かない?/行きません? せっかくのご飯、冷めないうちに、食べ + ない?/ませんか。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~(よ)う』の使い方」を参照 <995> 3. 問いかけ→依頼:聞き手の快諾「X」を期待する ちょっと、その新聞、とって + くれないか/もらえない?(↑) →期待:これ(だ)ね?はい、どうぞ。 すみません。ちょっと来て + くれません?/もらえませんか。 →期待:はい/ええ、わかりました。すぐ+行きます/参ります。 よければ、手伝って+くださいませんか/いただけませんか。 お忙しいところ、申し訳ないんですけど、お願いできませんか。 「依頼『くれるか』系バリエーション/依頼『願う』系バリエーション/~できるか」 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~て + くれ・もらえ + まいか」を参照 4. 目上からの命令:聞き手の服従「X」を要求する/男性専用/敬体なし 接続:動詞X + ないか(↓) そこ、うるさいぞ。いい加減にしろ。ちょっと静かにしないか(↓)。→いつまでも、うるさいぞ。ちょっと静かにしろ(↓)。 →期待:ほい、わかりました。 何時だと思ってるんだ。もう遅いぞ。早く寝ないか。さっさとしろ。 おい、そんなに急ぐな。おい、待てよ。ちょっと、こら、待たないか。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/動詞命令形と『~な』を参照 5. 繰り返し→納得: 聞き手の言葉「X + ない」を受け入れる/男性専用 接続:X + ない/なかった + か(↓) 「飲まない」か。そうか。まあ、それなら、ひとりで飲むしかないな。なーんだ、そうなんですか。休みは「どこへも行きません」か(↓)。「別れてしまったら、もう会いたいとは思いません」か。そうか~。へえ、昨日のパーティ「楽しくなかった」か。まあ、仕方ないな。 「1」~「4」は、否定の「~ない」に、文末で反語を表す「~か」が働いて、二重否定になっていると考えたほうがわかりやすい。ただ「5」の「納得」は、聞き手の「X+ない」を繰り返しているだけなので、二重否定にはなっていない。 「4」の「命令」は、命令形「- ろ」とは異なり、家庭や教室、職場といったその場を支配し、命令される者と親子以上の年齢差のある父親、男性の教師や上司などによって使われるが、話し手にすれば、こうした命令をするまで「かなり我慢をした」という気持ちがあり、こう言ったからには「言うことを聞け」という聞き手に対する「いらだち/腹立ち」がこめられている。 〈非敬体〉「X + ない/なかった + か」は男性専用である。女性の〈非敬体〉は「X + ない/なかった?(↑)」になるが、女性や子どもに話しかける男性にも使われる。つまり男女兼用であるが、響きがやさしいので、成人の男性が成人の男性に使うと、ちょっと甘えた感じになる。 〈敬体〉は、基本的に「(状態)名詞では/形容詞-く + ありません(でした)か」か「動詞 + ません(でした)か」であるが、形容詞は「形容詞-く + ない/なかった + ですか」も使うことができる。 <996> 10.7.モダリティの表現/確認 使い分けワンポイント ⑤ ~ない + だろう?・だろうか・だろうね 「X + ない/なかった + だろう? (↑)」は、先ほど「使い分け④」で述べた5つの 使い方のうち、同意を求める「1」~「4」の「X + ない/なかった + か」に、確認の「X + だろう? (↑)」が重なったもので、これを書き換えると次のようになる。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」の次を参照「その他の『~だろう』の使い方/『~(の)だろう』のバリエーション」 ▶イントネーションについては 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 〈~ないだろう?〉 1. 確認 友だちとの約束、5時じゃ+ない/なかった+だろう/でしょう? →期待:ん/ええ、5時じゃ+ない/なかった+よ/ですよ。 ここのラーメン、おいしく+ない/なかった+だろう/でしょう? →期待:ん/ええ、おいしく + ない/なかった + よ/ですよ。 社長から電話、かかって + こない/こなかった + だろう/でしょう?→期待:ん/ええ、かかって + こない/こなかった + よ/ですよ。 2. 勸誘 明日、一緒に美術館へ行かない+だろう/でしょう?→期待:ん/ええ、行かない(わ)よ/行きませんよ。もう、食べない+だろう/でしょう? 3. 依 頼 ※その新聞、とって + くれない/もらえない + だろう/でしょう?→期待:ん/ええ、とってあげないよ/おとりしませんよ。 ※ちょっと来て + くれない/もらえない + だろう/でしょう? 4. 命 令 $ ^{×} $そこ、うるさいぞ。いい加減にしろ。ちょっと静かにしないだろう?→期待:はい、静かにしません。 聞き手に「X」という同意を求める「X + ない/なかった + か」を「X + ない/ 聞き手に「X」という同意を求める「X + ない/なかった + か」を「X + ない/なかった + だろう? (↑)」に置き換えると、どの場合も「Xない」という答えを期待することになるので、依頼と命令には使えないし、また勧誘の場合も、勧誘ではなく、ただの確認になるだけである。 つまり「X + ない/なかった + だろう?(↑)」は、否定「Xない」を求める「確認」になり、逆に「X + だろう?(↑)」は、肯定「X」を求める「確認」ということになる。上の例を「X + ない/なかった + だろうか(↓)」に置き換えると、次のようになる。 〈~ないだろうか〉 1. 確認 Q: 友だちとの約束、5時じゃ + ない/なかった + だろう/でしょう + か。 A1:ええ、5時+だ/だった/です/でした+よ。 A2:いえ、5時じゃ+ない/なかった/ありません/ありませんでした+よ。 Q:あの駅前、静かじゃ+ない/なかった+だろう/でしょう+か。 <997> A1:ええ、静か + だ/だった/です/でした + よ。 A2:いえ、静かじゃ + ない/なかった/ありません/ありませんでした + よ。 Q:ここのラーメン、おいしく + ない/なかった + だろう/でしょう + か。 A1:いえ、おいし + い/かった/いです/かったです + よ。 A2:ええ、おいしく + ない/なかった/ありません/ありませんでした + よ。 Q:電話、かかって + こない/こなかった + だろう/でしょう + か。 A1:いえ、かかって + くる/きた/きます/きました + よ。 A2:ええ、かかって + こない/こなかった/きません/きませんでした + よ。 2. 勸誘 Q:明日、一緒に美術館へ行かない+だろう/でしょう+か。 A:いえ/ええ、行きます/行きません+よ。 3. 依 賴 Q:その新聞、とって + くれない/もらえない + だろう/でしょう + か。 A1:これですね? はい、どうぞ。 A2:えっ? ちょっと手が離せませんから。 Q:ちょっと来て + くれない/もらえない + だろう/でしょう + か。 A1:はい、わかりました。すぐ参ります。 A2:ええ、でも、ちょっとあとでもいいですか。 ▶本文10.5.「モダリティのお嬢/意志と希望/~て + くれ・もらえ + まいか」を参照 4. 命 令 △そこ、うるさいぞ。いい加減にしろ。ちょっと静かにしないだろうか。 △そこ、ちょっとうるさいんですけど。もう少し静かにしないでしょうか。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/問いかけの『~だろうか』と確認」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~まいか」を参照 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/~できるか」を参照 「X + ない/なかった + だろうか (↓)」は「X + ない/なかった + か」に、問いかけの「X + だろうか? (↓)」が重なったものなので、話し手は同意を求めているのではなく、上のような回答Aを求めていることになる。 ただ「X + だろうか? (↓)」には、話し手の「不安/期待」などがこめられるので、勧誘でも依頼でも、聞き手の顔色を見ながら「遠慮がちに/おずおずと/恥ずかしげに」話しかけている感じになる。したがって命令では、大声で怒鳴っても、〈敬体〉を使っても、命令らしくはなく、〈聞き手志向型〉の〈独り言〉になってしまう。 したがって「4.命令」の後半を「ちょっと/もう少し+静かにできない+だろう/でしょう+か」にかえれば依頼になるので、使うことができる。 誰が来て、誰が来ない + だろうか (↓) /× だろう?(↑) どこへ行って、どこへ行かなかった + だろうか (↓) /× だろう?(↑) 「X + ない/なかった + だろうか(↓)」は問いかけ専用なので、上のように疑問詞の場合でも使えるが、確認専用の「X + ない/なかった + だろう? (↑)」は使えない。 〈~ないだろうね〉 1. 確認 友だちとの約束、5時じゃ+ない/なかった+だろう/でしょう+ね。 <998> →期待:ん/ええ、5時じゃ+ない/なかった+よ/ですよ。 ああ、5時じゃ+ない/なかった+だろう/でしょう+ね。 2. 勸誘 明日、一緒に美術館へ行かない + だろう/でしょう + ね。→期待:ん/ええ、行かない(わ)よ/行きませんよ。 依頼 ×その新聞、とって + くれない/もらえない + だろう/でしょう + ね。→期待:ん/ええ、とってあげないよ/おとりしませんよ。 4. 命 令 ×そこ、うるさい。いい加減にしろ。ちょっと静かにしないだろう + ね。→期待:はい、静かにしません。 確認を表す「X + ない/なかった + だろうね(↑)」の場合、話し手の期待「X + ない/なかった + だろう? (↑)」と同じパターンになるが、もともと「X + だろう?」は、聞き手の同意を求めながら、聞き手が「イエス + X」と答えるかどうか自信のない確認なので、後者「X + ない/なかった + だろう? (↑)」は、聞き手が「イエス + Xない」と答えることを期待しているだけで、もしかすると「ノー + X」と答えるかもしれないという「心準備/覚悟/腹づもりはできている。 これに対して、前者は、文末の「~ね」が「だろう?」と重なって、単なる確認というより、むしろ「念押し/再確認」の重みを感じさせるので、聞き手が「ノー + X」と答えるはずがないという話し手の自信と、たとえ聞ぎ手が「ノー」と答えたくても答えられないような凄みがある。すごすご したがって、〈ウチ〉の関係で、成人によって使われ、聞き手は年下か目下、または対等な成人になるが、〈ソト〉や〈ヨソ〉では、話し手は、かなりの年配者になり、聞き手が子どもの場合に使うと、なじっているか、脅している、叱っているかのようになる。この「~ね」を「~な」にかえると、男性専用になるが、ほとんど脅迫に近くなる。つまり、確信的な確認で、イントネーションも、確認の「X + ね(↑)」よりも低く抑えられ、下降した「~だろう」から、ほんのわずかに「~ね」が上向く程度である。「約束、5時じゃないだろうね」と同意を求められた聞き手が成人の場合、まったく同じイントネーションで「ああ、5時じゃないだろうね」と答えて、互いに確認しあうことがあるが、違いは、同意を求めるほうの「~ね」が、わずかに長く、答えるほうが、わずかに短いだけである。 <999> 「~ないか」系のバリエーションをまとめると、およそ上のようになるが、特に、確認の「X + ない(か)?(↑)」は、ほかの確認のバリエーションと比べると、話し手の「聞くだけ、聞いてみよう」といった気持ちを表していて、聞き手の答えに従おうとする態度を示している。 一方「X + (ない) だろう? (↑)」と「X + (ない) だろうね (↑)」は、聞き手に判断を委ねようとしているのではなく、聞き手を自分の判断に従わせようとしており、肯定「X」と否定「Xない」の確認、どちらも必要ということになる。2つの違いは、後者の方が命令に近く、強引な態度を示している点である。 使い分けワンポイント⑥~ないのか 「X + ない/なかった + のか」は、次のように使われる。 接続:X = (状態) 名詞では/形容詞 - く/動詞ない形 ▶本文 10.8. 「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のか/『~のだ』の使い方」を参照 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 1. 疑い→確認:聞き手に「X + ない/なかった」という理由を求める友だちとの約束、5時じゃ + ないの?/なかったの?/ないんですか。あの喫茶店のほうが、静かじゃ + なかったの?/なかったのですか。ここのラーメン、おいしく + ないの?/ないのですか。さっきの店、高く + なかったの?/なかったのですか。もうこんな時間なのに、まだ社長から電話がかかってこないのですか。今朝、遅刻し + なかったの?/なかったのか/なかったのですか。言われたこと、しなかったの? どうして。したんでしょう?明日、一緒に美術館に + 行かないのか/行かないのですか。せっかくのご飯、冷めないうちに、食べ + ないの?/ないんですか。ちょっと、その新聞、とって + くれないのか/もらえないの?どうして、来て + くれない/もらえない + んですか/んです。そこ、うるき、ぞ。どうして、静かにできない + のか/んだ。 2. 引用→納得:聞き手の判断「X + ない」を受け入れて、話題を展開する なーんだ、そうなんですか。休みは「どこへも行かない」のですか(↓/~)。 「別れてしまったら、もう会いたいと思わない」のか。そんなもんか。 へえ、昨日のパーティー「楽しくなかった」のか。人ってそれぞれだな。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 「X + ない/なかった + のか」は、文末の「X + のか」の「X」の部分を否定にしたもので、聞き手に「X」という同意を求める「X + ない/なかった + か」とは異なり、聞き手が「X + ない」と発言したことに対する話し手の「驚き/意外/期待と逆になったことによる残念な気持ち/心外な腹立ち」といった感情を表している。つまり、聞き手が「X」という発言や態度を示すと思っていたのに、意外にも「X + ない」なので、不思議に思った話し手が「メモリバンク」に照合したところ、やはり過去のデータは「X」になっている。そこで聞き手に向かって「なぜ『X + ない』 <1000> 10.7.モダリティの表現/確認 のか」と理由を尋ねようとする心の動きが、この「X + ない/なかった + のか」にこめられている。 「確認」の場合、文末の「~ないのか」は反語ではなく、聞き手の「X + ない」に対する「疑い」を表している。この「疑い」を晴らす目的で「確認」を重ね合わせているので、イントネーションは「疑い(~)」から「確認(↑)」の間を揺れ動く。 また「どうして/なぜ」が文頭に現れると、文末は「~のだ」のほうがピッタリする。これは「どうして/なぜ + X + ないか: どうして行かないか」だけでも、反語「行くべきだ」を表すが、さらに「どうして行かないのだ」となって、文末で命令や合図を表す「~のだ」と響きあうと、ダブル効果が期待できるからである。 これに対して「どうして行かないのか」は、単なる理由を尋ねる問いかけなので、話し手の予想外な気持ちや、聞き手を説得しようとする心の動きが表せなくなってしまう。非敬体「X + ない/なかった + のか」は男性専用である。女性非敬体は「X + ない/なかった + の(↑)」になるが、女性や子どもに話しかける男性にも使われる。敬体は「X + ない/なかった + のですか」である。 A:友だちとの約束、5時じゃないの? B:ん、5時じゃない/いや、5時だよ。 A:ここのラーメン、おいしくないのですか。 B:ええ、おいしくありませんね/いえ、おいしいですよ。 「X + ない/なかった + のか」の「X + ない/なかった」は、聞き手の判断を表しているので、Aで問いかけられた聞き手の返答は、自分の考え通り「X + ない/なかった」なら「イエス」になり、逆の「X」なら「ノー」になる。 使い分けワンポイント ⑦ ~ない + のだろう?・のだろうか・のだろうね 「使い分け⑥」の確認に疑いのまじる「X + ないのか」に、状況判断の「X + のだろう? / のだろうか / のだろうね」を重ねると、次のようになる。 ただ「X(5時な)/Xない(5時じゃない)+ のだろうか」は、確認ではなく「X」または「Xない」が成立することに対する100%の疑いを示し、同時に「X」または「Xない」が成立することで引き起こされるマイナス面の実現を強く「心配する/不安に感じる/恐れる」話し手の気持ちを表している。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~のだろう』と確認/~のだろうか/~のでしょうか」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~まいか」を参照 ▶イントネージョンについては 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 〈確認+疑い〉 約束、5時じゃない+の/ん+だろう?/だろうか/だろうね。 さっきのあの店、高くなかった+の/ん+でしょう+?/か/ね。 まだ社長から電話がかかってこないのでしょう+?/か/ね。 今朝、遅刻しなかったん+だろう?/だろうか/だろうね。 明日、一緒に美術館へ行かないの+だろう?/だろうか/だろうね。 せっかくのご飯なのに、どうして残さず食べないのだろう+?/か/ね。 その新聞、とって+くれない/もらえない+のでしょう+?/か/ね。 <1001> どうして、来て + くれない/もらえない + んだろう + ?/か/ね。そこ、うるさいぞ。どうして、静かにできないんだろう + ?/か/ね。 「Xないのだろう?」 は、聞き手が当然「Xない」と答えるはずだという話し手の自信を表している。聞き手の発言か、過去のデータ「メモリバンク」との照合に基づく聞き手や第三者の習慣などを根拠に確認しているので、実際は「X + である/であった:遅刻した/美術館へ行く」場合、聞き手に対して当てこすったり、皮肉を言ったり、また、聞き手をなじっていたりすることがあり、聞き手が不愉快になるおそれがある。 一方「Xないのだろうね」は、念押しになり、いわば「決めつけ」に近くなるので、上の「Xないのだろう?」より、万一の場合は、さらに険悪な雰囲気になる危険性がある。 X/Xない+のか(↑) X(ない)のだろう?(↑) X(ない)のだろうね(↑) X(ない)のだろうか(↓) 性質 確認確認確認疑い 期待 Xない/X X (ない) X (ない) 話し手の気持ち 聞き手の判断に委ねる聞き手の同意に自信聞き手に同意させる自信心配/不安/恐れ 「~ないのか」系のバリエーションは、およそ上のようになるが、同じ疑いのまじる確認の「X + の (か) ? (~/↑)」と同じものを表すことになる。これは、特に「X + ないの (か) ? (~/↑)」の文末「~ (か) ?」が示す「疑い」が「反語」に傾き、確認の「Xないのか/行かないのか」が「Xのか/行くのか」と等しくなるからである。したがって、話し手の期待は「Xない/行かない」でも「X/行く」でもよいことになる。「X (高い)/Xない (高くない) + のだろう + ? /ね」は、確認と同時に、聞き手の判断「Xない (高くない)/X (高い)」が成立することへの疑いをはさむことがあるが、後者の「~のだろうね」のほうが、はるかに強い疑いを示している。 使い分けワンポイント⑧~ではないか 「X + ではないか」は、〈他者対話〉の話し言葉で使われるが、女性専用の〈非敬体〉の「X + じゃない」を含め、次の4つの使い方がある。 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』」のまとめを参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/名詞+ではない」を参照 発 見:プラスの予想外なら驚きやプラス評価、マイナスなら わあ、かっこいいじゃない (↓)。買ったの? 誰かにもらったの? わあ、みんな、来てるじゃない (↓)。久しぶりね。楽しくなりそう。 おっ、すごい、一番か。やったじゃないか。よし、食事に行こう。 へえ、なかなかいけるじゃない、この味。だんだん上手になるね。 何です、これ。ひどい文章じゃありませんか。書き直してください。 以下「1」~「3」の接続は「-る/~い/~た/(状態)名詞 + ではないか」になるが、ここでのイントネーションは「納得」の「~か(↓)」である。 2. 喚起:聞き手の注意を、対象に向けさせたり、呼びおこしたりする <1002> 10.7.モダリティの表現/確認 わあ、かっこいいじゃない (↑)。買ったの?誰かにもらったの? どこにでもいるじゃない (↑)、あの手の人。相手にしないことね。 あら、ぎれいな花が咲いてるじゃない (↑)。何ていう花?知ってる? 何を言ってるんです。あそこにコンビニが見えるじゃありませんか。 ちょっとちょっと、見て、これ。とってもうまくできてるじゃない? イントネーションは「確認」の「~か(↑)」であるが、ただ男性非敬体「~じゃないか(↓)」は、常にイントネーションが下降するので、使うことができない。つまり、女性非敬体「~じゃない(↑)」が男女兼用ということになるが、年配の男性は使わないかもしれない。 3. 非難:聞き手の無責任や不寛容、無知や不注意、健忘症に向けられる どうして、来てるじゃない(↓)。誰、来ないなんて言ったの。嘘つき。 どこにでもいるじゃない(↓)、あの手の人。相手にしないのよ。いい? ほら、きれいな花が咲いてるじゃない(↓)。見えない?目が悪いの? 「すみません」て言ってるじゃない。しつこいね、もういいじゃない。 学生時代、よく行ったじゃないか。面白い女将のいた店。忘れたか? そう、そわそわしないでくださいよ。約束は6時じゃありませんか。 静かにしろよ。うるさいじゃないか。子どもが目を覚ましちゃうよ。 ▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/後悔と非難のバリエーション」を参照 「非難」のイントネーションは「反語」の「~か(↓)」である。 4.勧 誘:聞き手に対する強い誘いかけ 話があるんなら、聞こうじゃないか。話してみろよ。 久しぶりに会ったんだ。今夜は離さんぞ。飲み明かそうじゃないか。 私と議論がしたい? それじゃ、受けて立とうじゃありませんか。 さあ、みなさん、優勝を祝って、大いに飲もうじゃありませんか。 初志貫徹! いいか、何があっても最後まで、頑張ろうじゃないか。 平和を脅かし、環境破壊につながる立法化に反対しようじゃないか。 最後3例のように、大勢の聴衆に向けられる場合は、やや古めかしい形式ばった「呼びかけ」になる。なお、接続は「~(よ)う + ではないか」で、イントネーションは「納得(↓)」になる。 「1」~「3」は、連続した重なりを見せているので、微妙なイントネーションの差や声の出し方、感情のこめ方によっては、境界を越えてしまう。 「X + ではないか」は、文末の「~か」が「反語」なので、否定の「~ない」と用いられて二重否定を表し、意味上は「X=-る/~い/~た/(状態)名詞だ/~(よ)う」を表している。 ここでも二重否定になる「X + ないか」と同様、すべての場合で、聞き手の「X」という同意を求める気持ちが響いている。 使い分けワンポイント ⑨ ~ではない + だろう + ?・か・ね 「X (ない) + ではない + だろう? / だろうか / だろうね」は、先ほど述べた「使い分け⑧」の「X + ではないか」に、状況判断の「X + だろう? / だろうか / だろうね」 <1003> が重なったものであるが、基本になる「X + ではないか」には「確認」の使い方がないので、Xが「(状態)名詞」か、名詞扱いされた「引用部分」の場合以外では、もともと「〜ではない+だろう?/だろうか/だろうね」の接続する形態がない。 つまり、先ほど「使い分け⑤」で述べた「X (ない) + だろう? / だろうか / だろうね」のうち「(状態) 名詞X / 引用部分 + の/ではない + だろう? / だろうか / だろうね」の場合に限られ、その他の場合では使うことができない。 ▶本文・10.6.「モダリティの表現/状況判断」の次を参照「その他の『~だろう』の使い方/問いかけの『~だろうか』と確認/~のだろうか/『~(の)だろう』のバリエーション」 ただ「(状態) 名詞X + ∅/ではない + だろうか」は、文末の「~か」が反語を示し、のちほど述べる「使い分け⑪」の「(状態) 名詞X + なの + ∅/ではない + だろうか」との重なりを見せるので、前者の「X + (なの) だろうか」では、Xに対する「疑い」を示し、後者の「X + (なの) ではないだろうか」では、Xに対する「確信」を表し、話し手の「不安/期待」が反映されている。 1. 確認 A 1:これ、ひどい文章だな。 B 1:何ですって。これ、そんなにひどい文章じゃないでしょう + ? / ね。 * 何ですって。これ、そんなにひどい文章じゃないでしょうか。 A 2:これ、まあ、よく書けた文章だな。 B 2:何ですって。これ、よく書けた文章でしょうか。 →何ですって。これ、ひどい文章じゃないでしょうか。 P 1:この花、きれいですね。 Q 1:これ、そんなに言うほど、きれいじゃないでしょう + ? /ね/×か。 P 2:この花、きれいじゃないですね。 Q 2:これ、そんなに言うほど、きれいじゃないでしょう + か/×? /×ね。 2. 引用→確認 「わあ、かっこいい」じゃないでしょう+?/ね。もしほめるんだったら「まあ、可愛い」じゃないでしょうか。 「わあ、かっこいい」じゃないだろうか。言ったとしても、まさか「えっ、なんだよ、それ」じゃないだろう+?/ね。 「あそこにコンビニが見える」じゃないでしょう + ? /ね。ほしいものがあるんでしょう? さっさと買いに行きなさいよ。何、ぼんやりしてるの。 「どうして、来てるじゃない!」じゃないでしょう + ? / ね。誰も来ないなんて思ってたの?バカなんじゃない? 「どこにでもいるじゃない、あの手の人」じゃないだろう + ? / ね。よく見ろよ、担任の先生じゃないか。 「久しぶりに会ったんだ。今夜は離さんぞ」じゃないだろう + ? / ね。先週、会ったばかりじゃないか。 「食べない」じゃないだろう? 何、言ってんだ。全部、食べろ。 話し言葉では、上のように、聞き手の言葉を名詞として引用する場合によく使われる。 <1004> 10.7. モダリティの表現/確認 使い分けワンポイント⑩~のではないか 「X未完文-る/〜い/〜た/(状態)名詞な+のではない+か」は、否定の「〜のではない」に、文末の「〜か」がついたもので、話し言葉によく使われ、ときに書き言葉にも使われることがある。 8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」と次を参照 「~のではない/『~のではない』と部分否定」 ▶〈未完文〉への接続については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 また「X + ではないか」と同様、話し言葉として、女性専用の〈非敬体〉「X + んじゃない」があり、男性の〈非敬体〉は「X + んじゃないか」である。敬体は男女兼用の「X + の/ん + では/じゃ + ありませんか」になる。 使い方は3つあるが、文末の「~か」を、次のように、イントネーションによって使い分けるのがポイントである。 1. 独り言/納得:Xのではない+イントネーション「納得」の「~か」「外で遊ぶんじゃない!」か(↓)。家にいても、面白くないんだけど。「雨が降るから、行くんじゃない!」か。きっと留守番させる気だな。→「雨が降るから、行くんじゃない!」のね(↑)。留守番させる気なのね(↑)。「わざとしたんじゃない」か。それならそれでいいけど。本当かな。→「わざとしたんじゃない」のね。それならいいけど。本当かしら。 「独り言/納得」の「~のではないか」は、男性専用語で、たとえ女性が使うことがあっても「~か」は省略できない。女性では「→」のように使われることが多い。 ▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のではない/『~のではない』と部分否定」を参照 この〈独り言〉は「禁止命令」や「引用Xの否定」を表す「X + のではない」に、文末で「納得」を表す「~か」がプラスされたものである。 2.対話/確認:Xの二重否定+イントネーション「確認」の「~か」 「豚肉を買う」んじゃなくて、牛肉を買うんじゃありませんか (↑)。 →「豚肉を買う」んじゃなくて、牛肉を買うんでしょう (↑)。 そんなふうにするんじゃなくて、こんなふうにするんじゃない (↑)。 学生時代、よく行ったんじゃないか (↑)。きれいな女の子のいる店に。 環境破壊は進む一方なのじゃないか (↑)。何か対策を講じなければ。 クラスで一番だって。よくやったんじゃない (↑)。この子にしては。 →クラスで一番だって。よくやったでしょう (↑)。この子にしては。 どこにでもいるんじゃない (↑)、あの手の人。相手にしないことね。 あいつ、来てるんじゃないか (↑)。どうして、嘘なんかついたんだ? どれ。まあ、かっこいいんじゃないか (↑)。満足してるんだろう? ほら、あそこにガソリンスタンドが見えるんじゃありませんか (↑)。 あの子「旅行に行った」んじゃなくて、家出したんじゃないか (↑)。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~のだろう』と確認」を参照 この「確認」は、話し言葉専用で、〈独り言〉にも〈他者対話〉にも使われる。文末の「~か」は、文に「確認」の機能を与える一方で、意味の上では「反語」を表し、否定の「~のではない」と一緒になって、二重否定「~のではないか=~のだ」となっ <1005> ている。いわば「確信」に満ちた「100%の確認」ということになる。 3.断言/反語:Xの二重否定 + イントネーションは「反語」の「~か」そうするんじゃなくて、こうするんじゃないか (↓)。何にも知らないね。あいつの声がしたな。来てるんじゃないか (↓)。誰だ、嘘ついたのは。「すみません」て言ってるんじゃないか (↓)。もうやめろよ。許してやれ。日本だって、冬は寒いんじゃない (↓)。暖かい服、もって行きなさい。おまえ、前からあの人のこと、好きなんじゃないか (↓)。告白しろよ。何も対策を講じないから、環境破壊は進む一方なんじゃないか (↓)。天気予報じゃ、雨は夕方やむと言ってたが、やまないんじゃないかな。さっき口では、ああ言ってたけど、電話して来ないんじゃないかしら。 この「断言」は、話し言葉でも書き言葉でも、また〈他者対話〉でも〈独り言〉でも使われるが、文末の「~か」は、文の機能においても、意味においても「反語」を表している。つまり、二重否定「Xのではないか=Xのだ」になっているが、帰結的に「Xが成立する」と断言する場合に使われる。 「帰結的判断」の「~のではないか(↓)」は、イントネーションが鋭く抑えつけられるように下降した場合、文末の「~か」が100%以上の「反語」を表し、ときとして「~のだ」よりも強い断言を表すことがある。 イントネーションを示すことのできない書き言葉では、強い断言と誤解される可能性があるので、独断と偏見に満ちた沈黙の音色を奏でないように「X + のではないかと思う」が多用される。 使い分けワンポイント ⑪ ~のではない + だろう + ?・か・ね 「X (ない) + のではない + だろう? / だろうか / だろうね」は、先ほど「使い分け ⑩」で述べた二重否定の「X + のではないか」に、状況判断の「X + のだろう? / のだろうか/のだろうね」が重なったものである。 ただ「~のだろうか」が含まれる「X(5時な/行く)/Xない(5時じゃない/行かない)+ のではないだろうか」は、確認ではなく「X/Xない」が成立することに対する確信を示しているが、同時に、話し手の気持ち「不安/期待」も表している。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~のだろうか/『~(の)だろう』のバリエーション」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~のではあるまいか」を参照 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 〈念押しと確信〉 豚肉じゃない?牛肉を買うんじゃないでしょう + ?/×か/ね。 ≠豚肉よ。牛肉は買わないんでしょう? →豚肉じゃなくて、牛肉を買うんじゃないでしょうか。 =豚肉じゃなくて 牛肉を買うんですよ 学生時代、よく行ったんじゃないだろう + ?/ね。たまにだろう + ?/ね。 →学生時代、よく行ったんじゃないだろうか。よく行ったと思うよ。 あの子、家出したんじゃないでしょう + ?/ね (↑) /ねえ (↓)。してないと思うけど、 もしかすると、したのかもしれない。あなた、どう思う/心当たりがあるんじゃない? <1006> 10.7. モダリティの表現/確認 →あの子、家出したんじゃないでしょうか。きっと家出したんです。 「すみません」て言ったんじゃないだろう + ? / ねえ(↓)。そんなふうには聞こえなかった。おれの耳には「この野郎」に聞こえたが。 →「すみません」て言ったんじゃないだろうか。許してやれよ。 あいつ、来られないんじゃないだろう + ? / ね。来たくないんだろう。 →あいつ、来られないんじゃないだろうか。事故でもあったんじゃない? 確認「X/Xない+のではないだろう?(↑)」は、聞き手の「X/Xない」という判断をたしなめると同時に、話し手の「Xのではない/Xのだ」が成立するという確信と自信を表している。 一方、確認の「X(行く)/Xない(行かない)+ のではないだろうね(↑)」は、聞き手に「Xのではない(行かない)/Xのだ(行く)」という同意を求める しかし、もし「X/Xない + んじゃないだろうね」のイントネーションが下がって、もとの「念押し(↑)」から「決めつけ/詠嘆」にかわって「X (行く)/Xない (行かない) + んじゃないだろうねえ(↓)」になると、話し手の「まさか + X (行く)/Xない (行かない) + とは思わないが、それでも万一、X (行く)/Xない (行かない) + ようなことだったら、どうすればいいかわからない」といった不安や疑いを表したり、また「Xない (行かない)/X (行く) + だろうとは思うが、しかし万一、X (行く)/Xない (行かない) + 場合は、責任をとって + やる/もらう + よ」といった「皮肉/あてこすり」を聞き手に向かって投げかけたりしている場合もある。 X (ない) + のではないか (↑) X / X ない + のではないだろう? (↑) X / X ない + のではないだろうね (↑) X / X ない + のではないだろうね (↓) X (ない) + のではないだろうか (↓) 性質 確認 確認 確認 確信 確信 話し手の感情 自信/皮肉 自信/たしなめ 自信/不安 自信/皮肉 不安/期待 「~のではないか」系のバリエーションは、およそ上のようになるが、特に「X/Xない + のではない (か) (↑)」は、話し手が、聞き手の「Xない/X」という判断を否定するので、聞き手の判断に対する直接的な「反対/注意/たしなめ/皮肉/厭味」などがこめられる。 使い分けワンポイント ⑫~のではないのか 「X - る/~い/~た/(状態)名詞な + のではない + のか」は、否定を表す「~のではない」に、文末の「~のか」がついたものである。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言」の「『~(の)か』のまとめ」と次を参照「~のではない/『~のではない』と部分否定」 ▶イントネーションについては 本文 10.8. 「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 主に話し言葉によく使われるが、小説や戯曲などの書き言葉では、登場人物の意識の <1007> 流れや独白といった部分に使われることが多い。 「X + ではないか/のではないか」と同様に、話し言葉として、女性専用の〈非敬体〉「X + んじゃないの」があり、男性の〈非敬体〉は「X + んじゃないのか」で、敬体は男女兼用の「X + の/ん + では/じゃ + ない + の/ん + ですか」になる。 使い方は4つあるが、先ほどの「X + のではないか」の場合と同じように、文末「~のか」のイントネーションによって使い分けられている。 1. 思い違い/納得:Xのではない+イントネーション「納得」の「~『雨が降っても、行く』んじゃない」のか(↓)。晴れたら、行くんだ。→『雨が降っても、行く』んじゃない』+の(↓)。晴れたら、行くのね。→「雨が降っても、行くんじゃない」のね(↑)。行くんだと思ってたわ。「わざとしたんじゃない」のか(↓)。でも本当かな。信じられないな。今度の試験、難しいんじゃないのか。それで平気な顔してるんだ。→今度の試験、難しいんじゃなかったのか。それで平気な顔してたんだ。えっ、うそ。好きなんじゃないの。結婚するのかと思ってたんだけど。そう。まだ食べるんじゃないの。すぐ食べるかと思って、作ったのに。あ~、電話してくれたんじゃないのか。僕から話すんだったのか。→あ~、電話してくれたんじゃなかったのか。僕から話すんだったんだ。 2. 个滴/疑い:Xの二重否定 + イントネーション「疑い」~のか雨が降っても、行くんじゃないのか (~)。行くって言わなかった?→雨が降っても、行くだろう (↑)。行くって言わなかった? わざとしたんじゃないのか (~)。あいつのことだもの、やりそうだよ。今度の試験、難しいんじゃないのか。ちっとも勉強しないね。→今度の試験、難しいんじゃなかったのか。ちっとも勉強しなかったね。えっ、うそ。好きなんじゃないの。結婚したいって言ってたじゃない。え、もう食べるんじゃないの。すぐ食べるかと思って作ったんだけど。電話してくれたんじゃないの。どうして? するって言ったじゃない?→電話してくれたんじゃなかったの。どうして? 約束したでしょう?そうするんじゃなくて、こうするんじゃないのか。何にも知らないね。あいつの声だろ (↑)。来てるんじゃないのか。ちょっと見てきてくれ。日本だって、冬は寒いんじゃないの。暖かい服、もって行きなさい。何も対策を講じないから、環境破壊は進む一方なんじゃないのか。 雨は夕方からやむと言ってましたけど、やまないんじゃないんですか。ああ言ってたけど、電話して来ないんじゃない + の + かな/かしら。 3. 説得/確認: Xの二重否定 + イントネーション「確認」の「~のか」 日曜日、雨が降っても、行くんじゃないのですか (↑)。そうですよね。→日曜日、雨が降っても、行くんでしょう (↑)。そうですよね。 わざとしたんじゃないのか (↑)。あいつのことだもの、やるだろう。あら、まだ食べるんじゃないの。いいのよ、片付けはあとでするから。「豚肉を買う」んじゃなくて、牛肉を買うんじゃないのですか (↑)。クラスで一番だって。よくやったんじゃないのか。この子にしては。どこにでもいるんじゃないの、あの手の人って。相手にしないことよ。あの子、家出したんじゃないのか。親に「旅行」って、嘘ついて。 <1008> 10.7. モダリティの表現/確認 「すみません」て言ってるんじゃないのか。いい加減にもうやめたら?環境破壊は進む一方なんじゃないのか。対策を講じないことには。 4.確信/反語:Xの二重否定 + イントネーション「反語」の「~のか」そうするんじゃなくて、こうするんじゃないのか (↓)。やってみろ。→そうするんじゃなくて、こうするんだろう (↓)。やってみろ。あいつの声だろ (↓)。来てるんじゃないのか (↓)。すぐ呼んで来い。「すみません」て言ってるんじゃないのか。やめろよ。許してやれ。日本だって、冬は寒いんじゃないの。暖かい服、もって行きなさい。おまえ、前からあの人のこと、好きなんじゃないのか。告白しろよ。何の対策も講じないせいで、環境破壊は進む一方なんじゃないんですか。まだ電話に出ないか。映画でも見てる + ん + じゃないのか/だろう。マージャンにも来ないって? 忙しい + ん + じゃないのか/だろう。 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 「X + のではないのか」は「X + のではないか」とは異なり、文末の「~のか」が作用して、話し手の複雑な「心の動き」を反映しながら聞き手に向けられるだけでなく、4つの使い方も、たとえイントネーションによって仕切られた境界があるとはいえ、切れ目なく連続しているので、ちょっとした声の出し方や感情のこめ方などで、話し手の意図と聞き手の受けとめ方が気持ちの上ですれ違ってしまい、親しい〈ウチ〉の関係であるほど、けんかやもめごと、いさかいの原因になることがある。 遠慮の入る〈ソト〉の関係では、感じたことを発散できないので、わだかまりや心のしこりとなって、あとに尾を引くかもしれない。 使い分けワンポイント ⑬「~のではないのか」の使い分け 4つの「~のではないのか」は、次のように、それぞれ重なりながら、少しずつ異なった使われ方をしている。 1. 思い違い/納得 最初の「思い違い」は、例えば、まず話し手が聞き手に「『雨が降っても、行く』んだろう?/『わざとした』んだろう?/『今度の試験、難しい』んだろう?/『好きな』んでしょう?/もう『食べる』んでしょう?/『電話してくれた』んだろう?」と確認したところ、聞き手から「『雨が降っても、行く』んじゃない/『わざとした』んじゃない/『今度の試験、難しい』んじゃない/『好きな』んじゃない/まだ『食べる』んじゃない/『電話した』んじゃない」といわれてしまう。 そこで、不思議に思った話し手が「メモリバンク」に照合してみると、データは「雨が降ったら行かない/わざとしなかった/今度の試験はやさしい/好きじゃない/まだ食べない/電話しない」だったことに気づいて、納得していることを表している。 この場合の女性非敬体は、文末の「~か」の脱落した「X + んじゃないの(↓)」か、先ほどの「X + のではないか」の「独り言/納得」で使われた女性非敬体と同じ「X + のではないのね(↑)」になるが、これはおそらく、次のような事情によるのであろう。例えば、男性非敬体「行く + よ/ね(↑)」は、女性では「行く + の + よ/ね(↑)」 <1009> になるが、男性非敬体の納得「行くんじゃない+か(↓)」の場合、使い方の異なる「行くんじゃない+のか(↓)」を女性非敬体にはできないし、女性非敬体として「~か」を省略すると、禁止命令「行くんじゃない!」か、女性非敬体の断言「行くんじゃない(↓)」になってしまうため、やむをえず「行くんじゃない+のね(↑)」で代用していると考えられる。 このように「納得」の男性非敬体「行くんじゃない + か/のか (↓)」は、女性非敬体では、形態のまったく異なる「行くんじゃない + の (↓) / のね (↑)」にかわることになる。 ▶本節「使い分け③/女性非敬体の「〝のね』」を参照この「〝のね(↑)」の「〝の」は、女性語であることを示すためのもので、例えば、男性非敬体の「〝の+だ(↓)/だろう(↓/↑)/か(↑)/だね(↑)」に対して、女性非敬体が「〝の+(です)(↓)/でしょう(↓/↑)/(ですか)(↑)/(です)ね(↑)」になるような「メモリバンク」を「ON」にする「〝の」とは異なっている。 ▶イントネーションについては 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 2. 不満/疑い 次の「不満」は、上の「思い違い」の場合と同様に、例えば、まず話し手が「Xだ」と思って、聞き手に「雨が降っても、行く/わざとした/今度の試験、難しい/好き/もう食べる/電話してくれた + か」と確認してみたところ、聞き手から「X + のではない」と言われ、次に「メモリバンク」に照合してみると、データはやはり「Xだ」となっているので、話し手は「X + のだ/X + のではないか (↓)」と判断し、聞き手の「思い違い」と確信、つまり「X + のではない」を疑いながら、不満げに「X + のではない + のか(~)」と「二重否定」で聞き返」ている つまり、話し手が「思い違い」したのであれば、納得した上で、聞き手に謝るか、意見を撤回する方向に、話題「X」は継続発展していくが、逆に、聞き手の返答を疑った場合は、聞き手に対して「思い違い」であると説得する必要があり、その第一歩として聞き返しをしていることになる。 「X」について、話し手が聞き返す場合、Xの表す時間によって、次のような使い分けをすることがある。なお〈基準時〉は、文末の「~のだ」も「~のか」も、〈基準時現在〉である。 〈基準時同時間帯〉〈基準時未実現〉の事態:X + のではない + のか(~) 〈基準時以前既実現〉か「記憶」にある事態:X + のではなかった + のか(~) 後者の「X + のではなかった + のか(~)」には、記憶の確認を表す「使い分け②」の「~のではなかったか(↑)」が重なっている。 3. 說得/確認 3番目の「説得」は、例えば「日曜日、行くか行かないか/わざとしたかわざとじゃなかったか/まだ食べるかもう食べないか/豚肉を買うか牛肉を買うか」といった「X <1010> 10.7.モダリティの表現/確認 かXでないか」のどちらかを判断できない聞き手に対し、どちらを選択すべきかを示すために、現在の状況を入力して「メモリバンク」に照合してみると、回答は「X」と出た。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のか/『~のだ』の使い方」を参照 そこで「X」と確信を得た話し手は、二重否定の断言「X + のではないか」に、聞き手への「合図」を示す「X + のだ」と、確認の「X + のか(↑)」を重ねて、いわば「X + のではない + のか(↑)」という確認の形式をとりながら、聞き手を説得しようとしている。 〈基準時同時間帯〉〈基準時未実現〉の事態:X + のではない + のか (↑) 〈基準時以前既実現〉か「記憶」にある事態:X + のではなかった + のか (↑) この場合も「2」の「不満/疑い」と同様に、Xの表す時間によって、上のような使い分けをすることがある。 4. 確信/反語 最後の「確信」は、上の「説得/確認」過程を省略して、話し手がダイレクトに考えを述べたものである。 「X + のではない + か」が、ほぼ「X + のだ」と等しくなって「断言」を表すのに対して、この「X + のではない + のか」は、ほぼ「X + のだろう」と等しくなって「確信」を表している。両者の違いは次の通りである。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~か』と『~のか』の違い」を参照 前者「X. + のではないか」の「~か」なら、聞き手への「心の動き」を示すことなく、話題を打ち切ってしまうので、聞き手に対する「遠慮/配慮」が働かず、聞き手の耳には「断言」と響くが、後者「X + のではないのか」が「断言」にならないのは、文末の「~のか」が、話題を継続発展させようと「メモリバンク」を作動させ、たとえ「断言」は可能であっても、聞き手に対する「遠慮/配慮」を示し、聞き手にとって不愉快になるかもしれない「断言」を避けているからである。 しかし例えば、直接的感情的判断で、どちらかといえば「決めつけ/思いこみ」である「あの人のこと、好きなんじゃないか(↓)」を、間接的婉曲的な判断「あの人のこと、好きなんじゃないのか(↓)」にかえたところで、話し手の意図は同じ「告白しろ」である。 話し手と聞き手の関係が緊密であれば、直接的感情的「断言」のはれないし、疎遠であれば、いくら婉曲的に話しても、聞き手は心を開か ただ「X + のではない + のか」のほうが、Xという判断をするのに「2度も『メモリバンク』に照合した」という「思いやり」を感じさせるので、聞き手には受け入れやすい響きがある。 「不満」<~だろう(↑)<「説得」<~のだろう(↑)<「確信」≠~のだろう(↓) 「納得」を除く3つの「~のではないのか」と「~(の)だろう」の関係は、話し手の「確信」という点からとらえると、上のように、右ほど強くなるかと思われる。 <1011> 使い分けワンポイント⑭~のではない+のだろう+?・か・ね 「X (ない) + のではない + のだろう? /のだろうか/のだろうね」は、先ほど「使い分け⑫」で述べた二重否定の「X + のではないのか」に、状況判断の「X + のだろう? /のだろうか/のだろうね」が重なったものである。 ただ「X(5時な/行く)/Xない(5時じゃない/行かない)+ のではないのだろうか」は、確認ではなく「X/Xない」が成立することに対する確信を示しているが、と同時に「X」または「Xない」が成立することで引き起こされるマイナス面の実現を強く「心配する/不安に感じる/恐れる」話し手の気持ちを表している。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」の次を参照 『『~のだろう』と確認/~のだろうか/『~(の)だろう』のバリエーション』 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~のではあるまいか」を参照 ▶イントネーションについては 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 「~のではないのか」の例を「X (ない) + のではない + のだろう?/のだろうか/のだろうね」に書き換えると、次のようになるが、もともと存在していた境界がなくなってしまうことになる。 1. 不満/疑い 雨が降ったら、行くんじゃないんだろう + ?/ね。行かないよね。 雨が降っても、行くんじゃないんだろうか。行くって言わなかった? わざとしたんじゃないんでしょう + ?/ね。間違いないのね わざとしたんじゃないんでしょうか。あの人なら、わかりませんね。 今度の試験、難しいんじゃないんだろう + ?/ね。勉強しないものね。 今度の試験、難しいんじゃないんだろうか。勉強したほうがいいかも。 好きなんじゃないんでしょう + ?/ね。結婚しないって言ってたから。 好きなんじゃないんでしょうか。結婚したいなんて言ってましたから。 2. 說得/確認 豚肉じゃなかった? 牛肉を買うんじゃないんでしょう + ? / ね。 豚肉かしら。牛肉を買うんじゃないんでしょうか。違いました? またクラスで一番か (↓)。まさか、頑張ったんじゃないんだろう + ? / ね。おまえは、 我が家の天才なんだからな。 またクラスで一番か (↓)。頑張ったんじゃないんだろうか。うちの子って、努力家なんだもんなあ。 行かないんじゃないんでしょう + ? / ね。行くんでしょう? 行かないんじゃないんでしょうか。行かない気がしますけど。 3. 確信/反語 そうするんじゃないんだろう + ? / ね。こうだろう? やってごらん。そうじゃないだろう。こうするんじゃないんだろうか。やってごらん。あいつの声か (↑)。来てるんじゃないんだろう + ? / ね。そうなのか?あいつの声だろう (↑)。来てるんじゃないんだろうか。見てきてくれ。日本って、冬は寒いんじゃないんでしょう + ? / ね。そのまま行けば?日本だって、冬は寒いんじゃないんでしょうか。暖かい服も要るわね。 上の3つの分類は、基本になっている「X + のではないのか」との対照を示してい <1012> 10.7. モダリティの表現/確認 るだけで、どの場合でも、3つの文末「~のだろう?/~のだろうか/~のだろうね」の違いになっている。 確認の「X/Xない+のではないのだろう?(↑)」は、聞き手の「X/Xない」という判断を疑い、否定すると同時に、話し手の「Xのではない/Xのだ」が成立する確信を表している。 一方、確認の「X/Xない+のではないのだろうね(↑)」は、聞き手に「Xのではない/Xのだ」という同意を求めると同時に、話し手の「もしかすると、X/Xない+かもしれない」という「Xない/X」の可能性を疑う気持ちが働いている。 したがって、イントネーションは疑い「X(行く)/Xない(行かない)+ のではないのだろうねえ(~)」になり、ここでも話し手の「万一『X(行く)/Xない(行かない)』の場合は、責任をとってもらうよ」といった「皮肉/あてこすり」を、聞き手に向かって投げかけている。 X (ない) + のではないのか (↑) X / X ない + のではないのだろう? (↑) X / X ない + のではないのだろうね (~) X (ない) + のではないのだろうか (↓) 性質 期待 確認確認確認確信 X(ない) Xない/X Xない/X 話し手の感情 自信/説得自信/確信自信/疑い心配/恐れ 「~のではないのか」系のバリエーションは、およそ上のようになるが、特に、確認の「X/Xない + のではないの (か) (↑)」は、話し手の「メモリバンク」に照合したという自信、つまり「X/Xない + のではない」を、反語「~のか」で否定する確信を表しているので、聞き手の「Xない/X」という判断を否定する場合でも、直接「反対/皮肉」などがこめられ、子どもっぽさのある「X/Xない + のではないか」とは異なり、聞き手をじっくり説得しようとする大人風の響きになる。 使い分けワンポイント 名詞+ではない(の)か ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/名詞+ではない」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/名詞+なのだろう(か)」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~の』の機能」を参照 「(状態)名詞 + ではない(の)か」と「(状態)名詞 + なのではない(の)か」との関係は、断言の「(状態)名詞 + ではない」と「(状態)名詞 + なのではない」の関係と同じである。つまり「X未完文-る/~い/~た/(状態)名詞な + の + ではない(の)か」は、引用部分の「X」を「~ではない」で否定するために、まず「X」を名詞にかえる機能をもつ「~の」をプラスしたものであるが、特に「(状態)名詞」は、わざわざ「(状態)名詞 + だ」の「~だ」を「~な」にかえて「~の」をプラスするよりも、もともと「~ <1013> ではない」は「(状態)名詞」に接続できる形態なので、不必要な「~なの」を省略して、直接「(状態)名詞 + ではない(の)か」にすることができる。 あ、これ、テレビの通信販売で紹介してた携帯(なん)じゃないのか。 これ、ニューモデル(なん)じゃないか、テレビの通信販売で紹介してた。 しかし「~の」が現れないので、果たして「メモリバンク」に照合したかどうか、区別ができなくなることがある。 →ぎっき友だちが乗てた+じゃ+ないか/ないのか。 あれ、うちの新入社員+なん+じゃ+ないか/ないのか。 →あれ、うちの新入社員+じゃ+ないか/ないのか。 「(状態)名詞」と「-る/~い/~た」とでは、形態上、次のような違いがある。 (状態)名詞(な) - る/~い/~た ~のではない+か/のか ~ではない+か/のか ○○○ 「-る/~い/~た」は「発見/喚起/非難」を表す「使い分け⑧」の「~ではないか」の場合でなければ、名詞化するための「~の」が必要であるが、その制限のない「(状態)名詞」の場合は、文末を「~ではないのか」にすることができる。 つまり、文末が「~ないのか」の場合は、たとえ「(状態)名詞」でも、必ず「~(な)のではないのか」を表し、2度「メモリバンク」に照合していることになる。 使い分けワンポイント 「使い分け⑤」にあげた男性非敬体を、女性非敬体にかえると、次のようになる。 この値段じゃ、高い + ん + じゃ + ない? /ないの? →この値段じゃ、高い + じゃ + ない? /ないの? さっき友だちが来てた + ん + じゃ + ない? /ないの? →ざっき友だちが来てた + じゃ + ない? /ないの? あれ、うちの新入社員 + なん + じゃ + ない? /ないの? →あれ、うちの新入社員 + じゃ + ない? /ないの? (状態)名詞(な) ~んじゃない+?/の? ~じゃない+?/の? ーる/~い/~た <1014> 10.7. モダリティの表現/確認 男性非敬体と異なっている点は、表の最後「_る/〜い/〜た + じゃない + の?」であるが、この「〜の?」は男性の「〜のか」ではなく、女性であることを示す「〜の」なので、女性が使う場合に限り「_る/〜い/〜た + じゃない?」と同じものである。 ▶本節「使い分け③/女性非敬体の『~のね』を参照 「(状態) 名詞」の場合は、どちらの「~の」なのかわからなくなり、話し手に、女性を示す「~の」を使う習慣があるかどうかを見きわめる必要がある。もし、敬体を示す「~です/~ます」のあとに「+の (ね)」をプラスする女性なら、女性の「~の」を好んで使う習慣があると思われる。 使い分けワンポイント ⑰「~じゃないですか」と前触れ ×今日、企画会議があるじゃありませんか(↓)。何を言えばいいですか。 ×昨日、珍しいことに、父がお土産を持って帰ってきたじゃないですか(↓)。 ×私の会社に、研修生がいるじゃないですか(↓)。ブラジルから来てますが。 ×先週、この本、買ったじゃないですか(↓)。ご存知? 読まれました? ×今度、うちの隣りに、外国の人が引っ越してきたじゃないですか(↓)。 ねえ、みんな、お花見に行くじゃないですか(↓)(↑)。私たちも行きません? まだ10月なのに、ずいぶん寒いじゃないですか(↓)(↑)。秋も終わりですね。 このごろ雨が降らないじゃないですか(↓)(↑)。梅雨なのに、おかしいですね。 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/『~の/~もの+だから』と前触れ」を参照 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/『前触れ』と『ためらい』」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~ないです』と『~ません』」を参照 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 聞き手の知らない話題を始めたり、新しい話題へ転換したりする場合、その導入部として、上のような「前触れ」を使う成人のネイティブ・スピーカーが増えている。 「X - る/~い/~た + ではないか」は、イントネーションが上昇して話されると、聞き手の注意をひきつける「確認」を兼ねた「喚起」を表すことになるので、情報「X」を聞き手も知っていれば、前触れに使えそうであるが、この「前触れ」は、イントネーションを下降させて切りだされる。 