〜というよりも

対比たいひ妥当だとうを表す ★★★
〜という表現ひょうげんよりも、べつ表現ひょうげんほう適切てきせつだといたいときに使つかいます。また、〜という判断はんだんよりも、べつ判断はんだんのほうが適切てきせつだといたいときにも使つかいます。
使うときの注意「〜というよりも」のあとには、はながより適切てきせつだとかんがえている表現ひょうげん判断はんだんがきます。
よく一緒に使う言葉むしろ
似ている表現 〜というより
接続型 普通ふつうけい+というよりも
依存いぞんしょうからせないのは、本人ほんにんよわさに問題もんだいがあるというよりものう機能きのう問題もんだいしょうじていることが原因げんいんらしい。
わたしはジムへきんトレをしにというよりもかるからだをほぐしにっています。
佐藤さとうさんは、おさけまないの?」「まないというよりもめないんです。アレルギーがあるんで」
どもをそだてたというよりも、むしろどもにそだてられたかんじがする。
20にじゅうだいころは、おかねまらなかったというよりもめられるほどの給料きゅうりょうをもらっていなかった。
接続型 i-A普通ふつうけい+というよりも
電車でんしゃなかはエアコンがきすぎていて、すずしいというよりも、むしろさむいぐらいでした。
わたし数学すうがく成績せいせきは、あまりよくないというよりも正直しょうじきってわるいです。
希望きぼう大学だいがくかったときは、うれしかったというよりも、やっと受験じゅけんわったという心境しんきょうだった。
以前いぜんんでいたりょう食事しょくじは、おいしくなかったというよりもべられるものじゃなかった。
接続型 na-A普通ふつうけい+というよりも(ただし、「na-Aだ」→「na-A+というよりも」のかたちになることがおおい。「na-Aである+というよりも」のかたちになることもある)
あのひと服装ふくそうは、ラフというよりもだらしない。
かれ発言はつげんは、無邪気むじゃきというよりも無神経むしんけいだ。
うちのいぬは、こわがりというよりも性格せいかくがおとなしいんです。
社長しゃちょうはその新規しんきプロジェクトにたいして積極せっきょくてきであるというよりも、やらざるをない状況じょうきょうなのだろう。
政府せいふ少子しょうし高齢こうれい対策たいさくは、現実げんじつてきではないというよりも、むしろ実現じつげん不可能ふかのうなことのようにおもわれる。
その芸術げいじゅつ生涯しょうがい不遇ふぐうだったというよりも悲惨ひさんなものだった。
当時とうじわたしは、結婚けっこん前向まえむきではなかったというよりも結婚けっこんというものがまったあたまになかった。
接続型 普通ふつうけい+というよりも(ただし、「Nだ」→「N+というよりも」のかたちになることがおおい。「Nである+というよりも」のかたちになることもある)
かれ学者がくしゃというよりも実業じつぎょうだ。
ここはさびれたむらというよりも、もはや廃墟はいきょしている。
欧米おうべい諸国しょこくでは、こめ主食しゅしょくというよりもわせとしてべられることがおおい。
かれらの不満ふまん原因げんいんは、対策たいさくおくれであるというよりも政府せいふ無策むさく関心かんしんにあるとおもう。
面白おもしろくてたのしい仕事しごとだったというよりも面白おもしろくてたのしい職場しょくばだった。だからやす給料きゅうりょうでもながはたらけたのだとおもっている。
接続型 その
大学院だいがくいん進学しんがくしたのは、研究けんきゅうをしたかったからというよりも当時とうじ就職しゅうしょくなんでどこにも就職しゅうしょくできなかったからなんです。