ただ「喚起/確認」の「~ではないか」は、話し手のことには使うことができない。また「(状態)名詞+ではないか」の場合は「(状態)名詞+なのではないか」と紛らわしくなるせいか、あまり使われることがない。のちほど「使い分け②」で述べる「人称制限のまとめ」を参照のこと。 イントネーションが下降すれば「発見/納得」か「非難/反語」を表すが、これを前触れに使う話し手の気持ちは「非難」ではありえないので、予想外の「発見」に、プラスマイナスの評価をこめながら「納得」していることになる。 この「前触れ」が不協和音を奏でるのは、おそらく「喚起/確認」のつもりで話をはじめた話し手が、自分自身についての新しい話題であるため、上昇イントネーションを使って、聞き手に「確認」するわけにもいかなくなり、イントネーションを下降させてしまうからであろう。 <1015> 上の最後3例のように、話し手自身の話題でなければ、多くは「発見/納得」の下降イントネーションになるが、イントネーションにかかわらず使うことができるので、これとの混乱を起こしているのかもしれない。 つまり話し手は、自分の新しい発見に「納得」しながら、これを話の導入部に使っているが、もし話題が、自分自身についての「聞き手未知情報」であった場合、聞き手側からすれば「ずいぶん自己満足しながら、聞きたくもない話を押しつけてくる」といった気持ちにもなるし、しかも「非難/反語」のイントネーションが重なると、まるで「知らないほうが悪い」といった響きにもなるので、聞いていられなくなることがある。 $ ^{*} $昨日、珍しいことに、父がお土産を持って帰ってきたじゃない。 $ ^{*} $先週、この本、買ったじゃない。知ってる?読んだ? この「前触れ」は、まだ上のような〈非敬体〉では使われていないので、話し手は「言いたくて、うずうずしている話題」を「敬体」というオブラートで包んで、聞き手の感じる「押しつけがましさ」を緩和しているつもりなのかもしれない。 僕、これから、おばあちゃんちへ+行くじゃない/行くね。何か言っとくことは? 先週、この本、買ったじゃない/買ったのね。面白かったけど、読んでみる? 今日、クラスに転校生が+来たじゃない/来たんだ。シンガポールからだって。 え~と、私が、これを+するじゃない/するね。じゃ、あなたは? 〈敬体〉が使われるもうひとつの理由は、聞き手の注目を、自分自身や自分の周りの状況にひきつけながら、〈非敬体〉で話題を提示できるのが、おそらく上のように、聞き手への甘えが許されている子どもの場合に限られるからであろう。 使い分けワンポイント ⑱ 確認の表現と情報の性質 ほら、あそこにガソリンスタンドがありますね。(確認) 間違いないんですね。あそこにガソリンスタンドがあるんですね。(念押し) 見えません? ほら、あそこにガソリンスタンドがあるでしょう? (喚起) どこですか。あそこにガソリンスタンドがあるんでしょう? (念押し) ほら、よく見て。あそこにガソリンスタンドがあるじゃありませんか。(喚起) 違うのですか。あそこにガソリンスタンドがあるんじゃありませんか。(念押し) 間違ってますね。あそこにガソリンスタンドがあるんじゃないんですか。(説得) ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~(の)だろう』のバリエーション」を参照 確認の「~ね」は、話し手と聞き手の双方がすでに知っている情報、つまり「双方既知情報」の確認に使われるが、確認の「~のね」は、聞き手が知っている情報、つまり「聞き手既知情報」の確認に使われる。この「聞き手既知情報」は、話し手に確信はあるものの、いまだ不確かな情報、つまり「話し手未確認情報」である。 確認の「~(の)だろう?」は、双方既知情報には使うことができないが、聞き手の不注意や一時的な「ど忘れ」などを含めた聞き手の知らない「聞き手未知情報/話し手既知情報」か、聞き手の知っている「聞き手既知情報/話し手未確認情報」に使うことができる。 <1016> 10.7.モダリティの表現/確認 「~だろう?」と「~のだろう?」の違いは、話し手が「メモリバンク」に照合するかどうかの差、つまり話し手の確信の度合いが、前者では 50%ほどと低く、後者では80%ほどになっている点にある。 確認の「~(の)ではない(の)か」の3つの違いは、次のようになっている。 X + ではないか:聞き手の記憶や注意を「喚起」して、聞き手未知情報のXに向けさせる。 X + のではないか:聞き手の思い違いである「X以外の場合」を否定し、聞き手に「Xだ」と注意する。 X + のではないのか:聞き手の思い違いを否定し、確信をもって「Xだ」と聞き手を説得する。 ▶本節「使い分け⑧⑩⑫/~ではないか/~のではないか/~のではないのか」を参照 ただ「X + のではないか/のではないのか」の場合、Xが「聞き手未知情報/話し手既知情報」でも「聞き手既知情報/話し手未確認情報」でも使うことができる。これは、どちらが知っていて、どちらが知らないというレベルではなく、すでに双方が議論したあとの確認なので、この段階では、どちらが知っていたか、知っているつもりだったかは問題になっていないからである。 使い分けワンポイント ⑲ 確認の表現と人称制限 じゃ、明日 + だね (男) / ね (女)。(約束:×~のね) ×じゃ、明日 + だろう?/じゃないか? /でしょう?/じゃない? これから出かける/すぐ食べる + ね (男) / わね/のね (女)。( I ⅡⅢ) →これから出かける/すぐ食べる + だろう? /でしょう? (同上) →これから出かける/すぐ食べる + ん + だろう? /でしょう? (同上) これから出かけるじゃないか? /すぐ食べるじゃない? (唤起/Ⅲ) →これから出かける/すぐ食べる + んじゃない + か/の? ( I ⅡⅢ) →これから出かける/すぐ食べる + んじゃない + のか/の? (同上) →これから出かける/すぐ食べる + んだね/のね。(同上) (注)「 I /Ⅱ/Ⅲ」は、それぞれ「一人称/二人称/三人称」である。 最初の「約束」の例は、双方既知情報を表せない「~ (の) だろう?」や「X + (の) ▶本節最初「~ね・~のだね」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~(の)だろう』のバリエーション」を参照 ▶本節「使い分け⑧⑩⑫/~ではないか/~のではないか/~のではないのか」を参照 確認の「これから出かける/すぐ食べる+ね」は、双方既知情報なので、話し手の動作にも、聞き手の動作にも、第三者の動作にも、使うことができる。 確認の「これから出かける/すぐ食べる+(の)だろう?」は、双方既知情報でないが、聞き手の記憶や注意を「喚起」したり、話し手の未確認情報を確認したりできるの <1017> で、すべての人称「話し手/聞き手/第三者」に使うことができる。ただ、話し手自身に使われるのは、自分自身の動作に確信のもてない場合である。 「これから出かける/すぐ食べる+じゃないか」は、もしXが聞き手の動作とすると、聞き手の記憶や注意を、聞き手自身の動作に向けさせることになるので、イントネーションが下降して、話し手未知情報となる「発見」か「非難」なら使えるが、イントネーションの上昇する「喚起/確認」では、聞き手自身の動作を聞き手未知情報とするので、使うことができない。これは、話し手の動作の場合も同じである。 「喚起/確認」の「X + ではないか」のXは、第三者の動作になるが、もし聞き手の状態「かっこいいじゃないか?/肩に髪がついてるじゃない?」であれば、聞き手未知情報となって、聞き手の注意を聞き手自身の状態に向けることができる。 「これから出かける/すぐ食べる+んじゃないか」は、聞き手の「あとで+出かける/食べる」といった思い違いを、話し手が「メモリバンク」に照合して否定し、聞き手未知情報「これから出かける/すぐ食べる」を提示して、確認している。 話し手自身の場合は、かなり特殊なケース「僕が行くんじゃない?」になるが、聞き手の思い違いに含まれるので、すべての人称「話し手/聞き手/第三者」の動作や、話し手を含む「話し手+聞き手(+第三者)/聞き手+第三者」など、複数の動作に使われる。 「これから出かける/すぐ食べる + んじゃないのか」も、同様に、聞き手の思い違いを「メモリバンク」に照合して否定「あとで + 出かける/食べる + んじゃない」するが、話し手の記憶にある聞き手未知情報「これから出かける/すぐ食べる」を、もう一度「メモリバンク」に照合して確信し、聞き手の記憶を喚起しながら「これから出かける/すぐ食べる + べきだ」と説得しようとするところが異なっている。 誰の動作を表すかは「X + のではないか」と同じであり、両者の違いは「~だろう? / 〜のだろう?」と同じで、話し手の確信の度合いである。つまり「X + のではないのか」は、聞き手の同意が得られるものと話し手が確信しているので、もちろん「聞き手既知情報/話し手未確認情報」の「X + のね」とは互換性があるが、後者は、本節最初にある「〜ね・〜のね」の「使い分け」で述べたように、話し手自身についても使うことができる。 使い分けワンポイント ②0 確認の表現とメモリバンク 来週、ワールドカップに行く + ん + ですね/でしたね/でしょう? /じゃありませんか/ じゃないんですか →返答:ええ、とっても楽しみにしています。サッカーはお好きですか。 今度、あそこに、スーパーができる + ん + ですね/でしたね/でしょう? /じゃありません (でした) か/じゃないのですか/じゃなかったのですか。 昔、ここに、パン屋があった + の + ですね/でしたね/でしょう? /ではない (の) ですか/ではなかった (の) ですか。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照 ▶本節最初「~れ・~のだれ」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~(の)だろう』のバリエーション」を参照 ▶本節「使い分け⑧⑩⑫/~ではないか/~のではないか/~のではないのか」を参照 <1018> 10.7.モダリティの表現/確認 自分の不確かな記憶を呼びもどすため、話し手が「メモリバンク」に照合しながら、聞き手に確認している上のような例は、どの場合にも「X + の」が現れるが、聞き手は、この「X + の」を聞きとって、話し手が話題「X」に興味を抱いていることを察知し、話題「X」を展開する方向で返答をしようとする。 来週、ワールドカップに + 行きますね/行くでしょう? →返答:ええ、まあ。 あそこに、スーパーが + できますね/できるでしょう?/できるじゃないですか。 ここに、パン屋が + ありましたね/あったでしょう?/あったじゃないですか。 しかし、上のような「X + の」の現れない例は、記憶を呼びもどす「メモリバンク」との照合もせず、話し手が思いつきで、聞き手に確認しているような印象を与えるので、話し手が話題「X」に興味があるのかどうか、聞き手は話し手の意図がつかめず、なおざりな返答しかできなくなってしまう。 わあ、とってもきれいな月が出てる + の/ね/×でしょう?/じゃない? ▶巻末「文/述べ立て文」を参照 ▶本節「使い分け⑧/確認の表現と情報の性質」を参照 「メモリバンク」が必要でない確認で、最もよく使われるのは、上のような〈現象描写文〉である。〈現象描写文〉とは、五官がキャッチしたものを、そのまま文にしたものなので、話し手は「メモリバンク」との照合なしに、直接、目の前の情景「月が出ている」に目を向けていることを表している。 これに「~ね」をつけて確認にかえると、双方既知情報になって、聞き手も話し手と同じように「月」を見ていることになる。 「~だろう?」の場合、情報の性質は「聞き手未知情報/話し手既知情報」か「聞き手既知情報/話し手未確認情報」なので、話し手が月を見ていて、聞き手の注意を「月」に向けているところか、月の見えないところにいる話し手が、月の見えるところにいる聞き手に「月が出ている」かどうか、確認していることになるので、上の例は「きれいな月が出てるでしょう?」に書き換える必要がある。 「~ではないか」にすると、聞き手未知情報に使われるので、聞き手の注意を「月」に向けていることになる。イントネーションが下降して「使い分け⑧」の「発見」になっても、きれいな月を見つけた話し手の喜びを表しながら、聞き手の注意を引くことができるので、同じような効果が期待できる。 ちょっと、どこ見てんのよ。とってもきれいな月が出てるじゃない(↓)。 ところが同じ下降イントネーションでも、上のような「使い分け⑧」の「非難」になると、目の前の「月が出ている」ことに気づかない聞き手の無粋さに苛立ち、ロマンティックのかけらもない聞き手といることに、悔しい思いや後悔をしているのかもしれない。 使い分けワンポイント ②1 人称制限のまとめ 確認の「~(の)ね/~(の)ではない(の)か/~(の)だろう?」の人称制限をまとめてみると、およそ次のようになる。 <1019> (注)「I/II/III」は、それぞれ「一人称/二人称/三人称」を示している。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~(の)だろう』のバリエーション」を参照 ▶本節「使い分け⑧⑩⑫/~ではないか/~のではないか/~のではないのか」を参照 表の「△」は、聞き手の状態に聞き手の注意を向ける「あ、肩に髪の毛がついてるじゃない」場合や、話し手自身のことを聞き手に確認する特殊な状況で使われる。 ② ② このだったか・~のではなかったか 明日の天気、晴れる/晴れな + んだった? 曇る/曇りな + んだった? 今日は何曜日でした + か/×ね。 水曜日でしたか。木曜日でしたか。 今晩、何時に出かけるのでした + か/×ね。7時まえ (なの) でした + か/ね。会議、どこだった? 会議室だった + か/×ね。社長室だった + か/×ね。 この料理、誰が好き (なの) だった? おじいちゃんだったかしら。 信号のゴーサインって、青いのだったかな、縁 (なの) だったかな。 どんなきっかけで、私たち、お付き合いするようになったのだったかしら。 去年の夏、ドライブしたのは、飛騨高山だったの? 富士五湖だったの? 以前、神戸に行って食事をしたじゃない。何がおいしかったんだった? おまえ、高校時代、何が得意だったんだった? 英語 (なん) だったか? すみません。このお店でした + か/ね? このあいだ、修理を、お願いしたのは。 配達させていただきますのは、いつもと同じ銘柄でした + か/ね? あのう、このまえ、どこかでお会いしたんじゃなかったですか 接続:-る/~い/~た+のだったか ▶「~なの」の省略については、本節「使い分け⑤/名詞+ではない(の)か」と次を参照本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか/名詞+ではない」▶本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のだった・~のではなかった」を参照 「X + のだったか (↑)」は、不確かな記憶「Xのだ」について、話し手が判断を放棄して、聞き手に判断を委ねる場合に使われる。もしXに疑問詞を使わず、記憶「Xのだ」に確信のある場合は、聞き手の同意を求める「確認」になるが、疑問詞のある場合や、二者択一になると、記憶の欠落を表しているので、聞き手に解答を求める問いかけになる。聞き手は「Xのだ」を話し手と共有しているはずなので、基本的には、話し手と〈ウチ/ソト〉の関係になるが、たとえ〈ヨソ〉の関係でも、例えば「修理をお願いした自 <1020> 10.7.モダリティの表現/確認 転車屋さん/行きつけの米屋さん/パーティーで会っただけの人/見覚えのあるタクシーの運転手さん」などと再会して、記憶を確かめ合う場合は使うことができる。 疑問詞のある場合や、二者択一では使えないが、もし「~か」を「~ね」に置き換えれば、確かな記憶「Xのだ」を「確認」していることになる。しかし、聞き手が「重要で忘れてはいけない」と思っているような情報に「~か」を使うと、聞き手は不安を覚えるか、話し手を「バカだ」と判断することになる。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照 「X + のだったか (↑)」は、いったん「メモリバンク」に蓄えたデータXが、照合して確かめたところ、フリーズしてしまって、話し手の必要なときに「Xのだ」として引き出せなくなった状態を表している。 そこで、データXを知っているはずの聞き手に尋ねているが、話し手は「記憶しなかった/知らない+のではなく、間違いなく+記憶した/知っていた」ということを聞き手に示すために、〈基準時現在以前既実現〉の「~た」を使って「X+のだったか(↑)」という形態を使っている。 これを「X + のか(↑)」で確認すると、データXは、もともと「メモリバンク」に蓄えられていなかったことを聞き手に示すことになる。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 今、何時ですか。今日/昨日/明日 + は、何曜日/何日 + でした/※です + か。 したがって、時計をもっていなければ「今、何時か」は、聞き手を驚かさないが、誰もが知っているはずの「曜日/日にち」などに使うと、話し手は新聞もテレビも見ていない「野蛮人」ということになるので、たとえ新聞もテレビも見ていない場合でも「今日/昨日/明日 + は、何曜日/何日か、知っていた」ふりをして「今日/昨日/明日 + は、何曜日/何日 + だったか」にしたほうが聞き手をびっくりさせない「文明人」ということになる そんなふうじゃなくて、こんなふうにするんじゃなかったか(↑)。 あそこにいる人、いつもクラスで一番だったんじゃなかった(↑)。 「すみません」て言ったんじゃなかったか(↓)。やめろ。許してやれ。 *あの先生、何、言ったんだった/*言ったんじゃなかった? 不確かな記憶を問いかけたり、確認したりする「X + のだったか」に比べると、上のような「X + のではなかったか」は、先ほど「使い分け⑩」で述べた確認や反語の「X + のではないか」の基準時を、現在から過去へスライドさせたものなので、疑問詞や二者択一の場合とは異なり、判断放棄をしない「100%の確認」になる。 使い分けワンボイント ②③~のだったっけ・~のだっけ 明日の天気、晴れなんだった + ?/っけ? 曇りなんだった + ?/っけ? →明日の天気、晴れる/晴れな + んだっけ? 曇る/曇りな + んだっけ? 今日は、何曜日でした + か/っけ? 水曜日でした + か/っけ? ×今日は、何曜日ですっけ? 水曜日ですっけ? 木曜日ですっけ。 →今日は、何曜日だっ (たっ) け? 水曜日だっ (たっ) け? 木曜日だっ (たっ) け。 <1021> 今晩、何時に出かけるのでした+か/っけ?7時まえ(なの)でした+か/っけ? *今晩、何時に出かけるのですっけ。7時まえ(なん)ですっけ。 →今晩、何時に出かけるのだっ(たっ)け。7時まえ(なん)だっ(たっ)け。 この料理、誰が好き(なの)だった+?/っけ?おじいちゃんだった+か/っけ? この料理、誰が好き (なの) だった + ? / つけ? おじいらゃんにつた + か/っけ? →この料理、誰が好き + だ/でした + つけ? おじいちゃん + だ/でした + つけ? 信号のゴーサインって、青いのだった + かな/つけ? 緑 (なの) だっ (たっ) け? 配達させていただきますのは、いつもと同じ銘柄でした + ね/×っけ? サンプル、いつまでにお送りすることになっていました + か/×っけ? あの、このお店でした + ね/△っけ? このあいだ、修理を、お願いしたのは。 接続:-る/~い+のだったっけ/のだっけ(状態)名詞(なの)+ だったっけ/だっけ ▶「~なの」の省略については、本節「使い分け⑤/名詞 + ではない(の)か」と次を参照本文10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか/名詞 + ではない」▶巻末「動詞/動詞の種類と3つの基準時」を参照 不確かな記憶Xの確認に使われる「X + のだったっけ/のだっけ」は、主に東京圈の方言で、Xが〈基準時未実現/基準時同時間帯〉でも〈基準時以前既実現/基準時非実現〉でも、親しい〈ウチ〉関係、つまり家族や仲間同士、同僚関係などで、男女兼用の〈非敬体〉で使われるが、女性が〈敬体〉で使ったり、会社や組織の上司には、男性が〈敬体〉で使ったりすることがある。 しかし〈ソト/ヨソ〉に対して使われると、最後2例のように「なれなれしさ」を感じさせ、不快を感じる人がいるかもしれない。ただ、かなり年配の人が、親しみや甘えを表すために、年下の人に使う可能性はある。 Xが〈基準時未実現/基準時同時間帯〉で、接続が「X + のだったっけ」の場合、〈ウチ/ソト/ヨソ〉すべての場で使えるスタンダードな「X + のだったか(↑)」が、方言化し、甘えあえる〈ウチ〉関係に変化しただけである。 しかし「X-る/〜い + のだっけ」や「(状態)名詞(なの) + だっけ」の場合、いったん蓄えたデータ「Xのだ」が、フリーズしているかどうかを「メモリバンク」に照合して確かめることなく、Xを共有しているか、Xを知っているはずの聞き手に問いかけたことを表している。 ということは、聞き手が話し手を「バカ/軽薄/恥知らず」と見なしても気にならない「甘えあえる〈ウチ〉関係」で使われるので、もともとデータXを「メモリバンク」に蓄えていない「×-る/〜い + つけ」はもちろんであるが、蓄えてあっても、〈敬体〉「×X + のですつけ」では使うことができない。 使い分けワンポイント ②~たのだったっけ・~たのだっけ・~たっけ どんなきっかけで、お付き合いすることになったのだった + ? / つけ? →どんなきっかけで、お付き合いすることになった + のだっけ? / つけ? このまえの日曜日、誰と誰が遊びに来なかったのでした + ? / つけ? *このまえの日曜日、誰と誰が遊びに来なかったのですっけ? →このまえの日曜日、誰と誰が遊びに来なかった + のだっけ? /っけ? 去年の夏、ドライブしたのは、飛騨高山(なの/だったん)だった + ? /っけ? →去年の夏、ドライブしたのは、飛騨高山(なの/だったん)だっけ? <1022> 神戸で食事したじゃない。何がおいしかったんだった + ?/っけ? →神戸で食事したじゃない。何がおいしかった + んだっけ?/っけ? ×あのう、このまえ、どこかでお会いしたんじゃありませんでしたっけ? 死んだおじいちゃんが好きだった映画は、これだった (んだった) + ?/っけ? →死んだおじいちゃんが好きだった映画は、これ + だったんだっけ?/だっけ? おまえ、高校時代、何が得意だった (んだった) + ?/っけ? →おまえ、高校時代、何が得意 + だったんだっけ?/だったっけ?/×だっけ? 接続:動詞/形容詞/(状態) 名詞 + た + のだったっけ/のだっけ/っけ 名詞 (なの) + だったっけ/だっけ ▶巻末「動詞と時の表現」を参照 不確かな記憶Xが〈基準時以前既実現〉になる「Xた+のだったっけ/のだっけ」の場合でも、基本的な使い方は〈基準時未実現/基準時同時間帯〉の場合と同じである。ただ〈基準時未実現/基準時同時間帯〉の場合と異なるのは、Xは話し手の経験や、それまでに獲得した知識などを集積した「既知情報」であり、データXは「Xた+のだ」として、あらかじめ「メモリバンク」に蓄えられていることである。 したかって、フリーズしているかどうかを「メモリバンク」に確かめずに問いかける場合、直接「Xた + つけ」を使うことができ、わざわざ「既知情報X」を「メモリバンク」に蓄えたことを示す「Xた + のだっけ」よりも、気軽な問いかけになる。 また、Xが名詞の場合、接続は〈基準時未実現/基準時同時間帯〉の場合と同じになるが、これは「×名詞な + のだった + のだったっけ」では、2度「メモリバンク」に蓄えたことになるからである。 「飛騨高山/これ(映画)」の場合、〈基準時現在以前既実現〉の出来事ではあっても、現在も存在しているものなので、〈基準時現在同時間帯〉として「名詞(なの)だっけ」を使うことができる。逆に「得意だっけ」が、現在とは切り離された「高校時代」のことなので、使うことができない。 逆に「動詞た/形容詞-かった/(状態)名詞だった+のだったっけ」は、現在とは切り離された事態の記憶に使われる。これは、2つの「~た」が使われ、話し手が〈基準時現在以前既実現〉のデータ「Xた+のだ」がフリーズしているのを発見し、データ「Xた+のだ」が〈基準時過去同時間帯/基準時過去以前既実現(大過去)〉のものであることを示しているからである。 おじいちゃんが好きだった映画は、これ+だった/(なん)だ。 おじいちゃんが好きだった映画は、これ+だった?/(なん)だっ(たっ)け? 上のほうは「おじいちゃんの好きだった映画」を「メモリバンク」か、誰かに照合したことを表し、下のほうは、記憶が不確かで「メモリバンク」に照合しても、自信がもてないので、聞き手に問いかけていることになる。 おじいちゃんが好きだった映画は、これだったんだった。 おじいちゃんが好きだった映画は、これだったんだった+?/っけ? 「これだったんだった」は、〈基準時過去〉「~のだった/おじいちゃんの死」よりまえに、好きだった映画が「これだった」ことを表している。 <1023> 使い分けワンポイント ②5~のだったのか・~のではなかったのか 今晩、何時に出かけるんだったのですか。7時まえだったんでしたか。 この料理、誰が好き (なの) だったのですか? おじいちゃんでしたか。 どんなきっかけで、付き合うようになったんだった + の?/んだ? ドライブしたのは、飛騨高山だったのか? 富士五湖だったのか? 以前、神戸に行って食事しただろう。何がおいしいんだったのかな? ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~のだった・~のではなかった」を参照 ▶巻末「動詞と時の表現」を参照 「X + のだったのか(↑)」は、〈基準時現在〉「~のか」において、過去のデータ「X + のだった」を「メモリバンク」に照合したことを表しているが、この過去のデータは、すでに一度「メモリバンク」にインプットしたことのある「X + のだ」で、Xが不確かな記憶に変化しているため、聞き手に問いかけたり、確認したりする場合に使われる。つまり、このデータ「X + のだ」は、〈基準時現在未実現〉でも〈基準時現在以前既実現〉でも可能な「X + のだったか」とは異なり、〈基準時現在〉では、すでに過去「X + のだった」となった〈基準時現在以前既実現〉の事態しか表すことができない。 したがって、〈未実現〉「今晩、何時に出かける」の事態Xに使うと、Xがすでに過去のものになっているので、予定の変更「今晩は+出かけない/出かける+のだが、はじめの予定だった7時まえではない」を表し、予定変更について、聞き手に問いかけたり、確認したりしていることになる。 しかし、Xが〈既実現〉の事態であれば、〈基準時現在〉において、凍結したり、不確かになったりしている不確かな「過去の出来事」を、問いかけたり、確認したりしているだけである。 雨が降っても、行くんじゃなかったのか。行くって言わなかった?→雨が降っても、行くんだったのか。行かないって言わなかった? 電話してくれたんじゃなかったの? するって思ってたけど。 →電話してくれたんだったの? しないって思ってたけど。 「X + のではなかったのか」は、話し手の「思い違い (納得)/不満 (疑い)/説得 (確認)/確信 (反語)」を表す「使い分け⑫」の「X + のではないのか」を〈基準時過去〉にしたもので、不確かな「過去の出来事」の記憶を確認しながら、というより、確かな記憶として残っているものを確認しながら、聞き手に不満を示したり、聞き手を非難したり、説得したりする場合に使われる。 したがって、上のように「X + のではなかったのか」と「X + のだったのか(↑)」は、ちょうど逆の結果を表しており、逆の事態を話し手が考えていたことになる。 使い分けワンポイント 26~のだったのだった + ?・っけ 困ったな。あのとき、お金を借りとけば、よかったんだ (った)。→足りない?お金を借りとけば、よかったんだ (った) + ? / つけ?しまった。また遅刻だ。もう少し早く起きるんだった (のだ)。→遅かった?もう少し早く起きるんだった + (の) か / (んだ) っけ?→遅かった?もう少し早く起きるんだったんだった + ? / つけ? <1024> 10.7. モダリティの表現/確認 飲み放題だったのか。もっと飲んだんだった (×のだ)。 →飲み放題だったから、もっと飲んだんだった (×のだ) + ? / っけ? ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/〜ばよかった」と次を参照「『〜のだった/〜のだったのだ』の使い方」 上の例は「後悔/~ばよかった/~のだった」のパターンに、問いかけの「~のだったか/~のだったっけ」を重ねるか、加えたものである。 話し手が自分の過去の行動を「メモリバンク」に照合して、後悔する「X動詞 - る + のだった」を、もう一度し「メモリバンク」に照合して、自分自身を非難する「X動詞 - る + のだったのだ」を、さらに「メモリバンク」から引き出し、聞き手に向かって、反省の色を見せながら「X + すべきだったか」と問いかける場合、早口言葉になって、もつれた舌をかみそうになるが「X動詞 - る + のだったのだった + ?/つけ?」が使われることがあるが、使わないほうが無難である。 お勧めは、そのまえの「X動詞-る+のだった+?/っけ?」か「~ば+よかった+(のだった)?/(のだ)っけ?」などで、長いからといって、反省の色が濃くなるわけではないので、短くシャープに「潔い」ほうが、聞き手の心証にはいいと思われる。なお、2度「メモリバンク」に蓄えたことを表す「X動詞+た+のだった」に「〝のだ」のつく形態はない。 使い分けワンポイント ②7~(のだ)よ・~(のだ)ね・~(のだ)よね 「~ (のだ) よ」というのは、同意を求めることによって、聞き手との間に〈ウチ〉関係を築こうとする「~(のだ)ね」とは対照的に、聞き手への一方的な「働きかけ/訴え/呼びかけ」などによって、聞き手とは〈ソト/ヨソ〉の関係にあることを伝えようとする場合に使われる。したがって、たとえ家族や仲間、同僚など、もともと親しい〈ウチ〉関係にある聞き手に対しても、一時的に「甘え合う」ことを排除した〈ソト/ヨソ〉関係になり、対話に緊張感が生まれることになる。 「~よ」は、イントネーションによって、次の3つの使い方がある。 接続:すべての文 + よ/未完文 + のよ ▶〈敬体〉と〈未完文〉への接続は、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 ▶本節最初の「~ね・~のだね」を参照 (注)「~(のだ)よ」の男女別の使い方は、本節最初の「~(のだ)ね」と同じである。 1. 注意の喚起/意見の提示:イントネーション上昇 だめだよ (↑)。僕のだよ (↑)。勝手にいじるなよ (↑)。 →だめなんだよ (↑)。僕のなんだよ (↑)。勝手にいじるなよ (↑)。 それより、このほうが面白いですよ (↑)。これにしなさいよ (↑)。 →それより、このほうが面白いんですよ (↑)。これにするんですよ (↑)。 本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~(の)か』のまとめ」を参照 「X + よ (↑)」は、聞き手が「X」を受け入れることを「期待」しながら、聞き手の反応をうかがうように、イントネーションが上昇する。これを「X + のだよ(↑)」になると、聞き手を説得し、納得させる気持ちが加わる。 <1025> だめだね(↑)。僕のだね。勝手にいじらないでね(×いじるなね)。 →だめなんだね(↑)。僕のなんだね。勝手にいじらないのね。 ▶本文10.2.「モダリティの表現/命令/命令と依頼の違い/~なさいね・~んだね」を参照 「X + ね(↑)」は、上の2例のように、聞き手に同意を求めながら、聞ぎ手が「X」を受け入れることを期待しているので、命令になる上のほうに使うと、子どもをあやしているように響く。 行くよ (↑)。早くしろ (↓)。 行くね (↑) / (↑↑)。また明日ね (↑↑)。 したがって、上の「行くよ(↑)」は勧誘になるが、これが「行くね」になると、話し手が行くのに同意「行くね(↑)」するよう頼んでいるか、イントネーションがさらに上がって、聞き手に約束「行くね(↑↑)」をとりつけていることになる。 それより、このほうが面白いですね(↑)。これにしますね。 →それより、このほうが面白いんですね(↑)。これにするんですね。 上のほうは、聞き手の同意「面白い」を得た話し手が、自分が買うことに聞き手が同意するかを確認している。下のほうは、聞き手に買うことを勧めながら、聞き手が買うかどうかを確認している。 「X + のだね (↑)」は「X + のだよ (↑)」と同様、聞き手を説得し、納得させる気持ちが加わるだけである。 明日、行くんだ + よ(↑)/ね(↑)。わかったね(↑)。 上の例は、どちらも聞き手に行くように勧めているが、かんで含むように言い聞かす「行くんだよ(↑)」と、念を押すようにして行かせようとする「行くんだね(↑)」とは、聞き手との関係に「~(のだ)よ」の示す〈ソト〉と逆に「~(のだ)ね」が示す〈ウチ〉の違いはあっても、かなり近くなっている。 2.命令/意見の押しつけ:イントネーション下降(↓) だめだよ (↓)。僕のだよ (↓)。勝手にいじるなよ (↓)。 →だめなんだよ (↓)。僕のなんだよ (↓)。勝手にいじるなよ (↓)。 それより、このほうが面白いんですよ (↓)。これにしなざい (↓)。 →それより、このほうが面白いんですよ (↓)。これにするんですよ (↓)。 イントネーションが下降すると、聞き手が「X」を受け入れることを「命令/要求/押しつけがましく主張」をすることになり、聞き手との関係は「1」の「注意の喚起/意見の提示」では〈ソト〉であったのが、むしろ〈ヨソ〉になって対立している。 これを「X + のだよ(↑)」になると、聞き手を説得し、納得させる気持ちが加わるので、対立関係は、いくらか和らぐことになる。 だめだね(↓)。僕のだね。勝手にいじらないでね(×いじるなね)。→だめなんだね(↓)。僕のなんだね。勝手にいじらないのね。それより、このほうが面白いですね(↓)。これにしますね。→それより、このほうが面白いんですね(↓)。これにするんですね。 「X + (のだ) ね (↓)」にかえると詠嘆になり、上の2例のうち、もともと命令であったそれぞれの上のほうは、命令機能を失い、聞き手の言った「X」を引用しながら、 <1026> 10.7.モダリティの表現/確認 聞き手に同意「本当に、そう (なん) だねえ (↓)」しているか、納得しているかのようになるが、聞き手の言葉を繰り返しているので、冗談か皮肉にも聞こえてしまう。 昨日 + よ (↑) (↓) / ね (↑↑)、友だちが + よ / ね、突然 + よ / ね、うちに + よ / ね、来て + よ / ね、金を + よ / ね、貸せって + よ / ね、いって + よ / ね、困らせたんだ + よ (↑) (↓) / ね (↑)。 上のような、文中にくる「~よ(↑)(↓)」は、聞き手に口を挟ませないための予防線の作用をして、子どもや成人までが使うことがあるが、ずいぶん「生意気」な言い方になる。イントネーションの違いによる効果は、文末の場合と同じである。これが文中の「~ね」になると、イントネーションは「約束(↑↑)」になって、高く上がるが、まるで子どもが「ちゃんと聞いてね(↑↑)」と言っているようになって「甘えた可愛さ」になる。また、どちらも「~のだ+よ/ね」の言い方はなく、文中の「~よ」は、次の呼びかけに近いものと思われる。 3. 呼びかけ:「命令/意見の押しつけ」より、さらに下降(↓↓) 娘よ(↓↓)。おまえは、どこへ行こうとするのか。 神よ(↓↓)。なにとぞ戦地の息子をお守りください。 山よ!雪よ!わが友よ! 「名詞 + よ」は、上のような「呼びかけ」を表すが、すでに話し言葉では使われていないし、書き言葉でも、物語や詩といった文学作品でしか見ることができない。この場合「名詞 + (なの) だよ」の使い方はない。 「~(のだ)よね(↑)(↓)」は、〈ソト/ヨソ〉の関係「~(のだ)よ」と、〈ウチ〉関係「~(のだ)ね」との境界にあり、話し手は「言うことだけは言って、仲よくしよう」という気持ちがある。 だめだよね(↑)(↓)。僕のだよね。勝手にいじるなよね。 →だめなんだよね(↑)(↓)。僕のなんだよね。勝手にいじるなよね。 このほうが面白いですよね(↑)(↓)。これにしなさいよね。 →このほうが面白いんですよね (↑) (↓)。これにするんですよね。 奨学金がもらえたら、僕だって留学しようと思いますよね (↑) (↓)。 →奨学金がもらえたら、僕だって留学しようと思うんですよね (↑) (↓)。 チケットが手に入ったら、誰だって見に行こうと思うよね (↑) (↓)。 →チケットが手に入れば、誰だって見に行こうと思うんだよね (↑) (↓)。 ▶ 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~つもりだ・~(よ)うと思う』の確認」を参照 「X + よね(↑) (↓)」は、聞き手が「X」を受け入れるように働きかけ「喚起/提示」か「命令/押しつけ」をしながら、同時に「X」に同意するよう「確認/要求」をしている。イントネーションによる違いや「X + のだよね(↑) (↓)」との違いは、先ほどの「X + (のだ) + よ/ね(↑) (↓)」と同様である。 〈ソト/ヨソ〉 命令→~(のだ)よ(↓)>~(のだ)よ(↑)→喚起/説得〈境界〉 喚起/説得→~(のだ)よね(↓)>~(のだ)よね(↑)→説得/確認〈ウチ〉 確認/約束→~(のだ)ね(↑)>~(のだ)ね(↓)→納得/詠嘆 <1027> 「X + (のだ) + よ/よね/ね」の違いをまとめると、およそ前頁のようになる。 使い分けワンポイント ②8 確認のバリエーション というと、ふたりは近々、結婚するということなのですか。 とすると、どういうことになるんでしょうか。 ということは、私たちが騙されていたというわけですか。 それじゃ、明日の朝、旅行に出るわけ?僕を放っておいて。 ▶本文 1.5.「主題/展開/というと・とすると・ということは」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~ということ』の使い方」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~(の)だろう』のバリエーション」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~(の)か/~(という)わけだ」を参照 「確認」を表すものには、代表的な「~(の)か」のほかに、上のようなものがある。それぞれ参照先で、確認することができる。 使い分けワンポイント ②9 確認の一覧 「確認」の複雑な形態を、紛らわしい「断言/判断放棄」とともにあげておくと、次のようになる。 〈断言〉 -る/~い/~た/(状態)名詞だ -る/~い/~た/(状態)名詞な + のだ -る/~い/~た + のだった (状態)名詞(なの)+だった ーる+のだったのだ:後悔 (状態)名詞 + では + ない/なかった + (のだ) -る/~い/~た/ (状態)名詞な + のでは + ない/なかった + (のだ) 〈確認/判断放棄〉 ~ない(の)か -る/~い/~た/(状態)名詞 + ではないか -る/~い/~た + のではない(の)か (状態)名詞(なの) + ではない(の)か ~なかった(の)か -る/~い/~た + のではなかった(の)か (状態)名詞(なの)+ ではなかった(の)か 〈確認〉 ~ない/~なかった + (のだ)? (状態)名詞 + では + ない/なかった + (のだ)? -る/~い/~た/(状態)名詞な + のでは + ない/なかった + (のだ)? <1028> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 〈状況判断 + 確認〉 -る/~い/~た/(状態)名詞 + だろう + ? /ね -る/~い/~た/(状態)名詞な + のだろう + ? /ね ~ないのだろう+?/ね ~ではないだろう+?/ね ~のではないだろう+?/ね ~のではないのだろう+?/ね 〈判断放棄〉 ーる/~い/~た + (の) か(状態)名詞(なの)+ か 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 ~か・~のか ~か:文末で「問いかけ/確認/疑い/反語/納得」を表す。 ~のか:同上。ただ「メモリバンク」に照合したことを表す。 接続 すべての文+か〈未完文〉+のか ▶〈未完文〉への接続は、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 ▶〈文〉〈未完文〉については、巻末「文の種類」を参照 ▶〈文体〉については、巻末「文体/非敬体/敬体/超敬体」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』」を参照 「(状態)名詞 + か/のか」は、基本的に意味の区別ができない。〈非敬体〉の「~のか」は、〈敬体〉で「~のですか」になり、〈超敬体〉では「~のでございますか」が使われる。 ▶本節「使い分け⑧/名詞 + ではない」を参照 ▶文中の「~(の)か」は、本文1.3.「主題/例示/文中の『~(の)か』」を参照 基本的には書き換え可能であるが、一部できない場合がある。 置換 [例] 来週からご旅行なさるのでしたか。どちらへ行かれるのでしたか。 次のような書き換えは不可能。 *来週からご旅行なさいましたか。どちらへ行かれましたか。 次の書き換えは可能。 →来週からご旅行なさいますか。どちらへ行かれますか。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~のだったか」を参照 次の「~のか」は「~か」に書き換えると不自然になる。 明日は、雨が降るのではなくて、雪が降るのでしょうか。 <1029> *明日は、雨が降るのではなくて、雪が降るでしょうか。 ▶本節「使い分け⑰/「〜のではない」と部分否定」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/〜(の)だろうか」を参照 次の「~か」は「~のか」に書き換えると不自然になる。 これから、お帰りですか(↑)。ご一緒、しませんか(↑)。 ×これから、お帰りなのですか(↑)。ご一緒、しないのですか(↑)。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ないか」を参照 次の「~か」と「~のか」を入れ替えると不自然になる。 ああ、そうですか(↓)、そうだったのですか(↓)。わかりました。 ×ああ、そうなのですか(↓)、そうでしたか(↓)。わかりました。 次の「~か」は「~のか」に書き換えることができない。 行こうか(↑)。どうしたんだ。一緒に行くつもりだったろう? 「一緒に行こう」か(↓)。イヤなことだ。誰がおまえなんかと。 「残業しろ」か(↓)。今日でもう100時間以上、超過勤務なのに。 用 例 次の用例は書き換え可能。 明日の日曜日、泳ぎに+行きますか(↑)/行くのですか(↑)。 もう、遅いのですけど、これから行っても+よろしいでしょうか(↓)/よろしいのでしょうか(↓)。 私がいったい、どこで+遊んでいましたか(↓)/遊んでいたのですか(↓)。冗談はやめてください。 使い分け 文末にくる「X+か/のか」には、次の5つの使い方がある。 ▶本文 10.7 「モダリティの表現/確認」の次を参照 「~ないか/~ないのか/~のではないか/~のではないのか/~のだったか」 ▶巻末「話し手と聞き手/独り言」を参照 1.問いかけ:判断できないXを聞き手に委ねて、回答を求める 明日、泳ぎに行きますか (↑) /この間の試験、合格しましたか (↑)。 これから、お昼ごはんですか。ご一緒、しませんか (↑)。 今、何時ですか。今日は何月何日の何曜日でしたか。 もう、こんな時間ですけど、電話、かかってくるでしょうか (↓)。 Q1:どちらへ + 行きますか (↑)。 A1:ええ、ちょっと、そこまで。 Q2:どこへ + 行きますか (↑/↓)。 A2:いえ、どこでもかまいません。 Q3:どこへ行くのですか (↑)。 A3:え? ちょっと買い物です。 気分が悪いのですか。お水でも、持ってきましょうか。大丈夫ですか。 仕事も一段落したし、そろそろ、ご飯でも食べるか (↑)。(独り言) 上司の命令なら、どんな命令でも聞くべきなのか (↑)。(独り言) 2. 確認:不確かな判断Xを聞き手に向けて、同意を求める 今日は、木曜日でしたか(↑)。水曜日でしたか(↑)。 明日から出張なさるのでしたか。北京でしたか。台北でしたか。 先週、北京へ出張なさったばかりじゃなかったですか(↑)。 こんな時間ですから、電話、かかってくるんじゃないでしょうか(↓)。 仕事も一段落したし、そろそろ、ご飯でも食べるか(↑)。(独り言) <1030> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 明日は朝から会議だったか(↑)。いつもより早かったか(↑)。(独り言) いくら危険でも、あいつなら、やるんじゃないだろうか(↓)。(独り言) ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~のではないか/~のだったか」を参照 い:他者の判断に疑いをもちながら、自信のもてないXを、聞き手に向けるこの雨、やみますか(~)。ひどく降ってきましたけど。 こんな雨なのに、明日、晴れる/遠足に行く + のでしょう + か(~)。 もう、こんな時間ですけど、電話、かかってくるのでしょうか(~)。 Q4:どこへ行くのでしょうか(~)。 A4:さあ、よくわかりません。 Q5:どこへ行くのですか(~)。 A5:どこへもいきませんよ。 みんな、非難するが、おれは約束を守らなかったのか(~)。(独り言) あんな危険なこと、あの人、するの + かな/かしら(~)。(独り言) 4. 反語:疑問詞と呼応して、聞き手の判断Xを否定する 二重否定「X + ないか」になり、強い断言「X + のだ」を表す こんなおいしいもの、誰が食べないのですか (↓)。いただきますよ。 そんなとこ、いつ行きましたか。ずっとここにいたじゃありませんか。 いったい彼が何をしたんですか。何もしなかったんじゃないですか。 また、お宅の犬じゃないですか。こんなこと、困るじゃないですか。 誰のを盗んだんだ。これはおまえのものじゃないじゃないか。 どうして非難するんだ。おれは約束を守らなかったのか (↓)。(独り言) 上司だからって、でも、どんな命令でも聞くべきなのか (↓)。(独り言) ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ではないか」を参照 5.納得:聞き手の判断Xを受け入れる ああ、そうですか(↓)、そうだったのですか(↓)。わかりました。 へえ、来週からアフリカへご旅行ですか。楽しんできてください。 じゃ、とうとう引っ越してしまわれるのですか。寂しくなりますね。 まあ、米寿のお祝いでしたか。それは、おにぎやかなことでしたね。 あ、明日は朝から会議か(↓)。いつもより早いのか(↓)。(独り言) あ、そうか。こんな簡単なこと + か/だったのか(↓)。(独り言) 「あ~あ、海は(続けて歌を歌っていく)冬景色」か(↓)。(独り言) これらの5つは、切れ目なく連続しており、〈問いかけ文〉から〈述べ立て文〉へ、〈聞き手志向〉型から〈非聞 ▶巻末「文/聞き手志向/文の種類」を参照 特に「~の」の有無や、二重否定「~ないか」の形式、イントネーションの変化など、ほんのわずかな違いが微妙に反映して、話し手の複雑な気持ちを表すので、日本語学習者には習得が難しいし、その上、いわゆる「間違いを直してくれない」日本人からの訂正が望めないので、なおさら「思いがけない誤解」の生じることがある。 解説 本書では「X+か/のか」のうち、上の「問いかけ/確認/疑い」を〈問いかけ文〉とし、残り「反語/納得」を〈述べ立て文〉として扱っている。 「問いかけ」とは、話し手がXについて、100%判断できないという「判断放棄」を表し、聞き手から「イエス:X」または「ノー:X+ない」の返答を期待しているか、疑問 <1031> 詞を使った部分の解答を求めているものを指す。 これに対して「確認」とは、聞き手の「イエス:X」という同意を求めるものである。 使い分けワンポイント ①「~か」と「~のか」の違い A:明日の日曜日、どこへ行きますか(↑)。 B:どこでもかまいませんよ。どこへ行きましょうか(↑)。 A:そうですね。泳ぎに行きませんか(↑)。 B:泳ぎに + 行くんですか (~) / 行きますか (~)。 それより、映画を + 見ましょう (↓) / 見ませんか (↑)。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照 上の対話は、相談している場面であるが、思いつくまま意見を出し合っている間は「メモリバンク」との照合が不要なので、そのスイッチは「OFF」のまま、つまり「~の」は現れない。 「泳ぎ」に焦点がしぼられ、行くかどうかの判断をする場合、行くのなら「メモリバンク」と照合するまでもなく、相手の意見を受け入れて「行きましょう/行きますか(↓)」と納得する。しかし行かない場合は、相手の提案を拒否する理由が必要になり、理由を探して「メモリバンク」を「ON」にすれば、上のように「行くんですか(~)」となって「~の」が現れる。 ただ「メモリバンク」を「OFF」にしたまま「行きますか(~)」と疑いをはさむこともできるが、この場合は、直接的感情的な反応となり、話し手の不満「泳ぎになんか行きたくない」を表すことになる。 納得の「行きますか(↓)」の「~か」は、短くシャープに、さわやかに歯切れよく下降するが、疑いの「行きますか(~)」の「~か」は、ためらいがちに長く尾を引きながら、いったんは下降するが、まるで相手の顔色をうかがうかのように、粘ってもちなおし、やや上昇しておわる。 疑いの「行くんですか(~)」の「~のか」は、聞き手に「メモリバンク」との照合を意思表示しているので、長く尾を引くことなく、下降して、少し上昇するだけである。「泳ぎに行きませんか」と誘われて、ただ「いいえ、行きません」と答えるのは、まるで「あなたとは泳ぎに行きたくない」といっていることになるので、この場合は「ええ、でも(泳ぎは)ちょっと」くらいが無難である。 ▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/意志動詞の否定」を参照 A:明日の日曜日も、泳ぎに行きますか(↑/~)。 B:いえ、行きませんよ。 A:そうですか。どこへも+行かないんですか/行きませんか。 B:いえ、出かけます。泳ぎには+行かないんです/行きません+が。 A:どこへ+行くんですか(↑)/×行きますか。 B:友だちから電話があって、釣りに+行くんです/行きます。 Aは、毎週日曜日にBが「泳ぎに行く」ことを知っているので、この場合も「メモリバンク」は「OFF」である。問いかけか確認なので「(↑)」になるが、冗談めかして「バカみたいに明日もか」と疑えば「(~)」になる。 <1032> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 Bの「行かない」という予想外の返答に「なぜ?」という気持ちが起これば「メモリバンク」は「ON」になり、疑いの「そうですか(~)」から、確認か疑いの「どこへも行かないんですか(↑/~)」になって、話題は続いていく。 「なぜ?」という気持ちが起こらなければ「そうですか(↓)」となって、聞き手の返答を受け入れ、そのまま納得「どこへも行きませんか(↓)」になるか、問いかけか確認「どこへも行きませんか(↑)」になるかであるが、話し手は話題を継続させる意欲をすでになくしている。 これに対するBの返答「泳ぎには行かない」は、ためらいの「~は」が働いて、部分否定「行くことは行くが、泳ぎには行かない」を表している。この場合「メモリバンク」が「ON」になった「行かないんです」が使われると、聞き手への働きかけや問いかけが起こり、新しい話題への前触れ「行かない+のですが」を示し、Aに対する「依頼/勧誘/希望/主張」などが続くかもしれない。 ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/『前触れ』と『ためらい』」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 しかし「行きませんが」では、話題を発展させる「前触れ」ではなく、ただの「ためらい」にすぎないので、聞き手への心の動きを感じさせない。 「泳ぎでなければ、どこだろう」と、もしAが考えれば「メモリバンク」に照合して「どこへ行くんですか」になる。しかし「どこへ行きますか」なら、AはBの行く先には興味をなくしたことになり、まるで路上で会ったときの「あいさつ」をしているようになる。最後の「行くんです」は、先ほどの「泳ぎには行かないんですが」と連動して、聞き手への心の動きを示し、働きかけや問いかけとなって、対話が続いていくが、これを平板な「行きます」にすると、聞き手は「あ、そうですか」と納得して、対話はここで終わってしまう。 A:明日、泳ぎに行くんですか(↑)。 B:いいえ、行きませんよ。 A:え?泳ぎに+行かないんですか(↑)/行きませんか(~)。 B:ええ、行きませんよ/×行かないんですよ。 A:でも、泳ぎに行くんじゃなかった+ですか(↑)/のですか。 B:ええ、でも、友だちから電話があって、釣りに行くんです。 上の例のAは、すでに誰かからBが「泳ぎに行く」ということを聞いており、この情報に基づいて、つまり「メモリバンク」を「ON」にしながら、問いかけか確認をしている。 Bの予想外の返答に、過去の情報と現在の情報の差にとまどいながら、もう一度「メモリバンク」を「ON」にして、新しい情報「行かない」を確認「~のですか」している。これが「行きませんか」なら、疑いになる。 これに対して、同じ返答「行かない」を繰り返すだけなので、Bは「メモリバンク」を「ON」にしないで「行きません」と答えている。 しかし、もし「(泳ぎには)行かないんですよ」にすると、Aの確認を「メモリバンク」に照合し、Aに対する心の動きを示して、あとに「予想が外れましたね/意外ですか/どうしてだか知っていますか/どこへ行くと思いますか」などが続くことになるが、最悪の場合は「人のこと、根掘り葉掘り聞かないでください/どうして、そんなことを聞 <1033> くのですか/あなたの知ったことではないでしょう/うるざいな」といったことが聞き手Aの耳に響く可能性もあるので、状況を見きわめないと「危険」である。 Bが繰り返し「行かない」と答えたのに対して、すでに「メモリバンク」に入力されている「泳ぎに行く」を繰り返して、二重否定「~のではないか」に、記憶をたどりながら確認をする「~たか」を重ねて「泳ぎに行くのではなかったか」を使った場合、Aは「メモリバンク」を作動させていないし、この話題に興味を失っている。 ▶本文10.7.「モダリティの表現/確認/~のではないか しかし「泳ぎに行くのではなかったのか」なら、もう一度「メモリバンク」を「ON」にして、入力したばかりの情報「泳ぎに行くのではなかった」を「メモリバンク」に照合しながら、再度「確認/~のか(↑)」しているか、新しいデータを受け入れて「納得/~のか(↓)」している。と同時に、新しい話題への展開に興味を示している。 A:明日、泳ぎに行くんでしょう?(↑) B:え? どうして? 行きませんよ。 A:このあいだ「泳ぎに行く」って言ってたでしょう?(↑) B:いえ、言ってませんよ、そんなこと。 A:え? そうでしたか(↑)。 B:泳ぎに行くんじゃなくて、友だちと釣りに行くんです。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~(の)だろ B:泳ぎに行くんじゃなくて、友だちと釣りに行くんです。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~(の)だろう』のバリエーション」を参照 「~のだろう?(~んでしょう?)」は「~のか(~んですか)」よりも、はるかに強い自信に満ちた確認、というより、思いこみを表しているので、否定する場合は、その思いこみを打ち破るほどの強さが必要である。しかし「~だろう?」は、自信のない確認で「もしかすると、そうではないかもしれないが」が含まれているので、否定する場合は、穏やかさが必要になる。 最も強い否定の意志は「行かないんだ」であり、聞き手Aの「行く」という思い込みに対する強い否定は「行くんじゃないんだ」になるが、ここで使うと、聞き手の確認「泳ぎに行くんでしょう?」に異常反応を起こした話し手が腹を立て、けんかでもはじまりそうな雰囲気になる。 Aの最後の「そうでしたか」は、納得半分の確認なので、Bは相手の思いこみを訂正する意味をこめて、まず部分否定「泳ぎに行く+のではない」で「泳ぎに行く」を否定し、続いて「釣りに行く」で否定した部分を補い、最後の「~のだ」で、聞き手への「心の動き/思いやり」を示し、暗に「どうぞ、質問してください/さっきはムカッとして、すみませんでした/どうして泳ぎに行くと思ったのですか/その友だちというのはですね」といった聞き手への働きかけや問いかけをほのめかしている。 しかし「メモリバンク」を「OFF」のまま「泳ぎじゃなくて、釣りに行きます」と答えると、まるで「これ以上、話したくない」といった冷たい、怒っているかのような反応になり、このまま話題を終わらせようとしていることになる。 使い分けワンポイント ②「~(の)か」のまとめ 「~か」と「~のか」の違いをまとめると、およそ次頁のようになるかと思われる。 <1034> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 問いかけ イントネーション 聞き手の判断を求めるが、 判断を得れば、話題は終了する 「~か」で上昇(↑) 確認 イントネーション 同意を得ても、得なくても、 同じ話題を終了に向かわせる 「~か」が高くまで上昇(↑) 疑いが晴れても、晴れなくても、同じ話題は終了に向かう 「~か」が下降して上昇(~) 聞き手の反応をまつが、 なければ、話題を終了させる 「~か」で重く下降(↓) 納得 イントネーション 判断を得たあとの、 同じ話題の発展をほのめかす 「~の」で下降し「~か」で上昇 同意を得ても、得なくても、 同じ話題を発展させようとする 同上 + 同左 聞き手の判断を受け入れて、同じ話題を終了させる「~か」で下降(↓)疑いを晴らすための、働きかけや問いかけが続く左より短いが、同じパターン 聞き手との議論を求めて、 働きかけや問いかけを続ける 「~の」から重く下降 聞き手の判断を受け入れて、新しい話題を展開させる「~の」から下降 「~か/~のか」は、〈独り言〉の場合でも、〈他者対話〉の場合でも、〈聞き手〉に向けられはするが、聞き手から受けた話題であれ、あるいは、話し手から提示したものであれ、前者「~か」は、特にコミュニケーションの深化を意図したものではないので、聞き手に話題を継続発展させる意欲がなければ、終了してしまう。 「~か」は、あいさつ言葉のような、その場しのぎの表層的な会話で多用され、初対面での相互理解、遠慮がちに進められる腹の探りあいには便利であるが、共通する経験もなく、また「メモリバンク」に照合するほどのデータもないので、ひとつの話題は、短い時間で終息し、対話者は、まるで沈黙を恐れるかのように、次から次へと話題をかえ、とりとめもなく転々とするオシャベリのあいだを、むなしくさまようだけになる。 逆に「~のか」は、話題を継続発展させるために聞き手に向けられ、話し手の「心の動き」を反映して、あとに「働きかけ/問いかけ/述べ立て/情意表出」などの訴えが続くので、会話は活性化し、議論は深まって行く。 聞き手からすれば、話し手に興味を抱かれている証として好感はもてるものの、悪くいえば、話し手の「メモリバンク」が「ON」になったまま、さまざまなデータとの比較対象にされ、分析されているという煩わしさやうるささ、そして不気味さといったものを感じさせることがある。 ▶本節「使い分け④/『~のだ』の使い方/3. 問いかけ:『~のか』の『~か』の省略」を参照なお、イントネーションを「~か」の前にずらせば、文末の「~か」は省略可能にな <1035> る。ただ「~のか」のイントネーションは、男女兼用になる〈敬体/超敬体〉「~の+です/でございます+か」の場合なら、文末の「~か」を省略して、前にずらせばよいが、〈非敬体〉「~のか」は、文末の「~か」を省略すると、女性か、女性や子どもに話す男性に使われるので、男性同士では「~のか」を「~のだ」にかえて、文末の「~だ」にイントネーションが移される。 こう暑くては、いやんなっちゃう。夕立でも来ない + (の) + かしら/かな。 お金持ちとでも結婚できない + もの + かしら/かな。遊んで暮らせるのにな。 ガス代が足りなくなっちゃって。お給料日まで貸してくれない + かしら/かな。 あの人、あんなこと、言ってたけど、本当に愛してくれてるの + かしら/かな。 ホント、おいしいんだけどさ、ちょっと塩が、ききすぎてない + かしら/かな。 息切れを起こすようになってね。心臓が悪いのじゃない + かしら/かな。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~ものか・~ないものか」を参照 ▶本節最初の「~か・~のか」の「使い分け」を参照 ▶巻末「話し手と聞き手/独り言」「文体/非敬体/敬体」を参照 「~かしら」は、関西などで男性が使うこともあるが、女性専用である。ただ最近は、長くて、まどろっこしいのか、女らしすぎるのか、使われなくなって、男性専用の「~かな」が男女兼用になりつつある。 「~か」と異なっている点は、主に〈非敬体〉で使われること、また「確認/反語/納得」には使われないこと。つまり「問いかけ」と「疑い」に使われる。 「~かしら」を〈敬体〉に使うと、上品ぶった響きがするが、〈独り言〉に多用される「~かな」を〈敬体〉に使うと、老人語か方言っぽくなってしまう。 主に〈独り言〉で「~ない+(もの)+ かしら/かな」が「希望」を表すが、〈他者対話〉の「~くれない+かしら/かな」は「依頼」になる。ただ「希望」の場合に、人間の能力を超越した「~もの」を使うと、実現不可能なことも「願望」することになる。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ないか・~ないのか」を参照 また「~もの」と「~か」が結びついて、書き言葉か〈独り言〉の「願望/~ないものか」になる。 「~かしら」と「~かな」に共通しているのは「問いかけ」に使われることであるが、〈他者対話〉の「問いかけ + 依頼」でなければ、話し手の「問いかけ + 疑い」を表し、最後3例のように「疑念/懸念/心配」などに使われる。 使い分けワンポイント ④「~のだ」の使い方 文末にくる「X + のだ」には、次の4つの使い方がある。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照 1. 命 令:話し言葉専用で、目下か〈ウチ〉の者に向けられる 接続は「Xーる + のだ」/Xは〈基準時現在未実現〉 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~のだ」を参照 あんたたち、何をしてるんです、こんなところで。早く帰るんです! <1036> 10.8.モダリティの表現/判断放棄と断言 危ない!伏せるんだ!立つんじゃない!バカ、危ない、伏せろ! 警察だ。慌てるな。そのまま行くんだ!今だ。逃げるんだ!(独り言) また「勉強するんです!」か。うるさいんだよね、母親って。(独り言) 図:聞き手に訴えかけるサインやきっかけ、前触れとなる 接続:未完文-る/-い/~た/(状態)名詞な+のだ ▶巻頭「凡例/接続の表記」を参照 Xは〈基準時+未実現/非実現/以前既実現/同時間帯〉 ▶本文5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど/『前触れ』と『ためらい』を参照 あ、それ、犬が食べるんです。捨てないでください。 お父さんが泳ぎにつれて行ってくれるんだ。早く夏休み来ないかな。 来週から試験なんだ。わからないところ、教えてほしいんだけど。 ▶本文5.1.「逆接条件/逆接確定条件/『前触れ』の『たい/~ほしい+んだけど』を参照 そのとき翼があったら、すぐ飛んでいったんですけど。 熱があって、風邪を引いたらしいのです。休ませていただけませんか。 あのう、すみません。ここ、禁煙なんですけど。 ノのチケット、2枚もらったんです。ご一緒にいかがですか。明日、検査があるんだから、もう飲めないよ。さあ、帰ろう。帰るぞ。台風が来るかもしれないんだよ。それでも行くのか。やめようよ。わあ、満員なんだ。どうする? 帰る? せっかく来たから、入る?つまり、誰が行っても同じなのですね。じゃ、僕が行きましょうか。あ、担当はその人じゃなくて、私なんです。どうぞ、お伺い致します。ですから彼は間違っていなかったのです。話し合う必要がありますね。あの、友だちと約束があるんです。すみません、これで失礼します。課長、怒ったんです。それで席を立ったんです。ちょっと見てきます。いえ、じっとしてられません。どうしても子どもを探しに行くんです。しつこいな。何度、言えばいいんだ。行かないと言ったら行かないんだ。歩くんだよ。眠るんじゃない。眠ると死ぬんだ。頑張るんだ。(独り言) 誰が何といっても、好きなようにするんだ。ほっといてくれ。(独り言) 熱があるな。風邪を引いたんだ。薬、飲んで、早く寝なきゃ。(独り言) どうしてオレではダメなんだ。オレでもいいじゃないか。(独り言) まだ目 アニメ と 事故でもあったんだ。いる」とう(独り言) まだ帰ってこない。きっと事故でもあったんだ。どうしよう。(独り言) 会釈してるのに、なぜ知らん顔するんだ。何があったんだ。(独り言) 3. 問いかけ: 聞き手に問いかける「~のか」の「~か」の省略 ▶本文 1.3. 「主題/例示/文中の『~(の)か』」を参照 ▶「か」の省略については、本節「使い分け②/『~(の)か』のまとめ」の最終部分を参照 接続やXの制限は「2.合図」と同じ これ、犬が食べるんです(↑)。じゃ、捨てないのですね。 誰がつれて行ってくれるんだ(↑)(↓)。お父さん、約束してないぞ。 来週から試験なんだ(↑)。わからないところがあったら、聞けよ。 そのとき翼があったら、すぐに飛んでいったんだ(↑)。本当か? どうして風邪なんか引いたのです(↑)(↓)。会社、休んでください。 あのう、すみません。ここ、禁煙なんです(↑)。 ▶本節「使い分け⑥/『~のだ』と『~のか』の違い」を参照 <1037> 〈敬体:~のですか〉では、簡単に「~か」が省略されるだけであるが、〈非敬体:~のか〉の場合は、男性非敬体で文末「~か」が「~だ」と交替する。また「~か」が「~かい」になるように、交替した「~だ」が「~だい」になることがある。 ▶本節「使い分け⑤/~(の)だい・~(の)かい」を参照 イントネーションは、疑問詞があれば、問いかけで上昇し、疑いに傾くと下降する。 疑問詞がなければ、上昇させて、合図と区別する必要がある。 ▶本節「使い分け②/『~(の)か』のまとめ」を参照 得:〈敬体〉に現れる「~のだ」は〈聞き手志向〉型の〈独り言〉 〈他者対話〉の「~のです」には、文末に「~ね」が必要 接続は「X~い/~た/(状態)名詞な+のだ」 Xは〈基準時現在以前既実現/基準時現在同時間帯〉に限られる ▶巻末「話し手と聞き手/独り言」「文/文の種類」「文体」 そうなのですか。それで電話なさったのですね。それは大変でしたね。あ、だから、遅れたのですね。そんなこと知らなかったものですから。そうですか。それで結婚に踏みきったんだ。おめでとうございます。え? そんな時間ですか。あ、もう遅いんだ。すみません、お先に。つまり、中止になった † のですね/んだ/×のです。仕方ないですね。あ、僕の番なんだ。すみません、うっかりして。これでいいですか。あ、思い出したよ。去年、行ったんだね。あれは、何月だったっけ。そうか、あいつ、うれしくて泣いてるのか。うれしくても泣くんだね。これ、いいですか。あ、聞いてたけど、本当においしいんだ。(独り言) なーんだ、猫なんだ。誰か来たかと思った。びっくりさせる。(独り言) わあ、やっぱり満員なんだ。ライブのある日はいつもこうだ。(独り言) 何だ、あの態度は。昨日のことで、まだ腹を立ててるんだ。(独り言) そうか、ここから出るのか。わかった、これを押すんだ。(独り言) 以上4つの「~のだ」は、現在の状況を「メモリバンク」に照合した上での話し手の判断を表している。照合した結果によって、非常に確信的な判断から、疑いのまじる不確実な判断や問いかけの判断放棄まで、光のスペクトルのようなバリエーションを見せるが、〈独り言〉の「もうひとりの私」を含めた〈聞き手〉に対して、直接に働きかける「命令」と、周囲の状況や聞き手の判断を受け入れる「納得」と、この2つの中間あたりに位置する〈聞き手〉に訴えて、〈聞き手〉を説得し、納得させようとする「前触れ」を示す場合とがある。 特に「前触れ/合図」を示す「~のだ」は、ときに「前触れ/ためらい」を示す逆接確定条件の「~が/~けど」を伴うことがあり、前後に訴えや働きかけ、それらを問いかけにした文などが来るが、〈聞き手〉に対して明確に「依頼/希望/許可請求/勧誘/申し出/意思表示」などをするまえの話し手の心の動き、例えば「主張/決意/推論/事情説明/弁明/帰納的結論」などが織りこまれている。 逆にいえば、より効果的に「依頼/希望/許可請求/勧誘/申し出/意思表示」をするために、聞き手に向かって「メモリバンク」から引きだしたデータを投げつけていることになる。 <1038> 10.8.モダリティの表現/判断放棄と断言 途中で事故があったんです。それで + 遅れました/×遅れたんです。 ×途中で事故があったんですから、遅れました/遅れたんです。 →途中で事故がありました。それで + 遅れたんです/遅れました。 李さん、明日、帰国 + するんです/します。お母さんが危篤ですから。 ×李さん、明日、帰国 + するんです。お母さんが危篤なんですから。 →李さん、明日、帰国します。お母さんが危篤なん + です/×ですから。 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/~のだから」を参照 因果関係のある前後2つの文の両方に「~のだ」をつけると、最初の「×」の例が示すように「主張/決意/推論/事情説明/弁明/帰納的結論」が重なり、聞き手には潔さのない言い訳のように響くが、前半部分に原因の「~から」が続いて念押しされると、聞き手は「そうなのですか」と納得するどころか、話し手に対して、胸のむかつくような反発を覚えてしまう。 むしろ「遅刻」の「言い訳/弁明」の場合なら、故意に「~のだ」を省略したほうが、謙虚さと遠慮が響いて、好感をもたれるかもしれない。こういった故意の省略は、日本語を母語にする悲しさ、つい「~のだ」が口をついて出てしまう日本語母語話者にとっては至難の業ではあるが、日本語学習者にはコントロール可能なものである。 李さん、明日、帰国するんです。お母さんが危篤なんです。 いき 上のような言い方は、息せき切って「大変、李さんが帰国するよ。どうしよう」と大騒ぎしながら、急報を告げている場合にしか使うことができない。 これは、とても貴重なものなんですけど、あまり知られてないんです。→これは、とても貴重なものですけど、あまり知られていません。 「~のだ」が2つ重なるのは、〈情意表出文〉や〈述べ立て文〉に「~が/~けど」が続いて、前触れやためらいを表す場合である。 * 来週から試験。わからないところ、教えてほしいけど。 * 熱があって、風邪を引いたらしいです。休ませていただけませんか。 * J リーグのチケット、2枚もらいました。よければ、ご一緒しません? * 課長、怒りました。それで席を立ちました。ちょっと見てきます。 ただ、上のように「~のだ」のない「-る/−い/~た/~だ」の〈敬体/非敬体〉にかわると、聞き手を見失った真空の空間が広がり、まるでエイリアンが話しているような不可思議な音色をたてはじめる。 使い分けワンポイント ⑤~(の)だい・~(の)かい 「X未完文 - る/~い/~た/ (状態) 名詞な + の + だい」は、命令と納得には使えないが、主に東京圏で使われる男性の〈非敬体〉である。なお「(状態)名詞」の場合「~なの」の省略された「(状態)名詞 + だい」がよく使われる。 ▶本節「使い分け⑨/名詞と『~だ/~ではない』と『~なの+だ/ではない』を参照 「未完文X + のかい」と「X - る/~い/~た/(状態)名詞 + かい」は、男女兼用の〈非敬体〉で「~のか/~か」と同じ使われ方をするが、スタンダードで堅苦しくなる可能性のある「~(の)か」よりも、軽やかで爽やかな下町風の響きがする。 <1039> 誰/何時/どこ/何/どうして/なぜ + (なん) だい/(なの) かい。 誰/あの人 + が、先生/病気/一番 + (なん) だい/(なの) かい。 誰/どこ/何 + が + 元気/静か/好き + (なん) だい/(なの) かい。 彼/あそこ/そば + は + 元気/静か/好き + (なん) だい/(なの) かい。 何/これ + が + 面白い/面白かった + んだい/(の) かい/×だい。 明日、誰が/友だちが + 来る + んだい/(の) かい/×だい。 だめだよ、片付けちゃ。僕、まだ食べる + んだい/×だい。 だめ (なの) かい? 片付けちゃ。まだ食べる (の) かい。 誰 (あいつ) が/何 (餃子) を + 食べた + んだい/(の) かい/×だい。 そう + (なの) かい/× (なん) だい/なんだ。あいつも大変だったんだ。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/女性非敬体の『~のね』 Xが疑問詞や(状態)名詞の場合、4通り「~(なん)だい/~(なの)かい」の使い方ができるが、疑問詞のある男性非敬体の〈問いかけ文〉で、問いかけを鮮明にするには、後者「~(なの)かい」よりも、前者が多用される。というのは、後者では、疑いや反語に傾く可能性が残されているからであり、疑問詞のある〈問いかけ文〉でも同様のことがいえるからである。この場合の「~(なん)だい」は女性非敬体にも使われることがある。 疑問詞がなければ、役割が分担され、男性被非敬体の〈述べ立て文〉では「~(なん)だい」が、問いかけ文では「~(なの)かい」が使われる。女性非敬体の〈述べ立て文〉は「~の/~のです」が使われる。 Xが動詞や形容詞の場合は、すべての場合で「~だい」が使えなくなるが、ほかは上の場合と同じである。 使い分けワンポイント ⑥「~のだ」と「~のか」の違い 「~のだ/~のです」も「~のか/~のですか」と同様に、話し手が「メモリバンク」を「ON」にして、多角的重層的に状況を判断しながら、話題を継続発展させるために聞き手に向けられるものである。 これに対して「~の」の挿入されない〈非敬体〉「-る/ーい/~た/~だ」や「-る/ーい/~た/(状態)名詞 + か」と、その〈敬体〉「~ます/~です + か」の場合、話し手の「メモリバンク」は「OFF」になっており、話題の継続発展を意図しないか、わざわざ差し控えるようにして聞き手に向けられる。 「~の+だ/か」には、話し手の「心の動き」がこめられるが、両者の間には、次のような違いがある。 ~のだ:命 令 → 前触れ → 依頼/許可請求/勧誘/申し出 → 納得 ~のか:問いかけ → 確認/同意請求 → 疑い → 反語/判断 → 納得 ▶本節まえの「使い分け」と「使い分け④/『~のだ』の使い方」を参照 「~のだ」は、働きかけの「命令」から、働きかけをほのめかす述べ立ての「前触れ/合図」へ、そして、述べ立ての「納得」までを表しているが、これに対して「~のか」は、話し手の判断放棄「問いかけ」や、判断のまじる「確認」から、述べ立てに近い「疑い/ <1040> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 反語」へ、そして、述べ立ての「納得」までを表している。 なーんだ、猫 + なんだ/なのか。誰か来たかと思って、びっくりした。 何だ、あの態度は。昨日のことで、まだ腹を立ててる + んだ/のか。 中間の「合図」と「疑い/反語」では、置き換えできないものの、判断を表して交わりを見せ、最後の「納得」になると、互換性が生まれる。 え?もう、そんな時間なんですか。あ、もう遅いのか。すみません、お先に。 え?もう、そんな時間なんですね。あ、もう遅いんだ。すみません、お先に。 「~のか」の「納得」は、〈独り言〉でも〈他者対話〉でも、また〈敬体〉か〈非敬体〉かを問わず、そのまま〈聞き手〉に向けることができるが、これに対して「~のだ」の「納得」は、〈他者対話〉の〈敬体〉の場合、文末は「~のですね」になり、確認を表す「~ね」を必要とする。 〈他者対話〉の〈非敬体〉では「~ね」の有無は問われないのに、〈他者対話〉の〈敬体〉で「~ね」が必須条件になるのは、ただの「~のです」では「合図/前触れ」と紛らわしくなるせいもあるが、もともと「~のだ」の「納得」は独り言専用であり、話し手が独りよがりで納得しているので、聞き手の確認は必要としないが、他者対話では「~ね」を使って、聞き手と同じ認識に達したことを知らせて、聞き手の確認をとる必要がある。 な~んだ、おまえ + なのか/×なんだ。びっくりした。 聞き手の確認を必要としながら、聞き手と同じ認識に達することのできない上の例は、〈他者対話〉なら「~のだ」を使うことができない。もし使えば、聞き手の人間を「猫扱い」していることになる。 つまり「X + のだ」は直接的で、話し手が自分自身で納得したことを示しており、逆に「X + のか」は間接的で、話し手が納得したことを、さらに聞き手に確認するタイムラグが含まれている。 ここから出る + んだ/のか。わかった、これを押す + んだ/のか。警察だ。慌てるな。このまま行く + んだ/のか。今だ。逃げるんだ! Xが話し手のことでなければ、両者の差はあまり感じられないが、話し手自身のことになると、納得したことが、そのまま命令や前触れに転じることのできる「~のだ」に比べると、確認作業の入る「~のか」は、間が抜けてしまう。 そうだ。会いに行くんだ。好きなんだ。話をするんだ。急ぐんだ。 ≠そうか。会いに行くのか。好きなのか。話をするのか。急ぐのか。 上のように「~のか」を使うと、話し手自身のことではなくなってしまうことがある。「~か」は、〈独り言〉の場合、聞き手の存在を意識していないが、基本的に問いかけである「~のか」は、たとえ〈独り言〉であっても、常に聞き手の存在を意識している。しかし、述べ立てである「~のだ」は、話し手「私」と、聞き手「もうひとりの私」とが未分化な〈独り言〉の場合、話し手と聞き手の境界がぼやけてしまうために、上のように「命令/合図/納得」のどれを表しているのか、わからなくなることがある。 使い分けワンポイント ⑦ 否定「~ない」と断言 文末に来る〈非敬体〉「Xーる/ーい/~た/(状態)名詞だ(である)」や、その〈敬 <1041> 体〉「X-る/-い/~た/~です + 敬体」は、〈述べ立て文〉であり、話し手が「X」を肯定するという判断をはっきりと示す「断言」の場合に使われる。また、Xを〈未完文〉にした「X+の+だ/です」も、合図と納得を示す場合は同様である。 ただ、この場合の接続「-い/~た」には、否定の「~ない/~なかった」は含まれていない。 ▶巻頭「凡例/接続の表記」を参照 今日、学校へ + 行く/行った/行かない/行かなかった + (のだ/のです)。 →今日、学校へ行き + ます/ました/ません/ませんでした。 今日は、寒い/寒かった/寒くない/寒くなかった + (のだ/のです/のである)。 →今日は、寒いです/寒かったです/寒くありません (でした)/寒くなかったです。 あの人が + 嫌い/課長 + (なの) + だ/だった/ではない/ではなかった。 →あの人が + 嫌い/課長 + (なの) + です/でした/ではありません (でした)。 さらに、Xを「~ない」で否定した「X + ない/なかった」も、文末にくれば、話し手が「X + ない/なかった」という判断をはっきりと示す「断言」になる。この場合、「X」という状況や事態を肯定する「断言」とは逆に、話し手は「この『X』という状況や事態を否定する」という断定的な判断を下していることになる。 上にあげた否定判断「X + ない/なかった」の例は、肯定判断「X」を全面的に否定したものなので、ここでは「全部否定」と呼ぶことにする。 (注)ここに使われている「肯定/否定」には、特にプラスやマイナスを表す話し手の評価は含まれていない。プラスマイナスの評価は対話背景や文脈、場面によって左右される。 使い分けワンポイント 毎日、学校へ + 行く/行かない。今日は一日、寒い/寒くない。 あの人たちは、みんな課長 + です/ではありません。 クラスメートは全員、この日曜日のお花見に参加 + する/しない。 そこにあるものすべてを、買おうと + している/していない。 パーティーに招待した客はみんな、やって来た/やって来なかった。 ▶巻末「文/モーダス要素」を参照 上の否定の例は、先ほど「使い分け⑦」で示したように「X」に対して「X + ない/なかった」という文末になっているので、見かけは「全部否定」であるが、否定「~ない」のまえに「毎日/一日/みんな/全員/すべて」といった 100%を示す言葉Aがあるために、Xを全面的に否定したものなのか、Xは否定されておらず、Aだけを否定したものなのか、この文だけでは判断できない。 後者のように、文末よりまえにあるAだけを否定し、文末Xを全面的に否定しないものや、Aが存在しなくても、Xを全面的に否定しないものを、ここでは「部分否定」と呼ぶことにする。 日本語では、Xの否定が文末になって、ようやく現れるために、ひと続きの長い話を聞いている場合、果たして、その内容が話し手によって、肯定されるのか否定されるのか「未知数/謎/不明」のまま、聞き手は我慢することになる。 そのため実際の対話現場では、ひとつの文を短く切ってしまうか、長くなる場合は、 <1042> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 文末を聞き手に予想させる〈モーダス要素〉をもつ言葉を、信号や合図として文のあちこちに、あらかじめ散りばめることになる。 彼女は風邪で、ご馳走してもらった料理を全部、食べなかった。 彼は、お兄さんのように、日本語が上手だ。 彼は、お兄さんのように、日本語が上手ではない。 ▶本文7.1.「比較・比喻・比例/比較と程度/~のように~ない」を参照 上の肯定のほうは問題ないが、否定のほうは、対話背景がなければ「あいまい文」になり、次のような2通りの解釈が可能である。 彼は、お兄さんと同じように、日本語が上手ではない。 彼は、お兄さん + とは違って/のようには/ほど(には)、日本語が上手ではない。 →彼は{お兄さんのように、日本語が上手な}のではない。 =彼は日本語が上手だが、お兄さんほどではない。 ▶本文 1.1.「主題/提題/~は/『~は』の配列」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/~ほど~ない」を参照 これは「~ように」が文末の否定「上手ではない」と呼応しているのか、肯定部分「上手だ」と呼応しているか、判断できなくなるためである。 このため後者の場合、上のように主題の「~は」ではなく、文のなかで2番目に現れて対比を示し、否定と呼応する「~は」を使うか、二者比較の「~ほど~ない」で書き換えるか、のちほど述べる「使い分け⑯」の「~のではない」を使って、部分否定であることを示す言い方にすることがある。 使い分けワンポイント ⑨ 否定のバリエーション 全部否定は、主に次の4つの方法を用いて表される。 1. 名詞/疑問詞 +「ひとつ」を表す言葉 + ~ない 断水で、水一滴、出ない。誰ひとり、何も言わない。 2.「ひとつ」を表す言葉+「も」+~ない ひとり/ひとつ/1枚/1本/1冊/1台+も+いない/ない。 3. 疑問詞 +「も」+ ~ない 誰/何/どこ/いつ/どうに/何と + も + いない/ない/ならない。 4.信号や合図となる言葉 +「~ない」 少し/ちっと/いささか/これっぽっち/微塵/毛筋ほど + も + ~ない 全然/全く/まるで/まる(つ)きり/さっぱり/からきし/根っから/一向に/とんと/皆目/てんで/更々/毛頭 + ~ない 決して/絶対/断じて/金輪際 + ~ない 以下は、慣用的表現 以下は、慣用的玄元 人が陰で噂している + とは/なんて、露ほども知らなかった。 そんなこととは、つゆ知らず、失礼いたしました。 <1043> そんなことは、夢に + も/さえ/だに + 思わなかった。 ゆめ/ゆめゆめ + 疑うことなかれ。 (注)禁止表現と呼応する「ゆめ」は「夢」とは無関係。 ▶『類義語使い分け辞典』(研究社)の「少しも・全然」を参照 部分否定は、主に次の3つの方法を用いて表される。 1.部分否定「X + のではない/わけではない/とは限らない」を使う わざとした + のではない/わけではない/とは限らない。 ▶本節「使い分け②/3つの部分否定」を参照 2. 文末を二重否定「Xない+こともない」などを使う もし誘ってくれれば、行かないこともない。 →Xを部分的に否定:行く場合もあるし、行かない場合もある。 3. 信号や合図となる言葉「必ずしも」を「Xない」に呼応させる 必ずしも来るとは限らない。 →Xを部分的に否定:来るかもしれないし、来ないかもしれない。 使い分けワンポイント ⑩ 名詞ひとつ・ひとつも・名詞のひとつも + ない 間違いひとつ/間違いがひとつも + ない + 答案。 見上げる空には、雲ひとつ/ひとつも雲が + なかった。 耳を澄ましても、物音ひとつ/ひとつも物音が + しない。 シンガポールの街は、ゴミひとつ/ゴミがひとつも + ない。 帰り道には、人っ子ひとり/人がひとりも + いなかった。 宝石箱のなかは、指輪ひとつ/△指輪がひとつも + 本物ではない。 畳の上には、髪の毛一本/△髪の毛が一本も + 落ちていない。 どの部屋も、窓ひとつ/△窓がひとつも + 清潔ではなかった。 公園には、猫の子一匹/△一匹も猫が + いなかった。 そのパーティーは、音楽ひとつ/△音楽がひとつも + 楽しくなかった。 ▶本文 8.3.「極限/類推/『~も』の使い方」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + は・も」を参照 「名詞ひとつ + X動詞/形容詞 - く/(状態)名詞では + ない」も「名詞が + ひとつも + Xない」も、表している意味は同じであるが、後者が文字通りの全部否定を表し、見たまま聞いたままの状況を描いているだけなのに対して、前者は、簡潔性を重んじる詩などに使われる文学的表現で、感情や比喻「素晴らしい/空が真っ青だ/静かだ/清潔だ/怖い/すべて偽物だ/掃除が行き届いている/寂しい/つまらない」がこめられる。 したがって、最後4例では、髪の毛や猫を探したり、窓や音楽だけに神経を集中させたりしているのでなければ、後者を使うと不自然になる。 この箱のお菓子、湿ってしまって、ひとつもおいしくない。 ×湿ってしまって、この箱のお菓子ひとつ、おいしくない。 スポーツは好きですが、球技となると、ひとつも得意じゃないんです。 逆に、先ほど「使い分け⑨」の「2」に示した文字通りの全部否定を表している後者「ひとつも + Xない」は、前者には置き換わらない。 <1044> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断害 忙しいのか、電話1本/※電話を1本も+かけてこない。 →忙しいのか、電話1本/電話の1本も+かけてこない。 あいつには、10円玉+ひとつ/のひとつも/※をひとつも+あげたくない。 あまりに暑くて、シャツ+1枚/の1枚も/※を1枚も+着たくない。 カラオケに行っても、歌(の)ひとつ(も)、歌えませんから、楽しくないんです。 うちの娘は、ラーメンひとつ、作れなくて、お嫁に行けるか心配です。 上のように「電話 (の) 1本 (も)/10円玉ひとつ/シャツ1枚/歌ひとつ/ラーメンひとつ」を「譬え話/比喻」としてとりあげている場合も、同様である。 ただ「名詞ひとつ+できない」は、類推機能「最も簡単なものさえできない」が働いているので、話し手自身のことであれば「謙虚さ/卑下」の気持ちがこめられ、他者のことであれば「軽蔑/非難」といった感情が含まれる。 また「名詞の+ひとつも~ない」にすれば、ほぼ「名詞ひとつも~ない」に等しくなるが、散文的表現、つまりカジュアルな話し言葉として使えるようになる。 使い分けワンポイント⑪ ひとつ + として・たりとも・だに + ︷ない →公園には、一匹 + として/たりとも/だに + 猫がいなかった。 ダンス音楽は、1曲 + として/たりとも/だに + 心楽しくなかった。 どの窓も、ひとつ + として/たりとも/だに + 清潔ではなかった。 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + と~ない」を参照 ▶本文 1.4.「主題/立場/~として/~としても」を参照 ▶本文 4.5.「順接仮定条件/基準/~としても」を参照 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~としても」を参照 ▶巻末「古語/助動詞/断定『たり』を参照 ▶本文 1.3.「主題/例示/AたるA'」「主題/提題/~たるや」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/对比/古語『~ども』と『~とも』を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/~ひとつにしても・~だに」を参照 「ひとつとして + X動詞/形容詞 - く/ (状態) 名詞では + ない」は、主に「立場」を示す「~として」が、ここでは「~も」の省略された逆接仮定条件「たとえ + ~と <1045> しても/~といって(も)/~であっても」を示しているので、パラフレーズすると「たとえひとつ+としても/であっても+~ない」になっている。 また「ひとつたりとも + Xない」も、現代語の「~である」に相当する「断定」の古語「~たり」と、逆接仮定条件を示す古語「~とも」が使われ、パラフレーズして「たとえひとつであっても~ない」といった意味になる。 最後の「ひとつだに + Xない」は、古語の「~だに」が、類推を表す「~さえ」に相当するので、およそ「ひとつでさえも~ない」という意味になり、これら3つはいずれも、類推の「~も」を使った「使い分け⑨」の「ひとつも~ない」よりも、全部否定を強める文学的表現になり、感情や比喻的色彩を濃くするようになる。 したがって、最も簡潔な「ひとつだに~ない」が「使い分け⑩」の「名詞ひとつ + ~ない」と同じ使われ方をする。あとのふたつは、逆接仮定条件となっているので、使い方としては「ひとつ + として/たりとも + 名詞Xがない」のほうが、Xが文頭にある「X (が) + ひとつ + として/たりとも + ない」よりも自然な響きになる。 また、古語的表現では、主格を表す「~が」が省略されやすいので、特に「×Xがひとつ + たりとも/だに + ~ない」は不自然になる。 ×ひとつ + として/たりとも/だに + 10円玉をあげたくない。 →10円玉ひとつ + ×として/×たりとも/だに + あげたくない。 ×暑くて、1枚 + として/たりとも/だに + シャツを着たくない。 →暑くて、シャツ1枚 + ×として/×たりとも/だに + 着たくない。 「譬え話/比喻」の場合でも、実際に10円玉をあげなかったり、シャツを着なかったりする散文的な「~を」を使った例は、3つのいずれでも不自然になる。 最近の映画、ひとつ + も/として/たりとも/たに + 面日くない。 家族以外、ひとり + として/×たりとも/×だに + 見舞いに来ない。 彼女の面影は、一日 + として/たりとも/△だに + 忘れたことがない。 夢のひとつ + だに/×として/×たりとも + 会いがたくなるは、何故。 「比喻/譬え」のない現代語のなかでは、使えるのは「ひとつ+も/として~ない」だけになってしまう。 使い分けワンポイント ⑫ 何ひとつ (も/として) ~ない・何も~ない 家が全焼し、何ひとつ (も/として) / 何も + 残さず、燃えつきてしまった。 風邪で、せっかくの料理が、何ひとつ (も/として) / 何も + おいしくない。 披露宴参加者は、誰ひとり (も/として) / 誰も + 顔見知りではなかった。 せっかく準備して待っていたのに、誰ひとり (も/として) / 誰も + 来なかった。 ひどく難しい問題で、どれひとつ (も/として) / どれも + わからなかった。 夏休みに読もうと思って本をたくさん買いこんだが、何ひとつ (も/として) / どれひとつ/△何一冊/△どれ一冊、読まないまま、夏休みが終わってしまった。 「疑問詞 + ひとつ (も/として) + X動詞/形容詞 - く/ (状態) 名詞では + ない」は、先ほど「使い分け⑩」で述べた「名詞ひとつ + Xない」の具体的な名詞のかわりに、イメージを喚起しない「不定/不明」の疑問詞になって、比喻や類推の機能が働いていないので、文字通りの全部否定「使い分け⑨」で示した「2」の「ひとつも + Xない」 <1046> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 を強めただけの表現になる。 この場合「何ひとつ(として)」が書き言葉で、最も短い「何ひとつ」が文学的になる。余計な「~も」がついている感じの「何ひとつも」は、話し言葉ということになるが、最も簡単な「何も」が、話し言葉で使われるので、存在だけして、あまり使われない表現ということになる。 ただ使えるのは、上の組み合わせ「何ひとつ/誰一人/どれひとつ」くらいである。 最近、成績が+もうひとつ/今ひとつ+上がらなくなってしまった。その報告書、なぜか、もうひとつ/今ひとつ、ぴんと来ないんだよね。このレイアウト、もうひとつ/今ひとつ、すっきりしないんだけど。去年からの風邪が、もうひとつ/今ひとつ、よくならない。あの選手、もうひとつ/今ひとつ、シャープじゃ/格好よく+ないね。 ▶本文 1.6. 「主題/対比/『…方』の使い方」を参照 ▶『類義語使い分け辞典』(研究社)の「もう一つ・今一つ」を参照 「A'は + もう/今 + ひとつ + X動詞/形容詞-く/(状態)名詞では + ない」は、Xという「評価基準/努力目標/話し手の期待」に達するまで、Aは「あと少し足りない状態にある」ことを表す場合に使われる。ただし、前者が「もうひとつください/ひとつは私ので、もうひとつは母のです」といった「追加」を表す場合は、互換性がない。 違いは、後者「今ひとつ」のほうに、話し手の「完璧じゃない/十分じゃない/努力が足りない/満足できない/ぴったりしない」といった気持ちが濃厚に反映されることであるが、これを「今一 + Xない」に置き換えると、話し言葉専用になり、話し手の不満はエスカレートして、ほとんど「ダメだ」に等しくなってしまう。 最近の成績/その報告書/このレイアウト/△去年からの風邪/あの選手、もうひとつ/今ひとつ/今一+なんだ。 X以下の否定部分が、あってもなくても話し手の気持ちは反映されるので、話し言葉では特に省略されて、上のようになる。ただ「Aは + プラス評価できない/ダメだ」という話し手の気持ちが省略されているので、わざわざ言うまでもなく、もとよりプラス評価などできるわけもない「風邪」に使うと不自然になる。 使い分けワンポイント ⑭ ひとつでも + 肯定・否定 お世話になったから、ビール1ケースでも、送ろうかしら。 托鉢をして回るお坊さんに、10円玉ひとつでも差し上げたい。 →あんな奴に、10円玉ひとつでもあげたくない。 寒くなったから、シャツの1枚でも着たくなった。 →暑くて、シャツの1枚でも着たくない。 ▶本文8.3.「極限/類推/~さえ/その他の『~でも』の使い方/類推の『~も』の いろんな使い方のある「A + でも」は、文末部分が肯定もあっても、否定であっても使うことができるが、この場合の「A/ひとつ + でも」は、逆接仮定条件「たとえAであっても」を示している。肯定と呼応する場合「たとえひとつであっても + 送り <1047> たい/差し上げたい/着たくなった」は、最低条件「A/ひとつ」の例示を表しているが、これに対して、否定と呼応する場合「たとえひとつであっても+あげたくない/着たくない」は、全部否定を表している。 しかし「ひとつも + Xない」は、類推の「~も」が使われて「3 つや 2 つがXないというのではなく、ひとつでさえもXない」という全部否定しか表すことができない。 使い分けワンポイント ⑮ 疑問詞でも・疑問詞も 誰でも + 仕事 + する/しない 何でも + 食べる/食べない どこ (に/へ) でも + 行く/行かない いつでも + いる/いない →いつであっても + いる/いない 誰も + 仕事しない 何も + 食べない どこ (に/へ) も + 行かない いつも + いる/いない →いつも/ときどき + いる/いな ▶本文8.3.「極限/類推/その他の『~でも』の使い方/『~も』の使い方」を参照 「使い分け $ ^{②} $」の「何も~ない」でも、少し触れたが、全部否定には「疑問詞 + も」が使われ、すべてを肯定する場合は「疑問詞 + でも」が使われるというのが基本である。 もし「疑問詞+でも」が否定と呼応する場合の「誰でも仕事しない」なら、部分否定「ほとんどの人は仕事するが、一部の人は仕事しない」になるが、先ほど「使い分け④」で述べたように「~でも」が、逆接仮定条件「たとえ~であっても」なら、あいまい文になってしまい、もうひとつの解釈「たとえ誰であっても仕事しない」が成り立ち、全部否定を表すことになる この場合、たとえ対話背景や文脈があっても、部分否定か全部否定か判断できない場合が多いので、使わないほうが無難であるし、使う人も多くない。相手が使って、どちらか知る必要のある場合は、誤解を避けるために、間い返すよりほかない。 ただ「いつでも/いつも」は、後者が凝問詞ではなく、頻度を表す専用語なので、前者が全面的な肯定も否定も受けもち、中途半端な部分否定は表さないので、安心して使うことができる。 使い分けワンポイント⑯~のではない 「X + のではない」は、先ほど「使い分け④」で示した「~のだ」の否定で、次の3つの使い方がある。 ただ、話し言葉では「~の」が「~ん」になり、また「~では」が「~じゃ」に変化するが、話し手に聞き手に対する距離感や品格保持の気持ちがあると、変化しなかったり、どちらか一方だけが変化したりする。 ▶「品格保持」については、本文9.「授受動詞と敬語/聞き手尊敬と文体」を参照 1. 禁止:話し言葉専用で、目下か〈ウチ〉の者に向けられる 接続は「-る + のではない」/Xは〈基準時現在未実現〉 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~のではない」を参照 こら、何、してるんだ。危ないだろ。こんなところで遊ぶんじゃない! ▶本文6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の曖昧性」を参照 <1048> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 べろべろだよ。もう飲むんじゃないよ。明日、何も覚えてないだろう?雨が降るから、出かけるんじゃない。家で遊ぶんだ。風邪ぎみだろ?おい、へこたれるな。あきらめるんじゃない!頑張るんだ!(独り言)警察だ。慌てるんじゃない!落ち着け。逃げるんじゃない!(独り言) 2. 部分否定:Xのまえの部分Aを否定して、Xは肯定する 接続は「X-る/~い/~た/(状態)名詞な+のではない」 何でも食べるんじゃなくて、糖分や脂質の多いものは避けてください。 どこにでもあるんじゃないよ。この近くでは、ここしかないんだから。 勘違いしてますね。明日は、祝日だから、お休みなのではなくて、会社の創立記念日だから、お休みなんですよ。 箸は、そうして持つんじゃなくて、こうして持つものなんだけど。 食べるから、元気なんじゃなくて、食べないから、元気なんですよ。 彼、その人のこと、好きなんじゃないよ。ほら、あの人が好きなんだ。 このシャツ、あなたに大きいのではなくて、彼に大きいのでしょう? 就職したくないから、大学院へ進むんじゃなくて、就職できないから、大学院へ進むんだよ。大きな違いだから、間違わないでね。 「速く歩く」のじゃなくて、ゆっくりとなら、まあ何とか歩けます。→速く(は)歩けませんけど、ゆっくりとなら、まあ何とか歩けます。 何だって。こっちは「当然、行く」んじゃなくて、わざわざ行ってやるんだ。 *何だって。こっちは当然、行かなくて、わざわざ行ってやるんだ。 今日「珍しく来た」んじゃないよ。昨日「珍しく来なかった」だけだ。→今日「珍しく来た」んじゃないよ。昨日のほかは、ずっと来てるよ。 ※今日、珍しく来なかった。昨日、珍しく来なかっただけだ。 あら、ごめんなさい。私「わざとした」んじゃないのよ。大丈夫 *あら、ごめんなさい。私、わざとしませんでした。大丈夫? △あら、ごめんなさい。私、わざとはしませんでした。大丈夫? 今日は「よく仕事をした」んじゃありませんね。とても暇でしたから。 今日は「よく仕事をした」んじゃありましょう。ぬぬししたから。 *今日はよく(は)仕事をしませんでしたね。とても暇でしたから。 「雨が降っても行く」んじゃないのよ。雨が降らなかったら行くのね。 「雨が降らなかったら行く」んじゃないのよ。雨が降っても行くのね。 3. 全部否定:Xを全面的に否定する/接続や時間的制限は部分否定と同じ この料理、誰かが食べたんじゃありません。誰も食べなかったのです。今日は、おやつに何か作るんじゃないの。忙しいから、作れないのよ。夏休み、どこかに行くんじゃなくて、今年は、どこにも行かないんだ。勘違いしてます。お休みは明日 (なの) ではなくて、明後日でしょう?彼、彼女のこと、好きなんじゃなくて、嫌いなんだよ。知らなかった? このシャツ、あなたには、大きいのではなくて、小さいと思うけど。彼女は卒業後、就職するのではなくて、大学院に進むつもりなのです。元気なのは、食べるから (なの) ではなくて、食べないから (なの) です。「雨が降ったら行かない」んじゃないの。雨が降っても行くの。いい?「ゆっくりとなら歩ける」んじゃなくて、ゆっくりとでも歩けません。「少しわかってる」んじゃなくて、少しもわかってないんですよ。 <1049> ▶本文 2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~なくて」を参照 「X + のではない」が「~のだ」に比べて、最も異なっているのは「納得」の使い方がないことである。しかし、命令を表す「~のだ」の否定として「禁止」の使い方があり、上の「部分否定/全部否定」の場合でも、もし「X + のではない」が文末にきていれば、会話で最も多用される〈聞き手志向〉の「~のだ」の「合図」の使い方が、そのまま残されている。 使い分けワンポイント ⑰ 「~のではない」と部分否定 「A + X + の + ではない」は、Aが否定されるだけで、Xが否定されていない場合「雨が降っているのではない。雪が降っているのだ」に、部分否定を表し、Xが否定されている場合「雨が降っているのではない。曇っているのだ」に、全部否定を表す。また、Xは、聞き手か第三者の発言か、話し手が想像している聞き手か第三者の言外の言葉、例えば「わざとした」などを引用したものなので、部分否定の場合は、次の3通りが考えられる。 1. 程度を表して、文末とは呼応しない「A=速く/ゆっくり」など 「A (速く) + X (歩く) + のではない」は「A (速く) + X (歩か) + ない」に置き換えることができ、基本の意味「ゆっくり歩く」は変わらない。 特に、対比か「ためらい」を示す「~は」を使って、A を否定「A (速く) + は + X (歩か) + ない」にすることができる。 ただ、この場合の「よく」は、程度の高さを表していないので、否定とは呼応できないし、また「とても」は、可能形の否定「~できない」と呼応するので、使うことができない。 ▶本節「使い分け $ ^{39} $/『よく』の7つの意味」を参照 2.〈モーダス要素〉として、文末と呼応する「A=当然/珍しく/わざと」など ▶巻末「文/モーダス要素」を参照 例えば「A (当然) + X (行く) + のではない」を「A (当然) + X (行か) + ない」に置き換えて、パラフレーズすると、前者「行くのは + 当然/義務 + ではない。任意だから、行っても行かなくてもいい」が、後者「行かないのが当然だ/行かないのは言うまでもないことだ」にかわってしまう。 3.同一条件文と順接仮定条件文 同一条件文「雨が降っても行く」に「~のではない」がつくと、部分否定になり、順接仮定条件文「雨が+降ったら/降らなかったら+行かない/行く」と互換性をもつようになる。 逆に、順接仮定条件文「雨が+降ったら/降らなかったら+行かない/行く」に「~のではない」がつくと、全部否定になって、同一条件文「雨が降っても行く」と置き換わるようになる。 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件」を参照 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~たら」を参照 <1050> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 部分否定の場合、話し手の動作「メールで連絡しました」であれば、わざわざ自分の動作を「メモリバンク」に照合することもないので、次の3つのパターンは、どれでも使うことができる。 電話ではなく、メールで連絡しました。 →電話で連絡したのではなく、メールで連絡しました。 →電話で連絡したのではなく、メールで連絡したのです。 3つめの「A (電話で) + X (連絡した) + のではなく、B (メールで) + X + のだ」は、特に「メモリバンク」に照合した上での報告となり、いわば「連絡方法は、間違いなくメールでした」と聞き手に訴えていることになる。 電話ではなく、メールで連絡しました + か/ね。 * 電話で連絡したのではなく、メールで連絡しましたね。 →電話(で連絡したの)ではなく、メールで連絡したのです + か/ね。 ところが、聞き手への指示「電話ではなく、メールで連絡してください」のあと、自分の指示を「メモリバンク」に照合しないで、直接「電話ではなく、メールで連絡しましたか」と確認するのは可能であるが、聞き手からの報告「電話ではなく、メールで連絡しました」を確認する場合、報告を聞いて「メモリバンク」にインプットした情報を、確認のために「メモリバンク」からアウトプットすることになるので、問いかけや確認の場合は「A + X + のではなく、B + X + の + か/ね」のパターンが使われる。 使い分けワンポイント ⑱ 名詞 + ではない 「X+ではない」は、次のように、Xが「(状態)名詞」の場合に使われる。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/名詞+ではない(の)か」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/名詞+なのだろう(か)」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照 1. 部分否定 彼は、学部の学生(なの)ではありません。大学院の学生(なの)です。 駅前は夜、にぎやか(なの)ではなくて、最終が出ると、ひっそりします。 この傘は、僕の(なの)ではありません。ほかの人の(なの)です。 (注)所有物を表す「(私) + の」に「~なの」は後接できるが、この場合は「~の」が重なりすぎて、不自然に響くことがある。 2. 全部否定 この傘は僕の(なの)ではありません。僕のが見あたらないんです。 あの人は社長(なの)ではありません。ここには社長はいないんです。 これ、私の報告書(なの)ではありません。私、報告書は書きませんでした。 3. 非難:話し言葉専用で、目下か〈ウチ〉の者に向けられる 「すみません」じゃないよ。謝ってすむようなことじゃないだろう? 「忘れました」じゃない。覚えてもいなくて、どうして忘れるんだ。 「間違いました」じゃありません。何度いえば、わかるんですか(↓)。 ▶本文1.1.「主題/提題/『~の』の機能」を参照 <1051> 「使い分け⑰」の「X + のではない」は、引用部分X「- る/~い/~た/(状態)名詞だ」に、〈未完文〉を名詞にする働きのある「~の」がつき、さらに、名詞となった「引用部分X + の」に、名詞を否定する「~ではない」が後接したもの「X + の + ではない」である。 ただ「(状態)名詞」の場合、引用部分「彼は学生だ/夜はにぎやかだ」に「~の」がつくと、もとの「~だ」が「~な」に変化して「(状態)名詞+な+の+ではない」になる。 しかし「~ではない」は、もともと「(状態) 名詞」に接続できる形態なので、わざわざ文末の「~だ」を「~な」にかえ、名詞相当部分をつくる「~の」をつけて「(状態) 名詞 + なの + ではない」にするまでもなく、直接「(状態) 名詞 + ではない」とすることが可能なので、特に話し言葉では「~なの」を省略した後者が多用される。 この場合、果たして「~の」が挿入されて「メモリバンク」が「ON」になっているのかどうか、文字の上では識別できないが、話し言葉なら、たとえ「~なの」が省略されていても、名詞部分がフォーカスになって強く響くので、聞き手には理解できる。 最後の「3.非難」は、まさにXが聞き手の言葉「すみません/忘れました/間違いました」を引用したもので、引用Xそのものが名詞に相当し、オウム返しに繰り返した名詞Xの否定「X+ではない」によって、聞き手の謝罪を容認しない態度を表して、聞き手を非難している。 嘘つき。あいつは「来る」なんて言ったの、誰。来ないじゃない(↓)。どうしたの。遅いじゃない。親戚の人たち、ずいぶん待ってるのよ。わかってるわよ。手伝うじゃない。そう、うるさく言わなくても。ほら、謝ってるじゃない。もう、いい加減、許してやったら、どう?見てよ。もう、きれいじゃない。これ以上、どこを磨けっていうの。何、言ってるの。あの人、クラスで一番じゃない。知らないの。 さっき、言ったじゃない。聞いてなかったの。ぼんやりしてるから。あそこにいるじゃない。見えない? あなた、目が悪いんでしょう。 接続: -る/~い/~た/(状態)名詞 + じゃない(↓) ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ではないか」を参照 また「X + じゃない(↓)」は、話し言葉で、聞き手の無責任や不寛容、無知や不注意を非難する場合に、ときに女性に話しかける男性によって使われることもあるが、主に〈ウチ〉における女性専用の〈非敬体〉である。 これは、確認を表す男性の〈非敬体〉「X + じゃないか(↓)」の女性用で、〈敬体〉では男女兼用の「X + では/じゃ + ありませんか(↓)」になる。 使い分けワンポイント ⑲ 名詞と「~だ/~ではない」と「~なの + だ/で みなさん、こんにちは。スミス + の/×なの + です。今年35歳 + の/×なの + ですが、学生 + の/×なの + です。サラリーマン + の/×なの + ではありません。 A:サラリーマンをなさってらっしゃるの? B:いえ、サラリーマン + の/なの + ではありません。学生 + の/なの + です。 <1052> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 え~、違うでしょう? 何、言ってるのよ。スミスさんは学生 + なん/×の + です。サラリーマン + なんか/なの/の + じゃありませんよ。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』を参照 「(状態) 名詞 + なのだ」が不自然になるのは、自己紹介の場合で、自分自身を紹介するのに「メモリバンク」との照合を必要としないからである。しかし対話で、聞き手の判断を否定する場合、聞き手の言葉を引用するために「メモリバンク」は「ON」になるので、省略可能な「~なの」を使った「(状態) 名詞 + なのだ」は不自然ではない。聞き手に対して「合図」を示しながら、聞き手の判断を強く否定する場合は、むしろ「(状態) 名詞 + なのだ」のほうが自然になる。 使い分けワンポイント ②0 「~のではない」と「~ではない」の違い「X + のではない」と「X + ではない」には、次のような違いがある。 〈X + のではない〉 引用Xの否定 X=-る/~い/~た/~だ 〈名詞の否定〉 $ X = -7 : \text{禁止命令} $ 名詞Xの否定 〈モダリティ〉 引用X=聞き手の言葉:非難「~ではないか」に相当 〈X + ではない〉 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ではないか」を参照 使い分けワンポイント ②命令の「~の+ではない/だ」と「~な/-ろ」 こら、何をしてるんだ。こんなところで遊ぶんじゃない!行くんだ!→こら、何をしてるんだ。こんなところで遊ぶな!行け! ▶動詞命令形「-ろ」については、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~のだ/~んじゃない(よ)/動詞命令形と『~な』」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』」を参照 「使い分け⑯」の「〜のではない」が文末にきて「禁止」を表す場合、命令の「〜のだ」と同様に「メモリバンク」との照合が行なわれているので、照合のない直接的感情的な禁止「〜な」や、動詞命令形「-ろ」とは異なり、上位にたつ者が、状況を見きわめた上での冷静な判断をしている感じがする。 何、言ってるの。子ども、お風呂に入ってるんじゃなくて、もう寝てるのよ。さっさと、お風呂に入ったら?明日、早いんでしょう? また「Xの+ではない」が、否定「子どもはお風呂に入っている+のではない」を表す場合でも、単なる「子どもはお風呂に入っていない」とは異なり、Xは「メモリバンク」にインプットされていたデータである。 つまり、X「子どもはお風呂に入っている」は、聞き手の言葉の引用であり、いったん話し手によって「メモリバンク」にインプットされてから、すぐさま「メモリバンク」から引きだされたものである。 <1053> 「メモリバンク」との照合を通じて、引用Xは名詞「X + の」として処理され、同時に「~ではない」で否定されるが、さらに「メモリバンク」のデータに基づいたXではない事態「(子どもは)もう寝ている」が、それに続いて対比的に示される。 つまり、否定の「Xの + ではない」も「~のだ」と同様に、聞き手への「合図」という役割を果たすので、両者は「Xの + ではなく、Yの + だ」というペアを組んで、補完し合っていることになる。 何、言ってるの。子ども「お風呂に入ってる」んじゃなくて、もう寝てますよ。さっさと、お風呂に入ったら?明日、早いんでしょう? →何ですって、子どもがお風呂に入ってるかですって?子どもはお風呂(×なん/×に入ってるん)じゃなくて、もう寝てますよ。晩ご飯を食べて、すぐ寝ましたよ。 上の2例のうち、上のほうの「お風呂に入ってるんじゃなくて」は、聞き手の言葉「子どもは風呂に入っているか」を引用して否定しているので、話し手の「メモリバンク」が作動して「合図」の機能をしているが、下のほうの「子どもはお風呂じゃなくて」は、そのまえの問い返し「何ですって、子どもが~ですって?」が「メモリバンク ON」を示しているので、聞き手への「合図」が消えて、X を否定しているだけになっている。 使い分けワンポイント ②「~ないです」と「~ません」 いえ、僕は研修生じゃ + ありません/×ないです。研究生なんです。 最近、あまり暇じゃ + ありません/×ないです。ちょっと忙しいです。 A:そんな格好で寒くないの? 大丈夫? B:ええ、大丈夫です。そんなに寒く + ありません/ないです。 P:これから帰るんでしょう? Q:いえ、帰るんじゃ + ありません/×ないです。本屋へ行くんです。 ▶本節「使い分け⑯/~のではない」を参照 初級の日本語学習者は、〈非敬体(普通体)〉と〈敬体(丁寧体)〉を、次のように教わることになっている。 〈(状態)名詞〉 雨/静か+だ/である/です +だった/であった/でした ~では+ない/ありません/×ないです +なかった/ありませんでした/ ×なかったです 〈形容詞〉 寒い+の/です 寒かった+の/です ~く + ない/ありません/ないです + なかった/ありませんでした/ なかったです 〈動詞〉行く/行きます行った/行きました 行かない/行きません/×行かないです 行かなかった/行きませんでした/ ×行かなかったです <1054> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 前頁の表のように「(状態)名詞」と「動詞」の中間的な性質をもつ「形容詞」の〈敬体〉否定形に、2通りの言い方「~く+ない/なかった+です」と「~く+ありません+でした」が許されているため、前者の「~ないです」が「(状態)名詞」や「動詞」にも適応され、あたかも否定のすべてに「~ないです」と「~ません」があるかのようになっている。 しかし「×」は、異常に響くのではあるが、若い日本語母語話者が使いはじめているので、日本語学習者だけの問題ではない。 日本語初級テキストの形容詞〈敬体〉否定形は、通常「~く+ありません/ありませんでした」ではなく「~ない/~なかった+です」であるが、上の例のような「そんな格好で寒くないの?」といった問いに「寒くないです」で答えられると、いかにも「外国人」という響きがする。 「寒くありません」のほうが、耳障りでないように思えるが、教える側にとっては「敬体=非敬体(寒い/寒くない/寒かった/寒くなかった) + です」のほうが簡単である。現在の状況では「~ないです」と「~ません」のどちらを使うかは、日本語母語話者を含めて、人によって異なる好みの問題なのかもしれない。 ただ、ぶっきらぼうに「寒くないです」と答えられると、聞こえない「~の」が響いて「寒くないんです」に聞こえ、ぶっきらぼうな話し方が重なって、まるで「うるさいなあ、もう。人のことなんだから、ほっといてよ」と言われたような感じになる。 「~ない/~なかった+です」は「~ない/~なかった+の+です」から「~の」が脱落した響きがあり、今にも聞き手への「合図」を表す「~の」が現れそうな感じがして、ときに聞き手を不快にする場合がある。 こら、何、してるんだ。こんなところで遊ぶんじゃない! →これ、何、してるんです。こんなところで遊ぶんじゃ + ありません/×ないです。 ここで遊ぶんじゃ + なくて/ありませんよ/ないですよ、公園で遊ぶんですよ。 →ここで遊ぶんじゃないんですよ。公園で遊ぶんですよ。 禁止命令「~のではない」を〈敬体〉にする場合、上のように「~のではないです」ではなく、必ず「~のではありません」を使うことになっている。 ただ「X」の否定を表す「Xの + ではない」の〈敬体〉は、必ずしも「Xの + ではありません」ではなく「Xの + ではないです」も使われることがある。 前者「X のではありません」には「禁止命令」が重なるが、後者「X のではないです」は「Xの + ではない + のです」へ傾き、命令ではなく、むしろ聞き手を説得しようとする響きになる。 使い分けワンポイント 23~んじゃないんじゃないんじゃない A:今度の日曜日、おじさんのところへ行くんでしょう? B:その次の日曜日。今度の日曜日に「行く」んじゃないよ。 A:あら、違うでしょう? 今度の日曜日に「行くんじゃない」んじゃないでしょう? B:バカだね、この子は。何、言ってるの。 今度の日曜日に『行くんじゃない』んじゃない」んじゃないよ。 <1055> 接続:-る/~い/~た + んじゃないんじゃないんじゃない (状態)名詞 + (なん) + じゃないんじゃないんじゃない ▶本節「使い分け⑥/~のではない」を参照 ▶本文10.7.「モダリティの表現/確認/~のではないの + だろう + ?・か・ね」を参照 「X+んじゃない」は、聞き手の言った「X」を否定するときに使われる話し言葉であるが、これを上のように繰り返すのは、聞き手の言った言葉を「そのまま否定したい」という気持ちがエスカレートした場合なので、ふたりは互いに一歩も譲らず、かなり興奮状態にあり、このままでは、どちらかが泣きだすか、けんかになってしまう。「~ない」が奇数個で「X」を否定し、偶数個で「X」であることを主張しているが、いくら際限なく続けることが可能でも、数えきれなくなって混乱を起こすので、3つか4つが限度であろう。 また、話すときは「行くんじゃ/ないんじゃ/ないんじゃ/ない」と区切り、アクセントは「~ない」の「~な」が非常に高く、たたきつけるかのように「~い」へと急激に下降するので、確かに「~ない」の数はかぞえることはできるが、何を否定しているのかわからなくなり、否定のために否定をしているようになってしまう。 使い分けワンポイント 表で大勢の人が並んでいる店があるが、必ずしも、おいしい+(という)わけではない/とは限らない+らしいよ。 たとえ胃を全部、切りとったからといって、再発する可能性はあるんだから、全治した+(という)わけではない/とは限らない+だろう。 いくら不良少年といわれていても、あの顔を見てると、満更/完全な+バカ+というわけでもない/とは限らない+ように思えるね。 昔のことといっても、みんなが忘れた + わけではない/とは限らない。→昔のことといっても、彼は忘れた + わけではない/とは限らない。二人は愛し合っていても、結婚する + わけではない/とは限らない。 ▶本節「使い分け69/~(という)わけだ・~(という)わけではない」を参照 ▶本文5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~とはいえ・~からとはいえ」を参照 「P + 未完文X + わけではない」と「P + すべての文X + というわけではない」は、PとXとのあいだに因果関係のあること示しながら、聞き手に「なぜ(P + X)なのか」を説明する「~(という)わけだ」の否定「~(という)わけではない」と同じ形態をしたものである。 順接条件文「P + だから/なら + X + だ/ではない/というわけだ」または「PはX + だ/ではない + からだ/というわけだ」の場合は、PとXとのあいだに因果関係のあることを示しているが、Pが逆接条件「P + が/ても/とはいっても」になる場合は、上のように部分否定を表すことができる 部分否定の場合、合図となる「必ずしも」をともなって、当然Pから導きだされるXが部分的に否定されたり、または、Xは否定されないが、100%を示す言葉「全治/満更/完全な/みんな」など、先ほど「使い分け⑯⑰」の「~のではない」で述べたXのまえにある言葉Aが否定されたりする。 この場合、部分否定専用の「P + X - る/ - い/~た/(状態)名詞(だ/である)+ とは限らない」と置き換わるが、Xを部分的に否定する場合、つまり、100%を示 <1056> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 す言葉や「必ずしも」をともなって、Xが実現するすべての可能性のうち、その一部分を否定する場合に使われる。 前者「P+X+わけではない」が、後者「P+X+とは限らない」に置き換わると、聞き手に事情を説明しようとする態度が、話し手の「一般的評価の部分的否定」つまり「一般的には/世間では、P+だから/なら+Xだと言われているが、PならXの場合もあれば、たとえPでも、Xではない場合もある」といった「例外」を言いたてる判断や主張にかわってしまう。 したがって「X + とは限らない」は書き言葉や、話し言葉でも「議論」の場で多用されるが、社会通念や常識として一般的に認められていることに、どんなことにも存在する例外を設けて聞き手に反論するので、よくいえば、多数決で無視される「マイノリティ」の味方、人の気づかぬことに目を向けさせる機転のきく人、悪くいえば、聞き手の揚げ足をとって、議論の進行を妨害する邪魔者といったことになる。 また「例外」という実現確率、存在確率の低いものを主張するので、文末には、状況判断「~だろう/~らしい/~かもしれない」などが使われることが多い。 これに対して「X + (という) わけではない」は、聞き手に「事情説明」をするだけなので、部分否定で一般論の例外を示しても、聞き手と議論するのではなく、むしろ聞き手を説得する場合に多く使われるし、一般論とは無関係に、話し手自身の考えを述べることもできる。 最後の2例は、両者の間で意味が異なり、前者なら、全部否定「彼は忘れていない/二人は結婚しない」になるが、後者「~とは限らない」なら、部分否定「普通なら忘れてしまうものだが、彼は忘れていないかもしれない/一般的には結婚するはずだが、あの二人はしないかもしれない」になる。 なお「~わけ」と、動詞「限る」は、いろんな使われ方をするが、次に詳しい。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~わけがない」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~わけにはいかない」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~に限らず」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喻・比例/比較と程度/~に限る/動詞『限る』のまとめ」を参照 ▶本文 4.3.「順接仮定条件/一般条件/~ないかぎり」を参照 ▶本文 8.1.「極限/状態/~かぎり」を参照 ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~かぎりは」8.3.「極限/類推/~に限らず」を参照 使い分けワンポイント 25 3つの部分否定 表で大勢の人が並んでいる店があるが、必ずしも、おいしい + わけではない/とは限らない/×のではない + らしいよ。 →必ずおいしい + のではない/わけではない/とは限らない + らしいよ。 胃を全部、切りとったからといって、再発する可能性はあるんだから、全治した + んじゃない/わけではない/とは限らない + だろう。 何でも食べる + んじゃなくて/わけじゃなくて/×とは限らなくて、糖分や脂質の多いものは避けてください。 →すべての患者が何でも食べる + んじゃない/わけじゃない/とは限らない + ので、あらかじめ好き嫌いを調べておくようにね。 食べるから、元気 + なんじゃなくて/なわけじゃなくて/×とは限らなくて、食べないから、 <1057> 元気なんですよ。 あら、ごめんなさい。私「わざとした」+ んじゃない/わけじゃない/×とは限らない + のよ。大丈夫? 上にあげた3つの部分否定の使い分けは、次のようになっている。 ▶本節「使い分け⑦②」を参照 A + X + のではない: X=話し手が引用した他者の言葉や考え Aを否定するが、Xは肯定する。 Xを否定すると、全部否定を表す。 Xを部分否定する「必ずしも」とは呼応しない。 文中にも使うことができる。 Xの状況を表すのに人称制限はない。 X = 常識や経験に基づいた考え 「X + のではない/とは限らない」をかねる。 聞き手に事情説明をする。 A + X + とは限らない: X=一般論 Xの一部分を否定して、実現可能な例外とする。 未完文を含む文末にしかこない。 一人称話し手の状況に使うことができない。 「胃」を例にあげると、最初の「~のではない」は、手術のあとでも、胃の病気は再発の可能性があるので、100%「全治」という聞き手の考えを否定している。この場合、部分否定では「全」だけを否定して「胃の病気は治ったが、完全ではないので、様子を見る必要がある」になり、全部否定なら「全治」を否定して「胃の病気は完全には治っていない」になるが、結果的には同じことを指している。 「~とは限らない」は、胃を摘出さえすれば「全治」という一般的な考えがあるが、再発の可能性があるので、全治していない可能性もあることを主張している。 つまり、この2つは、使い方に大きな違いを見せるものの、どちらも聞き手の考えを直接に否定し、聞き手と対立するような響きをもっている。しかし、使い方としては、2つのどちらにも共通する「~わけではない」は、聞き手の考えを否定したり、自己主張をしたりするのではなく、事情を説明して、聞き手を説得しようとする態度を示すので、直接的な否定ではなく、間接的で婉曲的な否定になる。 使い分けワンポイント 26~のではない・~わけではない 「親に逆らいたい」+ の/というわけ + でも、別に「家出しよう」+ と思ってるの/というわけ + でもないのに、親父、なぜか誤解して、怒ってるんだ。 中国語は全然、話せない + の/わけ + ではないんですが、もうかなり長いあいだ、使っていないので、口が動かなくなっています。 そこにあるクラシックの CD は、すべて聞いた + ん/わけ + じゃないんだ。定年退職後の楽しみに、聞かずにいるのもあるから。 <1058> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 最近はあまり見ないが、決して映画が嫌いな+の/わけ+ではない。昔はよく見たし、時間のゆとりができれば、また見たいと思っている。 ▶本節「使い分け⑰⑳㉑」を参照 たとえ話し手や聞き手のことであっても、一般論として、話し手や聞き手を第三者に見立てて、論議を進めるのではなく、上のような話し手個人の状況を述べる場合、もちろん「~とは限らない」は使えないが、直接的な否定「~のではない」と、間接的な否定「~わけではない」を比べると、後者のほうは、話し手が否定するに至った複雑な事情が背景にあるといった印象を聞き手に抱かせることになる。 つまり後者には、実際的な背景が何もなくても、聞き手にあると思いこませる力があるが、前者「~のではない」には、そのような力はない。 使い分けワンポイント ②前触れの「~(という)わけではないが」 約束がある + わけ/の + では + ありません/ないのです + が、ちょっと疲れていますから、お先に失礼させていただきます。 腹を立ててる/怒って言う/非難する + わけ/ん + じゃ + ない/ないんだ + が、もう少し仕事に意欲がもてないんだろうか。 弁解する + わけ/×の + ではありませんが、踏切事故があったとかで、いつもの電車に乗れなかったものですから、遅れてしまったのです。 注意はしましたから、黙認した + わけ/の + ではないのですが、何も聞かずに入っていって、こんなことになってしまったのです。 わざわざこんな時間に電話してる + わけ/×ん + じゃないんだ。ちょっと大変なことが起こったものだから、至急こちらまで来てもらえないだろうか。 ▶本文5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど」を参照 ▶本節「使い分け②⑤/3つの部分否定」を参照 間接的否定の「X + わけではない」を、上のような「前触れ」に使うと、断るにせよ、言い訳するにせよ、聞き手に「X + a」といった深い事情を感じさせるので、婉曲的というより、むしろこちらの話に、続けて耳を傾けさせる前触れにすることができる。 これを、直接的否定を示す「~のではない」にかえると、合図を示す「~のだ」か響いて、聞き手に対する「自己主張/強引さ/押し付けがましさ」が濃くなるので、聞き手の皮肉や非難に対抗する場合は使えるとはいえ、聞き手と対立する場面でなければ、やはり「~わけではない」のほうがふさわしい。 使い分けワンポイント ②② ~のでもない・~わけでもない・~とも限らない 二人は、もう長い付き合いで、互いに愛し合っているが、(すぐには)結婚する + のでも/わけでも/とは限ら/×とも限ら + ないようだ。 表に客が並んでいるからといって、(そんなに)おいしい + の/わけ + でも、安い + の/わけ + でもないらしいよ。 →おいしい + とは限らないし/×とも限らないし、値段も安い + とは限らない/×とも限らない + らしいよ。 課長ですか。いいえ、笑ってる + のでも/わけでも、怒ってる + のでも/わけでも + なく、ちょっとお酒に酔って、泣いてるだけです。 →笑ってる + とは限らない/とも限らない + し、怒ってる + とは限らない/とも限らな <1059> い + し、泣いてる + とは限らない/とも限らない。 ▶本文8.3.「極限/類推/『~も』の使い方」を参照 ▶本文1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 「A + X + の/わけ + でも + ない」は、先ほど「使い分け $ ^{25} $」で述べた「A + X + の/わけ + では + ない」の「~では」が「~でも」にかわったものであるが、Xを否定する全部否定の場合でも、Aを否定する部分否定の場合でも、意味も使い方も同じで、ただ「ためらい」の「~は」に入れ替わった「~も」が、添加や累加、並列を表しているか、婉曲的な表現になっているにすぎない。 あの店は高くて有名だが、品質の良さからすれば、高い/安い + とも限らない。 あの店は安くて有名だが、あんな品物では、高くない/安くない + とも限らない。 二人は、もう長い付き合いなのに、結婚する/結婚しない + とも限らないそうだ。 表に客が並んでいるからといって、おいしい/おいしくない + とも限らないよ。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/可能性がある/~かもしれない」を参照 ところが「X + とも限らない」も、否定と呼応する「ためらい」の「~は」が、婉曲表現の「~も」にかわったのではあるが、婉曲的な「ためらい」が「あいまい」に転じて、部分否定の機能を失い、ほとんど状況判断の「X/Xない + という可能性がある/かもしれない」と同じ働きをするようになっている。 安いから品質が悪いとは限らない。もしかすると、いいかもしれないし、悪いかもしれない。→安いからといって、品質が+悪いとは限らない/いいとも限らない/悪いとも限らない。→安いからとはいっても、品質が+いいとも限らない/悪いとも限らない。 つまり、もともとは「X『悪い/よくない』とは限らない+なら/から、Xでない『悪くない/よい』+可能性もある/かもしれない」といったパターンであったが、後半が独立するときに前半の言い方も残って「X/Xでない+とも限らない」という肯定否定の両方が可能になったものと考えられる。 使い分けワンポイント ②9~ないとも限らない 安いからといって、品質が + いい/悪い + とも限らない。 また、うちの子が + いじめられてる/いじめられてない + とも限らないから、ときどきは学校に電話するなり、子どもに聞くなりしろよ。 鎖でベルトに固定しておかないと、その尻ポケットの財布、すられてしまう/すられてしまわない + とも限らないんじゃないかな。 おい、あんまり遅いよ。誘拐 + された/されなかった + とも限らないから、警察に届けてみようか。 人間、いつ + 死ぬ/死なない + とも限らないのに、来年のことなんか言うと「地獄で待ってる鬼が笑う」って言うそうだよ。 「X+かもしれない」ということは「Xでないかもしれない」ということなので、Xの実現確率の低さを表す「使い分け②」の「X+とも限らない」も、Xが肯定でも否定でも、同じ状況を表していることになる。 ただ「使い分け $ ^{28} $」で述べたように「Xとは限らないから、Xでないとも限らない」から来ていると考えられるので、否定を使う人のほうが多いかもしれないが、個人差があって、肯定を使う人のほうが多いとも限らない。 <1060> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 このような言い方は、Xという可能性は残されているから、あらかじめ「心準備をする/対策を立てる」という文脈で使われるが、とりわけ最後の例や「地震や竜巻、火事といった天災は、いつ + 来る/来ない + とも限らない」など「現状に安心するな」という警告によく使われる。 使い分けワンポイント 30 二重否定 この店には、ないものはありません。何でもあります。 行きたいとも思ってるから、誘ってくれれば、行かないでもないんだ。 二重否定というのは、上の2例のように文末に二度、否定の「~ない」が使われたものであるが、上のほうのように、マイナスの「~ない」を重ねてプラスに転じさせ、肯定的断言をさらに強めたものにしたり、下のほうのように、まえにくる「~ない」をAと考えて、Aの可能性の一部だけを否定して、Aの一部を肯定したりする。 上のほうの例は、いわば100%以上の肯定を示す「超全部肯定」になり、下のほうの 上のほうの例は、いわば100%以上の肯定を示す「超全部肯定」になり、下のほうの例は、部分肯定、つまり部分否定ということになる。 ただ二重否定は、非常にあいまいな表現で、実際の場面では、話し手がいったい何を言おうとしているのかわからない場合がある。例えば「ないものはない」という言い方は、上の例のような「超全部肯定」にも、また、あとの「~ない」が同語反復になって「存在しないものは、もともと存在しない」という意味にも、解釈することができる。 使い分けワンポイント ~ない(の/わけ)+では・でも+ない/ ~ない(という)こと+は・も+ない/ ~ない(という)もの+では・でも+ない 日本料理は食べない + (の/わけ) + では/でも + ありませんが、家で料理したり、食べに行ったりはしませんね。 日本料理は食べない + (という) こと + は/も + ありませんが、家で料理したり、食べに行ったりはしませんね。(習慣) 構造的な不景気でも、回復しない +(という)もの + では/でも + ないが、大局的な見地にたった政策を実施してはじめて可能なことだろう。(一般的真理) クラス全員が、行かないの + では/でも + なく、誰かは行くはずです。 彼女が参加するなら、ぼくだって参加しない + の/わけ + では/でも + ない。 うるさく言うと、勉強しない +(の/わけ)+ では/でも + ないが、特に「自分から進んで」というわけにはいかないようだ。 そう言われれば、おれにも間違いがなかった + の/わけ + では/でも + ないな。 そりゃ、離婚して、勝手気ままな生活がしたいと + 思わない/考えない/気がしない + でもないが、自由って責任をひとりで背負うからな。 ▶本節「使い分け68/~(という)ものだ・~(という)ものではない/~(という)ことだ・~(という)ことではない」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/~ということは・~というものは」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『もの/こと』の使い方」と次を参照 「~ものだ・~ものではない/~ことだ・~ことではない」 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~ものか」を参照 <1061> ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~ということだ」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~という」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/『~も』の使い方」を参照 二重否定の使い分けは、基本的に「X + ない + の/わけ/こと/もの + (で) は/(で)も + ない」という「~は」と「~も」の違いになる。前者の「~は」は、先ほど「使い分け③」で述べた二度Xを否定する「超全部肯定」になったり、部分否定を否定する「部分肯定」になったりするが、後者の「~も」のほうは、あいまいで婉曲的な表現「部分肯定/部分否定」にしかならない。 しかし、実際のところは、話し手に聞き返してみないことには、全部肯定か部分肯定かわからないのであるが、おそらく話し手自身にもわからないまま、二重否定を使っているはずなので、最後の例のように、もしXが決定すべきことなら、話し手から「決定する資格を与えられた」と考えられなくもない。 なお「Xない + (の/わけ) + では/でも + ない」は、否定部分「Xない」だけで、名詞に相当すると考えられているので、あとに続く「~の/~わけ」があってもなくても、Xには「動詞/形容詞/(状態)名詞」がくる。 使い分けワンポイント ③② 二重否定のバリエーション これまで述べたほかにも、次のような二重否定のバリエーションがあるが、それぞれのところを参照のこと。 ~なければならない・~なくてはならない・~なければいけない・~なくてはいけない・ ~ないといけない・~ないとだめだ・~ねばならぬ・~ねばならない・~なければならぬ ~ないで/~ずに + は + おかない/すませない/すまない/すまされない ~ないわけにはいかない ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務」を参照 ~ないではいられない・~すにはいられない・~を禁じえない▶本文8.「極限」を参照 ~ないかぎり~ない・~なければ~ない・~ぬき + に・で・にして~ない ~ないことには~ない・~ことなしに(は)~ない・~ことなくして(は)~ない ▶本文 4.3.「顺接仮定条件/一般条件」を参照 ~ならでは~ない ~ざるをえない ▶本文 3.7.「順接確定条件/前提条件/~ならでは」を参照 ▶本節「使い分け60/~ざるを得ない」を参照 ~ないだろうか/~できないだろうか(反語) ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~だろうか」を参照 使い分けワンポイント ③③「~のだった/~のだったのだ」の使い方 〈基準時現在〉を表す「X + のだ」を、過去へスライドさせた〈基準時過去〉の「X + のだった」の使い方は、次のように2通りある。 <1062> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 ▶本又 10.7. 'モダリティの表現/確認/~のだったか/~のだったっけ/~たのだったっけ」を参照ただ「X + のだった + のだ」は、文末の「~のだ」が〈基準時現在〉なので、そのまえにある「X + のだった」は、過去の事態を表している。 悔:〈基準時過去非実現〉のXを「実現させておけばよかった」と後悔する X=意志動詞-る/~た 今さら後悔しても遅いんだが、こんなことになるなら、学生時代にもっと勉強して + おくんだった/おいたんだった/おけばよかった+のだ。 また遅刻だ。目覚ましが鳴ったときに、起きるんだった/起きたんだった/起きればよかった+んだ。バカだったな、本当に。 あのとき、子どもと向きあって、真剣に話を聞いてやるんでした。 納期に間に合わなくなって、大変なことになってしまいました。はじめから無理だとわかっていたのですから、断るんだったんです。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入の意味と『メモリバンク』」を参照 「後悔」を表す「X + のだった」は、〈基準時現在〉において、マイナスの事態に直面し、話し手は「メモリバンク」に照合してデータを探し、過去に「できたはずのことをしなかった」ことを見出して、後悔していることを表している。 したがって、Xには意志動詞しかくることができないが、Xに「-る形/勉強しておくんだった」が選ばれるか、または「~た形/勉強しておいたんだった」が選ばれるかは、話し手が「できることをしなかった」と考えているか、または「できたことをしなかった」と考えているかによって決まってくる。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後」の次を参照「~ているところだ・~ていたところだ/~ているところだった・~ていたところだっだ」 つまり、リアルタイムで後悔しているか、デュアルタイムで後悔しているかの違いになり、前者では、現時点で「悔しい」思いをしていることになるが、後者では、後悔と同時に、過ぎ去ったこととして「あきらめ」の気持ちが濃厚に反映される。 文末に「使い分け④」の「~のだ」がつく場合は、わざわざ「メモリバンク」に照合し、〈基準時現在〉から〈基準時過去非実現〉の事態を振り返っていることになるので、それだけ「くやしい」思いは、つかない場合に比べて深くなる。 と同時に「~のだ」のもつ〈聞き手〉に対する「合図」を表しながら、もう一度、Xを「メモリバンク」に照合して、非実現の「X+のだった」を再確認するので、話し手は、聞き手に対して、後悔していることを訴えると同時に、愚かしくも「Xをしなかった」ことを「反省」する態度も示していることになる。 なお、実現したXについて「Xを実現させなければよかった」と後悔する場合は、のちほど「使い分け③」で述べる「X + のではなかった」が使われる。 2.基準時過去:話し手の語る内容が、過去の出来事であることを表す X=-る/-い/~た/(状態)名詞な まえの日のことが尾を引いているのか、その朝、友だちは誰も誘いに来なかったので、ひとりで学校へ + 行く/行った + のだった (+ ×のだ)。 勤めに出た母親の帰りは遅く、待っても仕方のない夕食をすますと、いつものように、寝るまでテレビを見て + いるのだった/いたのだ/いたのだった。 <1063> 50 近くになって、やっと生まれた娘だったので、目のなかに入れても痛くないほど、可愛いのだった/可愛かったのだった/可愛かったのだ。 頑強に生まれついた祖母は、老衰で亡くなるまで、一度も病床に伏せることなく、元気なのでした/元気だったのでした/元気だったのです。 今でも決して忘れられることではないのですが、無罪の父を死刑にしたのは、ほかでもなく、その男 + な/だった + の + です/でした。 小説や物語、エッセイや回想録、自叙伝などで、話し手が「視点/基準時」を過去においたまま、当時の出来事を「メモリバンク」に照合しながら「再現/回想」していく場合に多く使われる。 聞き手への「合図」を必要としない書き言葉なので、後悔の場合とは異なり、文末に「~のだ」がつけ加わることはない。 〈基準時過去〉におけるXを物語る場合、Xの時間は次のようになっている。 X=る ~ている/ーい/(状態)名詞 ~た 基準時過去未実現 基準時過去同時間帯 基準時過去以前既実現 「後悔」の「X + のだった」場合、話し手「視点/基準時」を過去において、実現しなかった事態を回想しているので、もしXが実現していれば上と同じになる。もちろんすべて〈基準時過去非実現〉なので、細かい区別は必要ないかもしれないけれども。「2」の場合の「X + のだった」は、Xが「~た形」の場合、過去の過去、つまり「大過去」〈基準時過去以前既実現〉の出来事を表し、書き言葉、特に翻訳ものなどでは、お目にかかることがあるが、日本語になじむ表現ではなく、話し言葉では、通常〈基準時現在以前既実現〉「Xた + のだ」のほうが使われる。 あとで+気づく/気づいた+のですが、それが事件の始まりでした。 「気づくのです」は、文末「始まりでした」と連動して〈基準時過去〉であり、X「気づく」が〈基準時過去未実現〉であることを表している。話し手の視点は〈基準時過去〉におかれ、リアルタイムで回想が進んでいく。 しかし「気づいたのです」は、文末と連動せず〈基準時現在〉になり、X「気づいた」が〈基準時現在以前既実現〉、話し手の視点が〈基準時現在〉にあることを示している。あとで+気づく/気づいた+のでしたが、それが事件の始まりでした。 上の場合、文末「始まりでした」の基準時と、まえの「~のでしたが」の基準時が一致しているので、〈基準時過去未実現〉となる「気づく」は問題ないが、〈基準時過去以前既実現〉を表す「気づいた」は、矛盾を起こしてしまう。 ただこの場合、〈基準時現在以前既実現〉「気づいたのです」の「〜です」が、形態だけ文末に連動して「〜でした」に変化したと考えれば、一応は矛盾しなくなる。しかし話し手の意識は、おそらく視点を〈基準時現在〉においたまま、過去の事態として「あとで気づいた」から話をはじめて、文末までのすべてを、いわば〈基準時過去同時間帯〉に塗りこめ、デュアルタイムで事件を回想していると考えられる。 つまり形態上、過去の過去「大過去」〈基準時過去以前既実現〉は存在しても、実際 <1064> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 は〈基準時過去同時間帯〉を表してしまうので、現在とのかかわりが深いほど、〈基準時現在以前既実現〉「Xた+のだ」が使われることになる。 「Xた + のだった」が使われるのは、小説などの技法として、過去に「視点/基準時」をおいたまま、さらに時間の流れを溯って、フラッシュバックする場合である。 また美際は「X + のだった」や「Xた + のだ」を使わなくても、Xの「~た形」だけで十分〈基準時現在以前既実現〉を表すことができるが、これをわざわざ上のように使うのは、聞き手に対する「合図」を示して、〈聞き手〉に訴えかけようとする〈話し手〉の意図が働くためである。 夕食をすますと、いつものように、母の帰りを待ちながら、テレビを見て寝ないのだった/テレビを見るのであって寝るのではなかった。 なお「X + のだ/のだった」の否定は、通常は「Xない + のだ/のだった」になるが、すでに述べた「使い分け⑯」の「X + のではない」を〈基準時過去〉にする場合は、上のように「X + のではなかった」が使われる。 使い分けワンポイント ③④ ~ばよかった・~べきだった/~のではなかった・~べきではなかった/~(ない)ほうがよかった 売り切れ?あ~あ、昨日、買っとけばよかった/買うべきだった。 怒ってるって?やだな。バカなこと、言わなければよかった/言わなきゃよかった/言う んじゃなかった/言うべきじゃなかった+んだ。 納期に間に合わなくなって、大変なことになってしまいました。無理だとわかっていたのですから、引き受けなければよかった/引き受けるんじゃなかった/引き受けるべきじゃなかった+んです。 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想『A+たら/ば/と+よかった』の違い」を参照 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘」の次を参照 「~ば・~たら・~と+いい/~なければ・~なかったら+いい」 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/当為『~べきだ』系バリエーション」を参照 「意志動詞X + ばよかった/べきだった」も後悔を表すが、先ほど「使い分け③」で示した「意志動詞X + のだった」と比べると、次のような違いがある。 X + のだった:あらかじめ「気づいていた/できたはずの + X」をしなかったという後悔。 X + ばよかった:Xをするとは予想もしていなかったマイナスの事態に直面し、いわば「あとの祭り」といった後悔。もともとは「Xに対するプラス評価」を表している。 X + べきだった:して当然だったXをしなかった後悔。 「意志動詞X + のではなかった」は「X + のではない」を〈基準時過去〉にしたものであるが、後悔・「意志動詞X + のだった」とペアを組んで、あらかじめ「してはいけないと気づいていたXをした」という後悔を表し、ほとんど同じ意味になる「当然してはいけないXをした」後悔を表す「意志動詞X + べきではなかった」と互換性がある。 <1065> 違いは、古語的表現である後者が、書き言葉か、フォーマルな場での話し言葉に多用されることと、あらかじめ「Xをしてはいけない」と気づいていても、気づいていなくても使える点である。 もちろん「X + なければよかった」とも互換性はあるが、肯定「X + ばよかった」と同様に「予想外の事態に直面した」後悔を表す。 こんなくだらないコンサートだったら、来るんじゃなかった/来なければよかった/来るべきじゃなかった/△来ないんだった。 納期に間に合わなくなって、大変なことになってしまいました。無理だとわかっていたのですから、引き受け+るんじゃなかったのです/※ないのでした。 「意志動詞ない+のだった」は後悔ではなく、〈基準時過去同時間帯〉を表してしまうので、後悔の文脈で使うと、聞き手には「話し手が後悔している」ことは理解できても、心からの後悔とは耳に響いてこないので、間の抜けたものになるか、不自然なものになってしまう。 せっかくの運動会だったのに、雨なんか降らなければよかったのに。 振られたのよ。もっと可愛ければよかったんだけど。親も恨めないし。 元気/医者+だったらよかったのに。今すぐにでも結婚するんだけど。 後悔の表現は、すべてXが非実現なので、反実仮想を表すが、同じ反実仮想を表す「X無意志動詞/形容詞/(状態)名詞+ばよかった」は、上のように後悔ではなく、決して実現しないか、実現しなかった「希望/願望」を表している。 あっ、間違ってた、この問題。こうしたほうが、よかったんだよ。 風邪がひどくなった。今日、会社に行かないほうがよかったんだ。 どうせ謝らなきゃならなかったんだから、早いほうがよかったんだ。 しまったな。家を借りるんだったら、どう世家賃は会社から出るんだから、交通が便利なほうがよかったんだな。 結婚式の司会、やはり話術の達者な課長のほうがよかったな。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~ほうがいい」を参照 また「X - る/ - い/~た/状態名詞な/名詞の + ほうがよかった」は、選択の誤りによる後悔、つまり、Xを選ぶべきだったのに、Xでないほうにしたことによる後悔を表している。 使い分けワンポイント ③⑤ ~ばよさそうなものだ・~ていそうなものだ 親のすねをかじりながらフリーターしてるって。どうせ才能、ないんだから、いい加減、どこでもいいから、サラリーマンすればよさそうなもんですけど。 まだ寝てるのか。こんな時間だよ。もう+起きれば/起きたら/起きても/起きていて(も)+よさそうなもんだがね。 →まだ寝てるのか。こんな時間だよ。もう起きていそうなもんだがね もう + 着いていてよさ/着いてい + そうなものだが、まだ連絡はないのかい。 もうそろそろ + 始まってもよさ/始まってい + そうなものなんですけど。遅れるなら遅れるで、何かアナウンスでもあってしかるべきですね。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~そうだ』の使い方」を参照 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~ば・~たら・~と + いい」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『こと/もの』の使い方」を参照 <1066> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 ▶本文 4.2.「順接仮定条件/反実仮想」の次を参照「反実仮想『A + たら/ば/と + よかった』が表す話し手の感情」 「A + ば + よさそうなものだ」は、勧めを表す「~ば + いい」に、状況判断の「現在の様子」を表す「~そうだ」が続き、さらに「道理/必然性」を表す「~もの」がついたものなので、最初の例をパラフレーズすると「道理からいえば、サラリーマンをすればいいと勧めたくなるような様子なのに、なぜそうしないのかわからない。いったい何を考えているのか、ちょっとおかしいんじゃないか」といった非難を表している。 順接仮定条件「~ば」の部分が「~たら」や、逆接仮定条件の「~ても」になると、非難の程度が高くなるが、〈基準時現在既実現〉を表す「A + ていてもよさそうなものだ」にかわると、Aの事態は「すでに成立していて当然なのに」という話し手の「腹立ち/苛立ち/もどかしさ」が加わるので、非難は最高潮になる。 これを短くして、非難をシャープにしたのが「A + ていそうなものだ」になる。 使い分けワンポイント 36 後悔と非難のバリエーション あのとき、子どもと向きあって、真剣に話を聞いてやるんでしたね。 納期に間に合わないってわかってたのだから、断るんだったんだよ。 怒ってるよ。ぼく、知らないからね。あんなバカなこと、言わなきゃよかった/言うんじゃ なかった/言うぐきじゃなかったよ!だよ 何だよ、この解き方。この問題はね、こうしたほうが、よかったんだよ。 風邪をこじらせて。今日、会社に行かないほうがよかったんですよ。 自分自身に向けていた「後悔」を、聞き手や第三者に向ければ、上のように「非難」になる。 このほか、後悔と非難を表すバリエーションには、次のようなものがあるので、それぞれのところを参照のこと。 飲みすぎた + せいで/ばかりに、今朝からひどい頭痛がする。 ▶本文3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~ために・~せいで・~ばかりに」を参照 一人前の男 + なのに/のくせに、こんなことも、自分で判断できない。前もって断ればよい + のに/ものを、今となっては後の祭りなのだよ。クラスメートをいじめるなんて、もういい加減にすればよいものを。 こんなはずではなかったのに、なぜか、困ったことになっています。 ▶本文 5.2.「逆接条件/逆接確定条件/モーダス表現/~のに・~くせに/~ものを」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断」の次を参照 「ーる + はずだった・ーる + はずではなかった」 おまえなんか、大嫌いだ。とっとと死んでしまうがいい。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/~がいい」を参照 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/その他の『いい』系の使い方」を参照 公務員ともあろう者が、覚醒剤の常習犯で逮捕されようとは。 先生たるべき人が、生徒の信頼を裏切るようなことをするなんて。 ▶本文1.3.「主題/例示/AたるA'・AともあろうA'」を参照 子どもでもあるまいし、自分でしたことには、責任くらい、もてよな。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~でもあるまいし」を参照 <1067> もうお昼だよ。いくらどら息子でも、そろそろ起きそうなものだ。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~そうだ」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ものだ」を参照 そんなの + 当たり前/決まってる + じゃないか。何、言ってんだよ。 「すみません」て言ってるじゃない。しつこいね、もういいじゃない。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ではないか」を参照 ▶本節「使い分け⑧/名詞 + ではない」を参照 使い分けワンポイント 覚醒剤の常習犯で逮捕されるとは、公務員にあるまじき行為だ。 談合事件を引き起こすとは、県政の長たる知事にあるまじきことだ。 何か事件で被害に遭った女性と知り合い、借金の返済のために、その女性の家に押し入り、強盗を働くなんて、警察官にあるまじき行ないだ。 先生をバカ呼ばわりして、学生にあるまじき態度ではないでしょうか。 「言うことを聞かなければ、軍隊を派遣するだけだ」とは、たとえ私的な場での話とはいえ、一国の首相にあるまじき発言である。 ▶巻末「古語/助動詞/否定の意志・推量『まじ』を参照 古語「Xは+名詞A+に+あるまじき+Bだ」は、書き言葉や、フォーマルなスピーチ専用であるが、Aに職業や資格などがきて、文字通りをパラフレーズすれば「Xというのは、Aという職業や資格をもつ者に、決してあってはならないB(行為/態度/発言)だ」になるが、話し手はAに対して「XというBをするとは、もってのほかだ」という激しい非難をしている。 使い分けワンポイント 38その他の非難のバリエーション 何だって?よくも先生に向かって、そんなことが言えたものだな。 ざま見ろ。いい気になってるから、そんな目に遭うんだ。いい気味だ。 それ見たことか。ダメだって言ったばかりじゃないか、このバカ! それ言わないことじゃない。自業自得なんだから、泣くんじゃないよ! 上のような非難の仕方は、話し言葉専用で、陰で言うか、〈ウチ〉関係の子どもに使うよりほかないが、非難の対象が聞けば、たとえ自分の子どもであっても「ムッと/ブスッと」とするほど、聞き苦しいものである。 使い分けワンポイント ③「よく」の7つの意味 日常会話でよく使われる「よく」は、細かく分けると、重なり合いながら、次のような使い方がある。 1. 頻度の高さ 映画は、月に4回ほど見ますから、よく見るほうでしょうね。→映画ですか。あまり/×よく+見ませんね。 2. 数量の多さ テレビは毎日3時間ほど見ますから、よく見るほうでしょうね。 <1068> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 よく食べ、よく寝る子は、よく育つといいますね。 →あまり/*よく + 食べない子は、大きくなれないって言うのよ。 よく勉強するだけではダメね。よく遊ぶことも大切よ。 3.努力の多さ よく勉強するんですけど、成績が今ひとつ上がらないんです。→あまり/×よく+勉強しないから、成績が上がらないんでしょう。ここの細かなところをよく見て、きちんと写してくださいね。声をかけても気づかないくらい、よく仕事をしていますよ。 4. 技術や能力の高さ 仕事ですか。よくできますよ。安心して任せることができます。→仕事ですか。あまり/×よく+できませんね。 一年生なのに、よく泳げますね。プールを5回も往復できます。 5.プラスの程度の高さ 授業、よくわかるときも、あまり/よく + わからないときもあります。彼なら、よく知っているが、彼女のことは、あまり/よく + 知らない。後ろ、よく聞こえません。もう少し大きな声でお願いします。目が悪くなって、黒板の字がよく見えなくなりました。歯が痛くて、よくかめないんです。 6. プラス評価/ほめ言葉 よく優勝できましたね。ほんとうによかったですね。 あっ、すみません。もう少しで忘れるところでした。よく + 言って/知らせて + くださいました。ありがとうございました。 こんな根気のいるお仕事、よくなさいましたね。 よく (ぞ) やったな。これで完成したわけだな。おめでとう。 7. マイナス評価/非難 よくも+やった/言った/殴った+な。仕返ししてやるからな。 よくも、うちの子をいじめてくれたな。こうしてやるから覚悟しろ。 人の日記なのに、よく見るよね/よくまあ、そんなこと、言うわね。 「よく」は、評価の場合、否定そのものと呼応しないが、上のように「程度の高さ」を表す場合だけ、否定「~ない」と呼応できる。そのほかの場合は、部分否定になる「あまり~ない」を使うことになっている。 「よく~ない」は、厳密には全部否定ではないが、全部否定「よく見えないキあまり見えない」のようになり、程度以外に使うと「頻度/数量/努力/技術や能力」を否定することになって、日本人好みの「あいまい/婉曲」表現にならないので、使われないのかもしれない。 同様に、形容詞や状態名詞などの程度の高さを表す「とても」は、程度を否定する場合は「あまりにも/とても + 安い⇔あまり安くない/※とても安くない」が使われ、ただ能力のなさ「できない/このドアは私の力では、とても開けることなどできない」を表す場合にだけ、否定と呼応する。 もし「よく食べない」が使われるとすれば、食べる量の少なさではなく、食べる程度 <1069> の低さを表して意味不明になるが、それでも解釈すれば、マイナスの評価「あまり食べないからダメだ」に傾いてしまうので、聞き手に向けると誤解の生じるおそれがある。「6」と「7」の「よく(ぞ)/よく(も)」は、話し言葉専用であるが、ほめ言葉で使われていた「よく(ぞ)」を、皮肉や風刺で、非難「よく(も)」に向けたと考えられる。 使い分けワンポイント ④0~でしかない・~にすぎない 社会的には差別主義者で、公金を横領して私腹を肥やし、人の苦境を見ても意にも介さず、出世のためなら人をも殺しかねない男が、家庭では、目に入れても痛くないほど、子どもを可愛がる「よき父親」+ でしかない/にすぎない/×であるだけだ + ということが、矛盾もせず、良心の痛みもなく、ひとりの人間の心に両立している + にすぎない/だけである/×でしかない。 なんだかんだ言ってますが、そんなの、嘘 + でしかありません/にすぎません/×なだけです + よ。授業に出たくない + にすぎません/だけのことです。 例えば「犬は動物だ/清少納言は『枕草子』の作者だ」など、XとYが名詞で「Xは+Y+だ/である」であれば、基本的に「Xは+Y+でしかない」に書き換えて使うことができる。 つまり、XとYの間に「X(下位語)」が「Y(上位語)」に含まれる「X⊂Y」か、両者が一致「X=Y」する「X⊆Y」という関係が存在する場合に使われるので、例えば、レストランでの注文で「僕はステーキとツナサラダだ」といったり、また「『源氏物語』の作者は誰だった?」と聞かれて「『源氏物語』は紫式部だ」と答えたりする場合の「X≠Y」には、使うことができない。 同様のことは「名詞Y + (である) にすぎない」にも当てはまり、多くの場合で「名詞Y + でしかない」と互換性がある。 私/彼女 + はアルバイト + でしかありません/にすぎません + から、申し訳ございませんが、この件は店長とお話していただけますか。 これは、私/彼 + の若いときに描いた作品 + にすぎない/×でしかない + ので、そんなにたいした価値のある絵でもありませんね。 誰だ、あのバカに料理させたのは。こんなもの、人様が食えるか。犬ですら顔をそむけるようなもの + でしかない/×にすぎない + ぞ。 「Xは+Y+でしかない」は、Xに対する話し手のマイナス評価を表し、Xが話し手自身のことであれば「謙虚さ/遠慮深さ」になり、Xが話し手のことでなければ、Xを「軽視/軽蔑/侮蔑」していることになる。 「Xは+Y+にすぎない」は、Xに対する過度の期待や予想、他者の過大評価を否定して、基本的に「Yは+重要ではない/大したものではない/ささいなことだ/問題にならない」といった評価をする場合に使われるので、必ずしもマイナス評価を表しているわけではない。 昨日の事故、すごかったろう?ところが脱線して転覆した電車に乗ってたお隣りの人、歩いて家に帰ったんだって?けがといっても、ほんのかすり傷+にすぎなかった/×でしかなかった+らしいよ。 上の例では、むしろプラス評価になっているが、事故のすごさから予想される「けがのひどさ」を否定していることになる。 <1070> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断害 「Y + でしかない/(である) にすぎない」は両者とも、話し言葉にも書き言葉にも使われるが、後者のほうが書き言葉で多用される。 使い分けワンポイント ④~にすぎない・~だけだ 尊敬だなんて、そんな。私はただの先生 + でしかありません/にすぎません/×であるだけです。子どもに教えるのが好き + なだけな/×にすぎない + のです。 どうしてなの。何もわざわざバスに乗って行くまでもないんじゃない? 近くのスーパーより、ちょっと安い + にすぎない/だけ + じゃない (↓)。 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ではないか」を参照 もう大丈夫です。ちょっとめまいがした + にすぎません/だけです。 この辺は、住むにはいいところですよ。悪いところといっても + 交通がちょっと不便 + にすぎません/なだけです + から。 ▶本文7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/『~だけ』の使い方」を参照 ▶本節「使い分け④/~でしかない・~にすぎない」を参照 「ほかでもなくAだ」という「限定」を表す「A - る/~い/~た/状態名詞な/名詞 + だけだ」は、名詞Xと名詞Yが「X⊆Y」という関係になる最初の例のような「Xは + Y + だ/である」の場合には「×Xは + Y + な/である + だけ + だ/である」といった使い方がないので、すべての場合で「Y + でしかない/ (である) にすぎない」とは互換性がない。 しかし、名詞以外に接続する「A - る/~い/~た/状態名詞な + だけだ」は「A - る/~い/~た/状態名詞(である)+ にすぎない」と互換性がある。 これに対して「~でしかない」は、名詞にしか接続しないし、のちほど「使い分け④~④⑥、④⑨~⑤」で述べる「~しかない」も、動詞に接続して「あきらめ」の気分を表す「使い分け⑤④」の場合のほかは、名詞だけに接続する。 この辺は、住みにくいですよ。いいところといっても+交通がちょっと便利+にすぎません/なだけです+から。 これなら平気です。少し辛い+にすぎません/だけです+から。 ほかの方ができなかったんじゃありません。私ができなかった+だけな/×にすぎない+のです。申し訳ございませんでした。 この機械を動かすには、このボタンを押す+だけだ/×にすぎない。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/-るだけだ」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~だけ」を参照 ▶本文 8.1.「極限/状態/~かぎり・~だけ・なるべく」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + だけ・しかない」を参照 ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~だけに/『~だけ』の使い方」を参照 「A+だけだ」は「A以上でも、A以下でもない」というニュートラルな客観的評価を表すので、Aがプラスの場合「便利/安い/好き/ボタンを押す」でも、マイナスの場合「不便/めまいがする/辛い/できなかった」でも使うことができる。しかし「A+にすぎない」は、Aに対する一般評価とは無関係に「Aは+重要ではない/たいした問題ではない/ささいなことだ」という評価を含む場合にしか使うことができない。 <1071> したがって「ちょっと/少し/いさざか/ほんの少し/わずかに/ただ + A + にすぎない」といった使われ方をすることが多い。 使い分けワンポイント~だけがある・~しかない ずいぶん買い物したけど、残ってるお金、まだこれだけあるよ。 →ずいぶん買い物したから、残ってるお金、もうこれ(だけ)しかないよ。 10分だけ待ってあげるから、速くして。でなきゃ、先に行くよ。 →10分しか待ってあげない。ぐずぐずしてたら、先に行っちゃうから。 一応の説明だけはしておいたから、わかったんじゃないかな。 →一応の説明しかしておかなかったから、わかってないんじゃないかな。この料理だけ味が薄いんだけど、お塩かお醤油、入れたほうがいい? →この料理しか味が薄くないんだけど、患者さんに出して大丈夫なの? みんな、お友だちでしょう? どうしてあの子だけ好きなの? →みんな、お友だちでしょう? どうしてあの子しか好きじゃないの? 離婚するって?子育てだけが生き甲斐(なん)じゃなかったの? →離婚するって?子育てしか生き甲斐じゃないんじゃなかったの? →離婚するって?子育てしか生き甲斐がないんじゃかったの? ▶本文 2.6. 「時の表現/基準時直前直後/-るだけだ」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~だけ」を参照 ▶本文 8.1.「極限/状態/~かぎり・~だけ・なるべく」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~だけでなく」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + だけ・しかない」を参照 ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/原因/~だけに/『~だけ』の使い方」を参照 上の例は「名詞X + だけ + (が/を ...) + B - る/~い/~た/ (状態) 名詞」が「名詞X + しか + B + ない」に置き換わることを示している。 「名詞X + だけ + (が/を ...) + B」は、特に数量的に「X以上でも以下でもない」というニュートラルな評価をする。 一方「名詞X + しか + B + ない」は、下限のない「X以上ではない」という評価に傾き、話し手が「Xの数量は少ない」と感じている場合に使われる。これに対して「名詞X + だけ + B」は「少ない」という判断はしていない。ここでの「数量」には「程度」も含まれるが、数量化デジタル化できる程度のほうが使いやすい。 A:タバコ、一日に5本くらいしか吸わないんでしょう。 B:ん、(一日に吸うのは)5本だけだ。 H:お小遣い、いくらかって? 月に3万円くらいしか使わないよ。 I:3万円も? それだけあれば十分でしょう? P:ビール、冷蔵庫に1本しか入ってないわよ。 Q:え~? 1本しかないの? どうして入れてくれなかったの? P:あら、このあいだの検診で痛風だったんでしょう? ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量+だけ・しかない」を参照 話し手の「少ない」という判断が、プラス評価につながるのか、マイナス評価につながるかは、上のように、どちらの場合でもありえるので、いわば、話し手の置かれている状況次第ということになる。 <1072> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 使い分けワンポイント ④3~のは~ + だけだ・しかない・にすぎない 今、鍵+だけが/しか+このポケットに+ある/ない+んだ。 →今、このポケットにあるのは、鍵+だけな/※にすぎない/※しかない/※でしかない/ ※があるにすぎない/※であるにすぎない/※があるだけな+んだ。 →今、このポケットにあるのは、ただ鍵だけな/ただの鍵にすぎない + んだ。 →今、このポケットには、鍵 + しかない/があるにすぎない/があるだけだ/×でしかない/ ×であるにすぎない/×だけだ/×にすぎない。 困ったわね、本当に何度いえばわかるのかしら。彼は彼女だけを愛しているのよ。 →困ったわね、本当に何度いえばわかるのかしら。彼が愛しているのは、ただ彼女+だけな/しかいない/(×がいる)にすぎない+のよ。 親身になって相談に乗ってくれたのは、先生 + だけです/しかいません/※(で)しかありません/※(である)にすぎません/※がいるにすぎません/※すぎません。 →いえ、本当に親身になって相談に乗ってくれたのは、ただの小学校の先生 + だけ/にすぎません + でした。 知らなかったの?この会社で、本当に賢いのは、あの課長+だけだ/(だけ)しかいない/ ×にすぎない+よ。 持っていくのは + (ただ) + このカバン + だけな/しかない/にすぎない + のね。 見たくないのは + (ただ) + ホラー映画 + だけだ/にすぎない/△(で)しかない/△であるにすぎない/×があるにすぎない。ほかは何でもいい。 嫌いなのは + (ただ) + 納豆みたいな口のなかでねばねばするもの + だけです/にすぎません/△ (で) しかありません/△であるにすぎません/※があるにすぎません/※があるだけだ。 彼だけが本物の医者だ。→彼 (だけ) しか本物の医者ではない。 →本物の医者なのは、彼 + だけだ/(だけ) しかいない/×にすぎない/×がいるにすぎない。 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + だけ・しかない」を参照 ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~だけに/『~だけ』の使い方」を参照 上は「名詞X + だけ + (が/を...) + B -る/~い/~た/ (状態) 名詞な + のだ」を「B + のは、名詞Z + だけ + だ/である」に書き換えたものである。XとZは同じ名詞であるが、文における機能が異なるため、異なる記号を使っている。 しかし「名詞X + しか + B + ないのだ」の場合、このまま「×B + ないのは、名詞Z + しか + だ/である」には書き換えることができない。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~の』の機能」を参照 「Bのは+名詞Zだけだ」は、文頭の「Bの」の部分が名詞に相当しているので、これを「名詞P」にすると「名詞Pは+名詞Zだけだ」になる。これを単純化すると、次のようなことが起こっている。 <1073> 犬は動物 + だ/でしかない。 →犬は動物 + ×だけだ/でしかない。 清少納言は『枕草子』の作者だ。 →作者 + ×だけだ/でしかない。 この写真の男は犯人だ。 →犯人 + ×だけだ/でしかない。 サメではなくイルカが哺乳類だ。 →哺乳類 + ×だけだ/でしかない。 これは免許証じゃなく会員証だ。 →会員証 + ×だけだ/でしかない。 〈PはZだ → P⊇Z〉 ×動物は犬だ。 ×動物は犬+だけだ/でしかない。 『枕草子』の作者は清少納言だ。 →清少納言+だけだ/しかいない。 犯人は、この写真の男だ。 →この男+だけだ/(で)しか(い)ない。 哺乳類はサメではなくイルカだ。 ×イルカ+だけだ/(で)しか(い)ない。 免許証じゃなく会員証なのはこれだ。 →これ+だけだ/(で)しかない。 「名詞Pは+名詞Zだけだ」が可能なのは、次の2つの場合である。 1.2つの名詞には「PZZ」という関係が成り立っている 2.名詞Zは、唯一無二の特定の個「Z=1」である つまり「X⊆Y」の場合は、絶対に「×Y + だけだ」は成立しないが、逆の「P⊃Z」の場合は、条件「Z=1」であれば、常に「Zだけだ」が成り立つことになる。 しかし「~しかない」は、どちらの場合でも成立する可能性がある。 つまり「X⊆Y」の場合は、マイナス評価でありさえすれば、常に「Yで + しかない」が成立するし、逆の「P⊃Z」の場合も、条件「Z=1」であれば「Z + しか(い)ない」が成立する 「名詞Zだけだ」が成り立つと「名詞Zしか(い)ない」が成立しているが、これは、もともと「PはZだ」という主題を示す形式であった「PはZだけだ」が、存在を示す形式「Pでは、個別のZが、ふたり/2つ+は+いなくて/なくて、ひとり/ひとつ+しか+いない/ない」に変化していることを示している。 また「名詞Z(Z=1)」は「特定/個別」の「生物/非生物」を指しているので、例えば「見たくないのはホラー映画/嫌いなのはねばねばするもの」の「ホラー映画/ねばねばするもの」は、特定の非生物を表している。 しかし、これを一般的な「グループ/カテゴリー/ジャンル/種別」(Z⊃1) にし、逆に「私が+見たくない/嫌いな+のは」を、個別的な「私の好み」(P=1) としてとらえると、PとZの関係が逆転して「P⊆Z」になり、つまり「X⊆Y」という関係が成立して、もしかすると存在形式「Z/Y+しかない」ではなく、主題形式「Z/Y+でしかない」が使われるかもしれない。 <1074> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 $ \langle X \text{は } Y \text{ だ } \rightarrow X \subseteq Y \rangle $ 〈PはZだ → P⊇Z〉 犬は動物 + にすぎない/でしかない。 ×動物は犬 + にすぎない/(で) しかない。清少納言は『枕草子』の作者/『枕草子』の作者は清少納言 + にすぎない。 この写真の男は犯人/犯人はこの写真の男 + にすぎない/(で) しか (い) ない。サメではなくイルカが哺乳類/×哺乳類はサメではなくイルカ + にすぎない。 これは免許証じゃなく会員証/免許証じゃなく会員証なのはこれ + にすぎない。 (注)上の「~にすぎない」が成立している例は「X=Y=P=Z=1」なので「~(で)しか(い)ない」に置き換わる。 文末にくることのできる「名詞Y/名詞Z + (である/がある/がいる) + にすぎない」は、もし「名詞Yで + しかない」か「名詞Z + でしかない/しか (い) ない」が成立すれば、成立する。 しかし「~だけだ」との互換性は、もともと「×名詞Y + (な/である) + だけだ」という使い方がないので、可能性があるとすれば「名詞Z + だけだ」の場合である。つまり、主題形式「名詞Y + でしかない/(である) にすぎない」ではなく、存在形式になる「名詞Z=1」の場合ということになる。 しかし「×Pは+名詞Zが+ある/いる+にすぎない」の場合、もともと「~にすぎない」が名詞に接続できる形式なので、わざわざ「が+ある/いる」を加えると、かえって不自然になり、むしろ「名詞Zにすぎない」や、また「重要でない」といった評価からすれば「名詞Zだけにすぎない」のほうが、はるかに自然な響きがする。もちろん使えるのは、話し手が「PはZだ」を「重要でない」と評価した場合だけである。上にあげた例で「P (未完文) + のは+Z にすぎない」が不自然に響く場合は、前に「ただ (の)」を補ってみると、自然な感じがするかもしれない。 部屋にいるのは、弟 + だけだ/にすぎない/だけにすぎない/×しかいない/×がいるにすぎない/×がいるだけだ。 →部屋には、弟 + △だけだ/△(だけ)にすぎない/しかいない/がいるにすぎない/がいるだけだ。 「名詞Z + しか (い) ない」が使えないのは、最初の例「×ポケットにあるのは鍵しかない」のような場合でるが、これは「~は」の前後で「ある/いる」が重複して、不自然な響きになるためである。ただ「名詞Z + (で) しかない/にすぎない」は、使い方が複雑なせいか、最も簡単明瞭な「名詞Z + だけだ」が多用される。 使い分けワンポイント ④「~だけだ」の誤用例 A:わあ、高そうなバッグね。いくらしたの? B:5千円 + だ/×だけだ/×だけした/しかしなかった + よ。 →たった(の)/ほんの/わずか(の)+ 5 千円だよ。倒産セールをしてたんだ。 E:お金、いくら持ってるの? F:数千円 + だ/だけだ/しか持ってない/×だけ持ってる + けど。 J:そろそろ出かけようかな。今、何時? K:5時に + △しかならない/×なっただけだ + よ。まだ早いんじゃない? <1075> →5時になったばかり/(まだ)5時+だよ。まだ早いんじゃない? M:この報告書を作るの、大変だったでしょう?何時間かかったの? N:5時間+です/だけです/しかかかりませんでした。 ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量+だけ・しかない」を参照 ▶本文2.6.「時の表現/基準時直前直後/-るだけだ」を参照 ▶本文6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~だけ」を参照 ▶本文8.1.「極限/状態/~かぎり・~だけ・なるべく」を参照 ▶本文1.7.「主題/累加/~だけでなく」を参照 ▶本文7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~だけに/『~だけ』の使い方」を参照 AとBの会話における誤用は、次のようになっている。 1. バッグ(X)は + いくら(Y)だ: 名詞Yに「~だけだ」を使っている。 2. バッグは + いくらした: 自動詞「する」を使って「×高そうなバッグがしたのは5千円だけだ」に変換できない。 EとFは、次のようになっている。 1. お金をいくら持っているか: 左の問いへの答えは「持っている + の/お金 + は、数千円だけだ」になる。 2. 数千円しか持ってない:怒ったようになるが、上の「数千円だけだ」を「数千円しかない」に変換することもできる。 1. 時間の長さ (量) は限定できるが、時刻は限定できない。 2. 今 (X) は + 5時 (Y) だ: 可能なものとしては「×今はまだ5時 + でしかない」であるが、時刻を過小評価できない。 3. 直前の事態は「~た + ばかり/ところ + だ」を使う。 4. 5時にしか + ならない/なっていない: 使う人がいるかもしれない。 「5時になる」を変換したもの。 MとNは、EとFの場合と同じである。 話し言葉では「名詞 + (で) しかない」が多用されるが、これは「~しか + ない」のほうが「~だけ + (だ)」よりも、限定する度合いが大きく、聞き手に対するインパクトが強烈だということも原因している。 A:あのう、すみません。それを3本+ほど/×だけ+ください。 B:これですか。3本+だけでいいのですか/×しか要りませんか。 ▶本文7.1.「比較・比喻・比例/比較と程度/数量+だけ・しかない」を参照 D:今日は、誰と誰が、取り引き先へ行くんだい? E:王さんと私+だけが参ります/だけです/×しか参りません。 <1076> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 M:このなかで、どなたが弁護士をなさってらっしゃるのですか。 N:この人+だけ(が弁護士)です/×しか弁護士ではありません。 P:朝は、何を召し上がりますか。 Q: 朝ですか?コーヒー + しか飲みません/※だけ飲みます/だけです + ね。何も食べられなくて。 →朝ですか?簡単に、コーヒーを飲むだけですね。 S:小銭/細かいもの、お持ちですか。 T:いえ、大きいもの/これ+しかありません/×だけあります/だけです。 V:このなかで、弁護士をなさってらっしゃるのは、どなたですか。 W:(このなかで、弁護士をしているのは、)この人+だけです/×しかいません。 Y:パーティーに行くのは誰ですか。 Z:私 + だけです/×しか行きません/×しかいない/×しかいません。 B:時間があるのは、いつ? C:火曜日+だけです/※しかありません。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/ーるだけだ」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~だけ」を参照 ▶本文 8.1.「極限/状態/~かぎり・~だけ・なるべく」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~だけでなく」を参照 ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~だけに/『~だけ』の使い方」を参照 「~だけ」が名詞に接続するのは、次の2つの場合である。 B1を「未完文-る/~い/~た/(状態)名詞な」とする 名詞X + だけ (が/を/に/…) / (※が/△を/…) だけ + B1 + のだ P/B1の + は + 名詞Z + だけ + だ/である (注) 記号「B/P」や「X/Y/Z」は「使い分け④」と同じである。 「~しかない」が名詞に接続するのは、次の3つの場合である。 B 2 を「-る/~い/~た/(状態)名詞では」とする 名詞X + (×が/△を/に/...)しか + B2 + ない 名詞Y + でしかない P/B1の + は + 名詞Z + (で)しか (い)ない 「~だけ (だ)」と「~しかない」は、よく〈問いかけ文〉の答えに使われるが、これは通常、次のような〈問いかけ文〉でなければ、その返答に、わざわざ〈問いかけ文〉のなかの「ある名詞」を限定しないからである。 明日、私たち+だけで出かけますか/しか出かけないのですか。 今日のおかず、これ+だけな/しかない+の? ただ上の場合も、この問いかけを生み出す対話背景や文脈があり、それに相応した〈問いかけ文〉にすぎない。 名詞Yの場合を除けば、名詞Xと名詞Zに「~だけ(だ)/~しかない」が接続すると、形の上では常に変換が可能になるが、両者の使い分けは、次のようになっている。 <1077> 多くのなかから選択する場合:対話「A~N」 XだけB/△XしかBない 「(疑問詞 + ) Bか」に答える場合:対話「P~T」 Zだけだ/XしかBない 「Pは+疑問詞か」に答える場合:対話「V以下」 Zだけだ/△XしかBない/△Zしか(い)ない 「~だけ (だ)」で誤用が多いのは、P~Tの「Zだけだ」を「XだけB」で答えることである。もし答えが「X」なら「XしかBない」で答えることになっている。 一方「~しかない」の誤用は、A~NとV以下のような場合に「XしかBない」を使うことである。 選択の場合に「XしかBない」を使うと、話し手は「少ない」という評価をするので、聞き手へのマイナス評価「3本なんて少ないじゃないか」や「どうして分からないんだ+ 行くのは2人/飲みたいのはコーヒー/ほしいのはこれ/弁護士はこの人 + なんだよ」になり、聞き手に腹を立てているような言い方になってしまう。もちろん、聞き手に対する「いらだち/じれったさ/もどかしさ/うっとうしさ」といった不満があれば、ぴったりした言い方になる。 気分的に「X/Z=1」を前面に押しだすときは「XしかBない/Zしか(い)ない」を使い、控えめにしたいときは「XだけB/Zだけだ」を使っている感じになる。 使い分けワンポイント ④⑤~だけ + しかない・にすぎない 「~だけ + しかない/にすぎない」が使えないのは、次のような「~だけ」の使えない「使い分け④④」に示した「名詞Xは名詞Y + で + しかない/(ある)にすぎない」の場合である。 私は、この現場のガードマン + (×だけ) + でしかありません/にすぎません + から、あの顔中、ヒゲだけの監督さんに聞いてください。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/-るだけだ」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~だけ」を参照 ▶本文 8.1.「極限/状態/~かぎり・~だけ・なるべく」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~だけでなく」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量+だけ・しかない」を参照 ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~だけに/『~だけ』の使い方」を参照 「使い分け④」の「P/B1の+は+名詞Z+だけ+だ/である」の場合は、次のように書き換えることができる。B1は「-る/~い/~た/(状態)名詞な」である。 教室で勉強してるのは、グエンさんだけ + しかいない/にすぎない/だ。食べ残して捨てたのは、さっきのご飯だけ + ×しかない/にすぎない/だ。彼が酔って殴ったのは、係長さんだけ + しかいない/にすぎない/だ。本当においしいのは、あのケーキだけ + ×しかない/×にすぎない/だ。心から憎いのは、あいつだけ + しかいない/にすぎない/な + んです。まあ得意で上手なのは、サッカーだけ + ×しかない/にすぎない/だ。 <1078> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 名詞Zが「非生物」の場合、Zを限定するのは「Z+だけだ/しかない」のどちらかで十分と考えるのか、二重の鎖で締めつけたようになる「Z+だけしかない」は不自然に響く。しかし、勝手に動き回る「生物」は、何重の鎖でもかまわないのか、むしろ多用される傾向にある。 この階には、子どもたち + だけ + しかいません/がいるにすぎません/×にすぎません。大人の方たちは、上の階か下の階です。 親というものは、自分の子ども + だけ + しか可愛くない/が可愛いにすぎない + のだ。親という立場を離れて、他人の子を愛せるだけだ。 あの男は、お金にだけ + しか興味がない/興味があるにすぎない + よ。 このクラスからは、3人だけしか、研修会に参加できない。 →このクラスからは、3人だけが、研修会に参加できるにすぎない。 彼は、彼女だけを、愛している。(昔はほかの女を愛したかもしれない) →彼は、彼女 (だけ) しか、愛していない。(今、ほかの女は愛していない) →彼は、彼女だけを、愛しているにすぎない。(ほかの女は重要でない) →彼は、彼女を、愛している + だけ + にすぎない/× (で) しかない。(愛してはいるが、別に結婚しようなどとは考えていない) ×彼は、彼女だけを、愛している + だけ + にすぎない 「~だけにすぎない」が使えるは、上のように、話し手が事態を「たいしたことではない/重要ではない」という評価をした場合である。 使うことのできる「~だけ」を「(だけ)」で示せば、名詞にしか接続できない「~しかない」は、次のように使われる。 名詞X + (だけ) しか + B2-る/~い/~た/ (状態) 名詞では + ない 名詞Y (※だけ) + でしかない 名詞 Z(生物)+(だけ)しか + いない 名詞 Z(非生物)+(×だけ)しか + ない 「名詞Xは名詞Yで + しかない」には、名詞Xを名詞Yで限定すると同時に、名詞Xが名詞Yであることを過小評価する気持ちが含まれているが、しかし「名詞X + だけしか + Bない」には、名詞Xを限定する意味しか含まれていない。言い換えれば「X + しかBない」で限定した名詞Xを、さらに「X + だけ」で限定したことになるので、これは「名詞Z(生物)+ だけ + しかいない」の場合と同じである。 一方「~にすぎない」のほうは、名詞以外にも「A 1=-る/~い/~た/状態名詞(である)」に接続可能なので、A とのあいだに「~だけ」を入れて「A + だけにすぎない」にできるが、名詞Xの場合は、X とA のあいだに「~だけ」が入り、文末の「~にすぎない」とは分離して「XだけAにすぎない」になる。使い方は次の通り。 A 2-る/〜い/〜た/状態名詞な (である) + だけにすぎない 名詞X + だけ + A 1/名詞 (である) + にすぎない 名詞Y (である) + (×だけ) にすぎない 名詞Z (×である) + (だけ) にすぎない <1079> 「A + だけにすぎない」は、Aを「~だけ」で限定しているが、意味の中心は「A + にすぎない」のほうにあり、やはり「Aが重要でない」という評価をしている。 あいつは + バカ/特別 + なだけにすぎない/(×だけ) にすぎない。 「×名詞Y(である)+ だけにすぎない」は存在しないので、例えば「バカ/特別/正常/異常/最善/最悪」などが、状態名詞と名詞とを兼ねる場合、状態名詞は「状態名詞な+だけ+にすぎない」になるが、名詞のほうは「~だけ」を拒んで「名詞+にすぎない」となる。 私はただの先生 + にすぎない/でしかない/△なだけにすぎない。 しかし、最近では「名詞 + な + だけ + にすぎない」が聞かれるようにはなっている。 ④状態名詞+であるだけにすぎない 子どもに教えるのが、ただ好き + である/×の + にすぎない (んだ)。 →子どもに教えるのが、ちょっと好き + △の/×である + にすぎないんです。 子どもに教えるのが、ただ好き + な/である + だけにすぎない。 →子どもに教えるのが、ちょっと好き + な/×である + だけにすぎ + ません/ないんです。 引っ越し先は、便利なところでもなし、少し静かなだけにすぎませんね。 「使い分け④⑥」の「A + (だけ)にすぎない」は、上のような「好きだ/静かだ」といった「重要性」を示す場合には使うことができないので、通常は「ちょっと/少し/ほんの少し/わずかに/ただ/いささか」などを加えて「重要性が少ない/大したことでない」という気持ちに変えて使われる。 状態名詞の場合、硬い書き言葉の「~である」は、話し言葉では避けられるので、次のように使い分けられている。 書き言葉:(ただ) 状態名詞 + であるにすぎない (ただ) 状態名詞 + な/である + だけにすぎない 話し言葉:ちょっと + 状態名詞 + なだけにすぎない/△にすぎない ただ、最近「状態名詞 + であるだけにすぎない」は、いかめしさを感じさせて、書き言葉でも使われない傾向にある。状態名詞を話し言葉で使う場合、ただ「ちょっと+好き/静か/便利+にすぎない」とするよりも、やはり「ちょっと+好き/静か/便利+な+だけ+にすぎない」のほうが落ち着くが、これは「ちょっと」が「~だけ」と響きあって、話し手の言外の気持ち「Aは重要でない」とマッチするからであろう。ところが「名詞」の場合は、たとえ書き言葉であっても「~であるだけにすぎない」に接続できないが、これは次のように、もともと「×名詞+であるだけだ」が存在していないからである。 *名詞X + であるだけにすぎない *名詞Yである + だけにすぎない *名詞Z + だけであるにすぎない *名詞Xだけが + 名詞 + だけであるにすぎない 「X + にすぎない」が存在しない 「Y + であるだけだ」が存在しない 「Z + であるだけだ」も存在しない <1080> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 「~だけ」のない「~であるにすぎない」は、すでに述べたように「名詞X + だけ+名詞+であるにすぎない/名詞Y+であるにすぎない」の2つの場合に接続し、残りの「名詞Z」には「+である」を拒んで「+(だけ)にすぎない」にしか接続しない。 使い分けワンポイント ④8 名詞 + だけ + でしかない 朝食に食べてるのは、野菜サラダ + だ/(で)しかない/だけだ/だけでしかない。 海外に行ったのは、これまで3回 + (で)しかない/だけだ/だけ (で)しかない。 買ったのは、ビール1ケースと肉 + でしかない/だけだ/だけでしかない。 さっき食べ残して捨てたのは、ご飯 + でしかない/×しかない/だけでしかない。 内容証明で送るのは、重要書類だけ + でしかない/×しかない/にすぎない。 「使い分け④⑥」に示したように「名詞Y」では不可能であるが、上のような「名詞Z+ だけでしかない」が成り立つのは、次の2つが同時に成り立つ場合である。 ただ、上の「3回」の場合に「~しかない/だけしかない」が可能になるのは「海外に行ったのは、これまで3回ある」という存在形式が成り立つからである。 1. Zが「非生物」で「×PはZだけしかない」が不自然になる 2. P⊆Zの場合で「PはZでしかない」が可能になる Pが「個別的な私のこと」で、Zが「一般的なグループや種別」になる 「名詞Z+だけだ」で十分なのに、わざわざ「~でしかない」をプラスしているが、話し手は「名詞Y+でしかない」のマイナス評価を加えているわけではなく、生物の場合の「名詞Z+だけしかいない」と同じで、限定を重ねているにすぎない。 聞こえてきたのは、耳障りな音+だ/でしかなか/×しかなか+った。 →聞こえてきたのは、耳障りな音だけでしかなかった。 このみすぼらしい部屋を訪れるのは、朝日だけでしかなかった。 また「音/光」などは、通常「~が+ある/ない」では使えないので、擬人法でなければ、もともと「音/光+しかない」といった言い方が存在していない。 誕生日にもらったのは、このネクタイ + だけだ/しかない。 ×誕生日にもらったのは、このネクタイだけ + しかない/でしかない。 誕生日にもらったのは、これだけだ。 →誕生日にもらったのは、これだけ + でしかない/しかない。 上の「このネクタイ」は「個別のZ=1」なので「だけ+しかない/でしかない」は使うことができない。しかし「これだけ」のほうは「これ」が「個別のZ=1」を表しているのではなく、例えば机の上にあるさまざまなものを指差して「このすべて/これ全部」といったことを表している。 ここでの「~だけ」は「ここからここまで」といった「範囲」を限定する働きをしていて、いわば「これだけ」がひとつの名詞となっている。そして「これだけ + だ」の「名詞 + だ」が「名詞Y + でしかない/名詞Z + しかない」に変化したものと考えられる。 使い分けワンポイント ④9 「~しかない・~にすぎない・~だけ (だ)」の接続「~しかない/~にすぎない/~だけ (だ)」は、接続が怪奇なほど複雑で、接続の違 <1081> いが使い方の違いにもなっているので、それぞれに可能な接続をまとめておくと、次のようになっている。なお、記号は、次を参照のこと。 ▶本節「使い分け④/~のは~ + だけだ・しかない・にすぎない」を参照 A:-る/~い/~た/状態名詞(である) B:-る/~い/~た/(状態)名詞(だ/である/な) 名詞X:文末にこない 名詞Y/名詞Z:〈未完文〉を含むが、文末にくることができる 3つの名詞は、次のように使われる。 XはYである(X⊆Y) PはZである(P⊃Z=1) Pは〈未完文〉Bに「~の」を加えた「B + の」である 1. 名詞+しかない 名詞X + (だけ)しか + Bない 名詞Y (*だけ)で + しかない B+のは、名詞Z+(だけ)しかいない Xへの評価はプラス・マイナス Yへの評価はマイナス B + のは、名詞Z + (※だけ)しかない(非生物) Zへの評価はプラス・マイナス 特に(P⊆Z)の場合は、次のようになる。 同上 B + のは、名詞Z + (だけ) でしかない(非生物) 同上 ▶本節「使い分け④/~だけ+しかない・にすぎない」を参照 2.名詞/A+にすぎない 名詞X + (だけ) + A/名詞(×である) + にすぎない 名詞Y(である/×だけ/×であるだけ/×だけである)にすぎない B + のは、名詞Z + (だけ) + (※である) + にすぎない Aーる/~い/~た/状態名詞な(である) + (だけ) + にすぎない (注)すべて「重要ではない/大したことではない/ささいだ」といった評価をする場合にしか使うことができない。書き言葉の場合にだけ「~である」が使われる。 3. 名詞/A+だけ(だ) 名詞X + だけ + (が/を/に/で/から/…) + B B+のは、名詞Z+だけ+だ/である Aーる/~い/~た/状態名詞な(である)+だけ+だ/である (注)すべての場合で評価は「ニュートラル」である。書き言葉では「~である」が使われる。ことがある。「名詞 + な/である + だけ + だ/である」は使うことができない。 使い分けワンポイント ⑤0 「~しかない・~にすぎない・~だけだ」の互換性 3者の互換性をまとめて例示してみると、次のようになる。記号は「使い分け④9」の「接続」を参照のこと。特に、名詞Yは「身分/職業/資格/所属グループ」を表すことが多い。 <1082> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 1. XはYだ (X⊆Y) 私は秘書 + でしかない/ (である) にすぎない/× (である) だけだ。 怖いものは、蛇 + だけだ/ (だけ) でしかない/ (だけ) にすぎない。 好きな勉強は、数学 + だけだ/ (だけ) でしかない/ (だけ) にすぎない。 2.Xが+いる/ある 職員室には、数学の先生 + (だけ) しかいません。 + (だけ) がいる + にすぎません/だけです。 頭には、留学試験のこと+(だけ)しかない。 (試験のことで頭がいっぱい、ほかのことは考えられない) +(だけ)がある+(だけ)にすぎない/だけだ。 (試験のことで頭がいっぱいだが、大したことではない) 愛した人は、彼女+だけだ/(だけ)しかいない/(だけ)にすぎない。 怖いものは、蛇+だけだ/(だけ)しかいない/(だけ)にすぎない。 好きな勉強は、数学+だけだ/(だけ)しかない/(だけ)にすぎない。 3.Xが+いない/ない 冷蔵庫には何でもあるが、ビールがない+(だけ)にすぎない/だけだ。 ビールだけがない+ にすぎない/だけだ。 (ビールがないにすぎない:ビールなどなくても問題でない) 4. X + が/を/に/から/で... + B 我が校の相撲部だけが、来年の国体(国民体育大会)に出場できるのだ。 →我が校の相撲部だけしか、来年の国体には出場できない。 →「僕は蛇だけしか怖くない」と、怖いもの知らずの彼が言った。 スキャングルに満ちた生涯で、彼は彼女だけを心から愛したのです。 世界を支え、歴史を動かしてきた無名の人々だけが、真に偉大なのだ。 冷蔵庫にビールが1本だけ冷えている + にすぎない/だけだ。 (~にすぎない:ビールが1本だけでも問題でない) 冷蔵庫にビールが1本しか冷えていない+にすぎない/だけだ。 (~にすぎない:ビールが1本しか冷えていなくても問題でない) 5. PはZだ (P⊆Z = 1 / P⊆Z) 来年の国体に出場できるには、相撲部 + だけだ/(だけ) にすぎない。「僕が怖いのは蛇だけにすぎない」と、怖いもの知らずの彼が言った。→怖いのは、蛇 + だけだ/(だけ) しかいない/(だけ) にすぎない。学校の勉強で好きなのは、数学 + だけだ/(だけ) でしかない。スキャングルに満ちた生涯で、彼が心から愛したのは、彼女だけです。→愛したのは、彼女 + だけだ/(だけ) しかいない/(だけ) にすぎない。真に偉大なのは、世界を支え、歴史を動かしてきた無名の人々だけだ。→歴史を動かしたのは、無名の人々 + だけである/×であるだけだ。→歴史を動かしたのは、無名の人々 + (だけ/である) + にすぎない。 6.~い/~た/状態名詞 彼女は、ちょっと可愛い+だけです/(だけ)にすぎません。 さっきグランドを5周した+だけだ/(だけ)にすぎない+よ。 <1083> この町は、駅前が少しにぎやかな + だけです/(だけ) にすぎません。 昨日、少し雪が降った + だけだ/(だけ) にすぎない/×(で) しかない。 7. ーる + だけだ/にすぎない/しかない もう時間もないし、これだけ待っても来ないんだから、僕たちだけで出発する + だけだ/しかない/×にすぎない。 そんなに痛ければ、病院へ行く + だけだ/しかない/×にすぎない + な。 ▶本節「使い分け⑤④/あきらめの『~しかない/~だけだ』」を参照 何も心配することなんかありませんよ。不合格だったら、追試を受ける+だけ(のこと)です/×しかありません/(だけのこと)にすぎません。 何も難しくはないでしょう?カードを入れてエラーが出れば、ここに手のひらをのせる+だけな/×しかない/にすぎない+のですから。 せっかくおいしいコーヒーを飲んだところで、眠れなくなる + だけだ/×しかない/×にすぎない + から、夜は飲まないことにしている。 ▶本文 5.4.「逆接条件/逆接仮定条件/~たところで」を参照 結婚する限りは、ふたりで幸せな家庭を築いていく + だけだ/×しかない/×にすぎない。 使い分けワンポイント ⑮ ~しかない・~にすぎない + だけだ 「~しかない/~にすぎない + だけだ」には、次のように接続に制限がある。 ▶本節「使い分け⑤④/あきらめの『~しかない/~だけだ』を参照 1.数量Xしか +-る/~い/~た/状態名詞 + ない + だけだ 何、むくれてるのよ。ビールが1本しか、冷えてないだけじゃないの。 財布に5千円しかないだけですよ。ATMに行けば、すむ話じゃないですか。 何だよ。3科目しか合格しなかっただけだろ? まだ追試があるじゃないか。 野球部しか大会に出られないだけじゃないの? ひとつだけでもまだましよ。 他人の親に期待などするな。親なんて自分の子どもしか可愛くないだけだよ。 夜間しか静かじゃないだけなんだろう? うちなんか夜も車でうるさいよ。 ▶本文7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + だけ・しかない」を参照 2.X-る/~い/~た/(状態)名詞+にすぎないだけだ バカね、何、いってるのよ。あんなの、ただの秘書にすぎないだけなのよ。ちやほやすることないわよ。ちょっときれいにすぎないだけなんだから。 何?怒ってるって?本当のことを言われたにすぎないだけじゃないのか。 いったい何、騒いでるんだ。ほんの少し雪が積もったにすぎないだけだろう? 文末にくる「使い分け④」の「A - る/~い/~た/状態名詞な + だけだ」は、周囲の状況に対して客観的に「大したことでもないのに、何をうるさく議論しているのだ。ただのAなのだから、騒ぐほどの問題ではない。単純明快、簡単なことだ」といった批判的な話し手の気持ちを表すことができる。 「X + しかない/にすぎない + だけだ」は、数量の少なさを示す「使い分け④2」の「X + しかない」や、他者の過大評価を否定する「使い分け④0」の「X + にすぎない」に、上のような「~だけだ」をプラスすることによって、ただの「X + しかない/にすぎない」状況に、聞き手や第三者が無意味に騒ぎたてることを、バカにしたり、から <1084> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 かったり、非難したりする場合に用いられる。 *ビールが1本だけ冷えてるにすぎないだけじゃないの。 「数量X + しかないだけだ」は、数量の少なさに「ブーブ一文句をいっている」聞き手や第三者を批判する場合に使われるが、これに「〜にすぎない」を使うと、聞き手や第三者が「数量」について過大評価していることになってしまう。 これに対して「X + すぎないだけだ」は、同じ「大したことではない」という話し手の気持ちを表す「〜すぎない」と「〜だけだ」を重ね合わせて、他者の過大評価を批判する。 バカね、何、いってるのよ。あんなの、ただの秘書でしかないだけなのよ。何?怒ってるって?本当のことしか言われなかっただけじゃないのか。 例えば「ただの秘書にすぎない」は、他者の過大評価に対して「秘書というのは大した地位ではない」と、話し手がたしなめているだけであるが、これに「~だけだ」を加えると、話題の人物を過大評価する聞き手や第三者にまで批判が向けられる。しかし「ただの秘書でしかない」にすると、話し手が話題の人物をマイナス評価しているだけで、聞き手や第三者は騒いでいないことになる。 また「本当のことを言われたにすぎない」も、話題の人物を「ズバリ批判した」人に対して、聞き手や第三者が「ひどい。そこまで言うことはない」と騒いでいるのを、話し手が「彼が言ったことは本当だ」と、まず話題の人物を批判し、これに「~だけだ」をつけて、批判の対象を聞き手や第三者に広げたことになる。 しかし「ただの秘書でしかない/本当のことしか言われなかった」は、話し手だけのマイナス評価になるので、聞き手や第三者を批判する上のような例に「~だけだ」を加えることができない。 使い分けワンポイント ⑤②「~にだけ」と「~だけに」 荷物が少ないので、自転車だけで運べます。 =荷物が少ないので、車は必要ありません。自転車で十分です。 道が狭いので、荷物は自転車でだけ運べます。 =道が狭いので、車は入れません。自転車で運ばなければダメです。 朝のパンと牛乳だけだったから、近くのスーパーだけで買い物した。 新装開店セールだったから、近くのスーパーでだけ買い物した。 →新装開店セールだったから、近くのスーパーでしか買い物しなか 口が堅いから、あの人+だけ+に/から、お金を借りるといいよ。 利息をとらないから、あの人+に/から+だけ、お金を借りるといいよ。 + しか、お金を借りたいのがいいよ →利息をとらないから、あの人+に/から+しか、お金を借りないのかい 無関係な人にまで話すことはないので、関係者だけに話したいんだが。 ほかには知られたくない話だから、関係者にだけ話したいんだが。 「関係た人にまで話すことはないので、関係者だけに話したいんだが。 ほかには知られたくない話だから、関係者にだけ話したいんだが。 →ほかには知られたくない話だから、関係者にしか話したくないんだが。 大勢の人と相談するまでもないことですから、こういったことに経験豊富な彼女だけと相談してみます。 ほかの人とは相談したくありませんから、こういったことに経験豊富な彼女とだけ相談 <1085> るつもりです。 →ほかの人とは相談したくありませんから、こういったことに経験豊富な彼女 + だけと/とだけ + しか相談しないつもりです。 今回の研修生は、中国 + だけから/からだけ + 招聘しています。 →今回の研修生は、中国からしか招聘していません。 「名詞X + だけ + で/に/と/から + 動詞」と「名詞X + で/に/と/から + だけ + 動詞」の違いは、次のようになっている。 名詞X + だけ + で/に/と/から + 動詞 「~だけ」が「名詞X」を限定して「X以外は不要である」を表す。 名詞X + で/に/と/から + だけ + 動詞 「~だけ」が、A「名詞X + で/に/と/から + 動詞」を限定して「Aでなければならない」を表し、A以外の場合を排除する。 後者が「名詞X + で/に/と/から + しか + 動詞ない」とほぼ等しくなる。ただ「~しか + 動詞ない」のほうが、A以外の排除の仕方が鮮明になり、書き言葉でも話し言葉でも多用される。 これに「~だけ」を加える場合は「~で/~に/~と/~から」の前後、例えば「名詞X + だけで + しか」と「名詞X + でだけ + しか」の可能性があるが、どちらかというと「名詞X + だけで + しか」のほうがよく使われている。 チーム再編成で、彼 + だけを/△をだけ + 新しくレギュラーにする。 →チーム再編成で、彼 (だけ) しか新しくレギュラーにしない。 あなた + だけ (を)/△をだけ/だけ (が)/※がだけ + 愛しているのよ。 →私はあなたしか/あなたしか彼女を + 愛していないのよ。 =私はあなただけしか/あなただけしか彼女を + 愛することができない。 「~か/~を」の場合、上のような制限がある。 ときに「名詞X + をだけ」と言う人もいるが、会話では「~だけを」か、もし前後関係から「~を」を省略することができれば「~だけ」が好まれる。これは「~が」も同様である。 同じ利息なら、口の堅いあの人+だけ+に/から、お金を借りなさい。=同じ利息なら、ほかの人は、借りたことを言いふらすから、必要ない。利息をとらないから、あの人+に/から+だけ、お金を借りなさい。→あの人(+に/から+)しか、お金を借りてはいけません。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~は』の使い方」を参照 「~しか」は、主題を表す「~は」と似て「~が/~を/~に」を含むことができる。 <1086> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 使い分けワンポイント ⑤③~としか思えない 話をしていたときの顔つきからして、あの話は嘘だと (×だけ) 思える。 →話をしていたときの顔つきからして、あの話は嘘だとしか思えない。 こんなことってあるのかしら。まるで夢を見ているとしか思えない。 現時点では、事故の原因は不明だと (×だけ) 言えるだろう。 →現時点では、事故の原因は不明だとしか言えないだろう。 今回のことにつきましては、ただもう「申し訳ございません」としか申し上げようがございません。本当に申し訳ございませんでした。 「引用文 + と + しか + 思う/言う/考える + ことができない」は、慣用的な使い方なので、公式通りに「×引用文 + と + だけ + 思う/言う/考える + ことができる」へは置き換えることができない。これは「~だけ」では「引用文 + と + 思う/言う/考える + ことができる」を十分に限定することができないからであろう。次の例は参考になるかもしれない。 これが恋なのだろうか。彼女のこと+ばかり/だけ+考えている。 ×これが恋なのだろうか。彼女のこと+ばかり/だけ+考えられる。 →これが恋なのだろうか。彼女のことしか+考えていない/考えられない。 ▶本文 10.1.「モダリティ/禁止と義務/~てばかりはいられない」を参照 使い分けワンポイント ⑮あきらめの「~しかない/~だけだ」 アルバイト、見つからないもん。遊んでる + しかない/×だけだ + よこんなに待っても来ないんだから、帰る + しかない/だけだ + よ。そこまで言われたのなら、あとは、やる + しかない/だけだ + な。雨も降るし、お金もないし、家で寝てる + しかない/だけだ + ね。そんなにいやなら、会社、辞める + しかない/だけだ + な。 じめられたら、思い切って仕返しする + だけだ/しかない + ぞ。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/ーるだけだ」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~だけ」を参照 ▶本文 8.1.「極限/状態/~かぎり・~だけ・なるべく」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~だけでなく」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + だけ・しかない」を参照 ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~だけに/『~だけ』の使い方」を参照 「A意志動詞-る+しかない/だけだ」は、話し言葉で使われ、現在の状況では「A以外に方法はない」という話し手の「あきらめ」の心境を表すことがある。 前者は、もともと「使い分け④」の「A + しかない」が「数量の少なさ」を表すので、マイナスの現状を打開するには「望ましくはないが、Aのほかに方法がない/いやいやながら、仕方がないからAをする」という話し手の消極性を表している。 これに対して、後者のほうは、もとの「Aに対するニュートラルな限定」という意味から、マイナスの現状を打開する「客観的な唯一の方法」を表し、次のように幅広く使われる。 <1087> 1. Aをする容易さ 操作は、とっても簡単なんだ。ただ、ここを押す + だけだ/×しかない + よ。ほら、ねっ、動くだろう? やってごらん、難しくないから。 怖がらないでね。この薬を飲んで、少し休んでいる + だけだ/×しかない + から。そうすれば、すぐ元気になるわ。 2. あきらめをともなう義務 来週から試験なんだろう?勉強する+だけだ/しかない+よ。 何、言ってんだよ。甘ったれてちゃダメだよ。子どもがいるんだろう?ダメも となんだから、仕事、見つかるまで、探す+だけだ/しかない+よ。 3.任務や義務を果たす決意 父が殺されたからには、何が何でも復讐する + だけだ/×しかない。 さあ、終わった。あとはタイプして報告書を作る + だけだ/×しかない。 「A + だけだ」は、現状打破に対する積極性を表すので、話し手の気持ちは「A + しかない」とは対照的である。最後の例のように、マイナスの状況がない場合にも使うことができる。 使い分けワンポイント ⑤⑤~よりほかない・~よりしようがない 三浪もしたのに、志望校には受からないし、彼女には振られるし、こうなっては自殺するより+ほか(に/は)ない/しようがない+ような気がする。 いい就職先がないなら、少し勉強して、大学院にでも進むより+ほかない/しようがない+でしょう。 こう毎日毎日、サービス残業ばかりやらされていたんでは、たまったもんじゃないな。上司は聞いてくれないし、労務局にでも訴える + よりほかなく/しかなく/だけに + なってしまった。 ▶本文8.1.「極限/状態/~てならない・~てたまらない・~てしようない・~て仕方ない」を参照 「A意志動詞-る+よりほか(に/は)ない」は、もともと「彼よりほかに、この仕事のできる人はいない」と使われていたのが意志動詞を使った「彼がこの仕事をする+よりほか(に方法は)ない」になり、さらに( )のなかが省かれたものである。また、省略が進んで「A+よりない」を使う人もいるが、オーソドックスな使い方とはいえない。 「A + よりほか (に方法は) ない」は、最後の例でも、積極的な決意ではなく、あきらめた上での「最後/一縷 + の望み」を表しているので、先ほど「使い分け⑤④」で述べた「A + だけだ」と互換性はないが、消極的な「A + しかない」の書き言葉として使われるか、フォーマルな場での話し言葉になる。 一方「A + しかない」のくだけた話し言葉になる「A + よりしようがない」は、文字通り「A + よりほかに方法がない」を表しており、ほかに「A + より + 仕方/しょう + がない」も同様に使われる。 <1088> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 使い分けワンポイント 56~ばかりだ 自分の引き起こした大それたことに、何がなんだかわからなくなり、ただもう、おろおろしている + ばかり/だけ + でした。 雨も降るし、金もないし、友だちも来ないから、寝ている + ばかり/だけ + だ。来日後は、研究が思うように進まず、ただ焦っている + ばかり/×だけ + です。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/~ばかりだ」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~てばかりはいられない」を参照 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーグス表現/~ばかりに」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ばかりだ」を参照 ▶本文 7.2.「比較・比喩・比例/比喩/~んばかりに」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~ばかりでなく」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量+ばかり」を参照 上のような「あきらめ」を表す「動詞A + ている + ばかりだ」は、もともと「A以外は何もしない」という「酒ばかり飲む/遊んでばかりいる」からきており、話し手の「ほかにする方法もわからず、ただもうAをしているよりほかない」という絶望的な気持ちを表している。 「使い分け⑤④⑤」の「あきらめ」の表現と異なっているのは、Aに「~ている」しか使えないことであり、たとえ意志動詞が使われたとしても、何かをしようとする動態的な意志ではなく、継続や持続する静態的な状態を表している点である。 つまり、他力本願的に現状の変化するのを、ただひたすら待っているだけにすぎないという「超あきらめ/無能力」を示している。 これを「~だけだ」にかえると、当分のあいだは「現状に甘んじるが、そのうちチャンスを見つけて再起する」といった「決意」になり、ただ「寝ている」ことさえが「果報は寝て待て」という積極性を響かせることになる。 最初の例のように〈基準時現在以前既実現〉の「回想」に「~だけ」が使われると、現在は「すでに再起」していることをほのめかしている。したがって、最後の例は不自然であるが、これを「焦っているだけですが、生活に慣れさえすれば、ペースをとり戻すでしょう」にかえれば、ぴったりした状況になる。 使い分けワンポイント~までだ こんなに待っても来ないんだから、帰る + までだ/だけだ + よ。 そこまで言われたのなら、あとは、やる + までだ/だけだ + な。 雨も降るし、お金もないし、家で寝てる + だけだ/×までだ/ばかりだ + ね。 そんなにいやなら、会社、辞める + までだ/△だけだ + な。 いじめられたら、思い切って仕返しする + までだ/だけだ + ぞ。 操作は簡単なんだ。ただ、ここを押す + だけだ/×までだ + よ。 怖がらないで。この薬を飲んで、少し休む + だけだ/×までだ + から。そうすれば、す 来週から試験なんだろう?勉強する + までだ/だけだ + よ。 父が殺されたからには、何が何でも復讐する + までだ/だけだ。 ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/~までに・~まで」を参照 ▶本文 2.4.「時の表現/時間範囲/~から + ~まで・~にかけて・~に至るまで」を参照 <1089> ▶本節「使い分け6566/~は言うまでもない/~までもなく・~ないまでも」を参照 ▶本文8.3.「極限/類推/~まで」を参照 「あきらめ」を表す「A意志動詞-る+までだ」は、もともと「じゃ、今日の授業はこれまでです/はい、それまでです。時間になりましたから答案用紙を出してください/ここでつかまったら、それまでだよ。命がないよ」といった「終わりだ/最後だ」からきている。 つまり、マイナスの現状を打開するには「Aをすれば+終わりだ/最後だ/問題は解決する」という「いとも深い/あきらめのよい」話し手の態度を表している。 「A意志動詞-る+までだ」は、先ほど「使い分け⑤④」で述べた「A+だけだ」のうち「Aをする容易さ」とは互換性はないが、ほかの場合は比較的近い位置にあり、最後の例では、わずかに「決意の潔さ」と「決意の強さ」の差にすぎない。 また、絶望的なあきらめを表し、Aをしても何の解決にもならない「使い分け⑤⑥」の「A+ばかりだ」とは互換性がない。 使い分けワンポイント ⑤⑧「~だけ/~ばかり/~まで」の基本概念 限定を表す「~だ」 す「~ばか」 を」 また、終着点を示す「~まで」も多くの使い方があり、紛らわしくなって、エラーしてしまうことがある。 3つの違いを、少し誇張して示すと、およそ次のようになるが、使い分けをする場合に役立つかもしれない。 A + だけ:Aに限定する。Aの可能性しか考えていない。 ニュートラルに「Aだ」と言っているだけで、冷たく感じさせるほど、 感情が入らない。 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/-るだけだ」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ば~だけ」を参照 ▶本文 8.1.「極限/状態/~かぎり・~だけ・なるべく」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~だけでなく」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量+だけ・しかない」を参照 ▶本文 7.3.「比較・比喩・比例/比例/原因/~だけに/『~だけ』の使い方」を参照 A + ばかり:A以外の可能性を考えた上で、A以外を排除してしまう。 したがって「特にAだ」という話し手の思い込みが入り、文脈に応じて、話し手の感情が色濃く反映する。 ▶本文 1.7.「主題/累加/~ばかりでなく」を参照 ▶本文 3.2. 「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~ばかりに」を参照 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~ばかりだ」を参照 ▶本文 7.1.「比較・比喩・比例/比較と程度/数量 + ばかり」を参照 ▶本文 7.2.「比較・比喩・比例/比喩/~んばかりに」を参照 <1090> ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~てばかりはいられない」を参照 正と義務/~てはかりはいられない」を参照 A + まで:Aよりも下位レベル、または上位レベルの可能性や段階を考えた上で、 Aが最終であると判断する。 「Aで最後だ」という気持ちが入り、Aを極限化したり、変化への希望を表したりする。 ▶本文 2.1.「時の表現/基準時未実現/~までに・~まで」を参照 ▶本文 2.4.「時の表現/時間範囲/~から + ~まで・~にかけて・~に至るまで」を参照 ▶本文 8.3.「極限/類推/~まで」を参照 ▶本節「使い分け6565/~は言うまでもない/~までもなく・~ないまでも」を参照 「~だけ」は、話し手の感情を反映しないので、きっぱりと「Aだ」と断言したり、聞き手に「言葉の裏がない」ことを示したりする場合に使われることが多い。しかし「~ばかり/~まで」は、話し手の感情が邪魔をして、事実とは異なったメッセージになることがある。 特に「~ばかり」は「テレビばかり見る/そればかりは許してください/遊んでばかりいる/言うばかりで何もしない/忙しいばかりで金にならない/来るものとばかり思っていたのに/仕方なく寝ているばかりだ/来たばかりだ/出かけるばかりになって」など、ほかのものを「排除」すると同時に、まつわりつくほどの感情を示す。 使い分けワンポイント ⑤⑨ やむを得ない 国際舞台の場で、あんな愚かな発言をしたのだから、非難を浴びても、やむをえないというより、自業自得だろう。 学校でひどくいじめられた上に、もともと少し発達障害があったというから、登校拒否になっても、やむを得まい。 あれだけこじれてしまえば、裁判に持ちこむのも、やむをえないな。 バカいうな。好きで宮仕えしてるんじゃない。やむを得ずしてるんだ。 ▶本文8.1.「極限/状態/~を禁じえない」を参照 ▶本文10.3.「モダリティの表現/依頼/~得る」を参照 ▶本文10.5.「モダリティの表現/意志と希望/『~まい』の使い方」を参照 「X + Aても + やむをえない」は、漢文の「不得已/已むを得ない」からきており、年配の人なら話し言葉に使うかもしれないが、本来は古語的表現で硬い書き言葉である。「やむ」は「雨や風がやむ/電話のベルが(鳴り)やんだ/赤ちゃんが泣きやむ/やむにやまれず口をはさむ/やむなく(仕方なく)日曜出勤をする」など、続いていた現象にピリオドが打たれたり、自分の気持ち「口を出してはいけない/行きたくない」を抑えたりすることを表すが、この「X + Aても + やむをえない」も、第三者の状況について「Xという事情なら、Aするのを抑えることができないだろう/Aしても仕方ないだろう」という話し手の判断を示す場合に使われる。 話し手自身の「あきらめ」を表しているのではなく、第三者が「X + A」という状況なら、周囲の人は「その状況を受けいれるよりほかない」という「あきらめ」の勧めのような言い方になっている。つまり、話し手が中立的な立場から「Xなら第三者はAよりほかには方法のない状況だ」という判断をしていることになる。 ▶本節「使い分け $ ^{55} $/~よりほかない・~よりしょうがない」を参照 <1091> 最後の「やむを得ず」は「やむなく」と同じ意味であるが、話し手自身のことにも使うことができる。 使い分けワンポイント 60~ざるを得ない 社長命令なら、いやでも単身赴任せざるを得ないだろう。 今回のクレームは、まさに自分の責任だと認めざるを得ない状況だ。 うかうかと「振り込め詐欺」に引っかかるとは、おまえもバカだったと言わざるを得まい。 自分の息子の声が聞き分けられないんだからな。 明らかな労働不当行為なのだから、裁判にもつれこむまでもなく、会社側は、解雇処分を撤回せざるを得ないだろう。 ▶巻末「古語/動詞/一段動詞『得』/助動詞/否定『ず』を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~ないわけにはいかない」を参照 「X + A動詞ない形 + ざるを得ない」は、漢文の「不得不~/~不を得ない」から来ているが、文字通りの二重否定で、先ほど「使い分け③」で示した「超全部肯定」を表している。パラフレーズすれば「Xという状況なら、Aをするのは仕方のないことだ」という話し手の判断を表すが、例が示すように「使い分け⑤」の「已むを得ない」とは異なり、Aに人称制限はない。 約束したからには、どうしても今日中に、返さないわけにはいかない/返さざるを得ない。昔お世話になった人の息子さんだから、助けないわけにもいかない/助けざるを得ない+んだよ。 「〜ざるを得ない」と最も近い位置にあるのは、上のような義務を表す「〜ないわけにはいかない」であるが、自分の面子を守るために積極的に、義務A「返す/助ける」をする話し手の気持ちが、あきらめの「〜ざるを得ない」に置き換わると、面子など、まるで「おかまいなし」に、Aを「いやいやながら/しぶしぶ/消極的に」することになる。 使い分けワンポイント 61~のみだ こんなに待っても来ないんだから、帰る + だけだ/×のみだ。 雨も降るし、お金もないし、家で寝てる + だけだ/×のみだ + ね。 そこまで言われたのなら、あとは、やる + だけだ/△のみだ + な。 いじめられたら、思い切って仕返しする + だけだ/のみだ + ぞ。 操作は、簡単なんだ。ただ、ここを押す+だけだ/×のみだ+よ。 →操作は、簡単なんだ。あとは、ここを押す+だけだ/のみだ+よ。 父が殺されたからには、何が何でも復讐する+だけだ/のみだ。 自分の引き起こした大それたことに、何がなんだかわからなくなり、ただもう、おろおろしている+ばかり/のみ+でした。 戻の研究が思うように進まず、ただ焦っている + ばかり/のみ + だ。 ▶本文 1.7. 「主題/累加/『~のみ』の使い方」を参照 ▶本節「使い分け⑤/『~だけ/~ばかり/~まで』の基本概念」を参照 「~のみ」は、限定の「~だけ」と、排除の「~ばかり」の中間くらいに位置する古語であるが、文末にくる「~のみだ」は、同じ文末の「~だけだ」と「~ばかりだ」の <1092> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 中間ではなく、例のように「使い分け⑤④⑤⑥」の「あきらめ」を表すことはない。 積極的な「~だけだ」と互換性があるのは、最後のプロセス「あと残されているのはAだけだ」を示す場合で、消極的な「~ばかりだ」と互換性があるのは、Aのほかに何もできずに「ただAをしてばかりいる」を表す場合である。 便い分けリンポイント 襲いかかる猛吹雪のために、登山隊は、余儀なく下山した/下山を余儀なくされた/余儀なく下山(を)させられた。 襲いかかる猛吹雪が、登山隊に余儀なく下山させた/余儀なく登山隊を下山させた/余儀なく登山隊に下山をさせた。 交渉を終わらせるために、双方、余儀なく妥協することになった/やむを得ず妥協することになった/妥協せざるを得なくなった。 若手養成という名目で、余儀なく一線を退くことになった/一線を退くのを余儀なくされた/余儀なく一線を退かされることになった。 「余儀ない」は、文字通り解釈すると、およそ「余分な仕儀もない」になるが、この「仕儀」が「ものの順序/事の次第/自然の成り行き/周囲をとりかこむ状況や事情」といった意味なので、パラフレーズすると「この状況では、ほかの成り行きは存在しない/自然の成り行きでこうなるので、ほかに方法がない」といった意味になる。 したがって「余儀なく」は「使い分け⑤⑨」の「やむを得ず」という「あぎらめ」を表しているが、上のように「A+する/される/させる/させられる」といったパターンが続くことになる。 周囲の状況をX、余儀なくAをする人をPとすると、次のような使われ方をするが、いずれも「Xのために、Pが+やむを得ず/仕方なく+Aをする」ことを表す硬い書き言葉で、現在も使う人がいるのかと疑いたくなるほど、フォーマルな表現である。 Xが+余儀なく+Pに+Aをさせる Xのせいで+Pは+余儀なく+Aをする Xのせいで+Pは+Aを+余儀なくされる Xのせいで+Pは+余儀なく+Aをさせられる このうち、もし使う人がいるとすれば、おそらくAが「いやいや」行なわれていることを示す最も簡潔な「迷惑の受身/Aを余儀なくされる」ではないかと思われる。 最初の「Xが+Pに+Aをさせる」は、最も理解しやすいパターンであるが、外国語の翻訳のように響いて、日本語らしくない。次の「Xのせいで+Pは+Aをする」では、Pの受けた迷惑が反映しないので、Pがロボットか非人間的な存在になってしまう。最後「Aをさせられる」は、少し長くて「しつこい」感じがするが、使役受身が使われ「無理やり+迷惑」になるので、Xの状況がひどい場合なら、ぴったりしたものになる。 使い分けワンポイント 63 あきらめのバリエーション 落第なのか。たいして勉強しなかったんだから、落第しても、しよう/しょう/仕方+ <1093> がない + だろう? あきらめなよ。 そんなに頼んでも、何ともならないよ。いやだな。何? そうか、仕方ないな。その条件なら、やってやるよ。 あれが本当におれの子かい? とんでもないバカじゃないか。え~? ホント、マジ、面倒、見なきゃならないの? どうしようもないなあ。 日本人は、何か困ったことが起こると、さっさと「潔くあきらめるのが、格好のいい態度だ」と考えたがるところがある。勤勉だといわれているので、この「あきらめ」は、努力した結果なのかもしれないが、不必要なまでに、言葉が「あきらめ」の感情と結びつくので、悲観的な人たちなのかもしれない。 あの耐震強度偽装は、無差別殺人未遂事件 + にほかならない/でなくて何だろう。 かねてから予測されていた労働強化による事故の多発は、愚かしい管理体制が生んだ悲劇 + にほかならない/でなくして何であろう。 これからの高齢化社会を支え、ホームレスの増加を防ぐ決め手は、年金制度と医療制度の 充実 + にほかならない/でなくて何だろう。 今回の受賞は、みなさまがたのご支援のお陰 + にほかなりません/でなくて何でありましょう。 地球という視点から考えると、人類が推し進めてきた産業開発は、生態を破壊し、地球環境を変化させるもの + にほかならない/でなくして何であろう。 「名詞A + にほかならない/でなくて何だろう」は、どちらも硬い書き言葉で、話し手が「A(なの)だ」と断言して、聞き手に訴える場合に使われる。 遭難した人々を救出したのは、誰あろう、山奥に住む村人たち + にほかならない/×でなくして何であろう。 →遭難した人々を救出したのは、山奥に住む村人たち + にほかならない/△でなくして誰であろう。 あの百名以上もの犠牲者を出した列車事故があったのは、まさにここ + にほかならない/△でなくしてどこだろう。 一連の自殺は、校内でいじめられたから + にほかならない/△でなくて何だろう。 彼女の成功は、男社会のなかにあって、日夜たゆまず努力をしてきたから + にほかならない/△でなくて何だろう。 彼が頑張ってアルバイトをしているのは、大学に進学するため + にほかならない/△でなくて何だろう。 ただ「~でなくて+疑問詞+だろう」は反語になっていて、話し手が「興奮して/激情的に」聞き手に向かって訴える場合にしか使えないので、上のような例では、あまりにも誇張した表現になって、不自然になるおそれがある。 彼らふたりは、伝統的社会的抑圧をものともせず、死さえ分かつことのできない愛を貫いた。これが真実の愛 + でなくして何であろうか/×にほかならない。 幼いころから、互いに助け合い、励まし合って生きてきた。これが本当の友情 + でなくて何だろう/×にほかならない。 初めて会ったときから、狂おしいまでに、激しく燃えあがった。これが宿命的出会いで + なくして何だろう/×にほかならない。 「これが~でなくて何だろう」は「恋/愛/親子の情愛/兄弟愛/人類愛/献身/運 <1094> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 命/真実/真の学問」といった情熱的な内容にぴったりする。これを「~にほかならない」にかえると、あまりにも説明的になりすぎて、間延びしてしまい、聞き手に感動を与えられなくなってしまう。 使い分けワンポイント ~は言うまでもない・~はもちろんだ/ 言うまでもなく~だ・もちろん~だ 今年度も、彼女の成績が社内で一番 + な/である/だった + のは + 言うまでもない(ことだ) /×もちろん(なの/のこと)だ。 何といっても、彼がクラスで一番 + 賢い/ハンサムな + の/こと + は + 言うまでもない/×もちろんの + ことです。 何、言ってるんです。フロンだけでなく、二酸化炭素やメタンにも温室効果があって、地球の温暖化に拍車をかけてる + のは/なんて、言うまでもない(こと)/もちろんのこと+じゃありませんか。 A:課長はお花見に行くのでしょうか。 B:常務や部長はともかく、課長は+言うまでもありません/もちろんです+よ。 J:彼、課長に昇進した+って本当か/んだって? K:(そんなことは+)言うまでもない/もちろん+だろう? →言うまでもないことは聞くな/もちろんしたに決まってる/もちろんだ/したとも。おい、見ろよ。あの出世主義者、部長に向かって。何をしてるかは「言わずもがな」だろう?あとは推して知るべしだよ。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~までもない」を参照 ▶本文 1.7.「主題/累加/~はもちろん/~は言うまでもなく」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/~のは・~ことは」を参照 ▶本節「使い分け⑤/『~だけ/~ばかり/~まで』の基本概念」を参照 「未完文A + の/こと + は + 言うまでもない/もちろんだ」は、Aはあまりにも当然すぎて「言うのもバカらしい」と断言する場合に使われる。 最後の例の「言わずもがな」は、古語の否定を表す「ず」と、願望を表す「もが」に咏嘆の「な」が一体化して「言う」についたもので、もとの古語の意味「(その先は)言わないでほしいなぁ」が転じて、ほとんど「言うまでもない」の慣用表現として使われている。 (注)名詞Aが主格を表す場合は、そのままAに接続する。 ▶〈未完文〉への接続については、巻頭「凡例」を参照 ▶巻末「古語/助動詞/否定『ず』/当為『べし』」を参照 両者の違いは、前者が話し言葉にも書き言葉にも使われるのに対して、後者「A + もちろんだ」が話し言葉専用で、聞き手の問いかけを受け入れる場合に使われ、文末表現「A + とも」とほとんど等しくなる点である。 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/对比/古語『~ども』と『~とも』」を参照 今年度の成績はどうか。今年度も、彼女の成績が社内で一番 + な/である/だった + のは + 言うまでもない (ことだ) / もちろん (なの/のこと) だ。 したがって、書き言葉の場合でも、筆者が自問自答する場合にしか使えない。 言うまでもなく/もちろん(のこと)、今年度も、彼女の成績が社内で一番+(なの)だ/である/だった(のだ)/(なの)です/(なの)でした。 <1095> 文頭に来て「言うまでもなく/もちろん(のこと)+ B + だ」になる場合は、後者が話し言葉で多用されるということ以外は、同じように使われる。 今度の人事異動での彼の課長昇進は、まず間違いないといったところだろう。言うまでもなく/もちろん、部長の強い推薦があった場合だが。 日曜日は家族で、外食することにしています。もちろん/×言うまでもなく、いつもというわけではありません/いつもとは限りません/例外はあります + が。 ▶本節「使い分け②④/~(という) わけではない・~とは限らない」を参照 ただ「A。言うまでもなく/もちろん (のこと) + B + だが」となって、まず原則Aを述べ、あとで「佀し書き」のようにBを補足したり、Bで保留を示したりする場合、特にBが「部分否定」になると「言うまでもなく」が使えなくなる。これは、文末の場合も含めて「言うまでもない」が、社会通念や常識からみて「誰もが納得できる客観的な当然さ」を表し、これに対して「もちろんだ」は、個人的で「主観的な当然さ」を表していることを示している。 これしきの風邪は、早く休めば、薬を飲むまで(のこと)もないな。 トイレットペーパーひとつ買うのに、少し安いからといって、わざわざバスに乗って、遠くまで行くまで(のことで)もないと思うが。 ご + 説明/紹介 + するまでもないかと思いますが、よく知られた有名な風景です。 今日はついてたよ。午後から、取り引き先へ行く用があったんだけど、電話するまでもなく、向こうから来てくれたんだ。 遺産が入って、頭金どころか、ローンを組むまでもなく、家が買えた。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務」の次を参照「~までもない/~ないで・~ずに + おく・すむ」 「使い分け58/『~だけ/~ばかり」まで」の基本概念」を参照 「X + A意志動詞-る + まで(のこと/のことで)もない」は、Xという状況なら「当然Aをする必要がない」ということを表している。 これを「A+までもなく」にかえると、当然の不必要性が「Aしなくても+大丈夫だ/問題は起こらない」や「ラッキーなことにAしなくてすんだ」という話し手の気持ちを表すようになる。 大企業に就職できないまでも、せめて家族を養っていけるだけのお給料を出してくれる会社に就職してちょうだい。 「鼻がもう1センチ高ければ」とはいわ + ない/ぬ + までも、もう少しだけでも美人に + 生まれてたら/生んでくれてたら、行かず後家にならずにすんだのに。貯金はしないまでも、お願いだから、サラ金だけには手を出さないで。100%とは保証できないまでも、かなりの線までは行くと思うよ。 ▶基準時未実現/~までに・~まで」を参照 ▶本文8.3.「極限/類推/~まで」を参照 ▶本節「使い分け⑤/~までだ」を参照 ▶巻末「古語/助動詞/否定『ず』」を参照 「A意志動詞+ない/ぬ+までも+B」は、Aという高いレベルまでは「要求/ 期待 + しない/できない」が、最低Bは「頼む/すべきだ/したい/可能だ」といっ <1096> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 た文脈で使われる。最低条件Bを提示する前置きとして、聞き手を驚かすような高いレベルAを出すことが多いので、聞き手に「Bの実現なら難しくない」と思いこませる話術のひとつともいえるかもしれない。 古語の否定「~ず」が使われる「A + ぬまでも」は、特に書き言葉で使われるのではなく、年配の人になら、話し言葉でも使われる。 使い分けワンポイント ⑥7~をおいてほかにない この仕事を任せられるのは、海外経験の多い彼をおいてほかにない。 もし海外留学のことを、本気で考えていらっしゃるのでしたら、信頼できるあの文化センターをおいてほかにはないと思いますよ。 現在の経済状況を知るためには、グローバルな視点から世界経済を分析したこの本をおいてほかにない。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現」の次を参照 「『~ておく』の使い方/『おく』の意味」 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務」の次を参照「~ないで・~ずに + は + おかない/~ないでおく」 ▶本文 1.5.「主題/展開/それはさておき」6.2.「変化の表現/変数/~おきに」を参照 この場合の「Aをおく」というのは、例えば「箸をおく=もう食べない/食事終了」や「親が危篤のときは、何をおいても駆けつけなければならない」など、もともと「Aを大切なものとして取りあげずに、無用のものとして + そばに置く/別にする/とりのぞく/捨てる」という意味なので、この「Aをおいてほかにない」は「Aを別にしてしまうと、ほかに重要なものがなくなってしまう」という二重否定になり、いわば「Aこそが + 最も重要だ/ナンバーワンだ」を強調した「超全部肯定」の表現になる。主に書き言葉で使われるが、話し言葉でも、やや改まった場面なら、聞き手に「一番のお勧め」と断言する場合に使われる。 使い分けワンポイント ⑥⑧~(という)ものだ・~(という)ものではない/ ~(という)ことだ・~(という)ことではない 「もの」は、もともと人間の能力を超えた「超人的な存在」を表すことがあるが、断言を表す「A + (という)もの + だ/ではない」には、次のような使い方がある。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ものだ・~ものではない」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~ものか」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『こと/もの』の使い方」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/对比/~という」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/~というのは・~ということは・~というものは」を参照 1. 一般的法則/もって生まれた性質/真理 Aーる/ーい/状態名詞な/名詞という+ものだ 人間は自由であれば、すべての責任が自分に降りかかってくるものであるから、自由であるということは、必ずしも喜ぶべきものではない。 人間というものは、善良な面もあれば、邪悪な面もあるものだ。 →人間というものは、先験的に + 善良/邪悪 + なものだ。 <1097> 犬というのは、三日も飼えば、飼われた恩を忘れないものだという。 孫というのは、自分で世話をしなくてもいいわけだから、子どもよりも可愛いものだといわれている。 生あるものは、みな滅するものだ。たかが花瓶のひとつやふたつ、壊れたくらいで、怒るもんじゃないよ。 今どきの+子ども/学生+って、みんな、ああいうもんじゃないの? 生徒を指導監督できてこそ、教師というものではないだろうか。 る/ーい/~た/状態名詞な/名詞という + ものだ 近ごろの日本人は、食べ物を粗末にしたり、まだ使えるものを平気で捨てたり、本当にもったいないことをするようになったものだ。 このあたりの空気も、ずいぶんきれいなものだ。昔は、スモッグがひどくて、公害病患者を出すほど、ひどかったものだが。 うちの娘も、こうして見ると、色っぽいものだ。15にもなって、浴衣を着ると、めっきり女らしくなるものだな。 やっと終わった。自分ながら「よくやったものだ」と思う。 ▶本文2.3.「時の表現/基準時同時間帯/~ながら」を参照 中学生なのに、こんな難しい英語を、よく知っていたものですね。 あの学歴で、あんな大企業に、中堅幹部でよく再就職できたものだね。 いつも世話になってる課長に、よくもあんなことが言えるものですね。 ▶本節「使い分け339/その他の非難のバリエーション/『よく』の7つの意味」を参照よくやったな、あいつ。弱きを助け、強きをくじく、それが男というものだな。そうじゃないかい、おまえ。 「1」と「2」に共通しているのは、経験や知識を積みかさねた話し手の「普通の人間では、どうすることもできない」という「あきらめ」や非難、または驚きや「呆れ果てた」感情である。 3.同語反復/内容説明 Aすべての文+(という)ものだ べての文 + (とい) / 教師というのは、生徒を指導監督できる + もの/こと + だろう。 男とは、義を重んじ、弱きを助けて、強きをくじくものだな。 社長の伝言は「午後3時に + 会議室に集まれ/会議を開こうか/会議 (だ) / 会議を開きたい」という + もの/こと + ですが。 今回の契約内容は、ロット数を前回の2倍にするかわりに、支払条件を緩和する (という) ものです。 この薬品は、抗癌性という点では、画期的 + な/だという + ものだ。 この試験は、丸暗記すれば、それでできる (という) ものではない。 結果さえよければ、それでいいというもので + は/も + ない。 最初の2例の「もの」が「者」で、人を表している場合は、同語反復か内容説明になるが、一般法則「1」の場合と重なっている。 ほかの例では「Xは + A + (という) もの + だ/ではない」の「もの」は、Xを表しており、最後の例も「仕事/研究/実験」などが、主題Xとして省略されている。この場合に「~という」が挿入されると、より説明的になったり、間接情報になっ <1098> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 たりする。 なお「~(という)こと+だ/ではない」については、次の参照と重複するおそれがあるので、ここでの記述を省略させていただく。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~ことだ・~ことではない」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/~ということ」を参照 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/~ということだ」を参照 使い分けワンポイント ⑥9 ~(という)わけだ・~(という)わけではない 名詞の「わけ」は、長いストーリ性のある「状況/事態/成り行き/事情/原因/理由/道理/体験や状況から導きだした結論/考えや意図/主張」などを表すので、断言を表す「A + (という) わけ + だ/ではない」には、次のような使い方がある。 接続:A「未完文」+ わけだ/A「すべての文」+ というわけだ ▶〈未完文〉への接続は「~の」と同じ、巻頭「凡例/接続の表記」を参照 ▶本節「使い分け24/~(という)わけではない」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~わけがない」を参照 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/~わけにはいかない」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~という」を参照 1. X + から/ので/なら/たら/ば/と、A + (という)わけだ A = ある状況や事態Xから導きだした当然の「結論/帰結」 聞き手のXを受けて、文頭に「それなら/それじゃ/それで/だから」などがくる 「七つ行き」とか「早行き/早生まれ」というのは、小学校に上がる年に、数えで7歳になったことをいいますから、満6歳になったばかりで、小学校に行くわけですね。これに対して「八つ行き」とか「遅行き/遅生まれ」というのは、小学校に上がる年に、数えで8歳になることです。でも、小学校に上がる前の年に満6歳にはなっていますが、入学まえは、まだ誕生日が来ていないのですね。ですから結局、入学した日は、みんな満6歳+な/(だ)という+わけですね。 小さいとき、お父さんがアメリカ駐在になって、現地の学校に通って + いたので/いましたから、英語が上手 + な/(だ)という + わけです。 おれたちが結婚したのは、あの年だから、ええ~と、この10月 + で/になったら + 30年ということになる + わけ/の + か。 電話で何度も催促すると、すぐ持ってくる(という/って)わけですね。10年も中国にいたのですから、中国通というわけじゃないのですか。 1 週間、ダイエットしただけで、そんなにやせた(という/って)わけ?ああ、初孫なのですか。だったら可愛いわけですね。男の子ですか。約束があるんだから「台風だから、出かけない」というわけじゃない。 何、勝手なことを言ってるんだ。親に逆らいたいわけか。家出でもしようってわけか。親のすね、かじりながら、好きなこと、したいってわけだな。友だちがみんなしてるんなら、おれもしたいってわけだな。そんなバカな話はないぞ。わかった。じゃ、自分で稼ぐわけだな。 A:うちの子に、恋人ができたようですよ。 B:それじゃ、近いうちに結納ってことになる + わけ/ん + だな。 P:課長、どうしたんですか。姿が見えませんね。 Q:社長から、呼び出しがかかったんですよ。 P:じゃ、慌てて飛び出していった + わけ/の + ですか。 <1099> 2. X + それは + A + (という) わけ / から + だ A = ある状況や事態 X から導きだした X の「原因 / 理由」 すごくほっそりしましたね。えっ?本を見て、ダイエットしたわけ? A:このごろ、うちの子、電話がかかってくると、そわそわしてるな。 B:鈍いのね。ということは、恋人ができた+わけ/の+でしょう? H:あの人、英語がメッチャお上手ですね。 I:それはね。小さいとき、お父さんがアメリカ駐在になって、現地の学校に通ってた + (という/って) わけ/の + ですよ。 P:課長、どうして慌てて飛び出していったんですか。 Q:社長から、呼び出しがかかった(という/って)わけですよ。 3. X + つまり/要するに/言い換えれば + A + (という) わけだ A = X の「要約/言い換え」 おれたちが結婚したのは、あの年だから、ええ~と、この10月で、つまり、30周年+というわけ/なの+か。 10年も中国にいたんだ。要するに中国通 + ってわけ/なん + だな。 課長、慌てて飛び出していきましたね。ということは、社長から、呼び出しがかかった + (という/って) わけ/の + ですね。 20年も今の会社に勤めている。なのに、いまだ役職につかない。いや、役職につけないんだろう?つまり/要するに/言い換えれば+能力がないか、能力を認められていない+(という/って)わけ/ん+だ。 塾にも行き、家庭教師もつけてもらって、この成績かい?まあ、何だな。その、早い話が/一言でいうと、バカだって+わけ/こと+だな。 A:このごろ、うちの子、電話がかかってくると、そわそわしてるな。 B:つまり、恋人ができた + わけ/ん + でしょう? 鍾いのね。 J:こんな時間。終電車がなくなったわ。 K:要するに、帰りたい + ってわけ/ん + じゃないんだろう。 4. 聞き手のX + それで/だから/なるほど、A + (という)わけだ A = Xを聞いた話し手の納得 A:うちの子に、恋人ができたようですよ。 B:それで、このごろ、電話がかかってくると、そわそわするわけか。 H:小さいとき、お父さんがアメリカ駐在になって、現地の学校に通っていたそう I:なんだ、そう+いうわけ/なの+ですか。英語が上手なわけだ。 Q:課長、どうしたんですか。慌てて飛び出して。 P:社長から、呼び出しがかかったのですよ。 Q:ああ、たるほど、それで構って飛び出していったわけですか Q:ああ、なるほど、それで慌てて飛び出していったわけですね。 約束ですって? だから、こんな雨なのに、出かけるってわけですか。 ああ、初孫だったのですか。道理で、目に入れても痛くないほど可愛い + わけなの/の + ですね。 何だ?お金/試験問題+か。ああ、へそくりか/0点だ。だから、こんなところに隠してある+わけ/ん+だな。(独り言) 電話で何度も催促したから、それで、すぐ持ってきたわけだ。(独り言) <1100> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 5. Xは + A + (という)わけだ A = わけ: Xの「状況/事態/成り行き/事情/考えや主張」など ▶本文 1.3.「主題/例示/AというA'」を参照 あの映画が、いくら面白くて、人気俳優が出ているといっても、みんながみんな、見に行く + わけ/の + でもないでしょう。(事情) 約束があっても「台風が来たって、出かける」というわけじゃない。 言い訳をするわけではありませんが、いつも乗っている電車が、15分ほど遅れてきたものですから、間に合わなくなってしまったのです。 ▶本節「使い分け②/~(という)わけではない」を参照 黙って見ていたわけではありません。注意しても聞かなかったのです。 小さいとき、お父さんがアメリカ駐在になって、現地の学校に通っていた + わけ/の + ですから、英語が上手で、当たり前ですね。(状況) 「中国に 10 年いたから、中国通だ」というわけでもないだろう。 S:どうしたの、離婚するってわけなの?(事態) 昨日、大変だったのよ。買い物から帰ると、子どもがいないわけ (事態)。すぐ帰るかと思ったんだけど、晩ご飯の時間になっても、まだ帰ってこないわけ (事態)。主人が帰ってきたわけ (成り行き) だけど、あんまり遅いから、まさかと思ったわけ (理由) ね。警察に届けようというわけ (意図) で、電話したわけ (事情)。わざわざお巡りさんが来てくれたわけ (状況) だけど、そんなときになって、お友だちのお母さんから電話があったってわけ (原因) で、とんだ恥、かいちゃったわけ。明日、コンサートに行くわけ (事情) ね? 誰と行くわけ (意図/つもり)? ひとりで行くわけ? 何時に出かけるわけ? 僕ひとりで、晩ご飯、どうするわけ? 早く帰ってくるわけ? 外食しろというわけ? 断言「X + A + (という)わけ + だ/ではない」は、すべての場合で、聞き手に「A + だ/ではない」という「事情説明」をするのに使われている。これが確認「A + (という) わけだ + ね/な」になると、自分の「事情説明」に同意するよう聞き手に求めており、問いかけ「X + A + (という) わけか」なら、聞き手に「事情説明」を求めていることになる。 また「1~4」は、XとAとの間に因果関係のあることを表しているので、キーワード「~から/それは/つまり/それで」をかえると、例えば「1」の文は「2~4」へと書き換えていくことができる。 ただ「5」は、X「映画/私/彼女/彼/あなた + は」が主題で、あとが例示の「AというA'/A⊂A'」という関係である。つまり「A'」にあたる「わけ」が名詞として機能し、いわば「同語反復/内容説明」になっている。 言い換えれば、XがAという「状況/事態/成り行き」にあるか、Aという「事情/理由/考え/意図/主張」をもっていることを表している。最後の例は、聞き手がAをしようとすることに対して、その裏にある「意図/わけ」を疑った話し手が、聞き手に向かって、矢継ぎ早に問いただしている場面である。 使い分けワンポイント ⑦⑩ ~(という)わけだ・~のだ 「使い分け⑨」の「~(という)わけだ」は「~のだ」と、近い位置関係にあり、次の <1101> ように、すべての場合で置き換わる。しかし逆になると、命令の「~のだ」の場合は、もちろん置き換わらないし、ほかにも「~というのだ」が、引用を表しているのなら「~というわけだ」に置き換わるが、伝聞になる場合は互換性がない。また「~(という)わけなのだ」は「~のだ」にしかならない。 ▶本文 10.9.「モダリティの表現/伝聞/伝聞のバリエーション」を参照 ▶本節「使い分け④/『~のだ』の使い方」を参照 「~(という)わけだ」→「~のだ」 . 結論/帰結 小さいとき、お父さんがアメリカ駐在になって、現地の学校に通っていましたから、英語が上手な + わけ/の + です。 →英語が上手だ + というわけ/×というの (伝聞) + です。 電話で何度も催促すると、すぐ持ってくる + ってわけ/ん + ですね。 10 年も中国にいたら、中国通 + ってわけ/なの + じゃないんですか。 1 週間、ダイエットしただけで、そんなにやせた + ってわけ/の? 約束があるんだから「台風だから、出かけない」+ というわけ/というん (伝聞) + じゃない 2. 原因/理由 すごくほっそりしましたね。本を見て、ダイエットした + わけ/の? P:課長、どうして慌てて飛び出していったんですか。 Q:社長から、呼び出しがかかった + というわけ/の + ですよ。 3. 要約/言い換え 塾に行き、家庭教師もつけてもらって、この成績かい?まあ、一言でいうと、バカ+だってわけ/なの+だな。 4. 納得 A:うちの子に、恋人ができたようですよ。 B:それで、電話がかかってくると、そわそわする + わけ/の + か。 P:社長から、呼び出しがかかったのですよ。 Q:なるほど、それで慌てて飛び出していった + わけ/の + ですね。 約束だから、こんな雨なのに、出かける + ってわけ/の + ですか。 電話で何度も催促したから、それで、すぐ持ってきた + わけ/ん + だ。 . 状況/事態/成り行き/事情/考えや主張 「中国に10年いたから、中国通だ」という + わけ/の + でもない。 「台風が来たって、出かける」+ というわけ/というん + じゃない。 言い訳をする + わけ/ん + じゃありませんが、黙って見ていた + わけ/の + ではありません。注意しても聞かなかったのです。 S:どうしたの、離婚する + ってわけなの/の? T:そう + いうわけ/なん + じゃないけど...。 昨日、大変だったのよ。買い物から帰ると、子どもがいない + わけ/の。すぐ帰るかと思ったんだけど、晩ご飯の時間になっても、まだ帰ってこない + わけ/の。主人が帰ってきた + わけ/ん + だけど、あんまり遅いから、まさかと思った + わけ/の + ね。警察に届けようと + いうわけ/いうの + で、電話した + わけ/の。わざわざお巡りさんが来てくれた + わけ/ん + だけど、そんなとき <1102> 10.8.モダリティの表現/判断放棄と断言 になって、お友だちのお母さんから電話があった + ってわけ/の + で、とんだ 恥、かいちゃった + わけ/の。 明日、コンサートに行く + わけ/の + ね? 誰と行く + わけ/の? ひとりで行く + わけ/の? 何時に出かける + わけ/の? 僕ひとりで、晩ご飯、どうする + わけ/の? 早く帰ってくる + わけ/の? 「A + (という) + わけだ/わけでない/わけか」が「A + のだ/のではない/のか」に置き換わった場合、両者に共通する「納得」を除けば、ほかのすべては、後者の「合図」か「問いかけ」にかわっている。 「納得」の場合、前者は、それまで「わからなかった/思い当たらなかった/気づかなかった」Aの起こる「事情/経緯」が「やっとわかった」という気持ちや考えを説明しており、話し手の「満足/安堵/驚き/呆れ返り」などをともなって、Aをテーマとする対話は、ここで打ち切られてしまう。 これに対して後者は、聞き手の説明や周囲の状況を受け入れたというだけの納得の仕方で、話し手の「やっとわかった」という気持ちを表すことができないので、もし「納得」が十分でなければ、Aをテーマとする対話は、継続する可能性がある。 「A + (という) + わけだ/わけでない」が「A + のだ/のではない」に置き換わった場合、Aで「事情説明」をするだけで、特に聞き手への訴えや働きかけを表さない前者は、聞き手が必要としているか、聞き手が必要としていると話し手が考えている情報Aを、聞き手に与えているだけで、聞き手からの反応を求めているわけではないので、聞き手とのあいだに距離をおいて、一方的に自分の状況や考えを述べている印象がある。 これを、聞き手への訴えや働きかけの「前触れ/合図」となる後者にかえると、聞き手の反応を期待し、聞き手を納得させようとする生き生きとした対話になる。 逆に、問いかけになる場合、前者は、聞き手に対して、一方的にAの説明を求めるだけで、聞き手の状況や事情を考慮しないので、矢継ぎ早に問いただされると、聞き手の耳には「うるさい/しつこい」雑音に響く可能性がある。 一方後者は、疑問詞があれば「問いかけ」になり、なければ「確認」になって、聞き手に答える時間が与えられるので、矢継ぎ早に問いただされるという事態にはならない。 使い分けワンポイント ⑦「~のだ」から「~わけだ」への変換 「使い分け⑦」とは逆になる「~のだ」から「~(という)わけだ」への変換の場合、命令の「~のだ」は「~(という)わけだ」に置き換わらないし、合図や問いかけの「~のだ」も置き換わらないことがある。つまり、すべての場合で互換性があるのは、納得の「~のだ」だけということになる。 「~のだ」→「~(という)わけだ」 1. 合図/前触れ あ、それ、犬が食べる + ん/×わけ + です。捨てないでください。 お父さんが泳ぎにつれて行ってくれる + ん/わけ + だ。うれしいな/×早く夏休み来ないかな。 来週から試験な + ん/わけ + だ。少し頑張らないと落第しちゃうな/×わからないところ、教えてほしいんだけど。 <1103> そのとき翼があったら、すぐ飛んでいった + ん/わけ + ですけど。 あのう、すみません。ここ、禁煙な + ん/×わけ + ですけど。 Jリーグのチケット、2枚もらった + ん/×わけ + です。ご一緒にいかが? 明日、検査がある + ん/わけ + だから、もう飲めないよ。 台風が来るかもしれないんだよ。それでも行く + の/わけ + か。 わあ、満員な+ん/×わけ+だ。どうする?帰る? 誰が行っても同じな+の/わけ+ですね。じゃ、僕が行きましょうか。 担当、その人じゃなくて、私な+ん/×わけ+です。どうぞ。 ですから彼は間違っていなかった+の/わけ+です。 あの、友だちと約束がある + ん/×わけ + です。これで失礼します。 課長、怒った + ん/わけ + です。それで席を立った + ん/わけ + です。 じっとしてられません。どうしても子どもを探しに行く + ん/×わけ + です。 いったい何度、言えばわかる + ん/わけ + だ。行かないと言ったら、行かない + ん/×わけ + だ。 どうしてオレではダメな +ん/わけ + だ。オレでもいいじゃないか。 歩く +ん/×わけ + だよ。眠る +ん/×わけ + じゃないよ。眠ると死ぬ +ん/ ×わけ + だ。頑張る +ん/×わけ + だ。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/~なさいよ・~んだよ/ ~なさんな・~んじゃない(よ)」を参照 熱がある。風邪を引いた + ん/わけ + だ。薬、飲んで、早く寝なきゃ。 まだ帰ってこない。きっと事故でもあった + ん/×わけ + だ。どうしよう。 こちらが会釈してるのに、なぜ知らん顔する + ん/わけ + だ。何があった + ん/×わけ + だ。 →何かあった + ん/わけ + だ。 2.問いかけ これ、犬が食べる + ん/×わけ + ですか? じゃ、捨てないのですね。 →これ、犬が食べる + ん/わけ + ですか (↓)。(納得) 来週から試験な + んだ (↑) (↓) / わけだ (↓) /×わけだ (↑)。わからないところがあったら、聞けよ。 翼があったら、すぐに飛んでいった + の/わけ + か (↑)。本当か? なぜ風邪なんか引いた + の/×わけ + です (↑) (↓)。会社、休んでください。 あのう、すみません。ここ、禁煙な + ん/わけ + ですか (↑)。 3. 納 そう + なの/いうわけ + ですか。それで電話なさったのですね。 だから遅れた + の/わけ + だね。そんなこと知らなかったものだから。 それで結婚に踏みきった + ん/わけ + だ。おめでとうございます。 そんな時間ですか。もう遅い + ん/わけ + だ。すみません、お先に。 つまり、中止になった + の/わけ + ですね。仕方ないですね。 あいつ、うれしくて泣いてる + の/わけ + か。うれしくても泣くんだね。 いいですか。わあ、聞いてたけど、本当においしい + ん/わけ + だ。 なーんだ、猫な + ん/わけ + だ。誰か来たかと思った。びっくりした。 何だ、あの態度は。昨日のことで、まだ腹を立ててる + ん/わけ + だ。 そうか、ここから出る + の/わけ + か ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~はずだ」を参照 <1104> 10:8. モダリティの表現/判断放棄と断言 互換性のある「納得」を除いて、前頁のような「合図/前触れ/問いかけ」となる「A+のだ/のではない/のか」から「A+(という)+ わけだ/わけでない/わけか」への置き換えは、Aが話し手の「主張/決意/事情説明」などを表し、その前後に、聞き手への訴えや働きかけとなる「依頼/希望/許可請求/勧誘/申し出/意思表示」などがくると、不可能になる。 ▶本節「使い分け②④⑥/『~(の)か』のまとめ/『~のだ』の使い方/~のではない」を参照つまり、聞き手の反応を求めようとする場合、聞き手の反応を意識しない後者「~わけだ」のバリエーションが使えなくなるわけである。 使い分けワンポイント ⑫「だから/それなら」+「A + わけだ/のだ」 毎朝、1時間も、ジョギングなさってらっしゃるんですか。それで/それじゃ、お元気な+わけ/ん+ですね。 デート!? だから/それなら、雨でも、出かけた+わけ/の+ね。 ▶本文 3.1.「順接確定条件/原因と理由/~から」を参照 ▶本文 4.1.「順接仮定条件/仮定条件/~(の)なら」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ね・~のだね」を参照 順接確定条件を表す「それで/だから」に導かれた「A + わけ/の + だ」は「納得」になるが、両者の違いは、前者「A + わけだ」が、それまで理解できなかったA「聞き手が元気である/第三者が出かけた + こと」の「原因/理由」がわかった満足や驚きを表し、後者「A + のだ」が、話し手の感情などではなく、対話を継続する合図を聞き手に送っている点である。 さらに文末の「~ね」によって、前者は、聞き手や第三者について「Aという納得」をしたという話し手の事情説明に、聞き手が同意するかどうかの確認をしているが、後者は、ただ「元気/出かけた」かどうかの事実確認をしているだけである。 「それで/だから」を「それなら/それじゃ」にかえると、順接仮定条件になり、両者のAは、前提となる「それ」から導きだされた当然の「結論/帰結」を表すことになる。つまり話し手は、それまでA「聞き手が元気である/第三者が出かけた+こと」に気づいておらず、聞き手から「ジョギング/デート」と聞かされてはじめて、Aという結論に達したことを表している。 「それなら/それじゃ」の場合は、文末の「~ね」によって、前者が聞き手や第三者について「Aという結論」に達したという話し手の事情説明に、聞き手が同意するかどうかの確認をしているのに対して、後者が対話を継続する合図を送りながら「元気/出かけた」かどうかの事実確認をしている。 使い分けワンポイント ⑦③「だから/それなら」+「A + わけだ/はずだ」 デート!? それなら、こんな雨でも、出かけた + わけ/はず + ね。 →デート!? それで/だから、こんな雨でも、出かけた + わけ/×はず + ね。 →デート!? それで、こんな雨でも、出かけた/出かける + わけ/×はず + ね。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『~はずだ/~わけだ』と時の表現」を参照 毎朝、1時間も、ジョギングなさってらっしゃるんですか。だから、お元気な + わけ/ <1105> →それで、お元気な+わけ/×はず+ですね。 Q:課長、どうしたんですか。慌てて飛び出していきましたが。 P:社長から、呼び出しがかかったのですよ。 Q:ああ、それで慌てて飛び出していった + わけ/※はず + ですね。 →ああ、それじゃ慌てて飛び出していった + はず/※わけ + ですね。 V:それなら/×だから+4月から小学校+なわけ/のはず+ですね。ドア、開けっぱなしだもの。寒い+わけ/はず+だよ。→それで(納得)/だから(納得)/それなら(結論)+寒いわけだよ。→だから(推論)/それなら(納得+推論)/×それで+寒いはずだよ。 「それで/それなら+A+わけ/はず+だ」の条件的な違いを際立たせて、違いを示せば、およそ次のようになる。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/『それで/だから』+『はずだ/わけだ』」を参照 ・X + 順接確定条件「それで/だから」+ A+わけ/の+ だ:納得 話し手は、あらかじめAという状況に気づいており、Aの「原因/理由」と なる聞き手の説明Xによって、Aを「納得」したことを表す。 ・X + 順接仮定条件「それなら/それじゃ」+ A + わけ/の + だ: 帰結 話し手は、あらかじめAに気づいておらず、聞き手の説明Xから「推測/推理/推論」して、Aという「結論」をひき出したことを表す。 ・X + 順接仮定条件「それなら/それじゃ」+ A + はずだ:納得 話し手は、あらかじめAに気づいており、聞き手の説明Xから、Aの「原因/理由」を発見して、Aを「納得」したことを表す。 ・X + 順接仮定条件「それなら/それじゃ」 + A + はずだ:推論 ・X + 順接確定条件「だから」+ A + はずだ: 推論 話し手は、あらかじめAに気づいておらず、聞き手の説明Xから、Aを「推測/推理/推論」することを表す。 「X + A + わけ/はず + だ」は、それぞれ「断言」と「状況判断」なので、類義表現ではないが、上のように「納得」と「推論」の場合、紛らわしくなる。 「納得」の場合、どちらも、Aの「原因/理由」となるXがわかって、Aを納得しているが、両者の違いを示せば、次のようになる。 ・X + A + わけだ: 例「デート!? だから、雨でも、出かけたわけね」 聞き手からX「デート」を知り、話し手は、目撃した第三者が「出かけた」 のは「デートだから当然だ」と「納得/断言」している。 ・X + A + はずだ: 例「デート!? それなら、雨でも、出かけたはずね」 第三者が出かけるのを目撃して「なぜ出かけたのか」と推測していたが、聞き手からX「デート」を知り、話し手は「デートなら当然だろう」と「納得/状況判断/推論」している。 <1106> 10.8. モダリティの表現/判断放棄と断言 「推論」の場合、どちらも、状況Xから、Aを推論しているが、両者の違いを示せば、次のようになる。 ・X + A + わけだ: 例「ドア、開けっぱなしだ。それなら、寒いわけだよ」 話し手は「寒い」とは感じていないが、聞き手が「寒い」と言ったので、調べてみると「ドアが開いている」のがわかり、推論して「聞き手が『寒い』と言ったのは当然だ」と結論づけている。 これを「ドア、開けっぱなしだ。だから、寒いわけだよ」にすると、話し手も「寒い」と感じていて、調べてみると「ドアが開いている」のがわかり、納得したことになる。 ・X + A + はずだ: 例「ドア、開けっぱなしだ。それなら、寒いはずだよ」 〈独り言〉なら、話し手が「寒い」と感じて、調べてみると「ドアが開いている」のを発見し、そこから推論して「これなら寒くても当然だろう」と、納得している。 〈対話他者〉の〈聞き手〉に言っているのなら、話し手は「寒い」とは感じていない。聞き手が「寒い」と言ったので、調べてみると「ドアが開いている」の発見し、推論して「ああ、これなら聞き手が『寒い』と言ったのは当然だろう」と判断していることになる。 「ドア、開けっぱなしだ。だから、寒いはずだよ」も同じで、〈独り言〉なら、話し手は「寒い」と感じていて「ああ、だから寒かったのは当然だな」と納得している。 〈対話他者〉なら、推論して「ああ、だから聞き手が『寒い』と言ったのは当然だろう」と判断しているが、話し手が「寒い」と感じていた場合でも使うことができる。 つまり「A + はずだ」は「状況判断」なので、話し手は自分自身の状況や、〈独り言〉における「もうひとりの私」を含む〈聞き手〉の状況Aを判断できない。ということは、Aは〈話し手/聞き手〉の状況ではなく、第三者の状況か、第三者と見なした〈話し手/聞き手〉の状況である。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/話し手の意志と第三者の意志」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/状況判断と断言」を参照 一方「A + わけだ」は「断言」なので、話し手は自分自身の状況を含めて、自分をとりまく状況Aのすべてを判断することができる。 娘は、3月で満6つだから、今年、小学校+のはず/なわけ/なん+だよ。 娘さんが、3月で満6つなら、今年、小学校+のはず/なわけ/なん+だ。 上のほうは、自分の娘のことなので、当然「小学校 + なわけだ/(なの) だ」でよいはずであるが、日本人がわざわざ「小学校 + のはずだ」を使うのは、万一の「勘違い」を考えた〈ソト〉に対する予防線で、断言を避けた婉曲的な表現になっている。 下のほうは、自分の娘ではないので、状況判断でよいが、納得の「小学校 + なわけ <1107> だ/(なの)だ」が使われるのは、前者「~わけだ」で、いわば「他人事とは思えない」という満足感を表し、後者「~(なの)だ」で、聞き手との共感を表して、話題を続けようとする「リップサービス」である。 類義表現ではないが、紛らわしさのある「わけ+だ/だった」と「はず+だ/だった」の違いは『類義語使い分け辞典』(研究社)も参照のこと。 10. 9. モダリティの表現/伝聞 ~ということだ・~とのことだ A + ということだ:Aを聞いた話し手の感情が、濃厚に反映される伝聞。 A + とのことだ:Aを聞いて、内容を冷静に受けとめたことを示す伝聞。 接続 文+と+いうこと/のこと+だ ただし文には、〈述べ立て文〉の「現象描写文」と〈問いかけ文〉は含まれない。 ▶巻末「文/文の種類」を参照 形態 「~ということだ」は、話し言葉で「~っていうことだ」になることがある。ただこの場合、伝聞以外の「~ということ」とは異なり「~という」は省略できない。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~ということ』の使い方」を参照 ▶本文 5.3.「逆接条件/逆接確定条件/対比/~という」を参照 互換性 あからさまな感情が出る場合や、挨拶文では置き換わらない。 [例] 聞くところによると、課長に、ご昇進なざったということですが、どうして、お知らせくださらなかったのですか。 次のように、置き換えると不自然になる。 *聞くところによると、課長に、ご昇進なさったとのことですが、どうして、お知らせくださらなかったのですか。 その夜、ご主人は、ご帰宅なさらなかった + ということ/×とのこと + ですが、おかしいじゃありませんか。どうしてなのですか。 うちの子が、お宅の子にいじめられて、けがした + っていうこと/×とのこと + だが、いったいどうしてくれるんだい。 逆に、次の「~とのことだ」は「~ということだ」に置き換わらない。 ご子息様、合格なさった + とのこと/×ということ + ですね。おめでとうございます。 本当によかったですね。 ベルリン支店長にご栄転 + とのこと/×ということ、ご活躍のほど、心よりお祈り申し上げます。くれぐれもご自愛のほど。 そちらはもう北風が冷たく、落ち葉の季節 + とのこと/×ということ + ですが、ご返信が遅くなりました。ご覚恕くださいませ。 ご無沙汰致しております。その後、お変わりございませんか。さて、ご結婚なさった + <1108> とのこと/×ということ、おめでとうございます。 お祖父さま、ご逝去とのこと、心より、ご真福をお祈り申し上げます。 用例 次の用例は、互換性がある。 その夜、ご主人は、ご帰宅なさらなかった + ということ/とのこと + ですが、いったい何があったのですか。お聞かせ願えませんか。 長い間、ご無沙汰いたしております。ベルリン支店長にご栄転 + ということ/とのこと + ですが、いつご出発なのですか。 そちらはもう北風が冷たく、落ち葉の季節+ということ/とのこと+ですから、ずいぶん寒くなったのでしょうね。お元気ですか。 ご相談がおあり+ということ/とのこと+ですね。一度お会いして、お話を伺わせてい ただきたくないます ここだけの話なんだが、うちの課長が取締役に抜擢された + ということ/とのこと + だ。 いよいよ俺たちの出番が来たようだぞ。 新しいお店がオープンした + ということ/とのこと + です。今日のお昼にでも行ってみませんか。おいしいとの評判ですよ。 お出かけですか。夕方から、雨が降る + ということ/とのこと + ですが。 お出かけになる + ということ/とのこと + でしたが、まだよろしいのですか。 少々お待ちください。すぐ下りてくる + ということ/とのこと + ですから。 ▶本文 1.3.「主題/例示/AとのA'」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『こと/もの』の使い方」を参照 使い分け 「A + ということ/とのこと + だ」は、どちらも「~こと」が「第三者から聞いた話」を意味し、その話の具体的な内容、つまり伝聞の内容がAであることを表して、話し言葉にも書き言葉にも使われる。 両者の違いは、前者「A + ということだ」には、第三者から聞いた情報Aを吟味した結果「情報Aだけでは + 満足できない/理解するのに不十分だ/疑わしいところがあってしようふく て承服できない」といった話し手の気持ちがこめられ、あとに続く部分に反映されるのに対して、後者「A + とのことだ」では、第三者から聞いた情報Aだけで、話し手が十分に満足している点である。 互換性のある用例の場合、前者では「何があったか/いつ出発か/どんな相談事か/どれほど寒いか/俺たちに何ができるか/どんな店か+知りたい」という話し手の気持ちが前面に出ているが、後者では「もし可能であれば知りたい」といった婉曲的で曖昧な表現にかわり、話し手の本音が聞き手には読みとれなくなってしまう。 したがって、〈ウチ〉の関係や、遠慮のない親しい〈ソト〉との関係、または、遠慮など必要ではないと判断した場合の〈ソト〉や〈ヨソ〉の関係に対しては、前者が使われ、遠慮が必要とされる〈ソト〉や〈ヨソ〉に対して、婉曲的な「丁寧さ/ためらい」を示す場合は、後者が使われることになる。 特に「~だ」の落ちた「A + とのこと」は、通常の手紙文などでも使われるが、お祝いやお見舞いなどでは、挨拶文専用ともいえるほど、よく使われる。 解説 「A + ということだ」には、もともと「こと」が「内容/意味/結論/決定」などを表す使い方があり、次のように、決定なのか伝聞なのか紛らわしい場合がある。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/~ということになる」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~ということ』の使い方」を参照 <1109> ということは、引き止めてもむだなのですね。仕事を辞める/辞表を出した + ということ/×とのこと + なのですね。 ですから、お見舞いに行かなければいけないのですよ。過劳で入院した + ということ/×とのこと + ですから。 つまり「A + ということだ」は、もとの「結論/決定」といった意味を残したまま「伝聞」にシフトしているので、聞き手に対する動的で積極的な「訴え/説得/働きかけ/問いかけ」などが、あとに続くことになる。 社長が朝礼で言ったのは「みんなにボーナスが出せるよう、心をひとつにして頑張ろう」+ という/×との+ことだよ。 →朝礼の社長の言葉では「みんなにボーナスが出せるよう、心をひとつにして頑張ろう」+という/×との+ことだから、頑張ろうぜ。 →「みんなにボーナスが出せるよう、心をひとつにして頑張ろう」+ という/との + 朝礼での社長の言葉ですから、頑張りましょう。 曇ってきましたね。今夜、雨が降る + との/×という + ことです。 →曇ってきましたね。今夜、雨が降る + との/という + ことでした。 「A + ということだ」に対して「A + とのことだ」は、Aが、あとにくる「朝礼の社長の言葉」や「こと」の内容しか表さないので、あとに続くのは聞き手に対する静的な「訴え/説得/働きかけ/問いかけ」などになる。 使い分けワンポイント ① 伝聞と引用 「お父さんが、お母さんの誕生日に、大きなカサブランカの花束を買ってきた」と妹が言ったが、僕は信用しなかった。 「母さんの誕生日に、大きなカサブランカの花束を買ってきた」と言って、シャイな父が照れながら、恥ずかしそうに笑ったんです。 「父が母の誕生日に、大きなカサブランカの花束を買ってきた」という妹の話は、本当だったのです。 妹の話によると「父が母の誕生日に、大きなカサブランカの花束を買ってきた」ということだったのですが、僕は信用しなかったのです。 はじめの3例が引用で、最後の例だけが伝聞である。引用には、第三者Xの話した通りの言葉Aを、そのまま話し手が引用符でくくる「Xが『A』と言う」場合と、第三者の言葉Aを、話し手の立場からアレンジして、通常、引用符でくくらない「XがAと言う」場合がある。 一方、伝聞は「Xによると、Aということだ」のように、第三者Xの話を伝聞の情報源とし、文末に伝聞のバリエーションが使われたもので、基本的には「XがAと言う」のを聞いて、Aを聞き手に伝えるものである。 ▶本文 3.3.「順接確定条件/根拠/~によると」を参照 ただ引用の場合でも、A「花束を買った話」は、聞き手に伝えられているので、伝聞と同じ機能を果たしていることになる。 両者の違いは、伝聞では、聞き手にAを伝えることを契機に、話し手が「訴え/説得/働きかけ/問いかけ」などを続けていくのに対して、引用では、第三者の言葉を伝えているだけなので、話し手が引き続き、聞き手に「訴え/説得/働きかけ/問いかけ」な <1110> 10.9. モダリティの表現/伝聞 どをするかどうかは、引用部分とは無関係な話し手の判断によっている点である。 つまり伝聞は、聞き手への「訴え」などをターゲットにして使われ、引用は、第三者の言ったことを聞き手に伝えるだけで、聞き手への「訴え」などは目的にしていないので、話し言葉、特に聞き手との対話では伝聞が使われ、小説や物語などの書き言葉、スピーチや演説といった一方的な語りかけになる話し言葉では、多く引用が使われることになる。さらに形態的にも、伝聞は、〈未完文〉を含めた文末にしかこないが、引用では、文末にも文中にもくることができる。 「~ということだ」には、話し手の「気持ち/判断」が反映されているが、一般的な伝聞のバリエーションは、ただ聞き手への伝達を表すだけで、必ずしも話し手の「気持ち/判断」を表しているわけではないので、文末に表れる〈モダリティ〉とは関係しないことがある。 例えば「明日は雨だそうです」は、〈述べ立て文〉の文末「~です」が「断言/判断」を表しているが、話し手が「『明日は雨だ』という予報を聞いた」ことを「断言/判断」しているにすぎない。実際の話の内容「明日は雨だ」は、話し手によってではなく、第三者によって、判断されている。 ▶巻末「文/モダリティ」を参照 引用が「第三者が言った」ことを「断言」するのと同じように、伝聞も「第三者から聞いた」ことを「断言」するだけなので、単に「断言のモダリティ」に含まれるもので、独立した「伝聞のモダリティ」が存在しているわけではない。ただ「断言」では、特別なパターンをもつ「伝聞」が際立たないので、本書では独立させている。 使い分けワンポイント ② 伝聞のバリエーション 何か、腹を立てて「仕事を辞める」と + 言ってます/言ってました/言うんです/言ったんです/×言いました + が、どうしましょう。 何か、腹を立てて「仕事を辞める」と + 聞いてます/聞いてました/×聞くんです/聞いたんです/聞きました + が、どうしましょう。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文 2.8.「時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣/~ている」を参照 伝聞のバリエーションには、あとでも述べるように、いろんなパターンがあるが、直接ある個人から聞いた「直接情報」を聞き手に伝える場合、最もシンプルな「~と言う」系のバリエーションと「~と聞く」系のバリエーションが、よく使われる。 しかし、上のように「~と言う」系バリエーションは、引用との境界があって、引用を表す「Aと + 言った」や、〈基準時未実現〉の「Aと + 言う」は、直接情報Aの伝聞に使うことができない。 「Aと+言っている/言っていた/言うのだ/言ったのだ」が伝聞を表すことができるのは、話し手の「Aを聞いた」経験を表したり、過去のデータの貯蔵庫「メモリバンク」にAを照合したりして、聞き手に訴えかける機能をもっているからである。しかし、引用のバリエーションには、この機能が備わっていない。 一方「~と聞く」系バリエーションは、基準時未実現を表す「Aを + 聞く/聞くのだ」を除けば、伝聞に使うことができる。 <1111> これは、理解の段階に至らない「A + と/が + 聞こえる」とは異なり、理解を示す「A + と/を + 聞く」が〈基準時以前既実現〉「A + と/を + 聞いた」であれば、話し手がAを理解したという経験、つまりAを「メモリバンク」に貯蔵したことを表すからである。 なお、第三者が「言うのだ」は〈基準時現在同時間帯〉を表し、話し手や第三者が「聞くのだ」は、話し手や第三者の「決意/訴え」を表している。 李さんが「おなかが痛いので、草引きしたい」と言ってますが、よろしいでしょうか。今、医務室なんですが。 * 李さん (の話) によると「おなかが痛いので、草引きしたい」と言ってますが、よろしいでしょうか。今、医務室なんですが。 → 李さん (の話) によると、王さんが「おなかが痛いので、早引きしたい」と言ってるということですが、よろしいでしょうか。 朝の天気予報によると「午後から雨」と + 言ってました/×言ってたようです + から、傘を持って行ったほうがいいのじゃありません? → 朝の天気予報では「午後から雨」と + 言ってました/言ってたようです + から、傘を持って行ったほうがいいのじゃありません? * 朝の天気予報が「午後から雨」と + 言ってました/言ってたようです + から、傘を持って行ったほうがいいのじゃありません? 噂によると「離婚する」と + 言ってる/×言ってるみたいだ + な。 → 噂じゃ「離婚する」と + 言ってる/×言ってるみたいだ + な。 友だち/先生 + (の話) によると「来月は学園祭と中間考查」と + 言ってました/×言ってたはずです + が、間違っていますか。 → 友だち/先生 + は/の話では +「来月は学園祭と中間考查」と + 言ってました/言ってたはずです + が、間違っていますか。 ▶ 本文3.3.「順接確定条件/根拠/~によると・~では」を参照 最初の例が、特定の個人から聞いた情報を聞き手に伝えている「直接伝聞」であるが、あとの「李さん(の話)によると、王さんが」は、第三者「李さん」から間接的に得た特定個人「王さんの情報を聞き手に伝えている「間接伝聞」である。 「間接伝聞」には、このほかにも「テレビ/ラジオ/新聞/雑誌/映画/演劇/講演/書籍」といったマスメディアや、インターネットからの情報、発言者不特定の「噂/評判/デマ/風聞/流言」などを伝える場合が含まれるが、共通しているのは「第三者X+(の話)によると/の話では」が使える点である。 両者の違いは、上の例のような使い方にもあるが、前者「X + によると + A」では、Xが伝聞の情報源を表し、Aが「引用文 + 伝聞」になっているが、後者「X + では + A」では、Xが判断の根拠となる情報の範囲を表しているので、Aが「引用文 + 判断」になっている点である。 なお、Xが人を表さない場合、日本語では「X/朝の天気予報 + が言った」などを、伝聞や引用の形式を使うことができない。かわりに「~と言われている」が使われることがあり、直接伝聞の「~と言っている」が間接伝聞に使われることもある。 <1112> 10.9. モダリティの表現/伝聞 使い分けワンボイント 恐竜のなかには、羽毛をもち、空を飛んで、獲物を追いかけるものも出現していたと + いう/いわれる/いわれている。 1918年7月6日のソビエト崩壊の危機を救ったのは、バルト三国のひとつラトビアであるが、1991年のソビエト分裂の急先鋒となったのも、同じラトビアだと + いう/いわれる/いわれている。 死因では、心臓病によるものが、最も多いと + いう/いわれる/いわれている/いいます/いわれます/いわれています/いっている。 総選挙は、来月の10日に行なわれると + いう/いわれている + が、果たして、どれほどの人の利害が反映されるのだろうか。 この数十年が歴史のどの時代よりも平和だと + いわれている/いう/いいます/いわれています + が、世界には絶え間ない紛争があり、ただ先進諸国だけの平和 + ではないだろうか/なんじゃないだろうか/なのではないでしょうか。 父は私に「結婚しろ」と + いう/いっている。 →私は父に「結婚しろ」と + いわれる/いわれている。 「A-る/-い/~た/(状態)名詞(だ) + と + いう/いわれる/いわれている」は、最後の例のような特定の個人から聞いた直接情報では引用になるが、歴史的な資料や統計、調査報告やマスコミなどからの引用では「間接伝聞」となり、聞き手へのメッセージとして、硬い書き言葉で使われる。 書き言葉での違いは、次の順で、文章に硬さが加わることである。 スピーチ ← いわれている < いわれる < いう → 書き言葉専用 また、受身の「Aと+いわれる/いわれている」は、〈敬体〉を使えば、フォーマルなスピーチや、改まった場での日常会話など、話し言葉にも使われる。 これは、資料や統計などに依拠した伝聞や引用であることを示すと同時に、いわば「たとえAが間違っていても、話し手である私の責任ではない」ということをほのめかすからで、参考文献をつけた論文や報告書など、私文書や公文書にも多用される。 これに対して「A + という」は、資料や統計などに対する話し手の信頼と確信を表し、自信に満ちた伝言になるので、フォーマルなスピーチや公文書というよりは、歴史的事件の記述に多用されるが、ほかに「日記/日誌/備忘録」といった「もうひとりの私」を聞き手とする私文書や、〈ウチ〉の場での改まった会話に使われることも多い。 総選挙は、来月の10日に行なわれると + いわれています/×いいます + が、果たして、どれほどの人の利害が反映されるのでしょうか。 〈敬体〉の「A + といいます」が、あまり話し言葉に使われないのは、特に身近でアップデイトな話題では、上のように直接伝聞になってしまい、聞き手がA「総選挙は来月の10日に行なわれる」といっているように響いて、不自然になるからである。 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/聞き手尊敬と文体」を参照 あのスーパーは安いと + いわれています/いっています/いいます/いわれます + が、本当はそうじゃありません。 日常会話では「Aと+いわれています/いっています」が間接伝聞、聞き手に対す <1113> る敬意を表す「Aと + いいます/いわれます」が直接伝聞になり、Aが聞き手の発言になる。 使い分けワンポイント⑤~って・~んだって・~のですって ⑤ ~って・~んだって・~のですって 李さんが「おなかが痛いから、草引きしたい」+ んですって/×って。帰ってもよろしいですか。今、医務室なんですけど。 →李さんが「おなかが痛いから、早引きしたい」+ って/んだって。悪いんだけど、ちょっと様子、見てきてくれない。 「ご飯、食べない」+ って/んだって。何か、ひがんでるみたいよ。お母さん、話してみて。私は知らないから。 →「ご飯、食べない」+ って/×んだって。私は知らないから。何か、ひがんでるかもね。お母さん、話せば? ▶本文4.3.「順接仮定条件/一般条件/~たら?・~ば?」を参 今朝の天気予報 + によると/じゃ、午後から晴れる + んだって/って。傘、持っていかなくても大丈夫よ。 →「部長は今日、風邪でお休みなん + だ/です」って、おっしゃってました。 ニンジンは苦手 + (だ)って/(なん)だって + (言ってましたよ)。 今日は車 + (なん)だって/(なん)ですって。 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~って』の使い方」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/『~が+疑問詞』と問い返し」を参照 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 上のような「すべての文A + って」は、話し言葉専用の伝聞であるが、最初の例のように、あとに聞き手への働きかけが続くと使えなくなり、この場合は「~のだ」をともなった「未完文A + の/ん + だ/です + って」が使われる。 逆に、聞き手への訴えや説得といった話し手の気持ちのこめられる「未完文A + の/ん + だ/です + って」は、2つめの「ご飯」の例のように、聞き手とのかかわりから逃げようとする場合は、使うことができなくなる。 聞き手へ働きかけるのでもなく、聞き手と関係を避けるのでもなければ、どちらも使うことができる。 「すべての文A + って + 言っている/聞く」には、引用の「~と」のかわりに、その話し言葉専用の「~って」が使われているだけなので、同じように「言っている/聞く」を加えた「未完文A + の/ん + だ/です + って + 言っている/聞く」は、独立した文を表す「A + の/ん + だ/です」を「~って」で引用したものにかわってしまう。したがって、〈敬体〉で話された言葉をそのまま引用して、〈超敬体〉の伝聞にするという特殊な場面を除けば、通常の会話で「A + のですって + おっしゃる/お聞きする」 <1114> 10.9. モダリティの表現/伝聞 といった言い方はしない。 なお「A+んだって」のAが(状態)名詞の場合、Aのあとの「~なん」が省略されることについては、本文10.8.「判断放棄と断言/名詞+じゃない」を参照のこと。 使い分けワンポイント⑥~(んだ)とか・~とやら 今朝の天気予報 + によると/では、午後から晴れる + とか/×んだとか/とやら + でしたが、おかしいですね。 夕刻から会議がある + とか/×んだとか/×とやら + 伺っておりますから、すぐにお戻りになるかと思います。 →夕刻から会議がある + とか/んだとか/とやら + 聞きましたから、すぐ戻るのではないでしょうか。 課長は「風邪でお休みになる」と + か/×やら + おっしゃってました。 →「課長は風邪でお休みになる」と + か/やら + いってました。 →「課長は今日、風邪でお休みになるんだ」とかいってました。 自転車がパンクしたから修理に出しといてくれないか + とか/×んだとか/とやら + 言い残して、先ほど歩いて行きましたが。 初めてのデートなので、ファーストフードの店でおしゃべりしたい + とか/んだとか/とやら + いってるのを聞いたよ。 この間から、派手にけんかして、離婚する + (だ) とか/やら + しない + (だ) とか/やら + 言い合って、ご近所でも評判らしいよ。 ▶本文1.3.「主題/例示/『~とか』と『~たり』の非互換性/文末の『~(の)やら』」と次を参照「~やら~やら・~たり~たり・~とか~とか/~(だ)とか・~(だ)の・~やら・~だか」 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の挿入」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/『~のだ』の使い方」を参照 ▶「~なん」の省略については、本文 10.8.「判断放棄と断言/名詞 + じゃない」を参照 上のような「すべての文A + と + か/やら + 言っている/聞く/です」は、話し言葉専用の伝聞で、引用の「~と」と、不確かさの「~か/やら」からできている。 前者「Aとか」の「~か」が、Aのほかにも何かある「A + α」という「伝聞 + 例示」となる不確かさや、Aは聞いた内容そのままではなく「およそのところだ」という不確かさを表しているのに対して、後者「Aとやら」の「~やら」は、例示の不確かさに、聞いた内容に関心や興味がなくて、はっきり記憶していないので、Aであったかどうかに対して確信がないといった不確かさを表す。ただ、この「~やら」には、特にマイナスイメージはない。 したがって、前者の不確かさは、〈敬体〉で使えば、いかにも日本語らしい「あいまいさ」をもつ婉曲的な表現になるが、後者の不確かさは、メッセージとしての価値が凝われる「あいまいさ」なので、あてにできない発言をしても許される「かなりの年配の人」が「目下の人」に向かって使われることが多い。 <1115> 「未完文A-る/-い/~た/(状態)名詞な+んだ+とか+言っている/聞く/です」は、ただ「A+んだ」を「~と」で引用したものにすぎない。 使い分けワンポイント⑦~そうだ・~らしい 冬がとりわけ寒かった年の夏は、猛暑になる + そうだ/らしい。 最近また、自殺する人が増えてきた + そう/らしい + ですね。 先生の話では、期末試験はかなり難しい + そう/らしい + ですが。 不幸があって、課長はお花見には行かない + そう/らしい + ですよ。 ここは 50 数年前に大地震のあったところ + だそうだ/らしい。 説明書によると、屋内で使ってはダメだ + そうだ/ということらしい。 兄に聞いたところ、国の両親はとても元気 + だそうだ/×らしい。 お出かけになる + そう/×らしい + ですが、何時にお帰りですか。 合格なさった + そう/×らしい + ですね。おめでとうございます。 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~らしい 上のように「A-る/-い/~た/(状態)名詞だ + そうだ」は、話し言葉にも書き言葉にも、また直接伝聞にも間接伝聞にも使われるが、聞き手に訴えかける動的な「~ということだ」や、静的な「~とのことだ」とは異なり、話し手の感情のこもらないニュートラルな伝聞を表して、あたかも聞き手には直接関係がないといったような響きをもつことがある。 あの二人、ホールインワンの出会いから3週目、ゴールインだそうだ。 つまり、人伝に聞いた噂話、根も葉もないゴシップ記事など、聞き手にとっては、どうでもいいような無価値な情報に使われることが多い。 しかし「A + そうだ」を使って、最初にあげた例のうち、最後2例のように、話し手に関心のある情報 A や、次のような聞き手に価値ある情報Aが提供されると、たとえ間接情報ではあっても、婉曲的な表現となり、話し手は聞き手に対して遠慮を示している場合が多い。 午後から雨が降るそうですから、傘をお持ちになってはいかかですか。 「A - る/ - い/~た/(状態)名詞 + らしい」は、話し言葉にも書き言葉にも使われるが、話し手の「推量/推理/想像」などを織り交ぜた伝聞を表すので、間接伝聞になることが多い。ただ実際は直接伝聞であっても、話し手は「A + らしい」を使って、ニュースソース(情報源)を匿名にしたり、Aの内容をぼかしたりすることがある。 また、最初にあげた「お出かけになる/合格なさった+らしい」は、この文脈では、伝聞というより、話し手の推量を表してしまうので、使うことができない。 <1117> 巻 末 〈目 次〉 キーワード 1118 索引1166 <1118> キーワード 〈話し手と聞き手〉 〈話し手〉とは、文を発信する者、つまり文の「発話者/送信者」で、文の「書き手/筆者」も表している。一方〈聞き手〉とは、文を受ける者、つまり「話し手の相手/受信者」で、文の「読み手/読者」も表している。 また「私」が「もう一人の私」と対話する自己分裂型の〈独り言〉の場合でも、〈話し手〉は「私」で、〈聞き手〉は「もう一人の私」になる。 本書では、特に〈独り言〉を除外するために、話し手とは異なる他者との対話を、必要に応じて「他者対話」と呼ぶことがある。 ▶巻末「文/聞き手志向」を参照 〈独り言〉 独り言には、次の3種類がある。 1. 自己分裂を起こした「私」が「もう一人の私」とやりとりする対話形式の〈独り言〉 2.〈聞き手〉を無視し、ただ心に浮かんだ考えや思いを口にしただけの〈独り言〉 3. 他者対話の相手である〈聞き手〉に向けられる意図的な〈独り言〉 「1」の対話形式の〈独り言〉は、〈独り言〉とはいっても、〈話し手〉の「私」と〈聞き手〉の「もう一人の私」がいる一人芝居で、〈非敬体〉による通常の会話と同じなので、ここではとりあげない。巻末「話し手と聞き手/文/文の種類」を参照のこと。 残りの2つは、声が小さく、〈聞き手〉へのまなざしがなく、上昇するイントネーションももたないという意味で、対話にはなっていない。前者のほうを〈非聞き手志向〉型の〈独り言〉、後者のほうを〈聞き手志向〉型の〈独り言〉とすると、次のようになる。 〈非聞き手志向〉型:目の前に聞き手がいても、無視してつぶやかれるもの 1.自分ひとりで納得するもの ああ、そうか。 なんだ、簡単なんだ。 へえー、面白いもんだな。 ああいうのが出世するんだなあ。 2.自分に問いかけて自分で納得するもの ああ、こういうことか、わかった。へえー、こんなこともあるのか。 さて、行こうかな。 さあ、休憩にするか。 そろそろ寝るとするか。 <1119> 3. 判断や推测 任课 あいつが教授になるな。 あの人、きっと来ないわ。 おれがいなくったって、あいつら、優勝するだろうな。 今日の試験、落ちるかもしれないな。 4. 自問や疑い あの人、本当に結婚するのかしら。 あんな奴が課長になるんだろうかな。 明日、雨、降るかなあ。 何か食べるものないかな。 5. 希望や願望 あの映画、見たいなあ。 給料、上げてほしいなあ。 誰か手伝ってくれないかしら。 早く休みにならないかな。 あの子が合格しますように。(神仏に向けられているので〈敬体〉) 6. 感情や意志 あーあ、腹、減ったなあ。 やった、うちのチームが勝ったぞ。 あっ、痛たた。 あ、どうしよう、困ったわ。 頑張るぞ。 〈聞き手志向〉型:会話の途中で挿入されるもの 次の〈敬体〉にまじる〈非敬体〉の太字部分 例 1 あのう、すみません、田中さん、いらっしゃいませんか。 (「不在」という返答)ああ、そうですか。困ったな。 例 2 はい、わかりました。(時計が目に入り) あ、もうこんな時間だ。 例 3 私ですか。すぐ(「行きます」なのに)来ます。あ、また間違った。 例 4 今の仕事のことですか。ええ一、何て言うのかな。 例 5 うちの部長、会社を辞めるようです。(「どうして」と聞かれて)さあ、よくわかりませんが、社長と意見が合わないんだつけ。あ、何かご存知ですか。 例 6 (課長の悪口を言っているときに)課長が来た。会議、どこでします? 〈聞き手志向〉型の独り言は、前後の〈敬体〉部分に比較して、声が小さくなったり、トーンが下がったりはするが、聞き手や周りの人に聞こえるように話され、聞き手に伝えるべきメッセージをもっている。 例1は「どこにいるか知っていたら、教えてほしい」という SOS 信号、例2は話の長い相手に「すみません、ちょっと急いでいます」という気持ち、例3は日本語が未熟で、よく間違える場合、例4は言葉の出てこない場合などに使われる。 「どこにいますか/ちょっと急いでいるのですが/すみません、また間違えました/何と言えばいいかわかりません」などと改まって言うと、対話他者が答えられなくて、困ったり、きまりの悪い思いをしたりするし、また、前後関係のない話題が挿入されて、会 <1120> 話の流れが止まったりもするので、こうした独り言は、婉曲的表現としての役割を果たしている。しかし最大のメリットは、目的を達成する上で、はるかに大きい効果が期待できることである。 例5は、聞き手に対して、自分自身の「判断/確信/推測」などを押しつけたり、主張したりするのを避けた独り言であるが、目的はもちろん、その内容を相手に伝えることである。しかも、自分の考えが間違っていた場合の「予防線/責任回避」の役割も果たしており、いわば「オフレコ/ここだけの話」をにおわしている。 例6のように、周りの人に知られず、相手に何かをほのめかしたり、合図を送ったり 例6のように、周りの人に知られず、相手に何かをほのめかしたり、合図を送ったりする微妙な場合にも、絶大な効果を見せる。 これに対して〈非聞き手志向〉型の独り言は、多く一人でいるときに口からついて出るものであるが、たとえ話し相手や周りの人に聞こえるように言ったとしても、効果は期待できないし、〈敬体〉の会話にまぜて使おうものなら、狂人扱いされかねない。相手に対する甘えを表現する〈非敬体〉の会話でなら可能であるが、聞き手から期待できるものは、単なる「同意/疑い/驚き/同情」などを表す「ああ/ん/ええ/そうね/さあ/へえ/大丈夫?」といった返答でしかない。 〈非聞き手志向〉型「2.自分に問いかけて自分で納得する」独り言、例えば「ご飯にするか/どれ、風呂とするか/さあ、出かけるとするか/そろそろ帰るとするか/さて、始めるとするか」といった「動作性の名詞 + に/と + するか」や「意志動詞 + とするか」の形で使われるものは、〈敬体〉の会話で使われ、〈聞き手志向〉型になることがある。 ただ〈非聞き手志向〉型の「~に/~と+するか」は、子どもは使わないとしても、比較的若い人にも使われている可能性があるが、〈聞き手志向〉型の場合は、かなり年配者の表現となる。年齢を問わない言い方には、例えば、男性の「行くとするかな/行こうかな」や、女性の「行くとしようかしら/行こうかしら/行こうかな」などがある。これらは「ご飯を食べたいから、準備してくれ」といった要求を婉曲化したものとも考えられるが、独り言には答える必要もないので、周りの人に答える義務を感じさせない思いやりとも考えられ、小声で使われた「そろそろ帰ろうかな」などは、周りの人に「帰りたい/引き止めないでほしい」という気持ちを伝え、無駄な遠慮のやりとりや、煩わしい挨拶を避ける場合に使われる。 日本語学習者の誤用は、〈非聞き手志向〉の独り言である「ああ、そうか (↓)」を、聞き手に対する同意「ああ、そうですか (↓)」の〈非敬体〉として使うことである。 ただ、問いかけや疑いを示す「えっ、そうか (↑)」なら、問いかけの「えっ、そうですか (↑)」の〈非敬体〉として会話で使うことができるので、なおさら紛らわしい。 納得を表す「ああ、そうか (↓)」が、聞き手の前で使われるのは、会話が中断した状態で、話し手が何かを思い出したり、考え事をしていたりして、焦点の合わない目で、ぼ一っとした表情をしているときであり、聞き手にとっては、何の意味もなくつぶやかれるものである。 「ああ、そうですか(↓)」は、聞き手の話に納得した場合の相槌としても使われ、聞き手に話を進めるように、うながす働きがある。しかし、聞き手に向けられた「ああ、そうか(↓)」は、しつこく物をねだる子どもなどに「ああ、そうか、そうか、わかった、 <1121> わかった」と答えながら、子どもの要求を承諾したわけでも、納得したわけでもなく、ただ「うるさく言うな」という親の気持ちと同じ意味を表してしまうので、いくら親しい間柄であっても、失礼な表現であり、同意や相槌を示す「ああ、そうですか」とは、まったく異なる表現である。 「ああ、そうですか」の〈非敬体〉は、多くの場合「ああ+そうなのか(男)/そうなの(女)」が使われる。 ▶本文 6.1. 「変化の表現/A→B/~にする」を参照 〈人間関係〉 本書では、日本語における人間関係の場や範囲を、下図のように〈ウチ〉〈ソト〉〈ヨソ〉の3つにわけて説明している。 ▶巻末「文体/文体の使い分け/スピーチレベルシフト」を参照 ▶本文 9.「授受動詞と敬語」を参照 それぞれの特徴を示すと、次のようになる。 〈ウチ〉 同じ「家庭/町内/クラス/学校/職場/会社/地域/国家」などを指し、その集団に対する帰属意識をもつ人々から構成されている。 親しい〈ウチ〉関係での会話は、例えば「兄弟/仲間/同級生/子ども同士」や、また「親と子/子どもと近所のおばさん/先生と小学校の生徒」など、未成年同士か、どちらか一方が未成年なら、基本的に〈非敬体〉が使われる。しかし、学校のクラブなどの先輩と後輩の間や、近所付き合い、勤め先など、上下関係が存在し、遠慮が必要とされる〈ウチ〉関係では、目上の人に対して、敬語や〈敬体〉を使うことが求められる。 いわば〈ソト〉に重なる部分をもつ〈ウチ〉関係での〈敬体〉使用開始年齢は、聞き手との関係、年齢差などによって揺れるが、小学校高学年から中学高校くらい、自分を「幼い子どもではない」と自覚しはじめるころであろう。 しかし〈ソト〉や友好的な〈ヨソ〉に属する人に対しては、必ず敬語や〈敬体〉を使わなければならないが、〈ソト/ヨソ〉との会話では、逆に〈ウチ〉に属する人に対して敬語を使ってはいけないという社会的制約がある。 〈ソト〉 〈ウチ〉の集団とは異なる「家庭/町内/クラス/学校/職場/会社/地域/国家」などを指し、その集団に対する帰属意識をもつ人々から構成されている。 〈ウチ〉との日常的なコミュニケーションを行なっており、敬語は恋意的であるが、少なくとも〈敬体〉の使用が求められる。 コミュニケーションをスムーズにさせるための挨拶言葉、それに類似した決まり文句的な表現が存在している。 <1122> 〈ヨソ〉 具体的には「初対面の人/通りすがりに道を尋ねた人/未知なる会社/概念的な社会/体面を求める世間/行ったことのないところ/外交関係のない国」など、日常的なコミュニケーションがなく、〈ウチ〉にも〈ソト〉にも属さない「人/集団」を指すと同時に、罵り合いのけんかや戦争の状態に変化した、かつて〈ウチ〉または〈ソト〉に属していた「人/集団」をも指す。 ただ、この3つは非常に相対的で、ある特定の個人にとって固定したものではない。例えば、〈ウチ〉関係の親子ではあっても、子どもが親友や恋人と一緒なら、親は〈ソト〉に追いやられる可能性があるし、親か子どもが家庭内暴力をふるっている場合は、日常的なコミュニケーションが成り立っておらず、互いに〈ヨソ〉の関係へと転化する。 教室では〈ウチ〉関係だった先生と大学生が、廊下で出会ったときは〈ソト〉に変化するし、教室の外では、いじめられて〈ヨソ〉者扱いの生徒が、給食や体育のときは〈ウチ〉に入るといったことも起こる。 また、ある日、初めて出会ったふたりが、初対面の挨拶のあと、一緒に食事をしながら〈敬体〉で話しているうちに、意気投合して〈非敬体〉を使ったとすれば、数時間のうちで、〈ヨソ〉から〈ソト〉、〈ソト〉から〈ウチ〉への関係になっている。 しかし同じふたりが、話の途中で、遠慮が入って〈非敬体〉から〈敬体〉にシフトすれば〈ソト〉の関係になり、さらに意見が合わなくなって、口げんかでも始めれば〈ヨソ〉の関係になってしまう。 そのふたりが今、どのような関係にあるのかを知る手がかりは〈非敬体〉であるが、年齢を重ねるほど〈敬体〉の使用頻度が高くなるので、年配者の会話で〈敬体〉しか聞こえないときは〈ウチ〉と〈ソト〉の判断ができない。 <1123> もうひとつの手がかりは挨拶で、だいたい前頁の表のように使い分けられているので、いくつか集めて想像するよりほかない。 〈文〉 Ⅷ文とは? 本書は、〈話し手〉が人間の言語で発信する文のことを、次の3条件の備わったものとして考えている。巻末「話し手と聞き手」を参照のこと。 1. 文の受信者である〈聞き手〉が存在すること 2.〈聞き手〉に伝える「メッセージ/叙述内容」をもつこと 3. 文末で〈聞き手〉に伝える〈モダリティ〉をもつこと 引用文 「A + と + 言う/思う/考える」などで、引用文と呼ばれるAも、文の途中にあるが、文末に〈モダリティ〉をもつと考えられ、文の資格がある。 聞き手志向 文は、〈聞き手〉の反応の仕方によって、2つに分類できる。 電話でのやりとりなどで使われる〈聞き手〉の反応を期待する文と、心に浮かんだ考えや思いを口にしただけの〈独り言〉など、〈聞き手〉の反応を期待しないものとがある。前者が〈聞き手志向〉型の文、後者が〈非聞き手志向〉型の文になる。 書き言葉では、次のようになるかと思われる。 〈聞き手志向〉型:手紙/物語/講演記録/アンケート/メール 〈非聞き手志向〉型:日記/小説/法律文書/ニュース/パンフレット ▪文の種類 本書では、説明の便宜上、文を5種類に分けている。必ず〈聞き手〉を必要とする〈聞き手志向〉型の〈働きかけ文〉〈問いかけ文〉と、必ずしも〈聞き手〉を必要とはしない〈非聞き手志向〉型でも使われる〈述べ立て文〉〈情意表出文〉の4つに、文のレベルには至っていない〈未完文〉を加えている。 なお〈述べ立て文〉のうち、書き言葉の「現象描写文」4例(p. 1126)のほかは、すべての例文を話し言葉にしている。 働きかけ文 聞き手に対して、話し手が「命令/依頼/勧誘」などをして働きかける場合に使われ、主に次のようなものがある。 ▶本文 10.「モダリティの表現/禁止と義務/命令/依頼/助言と勧誘」を参照 命 令:はやく+行け/見ろ/食べろ/来い/しろ。 はやく+見よ/食べよ/せよ。 はやく+行って/見て/食べて/来て/して。 はい、部屋を片付ける。次は掃除。さっさとする。いいわね。 <1124> とっとと行く + の/ん + だ。 何してんだ。おまえが行くんだよ。 来週、出張してもらうよ。 わあ、おいしそう、ひとつもらうわね。 もう少し奥へ、お詰め合わせ願います。 工事中ですから、見学の方は、安全帽をかぶっていただきます。 はい、結構です。じゃ、次の人、続いて読んでください。 亡命令:行く/見る/食べる/来る/する+な。 行っ/見/食べ/来/し+ては/たら+だめだ/いけない。 助けて/許して。 行か/見/食べ/来/し + ないで。 ちょっと + 待って/入らないで + くれ。 すみません、ちょっとその荷物、とってください。 ちょっと、それ、触らないでください。 私は行けませんから、あなたが行ってください。 どうかよろしくお願いします。 これ、お願いしたいんですけど。 ちょっと手伝っていただきたいのですが。 誘:時間があれば、明日にでも会おうよ。 その件については、後でゆっくり話し合うことにしましょう。何を怒ってるんだ。おまえも一緒に行こう。 仕事、終わったんでしょう? 佐藤さんも、帰りましょうよ。 このビデオ、ランちゃんにも見せてあげようよ。 これ、お父さんにお願いして、買ってもらいましょうね。 申し出:あいつなら、角が立つから、俺から言おう。 雨ですね。傘、お貸ししましょう。 許可:風邪を引いているのなら、今日は早く帰ってもいいですよ。 謝れば、許してやってもいい。 ここでは、タバコをお吸いになってもかまいませんよ。 白:(もうひとりの「私」に)走るんだ。もっと、元気を出せ。(同上)お願い、起きて。間に合わなくなっちゃう。 ■問いかけ文 聞き手に対して「諾否/回答/許可」などを求めたり、また「意志/意向/希望」などを尋ねたり、事実確認をしたり、話し手に不可能な判断を聞き手に委ねる場合に使われ、主に次のようなものがある。 ▶本文 10.8. 「モダリティの表現/判断放棄と断言/~か・~のか」を参照 ひとりで怖くないの? 大丈夫? その人、やさしいですか、厳しいですか。 午後の会議に参加しますか。 明日、雨かなあ? どう思う? お昼ご飯にしましょうか。どうしましょうか。 ご心配でしたら、お子さん、ちょっと先生に見ていただきますか。 <1125> おなか減った?おやつにする?ご飯、食べたい? 王さんは、アメリカへ留学しようと考えているのですか。 すみません、どちらさまでしょうか。 何をお召し上がりになりますか。 ボーナス、いつ出るんだろうか。 昨日、どこ、行ってたんだい。 この間の、いくらお支払いするのでしたか。 誰にご相談するおつもりなのですか。 あの人のこと、どう思ってるの? こんなに待ってるのに、どうして来ないんだ 許可請求:お先に帰らせていただいてもよろしいでしょうか。 お母さん、これ、買っていいかしら? 部屋まで来てもらいたいんだけど、いいかな? 問い返し:何だって?もう遅いのに、これから出かけるって? 待ち合わせ、明日の何時だって? え?どこの誰ですって?そんなこと、言っているの。 ▶本文1.1.「主題/提題/『~が+疑問詞』と問い返し」を参照 依頼:ちょっと静かしにしてくれないか。 ちょっと寒いですから、窓、閉めてくださいますか。 この子の勉強、ちょっと見ていただけないかしら? コピー、お願いできますか。 勧誘:前から見たいと言ってた映画、今してるから、見に行こうか。 新しいゲーム買ったから、一緒に遊ばない? この冬休み、李さんも旅行しませんか。 申し出:誰もしないのだったら、ぼくがしようか。 お困りのようですね、お手伝いしましょうか。 確認:これで、よろしいのですね? 4月28日に出発なさるご予定ですね? 今日の午後、お客様がお見えになるのでしたね? 今月の例会、第三金曜日でしたっけ? 去年の修学旅行、ソウルへ行ったんだったっけ。 独白: (もうひとりの「私」に)こんな成績で、卒業できるの? (同上)あいつ、本当のことを言ったのか? (同上)真犯人は、ほかにいるんじゃない? ■述べ立て文 話し手が、ある「判断」や「評価」をしたり、周囲の現象について、あるがままの「描写」を行なってみたり、自分自身に向かって「疑い」などの感情を発したりする場合に使われ、主に次のようなものがある。 ▶本文 10.「モダリティの表現/状況判断/判断放棄と断言/伝聞」を参照 断言:田中です。会社員をしています。 今、お呼びになりましたか。私が田中ですけど。 スミスさんがいると、にぎやかでいいな。 昨日のパーティー、とっても楽しかったわよ。 <1126> ああ見えても、若いときは、おきれいだったんですよ。 ばかなこと、言わなきゃよかったよ。 雨が降っても、試合はあるそうです。 明日、試験だから、今夜、勉強しなくちゃならないんだ。 そうですか、わかりました。(納得) 状況判断:明日は雨でしょうね。 部長が行かないのなら、課長が行くのでしょうね。 表が騒がしいのは、どうも事故のようですよ。 この時間なら、もう着いてるはずだよ。 もう一押しすれば、もしかすると「うん」と言うかもしれませんね。 こんなに遅いんだもの、どっかで道草、食ってるに違いないよ。 反 語: あんな人が先生ですって?まさか、ありえないわ。 そんなこと、誰がするんだろうか。誰もするはずないよ。 こんな簡単なことが、わからないんでしょうか。わかるはずです。 どこを探して「ない」なんて言うの。ここにあるじゃない。 現象描写:わあ、きれいな月。 大変、火事だ。 あ、あの音、バスが来ましたよ。 なあ一に、これ。ガスくさいじゃない。 うーん、おいしい。 そこそこ、そこがかゆいの。 以下4例、書き言葉 昨夜から、やむこともなく、静かに雪が降り続いている。 もう春なのか、そこかしこに、わずかに草が芽生えていた。 雨のなかを車が走るような音がする。 とてもいいにおいが漂いはじめた。 独白:真犯人は、ほかにいるのではないのかな。(疑い) あいつは本当のことを言ったんだろうか。(疑い) ああ、そうか。それで行きたくないと言ったんだな。(納得) ああ、よかった、間に合ったな。(安堵) 困ったな、どうしようかな。(困惑) (注)「独白」以外の例でも、もし聞き手の存在が明示された「そこ/それ」や「ね/よ/です/ます」がなければ、独り言になる可能性がある。巻末「独り言」を参照のこと。 ■情意表出文 話し手が自分自身の「意志/希望/願望」といった「情意」を表す場合に使われ、主に次のようなものがある。ただ、第三者の「意志/希望/願望」は含まない。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/話し手の意志と第三者の意志」を参照 意志: 明日の朝、早いですから、今夜は早く休みます。 この本、面白くないので、もう読みたくありません。 忘れ物をしたから、ちょっと家へ帰ってくる。 お酒?もう要らないよ。 <1127> 来年の夏、ドイツへ留学するつもりです。 明日、試験だから、今夜、寝ないつもりです。 これからお風呂に入ろうと思います。 老後のために、お金をためようと思っています。 再来年あたり、彼女と結婚することを考えています。 母がいいと言えば、車を買ってもらおうと思うんです。 お母さん、遊びに行きたい。 お父さん、誕生日に、パソコン、買ってほしい。 将来は自分の会社を経営したいと考えています。 チームのみんなにも、最後まで頑張ってほしいと思います。 どうしても子どもを大学まで上げてやりたいんです。 これから社会の一線で活躍してもらいたいものです。 もしご存知でしたら、お教えいただければと存じます。 早く出世したいですねえ。 あんないい人、長生きしてほしいですねえ。 あんな野郎、早く死なないかね。 あんたがもうちょっと頑張ってくれたらなあ。 こんなとき「父が生きていてくれたらなあ」って思うよ。 彼女を成功させてあげることができたら、どんなにいいだろうね。 できることなら、あんたのようになりたいものだね。 来年あたり、あの人、課長にならないものかね。 また遅刻しないように、明日は早く起きよう。(意志) これから、あんなところ行かないようにしよう。(意志) (もうひとりの「私」に)貸した金、返してもらおう、な。(意志) ああ、腹、減ったなあ、何か食べたいなあ。(希望) あのカメラ、いいなあ、明日、給料日だから、ほしいなあ。(希望) 合格しますように。(願望) この宝くじ、当たらないかなあ。(願望) 明日、運動会なのに、晴れないかなあ。(願望) 未完文 文の体裁をもちながら、文末にこない「文のなかの文」である。つまり叙述内容はもつが、モダリティのない「未完」の文で、典型的なものとして、次の下線部分のようなものがある。ただ「A + と + 言う/思う」などのAの部分は、〈引用文〉と呼ばれ、文末扱いである。 この本は、姉がイギリスで買ってきたものです。 バスを降りるとき、定期を落としました。 日本語を完全にマスターすることは、やはり大変です。 日本人にとって外国語が難しいのは、発音面だけではありません。 すごい速さで車が走ってくるのを見ました。 パーティーをする場合、みんなが楽しめるかどうかが一番重要です。 行くことは行きますが、少し遅れるかもしれません。 風邪を引いていますから、休ませてください。 <1128> 最愛の妻を亡くすなんて、とても悲惨なことです。ただ知らないふりをしているだけなのだろうか。待っても来ないから、帰るしかない。 (注)「待っても来ない」は文末扱い。 本当のことを彼に話したばかりに、だまされる羽目に陥った。 日本語の文型や文法を勉強したところで、会話の役には立たない。 あの人が結婚してくれと言ったとしたら、どうしますか。 明朝8時に来るように言われました。 まもなく台風が通過するそうです。 だから、その会社に就職しないわけなんだな? 電話しておきましたから、もうすぐ来るはずですよ。 モダリティ 文は「叙述内容/言表事象/命題」と「モダリティ/言表態度/陳述」から成り立っているといわれているが、モダリティとは、以下の例文におけるゴシック体の太字部分を指し、一般的に、次のような3つの条件を満たすものと定義されている。 1. 現在が発話時点、つまり基準時が現在であること 2. 聞き手を必要とすること 3. 話し手の心のあり方、つまり気持ちなどを示すこと モダリティとは、〈話し手〉が話をしているとき、〈聞き手〉に向かって、自分自身の心のあり方を伝達する部分であり、日本語では主に文末に現れる。これに対して叙述内容とは、文からモダリティを除いた部分である。 したがって手紙や小説などの書き言葉では、〈話し手〉の「現在=書いている時点」と、〈聞き手〉の「現在=読んでいる時点」とは異なり、〈聞き手〉の反応をリアルタイムで確認することができないので、モダリティの表し方にも変化が生まれる。 ▶巻末「話し手と聞き手」を参照 本書では、モダリティを文に対応させて、次のように分類している。以下の例は、すべて話し言葉である。 1. 働きかけのモダリティ:働きかけ文の文末にある要素 命 令:はやく + 行け。(→行 + K - E / 叙述内容:はやく行く。以下同様) はやく + 見よ/食べて。 とっとと行くんだ。 禁止命令:来るな。 承諾命令:来週、出張に行ってもらうよ。 もう少し奥へ、お詰め合わせ願います。 工事中ですから、見学の方は、安全帽をかぶっていただきます。 はい、結構です。じゃ、次の人、続いて読んでください。 <1129> 依頼:助けて。 行かないで。 ちょっと待ってくれ。 ちょっと手伝っていただきたいのですが。 勧誘:時間があれば、明日にでも会おうよ。 その件については、後でゆっくり話し合うことにしましょう。 申し出: あいつなら、角が立つから、俺から言おう。 雨ですね。傘、お貸ししましょう。 2.問いかけのモダリティ:問いかけ文の文末にある要素 2. 問いかけのモダリティ・文の文末にある要素 諾否請求:あの人、学生?それとも会社員? ひとりで怖くないの?大丈夫? その人、やさしいですか、厳しいですか。 午後の会議に参加しますか。 明日、雨かなあ?どう思う? お昼ご飯にしましょうか。どうしましょうか。 ご心配でしたら、お子さん、ちょっと先生に見ていただきますか。 おなか減った?おやつにする?ご飯、食べたい? 王さんは、アメリカへ留学しようと考えているのですか 回答請求:すみません、どちらさまでしょうか。 何をお召し上がりになりますか。 ボーナス、いつ出るんだろうか。 昨日、どこ、行ってたんだい。 この間の、いくらお支払いするのでしたか。 誰にご相談するおつもりなのですか。 あの人のこと、どう思ってるの? あの人のこと、どう思ってるの? こんなに待ってるのに、どうして来ないんだろうね、あいつ。 許可請求:お先に帰らせていただいてもよろしいでしょうか。 お母さん、これ、買っていいかしら? 部屋まで来てもらいたいんだけど、いいかな? 依頼:ちょっと静かにしてくれないか。 ちょっと寒いですから、窓、閉めてくださいますか。 この子の勉強、ちょっと見ていただけないかしら? コピー、お願いできますか。 勧誘:前から見たいと言っていた映画、してるから、見に行こうか。 新しいゲーム買ったから、一緒に遊ばない? この冬休み、李さんも旅行しませんか。 申し出:誰もしないんだったら、ぼくがしようか。 お困りのようですね、お手伝いしましょうか。 確認:これで、よろしいのですね? 4月28日に出発なさるご予定ですね? 今日の午後、お客様がお見えになるのでしたね? 今月の例会、第三金曜日でしたっけ? 去年の修学旅行、ソウルへ行ったんだったつけ。 <1130> 3. 述べ立てのモダリティ:述べ立て文の文末にある要素 3. 述べ立ての。 断 定: 田中です。会社員をしています。 昨日のパーティー、とっても楽しかったわよ。 ああ見えても、若いときは、おきれいだったんですよ。 ばかなこと、言わなきゃよかったよ。 明日、試験だから、今夜、勉強しなくちゃならないんだ。 そうですか、わかりました。 明日は早く行くよ。行く→行 + K−U スミスさんがいると、にぎやかでいいな。いい→い 状況判断:明日は雨でしょうね。 表が騒がしいのは、どうも事故のようですよ。 この時間なら、もう着いているはずだよ。 もう一押しすれば、「うん」と言うかもしれませんね。 こんなに遅いんだもの、どっかで道草、食ってるに違いないよ。 現象描写:わあ、きれいな月。 大変、火事だ。 あ、あの音、バスが来ましたよ。 うーん、おいしい。 そこそこ、そこがかゆいの。 よく降りますね、この雪。昨日の夜から、ずっと、ですね。 もう春ですね。道ばたに、ほんの少し、草が芽生えてましたよ。 雨のなかを車が走るような音がするね。 とっても、いいにおい。どこから? 台所? 独 白:真犯人はほかにいるのではないのか。(疑い) あいつは本当のことを言ったんだろうか。(疑い) こんな成績で、卒業できるのかな。(不安) ああ、そうか。それで行きたくないと言ったんだな。(納得) しまった。なぜあんなこと言っちゃったんだろう。(後悔) ああ、よかった、間に合ったな。(安堵) 困ったた どうしようかな。(困惑) 4. 情意表出のモダリティ:情意表出文の文末にある要素 4.情意表出のモタリテネ~的思いの又米にある要素 意 志:明日の朝、早いですから、今夜は早く休みます。 この本、面白くないので、もう読みたくありません。忘れ物をしたから、ちょっと家へ帰ってくる。 お酒? もう要らないよ。 来年の夏、ドイツへ留学するつもりです。明日、試験だから、今夜、寝ないつもりです。これからお風呂に入ろうと思います。 老後のために、お金をためようと思っています。 再来年あたり、彼女と結婚しようと考えています。母がいいと言えば、車を買ってもらおうと思うんです 希望:お母さん、遊びに行きたい。 お父さん、誕生日に、パソコン、買ってほしい。 <1131> 将来は自分の会社を経営したいと考えています。 チームのみんなにも、最後まで頑張ってほしいと思います。 どうしても子どもを大学まで上げてやりたいんです。 これから社会の一線で活躍してもらいたいものです。 もしご存知でしたら、お教えいただければと存じます。 学校で一番になりたいんです。 早く出世したいですねえ。 あんないい人、長生きしてほしいですねえ。 あんな野郎、早く死なないかね。 あんたがもうちょっと頑張ってくれたらなあ。 こんなとき「父が生きていてくれたらなあ」って思うよ。 彼女を成功させてあげることができたら、どんなにいいだろうね。 できることなら、あんたのようになりたいものだね。 来年あたり、あの人、課長にならないものですかね。 合格しますように。(願望) この宝くじ、当たらないかなあ。(願望) 明日、運動会なのに、晴れないかなあ。(願望) モーダス要素 日本語では、モダリティが文末に現れるので、対話の「話者交代」や、文の切れ目を明確にして便利であるが、逆に文が長くなると、文末にたどりつくのに時間がかかり、聞き手は「話し手が何を言おうとしているか」いつまでも判断できないという欠点がある。このため日本語では、文末のモダリティや、話し手の「気持ち/感情/心理/気分」といったものを聞き手に予知させる要素が、文の前半に、あたかも信号のように提示されることが多い。 次の太字部分は、前もって( )の中の話し手の気持ちを発信しながら、下線部分と呼応している。 明日はきっと + 来てくださいね/雪になるでしょう。(依頼/状況判断) ぜひ + 来てくれ/お伺いします/見てみたいね。(依頼/意志/希望) せめて一度だけでも会いたい。(最小限の希望) どうせ私はだめな人間です。(あきらめ) なるほどそういうことでしたか。(納得) もう春だというのに、珍しく夕刻から雪になった。(感嘆) 僕?当然/もちろん、行くよ/家にじっとしてられないよ。(断言) 事故に遭ったが、幸いにも、軽いけがですんだ。(評価) →事故に遭ったが、軽いけがですんだのは、幸いだった。 また次の太字部分は、文末と呼応しなかったり、文末に来ていたりするが、前後の文と共鳴しながら、話し手の気持ちを表している。 <1132> せっかく来たんだ、もう少し見てみようよ。(無駄にしたくない気持ち) 電話して家に行ったところが留守だった。(意外) 弟のせいで、父に叱られてしまった。(恨み) 知っていれば行ったのに、どうして言ってくれなかったの。(非難) 友だちの忠告を聞かなかったばかりに、失敗してしまった。(後悔) 金もないし友達も来ないし、今日は寝ているばかりだ。(あきらめ) ミツバチは毎日、おいしい蜂蜜を運んできてくれる。(感謝) いくつかの文を重ねていく場合、これらもまた、話題全体に反映された話し手の気持ちといったものを、聞き手に知らせようとする信号のような役割を果たしている。 こうした話し手の気持ちや、話し手の気持ちを表す語や語群を、本書では〈モーダス要素〉と呼んでいる。 〈文接続〉 2つの文を接続して、ひとつの文にする場合、主なものに、次の3つがあるが、明確な境目があって、それぞれ独立しているわけではなく、連続しながらつながっている。 1. 並列接続:これが妹で、これが私です=これが私で、これが妹です。波は静かで、海は穏やかだ=海は穏やかで、波は静かだ。芸術は長く、人の命は短い=人の命は短く、芸術は長い。教科書を読み、日記を書く=日記を書き、教科書を読む。 2.時間接続:朝起きて顔を洗い、コーヒーを飲みながらニュースを見る。 シャワーを浴びてから、着替えてパーティーに出かける。 食事をしてから、テレビを見る=テレビを見るまえに、食事をする。 先日、買った小説が面白くて、友達に貸すことにした。 お祭りがにぎやかで、夜中まで、うるさくて仕方がなかった。 長年はいたズボンで、もう捨てようかと思っている。 3.条件接続:雨が降るので、遠足は中止です。(順接確定条件) =今、雨が降っている。それで遠足は中止になった。 雨が降れば、遠足は中止です。(順接仮定条件) =雨が降るかどうかは不明。降る場合は中止にする。 雨が降りますが、遠足は決行です。(逆接確定条件) =今、雨が降っている。しかし遠足はすでに決行になった。 雨が降っても、遠足は決行です。(逆接仮定条件) =雨が降るかどうかは不明。降る場合も決行する。 条件接続を図示すると次頁のようになるが、日本語は必ずしも互いの境界線が明確ではなく、逆接条件である「~が/~けど」が順接条件になったり、仮定条件である「~たら/~ば/~と/~ても」が確定条件を表したりして、かなり複雑な様相を見せる。 ア) 順接条件:常識や社会通念から判断して、納得できる結果Bを導くAイ) 逆接条件:常識や社会通念から判断すると、逆になる結果Bを導くAウ) 確定条件:すでに起こったか、確率100%で起こる結果Bを導くA <1133> 顺接条件 A + なら/たら (だら) + B A + と/ば + B A + ては (では) + B A + から/し + B A + ので + B 仮定条件 A + ても (でも) + B 確定条件 A + が/け (れ) ど (も) + B A + のに + B 逆接条件 顺接確定条件 雨が降ったので、出かけませんでした。 明日、雨が降りそうですから、出かけないことにしました。 風邪を引いて、頭も痛いし、熱もあるので、会社を休みます。 洗濯も掃除もしましたし、買い物も料理もしましたから、出かけます。 ソウルは何度も行ってるけど、あのお菓子はお土産に最適だと思うな。 郵便局は、この道をまっすぐ5分ほど行くと、右手にありますよ。 会議が終わったら、一緒に帰りましょう。 本屋へ行ったら、偶然、張さんと会いました。 朝起きると、雪が降っていました。 天気予報は晴れだった。しかし朝起きてみれば雨だった。 顺接仮定条件 雨が + 降るなら/降ったら/降れば/降ると、出かけません。 雨が + 降ったら/降ると/降っては、出かけられなくなります。 韓国へ行くなら、船でもいけますよ/お菓子を買ってきてください。 韓国へ + 行ったら/行けば、お菓子を買ってきて + ください/いただけますか。 韓国へ + 行けば/行くと、日本の歴史を見直すことができます。 鳥だったら、すぐに飛んで行きたい。(反実仮想) 逆接確定条件 雨が降って + いましたが/いましたけど/いるのに、出かけました。ちょっと高いんですけど、やはり買うことにします。 あちこち探しましたが、見つかりませんでした。 ご飯を食べようとしているのに、どうしてテレビが見たいの? ソウルへは何度も行ってますが、来週また行くことにしました。 雨が降っても、あの子ったら、帰ってこなかったのです。 こんなに熱があっても、会社を休もうとしないのです。 親兄弟であっても、私たちの結婚には反対できなかった。 お電話しても、いつもお留守です/お留守でした + ね。 北京は何度行ってもいいですね。また行ってみたいですね。 逆接仮定条件 明日、雨が降っても、運動会はあるのでしょうか。 <1134> いくら高くても、お買いになるのですか。 たとえ親が生きていても、私たちの結婚には反対できないでしょう。たとえ彼がバカであっても、そんなことはしなかっただろう。たとえ出世していたとしても、せいぜい課長どまりだっただろう。どんなに熱があろうが、会社へ行かないわけにはいかない。何度、北京へ行こうと、中国語ができるようになるはずがない。経済がいかに発展しようとも、閉鎖的な考えは依然、根強い。 このほか本書では、本文の説明を簡潔にするため、確定条件の一種である一般条件と前提条件、仮定条件の一種である同一条件という項目を設けている。 オ) 一般条件:自然界や人間界における普遍的な結果 B を導く A カ) 前提条件:必然的結果 B を導く 上での根拠となる既成事実 A キ) 同一条件:同じ結果 B を導く 上で、2 つ以上の場合を示す A 顺接一般条件 雨が降れば、大気中の湿度が高くなる。 若いときのことを思い出し、今を嘆くようになれば老年というものだ。 気温が0℃以下になると、池に氷がはる。 おなかがすいたら、誰でも元気がなくなってしまう。 冬が来たら、必ず春は来るの。しばらく時間に身を任せたら? 鼻血が出たとき、頭を高くして横になっていると、止まります。 迎接一般条件 砂漠にも雨の降ることはあるが、大気中の湿度は高くならない。 このあたりは夏になっても、すべての雪が溶けてしまうことはない。 いくつになっても、若いときの理想を失わない人もいる。 顺接前提条件 雨が降るからには、遠足は中止にすべきだ。 =雨はやみそうにもない。だから当然、遠足は中止だ。 日本へ留学するからには、日本についてもう少し知っておくべきです。 =日本へ留学する。だから、そのまえに日本のことを知っておく。 日本へ留学するからには、学位のひとつかふたつはとって帰りたい。 =日本へ留学する。だから、日本では、一生懸命、勉強して学位をとる。 大阪へ行くのですか。それなら、環状線が一番便利で安いですよ。 大阪へ行くのですか。それなら、おいしいものを買ってきてくたさい。 逆接前提条件 =日本へ留学する。なのに、そのまえに日本について何も勉強しない。 日本へ留学するというのに、学位をとらないつもりらしい。 =日本へ留学する。なのに、日本では学位をとらないつもりらしい。 <1135> 顺接同一条件 晴雨にかかわらず、遠足は決行する。 =晴れた場合も雨の場合も、遠足は決行する。 歩いて行ってもバスで行っても、30分くらいかかります。 逆接同一条件 雨が降っても熱があっても、休むことなく働き続けた。 =雨が降る場合でも、熱のある場合でも、休むことなく働き続けた。 父が怒鳴っても母が叱っても、言うことを聞かない。 以上の文接続のなかで、特異なのは前提条件で、例えば「A + からには/というのになら + B」の場合、次のように「AのまえにB/AのあとにB」が可能である。ほかはすべて「AのあとにB」しか表すことができない。 前提条件=A:日本へ留学する+からには B:そのまえに日本について知る B:そのあと勉強して学位をとる 前提条件=A:日本へ留学する+というのに B:そのまえに日本のことを勉強しない B:そのあと学位をとらない 前提条件=A:大阪へ行く+(の)+ なら B:そのまえに環状線に乗るのが一番 B:そのあとおいしいものを買う 〈文体〉 本書は、文体を「話し手の聞き手に対する+待遇のしかた/敬意の表し方」と考え、聞き手に対して敬意を示さない〈非敬体〉、聞き手に敬意を示したり示さなかったりする〈敬体〉、そして過剰な敬意を示す〈超敬体〉の3つにわけて説明している。 〈非敬体〉と〈敬体〉とは、次のように対応し、一応は体系だっている。 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/聞き手尊敬と文体」を参照 非敬体 〈動詞〉 行く 敬体 行った 行か+ない/なかった 行き 十 ます 行って 行く + ので/のに 行き + ました 行く+から/が/けど 行き+ません/ませんでした 同左 行けば 同左 行きます+から/が/け(れ)ど(も) 同左 <1136> 行ってくれ行こう 〈形容詞〉 大きかった 大きく 十 ない 行ってください行きましょう 大きく+なかった 大きくして 大きい+ので/のに 大きい+から/が/けど 大きければ大きいだろう 大きかった + です 大きく+ありません/ないです 大きく+ありませんでした/なかったです 大きい+です 〈(状態)名詞〉 ーだ/ーである 同左 大きい+です+から/が/け(れ)ど(も) 同左 大きいでしょう ~だった/~であった ~では + ない/なかった ~な 十 ので/のに ~だ/~である+から/が~だろう ~です+から/が/け(れ)ど(も)~でしょう 〈敬体〉に対応する〈超敬体〉は体系だっていないが、主に次のようなものがある。 敬体 〈(状態)名詞〉 ~です/~でした ~ではありませんでした ~でしたら ~ですと ~なら 超敬体 〈名詞〉 ~で + ございます/でございました ~ではございませんでした ~でございましたら ~でございますと ~なので (ございま) したら ~があります ~があったので ~がありました + し/から ~があったのに ~がありました + が/けど 名詞/文 + と言います 〈形容詞〉 大きくありません 大きいと 大きくて 大きかったら 大きい(の)なら ~がございます ~が + ありました/ございました + ので~がございました + し/から ~が + ありました/ございました + のに~がございました + が/けど 名詞/文 + と申します 大きく + ございません + でした 大きくて/△大きくございまして 大きかったら/△大きくございましたら 大きいですと/△大きくございますと 大きいので (ございま) したら <1137> 〈動詞〉 行って 行きまして 行ったら 行くと 行きましたら 行きますと 行く(の)なら 行く/行った+名詞 行くので(ございま)したら 行きます/行ました+名詞 帰省します 帰省致します (注)「お知らせ致します」など、動作の受け手がいれば、受け手尊敬になる。 場所 + へ/に + 行きましょう 場所 + へ/に + 参りましょう (注)「すぐ参ります」など、動作の受け手がいれば、受け手尊敬になる。 ▶本文3.1.「順接確定条件/原因と理由/~から・~ので」を参照 ▶本文5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど」を参照 ▪文体の使い分け 文体は、次のように使い分けられている。なお、話し言葉〈他者対話〉における具体的な人間関係は「例」で示した。 ▶巻末「話し手と聞き手/人間関係」や、本文9.「授受動詞と敬語」を参照 〈非敬体〉 日記/〈独り言〉/一般読者を仮定した書物など。 互いに甘えあうことのできる〈ウチ〉同士の間。 〈例〉 親と未成年の子/兄弟姉妹/同級生/幼い子ども同士 敵対関係にあり、罵りの対象となる〈ヨソ〉に対して。 〈例〉 怒りや軽蔑の対象/けんか相手/敵国の人 敬体〉書き言葉では、手紙文や特定読者に語りかけるような内容の書物など。上下関係のある〈ウチ〉の場で、目上に対して。 〈例〉 両親/親戚/上級生/先輩/担任の先生/会社の上司 目上目下に関わらず、甘えることのできない〈ソト〉に対して。 〈例〉 隣近所の人/別のクラスの人/取り引き先の人 初対面で未知ではあるが、友好関係を求める〈ヨソ〉に対して。 〈例〉 道を尋ねた人/店員/バスやタクシーの運転手/外国人 書き言葉では、物語るときの文体として使われることがある。外交やサービスの対象である友好的な〈ヨソ〉に対して。〈例〉話し手の経済的支えである「お客様/顧客」 〈ヨソ〉という見知らぬ人が大勢いる場で〈ソト〉に対して。 〈例〉自分自身を上品に見せたい人が、遠慮すべき同伴者に対して 〈超敬体〉は、主に「付加価値があり値段や品質の高いものを売る人/観光ガイド/テレビ通販の司会/上流意識のある女性」などによって使われるが、相手に対して敬意を示しているかどうかは疑問で、単なる敵対関係へ転化させないための手段であり、基本的には互いのプライドを保つための外交辞令ではないかと考えられる。 <1138> ▪スピーチレベルシフト 〈超敬体〉の場合だけでなく、一般に学歴や教養の高い社会人は、他者に敬意を示すのではなく、自分自身の品格を保持したり、嗜みを表したりするために、〈敬体〉を使うことがある。 つまり、敬意を示す必要のない〈ソト〉〈ヨソ〉に対してだけではなく、たとえ〈ウチ〉関係であっても、例えば、大学の先生や会社の上司が、教室や職場で、学生や部下に対して〈敬体〉を使う傾向が見られる。また親が、家庭をもった子に対して使う場合すらあり、手紙文などでは、なおさらである。 日本語学習者のなかには、〈敬体〉を、他者に対する「他人行儀/みずくささ/よそよそしさ」の象徴と考え、何十年もの付き合いのある友人同士が〈敬体〉を使って話すのを聞いて、不思議に思う人がいる。 しかし〈敬体〉とは、成人同士の場合、人間関係「上下/親疎の程度/〈ウチ〉〈ソト〉〈ヨソ〉の場」にかかわらず、互いに適正距離を保ちながらコミュニケーションするスタイルであって、単なる「他人行儀」といったものだけを表すわけではない。 罵りあうような夫婦げんかではなく、冷戦状態といった場合、わざと〈敬体〉を使って他人のふりをすることはあるが、熟年の夫婦が、日常生活で互いに〈敬体〉を使ったからといって、よそよそしくなっているとは限らない。 これに対して〈非敬体〉は、いわば「幼少期への回帰」が行われた場合に現れ、社会人になってからの人間関係では〈敬体〉なのに、例えば「小学校/中学校/高校」の同窓会などでは、品格保持ができなくなって〈非敬体〉が飛び交うことがよくある。 幼少期を共有した経験、つまり人格のすべてをさらけ出し、いわば裸で付き合ったという感情むき出しの原体験が〈非敬体〉を可能にしているので、成人して日本語を学習する外国人には、けんかをするとき以外は、基本的に使いようのないものである。 もちろん幼少期と類似した経験、例えば「旅行/合宿/仕事/結婚」など、日常生活をともにした、いわば「同じ釜の飯を食った」間柄では、甘え合い、怒りをぶつけ合うときには使われる。 一番微妙なのは、あまり年齢差のない場合、知り合って日が浅い友人同士はもちろん、中高年の親友の間ですら、わずかな時間なのに、〈敬体〉と〈非敬体〉がめまぐるしく交差する会話になることが多い。 また〈超敬体〉の場合でも、例えば、聞き手が初対面の客であれば使われるが、取り引きの回数を重ねて「顧客/馴染み客」であると意識したり、少しでもプライベートな話題に移ったりすると、〈敬体〉や〈非敬体〉に傾くことがある。 こうした会話における文体の変化を、スピーチレベルの変化、または「スピーチレベルシフト(speech-level shift)」と呼ぶが、スピーチレベルが「話し手の心理や意識」を映して「変化/シフト」することも、日本語の特徴のひとつである。 「喜怒哀楽/驚き/後悔/非難/甘え」といった感情は、親しい間柄であればあるほどコントロールがきかないので、〈敬体〉で進められる会話の内容に、少しでも感情的に反応すると、〈非敬体〉ヘシフトし、また自分をとり戻して〈敬体〉になり、また〈非敬体〉といったことが起こる。最も〈非敬体〉に傾きやすいのは「幼少期への回帰」を意味する「甘え」の場合であり、ふと〈非敬体〉が口をつくのは、それがいかなる感情 <1139> の露出であっても、おそらく聞き手に対する甘えがひそんでいるからである。 こうした会話のメリットは、〈非敬体〉に〈非敬体〉で反応すれば「甘えを許す」という合図になり、〈敬体〉で応答すれば「甘えるな」という信号を送ることになるので、日本語の特色のひとつである婉曲的な方法で、相手の「腹を探る」といった手間が省けることである。 スピーチレベルが必要以上に変化して、話の展開が早い場合は、赤の他人がそばで聞いていても、話運びについていけない場合が多いので、見知らぬ人が聞いている可能性のある公の場などでは、意識的に使われることもある。 〈動詞〉 ■一対の自他動詞 「割れる/届く/温まる/動く/乾く/壊れる/増える/広がる」といった自動詞と、他動詞「割る/届ける/温める/動かす/乾かす/壊す/増やす/広げる」などは、ペアを組んでおり、両者の間に「人が+食器を+割る/届ける/温める/動かす/乾かす/壊す/増やす+と、食器が+割れる/届く/温まる/動く/乾く/壊れる/増える」や「人が+人の輪を広げると、人の輪が広がる」という関係「~を+他動詞+と、~が+自動詞」が成り立っている。 こうした関係にある自動詞と他動詞を「一対の自他動詞」と呼ぶことにする。 一対の自他動詞は「事態の変化」を表し、他動詞の方が「人が対象に影響や変化を及ぼす原因」を、自動詞の方が「対象が影響や変化を受けた結果」を表すが、基本的に、他動詞が意志的動作「使役/能動」といった内容を表すとすれば、自動詞のほうは、無意志的状態「受身/可能」を表しているとも考えられる。 したがって、人が「タバコ/仕事/大学/運動会」などを「やめる」と、雨や風が「やむ」とは、形態上は非常によく似ているが、一対の自他動詞とはいえない。 また「つく/つける」は、一対の自他動詞であるが、例えば「気がつく/気をつける」などは、自動詞が無意志瞬間動詞、他動詞が意志継続動詞であっても、意味の上では、一対になっていない。また「人が味方につく/人を味方につける」などは一対であるが、どちらも意志瞬間動詞になる。 このほか「お正月につき3日間休業/雨につけ風につけ故郷を思い出す」なども、一対ではないし、どちらも自動詞で無意志動詞になる。 ▶本文 3.2.「順接確定条件/原因と理由/モーダス表現/~につき」を参照 ▶本文 1.2.「主題/そーついにえき・き参照 ▶本文 6.2.「変化の表現/変数/~につき/~につけ」を参照 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/一対の自他動詞の使い分け」を参照 「行きつく(到着する)/行きつける(習慣になっている)」も一対でなく、どちらも瞬間動詞で、自動詞が意志動詞、他動詞が無意志動詞になる。 これに対し「髪を栗色にすると、髪が栗色になる/この5人を委員とすると、この5人が委員となる/手をきれいにすると、手がきれいになる/音を静かにすると、音が静かになる/形を小さくすると、形が小さくなる/部屋を明るくすると、部屋が明るくなる」など、変化を表す「~する」と「~なる」が、原因と結果を示してペアを組む場合 <1140> は、一対の自他動詞に含めることにする。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B」を参照 しかし、対象が人間などの生物で、必ずしも他の人間の意志に従うとは限らない場合がある。例えば、「犯人を逃がすと、犯人が逃げた」というのは、おおいにありえるし、また「子どもを2階に上げると、子どもが2階に上がる」可能性もある。しかし「酔った男の気を静めると、気が静まる」とは、誰も保証できないし、まして「雷を鳴らすと、雷が鳴る」といったことは、人間の技ではない。 同様に「水を氷にすると、水が氷になる/教室をバザ一会場にすると、教室はバザ一会場になる/教室を『涼しく/大きく/明るく/快適に』すると、教室は『涼しく/大きく/快適に』なる」が、かといって「ある男を犯人にすると、その男が犯人になる/子どもを『賢く/有名に』すると、子どもが『賢く/有名に』なる」とは限らないし、また「雨を雪にすると、雨が雪になる/気温を高くすると、気温が高くなる/波を静かにすると、波が静かになる」といったことは、神様でもなければできないことである。 一対の自他動詞として、どこに境界を設けるかは微妙であるが、ここでは、他動詞と自動詞が、原因と結果の関係になっているものを、一対の自他動詞とし、関係の成り立っていないものは、一対でないことにする。 そして、一対の自他動詞のうち、自動詞のほうを「変化自動詞」と呼び、他動詞のほうを「変化他動詞」と呼ぶことにする。また「やせる・太る・腐る」など、状態変化を表す自動詞群も「変化自動詞」に加える。 動詞の分類 以下、一对の自他動詞、変化自動詞と変化他動詞を中心にして動詞の分類を試みる。分類基準は、次の4つとする。 a)人が対象に働きかけるか否か b)働きかける場合、対象は変化するか否か c)働きかけない場合、人または対象は、変化するか否か d) それ自身、変化も動作もしない〈状態自動詞〉群 (注)「人」には、生命をもち「いる」を使うものを含める。 「対象」は、生命をもたず「ある」を使うものである。 〈状態自動詞〉群を除いて、これを図示すると、次のようになる。 人が対象に働きかける 変化しない〈動作他動詞〉群 〈動作自動詞〉群 〈变化他動詞〉群 〈変化自動詞〉群変化する 人が対象に働きかけない また、従来通りの分類を、次のようにする。 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』と動詞の種類」を参照 <1141> a)「-る」形が、人の意志を表すかどうか →〈意志動詞〉〈無意志動詞〉 b)「-ている」形が、動作開始後の状態を表しているかどうか →〈継続動詞〉〈瞬間動詞〉 「ーる」形が、人の意志を表す 〈意志瞬間動詞〉群 〈意志継続動詞〉群 「ーている」形が、動作終了後の状態 動作開始後の状態 〈無意志瞬間動詞〉群 〈無意志継続動詞〉群 「ーる」形が、人の意志を表さない さらに本文では、次のような分類も行なっている。 c)「-つつある」形が、変化終了までの過程を表しているかどうか →〈内的限界動詞〉〈非内的限界動詞〉 〈変化瞬間動詞=変化自動詞〉群 〈変化継続動詞=変化他動詞〉群 〈內的限界動詞〉群 非变化動詞 (注) 変化他動詞の「-つつある」形は、変化の初期段階を表すこともある。 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/~つつある」を参照 代表例をあげれば、次のようになる。 1. 変化他動詞群:内的限界動詞群 意志継続動詞:割る・届ける・温める・乾かす・壊す・増やす 大きくする・明るくする・きれいにする 2.動作他動詞群:うち、継続動詞=非内的限界動詞群 意志継続動詞:読む・話す・聞く・見る・飲む・待つ・引く・押す 商売/野球/営業/業務/会計/教師/議長+をする 教える・教わる・考える・楽しむ 意志瞬間動詞:あげる・もらう・貸す・借りる・預ける・預かる 知らせる・申し込む・持つ・理解する・ピアスをする 瞬間動詞や継続動詞の使役表現 無意志継続動詞:喜ぶ・悲しむ・嘆く・寂しがる・怒る <1142> 汗/いびき + をかく・げっぷを出す しゃっくり/あくび/くしゃみ/身震い + (を)する 居眠り/うたた寝 + (を)する 無意志瞬間動詞:年をとる・年を重ねる 腰を痛める・肩をこらす・足をくじく・骨を折る しびれを切らす・腹を立てる くれる・被害を受ける・恩を蒙る・勲章を賜る ニュースを知る・事故を+目/耳+にする 3.動作自動詞群:うち、瞬間動詞=内的限界動詞群 意志継続動詞:公園を歩く・空を飛ぶ・泳ぐ・遊ぶ・逃げる 道を+走る/渡る/進む/横切る/曲がる/滑る 意志瞬間動詞:行く・来る・立つ・座る・跳ぶ・人が起きる 家に着く・部屋に入る 寝る・眠る・起きる・横になる・横たわる 親しむ・結婚する 無意志継続動詞:雨が降る・風が吹く・雷が鳴る・太陽が照る 成長する・発達する・進歩する 稲妻/音/におい/味+がする・ひりひりする 継続動詞の受身や使役受身の表現 無意志瞬間動詞:生まれる・死ぬ 花が+咲く/しぼむ・日/月+が出る・木が枯れる 時間が経つ・約束の時間が過ぎる・時計が進む 事故が起きる・事件が起こる・自転車が傷む 感染/伝染+する 鞄に本が入る 一部瞬間動詞の受身や使役受身表現 4. 変化自動詞群:內的限界動詞群 無意志瞬間動詞:割れる・届く・温まる・乾く・壊れる・増える 楽しくなる・静かになる しっかり/ちゃんと/きらきら/がたがた +する 堂々とする・泰然とする・恍惚とする 勉強するようになる・(学校へ)行くようになる やせる・太る 靴がなじむ・慣れる 腹がこなれる・腹が立つ 肩がこる・目がかすむ・手がしびれる・顔が歪む 人の気持ちがわかる <1143> 物が腐る・血が出る・薬が効く 晴れる・曇る・霜が降りる・雪が積もる 5. 狀態動詞群 無変化・無動作:そびえる・優れる・秀でる・似る・(道が) 曲がる ある・いる・おる・いらっしゃる・ございます 以上のような分類をしてみたが、境界の比較的明確なのは「変化他動詞/変化自動詞/状態動詞」である。しかし「動作他動詞/動作自動詞」では、継続動詞と瞬間動詞との境界、意志動詞と無意志動詞との境界が明確でない。 しかし、変化目動詞でも「やせる」などは、境界があいまいで、プロボクサーがコーチに向かって「次の試合までにはやせておきます」と言った場合の「やせる」は、意志動詞である。また、俳優にとり「笑う・泣く・あくびをする」などは、コントロールできてこそプロであろうから、意志動詞になる。 「風は怒り狂ったかのように吹き荒れた」など、例えば「詩/童話/ファンタジー」の世界では、自然現象を表す動詞ですら意志動詞化する可能性がある。 〈動詞の種類〉 ☑ 狀態動詞と動作動詞 状態(静態)を表すか、動作(動態)を表すかで分類された動詞群。状態動詞のほうが圧倒的に少なく、状態動詞でないものが、変化動詞を含めた動作動詞ということになる。さらに動作動詞は、継続動詞と瞬間動詞に分類される。 状態動詞を示せば、次のようになる。 「名詞が+~ている/~た+名詞」として使われるもの 「そびえる・優れる・秀でる・似る・(道が)曲がる・丸い顔をする」など、それ自体に本来から備わっている性質を表す動詞群で、例えば「(山が)そびえている/そびえた(山)」などとして使われる。 特徴は「そびえた (山)」といった場合の「~た」が、すでに起こった過去の出来事や動作の終了といった既実現の状態ではなく、現在の状態を表していることである。したがって「(山が) そびえる/(山が) そびえた/そびえる (山)」などは、変化の瞬間を表すことになり、すべてが擬人化するファンタジーの世界では可能かもしれない。 Ⅱ 「名詞が+~ている」が使えないもの 存在を表す「ある・いる・おる・いらっしゃる・ございます」のほかに、能力や技能を表したり、許可などを表したりする「できる・泳げる・歌える・ここではタバコがすえる」いった可能動詞、可能や自発を表す「~(ら)れる」や、さらにまた「道が滑る(道の状態)/『歯/傷/心』が痛む(心理状態)/時が過ぎる(時間の経過状態)/授業に『遅れる/間に合う』(現在の状況)」なども状態を示す動詞と考えられる。 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/~できるか/その他の『~できる!の使い方」を参照 ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/~できるか/その他の『~できる』の使い方」を参照 <1144> Ⅲ 例外 a) 継続動詞で意志動詞の「いる」 ある場所に居続けるという意志を表す場合、継続動詞になり「じゃ、明日お電話があるまで家にいて(い)ます/動くんじゃないぞ、ここにいて(い)ろよ」という表現が可能になる。ただ「家にいます/ここにいろよ」のほうが多用される。 「息子に恋人ができた/ニキビができて困っている」や「ご飯が+できました/できています+よ」など、新しい事物や事態の出現や、完全な仕上がりを表す場合、瞬間動詞となり、変化後の状態を「~ている」で示すことができる。状態動詞Ⅰとしてふるまう「できる」 「このセクションは総務部と業務部からできています/水は酸素と水素からできている」など、主題「~は」の構成メンバーや構成要素などを表す場合は「~からできている」として使われ、Ⅰと同じ使い方になる。 d) 評価を示す「できる」 「今度の試験『よくできました/できています』/坊や、上手に『泳げた/泳げてる』の?」などは、可能か仕上がりを表して「~た/~ている」の間で、互換性がある。これは、人の属性となっている能力や技能ではなく、通常は「よく/上手に」などをともなって、結果に対する評価を表しているためではないかと考えられる。 「試験のよくできた学生/おいしくできたご飯/うまく描けた絵/感動的に歌えた歌」も可能であり、これらの「~た」は既実現と同時に、現在の状態も表しているので、状態動詞Ⅰと似通っている。違う点は、述語として「よくできた」などが使えることである。 「-る/~ている」の間で互換性がある「それは言えるよ/言えてるよ」などは、許可と評価の境界線上にあるように思われる。 ただ「言えた言葉」などと使うことはできず、変形して「世間の人情をうまく『言いえた/とらえた』言葉」になり、状態動詞Ⅰのように扱うことができない。さらに「うまく言えた早口言葉/早口言葉をうまく言えた子」などは、結果に対する評価ではあるが、現在の状態を表しているわけでもなく、単に「動作の既実現/過去の出来事」を表しているにすぎない。 Ⅳ 状態動詞 I のように扱われる瞬間動詞 「メガネをかける/指輪をする/帽子をかぶる/椅子に座る/山頂に立つ/タバコをやめる」といった瞬間動詞や変化自動詞は、現在の変化後の状態を表すには「~ている」が用いられるが、会話の場面で「誰か/何か」を指示する場合は、例えば「メガネをかけた人/山頂に立った登山隊/雨のやんだ朝/まるまると太った犬/急に上がった気温/東に昇った月」などが使われ、状態動詞Ⅰと同じように「~た + 名詞」が、現在の状態を表すものがある。もちろん「~ている + 名詞」も可能であるが、通常は「~た + 名詞」が用いられる。 しかし同じ瞬間動詞でも「家に遊びに来た人・いい香りのした部屋」などは、現在 <1145> の状態を指す場合「家に遊びに来ている人・いい香りのする部屋」が用いられる。 意志動詞と無意志動詞 日本語のすべての動詞を状態動詞か動作動詞に分類するほかに、意志動詞か無意志動詞に分ける方法がある。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照「話し手の意志と第三者の意志/意志動詞の『辞書形-る』と『~ない形』」▶本文 3.6.「順接確定条件/目的/意志動詞の否定」を参照 例えば「犬が泳ぐ/昨日プールで泳いだ」は「犬の現在の様子/昨日の出来事」を描いたもので、意志を表しているわけではないが、話し手に使われるか、〈問いかけ文〉で聞き手に向けられ「プールで泳ぎます/プールで泳ぎますか」といった場合、話し手や聞き手の現在の意志を表すことになる動詞群を意志動詞という。動作「泳ぐ」は、基準時現在未実現なので、動詞が表している時間は、未来である。 これに対して、自然現象や生理現象、感情や感覚、可能性や状態などを表し、人間の意志ではコントロールできない内容や状況を表す動詞群を無意志動詞という。こちらは「雨が降る/歯が痛む/泳げる/道が滑る」など、基準時同時間帯になる。 「学校へ行きます/ご飯を食べます」といった表現は、習慣を表していなければ、話し手の意志を表し、ほぼ「これから学校へ行くつもりです/ご飯を食べるつもりです/ご飯が食べたいのです」と同じ意味を表している。 したがって否定文は、単なる動作の否定ではなく、否定の意志を表すことになり、例えば「食事は?」と聞かれて「いいえ、食べません」と答えた場合、話し手は「何もほしくない/食べるつもりはない」か、聞き手の誤解を招きかねない「あなたと一緒には食べたくない」といった気持ちを伝えていることになる。 そのため、通常の答えは、あいまいに言葉を濁すかのような「いえ、ちょっと」が使われることになる。 また日本語では「ご飯が食べたいです/何か食べたいですか」といった表現は、人間の本能や欲望をあらわに表すものとして、大人は避ける傾向にあり、代わりに「ご飯を食べます/何か食べませんか」などが、話し手の意志や、聞き手の意向を尋ねる場合の表現として使われる。 ただ子どもだけには許されて「お母さん、おなかすいた、ご飯、食べたい/坊や、何か食べたい?」といった使われ方をする。もし大人が使うとすれば、親しい〈ウチ〉関係の場合だけである。 意志動詞は、現在の動作や状態を表す表現と、意志の表現とが、まったく異なった形態になる言語を母語にもつ日本語学習者の落とし穴となっていて、しばしば誤用文を生み出している。特に意志動詞が否定文で使われると、第三者であっても意志の否定を表してしまうので、例えば「こちらで一緒に働いている日本人は、現地スタッフが間違った日本語を使っても直しません」といった訴えを耳にした場合、まるで日本人がわざわざ間違いを直そうとしないかのように聞こえてしまう。しかし、現地スタッフが言おうとしているのは「直してくれません」である。 「~てくれる」を後接して、無意志動詞化するのを忘れた典型的な『『~てくれる』脱 <1146> 落文」と呼ばれるエラーである。 ▶本文 9. 「授受動詞と敬語/『~てくれる』脱落エラー」を参照 繼統動詞と瞬間動詞 動詞を継続動詞と瞬間動詞に分類する基準は、動詞に「~た/~ている」を後接した場合に現れる違いである。次に詳しい。 ▶本文 6.3.「変化の表現/比例変化/『~ている』の使い方」を参照 ▶本文 2.6.「時の表現/基準時直前直後/『~ている』が表す時間」を参照 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 ▶本文 2.8.「時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣/~ている」を参照 「~ている」をつけた場合、動作の「開始から終了まで」の「進行/継続」を表す動詞群が継続動詞、動作「終了後の結果や状態」が「持続」していることを表す動詞群が瞬間動詞であるといわれている。つまり話し手が話をしている「今」を基準時にして、基準時と同じ時間帯に動作が継続していることを表すのが継続動詞、基準時に動作や変化がすでに実現していることを表すのが瞬間動詞になる。 例えば、基準時現在同時間帯の動作「今ご飯を食べています」の「食べる」は、継続動詞であり、基準時現在以前既実現の状態「もう起きています」の「起きる」は、瞬間動詞ということになる。 また「~た」をつけた場合、継続動詞では、その動作がすでに終了して、基準時には動作が行なわれていないことを表し、例えば「さっきご飯を食べました」の場合、さっき「ご飯を食べおえて、今は食べていない」という基準時現在以前既実現を表している。 瞬間動詞では、その動作がすでに終了し、基準時に終了後の事態がまだ続いていて、再変化を起こしていないことを表し、例えば「さっき子どもが起きた」の場合、さっき「子どもが起き、今も引き続き起きていて、まだ寝ていない」という基準時現在以前既実現を表している。 しかし「寝る」という動詞は、例えば「さっき子どもが寝た」が「さっき子どもが寝たが、今は寝ていない、起きている」なら、継続動詞になり、逆に「さっき子どもが寝たまま、今も寝ている」のなら、瞬間動詞ということになり、どちらの使い方も可能なので、継続動詞なのか、瞬間動詞なのか、よくわからない。 つまり「寝ている」は、基準時現在同時間帯「寝るという動作をずっと続けている」なのか、基準時現在以前既実現「寝たあとの状態」なのか、人によってとらえ方が異なり、継続動詞とも瞬間動詞とも考えることができる。 さらに、食後の状態を表して「もうご飯は食べている」の「食べる」は、瞬間動詞ということになり、ベッドでぐずぐずしながら「今、起きている」の「起きる」は継続動詞ということになる。 これでは、動詞を分類することにはならないので、継続動詞というのは、動作や事態が開始してから終了するまでに、一定の時間のかかる動詞群、瞬間動詞とは、動作や事態が開始してから終了するまでに、ほとんど時間のかからない動詞群というふうに理解することになっている。 継続動詞の代表的なものとして「待つ・泣く・食べる・眠る・歩く・仕事をする・愛 <1147> また、瞬間動詞の代表的なものには「彼が来ている(=彼が話し手のいるところに来てから、そのままそこにいる)/会社に行っている(=会社にいる)/帰っている(=どこかから帰って+家にいる/会社などにいる)」などの「来る・行く・帰る」など、また「座る/立つ/大阪へ発つ/時間が経つ/跳ぶ/タバコをやめる/雨がやむ」や、一対の自他動詞のうち、人が動作主体とならない自動詞で変化自動詞の「気温が上がる/月がのぼる/においがする/ドアが開く/見える/聞こえる/壊れる」や、変化自動詞「やせる/太る/覚々とする/寒くなる/静かになる」などがある。 すでに述べたように「継続動詞+ている」は、主に動作や事態の開始から終了するまでの間に、話し手の視点があるが、動詞によっては「継続動詞+ている」を、話し手が基準時現在以前既実現の状態「もう食べている」としてとらえた場合、瞬間動詞のように扱われることがある。 同様に「瞬間動詞 + ている」は、動作や変化の終了後に、話し手の視点があるが、動詞によっては「瞬間動詞 + ている」を、話し手が基準時同時間帯の継続中の動作としてとらえた場合、例えば「帰っている + ところ/途中 + だ」や「行き/来 + つつある」などが、継続動詞のように扱われることがある。 また「着物を着ている/お金を払っている/店を開けている」や、変化を表す「成長する/発達する/発展する/進歩する/水かさや比重や負担が増す/勢いや明るさや重要性を増す」などは、同じ動詞が場面によって、継続動詞にも瞬間動詞にもなることを示しているが、どちらにもなる動詞が数多くある。 紛らわしい場合は「~ているところだ/~ながら/~つつある」などを後接して、基準時現在同時間帯の動作「今、着物を着ているところです/あの星は明るさを増しながら地球に近づいている/台風は発達しつつ北上しています/国民の税負担は増しつつある」であることを示す必要がある。 ▶本文 2.3. 「時の表現/基準時同時間帯」本文 6.3. 「変化の表現/比例変化」を参照 ☑ 内的限界動詞と非内的限界動詞 動詞を、この2つに分類した場合、両者の違いが明らかになるのは、動詞に「~つつある」をつけた場合である。 けがもようやく回復しつつあり、あと1週間もすれば、歩けるだろう。 *けがもようやく回復して、今は、少しずつではあるが、歩きつつある。 ▶本文6.3.「変化の表現/比例変化/~つつある」を参照 「動詞ます形+つつある」は、変化や動作が開始して、終了するまでの基準時現在同時間帯を表し、変化や動作に「終着点」がある場合に使うことができる。 「回復する」は「回復した」といった場合、回復後の状態を指し、その変化はすでに終了しているので「終着点のある動詞」である。つまり、それ自身、変化や動作に限界をもつ「内的限界動詞」になる。 「歩く」は「歩いた」といった場合、その動作を開始したことは表しているが、そのあと、終了するかどうかまでは言及していないので「終着点のない動詞」である。つまり、それ自身、変化や動作に限界をもたない「非内的限界動詞」になる。 <1148> ただ「歩く」も「駅まで/10 km/2時間+歩いた」となって、動作が限定されてしまうと、限界が生じて「終着点」をもつようになり、あたかも「内的限界動詞」のように振る舞うことがある。 けがも回復しているから、あと1週間もすれば、歩いているだろう。 「~ている」をつけた場合、基準時現在同時間帯の動作を表し、動作が終了せずに継続する「歩いている」か、基準時現在以前既実現の状態を表し、変化が終了したあとの状態になる「回復している」かで、継続動詞と瞬間動詞に分類したが、ほぼ前者を「非内的限界動詞」が、後者を「内的限界動詞」が相当することになる。 地球は、窒素化合物が増えつつあり、温暖化現象を起こしつつある。 地球は、窒素化合物を増やしつつあり、温暖化現象が起こりつつある。 しかし、変化他動詞は、継続動詞であるが、内的限界動詞である。 したがって、変化を表す動詞が自他動詞とも「内的限界動詞」となり、動作を表す自他動詞のうち、継続動詞が「非内的限界動詞」で、瞬間動詞が「内的限界動詞」ということになる。 变化自動詞 瞬間動詞の一部分で「(気温や物価が)上がる・(太陽や煙が)昇る・春めく・晴れる・曇る・やせる・やつれる・太る・飽きる・疲れる・違う・異なる・変わる・移る・増える・減る・深まる・縮まる・暖まる・薄れる・薄らぐ・広まる・広がる・のびる・汚れる・備わる・冷える・さめる・(胸が)ときめく」など、事態の変化を表す自動詞群。多くは一対の自他動詞のうち、人を動作主体としない自動詞によって占められている。他動詞の方も変化を表すが、継続動詞として機能する。 「涼し/楽し + くなる」や「静か/豪華 + になる」のほかに「しっかり/ぴったり/はっきり/きらきら/がたがた + (と) する」や「(服装が) ちゃんとする/(部屋が) きちんとする」といった語群も含まれる。 さらに「ト系」の状態名詞「堂々/泰然/森閑/厳然/恍惚/陶然/慄然/依然+とする」といった語群も含まれ、これらは「ナ系」の状態名詞とは異なり、現代語において述語になる資格を失っている。 ▶巻末「状態名詞」本文6.1.「変化の表現/A→B/~になる・~にする」を参照 例えば「堂々たる人生/堂々と行進する/堂々とした押し出し」または「泰然たる態度/泰然と戦いに挑む/泰然とした表情/泰然として敵に立ち向かう/肅然として襟を正す/慄然として立ちつくす」といった使われ方をし、述語となるには「話しぶり/身のこなし+が+堂々/泰然+としている」など「〜としている」という形態が用いられる。 このうち「堂々/泰然 + と」と「堂々/泰然 + たる」という形態が、古語「堂々/泰然 + たり」の面影を残しているにすぎない。しかし、後者の形態は、文章語でしか使われないので、前者の「堂々/泰然 + と」を例外とすれば、現在では「堂々/泰然 + とする」にとって代わられようとしている。 特に、変化という観点からすれば、上に述べた変化自動詞と共通点があり、変化の過 <1149> 程を示すと、次のようになる。 変化きせる 変化する 变化後 × → やせる → やせている 深める → 深まる → 深まっている (暖かくする) → 暖かくなる → 暖かい・暖かくなっている × → しっかりする → しっかりしている (有名にする) → 有名になる → 有名だ・有名になっている × → 堂々とする → 堂々としている (注) ( ) 内は、可能な場合とそうでない場合がある。「×」の部分を埋めるには、使役形が使われる。 以上を「変化動詞」と呼び、変化を表さない動詞群を「非変化動詞」と呼んで区別し、さらに「変化動詞」を「変化自動詞」と「変化他動詞」に分けることにする。 この区別をするのは、例えば「変化の開始や継続」を表す「変化自動詞/やせ/寒くなっ + て + くる/いく」に、もし「非変化動詞/勉強する」を適用させる場合は、まず「~ ようになる/勉強するようになる」を用いて「変化自動詞」への変形を行なう必要があるからである。 「変化自動詞」に変形しないで、直接「勉強して + きた/いく」にすると、現在までの「継続動作」と、これからの「継続意志」を表すことになる。 また「決定/決心」を表す「~ことに+なる/する」には「非変化意志動詞/出張する」が用いられるが、前者に「変化自動詞/やせる」が使われると「結果の予測/やせることになる」を表すことになるからである。 なお、この命名は、変化表現の説明のために便宜上、名づけたものにすぎないことをお断りしておく。 受け手不在動詞 状態動詞と、動作動詞のうち、その動作を受ける人が存在しない動詞群を表すが、主に次のようなものがある。 状態動詞:お金がある・家にいる・費用がかかる・日本語ができる・英語がわかる・屋根を直せる 雨が降る・雨が漏る・屋根が壊れる・屋根を直す・疲れる・病気になる・休む・寝る・眠る・起きる・顔を洗う・食べる・服を身につける・勉強する・車を運転する・家事をする・出かける・歩く・買い物する・散歩する・帰る・図書館へ行く・小説を借りて読む・試験を受ける・日記をつける・マンションに住む・旅に出る・物思いにふける・酒に酔う・部屋を散らかす・学校をサボる・椅子を蹴る・お皿を割る・泣き叫ぶ・おもちゃを壊す・ふすまを破る・暴れまわる・死ぬ・子どもが生まれる <1150> これらの動詞群は、授受動詞と結びつかなかったり、敬語の「受け手尊敬」にならなかったりする。例えば「日記を書く」という動作は、基本的に、誰かに見せるためにするものではないので、授受動詞「~てあげる/×日記を書いてあげる」と一緒に使えないし、受け手尊敬「×日記をお書きする」にすることもできない。 ▶本文 9.「授受動詞と敬語/受け手不在動詞/受け手尊敬」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/確認の『~のだね』と受け手不在動詞」を参照 また「手紙を書く」は、自分自身のために書くのであって、宛名人のために書くわけではないので、通常「×あなた/先生+に+手紙を書いてあげる/お手紙をお書きする」は使うことができない。 しかし、もし「あなたのために/あなたに代わって、手紙を書いてあげる/お手紙をお書きする」といった代筆行為であれば、可能になる。 〈動詞と時の表現〉 ▪動詞のテンスとアスペクト テンスというのは、つかみどころのない時間をとらえる方法のひとつで、生物が生きていく、つまり、死んでいく方向にある時間、または、居ながらにして迎えることのできる時間、つまり、向こうからやってくる時間「未来」と、生物が生まれでた方向にある時間、または、居ながらにして振り返ることのできる時間、つまり、ここから過ぎ去っていった時間「過去」と、この「未来」と「過去」の一瞬の境界にある、ただ「私」が「今」として感覚的にとらえる「現在」の3つから成り立っている。 日本語は、このテンス「未来/現在/過去」を表現するものとして、基本的に「-る/~ている/~た」をもっている。 ▶本文 2.8.「時の表現/基準時以前既実現/経験と習慣/『~ている/~た/ーる』の使い方」を参照 「-る」と「~た」は「非過去」と「過去」というテンスで対立し、例外をのぞいて、前者「-る/明日、学校へ行く」は、実現する可能性はあるが、まだ実現していない「未実現」の事態、つまり「未来」を表し、後者「~た/昨日、学校へ行った」は、すでに実現した「既実現」の事態、つまり「過去」を表す。 ただ「- る」は、現在の習慣や反復動作「毎朝パンと牛乳で朝食をとる/自転車で学校に通う」や、現在の連鎖反復「毎年、数万の人が交通事故で死ぬ」に、永遠の真理「地球は太陽の周りを回る」などを表すほか、一部の無意志動詞「雨が降る/鳥が鳴く/風が吹く/川が流れる」や、意志動詞のなかでも「道を行く/誰か来る/犬が泳ぐ/子どもが遊ぶ」などが、現在の事態を表すことがあり、未来と現在は表せるが、過去は表せないという意味で「非過去」と呼ばれるテンスを表している。 しかし現在の事態には、通常「朝食をとって/通って/死んで/回って/雨が降って/鳥が鳴いて + いる」など、アスペクトを表すといわれる「~ている」が使われる。そのため日本語には、上のような例外はあるとしても、形態的に「現在を表すテンスがない」といわれている。 アスペクトとは、動作や変化が、時間の流れのなかで「開始→継続/最中→終了→終了後の状態/最中→変化の開始→継続/最中」といった刻々と移り変わる姿を見せる、 <1151> いわば「時間のスペクトル」である。 ▶本文 2.9.「時の表現/基準時以前既実現/モーダス表現/~ている」を参照 日本語には、このアスペクトを表現するものが豊富にあり、例えば「開始」には「ます形+はじめる/だす」が使われ、また「終了」には「ます形+おわる/おえる/あがる/あげる/きる/つくす/はてる/はたす/とおす/ぬく」や「~て+しまう」などが使われる。 また、変化の「継続/最中」には「-る + 一方/ばかり + だ」や「ます形 + つつある」が、変化後の「状態/最中」には「ます形 + っぱなし」や「~た + まま/なり/きり」などがある。 ところが日常、最もよく使われるアスペクトの表現というのは、テンスとまったく同じ「-る/~ている/~た」である。このテンスとアスペクトが同じ形態になるという点が、日本語学習者の日本語理解を難しくしている。 「_る」と「~た」は、それぞれ動作や変化の「開始」と「終了」という「時間のスペクトル」上の「時間の点」を表し、これに対して「~ている」は、基本的に〈継続動詞〉や〈非内的限界動詞〉の場合、開始から終了まで、かなり時間のかかる事態を表すので、開始から終了までの「時間の線」を、また〈瞬間動詞〉や〈内的限界動詞〉の場合、開始から終了まで、ほとんど時間を必要としない事態を表すので、終了後から変化開始までの「時間の線」を表す。 左方向を過去、右方向を未来とし、過去から未来へという時間の流れのなかで、〈継続動詞〉や〈非内的限界動詞〉の表す動作や変化が、どのような展開「開始→最中→終了→最中」になるかを、時間のスペクトル上に図示してみると、次のようになる。 〈食べはじめるまえから、食べおえたあとまで〉 食べつつある 食べている 食べおえている 食べようとする 食べはじめる 食べおえた 同様に、〈瞬間動詞〉や〈内的限界動詞〉の動作や変化が、どのような推移「開始→変化→終了→最中→再変化開始→変化→終了→最中」になるかを図示してみると、次のようになる。 〈起きるまえから、寝たあとまで〉 起きつつある〈変化〉 起きている 起きようとする 起きる/起きた 寝る/寝た 〈再変化〉寝ている 〈行くまえから、帰ったあとまで〉 行くところだ〈変化〉 行こうとする 行っている 行く/行った 帰る/帰った 〈再変化〉帰っている <1152> 動詞と基準時現在 人が話したり、書いたりするときの「言葉の時間」について考える場合、最も基本になるのは、話し手が話したり書いたりしている「今」であり、この「今」を「基準時現在」と呼ぶことにする。本文2.「時の表現」を参照のこと。 「テンスとアスペクト」で述べた「時間の流れのなかで、動作や変化がどのように推移するか」という見方を、時間の流れを止めて、つまり「過去・現在・未来」というそれぞれの時間が「基準時現在に対して、どのような動作や変化を表しているか」という見方にかえると、次のようになる。 〈テンスを中心にした「食べる」〉 食べている 〈アスペクトを中心にした「食べる」〉 〈テンスを中心にした「起きる/行く」〉 起きた/行った 起きている/行っている 起きる/行く 〈アスペクトを中心にした「起きる/行く」〉 起きた/行った 起きている/行っている 寝る/帰る 動詞の種類と3つの基準時 動詞は、実際に使われるとき、つまり話したり書いたりしているとき、テンスとアス ペクトを同時に表す。次の例は、基準時を現在として、〈継続動詞〉で〈非内的限界動詞〉 <1153> である「食べる」の「テンス・アスペクト/基準時との関係」を表したものである。 朝ご飯を食べます。 今、朝ご飯を食べています。 朝ご飯を食べました。 未来・開始/基準時未実現 現在・最中/基準時同時間帯 過去・終了/基準時既実現 また〈瞬間動詞〉で〈内的限界動詞〉である「起きる/寝る」と「行く/帰る」の「テンス・アスペクト/基準時との関係」は、次のようになる。 すぐ起きます。 起きました。 まだ起きています。 もうすぐ寝ます。 未来・開始/基準時未実現 過去・終了/基準時既実現 現在・最中/基準時以前既実現 未来・開始/基準時未実現 父は会社へ行きました。今、会社へ行っています。もうすぐ帰ります。 過去・終了/基準時以前既実現現在・最中/基準時以前既実現未来・開始/基準時未実現 ただ「基準時」とは相対的なものなので、例えば「過去」や「未来」を基準にした「テンス・アスペクト/基準時との関係」を描くことも可能である。特に「基準時との関係」では、主に次のようなものがある。 なお、例の最後の(現在/過去/未来)は、テンスではなく、基準時を表している。 基準時既実現:基準時の瞬間に、動作や変化が実現する 例:あ、やった!勝ったぞ。(現在) さっきは、びっくりした。地震があったよ。(過去) 出かける前に、ちゃんと鍵、かけるのよ。(未来) 以前既実現:基準時以前に、動作や変化がすでに実現している 例:母ですか。母は今、出かけているのですが。(現在) 今朝、父は、仕事に出かけ + た/ている。(現在) 昼ご飯は、さっきもう食べ + た/ている。(現在) 昨夜2時間ほど、雨が降っているね。(現在) 朝、起きると、足の痛みがとれていた。(過去) 明日、会うまでには、この本、読んでいるよ。(未来) 基準時同時間帯:基準時と同じ時間帯に、動作や変化が実現中である 例:今、テレビを見ながら、宿題をしているの。(現在) 山にも海にも、野にも、川にも雨が降る。(現在) 昼ご飯、さっき食堂で、食べていたんだけど。(過去) 昨夜2時間ほど、雨が降っていたね。(過去) 夕方6時ごろ?まだ仕事、しているよ。(未来) 基準時未実現:基準時に、実現可能な動作や変化が実現していない <1154> また遅刻だ。もう少し早く起きるんだった。(過去) 明日になったら、お金ができるわけ?(未来) 習慣・反復・真理:基準時における習慣・反復・真理を表す 地上では、物体は地表に向かって落下する。(現在真理) 地球は酸素を含む大気圏に覆われている。(現在真理) かつて恐竜が地球を支配し + た/ていた。(過去真理) 明日から、ダイエット+する/している+んだ。(未来習慣) 動詞の「テンス・アスペクト/基準時との関係」のまとめ 動詞と「テンス・アスペクト/基準時との関係」をまとめると、次のようになる。 動詞の時間的配列 いくつかの動詞が、基準時を中心にして、時間のスペクトルの上に、どのように配列されるか、また、互いにどのような関係にあるかを見ると、次のようになっている。 〈昨晩9時ごろ、電話したけど、いなかったわね、どこへ行ってたの〉 行っていた いなかった 基準時以前既実現 最中/基準時同時帶 終了/基準時既実現 基準時〈過去〉 <1155> 〈今、お風呂に入っていますから、こちらからお電話させましょうか〉 お風呂に入っている 最中/基準時同時帶 電話させる 基準時〈現在〉 開始/基準時未実現 〈すぐ会社に行きますが、9時には着いていますから、お電話ください〉 会社に行く着いている 9時 電話する 基準時以前既実現 基準時既実現 基準時〈未来〉開始/基準時未実現 〈ご飯を食べるまえに、お風呂に入って、食べたあとで、宿題をします〉 お風呂に入る ご飯を食べる 宿題をする 終了/基準時既実現 基準時〈未来〉 開始/基準時未実現 次に、基準時との関係だけを示す。 〈さっき、ご飯を食べたばかりで、今、友だちとコーヒーを飲みながら、おしゃべりしていますが、これから会社へ戻るところです〉 食べた(ばかり) 飲み(ながら) おしゃべりしてい(る) 戻る(ところだ) 基準時以前既実現 基準時同時間帯 基準時〈現在〉 基準時未実現 〈先生が来るまでに、宿題をしてしまおうと思って、机に向かっていたら、友だちに呼ばれ、話をしている間に、先生が入ってきた〉 机に向かっている 友だちに呼ばれる 話をしている 先生が入ってきた 基準時以前同時間帯 基準時以前既実現 基準時同時間帯 基準時〈過去〉 上の「先生」の例は、基準時を現在にすると、すべてが基準時以前の出来事になってしまうので、いったい「どの動作が、どの動作の先に起こったのか、あとに起こるのか、または、同時に起こっているのか」といった時間の配列を見失ってしまう。そこで、基準時を過去へスライドさせ、フォーカスを「先生が入ってきた」に照射している。 「机に向かっている」と「友だちに呼ばれる」は、基準時「先生が入ってきた」よりも以前の出来事であるが、前者は「基準時以前の時間帯」を表し、後者は「基準時以前に既実現」であることを示している。 次は「思って」にフォーカスを当てると、次のようになる。 〈先生が来るまでに、宿題をしてしまおうと思って、机に向かっていたら...〉 机に向かっている 思う 宿題をしてしまう 先生が来る 基準時同時間帶 基準時〈過去〉 基準時以後非実現 基準時未実現 <1156> 「宿題をしてしまう」も「先生が来る」も、基準時過去「思って」の時点では、ともに「未実現」であるが、前者「宿題をしてしまう」は、その後の事実とは符合しない「反事実」であり、その後も実現していない「非実現」になる。 「未実現」 の場合、基準時が現在か未来であれば、実際に実現するかどうかは不確実な未来の領域なので、起こる確率が高いか低いかしか言うことができない。確率の高い場合は「確信/確言/確定条件」になり、低い場合は「推量/概言/仮定条件」になり、起こる確率がなければ「反実仮想」になる。そこで、もし起こる確率が少しでもあれば「基準時未実現」とする。基準時過去であれば、あとで実際に実現するかどうかは明らかになるはずなので、実際には実現したが、基準時では未実現の場合は「基準時未実現」とし、基準時以後でも実現しない反事実の場合は「基準時非実現」とする。 動詞間の継起性と同時性 毎日、起きて顔を洗い、会社へ行くまえ、テレビを見ながら、朝ご飯を食べて、コーヒーを飲みながら、新聞を読んでいます。 上の例の動詞群は「起きる→顔を洗う→テレビを見る+ご飯を食べる→コーヒーを飲む+新聞を読む→会社へ行く」というふうに継起していく。 来るまで、本を読んで、待っているから、それから、食事に行こう。 家に電話して、お父さんが帰っていたら「先にお風呂に入って、ビールでも飲んでいるころには、戻れます」って言って。 上の2例では「本を読む + 待つ→来る→食事に行く/電話する + お父さんが帰っている→お父さんに言う→お父さんがお風呂に入る→ビールを飲む + お母さんが戻る」と継起している。継起する部分を「→」で表し、同時に起こる部分を「 + 」で表しているが、複数の動詞の間に存在するアスペクトを、大きく「継起性/同時性」で区別すると、基本的に、前者「継起性」は「-る/~た」で、後者「同時性」は「~て + いる/いた」で表すことができる。 動詞「-る/~ている/~た」の表すテンスとアスペクト 仮に2つの動詞をAとBとし、A「-る/~ている/~た」を中心にして、これまでの「テンス・アスペクト・基準時Bとの関係」をまとめると、次のようになる。 テンス A. + - る アスペクト基準時Bとの関係現在/未来 A + ている 開始 基準時未実現 時間の点と線 継起性 現在 Bに後続 最中 B → A 基準時同時帶 点 A + た 基準時以前既実現 × Bと同時 A + B 線 過去 終了 基準時既実現 基準時以前既実現 O Bに先行 A→B 点 <1157> 〈形容詞〉 本書では、形容詞を次の2種類に分ける。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/話し手の意志と第三者の意志」を参照 形容詞一 1: 相对形容詞 「大小/長短/高低/軽重/強弱/深浅/広狭/厚薄/明暗/濃淡/甘辛/善悪/巧拙」など、相対的な性質や評価を表すもの 形容詞-2:感覺感情形容詞=一人称形容詞 「痛い/かゆい/くすぐったい/まぶしい」などの感覚、または「恐い/楽しい/うれしい/寂しい」などの感情を表すもの 形容词 - 1 一人称/二人称 私は背が高い。 おまえは背が高いか? 非敬体 私は背が高いです。 あなたは背が高いですか? 彼は背が高い。彼は背が高いか? 敬体 彼は背が高いです。 彼は背が高いですか? 三人称 形容詞 - 2 一人称/二人称 頭が痛い。頭が痛い(の)か? 非敬体 頭が痛い(の)です。頭が痛い(の)ですか? 彼は頭が痛いのだ。彼は頭が痛いのか? 彼は頭が痛いのです。彼は頭が痛いのですか? 三人称 「相対形容詞」と呼ばれる「形容詞-1」は、同じ文化圏に属していれば、誰が判断しても、そんなに大差の出ない性質や評価を表し、人称に関わらず、文の構成が同じになると考えられている。 ところが「形容詞-2」のほうは、話し手だけに感じられる「感覚/感情」を表しているといわれ、人称制限があって、文の構成が人称によって異なっている。 ▶本文 10.2.「モダリティの表現/命令/『~の』の揮入義務」を参照 ▶本文 10.6.「モダリティの表現/状況判断/~ようだ」を参照 つまり、相対形容詞の使い方と比べると、話し手の「感覚/感情」を表したり、聞き手に「感覚/感情」の有無を尋ねたりする場合は、人称を表す言葉が消えて短くなり、三人称の場合は、文末に「~のだ」や、状況判断を表す「~ようだ/~みたいだ/~そ <1158> うだ/~らしい/~だろう」などが必要になって長くなる。 ただ、伝聞を表す「~そうだ/~らしい」は、《述べ立て文》には使われるが、〈問いかけ文〉になると、使うことができなくなる。 また同様のことは、本能的な欲望や、幼稚な希望や期待を表す「ます形+たい/名詞が+ほしい/人に+動詞+てほしい」についても起こる。 これは、話し手にとって、第三者の「感覚/感情」というのは、見た目の印象から想像したり、本人や他者から聞いたりしなければならないものであり、はっきりと感じとるためには、想像したり聞いたりしたことをさらに確認するよりほかないものと考えられているからである。 つまり「形容詞-2」や「~たい/~ほしい」は、話し手の「感覚/感情」などしか表さないので、ひとまとめにして「感情形容詞」や「一人称形容詞」と呼ばれている。さらに「~たい/~ほしい + と思う」や、意志を表す「~(よ) う + と思う」の「~と思う」も、一人称専用で、三人称では「~と思っている」を使うことになっている。以下の説明には、この「~と思う」も含まれている。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~(よ)うと思う」を参照 ☑一人称形容詞の使い方 日本語学習者によく見られる不自然な〈一人称形容詞〉の使い方は2つあり、ひとつは「×私は頭が痛いです/×彼は頭が痛いです」など、相対形容詞と同じにしてしまうことであり、もうひとつは、成人の場合に限られるが「大人は自分の感情や欲望を、むやみに〈ソト〉へ表さない」という日本の「文化風土/言語習慣」に違反してしまうことである。 互いに甘え合ったり、幼少期へ回帰したりできる「親しい〈ウチ〉関係」における〈非敬体〉なら、遠慮なく「あつ、痛。どうしたんだろう。頭、痛いな。ねえ、薬、ある?」や「ああ、腹、減った。ご飯、食べたいなあ。何かない?」などは、言うことができるが、自分自身の品位や体面を保ち、相手に敬意を払う〈敬体〉の会話では、恥ずかしくて言うことができないものである。 したがって、次のようなマイナスの気持ちを表す言葉や、相手を不快な気分にさせる言葉は、歌謡曲や親しい〈ウチ〉関係でのやりとりでは多用されるが、敬体の会話ではめったに使われない。 悲しい/寂しい/恋しい/切ない/やるせない/わびしい... うるさい/じれったい/つまらない/よそよそしい/うっとうしい/煩わしい/うとましい/おぞましい/けがらわしい... プラスの感情であっても「喜ばしい/好ましい/望ましい」などは、硬い書き言葉でしか使われないし、初対面の挨拶とされる「お会いできてうれしいです」は、いかにも翻訳調で落ち着かない。 しかし「嫌い/いや/気の毒/かわいそう/退屈/窮屈/卑怯/不愉快/他人行儀」など、マイナスの感情を示す状態名詞は、感情ではなく〈評価〉を表す場合、敬体の会 <1159> 話でも使われる可能性が高い。 〈一人称形容詞〉の〈敬体〉の使い方には、次のようなものがある。 ▶巻末「文体/文体の使い分け」を参照 1. 一人称形容詞 + です + (ね/か) 「いかが/どう + です/でした + か」と聞かれたとき 「一人称形容詞 + です + ね/か」と聞くとき、聞かれたとき 例 一昨日のパーティ、いかがでしたか。 ーここは暖かくて、気持ちいいですね。 ー朝が早かったので、眠いですか。 ーこの映画、面白くないですね。 ーええ、楽しかったです。 ーええ、そうですね。 ーええ、眠いです。 ーええ、ちょっとね。 2. 一人称形容詞 + の/ん + です + (ね/か) 「どうしたのですか」と聞かれたとき 「一人称形容詞 + の/ん + です + ね/か」と聞くとき、聞かれたとき 例 ーどうしたんですか。 ー風邪を引いて、頭が痛いのです。 ー気分が悪いのですね。 ーええ、二日酔いで(、気分が悪いんです)。 ー何がそんなにうれしいのですか。 ー宝くじに当たりましたから(、とってもうれしいんですよ)。 3. 一人称形容詞 + もの/もん + ですから 聞き手の知らない事情の弁解に、一人称形容詞を使うとき あの、ちょっと頭が痛いものですから、失礼してよろしいでしょうか。今度は犬を飼っています。飼っていた猫が死んで寂しいものですから。水をいただけないでしょうか。薬が飲みたいものですから。 4. 〜たい/〜(て)ほしい/〜(て)いただきたい+の/ん+です+が/けど 鄭重に依頼するとき ▶本文 5.1.「逆接条件/逆接確定条件/~が・~けど」の次を参照『前触れ』の『~たい/~ほしい+んだけど』/『~たい/~ほしい』の誤用』 5. 〜たい/〜(よ)う + と + 思います/思っています/考えています 希望や意志を述べるとき 例 ぜひ一度、お伺い + したい/しよう + と思います。 付き合ってもう5年ですから、来年あたり結婚したいと思っています。 卒業したら、留学したいと考えています。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望/~(よ)うと思う」を参照 また次のように、一人称形容詞を避ける言い方もある。 <1160> 1. 空腹や疲労を感じたとき A:おなか、すきません/お疲れではありません+か。大丈夫ですか。 B:そうですね。食事にしましょう/少し休みましょう+か。 空腹や疲労を感じていなくても、BはAの気持ちを察して同意する。もしBが「いいえ、大丈夫です」と答えると、Aは「ご飯が食べたいです/休みたいです」という子どもっぽい言い方はできずに、困ってしまうことになる。 2. 旅行などに誘うとき A:この冬休み、スキーに行くのですが、ご一緒に行きませんか。 B:ええ、ぜひ。(いえ、ちょっと、予定が入っています) ここでも「行きたいですか」や「はい、行きたいです」といった言い方はできないし、また「行きたいと思います」は意思表明なので、疑問文では、意志の有無を尋ねることになり、勧誘の場合、使うことができない。 ▶本文 10.4.「モダリティの表現/助言と勧誘/勧誘のバリエーション」を参照 ▶本文 10.7.「モダリティの表現/確認/~ないか・~ではないか」を参照 ▪ーがる 感情を表す形容詞「痛い/楽しい/寂しい」や、状態名詞「いや/かわいそう/気の毒/憐れ」など、また「~たい/~ほしい」について、第三者の感情や欲求が外に現れ、話し手の目に見えることを表す「痛/楽し/寂しいや/かわいそう/気の毒/憐れ/~た/~ほし + がる」は、第三者専用の動詞になり、いわば「三人称形容詞」の代理のようなものであるが、感情や欲望を、むやみに〈ソト〉や〈ヨソ〉に対して現すのをタブーとする日本風土では、〈ウチ〉関係に使って「卑下/謙虚」を示し、〈ソト〉に対して「軽蔑」を表すことが多い。 うちのが、毛皮のコートをほしがって困ってるんですよ。 夫婦共稼ぎですから、ときどき子どもが留守番をいやがりましてね。 隣の奥さん、ご主人が安月給なのに、毛皮のコートをほしがるんだって。 三流大学に合格したくらいで、何もうれしがることはないよね。 二階から転がり落ちたんだもの、痛いに決まってるだろう。強がり言ってんだ/強がって見せてるだけだ + よ。 見ろよ、あの格好。何を粋がってんだろうね。 最後2例の「強い/粋」は、感情を表しているわけではないが、話し手の目からすれば「強くもなければ粋でもない」が、本人は「そのように見えてほしいと思っている」という意味で、感情を外に表していることになる。 ☑一人称形容詞と「神の手」 第三者の「感覚/感情」は、話し言葉や、話し言葉に近い書き言葉では、話し手の想像か、間接情報としてとらえるよりほかないが、もし話し手が「全知全能の神」の立場にたち、小説や物語のような虚構を構築したり、たとえルポルタージュやドキュメントのような現実に起こったことであっても、ノンフィクションノベルとして描いたりする場合は、一種の技巧として、登場人物を一人称扱いにすることができる。 <1161> 彼女は + 寂しい/寂しかった。誰かと話が + したい/したかった。 彼は部屋から出ようと思う。さきほどから頭が痛かった。何か飲みたいと思う。 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照「~(よ)うと + する・している・した・していた/~(よ)うとしない」「第三者 + ~(よ)うと + 思った・した」 話し手が「神の手」を使えば、すべての表現が可能になるが、こうした技巧を使うのは、第三者の「感情/心理」などを描写するのに、あれこれ面倒なものを加えると、書き言葉としての要件「簡潔さ」を失うからである。 〈狀態名詞〉 本書で使っている状態名詞とは、古語において形容動詞といわれているものを指している。現代語では性質上の類似性から「ナ形容詞」とも呼ばれているが、本書では使い方を重視して、名詞扱いにしている。 古語における形容動詞は2種類あり、次のように整然とした活用をする。 そして活用語尾の部分は、古語の断定を表す2種類の助動詞、名詞と用言の連体形に接続する「~なり」と、名詞に接続する「~たり」の活用と同一である。 しかし現代語において「ナリ活用」の形容動詞は、次のように雑然とした活用をしていて、古語とはまったく異なった様相を示している。 活用語尾の部分は、現代語の断定を表す助動詞、名詞や助詞の一部に接続する「~だ」と同一である。ただし「~だ」には、連用「~に」形は存在しないといわれている。本書では、接続を記述するのに便利なように、上の活用の語幹にあたる部分を「ナ系の状態名詞」とし、基本形にあたる部分を「状態名詞 + 助動詞「だ』として取り扱う。一方「タリ活用」の形容動詞は、現代語では、動詞を修飾する副詞的な機能しか果たさない連用「~と」形しか残っていない。例えば「堂々と」は、次のような活用になる。 基本形 語幹 未然 連用 終止 連 体 仮定 命令 堂々とする 堂々と し し する した/している すれ しろ <1162> つまり、古語「タリ活用」の形容動詞は、基本形が「状態名詞 + と + する」になる変化自動詞として取り扱われる。 本書では、古語「ナリ活用/タリ活用」の形容動詞を、それぞれ「ナ系/ト系」とし、断りもなく、ただ「状態名詞」と記されている場合は「ナ系」を指している。 ▶本文 6.1.「変化の表現/A→B/~になる・~となる/~にする・~とする」を参照 ▶巻末「動詞の種類/変化自動詞」を参照 〈古語〉 ☐動詞 現代語に現れる古語の動詞をあげておくと、次のようになる。 サ変動詞「す」: 現代語の「する」 基本形 古語 現代語 未然 現代語と異なっているのは「未然・終止・命令」の部分であるが、現代語においても、古語的表現「協力 + せざるを得ない/すべきだ/するにせよしないにせよ」などのなかでは使われている。 一段動詞「得」:現代語の「得る」 基本形 古語 現代語 語幹 える/うる ▶本文 10.3.「モダリティの表現/依頼/~得る」を参照 ラ変動詞「あり」: 現代語の「ある」 基本形 語幹 古語 未然 あり 連用 あ R - 終止 連体 「そんなこと、ありか。なしだろう」のような場合に現れるが、古語形容詞の「なし」と同様に、名詞として使われている。 ラ変動詞「しかり」 基本形 古語 語幹 しかり 未然 連用 しかRー 終止 5 連体 り 已然 D 命令 る ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/当為『~べきだ』系バリエーション」を参照 もともと「しか+あり」が圧縮したもので、まえの「しか」が「そう/そのように」にあたり、あとの「あり」が、現代語の「ある」なので、全体で「そうである/その通 <1163> りだ」という意味を表す。 「しかるべきだ」は「当然その通りだ/当然だ」という意味を表すが、この「しかり」に、助動詞「当為」の「べし」の現代語「~べきだ」が接続したものである。 「R -」の部分は、順に「- A • - I • - I • - U • - E • - E」がついている。 形容詞 現代語に現れる古語形容詞には2種類あって、次の通りである。 ク活用:現代語で、語尾の部分が「-しい」ではなく「ーい」しかないもの シク活用:現代語で、語尾の部分が「-しい」であるもの ラ変動詞「あり/しかり」と同様に、活用語尾「R→」の部分は、順に「-A→I・-I・-U・-E・-E」がついているにすぎない。 これは古語形容動詞の場合も同じで、語尾「-なり・-たり」の変化する部分だけをとりだせば、例えば「静かなR→・堂々たR→」にすることができる。 原則として古語の助動詞は、形容詞の「ク/シク」系には接続せず、ラ変動詞「ク/シク + あり→カリ/シカリ」系につくので、未然形接続の古語助動詞「否定」の「ず」や、未然形接続の古語助動詞「意志/推量」の「む」がついた場合、そのまま「高からず/悲しからず」や「高からむ/悲しからむ」になる。しかし古語助動詞「む」の現代語にあたる「~(よ)う」の「う」がついた場合、次のような「A→O」になる音変化を見せている。 高かRA+む=高からむ→高かRO+う=高かろう 悲しかRA+む=悲しからむ→悲しかRO+う=悲しかろう この変化は、未然形が「あ行」になる動詞の場合と同じである。 行く:行か + む → 行KA + む → 行KO + う → 行こう また現代語における形容詞の「た形」は、古語の連用形、例えば「高かり/悲しかり」に「~た」がついて、次のように、動詞「終わる・帰る」などの「た形」と同じ変化を起こしたものである。 <1164> 終わる/帰る→終わり/帰り→終わった/帰った 高し→高かり → 高かった 悲し→悲しかり → 悲しかった 肸容勳訶 古語の形容動詞については、巻末「状態名詞」を参照のこと。 1助動詞 現代語に現れるものは、およそ次の通りである。 否定「ず」: 未然形接続 (注)「ざR-」は、う変動詞「あり/あR-」と同じ活用。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務」の次を参照「~ねばならぬ・~ねばならない・~なければならぬ」「~ないで・~ずに+は+おかない・すませない」 「~ずに + は + すまない・すまされない/~ずに + おく・すむ」 ▶本文 8.1.「極限/状態/~ずにはいられない」を参照 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~ざるを得ない」を参照 意志・推量「む」: 未然形接続 (注)「意志/状況判断」を示す活用しない現代語「~(よ)う」の古形。 現代語では「ない形 + んばかりだ」のなかの「~ん」が、この「~む」の音変化したものである。 受身・可能・自発・尊敬「(5)る」: 現代語の「(5)れる」 使役・尊敬「(さ)す」: 現代語の「(さ)せる」 (注) 特に「終止連体・已然」が、現代語「れる・れれ/せる・せれ」と異なっている。 ▶本文 1.1. 「主題/提題/~にあら(せら)れては・~におか(せら)れては」を参照 <1165> 過去「き」: 用言の連用形に接続 基本形 語幹 ▶本文 2.5.「時の表現/基準時瞬間/~(か)と思いきや」を参照 当為「べし」: 用言の「う行」音に接続 (注)古語形容詞「高し」と同じ活用。 ▶本文 10.1.「モダリティの表現/禁止と義務/当為『~べきだ』系のバリエーション」を参照 ▶本文 8.1.「極限/状態/なるべく」を参照 現代語では「~べきだ」が終止形として使われている。 否定の意志・推量「まじ」: 用言の「う行」音に接続 (注) 古語形容詞「悲し」と同じ活用。 ▶本文 10.8.「モダリティの表現/判断放棄と断言/~に+あるまじき~だ」を参照 否定の意志・推量の「まい」: 否定の意志・推量「まじ」の現代古語。 接続も同じ。ただ、活用しない。 現代語の「起きる/食べる」と「くる/する」などは 未然形につく場合がある。 ▶本文 5.5.「逆接条件/逆接仮定条件/同一条件/~が~まいが」を参照 ▶本文 10.5.「モダリティの表現/意志と希望」の次を参照 「『~(よ)うと思う』の否定/「~まい』の使い方/~まいか/~こともあるまい」 比喻「ごとし」 基本形 (注) 古語形容詞「高し」と同じ活用。 ▶本文 7.2.「比較・比喩・比例/比喩/~ごとし」を参照 断定「なり/たり」: 古語形容動詞の語尾と同じ。 ▶本文 3.7.「顧接確定条件/前提条件/~ならでは」を参照 ▶本文 1.1.「主題/提題/~たるや」1.3.「主題/例示/AたるA'」を参照 ▶巻末「状態名詞」を参照